福島県は4月16日にツキノワグマ出没注意報を発令した。春になり、気温が高くなっていくのに伴い、クマの活動が活発になることから、人身被害などの発生を未然に防止し、注意喚起を図ることが狙い。もっとも、クマに注意しなければならないのは、今年に限ったことではなく、よく目撃情報がある地域に住む人にとってはいつものことといった感じだろう。一方で、今年は浜通りではじめてクマが捕獲された。以前は浜通りではクマは生息していないとされてきたが、浜通りでもクマがいることが証明された格好だ。
相馬市では野生動物調査で撮影、大熊町では捕獲


ツキノワグマ出没注意報の発令期間は4月16日から7月31日までの約3カ月半で、対象は県内全域。その後、5月12日に郡山市で今年度初となるクマによる人身被害が発生したことを受け、中通りと会津は「注意報」から「特別注意報」に切り替えられた。浜通りは「注意報」のまま。今後の状況次第では発令期間が延長されることもあるという。
県によると、注意報は①前年秋のブナやコナラの実などの堅果類の結実が、並作又は豊作のとき(春期)、②2月から3月の平均気温が例年よりも高く、クマの活動が例年よりも早く活発となる可能性があるとき(春期)、③当該年のブナやコナラの実などの堅果類の結実が、凶作又は大凶作と予測されるとき(秋期)、④前月のクマの目撃件数が例年より大幅に多いとき、⑤その他クマの出没による人身被害等の発生が懸念されるとき――のいずれかに該当すると発令される。今回は①、②、⑤が該当する。
特別注意報はクマによる人身事故が発生したときに発令され、前述したように、5月12日に郡山市でクマによる人身被害が発生したことから切り替えられた。さらに、①クマによる死亡事故が発生したとき、②その他クマの出没による人身被害等の拡大が懸念されるとき――はさらに上位の「警報」が発令される。
県自然保護課では、以下のように呼びかけている。
1、目撃情報を調べましょう。
クマがどこにいるのか知ることが大切です。以前にも目撃されている場所は、再び出没する可能性があります。県警のポリスメールや自然保護課の目撃マップを活用しましょう。
2、屋外に生ゴミ・野菜・未収穫の果物・ペットフードを置かないようにしましょう。
クマは餌に対する執着が非常に強いです。一度人間の食べ物や生ゴミの味を覚えてしまうと、頻繁に人里へ出没してしまうため、クマの食べ物になるものを置かないようにしましょう。また、畜舎や小屋に侵入し、餌を食べることもあるため、侵入されないよう対策しましょう。
3、クマ鈴やラジオなど音のするものを身につけて行動しましょう。
クマの生息している場所では、クマ鈴、ラジオなど音のするものを身につけ、クマに自分の存在を知らせましょう。各地方振興局でクマ鈴を貸し出します。
4、山菜採りや農作業を行う際は、複数人での行動、クマ鈴等の携帯を徹底しましょう。
朝夕はクマが最も活発に行動する時間帯です。朝夕の入山や農作業には十分注意しましょう。
県自然保護課の担当者は次のように話す。
「専門家によると、昨秋はクマのエサになるようなものが豊富で、そうなると出産が増えるため、春先は子グマが多くなるのではないか、とのことでした。ただ、今年は降雪・積雪が多かったため、冬眠の期間が長く、いまのところ(本誌取材時の5月中旬時点)は目立った傾向は出ていません。それでも、注意が必要なことには変わりありませんので、注意報・特別注意報の発令に至りました」
大熊町で浜通り初のクマ捕獲
もっとも、こうした注意報、特別注意報が発令されること自体はめずらしいことではない。むしろ、近年は毎年のように発令されている。
そんな中でも、今年は例年と大きく違うところがあった。浜通りで初めてクマが捕獲されたことだ。4月14日、大熊町でイノシシ用のくくりわなにツキノワグマがかかっていた。体長162㌢、体重72・4㌔のオスのクマだった。
同町によると、町が委託した有害狩猟鳥獣捕獲隊がわなを設置しており、そこにクマがかかっていたのだという。このわなはイノシシ用で、もともとイノシシ、アライグマ、ハクビシンなどの鳥獣被害を想定してその対策を捕獲隊に委託していた。そこにクマは入っていない。なぜなら、町名こそ「大熊」で、それに倣い、町のマスコットキャラクターはクマの親子(写真)だが、これまで浜通りではクマは生息されていないとされてきたからだ。かつては阿武隈川より東側にはいないとされていた。

ただ、今回の件を受け、町は広報誌や防災無線で注意を呼びかけたほか、クマ出没注意の看板を設置するなどの対策を講じたという。
もっとも、クマが捕獲された場所は帰還困難区域で人が住んでいないだけでなく、特別な許可証がなければ近くまで行くこともできないようなところ。同町野上の国道288号の北側の山林で、本誌は県自然保護課の目撃マップをもとに、近くまで見に行こうとしたが、国道288号から捕獲現場までの道路にはバリケードが張られ、それ以上は進めなかった。地図で見ると、国道288号から1㌔ほど入ったところを示していた。

現在、大熊町は居住エリアが限られており、今回の現場と居住エリアは直線距離で4、5㌔ほど離れている。とはいえ、捕獲された山林周辺にエサになるものがなくなれば、エサを求めて居住エリア近くまで移動してくることも考えられるため、注意が必要なことに変わりはない。
一方で、近年は浜通りでもクマの目撃情報が相次いでいた。県自然保護課のツキノワグマ目撃情報によると、浜通りの市町村では2023年14件、2024年28件と年々増加傾向にあった。
とはいえ、例えば防犯カメラに映っていた等々ではないため、あくまでも「クマらしきもの」の目撃情報でしかなかった。もっとも、それだけ目撃情報があれば、生息している可能性は極めて高いと考えられていたが、今回、大熊町で浜通り初となるクマの捕獲がされたことで、間違いなく生息していることが証明された。
今年は、浜通りでは大熊町の事例を除き、5月23日までに、相馬市で3件、新地町で1件の目撃情報があった。
新地町での目撃情報

新地町では5月18日に駒ヶ嶺字上渋民地内で県道相馬新地線(旧国道6号)を横断するクマの目撃情報があった。
町によると、「今回の目撃情報は、クルマで走行中にクマらしきものを見たというものでした。その後、町と鳥獣捕獲隊の方でパトロールをしましたが、痕跡は確認できませんでした。ですので、今回は広報等はしないことにしました」という。
同町では、過去に鹿狼山でクマの目撃情報があり、その際は町民に注意を呼びかけた。さらには、鹿狼山を経て隣接する宮城県丸森町ではクマの生息が確認されているほか、宮城県山元町からもクマに関する情報共有があり、「近隣に生息しているのは間違いない」と捉えている。
ただ、今回の件は情報があいまいなため、むやみに注意喚起を促すべきではないと判断した。情報の信憑性などを鑑みながらケースバイケースで対応しているという。
目撃情報があった付近には民家があり、近隣住民に話を聞くと、半信半疑だった。
「本当にクマなの? 過去に鹿狼山で目撃情報があったというのは、町から広報があったけど、(鹿狼山から5㌔以上離れている)この辺に出たというのはちょっと信じられない。ただ、イノシシとか、ハクビシンとか、その辺だとは思うけど、自宅周辺に何らかの動物が来ている痕跡はあった。これからはその(クマがいる)可能性も考えて、特に朝夕は注意するようにします」
今年すでに3件の目撃情報がある相馬市では、「生息が確認されているので注意が必要なのは間違いありません」という。
同市では2019年に東京農業大学が行った野生動物調査で山上地内に設置したカメラでツキノワグマが撮影された。これが同市で初となるクマの生息確認だった。
以降、同市内でのクマの目撃情報は年々増えており、2022年1件、2023年5件、2024年9件、今年は3月から5月までに3件の目撃情報がある。
クマの目撃情報があった際には学校や行政区長などに注意を呼びかけるなどの対応をしているほか、山上地区(※前述の東農大の調査カメラでクマが撮影された地区)では遭遇しないための対策、遭遇した場合の対応などの解説、注意喚起を実施したという。
緊急時に対応できるか
こうして、浜通りでも対策が進められているわけだが、もともとはクマが生息していないとされてきただけに、この先、例えば「緊急捕獲作戦」を実施しなければならないような事態になった場合、即座に対応できるのかとの疑問が浮かぶ。
大熊町は県猟友会富岡支部大熊部会のメンバーが捕獲隊を担っているが「県と協議して、スムーズに対応できるような体制をつくっていきたい」(町担当者)。
新地町は県猟友会相馬支部所属者が捕獲隊となっており、「ある程度の知見はあると思う」(町担当者)とのこと。
一方、相馬市は県猟友会相馬支部のメンバーが捕獲隊になっているが「会津や中通りと比較して、そういう体制が整っていないのは間違いありません。捕獲隊の方の中には、(緊急捕獲作戦が必要になった場合)対応し切れるかと不安を漏らす方もいます」(市担当者)という。同市の担当者は「今後は市、地元警察署、捕獲隊での訓練なども考える必要があると思っています」とも話した。
4月18日に改正・鳥獣保護管理法が成立した。クマによる人的被害対策の一環で、①住宅地などに侵入したり、その恐れがある場合、②危害防止のために緊急対応が必要な場合、③銃猟以外では的確かつ迅速な捕獲が困難な場合、④猟銃使用による住民の安全が確保されている場合――といった条件を満たせば自治体判断で市街地での銃猟が可能になる。施行日は公布から6カ月以内とされている。
相馬市によると、「今後、同法が公布されたら、県による講習会が行われる予定で、それを経て体制を構築したい」という。
大熊町も「県と協議して」と話していたが、改正・鳥獣保護管理法が施行されないことには、はっきりとしたことは言えないとの認識を示した。まずは改正法の施行、県によるレクチャーを経て、今後の体制づくりを進めたい考えだ。
今回は、今年に入り目撃情報があった3市町を取材したが、浜通りでもクマは生息していることが明らかになった以上、ほかの自治体でも、「緊急捕獲作戦」を実施しなければならないような事態になった場合に、迅速に対応できるような体制づくりは必要になる。