本誌2月号で、手術中の医療ミスにより患者を死亡させたとして、南相馬市立総合病院の院長が、患者の遺族から訴えられていることを報じた。記事の反響とともに、過去に誌面で取り上げた同病院の問題を紹介する。
過去にもあった院内トラブル

南相馬市立総合病院での手術中、医療ミスにより命を落としたのは、市内在住の女性・森朝子さん(当時68)。訴状によると、2021年3月2日、鼠径部の血管からカテーテルを挿入し、コイルを詰めて脳動脈瘤破裂を防ぐ「コイル塞栓術」の手術を受けた。ところが、執刀医を務めた同病院脳神経外科主任科長のA氏が誤って中大脳動脈を穿孔(せんこう=穴が空くこと)してしまい、くも膜下出血が発生。当日はA氏以外に5人の医師が立ち会っていたが、防ぐことができなかった。
脳の機能が失われるリスクがあるため、早急に開頭手術を行う必要があったが、その際に必要な麻酔医が待機しておらず、開頭手術が始まったのは約2時間後だった。
対応が遅れたため、朝子さんは脳の一部を切り取らざるを得ない状況となり、危篤状態に。そのまま意識が戻らず17日後に亡くなった。
朝子さんの夫・森哲芳さん(77)を憤らせたのは、同病院院長の及川友好氏の対応だ。くも膜下出血発生直後、哲芳さんらを院長室に呼び出し、「いやー旦那さん、ごめんねえ。くも膜下出血になっちゃった」と軽い感じで声をかけた。「くも膜下出血って何か分かっている?」と聞かれた哲芳さんが答えを述べると、「ああ、分かってるんですね」と返されたという。
「普通、医療ミスがあった直後に、家族に対し病院の責任者がこんな感じで話しますか? 及川氏の態度からは全く誠意が感じられなかった。朝子が亡くなってから半年後、病院側との面会の場で、私が『このようなことになって、私は一人になってしまった。いくら待っても妻はもう帰ってきません』と嘆いたところ、及川氏は急に『だから何度も謝っているだろ!』とすごい剣幕で怒鳴ってきました。これには私よりも、同行した息子の方が『なんだ、その言い方は!』と殴り掛かる勢いで激怒していました」(哲芳さん)
亡くなって安置所に移され、哲芳さんら遺族が合掌していたとき、及川氏は「医療事故でした」と認めて謝罪したとのことだが、こうしたやり取りを聞くと、腹の中ではどう考えていたのか疑ってしまう。
事前の説明では30分ほどで終わる手術と聞いていたのに、朝子さんはなぜ亡くならなければならなかったのか、不誠実な対応に終始する及川氏、執刀医A氏をはじめとした同病院の医師、病院を運営する市に責任はないのか――。
哲芳さんら遺族3氏は昨年12月26日、同病院院長の及川氏と南相馬市(門馬和夫市長)に対し、死亡慰謝料や逸失利益など合計1億1732万7105円の損害賠償を求める訴えを福島地裁に提起した。

ここまでが本誌2月号で報じた内容だが、本誌発売後、地元紙がこの件を記事にしたこともあって、哲芳さんのもとには知人・友人らから電話で多くの応援メッセージが寄せられたという。地元紙の記事は匿名だったが、同病院の医療ミスにより朝子さんが亡くなった件は市内でかなりウワサになっていたので、記事を読んでピンと来た人が多かったのだろう。
一方、2月号発売直前の2月4日には、被告の一人である及川氏が3月末で院長職を退任し、新年度から同病院副院長の杉本浩一氏が新院長に就任する人事が発表された。及川氏は引き続き医師として同病院で働き続けるという。
内外で飛び交う悪評

同病院のホームページには《4月1日付の異動内示は一般的に3月下旬に行われますが、南相馬市立総合病院は、地域医療において重要な役割を担っていることから、引き続き、円滑かつ安定した医療サービスを提供できるよう、院長業務の引き継ぎ期間を十分に確保するとともに、広く市民の皆様や地域の医療等関係機関の皆様に理解を深めていただくことが重要であるとの考えから、2月の内示となったものです》と掲載されていた。周囲には院長退任の理由を年齢と話しているようだが、今回の医療ミスと提訴を踏まえるとタイミングが良すぎる印象だ。
及川氏に関しては本誌2019年4月号「瓦解する南相馬市『二つの公立病院』」という記事で、医師や看護師らが次のように評価していた。
「南相馬市の地域医療はこうあるべきだといった話は一度も聞いたことがない」
「医師集めと称し、高い出張費を使ってしょっちゅう病院を留守にしているが、医師を連れて来た実績はない」
「ここの医師たちはスキルがないので簡単な手術も失敗するリスクがある。及川院長に『難しい手術は避けるべきだ』と言っても『医師がやりたいんだから仕方ない』と聞く耳を持たない」
「人望が無くても自分の言うことを聞く人を要職に据え、看護師たちのモチベーションは下がっている」
「脳卒中センターの2階にある院長室は広く、バス・トイレも完備されている。一方、医師の当直室は狭い。公私混同も甚だしい」
辛辣な意見が並ぶが、この時点で手術失敗による重大医療ミスのリスクがあったことが分かる。及川氏は院長として、それをうまく管理できなかったということだ。
本誌2016年12月号では「南相馬市立病院に不満を抱く女性」という記事を掲載した。
内容は、同病院に入院した70代男性について▽仙台厚生病院への転院を希望したのにきちんと対応してもらえなかったこと、▽「抗がん剤の使用は中止すべき」との診療情報提供書をもらっていたのに、すぐ中止しなかったこと、▽治療に関する説明がなく、病院側は説明したと主張しているが明らかなウソであること、▽差額室料の請求に不備があったこと、▽病院側との説明の場で当時の院長から「頭がおかしいんじゃないか」と暴言を浴びせられたこと――などの真偽について、同病院の担当者に取材したもの。
このとき、男性はすでに亡くなっており、男性の妻に話を聞いて記事にしたが、男性は「市立病院の対応への恨み」を遺言のように語っていたそうで、同病院に対する不信感は相当なものだった。当時の院長は及川氏ではなかったが「病院トップが患者に暴言を浴びせた」という点では共通している。
南相馬市内を回ると、同病院の対応に関する〝悪いクチコミ〟もチラホラ聞こえてくるので、同じように納得がいかない対応をされ、不信感を抱いている市民は少なくないのかもしれない。