相馬地方広域消防本部で起きていたパワハラは悪質かつ深刻だ。第三者委員会による調査は今も続いているが、加害者と認定された職員は4人、関与が疑われているのは5人。一方、パワハラが原因で退職・休職した職員は複数いるとみられ、パワハラの存在を認識していたのは全職員の6割に上る。組織全体に蔓延していたにもかかわらず見過ごしていた消防長以下幹部の責任は極めて重いが、問題は全国各地の消防でハラスメントが相次いでいることだ。市民の生命と財産を守る消防が、これほど腐敗している背景には何があるのか。
職員9人が暴力、暴言、カツアゲ
相馬地方広域消防本部(五賀和広消防長。以下、相馬広域消防と略)は相馬地方広域市町村圏組合(管理者・門馬和夫南相馬市長。以下、相馬広域組合と略)が管理運営し、相馬市、南相馬市、新地町、飯舘村(総面積8万7320平方㌔、世帯数約4万3400世帯、人口約10万2600人)の災害・火災・救急対応に当たっている。南相馬市原町区に消防本部が置かれ、相馬消防署、同消防署新地分署、南相馬消防署、同消防署小高分署、同消防署鹿島分署、同消防署飯舘分署を構える。2023年度の消防費予算は14億2700万円、職員数は150人。
そんな相馬広域消防でパワハラが発覚したきっかけは昨年11月、一人の職員が代理人弁護士と連名で申し入れ書を提出したことだった。
そこには加害者とされる職員4人の実名と、①2015年以降、常習的にパワハラを受けていた、②複数の消防署・分署でパワハラ被害がある、③内部のパワハラ調査で申告し対策を求めたが改善されなかった――等々が書かれ、詳細な調査と結果の公表、再発防止策の取りまとめと速やかな実行、加害者への厳正な処分を求める内容になっていた。
これを受け相馬広域組合は昨年12月7日、「相馬地方広域消防内におけるパワーハラスメント行為に関する第三者委員会」(委員長・安村誠司県立医科大学理事兼副学長)を設置。今年2月19日までに計10回の会議を開き、職員18人への面談・ヒアリングや全職員を対象とするアンケートなどを行った。
調査の過程では、第三者委員会が五賀消防長にパワハラ被害の拡大を予防する観点から加害者とされる職員4人を自宅待機とすることを求めた。4人には1月15~31日まで自宅待機命令が出された(その後、2月21日まで延長)。
調査の結果分かったことは、相馬広域消防内で広く多数のパワハラが長期間にわたり繰り返され、現在も少なくない数のパワハラが行われている実態だった。
筆者の手元に、第三者委員会がまとめた「相馬地方広域消防内におけるパワーハラスメント行為に関する第一次答申書」(2月19日付)がある。職員4人がどのようなパワハラを行っていたのか、以下答申書の中から挙げていく。
▽職員イによる行為
・2016年度、後輩職員に掃除機を投げつけ、胸ぐらをつかんだ。
・2019年3月11日、建設中の新地町交流センターで火災が発生し出動した際、後輩職員にヘッドロックをかけた。
・2016年度、後輩職員に「使えない」「辞めろ」「お前ができないのは両親の育て方が悪いんだ」などと日常的に言っていた。
▽職員ロによる行為
・2020~21年度にかけて、後輩職員の肩を日常的に拳で殴るなどしていた。
・2021年度、後輩職員の顔面に拳を寸止めしようとしたところ、後輩職員が動いたため顔面に拳が当たり、口内から出血した。
・2020~21年度にかけて、後輩職員に「この仕事に向いてない」「早く辞めた方がいいよ」などと日常的に言っていた。
▽職員ハによる行為
・2020~21年度にかけてと23年度に、後輩職員とすれ違う際、日常的に肩を拳で殴るなどしていた。
・2023年度、後輩職員に目がけて後ろからサンダルを蹴り飛ばしぶつけるなどした。
・2020~21年度にかけてと23年度に、後輩職員に「辞めろ」「死ねばいいのに」「お前のことが嫌いだから」などと日常的に言っていた。
▽職員ニによる行為
・2023年5月、後輩職員に「邪魔だ」と言い、後ろから臀部を蹴るなどした。
・2023年度、後輩職員に「穴開けちまうぞ」と言いながら不具合で動かないドリルの刃を頬に向けた。
・2022年度、救助訓練の指導者を務めた際、後輩職員に減量を求め「達成できなかったら何か買ってもらう」と言った。その後、後輩職員が要求した減量に達しなかったため、スラックスを購入したレシートを後輩職員に渡し「これ買ってきたから」とスラックス代の支払いを求め、その代金を支払わせた。ただし23年9月、内部のパワハラ調査を受けた後に返金した。
・2022年度、救助訓練の指導者を務めた際、指導していたチームが全国大会に出場したことを理由に後輩職員らに10万円を支払わせた。
・2023年5月15日、県消防救助技術大会の出場選考会終了後、チームの成績に不満を抱き、チームに関わっていた後輩職員に「お前ら、ほふく辞めちまえよ」「お前らクビだ」などと言い、後輩職員1人に対しては「なんだ、その目は」と執拗に責めるなどした。またチームのグループLINEで後輩職員に「電話してくんな。家に来たら殺す」「全員許さんからな」などと投稿した。
・2024年1月11日、第三者委員会からの求めで自宅待機命令を受けていたのに、その期間中、後輩職員らに接触した。また同27日には、同委員会から調査が終わるまで後輩職員と連絡・接触しないよう強く要請され、消防本部からも連絡・接触禁止の職務命令を受けたのに、その後も後輩職員らとの接触を続けた。
4人とも、身体的パワハラと言葉によるパワハラを長年行っていたことが分かる。職員ニに至っては金銭を巻き上げ、自宅待機命令や接触禁止命令を無視するなど、かなり悪質な様子がうかがえる。
複数職員がパワハラを認識
第一次答申書はこれ以上パワハラ被害を拡大させない目的から、調査で明らかになった事実を取り急ぎまとめたものだが、第三者委員会はその後も詳細な調査を続けていた。その結果をまとめたのが「第一次答申書 追補」(3月29日付)で、そこには職員2人のさらなるパワハラが記されていた。
▽職員イによる行為
・2014年度、後輩職員に「使えない」「初任科の方が使える」などと複数回言った。これにより、後輩職員は強い心的ストレスを受け、心的外傷後ストレス障害と診断され45日間の病気休暇を取得することになった。
・2018年3月ごろ、後輩職員が4月から同じ部署になるため挨拶に来たところ「お前のこと、ぶっ潰してやっかんな」と言った。
第三者委員会によると、全職員に情報提供を依頼したところ、7人から職員イのパワハラについて記名報告があった。また、退職者8人への調査では、3人の元職員から職員イや別の職員によるパワハラについて記名報告があった。2月に行った全職員へのアンケートでは、回答者127人のうち14人が職員イのハラスメント行為を指摘した。
▽職員ニによる行為
・2023年5月15日、県消防救助技術大会の出場選考会終了後、「なんだ、その目は」と責められた後輩職員は強い心的ストレスを受けた結果、うつ病になり、病気休暇を取得することになった。
・2017年10月ごろ、所属するサッカー部の後輩職員に所有していたユニフォームを2万円で買わせた。
第三者委員会によると、全職員に情報提供を依頼したところ、3人から職員ニのパワハラについて記名報告があった。また、退職者8人への調査では、2人の元職員から職員ニや別の職員によるパワハラについて記名報告があった。2月に行った全職員へのアンケートでは、回答者127人のうち11人が職員ニのハラスメント行為を指摘した。
第三者委員会の答申を受け、相馬広域消防は職員ニを懲戒免職、職員イを停職6カ月、残る2人はそれぞれ停職3カ月と1カ月の懲戒処分とした――が、問題はこれで終わらなかった。2月2日、今回の調査を始めるきっかけとなった代理人弁護士から新たに上申書が提出され、職員イ・ロ・ハ・ニとは別の職員5人の実名と具体的なパワハラが指摘されたのである。
第三者委員会では引き続き、職員5人のパワハラについても調査しており、新たな答申書が数カ月のうちに示されるとみられる。
解決に向かわない理由
それにしても、ここまで酷いパワハラが長年見過ごされてきたのはなぜなのか。
相馬広域組合の管理者である門馬和夫南相馬市長は昨年12月に開かれた同組合議会で、2013年からハラスメント研修、17年から相談窓口設置、18年からアンケートなどのパワハラ対策を講じてきたが、「有効性・実効性が十分でなく、職員の意識醸成につながっていなかったと捉えざるを得ない」と対策が形骸化していたことを認めている。
実際、相馬広域消防が昨年6月に行ったアンケートでは、職場のハラスメント行為について「ある」という回答が6・4%、「見聞きしたことがある」という回答が5・8%だった。ところが、第三者委員会が今年2月に行った職員150人へのアンケートでは127人から回答が寄せられ、ハラスメント行為が「少しあった」という回答が33・1%、「かなりあった」という回答が27・6%で、計60・6%(約77人)が「あった」と回答したのだ。内部調査では職員が〝本音〟で答えられない実態が浮かび上がる。
2017年5月に開かれた全国消防長会総会では、全国の消防長の総意として「ハラスメント防止宣言」が行われた。同年7月には消防庁から各地の消防長に「自らの言葉でハラスメントを撲滅する意志を明確にしてほしい」と要請された。以降、消防庁はハラスメントに関する様々な情報を発信し、全国の消防本部に必要な対策を求めてきた。
しかし、その取り組みはほとんど機能していない。それは今年2月以降を見ても▽職員がパワハラ自殺した熊本県の上益城消防組合消防本部に対し、熊本地裁が賠償金4000万円を支払うよう命令(2月2日)、▽富山市消防局は消防学校に派遣した教官に対し、当時学生だった新採職員へのパワハラを理由に停職10日の懲戒処分(2月22日)、▽職員がパワハラ自殺した山口県の宇部・山陽小野田消防組合に対し、山口地裁が慰謝料200万円を支払うよう命令(3月13日)、▽滋賀県の甲賀広域行政組合消防本部で起きたパワハラ問題を調査していた第三者委員会が、加害者として認定した幹部3人を懲戒処分とするよう設置者に要請(3月15日)、▽鹿児島県いちき串木野市は同僚にパワハラをした消防本部の職員を減給10分の1(1カ月)の懲戒処分(3月26日)――と枚挙に暇がない。
消防でパワハラが頻発する背景について、消防行政を研究する関西大学社会安全学部の永田尚三教授は次のように説明する。
「近年、パワハラが大きく報じられるようになったのは、昔から存在していたものの『潜在化』していた問題が、労働環境改善の意識が社会に浸透したことで『顕在化』するようになったからだと思います」
その上で永田教授は①消防は市長部局から切り離され、一般職員との交流もないため、目が届きにくく閉鎖的なこと、②消防本部は全国に約730あるが、そのうち6割が小規模組織であること、③小規模組織は人数的に問題解決に当たる余裕がなく、仕組みもない、④消防職員は地方公務員法で労働組合の結成・加入を禁じられているため、改善を求める術がない――その結果、パワハラが起きても解決に向かわず、放置される状態が続くというのだ。
事実、相馬広域消防は全職員が150人しかおらず、各消防署・分署の職員数は40~十数人と小規模だから(別表)、永田教授が指摘する「パワハラが起きても解決に向かわず、放置される職場環境」に合致していることになる。
ならば、消防庁がリーダーシップを発揮すればいいと思うのだが「消防はあくまで市町村が運営するので国が深く関与するのは難しい」(同)
職員配置状況
区分 \ 階級 | 消防監 | 消防司令長 | 消防司令 | 消防司令補 | 消防士長 | 消防副士長 | 消防士 | ||
消防本部 | 消防長 | 1 | 1 | ||||||
次長 | 1 | 1 | |||||||
総務課 | 2 | 1 | 1 | 4 | |||||
予防課 | 1 | 4 | 5 | ||||||
警防課 | 1 | 4 | 7 | 1 | 13 | ||||
相馬消防署 | 本署 | 1 | 6 | 15 | 5 | 5 | 2 | 34 | |
新地分署 | 6 | 4 | 1 | 1 | 1 | 13 | |||
南相馬消防署 | 本署 | 1 | 10 | 11 | 7 | 6 | 5 | 40 | |
小高分署 | 5 | 5 | 1 | 1 | 1 | 13 | |||
鹿島分署 | 6 | 4 | 1 | 2 | 13 | ||||
飯舘分署 | 5 | 5 | 1 | 2 | 13 | ||||
計 | 1 | 5 | 48 | 52 | 18 | 17 | 9 | 150 |
パワハラ根絶に向けた有効策はあるのか。
「市長部局から切り離されているため閉鎖的で、かつ国も深く関与できないという特殊性が残る以上、抜本的対策は正直難しい。ただ対処療法的な取り組みとしては、消防の外部に相談窓口を設ける、小規模の消防本部同士で集まりパワハラの合同研修会を行う、各都道府県の消防学校が指導役を果たす、消防庁がモデルとなるような指針を示すなどが考えられます」(同)
消防職員は労働組合の結成・加入が禁じられているが、消防職員同士で職場の問題を話し合い改善方法を研究する「全国消防職員協議会」(全消協、東京都千代田区)という自主組織もあり、福島県内では唯一、伊達地方消防組合消防本部の職員が独自に職員協議会をつくり全消協に加盟している。労働組合のような法的地位は持たないが、相馬広域消防の職員も「幹部には期待できない」「自浄作用を発揮させたい」と考えるなら、問題意識を共有する職員同士で職員協議会の結成を目指すことは可能だろう。
今の消防に地域を守れるか
取材を締めくくるに当たり、相馬広域消防の太田修司次長に今回の問題をどのように受け止め、改善を図
っていくのか聞いた。
「職員が事の重大さに気づけず自分事として捉えられなかった。組織の風通しの悪さも原因の一つだと思います。市民からは様々なお叱りを受けています。信頼を裏切るような問題を起こし、大変申し訳なく思っています。パワハラ対策については今も第三者委員会の調査が続いているので、それを見据えながら検討していきます。一方、すぐにできることとして職員間でコミュニケーションを取ることを強く意識するなど職場環境の改善を図っています。市民の生命と財産を守るのが私たちの仕事。その原点に立ち返り、やるべきことをやっていきたい」
パワハラをしている職員や被害に遭ってモチベーションが下がっている職員に、生命と財産を守ってほしいと考える市民はいないだろう。そもそも、そんな職員・組織に重要な任務は託せないし、地域の安全・安心を守れるとも思えない。
パワハラをなくし、職場環境を改善することは、市民の生命と財産を真に守ることにもつながる。その点を五賀消防長、太田次長以下、相馬広域消防は強く意識すべきだ。