放火から更生できなかった福島駅切り付け男

放火から更生できなかった福島駅切り付け男

(政経東北2022年8月号)

 2021年11月にJR福島駅西口で切り付け事件を起こし、殺人未遂などの罪に問われていた70歳の男に7月20日、懲役11年(求刑12年)が言い渡された。福島刑務所を出所してわずか4日での犯行だった。男は「保護観察所の職員に冷たい対応をされ、事件を起こすことで間接的に復讐を考えていた」と動機を話した。過去に放火事件を起こしており、重大事件の犯罪者ほど支援が受けられない現状がある。再犯傾向を強め、暴力が無防備な公共空間に向けられる悪循環が起こっている。

保護観察所に恨み なぜ無差別殺人へ

福島刑務所
福島刑務所

 男は住所不定、本籍山形県米沢市の高橋清被告。裁判では車椅子に乗り入廷した。耳には補聴器を付けていた。公判中、証言台に立つことを除いてはほとんどの間、目をつむりうつむいていた。7月11日の初公判で殺人未遂と銃刀法違反の罪状を記した起訴状が読み上げられると、裁判長の「間違いはありますか」との質問に「殺意を持ってというのが間違いです」と答えた。

 被告は福島刑務所を出所してから4日目の2021年11月15日に、福島駅西口で両手に包丁を持ち、当時24歳の男性と83歳の女性を切り付けて殺そうとした。男性はよけたため右腕に全治13日の傷、女性は腹部に加療14日の刺し傷を負ったが一命をとりとめた。被告は無差別切り付けの動機を「大きな事件を起こして報道されることで、福島保護観察所の対応を世間に知らせたかったから」と話す。なぜ無関係の人を襲うに至ったのか。

 被告には切り付け事件とは別に前科が4犯あった。そのうち3犯で計15年以上服役している。切り付け事件の動機につながるのは3犯目の放火の罪だ。

 2009年6月4日午後7時半ごろ、高橋被告は居住していた福島市南沢又の2階建て木造アパートの一室でライターを使って新聞紙に火をつけ、段ボール箱に燃え移らせてアパートを全焼させた。ここには2犯目の刑期の仮釈放中に更生保護施設の世話を受けて入居していた。市内の協力雇用主の下で働いていたが、仮釈放期間満了後、会社を解雇されると思い込み「死ぬか刑務所に入るしかない」と考えて犯行に及んだ。自首するが、現住建造物等放火の罪に問われ、同年10月、求刑通り懲役8年を言い渡された。

 2017年9月に刑期を終え、同月9日に福島刑務所を出所した。前科があり、住居がない65歳の新規就労は難しい。放火事件を担当した弁護士は、高橋被告に、出所後は生活保護を申請すること、受給までには時間がかかるので、その間は保護観察所の更生緊急保護を受けるようにアドバイスしていた。

 更生緊急保護とは、刑務所満期釈放者や起訴猶予者などが、親族や公共機関から自立更生に必要な保護や援助が受けられず生活にひっ迫している場合に、本人の申し出に基づいて保護観察所が行う緊急の措置だ。生活が不安定になって再犯に及ぶのを防ぐ目的がある。

 「保護観察所に行けば、生活保護受給までの間、面倒を見てもらえるだろうと先生に言われたので行きました」(裁判での高橋被告の発言)。

 出所から2日後の2017年9月11日に福島保護観察所を訪ねた。刑務所から発行される前科や経歴を記載した保護カードを提出して「何とかお願いします」と頼んだ。保護施設への入所を望んだが、職員から「うちではだめなので役所に行ってください」と断られたという。理由は告げられなかったと話す。

福島保護観察所
福島保護観察所(法務省HPより)

 職員から福島市役所までの地図を渡された。高橋被告は市役所で生活保護を申請すると「あなたは必ず受給できます」と言われたという。ただ、受給開始までは1カ月程度かかると聞かされた。

 市役所の担当者から「住むアパートは自分で探しなさい」と言われたので不動産業者を訪ねたが、住所不定で保証人もいないので断

福島市役所
福島市役所

られた。野宿をし、市役所と不動産業者を行き来した。担当者から「共同生活の見込みが立ったので、それまでの1カ月間なんとか生活してください」と言われた。

 出所直後1万2000円ほどあった所持金は半分になっていた。法テラスに相談に行くと、10万円まで借りられる緊急融資制度を教えてもらったが「どこで受けられるか分からなかったので行かなかった」。出所から6日目の同月14日深夜、市内のコンビニで店員にナイフを突き付け、金を要求。強盗未遂で捕まった。

被告「自分は死ねということか」

切り付け現場のJR福島駅西口
切り付け現場のJR福島駅西口

 施設への入所を申請し拒否された時の心情を今回の裁判で弁護人に聞かれ、高橋被告は「自分に死ねということなのかと思った」と答えた。判決ではこの時の絶望感に「理解できないでもない」と言及している。だが前科が放火の場合、更生保護施設への入居は難しい。出所後、1日4合ほど飲酒し、保護観察所に行くまでの3日間で所持金1万2490円のうち半分の6474円を使っていたことも悪印象を与えた。検察側は今回の裁判で、被告の前科が放火だったこと、2017年の出所後に相当量の飲酒があったこと、数日間で所持金を無計画に使い更生の意欲が認められないことから、保護観察所が施設での生活になじまないと判断し、委託を行わなかったのは妥当と説明している。

 強盗未遂の罪に問われた被告は同年11月に懲役4年(求刑5年)の判決を受けた。再び福島刑務所に収容され、出所後に「注目される事件を起こし保護観察所の対応を知らしめてやろう」と考えるようになった。服役中は信夫山の神社の放火を考えていたが、「複数人を傷つけなければ大事にはならない」と出所後に無差別殺人を計画した。

 4犯目の刑務所生活4年間は出役拒否、作業拒否や建物等の損壊などで懲罰を計10回受けたため満期を過ごした。2021年11月12日に出所。保護観察所や役所には向かわず、全財産12万2343円を持ってその日のうちに市内のホームセンターで切り付けに使用した包丁を買った。福島駅西口のホテルに連泊し、犯行現場の下見や映画館に立ち寄るなどして過ごした。出所からわずか4日で犯行に及んだ。

 なぜ無差別殺人なのか。被告は裁判で「保護観察所の職員を襲うことも考えたが警備員がいるからやめた。不審だと思われると入ることもできない」と話した。無防備な人をあえて狙ったということだ。当初は駅西口にあった入浴施設での切り付けを考えていたが既に閉店していたため断念。駅西口の花壇の縁に座って待ち合わせをしている人たちが「死んでも構わない標的」になった。

 腹部を刺された80代の女性は「なんで私なんだろうと悔しい気持ちでいっぱいです」と取り調べに話している。20代の被害者男性は「事件後も公衆の場で目の前の人が予期しない動きをすると、事件を思い出し不安になります」と裁判で証言。精神的な傷は癒えずカウンセリングを受けているという。

 被告が一方的に恨みを持っている福島保護観察所は事件をどう捉えているのか。見解を尋ねると畠山清寿企画調整課長は「訪問者の個人情報を保護する観点から、個別の事案には答えられない」と回答した。更生緊急保護については、一般論として「必ずしも本人の希望通りの保護が受けられるとは限らない」という。

 更生緊急保護制度について研究している信州大学社会基盤研究所の石田咲子助教(刑事政策)は「重大事件を犯した人に対する更生支援の在り方が改めて浮き彫りになった事件です」と捉える。重大事件を起こした人物が、刑期を終えて出所してもその罪の内容から身元を保証する人が現れず居住先が見つからない。支援が受けられず、環境が悪化し更生意欲も湧かない。罪を犯してまた刑務所に戻るという流れだ。

 「仮釈放者には、出所後も保護観察が義務付けられ法的な支援が受けられますが、満期出所者は出所時点で刑が終わったことになり、その後法的な支援を受けられる定めがありません。更生緊急保護は主にこのような満期出所者を対象としています。本人から保護観察所への希望があって初めて対象となります」(同)

 保護観察所が直接行う更生緊急保護(自庁保護)の内容は、宿泊場所の供与や食事、衣料、宿泊場所までの旅費の給与・貸与、医療援助のほか「一時保護事業を営む者へのあっせん」などがある。それとは別に更生保護施設等への宿泊を伴う保護の委託(委託保護)もあり、こちらの方が支援の主流だ。2020年の更生緊急保護の実施人員数は、自庁保護総数で計5577人(うち「一時保護事業を営む者へのあっせん」が1847人で最大の約33%)、委託保護は4595人だった。

刑期を終えたら81歳

刑期を終えたら81歳

 高橋被告は更生保護施設で生活する委託保護を希望したが断られた。全国には民間が運営する更生保護施設が約100カ所あるが、大半が住宅街に立地。地域での理解が必要なことから、周辺住民の不安に配慮して、放火や性犯罪の前科がある人や暴力団関係者の入所を認めていないところも多い。

 「保護観察所が断った理由を高橋被告に教えなかった事情は分かりませんが、更生緊急保護の枠内で支援するよりは、市役所を通して福祉の方につなげることが適切と判断したのではないでしょうか。ただし被告が裁判で述べた通り、1カ月待てば受給できると決まっていたのであれば、あくまでつなぎという意味で金銭を提供する方法もあったのではないかと思います」(石田助教)

 ところが、高橋被告は生活保護受給までの生活を保護観察所に相談することなく自ら連絡を絶った。法テラスなど他の支援窓口も再訪はしていない。

 「窓口に1人で赴き、支援内容を理解して自発的に動くことが困難な出所者もいます。保護観察所の予算の範囲ではできないし、法的な義務付けもないので職員に強制はできませんが、保護観察所が出所者に同行して役所とつないでいくというような、ある種『おせっかい』も大事なのではないでしょうか」(同)

 前出の畠山課長も「支援窓口と出所者をつなぐために職員が同行する場合もあります」と話す。生活保護が受給されるまで、更生緊急保護に基づいて生活費を提供することもあるという。ただ、各地の保護観察所を渡り歩き、生活費をもらうだけで更生につながらない出所者も中にはいるようだ。

 2009年の放火事件の裁判で検察官は「2度あることは3度ある。3度目に火をつけるのは、皆さんの家の隣近所かもしれません」(福島民友2009年10月9日付)と高橋被告への厳罰を訴えた。求刑通り懲役8年が科されたわけだが、出所後に支援にたどり着けなかったことから保護観察所を一方的に恨み、5度目の罪を犯した。今回の刑期を終える時、被告は81歳。年齢から6度目はないと思いたい。被告は「刑務所は自由がなく地獄」と語っている。それでも、自分の晩年は「地獄」で終わってもいいと思い、凶行に及んだのだろうか。

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