いわき市水道局が1月に行った一般競争入札で入札価格漏洩の疑いが浮上した。市が誤った設計単価を用いて最低制限価格を積算し、正しい金額より5万円余りも下振れしていたにもかかわらず1社が誤った価格と同額で落札。後に市の積算ミスが判明し、価格漏洩の可能性が生じたことから契約解除した。落札業者は昨今の積算ソフトは精度が高いとした上で、「市と同じく過去の設計単価を用いたため、同じ間違いを起こしてしまった。不正はしていない」と説明。市は委員会を立ち上げて調査を進める。
不可解な「誤った価格と同額落札」
いわき市が調査しているのは今年1月18日に市水道局が一般競争入札に掛けた「平下平窪配水管(第106―49号外)改良工事」。価格の上限に当たる予定価格は5118万円(税抜き。以下同)、下限に当たる最低制限価格は4609万7685円。市内の17社が応札した。
結果は別表の通り、大松興産が最低制限価格と同額で落札した。応札価格の分布を見ると、本来の正しい最低制限価格である4615万4574円から1万円以内の業者が最も多く12社。残りの5社は4611万円以下で、本来の最低制限価格と5万円以上の開きがあった。
入札参加者 | 本社所在 | 入札価格 | |
---|---|---|---|
公栄管工設備㈱ | 小名浜 | 4362万0240円 | 最低制限価格を下回り失格 |
㈱アクア工業 | 平 | 4515万4580円 | 最低制限価格を下回り失格 |
㈱大松興産 | 小名浜 | 4609万7685円 | 最低制限価格と同額落札 |
㈲矢光総合設備 | 内郷 | 4610万0600円 | |
㈱山上工業 | 小川 | 4610万0601円 | |
欣幸建設㈱ | 平 | 4614万7584円 | |
菅野建設工業㈱ | 内郷 | 4615万2000円 | |
㈱不二代建設 | 内郷 | 4615万3860円 | |
㈱福島スイケンエンジニアリング | 内郷 | 4615万4530円 | |
㈱沼里工業所 | 常磐 | 4615万4570円 | |
㈱大倉工業所 | 小名浜 | 4615万4573円 | |
㈲平設備興業 | 好間 | 4615万4573円 | |
福吉工業㈱ | 小名浜 | 4615万4574円 | 本来の最低制限価格 |
㈱こだま産業 | 常磐 | 4615万4574円 | 本来の最低制限価格 |
渋谷設備㈱ | 常磐 | 4615万4574円 | 本来の最低制限価格 |
㈱久田設備工業 | 平 | 4615万4580円 | |
㈱創和 | 内郷 | 4615万4680円 | |
㈱清水水道 | 好間 | 入札無効 | |
長谷川工業㈱ | 四倉 | 辞退 | |
㈲大証建設 | 小名浜 | 辞退 |
発注者と受注業者が使っている積算ソフトはメーカーの努力で日々精度を高めている。積算の基となる資材や工事費の単価と計算方法が正しければ、全く同じ価格を弾き出すことは理論上可能だ。問題は、これら設計単価は常に変動し、入札時には公表されない点にある。
積算ソフトにはソフトメーカーが調べた最新の単価が毎月反映されるが、より正確な単価を得て優位に立とうと、研究熱心な事業者は開札後に公表対象となった単価を自治体に開示請求して入手し、傾向と対策を練る。
最低制限価格と1円単位で違わず落札された平下平窪配水管の工事もこのような手順を踏んで行われたと考えれば問題がない。だが、積算ソフトの精度は高く、受注業者は研究に余念がないにもかかわらず、「市が誤って積算した最低制限価格を業者が正確に弾き出す」というちぐはぐな事態が生じた。シンプルに推理すると「市職員が情報を漏らしたのではないか」という疑念に至った。
市水道局の猪狩葉子次長が、予定価格と最低制限価格の誤りが発覚した経緯を説明する。
「開示請求で設計金額が入った工事の設計書を入手した事業者から、2月14日に『積算する基となった単価が誤りではないか』と情報提供がありました」
情報提供したのは、落札した大松興産とは別の業者。市水道局が同日中に設計内容を確認した結果、「汚泥処理単価(1㌧当たり)」と「汚泥溶出試験費(1工事当たり)」を2023年度の単価を使うべきところを22年度のものを用いていた。汚泥処理単価は2万2000円とすべきところを2万円、汚泥溶出試験費は4万円とすべきところを3万円と安く見積もっており、最低制限価格は5万6889円安くなっていた。
市水道局はどのようにして間違ったのか。積算ソフトでは設計単価が毎月自動更新されるが、いわき市では、汚泥に関わる前述二つの単価に関しては、手計算で算出し入力する必要があった。その際、設計担当の職員が2022年度の工事設計書を参考に入力したため、過去の単価を反映してしまったという。
落札者はどのような積算をしたのか。大松興産の松原文司社長は、「積算ソフトに誤って2022年度の単価を入力し、市水道局と同じ間違いをしました。不正はしていません」と話す。市には「当該工事の汚泥処理等の単価は、積算システムに無い見積もり単価のため、その都度手計算で積算システム(筆者注:ソフト)に入力する必要があり、誤って22年度の資料を参考にしてしまった」と同様の説明をしている(3月8日付、市水道局記者会見資料より)。
市は大松興産との契約を2月29日付で解除し、応札者に個別に謝罪。今年度に再入札に掛ける予定だ。
県内のある元自治体職員は市の説明を聞き、「設計担当の職員は最新の見積もりをしていなかったことを意味する。見積もりは最新の単価で行うのが常識で、1年前の単価を使ったら上から指導を受けるレベルだ」と指摘する。
大松興産の説明については
「『誤って22年度の資料を参考にした』という点が引っかかる。最新の単価を用いるのが常識なので、過去の単価を入力するには意図して引っ張り出してくる必要がある。単純ミスで過去の単価を用いたとは考えにくい。応札した過半数の12社が本来の最低制限価格に近いのが、市と同じように誤った価格を積算するのが逆に難しいことを示している」(同)
市は福島高専の教授や弁護士、市職員ら6人を委員に「設計単価の誤りによる工事契約解除に係る調査確認委員会」を設置した。3月29日に開いた第1回会議では、設計書を閲覧できる立場にあった市水道局職員17人と応札業者を調査対象にすることを決めた。
前出の元職員によると、「どこの自治体も目立たないだけで入札価格は漏洩し、業者間の受注調整(談合)は残っている」という。「いわき市の場合も疑わしい。市のミスのせいで落札できなかった業者が情報提供し、明るみになっただけではないか」と推察する。
元職員は別表を見て、本来の最低制限価格に迫った4615万円台のグループと誤った価格に迫ったグループの2系統が存在したと分析し、理由を次のように説明する。
「水道局職員が17人も閲覧できたということは、少なくない職員が設計担当外の工事をクラウド上の共有フォルダにアクセスして見積もり単価や予定価格、最低制限価格を把握できたのだろう。4615万円台のグループは、単価を基に本来の価格を積算したのでは。単価それ自体は非公表だが、落札者を直接決める価格ではないので、職員が教える心理的障壁は低い。誤った価格に迫ったグループは最低制限価格か予定価格を水道局職員に聞いたと考えれば無理なく説明できる。予定価格であっても積算ソフトを使えば最低制限価格を割り出せる」
地元マスコミの間では、仮に受注調整があったとしても最低制限価格で落札している点から悪質性は低く、県警の動きが鈍いことからも大事には至らなそうだとの観測が流れる。市が設置した調査委員会は「潔白」を説明する狙いがあり、どこまで踏み込むかが注目だ。