郡山市の山口倉庫㈱で社員の退職が相次いでいるという。原因は大量の監視カメラ。社内の至る所に設置され、四六時中〝監視〟されている状況に、社員は気味の悪さを感じているようだ。決して働き易いとは言えない職場環境。経営者の見識が問われる。
「気味が悪い」と退職者続出!?
山口倉庫は1967年設立。資本金1000万円。郡山市三穂田町の東北自動車道郡山南IC近くに建つ本社倉庫のほか、市内にある複数の自社倉庫で米や一般貨物の保管・管理を行っている。駐車場経営や土地建物の賃貸なども手がける。
現社長の山口広志氏は2000年に就任。祖父の松雄氏が創業し、父の清一氏が2代目。広志氏は清一氏の二男に当たる。
2001年に建てられた本社倉庫の不動産登記簿を見ると、東邦銀行が極度額3億6000万円と同4億9200万円、大東銀行が同6億円の根抵当権を設定していたが、昨年までにすべて抹消されている。詳しい決算は不明だが、ある筋によれば年間の売り上げは2億5000万円前後で、4000万円前後の利益を上げているというから堅実だ。
「数年前に一度、大きな赤字を出した。原因は、倉庫で預かっていた製品に不備が生じ、損害賠償を払ったため。そこに会社合併による株式消滅損が重なった」(事情通)
会社合併とはグループ会社内の動きを指す。山口氏は、山口倉庫のほかに㈱山口商店、山口不動産㈱、旭日商事㈲、東北林産工業㈱の社長を務めていたが、4社は2019年から今年初めにかけて山口倉庫に吸収合併された。一方で、20年に不動産業の山口アセットマネジメント㈱を設立し、社長に就いている。
そんな山口グループを率いる3代目をめぐり、本誌編集部に次のような情報が寄せられた。
〇山口倉庫の社内に大量の監視カメラが設置されている。
〇ただでさえ台数が多い中、最近も新しい監視カメラを複数導入した。
〇社員だけでなく、訪問客の様子も監視しているらしい。
〇山口氏は自宅から、監視カメラで撮った映像や音声をチェックしている模様。
〇こうした職場環境に気味の悪さを感じた社員が次々と退職し、その人数はここ4、5年で十数人に上る。
個別労働紛争解決制度とは
個別労働紛争解決制度(労働相談、助言・指導、あっせん)
https://www.mhlw.go.jp/general/seido/chihou/kaiketu/index.html
話は前後するが、筆者は山口氏に取材を申し込むため、4月中旬に山口倉庫を訪問したが、ほんの数分の滞在中、目の届く範囲内だけで玄関ホールの天井に1台、事務スペースの天井に4台のドーム型カメラが設置されているのを目撃した。事務スペースは更に奥まで続いており、そちらは目視できなかったため、監視カメラは更に設置されている可能性が高い。こうなると、他の部屋(応接室や会議室など)や倉庫内の設置の有無も当然気になる。
読者の皆さんには、出勤してから退勤するまで四六時中〝監視〟されている状況を思い浮かべてほしい。それが働き易い職場環境と言えるだろうか。あくまで個人の感想だが、少なくとも筆者は働きたくない。
もちろん、職種によっては常に監視が必要な仕事もあるだろう。しかし、倉庫業がそれに該当するかというと、顧客から預かっている製品の安全管理上、一定数の監視カメラは必要だが、事務スペースなどに複数設置する必要性は感じない。
山口広志氏とはどのような人物なのか。本誌は郡山市内の経済人や同業者などを当たったが「彼のことならよく知っている」という人には行き着かなかった。その過程で、ようやく山口倉庫の元社員を見つけることはできたものの「もう関わりたくない」と断られてしまった。在職中の苦い経験を呼び起こしたくない、ということか。
問題は、社員が気味の悪さを感じる職場環境を放置していいのか、ということだ。山口氏からすると「余計なお世話」かもしれないが、本誌は労使上、見過ごすべきではないと考え、二つの検証を試みる。
一つはハラスメントに当たるかどうか。
ハラスメントが「人に対する嫌がらせやいじめなどの迷惑行為」であることを考えると、該当するようにも思える。しかし、職場におけるパワハラ・セクハラ・マタハラは、厚生労働省が該当する条件を明示しており、大量の監視カメラが設置されている事実だけではハラスメントには該当しないようだ。
福島労働局雇用環境・均等室の担当者もこう話す。
「監視カメラの設置は法律では禁じられていない。社員の働きぶりを監視するのが目的と言われれば、あとは経営者の判断になる」
それでも、社員が「そういう職場環境は嫌なので改善してほしい」と求め、経営者が応じなかった場合、都道府県労働局では個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律に基づき①総合労働相談コーナーにおける情報提供・相談、②都道府県労働局長による助言・指導、③紛争調整委員会によるあっせんという三つの紛争解決援助サービスを行っている。
要するに労使間の「民事上のトラブル」を、労働局が仲介役となって話し合いによる解決を目指す取り組み。それでも解決しなければ、あとは裁判で決着を図るしかない。
ちなみに、福島労働局が公表する令和3年度個別労働紛争解決制度の施行状況によると、民事上の個別労働紛争相談件数は5754件(前年度比マイナス2・0%)。相談内容の内訳は「いじめ・嫌がらせ」20・6%、「自己都合退職」15・7%、「解雇」9・5%、「労働条件引き下げ」6・5%、「退職勧奨」7・6%、「その他」40・1%となっている。
「その他」の項目には「雇用管理等」「その他労働条件」とあるから、仮に監視カメラの大量設置を相談した場合はここにカウントされることになるのだろう。
二つは、監視カメラで撮影した映像が個人情報に当たるかどうか。
経営者が職場に監視カメラを設置したとしても、それだけで「プライバシーの侵害」には当たらない。経営者には社員がきちんと働いているか指揮監督する必要性が認められており、そもそも職場は「働く場所」なので「プライバシーの保護」という概念が該当しにくいからだ(更衣室やトイレに監視カメラを設置すれば、プライバシーの侵害に当たることは言うまでもない)。
ただ、撮影された映像が個人を特定できる場合、その映像は個人情報に該当するため、個人情報保護法が適用される可能性がある。
気になるカメラの性能
個人情報保護法18条1項(利用目的による制限)は次のように定めている。
《個人情報取扱事業者は、あらかじめ本人の同意を得ないで、前条の規定により特定された利用目的の達成に必要な範囲を超えて、個人情報を取り扱ってはならない》
個人情報取扱事業者とは、個人情報データベース等を事業の用に供している者を指す。もし山口倉庫が、監視カメラで撮影した映像を事業に役立てる使い方をしていたら同事業者になる。一方、社員を指揮監視する目的で監視カメラを設置していれば同事業者には当たらない。同社のホームページを見ると同事業者であることを謳っていないので、監視カメラは純粋に社員の指揮監視が目的なのだろう。
しかし「本当に事業に役立てる使い方をしていないのか」「実は使っているのではないか」という疑いは、撮影されている社員の側からするとどこまでも残る。そうなると、社員個人が特定できる映像は同法によって保護されるべき、という考え方も成立するはず。
だからこそ経営者は、監視カメラの設置自体には違法性がないとはいえ、設置の目的や設置する場所、撮影した映像の利用範囲などを社員にきちんと説明することが大切になる。何の説明もなければ、後々トラブルに発展する恐れもある。
弁護士の見解
県北地方の弁護士に見解を尋ねたところ、このように回答した。
「監視カメラが大量に設置されているからといって、直ちに『ハラスメントに当たる』『個人情報保護法違反だ』とはならないと思う。ただ、監視カメラがどのくらいの性能を有しているかは気掛かりだ。単に社員を指揮監視するだけなら低い性能で十分なはずだが、ズームで社員の手元まで見えたり、音声まで拾える高い性能であれば、社員のスマホ画面をのぞき見したり、個人的な会話を盗み聞きすることもできてしまう。そうなると、プライバシーの侵害に当たる可能性がある」
前述した通り、筆者は山口倉庫を訪問し、居合わせた社員に▽監視カメラを大量設置する目的、▽社員に対する説明の有無、▽社員が相次いで退職しているのは事実か、▽今の御社が「社員にとって働き易い職場環境」と考えているか――等々を記した山口社長宛ての質問書を渡し、期限までの面会か文書回答を求めたが、4月24日現在、山口社長からは何の返答もない。
余談になるが「郡山の山口一族」と言えば、かつては別掲の勢力を誇り、今は子どもたちが各社を脈々と引き継いでいる。そうした中、山口広志氏は一族トップである故・清一氏の後を継いだ。その広志氏が、法的には問題ないかもしれないが、社会常識に照らして強い違和感を抱く経営をしているのは、一族にとって恥ずべきことと言えないか。