任期満了に伴う喜多方市長選は1月25日投開票の結果、現職の遠藤忠一氏(78)が新人2人を破り3選を果たした。高市早苗首相が急遽、衆議院の解散を決め、総選挙(1月27日公示、2月8日投開票)は北国や受験に臨む有権者から不評を買ったが、豪雪地帯の喜多方市は合併以来20年間真冬に市長選を行っている。厳冬期の選挙は外出が減り、投票率を下げかねない。次年度の予算を編成する年度末を避けるために秋に前倒しするのも一案だ。
痛感した選挙前倒しの必要性
喜多方市長選の結果は別表の通り。無所属で現職の遠藤忠一氏(78)が1万0601票(得票率約54%)を獲得し、いずれも新人の渡部一樹氏(43)、金谷祐昭氏(54)を退け3選を果たした。本誌は昨年11月の福島市長選、今年1月の南相馬市長選に引き続き、喜多方市長選の漫遊に挑戦した。
喜多方市長選の結果
当10,601 遠藤 忠一無現
7,592 渡部 一樹無新
1,378 金谷 祐昭無新
※投票率53.95%、有権者数36,538人
選挙漫遊とは、本誌に「選挙古今東西」を連載するフリーランスライター畠山理仁さんが提唱する、選挙を肩肘張らずに楽しむ取り組み。約束は「全候補者に会って話を聞く」の1点だけ。マスコミ報道ではそぎ落とされる候補者の人となりや陣営スタッフの雰囲気に触れることで、納得のいく品定め(投票先の決定)ができる。
喜多方市長選を特徴づけるのが豪雪地帯にもかかわらず真冬に選挙戦が繰り広げられることだ。自然と外出が減り、選挙への足が遠のく。
現行の制度では、選挙カーで名前を連呼し、道行く人に手当たり次第に握手をして顔と名前を覚えてもらうのが常道。「政策論議が重要」と言いつつも、その機会はほとんどなく、真面目にやったところで票には結びつかない。
今の選挙制度に意義があるとすれば演説、そして直接候補者に質問できることぐらいだ。しかし、真冬の選挙ではその機会が減る。雪が積もる中で有権者に街頭演説や集会に来てもらうのは無理を強いることになり、ともすれば交通事故や低体温による体調不良などの危険を伴う。
旧喜多方市時代、市長選は4月に行われていたが、合併で2006年1月に現在の喜多方市が誕生して以降は、1〜2月の厳冬期になった。高市早苗首相が年頭に衆議院の解散を表明し、選挙期間が1月下旬から2月上旬にぶつかったことに有権者から不満の声が上がっているが、喜多方市は20年前の誕生時から真冬の選挙が常だった。一方で、市議選は春の統一地方選に合わせて行われ、次回は2027年に予定される。
有権者の関心が高かったのは、①財政再建の道筋、②3期目に80歳を迎える現職遠藤氏の年齢だった。
①については、豪雨や大雪、新型コロナ対応などで市の貯金にあたる財政調整基金が2017年度の約32億円から昨年9月時点では約4400万円に減少。責任を取り、市長、副市長、教育長ら三役が給与を減額した。3年間の財政健全化プランを策定し、適正とされる15億円の確保を目指している。現在、財政調整基金は約2億6000万円まで回復したが、職員らの給与の増額ができず、再び責任を取る形で三役が1月の給与を全額カットすることになった。給与カットが報じられたことで、市民は財政調整基金の大幅減を深刻なものとして受け止めた。
②については、現職に付きまとう有権者からの「飽き」。停滞感と結びつけられることで、無党派層は「若い人を選ぼう」との意識が働く。
渡部氏の若さを警戒
遠藤氏は喜多方高卒、日本酪農講習所修了。旧喜多方市議を1期務めた後、県議を6期務め、2018年1月の市長選で初当選した。県議会では自民党会派に所属していた。
本誌は1月20日にJA会津よつば塩川支店で行われた遠藤氏の街頭演説を聞いた。JA職員や近所の人が集まり、中には遠藤氏と抱擁を交わす人もいた。「温厚なおじいちゃんぶり」が評価されているようだ。

自民系会派の市議が演説した。
「財政調整基金を大幅に減らさざるを得なかったのは災害や豪雪対応で遠藤市長が必要不可欠な歳出と判断したからだ。3年間の健全化プランも策定し、責任を持って遂行するために3期目を目指している。高齢であるのは確かだが、若者に負けないくらいパワフルで健康診断の数値も私よりもいい。3期目は次の市政を考えて後継者を育成する段階だ」
遠藤氏のもとには、JA福島五連の原喜代志会長が駆け付けマイクを握った。原氏は五連会長に就任する前は、地元のJA会津よつば(会津若松市)の組合長を務めていた。原会長は昨冬の豪雪で農業用ビニールハウスが壊れた際に遠藤氏が尽力したことに感謝を述べた。個人的に親しい全国市長会長の立谷秀清・相馬市長(6期を経て昨年12月の市長選に出馬せず退任)とのネットワークを生かして国に働きかけたという。
一方で、選対本部長は「相手候補(渡部氏)の動きが見えない。草の根で支持を広げており油断できない」と引き締めた。
渡部氏は2010年の市議補選に27歳で初当選後、5期15年務め、昨年12月に市議を辞職した。市議時代は立憲民主党に所属していたが市長選に臨むに当たり離党した。喜多方高、新潟大法学部を卒業し、市議の前は福島民友で記者をしていた。

昨秋からの県内地方選に目を向けると、大方の予想を裏切って若手の新人が現職を破ったり、準備不足にもかかわらず善戦したりする事態が相次いだ。昨年11月の福島市長選では国会議員を辞職した馬場雄基氏(33)が3期目を目指す現職を破り初当選した。続く二本松市長選では神職の安部章匡氏(45)が5選を果たした三保恵一氏(76)に約1500票の差まで迫った(得票率約44・9%)。広野町では元町職員の小松和真氏(57)が年長の現職を下した。
40代の渡部氏がこの流れを追い風に捉えたのは確かだ。元立民所属ということもあり、立民系の市議が応援した。遠藤氏のように組織は盤石ではなかったが、現職に対する「飽き」から一定の票が流れた。
支持が盤石の現職に若手候補が短期決戦で臨み当選、あるいは善戦する現象について、地方選挙を専門とする河村和徳・拓殖大政経学部教授は本誌1月号で次のような見解を話していた。
「令和の時代に入り世代交代の波が押し寄せている。とはいえ、単に若ければいいということではない。それなりに能力があるとか、期待感を抱かせる人的ネットワークを有しているとか、一定の基準をクリアしているだろうと思われる若い人、ないし女性に有権者が投票したがる傾向が見られます」
人的ネットワークとは、地方では血縁のほか、出身校など地元密着の「学閥」を意味する。河村教授は、
「保守とリベラルという対立軸がないわけではない。ただ、今の対立軸は高齢者を重視するか、現役・若者世代を重視するかに変わっている」
と対立軸の変容を語る。
若者世代に波及させるための道具としてSNSは必須だ。渡部氏はインスタグラムを中心に発信していたが、組織的なSNS運用では遠藤氏の方が上回っていた。街頭演説では、遠藤氏が若者の疑問に答えるユーチューブ動画を紹介し、聴衆に拡散するように依頼していた。ただし再生数は渡部氏ほどではなかったので、選挙戦にはほとんど影響しなかったとみられる。
無党派層が多い現役世代が高齢者VS現役・若者世代を意識する中で、遠藤氏の陣営が渡部氏に強い脅威を抱いていたのは確かだ。水面下では渡部氏の福島民友記者時代や市議時代の悪評探しに躍起になり、ネガティブキャンペーンを行っていた。
政治のプロ化の弊害
3人目の候補者、金谷祐昭氏(54)は現行の選挙の在り方を問題視した。選挙カーで名前を連呼する活動を無意味で迷惑と考え、ブログやSNSで政見を発信。極寒の中で演説するのは候補者にも有権者にも酷だと、個人集会を開いて住民との対話を図った。

金谷氏は兵庫県川西市出身で、技術コンサルタントとして働き、国際協力機構(JICA)での海外派遣を経て、東日本大震災後に復興支援に携わろうと富岡町の企業に転職した。5年ほど前に喜多方市に家族と移住し、ゲストハウスを営む。
PTA活動や地域の環境維持活動に取り組む中で、集落の活力の先細りに直面。それを地域だけの努力で克服することに限界を感じた。市の財政調整基金が大幅に減ったことを切実に感じ、出馬を決意したという。金谷氏はこう語った。
「政治は本来誰にとっても身近なもの。誰もが自分の経験を生かして数年間は地域の政治に貢献するのが理想と考えています。政治のプロ化が進むと、内情を知る特定の人だけに利益が集まる構図が生まれかねない。それは避けなければなりません」
ただ、支持は浸透せず、得票は有効投票総数の10分の1に届かず供託金100万円は没収された。市長選は高い壁だったが、地元の声を伝えるという意味では市議選への挑戦も有効だろう。
喜多方市長選は真冬に行われることもあり、人の動きは活発ではなく、反響がほとんどなかった漫遊は地方都市の停滞をより感じた。遠藤氏は3期目を「将来世代にツケを残さないための財政健全化の時」と位置づけ、後継者の育成を念頭に置く。選挙活動を活発にするために、次の市長選は任期満了の数カ月前に辞職し、稲刈りがひと段落する11月ごろに仕切り直すのも一案ではないか。

























