2025年はクマに翻弄された1年だった。全国でクマの出没・人的被害が相次ぎ、秋田県には自衛隊が出動。福島県内の10月末時点のクマの目撃件数は1415件、人的被害は17件20人で、いずれも過去最多となっている。今回は、人的被害が相次いだ喜多方市山都町の現状をリポートする。
里山再生でクマを山にとどめるべき

「山あいに立地するこの地域は、クマを目撃したりクマによる農作物被害があったりするのは当たり前だが、今年はレベルが違う」
そう語るのは、喜多方市山都町で有機農業を営む浅見彰宏さんだ。1996年に千葉県から移住して約30年になるが、例年との違いを強く感じているという。
「庭の柿の木にクマの親子が登っている姿が見えたため、集落内に箱わなを仕掛けてもらいました。その結果、1週間で3回、計5頭のクマがかかったのです。同じ集落の別の場所に設置した箱わなにも1頭かかり、明らかに例年より生息数が多いと感じています」(浅見さん)
浅見さんによると、これまでは箱わなにクマがかかるのはワンシーズンに1回あるかどうか。しかも、クマは嗅覚が優れているので、前にかかったクマの臭いが残っているとかからない、というのが通説だった。しかし今年は〝入れ食い状態〟で、洗浄せずに再設置しても次々にかかったという。
福島県ツキノワグマ管理計画(第4期計画)によると、県内の推定生息数(2020年度調査)は約4425頭~約7716頭。今季はクマが主要なエサとしているブナ、ミズナラなどの実が凶作で、エサを求めて行動範囲を広げている。市街地周辺で生息するうちに、人への警戒心が低くなった〝アーバンベア〟が増えていることも重なり、目撃件数・人的被害とも爆発的に増加したとみられる。
浅見さんが暮らす山都町では、中心部に位置するJR磐越西線山都駅の周辺で3件の人的被害が発生した。
1件目は、9月5日11時ごろ、山都駅から西に約1・5㌔離れた二本木地区の阿賀川河川敷で、除草作業中の40代と70代男性がクマの親子に襲われた。親グマに覆いかぶせられたが蹴って抵抗、一緒に土手から転落し、クマは走り去った。2人とも軽傷で済んだ。
2件目は、9月20日16時30分ごろ、山都駅から東に約1㌔離れた小舟寺地区の墓地で、除草作業をしていた70代女性がクマに襲われた。頭部裂創、左腕や左手首の骨を折る重傷を負った。
墓地は阿賀川から約200㍍北側の高台にある。近くに住む年配男性は「近くでクマの目撃情報があり、警戒していた」と話す。

「クマは川沿いを移動するので、集落に入ってこないようにクマよけの爆竹を鳴らしていた。近くに箱わなを設置したら2頭かかっていました。過去にこの地域でクマによる人的被害が発生したことはありません」(年配男性)
3件目は、10月16日夜中2時30分ごろ、山都駅から北東に約5㌔離れた相川字白子(しろこ)地区で、60代男性がクマに襲われた。顔面裂創(れっそう)、右手咬傷(こうしょう)のけがを負った。
複数の近隣住民によると、被害男性は買い物に行く際、いつも山都駅までの道のりを徒歩で移動しており、この日も始発に合わせて夜中に歩いていたところ、畑から出てきたクマに襲われた。
しばらくその場でうずくまっていたところ、早朝に通りかかった新聞配達員が発見、消防に通報した。「命に別状はなかったが、酷いけがだったので、ドクターヘリで会津若松市の病院に搬送された」という声が聞かれた。
このほか、人的被害こそ発生しなかったものの、住宅がクマに襲撃される事例もあった。
9月14日21時18分ごろ、山都駅から西に約1㌔離れた舘ノ原地区で、県道16号喜多方西会津線沿いの住宅の庭に体長1・5㍍のクマが出没。飼い犬の鳴き声を聞いた家主の男性が掃き出し窓を開けたところ、そこからクマが網戸やカーテンを引き裂いて家の中に入ろうとしてきたため、必死で抵抗した。何とか窓を閉めて家族を呼びに行った。掃き出し窓のところに戻ると、クマはすでに逃げていなくなっており、外にいた飼い犬が死んでいた。
「(飼い犬は)普段は庭に来客があっても、建物の後ろに隠れているが、クマが出たときは異変を察知して吠えたので、狙われてしまった。目立った外傷はなく、圧迫死のようです」(男性の家族)
住宅のすぐ裏は阿賀川河川敷だが、庭にクマが出没したのは初めてで、被害発生後、河川敷と敷地の境界に電気柵を設けたという。
子どもの外遊びは制限
その後、襲ってきたクマは駆除され、地域住民は「これで安心して子どもを外で遊ばせられる」と一安心していた。だが、別のクマの目撃情報が出たことで、引き続き警戒を余儀なくされているという。
「朝の散歩を日課とする人はクマよけの大きな鈴を付けて歩いています。ただ、基本的には徒歩による不要な外出や外での活動は避ける傾向にあります。子どもたちはスクールバスや家族の送迎で登下校しているので襲われることはないと思いますが、外で遊ばせるのはちょっと怖いですね」(舘ノ原地区の住民)
相次ぐクマ出没に対し、市役所山都総合支所では防災行政無線や防災ラジオで注意喚起し、学校や福祉施設には個別に連絡しているという。
箱わなの設置や捕獲したクマの駆除はハンターの仕事だ。喜多方市役所市民生活課の有害鳥獣対策室によると、ハンター有志による組織「鳥獣被害対策実施隊」には84人が参加しており、近年は増加傾向にある。狩猟免許や鉄砲所持許可を取得するのにかかる費用の7割、猟銃購入にかかる費用の35%(上限5万円)を補助する制度を設け、新規ハンター確保に力を入れている。
一方で市民によると、クマ出没が相次ぐ中、箱わなを設置するハンターの人手が不足し、設置も順番待ちになっているため、不満の声が出ているという。ハンター不足についてあらためて市に確認したところ、なかなかスムーズに対応できていない面があるようだ。
というのも、活動した隊員には1時間当たり1500円程度の日当が支払われているものの、基本的には有志によるボランティア的な活動のため、すでに定年退職しているなど、時間に余裕のある人が中心となって動いている。そのため、箱わな設置の要望に応えきれない状況が生まれている、と。
このほか、電気柵の設置やクマを呼び寄せる柿の木の伐採などに取り組む地区・個人への補助を設けてクマ対策を支援している。ただ、「クマに襲われるリスクを下げるため、集落の柿の木はすべて伐採しよう」という意見と、「干し柿を作りたいから柿の木は伐採したくない」という意見がぶつかり、話がまとまらない集落もあるという。

県ではクマ被害の多発を受けて約3000万円の補正予算を組み、市町村への支援を強化する方針を打ち出した。具体的には、▽麻酔銃を扱える県職員やクマ捕獲の知識を持つ専門家の派遣、▽ドラム缶式の箱わなやクマ撃退スプレーの配布、▽鳥獣保護管理員によるパトロールの強化、▽新聞広告等による県民への注意喚起を実施していく。
環境省もクマ対策に本腰を入れ、11月14日にはクマ対策をまとめた「クマ被害対策パッケージ」を公表した。ハンターの確保・育成に向け自治体への交付金を拡充し、春季の捕獲を強化することで個体数を削減する。自衛隊や警察の退職者に狩猟免許の取得を促して駆除への協力を求める一方で、自治体の判断で市街地での銃猟を可能とする「緊急銃猟制度」の周知、狩猟免許を持つ自治体職員
「ガバメントハンター」などの人材育成を推進する。
里山再生の視点が必要
もっとも、これらの対策はいずれも対症療法にすぎない。
前出の浅見さんは「クマ出没の背景にある『人口減少・里山の衰退』という根本的な問題と向き合わなければならない」と指摘する。
「山から降りてくるクマが増えた要因として、地方の人口減少に伴い里山文化が衰退し、山の中に入る人が減ったこと、さらには耕作放棄地の増加に伴いクマが隠れる場所ができたことが挙げられると思います。現実に起きているクマ被害を防ぐことも必要だが、山あいの地区で暮らす人の生活を守り、クマを本来のすみかである山に押し上げていく視点を持つべきです。例えば、米価が高くなり、コメ作りだけで豊かな暮らしができるようになれば、山間部で生活していこうと考える人が増え、里山が維持され、クマを山にとどめる力になるはずです」
クマが住宅に入ろうとした舘ノ原地区の行政区関係者もこう話す。
「地区内にあった耶麻農業高が会津農林高(会津坂下町)と合併した後、今年3月に完全に閉校しました。それ以来、周辺の人通りは一気に少なくなり、原野化が進みつつあります。クマが身を隠しやすくなったことで、市街地にも頻繁に出没するのではないかと懸念しています」
来年以降も〝クマ禍〟が続くようであれば、山あいの温泉地など観光への影響も深刻化する恐れがある。すでに各国・地域の在日大使館は自国の観光客にクマに注意するよう呼び掛けており、インバウンドにも影響が出そうだ。
子どもの外遊びなどを制限しているという山都町住民の声を紹介したが、この間、クマと遭遇するリスクを考えて、登山やサイクリング、キャンプ、バードウオッチング、キノコ・山菜取りといった活動を控えている人も多いだろう。
クマの出没により平常の生活・行動を制限されるという意味では、コロナ禍ならぬ〝クマ禍〟と言える。本県では、震災・原発事故後、放射能汚染により様々な制限を受けた。2度にわたる福島県沖地震や台風などの水害もあった。「今度は〝クマ禍〟に苦しめられるのか」と辟易している人も多いかもしれない。
これから冬眠の季節に入るにつれて、県内のクマ出没件数は減っていくと思われるが、エサ不足で腹をすかせたクマは冬眠に入らず食べ物を探す傾向にあることから、まだまだリスクは高い。県はホームページなどで、クマ被害に遭わないための10カ条を公表している。夜間・早朝の外出を控えるなど各項目に従い身を守りつつ、里山再生を含めた根本的な議論を進めていく必要がある。

























