東京電力福島第一原発事故から14年目となり、日常生活を取り戻す中で人々の放射線への不安も落ち着いてきた。51回目となる県民健康調査検討委員会では、環境省官僚が環境大臣に忖度し、水俣病患者のマイク音声を切った事件を福島に重ね合わせた傍聴者が、同委員にも名を連ねる同省官僚の辞任を求めた。事故後に甲状腺がんと診断された人たちを支援する団体は、当事者目線ではない県の診療費補助制度の改善を要望。検査方針に一石を投じる見過ごせない指摘だ。
県民健康調査検討委の環境省官僚が水俣病「マイク音切り問題」に関与
原発事故後に福島県が行っている県民健康調査の第51回検討委員会が5月10日、福島市で開かれた。委託を受けた県立医大が原発事故当時18歳以下だった子どもを対象に甲状腺やこころの健康度、生活習慣などを調べている。
肝となる甲状腺検査評価部会は2023年7月、4巡目までの検査について「甲状腺がんと放射線被ばくの関連は認められない」と結論をまとめている。ただし「一部の部会員から、解析手法の観点から賛同を得られなかった」との留保が付いた。
51回目となる検討委員会では、2022年度まで行った、原発事故が妊産婦の心身に与えた影響を年ごとにアンケートで追った結果を報告した。事故直後に高かった「放射線への影響」の割合が減少し、「母親の心身状態」や「子育てのこと」など一般的な悩みが上位に来ているというデータが示された。
「事件」が起こったのは検討委員会が終了し、記者会見が終わった後だった。委員会の座長を務める重富秀一氏(双葉郡医師会副会長)の元に傍聴席から女性3人が詰めかけて次の声明文を読み上げた。委員を務める環境省の神ノ田昌博環境保健部長の辞任を要求した。
《私は福島県に住む子育て中の母親です。この度の出来事に対する深い憤りと心配を感じています。5月1日、水俣市で行われた水俣病の患者・被害者と環境大臣の懇談において、環境省の担当者がマイクを切り、患者団体代表らの発言をさえぎるという事件が起きました。この出来事は、多くの人々の憤りを引き起こし、結果として大臣が謝罪をされました。
今回の問題は、公害被害の救済を担当する環境省が被害者にどのように向き合っているかを明らかにしました。長年にわたり苦しんできた被害者が、なおも認定されずに亡くなり、未だに多くの人々が苦しんでいる現実を直視せず、加害側の責任を回避する環境省の姿勢に対し、福島の未来を重ねて考え、とても不安になりました。
県民健康調査検討委員会において、環境省神ノ田環境保健部長が委員を務め学校での甲状腺検査を縮小させるよう提案し続けていることも、被害者救済とは正反対の姿勢ではないかと思っています。
福島県の子供たちの未来のためには、この様な被害者に寄り添う心のない環境省の役人は不要です。そもそも、福島県の事業に対し、環境省は介入すべきではなく、環境保健部長の役職で委員になるべきではありません。県民健康調査の検討委員に神ノ田氏は相応しくなく、即刻辞めるべきだと思います》
虚を突かれた重富氏は、苦笑いを浮かべながらもうつむいて聞いていた。
女性たちは、県内の母親らが原発事故を機に結成したNPO法人「はっぴーあいらんど☆ネットワーク」のメンバー。声明を読み上げた郡司江里さん(46)=郡山市=は、取材に「水俣市で環境省がマイクを切った報道を見て心が抉られました。事故直後、低線量とは言え被ばくした自分や子どもたちが、もし将来何かあったら同じ状況になるのではないかと思い、いてもたってもいられませんでした」と神ノ田氏の辞任を要求した理由を語った。
「放射線への影響」の不安はデータでは減少していると言っても、ゼロにすることはできない。少数ながらも不安を抱えている人がいることを県は軽んじず、寄り添う体制を維持していくことが重要だ。
甲状腺がん診療費補助制度に矛盾 「任意」のはずの県検査が支給条件

第51回県民健康調査検討委員会が開かれる3日前の5月7日、東京電力福島第一原発事故後に甲状腺がんと診断された子供を支援するNPO法人「3・11甲状腺がん子ども基金」(東京)が県や同委員会に「県民健康調査甲状腺検査サポート事業」で、支援対象者を「同調査で甲状腺検査を受けている者」に制限している条件を撤廃するよう要望した。要望書を県民健康調査課に手渡し、記者会見した。
同基金は、原発事故後に福島県を含む1都15県の子どもらに甲状腺がんと診断された後の療養費を独自にサポートしてきた。今年3月末までに事故当時県内にいた146人と県外にいた77人の療養費を支援している。
同基金はこれまで県民健康調査の二次検査で「悪性ないし悪性疑い」と診断されず、経過観察となったものの、後にがんと診断されても検討委員会に報告されず「集計外」となってしまうケースを発見してきた。そうした中、同基金が今回問題視しているのが、県が医療費を支援する「県民健康調査甲状腺検査サポート事業」だ。事故当時18歳以下だった県民が甲状腺がんの診療を受けた場合、医療費の自己負担分や申請の際に発行した証明書の手数料補助を受けられる。
県では検査を受けることのメリット(早期発見など)とデメリット(将来的に手術する必要のないがんを手術してしまう「過剰診断」など)を紹介し、検査はあくまで「任意」と周知している。だが、県の支援制度では受給条件の一つに「県民健康調査甲状腺検査を受けていること。ただし、検査を受けていないことについてやむを得ない理由があると認められる場合は、この限りではない」とある。
同基金の吉田由布子事務局長は「任意であることを周知しながら県の検査が必須となっている。これは矛盾です。『やむを得ない理由』というのも内容が明確でない」
実際、同基金によると、5月7日時点で県の検査を受けていないことを理由に支給を断られた人が少なくとも2人いるという。
同基金は受給条件の撤廃のほかに、県のサポート事業申請の簡素化を求めている。同基金が甲状腺がんと診断された人たちに聞き取ったアンケートでは「現在の手続きは煩雑」との意見があったという。同基金は医療機関や調剤薬局で提示すれば、すぐ適用を受けられる「受給支援証」のような方法を提案する。
検査を受けるか否かは自分の意思で決めることなので、任意とするのは当たり前だ。ただ、県の検査を受けなかった後に甲状腺がんと診断されたら、因果関係は不明でも原発事故と甲状腺がんを結びつけてしまうのが人の心。その際に手術費用まで自己負担となれば二重にショックを受けてしまう。
県は悩む当事者に向き合ってサポートしてきた民間団体の声に耳を傾け、受給条件から「県の検査」を撤廃するべきだ。少なくとも「やむを得ない理由」に該当する事例を類型化し、「自分はやむを得ない理由に当たらないから申請しない」という事態を減らすべきだ。