先達山で工事が進むメガソーラーをめぐり、市民団体「先達山を注視する会」が事業者や行政の姿勢を厳しく追及している。一般の市民団体とは少々異質な同会の活動に迫る。
先達山を注視する会の特異な活動 反骨の代表が事業者や行政を追及

福島市の吾妻連峰。その一角にそびえる先達山(標高631㍍)の斜面は大量の木が切り倒され、山肌が広くむき出しになっている。
東京ドーム13個分、60㌶に及ぶこの場所で行われているのが「先達山太陽光発電所」(40㍋㍗)の建設である。竣工は今年夏頃を予定。カナダの再エネ投資・運営会社Amp Energy(以下Amp社と略)が出資し、事業者のAC7合同会社からAmp社が管理業務を委託されている。
2021年、県が事業者に林地開発を許可し工事が始まると、山肌のむき出し部分が徐々に広くなった。市民から「景観が損なわれる」と苦情が寄せられるようになり、市は2023年、山地へのメガソーラー設置をこれ以上望まないとする「ノーモアメガソーラー宣言」を発した。昨年6月には大雨により工事現場から麓の県道に泥水が流出した。これらをきっかけに、先の議会3月定例会では新たなメガソーラーや風力発電施設の設置を規制する条例が全会一致で可決・成立した。
市の姿勢を変えさせ、全国ニュースでも報じられるなど多くの市民が関心を寄せる問題となっているが、このメガソーラーと対峙すべく、今年1月に市民団体が設立された。松谷基和氏(49)が代表を務める「先達山を注視する会」(以下、先注会と略)である。

松谷氏は東北学院大学国際学部国際教養学科教授。普段はアジア史などを研究しており、環境問題は専門ではない。そんな松谷氏が先注会をつくった理由は「地元に住む人間として我慢ならなかった」からだ。
松谷氏の自宅は先達山から直線で4㌔ほどの福島市町庭坂にある。庭からは先達山がよく見え、工事の進捗具合も分かる。これだけ離れていても工事の音が聞こえてくる。
「ふるさとの山がどんどん削られていく。再エネは自然に優しいと言いながら自然が壊されていく。事業者は『説明会を開いて理解を得た』と言い、行政は『法的に問題ない』と言う。しかし、市民の多くは私と同じ気持ちでいる。地域社会がどう思っているか、事業者も行政も全く分かっていない。『あんたら、おだってるな!』(福島弁でふざけるなという意味)と言いたい」(松谷氏)
松谷氏は「大学の先生だから、こういう活動を始めたのか」とよく聞かれるが、
「いやいや、私の専門はアジア史ですから(苦笑)。私はただ地元の人間として『また我慢を強いられるのか』という気持ちから行動しているまでです」(同)
「また我慢を」とは原発事故の被害を指す。原発事故時、県外に住んでいた松谷氏の目には、ふるさとを失うほどの被害を受けながら、福島県民は怒る人より我慢している人の方が多いように映った。
「14年我慢してきて、再びふるさとが壊されていくのを我慢しなければならないのかと思ったら、居ても立ってもいられなくなった」(同)
そうした気持ちが、先注会をつくる原動力になったのである。
先注会の活動内容は公式ホームページ(HP)を参照していただきたいが、正直、このような紹介の仕方はマスコミとして失格なのかもしれない。しかし、HPをご覧になっていただくと分かるが、松谷氏は事業者や出資者の顔ぶれ、開発に必要な許可の内容、県や市がどのような対応をしてきたかなどを開示請求で得た公文書や登記簿謄本、関係各所のHPなどで詳細に調べ上げ、時には現場にも足を運んで現状を確認している。その様は、私たちが普段やっている「取材活動」と同じで、こちらの取材する余地は残っていないと思わせるほどだ。
というわけで、下手なリポートを書くより公式HPを見てもらった方が間違いないと考え、恥を承知で紹介する次第。
この取材力が奏功し、先注会はメガソーラー問題では極めて珍しい、事業者を市民集会に出席させることに成功した。3月13日に福島市民センターで開かれた先注会の第2回報告会には、市民やマスコミなど約100人が出席する中に、Amp社の谷口朋良プロジェクトマネジメント部長、鈴木英樹シニアプロジェクトマネジャー、弁護士の長谷部剛法務部長の姿があった(※)。
※Amp社を表舞台に引っ張り出すまでの経緯は松谷氏と鈴木マネジャーらの間で繰り返し行われたメールのやりとりが、これまた公式HPで全て公開されているのでご覧いただきたい。https://sendatsu-chushi.com/
露呈した多額の地元協力費
報告会は松谷氏ら先注会側が質問し、それにAmp社が答える形で進んだが、そこで印象に残ったのは松谷氏のこんな言葉だ。
「事業者は聞かれたら答えるのではなく、自ら積極的に情報を開示すべき。例えばパネルが損傷したらどうするのかという質問に『保険に入っているから大丈夫』と答えたが、そう言うなら本当に入っていることを示す保険証券を明らかにしなさいよ。『個人情報だから明かせない』と拒否しているが、そういう姿勢だから市民から信用されないんだ」
「住民説明会では工事現場を見せると言ったのに、私たちが要求すると『安全面から難しい』とか『施工者の奥村組に確認する必要がある』などと言う。見せると約束したなら市民の要求に応じるべきだし、奥村組云々ではなく事業者はあなたたちなんだから、あなたたちが責任を持って判断すればいい話だ」
「鈴木マネジャーは『こういう説明の機会があればまた来たい』と言うが、私たちが報告会を開けば来るという考え方が気に入らない。本来説明会を開くのは私たちではない。あなたたちだ。あなたたちには事業者としての主体性がないんだよ」
辛らつな言葉が並ぶが、要するに松谷氏が求めるのは、事業者自らが積極的に説明する姿勢だ。
「私たちのHPに誤りがあれば指摘してほしいし、真摯に受け止めて訂正もします。しかし、事業者の本来あるべき姿は『事実と違う』と訂正を求めることではなく、自ら事実を明らかにすることだ」(同)
行政にも厳しい注文をつける。松谷氏は県と市の担当者に、3月13日の報告会に出席を求めていた。しかし、県は①説明会は事業者が実施すべきもの、②林地開発許可は計画説明書や資金計画書などから事業実施の確実性を審査し許可している――として出席を断った。市は返事すらよこさなかった。
「県や市は『必要な審査をして許可した』『ちゃんと指導している』と言う。しかし、その結果がこの有り様です。きちんと審査し指導したなら、市民も騒がないし報道もされないはず。ノーモアメガソーラー宣言だって今後つくるなという話で、既存施設に効力は及ばない」(同)
松谷氏の注文は私たちマスコミにも及ぶ。とりわけ地元紙は、問題を詳細に報じたことがなく「報告会を開いた」という事実しか伝えない。松谷氏は「せっかく県内に2紙あるのに、民報も民友も一体何をしているの?」と手厳しい。こうした発破に応えようとしているのは、河北新報と朝日新聞県版くらいだろうか。
ちなみに、朝日新聞は3月15日付の県版でAmp社が地元の地区に金銭を提供し「地区によっては1000万円超が提供されていた」と報じたが、この事実が記された地元説明会の議事録を県への開示請求で入手し、3月13日の報告会で〝告発〟したのも松谷氏だった(議事録は金額の部分が黒塗りされていた)。本誌も各地のメガソーラーを取材する中で地元に協力費が提供されているという話を聞いてきたが、議事録にあるような「生々しいやりとり」が公になるのは珍しい。
「先注会で調べてHPにアップしているが、これって本来は私のやることじゃない。マスコミが調べて報じるべきことでしょ?」(同)
本誌も力不足を反省しなければならない。
個人でやろうとすれば時間と労力を割かれ、リスクも伴う。3月13日の報告会では「調べるにはお金がかかるし、報告会を開くのだって会場費が必要」と正直に明かし、出席者にカンパを求めた。出席していた県議、市議には「議会でもっと質問してほしい。執行部の答弁も『はい、分かった』と鵜呑みにするのではなく、その答弁が真実かどうか見極めてほしい」とアドバイスしていた。
「メガソーラーに融資した銀行に質問状を送ったところ、大学に『銀行の者』と名乗る人から『私的な活動に教授の肩書きを使うのはどうなのか』と連絡があった。質問状は銀行にしか送っていないので、それを見た『銀行の者』が匿名で連絡してきたのでしょう。大学からは特段問題視されていないが、融資の是非を顧みず、卑劣な圧力をかけてくるから呆れてしまう」(同)
松谷氏を支持する人は、一連の活動で松谷氏が少なからずリスクをっていることも理解すべきだ。
松谷氏の取材力に脅威⁉

報告会終了後、Amp社の鈴木マネジャーに話を聞くと「市民とどこまで歩み寄れるか分からないが、今後もこういう場があれば丁寧に説明していきたい」と語った。一方、長谷部法務部長は「当社は各地でメガソーラーをやっているが、こういう説明会に出席したのは初めて。松谷先生がここまで詳細に調べて説明会に臨んでいたのには驚いた」と感想を述べた。先注会の取材力に脅威を感じ「放置しておくのはマズい」と考えたことが異例の報告会出席につながったのかもしれない。
報告会には先達山のメガソーラー設置に反対する他の市民団体メンバーらも出席していたが、そのうちの一人は筆者に「松谷氏の活動は評価するが、最終目標が設置反対なのかどうかがよく分からない。『注視』するだけでは中途半端」と漏らした。
松谷氏は「注視とは『座して眺めること』ではない。私たちは市民に関心を持ってもらうための情報を提供し、公明正大な議論を呼び掛けていく。先達山の開発に憤り、疑念を持つのは他の市民団体と同じ。それらの団体と連携するのではなく、それぞれのアプローチの仕方で目的を達成できればいいというのが私の考えです」と明かす。
大勢の市民が深く関心を持ち、監視していけば、事業者も行政もそれまで良しとしていた考えや態度を自ずと改めざるを得なくなる、ということだろう。