Category

監視カメラ

  • 立ち退き脅迫男に提訴された高齢者

    【会津若松】立ち退き脅迫男に提訴された高齢者

     会津若松市馬場町に住む74歳男性が土地の転売を目論む集団から立ち退きを迫られている(昨年8月号で詳報)。追い出し役とみられる新たな所有者は、男性が「賃料を払わず占有している」として土地と建物の明け渡しを求める訴訟を起こし、昨年12月に地裁会津若松支部で第1回期日が開かれた。転売集団は立ち退きを厳しく制限する借地借家法に阻まれ、手詰まりから訴訟に踏み切った形。新所有者が、既に入居者がいるのを了承した上で土地を購入したことを示す証言もあり、新所有者が主張する「不法入居」の立証は無理筋だ。 無理筋な「不法入居」立証  問題の土地は会津若松市馬場町4―7の住所地にある約230坪(約760平方㍍)。地番は174~176。その一角に立ち退き訴訟の被告である長谷川雄二氏(74)の生家があり、仕事場にしていた。現在は長谷川氏の息子が居住している。  長谷川氏によると、祖父の代から100年以上にわたり、敷地内に住む所有者に賃料を払い住んできたという。不動産登記簿によると、1941年4月3日に売買で会津若松市のA氏が所有者になった。その後、2003年4月10日に県外のB氏が相続し、2018年9月11日に同住所のC氏に相続で所有権が移っている。実名は伏せるが、A、B、C氏は同じ名字で、長谷川氏によると親族という。  この一族以外に初めて所有権が移ったのは2019年12月27日。会津若松市湯川町の関正尚氏(79)がC氏から購入し、それから3年余り経った昨年2月7日に東京都東村山市の太田正吾氏が買っている。  今回、土地と建物の明け渡し訴訟を起こしたのは太田氏だ。今年3月に馬場町の家に車で乗り付け、「許さねえからな。俺、家ぶっ壊しちゃうからな」などと強い口調で立ち退きを迫る様子が、長谷川氏が設置した監視カメラに記録されていた。長谷川氏は太田氏を、所有権を根拠に強硬手段で住民を立ち退かせ、転売する「追い出し役」とみている。  賃料の支払い状況を整理する。長谷川氏は、A、B、C氏の一族には円滑に賃料を払ってきたといい、振り込んだことを示すATMの証明書を筆者に見せてくれた。次の所有者の関氏には手渡しで払っていたという。後述するトラブルで関氏が賃料の受け取りを拒否してからは法務局に供託し、実質支払い済みと同じ効力を得ている。これに対し、太田氏は「出ていけ」の一点張りで、そもそも賃料の支払いを求めてこなかったという。同じく賃料を供託している。  立ち退き問題は関氏が土地を買ったことに端を発するが、なぜ彼が買ったのか。  「A氏の親族のB、C氏は県外に住んでいることもあり、土地を手放したがっていました。C氏から『会津で買ってくれる人はいないか』と相談を受け、私が関氏を紹介しました」(長谷川氏)  土地は会津若松の市街地にあるため、買い手の候補は複数いた。ただ、C氏は長年住み続けている長谷川家に配慮し「転売をしない」、「長谷川家が住むことを承諾する」と厳しい条件を付けたため合意には至らなかった。そもそも借主の立ち退きは借地借家法で厳しく制限され、正当事由がないと認められない。認められても、貸主は出ていく借主に相応の補償をしなければならない。C氏が付けた条件は同法が認める賃借人の居住権と重複するが、長谷川氏に配慮して加えた。  会津地方のある経営者は、購入を断念した一因に条件の厳しさがあったと振り返る。  「有望な土地ですが『居住者に住み続けてもらう』という条件を聞き躊躇しました。開発するにしても転売するにしても、立ち退いてもらわなければ進まないですから」  そんな「長谷川家が住み続けるのを認め、転売しない」という買い手に不利な条件に応じたのが関氏だった。約230坪の土地は固定資産税基準の評価額で2600万円ほど。C氏から契約内容を教えてもらった長谷川氏によると、関氏は約500万円で購入したという。関氏はこの土地から数百㍍離れた場所で山内酒店を経営。土地は同店名義で買い、長谷川家は住み続けるという約束だった。  法人登記簿によると、山内酒店は資本金500万円で、関氏が代表取締役を務める。酒類販売のほか、不動産の賃貸を行っている。  「転売しないという約束を重くするために、C氏は関氏との契約に際し山内酒店の名義で購入する条件を加えました。2019年に私と関氏、C氏とその親族が立ち会って売買に合意しました。代々の所有者と長谷川家の間には賃貸借契約書がなかったこと、関氏と私は長い付き合いで信頼し合っていたことから約束は口頭で済ませた。これが間違いだった」(長谷川氏)  長谷川氏が2022年3月に不動産登記簿を確認すると、所有者が2019年12月27日に「関正尚」個人になっていた。山内酒店で買う約束が破られたことになる。疑念を抱いた長谷川氏は、手渡しで関氏に払っていた賃料の領収書を発行するよう求めた。「山内酒店」と「関正尚」どちらの名前で領収書が切られるのか確認する目的だったが、拒否された。しつこく求めると「福和商事」という名前で領収書を渡された。  「土地の所有者は登記簿に従うなら『関正尚』です。この通り書いたら、店名義で買うというC氏との約束を破ったのを認めることになる。一方、『山内酒店』と書いたら、登記簿の記載に反するので領収書に虚偽を書いたことになる。苦し紛れに書いた『福和商事』は関氏が個人で貸金業をしていた時の商号です。法人登記はしていません」(長谷川氏)  正規の領収書が出せないなら、関氏には賃料を渡せない。ただ、それをもって「賃料を払っていない不法入居者」と歪曲されるのを恐れた長谷川氏は、福島地方法務局若松支局に賃料を供託し、現在も不法入居の言われがないことを示している。 転売に飛びついた面々 長谷川氏(右)に立ち退きを迫る太田氏=2023年3月、会津若松市馬場町  現所有者の太田氏に所有権が移ったのは昨年2月だが、太田氏はその4カ月前の2022年11月17日に不動産業コクド・ホールディングス㈱(郡山市)の齋藤新一社長を引き連れ、馬場町の長谷川氏宅を訪ねている。その時の言動が監視カメラに記録されている。カメラには同月、郡山市の設計士を名乗る男2人が訪ねる様子も収められていた。自称設計士は「富蔵建設(郡山市)から売買を持ち掛けられた」と話していた。長谷川氏は、関氏から太田氏への転売にはコクド・ホールディングスや富蔵建設が関与していると考える。  筆者は昨年7月、関氏に見解を尋ねた。やり取りは次の通り。  ――長谷川氏は土地を追い出されそうだと言っている。  「追い出されるってのは買った人の責任だ。俺は売っただけだ」  ――長谷川家が住み続けていいとC氏と長谷川氏に約束し、買ったのか。  「俺は言っていない。あっちの言い分だ」  ――転売する目的だったとC氏と長谷川氏には伝えたのか。  「伝えていない。どうなるか分からないが売ってだめだという条件はなかった」  ――どうして太田氏に土地を売ったのか。  「そんなことお前に言う必要あるめえ。そんなことには答えねえ」  ――太田氏が長谷川氏に立ち退くよう脅している監視カメラ映像を見た。  「(長谷川氏が)脅されたと思うなら警察を呼べばいい。あいつは都合が悪いとしょっちゅう警察を呼ぶ」  ――コクド・ホールディングスの齋藤氏とはどのような関係か。 「……」  ――齋藤氏や土地を買った太田氏とは一切面識がないということでいいか。  「何でそんなことお前に言わなきゃなんねえんだ。俺は答えねえ」 入居者を追い出すのは現所有者である太田氏の勝手ということだ。  太田氏の動きは早かった。所有権移転から間もない昨年3月、馬場町の家を訪ね、長谷川氏に暴言を吐き立ち退きを迫った。だが、逆に脅迫する様子を監視カメラに撮られた。以後、合法手段に移る。  同6月、太田氏は長谷川氏の立ち退きを求めて提訴した。太田氏の法定代理人は東京都町田市の松本和英弁護士。同12月6日に地裁会津若松支部で第1回期日が開かれた。太田氏は現れず、松本弁護士の事務所の若手弁護士が出廷した。被告側は代理人を立てず長谷川氏のみ。長谷川氏は「弁護士を雇う金がない。法律や書式はネットで勉強した。知恵と根気があれば貧乏人でも闘えることを証明したい」。 転売契約書の中身は?  裁判では、原告の太田氏側が長谷川氏の「不法入居」を証明する必要がある。だが、提出した証拠書類は土地の登記簿のみ。長谷川氏は、関氏から太田氏への売買を裏付ける契約書の提出を求めた。これを受け、島崎卓二裁判官は「売買を裏付ける証拠はある?」。太田氏側は「あるにはあるが提出は控えたい」。島崎裁判官は「立証責任は原告にある。契約書があるなら提出をお願いします」と促した。  一方で、島崎裁判官は被告の長谷川氏に土地の賃貸や居住を端的に示す書類を求めた。長谷川氏の回答は「ありません」。長谷川氏は、関氏と太田氏の土地売買に携わった宅建業者の証言や賃料の支払い証明書など傍証を既に提出しているという。  閉廷後の取材に長谷川氏は次のように話した。  「私たち一族がここに住み始めたのは戦前にさかのぼる。当時の契約は、今のようにきちんとした書類を取り交わす習慣がなかったのだと思います。賃貸借契約を端的に示す書類はないが、少なくとも太田氏の前の前の所有者のC氏に関しては賃料を振り込んだことを示す記録が残っているし、関氏とC氏は親族立ち会いのもと『長谷川家が住み続ける』と合意して契約を結んでいる。さらに、関氏から太田氏に転売される際には『既に居住者(長谷川家)がいると説明した上で契約を結んだ』と話す宅建業者の音声データを得ている。裁判では太田氏側が出し渋る契約書の提出を再度求めます」  長谷川氏が契約書の提出を強く求めるのは、仲介した宅建業者の証言通りなら「売買する土地には以前から入居者がいる」と関氏から太田氏への重要事項説明が書きこまれている可能性が高いからだ。太田氏が、居住者がいることを受け入れて契約を結んだ場合、「長谷川家は所有者の了解なく住んでいる」との理屈は成り立たない。さらに借地借家法で居住権が優先的に認められるため、太田氏の都合で追い出すことは不可能になる。  太田氏側が契約書を示さず、裁判官の提出要求にも逡巡している様子からも、契約書には太田氏に不利な内容、すなわち長谷川家の居住を認める内容が書かれている可能性が高い。今後は太田氏側が契約書を提出するかどうかが焦点になる。   第2回期日は1月31日午前10時から地裁会津若松支部で行われる。譲らない双方は和解には至らず法廷闘争は長期化するだろう。 あわせて読みたい 【実録】立ち退きを迫られる会津若松在住男性

  • 【実録】立ち退きを迫られる会津若松在住男性

    【実録】立ち退きを迫られる会津若松在住男性

     もし、祖父の代から住んでいる土地を正当な理由もなく追い出されそうになったら、万人が立ち向かえるだろうか。これは、会津若松市で監視カメラを武器に転売集団と闘い続けるある男の記録である。(敬称略) 監視カメラで転売集団に応戦 居住者のXに立ち退きを迫る太田正吾(左)  2023年3月9日午後2時45分ごろ、ブオンブオンとうなり声をあげた白のミニバンが、会津若松市馬場町にあるX(70代)の家の前の駐車場に入ってきた。 助手席から真っ黒に日焼けた顔にオールバック、ネクタイ姿、ベストを着た男が降りてきた。きちんとした身なりではあるが、発する言葉は荒っぽかった。 「俺、もう許さねえからな」 「この土地は俺が買ったんだから」 「あんまり怒らせんなよ! おらあっ!」 男はすたすたとミニバンの助手席に戻り、何やら書類を取り出して、体の前でひらひらして見せた。 「俺が買って持ってるからな」 ミニバンのボンネットに書類を広げてXに見せた。 「俺、最初に言ってんじゃん。買うよって」 Xによると、男は「この土地は全部、俺がYから2200万円で買った。今なら話に乗ってやる」と言ったという。Xは「脅す一方で二束三文の金をちらつかせて体よく追い出すつもりだな」と思った。Xが応じないと分かると、男は「不法入居者」と呼び、駐車場の利用者の名前が書かれている札や張り紙などを剥がして持ち去った。監視カメラの映像を見ると、確かに手に張り紙を持ち、画面内を移動する姿がある。 監視カメラのマイクには、「許さねえからな。俺、家ぶっ壊しちゃうからな」との発言や、Xが「居住権というのがあるから」と言ったのに対し、「ねえから」と即答したやり取りが収められていた。 Xが当日を振り返る。 「男は太田正吾と名乗りました。この日の前には不動産会社を連れて来ました。立ち退きを迫ろうと脅かしに来たのだろう。そもそも、この土地は私の隣家が所有しており、100年以上前、私の祖父の代から借地料を払って住んでいました」 登記簿を確認すると、1941年に隣家が売買で土地を取得。以来一族で所有権の相続を続けていた。 「隣家の高齢夫婦が亡くなると、県外の親族が相続しました。親族は土地を手放したがっていて、私に買い手を探すよう頼んだ。そこで、近所の顔なじみで店を経営する資産家のY(70代)に持ち掛けました。今考えるとそれが間違いでした」(X) Xは隣家の親族から「ブローカーのような怪しいところには売りたくない」と言われていた。隣家の親族から委任を受けて買い手を探し、転売しないという約束のもと購入に前向きだったのがYだったという。 「①転売しない、②そのためにYが経営する店の名義で購入し、店が保有する、との条件で2019年に私とY、隣家の親族が立ち会って売買に合意しました。Yとは長い付き合いで信頼しており、契約書は取り交わす必要もないと思った。ところが、②の店の名義で購入する約束が早速破られたんです」(X) 登記簿によると、確かに2019年12月27日にYが購入したことになっている。ただし名義は、Yの経営する店ではなく、Y個人だ。売買の書類が取り交わされたことを、Xは所有権の移転が既に終わった後に自分で調べて知った。 「Yは司法書士に頼んで、県外にいる隣家の親族に売買契約の書類を郵送しました。親族は司法書士から送られてきた書類に、言われた通り書き込んで押印し、返送したそうです。宅建業法に定められた重要事項説明書は交付されておらず、本来は無効な取引でした」(X) ①の約束、「転売しない」も破られた。登記簿によると、今年2月7日に前出の太田正吾(東京都東村山市)に土地が売り渡された。冒頭に紹介した映像で、太田は「家を出ろ」とXに迫っていた。 今回、立ち退きを迫られている馬場町の土地は約230坪で、Xの一族は、その一角に祖父の代から所有者に家賃を払い、100年以上住んできたという。現在はXの息子が暮らし、Xはパソコンなどの機器を置いて仕事場にして、日中の大半はこの家にいるという。 「私には居住権があり、無理やり立ち退かせることはできません。太田たちは法律上追い出すのは難しいので、脅しという強硬手段に及んだとみています」(X) Xは、Yがはなから転売を目的に土地を購入したのではないかと疑っている。太田が昨年11月17日に初めてX宅を訪れた時、郡山市の不動産業者を引き連れていたからだ。それ以前には、郡山市の建設会社から土地の売買を持ち掛けられたという同市の設計士が訪ねてきた。Xが、Yとの間に土地トラブルがあると説明すると、「買わないし2度と来ない」と言って立ち去ったという。 「設計士や不動産業者が来たのは太田が土地を購入する前、まだYが所有している時です。Yは太田、不動産業者と共謀していたのではないでしょうか。太田はYから譲り受けた所有権を根拠に、脅しを掛けて追い出す役回りです。登記上はYから太田に所有権が移っていますが、本当に金銭が支払われたのだろうかと私は疑っています」(X) 「黒幕」とされる男  筆者はXが「黒幕」とするYの店を訪ねた。馬場町の問題の土地からごく近所だ。 ――Xは土地を追い出されそうになっている。 「追い出されるっていうのは買った人の責任だ。俺は売っただけから」 ――Xはあなたからずっと住み続けてもいいと言われたそうだが。 「言った覚えはない」 ――Xには転売すると伝えて土地を購入したのか。 「伝えてない。どうなるか分からないが、売ってだめだという条件はなかった」 ――どうして太田正吾に売ったのか。 「そんなのおめえに言う必要あるめえ。そんなことには答えねえ」 ――太田と一緒にXの家に来た郡山市の不動産業者とはどういう関係か。 「……」 ――太田とその不動産業者と面識はないということでいいか。 「そんな質問には答えねえ」 自身と太田の関係が筆者に答えられないようなものならば、なぜ大きな金額が動く土地を売ったのか。疑念は深まるばかりだ。 最後に、Xはなぜ筆者に監視カメラの映像を見せてくれたのか。 「パソコンが得意で、昨今の治安に不安を覚えていたことから防犯のために監視カメラを設置していました。おかげでこちらの正当性が証明できると思う。最近では、以前は見なかった不審車両が家の前に長時間止まっています。この映像を(筆者に)見せたのは、今回の問題を記事にしてもらうことで、脅しをする側が露骨な動きをできないように牽制して、自分の身を守るためです」 平穏な日は訪れるか。

  • 元社員が明かす【山口倉庫】の「異様な職場」

    元社員が明かす【山口倉庫】の「異様な職場」

     本誌5月号に「大量カメラで社員を〝監視〟 する山口倉庫 『気味が悪い』と退職者続出!?」という記事を掲載したところ、それを読んだ元社員から「今も勤務している社員のために、さらに詳報してほしい」との要望が寄せられた。 監視カメラ四十数台、独特な朝礼 山口広志社長  山口倉庫㈱は1967年設立。資本金1000万円。郡山市三穂田町の東北自動車道郡山南IC近くに建つ本社倉庫などで米や一般貨物の保管・管理を行っている。駐車場経営や不動産賃貸なども手がける。 現社長の山口広志氏は2000年に就任した。祖父の松雄氏が創業者で、父の清一氏が2代目。3代目の広志氏は清一氏の二男に当たる。 そんな山口倉庫について、5月号では▽社内に大量の監視カメラが設置されている、▽社員だけでなく訪問客の様子も監視している、▽山口社長は自宅から、監視カメラで撮った映像や音声をチェックしている模様、▽こうした職場環境に気味の悪さを感じた社員が次々と退職し、その人数はここ4、5年で十数人に上る――と報じ、このような行為がハラスメントや個人情報保護法違反に当たるかどうか検証した。 詳細は同号に譲るが、結論を言うと、ハラスメントには当たらず、個人情報保護法にも違反しないが、監視カメラを大量に設置する目的、設置場所、映像と音声の利用範囲などを社員にきちんと説明しないと後々トラブルに発展する恐れがあると指摘した。 「社内の人でなければ知り得ないことが書かれていたので、読んだ時は本当に驚きました。ああいう記事を出していただき感謝しています」 こう話す元社員は数年前に山口倉庫を退職し、現在は「ほんの少しでも同社とは接点を持ちたくない」と別業種で働いている。 「接点を持ちたくない」と言いながら、本誌の取材に応じた理由。それは、今も勤務している社員を思ってのことだった。 「私は運良く転職できたが、社員の中には転職したくても、家族を養うため我慢して働き続けている人もいる。そういう社員のためにも、あの異様な職場環境は改められるべきと思ったのです」(同) 元社員によると、新たに判明した山口倉庫の職場環境は次の通り。 〇監視カメラは山口倉庫に四十数台、関連会社で不動産業の山口アセットマネジメント㈱に2台設置されている。カメラは映像だけでなく、音声も拾うことが可能。山口倉庫の事務スペースには、複数の画面に分割された大きなモニターがあり、各カメラの映像を一斉に確認できる。 〇社員は会社からスマホを貸与され、何かあると山口社長から直接連絡が入る。そのスマホでは、監視カメラの画像も確認できる。カメラで常に見られている社員は「余計な行動や発言をすれば、山口社長に見つかって〝直電〟が来る」と常にビクビクしている。 〇監視カメラはトイレ、更衣室、休憩室には設置されていないが、男子更衣室と休憩室の一部は廊下に設置されたカメラで確認できる。そのため男性社員は、更衣室や休憩室を利用する場合はカメラの死角になっている個所に身を潜める。 〇社員は昼休みになると、監視カメラから逃れるため駐車場に止めたマイカーの中で昼食を取ったり、休憩をしている。 〇社員は、入社するまでは大量に監視カメラが設置されていることを知らない。そのため入社後に実態を知り、気味が悪いとわずか数日で辞める人も少なくない。 〇来客者も敷地に入った瞬間から監視カメラで映され、車のナンバーも記録される。 〇山口社長はほとんど出社せず、自宅から監視カメラの映像や音声で社内の様子や社員の働きぶりをチェックしている。 山口社長がここまで監視カメラを張り巡らせる理由は何なのか。 「大量設置の理由を説明されたことがないので分からないが、『自分が他人からどう思われているかを異常なまでに気にする人』なのかもしれません」(同) その象徴として元社員が挙げたのが、山口社長の教養に対するコンプレックスだ。元社員によると「山口社長は地元の高校を経て大学、大学院に進んだはず」と言うが、信用調査等でも学歴は判然としない。 「とにかく『本を読め』と強要する。それだけならいいが、感想文を共有フォルダに記録させるのです。そしてたまに出社すると、社員に突然質問し、答えられないと『そんなことも分からないのか』とバカにしたような態度を取る。長期の休み明けには社員一人ひとりに抱負を発表させたりもします」(同) 使用者が配慮すべきこと 東北自動車道郡山南IC近くにある本社倉庫  社員に教養を身に付けさせようとする試みは否定しないが、独りよがりになってはありがた迷惑。その一例が、山口社長が最も力を入れているという毎日の朝礼だ。 「一般社団法人倫理研究所発行の月刊誌『職場の教養』を題材に、1人が正論、1人が反論、1人が正論か反論を発表し、最後にその日の司会者役が意見をまとめるのです。これを毎日、社員が交代しながら行っています。山口社長はその場にいないが、一連の様子は監視カメラを通じて自宅から見ています」(同) 社員の中には大量の監視カメラもさることながら、この朝礼が苦痛で辞める人もいるという。 「発表する社員は朝30分早く出勤して『職場の教養』を読み込み、何を話すか考えます。社員が辞めて少なくなれば発表のローテーションも早まるので、残っている社員は相当苦痛だと思います」(同) ちなみに5月号が発売される前後から、郡山市南二丁目にある山口アセットマネジメントの事務所は常にブラインドがかかっており、社員が常駐している様子がなかった。そうした状況は7月21日現在も変わっていないが、 「女性社員は(社長の妻と娘を除き)全員辞めたと聞いています。そのため山口アセットマネジメントに常駐する社員がいなくなり、急きょ山口倉庫から派遣していたが、倉庫自体も社員が減り、派遣する余裕がなくなった。だから、今は閉めざるを得ないようです」(同) 女性社員たちは職場環境を改善できないか、労働基準監督署に相談することも考えたようだが、そこに労力と時間を割いた挙げ句、山口社長から目を付けられては余計に働きづらくなると思い、退職することを選んだようだ。 社員が次々と辞めていく背景が見えてきたが、あらためて山口倉庫とはどんな会社なのか。 本業の倉庫業では、倉庫証券発行許可倉庫、政府米寄託倉庫として官公庁許可を受け、米の保管・管理を行っているほか、日産自動車ユーザーの夏・冬タイヤを同ディーラーから一手に預かっている。倉庫は郡山市内に3カ所。このほか約20カ所の有料駐車場を経営し、ある筋によれば年間の売り上げは2億5000万円前後、利益は4000万円前後を上げているという。 一方、山口アセットマネジメントは郡山市内に土地を所有する一方、飲食店や商業施設、マンションなどの賃貸・管理を行っている。 社会常識から外れた職場環境について、5月号の取材時に見解を聞いた県北地方の弁護士に今回判明した事実をあらためて伝えると、次のように指摘した。 「個人的には行き過ぎで、非常識な職場環境だと思います。ただ、経営者には従業員の働きぶりを監理する必要があり、通常は目視で行うところを監視カメラで行っているとすれば、それをもって違法とまでは言えない。もちろん、従業員にも職場環境の改善を求める権利はありますが、組合など相談先がある大企業と違い、個人で対応しなければならない中小零細企業では、ワンマンオーナー社長が聞き入れてくれるかどうかは不透明。そうなると、従業員には働く場所を選べる権利もあるので辞める流れになるが、問題はそれで困るのは会社だということです。周知の通り、今は人手不足が深刻ですからね。ただし、経営者が『それでも構わない。ウチは監視カメラに重きを置く』ということなら、それも一つの経営判断なので、外野がとやかく言う話ではない」 そう話す一方で、弁護士が「労働者の権利を守る側からの法的意見」として紹介してくれたのが立教大学講師・砂押以久子氏の考えだ。砂押氏は『日本労働法学会誌105号』(2005年5月20日発行)に寄せた論文「情報化社会における労働者の個人情報とプライバシー」の中でこう指摘している。 《企業には、企業秩序維持権限等に基づき使用者は労働者を管理監督する権限がある。しかし、他方で、前述のように労働者には職場にあっても一定程度の私的行為が存在する余地があり、労働者にもプライバシーを保護される法的利益があることも認識されなければならない。 会社が監視権限を有するとしても、このことをもって労働者のプライバシーが一定程度制約されることはあっても否定されることにはならないのである。セキュリティーなどの観点から監視が肯定されるとしても、監視過程において、労働者のプライバシー侵害が最小限になるよう使用者は常に配慮しなければならないと考える。使用者が従業員の私的領域にまで立ち入ることができるのは、業務上重大な支障が生じ、緊急な対応が必要であるなどの事情が存在する場合に限られるべきである。 モニタリングの実施にあたって、使用者の監視の必要性と労働者のプライバシー保護の均衡という視点からは、使用者に労働者に対する事前の情報提供義務を課することが不可欠といえる》 この稿の冒頭にも書いているように、使用者は労働者に対し「監視カメラを大量に設置する目的、設置場所、映像と音声の利用範囲などをきちんと説明」する必要があるわけ。 居留守を使う!?山口氏 山口アセットマネジメントの事務所はずっと閉まったまま  「給料は他社より高いし、夏と冬のボーナスも支給されるので、お金の面で文句を言う社員はいない。ただ、それでも次々と辞めていく原因は職場環境の異様さに尽きます。昨今、人手不足が深刻な問題となっていますが、いくら給料が良くても社員を大切にしない会社は人が集まらないし、将来生き残っていけないと思います」(前出・元社員) 裏を返せば、異様な職場環境を改めれば社員の定着率も上がり、人手不足に陥ることなく会社も生き残っていける、ということだろう。あとは山口社長が危機感を持ち、適切な改善策を講じることができるかどうかにかかっている。 5月号の取材時は山口倉庫に質問書を直接届けたが、何の返答もなかった。元社員によると、山口社長はほとんど出勤しないというので、今回は郡山市内にある山口社長の自宅を訪問し接触を試みた。 駐車場には元社員が教えてくれた山口社長の車が止まっていた。在宅しているのは間違いなさそう。ところが、いくらインターホンを鳴らしても反応はない。仕方なく、取材申し込みと記者の携帯電話番号を書いたメモを郵便受けに置いてきたが、5月号同様、返答はなかった。 元社員によると「自宅にも監視カメラが設置されているので、記者さんの行動は家の中から丸見えだったと思います」とのこと。 見られても困ることはしていないので構わないが、自分の分からない場所からじーっと監視されるのは、やはり気分が良いものではない。 あわせて読みたい 【郡山市】大量カメラで社員を「監視」する山口倉庫

  • 大量カメラで社員を〝監視〟する山口倉庫

    【郡山市】大量カメラで社員を「監視」する山口倉庫

     郡山市の山口倉庫㈱で社員の退職が相次いでいるという。原因は大量の監視カメラ。社内の至る所に設置され、四六時中〝監視〟されている状況に、社員は気味の悪さを感じているようだ。決して働き易いとは言えない職場環境。経営者の見識が問われる。 「気味が悪い」と退職者続出!? 郡山市三穂田町にある山口倉庫の本社倉庫  山口倉庫は1967年設立。資本金1000万円。郡山市三穂田町の東北自動車道郡山南IC近くに建つ本社倉庫のほか、市内にある複数の自社倉庫で米や一般貨物の保管・管理を行っている。駐車場経営や土地建物の賃貸なども手がける。 現社長の山口広志氏は2000年に就任。祖父の松雄氏が創業し、父の清一氏が2代目。広志氏は清一氏の二男に当たる。 2001年に建てられた本社倉庫の不動産登記簿を見ると、東邦銀行が極度額3億6000万円と同4億9200万円、大東銀行が同6億円の根抵当権を設定していたが、昨年までにすべて抹消されている。詳しい決算は不明だが、ある筋によれば年間の売り上げは2億5000万円前後で、4000万円前後の利益を上げているというから堅実だ。 「数年前に一度、大きな赤字を出した。原因は、倉庫で預かっていた製品に不備が生じ、損害賠償を払ったため。そこに会社合併による株式消滅損が重なった」(事情通) 会社合併とはグループ会社内の動きを指す。山口氏は、山口倉庫のほかに㈱山口商店、山口不動産㈱、旭日商事㈲、東北林産工業㈱の社長を務めていたが、4社は2019年から今年初めにかけて山口倉庫に吸収合併された。一方で、20年に不動産業の山口アセットマネジメント㈱を設立し、社長に就いている。  そんな山口グループを率いる3代目をめぐり、本誌編集部に次のような情報が寄せられた。 〇山口倉庫の社内に大量の監視カメラが設置されている。 〇ただでさえ台数が多い中、最近も新しい監視カメラを複数導入した。 〇社員だけでなく、訪問客の様子も監視しているらしい。 〇山口氏は自宅から、監視カメラで撮った映像や音声をチェックしている模様。 〇こうした職場環境に気味の悪さを感じた社員が次々と退職し、その人数はここ4、5年で十数人に上る。 個別労働紛争解決制度とは 個別労働紛争解決制度(労働相談、助言・指導、あっせん) https://www.mhlw.go.jp/general/seido/chihou/kaiketu/index.html  話は前後するが、筆者は山口氏に取材を申し込むため、4月中旬に山口倉庫を訪問したが、ほんの数分の滞在中、目の届く範囲内だけで玄関ホールの天井に1台、事務スペースの天井に4台のドーム型カメラが設置されているのを目撃した。事務スペースは更に奥まで続いており、そちらは目視できなかったため、監視カメラは更に設置されている可能性が高い。こうなると、他の部屋(応接室や会議室など)や倉庫内の設置の有無も当然気になる。 読者の皆さんには、出勤してから退勤するまで四六時中〝監視〟されている状況を思い浮かべてほしい。それが働き易い職場環境と言えるだろうか。あくまで個人の感想だが、少なくとも筆者は働きたくない。 もちろん、職種によっては常に監視が必要な仕事もあるだろう。しかし、倉庫業がそれに該当するかというと、顧客から預かっている製品の安全管理上、一定数の監視カメラは必要だが、事務スペースなどに複数設置する必要性は感じない。 山口広志氏とはどのような人物なのか。本誌は郡山市内の経済人や同業者などを当たったが「彼のことならよく知っている」という人には行き着かなかった。その過程で、ようやく山口倉庫の元社員を見つけることはできたものの「もう関わりたくない」と断られてしまった。在職中の苦い経験を呼び起こしたくない、ということか。 問題は、社員が気味の悪さを感じる職場環境を放置していいのか、ということだ。山口氏からすると「余計なお世話」かもしれないが、本誌は労使上、見過ごすべきではないと考え、二つの検証を試みる。 一つはハラスメントに当たるかどうか。 ハラスメントが「人に対する嫌がらせやいじめなどの迷惑行為」であることを考えると、該当するようにも思える。しかし、職場におけるパワハラ・セクハラ・マタハラは、厚生労働省が該当する条件を明示しており、大量の監視カメラが設置されている事実だけではハラスメントには該当しないようだ。 福島労働局雇用環境・均等室の担当者もこう話す。 「監視カメラの設置は法律では禁じられていない。社員の働きぶりを監視するのが目的と言われれば、あとは経営者の判断になる」 それでも、社員が「そういう職場環境は嫌なので改善してほしい」と求め、経営者が応じなかった場合、都道府県労働局では個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律に基づき①総合労働相談コーナーにおける情報提供・相談、②都道府県労働局長による助言・指導、③紛争調整委員会によるあっせんという三つの紛争解決援助サービスを行っている。 要するに労使間の「民事上のトラブル」を、労働局が仲介役となって話し合いによる解決を目指す取り組み。それでも解決しなければ、あとは裁判で決着を図るしかない。 ちなみに、福島労働局が公表する令和3年度個別労働紛争解決制度の施行状況によると、民事上の個別労働紛争相談件数は5754件(前年度比マイナス2・0%)。相談内容の内訳は「いじめ・嫌がらせ」20・6%、「自己都合退職」15・7%、「解雇」9・5%、「労働条件引き下げ」6・5%、「退職勧奨」7・6%、「その他」40・1%となっている。 「その他」の項目には「雇用管理等」「その他労働条件」とあるから、仮に監視カメラの大量設置を相談した場合はここにカウントされることになるのだろう。 二つは、監視カメラで撮影した映像が個人情報に当たるかどうか。 経営者が職場に監視カメラを設置したとしても、それだけで「プライバシーの侵害」には当たらない。経営者には社員がきちんと働いているか指揮監督する必要性が認められており、そもそも職場は「働く場所」なので「プライバシーの保護」という概念が該当しにくいからだ(更衣室やトイレに監視カメラを設置すれば、プライバシーの侵害に当たることは言うまでもない)。 ただ、撮影された映像が個人を特定できる場合、その映像は個人情報に該当するため、個人情報保護法が適用される可能性がある。 気になるカメラの性能 社員の様子を常に監視!?(写真はイメージ)  個人情報保護法18条1項(利用目的による制限)は次のように定めている。 《個人情報取扱事業者は、あらかじめ本人の同意を得ないで、前条の規定により特定された利用目的の達成に必要な範囲を超えて、個人情報を取り扱ってはならない》 個人情報取扱事業者とは、個人情報データベース等を事業の用に供している者を指す。もし山口倉庫が、監視カメラで撮影した映像を事業に役立てる使い方をしていたら同事業者になる。一方、社員を指揮監視する目的で監視カメラを設置していれば同事業者には当たらない。同社のホームページを見ると同事業者であることを謳っていないので、監視カメラは純粋に社員の指揮監視が目的なのだろう。 しかし「本当に事業に役立てる使い方をしていないのか」「実は使っているのではないか」という疑いは、撮影されている社員の側からするとどこまでも残る。そうなると、社員個人が特定できる映像は同法によって保護されるべき、という考え方も成立するはず。 だからこそ経営者は、監視カメラの設置自体には違法性がないとはいえ、設置の目的や設置する場所、撮影した映像の利用範囲などを社員にきちんと説明することが大切になる。何の説明もなければ、後々トラブルに発展する恐れもある。 弁護士の見解  県北地方の弁護士に見解を尋ねたところ、このように回答した。 「監視カメラが大量に設置されているからといって、直ちに『ハラスメントに当たる』『個人情報保護法違反だ』とはならないと思う。ただ、監視カメラがどのくらいの性能を有しているかは気掛かりだ。単に社員を指揮監視するだけなら低い性能で十分なはずだが、ズームで社員の手元まで見えたり、音声まで拾える高い性能であれば、社員のスマホ画面をのぞき見したり、個人的な会話を盗み聞きすることもできてしまう。そうなると、プライバシーの侵害に当たる可能性がある」 前述した通り、筆者は山口倉庫を訪問し、居合わせた社員に▽監視カメラを大量設置する目的、▽社員に対する説明の有無、▽社員が相次いで退職しているのは事実か、▽今の御社が「社員にとって働き易い職場環境」と考えているか――等々を記した山口社長宛ての質問書を渡し、期限までの面会か文書回答を求めたが、4月24日現在、山口社長からは何の返答もない。 余談になるが「郡山の山口一族」と言えば、かつては別掲の勢力を誇り、今は子どもたちが各社を脈々と引き継いでいる。そうした中、山口広志氏は一族トップである故・清一氏の後を継いだ。その広志氏が、法的には問題ないかもしれないが、社会常識に照らして強い違和感を抱く経営をしているのは、一族にとって恥ずべきことと言えないか。 あわせて読みたい 元社員が明かす【山口倉庫】の「異様な職場」 【福島国際研究教育機構】職員が2日で「出勤断念」 二本松市役所に蔓延する深刻なパワハラ

  • 【会津若松】立ち退き脅迫男に提訴された高齢者

     会津若松市馬場町に住む74歳男性が土地の転売を目論む集団から立ち退きを迫られている(昨年8月号で詳報)。追い出し役とみられる新たな所有者は、男性が「賃料を払わず占有している」として土地と建物の明け渡しを求める訴訟を起こし、昨年12月に地裁会津若松支部で第1回期日が開かれた。転売集団は立ち退きを厳しく制限する借地借家法に阻まれ、手詰まりから訴訟に踏み切った形。新所有者が、既に入居者がいるのを了承した上で土地を購入したことを示す証言もあり、新所有者が主張する「不法入居」の立証は無理筋だ。 無理筋な「不法入居」立証  問題の土地は会津若松市馬場町4―7の住所地にある約230坪(約760平方㍍)。地番は174~176。その一角に立ち退き訴訟の被告である長谷川雄二氏(74)の生家があり、仕事場にしていた。現在は長谷川氏の息子が居住している。  長谷川氏によると、祖父の代から100年以上にわたり、敷地内に住む所有者に賃料を払い住んできたという。不動産登記簿によると、1941年4月3日に売買で会津若松市のA氏が所有者になった。その後、2003年4月10日に県外のB氏が相続し、2018年9月11日に同住所のC氏に相続で所有権が移っている。実名は伏せるが、A、B、C氏は同じ名字で、長谷川氏によると親族という。  この一族以外に初めて所有権が移ったのは2019年12月27日。会津若松市湯川町の関正尚氏(79)がC氏から購入し、それから3年余り経った昨年2月7日に東京都東村山市の太田正吾氏が買っている。  今回、土地と建物の明け渡し訴訟を起こしたのは太田氏だ。今年3月に馬場町の家に車で乗り付け、「許さねえからな。俺、家ぶっ壊しちゃうからな」などと強い口調で立ち退きを迫る様子が、長谷川氏が設置した監視カメラに記録されていた。長谷川氏は太田氏を、所有権を根拠に強硬手段で住民を立ち退かせ、転売する「追い出し役」とみている。  賃料の支払い状況を整理する。長谷川氏は、A、B、C氏の一族には円滑に賃料を払ってきたといい、振り込んだことを示すATMの証明書を筆者に見せてくれた。次の所有者の関氏には手渡しで払っていたという。後述するトラブルで関氏が賃料の受け取りを拒否してからは法務局に供託し、実質支払い済みと同じ効力を得ている。これに対し、太田氏は「出ていけ」の一点張りで、そもそも賃料の支払いを求めてこなかったという。同じく賃料を供託している。  立ち退き問題は関氏が土地を買ったことに端を発するが、なぜ彼が買ったのか。  「A氏の親族のB、C氏は県外に住んでいることもあり、土地を手放したがっていました。C氏から『会津で買ってくれる人はいないか』と相談を受け、私が関氏を紹介しました」(長谷川氏)  土地は会津若松の市街地にあるため、買い手の候補は複数いた。ただ、C氏は長年住み続けている長谷川家に配慮し「転売をしない」、「長谷川家が住むことを承諾する」と厳しい条件を付けたため合意には至らなかった。そもそも借主の立ち退きは借地借家法で厳しく制限され、正当事由がないと認められない。認められても、貸主は出ていく借主に相応の補償をしなければならない。C氏が付けた条件は同法が認める賃借人の居住権と重複するが、長谷川氏に配慮して加えた。  会津地方のある経営者は、購入を断念した一因に条件の厳しさがあったと振り返る。  「有望な土地ですが『居住者に住み続けてもらう』という条件を聞き躊躇しました。開発するにしても転売するにしても、立ち退いてもらわなければ進まないですから」  そんな「長谷川家が住み続けるのを認め、転売しない」という買い手に不利な条件に応じたのが関氏だった。約230坪の土地は固定資産税基準の評価額で2600万円ほど。C氏から契約内容を教えてもらった長谷川氏によると、関氏は約500万円で購入したという。関氏はこの土地から数百㍍離れた場所で山内酒店を経営。土地は同店名義で買い、長谷川家は住み続けるという約束だった。  法人登記簿によると、山内酒店は資本金500万円で、関氏が代表取締役を務める。酒類販売のほか、不動産の賃貸を行っている。  「転売しないという約束を重くするために、C氏は関氏との契約に際し山内酒店の名義で購入する条件を加えました。2019年に私と関氏、C氏とその親族が立ち会って売買に合意しました。代々の所有者と長谷川家の間には賃貸借契約書がなかったこと、関氏と私は長い付き合いで信頼し合っていたことから約束は口頭で済ませた。これが間違いだった」(長谷川氏)  長谷川氏が2022年3月に不動産登記簿を確認すると、所有者が2019年12月27日に「関正尚」個人になっていた。山内酒店で買う約束が破られたことになる。疑念を抱いた長谷川氏は、手渡しで関氏に払っていた賃料の領収書を発行するよう求めた。「山内酒店」と「関正尚」どちらの名前で領収書が切られるのか確認する目的だったが、拒否された。しつこく求めると「福和商事」という名前で領収書を渡された。  「土地の所有者は登記簿に従うなら『関正尚』です。この通り書いたら、店名義で買うというC氏との約束を破ったのを認めることになる。一方、『山内酒店』と書いたら、登記簿の記載に反するので領収書に虚偽を書いたことになる。苦し紛れに書いた『福和商事』は関氏が個人で貸金業をしていた時の商号です。法人登記はしていません」(長谷川氏)  正規の領収書が出せないなら、関氏には賃料を渡せない。ただ、それをもって「賃料を払っていない不法入居者」と歪曲されるのを恐れた長谷川氏は、福島地方法務局若松支局に賃料を供託し、現在も不法入居の言われがないことを示している。 転売に飛びついた面々 長谷川氏(右)に立ち退きを迫る太田氏=2023年3月、会津若松市馬場町  現所有者の太田氏に所有権が移ったのは昨年2月だが、太田氏はその4カ月前の2022年11月17日に不動産業コクド・ホールディングス㈱(郡山市)の齋藤新一社長を引き連れ、馬場町の長谷川氏宅を訪ねている。その時の言動が監視カメラに記録されている。カメラには同月、郡山市の設計士を名乗る男2人が訪ねる様子も収められていた。自称設計士は「富蔵建設(郡山市)から売買を持ち掛けられた」と話していた。長谷川氏は、関氏から太田氏への転売にはコクド・ホールディングスや富蔵建設が関与していると考える。  筆者は昨年7月、関氏に見解を尋ねた。やり取りは次の通り。  ――長谷川氏は土地を追い出されそうだと言っている。  「追い出されるってのは買った人の責任だ。俺は売っただけだ」  ――長谷川家が住み続けていいとC氏と長谷川氏に約束し、買ったのか。  「俺は言っていない。あっちの言い分だ」  ――転売する目的だったとC氏と長谷川氏には伝えたのか。  「伝えていない。どうなるか分からないが売ってだめだという条件はなかった」  ――どうして太田氏に土地を売ったのか。  「そんなことお前に言う必要あるめえ。そんなことには答えねえ」  ――太田氏が長谷川氏に立ち退くよう脅している監視カメラ映像を見た。  「(長谷川氏が)脅されたと思うなら警察を呼べばいい。あいつは都合が悪いとしょっちゅう警察を呼ぶ」  ――コクド・ホールディングスの齋藤氏とはどのような関係か。 「……」  ――齋藤氏や土地を買った太田氏とは一切面識がないということでいいか。  「何でそんなことお前に言わなきゃなんねえんだ。俺は答えねえ」 入居者を追い出すのは現所有者である太田氏の勝手ということだ。  太田氏の動きは早かった。所有権移転から間もない昨年3月、馬場町の家を訪ね、長谷川氏に暴言を吐き立ち退きを迫った。だが、逆に脅迫する様子を監視カメラに撮られた。以後、合法手段に移る。  同6月、太田氏は長谷川氏の立ち退きを求めて提訴した。太田氏の法定代理人は東京都町田市の松本和英弁護士。同12月6日に地裁会津若松支部で第1回期日が開かれた。太田氏は現れず、松本弁護士の事務所の若手弁護士が出廷した。被告側は代理人を立てず長谷川氏のみ。長谷川氏は「弁護士を雇う金がない。法律や書式はネットで勉強した。知恵と根気があれば貧乏人でも闘えることを証明したい」。 転売契約書の中身は?  裁判では、原告の太田氏側が長谷川氏の「不法入居」を証明する必要がある。だが、提出した証拠書類は土地の登記簿のみ。長谷川氏は、関氏から太田氏への売買を裏付ける契約書の提出を求めた。これを受け、島崎卓二裁判官は「売買を裏付ける証拠はある?」。太田氏側は「あるにはあるが提出は控えたい」。島崎裁判官は「立証責任は原告にある。契約書があるなら提出をお願いします」と促した。  一方で、島崎裁判官は被告の長谷川氏に土地の賃貸や居住を端的に示す書類を求めた。長谷川氏の回答は「ありません」。長谷川氏は、関氏と太田氏の土地売買に携わった宅建業者の証言や賃料の支払い証明書など傍証を既に提出しているという。  閉廷後の取材に長谷川氏は次のように話した。  「私たち一族がここに住み始めたのは戦前にさかのぼる。当時の契約は、今のようにきちんとした書類を取り交わす習慣がなかったのだと思います。賃貸借契約を端的に示す書類はないが、少なくとも太田氏の前の前の所有者のC氏に関しては賃料を振り込んだことを示す記録が残っているし、関氏とC氏は親族立ち会いのもと『長谷川家が住み続ける』と合意して契約を結んでいる。さらに、関氏から太田氏に転売される際には『既に居住者(長谷川家)がいると説明した上で契約を結んだ』と話す宅建業者の音声データを得ている。裁判では太田氏側が出し渋る契約書の提出を再度求めます」  長谷川氏が契約書の提出を強く求めるのは、仲介した宅建業者の証言通りなら「売買する土地には以前から入居者がいる」と関氏から太田氏への重要事項説明が書きこまれている可能性が高いからだ。太田氏が、居住者がいることを受け入れて契約を結んだ場合、「長谷川家は所有者の了解なく住んでいる」との理屈は成り立たない。さらに借地借家法で居住権が優先的に認められるため、太田氏の都合で追い出すことは不可能になる。  太田氏側が契約書を示さず、裁判官の提出要求にも逡巡している様子からも、契約書には太田氏に不利な内容、すなわち長谷川家の居住を認める内容が書かれている可能性が高い。今後は太田氏側が契約書を提出するかどうかが焦点になる。   第2回期日は1月31日午前10時から地裁会津若松支部で行われる。譲らない双方は和解には至らず法廷闘争は長期化するだろう。 あわせて読みたい 【実録】立ち退きを迫られる会津若松在住男性

  • 【実録】立ち退きを迫られる会津若松在住男性

     もし、祖父の代から住んでいる土地を正当な理由もなく追い出されそうになったら、万人が立ち向かえるだろうか。これは、会津若松市で監視カメラを武器に転売集団と闘い続けるある男の記録である。(敬称略) 監視カメラで転売集団に応戦 居住者のXに立ち退きを迫る太田正吾(左)  2023年3月9日午後2時45分ごろ、ブオンブオンとうなり声をあげた白のミニバンが、会津若松市馬場町にあるX(70代)の家の前の駐車場に入ってきた。 助手席から真っ黒に日焼けた顔にオールバック、ネクタイ姿、ベストを着た男が降りてきた。きちんとした身なりではあるが、発する言葉は荒っぽかった。 「俺、もう許さねえからな」 「この土地は俺が買ったんだから」 「あんまり怒らせんなよ! おらあっ!」 男はすたすたとミニバンの助手席に戻り、何やら書類を取り出して、体の前でひらひらして見せた。 「俺が買って持ってるからな」 ミニバンのボンネットに書類を広げてXに見せた。 「俺、最初に言ってんじゃん。買うよって」 Xによると、男は「この土地は全部、俺がYから2200万円で買った。今なら話に乗ってやる」と言ったという。Xは「脅す一方で二束三文の金をちらつかせて体よく追い出すつもりだな」と思った。Xが応じないと分かると、男は「不法入居者」と呼び、駐車場の利用者の名前が書かれている札や張り紙などを剥がして持ち去った。監視カメラの映像を見ると、確かに手に張り紙を持ち、画面内を移動する姿がある。 監視カメラのマイクには、「許さねえからな。俺、家ぶっ壊しちゃうからな」との発言や、Xが「居住権というのがあるから」と言ったのに対し、「ねえから」と即答したやり取りが収められていた。 Xが当日を振り返る。 「男は太田正吾と名乗りました。この日の前には不動産会社を連れて来ました。立ち退きを迫ろうと脅かしに来たのだろう。そもそも、この土地は私の隣家が所有しており、100年以上前、私の祖父の代から借地料を払って住んでいました」 登記簿を確認すると、1941年に隣家が売買で土地を取得。以来一族で所有権の相続を続けていた。 「隣家の高齢夫婦が亡くなると、県外の親族が相続しました。親族は土地を手放したがっていて、私に買い手を探すよう頼んだ。そこで、近所の顔なじみで店を経営する資産家のY(70代)に持ち掛けました。今考えるとそれが間違いでした」(X) Xは隣家の親族から「ブローカーのような怪しいところには売りたくない」と言われていた。隣家の親族から委任を受けて買い手を探し、転売しないという約束のもと購入に前向きだったのがYだったという。 「①転売しない、②そのためにYが経営する店の名義で購入し、店が保有する、との条件で2019年に私とY、隣家の親族が立ち会って売買に合意しました。Yとは長い付き合いで信頼しており、契約書は取り交わす必要もないと思った。ところが、②の店の名義で購入する約束が早速破られたんです」(X) 登記簿によると、確かに2019年12月27日にYが購入したことになっている。ただし名義は、Yの経営する店ではなく、Y個人だ。売買の書類が取り交わされたことを、Xは所有権の移転が既に終わった後に自分で調べて知った。 「Yは司法書士に頼んで、県外にいる隣家の親族に売買契約の書類を郵送しました。親族は司法書士から送られてきた書類に、言われた通り書き込んで押印し、返送したそうです。宅建業法に定められた重要事項説明書は交付されておらず、本来は無効な取引でした」(X) ①の約束、「転売しない」も破られた。登記簿によると、今年2月7日に前出の太田正吾(東京都東村山市)に土地が売り渡された。冒頭に紹介した映像で、太田は「家を出ろ」とXに迫っていた。 今回、立ち退きを迫られている馬場町の土地は約230坪で、Xの一族は、その一角に祖父の代から所有者に家賃を払い、100年以上住んできたという。現在はXの息子が暮らし、Xはパソコンなどの機器を置いて仕事場にして、日中の大半はこの家にいるという。 「私には居住権があり、無理やり立ち退かせることはできません。太田たちは法律上追い出すのは難しいので、脅しという強硬手段に及んだとみています」(X) Xは、Yがはなから転売を目的に土地を購入したのではないかと疑っている。太田が昨年11月17日に初めてX宅を訪れた時、郡山市の不動産業者を引き連れていたからだ。それ以前には、郡山市の建設会社から土地の売買を持ち掛けられたという同市の設計士が訪ねてきた。Xが、Yとの間に土地トラブルがあると説明すると、「買わないし2度と来ない」と言って立ち去ったという。 「設計士や不動産業者が来たのは太田が土地を購入する前、まだYが所有している時です。Yは太田、不動産業者と共謀していたのではないでしょうか。太田はYから譲り受けた所有権を根拠に、脅しを掛けて追い出す役回りです。登記上はYから太田に所有権が移っていますが、本当に金銭が支払われたのだろうかと私は疑っています」(X) 「黒幕」とされる男  筆者はXが「黒幕」とするYの店を訪ねた。馬場町の問題の土地からごく近所だ。 ――Xは土地を追い出されそうになっている。 「追い出されるっていうのは買った人の責任だ。俺は売っただけから」 ――Xはあなたからずっと住み続けてもいいと言われたそうだが。 「言った覚えはない」 ――Xには転売すると伝えて土地を購入したのか。 「伝えてない。どうなるか分からないが、売ってだめだという条件はなかった」 ――どうして太田正吾に売ったのか。 「そんなのおめえに言う必要あるめえ。そんなことには答えねえ」 ――太田と一緒にXの家に来た郡山市の不動産業者とはどういう関係か。 「……」 ――太田とその不動産業者と面識はないということでいいか。 「そんな質問には答えねえ」 自身と太田の関係が筆者に答えられないようなものならば、なぜ大きな金額が動く土地を売ったのか。疑念は深まるばかりだ。 最後に、Xはなぜ筆者に監視カメラの映像を見せてくれたのか。 「パソコンが得意で、昨今の治安に不安を覚えていたことから防犯のために監視カメラを設置していました。おかげでこちらの正当性が証明できると思う。最近では、以前は見なかった不審車両が家の前に長時間止まっています。この映像を(筆者に)見せたのは、今回の問題を記事にしてもらうことで、脅しをする側が露骨な動きをできないように牽制して、自分の身を守るためです」 平穏な日は訪れるか。

  • 元社員が明かす【山口倉庫】の「異様な職場」

     本誌5月号に「大量カメラで社員を〝監視〟 する山口倉庫 『気味が悪い』と退職者続出!?」という記事を掲載したところ、それを読んだ元社員から「今も勤務している社員のために、さらに詳報してほしい」との要望が寄せられた。 監視カメラ四十数台、独特な朝礼 山口広志社長  山口倉庫㈱は1967年設立。資本金1000万円。郡山市三穂田町の東北自動車道郡山南IC近くに建つ本社倉庫などで米や一般貨物の保管・管理を行っている。駐車場経営や不動産賃貸なども手がける。 現社長の山口広志氏は2000年に就任した。祖父の松雄氏が創業者で、父の清一氏が2代目。3代目の広志氏は清一氏の二男に当たる。 そんな山口倉庫について、5月号では▽社内に大量の監視カメラが設置されている、▽社員だけでなく訪問客の様子も監視している、▽山口社長は自宅から、監視カメラで撮った映像や音声をチェックしている模様、▽こうした職場環境に気味の悪さを感じた社員が次々と退職し、その人数はここ4、5年で十数人に上る――と報じ、このような行為がハラスメントや個人情報保護法違反に当たるかどうか検証した。 詳細は同号に譲るが、結論を言うと、ハラスメントには当たらず、個人情報保護法にも違反しないが、監視カメラを大量に設置する目的、設置場所、映像と音声の利用範囲などを社員にきちんと説明しないと後々トラブルに発展する恐れがあると指摘した。 「社内の人でなければ知り得ないことが書かれていたので、読んだ時は本当に驚きました。ああいう記事を出していただき感謝しています」 こう話す元社員は数年前に山口倉庫を退職し、現在は「ほんの少しでも同社とは接点を持ちたくない」と別業種で働いている。 「接点を持ちたくない」と言いながら、本誌の取材に応じた理由。それは、今も勤務している社員を思ってのことだった。 「私は運良く転職できたが、社員の中には転職したくても、家族を養うため我慢して働き続けている人もいる。そういう社員のためにも、あの異様な職場環境は改められるべきと思ったのです」(同) 元社員によると、新たに判明した山口倉庫の職場環境は次の通り。 〇監視カメラは山口倉庫に四十数台、関連会社で不動産業の山口アセットマネジメント㈱に2台設置されている。カメラは映像だけでなく、音声も拾うことが可能。山口倉庫の事務スペースには、複数の画面に分割された大きなモニターがあり、各カメラの映像を一斉に確認できる。 〇社員は会社からスマホを貸与され、何かあると山口社長から直接連絡が入る。そのスマホでは、監視カメラの画像も確認できる。カメラで常に見られている社員は「余計な行動や発言をすれば、山口社長に見つかって〝直電〟が来る」と常にビクビクしている。 〇監視カメラはトイレ、更衣室、休憩室には設置されていないが、男子更衣室と休憩室の一部は廊下に設置されたカメラで確認できる。そのため男性社員は、更衣室や休憩室を利用する場合はカメラの死角になっている個所に身を潜める。 〇社員は昼休みになると、監視カメラから逃れるため駐車場に止めたマイカーの中で昼食を取ったり、休憩をしている。 〇社員は、入社するまでは大量に監視カメラが設置されていることを知らない。そのため入社後に実態を知り、気味が悪いとわずか数日で辞める人も少なくない。 〇来客者も敷地に入った瞬間から監視カメラで映され、車のナンバーも記録される。 〇山口社長はほとんど出社せず、自宅から監視カメラの映像や音声で社内の様子や社員の働きぶりをチェックしている。 山口社長がここまで監視カメラを張り巡らせる理由は何なのか。 「大量設置の理由を説明されたことがないので分からないが、『自分が他人からどう思われているかを異常なまでに気にする人』なのかもしれません」(同) その象徴として元社員が挙げたのが、山口社長の教養に対するコンプレックスだ。元社員によると「山口社長は地元の高校を経て大学、大学院に進んだはず」と言うが、信用調査等でも学歴は判然としない。 「とにかく『本を読め』と強要する。それだけならいいが、感想文を共有フォルダに記録させるのです。そしてたまに出社すると、社員に突然質問し、答えられないと『そんなことも分からないのか』とバカにしたような態度を取る。長期の休み明けには社員一人ひとりに抱負を発表させたりもします」(同) 使用者が配慮すべきこと 東北自動車道郡山南IC近くにある本社倉庫  社員に教養を身に付けさせようとする試みは否定しないが、独りよがりになってはありがた迷惑。その一例が、山口社長が最も力を入れているという毎日の朝礼だ。 「一般社団法人倫理研究所発行の月刊誌『職場の教養』を題材に、1人が正論、1人が反論、1人が正論か反論を発表し、最後にその日の司会者役が意見をまとめるのです。これを毎日、社員が交代しながら行っています。山口社長はその場にいないが、一連の様子は監視カメラを通じて自宅から見ています」(同) 社員の中には大量の監視カメラもさることながら、この朝礼が苦痛で辞める人もいるという。 「発表する社員は朝30分早く出勤して『職場の教養』を読み込み、何を話すか考えます。社員が辞めて少なくなれば発表のローテーションも早まるので、残っている社員は相当苦痛だと思います」(同) ちなみに5月号が発売される前後から、郡山市南二丁目にある山口アセットマネジメントの事務所は常にブラインドがかかっており、社員が常駐している様子がなかった。そうした状況は7月21日現在も変わっていないが、 「女性社員は(社長の妻と娘を除き)全員辞めたと聞いています。そのため山口アセットマネジメントに常駐する社員がいなくなり、急きょ山口倉庫から派遣していたが、倉庫自体も社員が減り、派遣する余裕がなくなった。だから、今は閉めざるを得ないようです」(同) 女性社員たちは職場環境を改善できないか、労働基準監督署に相談することも考えたようだが、そこに労力と時間を割いた挙げ句、山口社長から目を付けられては余計に働きづらくなると思い、退職することを選んだようだ。 社員が次々と辞めていく背景が見えてきたが、あらためて山口倉庫とはどんな会社なのか。 本業の倉庫業では、倉庫証券発行許可倉庫、政府米寄託倉庫として官公庁許可を受け、米の保管・管理を行っているほか、日産自動車ユーザーの夏・冬タイヤを同ディーラーから一手に預かっている。倉庫は郡山市内に3カ所。このほか約20カ所の有料駐車場を経営し、ある筋によれば年間の売り上げは2億5000万円前後、利益は4000万円前後を上げているという。 一方、山口アセットマネジメントは郡山市内に土地を所有する一方、飲食店や商業施設、マンションなどの賃貸・管理を行っている。 社会常識から外れた職場環境について、5月号の取材時に見解を聞いた県北地方の弁護士に今回判明した事実をあらためて伝えると、次のように指摘した。 「個人的には行き過ぎで、非常識な職場環境だと思います。ただ、経営者には従業員の働きぶりを監理する必要があり、通常は目視で行うところを監視カメラで行っているとすれば、それをもって違法とまでは言えない。もちろん、従業員にも職場環境の改善を求める権利はありますが、組合など相談先がある大企業と違い、個人で対応しなければならない中小零細企業では、ワンマンオーナー社長が聞き入れてくれるかどうかは不透明。そうなると、従業員には働く場所を選べる権利もあるので辞める流れになるが、問題はそれで困るのは会社だということです。周知の通り、今は人手不足が深刻ですからね。ただし、経営者が『それでも構わない。ウチは監視カメラに重きを置く』ということなら、それも一つの経営判断なので、外野がとやかく言う話ではない」 そう話す一方で、弁護士が「労働者の権利を守る側からの法的意見」として紹介してくれたのが立教大学講師・砂押以久子氏の考えだ。砂押氏は『日本労働法学会誌105号』(2005年5月20日発行)に寄せた論文「情報化社会における労働者の個人情報とプライバシー」の中でこう指摘している。 《企業には、企業秩序維持権限等に基づき使用者は労働者を管理監督する権限がある。しかし、他方で、前述のように労働者には職場にあっても一定程度の私的行為が存在する余地があり、労働者にもプライバシーを保護される法的利益があることも認識されなければならない。 会社が監視権限を有するとしても、このことをもって労働者のプライバシーが一定程度制約されることはあっても否定されることにはならないのである。セキュリティーなどの観点から監視が肯定されるとしても、監視過程において、労働者のプライバシー侵害が最小限になるよう使用者は常に配慮しなければならないと考える。使用者が従業員の私的領域にまで立ち入ることができるのは、業務上重大な支障が生じ、緊急な対応が必要であるなどの事情が存在する場合に限られるべきである。 モニタリングの実施にあたって、使用者の監視の必要性と労働者のプライバシー保護の均衡という視点からは、使用者に労働者に対する事前の情報提供義務を課することが不可欠といえる》 この稿の冒頭にも書いているように、使用者は労働者に対し「監視カメラを大量に設置する目的、設置場所、映像と音声の利用範囲などをきちんと説明」する必要があるわけ。 居留守を使う!?山口氏 山口アセットマネジメントの事務所はずっと閉まったまま  「給料は他社より高いし、夏と冬のボーナスも支給されるので、お金の面で文句を言う社員はいない。ただ、それでも次々と辞めていく原因は職場環境の異様さに尽きます。昨今、人手不足が深刻な問題となっていますが、いくら給料が良くても社員を大切にしない会社は人が集まらないし、将来生き残っていけないと思います」(前出・元社員) 裏を返せば、異様な職場環境を改めれば社員の定着率も上がり、人手不足に陥ることなく会社も生き残っていける、ということだろう。あとは山口社長が危機感を持ち、適切な改善策を講じることができるかどうかにかかっている。 5月号の取材時は山口倉庫に質問書を直接届けたが、何の返答もなかった。元社員によると、山口社長はほとんど出勤しないというので、今回は郡山市内にある山口社長の自宅を訪問し接触を試みた。 駐車場には元社員が教えてくれた山口社長の車が止まっていた。在宅しているのは間違いなさそう。ところが、いくらインターホンを鳴らしても反応はない。仕方なく、取材申し込みと記者の携帯電話番号を書いたメモを郵便受けに置いてきたが、5月号同様、返答はなかった。 元社員によると「自宅にも監視カメラが設置されているので、記者さんの行動は家の中から丸見えだったと思います」とのこと。 見られても困ることはしていないので構わないが、自分の分からない場所からじーっと監視されるのは、やはり気分が良いものではない。 あわせて読みたい 【郡山市】大量カメラで社員を「監視」する山口倉庫

  • 【郡山市】大量カメラで社員を「監視」する山口倉庫

     郡山市の山口倉庫㈱で社員の退職が相次いでいるという。原因は大量の監視カメラ。社内の至る所に設置され、四六時中〝監視〟されている状況に、社員は気味の悪さを感じているようだ。決して働き易いとは言えない職場環境。経営者の見識が問われる。 「気味が悪い」と退職者続出!? 郡山市三穂田町にある山口倉庫の本社倉庫  山口倉庫は1967年設立。資本金1000万円。郡山市三穂田町の東北自動車道郡山南IC近くに建つ本社倉庫のほか、市内にある複数の自社倉庫で米や一般貨物の保管・管理を行っている。駐車場経営や土地建物の賃貸なども手がける。 現社長の山口広志氏は2000年に就任。祖父の松雄氏が創業し、父の清一氏が2代目。広志氏は清一氏の二男に当たる。 2001年に建てられた本社倉庫の不動産登記簿を見ると、東邦銀行が極度額3億6000万円と同4億9200万円、大東銀行が同6億円の根抵当権を設定していたが、昨年までにすべて抹消されている。詳しい決算は不明だが、ある筋によれば年間の売り上げは2億5000万円前後で、4000万円前後の利益を上げているというから堅実だ。 「数年前に一度、大きな赤字を出した。原因は、倉庫で預かっていた製品に不備が生じ、損害賠償を払ったため。そこに会社合併による株式消滅損が重なった」(事情通) 会社合併とはグループ会社内の動きを指す。山口氏は、山口倉庫のほかに㈱山口商店、山口不動産㈱、旭日商事㈲、東北林産工業㈱の社長を務めていたが、4社は2019年から今年初めにかけて山口倉庫に吸収合併された。一方で、20年に不動産業の山口アセットマネジメント㈱を設立し、社長に就いている。  そんな山口グループを率いる3代目をめぐり、本誌編集部に次のような情報が寄せられた。 〇山口倉庫の社内に大量の監視カメラが設置されている。 〇ただでさえ台数が多い中、最近も新しい監視カメラを複数導入した。 〇社員だけでなく、訪問客の様子も監視しているらしい。 〇山口氏は自宅から、監視カメラで撮った映像や音声をチェックしている模様。 〇こうした職場環境に気味の悪さを感じた社員が次々と退職し、その人数はここ4、5年で十数人に上る。 個別労働紛争解決制度とは 個別労働紛争解決制度(労働相談、助言・指導、あっせん) https://www.mhlw.go.jp/general/seido/chihou/kaiketu/index.html  話は前後するが、筆者は山口氏に取材を申し込むため、4月中旬に山口倉庫を訪問したが、ほんの数分の滞在中、目の届く範囲内だけで玄関ホールの天井に1台、事務スペースの天井に4台のドーム型カメラが設置されているのを目撃した。事務スペースは更に奥まで続いており、そちらは目視できなかったため、監視カメラは更に設置されている可能性が高い。こうなると、他の部屋(応接室や会議室など)や倉庫内の設置の有無も当然気になる。 読者の皆さんには、出勤してから退勤するまで四六時中〝監視〟されている状況を思い浮かべてほしい。それが働き易い職場環境と言えるだろうか。あくまで個人の感想だが、少なくとも筆者は働きたくない。 もちろん、職種によっては常に監視が必要な仕事もあるだろう。しかし、倉庫業がそれに該当するかというと、顧客から預かっている製品の安全管理上、一定数の監視カメラは必要だが、事務スペースなどに複数設置する必要性は感じない。 山口広志氏とはどのような人物なのか。本誌は郡山市内の経済人や同業者などを当たったが「彼のことならよく知っている」という人には行き着かなかった。その過程で、ようやく山口倉庫の元社員を見つけることはできたものの「もう関わりたくない」と断られてしまった。在職中の苦い経験を呼び起こしたくない、ということか。 問題は、社員が気味の悪さを感じる職場環境を放置していいのか、ということだ。山口氏からすると「余計なお世話」かもしれないが、本誌は労使上、見過ごすべきではないと考え、二つの検証を試みる。 一つはハラスメントに当たるかどうか。 ハラスメントが「人に対する嫌がらせやいじめなどの迷惑行為」であることを考えると、該当するようにも思える。しかし、職場におけるパワハラ・セクハラ・マタハラは、厚生労働省が該当する条件を明示しており、大量の監視カメラが設置されている事実だけではハラスメントには該当しないようだ。 福島労働局雇用環境・均等室の担当者もこう話す。 「監視カメラの設置は法律では禁じられていない。社員の働きぶりを監視するのが目的と言われれば、あとは経営者の判断になる」 それでも、社員が「そういう職場環境は嫌なので改善してほしい」と求め、経営者が応じなかった場合、都道府県労働局では個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律に基づき①総合労働相談コーナーにおける情報提供・相談、②都道府県労働局長による助言・指導、③紛争調整委員会によるあっせんという三つの紛争解決援助サービスを行っている。 要するに労使間の「民事上のトラブル」を、労働局が仲介役となって話し合いによる解決を目指す取り組み。それでも解決しなければ、あとは裁判で決着を図るしかない。 ちなみに、福島労働局が公表する令和3年度個別労働紛争解決制度の施行状況によると、民事上の個別労働紛争相談件数は5754件(前年度比マイナス2・0%)。相談内容の内訳は「いじめ・嫌がらせ」20・6%、「自己都合退職」15・7%、「解雇」9・5%、「労働条件引き下げ」6・5%、「退職勧奨」7・6%、「その他」40・1%となっている。 「その他」の項目には「雇用管理等」「その他労働条件」とあるから、仮に監視カメラの大量設置を相談した場合はここにカウントされることになるのだろう。 二つは、監視カメラで撮影した映像が個人情報に当たるかどうか。 経営者が職場に監視カメラを設置したとしても、それだけで「プライバシーの侵害」には当たらない。経営者には社員がきちんと働いているか指揮監督する必要性が認められており、そもそも職場は「働く場所」なので「プライバシーの保護」という概念が該当しにくいからだ(更衣室やトイレに監視カメラを設置すれば、プライバシーの侵害に当たることは言うまでもない)。 ただ、撮影された映像が個人を特定できる場合、その映像は個人情報に該当するため、個人情報保護法が適用される可能性がある。 気になるカメラの性能 社員の様子を常に監視!?(写真はイメージ)  個人情報保護法18条1項(利用目的による制限)は次のように定めている。 《個人情報取扱事業者は、あらかじめ本人の同意を得ないで、前条の規定により特定された利用目的の達成に必要な範囲を超えて、個人情報を取り扱ってはならない》 個人情報取扱事業者とは、個人情報データベース等を事業の用に供している者を指す。もし山口倉庫が、監視カメラで撮影した映像を事業に役立てる使い方をしていたら同事業者になる。一方、社員を指揮監視する目的で監視カメラを設置していれば同事業者には当たらない。同社のホームページを見ると同事業者であることを謳っていないので、監視カメラは純粋に社員の指揮監視が目的なのだろう。 しかし「本当に事業に役立てる使い方をしていないのか」「実は使っているのではないか」という疑いは、撮影されている社員の側からするとどこまでも残る。そうなると、社員個人が特定できる映像は同法によって保護されるべき、という考え方も成立するはず。 だからこそ経営者は、監視カメラの設置自体には違法性がないとはいえ、設置の目的や設置する場所、撮影した映像の利用範囲などを社員にきちんと説明することが大切になる。何の説明もなければ、後々トラブルに発展する恐れもある。 弁護士の見解  県北地方の弁護士に見解を尋ねたところ、このように回答した。 「監視カメラが大量に設置されているからといって、直ちに『ハラスメントに当たる』『個人情報保護法違反だ』とはならないと思う。ただ、監視カメラがどのくらいの性能を有しているかは気掛かりだ。単に社員を指揮監視するだけなら低い性能で十分なはずだが、ズームで社員の手元まで見えたり、音声まで拾える高い性能であれば、社員のスマホ画面をのぞき見したり、個人的な会話を盗み聞きすることもできてしまう。そうなると、プライバシーの侵害に当たる可能性がある」 前述した通り、筆者は山口倉庫を訪問し、居合わせた社員に▽監視カメラを大量設置する目的、▽社員に対する説明の有無、▽社員が相次いで退職しているのは事実か、▽今の御社が「社員にとって働き易い職場環境」と考えているか――等々を記した山口社長宛ての質問書を渡し、期限までの面会か文書回答を求めたが、4月24日現在、山口社長からは何の返答もない。 余談になるが「郡山の山口一族」と言えば、かつては別掲の勢力を誇り、今は子どもたちが各社を脈々と引き継いでいる。そうした中、山口広志氏は一族トップである故・清一氏の後を継いだ。その広志氏が、法的には問題ないかもしれないが、社会常識に照らして強い違和感を抱く経営をしているのは、一族にとって恥ずべきことと言えないか。 あわせて読みたい 元社員が明かす【山口倉庫】の「異様な職場」 【福島国際研究教育機構】職員が2日で「出勤断念」 二本松市役所に蔓延する深刻なパワハラ