総合南東北病院などを運営する一般財団法人脳神経疾患研究所(郡山市、渡辺一夫理事長)が旧農業試験場跡地に新病院を移転・新築することが正式に決まってから1年以上経つが、その全容は未だに明らかになっていない。各地の大型事業は資材費高騰や人手不足により工事遅延、工法見直し、計画白紙に見舞われている。事業費数百億円の新病院計画も「影響無し」では済まないはず。
未だに見えない事業の全容

3月3日付の福島民報に、1ページを丸々使った企画特集が掲載された。「メディカルヒルズ郡山 新たなまちづくりへ」と題した地域医療を考える座談会で、脳神経疾患研究所の渡辺一夫理事長、南東北病院の寺西寧院長、江東微生物研究所(東京都江戸川区)の橋本充取締役、エヌジェイアイ(郡山市)の橋本弘幸社長のほか、メディカルヒルズ郡山まちづくり協議会の福井邦顕会長(ゼノアックホールディングス社長)ら計7人が出席した。
座談会が企画されたきっかけは、出席者に名前を連ねた脳神経疾患研究所、江東微生物研究所、エヌジェイアイのほか、医療法人社団新生会(郡山市、南東北第二病院を運営)、クオール(東京都港区)の5者でつくる共同事業者が2022年11月に行われた県の入札で、郡山市富田町にある旧農業試験場跡地(約15万4800平方㍍)を74億7600万円で落札したことだった。入札にはゼビオも参加し、同社の入札価格は51億5000万円、県が設定した最低落札価格は39億4000万円だった。
脳神経疾患研究所はこの試験場跡地に、南東北病院など複数の施設を移転・新築する計画を立てている。
試験場跡地はふくしま医療機器開発支援センターやJR磐越西線の郡山富田駅に隣接し、郡山市が医療関連産業の集積を目指す「メディカルヒルズ郡山基本構想」の対象地域になっている。同構想では、同跡地を含む市街化調整区域で医療機器関連産業を中心に産業集積拠点の形成を目指している。
前述・5者による共同事業者は南東北病院や南東北第二病院、南東北医療クリニック、南東北眼科クリニ
ックを移転・新築すると共に、様々な医療関連施設を併設することでメディカルヒルズ構想を具現化。新病院計画は、同構想を打ち出している郡山市と協議しながら進める。
さらに、市街化調整区域の開発には地区計画を策定する必要があるため、その内容を検討する目的で地元商工会や町内会などをメンバーとするメディカルヒルズ郡山まちづくり協議会が昨年10月に発足。会長には前出・福井邦顕氏が就いた。
福井氏に同協議会設立と会長就任の経緯を尋ねると、ゼノアックホールディングスの秘書を通じて次のような回答があった。
「協議会は試験場跡地を開発するに当たり、メディカルヒルズ構想の具現化に向け、地域の皆さんや学識経験者などから広く意見を求めることを目的に設立された。私が会長に就任したのは、5者の法人・企業から協力依頼があり、県中地域振興のためと考えたからです」
要するに、座談会はメディカルヒルズ構想と新病院計画をPRする目的で行われたわけ。
新病院計画をめぐっては試験場跡地が落札された後、表立った動きが見られないため「本当に実現するのか」と危ぶむ声が聞かれる。
月刊タクティクス2月号は「試験場跡地の高値取得が大きなブレーキとなり、金融機関から様々な条件が提示されている」、「融資条件として首都圏の大型病院転売を持ちかけられている」、「建物だけで事業費は400億円以上とみられる」、「資材費高騰で事業費が大幅超過」、「高齢で健康不安を抱える渡辺理事長に退任を迫る声」などと報じている。
記事を見る限り公開資料を読み解いたわけでなく、脳神経疾患研究所を取材した形跡もないので、信憑性は低そう。ただ、市内にそうしたウワサが流布していることは事実。それだけ大きな関心事になっているということだろう。
新病院をめぐり、現時点で明らかになっていることは何か。
資金面は全て「黒塗り」
不動産登記簿によると、昨年1月30日付で試験場跡地の名義が県から脳神経疾患研究所に変わった。
脳神経疾患研究所の2023年度事業計画には、新病院の財源を確保するため《南東北第二病院との連携を強化するなど更なる利益アップを図り、入院稼働率100%、外来1300人以上/日(クリニック)、眼科150人以上/日、病院550人以上/日(本院・郊外)、合計2000人/日、手術数9000件以上/年、救急車台数7000台以上/年、新規入院数1000人以上/月、経常利益2億円/月の利益を確保》という目標が掲げられている。
現時点で目標を達成できたかは分からないが、参考までに2022年度事業報告書を見ると、経常収益394億7700万円(21年度比19億0100万円増)、経常利益22億9700万円(同7900万円減)。23年度は経常利益の目標を月2億円としていたが、22年度は1億9100万円とわずかに届いていない。
そのほか2022年度の入院患者延べ数、外来患者数、手術数、救急車台数の実績は別表①の通りだが、数値目標を達成できるか否かは新病院の財源を確保できるか否かに関わってくるので、脳神経疾患研究所としても気にかけているはずだ。
表① 2022年度の実績
入院患者延べ数
2021年度 2022年度
郡山 170,195人 161,591人
福島 50,403人 47,974人
世田谷 29,139人 30,035人
合計 249,737人 239,600人
※郡山は本院のみ。
外来患者延べ数
2021年度 2022年度
郡山 523,983人 524,489人
福島 63,141人 78,141人
須賀川 11,252人 11,922人
滝根 11,604人 11,241人
裏磐梯 4,704人 4,032人
泉崎 15,724人 17,010人
合計 630,408人 646,835人
※郡山は本院、医療・眼科クリニック、陽子線センターの合計。
手術数
2021年度 2022年度
郡山 8,483件 9,177件
福島 511件 641件
合計 8,994件 9,818件
救急車台数
2021年度 2022年度
郡山 5,688台 6,400台
福島 594台 708台
合計 6,282台 7,108台
試験場跡地にどのような施設が整備されるかは、座談会における各氏の発言からその輪郭が見えてくる。
渡辺氏と寺西氏は新病院の基本コンセプトを紹介し、三つの機能を持たせたいとしている。一つ目は救急医療体制の強化。現在、南東北病院は2次救急医療を担っているが、3次救急患者の受け入れを可能にする設備・体制を構築し、より高度な医療を提供する。二つ目は新興感染症への対応。新型コロナが社会経済に及ぼした影響を踏まえ、状況に応じた病床区分を可能にする構造や設備の導入で新興感染症を食い止め、社会経済の落ち込みを抑える。三つ目は災害医療。自然災害が増える中、災害医療に強い病院に向けて基盤整備を強化する。
江東微生物研究所は病院のバックアップ機能拡充を計画する。検査のデータ報告や新興感染症診断を補助する検査のスピードアップなどに対応する、と橋本充取締役は説明している。
エヌジェイアイは、橋本弘幸社長が病院のコンセプトに基づいた施設構成を考えている、としか述べておらず詳細は判然としない。
ただ2月13日に配信された日本経済新聞会員限定記事によると、エヌジェイアイはオフィス棟などを建設し、医療機器メーカーなど10社の入居を想定、とある。共同事業者のクオールは座談会に出席していなかったが、同紙によれば地域の薬局をバックアップする施設を建設。江東微生物研究所については、郡山市内にある食品検査施設を試験場跡地に移転させ、新病院については、病床数は従来と同じ654床だが電子カルテの性能を引き上げるなどDXを強みとする病院を目指す、とも書かれている。
筆者は1年以上前、共同事業者が試験場跡地の入札に参加した際に県に提出した企画案を情報開示請求で入手したが、それを見ると5者は別表②に示した事業を計画。メディカルヒルズ構想の具現化に向けては、隣接するふくしま医療機器開発支援センターと連携した医療関連産業の振興を図る、と県に説明している。
表② 共同事業者5者の計画内容
脳神経疾患研究所 | 総合南東北病院、南東北医療クリニック、南東北眼科クリニック、南東北がん陽子線治療センター等を一体的に整備。 |
新生会 | 南東北第二病院を整備。 |
脳神経疾患研究所と新生会は救急医療、一般医療、最先端医療を継ぎ目なく提供。また、ふくしま医療機器開発支援センターの研究設備を活用し、新たな基礎・臨床研究につなげる。同センターの手術支援設備や講義室等を活用し、医療者の教育と能力向上も目指す。 | |
江東微生物研究所 | 生化学検査、血液検査、遺伝子検査、細菌・ウイルス検査などに対応できる高度な検査機関を整備。検査時間の迅速化や利便性を向上させ、県全体の検査体制充実に貢献する。 |
クオール | がん疾患などの専門的な薬学管理から在宅診療まで、地域のニーズに対応できる高機能な調剤薬局を設置・運営。併せて血液センターや医薬品卸配送センターなども整備する。 |
エヌジェイアイ | 医療機器・システム開発等の拠点となる医療データセンターを整備。 |
気になる新病院の姿・形は現時点で公になっている資料は見当たらないが、昨年10月に開かれたメディカルヒルズ郡山まちづくり協議会で共同事業者側から配置図案が示され、新病院の一端が判明している。
協議会の様子を報じた昨年10月27日付の福島民友によると、配置図案は別掲の図の通りで、開発面積約15万4800平方㍍のうち中央の緑地を挟んで南側に病院機能、北側に各種センターを集約。完成は2027年度中としている。新病院は高さ約30㍍、7階建ての南東北病院本棟に南東北第二病院や陽子線治療センターなどを隣接させる。本棟の屋上にはヘリポートも設ける。郡山健康科学専門学校のサテライトキャンパスも置かれる予定という。

もっとも、肝心の事業費は明らかになっていない。試験場跡地の入札の際、5者はそれぞれ事業費、資金計画、収支見通しを県に示しているが、開示請求で入手した企画案は該当個所が全て「黒塗り」にされ、不明だった。
前述・タクティクスによると「建物だけで400億円以上」、建設新聞2022年11月9日付によると「土地購入費を含む総事業費は約300億円」、市内で流布する事業費は「約600億円」と金額差があるが、どれも巨費であることには違いない。
「スリム化していきたい」
なぜ事業費が注目されるのかというと、昨今の資材費高騰により各地の大型事業は軒並み工事遅延、工法見直し、計画白紙などに見舞われているからだ。そこに深刻な人手不足が重なり、更なる事業費の増加や工期が見通せない事態も起きている。そうした最中に進行する新病院計画が全く「影響無し」で済むはずはない。
共同事業者各者に事業の進捗状況を尋ねた。
「計画は弊社だけでなく共同事業者全体で動いているため、弊社単独での回答は控えます」(江東微生物研究所広報室)
「事業費は非開示としている。資材費高騰や人手不足の影響については、現在の社会情勢に合わせた開発計画を検討している。開業は2027年ごろを想定しているが、社会情勢を鑑み対応していきたい」(クオールホールディングス広報部)
「オフィス棟の話が出ているが、あくまで構想。施設は弊社単独ではなく、他の4者や県、郡山市などと連動する形で整備するので、現時点で何を整備するとは言いづらい」(エヌジェイアイ担当者)
共同事業者の中心である脳神経疾患研究所もこのように答えている。
「既に基本設計は上がっている。今はそれを各診療科に示し、要望を受けているところ。要望が出揃ったら設計の練り直しに入るので、新病院の規模や機能は公表できる段階にない。資材費高騰や人手不足といった不安要素はあるが、予算内に収められるようスリム化できる部分があるのか精査していきたい」
完成目標の「2027年度中」まで残り3年余り。共同事業者5者はいかにして難しい課題を克服し、開業に漕ぎ着けるのか。