福島県で高齢者が犯罪集団の標的になっている。今年2月に南相馬市の70代夫婦宅に男3人が押し入り、暴行のうえ現金などを奪う事件が発生。強盗傷害罪などに問われた実行犯2人に懲役7年、もう1人に同6年が言い渡された。3人はSNSや知人を通じて全国から集められ、匿名の指示役から被害者の財産情報を得ていた。(文中一部敬称略)
犯罪集団に狙われる高齢者の財産
今年2月26日午後3時20分ごろ、南相馬市原町区の県道川俣原町線沿いにある70代夫婦が住む平屋に20代の男3人が押し入り、暴行の末、現金3万8000円とネックレスを奪って逃げた。実行犯3人は約1週間のうちに逮捕された。
犯行は匿名の人物が計画してX(旧ツイッター)などのSNSで隠語を交え告知。応じた者が勧誘役となり、その知人に実行役を任せた(図参照)。検挙率が高く実刑が科される強盗はリスクが高く、自らは手を下したくない。「犯罪白書令和4年版」によると、2021年の強盗の検挙率は99%。
足が付きやすいので、直接の知人には「捨て駒」となる実行役は任せられない。主謀者はSNSで「高額報酬」をうたい、困窮し切羽詰まった者を全国から募集する。いわゆる「闇バイト」だ。高額報酬に飛びついたのが実行犯3人だった。
犯行当日に捕まったのが東京都多摩市のとび職瓜田翔(21)。翌27日には同八王子市の専門学校生江口将匡(20)が警察に事件への関与を伝え逮捕された。2人は高校時代からの友人で、瓜田が犯行に誘った。
その後、3月6日に実行犯のリーダー格とされる札幌市のとび職土岐渚(23)が同市内の自宅で逮捕された。初公判の10月10日時点で3人のほかに指示役、実行犯の勧誘役、逃走の手助け役とみられる男ら6人が逮捕されている。うち瓜田を勧誘し、凶器の準備を指示したとして、瓜田が勤めていた会社の上司であるとび職石志福治(27)が強盗傷害罪で逮捕・起訴された。指示役とみられる男たちは処分保留で釈放された。
闇バイトはSNSを通じて実行役を勧誘し、秘匿性の高い通信アプリを使って匿名の人物が指示を出すので、実行役は犯罪集団の全容を知らない。警察が摘発しても、主謀者が関わった証拠が不十分で「トカゲの尻尾切り」に終わってしまう。
ここからは、10月10~25日にかけて福島地裁で開かれた公判をもとに書き進める。
瓜田、江口ら東京都の2人と札幌市の土岐は事件まで面識がなく、2組はそれぞれ別の知人から被害者宅の財産を盗むことを持ち掛けられた。瓜田は前出の石志から、土岐は札幌市の飲食店経営新居秀道(22)からだった。別にいる指示役は、通信アプリで「クロサキジン」「ヤマモトヨシノブ」などと名乗っていた。指示役が1人で匿名アカウントを使い回していたのか、複数人が成りすましていたのかは不明。
実行犯3人は報酬に魅せられたわけだが、切迫度はそれぞれ違う。土岐は経営する会社の運営資金に困っていた。瓜田はバイクのローンや友人たちへの借金返済、交際相手との遊興費を欲していた。瓜田に誘われた江口は「瓜田に貸した金を返してもらい、それ以上の報酬がもらえるなら」と、薬物の運び屋のような非合法の仕事を想定して応じた。
闇バイトに加わる末端の若者は身分証明書や実家の情報を握られ、脅されていることが多いが、南相馬市の事件は実行犯3人とも脅しを受けていなかった点から「逃げられなかった」という言い訳は苦しい。
札幌市から参加した土岐は定時制高校を中退後、とび職に転じ、2022年2月には従業員7、8人の会社を興し独立した。だが、コロナ禍で現場の仕事が減る中、従業員に給料を払うため父親から借金してしのいでいたという。「自分なりには精いっぱいだったが、はたから見れば金の扱いが杜撰だったかもしれない。人にすぐ金を貸すなど甘いところがあった」と振り返った。
今回の強盗に加わる直前の2022年12月から翌年2月にかけては、元請けからの支払いが滞り、従業員に給料を払えなくなった。資金繰りに頭を悩ませ、従業員に資金を持ち逃げされたとも語った。「もう親には借りられない」と思ったという。
社会保険料の支払い期限が迫り、土岐が頼ったのは新居だった。土岐は新居が経営する飲食店で働いていたことがあり、彼の顔が広いことを知っていた。今年2月13日夜、土岐はLINEで次のように切り出した。
土岐「今どっかたたけない?」
新居「今?」
土岐「金持っててむかつくやつとかいないの」「潰したいやつとか」「なんかもうどうでもよくなってやばい」
タタキとは強盗の隠語。土岐は法廷で「悪い奴から金を奪う意味」と独自の定義を話した。新居とのやり取りの中では「表に出しちゃいけない金はたたいた方がいい気がする」と述べている。「いくら欲しい」と新居に聞かれ、土岐は「400万円。あればあるだけほしい」。400万円は土岐の借金の額だ。
原発賠償金も狙う
南相馬市の老夫婦以外にもタタキの候補は存在していた。当初は2月20日ごろに名古屋市に住む老夫婦の金庫を狙うつもりだったが、同日未明にキャンセルされ、福島県に変更。土岐によると、最初は空き巣を想定しており、候補には名古屋市、福島県、北海道苫小牧市が挙がっていたという。土岐と新居は福島県の標的について「原発の補助金が入っている」とのやり取りを通信アプリで交わしていた。県民にとって、原発事故の賠償金が狙われている点は見過ごせない。
土岐と新居の札幌組は実際に強盗に入った2月26日の前日に、車で東京都から茨城県を通って南相馬市に入り、仙台市に向かっていることが分かっている。この時、常磐道富岡IC付近で乗っていた車が盗難車と疑われ、福島県警に職質を受ける失態を犯す。疑いは晴れたが、裁判で検察側は土岐に対し「新居と下見に行ったのでは」と指摘。土岐は「茨城の解体のバイトに向かう途中でそれがなくなった」と、犯行前日に南相馬市を通ったのは仙台市を経由して札幌市に帰る道中であり、下見であることを否定した。
その後、札幌市に帰った土岐は新居から、匿名性の高い通信アプリを通して「クロサキジン」を紹介される。互いに顔は知らない。以後、クロサキが土岐に強盗の具体的な指示を出す。同日夜、同市内の指定された場所に向かうと、ホスト風の男から交通費2万円と南相馬市の強盗に入る家の写真を示された。寝室の床下に金の延べ棒があると伝えられた。翌26日早朝、土岐は函館市から新幹線で福島市に向かった。
一方、瓜田と江口は強盗に参加するまでにもう1人の人物を介した。今年2月、東京都多摩市のとび職石志福治は「プッシュ 運び」とツイッターで検索していた。プッシュとは大麻のこと。大麻の運び屋を表す。同24日、密売をしていると思われる「ヤマモトヨシノブ」と名乗るアカウントにダイレクトメールを送ると「車の名義を貸してほしい」と返事が来た。「変なことに使われるな」と思った石志は、ヤマモトからの案件を職場の部下の瓜田に紹介した。
瓜田には、福島県の老夫婦から金の延べ棒を奪う仕事で、1人は車で待機、2人は家に入るため最低3人は必要なこと、1人当たりの報酬は800万円はくだらないと伝えた。ハンマーやバールのような物、テープや結束バンドなども用意するよう言った。
犯行前日の2月25日夜、南相馬市に向かうためレンタカーを借りた瓜田と石志は地元の多摩市で会う。ドライブレコーダーが石志の発言を記録していた。
石志「捕まんなよ」「レンタカーの報酬は10万円だよ」「この家はだいたい億は超えてるんだ。みんなで分ける」「俺の場合はボスがいる。ボスから紹介で仕事をもらってるから、そっちに払わなきゃいけない。こっちは現場に出てるから金はでかい」
瓜田はLINEで友人たちに、福島県まで車を運転すれば50万円もらえる仕事があると勧誘した。応じたのが、瓜田に27万円貸していた江口だった。
道の確認を装い下見
瓜田はスマホの匿名人物からの指示で同日午後10時ごろ、都内で江口を拾い、下道で福島県浜通りに向かった。翌26日午前中、いわき市を経て南相馬市に入る。老夫婦宅の前を通って車の台数を確認。指示に従って福島市のJR福島駅に向かい、札幌市から来た土岐を拾った。
合流後、3人は福島市内のホームセンターで先端がとがったハンマーなどを買う。床下にあると聞かされていた金の延べ棒を奪うため、畳を引きはがす道具だった。
合流後、指示役からの連絡は土岐に一元化された。午後1時ごろ、3人は在宅人数を確認するため、ターゲットの老夫婦宅を訪ねた。瓜田が「駅までの道を教えてほしい」と玄関に入った。
もっとも、老夫婦宅は県道から奥まったところにある。不審に思った夫のAさんは「スマホはないのか」「車のナビがあるじゃないか」と尋ねたが、瓜田は「充電がない」「ナビは付いてない」とはぐらかした。AさんはJR原ノ町駅までの道順を教え、家の窓から不審車両の行き先を見守った。
老夫婦が家の中にいることを確認した瓜田は、車に残っていた土岐、江口に報告する。市内のホームセンターに新たに武器になりそうな物を買いに行った。柄の長い全長約40㌢のハンマー、パイプレンチ、ステンレス製のパイプなどを購入。パイプレンチは約1・6㌔とこれらの中で最も重く、瓜田がAさんを殴った際に何針も縫うけがにつながった。
武器を買った3人は再び老夫婦宅の近くまで来て、土岐と瓜田は現場が見渡せる小高い森に上った。江口は車で待機。瓜田はこの時、「強行突破で行くぞ」との土岐の発言を聞いたという。土岐は「自然な成り行きで強盗に至った」と自身の主導性を否定している。いずれにせよ、3人は各々強盗を覚悟し、老夫婦宅に乗り付けた。
顔が分からないようにネックウォーマーを被り、瓜田、江口、土岐の順で無施錠の玄関から土足で侵入した。
瓜田は居間で横になっていたAさんに、右手で持っていたハンマーを振り下ろそうとした。Aさんは上半身を起こし、持ち手の部分を片手で抑え動きを封じたため、瓜田は左手に持っていたパイプレンチをAさんの頭に複数回振り下ろした。Aさんは後ろに倒れたが、抵抗して揉みあいになり、瓜田もハンマーを落とした。江口と土岐はAさんの妻の足にテープを巻き付けて動きを封じた。その後、土岐は寝室に移り、とがったハンマーで畳を引きはがした。
土岐は「金(きん)はどこにあるんだ!」とAさんに迫った。「金はない。現金はあるから持っていけ」とAさん。土岐は財布から現金を抜き取ると、Aさんから「持ってけ」と投げつけられた金色のネックレスを手にし、車で逃走した。3人はイヤリングや凶器などの証拠を家の中に残しており、現場の混乱ぶりがうかがえる。
スマホからの指示で、3人は車で数分の新田川大原水辺公園に向かった。待ち受けていた会社員矢板聖哉(21)=千葉市=の車に金品を持った土岐だけが乗り移り、いわき方面に向かった。矢板は同僚の富田湧也(28)=水戸市=から南相馬市で人を運ぶように頼まれていた。
富田から着信があり、その指示で矢板は土岐に何か持っているかと尋ねた。目的の金の延べ棒を持っていないと分かると、富田は「何も持ってないならその辺で降ろしちゃっていいよ」と話したという。矢板は後部座席の土岐が、自分の携帯電話で「こっちもリスクあんだから金くらいもらえるだろ」と怒っているのを聞いていた。電話の向こうはこれまでやり取りした指示役の「クロサキジン」とみられる。
土岐は人目を避けてJR湯本駅で車を降り、鉄道で自宅がある札幌市に逃走。奪った金品も報酬も手にできなかった瓜田と江口は、凶器を田村市常葉町の山林に捨て、レンタカーを運転して都内に帰った。
結果は冒頭の通り、約1週間で実行犯3人が逮捕された。闇バイトは証拠が残りにくく、法の裁きが指示役まで及びにくいのが特徴だ。今後裁判が予定されている石志も指示役と実行犯のつなぎ役に過ぎず、全容解明は望めない。
実行犯の土岐は、目的の金品が得られず逃走車から降ろされたように、上層部にとって「捨て駒」だった。捨て駒だが起こした結果は重大で、刑罰を受けて被害者への賠償を迫られる。裁判には実行犯3人の親たちが証人として出廷した。3人合わせて600万円を被害弁償したことが明かされた。親が親戚や職場から借りて払ったという。闇バイトは被害者のみならず、自分のかけがえのない人にも迷惑を及ぼす。