管理者が常駐していない「無住」の寺社から窃盗を繰り返していた田村市船引町の男は、少なくとも9カ所の寺社から仏像や神事に使う銅鏡を盗み、売却・換金して180~190万円の利益を得ていた。被害に遭った寺の中には責任を取って住職を退いた者もいるが、「人を憎むな」と修行してきた身ゆえに怒りは抑制的で、より無念さにあふれている。犯人の男は法廷で反省の弁を口にし、弁償の意思を示したが、返す当ては見込めず、約束の言葉は上滑りしていた。
電話番号不記載の無住寺が標的に
仏像窃盗と転売を繰り返したとして窃盗や住居侵入などの罪に問われているのは、田村市船引町上移の解体業、石井秀人氏(48)。起訴状によると、昨年10月までの間に県内の寺社9カ所にある12棟の建物から仏像や銅鏡などを盗んで売却・換金した。今年7月9日に地裁郡山支部で開かれた裁判で、検察側は懲役3年6月を求刑。弁護側は懲役2年、執行猶予3年が相当と主張し結審した。判決は8月1日に言い渡される予定(原稿執筆は7月末)。
7月9日には被告人の石井氏への質問があった。それによると、石井氏は田村市の実家を拠点に解体工事や土木工事の下請けに入っていたが、仕事がなくなり、2023年2月から金欠になった。同6月には、石井家が代々所有していた山が県の森林管理事業の対象地となり、木の伐採による数十万円が石井氏に入ったが定期収入はなかった。
消費者金融から借りるなどして借金は110万円に上った。県外に暮らすきょうだいに無心していたが、いつまでも頼ることはできない。住職が常駐していない寺に侵入して仏像を盗み、車で運び出して郡山市の買取専門店に売りにいった。そこで仏像には芸術品としての価値があると知り、ネットオークションで2~3万円の値が付くことも分かった。盗品を転売して得た金額は180~190万円だったという。銅鏡は真鍮製で1㌔当たり700円で売れた。
標的になった寺社は、いずれも人が常駐していなかった。石井氏は、「グーグルマップを見て電話番号が載っていない寺社は人がいないところと判断した」という。
大げさな「信教の自由」
石井氏が盗みに入った寺社は田村市、郡山市、二本松市、須賀川市、三春町、小野町と広範囲に及んだが、罪に問われている窃盗は、証拠から有罪に問えると判断された一部に過ぎない。県中地方を中心に昨年から仏像窃盗が相次いでいたが、法廷で「9件以外にも窃盗に関わったか」と問われた石井氏は「話したくないので黙秘します」と言った。後に、福島、宮城両県の約60カ所で8000万円の被害が出たことが判明した。
盗品を転売して得た金は、生活費のほか月4万円ずつの借金返済、香典などに充てた。居酒屋で飲んだり風俗店を利用する際の遊興費やパチンコ代、地元の後輩と宅飲みする時の交際費にも使ったという。
昨年11月には「罪悪感から、仏像窃盗から足を洗おうと考えていた」という。その頃、郡山市内で飲酒運転して中央分離帯に衝突する事故を起こした。今年1月に窃盗容疑で逮捕された。
石井氏は9件の窃盗を認めており、被害者に謝罪と弁償の意思を示している。今は困窮しているが、ゆくゆくは弁償を果たしたいという。そのためには、懲役刑を受けるにせよ、執行猶予が付くにせよ生活の立て直しが必要だ。
石井氏は「実家で暮らせるが、社会復帰にはサポートが必要だ。携帯電話を契約するのにきょうだいの世話になると思う。実家の隣に市議会議員が住んでいるので、生活保護など行政のサポートについて相談したい」とプランを語った。
現実は甘くないが「浜通りの解体業や除染作業など住み込みで使ってくれるところがあると聞いた。工場でもなんでも、青森で漁師になってもいいので、余計な金を使わない場に身を置いて貯めていきたい」という。
展望を述べる石井氏とは裏腹に、窃盗被害にあった9人の陳述書は無念さにあふれていた。ある者は、盗まれた責任を取るために住職を退いた。侵入時に観音堂の壁を壊された住民は、自費で修理せざるを得なかった。警備業者と新たに契約した寺もあれば、盗難時に仏像が損傷して修理しなければならなかった寺もあり、出費がかさんだ。「仏像なしでお祭りを開いたが、『仏像はないのか』と信徒に責められ心苦しい」と吐露する住職もいた。
弁護人から弁償する意思があるか念押しされた石井氏は「いつになるか分からないが返していきたい。日本には信教の自由があるが、数多くの人が信仰している物を盗み迷惑をかけた」と話すのだった。
信教の自由を持ち出す大げさな言い方には面食らう。仏への信心が無ければ、仏像は単なる木や金属の塊に過ぎないから、自分は信徒の気持ちを踏みにじり盗んでしまったと言いたいのだろうか。被害者の気持ちを逆なではしないか。