【第1弾】親世代から続く喜多方昭和電工の公害問題

親世代から続く喜多方昭和電工の公害問題

 喜多方市豊川町でフッ素やヒ素による土壌・地下水汚染が明らかとなった。昭和電工(東京都港区)喜多方事業所内の汚染物質を含む土壌からしみ出したとみられる。同社は2020年11月の公表以来、井戸が汚染された住民にウオーターサーバーを提供したり、汚染水の拡散を防ぐ遮水壁設置を進めているが、住民たちは工事の不手際や全種類の汚染物質を特定しない同社に不満を抱いている。親世代から苦しめられてきた同事業所由来の公害に、住民たちの我慢は限界に来ている。

繰り返される不誠実対応に憤る被害住民


 2022年9月下旬の週末、JR喜多方駅南側に広がる田園には稲刈りの季節が訪れていた。ラーメンで知られる喜多方だが、綺麗な地下水や湧水を背景にした米どころでもある。豊富な地下水を求め、戦前から大企業も進出してきた。同駅のすぐ南には、化学工業大手・昭和電工の喜多方事業所がある。

 1939(昭和14)年、この地にアルミニウム工場建設が決定。戦時下で軍需向けの製造が開始され、戦後に本格操業した。同事業所を南側の豊川町から眺めると、歴史を感じさせる赤茶けた建物が田園の向こうにたたずむ。

 同事業所を持つ昭和電工グループの規模は巨大だ。2021年12月期の有価証券報告書によると、売上高は1兆4190億円で、経常利益は868億円。従業員数2万6054人(いずれも連結)。グループを束ねる昭和電工㈱(東京都港区)の資本金は1821億円。従業員数3298人。

 喜多方事業所にはアルミニウム合金の加工品をつくる設備があり、従業員数18人。同事業所のホームページによると、アルミニウム産業に携わってきた技術を生かし、加工用の素材などを製造している。

 そんな同事業所の敷地内で、土壌と地下水が汚染されていることが初めて公表されたのは2020年11月2日。土壌汚染対策法の基準値を超えるフッ素、シアン、ヒ素、ホウ素の4物質が検出された(表1)。同事業所は同年1~10月にかけて調査していた。 

事業所の地下水で基準値を超えた物質

物質基準値の何倍か基準値
フッ素最大値120倍0.8mg/L
シアン検出不検出が条件
ヒ素最大値3.1倍0.01mg/L
ホウ素最大値1.4倍1mg/L
表1



 同年10月5日付の地元2紙によると、原因について同事業所は、過去に行っていたアルミニウム製錬事業で発生したフッ素を含む残渣などを敷地内に埋め、そこからフッ素が溶け出した可能性があるとしている。ただ、シアン、ヒ素、ホウ素の検出については原因不明という。アルミニウム製錬事業は1982(昭和57)年に終了している。

 現時点で健康被害を訴える住民はいない。だが、日常は奪われたと言っていい。同事業所の近隣に住む男性はこう話す。

 「県から『井戸の水を調査させてください』と電話が掛かってきて初めて知りました。ウチは、飲み水は地下水を使っていました。昔からここらに住んでいる人たちはどこもそうです。井戸水を計ってみるとフッ素が基準値超えでした」

 男性を含め、近隣の数世帯は飲食や洗い物に使う水を現在も昭和電工が手配したウオーターサーバーで賄っている。同社は被害住民らに深度20㍍以上の井戸を新たに掘ったものの、鉄分、マンガン、大腸菌など事業所由来かは不明だが基準値を超える物質が検出され、飲用には適さなかった。

 「まるでキャンプ生活ですよ。2年近くも続くとは思っていませんでした」(同)

敷地越えて広がる汚染地下水

 県も同事業所敷地から外へ向かって約250㍍の範囲の地下水を調査し、敷地外に地下水汚染が広がっていることを確認している(表2)。翌年4月2日には、昭和電工による計測値に基づき、県が敷地と周辺を土壌汚染対策法の要措置区域に指定した。健康被害が生ずるおそれに関する基準に該当すると認める場合に指定される。この区域では形質変更が原則禁止となる。同事業所とその周辺では2区域に分けて指定され、それぞれ約31万3000平方㍍と約6万2300平方㍍にわたる。

県による事業所外地下水調査で基準値を超えた物質

(21年1月発表)
物質最大値基準値
フッ素3.8mg/L0.8mg/L
ホウ素1.8mg/L1mg/L
(21年4月発表)
物質最大値基準値
フッ素3.8mg/L0.8mg/L
(21年7月発表)
物質最大値基準値
フッ素3.8mg/L0.8mg/L
ホウ素1.8mg/L1mg/L
福島民報、福島民友記事より作成
表2



 しかし、地上では同事業所との境界は明確に分かれていても、地下水はつながっている。公害対策の責任がある昭和電工は、汚染を封じ込める「環境対策」を進めている。公表から5カ月ほどたった2021年4月の住民説明会で、同事業所は敷地を囲むように全周2740㍍の遮水壁を造り、汚染された地下水の拡散を防ぐ対策を明らかにした(福島民友会津版同年4月18日付より)。

 記事によると、土壌にあるフッ素を含むアルミニウム製錬の残渣と地下水の接触を避けるため、揚水井戸を設置し、地下水をくみ上げて水位を下げる。くみ上げた地下水はフッ素などを基準値未満の水準に引き下げ、工場排水と同じく排水する。東京電力が廃炉作業中の福島第一原子力発電所に、地下水が流入するのを防ぐため凍土壁を造った仕組みと似ている。同事業所は遮水壁の完成予定が2023年5月になると明かしていた。

 2021年12月期有価証券報告書で損益計算書(連結)を見ると、特別損失に「環境対策費」として89億5800万円を計上している。「喜多方事業所における地下水汚染対策工事等にかかる費用」という。

 1年間で90億円ほど費やしている「環境対策」だが、順調に進んでいるのか。

 同事業所の西側に隣接する太郎丸行政区の住民でつくる「太郎丸昭和電工公害対策検討委員会」の慶徳孝幸事務局長(63)は、住民側が把握しただけでも、2021年10月から2022年9月までに9件のトラブルがあったと指摘する(表3)。

発覚時期影響対象住民が把握したトラブル
2020年11月事業所内4物質が地下水で基準値超え
2021年10月被害住民地下水のデータを誤送付
12月近隣住民工事の振動・騒音が基準値超え
12月事業所内地下水でヒ素が基準値超え
2022年1月敷地内外工事に使う希硫酸が水路に漏洩
2月太郎丸地区地下水でフッ素が基準値超え
3月事業所内新たな場所からシアンが検出
6月事業所内地下水でヒ素が基準値超え
8月事業所内地下水でヒ素が基準値超え
9月太郎丸地区地下水でフッ素が基準値超え
表3



 2022年1月下旬には、工事に使う希硫酸が用水路に漏洩した。ところが住民への報告はその1週間後で、お詫びと直接的な健康被害はないと考えている旨を書いた文書1枚を事業所周辺の各行政区長に送っただけだったという。

 「このような対応が続くと昭和電工が行うこと全てに信頼がなくなってしまいます」(慶徳事務局長)

 太郎丸行政区の住民らは、土壌汚染対策法で基準値が定められている全26物質と、同じく水道法で定められている全51項目について、水質検査をするように昭和電工に求めている。なぜか。

 同事業所長は、21年3月に開いた同行政区対象の説明会で「埋設物質及び量は特定できない」「フッ素以外のシアン、ヒ素、ホウ素の使用履歴が特定できない」と述べたという。

 「使用履歴がないシアン、ヒ素、ホウ素が現に見つかっている以上、他に基準値を超える有害物質が埋まっている可能性は否定できません。調べるのが普通だと思います」(同)

市議会が「実態調査に関する請願」採択

 喜多方市議会9月定例会には、同行政区の区長と前出・公害対策検討委員会の委員長が「昭和電工株式会社喜多方事業所における公害(土壌汚染・地下水汚染)の実態調査に関する請願」を同1日付で提出した。紹介議員は十二村秀孝議員(1期、豊川町高堂)。

 市に求めたのはやはり次の2点。

 1、土壌汚染に関し定められた全26物質の調査

 2、地下水汚染に関し定められた全51項目の調査

 以下は十二村議員が朗読した請願書の一部。

 《昭和電工喜多方事業所は昭和19年より生産開始し、後に化学肥料の生産も行い、昭和40年代には広範囲に及ぶフッ素の煙害で甚大な農作物被害を被った重く苦しい歴史があります。 

 現在、ケミコン東日本マテリアルの建物が立っている場所は過去に調整池であり、汚染物質の塊である第一電解炉のがれきが埋設された場所でもあります。歴史の一部始終を見てきた太郎丸行政区の住民からは、不安の声が上がり、当事業所に対し、地下水流向の下流域にある同行政区で、土壌汚染対策法で定める全26物質(含有量・溶出量)の調査、地下水全51項目の水質調査を再三要請してきましたが、事業所からは『正式な調査はしない』と文書回答がありました。

 2022年3月8日には、付近の地下水観測井戸からシアンの検出超過が判明。約2カ月間、井戸からくみ上げましたが基準値以下になっていません。2020年11月2日に土壌汚染を公表してから1年半以上。県の調査結果を見る限り一般的事業所の波及範囲は約80㍍に収まるが、最大約500㍍先の地下水も汚染されています。県の地下水調査でも過去に類を見ない大規模かつ重大な公害問題の可能性が推測されます。

 太郎丸は地下水が豊富で湧水が多く点在します。毛管上昇現象による土壌汚染も心配です。約800年の歴史がある太郎丸行政区が将来にわたって安心・安全に子どもたちに引き継げるのか。夢と希望を持って農業ができるのか。不安払拭のためにも行政の実態調査を求めます》

 請願は9月15日に全会一致で採択された。〝ボール〟は市当局にも投げられた格好だ。

「子どものためにも沈黙はいけない」

 さかのぼること同11日には、昭和電工が市内の「喜多方プラザ」で説明会を開き、対象の5行政区から60~70人の住民が参加した。汚染発覚以来、同社が毎年1回開いている。

 筆者は同事業所に、説明会の取材を事前に電話で申し込んだ。対応した中川尚総務部長は「あくまで住民への説明なので」とメディアの参加を拒否。なおも粘ったが「メディアの参加は想定していない」の一点張りだった。「住民が非公開を求めているのか。報じられたくない住民がいるなら配慮する」と申し入れたが「メディアが入ることは想定していないので住民には取材の可否を聞き取っていない」。つまり、報じられたくないのは同事業所ということ。

 当日、筆者は会場に向かったが、入り口には青い作業服を着た従業員10人ほどがいて入場を断られた。目の前にいる中川総務部長にいくつか質問をしたが、書面でしか受け付けないと断られた。

 後日、前出・慶徳事務局長に説明会の様子を聞くと、

 「午後3時に始まり、4時半に終える予定でしたが、結局7時半までかかりました。昭和電工側が要領の得ない発言を繰り返し、紛糾したからです」

 会場の映像や写真、音声記録が欲しいところだが、

 「昭和電工は参加した住民にも、機器を使って記録することを禁じていました。都合の悪い情報が記録され、メディアに報じられるのを避けたかったのでしょう。出席者からは『それなら議事録が欲しい』という求めもありましたが、要求が出たから渋々応じる感じで、前回も3カ月遅れで知らされました」(同)

 昭和電工は、メディアに対しては書面で質問を求めるのに、自らが住民に書面で説明することには消極的なようだ。

 昭和電工側の不誠実な対応を目の当たりにするたびに、慶徳事務局長は親世代の苦難を思い出すという。

 「過去には同事業所から出るフッ素の煙で周辺の農作物に被害が出ました。親たちは交渉や訴訟を闘ってきました。それが今は子や孫に当たる私たちに続いている」(同)

 話の途中、慶徳事務局長は前歯を指差した。

 「知っていますか。フッ素を多く摂り過ぎると、歯に白い斑点できるんです。当時は事業所近隣に住む子どもたちだけ、特別に健康診断を受けていました。嫌な記憶です」

 飲み水の配給を受けている前出・男性住民もこう話す。

 「フッ素は硬水に多く含まれているので、気を付けていれば健康被害はそこまで心配していません。しかし、昭和電工は他の有害物質を十分に検査しておらず、フッ素より危険な物質が紛れている可能性もある。そっちの方が怖い。風評を恐れ、そっとしておきたい住民の気持ちも分かりますが、これからの子どもたちを考えたら黙っていられません。子や孫に『お父さん、おじいちゃんはなんで何もしなかったの』と言われないようにしたい」

 米どころの喜多方では、周辺の耕作地への風評被害を恐れ、公害の原因を追及する動きは住民全体に広まっていない。だが、風評と実害を分けるために検査を尽くすことは重要だろう。

 地元の豊川小学校の校歌には「豊かな土地を うるおす川の  絶えぬ営み われらのつとめ」の一節がある。地下水は、いずれは川に流れつく。子どもたちがこれからも胸を張って校歌を歌えるかは昭和電工、住民、行政含め大人たちの手に掛かっている。

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