災害時にデマに振り回されないための教訓

災害時にデマに振り回されないための教訓

 能登半島地震では、存在しない住所から救助を求めたり、架空の寄付を募ったり、不安を煽るような情報がSNS上に複数出回っている。東日本大震災の際も流布したデマ。当時、その渦中にいた元首長二人に、厳しい状況の時こそデマに振り回されず、正しい情報に触れる・発信する大切さを聞いた。

二人の元市長が明かす震災時の「負の連鎖」

 当時福島市長の瀬戸孝則氏(76)は米沢、新潟、沖縄、果ては海外に逃げたという逃亡説が囁かれた。

 震災発生から2カ月後の2011年5月、本誌が瀬戸氏に真偽を尋ねると、こんな答えが返ってきた。

 「慰問に来た新潟の首長から『マスコミに露出してPRしないと大変だよ』とアドバイスされた。新潟でも中越地震の際、目立たない首長は逃げたとウワサされたそうです。ただ、当市は浜通りに比べて被害が小さく、マスコミが積極的に取り上げる事案もなかった。それなのに被害の大きい自治体を差し置いて、私がマスコミに出るわけにはいかない」

 常識的には、あれほどの大災害が起きれば様々な情報が瞬時に首長に集まり、その場で必要な判断を迫られる。そうした状況で、もし首長が逃げたら大ニュースだ。福島市役所には市政記者室があり、番記者が瀬戸氏の動向を常に見ている。

 だから自身に関するデマが出回っていると知っても深刻に受け止めなかったが、2012年2月に神戸大学大学院教授が講演で「福島市長は山形市に住んで、公用車で毎日市役所に通っている」と発言した時はさすがに強く抗議した。

 同年4月、教授は市役所を訪れ直接謝罪したが、瀬戸氏は怒るでもなく淡々と謝罪を受け入れた。

 あれから間もなく13年。本誌の取材に「あの場面で厳しく怒っていれば逃亡説は打ち消せたのかな」と振り返る瀬戸氏は、能登半島地震の被災地に思いを巡らせながら当時のことを静かに語ってくれた。

 「あの時、逃げたと言われたのは私、原正夫郡山市長、渡辺敬夫いわき市長の3人。共通するのは人口30万人の中核市です。小さい市や町村では、首長が逃げたというウワサはほとんど聞かなかったと思います」

 30万人の市になると、市長が市内を隅々まで回るのは難しい。そうした中、東日本大震災が自然災害だけだったら直接の被害者は限定されていただろう。分かり易く言うと、台風で収穫前のリンゴが落下すれば被害者はリンゴ農家、河川が越水すれば被害者は浸水家屋の持ち主、という具合。同じ地域に住んでいても、直接被害を受けていない人は「大変だな」くらいにしか思わない。

 しかし、東日本大震災は自然災害に加えて放射能災害が襲った。目に見えない放射能は、原発周辺の人たちだけでなく、遠く離れた全員を被害者にした。放射線量がほとんど上がらなかった地域でも、被曝を心配する人が続出した。

 「全員が被害者なので、全員が一斉に不安になる。そこで出てくる不満や怒りをどこかにぶつけたくてもぶつける場所がないので、市長が標的になる。平時は市長が何をしているかなんて気に掛けないのに、ああいう時は『何をやってるんだ』となり、姿が見えないと『逃げたんじゃないか』となってしまう。こうした負の連鎖は、放射能災害特有の現象だと思います」(同)

 冷静に考えれば原発事故の加害者は東電・国なのに、両者に言っても反応がないので余計に不満・怒りが募る。その矛先が市民にとって最も身近な政治家である市長に向いた、というのが瀬戸氏の見立てだ。

 「幸い志賀原発は大丈夫だったので、逃げたと言われる首長さんはいないのではないか。首長さんが避難所を回り、被災者に声をかける姿をテレビで見たが、苦労は絶えないと思う。政治家はやって当たり前、やらないと厳しく批判されるのが性だが、デマに基づいて非難するのは違う。今回の地震では、デマに振り回される人が一人でも少なくなることを願います」(同)

流言は智者に止まる

 当時郡山市長の原正夫氏(80)もデマに翻弄され、それを乗り越えようとした首長の一人だ。

 「デマとそれに基づく中傷は時代が変わってもなくならないと思う。これだけITが発達すればフェイクニュースも増え、それを悪用する輩も次々と出てきますからね」

 原氏によると、日本人は性善説に立った思考付けがなされている。法律や条例が「悪いことをするはずがない」という建て付けでつくられていることが、それを物語る。だから罰則も諸外国に比べて甘い、と。

 「被災地で流布するデマに接すると、多くの人は『そんなデマを平気で流すなんて信じられない』という気持ちになる。普通の感覚の持ち主は、あんな状況でデマなんて流さない。しかし現実には悪質なデマを流す人がいる。かつての性善説が通用しない今、罰則を厳しくさえすればデマを防げるわけではないが、それと同時に私は教育の大切さを強く感じます。判断する基準、物事を見極める力を幼少期から養うべきです」

 原氏が原発事故直後のこんな体験を明かしてくれた。

 「市の災害対策本部近くに岐阜から応援に来た陸上自衛隊がテントを張って駐留したが、会議に出席してほしいと要請しても誰もテントから出てこない。何度も要請してようやく責任者が出てきたと思ったら、全身を完全防備していた。岐阜の上官から『全員、完全防備で屋内退避』の指令が出ていたというのです」

 しかし、自衛隊員は全員、線量計を所持しており、一帯の放射線量が低いことを認識していた。対する郡山市は、市全体でガイガーカウンタ
ーを3台しか所有していなかった。

 「上官の指令に従わなければならないことは理解できる。その指令が経産省からの線量の情報によるものだったこともあとから分かった。しかし、現場にいない経産省に市の線量なんて分かるはずがない。ましてや隊員は、所持している線量計で現場の線量を把握していた。私は責任者に『上官に正しい情報をきちんと伝えなさい』と強く求めました」

 それから1時間後、責任者は完全防備をやめ、制服姿で会議に出席したという。

 「もしあんな姿を市民に目撃されたら『郡山は危ない』と誤解され、一気にパニックになっていたと思います。デマではないが、正しくない情報に基づいて行動するリスクを強く感じた場面でしたね」

 こうした状況が日々連続する中、原氏が意識したのは錯綜する情報に惑わされず、最悪の事態を想定した対策を講じることだったという。

 デマとの接触は完全には避けられない。性善説が崩れていると嘆いても仕方がない。ならば情報リテラシー(世の中に溢れる情報を適切に活用できる基礎能力)を磨くことが自分を守り、他人を傷付けない第一歩になるのだろう。また、東日本大震災時よりSNSが普及している現在は、良かれと思って拡散した情報がデマの場合、かえって世の中を混乱させる恐れもある。「流言は智者に止まる」を意識することも大切だ。

 そんな原氏も瀬戸氏と同様、逃亡説に翻弄された。地震で自宅が損壊し、市内の長女宅に3カ月避難したところ「逃げた」というデマが流れた。3選を目指した2013年4月の市長選は、デマがマイナスに作用し落選の憂き目に遭った。
 「自分はともかく、家族に悲しい思いをさせたのは申し訳なかった」

 そう話す原氏は、マスコミへの牽制も忘れなかった。

 「とにかく正確な情報を発信してほしいし、切り取った発信の仕方もできれば避けてほしい」

 原氏の言葉から、マスコミがデマを広めてしまう可能性があることも肝に銘じたい。

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