(2022年9月号)
阿武隈川漁業協同組合(福島市)に解散の危機が迫っている。東京電力福島第一原発事故による魚の汚染で10年間採捕が禁じられ、組合員や遊漁者からの収入が途絶えて毎年赤字に。事務局長は試算を示し存続困難を訴えるが、役員らには「事務局長の一方的な解散誘導」に映る。他方、事務局長は「役員は当事者意識が薄い」と感じており、両者はかみ合わない。組合長お膝元の石川地区では支部における過去の不正への不満が募り、上から下まで疑心にあふれている。
【理事と事務局に不協和音】責任追及恐れる東電
「新しく就任した組合長が『漁協の会計で困っている』と周囲に漏らしているらしい。金銭に絡むトラブルがあったのではないか」
と、阿武隈川漁協石川地区の元組合員男性が明かした。
同漁協では、2003年から18年間にわたり代表理事組合長を務めた望木昌彦元県議(85)=福島市=が2021年5月末に退任し、第一副組合長で石川支部長だった近内雅洋氏(68)が昇格。近内氏は石川町議会で副議長を務める。トップ交代に当たり、前任者の体制で不正があったのではないかと、新組合長のお膝元から疑念が向けられたわけだ。
取材を進めても使い込みや着服などの不正はつかめなかった。同漁協の堀江清志事務局長(65)は
「原発事故後、収入が減り漁協の経営は自転車操業です。賠償をもらうには東電のチェックも厳しく、不正に使えるお金なんて1円もありませんよ」
同漁協は経営難から、試算上は2年以内に解散する危機に瀕していた。
内水面漁協は川や湖などに漁業権を持つ水産業協同組合で、県内には25団体ある。現在は養殖を除いて内水面漁業を生業としている組合員はわずかに過ぎず、趣味の釣りが高じて組合員になった人が多い。漁業権と引き換えに、稚魚の放流や外来生物の駆除、密漁を監視するなどして水産資源を管理する役割を担っている。
組合員の出資金で運営する「出資組合」と出資をさせない「非出資組合」があり、県内の内水面漁協は前者が17団体、後者が8団体だ。阿武隈川漁協は、県内では県南の西郷村から県北の伊達市までを流れる阿武隈川に漁業権を持つ県内最大の内水面漁協。原発事故前の2010年度には組合員4629人を誇った。12支部に分かれて活動している。
経営が立ち行かなくなってきたのは、高齢化により脱退者が増えて収入が減っていたところに、原発事故で下流域を中心に魚類が汚染され、検体を除いて採捕が禁じられたのが大きい。同漁協の主な収入は組合員が毎年払う賦課金4000円(アユ漁の場合はプラス2000円)と非組合員が購入する遊漁券だ。これらの料金を同漁協に払うことで阿武隈川流域での漁業権を得る。同漁協はアユ、コイ、ウグイ、ワカサギ、ウナギ、フナ、ヤマメ、イワナの8魚種の漁業権を持っている。
2011~20年度の10年間は全魚種を採ることができなかったので賦課金も遊漁券収入もなかった。「漁で採れないのだから稚魚の放流事業は必要ない」という立場の東電は放流事業に対する賠償を認めなかったが、同漁協からすると「カワウや外来魚に食べられて減少する」と、原発事故後も本来の義務である放流や河川整備を続け、その分赤字が出たというわけだ。
2021年、全8魚種のうち3~5魚種に限り採捕を解禁し、賦課金の徴収を再開したが、10年を経て組合員は4629人から2076人(2022年3月末現在・組合費と賦課金を払った人数)に半減した。単純計算で2076人×4000円で賦課金収入は約830万円。実際は集金を担当する組合員に手数料として10%を払うため、漁協の取り分はもっと少なくなる。
原発事故前までは手数料を差し引いた90%を、本部と支部で7対2に分け、本部は稚魚の購入・放流費用や事務局職員の人件費、事務所の維持費などに充てていた。
東北工業大学(仙台市)の小祝慶紀教授が同漁協の総代会資料などを参考に執筆した「福島原発事故の10年と福島県の内水面漁業への影響」(環境経済・政策学会、『環境経済・政策研究』2021年9月)によると、事故前の2010年度の総事業収入は約4600万円だったが11年度から20年度までは3200~3800万円で推移。一方、11年度以降の総事業支出は3300~4000万円で、毎年度赤字が積み重なっていた。最大赤字額は約240万円だった。(14、15年度は論文に未記載のため不明)。
総事業収入の大部分は、言うまでもなく東電からの賠償金で、毎年度約2000万円が支払われていた。このほか原発事故によって発生した事業支出等に対する請求(追加費用)は、2012年度の約700万円から徐々に増加し、20年度には約1300万円になった。賠償金と追加費用を合わせた金額は約3000万円で、総事業収入の約8割を占める計算だ。
福島市の本部事務所には、会計事務を担当する職員2人が詰めているが、原発事故後は東電との賠償交渉も業務に加わった。
「人件費は2010年度の支出を基準に東電から賠償金と追加費用を受けていました。放流費が認められなかったので賠償額は決して十分とは言えませんが、証明可能な逸失利益を基準に計算すると『間違いとも言えない額』です。領収書は全部コピーして東電に提出しています。東電のチェックは監事や会計事務所も見落としていたような記載ミスを指摘してくるほど厳格でした」(堀江事務局長)
石川支部で過去に遊漁券偽造
それではなぜ石川地区から漁協の会計を疑う声が寄せられたのか。それは30年以上前に起きた同支部の偽造券疑惑にあった。
「遊漁券は本部しか発行できないのに『石川支部発行』と記載された1日券の偽造品が出回っているのを見たんです」(冒頭の元組合員)
正規の遊漁券は手帳サイズの紙が2枚つながっており、料金を払ったのち、片方は「遊漁承認申請書」として取り扱っている各支部や釣具店が本部に提出、もう片方は「承認証」として遊漁者が携帯する。遊漁券の発行元は「阿武隈川漁業協同組合」としか書かれていない。1枚ずつ番号が振られていて、事務局が番号を調べればどこに配布されているか分かるようになっている。
元組合員によると、偽造券が出回っていたのは当時ワカサギ釣りで隆盛を極めていた母畑湖(石川町)だった。監視員が湖上に張られたテントを訪ね、釣り人が遊漁券を持っていないと分かると、その場で遊漁料を徴収し「石川支部」と記された偽造券の半券を渡す。本部の会計と紐づけされていないので、支部で自由に使える裏金ができる仕組みだ。
「私が知り合いの遊漁者から見せられた偽造券は粗末なわら半紙でした。『こんな物が出回っているようだが、組合員のお前は知っているか』と言われました」(同)
現在の1日券は現場徴収で税込み1000円(アユ漁除く)。ワカサギ釣り全盛期の母畑湖では、夜になるとテントの明かりが湖上一面に浮かび上がっていたという。偽造券による収入も多額だったことだろう。
本部によると、遊漁券を支部独自に発行することは認めていない。30年以上前のこととなると証拠も残っておらず、実行者も多くが亡くなっていて特定は難しい。だが、ウワサは別の支部にも届いていた。
同漁協元理事で現在は一組合員の佐藤恒晴氏(86)=福島市摺上支部=は「摺上支部長だった20年以上前のことです。理事会の旅行で、理事たちが、石川支部では特定のグループが湖や沼で独立した運営のようなことをやっていると雑談していました。ただ理事会での話ではないのでどこまで本当か確証はありません」。
古くからの組合員で27年前から理事を務める石川支部の岡部宗寿支部長(65)=浅川町議=は「聞いたことは一度もないなあ。当時から今もいる組合員で、そういうことをやるような人はいないよ」。
前支部長の近内組合長も「私も組合員になって30年以上、理事は20年ほど務めていますが、そこまで昔の話だと分からないですね」。
ただ、石川支部の組合員の間からは「同支部は魚の放流場所を詳しく教えてくれない」との不満が聞かれる。これに対し、岡部支部長は「毎年、鑑札(組合員に渡される証明書)を配る時にきちんと話しています」と否定。放流前にはグループLINEや顔を合わせた仲間内十数人に直接知らせているという。そのLINEには、放流して釣って焼いたウナギの写真がアップされていた。
放射性物質を検査した結果、同漁協が漁業権を持つ8魚種のうち信夫ダム(福島市)下流ではアユ、コイ、ウグイの3魚種、同ダム上流ではイワナ、フナを加えた5魚種の採捕が2021年から解禁された。つまりいずれにも該当しないウナギ、ワカサギ、ヤマメの3魚種は阿武隈川流域で採捕ができないはずだが……。
ウナギの採捕は解禁されていないのではないかと岡部支部長に聞くと「全然そんなことはない」と言う。記者が2022年度の同漁協「お知らせ」に記載されている採捕可能魚種を示すと、
「それでもうちではウナギを放流したし、いたら釣るでしょ。釣っている人は何人かいるなあ。ウナギは、原発事故後は検体のために釣っていたが、(一部解禁した)2021年からは売ったり食べたりしている人もいるんじゃないか」(岡部支部長)
支部の運営にルーズな面があることは否めないようだ。
事務局主導に不満
石川支部の組合員が支部運営に不満を抱く一方、岡部支部長は本部の運営に文句があるようだ。
「事務局長が漁協を解散するって言ってるのか? そんな大事な話を俺たち理事にしないのはどういうことなんだ。解散する・しないを職員が決めるのはおかしいだろ。本来は組合員から話が上がって、初めて検討されることではないのか」(同)
本誌が前出の堀江事務局長に確認すると、解散を検討しているのは事実だが、理事たちにはまだ公にしていないことを認めた。
解散話をきっかけに、岡部支部長の不満は一気に噴出した。赤字が続いているのに、職員が退職金を積み立てていた。職員は60歳で定年だが、勝手に延長を決めていた。東電との賠償交渉も
「役員を立ち会わせず、事務局長1人で行っていたと思うよ。当時第一副組合長だった近内君(現組合長)に聞いても『自分は立ち会ったことがない』と言うんだからね」(同)
堀江事務局長は取材に、退職金については同漁協の定款第22条「職員退職給付引当金」で定められているとし、赤字補填への流用はできないという。定年延長も「原発事故の賠償対応を投げ出すことはできない」と、採捕解禁まで任期を延ばした望木前組合長に合わせて行った措置と説明する。2018年度の理事会で正職員として雇用延長する承認を得たという。だが堀江事務局長は2022年3月の理事会で、同漁協が給料を捻出できなくなることを理由に退職を申し出た。
「近内組合長から『非正規雇用だと給料は安くなるが、それでも東電との交渉の結果、人件費が支給されれば事務局長を続けてもらえるか』と打診され、2023年度まではいられるように目安を付けてもらいました。自転車操業で収入はゼロに近いかもしれませんが、責任ある業務を果たしていくつもりです」(同)
東電との交渉については「私1人ではなく、望木前組合長同席のもとで臨みました」(同)。理事会からは精神的被害の賠償を求める声もあったが、事務局では証明可能な逸失利益の賠償を求めることに徹したという。賠償基準に照らして東電に請求し、生業としている人にはその損失が個別に賠償されている。
そんな堀江事務局長のワンマン体制への批判は、取材を通して理事らから寄せられた。背景には、同漁協全体の会計を十分に把握しているのが職員だけという事情がある。それについては、堀江事務局長から理事らへの恨み言も聞こえた。
事務局「切り詰めても2年で限界」
「赤字にもかかわらず、理事ら役員から『経営はどうなっているんだ』という声が上がってこないんです。支部は、賦課金や遊漁料を徴収して持ち金があるので会計の全体像を把握しにくいのかもしれません。組合員数の減少を3000人くらいに抑えられるのではないかと楽観する役員もいました」
同漁協の定款第32条1項には「役員は組合のため忠実にその職務を遂行しなければならない」とあり、同条2項には「その任務を怠ったときは、この組合に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」とある。堀江事務局長は同条を念頭に、役員に「漁協経営を本気になって考えてほしい」と話すが、前出の岡部支部長は「脅しじゃねえか」と憤っている。
漁協の管理監督は県の管轄だが、堀江事務局長によると、県から経営改善に向けた具体的な指導はないという。会計資料は県農業経済課が検査している。
「県は『さらなる支出の抑制をしなければならない』と言いますが、既に切り詰めています。県がずるいのは『健全化しなさい』とは言うけど『漁協の経営ができなくなったらどうするのか』という質問には答えてくれないところです。私は事務局に四十数年勤めており、考えられることはやってきたつもりですが、まだできることがあるなら助言くらいはしてほしい。これ以上は漁協だけでは限界です」(同)
堀江事務局長は、会計を把握している県が同漁協の解散を想定していないはずはないとみている。
「正直言うと、あと2年のうちに解散は避けて通れないです。私はそう思っています」(同)
県はどのように受け止めているのか。水産課の後藤勝彌主幹は「経営が苦しい状況は聞いていますが解散の話はまだ県に届いていません」。
同漁協がなくなるということは、漁業権が設定されず阿武隈川では誰でも採捕できるということだ。県漁業調整規則によると、採捕者は漁具や漁法ごとに知事の許可を得る必要が出てくるが、竿釣りは規制されていないので、実質釣り放題だろう。水産課は、同漁協の解散は想定しておらず「存続できるように動かねばなりません」(後藤主幹)。
「事務局長が、解散に言及したのは、それほど経営を深刻に考えているということと受け止めています。内水面の各漁協も2023年8月に漁業権の更新時期を迎えます、各漁協にヒアリングを進めていますが、時期にこだわらずに阿武隈川漁協の現状も細かく聞いていきます」(同)
堀江事務局長によると、同漁協の解散を一番恐れているのは東電ではないかという。
「東電のせいで阿武隈川漁協が解散に追い込まれたとは報道されたくないようです。これまでの交渉で、職員が働けるように給料を補償してくれれば、解散せずに業務を続け、収益を上げられるように努力できると訴えていますが、東電から明確な返答はまだありません」(同)
仮に給料の補償を得て事業を続けられたとして、それ以降の経営はどうするのか。事務局では12支部が独立採算制で運営するのが現実的と考えている。
漁協の純粋な収入は賦課金、遊漁料、漁業権行使料などで、例年約1600万円を得ている。支出は放流事業費が偶然にも収入と同じ約1600万円で、役員報酬を含めた人件費が約1300万円。職員が退職することで人件費が減るとすると、役員報酬を圧縮すれば、収入を放流事業費にそのまま充てることで赤字を減らすことができる。そうやって同漁協本体を立て直したうえで、各支部が賦課金や遊漁料を徴収する独立採算制に移行し、その収入で放流を実施する――というのが堀江事務局長の考えだ。
「あと2年持つかどうか」というのは、あくまで堀江事務局長の試算をもとにした意見で、解散という重大事項の決定は全組合員からなる総会での議決が必要となる(定款第42条と第46条4項の3号)。解散方針を覆すには、事務局が考えた以上の良案を組合員から出す必要がある。
行く末決める理事会は10月以降か
近内組合長は解散案について、「理事会を開いて理事から意見を聞かないといけません。組合長と言ってもまとめ役だから、今の段階で今後の方針は話せませんが、解散は避けたいと考えています」。
熊田真幸副組合長(84)=郡山支部長=は「先輩たちがつくった漁協を景気が悪いからと言って『はい解散』とはいかんべな。組合員が2000人に減ったとは言え、内水面漁協としては最大なわけだから他の漁協に与える影響も大きい」。
組合員の年齢層が60~70代と高齢化し、縮小は避けられないとの見方だが、分割には消極的だ。
「解散・分割は避けつつ、それなりの規模に縮小が必要だと思う。もともと阿武隈川漁協は、いくつかの団体を一つにまとめてできました。分割はこの流れに逆行しますし、分割した各漁協に専従者を置けば事務費がかかりますからね」(同)
白河支部の大高紀元支部長(75)は「経営健全化のために再編成は必要です。私としては、放流事業を効率化するためにも県北、県中、県南の三つくらいに支部を統合する案を考えています」。
事務事業は組合員が無給でやるのかと聞くと、
「報酬は経営努力次第でしょう。まずは各自が組合員を増やしていかなければなりません。いずれにしても、再編後は今まで以上に理事が本気を出さなければなりません」(同)。
経営健全化のためには、経営難だからといって魚の放流量を減らさずに維持し、豊かな漁場にすること。さらに、他の漁協と比べて安い賦課金4000円を値上げすることも考えなければならないとする。
「キャンプブームで若い人たちが自然に目を向けています。川に親しんでもらうチャンスです。漁協のためだけでなく、阿武隈川を愛する人たちのために組合員が考えなければならないことはいっぱいある」(同)
阿武隈川源流に近く、首都圏からのアクセスが良い白河地区は清流にすむアユを目的にした遊漁者も多い。県による監査でも白河支部の評価は上々のようで、そうした要因が自信につながっているようだ。
同漁協は年内に臨時の理事会を開き、解散するかしないかの方向性を決める予定だ。堀江事務局長によると、方針を決めるための参考となる書類を9月中にまとめる予定といい、理事会は10月以降の開催が濃厚だ。決断の時は迫っている。