【国見町移住者】新規就農奮闘記

【国見町移住者】新規就農奮闘記

 国見町では新規就農者向けの町営農業研修施設「くにみ農業ビジネス訓練所」を運営している。同訓練所を卒業した新規就農者は昨年、どんな1年目を過ごし、どのようなことを感じたのか、振り返ってもらった。

「補助金ありき」農業参入の厳しい現実

 「訓練所で基本的なところは勉強できたのですが、自分の畑・スタイルでやるとなると全く違う面もあるので、戸惑いながら試行錯誤した1年でした」

 苦笑しながら1年を振り返るのは、国見町藤田に住む三栗野祐司さん(43)。昨年4月から自営農家としてキュウリやズッキーニの栽培を開始した。妻と共に無我夢中で農作業に明け暮れたとか。

三栗野祐司さん
三栗野祐司さん

 「半年以上、毎日朝晩、休まずにキュウリを収穫していたので、正直精神的に参っていたところでした。11月に入り、やっとひと段落したので、勉強も兼ねて、あんぽ柿作りの手伝いのアルバイトに行っていたところです」

 1年目のキュウリの売り上げは200万円弱。ズッキーニなどその他の野菜も含めれば約250万円。夫婦2人分の年収としては厳しいところだが、国が新規就農者向けに給付している「経営開始資金」なども加えればそれなりの金額になる。金額は年間150万円(月12万5000円)で、給付期間は3年間。

 「さまざまな補助金を活用して何とか独り立ちできている状況ですね。1年目は初期投資で何かと出費がかさむので、貯えがどんどん減っています。キュウリの卸値は1本30円の世界。大変な仕事に就いたと実感していますし、妻は時間を見てアルバイトに出ています」

【国見町移住者】新規就農奮闘記 メーンの作物となっているキュウリ
メーンの作物となっているキュウリ

 新潟県長岡市生まれ。高校卒業後、製造業、飲食業などで働いていた。東京にいたとき出会った女性と結婚。その後、妻が仕事を辞め、地方への移住を考えるようになった。そこで候補に挙がったのが福島県だった。実は共通の友人が福島県出身で、地元に戻った後に何度か遊びに訪れていた。

 2020年6月、妻、愛猫とともに福島市に移住。夫婦でできて、かつ自然環境を生かした仕事がないか探す中で、たどり着いたのが「農業」だった。担い手不足が叫ばれている中で、挑戦してみたくなった。

 と言っても、三栗野さんは全く農業経験がなかった。そこで、福島市から近い国見町の新規就農者向け訓練所に通って基礎を身に付けることにした。

くにみ農業ビジネス訓練所
くにみ農業ビジネス訓練所

 同訓練所は道の駅国見「あつかしの郷」の近くに立地しており、新規就農に取り組む移住者の増加、生産者支援を目的に設置された。1年かけて農業の基礎を学べる「長期研修」(受講料無料)、専門的な技術を習得したい就農者向けの「短期研修」、子ども向けの「体験研修」などの事業を実施している。

 町内には果樹・水稲農家が多いが、どちらも多額の初期投資が必要となるため、新規就農者はほとんどが親元での就農だ。そうした現状を踏まえて、同訓練所では新規就農者向けに、初期投資が少なく、収益化サイクルが短い野菜農家を勧めており、それに基づいたカリキュラムが組まれている。

 三栗野さんは21年4月に入所し、1年間かけて野菜の土づくりや種まき、収穫、出荷調整などの技術や農業経営に必要な知識を学んだ。

 卒業後はキュウリを生産することにした。伊達地区は夏秋キュウリの販売額が日本一で、ブランドとなっているため単価も高い。1株から50~100本は収穫でき、生産者に対する支援・補助も手厚い。

 22年4月、晴れて就農者となったものの、しばらくは移住や就農の準備に追われたという。

 中でも住まい探しには時間がかかった。同訓練所に近いと機械などが無料で借りられ、支援制度も充実しているため国見町への移住を決めた。だが、農地付きの住宅がなかなか見つからなかったという。

 「空いている住宅や土地はいっぱいあるが、ほとんどは空き家バンクに登録されていないので、移住者はたどり着けずに別の自治体に流れてしまう。私もずいぶん見て回ったが、人づてに紹介してもらった築50年の住宅・農地を300万円で購入した。住宅は320万円かけて、リフォームして暮らしています」

 ちなみに、野菜栽培用のパイプハウスに250万円かかり、キュウリの苗の購入や、灌水設備の整備などにもその都度費用がかかったという。前述の通り、新規就農や移住に関する補助金は充実しているが、「年度末に入ってくるものも多いです」。三栗野さんは何とか貯金で賄ったとのことだが、初期投資分を考えると、1000万円程度の貯えは必要ということだろう。水稲農家となると、コンバイン、トラクターといった農機具が必要となるので、さらに金額が跳ね上がると思われる。

地元レストランと契約

 就農1年目の手応えについて、三栗野さんに尋ねたところ、このように話した。

 「生産したことのない畑で、どう肥料をあげたらいいのかも分かりませんでしたが、そうした中で安定して出荷し、収入を得られた点はよかったと思います。ズッキーニに関しては、JR藤田駅前の『Trattoria da Martino(トラットリア・ダ・マルティーノ)』というイタリアンレストランに契約してもらっています。『(傷がついているものでも)選別せずに納品して構わない』と言っていただいているので助かるし、何のツテもない地域で、使っていただけるのはありがたい限りです」(同)

 国見町周辺でズッキーニを生産している農家が少なかったことが幸いしたのだろう。

 なお、キュウリに関してはこんな迷いが生じている最中だという。

 「JAに出荷していたが、手数料を計算したところ、4割近く引かれていることに気付いた。周囲の先輩方は『仕方ない』と受け入れているが、箱詰めなどを自分でやればいくらか手数料は減らせます。一方、さまざまな面で補助を受けられるなど、JAと取り引きするメリットは大きいし、梱包作業の負担を軽減してくれるのはありがたい面もある。すべてJAにお任せするか、しんどい思いをして手数料を減らす努力をするか、検討し続けています」

 道の駅国見は手数料が低く価格も自分で決められるが、ほかの生産者の農産品も並ぶので、必ず手に取ってもらえるわけではない。農産物直売所も手数料が低めだが、すべて売り捌けるとは限らない。

 そう考えると、本当の意味で〝農業の仕事だけで飯が食える〟ようになるためには、前出・イタリアンレストランのように、販売ルートを確保する必要がある。そこが今後の課題になりそうだ。

 「レストランの方と話していると『こういう西洋野菜を作ってくれたらぜひ買わせてほしい』と言われることがあります。需要があるのに、市場にそれほど出回っていないということだと思うので、新年からぜひ作ってみたい。卸値が変動しやすいキュウリの生産・収穫に追われるだけではいずれ低空飛行になるだろうし、何より楽しみもなくなるので、いろいろと挑戦していきたいと思います」

 一方で、1年目に戸惑ったことを尋ねたところ、「農業器具関連業者の対応」と答えた。

 「灌水設備を取り付けるため、複数の業者に話を聞いたが、当然ながら長年農業に携わってきた方ばかり。『こうしてほしい』と伝えても『ほかではこうやっていた』と返され、工程の途中で『残りは自分でできると思うので』と完成させずに帰ってしまうこともあった。訓練所には設備がそろっているため、そうした設備の取り付け方法などは習っていない。かなり戸惑いました」

 同じような思いを抱いている新規就農者は意外と多いかもしれない。

 行政に求める支援策を尋ねたところ、次のように述べた。

 「高齢で離農する農家の方が多いが、子どもや孫がやるのであればと、新たに投資する意思があったりする。一方、新規就農の意思がある人は農地がなく、ミスマッチが生じているのです。同様の問題は商店街にもありますが、行政にはそのつなぎ役となって解決してほしいと考えています。地域のコーディーネーターという意味では、飲食店が欲している農作物を行政などで聞き取りして、就農者が手分けして対応するというやり方もできると思います。行政には期待しています」

国見町移住の卒業生は2人

 農閑期はゆっくりできるのかと思いきや、「せっかくハウスがあるのに使わないのはもったいないので、今シーズンのキュウリが終わり次第、新たな苗を植えられるように準備しています」と語る三栗野さん。

 新規就農事情に詳しいジャーナリストによると、1年目で250万円という収入は「よく頑張っている方」という。苦労したことも多々あったようだが、移住・新規就農1年目の生活を満喫していると言えよう。

 しかし、一方では前述の通り、さまざまな補助金に頼って生活している実態がある。〝農業の仕事だけで飯が食える〟ようになるのはそれだけ難しいということだろう。新規就農者数が過去最多となっていることを前掲記事で紹介したが、補助金が充実していて参入しやすいという要素は大きそうだ。

 同訓練所は費用対効果の問題もある。2019~21年の卒業生10人のうち、国見町に移住したのは三栗野さんを含めてわずか2人。あまりに寂しい数字。年間経費は約2000万円だという。

 卒業生らは「農友会」と呼ばれる若手農業者の組織を作り、定期的に交流している。そういう意味では、農業振興に貢献していると言えるが、経済人からは「やるなら町を代表する農産物などに特化すべき。金をかけて町営訓練所を作ったが、いまいちアピール度に欠ける」と不満の声も聞こえてくる。

 これらもまた新規就農者を取り巻く環境の〝現実〟ということだ。

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