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東日本大震災

  • 「原発賠償ゼロ」だった郡山事業者のその後

    「原発賠償ゼロ」だった郡山事業者のその後

     本誌2019年4月号に「原発賠償を不当拒否された郡山市の事業者」という記事を掲載した。同社は、原発事故の影響と思われる営業損害を受けながら、一度も原発賠償が受けられなかった。その後も、同社関係者は粘り強く東電と交渉を続けているが、東電の姿勢に変化はない。そんな中で、関係者が不信感を募らせるのが県の対応だ。 東電に加え県の対応にも不信感  原発賠償を受けられなかったのは、郡山市内でカフェとクラブを経営していたA社。同社は原発事故の影響で一時休業し、2011年6月にクラブのみ再開した。しかし、①もともとビジネス(出張)客の利用が多かったが、原発事故を受け、ビジネス客や観光客が激減した、②クラブの客入りは女性店員の人気によるところが大きいが、女性店員の多くが自主避難してしまった――等々の理由から、売上は原発事故前の半分程度に落ち込んだのだ。 客観的に見て、これら損害は原発事故に起因すると考えられる。つまりは東電から賠償を受けられる可能性が高いが、東電から「賠償対象外地域なのでお支払いできません」と言われ、応じてもらえなかった。 売り上げが落ち込んだ状況で賠償が全く受けられず、A社は経営に行き詰まった。規模縮小などの努力をしたものの、2015年1月に事業を停止せざるを得なくなった。 一方で、その間もA社関係者は行政や商工団体などに相談しており、2017年に商工団体の仲介で、東京で東電福島原子力補償相談室の担当者と交渉した。A社関係者がこれまでの経過と事情を説明したところ、東電担当者から「郡山市は賠償対象外地域と申し上げたのは間違いでした。今後は個別に対応させていただきます」と言われた。 ところが後日、東電から「裁判の結果が出ているので、お支払いできない」と告げられた。 実は、A社は2014年に、東電に約4億円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こしていた。同訴訟でA社の訴えは認められず、請求は棄却された(2016年9月)。これを受け、東京高裁に控訴したが、二審でもA社の訴えは棄却された(2017年6月)。 その後、A社は最高裁に上告しており、「二審判決後、さらなる証言・証拠を集めるため、行政や東電の窓口を訪ねました。上告に当たり、新たにお願いした弁護士の先生からは『東電の対応は明らかに公序良俗違反、憲法違反に当たる。一審、二審のような結果にならないと思う』と言っていただき、手応えを感じていました」(A社関係者)という。 ただ、そんな過程で、前述の交渉に臨み、その席で東電担当者が不手際を認め、「今後は適切に対応する」と明言したことから、これ以上、裁判を継続する必要はないと判断し、上告を取り下げた。 それにより、同訴訟の判決(二審判決)が確定したわけだが、前述のように、後に東電から「裁判の結果が出ているので支払えない」と告げられたのだ。以降は「弁護士に一任したので、今後はそちらを通してほしい」旨を一方的に告げられた。 東電の不誠実さ 東京電力本店  その後も、東電とは弁護士を通して書面でやり取りをしているが、交渉の席で東電担当者が「郡山市は賠償対象外地域」と説明したのは仮払いのことだった――などと回答してきた。原発事故直後、東電は避難指示区域の住民・事業者に、損害範囲を把握できていない中での緊急対応として「賠償仮払い」を行っていた。「郡山市は賠償対象外地域」と説明したのは、それには該当しないという意味だった、と。 A社関係者は憤る。 「当時、東電との交渉で、『仮払いの請求』などと言ったことは一度もない。対応したオペレーターからも『仮払い』などというフレーズは一切出ていません。東電は過去の経緯を自社に都合のいいようにすり替えているとしか思えません」 客観的に見ても、A社が賠償請求したのは原発事故発生から半年以上が経ったころで、その時すでに原子力損害賠償紛争審査会が賠償の基本スキームを定めた「中間指針」が示されていたから、「仮払い云々」の話になるはずがない。A社が「東電は〝後付け〟で辻褄を合わせようとしている」と感じるのも当然だろう。 いずれにしても、東電の対応は不誠実極まりない。確かに、判決が確定している以上、東電の言い分には道理がある。ただ、東電は「最初の段階で『郡山市は賠償対象外』と言ったのは間違いだった」と認めている(※後に「それは仮払いのことだった」とニュアンスを変えて主張しているが)。東電がそれを認めたのは裁判での審理を終えた後で、裁判中にそれが分かっていれば、途中で和解するなどの道筋もあったかもしれない。ところが、裁判が終わった後に自社の対応ミスを認め、そのことがなかったかのように、後で「判決が出ている」ことを振りかざすのは、果たして正当性があるのかといった疑問が生じる。 知事の姿勢にも問題 内堀雅雄知事  いまもA社関係者は東電と交渉(抗議)を続けているが、東電の姿勢に変化はなく、八方塞がりに陥っている状況。それと並行して、国の関係省庁や県にも要請活動を行っているが、その中で不満を募らせるのが県の対応だ。 A社は2018年に、県に対してこれまで述べてきた経緯を報告し、県から東電を指導してほしい旨を要請した。しかしその後、県からは何の連絡・報告もなかった。要請から4年超が経った昨年秋、自分たちの要請はどうなったかを確認すると、「県の担当者は2018年ごろの要請なんて分からない、といった感じでした」(A社関係者)という。 この点については、本誌でも再三指摘してきたが、内堀雅雄知事の姿勢に問題があると考える。というのは、内堀知事は原発賠償の問題解決にあまり熱心でないのだ。 県原子力損害対策協議会というものがある。県原子力損害対策課が事務局となり、県内の市町村、農林水産団体、商工団体、業界団体など205の団体で組織されている。会長には内堀雅雄知事、副会長には管野啓二JA福島五連会長(JAグループ福島東京電力原発事故農畜産物損害賠償対策福島県協議会長)、轡田倉治県商工会連合会長、県市長会長の立谷秀清相馬市長、県町村会長の遠藤智広野町長が就いており、言うなれば「オールふくしま」の原発賠償対策協議会である。 同協議会は、毎年、構成団体員の代表者会議を開き意見を集約して、国の関係省庁と東電に要望・要求活動を行っている。 内堀知事就任後の要望・要求活動は、2015年2月4日、同年5月12、13日、同年11月26日、2016年6月13日、同年11月15日、2017年5月31日、2018年2月5日、同年11月6日、2019年11月18日、2020年12月1日、2021年6月21日、2022年4月19日、同年9月13日、同年12月2日(※国のみ)と、計14回実施している。 しかし、副会長(時のJA福島五連会長、轡田倉治福島県商工会連合会長、時の市長会長・町村会長)がそこに参加する中、協議会のトップである内堀知事が要望・要求活動に同行したことは一度もない。すべて「会長代理」の副知事が代表者になっているのだ。 この点からしても、内堀知事が原発賠償の問題解決に熱心でないことがうかがえよう。A社に対する県の対応もそこに起因するのではないか。県民を原発被害から救済することも、県(知事)としての大きな役割であることを認識してほしい。 あわせて読みたい 根本から間違っている国の帰還困難区域対応

  • 【原発事故】追加賠償の全容

    【原発事故】追加賠償の全容

    文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)は昨年12月20日、原発賠償集団訴訟の確定判決を踏まえた新たな原発賠償指針「中間指針第5次追補」を策定・公表した。これを受け、東京電力は1月31日、「中間指針第五次追補決定を踏まえた賠償概要」を発表した。その内容を検証・解説していきたい。(末永) 懸念される「新たな分断」 東京電力本店  原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)は、原発賠償の基本的な枠組みとなる中間指針、同追補などを策定する文部科学省内に設置された第三者組織である。 最初に「中間指針」が策定されたのは2011年8月で、その後、同年12月に「中間指針追補」、2012年3月に「第2次追補」、2013年1月に「第3次追補」、同年12月に「第4次追補」(※第4次追補は2016年1月、2017年1月、2019年1月にそれぞれ改定あり)が策定された。 以降は、原賠審として指針を定めておらず、県内関係者らはこの間、幾度となく「被害の長期化に伴い、中間指針で示した賠償範囲・項目が実態とかけ離れているため、中間指針の改定は必須だ」と指摘・要望してきたが、原賠審はずっと中間指針改定に否定的だった。 ただ、昨年3月までに7件の原発賠償集団訴訟で判決が確定したことや、多数の要望・声明が出されていることを受け、今後の対応が議論されることになった。 昨年4月27日に開かれた原賠審では、同年3月までに判決が確定した7件の原発賠償集団訴訟について、「専門委員を任命して調査・分析を行う」との方針が決められた。その後、同年6月までに弁護士や大学教授など5人で構成される専門委員会が立ち上げられ、確定判決の詳細な調査・分析が行われた。同年11月10日に専門委員会から原賠審に最終報告書が提出され、これを受け、原賠審は同年12月20日に「第5次追補」を策定・公表した。 それによると、追加の賠償項目として「過酷避難状況による精神的損害」、「避難費用、日常生活阻害慰謝料及び生活基盤喪失・変容による精神的損害」、「相当量の線量地域に一定期間滞在したことによる健康不安に基礎を置く精神的損害」、「自主的避難等に係る損害」の4つが定められた。そのほか、事故発生時に要介護者や妊婦だった人などへの精神的損害賠償の増額(※賠償項目は「精神的損害の増額事由」)も盛り込まれている。 具体的な金額などについては、実際に賠償を実施する東京電力が発表したリリースを基に後段で説明するが、これまでに判決が確定した集団訴訟では、精神的損害賠償の増額や「ふるさと喪失に伴う精神的損害賠償」、「コミュニティー崩壊に伴う精神的損害賠償」などが認められており、それに倣い、原賠審は賠償増額・追加項目を定めたのである。 このほか、原賠審では東電に次のような対応を求めている。 ○指針が示す損害額の目安が賠償の上限ではないことはもとより、指針において示されなかったものや対象区域として明示されなかった地域が直ちに賠償の対象とならないというものではなく、個別具体的な事情に応じて相当因果関係のある損害と認められるものは、全て賠償の対象となる。 ○東京電力には、被害者からの賠償請求を真摯に受け止め、上記に留意するとともに、指針で賠償の対象と明記されていない損害についても個別の事例又は類型毎に、指針の趣旨も踏まえ、かつ、当該損害の内容に応じて賠償の対象とする等、合理的かつ柔軟な対応と同時に被害者の心情にも配慮した誠実な対応が求められる。 ○ADRセンターにおける和解の仲介においては、東京電力が、令和3(2021)年8月4日に認定された「第四次総合特別事業計画」において示している「3つの誓い」のうち、特に「和解仲介案の尊重」について、改めて徹底することが求められる。 避難指示区域の区分  同指針の策定・公表を受け、東電は1月31日に「中間指針第五次追補決定を踏まえた避難等に係る精神的損害等に対する追加の賠償基準の概要について」というリリースを発表した。 以下、その詳細を見ていくが、その前に、賠償範囲の基本となる県内各地の避難指示区域等の区分(地図参照)について解説する。 地図上の「A」は福島第一原発から20㌔圏内の帰還困難区域。なお、ここには双葉・大熊両町にあった居住制限区域・避難指示解除準備区域(※現在は解除済み)も含まれている。両町の居住制限区域・避難指示解除準備区域は、原賠審の各種指針でも「双葉・大熊両町は生活上の重要なエリアが帰還困難区域に集中しており、居住制限区域・避難指示解除準備区域だけが解除されても住民が戻って生活できる環境にはならない」といった判断から、帰還困難区域と同等の扱いとされている。 「B」は福島第一原発から20㌔圏外の帰還困難区域。旧計画的避難区域で、浪江町津島地区や飯舘村長泥地区などが対象。 「C」は福島第一原発から20㌔圏内の居住制限区域と避難指示解除準備区域(双葉・大熊両町を除く)。このエリアは2017年春までにすべて避難解除となった。 「D」は福島第一原発から20㌔圏外の居住制限区域と避難指示解除準備区域。旧計画的避難区域で、川俣町山木屋地区や飯舘村(長泥地区を除く)などが対象。 「E」は緊急時避難準備区域。主にC・D以外の20~30㌔圏内が指定され、2011年9月末に解除された。 「F」は屋内退避区域と南相馬市の30㌔圏外。屋内退避区域は2011年4月22日に解除された。南相馬市の30㌔圏外は、政府による避難指示等は出されていないが、同市内の大部分が30㌔圏内だったため、事故当初は生活物資などが入ってこず、生活に支障をきたす状況下にあったことから、市独自(当時の桜井勝延市長)の判断で、30㌔圏外の住民にも避難を促した。そのため、屋内退避区域と同等の扱いとされている。 「G」は自主的避難等対象区域。A~D以外の浜通り、県北地区、県中地区が対象。 「H」は白河市、西白河郡、東白川郡が対象。なお、宮城県丸森町もこれと同等の扱い。 「I」は会津地区。今回の「第5次追補」では追加賠償の対象になっていない。 このほか、伊達市、南相馬市、川内村の一部には特定避難勧奨地点が設定されたが、限られた範囲にとどまるため、地図では示していない。 追加賠償の項目と金額  この区分ごとに、今回の追加賠償の項目・金額を別表に示した。それが個別の事情(避難経路に伴う賠償増額分、事故発生時に要介護者や妊婦だった人などへの精神的損害賠償の増額)を除いた一般的な追加賠償である。 なお、表中の※1、2は、2011年3月11日から同年12月31日までの間に18歳以下、妊婦だった人は60万円に増額となる。※3は、福島第二原発から8〜10㌔圏内の人に限り、15万円が支払われる。具体的には楢葉町の緊急時避難準備区域の住民が対象。※4〜7はすでに一部賠償を受け取っている人はその差額分が支払われる。例えば、自主的避難区域の対象者には2012年2月以降に8万円、同年12月以降に4万円の計12万円が支払われた。これを受け取った人は、差額分の8万円が追加されるという具合。なお、子ども・妊婦にはこれを超える賠償がすでに支払われているため対象外。 県南地域・宮城県丸森町(地図上のH)への賠償は、「与党東日本大震災復興加速化本部からの申し入れや、与党の申し入れを受けた国から当社への指導等を踏まえて追加賠償させていただきます」(東電のリリースより)という。 そのほか、東電は、追加賠償の受付開始時期や今回示した項目以外の賠償については、「3月中を目処にあらためてお知らせします」としている。 いずれにしても、原賠審の指摘にあったように、「指針が示す損害額の目安が賠償の上限ではない」、「指針で示されなかったものや対象区域として明示されなかった地域が賠償対象にならないわけではない」、「被害者からの賠償請求を真摯に受け止め、指針で明記されていない損害についても個別事例、類型毎に、損害内容に応じて賠償対象とするなど、合理的かつ柔軟な対応が求められる」、「『和解仲介案の尊重』について、あらためて徹底すること」等々を忘れてはならない。 ところで、今回の追加賠償はすべて「精神的損害賠償」に付随するものと言える。そう捉えるならば、追加賠償前と追加賠償後の精神的損害賠償の合計額、区分ごとの金額差は別表のようになる。帰還困難区域と居住制限区域・避難指示解除準備区域の差は600万円から480万円に縮まった。ただ、このほかにすでに支払い済みの財物賠償などがあり、それは帰還困難区域の方が手厚くなっている。 原発事故以降続く「分断」  いまも元の住居に戻っていない居住制限区域の住民はこう話す。 「居住制限区域・避難指示解除準備区域はすべて避難解除になったものの、とてもじゃないが戻って以前のような生活ができる環境にはなっていません。まだまだ以前とは程遠い状況で、実際、戻っている人は1割程度かそれ以下しかいません。多くの人が『戻りたい』という気持ちはあっても戻れないでいるのが実情なのです。そういう意味では、(居住制限区域・避難指示解除準備区域であっても)帰還困難区域とさほど差はないにもかかわらず、賠償には大きな格差がありました。少しとはいえ、今回それが解消されたのは良かったと思います」 もっとも、帰還困難区域と居住制限区域・避難指示解除準備区域の差は少し小さくなったが、避難指示区域とそれ以外という点では、格差が拡大した。 そもそも、帰還困難区域の住民からすると、「解除されたところ(居住制限区域・避難指示解除準備区域)と自分たちでは全然違う」といった思いもあろう。 原発事故以降、福島県はそうしたさまざまな「分断」に悩まされてきた。やむを得ない面があるとはいえ、今回の追加賠償で「新たな分断」が生じる恐れもある。 一方で、県外の人の中には、福島県全域で避難指示区域並みの賠償がなされていると勘違いしている人もいるようだが、実態はそうではないことを付け加えておきたい。 中間指針第五次追補等を踏まえた追加賠償の案内 https://www.tepco.co.jp/fukushima_hq/compensation/daigojitsuiho/index-j.html あわせて読みたい 原賠審「中間指針」改定で5項目の賠償追加!?

  • 【原発事故から12年】終わらない原発災害

    【原発事故から12年】終わらない原発災害

     大震災・原発事故から丸12年を迎える。干支が一周するだけの長い期間が経ったわけだが、地震・津波被災地の多くは目に見える復興を果たしているのに対し、原発被災地・被災者については、まだまだ復興途上と言える。むしろ、長期化することによって新たな被害が発生している面さえある。被害が続く原発災害のいまに迫る。 帰還困難区域の新方針に異議アリ 双葉町の復興拠点と帰還困難区域の境界  国は原発事故に伴い設定された帰還困難区域のうち、「特定復興再生拠点区域」から外れたエリアを、新たに「特定帰還居住区域」として設定し、住民が戻って生活できるように環境整備をする方針を決めた。その概要と課題について考えていきたい。 問題は「放射線量」と「全額国負担」  原発事故に伴う避難指示区域は、当初は警戒区域・計画的避難区域として設定され、後に避難指示解除準備区域、居住制限区域、帰還困難区域の3つに再編された。現在、避難指示解除準備区域と居住制限区域は、すべて解除されている。 一方、帰還困難区域は、文字通り住民が戻って生活することが難しい地域とされてきた。ただ、2017年5月に「改正・福島復興再生特別措置法」が公布・施行され、その中で帰還困難区域のうち、比較的放射線量が低いところを「特定復興再生拠点区域」(以下、「復興拠点」)として定め、除染や各種インフラ整備などを実施した後、5年をメドに避難指示を解除し帰還を目指す、との基本方針が示された。 これに従い、帰還困難区域を抱える町村は、復興拠点を設定し「特定復興再生拠点区域復興再生計画」を策定した。なお、帰還困難区域は7市町村にまたがり、総面積は約337平方㌔。このうち復興拠点に指定されたのは約27・47平方㌔で、帰還困難区域全体の約8%にとどまる。南相馬市は対象人口が少ないことから、復興拠点を定めていない。 復興拠点のうち、JR常磐線の夜ノ森駅、大野駅、双葉駅周辺は、同線開通に合わせて2020年3月末までに解除された。そのほかは除染やインフラ整備などを行い、順次、避難指示が解除されている。これまでに、葛尾村(昨年6月12日)大熊町(同6月30日)、双葉町(同8月30日)が解除され、残りの富岡町、浪江町、飯舘村は今春の解除が予定されている。 復興拠点から外れたところは、2021年7月に「2020年代の避難指示解除を目指す」といった大まかな方針は示されていたが、具体的なことは決まっていなかった。ただ、今年に入り、国は復興拠点から外れたところを「特定帰還居住区域」として定めることを盛り込んだ「改正・福島復興再生特別措置法」の素案をまとめ、2月7日に閣議決定した。 復興庁の公表によると、法案概要はこうだ。 ○市町村長が復興拠点外に、避難指示解除による住民帰還、当該住民の帰還後の生活再建を目指す「特定帰還居住区域」(仮称)を設定できる制度を創設。 ○区域のイメージ▽帰還住民の日常生活に必要な宅地、道路、集会所、墓地等を含む範囲で設定。 ○要件▽①放射線量を一定基準以下に低減できること、②一体的な日常生活圏を構成しており、事故前の住居で生活再建を図ることができること、③計画的、効率的な公共施設等の整備ができること、④復興拠点と一体的に復興再生できること。 ○市町村長が特定帰還居住区域の設定範囲、公共施設整備等の事項を含む「特定帰還居住区域復興再生計画」(仮称)を作成し、内閣総理大臣が認定。 ○認定を受けた計画に基づき、①除染等の実施(国費負担)、②道路等のインフラ整備の代行など、国による特例措置等を適用。 復興拠点は、対象町村がエリア設定と同区域内の除染・インフラ整備などの計画を立て、それを国に提出し、国から認定されれば、国費で環境整備が行われる、というものだった。「特定帰還居住区域」についても、同様の流れになるようだ。 2つの課題  実際に、どれだけの範囲が「特定帰還居住区域」に設定されるかは現時点では不明だが、この対応には大きく2つの問題点がある。 1つは、帰還困難区域(放射線量が高いところ)に住民を戻すのが妥当なのか、ということ。その背景には、こんな問題もある。鹿砦社発行の『NO NUKES voice(ノーニュークスボイス)』(Vol.25 2020年10月号)に、本誌に度々コメントを寄せてもらっている小出裕章氏(元京都大学原子炉実験所=現・京都大学複合原子力科学研究所=助教)の報告文が掲載されているが、そこにはこう記されている。   ×  ×  ×  × フクシマ事故が起きた当日、日本政府は「原子力緊急事態宣言」を発令した。多くの日本国民はすでに忘れさせられてしまっているが、その「原子力緊急事態宣言」は今なお解除されていないし、安倍首相が(※東京オリンピック誘致の際に)「アンダーコントロール」と発言した時にはもちろん解除されていなかった。 (中略)避難区域は1平方㍍当たり、60万ベクレル以上のセシウム汚染があった場所にほぼ匹敵する。日本の法令では1平方㍍当たり4万ベクレルを超えて汚染されている場所は「放射線管理区域」として人々の立ち入りを禁じなければならない。1平方㍍当たり60万ベクレルを超えているような場所からは、もちろん避難しなければならない。 (中略)しかし一方では、1平方㍍当たり4万ベクレルを超え、日本の法令を守るなら放射線管理区域に指定して、人々の立ち入りを禁じなければならないほどの汚染地に100万人単位の人たちが棄てられた。 (中略)なぜ、そんな無法が許されるかといえば、事故当日「原子力緊急事態宣言」が発令され、今は緊急事態だから本来の法令は守らなくてよいとされてしまったからである。   ×  ×  ×  × 「原子力緊急事態宣言」にかこつけて、法令が捻じ曲げられている、との指摘だ。そんな場所に住民を帰還させることが正しいはずがない。 もっとも、対象住民(特に年配の人)の中には、「どんな状況であれ戻りたい」という人も一定数おり、それは当然尊重されるべき。今回の原発事故で、避難指示区域の住民は何ら過失がない完全なる被害者なのだから、「元の住環境に戻してほしい」と求めるのも道理がある。 そこでもう1つの問題が浮上する。それは帰還困難区域の除染・環境整備は全額国費で行われていること。国は、①政府が帰還困難区域の扱いについて方針転換した、②東電は帰還困難区域の住民に十分な賠償を実施している、③帰還困難区域の復興拠点区域の整備は「まちづくりの一環」として実施する――の主に3点から、帰還困難区域の除染費用などは東電に求めないことを決めている。 原因者である東電の責任(負担)で環境回復させるのであれば別だが、そうせず国費(税金)で行うとなれば話は変わってくる。利用者が少ないところに、多額の税金をつぎ込むことになり、本来であれば大きな批判に晒されることになる。ただ、原発事故という特殊事情があるため、そうなりにくい。国は、それを利用して、事故原発がコントロールされていることをアピールしたいだけではないかと思えてならない。 そもそも、各地で起こされた原発賠償集団訴訟で、最高裁は国の責任を認めない判決を下している。一方では「国の責任はない」とし、もう一方では「国の責任として帰還困難区域を復興させる」というのは道理に合わない。 帰還困難区域は、基本的には立ち入り禁止にし、どうしても戻りたい人、あるいはそこで生活しないとしても「たまには生まれ育ったところに立ち寄りたい」といった人たちのための必要最低限の環境が整えば十分。そういった方針に転換するか、あるいは帰還困難区域の除染に関しても東電に負担を求めるか、そのどちらかしかあり得ない。 海外からも責められる汚染水放出 多核種除去設備などを通しトリチウム以外の62物質を低減させたALPS処理水などを収めたタンクが並ぶ 東京電力福島第一原発敷地内に溜まる汚染水(ALPS処理水)について、政府は今春から夏ごろに海洋放出する方針だ。健康被害やいわゆる風評被害が発生する懸念があるため、反対する声も多く、国外でも疑問視する意見が噴出している。 「外交への影響」を指摘する専門家  汚染水放出については、日本に近い韓国、中国、台湾が「海洋汚染につながる」と反対。放出決定後は、太平洋諸島フォーラム(オーストラリア、ニュージーランドなど15カ国、2地域が加盟する地域協力機構)などが重大な懸念を示した。昨年9月にはミクロネシア連邦のパニュエロ大統領が国連総会の演説で日本を非難している。 1月31日には国連人権理事会が日本の人権状況についての定期審査会合を開いた。韓国・中央日報日本語版ウェブの2月2日配信記事によると、この中で汚染水海洋放出について触れられたという。 《マーシャル諸島代表は「日本が太平洋に流出しようとしている汚染水は環境と人権にとって危険」とし「放流が及ぼす影響を包括的に調査してデータを公開する必要がある」と注文した。サモア代表は「我々は汚染水放流が人と海に及ぼす影響に関する科学的かつ検証可能なデータが提供され、太平洋の島国に情報格差が生じている問題が解決されるまでは日本は放流を自制するよう勧告する」と話した》 日本政府は〝火消し〟に躍起で、2月7日に太平洋諸島フォーラム代表団と会談した岸田文雄首相は「自国民及び太平洋島嶼国の国民の生活を危険に晒し、人の健康及び海洋環境に悪影響を与えるような形での放出を認めることはない」と約束した。 しかし、不安は根強く残っている。 昨年12月17日、市民団体「これ以上海を汚すな!市民会議」が開いたオンラインフォーラム「放射能で海を汚すな!国際フォーラム~環太平洋に生きる人々の声」ではマーシャル諸島出身の女性が反対意見を述べた。同諸島では過去に米国の核実験が行われており、白血病や甲状腺がんなどの罹患率が高いという。 核燃料サイクルなどを専門とする米国の研究者・アルジュン・マクジャニ氏は東電の公開データは不十分であり、汚染水をきちんと処理できるか疑問があると指摘。地震に強いタンクを作るなど〝代替案〟があるのに、十分に検討されていない、と述べた。 東アジアは不安視 福島市で開かれた「原子力災害復興連携フォーラム」  東アジアの韓国、中国、台湾も日本と距離が近いだけに不安視しているようだ。2月8日、福島市で開かれた「原子力災害復興連携フォーラム」(福島大、東大の主催)で、福島第一原発事故についての意識調査の結果が発表されたが、こうした傾向が強く見られた。 調査は東大大学院情報学環総合防災情報研究センター准教授の関谷直也氏が2017年と2022年にインターネットで実施したもの。票数は世界各国の最大都市各300票で、合計3000票(性年代は均等割り当て)。 例えば、福島第一原発3㌔圏内に関する認識を問う質問で、2017年に「放射能汚染が原因で、海産物が食べられなくなった」と答えたのは、ドイツ66・0%、英国50・7%、米国47・3%。それに対し東アジアは台湾77・7%、中国70・7%、韓国68・7%と高い傾向にあった。5年後の2022年調査でも東アジアは下がり幅が小さく、韓国に至っては73・0%と逆に上昇している。 2022年調査で、県産食品の安全性を尋ねた質問では「非常に危険」、「やや危険」と考える割合が韓国で90%、中国で71・4%を占めた。「観光目的で福島県を訪問したいか」という問いには韓国の76・7%、中国の64・0%が「思わない」と答えた。 関谷准教授は「近くにある国なので、自国への影響を気にする一方、原発や放射性物質に関する情報自体が少なく、危険視する報道を鵜呑みにする傾向も見られる」と分析し、「本県の現状を正確に発信し、理解を求めることが重要だ」と話す。 もっとも、国内でも反対意見が出ているのに簡単に理解を得られるとは思えない。もしこの状態で海洋放出を強行すれば国際問題にまで発展することが想定される。 政府はいわゆる風評被害対策として300億円、漁業者継続支援に500億円の基金を設けているが、国外の人は対象になっていない。 海外で損害への対応を訴える人がいた場合どうなるのか、同連携フォーラムの質疑応答の時間に手を挙げて尋ねたところ、公害問題・原発問題に詳しい大阪公立大大学院経営学研究科の除本理史教授が対応し、「おそらく裁判を提起されることになるのではないか」と答えた。 本誌昨年12月号巻頭言では、海外の廃炉事情に詳しい尾松亮氏(本誌で「廃炉の流儀」連載中)が次のようにコメントしていた。 「現時点では、西太平洋・環日本海で放射性物質による海洋汚染を規制する国際法の枠組みがないため、被害額を確定して法的効力のある賠償請求をすることは難しい面があります。しかし国連や国際海洋法裁判所などあらゆる場で、日本の汚染責任が繰り返し指摘され、エンドレスな論争に発展し得る。政府や東電がいくら『海洋放出の影響は軽微』と主張しても、汚染者の言い分でしかない。政府や東電は『海洋放出以外の選択肢』を本当に探り尽くしたのか、東電の行う環境影響評価は妥当なものか、国際社会から問われ続けることになるでしょう」 海洋放出に向けた工事は着々と進められており、2月14日には海底トンネル出口となるコンクリート製構造物「ケーソン」の設置が完了した。トリチウムは世界の原発で海洋放出されているとして、放出に賛成する意見もあるが、国内外で反対意見が噴出している状況で放出を強行すれば、外交問題に発展する恐れもある。 トリチウム(半減期12・3年)など放射性物質の除去技術を開発しながら、堅牢な大型タンクに移すなどの〝代替案〟により、長期保管していく方が現実的ではないだろうか。 双葉町公営住宅の入居者数は22人 JR双葉駅西側に整備された双葉町駅西住宅。同町に住んでいた人が対象の「災害公営住宅」、転入を希望している人も対象となる「再生賃貸住宅」で構成される。  浜通りの原発被災自治体では国の財源で〝復興まちづくり〟が進められている。だが、現住人口は思うように増えておらず、文字通り住民不在の復興が進められている格好だ。 大規模な「復興まちづくり」の是非  昨秋、JR双葉駅西側に公営住宅「双葉町駅西住宅」が誕生した。福島第一原発や中間貯蔵施設が立地する同町。町内のほとんどが帰還困難区域に指定されていたが、町はJR双葉駅周辺や幹線道路沿いを特定復興再生拠点区域に設定し、この間、除染・インフラ整備を行ってきた。 同住宅はそうした動きに合わせて整備されたもので、同年8月の避難指示解除後、入居が始まった。 住宅の内訳は、町民を対象とした災害公営住宅30戸、町民や転入予定者を対象とした再生賃貸住宅56戸。まず第1期25戸が分譲され、順次整備・入居が進められる。 住宅には土間や縁側が設けられ、大屋根の屋外空間を備えた共有施設「軒下パティオ」も併せて造られた。基盤整備を担当したのはUR都市機構。2月1日には団地の隣接地に双葉町診療所が開所するなど周辺環境整備も進められている。 町役場によると、現在住んでいるのは18世帯22人。町内には一足先に避難指示が解除されたエリアもあり、自宅で暮らす人がいるかもしれないが、それほど多くはないだろう。 町は特定復興再生拠点区域について、避難指示解除から5年後の居住人口目標を約2000人に設定している。原発事故直前の2011年2月末現在の人口は7100人。 復興への複雑な思い 曺弘利さん  同住宅内に住む人に声をかけた。兵庫県神戸市で設計会社を営む一級建築士の曺弘利(チョ・ホンリ)さんだった。同町住民と住宅をルームシェアし、町内の風景をスケッチに残す活動をしてきたという。最近では神戸市の学生とともに、同町の街並みをジオラマとして再現する活動にも取り組んでいる。 制作中のジオラマ  神戸市出身の曺さんは、阪神・淡路大震災からの〝復興〟により、自分が知るまちが全く違うまちに変容していく姿を見て来た。その経験から全町避難が続いていた双葉町に思いを寄せ、一部区域への立ち入り規制が解除された2020年以降、頻繁に足を運んだ。 双葉町の復興状況を見てどう感じたか。曺さんに尋ねると、「原発事故直後から時間が止まっている場所がある。町を残すために奮闘している伊澤史朗町長の思いは分かる」と語った。その一方で、「わずかな現住人口のために、大規模な復興まちづくりを進める必要があったのかとも考える。国の復興政策を検証する必要があるのではないか」と複雑な思いを口にした。 原発被災自治体では復興を加速させるためにさまざまな公共施設が整備されている。昨年9月には双葉駅前に同町役場の新庁舎が整備された。総事業費は約14億6600万円だ。県は原発被災自治体への移住を促すべく、県外からの移住者に最大200万円の移住交付金を交付している。もともとの住民は避難先に定着しつつあり、帰還率は頭打ちとなりつつある。 原発事故の理不尽さ、故郷を失われた住民の無念、住民不在で復興まちづくりを進める是非……スケッチやジオラマで再現された風景にはそうした思いも込められている。 完成したジオラマは3月、役場に贈呈される予定だ。 3年目迎える福島第二の廃炉作業 北側の海岸から見た福島第二原発(2月19日撮影)  東京電力福島第二原発の廃炉作業が2021年6月に始まってからもうすぐ2年。2064年度に終える計画だが、まだ原子炉格納容器などの放射能汚染を調査する段階で、工程は変わりうる。「始まったばかり」で確かなことは言えない状況だ。 2064年度終了計画は現実的か  楢葉町と富岡町に立地する福島第二原発は福島第一原発と同じ沸騰水型発電方式で、震災時は1、2、4号機が電源を失い原子炉の冷却機能を喪失した。現場の必死の対応で危機的状況を脱し、全4基で冷温停止を維持している。1~4号機の原子炉建屋内では計9532体の使用済み核燃料を保管している。これらの燃料はいずれ外部に移し、処分しなければならないが、受け入れ先は未定だ。 県や県議会は震災直後から福島第二原発の廃炉を求めていた。東電は動かせる原発は動かし、そこで得た利益を福島第一原発事故の賠償に充てる考えだったため、あいまいな態度を取り続けていたが、2018年6月に廃炉を検討すると明言(朝日新聞同年6月15日付)。翌19年7月に正式決定し、震災による冷却機能喪失から10年が経った21年6月にようやく廃炉作業が始まった。 廃止措置計画では、2064年度までの期間を4段階に分けている。山場となるのは、31年度から始まる第2段階「原子炉周辺設備等解体撤去期間」(12年)と43年度ごろから始まる第3段階の「原子炉本体等撤去期間」(11年)だ。第2段階では原子炉建屋内のプールから核燃料の取り出しが本格化し、第3段階では内部が放射能で汚染されている原子炉本体の解体撤去を進める予定だ。 現在から2030年度までは第1段階の「解体工事準備期間」。汚染状況の調査は1~4号機で継続して行われている。今年3月までは放射線管理区域外にある窒素供給装置などの設備解体が進められている(昨年12月時点)。 東電は昨年5月、「福島第二原子力発電所 廃止措置実行計画2022」を発表した。毎年更新するとのことだが、どの月に発表するかは作業の進捗状況に左右されるという。 懸念されるのは、福島第一原発や廃炉が決定した他の原発の大規模作業とかち合い、ただでさえ足りない人手がさらに不足する事態だ。人員確保の費用も上昇しかねない。 解体に要する総見積額は次の通り。 1号機 約697億円 2号機 約714億円 3号機 約708億円 4号機 約704億円 1~4号機で計約2823億円 ただし、これは新型コロナ禍やロシアによるウクライナ侵攻前の2019年8月時点の試算。資材や原油価格の高騰、円安などによる影響は考慮されていない。本誌が「コロナ禍後の影響を考慮した最新の試算はあるのか」と尋ねると、福島第二原発の広報担当者はこう答えた。 「廃止措置の作業は始まったばかりのため、コロナ禍や資材不足が影響するような大きな作業はまだ行われていません。44年の廃止措置期間に影響が出るような大きな変更は今のところないです」 確かに、作業が始まったばかりのいまは大した影響はないかもしれない。しかし、大がかりな建設・土木作業と人員が求められる第2、第3段階では大量の資材が必要となり、作業員同士の感染防止対策も強化しなければならいため、試算が変わる余地があるということではないか。年月の経過とともに物価は上昇する傾向にあるから、第2、第3段階で見積もりが増加するのは想像に難くない。 第2段階以降の計画も、東電は汚染状況の調査結果を反映して変更する可能性があると前置きしている。震災で最悪の事態を回避し、冷温停止に持ち込んだ福島第二原発でさえ汚染状況次第では計画に変更が出るということだ。 こうした中、水素爆発を起こした福島第一原発では、現代の技術力では困難とされる燃料デブリ取り出しが手探り状態で続いているが、格納容器内部の初期調査でさえロボットのトラブルが相次ぎ、前進している気配がない。廃炉作業の先行きが全く見えないのも当然だろう。 東電をはじめ電力会社は、多数の原発の廃炉作業がかち合い、想定通りに進まないという最悪のシナリオを試算・公表して、国全体で危機感を高めていく必要がある。 あわせて読みたい 【原発事故から12年】旧避難区域のいま【2023年】写真 【原発事故13年目の現実】建築士が双葉町にジオラマを寄贈

  • 【原発事故から12年】旧避難区域のいま【2023年】写真

    【原発事故から12年】旧避難区域のいま【2023年】写真

     震災・原発事故から丸12年。原発被災地の避難指示が解除された区域はどう変化しているのか。特定復興再生拠点区域を中心にめぐった。 今年春の避難指示解除に向けて除染・インフラ復旧が行われている富岡町夜の森地区では、立ち入り規制が緩和され、ゲートが撤去されていた。大熊町のJR大野駅前の商店街は建物がすべて解体され、更地になっていた。双葉町の双葉駅西側には公営住宅が整備されていた。 ハード面の整備が加速する一方で、住民の帰還状況は頭打ちとなりつつあり、県はさまざまな補助制度を設けて移住促進に力を入れている。福島国際研究教育機構が整備される浪江町では、駅前の再開発が行われ、〝研究者のまち〟が整備される見通し。福島第一原発や中間貯蔵施設の行く末が見えない中、住民不在で進められる復興まちづくり。その在り方を考える必要がある。(志賀) JR双葉駅西側に整備された双葉町駅西住宅。同町に住んでいた人が対象の「災害公営住宅」、転入を希望している人も対象となる「再生賃貸住宅」で構成される。 公営住宅の近くに開所した双葉町診療所 JR双葉駅東側のバス・タクシー乗り場。奥に見えるのは双葉町役場の新庁舎 更地になったJR大野駅前の商店街(大熊町)。空間線量は1マイクロシーベルト毎時。 大川原地区に整備されている認定こども園・義務教育学校「学び舎(や)ゆめの森」の校舎(大熊町)。事業費約45億円。入園・入学予定者26人(2月17日現在) 特定復興再生拠点区域に整備されている防災拠点(浪江町室原地区) 整備中の福島県復興祈念公園(双葉町・浪江町、見晴らし台からスマートフォンのパノラマ機能で撮影) 除染・復旧工事が進められる夜の森地区・夜の森公園(富岡町)。同地区は特定復興再生拠点区域に指定されており、今春解除される見通し 福島国際研究教育機構の立地予定地(浪江町川添地区) 125億円かけて再開発が行われるJR浪江駅前(浪江町) あわせて読みたい 【原発事故から12年】終わらない原発災害

  • 原発事故被害を伝える2つのトークイベント

    原発事故被害を伝える2つのトークイベント

     1月、いわき市湯本温泉「古滝屋」館内にある「原子力災害考証館furusato」で、原発事故の被害を伝え続ける人たちによる2つのイベントが開催された。 1月9日に開かれたのが、原発被災地を撮り続けてきたフォトジャーナリスト・豊田直巳さんと、「30年中間貯蔵施設地権者会」の門馬好春会長によるトークセッション。 飯舘村をはじめ、原発被災地を数多く取材してきた豊田さんは「原発被災地を取材する中で、誰のための復興なのか、考えることが多かった」と指摘。併せて放射能被害と向き合わず、復興を強調する大手マスコミの手口を、実例を示しながら批判した。 門馬さんは「中間貯蔵施設の交渉を通して、国のスタンスに疑問を抱いた」として、豊田さんの意見に同調。そのうえで、除染土の再利用についての動きに懸念を示した。 考証館に展示された写真パネルの前で話す豊田さん(中央)と門馬さん(左)  イラク・パレスチナなどの紛争地取材の経験を持つ豊田さん。その経験から、常に目の前の事象を相対的に捉え、取材時には大局的な動きや国の狙いを意識しているという。そうした視点は廃炉作業や復興政策を考える上で重要になるだろう。 同考証館では同地権者会の取り組みや中間貯蔵施設の問題点を紹介するパネルを展示。2月末までは、豊田さんが撮影した中間貯蔵施設内などの写真展も催されている。 1月21日に開かれたのが、「公害資料館連携フォーラム2023in福島」のプレ企画、トークセッション「福島の経験を継承する」。 公害資料館ネットワークHP:https://kougai.info/ 公共アーカイブ施設担当者などの報告に一般参加者など約50人が熱心に耳を傾けた  同フォーラムは公害教育を実施する組織・個人が交流するイベント。今年県内で開催される予定だ。原子力災害(原発事故)も公害と同じ社会的災害と捉えられることから、プレ企画として関係者のトークセッションが行われた。 福島県立博物館、とみおかアーカイブ・ミュージアム、東日本大震災・原子力災害伝承館など、公共のアーカイブ施設の担当者に加え、個人で活動する人が一堂に会し、それぞれの活動を報告した。 原発事故は避難指示が出され、立ち入りが制限された期間・地域がある分、資料収集が容易でない。そうした中で、各担当者はさまざまなアプローチで継承に取り組んでいる。 この日は「文化財ではなく、一見するとごみのようなものに価値がある」、「防災教育に生かすためには他人事の災害を自分化することが必要」などの意見が出た。 興味深かったのは、とみおかアーカイブ・ミュージアム担当者による「原発事故の教訓なんておこがましい。資料を抽出せず客観的に提示し、自由に考えてもらうことが重要」という発言。原発事故の記憶がない子どもたちや関心がない人に、当時のことを一方的に伝えても〝継承〟したとは言えない。「あえてメッセージ性を排除し、自由に考えてもらう」というのも一つのやり方だろう。 翌日には参加者による浜通り現地見学ツアーも実施された。 間もなく震災・原発事故から丸12年を迎える。風化は進むばかりだが、その一方で原発事故の被害を伝え続けている人もいるということだ。

  • 【汚染水海洋放出】地元議会の大半が反対・慎重【福島第一原発のタンク】

    【汚染水海洋放出】地元議会の大半が反対・慎重

    ジャーナリスト 牧内昇平  政府や東京電力は福島第一原発にたまる汚染水(ALPS処理水)の海洋放出に向けて突き進んでいる。しかし、地元である福島県内では、自治体議会の約8割が海洋放出方針に「反対」や「慎重」な態度を示す意見書を可決してきた。このことを軽視してはならない。 意見書から読み解く住民の〝意思〟  2020年1月から今年6月までの期間に、県内の自治体議会がどのような意見書を可決し、政府や国会などに提出してきたかをまとめた。筆者が調べたところ、県議会を含めた60議会のうち、9割近くの52議会が汚染水問題について2年半の間に何らかの意見書を可決していた(表参照)。 「汚染水」海洋放出問題に関する自治体議会の意見書 自治体時期区分内容(意見、要求)福島県2022年2月【慎重】丁寧な説明、風評対策、正確な情報発信福島市2021年6月【慎重】丁寧な説明、風評対策会津若松市2021年6月【慎重】県民の同意を得た対応、風評対策郡山市2020年6月【反対】(風評対策や丁寧な意見聴取が実行されるまでは)海洋放出に反対いわき市2021年5月【反対】再検討、関係者すべての理解が必要、当面の間は陸上保管の継続白河市2021年9月【反対】再検討、国民の理解が醸成されるまで当面の間は陸上保管の継続須賀川市2020年9月【慎重】丁寧な意見聴取、安全性の情報開示喜多方市2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回、当面は地上保管の継続、対話形式の住民説明会相馬市2021年6月【反対】海洋放出方針決定に反対、国民的な理解が得られていない二本松市2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回、地上保管の継続田村市2021年6月【反対】海洋放出方針の見直し、漁業団体等の合意が得られていない南相馬市2021年4月【反対】海洋放出方針の撤回、国民的な理解と納得が必要伊達市2020年9月【慎重】国民の理解が得られる慎重な対応を本宮市2020年9月【慎重】安全性の根拠の提示や風評対策桑折町2021年6月【反対】風評被害を確実に抑える確信が得られるまで海洋放出の中止国見町2020年9月【反対】拙速に海洋放出せず、当面地上保管の継続川俣町2021年6月【反対】国民的な理解を得られていない海洋放出に強く反対大玉村2021年6月【反対】国民的な理解を得られていない海洋放出に強く反対鏡石町2020年12月【反対】国民の合意がないまま海洋放出しない、当面は地上保管の継続天栄村2021年6月【慎重】丁寧な意見聴取、風評対策西郷村2021年9月【反対】海洋放出方針の撤回、陸上保管の継続など課題解決泉崎村2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回、当面は地上保管の継続中島村2020年9月【反対】水蒸気放出および海洋放出に強く反対、陸上保管の継続矢吹町2020年9月【反対】放射性汚染水の海洋および大気放出は行わないこと棚倉町(意見書なし)矢祭町2020年9月【反対】国民からの合意がないままに海洋放出してはいけない塙町(意見書なし)鮫川村2020年7月【慎重】丁寧な意見聴取、風評対策石川町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回玉川村(意見書なし)平田村2020年9月【反対】水蒸気放出、海洋放出に反対浅川町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回古殿町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回三春町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回小野町2020年9月【慎重】最適な処分方法の慎重な決定、風評対策北塩原村(意見書なし)西会津町2020年9月【慎重】丁寧な意見聴取などの慎重な対応、地上保管の検討、風評対策磐梯町2020年9月【反対】海洋放出に反対猪苗代町2020年9月【反対】地上タンクでの長期保管、タンク内放射性物質の除去を徹底会津坂下町2021年6月【反対】陸上保管やトリチウムの分離を含めたあらゆる処分方法の検討湯川村2021年9月【慎重】丁寧な説明、風評対策、トリチウム分離技術の研究柳津町2021年6月【慎重】正確な情報発信、風評対策など慎重かつ柔軟な対応三島町(意見書なし)金山町2021年9月【慎重】十分な説明と慎重な対応昭和村2021年6月【慎重】十分な説明と慎重な対応会津美里町2020年9月【反対】地上タンクでの長期保管、海洋放出はさらに大きな風評被害が必至下郷町2021年9月【反対】海洋放出方針の再検討桧枝岐村(意見書なし)只見町2021年9月【反対】再検討、国際社会と国民の理解が必要、陸上保管の継続南会津町2021年9月【反対】再検討、国際社会と国民の理解が必要、陸上保管の継続広野町2020年12月【早期決定】処分方法の早急な決定、丁寧な説明、風評対策楢葉町2020年9月【早期決定】風評対策、慎重かつ早急な処分方法の決定富岡町(意見書なし)川内村(意見書なし)大熊町2020年9月【早期決定】処分方法の早期決定、丁寧な説明、風評対策双葉町2020年9月【早期決定】処分方法の早期決定、説明責任、風評対策浪江町2021年6月【慎重】丁寧な説明、風評被害への誠実な対応葛尾村2021年3月【早期決定】処分方法の早期決定、丁寧な説明、風評対策新地町2021年6月【反対】海洋放出方針に反対、国民や関係者の理解が得られていない飯舘村(意見書なし)※各議会のホームページ、会議録、議会だより、議会事務局への取材に基づいて筆者作成。 ※「区分」は上記取材を基に筆者が分類。「内容」は意見書のタイトルや文面、議会での議論の経過を基に掲載。 ※2020年1月から22年6月議会の動向。「時期」は議会の開会日。複数の意見書がある場合は基本的に最新のもの。 政府方針決定後も21議会が「反対」  意見書のタイトルや内容から、各議会の考えを【反対】、【慎重】、【早期決定】の三つに分けてみる。海洋放出方針の「撤回」や「再検討」、「陸上保管の継続」などを求める【反対】派は31議会で、全体の半分を占めた。「反対」とは明記しないが、「風評被害対策」や「丁寧な説明」などの対応を求める【慎重】派は16議会。双葉、大熊両町など5議会が【早期決定】派だった。 約8割に当たる47議会が【反対】【慎重】の意思を表していることは注目に値する。また、意見書を出していない8議会も当然関心はあるだろう。飯舘村議会は今年5月、政府に対して「丁寧な説明」「正確な情報発信」「風評被害対策」を求める要望書を提出。富岡町議会は昨年5月に全員協議会を開き、この問題を議論している。 ただし、筆者が反対派に分類したうちの10議会は、昨年4月13日の政府方針決定前に意見書を提出している点は要注意である。こうした議会が現時点でも「反対」を維持しているとは限らないからだ。たとえば郡山市議会は、20年6月議会で「反対」の意見書を可決したものの、政府方針決定後は「再検討」や「陸上保管の継続」を求める市民団体の請願を「賛成少数」で不採択としている。議会の会議録を読むと、「国の方針がすでに決まり、風評被害対策や県民に対する説明を細やかに行うと言っているのだから様子を見ようではないか」という趣旨の発言が多かったように感じた。 だが筆者はむしろ、全体の3分の1を超える21議会が政府方針決定後もあきらめずに「反対」の意見書を可決してきたことを重視している。 政府・東電は15年夏、福島県漁業協同組合連合会に対して〈関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない〉と約束している。それなのに一方的に海洋放出の方針を決めた。各議会の意見書を読むと、そのことに対する怒りが伝わってくる。 〈漁業関係者の10年に及ぶ努力と、ようやく芽生え始めた希望に冷や水を浴びせかける最悪のタイミングと言わざるを得ない〉(いわき市議会) 二本松市議会の意見書にはこんな記載があった。 〈廃炉・汚染水処理を担う東京電力のこの間の不祥事や隠ぺい体質、損害賠償への姿勢に大きな批判が高まっており、県民からの信頼は地に落ちています〉 東電の柏崎刈羽原発(新潟)では20年9月、運転員が同僚のIDカードを不正に使って中央制御室などの重要な区域を出入りしていた。外部からの侵入を検知する設備が故障したままになっていたことも後に発覚した。原発事故以降も続く同社の体たらくを見ていれば、「こんな会社に任せておいていいのか?」という気持ちになるのは無理もない。 熱心な市民たちの活動が議会の原動力に  いくつかの自治体議会では今年に入っても動きが続いている。 南相馬市議会は昨年4月議会で、国に対して「海洋放出方針の撤回」を求める意見書をすでに可決していた。そのうえで、福島県が東電の本格工事着工に対して「事前了解」を与えるかがポイントになっていた今年の夏(6月議会)には、今度は福島県知事に対して、「東電の事前了解願に同意しないこと」を求める意見書を出した。結果的に県の判断が覆ることはなかったが、南相馬市議会として、海洋放出への抗議の意を改めて伝えたかたちだ。 南相馬の市議たちが心配しているのは風評被害だけではない。議員の一人は、意見書の提案理由を議会でこう説明した。 〈政府と東京電力が今後30年間にわたり年間22兆ベクレルを上限に福島県沖へ放出する計画を進めているALPS処理水には、トリチウムなど放射性物質のほか、定量確認できない放射性核種や毒性化学物質の含有可能性があります。(中略)海洋放出の段取りを進めていく政府と東京電力の姿に市民は不安を感じています〉 続いて三春町議会だ。昨年6月、国に「海洋放出方針の撤回」を求める意見書を提出していた。そのうえで、直近の今年9月議会で再び議論し、今度は福島県知事に宛てた意見書をまとめた。議会事務局によると、「政府の海洋放出方針の撤回と陸上保管を求める、県民の意思に従って行動すること」を求める内容だ。 こうした議会の動きの背後には、汚染水問題に取り組む市民団体の存在があることも書いておきたい。 地方議会では市民たちが議会に「意見書提出を求める」請願・陳情を行い、それをきっかけに意見書がまとまる例もある。三春町で議会に対して陳情書を出したのは「モニタリングポストの継続配置を求める市民の会・三春」という団体だ。共同代表の大河原さきさんは「住民たちの代表が集まる自治体議会での決定はとても重い。国や福島県は自治体議会が可決した意見書の内容をきちんと受け止めるべきです」と語る。 南相馬市議会に請願を出した団体の一つは「海を汚さないでほしい市民有志」である。代表の佐藤智子さんはこう語り、汚染水の海洋放出に市民感覚で警鐘を鳴らしている。 「政府や東電は『汚染水は海水で薄めて流すから安全だ』と言うけれど、それじゃあ味噌汁は薄めて飲めばいくら飲んでもいいんでしょうか。総量が変わらなければ、やっぱり体に悪いでしょう。汚染水も同じことが言えるのではないかと思います」 「慎重派」の中にも濃淡  福島市議会や会津若松市議会などの意見書は、海洋放出方針への「反対」を明記しないものの、「風評被害対策」や「丁寧な説明」などの対応を求めている。筆者はこうした議会を「慎重派」に区分したが、実際には、各議会の考えには濃淡がある。 たとえば浪江町議会は「本音は反対」というところだ。同議会は、意見書という形ではないものの、海洋放出に反対する「決議」を20年3月議会で可決している。そのうえで、昨年6月議会で「県民への丁寧な説明」や「風評被害への誠実な対応」を求める意見書を可決した。 会議録によると、意見書の提案議員は、〈あくまでも私、漁業者としての立場としてはもちろん反対であります。これはあくまでも前提としてご理解ください〉と話している。海洋放出には反対だが、それでも放出が実行されつつある現状での苦肉の策として、風評被害対策などを求めるということだろう。 一方、福島県議会が今年2月議会で可決した意見書もこのカテゴリーに入るが、こんな書き方だった。 〈海洋放出が開始されるまでの残された期間を最大限に活用し、地元自治体や関係団体等に対して丁寧に説明を尽くすとともに……〉 海洋放出を前提としているというか、むしろ促進しているような印象を抱かせる内容だった。 開かれた議論の場を  もちろん、第一原発が立つ大熊、双葉両町をはじめ、原発に近い自治体議会が「早期決定派」だったり、意見書を提出していなかったりすることも重要だ。原発に近い地域ほど「早くどうにかしてほしい」という気持ちが強い。ここが難しい。 汚染水の処分方法についての考えは地域によって様々だ。だからこそ粘り強く議論を続けなければならないというのが、筆者の意見である。この点で言えば、喜多方市議会が昨年6月に可決した意見書の文面がしっくりくる。 同議会の意見書はまず、現状の課題をこう指摘した。  〈今政府がやるべきことは、海洋放出の結論ありきで拙速に方針を決定するのではなく、地上保管も含めたあらゆる処分方法を検討し、市民・県民・国民への説明責任を果たすことであり、国民的な理解と納得の上に処分方法を決定すべきである〉 そのうえで以下の3項目を、国、福島県、東電に対して求めた。 ①海洋放出(の方針)を撤回し、国民的な理解と納得の上に処分方法を決定すること。②ALPS処理水は当面地上保管を継続し、根本解決に向け、処理技術の開発を行うこと。③公聴会および公開討論会、並びに住民との対話形式の説明会を県内外各地で実施すること。 政府の方針決定からすでに1年半が過ぎたが、この3項目の必要性は今も減じていない。 あわせて読みたい 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【専門家が指摘する盲点】汚染水海洋放出いつ終わるの? 違和感だらけの政府海洋放出PR授業【牧内昇平】 まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」

  • 原子力国際会議が郡山市で開催に違和感

    原子力国際会議が郡山市で開催に違和感

     昨年11月27日から12月2日にかけて、郡山市のホテルハマツを会場に国際会議「IYNC2022」が開かれた。  IYNC(International Youth Nuclear Congress)とは世界の原子力業界の若手有志(原則39歳以下)による国際NGO。原子力の平和利用促進や世代・国境を超えた知識継承を目的に、2000年から2年に一度、国際会議を開いている。  当初、2022年の開催地はロシア・ソチだったが、ウクライナへの軍事侵攻を踏まえ、日本での開催に変更されたという。  11月30日、ホテルハマツを訪ねると大勢の人たちが集まっていた。主催者によると直接参加者は海外120人、国内100人、オンライン参加者は40人。外国人はノーマスク姿で、日本人はマスクを付けている光景が印象的だった。参加者は2、3階に設けられた大小のブースに分かれ、ワークショップに臨んだり、研究者の発表や基調講演を聞いたり、数人で立ち話をしながら情報交換するなどしていた。  「コロナ禍で大きなイベントが中止されていた中、国際会議が開かれるのはありがたいのですが……」  と言いながら、複雑な表情を浮かべるのは市内の経済人だ。  「IYNCの目的が引っかかるんです。原発事故で被災し、未だに避難地域を抱える福島県で、原子力の平和利用を謳う団体が国際会議を開くのは正直抵抗がある。47都道府県ある中から、なぜ福島県が開催地になったのかも疑問だ」(同)  地元経済の観点から言うと、200人超の会議が連日開かれればホテル、飲食店、土産物、タクシー、観光地など多方面に波及効果が見込まれる。しかし放射能に翻弄され、県内の原発はすべて廃炉になることを踏まえると、原子力の平和利用という目的は確かに引っかかる。  今回の会議はなぜ福島県で開かれることになったのか。IYNC2022共同実行委員長の川合康太氏にメールで質問を送ると、次のような返答があった。  「福島県での開催が決まった背景には、東電福島第一原発の廃炉に関する情報発信と、郡山コンベンションビューローの協力という二つの要因があります。事故から11年以上経つが、発電だけでなく放射線治療なども含む世界の原子力事業に携わる若手には事実情報が届いていない。そこで、廃炉に関わる人たちがどう対応しているのか、各国の若手・学生にまとまった時間を持って伝えようと今回の会議を誘致しました。その結果、多くの方に廃炉の現状を理解していただき、今後は参加者各自による母国語での情報発信が期待できると考えています」  原子力の平和利用という目的に抵抗を感じる県民がいることについては、こんな意義を強調した。  「今回の会議は郡山コンベンションビューローやホテルハマツなど被災された方々と一緒に作り上げました。私たちは、参加者に地元産の野菜などを使った料理を提供したり、県内の現状を正しく知ってもらうことで福島県を好きになってもらいたいと考えた。そうすれば今後、風評被害などが発生した場合、会議で得た事実情報を自身の言葉で発信することにつながると思います」  ちなみに、開会式には郡山市の品川萬里市長が招かれ挨拶した。内堀雅雄知事にも打診したが、公務都合で欠席、代理者の挨拶もなかった。これだけの規模の国際会議なら代理者の挨拶くらいあってもよさそうだが、内堀知事も原子力の平和利用が引っかかり、県として関わりを持つのを避けたのかもしれない。

  • 【汚染水海洋放出】地元議会の大半が反対・慎重【福島第一原発のタンク】

    【専門家が指摘する盲点】汚染水海洋放出いつ終わるの?

    ジャーナリスト 牧内昇平  福島第一原発のタンクにたまる汚染水(「ALPS処理水」)について、筆者は「海洋放出は時期尚早だ」と考えている。だが仮に「強行」した場合、「いつ終わるのか」という疑問も投げかけたい。地下水の流入の問題だけでなく、足元では日々発生する汚染水中のトリチウム濃度が上がっているという事実も発覚しているからだ。  東電によると、福島第一原発の敷地内には昨年12月現在、1000基超のタンクが建ち、その中には約130万立方㍍の汚染水(東電は「ALPS処理水等」と呼ぶ)がたまっている。政府・東電は林立するタンクが廃炉作業の邪魔になると言い、この汚染水を海に流したがっている。  では、海洋放出はいつ始まり、いつ終わるのか。  スタート時期の目標ははっきりしている。政府が2021年4月の基本方針に「2年後をめどに開始」と書いたからだ。一方、ゴールの時期については曖昧だ。政府の基本方針には「何年までに終わらせる」という目安が具体的に書かれていない(この時点で筆者は「無責任だなあ」と思ってしまうが、いかがだろうか)。  もちろん、「暗黙のゴール」はある。  福島第一原発の廃炉作業全体には「30~40年後」という終了目標がある。原子炉の冷温停止(2011年12月)から40年後というと、2051年だ。だから海洋放出も、少なくともこの「2051年」が暗黙のゴールということになる。実際、東電が原子力規制委員会や福島県の会議で提出している「放出シミュレーション」は、2051年に終わる想定になっている。  今からだいたい30年後ということになるので、筆者はこれを「海洋放出30年プラン」と呼ぶ。 30年プランの中身  この30年プランについて見ていこう。まずは「前提条件」のおさらいだ。  政府・東電は「ALPS(多核種除去設備)で処理するから安全だ」という。少なくともトリチウムという放射性物質は、ALPSでは取り除けない。それでも政府や東電が「安全」と言う理由は主に二つある。  ①「海水で薄める」  ②「放出量の上限を決める」  の2点だ。この二つのうち、今回の記事と関連が深いのは②である。 政府・東電はこう言っている。  トリチウムは事故前の福島第一原発でも放出していた。当時は「年間22兆ベクレル」という量を管理目標としていた。だから今回の海洋放出についても「年22兆ベクレル」という上限を設ける――。  これが、海洋放出に理解を得るために政府・東電が国民に示した「条件」である。  もう少しプランの詳細を見てみる。  汚染水には2種類ある。「日々発生する汚染水(A)」と「タンクに保管中の汚染水(B)」だ。   福島第一原発では毎日、汚染水が新しく発生している。地下水や雨水が原子炉建屋に流れこみ、燃料デブリに触れた水と混ざって「汚染」されるからだ。こうして「A」ができる。Aを集め、タンクで保管しているのが「B」だ。この2種類をどのように流していくのか。  東電は昨年6月、福島県が開いた「原子力発電所安全確保技術検討会」(以下、技術検討会と略)という会議でこの点を説明した。東電の海洋放出工事に関して、福島県など地元自治体が「事前了解」を与えるかどうかを判断するための会議だ。  「(AとBのうち)トリチウムの濃度の薄いものを優先して放出します。現在のタンク群をできるだけ早く解体撤去したいということもあり、体積が稼げる薄いものから、ということで考えています」(松本純一・福島第一廃炉推進カンパニー、プロジェクトマネジメント室長)  東電の説明資料(概要は図表1)には、Aのトリチウム濃度は「1㍑当たり約20万ベクレル」と書いてあった。それに対してBは「平均約62万ベクレル」だった。資料によるとBのトリチウム濃度はタンクごとに大きく異なる。20万ベクレル以下のタンクもあれば、216万ベクレルと桁違いの濃さのものもあるようだ。  そもそも海洋放出を進める目的は、敷地内のタンクを減らし、廃炉作業をスムーズに行うためだった。濃度が低いものから流していくという東電の説明は理にかなっている。  ではこの計画で進めた場合、Bは毎年どのくらい減っていくのか。  ポイントは、トリチウムの放出量には「年間22兆ベクレル」という上限があることだ。  日々発生するAの量が増えたり、濃度が上がったりすれば、その分タンク中のBの放出量は減らさざるを得ない。公式風に書くとこうなる。  「Bから放出できるトリチウムの量」イコール「年間22兆ベクレル」マイナス「Aからの放出量」  現状の東電の計算が図表1に書いてある。  Aの発生量を1日当たり100立方㍍、トリチウム濃度は1㍑当たり20万ベクレルと仮定する。そうすると、1日に発生するトリチウムの総量は200億ベクレル、年間では約7兆ベクレルになる。上限が22兆ベクレルだから、Bからは約15兆ベクレルのトリチウムを放出できる、という計算になる。  ところが、この東電のプランはスタート前から雲行きが怪しくなってきている。この1年ほど、原発敷地内のトリチウム濃度が顕著に上がっているからだ。  東電はALPSで処理する前(淡水化装置の入り口)の汚染水のトリチウム濃度を公表している。その推移を示したのが図表2である。  昨春以降のトリチウム濃度が上がっているのは明らかだ。東電が技術検討会で「現時点におきましては、トリチウム濃度は約20万ベクレル/㍑であり……」と説明したのは昨年6月だった。だが、同じ時期に試料採取された汚染水のトリチウム濃度は51万ベクレルだった(測定結果は1カ月以上後に公表される)。最新の10月3日時点の数字は47万ベクレルと一時期よりも若干下がったが、それでもだいぶ高い。  トリチウム濃度はなぜ上がったのか。東電の分析によると、原因は地震だ。昨年3月16日、福島県沖でマグニチュード7・4の地震が起きた。この地震の影響で3号機の格納容器の水位が下がったことが明らかになっている。  ALPS処理前のトリチウム濃度が上昇したのは昨年4月以降である。実はそれとほぼ同じ時期に、3号機の原子炉建屋でも濃度上昇が確認された。  東電はこれらの状況証拠に基づき、地震の影響で3号機からトリチウム濃度の高い汚染水が流れ出たものとみている。海洋放出を続けても タンクが減らない? 海洋放出を続けても タンクが減らない?  この状況を憂慮している研究者がいる。福島大学の柴崎直明教授である。水文地質学の専門家で、原発建屋内に地下水を入り込ませないための「止水対策」などで重要な提言をしている。先ほど紹介した福島県の「技術検討会」の専門委員でもある。 柴崎直明教授  柴崎氏はトリチウム濃度が高止まりを続けた場合、海洋放出のスケジュールにどのような影響を及ぼすか試算した。  放射性物質には時間が経つと量が半分になる「半減期」というものがある。トリチウムの場合、半減期は12・32年だ。この時間が経てば放っておいても量は半分に減る。そのことも考慮した上で、日々発生する汚染水のトリチウム濃度を「1㍑当たり50万ベクレル」、今後の発生量を1日当たり100㌧と仮定し、試算を行った。その結果は……。  柴崎氏は話す。  「現在、地上のタンクに保管されている処理水の海洋放出が完了するのは2066年頃になるという試算になりました」(詳しくは図表3)。  ※一番上の線がタンクに入った処理水総量の推移。下の5本の線はトリチウムの濃度別に区切った場合の処理水残量の推移。薄いものから放出するため、まず1㍑当たり15万ベクレル程度の処理水がゼロになる。薄いものから徐々になくなり、最終的には2021年4月時点で210万ベクレルくらいの高濃度の処理水を放出する。  東電のプランは「51年」だった。柴崎氏の指摘は一定条件下での試算に過ぎず、「必ずこうなる」というものではない。だが、考える材料になる。柴崎氏はさらに付け加えた。  「仮に、トリチウム濃度がもっと高くなって、1㍑当たり60・3万ベクレルになったとしましょう。そうすると、1日当たり100㌧発生する汚染水を処理して流すだけで、トリチウムの放出量は『年間22兆ベクレル』という上限に達してしまいます。つまり、タンクにたまっている処理水は1㍑も海に流せない、ということです」  ずっと高濃度の状態が続くかどうかは定かではない。だが、少なくとも一時的にこうした事態が発生する恐れはあるだろう。過去にさかのぼれば、汚染水中のトリチウム濃度は1㍑当たり100万ベクレルを超えていた時期もあったのだ。柴崎氏はこう話す。  「原発敷地内のどのエリアにどのくらいの量のトリチウムで汚染された水がたまっているのか、実はまだ正確に分かっていません。今後、地震や廃炉作業の影響で濃度が再び上がる可能性は十分あるでしょう」 説明不十分な東電  東電はこの状況をどのくらい真剣に捉えているのか。  先述の「技術検討会」のほかにも、福島県が原発事故対応のために専門家を集めた会議はある。その一つが「廃炉安全監視協議会」だ。昨年10月19日に開かれた同協議会で柴崎氏は東電にこの点を問いただした。  柴崎氏「日々発生する汚染水のトリチウム濃度が20万ベクレル/㍑というのは低く見積もりすぎで、過去に100万ベクレル/㍑を超えたこともあったわけですし、その辺はどう考えたらよろしいでしょうか」  東電側、松本純一氏(前出)の回答は歯切れが悪かった。  松本氏「今のように50万ベクレル/㍑を超えてきて、濃度が高くなっているケースでは、貯留している水の薄いものを放出するような運用計画を定めて実施していきたいと考えています。毎年、年度末には翌年度の放出計画という形で用意します」  柴崎氏は追及をやめなかった。  柴崎氏「もし(濃度が)60万ベクレル/㍑を超えると、(年間放出量の上限である)22兆ベクレルは全部消費されると思います。そのような場合にタンクはどのように減るのか、タンクを増やさなければならないのか。タンクの増減の見通しを示してほしいと思います」  松本氏「予測が難しいところもありますが、今後、そのような計画をお示ししていきたいと思います」  東電の説明は十分だろうか。柴崎氏は筆者の取材にこう語る。  「東電は楽観的な見通しの上で計画を立てています。状況が悪化した場合にも対応できる計画を早急に示すべきです」  筆者が直接問い合わせてみると、東電の広報担当者からはこんな回答が返ってきた。  「タンクに保管されている分を除くと、2021年4月時点での建屋内のトリチウム総量は最大約1150兆ベクレルです。総量が決まっているため、仮に一時的に濃度が高くなっても長期間は継続しないでしょう。また、現時点での放出シミュレーションはもともと『年間22兆ベクレル』の上限を使い切っていません。2030年度以降は18兆、16兆ベクレルの放出を想定しており、海水希釈前のトリチウム濃度が高くなっても対応できます。2051年度の海洋放出完了は可能だと考えています」  東電の説明を聞いた筆者はそれでも疑問に思う。たとえ一定期間でも高濃度の状態が続けば、その間敷地内のタンクの量は増えるのか。その場合廃炉作業に影響はないのか。  福島県はこの件をどのように受け止めているのか。県庁の担当者に聞くと、こう答えた。  「事前了解は海洋放出設備の安全性や環境影響の有無という観点で判断しますので、この件は影響しません。タンクが減らなくなるのはトリチウム濃度が高い状態が継続した場合ですよね。3月の地震以降は一時的に高くなっていますが、現在は下降傾向にあると聞いています」(県原子力安全対策課)  福島県も東電と同様、楽観的なものの見方をしてはいないか。  都合のいいことばかり広報するな  筆者は「海洋放出を早く済ませろ」と言っているのではない。「不確実な点は残っている」と言いたいのだ。  海洋放出に突っ走る者たちは「いつまでに終わる」と明言していない。東電は、自信があるなら「2051年までに終わらせる」と国民に約束、宣言すればいい。政府も基本方針に分かりやすく明記すべきだ。そうしないのは、不十分・不確実な点が残っているからだろう。  まず課題として挙げるべきなのは、地下水・雨水の流入防止策だろう。「日々発生する汚染水」を減らさないと、海洋放出しても陸上のタンクはなかなか減らない。2021年現在の汚染水発生量は1日当たり130立方㍍だった。東電は「2025年中に1日当たり100立方㍍に抑制」を目標にしているが、そこからさらに発生量を減らす見通しが明確になっていない。この点は「技術検討会」(昨年6月)で高坂潔・県原子力対策監も指摘した。  高坂氏「将来にわたって日々の汚染水の発生量100立方㍍/日が続くと、タンク貯留水を減らすことがなかなか達成できず、場合によってはかなり長期間にわたってしまいます。30年前後で放出完了を計画しているみたいですが、それに収まらないのではないかと懸念される」  もう一つ、不確実なものの代名詞的存在と言えば、ALPSではないだろうか。これまでも不具合を繰り返してきた装置だ。数十年にわたって期待通りに活躍してくれるのか。  ここのところ、「海洋放出キャンペーン」が勢いを増している。経済産業省は昨年12月、テレビCMや新聞広告による大々的なPRを始めた。我が家の新聞にも早速、〈みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと〉と大書した広告が載った。  だが、経産省や東電のウェブサイトに書かれているのは、海洋放出の必要性、トリチウムの安全性、そんな話ばかりである。「トリチウム濃度が上昇」、「地下水対策に課題」、などといった情報は、少なくとも一般の人が分かりやすいような形では紹介されていない。  〈みんなで知ろう。考えよう。〉  こんなキャッチコピーを掲げるなら、政府・東電は自らに都合の悪い情報も積極的に知らせ、それでも海洋放出という道を選ぶのか、国民に考えてもらうべきだ。 あわせて読みたい 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】  まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」

  • 【座談会】放射能を測り続ける人たち【福島第一原発事故】

    【座談会】放射能を測り続ける人たち【福島第一原発事故】

    小豆川勝見(東大大学院助教)白髭幸雄(南相馬市在住)伊藤延由(飯舘村在住)山川剛史(東京新聞編集委員) 原発事故から11年経ったいまも、県内各地の空間線量を測り続け、データを記録している人たちがいる。彼らはどんな思いで測定し、現状をどのように捉えているのか。一般市民、専門家、記者など4人の測定者に語ってもらった。(※ミリシーベルト毎時は㍉、マイクロシーベルト毎時はマイクロと表記。ベクレルはすべて1㌔当たりの数値)。 しょうずがわ・かつみ 1979年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科(広域科学専攻)博士課程修了。現同研究科助教。小中学生向けの勉強会を多数開講。原発周辺での測定・研究も行う。よく使う測定器はゲルマニウム半導体検出器、TCS-172の改造版など。 しらひげ・ゆきお 1950年生まれ。原発事故前から福島第一原発内で放射能汚染密度を測定する仕事に従事。原発事故後は原発作業員・除染作業員として勤務するかたわら、ボランティアでも測定。よく使う測定器はシンチレーションサーベイメータTCS-172Bなど。  いとう・のぶよし 1943年生まれ。新潟鐵工所勤務などを経て、2010年3月から飯舘村の農業研修所「いいたてふぁーむ」管理人。現在は知人が所有する村内の一軒家を借り、測定しながら生活する。よく使う測定器はNaIシンチレーションγ線スペクトロメータSEG-63など。 やまかわ・たけし 1966年生まれ。筑波大卒。東京新聞原発取材班のデスクを務め、2012年に取材班として菊池寛賞受賞。編集委員として原発取材を続ける。共著に『レベル7』(幻冬舎)、『原発報道』(東京新聞出版)。よく使う測定器はTCS-172B、PM1703MO-ⅡBTなど。  ――日常生活や仕事の一環で県内の測定を続ける皆さんですが、まず現在の福島県の汚染状況についてどう捉えていますか。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/844713f9063631b96a4e35634e1cdb73.jpg" align="right" name="白髭" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 南相馬市小高区の自宅はリフォーム済みですが、天井裏などをウェス(シート)でふき取ると放射性物質が検出されます。洋服たんすの中の服、スーツのカバーなど、ほこりが付くところは汚染されていますね。 最近は身の回りのものを測定対象に選んでいます。先日、蜘蛛の巣を測定したところ、約200ベクレル出ました。ただ、この数値が蜘蛛の巣自体のものか、巣に付いたごみや虫によるものかまではよく分かりません。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/bb63fb41054ce87a7d579624719a2fdf.jpg" align="left" name="伊藤" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 僕は食いしん坊なので、キノコや山菜など食べられるものを中心に測っています。こうした〝山の幸〟が味わえる点が飯舘村の大きな魅力だと思っている。原発事故からどれくらい時間が経てば食べられるようになるか、という純粋な興味から、飯舘村で生活しながら測定するようになりました。 事故直後、飯舘村で取れたコシアブラは27万ベクレルありました。その後も毎年、山川さんとともに山菜やキノコの汚染状況を定点観測し、東京新聞紙上で結果を紹介しています。時間が経つにつれて放射線量は低下傾向にありますが、「なんでこんな高い数値が出るの?」と驚くときも多々あります。 県の統計によると、2009年現在の県内の土壌は23〜29ベクレル。飯舘村の山の土壌は未だに3~4万ベクレルあります。それだけ山が汚染されたということです。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 県内で取材活動を続けていますが、汚染状況という意味では、原発構内は劇的な変化がありました。2012年2月、免震需要棟の現地対策本部の玄関前の空間線量率は、手持ちの線量計で500マイクロでした。先日、同じ場所で線量計を見たら1マイクロ以下まで下がっていた。敷地内のがれきや表土の除去、モルタル舗装などで空間線量が大幅に下がったのだと思います。 中間貯蔵施設のエリアも2016年当時、10マイクロを超えるところがあちこちにあったが、先日行ったら拍子抜けするぐらい線量が下がっていました。施設整備に当たり地盤改良し、新しい山砂を入れた効果だと思います。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 福島県には研究活動や小学生向けの出前講座で足を運び続けているが、まだまだ汚染されているところがあるし、完全にきれいになったところもある。 一番の問題はそうした実態がよく知られていないことです。特定復興再生拠点区域やその周辺のエリアについても、現状が広く知られているとは言い難い。 混乱させられるのは、国が何を目標に定めているのか、見えづらいことです。例えば居住制限区域の大熊町大川原地区、避難指示解除準備区域の大熊町中屋敷地区が解除された際は、0・23マイクロ(年間1㍉シーベルト)を基準に除染が進められていた。ところが、6月30日に解除された特定復興再生拠点区域は3・8マイクロ(年間20㍉シーベルト)を基準に除染が行われたのです。なぜ基準が変わってしまったのか。 おそらく特定復興再生拠点区域の設定を議論する中で、「(空間線量が高い帰還困難区域でも)これなら解除できそうだ」と新たな基準が出てきたのだと思います。実際、「この基準だから解除できた」というような、汚染が厳しいエリアも多いです。 何を目指して除染しているのか。住民が帰って生活をするには問題ない線量なのか。明確に数字を示し、長期的な見通しが付けられない状況が僕は一番まずいことだと思います。(委員として名を連ねている)大熊町除染検証委員会でも繰り返し主張しましたが、町内にはまだまだ除染をしなければならないところが残されている。にもかかわらず、当初の基準を変え、なし崩し的に避難指示を解除したのは、後世に禍根を残すのではないかと心配しています。[/ふきだし] 手抜き除染の実態  ――除染に関しては、費用対効果の低さや手抜き除染の横行も問題視されました。皆さんは除染についてどう見ていましたか。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/bb63fb41054ce87a7d579624719a2fdf.jpg" align="left" name="伊藤" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 除染と言っても宅地と農地と道路、その境界から20㍍だけが対象範囲で、山は対象外。しかも、私が確認した限り、飯舘村の除染は手抜きのオンパレードでした。 除染前の空間線量を測定したら2・20マイクロで、除染終了後に同じ場所で測ったら1・72マイクロ。思ったほど下がっていなかった。家の前の砂利が手付かずだったことが分かり、環境省に訴えて再除染させたら、0・80マイクロまで低減しました。当時飯舘村は全村避難中。私はたまたま気付いたが、除染の経緯も除染後の結果も誰も確認していないからやりたい放題でした。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/844713f9063631b96a4e35634e1cdb73.jpg" align="right" name="白髭" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 自宅の庭の除染で、表土を5㌢はぎとり、山砂を入れてもらいました。その山砂の放射線量が気になり5カ所で採取したところ、一番高いところで約1000ベクレル、平均約700ベクレルあった。自宅の向かいの公園の土壌は約100ベクレル。おそらく山砂を取るとき、汚染された表土などと混ざって、放射線量が高くなったのだと思います。環境省と交渉してもらちがあかず、入れてもらった山砂を自前で除去して、引き取りだけはやってもらいました。 [/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] ずさん除染に遭遇しても、環境省にお願いすれば、何らかの応対はしてくれるはずです。ただ、宅地の所有者などが自らアクションを起こすのが大前提です。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/bb63fb41054ce87a7d579624719a2fdf.jpg" align="left" name="伊藤" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 結局、環境省が現場に足を運ばず、〝竣工検査〟もしていないのが問題だと思います。業者に何億円も払う以上、除染によって線量がどれだけ下がったか検証してしかるべきなのに、一切やっていないから呆れる。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 福島市の除染事業で下請企業の一部が森林除染を竹林除染と偽り、本来の単価の10倍の除染費用を不正に受け取っていたことがありました。環境省はなぜ気付かなかったのか確認したら、現場担当者はわずか2人だったことが判明しました。 そもそも環境省は、兆単位の予算規模の公共事業に対応できる役所ではないということでしょうね。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/bb63fb41054ce87a7d579624719a2fdf.jpg" align="left" name="伊藤" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 福島市など市町村主体の除染の方がかえってしっかり進めているように見えました。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/844713f9063631b96a4e35634e1cdb73.jpg" align="right" name="白髭" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 除染前の農地の土壌を測ったら2万~3万ベクレルで、除染後に測り直したら5000ベクレルぐらいでした。耕作基準である5000ベクレルに合わせて放射線量を落としたのだと思います。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 表土除去により最低でも85%下がると言われている。表土が3万ベクレル、2層目が5000ベクレルはかなり高くないですか。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/844713f9063631b96a4e35634e1cdb73.jpg" align="right" name="白髭" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 農地の端の土壌を採取したので、未除染の土手の分が混ざってしまったのかもしれません。[/ふきだし]     ――除染の効果は限定的でずさんな実態もあるのに、「除染が完了したので安心だ」とばかり、国や県、市町村が帰還政策を進める姿には違和感を抱いてしまいます。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 避難指示が解除になった区域への帰還が伸び悩んでいるのは、避難先での生活が確立しているのに加えて、空間線量が高いことへの懸念も大きいのではないでしょうか。 前述の通り、大熊町の特定復興再生拠点区域は、3・8マイクロが解除基準になっています。町内の各地点の空間線量一覧を見ると、3・78マイクロ、3・6マイクロなど、解除基準を何とか下回ったようなところがずらりと並んでいます。 帰る・帰らないは、個人の自由ですが、「帰れるようになりました」とアピールして、帰還を呼び掛けるのであれば、せめて元の環境(空間線量)に近づけるのが筋でしょう。[/ふきだし] 放置されるホットスポット [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 3・8マイクロ以下になったから、それ以上空間線量を下げる努力をしなかったのでしょうか。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] あえて環境省の肩を持てば、頑張って除染してギリギリ解除基準を下回ったのかもしれません。だとしても、3・79マイクロが安全で、3・81が危険ということにはならないし、根本的に空間線量を下げる努力をしなければならない。 放射性物質が集まりやすい場所だと簡単に10~20マイクロになります。JR大野駅前の農業用水路の床(底)を測ったら30マイクロを超えました。避難指示は解除されているので、その農業用水を使って営農してもルール上は問題ないわけです。そういう状態を看過しているのが私にはとても信じられません。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] そうした高線量の場所はフォローアップ除染(追加除染)の対象にはならないのでしょうか。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 個人の宅地のケースなどでない限り、フォローアップ除染は難しいと思います。問題なのが、表土除去・覆土で何とか3・8マイクロを下回ったところです。土の中にある以上、放射性物質が雨などで移動することが期待できないので、セシウム137が半減期(30・2年)を迎えて空間線量が少しずつ下がるのを待つしかない。逆に言えば、周辺住民や通行人に長期間にわたり被曝を強いることになります。だから、私は大熊町除染検証委員会で「覆土するのは最後の手段だ」と訴えていました。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/bb63fb41054ce87a7d579624719a2fdf.jpg" align="left" name="伊藤" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] そもそも一般公衆の線量限度は年間1㍉シーベルトと定められているのに、福島だけダブルスタンダードになっているのがおかしいのです。 8月30日、避難指示が解除された双葉町の特定復興再生拠点区域に足を運び、10カ所の土壌をサンプリングして測定しました。指定廃棄物の基準である8000ベクレルを上回っていたのはそのうち5カ所です。 今春オープンした飯館村のオートキャンプ場の空間線量を測定したら0・56マイクロでした。ちょっと山に入れば1マイクロを超える。そんな場所に家族連れがキャンプを楽しみに来るわけですよ。 村議会6月定例会で杉岡誠村長は「365日24時間いる想定ではない。空間線量が高いところにある程度近づく程度であれば、年間の被曝線量の中では看過される部分がある」と答弁していました。 管理棟の前には敷地内4カ所で測定した空間線量率が掲示されています。モニタリングポストもありますが、周辺より数値は低めです。[/ふきだし]   ――放射線管理区域の被曝線量の基準は3カ月1・3㍉シーベルト(年間5・2㍉シーベルト)と考えると、年間被曝量20㍉シーベルトというルールに違和感を抱きます。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] ただ、放射線管理区域の被曝と日常での被曝は単純に比較できません。仮に放射線管理区域で何かをこぼして汚染が発生しても、管理されているのですぐに対応できる。一方、日常では何がどうなって汚染が発生するか分からないし、雨などの影響で放射性物質が移動するリスクもあります。それを確認するためには何度も測定するしかありません。 最新技術を活用してより効率がいい方法を見つけていくのがわれわれ専門家の仕事です。ただ、「繰り返し測る」という基本は変わりません。 関心が薄れ、誰も測定していないときに深刻な汚染が確認されれば、大きな混乱につながりかねない。 コロナ禍以降、至るところで体温を測定しているように、放射線測定に関しても習慣付けることができれば自ずと知見が溜まっていく。国レベルで動機づけを行い、徹底していくべきだと思います。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/844713f9063631b96a4e35634e1cdb73.jpg" align="right" name="白髭" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 繰り返し測るということでは、私が参加している放射能測定センター・南相馬という団体でも、原発被災地の空間線量を継続して測定していきます。測定エリアを南相馬市小高区、浪江町、双葉町、大熊町、富岡町に限定し、道路上と道路脇(草地など)において、地上1㌢、1㍍の高さで測っており地図にまとめる予定です。 浪江町津島地区は道路上が1㍍1・06マイクロ、道路脇が2・30マイクロでした。道路脇は高いところが多い。山から放射性物質が流れてくることも影響していると思います。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 大きな山がある場所では雨が降るたびに放射性物質に顕著な移動が見られます。山に放射性物質が100あるとすると、1年に1ずつ流れてくるイメージです。チェルノブイリ(チョルノービリ)原発周辺は比較的なだらかな地形なので、放射性物質がそこまで移動することはありませんでした。 雨が降って山から流れた放射性物質は、側溝を通り、小川を抜けて排水ますに溜まり、ため池に流れて、川へと向かう。どんなスピードで流れ、どこに蓄積するかは環境によって異なります。繰り返しになりますが、だから、継続して測り続けなければならないのです。そうすることで、「この時に数値が大きく変わったのは台風が来て、山から放射性物質が流れてきたからだ」などと読み取れるようになります。 この面倒臭さこそ、原子力災害の最も厄介な点なのですが、広く伝わっていないと感じます。放射線の話が何十年もタブー視されてきたためか、先生も生徒もよく分かっていないように見える。もう少しうまく知見を溜めていけばいい解決方法が見つかるのに、ともどかしい思いを抱くときもあります。[/ふきだし] 座談会の様子 違和感がある「風評被害」  ――汚染状況に対する懸念や帰還政策への是非を唱える声に対し、「風評被害につながる」と批判する傾向もみられます。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/844713f9063631b96a4e35634e1cdb73.jpg" align="right" name="白髭" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 原発事故直後の5月ごろ、仕事の一環で、いわき市の駅前通りにあるビルの周りを測定していた。そうしたら、突然ビルのオーナーに「風評被害で訴えるぞ」と言われて驚いた記憶があります。風評被害対策であれば各種事業に予算(補助金)が付きやすいなど、いろいろな意味で「使い勝手」がいい面もあるのだと思います。 国際放射線防護委員会(ICRP)は2007年勧告において、原発事故に伴う大規模放射能汚染が深刻な「緊急被ばく状況」から、汚染地域で生活せざるを得なくなった移行段階を「現存被ばく状況」と呼んでいます。その場合、年間被曝線量1~20㍉シーベルトを目安に指標値を設定し、一般公衆の線量限度である年間1㍉シーベルトに近づける努力をするように示されています。 ところが、国は指標値を最大値の20㍉シーベルトに設定し、除染以外の事業を徹底して行っていません。それなのに、汚染を深刻視する声を「風評被害」で片付けてしまうのには違和感があります。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 測定データがあんまり出てこないことが逆に風評被害を広める面もあります。例えば、水産庁のホームページを見れば、流通している福島県産の魚が危なくないことは明らか。突発的に基準値超の魚が出ることもあるが、基本的にスクリーニングが機能しており、普通の思考ができていれば風評なんか起きません。ただ、都内のスーパーの店頭に福島県産の物がキャンペーンで並んだ時、それを喜んで買う人と忌避する人は二極化していると感じます。おそらくこれは福島県民の中にもみられる傾向ではないでしょうか。 日常的に測定して記事にしている立場としては、もうちょっと、根拠を持って安全か安全でないか、判断してほしいとも思います。[/ふきだし]   [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/bb63fb41054ce87a7d579624719a2fdf.jpg" align="left" name="伊藤" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 双葉町の特定復興再生拠点区域の避難指示が解除された日、双葉町長が囲み取材を受けていたが、地元紙やテレビなどの大手メディアは放射能汚染について全く質問しなかった。内堀雅雄知事も盛んに「風評被害の克服」と話しているが、メディアがその言葉を無批判に報じることも多い。原子力災害の厄介さが伝わらない背景にはメディアの責任もあると思います。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 広く理解してもらえるような努力は行政にも我々メディアにも求められると思います。放射線のデータを積極的に報じないスタンスのメディアは理解できませんね。 報道や企業のプレスリリースでは一般食品の基準値である100ベクレル以下かどうかしか出てこない。大半がND(検出限界値未満)なのに、数字がないから「90ある?」「50ある?」となってしまう。積極的に実数を示すことで、福島県産だけ忌避されることは無くなっていくのではないかと考えています。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/bb63fb41054ce87a7d579624719a2fdf.jpg" align="left" name="伊藤" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 9月下旬、マスコミ倫理懇談会全国協議会の全国大会でお話しする機会がありました。そこで、メディア関係者から「原発事故の光と影を報道するのは難しい。影を報道すれば被害者が出る」という話を聞いて、疑問を抱きました。 原発事故の光も影もありのまま報じて、原発被災地の課題を浮かび上がらせることがジャーナリズムの使命でしょう。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 大学で放射線についての授業を担当しているのですが、1年の最後に必ず聞くのが「スーパーの棚に福島県産米と他県産米が同じ価格帯で並んでいたとき、福島県産米を買いますか?」という質問。 昨年は8割の学生が「買う」と答えました。その理由が「この程度の放射線量なら普段の生活には影響しない」というものです。逆に買わないと答えた学生に理由を尋ねると「他県産米を買えばもっと被曝線量を低く抑えられる」と答えました。要するに、放射線の知識がある学生でも判断は分かれるということです。 ちなみに、ヨーロッパの研究所の学生にも同じ質問をしたところ、ドイツでは全員「福島県産米を買わない」、フランスではほぼ全員が「福島県産米を買う」と答えました。 [/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/844713f9063631b96a4e35634e1cdb73.jpg" align="right" name="白髭" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 原発ゼロを目指してきたドイツと、原発増設に舵を切ったフランスが真逆の回答なのは象徴的です。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] もっと言えば、教え方や伝え方で受ける印象は一変します。だからこそ、情報を発信する人が気を付けるべきことは多いと思います。[/ふきだし]    ――測定者の立場から見て汚染水問題についてはどのように受け止めていますか。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 議論の前提となる情報が圧倒的に不足していると感じます。新型コロナウイルスはニュースや情報番組などで最新情報が流れますが、放射線に関しては情報自体が少ない。しかも、発信者によっていろいろな意図があり、受け止め方が難しい。第三者として、自然に話し合える環境を作っていきたいと考えています。[/ふきだし] いま、測定者ができること  ――2020年には、小豆川さんらの研究チームが、福島第一原発近くの地下水から、敷地内で生じたとみられる微量の放射性セシウムを継続的に検出しました。敷地内から敷地外に汚染された地下水が流れていることが確認された格好です。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 東電が定めた基準からすればはるかに低い値ですが、検出されたのは事実。問題なのは、東電のコントロール下にない流れだということです。法律違反には当たらない汚染だが、原発敷地境界線の地下水も常時確認したらいかがですか、と東電には提案しています。10㍍先の敷地内からは基準値超の放射性物質が確認されており、それが壁の外に流れてきても不思議ではありません。希釈して海洋放出する一方で、内陸部に漏れていたら何の意味もありません。[/ふきだし]  ――汚染水問題で言えば、10月3日付の東京新聞で、福島第一原発の視察ツアーで、東電が処理水の安全性を強調するパフォーマンスを繰り返していたと報じていました。東電担当者はトリチウムが検知できず、セシウムについても高濃度でないと反応しない線量計を使っていました。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] この話を記事にしたのは、こういう行為が逆に福島への風評を加速化させると感じたからです。 コロナは自分に降りかかってくるかもしれない問題だけど、福島第一原発の話は多くの東京の人にとっては直接関係する問題ではない。そうした中で、その人がどれだけ自分事と捉えられる情報を出せるかがメディアに勤める自分の使命ではないかと今日話していて感じました。[/ふきだし]    [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 空間線量が高いホットスポットを解消し、無用な被曝を回避するためにはどうすればいいのか。そうした課題に対し、測定をやってきた知見から「こちらを優先して片付けた方が効率いいですよ」などと提言していくのがわれわれ測定者の一番の仕事だと考えています。 ここにいる4人は測定活動を通して、現状はもちろん、これまでのコンテキスト(文脈)をすべて理解しています。本来こうした知識はさまざまな人達と共有され、議論に生かされるべきだが、「もう原発事故や放射性物質の話はしたくない・関心がない」という人たちが増えており、なかなか議論につながっていかない。 だから、私は放射線教育に取り組んでいるのです。子どもたちはもちろん、保護者や教員の意識づけにつなげていくことで、原発を取り巻く問題の議論が進むことを期待しています。[/ふきだし]  

  • 野村吉太郎弁護士が編著した『福島第一原発事故中通り訴訟』(作品社)

    原発事故「中通り訴訟」の記録著書発行

     中通りの住民で組織する「中通りに生きる会」(平井ふみ子代表)のメンバー52人が、原発事故で精神的損害を受けたとして、東京電力に計約9800万円の損害賠償を求めた訴訟は昨年3月、最高裁で判決が確定し、原子力損害賠償紛争審査会の中間指針で定める賠償基準を上回る計約1200万円を支払うよう東電に命じた。住民側の訴えが認められた格好である。 福島第一原発事故中通り訴訟posted with ヨメレバ野村吉太郎 作品社 2022年11月30日頃 楽天ブックスAmazonKindle  本誌は2019年8月号に「最終局面を迎えた『中通りに生きる会』原発賠償裁判 初の和解決着を目指す理由」という記事を掲載した。原発事故を受け、各地で集団訴訟が起こされたが、当時、同訴訟では同種の訴訟では初めてとなる和解決着を目指しており、平井ふみ子代表にその思いなどを聞いたもの。住民側は和解に前向きだったが、東電が拒否したため、和解は成立しなかった。その後、地裁判決を経て、高裁、最高裁まで行ったが、最終的には前述のような判決が確定した。  同訴訟を担当した野村吉太郎弁護士が編著した『福島第一原発事故中通り訴訟』(作品社)が昨年11月に発売された。野村弁護士は1958年生まれ。大分県出身。1986年に司法試験に合格し、1995年に赤坂野村総合法律事務所を設立。東京弁護士会所属。  著書は、第Ⅰ部「裁判の記録」として、原告の陳述書の中身などが記され、第Ⅱ部「裁判を振り返って」として、中通り訴訟の経過(年表)や、野村弁護士の分析などが紹介されている。  同訴訟は2016年4月に提起されたものだが、そこに至る準備は2014年から進められていた。同年に「中通りに生きる会」を立ち上げ、平井代表を中心に集団訴訟の参加者を募った。その結果、福島市、郡山市、田村市など、避難指示区域外の中通りに住んでいた20代から70代の計52人が賛同し、同訴訟の原告となった。  実際の裁判に当たって、1つ特徴的なのは原告に加わる各々が陳述書を書いたこと。通常、陳述書は代理人弁護士が書くもの。同訴訟で言うならば、野村弁護士が平井代表ら原告メンバーから話を聞き、それを基に書くのが普通だが、同訴訟ではそうしなかった。前述したように、原告に加わる各々が陳述書を書いたのである。そのため、「中通りに生きる会」発足から実際に訴訟を起こすまで2年ほどを要した。  そのような手法を取った理由は、原告52人の精神的損害が一括りにされないようにすること、原告の精神的損害を「発掘」し、本当の意味で原告の「力」を引き出すため、としている。  当然、原告メンバーにとって陳述書を書くというのは初めてのことで最初は手間取ったようだ。ただその分、それぞれの「損害」を明確にすることができた。著書ではそうして書かれた陳述書の内容が紹介され、住民が抱えていた不安、苦痛、憤りなどをうかがい知ることができる。  著書の副題・帯には「原発事故による精神的損害賠償請求において、1人の弁護士と52人の住民が、なぜ金メダルを勝ち取ることができたのか?」、「感動的な裁判の記録―いかに住民は闘い、いかに勝利したか?」と書かれている。  訴訟提起から6年、準備期間を含めると8年間の記録が詰まった同書。多くの人に読んでもらい、中通り住民の実情を知ってもらいたい。 あわせて読みたい 【地震学者が告発】話題の原発事故本【3・11 大津波の対策を邪魔した男たち】

  • 原賠審「中間指針」改定で5項目の賠償追加!?

    原賠審「中間指針」改定で5項目の賠償追加!?

     文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)は2022年4月27日に開かれた会合で、同3月までに判決が確定した7件の原発賠償集団訴訟について、「専門委員を任命して調査・分析を行う」との方針を決めた。  これまでに判決が確定した集団訴訟では「ふるさと喪失に伴う精神的損害賠償」、「コミュニティー崩壊に伴う精神的損害賠償」などが認められているが、そういった賠償項目は、原賠審が定めた中間指針(同追補を含む)にはなかった。そのため、委員から「そういった賠償項目を類型化して示せるのであればそうすべき」といった意見が出ていたのだ。  その後、専門委員を設置・任命して確定判決の詳細分析が行われ、11月10日に専門委員から原賠審に最終報告書が提出された。その報告書は参考資料を含めて200頁以上に及ぶかなりの文量だが、ポイントになるのは、①過酷避難状況による精神的損害、②故郷喪失・変容による精神的損害(生活基盤変容慰謝料)、③自主的避難等による精神的損害、④相当量の線量地域に一定期間滞在したことによる健康不安に基礎を置く精神的損害、⑤精神的損害の増額事由――の5項目で類型化が可能とされたこと。  各項目の概要は次の通り。  ①過酷避難状況による精神的損害▽避難を余儀なくされた人が、放射線に関する情報不足の中で、被曝不安と、今後の見通しが示されない不安を抱きつつ、過酷な状況下で避難を強いられたことによる精神的損害。  ②故郷喪失・変容による精神的損害(生活基盤変容慰謝料)▽避難(その地域に人が住まなくなったこと)によって生じた故郷・生活基盤の喪失・変容に伴う精神的損害。  ③自主的避難等による精神的損害▽自主的避難等対象区域(避難指示区域外)の住民の被曝不安による精神的損害。  ④相当量の線量地域に一定期間滞在したことによる健康不安に基礎を置く精神的損害▽計画的避難区域の住民が相当量の線量地域に一定期間滞在したことによる精神的損害  ⑤精神的損害の増額事由▽ADRセンター総括基準で類型化されている精神的損害の増額事由。  専門委員の最終報告書では、これらの類型化が可能な項目を示したうえで、「今後、中間指針の見直しを含めた対応の要否等の検討では、従来からの一貫性や継続性を重視し、現在の中間指針の構造を維持しつつ、新たに類型化された損害を取り込む努力・工夫が求められる」、「指針で類型化されたものだけが賠償すべき損害ではないことは言うまでもなく、東京電力は、被害者からの賠償請求を真摯に受け止め、合理的かつ柔軟な対応と同時に被害者の心情にも配慮した誠実な対応を求めたい」、「関係行政機関が一体となり、東京電力への指導監督や、ADRセンターの積極的活用など、被害者の迅速かつ適正な救済と円滑な賠償の実施に向けた取り組みとともに、賠償だけでは限界がある被災地の復興に向けた取り組みを進めることも併せて要請する」と記されている。  原賠審ではこれを踏まえて、中間指針の見直しに向けた議論に入った。今後、追補として示される見通し。中間指針の見直しの必要性は、県原子力損害対策協議会、県内市町村、県内各種団体、弁護士会、被災者支援弁護団などがずっと訴えてきたことだが、ようやく本格的に動き出した格好だ。 あわせて読みたい 【原発事故】追加賠償の全容

  • 除染バブルの後遺症に悩む郡山建設業界除染バブルの後遺症

    除染バブルの後遺症に悩む郡山建設業界

    災害時に地域のインフラを支えるのが建設業だ。災害が発生すると、建設関連団体は行政と交わした防災協定に基づき緊急点検や応急復旧などに当たるが、実務を担うのは各団体の会員業者だ。しかし、近年は団体に加入しない業者が増え、災害は頻発しているのに〝地域の守り手〟は減り続けている。会員業者が増えないのは「団体加入のメリットがないから」という指摘が一般的だが、意外にも行政の姿勢を問う声も聞かれる。郡山市の建設業界事情を追った。 災害対応に無関心な業者に老舗から恨み節 地域のインフラを支える建設業  「今、郡山の建設業界は真面目にやっている業者ほど損している。正直、私も馬鹿らしくなる時がある」  こう嘆くのは、郡山市内の老舗建設会社の役員だ。  2011年3月に発生した東日本大震災。かつて経験したことのない揺れに見舞われた被災地では道路、トンネル、橋、上下水道などのインフラが損壊し、住民は大きな不便を来した。ただ、不便は想像していたほど長期化しなかった。発災後、各地の建設業者がすぐに被災現場に駆け付け、応急措置を施したからだ。  震災から11年8カ月経ち、復興のスピードが遅いという声もあるが、当時の適切な対応がなかったら復興はさらに遅れていたかもしれない。業者の果たした役割は、それだけ大きかったことになる。  震災後も台風、大雨、大雪などの自然災害が頻発している。その規模は地球温暖化の影響もあって以前より大きくなっており、被害も拡大・複雑化する傾向にある。  必然的に業者の出動頻度も年々高まっている。以前から「地域のインフラを支えるのが建設業の役割」と言われてきたが、大規模災害の増加を受け、その役割はますます重要になっている。  前出・役員も何か起きれば平日休日、昼夜を問わず、すぐに現場に駆け付ける。  「理屈ではなく、もはや習性なんでしょうね」(同)  と笑うが、安心・安全な暮らしが守られている背景にはこうした業者の活躍があることを、私たちはあらためて認識しなければならない。  そんな役員が「真面目にやるのが馬鹿らしくなる」こととは何を指すのか。  「災害対応に当たるのは主に建設関連団体に加入する業者です。各団体は市と防災協定を結び、災害が発生したら会員業者が被災現場に出て緊急点検や応急復旧などを行います。しかし近年は、どの団体も会員数が減っており、災害は頻発しているのに〝地域の守り手〟は少なくなっているのです」(同)  2022年9月現在、郡山市は136団体と災害関連の連携協定を交わしているが、「災害時における応援対策業務の支援に関する協定書」を締結しているのはこおりやま建設協会、県建設業協会郡山支部、県造園建設業協会郡山支部、ダンプカー協会、郡山建設業者同友会、市交通安全施設整備協会、郡山電設業者協議会、県中通信情報設備協同組合、市管工事協同組合、郡山鳶土工建設業組合、県南電気工事協同組合など十数団体に上る。  いくつかの団体に昔と今の会員数を問い合わせたが、増えているところはなく、団体によってはピーク時の6割程度にまで減っていた。  「業者の皆さんに広く加入を呼びかけているが、増える気配はないですね」(ある組合の女性事務員)  会費は月額1万円程度なので、負担にはならない。しかし、  「経営者が2代目、3代目に代わるタイミングで会員を辞める会社が結構あります。時代の流れもあるでしょうし、若い経営者の価値観が昔と変わっていることも影響していると思います」(同)  それでも、会員になるメリットがあれば、経営者が代わっても引き続き団体に加入するのだろうが、  「加入を呼びかける立場の私が言うのも何ですが、明確なメリットと聞かれたら答えられない」(同)  昔は今より同業者同士のつながりが大切にされ、先輩―後輩のつながりで業界のしきたりを習ったり、仕事の紹介を受けたり、技術を学び合うなど団体加入には一定のメリットがあった。  今はどうか。別の団体の幹部に加入の具体的なメリットを尋ねると  「対外的な信用が得られます。組合は『社内にこういう技術者がいなければならない』など、入るのに一定の条件が必要。つまり組合に入っていれば、それだけで技術力が伴っている証拠になる」  正直、そこに魅力を感じて団体に加入する業者はいないだろう。  「ウチみたいに昔から入っているところはともかく、新規会員を増やしたいなら加入のメリットがないと厳しいでしょうね」(前出・老舗建設会社の役員)  会員数の減少は、そのまま〝地域の守り手〟の減少に直結する。それはいざ災害が発生した時、緊急点検や応急復旧などに当たってくれる業者が限られることを意味する。  それでなくても郡山は、新規会員が増えにくい状況にある。理由は、震災後に増えた「新参者」の存在だ。別の建設会社の社長が解説してくれた。  「新参者とは震災後、除染を目的に県外からやって来た人たちです。建設業界はそれまで深刻な不況で、公共工事の予算は年々減っていた。そこに原発事故が起こり、除染という新しい仕事が出現。『福島に行けば仕事がある』と、全国から業者が押し寄せたのです」  除染事業に従事するには「土木一式工事」や「とび・土工・コンクリート工事」の建設業許可が必要になる。許可を得て、資機材を揃えて大手ゼネコンの4次、5次下請けに入る小規模の会社はあっと言う間に増えていった。  「新参者が増えるのは行政にとってもありがたかった。住民が『早く除染してほしい』と求める中、業者の数がいないと予定通り除染は進まないわけですからね」(同) 尻拭いを押し付ける郡山市 郡山市役所 しかし、同じ仕事が永遠に存在するはずもなく、市内の除染が一通り終わると新参者の出番も減った。  この社長によると、新参者はその後、①経営に行き詰まって倒産、②浜通りなど除染事業が続いている地域に移動、③一般の土木工事に衣替え――の三つに分かれたという。  「一般の土木工事に衣替えした業者は、正確な数は分からないが結構います。私のように昔から郡山で仕事をやっていれば、社名を聞くだけでそこが新参者かどうか分かる。傾向としては、カタカナやアルファベットなど横文字の社名は該当することが多い」(同)  郡山市の「令和3・4年度指名競争入札参加有資格業者名簿」(2022年4月1日現在)を見ると、土木一式工事の許可業者は103、とび・土工・コンクリート工事の許可業者は225ある(いずれも市内に本社がある業者のみをカウント)。二つを見比べると、土木一式工事の許可業者はとび・土工・コンクリート工事の許可も併せて得ている。そこで後者の業者名を確認していくと、新参者に該当するのではないかと思われる業者は40社前後、全体の2割近くを占めていた。  除染事業がなくなっても、新たな仕事を求め、生き残りを図ろうとする姿はたくましい。建設業許可を得て一般の土木工事に従事するのだから法令違反でもない。社長も「そこを否定するつもりはない」と話す。ただ「新参者は暗黙のルールを守らないため業界全体が歪みつつある」というのだ。  「新参者は地域性を考えない。例えば、A社が本社を置く〇〇地域で道路工事が発注されたら、一帯の道路事情を知るのはA社なので、入札では自然とA社に任せようという雰囲気になる。これは談合で決めているわけではなく、不可侵というか暗黙のルールでそうなるのです。だから、A社は隣の××地域や遠く離れた△△地域の道路工事は取りにいかない。しかし、新参者は『競争入札なんだから地域性は関係ない』と落札してしまうわけです」(同)  新参者から言わせれば「暗黙のルールに基づく調整こそ談合みたいなもの」となるのだろう。ただ、〇〇地域の住民からすれば、見たことも聞いたこともない業者より、馴染みのあるA社に工事をやってもらった方が安心なのは間違いない。  「A社がある道路工事を仕上げ、そこから先の道路工事が新たに発注された時、継続性で言ったらA社が受注した方が工事はスムーズに進む可能性が高い。しかし、新参者はそういう配慮もなく、お構いなしに落札してしまう」(同)  しかしこれも、新参者から言わせると「落札して何が悪い」となるのだろうが、社長が解せないのは、その後の尻拭いを市から依頼されることにある。  「もともと除染からスタートした業者なので、土木工事の許可を持っていると言っても技術力が備わっていない。そのせいで、工事終了後に施工不良個所が見つかるケースが少なくないのです。解せないのは、市がその修繕を当該業者にやらせるのではなく、再発注も面倒なので、現場に近い地元業者にこっそり頼むことです。市には世話になっているので頼まれれば手伝うが、地域性や継続性を無視して落札した新参者の尻拭いを、私たちに押し付けるのは納得がいかない」  実は、そんな新参者の多くは建設関連団体に加入していないのだ。再び前出・老舗建設会社の役員の話。  「新参者は建設関連団体に入っていないから、災害が起きても被災現場に駆け付けない。でも、入札では災害対応に当たる私たちと同列で競争し、仕事を取っている。不正をしているわけでなく、正当な競争の結果と言われればそれまでだが、地域に貢献している自負がある私たちからすると釈然としない」 「災害対応に正当な評価を」  会員業者は日曜夜に被災現場に出動しても、防災協定に基づくボランティアのため、月曜朝からは通常業務を行わなければならない。一方、建設関連団体に加入していない業者は被災現場に出動することなく休日を過ごし、月曜から淡々と通常業務に当たる。だからと言って、未加入の業者にペナルティーが科されることはなく、被災現場に出動した業者に特別なインセンティブがあるわけでもない。  これでは、会員業者が「真面目にやるのが馬鹿らしい」と愚痴を漏らすのは当然で、わざわざ建設関連団体に加入する新規業者も現れない。  「市がズルいのは、入札は公平・公正を理由にどの業者も分け隔てなく競争させ、災害や施工不良など困ったことが起きた時は建設関連団体を頼ることだ。真面目にやっている私たちからすると、市に都合よく使われている感は否めない」(同)  これでは、新規会員はますます増えない。そこでこの役員が提案するのが、市が建設関連団体加入のメリットを創出することだ。  「会員業者は指名競争入札で指名されやすいといったインセンティブがあれば、災害対応に当たる私たちも少しはやりがいが出るし、今まで災害対応に無関心だった新参者も建設関連団体に入ろうという気持ちになるのではないか」(同)  郡山市では1000万円以上の工事は制限付一般競争入札、1000万円未満の工事は指名競争入札を導入しているが、2021年度の入札結果を見ると、落札額の合計は制限付一般競争入札が約99億8000万円、指名競争入札が約25億7200万円に対し、発注件数は前者が約150件、後者が約640件と指名競争入札の方が4倍以上多い。役員によると、会社の規模が小さい新参者は指名競争入札に参加する割合が高いという。  同市の指名競争入札に参加するには2年ごとに市の審査を受け、入札参加有資格業者になる必要がある。その手引きを見ると、市内に本社を置く業者が提出する書類に「災害協定の締結」「除雪委託契約の締結」の有無に関する記載欄があるが、市がそれをどれくらい重視しているかは分からない。  前述した建設関連団体のいくつかに問い合わせた際、  「災害協定を結んでいるかどうかは、市が審査をする上で少しは加点要素になっていると思う」(前出・女性事務員)  「実際に被災現場に駆け付けている点は(指名の際に)加味してほしいと市に申し入れている。そこを市がもっと評価してくれれば新規会員も増えると思うんですが」(前出・別の組合幹部)  と語っていたが、市が日頃の災害対応を正当に評価しているかというと、建設関連団体にはそう感じられないのだろう。  「会員業者が増えないと災害対応が機能しない。それによって困るのは市民です。そこで、安心・安全な暮らしを維持するため、災害協定と除雪委託契約の締結を指名競争入札に参加するための重要要件にしてはどうか。そうすれば、建設関連団体に無関心の新参者も加入を検討するし、新規会員が増えれば災害が起きた時、市民も助かります」(同) 指名競争を増やす福島県の狙い 福島県庁  県では佐藤栄佐久元知事時代に起きた談合事件を受け、2006年12月に入札等制度改革に係る基本方針を決定。指名競争入札を廃止し、予定価格250万円を超える工事は条件付一般競争入札に切り替えた。しかし、過度な競争や少子高齢化で経営が悪化し、災害対応や除雪に携わる業者がいなくなれば地域の安心・安全確保に支障を来すとして〝地域の守り手〟である中小・零細業者を育成する観点から「地域の守り手育成型方式」という指名競争入札を2020年度から試行している。  農林水産部と土木部が発注する3000万円未満の工事を指名競争入札にしているが、入札参加資格の要件には「災害時の出動実績又は災害応援協定締結」と「除雪業務実績又は維持補修業務実績」が挙げられている。指名競争入札を増やすことで〝地域の守り手〟を支えていこうという県の狙いがうかがえる。  会津地方は郡山と比べて仕事量が少ないため、新しい会社が次々と誕生することもなく、昔から営業している会社が建設関連団体を形成し、地域のインフラを支える構図が成立している。業者数は少ないが、地域を守るという意識が業界全体で統一されている。  これに対し郡山は、業者数は多いが建設関連団体の会員業者は少ないため、業界全体で地域を守るという意識が希薄だ。もし入札制度を変えることで会員業者が増え、市民の安心・安全を確保できるなら、市は真剣に検討すべきではないか。  「入札の大前提にあるのは公平・公正だが、時代の変化と共に変えるべきものは変えなければならないことも承知しています。災害が年々増えている中、業者の協力がなければ市民の生命と財産は守れません。その災害対応については、市でも審査時に評価してきましたが、出動頻度が増えている今、それをどのように評価すべきかは今後の検討課題になると思います。県が試行している指名競争入札なども参考にしながら考えたい」(市契約検査課)  官が民に、建設関連団体への加入を〝強要〟するのは筋違いかもしれない。しかし現実に、災害の増加に反比例して〝地域の守り手〟は減少している。だったら、普段から災害対応に当たっている業者には、その労に報いるためインセンティブを与えるべきだし、それが魅力になって団体に加入する業者が増えれば、建設業界全体で地域を守るという意識が醸成され、災害に強いまちづくりが実現できるのではないか。 郡山市ホームページ あわせて読みたい 建設業者「越県・広域合併」の狙い【小野中村】【南会西部建設】 「地域の守り手」企業を衰退させる県の入札制度 福島市「デコボコ除雪」今シーズンは大丈夫?

  • 「原発賠償ゼロ」だった郡山事業者のその後

     本誌2019年4月号に「原発賠償を不当拒否された郡山市の事業者」という記事を掲載した。同社は、原発事故の影響と思われる営業損害を受けながら、一度も原発賠償が受けられなかった。その後も、同社関係者は粘り強く東電と交渉を続けているが、東電の姿勢に変化はない。そんな中で、関係者が不信感を募らせるのが県の対応だ。 東電に加え県の対応にも不信感  原発賠償を受けられなかったのは、郡山市内でカフェとクラブを経営していたA社。同社は原発事故の影響で一時休業し、2011年6月にクラブのみ再開した。しかし、①もともとビジネス(出張)客の利用が多かったが、原発事故を受け、ビジネス客や観光客が激減した、②クラブの客入りは女性店員の人気によるところが大きいが、女性店員の多くが自主避難してしまった――等々の理由から、売上は原発事故前の半分程度に落ち込んだのだ。 客観的に見て、これら損害は原発事故に起因すると考えられる。つまりは東電から賠償を受けられる可能性が高いが、東電から「賠償対象外地域なのでお支払いできません」と言われ、応じてもらえなかった。 売り上げが落ち込んだ状況で賠償が全く受けられず、A社は経営に行き詰まった。規模縮小などの努力をしたものの、2015年1月に事業を停止せざるを得なくなった。 一方で、その間もA社関係者は行政や商工団体などに相談しており、2017年に商工団体の仲介で、東京で東電福島原子力補償相談室の担当者と交渉した。A社関係者がこれまでの経過と事情を説明したところ、東電担当者から「郡山市は賠償対象外地域と申し上げたのは間違いでした。今後は個別に対応させていただきます」と言われた。 ところが後日、東電から「裁判の結果が出ているので、お支払いできない」と告げられた。 実は、A社は2014年に、東電に約4億円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こしていた。同訴訟でA社の訴えは認められず、請求は棄却された(2016年9月)。これを受け、東京高裁に控訴したが、二審でもA社の訴えは棄却された(2017年6月)。 その後、A社は最高裁に上告しており、「二審判決後、さらなる証言・証拠を集めるため、行政や東電の窓口を訪ねました。上告に当たり、新たにお願いした弁護士の先生からは『東電の対応は明らかに公序良俗違反、憲法違反に当たる。一審、二審のような結果にならないと思う』と言っていただき、手応えを感じていました」(A社関係者)という。 ただ、そんな過程で、前述の交渉に臨み、その席で東電担当者が不手際を認め、「今後は適切に対応する」と明言したことから、これ以上、裁判を継続する必要はないと判断し、上告を取り下げた。 それにより、同訴訟の判決(二審判決)が確定したわけだが、前述のように、後に東電から「裁判の結果が出ているので支払えない」と告げられたのだ。以降は「弁護士に一任したので、今後はそちらを通してほしい」旨を一方的に告げられた。 東電の不誠実さ 東京電力本店  その後も、東電とは弁護士を通して書面でやり取りをしているが、交渉の席で東電担当者が「郡山市は賠償対象外地域」と説明したのは仮払いのことだった――などと回答してきた。原発事故直後、東電は避難指示区域の住民・事業者に、損害範囲を把握できていない中での緊急対応として「賠償仮払い」を行っていた。「郡山市は賠償対象外地域」と説明したのは、それには該当しないという意味だった、と。 A社関係者は憤る。 「当時、東電との交渉で、『仮払いの請求』などと言ったことは一度もない。対応したオペレーターからも『仮払い』などというフレーズは一切出ていません。東電は過去の経緯を自社に都合のいいようにすり替えているとしか思えません」 客観的に見ても、A社が賠償請求したのは原発事故発生から半年以上が経ったころで、その時すでに原子力損害賠償紛争審査会が賠償の基本スキームを定めた「中間指針」が示されていたから、「仮払い云々」の話になるはずがない。A社が「東電は〝後付け〟で辻褄を合わせようとしている」と感じるのも当然だろう。 いずれにしても、東電の対応は不誠実極まりない。確かに、判決が確定している以上、東電の言い分には道理がある。ただ、東電は「最初の段階で『郡山市は賠償対象外』と言ったのは間違いだった」と認めている(※後に「それは仮払いのことだった」とニュアンスを変えて主張しているが)。東電がそれを認めたのは裁判での審理を終えた後で、裁判中にそれが分かっていれば、途中で和解するなどの道筋もあったかもしれない。ところが、裁判が終わった後に自社の対応ミスを認め、そのことがなかったかのように、後で「判決が出ている」ことを振りかざすのは、果たして正当性があるのかといった疑問が生じる。 知事の姿勢にも問題 内堀雅雄知事  いまもA社関係者は東電と交渉(抗議)を続けているが、東電の姿勢に変化はなく、八方塞がりに陥っている状況。それと並行して、国の関係省庁や県にも要請活動を行っているが、その中で不満を募らせるのが県の対応だ。 A社は2018年に、県に対してこれまで述べてきた経緯を報告し、県から東電を指導してほしい旨を要請した。しかしその後、県からは何の連絡・報告もなかった。要請から4年超が経った昨年秋、自分たちの要請はどうなったかを確認すると、「県の担当者は2018年ごろの要請なんて分からない、といった感じでした」(A社関係者)という。 この点については、本誌でも再三指摘してきたが、内堀雅雄知事の姿勢に問題があると考える。というのは、内堀知事は原発賠償の問題解決にあまり熱心でないのだ。 県原子力損害対策協議会というものがある。県原子力損害対策課が事務局となり、県内の市町村、農林水産団体、商工団体、業界団体など205の団体で組織されている。会長には内堀雅雄知事、副会長には管野啓二JA福島五連会長(JAグループ福島東京電力原発事故農畜産物損害賠償対策福島県協議会長)、轡田倉治県商工会連合会長、県市長会長の立谷秀清相馬市長、県町村会長の遠藤智広野町長が就いており、言うなれば「オールふくしま」の原発賠償対策協議会である。 同協議会は、毎年、構成団体員の代表者会議を開き意見を集約して、国の関係省庁と東電に要望・要求活動を行っている。 内堀知事就任後の要望・要求活動は、2015年2月4日、同年5月12、13日、同年11月26日、2016年6月13日、同年11月15日、2017年5月31日、2018年2月5日、同年11月6日、2019年11月18日、2020年12月1日、2021年6月21日、2022年4月19日、同年9月13日、同年12月2日(※国のみ)と、計14回実施している。 しかし、副会長(時のJA福島五連会長、轡田倉治福島県商工会連合会長、時の市長会長・町村会長)がそこに参加する中、協議会のトップである内堀知事が要望・要求活動に同行したことは一度もない。すべて「会長代理」の副知事が代表者になっているのだ。 この点からしても、内堀知事が原発賠償の問題解決に熱心でないことがうかがえよう。A社に対する県の対応もそこに起因するのではないか。県民を原発被害から救済することも、県(知事)としての大きな役割であることを認識してほしい。 あわせて読みたい 根本から間違っている国の帰還困難区域対応

  • 【原発事故】追加賠償の全容

    文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)は昨年12月20日、原発賠償集団訴訟の確定判決を踏まえた新たな原発賠償指針「中間指針第5次追補」を策定・公表した。これを受け、東京電力は1月31日、「中間指針第五次追補決定を踏まえた賠償概要」を発表した。その内容を検証・解説していきたい。(末永) 懸念される「新たな分断」 東京電力本店  原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)は、原発賠償の基本的な枠組みとなる中間指針、同追補などを策定する文部科学省内に設置された第三者組織である。 最初に「中間指針」が策定されたのは2011年8月で、その後、同年12月に「中間指針追補」、2012年3月に「第2次追補」、2013年1月に「第3次追補」、同年12月に「第4次追補」(※第4次追補は2016年1月、2017年1月、2019年1月にそれぞれ改定あり)が策定された。 以降は、原賠審として指針を定めておらず、県内関係者らはこの間、幾度となく「被害の長期化に伴い、中間指針で示した賠償範囲・項目が実態とかけ離れているため、中間指針の改定は必須だ」と指摘・要望してきたが、原賠審はずっと中間指針改定に否定的だった。 ただ、昨年3月までに7件の原発賠償集団訴訟で判決が確定したことや、多数の要望・声明が出されていることを受け、今後の対応が議論されることになった。 昨年4月27日に開かれた原賠審では、同年3月までに判決が確定した7件の原発賠償集団訴訟について、「専門委員を任命して調査・分析を行う」との方針が決められた。その後、同年6月までに弁護士や大学教授など5人で構成される専門委員会が立ち上げられ、確定判決の詳細な調査・分析が行われた。同年11月10日に専門委員会から原賠審に最終報告書が提出され、これを受け、原賠審は同年12月20日に「第5次追補」を策定・公表した。 それによると、追加の賠償項目として「過酷避難状況による精神的損害」、「避難費用、日常生活阻害慰謝料及び生活基盤喪失・変容による精神的損害」、「相当量の線量地域に一定期間滞在したことによる健康不安に基礎を置く精神的損害」、「自主的避難等に係る損害」の4つが定められた。そのほか、事故発生時に要介護者や妊婦だった人などへの精神的損害賠償の増額(※賠償項目は「精神的損害の増額事由」)も盛り込まれている。 具体的な金額などについては、実際に賠償を実施する東京電力が発表したリリースを基に後段で説明するが、これまでに判決が確定した集団訴訟では、精神的損害賠償の増額や「ふるさと喪失に伴う精神的損害賠償」、「コミュニティー崩壊に伴う精神的損害賠償」などが認められており、それに倣い、原賠審は賠償増額・追加項目を定めたのである。 このほか、原賠審では東電に次のような対応を求めている。 ○指針が示す損害額の目安が賠償の上限ではないことはもとより、指針において示されなかったものや対象区域として明示されなかった地域が直ちに賠償の対象とならないというものではなく、個別具体的な事情に応じて相当因果関係のある損害と認められるものは、全て賠償の対象となる。 ○東京電力には、被害者からの賠償請求を真摯に受け止め、上記に留意するとともに、指針で賠償の対象と明記されていない損害についても個別の事例又は類型毎に、指針の趣旨も踏まえ、かつ、当該損害の内容に応じて賠償の対象とする等、合理的かつ柔軟な対応と同時に被害者の心情にも配慮した誠実な対応が求められる。 ○ADRセンターにおける和解の仲介においては、東京電力が、令和3(2021)年8月4日に認定された「第四次総合特別事業計画」において示している「3つの誓い」のうち、特に「和解仲介案の尊重」について、改めて徹底することが求められる。 避難指示区域の区分  同指針の策定・公表を受け、東電は1月31日に「中間指針第五次追補決定を踏まえた避難等に係る精神的損害等に対する追加の賠償基準の概要について」というリリースを発表した。 以下、その詳細を見ていくが、その前に、賠償範囲の基本となる県内各地の避難指示区域等の区分(地図参照)について解説する。 地図上の「A」は福島第一原発から20㌔圏内の帰還困難区域。なお、ここには双葉・大熊両町にあった居住制限区域・避難指示解除準備区域(※現在は解除済み)も含まれている。両町の居住制限区域・避難指示解除準備区域は、原賠審の各種指針でも「双葉・大熊両町は生活上の重要なエリアが帰還困難区域に集中しており、居住制限区域・避難指示解除準備区域だけが解除されても住民が戻って生活できる環境にはならない」といった判断から、帰還困難区域と同等の扱いとされている。 「B」は福島第一原発から20㌔圏外の帰還困難区域。旧計画的避難区域で、浪江町津島地区や飯舘村長泥地区などが対象。 「C」は福島第一原発から20㌔圏内の居住制限区域と避難指示解除準備区域(双葉・大熊両町を除く)。このエリアは2017年春までにすべて避難解除となった。 「D」は福島第一原発から20㌔圏外の居住制限区域と避難指示解除準備区域。旧計画的避難区域で、川俣町山木屋地区や飯舘村(長泥地区を除く)などが対象。 「E」は緊急時避難準備区域。主にC・D以外の20~30㌔圏内が指定され、2011年9月末に解除された。 「F」は屋内退避区域と南相馬市の30㌔圏外。屋内退避区域は2011年4月22日に解除された。南相馬市の30㌔圏外は、政府による避難指示等は出されていないが、同市内の大部分が30㌔圏内だったため、事故当初は生活物資などが入ってこず、生活に支障をきたす状況下にあったことから、市独自(当時の桜井勝延市長)の判断で、30㌔圏外の住民にも避難を促した。そのため、屋内退避区域と同等の扱いとされている。 「G」は自主的避難等対象区域。A~D以外の浜通り、県北地区、県中地区が対象。 「H」は白河市、西白河郡、東白川郡が対象。なお、宮城県丸森町もこれと同等の扱い。 「I」は会津地区。今回の「第5次追補」では追加賠償の対象になっていない。 このほか、伊達市、南相馬市、川内村の一部には特定避難勧奨地点が設定されたが、限られた範囲にとどまるため、地図では示していない。 追加賠償の項目と金額  この区分ごとに、今回の追加賠償の項目・金額を別表に示した。それが個別の事情(避難経路に伴う賠償増額分、事故発生時に要介護者や妊婦だった人などへの精神的損害賠償の増額)を除いた一般的な追加賠償である。 なお、表中の※1、2は、2011年3月11日から同年12月31日までの間に18歳以下、妊婦だった人は60万円に増額となる。※3は、福島第二原発から8〜10㌔圏内の人に限り、15万円が支払われる。具体的には楢葉町の緊急時避難準備区域の住民が対象。※4〜7はすでに一部賠償を受け取っている人はその差額分が支払われる。例えば、自主的避難区域の対象者には2012年2月以降に8万円、同年12月以降に4万円の計12万円が支払われた。これを受け取った人は、差額分の8万円が追加されるという具合。なお、子ども・妊婦にはこれを超える賠償がすでに支払われているため対象外。 県南地域・宮城県丸森町(地図上のH)への賠償は、「与党東日本大震災復興加速化本部からの申し入れや、与党の申し入れを受けた国から当社への指導等を踏まえて追加賠償させていただきます」(東電のリリースより)という。 そのほか、東電は、追加賠償の受付開始時期や今回示した項目以外の賠償については、「3月中を目処にあらためてお知らせします」としている。 いずれにしても、原賠審の指摘にあったように、「指針が示す損害額の目安が賠償の上限ではない」、「指針で示されなかったものや対象区域として明示されなかった地域が賠償対象にならないわけではない」、「被害者からの賠償請求を真摯に受け止め、指針で明記されていない損害についても個別事例、類型毎に、損害内容に応じて賠償対象とするなど、合理的かつ柔軟な対応が求められる」、「『和解仲介案の尊重』について、あらためて徹底すること」等々を忘れてはならない。 ところで、今回の追加賠償はすべて「精神的損害賠償」に付随するものと言える。そう捉えるならば、追加賠償前と追加賠償後の精神的損害賠償の合計額、区分ごとの金額差は別表のようになる。帰還困難区域と居住制限区域・避難指示解除準備区域の差は600万円から480万円に縮まった。ただ、このほかにすでに支払い済みの財物賠償などがあり、それは帰還困難区域の方が手厚くなっている。 原発事故以降続く「分断」  いまも元の住居に戻っていない居住制限区域の住民はこう話す。 「居住制限区域・避難指示解除準備区域はすべて避難解除になったものの、とてもじゃないが戻って以前のような生活ができる環境にはなっていません。まだまだ以前とは程遠い状況で、実際、戻っている人は1割程度かそれ以下しかいません。多くの人が『戻りたい』という気持ちはあっても戻れないでいるのが実情なのです。そういう意味では、(居住制限区域・避難指示解除準備区域であっても)帰還困難区域とさほど差はないにもかかわらず、賠償には大きな格差がありました。少しとはいえ、今回それが解消されたのは良かったと思います」 もっとも、帰還困難区域と居住制限区域・避難指示解除準備区域の差は少し小さくなったが、避難指示区域とそれ以外という点では、格差が拡大した。 そもそも、帰還困難区域の住民からすると、「解除されたところ(居住制限区域・避難指示解除準備区域)と自分たちでは全然違う」といった思いもあろう。 原発事故以降、福島県はそうしたさまざまな「分断」に悩まされてきた。やむを得ない面があるとはいえ、今回の追加賠償で「新たな分断」が生じる恐れもある。 一方で、県外の人の中には、福島県全域で避難指示区域並みの賠償がなされていると勘違いしている人もいるようだが、実態はそうではないことを付け加えておきたい。 中間指針第五次追補等を踏まえた追加賠償の案内 https://www.tepco.co.jp/fukushima_hq/compensation/daigojitsuiho/index-j.html あわせて読みたい 原賠審「中間指針」改定で5項目の賠償追加!?

  • 【原発事故から12年】終わらない原発災害

     大震災・原発事故から丸12年を迎える。干支が一周するだけの長い期間が経ったわけだが、地震・津波被災地の多くは目に見える復興を果たしているのに対し、原発被災地・被災者については、まだまだ復興途上と言える。むしろ、長期化することによって新たな被害が発生している面さえある。被害が続く原発災害のいまに迫る。 帰還困難区域の新方針に異議アリ 双葉町の復興拠点と帰還困難区域の境界  国は原発事故に伴い設定された帰還困難区域のうち、「特定復興再生拠点区域」から外れたエリアを、新たに「特定帰還居住区域」として設定し、住民が戻って生活できるように環境整備をする方針を決めた。その概要と課題について考えていきたい。 問題は「放射線量」と「全額国負担」  原発事故に伴う避難指示区域は、当初は警戒区域・計画的避難区域として設定され、後に避難指示解除準備区域、居住制限区域、帰還困難区域の3つに再編された。現在、避難指示解除準備区域と居住制限区域は、すべて解除されている。 一方、帰還困難区域は、文字通り住民が戻って生活することが難しい地域とされてきた。ただ、2017年5月に「改正・福島復興再生特別措置法」が公布・施行され、その中で帰還困難区域のうち、比較的放射線量が低いところを「特定復興再生拠点区域」(以下、「復興拠点」)として定め、除染や各種インフラ整備などを実施した後、5年をメドに避難指示を解除し帰還を目指す、との基本方針が示された。 これに従い、帰還困難区域を抱える町村は、復興拠点を設定し「特定復興再生拠点区域復興再生計画」を策定した。なお、帰還困難区域は7市町村にまたがり、総面積は約337平方㌔。このうち復興拠点に指定されたのは約27・47平方㌔で、帰還困難区域全体の約8%にとどまる。南相馬市は対象人口が少ないことから、復興拠点を定めていない。 復興拠点のうち、JR常磐線の夜ノ森駅、大野駅、双葉駅周辺は、同線開通に合わせて2020年3月末までに解除された。そのほかは除染やインフラ整備などを行い、順次、避難指示が解除されている。これまでに、葛尾村(昨年6月12日)大熊町(同6月30日)、双葉町(同8月30日)が解除され、残りの富岡町、浪江町、飯舘村は今春の解除が予定されている。 復興拠点から外れたところは、2021年7月に「2020年代の避難指示解除を目指す」といった大まかな方針は示されていたが、具体的なことは決まっていなかった。ただ、今年に入り、国は復興拠点から外れたところを「特定帰還居住区域」として定めることを盛り込んだ「改正・福島復興再生特別措置法」の素案をまとめ、2月7日に閣議決定した。 復興庁の公表によると、法案概要はこうだ。 ○市町村長が復興拠点外に、避難指示解除による住民帰還、当該住民の帰還後の生活再建を目指す「特定帰還居住区域」(仮称)を設定できる制度を創設。 ○区域のイメージ▽帰還住民の日常生活に必要な宅地、道路、集会所、墓地等を含む範囲で設定。 ○要件▽①放射線量を一定基準以下に低減できること、②一体的な日常生活圏を構成しており、事故前の住居で生活再建を図ることができること、③計画的、効率的な公共施設等の整備ができること、④復興拠点と一体的に復興再生できること。 ○市町村長が特定帰還居住区域の設定範囲、公共施設整備等の事項を含む「特定帰還居住区域復興再生計画」(仮称)を作成し、内閣総理大臣が認定。 ○認定を受けた計画に基づき、①除染等の実施(国費負担)、②道路等のインフラ整備の代行など、国による特例措置等を適用。 復興拠点は、対象町村がエリア設定と同区域内の除染・インフラ整備などの計画を立て、それを国に提出し、国から認定されれば、国費で環境整備が行われる、というものだった。「特定帰還居住区域」についても、同様の流れになるようだ。 2つの課題  実際に、どれだけの範囲が「特定帰還居住区域」に設定されるかは現時点では不明だが、この対応には大きく2つの問題点がある。 1つは、帰還困難区域(放射線量が高いところ)に住民を戻すのが妥当なのか、ということ。その背景には、こんな問題もある。鹿砦社発行の『NO NUKES voice(ノーニュークスボイス)』(Vol.25 2020年10月号)に、本誌に度々コメントを寄せてもらっている小出裕章氏(元京都大学原子炉実験所=現・京都大学複合原子力科学研究所=助教)の報告文が掲載されているが、そこにはこう記されている。   ×  ×  ×  × フクシマ事故が起きた当日、日本政府は「原子力緊急事態宣言」を発令した。多くの日本国民はすでに忘れさせられてしまっているが、その「原子力緊急事態宣言」は今なお解除されていないし、安倍首相が(※東京オリンピック誘致の際に)「アンダーコントロール」と発言した時にはもちろん解除されていなかった。 (中略)避難区域は1平方㍍当たり、60万ベクレル以上のセシウム汚染があった場所にほぼ匹敵する。日本の法令では1平方㍍当たり4万ベクレルを超えて汚染されている場所は「放射線管理区域」として人々の立ち入りを禁じなければならない。1平方㍍当たり60万ベクレルを超えているような場所からは、もちろん避難しなければならない。 (中略)しかし一方では、1平方㍍当たり4万ベクレルを超え、日本の法令を守るなら放射線管理区域に指定して、人々の立ち入りを禁じなければならないほどの汚染地に100万人単位の人たちが棄てられた。 (中略)なぜ、そんな無法が許されるかといえば、事故当日「原子力緊急事態宣言」が発令され、今は緊急事態だから本来の法令は守らなくてよいとされてしまったからである。   ×  ×  ×  × 「原子力緊急事態宣言」にかこつけて、法令が捻じ曲げられている、との指摘だ。そんな場所に住民を帰還させることが正しいはずがない。 もっとも、対象住民(特に年配の人)の中には、「どんな状況であれ戻りたい」という人も一定数おり、それは当然尊重されるべき。今回の原発事故で、避難指示区域の住民は何ら過失がない完全なる被害者なのだから、「元の住環境に戻してほしい」と求めるのも道理がある。 そこでもう1つの問題が浮上する。それは帰還困難区域の除染・環境整備は全額国費で行われていること。国は、①政府が帰還困難区域の扱いについて方針転換した、②東電は帰還困難区域の住民に十分な賠償を実施している、③帰還困難区域の復興拠点区域の整備は「まちづくりの一環」として実施する――の主に3点から、帰還困難区域の除染費用などは東電に求めないことを決めている。 原因者である東電の責任(負担)で環境回復させるのであれば別だが、そうせず国費(税金)で行うとなれば話は変わってくる。利用者が少ないところに、多額の税金をつぎ込むことになり、本来であれば大きな批判に晒されることになる。ただ、原発事故という特殊事情があるため、そうなりにくい。国は、それを利用して、事故原発がコントロールされていることをアピールしたいだけではないかと思えてならない。 そもそも、各地で起こされた原発賠償集団訴訟で、最高裁は国の責任を認めない判決を下している。一方では「国の責任はない」とし、もう一方では「国の責任として帰還困難区域を復興させる」というのは道理に合わない。 帰還困難区域は、基本的には立ち入り禁止にし、どうしても戻りたい人、あるいはそこで生活しないとしても「たまには生まれ育ったところに立ち寄りたい」といった人たちのための必要最低限の環境が整えば十分。そういった方針に転換するか、あるいは帰還困難区域の除染に関しても東電に負担を求めるか、そのどちらかしかあり得ない。 海外からも責められる汚染水放出 多核種除去設備などを通しトリチウム以外の62物質を低減させたALPS処理水などを収めたタンクが並ぶ 東京電力福島第一原発敷地内に溜まる汚染水(ALPS処理水)について、政府は今春から夏ごろに海洋放出する方針だ。健康被害やいわゆる風評被害が発生する懸念があるため、反対する声も多く、国外でも疑問視する意見が噴出している。 「外交への影響」を指摘する専門家  汚染水放出については、日本に近い韓国、中国、台湾が「海洋汚染につながる」と反対。放出決定後は、太平洋諸島フォーラム(オーストラリア、ニュージーランドなど15カ国、2地域が加盟する地域協力機構)などが重大な懸念を示した。昨年9月にはミクロネシア連邦のパニュエロ大統領が国連総会の演説で日本を非難している。 1月31日には国連人権理事会が日本の人権状況についての定期審査会合を開いた。韓国・中央日報日本語版ウェブの2月2日配信記事によると、この中で汚染水海洋放出について触れられたという。 《マーシャル諸島代表は「日本が太平洋に流出しようとしている汚染水は環境と人権にとって危険」とし「放流が及ぼす影響を包括的に調査してデータを公開する必要がある」と注文した。サモア代表は「我々は汚染水放流が人と海に及ぼす影響に関する科学的かつ検証可能なデータが提供され、太平洋の島国に情報格差が生じている問題が解決されるまでは日本は放流を自制するよう勧告する」と話した》 日本政府は〝火消し〟に躍起で、2月7日に太平洋諸島フォーラム代表団と会談した岸田文雄首相は「自国民及び太平洋島嶼国の国民の生活を危険に晒し、人の健康及び海洋環境に悪影響を与えるような形での放出を認めることはない」と約束した。 しかし、不安は根強く残っている。 昨年12月17日、市民団体「これ以上海を汚すな!市民会議」が開いたオンラインフォーラム「放射能で海を汚すな!国際フォーラム~環太平洋に生きる人々の声」ではマーシャル諸島出身の女性が反対意見を述べた。同諸島では過去に米国の核実験が行われており、白血病や甲状腺がんなどの罹患率が高いという。 核燃料サイクルなどを専門とする米国の研究者・アルジュン・マクジャニ氏は東電の公開データは不十分であり、汚染水をきちんと処理できるか疑問があると指摘。地震に強いタンクを作るなど〝代替案〟があるのに、十分に検討されていない、と述べた。 東アジアは不安視 福島市で開かれた「原子力災害復興連携フォーラム」  東アジアの韓国、中国、台湾も日本と距離が近いだけに不安視しているようだ。2月8日、福島市で開かれた「原子力災害復興連携フォーラム」(福島大、東大の主催)で、福島第一原発事故についての意識調査の結果が発表されたが、こうした傾向が強く見られた。 調査は東大大学院情報学環総合防災情報研究センター准教授の関谷直也氏が2017年と2022年にインターネットで実施したもの。票数は世界各国の最大都市各300票で、合計3000票(性年代は均等割り当て)。 例えば、福島第一原発3㌔圏内に関する認識を問う質問で、2017年に「放射能汚染が原因で、海産物が食べられなくなった」と答えたのは、ドイツ66・0%、英国50・7%、米国47・3%。それに対し東アジアは台湾77・7%、中国70・7%、韓国68・7%と高い傾向にあった。5年後の2022年調査でも東アジアは下がり幅が小さく、韓国に至っては73・0%と逆に上昇している。 2022年調査で、県産食品の安全性を尋ねた質問では「非常に危険」、「やや危険」と考える割合が韓国で90%、中国で71・4%を占めた。「観光目的で福島県を訪問したいか」という問いには韓国の76・7%、中国の64・0%が「思わない」と答えた。 関谷准教授は「近くにある国なので、自国への影響を気にする一方、原発や放射性物質に関する情報自体が少なく、危険視する報道を鵜呑みにする傾向も見られる」と分析し、「本県の現状を正確に発信し、理解を求めることが重要だ」と話す。 もっとも、国内でも反対意見が出ているのに簡単に理解を得られるとは思えない。もしこの状態で海洋放出を強行すれば国際問題にまで発展することが想定される。 政府はいわゆる風評被害対策として300億円、漁業者継続支援に500億円の基金を設けているが、国外の人は対象になっていない。 海外で損害への対応を訴える人がいた場合どうなるのか、同連携フォーラムの質疑応答の時間に手を挙げて尋ねたところ、公害問題・原発問題に詳しい大阪公立大大学院経営学研究科の除本理史教授が対応し、「おそらく裁判を提起されることになるのではないか」と答えた。 本誌昨年12月号巻頭言では、海外の廃炉事情に詳しい尾松亮氏(本誌で「廃炉の流儀」連載中)が次のようにコメントしていた。 「現時点では、西太平洋・環日本海で放射性物質による海洋汚染を規制する国際法の枠組みがないため、被害額を確定して法的効力のある賠償請求をすることは難しい面があります。しかし国連や国際海洋法裁判所などあらゆる場で、日本の汚染責任が繰り返し指摘され、エンドレスな論争に発展し得る。政府や東電がいくら『海洋放出の影響は軽微』と主張しても、汚染者の言い分でしかない。政府や東電は『海洋放出以外の選択肢』を本当に探り尽くしたのか、東電の行う環境影響評価は妥当なものか、国際社会から問われ続けることになるでしょう」 海洋放出に向けた工事は着々と進められており、2月14日には海底トンネル出口となるコンクリート製構造物「ケーソン」の設置が完了した。トリチウムは世界の原発で海洋放出されているとして、放出に賛成する意見もあるが、国内外で反対意見が噴出している状況で放出を強行すれば、外交問題に発展する恐れもある。 トリチウム(半減期12・3年)など放射性物質の除去技術を開発しながら、堅牢な大型タンクに移すなどの〝代替案〟により、長期保管していく方が現実的ではないだろうか。 双葉町公営住宅の入居者数は22人 JR双葉駅西側に整備された双葉町駅西住宅。同町に住んでいた人が対象の「災害公営住宅」、転入を希望している人も対象となる「再生賃貸住宅」で構成される。  浜通りの原発被災自治体では国の財源で〝復興まちづくり〟が進められている。だが、現住人口は思うように増えておらず、文字通り住民不在の復興が進められている格好だ。 大規模な「復興まちづくり」の是非  昨秋、JR双葉駅西側に公営住宅「双葉町駅西住宅」が誕生した。福島第一原発や中間貯蔵施設が立地する同町。町内のほとんどが帰還困難区域に指定されていたが、町はJR双葉駅周辺や幹線道路沿いを特定復興再生拠点区域に設定し、この間、除染・インフラ整備を行ってきた。 同住宅はそうした動きに合わせて整備されたもので、同年8月の避難指示解除後、入居が始まった。 住宅の内訳は、町民を対象とした災害公営住宅30戸、町民や転入予定者を対象とした再生賃貸住宅56戸。まず第1期25戸が分譲され、順次整備・入居が進められる。 住宅には土間や縁側が設けられ、大屋根の屋外空間を備えた共有施設「軒下パティオ」も併せて造られた。基盤整備を担当したのはUR都市機構。2月1日には団地の隣接地に双葉町診療所が開所するなど周辺環境整備も進められている。 町役場によると、現在住んでいるのは18世帯22人。町内には一足先に避難指示が解除されたエリアもあり、自宅で暮らす人がいるかもしれないが、それほど多くはないだろう。 町は特定復興再生拠点区域について、避難指示解除から5年後の居住人口目標を約2000人に設定している。原発事故直前の2011年2月末現在の人口は7100人。 復興への複雑な思い 曺弘利さん  同住宅内に住む人に声をかけた。兵庫県神戸市で設計会社を営む一級建築士の曺弘利(チョ・ホンリ)さんだった。同町住民と住宅をルームシェアし、町内の風景をスケッチに残す活動をしてきたという。最近では神戸市の学生とともに、同町の街並みをジオラマとして再現する活動にも取り組んでいる。 制作中のジオラマ  神戸市出身の曺さんは、阪神・淡路大震災からの〝復興〟により、自分が知るまちが全く違うまちに変容していく姿を見て来た。その経験から全町避難が続いていた双葉町に思いを寄せ、一部区域への立ち入り規制が解除された2020年以降、頻繁に足を運んだ。 双葉町の復興状況を見てどう感じたか。曺さんに尋ねると、「原発事故直後から時間が止まっている場所がある。町を残すために奮闘している伊澤史朗町長の思いは分かる」と語った。その一方で、「わずかな現住人口のために、大規模な復興まちづくりを進める必要があったのかとも考える。国の復興政策を検証する必要があるのではないか」と複雑な思いを口にした。 原発被災自治体では復興を加速させるためにさまざまな公共施設が整備されている。昨年9月には双葉駅前に同町役場の新庁舎が整備された。総事業費は約14億6600万円だ。県は原発被災自治体への移住を促すべく、県外からの移住者に最大200万円の移住交付金を交付している。もともとの住民は避難先に定着しつつあり、帰還率は頭打ちとなりつつある。 原発事故の理不尽さ、故郷を失われた住民の無念、住民不在で復興まちづくりを進める是非……スケッチやジオラマで再現された風景にはそうした思いも込められている。 完成したジオラマは3月、役場に贈呈される予定だ。 3年目迎える福島第二の廃炉作業 北側の海岸から見た福島第二原発(2月19日撮影)  東京電力福島第二原発の廃炉作業が2021年6月に始まってからもうすぐ2年。2064年度に終える計画だが、まだ原子炉格納容器などの放射能汚染を調査する段階で、工程は変わりうる。「始まったばかり」で確かなことは言えない状況だ。 2064年度終了計画は現実的か  楢葉町と富岡町に立地する福島第二原発は福島第一原発と同じ沸騰水型発電方式で、震災時は1、2、4号機が電源を失い原子炉の冷却機能を喪失した。現場の必死の対応で危機的状況を脱し、全4基で冷温停止を維持している。1~4号機の原子炉建屋内では計9532体の使用済み核燃料を保管している。これらの燃料はいずれ外部に移し、処分しなければならないが、受け入れ先は未定だ。 県や県議会は震災直後から福島第二原発の廃炉を求めていた。東電は動かせる原発は動かし、そこで得た利益を福島第一原発事故の賠償に充てる考えだったため、あいまいな態度を取り続けていたが、2018年6月に廃炉を検討すると明言(朝日新聞同年6月15日付)。翌19年7月に正式決定し、震災による冷却機能喪失から10年が経った21年6月にようやく廃炉作業が始まった。 廃止措置計画では、2064年度までの期間を4段階に分けている。山場となるのは、31年度から始まる第2段階「原子炉周辺設備等解体撤去期間」(12年)と43年度ごろから始まる第3段階の「原子炉本体等撤去期間」(11年)だ。第2段階では原子炉建屋内のプールから核燃料の取り出しが本格化し、第3段階では内部が放射能で汚染されている原子炉本体の解体撤去を進める予定だ。 現在から2030年度までは第1段階の「解体工事準備期間」。汚染状況の調査は1~4号機で継続して行われている。今年3月までは放射線管理区域外にある窒素供給装置などの設備解体が進められている(昨年12月時点)。 東電は昨年5月、「福島第二原子力発電所 廃止措置実行計画2022」を発表した。毎年更新するとのことだが、どの月に発表するかは作業の進捗状況に左右されるという。 懸念されるのは、福島第一原発や廃炉が決定した他の原発の大規模作業とかち合い、ただでさえ足りない人手がさらに不足する事態だ。人員確保の費用も上昇しかねない。 解体に要する総見積額は次の通り。 1号機 約697億円 2号機 約714億円 3号機 約708億円 4号機 約704億円 1~4号機で計約2823億円 ただし、これは新型コロナ禍やロシアによるウクライナ侵攻前の2019年8月時点の試算。資材や原油価格の高騰、円安などによる影響は考慮されていない。本誌が「コロナ禍後の影響を考慮した最新の試算はあるのか」と尋ねると、福島第二原発の広報担当者はこう答えた。 「廃止措置の作業は始まったばかりのため、コロナ禍や資材不足が影響するような大きな作業はまだ行われていません。44年の廃止措置期間に影響が出るような大きな変更は今のところないです」 確かに、作業が始まったばかりのいまは大した影響はないかもしれない。しかし、大がかりな建設・土木作業と人員が求められる第2、第3段階では大量の資材が必要となり、作業員同士の感染防止対策も強化しなければならいため、試算が変わる余地があるということではないか。年月の経過とともに物価は上昇する傾向にあるから、第2、第3段階で見積もりが増加するのは想像に難くない。 第2段階以降の計画も、東電は汚染状況の調査結果を反映して変更する可能性があると前置きしている。震災で最悪の事態を回避し、冷温停止に持ち込んだ福島第二原発でさえ汚染状況次第では計画に変更が出るということだ。 こうした中、水素爆発を起こした福島第一原発では、現代の技術力では困難とされる燃料デブリ取り出しが手探り状態で続いているが、格納容器内部の初期調査でさえロボットのトラブルが相次ぎ、前進している気配がない。廃炉作業の先行きが全く見えないのも当然だろう。 東電をはじめ電力会社は、多数の原発の廃炉作業がかち合い、想定通りに進まないという最悪のシナリオを試算・公表して、国全体で危機感を高めていく必要がある。 あわせて読みたい 【原発事故から12年】旧避難区域のいま【2023年】写真 【原発事故13年目の現実】建築士が双葉町にジオラマを寄贈

  • 【原発事故から12年】旧避難区域のいま【2023年】写真

     震災・原発事故から丸12年。原発被災地の避難指示が解除された区域はどう変化しているのか。特定復興再生拠点区域を中心にめぐった。 今年春の避難指示解除に向けて除染・インフラ復旧が行われている富岡町夜の森地区では、立ち入り規制が緩和され、ゲートが撤去されていた。大熊町のJR大野駅前の商店街は建物がすべて解体され、更地になっていた。双葉町の双葉駅西側には公営住宅が整備されていた。 ハード面の整備が加速する一方で、住民の帰還状況は頭打ちとなりつつあり、県はさまざまな補助制度を設けて移住促進に力を入れている。福島国際研究教育機構が整備される浪江町では、駅前の再開発が行われ、〝研究者のまち〟が整備される見通し。福島第一原発や中間貯蔵施設の行く末が見えない中、住民不在で進められる復興まちづくり。その在り方を考える必要がある。(志賀) JR双葉駅西側に整備された双葉町駅西住宅。同町に住んでいた人が対象の「災害公営住宅」、転入を希望している人も対象となる「再生賃貸住宅」で構成される。 公営住宅の近くに開所した双葉町診療所 JR双葉駅東側のバス・タクシー乗り場。奥に見えるのは双葉町役場の新庁舎 更地になったJR大野駅前の商店街(大熊町)。空間線量は1マイクロシーベルト毎時。 大川原地区に整備されている認定こども園・義務教育学校「学び舎(や)ゆめの森」の校舎(大熊町)。事業費約45億円。入園・入学予定者26人(2月17日現在) 特定復興再生拠点区域に整備されている防災拠点(浪江町室原地区) 整備中の福島県復興祈念公園(双葉町・浪江町、見晴らし台からスマートフォンのパノラマ機能で撮影) 除染・復旧工事が進められる夜の森地区・夜の森公園(富岡町)。同地区は特定復興再生拠点区域に指定されており、今春解除される見通し 福島国際研究教育機構の立地予定地(浪江町川添地区) 125億円かけて再開発が行われるJR浪江駅前(浪江町) あわせて読みたい 【原発事故から12年】終わらない原発災害

  • 原発事故被害を伝える2つのトークイベント

     1月、いわき市湯本温泉「古滝屋」館内にある「原子力災害考証館furusato」で、原発事故の被害を伝え続ける人たちによる2つのイベントが開催された。 1月9日に開かれたのが、原発被災地を撮り続けてきたフォトジャーナリスト・豊田直巳さんと、「30年中間貯蔵施設地権者会」の門馬好春会長によるトークセッション。 飯舘村をはじめ、原発被災地を数多く取材してきた豊田さんは「原発被災地を取材する中で、誰のための復興なのか、考えることが多かった」と指摘。併せて放射能被害と向き合わず、復興を強調する大手マスコミの手口を、実例を示しながら批判した。 門馬さんは「中間貯蔵施設の交渉を通して、国のスタンスに疑問を抱いた」として、豊田さんの意見に同調。そのうえで、除染土の再利用についての動きに懸念を示した。 考証館に展示された写真パネルの前で話す豊田さん(中央)と門馬さん(左)  イラク・パレスチナなどの紛争地取材の経験を持つ豊田さん。その経験から、常に目の前の事象を相対的に捉え、取材時には大局的な動きや国の狙いを意識しているという。そうした視点は廃炉作業や復興政策を考える上で重要になるだろう。 同考証館では同地権者会の取り組みや中間貯蔵施設の問題点を紹介するパネルを展示。2月末までは、豊田さんが撮影した中間貯蔵施設内などの写真展も催されている。 1月21日に開かれたのが、「公害資料館連携フォーラム2023in福島」のプレ企画、トークセッション「福島の経験を継承する」。 公害資料館ネットワークHP:https://kougai.info/ 公共アーカイブ施設担当者などの報告に一般参加者など約50人が熱心に耳を傾けた  同フォーラムは公害教育を実施する組織・個人が交流するイベント。今年県内で開催される予定だ。原子力災害(原発事故)も公害と同じ社会的災害と捉えられることから、プレ企画として関係者のトークセッションが行われた。 福島県立博物館、とみおかアーカイブ・ミュージアム、東日本大震災・原子力災害伝承館など、公共のアーカイブ施設の担当者に加え、個人で活動する人が一堂に会し、それぞれの活動を報告した。 原発事故は避難指示が出され、立ち入りが制限された期間・地域がある分、資料収集が容易でない。そうした中で、各担当者はさまざまなアプローチで継承に取り組んでいる。 この日は「文化財ではなく、一見するとごみのようなものに価値がある」、「防災教育に生かすためには他人事の災害を自分化することが必要」などの意見が出た。 興味深かったのは、とみおかアーカイブ・ミュージアム担当者による「原発事故の教訓なんておこがましい。資料を抽出せず客観的に提示し、自由に考えてもらうことが重要」という発言。原発事故の記憶がない子どもたちや関心がない人に、当時のことを一方的に伝えても〝継承〟したとは言えない。「あえてメッセージ性を排除し、自由に考えてもらう」というのも一つのやり方だろう。 翌日には参加者による浜通り現地見学ツアーも実施された。 間もなく震災・原発事故から丸12年を迎える。風化は進むばかりだが、その一方で原発事故の被害を伝え続けている人もいるということだ。

  • 【汚染水海洋放出】地元議会の大半が反対・慎重

    ジャーナリスト 牧内昇平  政府や東京電力は福島第一原発にたまる汚染水(ALPS処理水)の海洋放出に向けて突き進んでいる。しかし、地元である福島県内では、自治体議会の約8割が海洋放出方針に「反対」や「慎重」な態度を示す意見書を可決してきた。このことを軽視してはならない。 意見書から読み解く住民の〝意思〟  2020年1月から今年6月までの期間に、県内の自治体議会がどのような意見書を可決し、政府や国会などに提出してきたかをまとめた。筆者が調べたところ、県議会を含めた60議会のうち、9割近くの52議会が汚染水問題について2年半の間に何らかの意見書を可決していた(表参照)。 「汚染水」海洋放出問題に関する自治体議会の意見書 自治体時期区分内容(意見、要求)福島県2022年2月【慎重】丁寧な説明、風評対策、正確な情報発信福島市2021年6月【慎重】丁寧な説明、風評対策会津若松市2021年6月【慎重】県民の同意を得た対応、風評対策郡山市2020年6月【反対】(風評対策や丁寧な意見聴取が実行されるまでは)海洋放出に反対いわき市2021年5月【反対】再検討、関係者すべての理解が必要、当面の間は陸上保管の継続白河市2021年9月【反対】再検討、国民の理解が醸成されるまで当面の間は陸上保管の継続須賀川市2020年9月【慎重】丁寧な意見聴取、安全性の情報開示喜多方市2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回、当面は地上保管の継続、対話形式の住民説明会相馬市2021年6月【反対】海洋放出方針決定に反対、国民的な理解が得られていない二本松市2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回、地上保管の継続田村市2021年6月【反対】海洋放出方針の見直し、漁業団体等の合意が得られていない南相馬市2021年4月【反対】海洋放出方針の撤回、国民的な理解と納得が必要伊達市2020年9月【慎重】国民の理解が得られる慎重な対応を本宮市2020年9月【慎重】安全性の根拠の提示や風評対策桑折町2021年6月【反対】風評被害を確実に抑える確信が得られるまで海洋放出の中止国見町2020年9月【反対】拙速に海洋放出せず、当面地上保管の継続川俣町2021年6月【反対】国民的な理解を得られていない海洋放出に強く反対大玉村2021年6月【反対】国民的な理解を得られていない海洋放出に強く反対鏡石町2020年12月【反対】国民の合意がないまま海洋放出しない、当面は地上保管の継続天栄村2021年6月【慎重】丁寧な意見聴取、風評対策西郷村2021年9月【反対】海洋放出方針の撤回、陸上保管の継続など課題解決泉崎村2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回、当面は地上保管の継続中島村2020年9月【反対】水蒸気放出および海洋放出に強く反対、陸上保管の継続矢吹町2020年9月【反対】放射性汚染水の海洋および大気放出は行わないこと棚倉町(意見書なし)矢祭町2020年9月【反対】国民からの合意がないままに海洋放出してはいけない塙町(意見書なし)鮫川村2020年7月【慎重】丁寧な意見聴取、風評対策石川町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回玉川村(意見書なし)平田村2020年9月【反対】水蒸気放出、海洋放出に反対浅川町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回古殿町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回三春町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回小野町2020年9月【慎重】最適な処分方法の慎重な決定、風評対策北塩原村(意見書なし)西会津町2020年9月【慎重】丁寧な意見聴取などの慎重な対応、地上保管の検討、風評対策磐梯町2020年9月【反対】海洋放出に反対猪苗代町2020年9月【反対】地上タンクでの長期保管、タンク内放射性物質の除去を徹底会津坂下町2021年6月【反対】陸上保管やトリチウムの分離を含めたあらゆる処分方法の検討湯川村2021年9月【慎重】丁寧な説明、風評対策、トリチウム分離技術の研究柳津町2021年6月【慎重】正確な情報発信、風評対策など慎重かつ柔軟な対応三島町(意見書なし)金山町2021年9月【慎重】十分な説明と慎重な対応昭和村2021年6月【慎重】十分な説明と慎重な対応会津美里町2020年9月【反対】地上タンクでの長期保管、海洋放出はさらに大きな風評被害が必至下郷町2021年9月【反対】海洋放出方針の再検討桧枝岐村(意見書なし)只見町2021年9月【反対】再検討、国際社会と国民の理解が必要、陸上保管の継続南会津町2021年9月【反対】再検討、国際社会と国民の理解が必要、陸上保管の継続広野町2020年12月【早期決定】処分方法の早急な決定、丁寧な説明、風評対策楢葉町2020年9月【早期決定】風評対策、慎重かつ早急な処分方法の決定富岡町(意見書なし)川内村(意見書なし)大熊町2020年9月【早期決定】処分方法の早期決定、丁寧な説明、風評対策双葉町2020年9月【早期決定】処分方法の早期決定、説明責任、風評対策浪江町2021年6月【慎重】丁寧な説明、風評被害への誠実な対応葛尾村2021年3月【早期決定】処分方法の早期決定、丁寧な説明、風評対策新地町2021年6月【反対】海洋放出方針に反対、国民や関係者の理解が得られていない飯舘村(意見書なし)※各議会のホームページ、会議録、議会だより、議会事務局への取材に基づいて筆者作成。 ※「区分」は上記取材を基に筆者が分類。「内容」は意見書のタイトルや文面、議会での議論の経過を基に掲載。 ※2020年1月から22年6月議会の動向。「時期」は議会の開会日。複数の意見書がある場合は基本的に最新のもの。 政府方針決定後も21議会が「反対」  意見書のタイトルや内容から、各議会の考えを【反対】、【慎重】、【早期決定】の三つに分けてみる。海洋放出方針の「撤回」や「再検討」、「陸上保管の継続」などを求める【反対】派は31議会で、全体の半分を占めた。「反対」とは明記しないが、「風評被害対策」や「丁寧な説明」などの対応を求める【慎重】派は16議会。双葉、大熊両町など5議会が【早期決定】派だった。 約8割に当たる47議会が【反対】【慎重】の意思を表していることは注目に値する。また、意見書を出していない8議会も当然関心はあるだろう。飯舘村議会は今年5月、政府に対して「丁寧な説明」「正確な情報発信」「風評被害対策」を求める要望書を提出。富岡町議会は昨年5月に全員協議会を開き、この問題を議論している。 ただし、筆者が反対派に分類したうちの10議会は、昨年4月13日の政府方針決定前に意見書を提出している点は要注意である。こうした議会が現時点でも「反対」を維持しているとは限らないからだ。たとえば郡山市議会は、20年6月議会で「反対」の意見書を可決したものの、政府方針決定後は「再検討」や「陸上保管の継続」を求める市民団体の請願を「賛成少数」で不採択としている。議会の会議録を読むと、「国の方針がすでに決まり、風評被害対策や県民に対する説明を細やかに行うと言っているのだから様子を見ようではないか」という趣旨の発言が多かったように感じた。 だが筆者はむしろ、全体の3分の1を超える21議会が政府方針決定後もあきらめずに「反対」の意見書を可決してきたことを重視している。 政府・東電は15年夏、福島県漁業協同組合連合会に対して〈関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない〉と約束している。それなのに一方的に海洋放出の方針を決めた。各議会の意見書を読むと、そのことに対する怒りが伝わってくる。 〈漁業関係者の10年に及ぶ努力と、ようやく芽生え始めた希望に冷や水を浴びせかける最悪のタイミングと言わざるを得ない〉(いわき市議会) 二本松市議会の意見書にはこんな記載があった。 〈廃炉・汚染水処理を担う東京電力のこの間の不祥事や隠ぺい体質、損害賠償への姿勢に大きな批判が高まっており、県民からの信頼は地に落ちています〉 東電の柏崎刈羽原発(新潟)では20年9月、運転員が同僚のIDカードを不正に使って中央制御室などの重要な区域を出入りしていた。外部からの侵入を検知する設備が故障したままになっていたことも後に発覚した。原発事故以降も続く同社の体たらくを見ていれば、「こんな会社に任せておいていいのか?」という気持ちになるのは無理もない。 熱心な市民たちの活動が議会の原動力に  いくつかの自治体議会では今年に入っても動きが続いている。 南相馬市議会は昨年4月議会で、国に対して「海洋放出方針の撤回」を求める意見書をすでに可決していた。そのうえで、福島県が東電の本格工事着工に対して「事前了解」を与えるかがポイントになっていた今年の夏(6月議会)には、今度は福島県知事に対して、「東電の事前了解願に同意しないこと」を求める意見書を出した。結果的に県の判断が覆ることはなかったが、南相馬市議会として、海洋放出への抗議の意を改めて伝えたかたちだ。 南相馬の市議たちが心配しているのは風評被害だけではない。議員の一人は、意見書の提案理由を議会でこう説明した。 〈政府と東京電力が今後30年間にわたり年間22兆ベクレルを上限に福島県沖へ放出する計画を進めているALPS処理水には、トリチウムなど放射性物質のほか、定量確認できない放射性核種や毒性化学物質の含有可能性があります。(中略)海洋放出の段取りを進めていく政府と東京電力の姿に市民は不安を感じています〉 続いて三春町議会だ。昨年6月、国に「海洋放出方針の撤回」を求める意見書を提出していた。そのうえで、直近の今年9月議会で再び議論し、今度は福島県知事に宛てた意見書をまとめた。議会事務局によると、「政府の海洋放出方針の撤回と陸上保管を求める、県民の意思に従って行動すること」を求める内容だ。 こうした議会の動きの背後には、汚染水問題に取り組む市民団体の存在があることも書いておきたい。 地方議会では市民たちが議会に「意見書提出を求める」請願・陳情を行い、それをきっかけに意見書がまとまる例もある。三春町で議会に対して陳情書を出したのは「モニタリングポストの継続配置を求める市民の会・三春」という団体だ。共同代表の大河原さきさんは「住民たちの代表が集まる自治体議会での決定はとても重い。国や福島県は自治体議会が可決した意見書の内容をきちんと受け止めるべきです」と語る。 南相馬市議会に請願を出した団体の一つは「海を汚さないでほしい市民有志」である。代表の佐藤智子さんはこう語り、汚染水の海洋放出に市民感覚で警鐘を鳴らしている。 「政府や東電は『汚染水は海水で薄めて流すから安全だ』と言うけれど、それじゃあ味噌汁は薄めて飲めばいくら飲んでもいいんでしょうか。総量が変わらなければ、やっぱり体に悪いでしょう。汚染水も同じことが言えるのではないかと思います」 「慎重派」の中にも濃淡  福島市議会や会津若松市議会などの意見書は、海洋放出方針への「反対」を明記しないものの、「風評被害対策」や「丁寧な説明」などの対応を求めている。筆者はこうした議会を「慎重派」に区分したが、実際には、各議会の考えには濃淡がある。 たとえば浪江町議会は「本音は反対」というところだ。同議会は、意見書という形ではないものの、海洋放出に反対する「決議」を20年3月議会で可決している。そのうえで、昨年6月議会で「県民への丁寧な説明」や「風評被害への誠実な対応」を求める意見書を可決した。 会議録によると、意見書の提案議員は、〈あくまでも私、漁業者としての立場としてはもちろん反対であります。これはあくまでも前提としてご理解ください〉と話している。海洋放出には反対だが、それでも放出が実行されつつある現状での苦肉の策として、風評被害対策などを求めるということだろう。 一方、福島県議会が今年2月議会で可決した意見書もこのカテゴリーに入るが、こんな書き方だった。 〈海洋放出が開始されるまでの残された期間を最大限に活用し、地元自治体や関係団体等に対して丁寧に説明を尽くすとともに……〉 海洋放出を前提としているというか、むしろ促進しているような印象を抱かせる内容だった。 開かれた議論の場を  もちろん、第一原発が立つ大熊、双葉両町をはじめ、原発に近い自治体議会が「早期決定派」だったり、意見書を提出していなかったりすることも重要だ。原発に近い地域ほど「早くどうにかしてほしい」という気持ちが強い。ここが難しい。 汚染水の処分方法についての考えは地域によって様々だ。だからこそ粘り強く議論を続けなければならないというのが、筆者の意見である。この点で言えば、喜多方市議会が昨年6月に可決した意見書の文面がしっくりくる。 同議会の意見書はまず、現状の課題をこう指摘した。  〈今政府がやるべきことは、海洋放出の結論ありきで拙速に方針を決定するのではなく、地上保管も含めたあらゆる処分方法を検討し、市民・県民・国民への説明責任を果たすことであり、国民的な理解と納得の上に処分方法を決定すべきである〉 そのうえで以下の3項目を、国、福島県、東電に対して求めた。 ①海洋放出(の方針)を撤回し、国民的な理解と納得の上に処分方法を決定すること。②ALPS処理水は当面地上保管を継続し、根本解決に向け、処理技術の開発を行うこと。③公聴会および公開討論会、並びに住民との対話形式の説明会を県内外各地で実施すること。 政府の方針決定からすでに1年半が過ぎたが、この3項目の必要性は今も減じていない。 あわせて読みたい 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【専門家が指摘する盲点】汚染水海洋放出いつ終わるの? 違和感だらけの政府海洋放出PR授業【牧内昇平】 まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」

  • 原子力国際会議が郡山市で開催に違和感

     昨年11月27日から12月2日にかけて、郡山市のホテルハマツを会場に国際会議「IYNC2022」が開かれた。  IYNC(International Youth Nuclear Congress)とは世界の原子力業界の若手有志(原則39歳以下)による国際NGO。原子力の平和利用促進や世代・国境を超えた知識継承を目的に、2000年から2年に一度、国際会議を開いている。  当初、2022年の開催地はロシア・ソチだったが、ウクライナへの軍事侵攻を踏まえ、日本での開催に変更されたという。  11月30日、ホテルハマツを訪ねると大勢の人たちが集まっていた。主催者によると直接参加者は海外120人、国内100人、オンライン参加者は40人。外国人はノーマスク姿で、日本人はマスクを付けている光景が印象的だった。参加者は2、3階に設けられた大小のブースに分かれ、ワークショップに臨んだり、研究者の発表や基調講演を聞いたり、数人で立ち話をしながら情報交換するなどしていた。  「コロナ禍で大きなイベントが中止されていた中、国際会議が開かれるのはありがたいのですが……」  と言いながら、複雑な表情を浮かべるのは市内の経済人だ。  「IYNCの目的が引っかかるんです。原発事故で被災し、未だに避難地域を抱える福島県で、原子力の平和利用を謳う団体が国際会議を開くのは正直抵抗がある。47都道府県ある中から、なぜ福島県が開催地になったのかも疑問だ」(同)  地元経済の観点から言うと、200人超の会議が連日開かれればホテル、飲食店、土産物、タクシー、観光地など多方面に波及効果が見込まれる。しかし放射能に翻弄され、県内の原発はすべて廃炉になることを踏まえると、原子力の平和利用という目的は確かに引っかかる。  今回の会議はなぜ福島県で開かれることになったのか。IYNC2022共同実行委員長の川合康太氏にメールで質問を送ると、次のような返答があった。  「福島県での開催が決まった背景には、東電福島第一原発の廃炉に関する情報発信と、郡山コンベンションビューローの協力という二つの要因があります。事故から11年以上経つが、発電だけでなく放射線治療なども含む世界の原子力事業に携わる若手には事実情報が届いていない。そこで、廃炉に関わる人たちがどう対応しているのか、各国の若手・学生にまとまった時間を持って伝えようと今回の会議を誘致しました。その結果、多くの方に廃炉の現状を理解していただき、今後は参加者各自による母国語での情報発信が期待できると考えています」  原子力の平和利用という目的に抵抗を感じる県民がいることについては、こんな意義を強調した。  「今回の会議は郡山コンベンションビューローやホテルハマツなど被災された方々と一緒に作り上げました。私たちは、参加者に地元産の野菜などを使った料理を提供したり、県内の現状を正しく知ってもらうことで福島県を好きになってもらいたいと考えた。そうすれば今後、風評被害などが発生した場合、会議で得た事実情報を自身の言葉で発信することにつながると思います」  ちなみに、開会式には郡山市の品川萬里市長が招かれ挨拶した。内堀雅雄知事にも打診したが、公務都合で欠席、代理者の挨拶もなかった。これだけの規模の国際会議なら代理者の挨拶くらいあってもよさそうだが、内堀知事も原子力の平和利用が引っかかり、県として関わりを持つのを避けたのかもしれない。

  • 【専門家が指摘する盲点】汚染水海洋放出いつ終わるの?

    ジャーナリスト 牧内昇平  福島第一原発のタンクにたまる汚染水(「ALPS処理水」)について、筆者は「海洋放出は時期尚早だ」と考えている。だが仮に「強行」した場合、「いつ終わるのか」という疑問も投げかけたい。地下水の流入の問題だけでなく、足元では日々発生する汚染水中のトリチウム濃度が上がっているという事実も発覚しているからだ。  東電によると、福島第一原発の敷地内には昨年12月現在、1000基超のタンクが建ち、その中には約130万立方㍍の汚染水(東電は「ALPS処理水等」と呼ぶ)がたまっている。政府・東電は林立するタンクが廃炉作業の邪魔になると言い、この汚染水を海に流したがっている。  では、海洋放出はいつ始まり、いつ終わるのか。  スタート時期の目標ははっきりしている。政府が2021年4月の基本方針に「2年後をめどに開始」と書いたからだ。一方、ゴールの時期については曖昧だ。政府の基本方針には「何年までに終わらせる」という目安が具体的に書かれていない(この時点で筆者は「無責任だなあ」と思ってしまうが、いかがだろうか)。  もちろん、「暗黙のゴール」はある。  福島第一原発の廃炉作業全体には「30~40年後」という終了目標がある。原子炉の冷温停止(2011年12月)から40年後というと、2051年だ。だから海洋放出も、少なくともこの「2051年」が暗黙のゴールということになる。実際、東電が原子力規制委員会や福島県の会議で提出している「放出シミュレーション」は、2051年に終わる想定になっている。  今からだいたい30年後ということになるので、筆者はこれを「海洋放出30年プラン」と呼ぶ。 30年プランの中身  この30年プランについて見ていこう。まずは「前提条件」のおさらいだ。  政府・東電は「ALPS(多核種除去設備)で処理するから安全だ」という。少なくともトリチウムという放射性物質は、ALPSでは取り除けない。それでも政府や東電が「安全」と言う理由は主に二つある。  ①「海水で薄める」  ②「放出量の上限を決める」  の2点だ。この二つのうち、今回の記事と関連が深いのは②である。 政府・東電はこう言っている。  トリチウムは事故前の福島第一原発でも放出していた。当時は「年間22兆ベクレル」という量を管理目標としていた。だから今回の海洋放出についても「年22兆ベクレル」という上限を設ける――。  これが、海洋放出に理解を得るために政府・東電が国民に示した「条件」である。  もう少しプランの詳細を見てみる。  汚染水には2種類ある。「日々発生する汚染水(A)」と「タンクに保管中の汚染水(B)」だ。   福島第一原発では毎日、汚染水が新しく発生している。地下水や雨水が原子炉建屋に流れこみ、燃料デブリに触れた水と混ざって「汚染」されるからだ。こうして「A」ができる。Aを集め、タンクで保管しているのが「B」だ。この2種類をどのように流していくのか。  東電は昨年6月、福島県が開いた「原子力発電所安全確保技術検討会」(以下、技術検討会と略)という会議でこの点を説明した。東電の海洋放出工事に関して、福島県など地元自治体が「事前了解」を与えるかどうかを判断するための会議だ。  「(AとBのうち)トリチウムの濃度の薄いものを優先して放出します。現在のタンク群をできるだけ早く解体撤去したいということもあり、体積が稼げる薄いものから、ということで考えています」(松本純一・福島第一廃炉推進カンパニー、プロジェクトマネジメント室長)  東電の説明資料(概要は図表1)には、Aのトリチウム濃度は「1㍑当たり約20万ベクレル」と書いてあった。それに対してBは「平均約62万ベクレル」だった。資料によるとBのトリチウム濃度はタンクごとに大きく異なる。20万ベクレル以下のタンクもあれば、216万ベクレルと桁違いの濃さのものもあるようだ。  そもそも海洋放出を進める目的は、敷地内のタンクを減らし、廃炉作業をスムーズに行うためだった。濃度が低いものから流していくという東電の説明は理にかなっている。  ではこの計画で進めた場合、Bは毎年どのくらい減っていくのか。  ポイントは、トリチウムの放出量には「年間22兆ベクレル」という上限があることだ。  日々発生するAの量が増えたり、濃度が上がったりすれば、その分タンク中のBの放出量は減らさざるを得ない。公式風に書くとこうなる。  「Bから放出できるトリチウムの量」イコール「年間22兆ベクレル」マイナス「Aからの放出量」  現状の東電の計算が図表1に書いてある。  Aの発生量を1日当たり100立方㍍、トリチウム濃度は1㍑当たり20万ベクレルと仮定する。そうすると、1日に発生するトリチウムの総量は200億ベクレル、年間では約7兆ベクレルになる。上限が22兆ベクレルだから、Bからは約15兆ベクレルのトリチウムを放出できる、という計算になる。  ところが、この東電のプランはスタート前から雲行きが怪しくなってきている。この1年ほど、原発敷地内のトリチウム濃度が顕著に上がっているからだ。  東電はALPSで処理する前(淡水化装置の入り口)の汚染水のトリチウム濃度を公表している。その推移を示したのが図表2である。  昨春以降のトリチウム濃度が上がっているのは明らかだ。東電が技術検討会で「現時点におきましては、トリチウム濃度は約20万ベクレル/㍑であり……」と説明したのは昨年6月だった。だが、同じ時期に試料採取された汚染水のトリチウム濃度は51万ベクレルだった(測定結果は1カ月以上後に公表される)。最新の10月3日時点の数字は47万ベクレルと一時期よりも若干下がったが、それでもだいぶ高い。  トリチウム濃度はなぜ上がったのか。東電の分析によると、原因は地震だ。昨年3月16日、福島県沖でマグニチュード7・4の地震が起きた。この地震の影響で3号機の格納容器の水位が下がったことが明らかになっている。  ALPS処理前のトリチウム濃度が上昇したのは昨年4月以降である。実はそれとほぼ同じ時期に、3号機の原子炉建屋でも濃度上昇が確認された。  東電はこれらの状況証拠に基づき、地震の影響で3号機からトリチウム濃度の高い汚染水が流れ出たものとみている。海洋放出を続けても タンクが減らない? 海洋放出を続けても タンクが減らない?  この状況を憂慮している研究者がいる。福島大学の柴崎直明教授である。水文地質学の専門家で、原発建屋内に地下水を入り込ませないための「止水対策」などで重要な提言をしている。先ほど紹介した福島県の「技術検討会」の専門委員でもある。 柴崎直明教授  柴崎氏はトリチウム濃度が高止まりを続けた場合、海洋放出のスケジュールにどのような影響を及ぼすか試算した。  放射性物質には時間が経つと量が半分になる「半減期」というものがある。トリチウムの場合、半減期は12・32年だ。この時間が経てば放っておいても量は半分に減る。そのことも考慮した上で、日々発生する汚染水のトリチウム濃度を「1㍑当たり50万ベクレル」、今後の発生量を1日当たり100㌧と仮定し、試算を行った。その結果は……。  柴崎氏は話す。  「現在、地上のタンクに保管されている処理水の海洋放出が完了するのは2066年頃になるという試算になりました」(詳しくは図表3)。  ※一番上の線がタンクに入った処理水総量の推移。下の5本の線はトリチウムの濃度別に区切った場合の処理水残量の推移。薄いものから放出するため、まず1㍑当たり15万ベクレル程度の処理水がゼロになる。薄いものから徐々になくなり、最終的には2021年4月時点で210万ベクレルくらいの高濃度の処理水を放出する。  東電のプランは「51年」だった。柴崎氏の指摘は一定条件下での試算に過ぎず、「必ずこうなる」というものではない。だが、考える材料になる。柴崎氏はさらに付け加えた。  「仮に、トリチウム濃度がもっと高くなって、1㍑当たり60・3万ベクレルになったとしましょう。そうすると、1日当たり100㌧発生する汚染水を処理して流すだけで、トリチウムの放出量は『年間22兆ベクレル』という上限に達してしまいます。つまり、タンクにたまっている処理水は1㍑も海に流せない、ということです」  ずっと高濃度の状態が続くかどうかは定かではない。だが、少なくとも一時的にこうした事態が発生する恐れはあるだろう。過去にさかのぼれば、汚染水中のトリチウム濃度は1㍑当たり100万ベクレルを超えていた時期もあったのだ。柴崎氏はこう話す。  「原発敷地内のどのエリアにどのくらいの量のトリチウムで汚染された水がたまっているのか、実はまだ正確に分かっていません。今後、地震や廃炉作業の影響で濃度が再び上がる可能性は十分あるでしょう」 説明不十分な東電  東電はこの状況をどのくらい真剣に捉えているのか。  先述の「技術検討会」のほかにも、福島県が原発事故対応のために専門家を集めた会議はある。その一つが「廃炉安全監視協議会」だ。昨年10月19日に開かれた同協議会で柴崎氏は東電にこの点を問いただした。  柴崎氏「日々発生する汚染水のトリチウム濃度が20万ベクレル/㍑というのは低く見積もりすぎで、過去に100万ベクレル/㍑を超えたこともあったわけですし、その辺はどう考えたらよろしいでしょうか」  東電側、松本純一氏(前出)の回答は歯切れが悪かった。  松本氏「今のように50万ベクレル/㍑を超えてきて、濃度が高くなっているケースでは、貯留している水の薄いものを放出するような運用計画を定めて実施していきたいと考えています。毎年、年度末には翌年度の放出計画という形で用意します」  柴崎氏は追及をやめなかった。  柴崎氏「もし(濃度が)60万ベクレル/㍑を超えると、(年間放出量の上限である)22兆ベクレルは全部消費されると思います。そのような場合にタンクはどのように減るのか、タンクを増やさなければならないのか。タンクの増減の見通しを示してほしいと思います」  松本氏「予測が難しいところもありますが、今後、そのような計画をお示ししていきたいと思います」  東電の説明は十分だろうか。柴崎氏は筆者の取材にこう語る。  「東電は楽観的な見通しの上で計画を立てています。状況が悪化した場合にも対応できる計画を早急に示すべきです」  筆者が直接問い合わせてみると、東電の広報担当者からはこんな回答が返ってきた。  「タンクに保管されている分を除くと、2021年4月時点での建屋内のトリチウム総量は最大約1150兆ベクレルです。総量が決まっているため、仮に一時的に濃度が高くなっても長期間は継続しないでしょう。また、現時点での放出シミュレーションはもともと『年間22兆ベクレル』の上限を使い切っていません。2030年度以降は18兆、16兆ベクレルの放出を想定しており、海水希釈前のトリチウム濃度が高くなっても対応できます。2051年度の海洋放出完了は可能だと考えています」  東電の説明を聞いた筆者はそれでも疑問に思う。たとえ一定期間でも高濃度の状態が続けば、その間敷地内のタンクの量は増えるのか。その場合廃炉作業に影響はないのか。  福島県はこの件をどのように受け止めているのか。県庁の担当者に聞くと、こう答えた。  「事前了解は海洋放出設備の安全性や環境影響の有無という観点で判断しますので、この件は影響しません。タンクが減らなくなるのはトリチウム濃度が高い状態が継続した場合ですよね。3月の地震以降は一時的に高くなっていますが、現在は下降傾向にあると聞いています」(県原子力安全対策課)  福島県も東電と同様、楽観的なものの見方をしてはいないか。  都合のいいことばかり広報するな  筆者は「海洋放出を早く済ませろ」と言っているのではない。「不確実な点は残っている」と言いたいのだ。  海洋放出に突っ走る者たちは「いつまでに終わる」と明言していない。東電は、自信があるなら「2051年までに終わらせる」と国民に約束、宣言すればいい。政府も基本方針に分かりやすく明記すべきだ。そうしないのは、不十分・不確実な点が残っているからだろう。  まず課題として挙げるべきなのは、地下水・雨水の流入防止策だろう。「日々発生する汚染水」を減らさないと、海洋放出しても陸上のタンクはなかなか減らない。2021年現在の汚染水発生量は1日当たり130立方㍍だった。東電は「2025年中に1日当たり100立方㍍に抑制」を目標にしているが、そこからさらに発生量を減らす見通しが明確になっていない。この点は「技術検討会」(昨年6月)で高坂潔・県原子力対策監も指摘した。  高坂氏「将来にわたって日々の汚染水の発生量100立方㍍/日が続くと、タンク貯留水を減らすことがなかなか達成できず、場合によってはかなり長期間にわたってしまいます。30年前後で放出完了を計画しているみたいですが、それに収まらないのではないかと懸念される」  もう一つ、不確実なものの代名詞的存在と言えば、ALPSではないだろうか。これまでも不具合を繰り返してきた装置だ。数十年にわたって期待通りに活躍してくれるのか。  ここのところ、「海洋放出キャンペーン」が勢いを増している。経済産業省は昨年12月、テレビCMや新聞広告による大々的なPRを始めた。我が家の新聞にも早速、〈みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと〉と大書した広告が載った。  だが、経産省や東電のウェブサイトに書かれているのは、海洋放出の必要性、トリチウムの安全性、そんな話ばかりである。「トリチウム濃度が上昇」、「地下水対策に課題」、などといった情報は、少なくとも一般の人が分かりやすいような形では紹介されていない。  〈みんなで知ろう。考えよう。〉  こんなキャッチコピーを掲げるなら、政府・東電は自らに都合の悪い情報も積極的に知らせ、それでも海洋放出という道を選ぶのか、国民に考えてもらうべきだ。 あわせて読みたい 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】  まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」

  • 【座談会】放射能を測り続ける人たち【福島第一原発事故】

    小豆川勝見(東大大学院助教)白髭幸雄(南相馬市在住)伊藤延由(飯舘村在住)山川剛史(東京新聞編集委員) 原発事故から11年経ったいまも、県内各地の空間線量を測り続け、データを記録している人たちがいる。彼らはどんな思いで測定し、現状をどのように捉えているのか。一般市民、専門家、記者など4人の測定者に語ってもらった。(※ミリシーベルト毎時は㍉、マイクロシーベルト毎時はマイクロと表記。ベクレルはすべて1㌔当たりの数値)。 しょうずがわ・かつみ 1979年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科(広域科学専攻)博士課程修了。現同研究科助教。小中学生向けの勉強会を多数開講。原発周辺での測定・研究も行う。よく使う測定器はゲルマニウム半導体検出器、TCS-172の改造版など。 しらひげ・ゆきお 1950年生まれ。原発事故前から福島第一原発内で放射能汚染密度を測定する仕事に従事。原発事故後は原発作業員・除染作業員として勤務するかたわら、ボランティアでも測定。よく使う測定器はシンチレーションサーベイメータTCS-172Bなど。  いとう・のぶよし 1943年生まれ。新潟鐵工所勤務などを経て、2010年3月から飯舘村の農業研修所「いいたてふぁーむ」管理人。現在は知人が所有する村内の一軒家を借り、測定しながら生活する。よく使う測定器はNaIシンチレーションγ線スペクトロメータSEG-63など。 やまかわ・たけし 1966年生まれ。筑波大卒。東京新聞原発取材班のデスクを務め、2012年に取材班として菊池寛賞受賞。編集委員として原発取材を続ける。共著に『レベル7』(幻冬舎)、『原発報道』(東京新聞出版)。よく使う測定器はTCS-172B、PM1703MO-ⅡBTなど。  ――日常生活や仕事の一環で県内の測定を続ける皆さんですが、まず現在の福島県の汚染状況についてどう捉えていますか。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/844713f9063631b96a4e35634e1cdb73.jpg" align="right" name="白髭" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 南相馬市小高区の自宅はリフォーム済みですが、天井裏などをウェス(シート)でふき取ると放射性物質が検出されます。洋服たんすの中の服、スーツのカバーなど、ほこりが付くところは汚染されていますね。 最近は身の回りのものを測定対象に選んでいます。先日、蜘蛛の巣を測定したところ、約200ベクレル出ました。ただ、この数値が蜘蛛の巣自体のものか、巣に付いたごみや虫によるものかまではよく分かりません。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/bb63fb41054ce87a7d579624719a2fdf.jpg" align="left" name="伊藤" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 僕は食いしん坊なので、キノコや山菜など食べられるものを中心に測っています。こうした〝山の幸〟が味わえる点が飯舘村の大きな魅力だと思っている。原発事故からどれくらい時間が経てば食べられるようになるか、という純粋な興味から、飯舘村で生活しながら測定するようになりました。 事故直後、飯舘村で取れたコシアブラは27万ベクレルありました。その後も毎年、山川さんとともに山菜やキノコの汚染状況を定点観測し、東京新聞紙上で結果を紹介しています。時間が経つにつれて放射線量は低下傾向にありますが、「なんでこんな高い数値が出るの?」と驚くときも多々あります。 県の統計によると、2009年現在の県内の土壌は23〜29ベクレル。飯舘村の山の土壌は未だに3~4万ベクレルあります。それだけ山が汚染されたということです。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 県内で取材活動を続けていますが、汚染状況という意味では、原発構内は劇的な変化がありました。2012年2月、免震需要棟の現地対策本部の玄関前の空間線量率は、手持ちの線量計で500マイクロでした。先日、同じ場所で線量計を見たら1マイクロ以下まで下がっていた。敷地内のがれきや表土の除去、モルタル舗装などで空間線量が大幅に下がったのだと思います。 中間貯蔵施設のエリアも2016年当時、10マイクロを超えるところがあちこちにあったが、先日行ったら拍子抜けするぐらい線量が下がっていました。施設整備に当たり地盤改良し、新しい山砂を入れた効果だと思います。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 福島県には研究活動や小学生向けの出前講座で足を運び続けているが、まだまだ汚染されているところがあるし、完全にきれいになったところもある。 一番の問題はそうした実態がよく知られていないことです。特定復興再生拠点区域やその周辺のエリアについても、現状が広く知られているとは言い難い。 混乱させられるのは、国が何を目標に定めているのか、見えづらいことです。例えば居住制限区域の大熊町大川原地区、避難指示解除準備区域の大熊町中屋敷地区が解除された際は、0・23マイクロ(年間1㍉シーベルト)を基準に除染が進められていた。ところが、6月30日に解除された特定復興再生拠点区域は3・8マイクロ(年間20㍉シーベルト)を基準に除染が行われたのです。なぜ基準が変わってしまったのか。 おそらく特定復興再生拠点区域の設定を議論する中で、「(空間線量が高い帰還困難区域でも)これなら解除できそうだ」と新たな基準が出てきたのだと思います。実際、「この基準だから解除できた」というような、汚染が厳しいエリアも多いです。 何を目指して除染しているのか。住民が帰って生活をするには問題ない線量なのか。明確に数字を示し、長期的な見通しが付けられない状況が僕は一番まずいことだと思います。(委員として名を連ねている)大熊町除染検証委員会でも繰り返し主張しましたが、町内にはまだまだ除染をしなければならないところが残されている。にもかかわらず、当初の基準を変え、なし崩し的に避難指示を解除したのは、後世に禍根を残すのではないかと心配しています。[/ふきだし] 手抜き除染の実態  ――除染に関しては、費用対効果の低さや手抜き除染の横行も問題視されました。皆さんは除染についてどう見ていましたか。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/bb63fb41054ce87a7d579624719a2fdf.jpg" align="left" name="伊藤" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 除染と言っても宅地と農地と道路、その境界から20㍍だけが対象範囲で、山は対象外。しかも、私が確認した限り、飯舘村の除染は手抜きのオンパレードでした。 除染前の空間線量を測定したら2・20マイクロで、除染終了後に同じ場所で測ったら1・72マイクロ。思ったほど下がっていなかった。家の前の砂利が手付かずだったことが分かり、環境省に訴えて再除染させたら、0・80マイクロまで低減しました。当時飯舘村は全村避難中。私はたまたま気付いたが、除染の経緯も除染後の結果も誰も確認していないからやりたい放題でした。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/844713f9063631b96a4e35634e1cdb73.jpg" align="right" name="白髭" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 自宅の庭の除染で、表土を5㌢はぎとり、山砂を入れてもらいました。その山砂の放射線量が気になり5カ所で採取したところ、一番高いところで約1000ベクレル、平均約700ベクレルあった。自宅の向かいの公園の土壌は約100ベクレル。おそらく山砂を取るとき、汚染された表土などと混ざって、放射線量が高くなったのだと思います。環境省と交渉してもらちがあかず、入れてもらった山砂を自前で除去して、引き取りだけはやってもらいました。 [/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] ずさん除染に遭遇しても、環境省にお願いすれば、何らかの応対はしてくれるはずです。ただ、宅地の所有者などが自らアクションを起こすのが大前提です。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/bb63fb41054ce87a7d579624719a2fdf.jpg" align="left" name="伊藤" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 結局、環境省が現場に足を運ばず、〝竣工検査〟もしていないのが問題だと思います。業者に何億円も払う以上、除染によって線量がどれだけ下がったか検証してしかるべきなのに、一切やっていないから呆れる。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 福島市の除染事業で下請企業の一部が森林除染を竹林除染と偽り、本来の単価の10倍の除染費用を不正に受け取っていたことがありました。環境省はなぜ気付かなかったのか確認したら、現場担当者はわずか2人だったことが判明しました。 そもそも環境省は、兆単位の予算規模の公共事業に対応できる役所ではないということでしょうね。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/bb63fb41054ce87a7d579624719a2fdf.jpg" align="left" name="伊藤" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 福島市など市町村主体の除染の方がかえってしっかり進めているように見えました。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/844713f9063631b96a4e35634e1cdb73.jpg" align="right" name="白髭" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 除染前の農地の土壌を測ったら2万~3万ベクレルで、除染後に測り直したら5000ベクレルぐらいでした。耕作基準である5000ベクレルに合わせて放射線量を落としたのだと思います。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 表土除去により最低でも85%下がると言われている。表土が3万ベクレル、2層目が5000ベクレルはかなり高くないですか。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/844713f9063631b96a4e35634e1cdb73.jpg" align="right" name="白髭" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 農地の端の土壌を採取したので、未除染の土手の分が混ざってしまったのかもしれません。[/ふきだし]     ――除染の効果は限定的でずさんな実態もあるのに、「除染が完了したので安心だ」とばかり、国や県、市町村が帰還政策を進める姿には違和感を抱いてしまいます。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 避難指示が解除になった区域への帰還が伸び悩んでいるのは、避難先での生活が確立しているのに加えて、空間線量が高いことへの懸念も大きいのではないでしょうか。 前述の通り、大熊町の特定復興再生拠点区域は、3・8マイクロが解除基準になっています。町内の各地点の空間線量一覧を見ると、3・78マイクロ、3・6マイクロなど、解除基準を何とか下回ったようなところがずらりと並んでいます。 帰る・帰らないは、個人の自由ですが、「帰れるようになりました」とアピールして、帰還を呼び掛けるのであれば、せめて元の環境(空間線量)に近づけるのが筋でしょう。[/ふきだし] 放置されるホットスポット [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 3・8マイクロ以下になったから、それ以上空間線量を下げる努力をしなかったのでしょうか。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] あえて環境省の肩を持てば、頑張って除染してギリギリ解除基準を下回ったのかもしれません。だとしても、3・79マイクロが安全で、3・81が危険ということにはならないし、根本的に空間線量を下げる努力をしなければならない。 放射性物質が集まりやすい場所だと簡単に10~20マイクロになります。JR大野駅前の農業用水路の床(底)を測ったら30マイクロを超えました。避難指示は解除されているので、その農業用水を使って営農してもルール上は問題ないわけです。そういう状態を看過しているのが私にはとても信じられません。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] そうした高線量の場所はフォローアップ除染(追加除染)の対象にはならないのでしょうか。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 個人の宅地のケースなどでない限り、フォローアップ除染は難しいと思います。問題なのが、表土除去・覆土で何とか3・8マイクロを下回ったところです。土の中にある以上、放射性物質が雨などで移動することが期待できないので、セシウム137が半減期(30・2年)を迎えて空間線量が少しずつ下がるのを待つしかない。逆に言えば、周辺住民や通行人に長期間にわたり被曝を強いることになります。だから、私は大熊町除染検証委員会で「覆土するのは最後の手段だ」と訴えていました。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/bb63fb41054ce87a7d579624719a2fdf.jpg" align="left" name="伊藤" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] そもそも一般公衆の線量限度は年間1㍉シーベルトと定められているのに、福島だけダブルスタンダードになっているのがおかしいのです。 8月30日、避難指示が解除された双葉町の特定復興再生拠点区域に足を運び、10カ所の土壌をサンプリングして測定しました。指定廃棄物の基準である8000ベクレルを上回っていたのはそのうち5カ所です。 今春オープンした飯館村のオートキャンプ場の空間線量を測定したら0・56マイクロでした。ちょっと山に入れば1マイクロを超える。そんな場所に家族連れがキャンプを楽しみに来るわけですよ。 村議会6月定例会で杉岡誠村長は「365日24時間いる想定ではない。空間線量が高いところにある程度近づく程度であれば、年間の被曝線量の中では看過される部分がある」と答弁していました。 管理棟の前には敷地内4カ所で測定した空間線量率が掲示されています。モニタリングポストもありますが、周辺より数値は低めです。[/ふきだし]   ――放射線管理区域の被曝線量の基準は3カ月1・3㍉シーベルト(年間5・2㍉シーベルト)と考えると、年間被曝量20㍉シーベルトというルールに違和感を抱きます。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] ただ、放射線管理区域の被曝と日常での被曝は単純に比較できません。仮に放射線管理区域で何かをこぼして汚染が発生しても、管理されているのですぐに対応できる。一方、日常では何がどうなって汚染が発生するか分からないし、雨などの影響で放射性物質が移動するリスクもあります。それを確認するためには何度も測定するしかありません。 最新技術を活用してより効率がいい方法を見つけていくのがわれわれ専門家の仕事です。ただ、「繰り返し測る」という基本は変わりません。 関心が薄れ、誰も測定していないときに深刻な汚染が確認されれば、大きな混乱につながりかねない。 コロナ禍以降、至るところで体温を測定しているように、放射線測定に関しても習慣付けることができれば自ずと知見が溜まっていく。国レベルで動機づけを行い、徹底していくべきだと思います。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/844713f9063631b96a4e35634e1cdb73.jpg" align="right" name="白髭" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 繰り返し測るということでは、私が参加している放射能測定センター・南相馬という団体でも、原発被災地の空間線量を継続して測定していきます。測定エリアを南相馬市小高区、浪江町、双葉町、大熊町、富岡町に限定し、道路上と道路脇(草地など)において、地上1㌢、1㍍の高さで測っており地図にまとめる予定です。 浪江町津島地区は道路上が1㍍1・06マイクロ、道路脇が2・30マイクロでした。道路脇は高いところが多い。山から放射性物質が流れてくることも影響していると思います。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 大きな山がある場所では雨が降るたびに放射性物質に顕著な移動が見られます。山に放射性物質が100あるとすると、1年に1ずつ流れてくるイメージです。チェルノブイリ(チョルノービリ)原発周辺は比較的なだらかな地形なので、放射性物質がそこまで移動することはありませんでした。 雨が降って山から流れた放射性物質は、側溝を通り、小川を抜けて排水ますに溜まり、ため池に流れて、川へと向かう。どんなスピードで流れ、どこに蓄積するかは環境によって異なります。繰り返しになりますが、だから、継続して測り続けなければならないのです。そうすることで、「この時に数値が大きく変わったのは台風が来て、山から放射性物質が流れてきたからだ」などと読み取れるようになります。 この面倒臭さこそ、原子力災害の最も厄介な点なのですが、広く伝わっていないと感じます。放射線の話が何十年もタブー視されてきたためか、先生も生徒もよく分かっていないように見える。もう少しうまく知見を溜めていけばいい解決方法が見つかるのに、ともどかしい思いを抱くときもあります。[/ふきだし] 座談会の様子 違和感がある「風評被害」  ――汚染状況に対する懸念や帰還政策への是非を唱える声に対し、「風評被害につながる」と批判する傾向もみられます。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/844713f9063631b96a4e35634e1cdb73.jpg" align="right" name="白髭" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 原発事故直後の5月ごろ、仕事の一環で、いわき市の駅前通りにあるビルの周りを測定していた。そうしたら、突然ビルのオーナーに「風評被害で訴えるぞ」と言われて驚いた記憶があります。風評被害対策であれば各種事業に予算(補助金)が付きやすいなど、いろいろな意味で「使い勝手」がいい面もあるのだと思います。 国際放射線防護委員会(ICRP)は2007年勧告において、原発事故に伴う大規模放射能汚染が深刻な「緊急被ばく状況」から、汚染地域で生活せざるを得なくなった移行段階を「現存被ばく状況」と呼んでいます。その場合、年間被曝線量1~20㍉シーベルトを目安に指標値を設定し、一般公衆の線量限度である年間1㍉シーベルトに近づける努力をするように示されています。 ところが、国は指標値を最大値の20㍉シーベルトに設定し、除染以外の事業を徹底して行っていません。それなのに、汚染を深刻視する声を「風評被害」で片付けてしまうのには違和感があります。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 測定データがあんまり出てこないことが逆に風評被害を広める面もあります。例えば、水産庁のホームページを見れば、流通している福島県産の魚が危なくないことは明らか。突発的に基準値超の魚が出ることもあるが、基本的にスクリーニングが機能しており、普通の思考ができていれば風評なんか起きません。ただ、都内のスーパーの店頭に福島県産の物がキャンペーンで並んだ時、それを喜んで買う人と忌避する人は二極化していると感じます。おそらくこれは福島県民の中にもみられる傾向ではないでしょうか。 日常的に測定して記事にしている立場としては、もうちょっと、根拠を持って安全か安全でないか、判断してほしいとも思います。[/ふきだし]   [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/bb63fb41054ce87a7d579624719a2fdf.jpg" align="left" name="伊藤" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 双葉町の特定復興再生拠点区域の避難指示が解除された日、双葉町長が囲み取材を受けていたが、地元紙やテレビなどの大手メディアは放射能汚染について全く質問しなかった。内堀雅雄知事も盛んに「風評被害の克服」と話しているが、メディアがその言葉を無批判に報じることも多い。原子力災害の厄介さが伝わらない背景にはメディアの責任もあると思います。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 広く理解してもらえるような努力は行政にも我々メディアにも求められると思います。放射線のデータを積極的に報じないスタンスのメディアは理解できませんね。 報道や企業のプレスリリースでは一般食品の基準値である100ベクレル以下かどうかしか出てこない。大半がND(検出限界値未満)なのに、数字がないから「90ある?」「50ある?」となってしまう。積極的に実数を示すことで、福島県産だけ忌避されることは無くなっていくのではないかと考えています。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/bb63fb41054ce87a7d579624719a2fdf.jpg" align="left" name="伊藤" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 9月下旬、マスコミ倫理懇談会全国協議会の全国大会でお話しする機会がありました。そこで、メディア関係者から「原発事故の光と影を報道するのは難しい。影を報道すれば被害者が出る」という話を聞いて、疑問を抱きました。 原発事故の光も影もありのまま報じて、原発被災地の課題を浮かび上がらせることがジャーナリズムの使命でしょう。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 大学で放射線についての授業を担当しているのですが、1年の最後に必ず聞くのが「スーパーの棚に福島県産米と他県産米が同じ価格帯で並んでいたとき、福島県産米を買いますか?」という質問。 昨年は8割の学生が「買う」と答えました。その理由が「この程度の放射線量なら普段の生活には影響しない」というものです。逆に買わないと答えた学生に理由を尋ねると「他県産米を買えばもっと被曝線量を低く抑えられる」と答えました。要するに、放射線の知識がある学生でも判断は分かれるということです。 ちなみに、ヨーロッパの研究所の学生にも同じ質問をしたところ、ドイツでは全員「福島県産米を買わない」、フランスではほぼ全員が「福島県産米を買う」と答えました。 [/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/844713f9063631b96a4e35634e1cdb73.jpg" align="right" name="白髭" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 原発ゼロを目指してきたドイツと、原発増設に舵を切ったフランスが真逆の回答なのは象徴的です。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] もっと言えば、教え方や伝え方で受ける印象は一変します。だからこそ、情報を発信する人が気を付けるべきことは多いと思います。[/ふきだし]    ――測定者の立場から見て汚染水問題についてはどのように受け止めていますか。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 議論の前提となる情報が圧倒的に不足していると感じます。新型コロナウイルスはニュースや情報番組などで最新情報が流れますが、放射線に関しては情報自体が少ない。しかも、発信者によっていろいろな意図があり、受け止め方が難しい。第三者として、自然に話し合える環境を作っていきたいと考えています。[/ふきだし] いま、測定者ができること  ――2020年には、小豆川さんらの研究チームが、福島第一原発近くの地下水から、敷地内で生じたとみられる微量の放射性セシウムを継続的に検出しました。敷地内から敷地外に汚染された地下水が流れていることが確認された格好です。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 東電が定めた基準からすればはるかに低い値ですが、検出されたのは事実。問題なのは、東電のコントロール下にない流れだということです。法律違反には当たらない汚染だが、原発敷地境界線の地下水も常時確認したらいかがですか、と東電には提案しています。10㍍先の敷地内からは基準値超の放射性物質が確認されており、それが壁の外に流れてきても不思議ではありません。希釈して海洋放出する一方で、内陸部に漏れていたら何の意味もありません。[/ふきだし]  ――汚染水問題で言えば、10月3日付の東京新聞で、福島第一原発の視察ツアーで、東電が処理水の安全性を強調するパフォーマンスを繰り返していたと報じていました。東電担当者はトリチウムが検知できず、セシウムについても高濃度でないと反応しない線量計を使っていました。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] この話を記事にしたのは、こういう行為が逆に福島への風評を加速化させると感じたからです。 コロナは自分に降りかかってくるかもしれない問題だけど、福島第一原発の話は多くの東京の人にとっては直接関係する問題ではない。そうした中で、その人がどれだけ自分事と捉えられる情報を出せるかがメディアに勤める自分の使命ではないかと今日話していて感じました。[/ふきだし]    [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 空間線量が高いホットスポットを解消し、無用な被曝を回避するためにはどうすればいいのか。そうした課題に対し、測定をやってきた知見から「こちらを優先して片付けた方が効率いいですよ」などと提言していくのがわれわれ測定者の一番の仕事だと考えています。 ここにいる4人は測定活動を通して、現状はもちろん、これまでのコンテキスト(文脈)をすべて理解しています。本来こうした知識はさまざまな人達と共有され、議論に生かされるべきだが、「もう原発事故や放射性物質の話はしたくない・関心がない」という人たちが増えており、なかなか議論につながっていかない。 だから、私は放射線教育に取り組んでいるのです。子どもたちはもちろん、保護者や教員の意識づけにつなげていくことで、原発を取り巻く問題の議論が進むことを期待しています。[/ふきだし]  

  • 原発事故「中通り訴訟」の記録著書発行

     中通りの住民で組織する「中通りに生きる会」(平井ふみ子代表)のメンバー52人が、原発事故で精神的損害を受けたとして、東京電力に計約9800万円の損害賠償を求めた訴訟は昨年3月、最高裁で判決が確定し、原子力損害賠償紛争審査会の中間指針で定める賠償基準を上回る計約1200万円を支払うよう東電に命じた。住民側の訴えが認められた格好である。 福島第一原発事故中通り訴訟posted with ヨメレバ野村吉太郎 作品社 2022年11月30日頃 楽天ブックスAmazonKindle  本誌は2019年8月号に「最終局面を迎えた『中通りに生きる会』原発賠償裁判 初の和解決着を目指す理由」という記事を掲載した。原発事故を受け、各地で集団訴訟が起こされたが、当時、同訴訟では同種の訴訟では初めてとなる和解決着を目指しており、平井ふみ子代表にその思いなどを聞いたもの。住民側は和解に前向きだったが、東電が拒否したため、和解は成立しなかった。その後、地裁判決を経て、高裁、最高裁まで行ったが、最終的には前述のような判決が確定した。  同訴訟を担当した野村吉太郎弁護士が編著した『福島第一原発事故中通り訴訟』(作品社)が昨年11月に発売された。野村弁護士は1958年生まれ。大分県出身。1986年に司法試験に合格し、1995年に赤坂野村総合法律事務所を設立。東京弁護士会所属。  著書は、第Ⅰ部「裁判の記録」として、原告の陳述書の中身などが記され、第Ⅱ部「裁判を振り返って」として、中通り訴訟の経過(年表)や、野村弁護士の分析などが紹介されている。  同訴訟は2016年4月に提起されたものだが、そこに至る準備は2014年から進められていた。同年に「中通りに生きる会」を立ち上げ、平井代表を中心に集団訴訟の参加者を募った。その結果、福島市、郡山市、田村市など、避難指示区域外の中通りに住んでいた20代から70代の計52人が賛同し、同訴訟の原告となった。  実際の裁判に当たって、1つ特徴的なのは原告に加わる各々が陳述書を書いたこと。通常、陳述書は代理人弁護士が書くもの。同訴訟で言うならば、野村弁護士が平井代表ら原告メンバーから話を聞き、それを基に書くのが普通だが、同訴訟ではそうしなかった。前述したように、原告に加わる各々が陳述書を書いたのである。そのため、「中通りに生きる会」発足から実際に訴訟を起こすまで2年ほどを要した。  そのような手法を取った理由は、原告52人の精神的損害が一括りにされないようにすること、原告の精神的損害を「発掘」し、本当の意味で原告の「力」を引き出すため、としている。  当然、原告メンバーにとって陳述書を書くというのは初めてのことで最初は手間取ったようだ。ただその分、それぞれの「損害」を明確にすることができた。著書ではそうして書かれた陳述書の内容が紹介され、住民が抱えていた不安、苦痛、憤りなどをうかがい知ることができる。  著書の副題・帯には「原発事故による精神的損害賠償請求において、1人の弁護士と52人の住民が、なぜ金メダルを勝ち取ることができたのか?」、「感動的な裁判の記録―いかに住民は闘い、いかに勝利したか?」と書かれている。  訴訟提起から6年、準備期間を含めると8年間の記録が詰まった同書。多くの人に読んでもらい、中通り住民の実情を知ってもらいたい。 あわせて読みたい 【地震学者が告発】話題の原発事故本【3・11 大津波の対策を邪魔した男たち】

  • 原賠審「中間指針」改定で5項目の賠償追加!?

     文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)は2022年4月27日に開かれた会合で、同3月までに判決が確定した7件の原発賠償集団訴訟について、「専門委員を任命して調査・分析を行う」との方針を決めた。  これまでに判決が確定した集団訴訟では「ふるさと喪失に伴う精神的損害賠償」、「コミュニティー崩壊に伴う精神的損害賠償」などが認められているが、そういった賠償項目は、原賠審が定めた中間指針(同追補を含む)にはなかった。そのため、委員から「そういった賠償項目を類型化して示せるのであればそうすべき」といった意見が出ていたのだ。  その後、専門委員を設置・任命して確定判決の詳細分析が行われ、11月10日に専門委員から原賠審に最終報告書が提出された。その報告書は参考資料を含めて200頁以上に及ぶかなりの文量だが、ポイントになるのは、①過酷避難状況による精神的損害、②故郷喪失・変容による精神的損害(生活基盤変容慰謝料)、③自主的避難等による精神的損害、④相当量の線量地域に一定期間滞在したことによる健康不安に基礎を置く精神的損害、⑤精神的損害の増額事由――の5項目で類型化が可能とされたこと。  各項目の概要は次の通り。  ①過酷避難状況による精神的損害▽避難を余儀なくされた人が、放射線に関する情報不足の中で、被曝不安と、今後の見通しが示されない不安を抱きつつ、過酷な状況下で避難を強いられたことによる精神的損害。  ②故郷喪失・変容による精神的損害(生活基盤変容慰謝料)▽避難(その地域に人が住まなくなったこと)によって生じた故郷・生活基盤の喪失・変容に伴う精神的損害。  ③自主的避難等による精神的損害▽自主的避難等対象区域(避難指示区域外)の住民の被曝不安による精神的損害。  ④相当量の線量地域に一定期間滞在したことによる健康不安に基礎を置く精神的損害▽計画的避難区域の住民が相当量の線量地域に一定期間滞在したことによる精神的損害  ⑤精神的損害の増額事由▽ADRセンター総括基準で類型化されている精神的損害の増額事由。  専門委員の最終報告書では、これらの類型化が可能な項目を示したうえで、「今後、中間指針の見直しを含めた対応の要否等の検討では、従来からの一貫性や継続性を重視し、現在の中間指針の構造を維持しつつ、新たに類型化された損害を取り込む努力・工夫が求められる」、「指針で類型化されたものだけが賠償すべき損害ではないことは言うまでもなく、東京電力は、被害者からの賠償請求を真摯に受け止め、合理的かつ柔軟な対応と同時に被害者の心情にも配慮した誠実な対応を求めたい」、「関係行政機関が一体となり、東京電力への指導監督や、ADRセンターの積極的活用など、被害者の迅速かつ適正な救済と円滑な賠償の実施に向けた取り組みとともに、賠償だけでは限界がある被災地の復興に向けた取り組みを進めることも併せて要請する」と記されている。  原賠審ではこれを踏まえて、中間指針の見直しに向けた議論に入った。今後、追補として示される見通し。中間指針の見直しの必要性は、県原子力損害対策協議会、県内市町村、県内各種団体、弁護士会、被災者支援弁護団などがずっと訴えてきたことだが、ようやく本格的に動き出した格好だ。 あわせて読みたい 【原発事故】追加賠償の全容

  • 除染バブルの後遺症に悩む郡山建設業界

    災害時に地域のインフラを支えるのが建設業だ。災害が発生すると、建設関連団体は行政と交わした防災協定に基づき緊急点検や応急復旧などに当たるが、実務を担うのは各団体の会員業者だ。しかし、近年は団体に加入しない業者が増え、災害は頻発しているのに〝地域の守り手〟は減り続けている。会員業者が増えないのは「団体加入のメリットがないから」という指摘が一般的だが、意外にも行政の姿勢を問う声も聞かれる。郡山市の建設業界事情を追った。 災害対応に無関心な業者に老舗から恨み節 地域のインフラを支える建設業  「今、郡山の建設業界は真面目にやっている業者ほど損している。正直、私も馬鹿らしくなる時がある」  こう嘆くのは、郡山市内の老舗建設会社の役員だ。  2011年3月に発生した東日本大震災。かつて経験したことのない揺れに見舞われた被災地では道路、トンネル、橋、上下水道などのインフラが損壊し、住民は大きな不便を来した。ただ、不便は想像していたほど長期化しなかった。発災後、各地の建設業者がすぐに被災現場に駆け付け、応急措置を施したからだ。  震災から11年8カ月経ち、復興のスピードが遅いという声もあるが、当時の適切な対応がなかったら復興はさらに遅れていたかもしれない。業者の果たした役割は、それだけ大きかったことになる。  震災後も台風、大雨、大雪などの自然災害が頻発している。その規模は地球温暖化の影響もあって以前より大きくなっており、被害も拡大・複雑化する傾向にある。  必然的に業者の出動頻度も年々高まっている。以前から「地域のインフラを支えるのが建設業の役割」と言われてきたが、大規模災害の増加を受け、その役割はますます重要になっている。  前出・役員も何か起きれば平日休日、昼夜を問わず、すぐに現場に駆け付ける。  「理屈ではなく、もはや習性なんでしょうね」(同)  と笑うが、安心・安全な暮らしが守られている背景にはこうした業者の活躍があることを、私たちはあらためて認識しなければならない。  そんな役員が「真面目にやるのが馬鹿らしくなる」こととは何を指すのか。  「災害対応に当たるのは主に建設関連団体に加入する業者です。各団体は市と防災協定を結び、災害が発生したら会員業者が被災現場に出て緊急点検や応急復旧などを行います。しかし近年は、どの団体も会員数が減っており、災害は頻発しているのに〝地域の守り手〟は少なくなっているのです」(同)  2022年9月現在、郡山市は136団体と災害関連の連携協定を交わしているが、「災害時における応援対策業務の支援に関する協定書」を締結しているのはこおりやま建設協会、県建設業協会郡山支部、県造園建設業協会郡山支部、ダンプカー協会、郡山建設業者同友会、市交通安全施設整備協会、郡山電設業者協議会、県中通信情報設備協同組合、市管工事協同組合、郡山鳶土工建設業組合、県南電気工事協同組合など十数団体に上る。  いくつかの団体に昔と今の会員数を問い合わせたが、増えているところはなく、団体によってはピーク時の6割程度にまで減っていた。  「業者の皆さんに広く加入を呼びかけているが、増える気配はないですね」(ある組合の女性事務員)  会費は月額1万円程度なので、負担にはならない。しかし、  「経営者が2代目、3代目に代わるタイミングで会員を辞める会社が結構あります。時代の流れもあるでしょうし、若い経営者の価値観が昔と変わっていることも影響していると思います」(同)  それでも、会員になるメリットがあれば、経営者が代わっても引き続き団体に加入するのだろうが、  「加入を呼びかける立場の私が言うのも何ですが、明確なメリットと聞かれたら答えられない」(同)  昔は今より同業者同士のつながりが大切にされ、先輩―後輩のつながりで業界のしきたりを習ったり、仕事の紹介を受けたり、技術を学び合うなど団体加入には一定のメリットがあった。  今はどうか。別の団体の幹部に加入の具体的なメリットを尋ねると  「対外的な信用が得られます。組合は『社内にこういう技術者がいなければならない』など、入るのに一定の条件が必要。つまり組合に入っていれば、それだけで技術力が伴っている証拠になる」  正直、そこに魅力を感じて団体に加入する業者はいないだろう。  「ウチみたいに昔から入っているところはともかく、新規会員を増やしたいなら加入のメリットがないと厳しいでしょうね」(前出・老舗建設会社の役員)  会員数の減少は、そのまま〝地域の守り手〟の減少に直結する。それはいざ災害が発生した時、緊急点検や応急復旧などに当たってくれる業者が限られることを意味する。  それでなくても郡山は、新規会員が増えにくい状況にある。理由は、震災後に増えた「新参者」の存在だ。別の建設会社の社長が解説してくれた。  「新参者とは震災後、除染を目的に県外からやって来た人たちです。建設業界はそれまで深刻な不況で、公共工事の予算は年々減っていた。そこに原発事故が起こり、除染という新しい仕事が出現。『福島に行けば仕事がある』と、全国から業者が押し寄せたのです」  除染事業に従事するには「土木一式工事」や「とび・土工・コンクリート工事」の建設業許可が必要になる。許可を得て、資機材を揃えて大手ゼネコンの4次、5次下請けに入る小規模の会社はあっと言う間に増えていった。  「新参者が増えるのは行政にとってもありがたかった。住民が『早く除染してほしい』と求める中、業者の数がいないと予定通り除染は進まないわけですからね」(同) 尻拭いを押し付ける郡山市 郡山市役所 しかし、同じ仕事が永遠に存在するはずもなく、市内の除染が一通り終わると新参者の出番も減った。  この社長によると、新参者はその後、①経営に行き詰まって倒産、②浜通りなど除染事業が続いている地域に移動、③一般の土木工事に衣替え――の三つに分かれたという。  「一般の土木工事に衣替えした業者は、正確な数は分からないが結構います。私のように昔から郡山で仕事をやっていれば、社名を聞くだけでそこが新参者かどうか分かる。傾向としては、カタカナやアルファベットなど横文字の社名は該当することが多い」(同)  郡山市の「令和3・4年度指名競争入札参加有資格業者名簿」(2022年4月1日現在)を見ると、土木一式工事の許可業者は103、とび・土工・コンクリート工事の許可業者は225ある(いずれも市内に本社がある業者のみをカウント)。二つを見比べると、土木一式工事の許可業者はとび・土工・コンクリート工事の許可も併せて得ている。そこで後者の業者名を確認していくと、新参者に該当するのではないかと思われる業者は40社前後、全体の2割近くを占めていた。  除染事業がなくなっても、新たな仕事を求め、生き残りを図ろうとする姿はたくましい。建設業許可を得て一般の土木工事に従事するのだから法令違反でもない。社長も「そこを否定するつもりはない」と話す。ただ「新参者は暗黙のルールを守らないため業界全体が歪みつつある」というのだ。  「新参者は地域性を考えない。例えば、A社が本社を置く〇〇地域で道路工事が発注されたら、一帯の道路事情を知るのはA社なので、入札では自然とA社に任せようという雰囲気になる。これは談合で決めているわけではなく、不可侵というか暗黙のルールでそうなるのです。だから、A社は隣の××地域や遠く離れた△△地域の道路工事は取りにいかない。しかし、新参者は『競争入札なんだから地域性は関係ない』と落札してしまうわけです」(同)  新参者から言わせれば「暗黙のルールに基づく調整こそ談合みたいなもの」となるのだろう。ただ、〇〇地域の住民からすれば、見たことも聞いたこともない業者より、馴染みのあるA社に工事をやってもらった方が安心なのは間違いない。  「A社がある道路工事を仕上げ、そこから先の道路工事が新たに発注された時、継続性で言ったらA社が受注した方が工事はスムーズに進む可能性が高い。しかし、新参者はそういう配慮もなく、お構いなしに落札してしまう」(同)  しかしこれも、新参者から言わせると「落札して何が悪い」となるのだろうが、社長が解せないのは、その後の尻拭いを市から依頼されることにある。  「もともと除染からスタートした業者なので、土木工事の許可を持っていると言っても技術力が備わっていない。そのせいで、工事終了後に施工不良個所が見つかるケースが少なくないのです。解せないのは、市がその修繕を当該業者にやらせるのではなく、再発注も面倒なので、現場に近い地元業者にこっそり頼むことです。市には世話になっているので頼まれれば手伝うが、地域性や継続性を無視して落札した新参者の尻拭いを、私たちに押し付けるのは納得がいかない」  実は、そんな新参者の多くは建設関連団体に加入していないのだ。再び前出・老舗建設会社の役員の話。  「新参者は建設関連団体に入っていないから、災害が起きても被災現場に駆け付けない。でも、入札では災害対応に当たる私たちと同列で競争し、仕事を取っている。不正をしているわけでなく、正当な競争の結果と言われればそれまでだが、地域に貢献している自負がある私たちからすると釈然としない」 「災害対応に正当な評価を」  会員業者は日曜夜に被災現場に出動しても、防災協定に基づくボランティアのため、月曜朝からは通常業務を行わなければならない。一方、建設関連団体に加入していない業者は被災現場に出動することなく休日を過ごし、月曜から淡々と通常業務に当たる。だからと言って、未加入の業者にペナルティーが科されることはなく、被災現場に出動した業者に特別なインセンティブがあるわけでもない。  これでは、会員業者が「真面目にやるのが馬鹿らしい」と愚痴を漏らすのは当然で、わざわざ建設関連団体に加入する新規業者も現れない。  「市がズルいのは、入札は公平・公正を理由にどの業者も分け隔てなく競争させ、災害や施工不良など困ったことが起きた時は建設関連団体を頼ることだ。真面目にやっている私たちからすると、市に都合よく使われている感は否めない」(同)  これでは、新規会員はますます増えない。そこでこの役員が提案するのが、市が建設関連団体加入のメリットを創出することだ。  「会員業者は指名競争入札で指名されやすいといったインセンティブがあれば、災害対応に当たる私たちも少しはやりがいが出るし、今まで災害対応に無関心だった新参者も建設関連団体に入ろうという気持ちになるのではないか」(同)  郡山市では1000万円以上の工事は制限付一般競争入札、1000万円未満の工事は指名競争入札を導入しているが、2021年度の入札結果を見ると、落札額の合計は制限付一般競争入札が約99億8000万円、指名競争入札が約25億7200万円に対し、発注件数は前者が約150件、後者が約640件と指名競争入札の方が4倍以上多い。役員によると、会社の規模が小さい新参者は指名競争入札に参加する割合が高いという。  同市の指名競争入札に参加するには2年ごとに市の審査を受け、入札参加有資格業者になる必要がある。その手引きを見ると、市内に本社を置く業者が提出する書類に「災害協定の締結」「除雪委託契約の締結」の有無に関する記載欄があるが、市がそれをどれくらい重視しているかは分からない。  前述した建設関連団体のいくつかに問い合わせた際、  「災害協定を結んでいるかどうかは、市が審査をする上で少しは加点要素になっていると思う」(前出・女性事務員)  「実際に被災現場に駆け付けている点は(指名の際に)加味してほしいと市に申し入れている。そこを市がもっと評価してくれれば新規会員も増えると思うんですが」(前出・別の組合幹部)  と語っていたが、市が日頃の災害対応を正当に評価しているかというと、建設関連団体にはそう感じられないのだろう。  「会員業者が増えないと災害対応が機能しない。それによって困るのは市民です。そこで、安心・安全な暮らしを維持するため、災害協定と除雪委託契約の締結を指名競争入札に参加するための重要要件にしてはどうか。そうすれば、建設関連団体に無関心の新参者も加入を検討するし、新規会員が増えれば災害が起きた時、市民も助かります」(同) 指名競争を増やす福島県の狙い 福島県庁  県では佐藤栄佐久元知事時代に起きた談合事件を受け、2006年12月に入札等制度改革に係る基本方針を決定。指名競争入札を廃止し、予定価格250万円を超える工事は条件付一般競争入札に切り替えた。しかし、過度な競争や少子高齢化で経営が悪化し、災害対応や除雪に携わる業者がいなくなれば地域の安心・安全確保に支障を来すとして〝地域の守り手〟である中小・零細業者を育成する観点から「地域の守り手育成型方式」という指名競争入札を2020年度から試行している。  農林水産部と土木部が発注する3000万円未満の工事を指名競争入札にしているが、入札参加資格の要件には「災害時の出動実績又は災害応援協定締結」と「除雪業務実績又は維持補修業務実績」が挙げられている。指名競争入札を増やすことで〝地域の守り手〟を支えていこうという県の狙いがうかがえる。  会津地方は郡山と比べて仕事量が少ないため、新しい会社が次々と誕生することもなく、昔から営業している会社が建設関連団体を形成し、地域のインフラを支える構図が成立している。業者数は少ないが、地域を守るという意識が業界全体で統一されている。  これに対し郡山は、業者数は多いが建設関連団体の会員業者は少ないため、業界全体で地域を守るという意識が希薄だ。もし入札制度を変えることで会員業者が増え、市民の安心・安全を確保できるなら、市は真剣に検討すべきではないか。  「入札の大前提にあるのは公平・公正だが、時代の変化と共に変えるべきものは変えなければならないことも承知しています。災害が年々増えている中、業者の協力がなければ市民の生命と財産は守れません。その災害対応については、市でも審査時に評価してきましたが、出動頻度が増えている今、それをどのように評価すべきかは今後の検討課題になると思います。県が試行している指名競争入札なども参考にしながら考えたい」(市契約検査課)  官が民に、建設関連団体への加入を〝強要〟するのは筋違いかもしれない。しかし現実に、災害の増加に反比例して〝地域の守り手〟は減少している。だったら、普段から災害対応に当たっている業者には、その労に報いるためインセンティブを与えるべきだし、それが魅力になって団体に加入する業者が増えれば、建設業界全体で地域を守るという意識が醸成され、災害に強いまちづくりが実現できるのではないか。 郡山市ホームページ あわせて読みたい 建設業者「越県・広域合併」の狙い【小野中村】【南会西部建設】 「地域の守り手」企業を衰退させる県の入札制度 福島市「デコボコ除雪」今シーズンは大丈夫?