【ヤマブン】相馬市の醤油醸造業者が殊勲

【ヤマブン】相馬市の醤油醸造業者が殊勲【山形屋商店】

 震災・原発事故、コロナ禍、2年連続で発生した福島県沖地震により、相馬市の企業は深刻なダメージを受けている。そうした中、被災しながらも高品質な商品づくりに努め、全国最高賞を受賞した醤油醸造業者がある。(志賀)

災害乗り越えて全国最高賞受賞

災害乗り越えて全国最高賞受賞【山形屋商店】
山形屋商店

 醤油メーカーの業界団体・日本醤油協会では毎年、全国の醤油を種類別に評価する「全国醤油品評会」を開催している。この品評会で昨年9月末、相馬市の醸造業者・合資会社山形屋商店の商品が、最高賞の「農林水産大臣賞」を受賞した。

 同社が一気に脚光を浴びるようになったのは、今回受賞した醤油が、県内ではあまり知られていない淡口醤油だったためだ。穏やかな味わいで、食材の持ち味を引き出すため、精進料理、京料理、懐石料理などに使われる。ただ、味や香りを加える濃口醤油と比べると評価しづらい面があり、過去6年間、淡口醤油から最高賞は出ていなかった。加えて北海道・東北地方では淡口醤油を使う食文化が極端に少なく、過去に淡口醤油で最高賞を受賞した県内醸造業者は一つもなかった。

 同社が出品した「ヤマブンうすくち醤油」は食欲をそそる豊かな香り、美しい色と艶、まろやかな甘みと旨み、後味の良い風味と、バランスが優れている点が高く評価されたという。見事、醤油の世界で〝白河の関越え〟を果たした格好だ。

 同社は過去、主力商品の濃口醤油「ヤマブン本醸造特選醤油」でも4度にわたり最高賞を受賞しており、県内最多の受賞歴を誇る醸造業者となった。

 「品評会に出品するのは全国展開している大手・中堅メーカーで、うちみたいな零細の醸造業者には縁がない世界だと思っていました」

 こう笑うのは同社代表社員で5代目店主の渡辺和夫さん(53)だ。

最高賞を受賞した「ヤマブンうすくち醤油」を掲げる渡辺和夫さん
最高賞を受賞した「ヤマブンうすくち醤油」を掲げる渡辺和夫さん


 同社は1863(文久3)年創業で、米麹、味噌、醤油などを扱ってきた。もともと大東銀行の行員だった渡辺さんは、2001年に婿入りしたのを機に同社に入社。義理の父である先代店主・正雄さんのもとで、10年にわたり修行を積んでいた。そうした中で遭遇したのが2011年の震災・原発事故だ。

 ガラス瓶に詰められた出荷前の醤油1500本がすべて落下し、タンクの中身もこぼれて、床は黒く染まった。翌日以降片付けに追われ、工場は配管の組み直しを余儀なくされた。原発事故発生直後には従業員を避難させ、家族だけが残って工場内を片付けしながら、店を訪れた人に食べ物などを分けた。

 1カ月後、避難先から従業員が戻って来たのに合わせて生産・販売を再開したが、放射能汚染を心配する声は大きく、地元旅館や料理店との取引は一時ストップとなった。しばらくすると「ヤマブンの醤油じゃないと料理の味が決まらない」と取引が復活したが、県外企業との取引はそのまま消滅した。

 2012年には、福島第一原発敷地内の配管から汚染水12㌧が海洋に漏れていたことが発覚。福島県産品への不安が一気に高まった。さらに同年には先代店主・正雄さんが亡くなり、渡辺さんが5代目店主となった。普通なら次の一手をどう打つべきか迷いそうなところだが、渡辺さんはひたすら商品の品質向上に向けた取り組みに挑戦した。

 「二本松市の福島県醤油醸造協同組合から『いまこそ品質向上に取り組むべき。勉強会を開いて品評会で最高賞を目指しましょう』とお声がけいただき、震災・原発事故から半年後の2011年10月26日、勉強会(福島県醤油出品評価会)に参加しました。勉強会のモデルになったのは県清酒組合が立ち上げた『県酒造アカデミー』です。県ハイテクプラザ研究員の指導のもと、酒蔵のレベルアップ、知識・技術の共有に成功し、『全国新酒鑑評会』で多くの金賞を受賞するようになりました(その後、都道府県別金賞受賞数で史上初の9回連続日本一を達成)。それを参考に、醤油業界でも醸造業者、同組合、ハイテクプラザの3者によるレベルアップを図ったのです」

勉強会で製造方法を研究

勉強会で製造方法を研究【福島県醤油醸造協同組合】
福島県醤油醸造協同組合
勉強会で製造方法を研究【勉強会の様子(同組合提供)】
勉強会の様子(同組合提供)

 勉強会に集まったのは18業者の経営者・役員・技術者など。渡辺さん同様、比較的若い世代が多かった。品評会で上位に入った醤油を集め、商品の原材料を比較しながら、利き味(色・香りの確認)をした。ハイテクプラザの主任研究員が成分を分析・数値化し、それを基に上位入賞醤油の色、香り、味、風味などについて仲間とともに議論を交わした。

 本来、醤油蔵にとって醤油の製造方法は〝門外不出〟。同業者同士の情報交換などもってのほかだが、県内では醸造業者が古くから連携してきた経緯があった。

 醤油の工程は以下の5つに分けられる。

 ①原料処理(蒸した大豆と、炒って粉砕した小麦に、麹菌を植え付ける)

 ②麹造り(温度や湿度を変えながら麹菌を育て、醤油麹をつくる)

 ③諸味造り(食塩水を加えた「諸味」をつくり、半年かけて発酵させる)

 ④圧搾(熟成した諸味を搾り、醤油の元となる「生揚げ」をつくる)

 ⑤火入れ(生揚げに熱を加えて発酵を止め、醤油の色・味・香り・風味を決める)

 実は、県内の醤油醸造業者ではこの5工程のすべてをやっているわけではない。①~④までを醸造業者の共同出資で設立された福島県醤油醸造協同組合が一手に担い、でき上がった生揚げを配送し、各業者は醤油づくりの生命線である⑤火入れに集中できる体制となっているのだ。

 資本投下が大きく技術力が求められる生揚げの製造を1カ所で行うことで、各業者の負担を減らし、品質向上にもつなげる狙いがある(一方で、すべての工程を自社内で行っている県内醸造業者もある)。

 同組合は1964(昭和39)年に設立されたが、福島県で最初に始まったこの仕組みは「生産協業化方式」と呼ばれ、その後、各地に広まっていった。

 こうした経緯があったからこそ、震災・原発事故という危機に直面した際、自然と一致団結する機運が高まったのかもしれない。

 同組合の工場長で、勉強会の呼びかけ人である紅林孝幸さん(52、農学博士)は「震災・原発事故直後、県内の多数の酒蔵が全国新酒鑑評会で金賞を取っているのを見て感銘を受けました。危機に直面しているいまこそ醤油業界も一つになり、チャンピオンを目指していかなければならないと考え、組合員に勉強会開催を呼びかけました」と振り返る。

紅林孝幸さん
紅林孝幸さん

 勉強会は品評会直前の5月と直後の10月下旬の年2回、定期的に開催されるようになった。渡辺さんは参加するうちに「福島県の醤油が日本一の安心安全な品質であることを示したい」と考えるようになり、勉強会で学んだ成果を持ち帰っては、伝統の製法に生かす方法を模索した。

 地道な取り組みが実を結び、2013年の品評会に出品した濃口醤油「ヤマブン本醸造特選醤油」は最高賞に選ばれた。同商品は以後14、16、17年にわたり、農林水産大臣賞を獲得した。

 こうして高い評価を得た同社の醤油だが、その後前述の通り、ハードルが高い淡口醤油で品評会に挑戦することになった。なぜあえて評価されにくい商品を出品したのか。

 その理由を渡辺さんは「昨年3月16日に発生した福島県沖地震がきっかけだった」と明かす。

 福島県沖地震で相馬市は震度6強の揺れに見舞われ、多くの企業や住宅が被害を受けた。今年2月時点での公費解体の申請数は1162棟。公共施設の復旧事業は現在も進められている。同社の醸造工場も全壊判定となり、醤油を製造する機械や配管が損傷した。一昨年2月の地震で被害を受け、復旧工事中だっただけに渡辺さんのショックは大きかった。

 一時は廃業も覚悟したが、このときも地元飲食店などから「ヤマブンの醤油がなくなると困る。続けてほしい」と温かい言葉をかけられた。勇気づけられた渡辺さんは、雨漏りなどの応急処置を自分たちで行い、「納品を遅れさせてはならない」と復旧作業に全力を注いだ。

 4月26日、機械や配管が復旧し、ようやく製造を再開できた。最初に火入れしたのは、そのときたまたま在庫が少なかった淡口醤油だった。

 香りとうまみをより引き出すため、普段より火入れの温度を1・3度高く設定した。自信作だったが、地震直後だっただけに、品質の高い醤油ができているか不安だった。そこに、品評会への出品案内が届いた。せっかくなら、品評会の審査員36人全員の評価を聞きたいと考えた。

 事前に同組合の紅林さんに相談して利き味をお願いしたところ、「とても良い」と太鼓判を押された。それならばと出品したところ、9月30日の授賞式で最高賞受賞が発表された。

レベルの高さを証明

レベルの高さを証明【「港町のしょうゆ屋」プロジェクトでつくられた醤油】

 渡辺さんは、受賞は「チーム福島」の力であることを強調する。

 「醸造業者、醸造組合、県ハイテクプラザの『チーム福島』で品質向上に取り組んできた結果だと捉えています。福島県の醤油が日本酒に負けないぐらい高いレベルであることを証明できたのが何よりうれしい。受賞を重ね、いまも続く風評被害の払拭につながっていくことを期待しています」

 実は、昨年の品評会では、県醤油醸造協同組合が製造する「香味しょうゆ」も「こいくちしょうゆ」部門で農林水産大臣賞を受賞した。

 同組合では、各醸造業者に代わって、難易度が高かったり組合員の負担が大きい商品を製造してきたが、今回受賞した商品は新たに開発した商品だった。

 というのも、前出・紅林さんは、渡辺さんら醸造業者関係者とともに勉強会を続ける中でおいしい醤油づくりに関する〝仮説〟を立てていた。

 「これまで品評会で上位に入った醤油の傾向を見ていると、『減塩志向が強まっており、マイルドでまろやかな味わいが受け入れられやすい』、『香りが長持ちする醤油が高く評価される』といった法則性が見えてきた。これらを実現した醤油を作れば品評会で上位に入るのではないかと考えました」

 醸造業者にはそれぞれの伝統があるので、いきなり製法を変えるわけにはいかない。そこで、仮説を実証する意味で、これまでのテイストを変えた濃口醤油の新商品を製造し、品評会に出品したところ、山形屋商店と並んで「日本一の醤油」の評価をもらった。

 品評会授賞式と併せて行われたトークショーでは、一般社団法人日本たまごかけごはん研究所の上野貴史代表理事が「最高賞受賞5商品のうち、『香味しょうゆ』が一番卵かけごはんに合う」と評価したほど。震災・原発事故直後から続けてきた勉強会の方向性が間違っていないことを証明する形となった。

 商品のレベルの高さを証明した山形屋商店は、醤油の魅力を広める活動にも積極的に取り組んでいる。

 最近では、福島・宮城両県の港町の醸造蔵7社と宮城学院女子大(宮城県仙台市)による共同企画「港町のしょうゆ屋」プロジェクトに参加した。マグロやイカ、ヒラメなど港町でよく食べられている海産物に合う醤油を開発し、共通ボトルで販売するというもので、同大現代ビジネス学部の石原慎士教授が呼びかけて3月11日に販売が開始となった。

 同プロジェクトの代表を務める渡辺さんはプロジェクトの狙いを「港町によって水揚げされる海産物の種類は違うし、醸造業者は地元の食文化に合わせて味を変えている。魚食文化を支える〝地醤油〟にスポットライトを当て商品化しようというものです」と話す。

 いわきのメヒカリは濃厚なだし醤油、マグロは木桶で作った本格的な丸大豆醤油、イカはさっぱりした昆布醤油で味わう。同社は「『ヒラメ』に合ううまさを引き出すしょうゆ」として前出の「ヤマブンうすくち醤油」を提案した。「ヒラメは白身魚でさっぱりして歯ごたえがある。繊細な旨味と甘味を淡口醤油が引き出してくれます」(渡辺さん)。

 こうして聞くと、港町の食堂で提供される「刺身定食」、「煮魚定食」は、その場所ごとに違う味が楽しめるメニューということが分かる。

 もっと言えば、全国には1100もの醤油醸造業者があり、作られる醤油にはそれぞれ特徴がある。料理本のレシピなどに「醤油大さじ1杯」などと書いてあっても、使う醤油が異なれば料理の仕上がりは全く違うかもしれない。そういう意味で醤油は奥深い調味料であり、日本の食文化を象徴する存在といえよう。

海洋放出への懸念

 頻繁に地震被害を受ける中で、新たな社屋建設計画はあるのか尋ねると、渡辺さんは「福島県沖地震と同じ規模の地震が再び発生するとも報道されていますが、コロナ禍ということもあって、現在の場所に数千万円かけて新しい工場を建てる考えも余裕もありません。直しながらやれるだけやっていこうと腹をくくっています」と答えた。

 「県内の醤油出荷量はいまも震災前の半分に落ち込んでいます。他県でこうした動きは確認されていないので、やはり風評被害の影響ということでしょう。だからこそ、高品質な醤油をつくり続け、少しでも多くの人に届けていきたいと考えています」

 そのうえで心配なのが、ALPS処理水の海洋放出の行方だという。

 「福島第一原発の敷地内からALPS処理水が海洋放出されれば、うちのような港町の醤油醸造業者はさらに打撃を受ける。福島県の漁業者はこれまで試験操業を余儀なくされ、水揚げ量は震災前の2割程度に過ぎない。少しずつ魚価が上がってきており、ようやく本格操業というタイミングで海洋放出が行われれば回復基調が落ち込むでしょう。漁業者の立場に寄り添うということであれば、(海洋放出ではなく)別の方法を検討すべきではないかと思います」

 政府・東電は今春から今夏にかけて海洋放出を実施する方針を示し、着々と準備を進めているが、浜通りの魚食文化を支える水産業の〝関係者〟から、こうした声が上がっていることを認識すべきだ。

 災害で幾度も苦境に立たされながら、その都度立ち上がり、港町の食文化を支え続けている山形屋商店。今後も「チーム福島」での醤油づくを継続し〝醸造王国ふくしま〟の存在を示し続ける。渡辺さんの挑戦は始まったばかりだ。

農林水産大臣賞を受賞したヤマブンの本醸造特選醤油を購入する

志賀 哲也

しが・てつや

1980(昭和55)年生まれ。福島市出身。
大手食品スーパーで勤務後、東邦出版に入社。

【最近担当した主な記事】
南相馬市ブローカー問題「借金踏み倒し」被害者の嘆き(2023年7月号)
相馬市の醤油醸造業者が殊勲(2023年5月号)

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