福島県と山形県が、10~20代の男女5人が犠牲になり、うち4人が死亡した連続自殺ほう助事件の舞台になっている。犯人の男は、SNSで自殺をほのめかし、5人を両県の廃村や廃ホテルに案内して練炭自殺を手伝っていた。昨年12月17日に地裁郡山支部で初公判が開かれた。裁判では、喜多方での事件直前に、県警が被害者に職務質問していたことが明らかになった。公判で明かされた事実を基に、一連の事件を追う。(敬称略)
喜多方での事件直前に県警が被害者に職質

10〜20代の男女5人の自殺ほう助に関わった岸波弘樹(37)=福島市永井川=は、刑務官に拘束されたまま入廷した。髪を肩まで伸ばし、顔全体を覆っていた。小柄な印象。長く垂れ下がった髪の間から外を見るためか、時折頭を小刻みに揺らす。度の強そうな眼鏡とマスクを着けていると分かったのは、岸波の表情が見えた退廷間際だった。
SNSで一緒に自殺することをほのめかして知り合った10~20代5人の自殺をほう助した事件。一部は死者の財産を得ていた点で「座間事件」を想起させたが、同じとは言えなかった。同事件は、2017年に神奈川県座間市のアパートで男女9人の遺体が見つかって発覚。犯人の男はSNSで自殺を話題にして若者を集め、殺害後に金品を奪っていた。女性8人は性的暴行を受けていた。座間事件の方が凶悪だ。
ただ、福島・山形の連続自殺ほう助事件は、犯人の岸波がSNSで自殺を話題にして若者を集める方法は同じ。性的暴行は認められなかったが、岸波は自殺に臨む前の未成年に性行為をしていた。
岸波は自殺願望を抱えていたという。被害者5人のうち、未成年の女性2人に対しては当初、一緒に自殺すると言っていた。だが、想定と違う事態が起こると降りた。男性2人の自殺に対しては、最初から加わらなかった。
動機は本当に死にたかったのか、それとも死者の財産目当てか。死を前に自暴自棄になった女性との性行為もあわよくば期待していたのではないか。裁判を傍聴しても動機は判然とせず、気味の悪さだけが残った。
岸波は福島市出身で無職。地元の高校を卒業後、派遣社員として勤めるなど職を転々とし、犯行当時は市内のアパートに住んでいた。岸波が自殺志願者の死に関与するようになったのは、罪に問われている事件を対象にすると、遅くとも2024年5月ごろにさかのぼる。事件の経緯を別掲に記した。岸波は起訴内容を概ね認め、窃盗罪のみ否認。山形県内での自殺ほう助については、罪状認否では「黙秘します」と言った。
被害者5人のうち4人が死亡しており、自殺ほう助の現場で何が起こっていたかは、ほとんどが岸波の証言に頼らざるを得ない。「死人に口なし」とはまさにこのことだ。
事件は一部に過ぎない?
時系列順に岸波の犯行を振り返る。その前に、裁判で審理されているのは岸波が関わった事件の一部に過ぎないと心に留めておく必要がある。地元紙報道によると、岸波は自殺を考える県外の若者にも接触を試みていたという。生き残った被害者がトラウマから捜査の取り調べや裁判での証言に耐えられないため、事件化できないものもあったそうだ。

まず岸波は、SNSで知り合った宮城県の男性B(24)=当時=から依頼を受けて殺人を試みた。2024年5月ごろにSNSを通じて知り合い、絞殺の依頼を受けたという。同28日にJR福島駅前で落ち合い、岸波は自分が運転する車にBを乗せて福島市大笹生大平地内に向かった。そこで車を停め、車内でロープや両手を使って首を絞めたが未遂に終わった。苦しがったBが「生きたい」と口にし、岸波は手を止めたという。
岸波はSNSを通じて、自殺を希望する埼玉県の男性C(19)=当時=と知り合い、Bに紹介した。BとCが2人で自殺を図り、岸波はその現場まで送り届けることになったという。2024年6月10日午後3時ごろに岸波は会津若松市のホームセンターで2人と落ち合い、車に乗せて喜多方市関柴町の廃村まで送り届けた。テントや練炭、コンロは2人がすべて用意していた。
岸波は自殺を試みる2人を車で山深い現場まで連れて行ったことが自殺ほう助罪に問われている。岸波は集会所前で練炭とコンロを準備したりテントを張ったりするのを見届けた後、車で走り去った。2人は同12日午前10時20分ごろに通行人にテント内で死亡しているのを発見された。死因は一酸化炭素中毒だった。
6月下旬には、またもやSNSで自殺を希望する県内の女性A(17)=当時=と知り合った、7月1日昼頃に郡山市内でAを車に乗せて喜多方市に向かった。未成年と知りながら連れ去った行為が未成年者誘拐罪に問われている。
岸波はGPSによる追跡を防ぐためか、Aに携帯電話をコインロッカーに入れておくよう事前に伝えており、Aは従った。岸波は喜多方市熱塩加納町宮川地内でAと性交。このことが県青少年健全育成条例違反に問われている。最初は不同意性交等容疑で逮捕されていた。
その後、岸波はテントを張り、用意した練炭に火をつけてAがいるテント内に入れて、外からチャックを閉めた。Aが苦しがり、練炭自殺は途中でやめた。これで自殺ほう助未遂罪に問われた。岸波はAを郡山駅前まで送り届けると、Aはすぐに警察に被害届を提出した。
被害者とは全員SNSで知り合っている。2024年8月中旬までに岸波は4人目の被害者と知り合う。山形県在住の女性D(17)=当時=で、これまでと同様に自殺希望者だった。同年9月2日の午前中に山形市内で合流し、岸波が車に乗せて同県内や福島県内の山中を、めぼしい場所を求めて走り回った。連れ回した行為が未成年者誘拐罪に問われている。
翌3日の早朝、岸波は山形県上山市内にある廃村の建物周辺で、あらかじめ用意していたテント、練炭、コンロを設置し、Dが自殺を試みるのを手助けした。Dは、ほかの被害者と違い、遺体が発見されたのが同23日と死亡から発見まで時間が掛かった。司法解剖では死因は特定できなかったが、状況から一酸化炭素中毒とみられる。
最後の被害者は昨年1月に田村市内で死亡が確認された。被害者の車両内に設置されていたドライブレコーダーに岸波とのやり取りの記録が残っていた。映像や音声記録の結果、岸波に自殺ほう助容疑が掛けられ、同31日に初めて逮捕される決め手になったとみられる。
「見たくないもの」とは
岸波は同1月上旬までにSNSを通じて、いわき市の女性E(26)=当時=が自殺を考えていることを知った。おのおの車で田村市大越町の廃ホテルに行く。脇の林道に車を停め、岸波はEの車内に乗り込んだ。Eが練炭を燃やすコンロを1台しか持っていないことを知ると、「それでは足りない」と自分が持っていたもう1台に火をつけて車内に設置した。最後まで立ち会わずに、自分の車に乗ってその場を後にした。
2024年6月以降、岸波は未遂も含めて少なくとも3件の練炭自殺に関わってきた。ノウハウを蓄積していたのだ。Eは岸波と会った日の翌10日午前3時ごろに一酸化炭素中毒により死亡した。約20日後に逮捕される岸波の最後の犯行だった。もっと長い間野放しにしていたら、より多くの自殺に関わっていたのではないかと考えると恐ろしい。
田村市内の犯行では、岸波は一度二本松市内の道の駅まで引き返した後、時間を潰し、夜が明けてから現場に戻り、ガラス越しに被害者Eの死を確認していた。それまで被害者の死亡を確認することはなかった。彼が使うSNS、X(旧ツイッター)のアカウントを検索すると、同時期の投稿が不安や驚愕を表している。
1月10日午前5時56分「心配だ どうなったんだろう」
同7時5分「目的地に着いた 見たくないものを見た」
岸波はEの口座から現金を引き落としたことが窃盗罪に問われている。岸波は、「Eから生前に、譲渡を受けて預金を引き出す同意を得ていた」と否認している。岸波はEと車内で話した時、「どのぐらい預金があるのか」「暗証番号を教えてほしい」などとやり取りした。その様子はドライブレコーダーに記録されていた。Eの口座に1月15日に給料が振り込まれることも聞いた。
最初の犯行があった2024年5月から少なくとも8カ月間、岸波は野放しになっていた。同7月には県内の女性Aが自殺未遂に巻き込まれ、その足で警察に被害届を出すが、即逮捕には至らず。その間、山形県と田村市で新たに2人の犠牲者(D、E)を出した。
実を言うと、それより前、福島県警は岸波が被害者の自殺に関わる寸前に、当の被害者に職務質問という形で接触していた。岸波が自殺希望者の男性2人と喜多方市の現場を訪れた2024年6月10日のことだった。
男性2人(BとC)は会津若松市内のホームセンターで午後3時に岸波と待ち合わせる予定だったが、その1時間ほど前にCは警察官から職務質問を受けた。練炭に加え、着火剤やガムテープを所持しているのをとがめられたのだ。その後、BとCは岸波の車で山奥に運ばれ自殺。警察官からの職務質問がCを踏みとどまらせることはなかった。
岸波の逮捕へと急展開したのは、時系列からすると、田村市で死亡した女性Eの預金口座から現金を引き落とした窃盗事件の発覚が大きな要因になっている。
Eは2025年1月10日未明に車内で死んだ後、同日昼過ぎに通りかかった登山客に発見された。Eは死んでいるはずなのに、口座に給料が振り込まれた後、16万円が勝手に引き出された。不審に思った両親が警察に相談し、捜査が進む。Eが遺したスマホのXアカウントを調べると、岸波と自殺ほう助についてやり取りしていることが判明した。
岸波のXアカウントを調べると、やり取りの相手は自殺をほのめかしたり、希死念慮を示したりするなど不穏な空気を思わせる。岸波がフォローしている(=興味を持ち連絡を取ったり投稿を注視している)相手の自己紹介欄には、「自殺希望」「●●在住 練炭」と書く露骨なものも多数あった。
「1人は怖いし躊躇する」

昨年12月17日に開かれた初公判では被告人質問まで進んだ。弁護人から自殺ほう助の動機について尋ねられた岸波は「頼まれたから」と答えた。
以下は下山洋司裁判長とのやり取り。
――自分も最初から自殺願望があったと被害者に伝えたか。
「Aさん(県内の17歳女性)、Bさん(宮城県の24歳男性)、Dさん(山形県の17歳女性)には一緒に死ぬつもりだと伝えた」
――どの段階で自分は死ぬのをやめようと思ったのか。
「Aさんの時は練炭があまり燃えず事前に調べた情報と違ったので延期を申し出た。Bさんとは最初一緒に死ぬつもりだったが、途中で寝ている間に首を絞めてほしいと言われたのでやめた。Dさんとは一緒に死のうとしたが死ねなかった。練炭1個じゃ足りないのかと思い延期を申し出た(Dさんのみ死亡)」
――Bさんは、Cさん(埼玉県の19歳男性)と自殺を試みたが加わらなかったのか。
「加わらなかった」
――自分ひとりで自殺を試みたことはあるか。
「幼少期に試みたことがある」
――今回1人でしなかった理由。
「練炭自殺が未遂で終わり失敗した時に助けがあったらいい。1人は怖いし躊躇する。みんなでやれば怖くない」
――Dさんの事件だけ黙秘している理由は。黙秘権があるので言いたくなければいい。
「黙秘でお願いします」
岸波は自殺ほう助事件に関係するある人物とのやり取りの中で「あっちの仕事した後は心が病んでくるな」と語っていた。仕事というなら、常習的で報酬があったのではないだろうか。山形の事件だけ黙秘を貫くなど謎も多い。
次回は1月30日午前11時半から論告・弁論が開かれ結審する予定。これ以上、詳細が明らかになることはなさそうだ。


























