国見町が企業版ふるさと納税を原資に計画した高規格救急車の研究開発事業を検証する町議会の調査特別委員会(百条委員会)が3月で証人喚問を終えた。6月に報告書を公表する予定だ。議員らは公募にもかかわらず受注企業が事業を実質計画し町が従ったのではと見立て、官製談合疑惑の可能性も視野に追及した。物証がなく手詰まり感が漂ったが、最後の最後に入札妨害と受け取れる内部記録を提示。引地真町長は「持ちかえって検討する」と明言を避けた。検証と次期町長選は本来別物だが、委員長と前回の町長選立候補者が同じため町民は結びつける。前回の候補者に聞くと、それぞれの思惑があり選挙戦になりそうだ。本誌には原稿執筆時点で、県職員ОBの出馬の動きが伝わってきた。
前回立候補者4人に聞く出馬の意思
高規格救急車事業は宮城県多賀城市のワンテーブル社が公募型プロポーザルで受注した。複雑な構図は、同じく宮城県拠点のブロック紙河北新報のスクープで明らかになった。一連の問題を要約すると次の通り。
①ワンテーブルとその委託先の救急車製造ベンチャー、ベンチャーの親会社DMM.com(東京)を巻き込み、企業版ふるさと納税による寄付を利用してグループ内で資金還流した疑惑。ふるさと納税企業は控除を受けられるため、同紙は「課税逃れ」を指摘した。町は2022年3月に民間事業者と連携する「官民共創コンソーシアム」を設立、ワンテーブルは業務を受託し、事務局を務めていた。救急車事業は同コンソーシアムで議論された。
②ワンテーブルの前社長が国見町などの過疎自治体を念頭に、「行政機能を分捕る」、「地方議会は雑魚」などと地方自治を軽視する発言音声を河北新報が2023年3月に報道。町は「信頼関係が失われた」として高規格救急車事業を中断した。
③河北新報の報道や独自調査を基に、町議会内に設置された百条委が高規格救急車事業における官製談合疑惑を追及した。(構図は図の通り)
昨年10月に設置された百条委で議員らは③を明らかにしようと証人喚問を行ってきた。
引地氏の町政報告
3月28日の百条委では、町職員がSNSのグループを通して、ワンテーブルに受注者が決定する2022年1月下旬よりも前に、公募に関する決裁前の文書などをワンテーブル社員に見せていたと伺わせるやり取りが示された(写真)。
委託内容がワンテーブルに事前に伝えられていたとする議会側の追及に、引地町長は「ありえないこと。確認する」とした(朝日新聞3月29日付より)。
本誌は3月号で「百条委に検証は荷が重い。物証を示せず手詰まり」と書いた。なぜ今になって百条委で物証を示したのか。内部文書を入手した委員長の佐藤孝議員(2期)は「町長や職員が百条委内で疑惑の真相を明らかにしないので物証を出した」と話す。百条委で証人が偽証した場合、議会は刑事告発しなければならないが、佐藤議員は議員個人として証明するのは難しく、刑事告発の可能性はないとしている。判断は報告書を読む者に託される。
町内の医療関係者が、町が救急車事業に翻弄されたそもそもの理由を考察する。
「町執行部やそれをチェックする議会のレベルがあまりにも低すぎ、会社の口車に載せられて必要性のなかった高規格救急車事業を始めてしまったと言える。そもそも重装備された高規格救急車で患者を運ぶような状況が頻繁に起きるのか、町でやるべき事業なのか精査が甘かった。河北新報に格好のネタにされ、町民として恥ずかしくてたまらない。事業費の4億3000万円は寄付金だったので町に被害はないという意見もあるが、『町の事業』に使うのだから公金だ」
引地真町長(1期)は今年11月26日で任期満了を迎える。事業を進めた町の責任を踏まえ、町民の関心は町長選(11月5日告示、10日投開票)に移っている。前回(2020年)行われた町長選で争った立候補者4人に再度立候補する意思があるか尋ねた。
◎国見町長選(2020.11.8)
当 引地 真(60) | 2,398 |
松浦 和子(71) | 1,719 |
佐藤 孝(65) | 1,478 |
髙橋 翔(32) | 40 |
現職の引地氏に4月下旬に聞くと、「まだ決めていません。適切な時期に判断したい」という。
町民からは引地氏の後援会が活動を始めたと情報があったが、
「町政報告の場であり、政治活動ではありません。まず公務として行っているものがあります。全64町内会に出向き、要望を受け取って説明しています。昨年秋にはタウンミーティングを行いました」
「お尋ねの後援会については、町内各地に出向いて報告しています。町民全員を対象にしており、分けて行っているのは、1カ所に大勢集まっていただくよりも近所に来ていただいた方が参加しやすいからです。今年の2月から始めました。新型コロナが収まってきた状況を見て、なるべく早く報告の場を設けたかったのですが、昨年春は高規格救急車事業に関する住民説明会などがあり、そちらを優先していました」
町議を辞職して臨み、次点だった松浦和子氏は「白紙です。ごめんなさい。現状は答えられません」。
理由を聞くと、「選挙戦を通じて公職の候補者として発言して書かれることの重みを痛感しました。一度自分を離れた言葉が周囲からどのように受け取られるか分からないので、これ以上言えないことを理解してほしい」。
松浦氏と同じく町議を辞職して立候補した佐藤孝氏は落選後、昨年5月の町議選で再選された。高規格救急車疑惑が発覚後は、前述のように百条委の委員長として執行部を鋭く追及した。百条委の検証を次期町長選への布石と見る町民は多いが、4月中旬に佐藤氏に聞くと、「未定です」。
日を改めて4月下旬にもう一度尋ねたが、
「立ちません。これははっきり言います。周囲には『やれ』と言う人がいっぱいいるが、選挙は大掛かりで迷惑が掛かる。私はやらない」
とはいえ、執行部(引地町長)を追及する百条委の委員長に就けば、町長選に再び挑もうとしているのではないかと見られてしまうのはやむを得ない。
「議員間の話し合いの中で百条委設置を提案したのは別の議員です。それぞれが検証しなければとは思っていただろうが、私が仕掛けたわけではない。委員長には当初、山崎健吉副議長が就く予定だったが、私が『調べて何も出てこなかったら、副議長が責任を取ることになる。それは避けるべき』と手を挙げた」
委員長には自ら就いたようだ。百条委を傍聴したことがある町民によると「委員長の佐藤氏と副委員長の小林聖治氏以外の質問は、はっきり言って冗長であまりぱっとしなかった」というから、やはり佐藤氏ばかりが目立った百条委のようだ。
髙橋氏出馬の条件
前回町長選の立候補者中、他の3人と毛色は違うが、この人にも聞かねばなるまい。髙橋翔氏(郡山市)だ。宇宙開発関連企業の社長で、各地の選挙に出続けている。
「出馬は状況による。ゼロではない。引地町長が出馬するなら私も出る。引地町長は、高規格救急車事業への対応に反省を示し、自分の力では国見町を再生するのは無理と悟ってほしい。ただし前回同様、誰か町議が出るようなら邪魔はしない」
髙橋氏は衆院選の新福島2区で立候補することを既に表明している。総選挙と被らなければ、話題性のある国見町長選に立候補する公算が高い。
各地の有権者は髙橋氏の真意が読めず、立候補すること自体が現職と住民をおちょくるようなイメージで受け取られがちなので、反感を持たれる傾向がある。民間ベンチャーの経営者で、どちらかというと「行政機能を分捕る」と発言したワンテーブルの前社長に立場が近い。岡目八目の意見に耳は傾けつつ、素性を洗い出しておく必要があろう。
髙橋氏は㈱アルストロメリア(郡山市日和田)、㈱ユーチャリス(同市中田町)、一般社団法人NEO電工協会S.H.I.O.N(同)などの代表を務める。NEO電工協会は2019年に国見町藤田で立ち上げ事務所を置いた。髙橋氏によると、町と課税を巡って揉め、税務課職員の「文句があるなら町長選に出ればいい」という売り言葉に買い言葉で立候補したという。
町長選とは関係ないが、髙橋氏は高規格救急車問題が発覚する前に既にワンテーブル社を知っていたことが分かった。
「私は宇宙開発関連事業にポテンシャルを感じて2019年に国見町に事務所を置きました。町内の商工事業者と連携しようと、情報を求めて町の担当部署を訪ねたところ、ワンテーブル社が宇宙食にもなる防災食ゼリー事業を町と共同で進めていることが分かった。宇宙関連産業なら協業の可能性もあるのではないかと思い、同社を調べましたが、宇宙事業に本気に取り組んでいるとは思えず、一緒に仕事をしたい相手ではなかった。一民間事業者として観察すると、弱小自治体からうまい具合に金を引き出そうとしているのがミエミエでした。実際、宇宙食にもなる防災食ゼリー事業は町ではその後、進展しなかったですからね」
今となっては髙橋氏がワンテーブル社の素性を口にしたのも、それを本誌が書くのも後出しではあるが、蛇の道は蛇。同業者からの評判は重要であることが分かる。
県職員ОBが出馬か
ある経営者は前回町長選を次のように振り返る。
「元県職員だった太田久雄前町長の実質的な後継指名は当時町議2期目の松浦和子氏でした。太田氏は引地氏も念頭にあったようですが、『まずは町議から始めてはどうだ』と言っていたそうです。松浦氏、佐藤氏が町議を辞職して立候補表明した後に元総務課長の引地氏が名乗りを上げました。私は引地氏が太田氏の言うことに従うものと思っていたが、選挙期間中、引地氏は太田町政に対し是々非々の発言をしていたので、元上司(太田氏)にもはっきり物を言うんだと意外に感じました」
高規格救急車問題は、狡猾な企業に狙われた点、国の制度を悪用した巧妙な構図が、国見町だけではなく全国の過疎自治体も同様の事態に見舞われる可能性があると危機感を喚起させ、他山の石となった。
だが住民の要望は、医療機能の確保、子育て世帯の住宅確保、就業場所の創出、果ては自宅前の道路を整備してほしいなどそれぞれ異なる。高規格救急車事業に対する町民の声も「真相を明らかにしてほしい」から「町の恥なのでそっとしておいてほしい」まで幅がある。
大切なのは同じ過ちを繰り返さないこと。そのためには実効性のある検証が不可欠だ。
町執行部は弁護士と学者ら3人からなる第三者委員会を設置し、事務手続きの検証を委ねている。当初、委員3人中2人の大学教員が「一身上の理由」で辞任する紆余曲折はあったが、新たに2人を補充し、弁護士2人、学者1人の体制で検証を再開し、これまで3回行った。今後、通算6回目の会合が開かれる予定だ。
一方、百条委の報告書は6月に公表される予定で、検証結果が第三者委員会と百条委で同じになるか異なるかが注目される。町民が町長選で1票を投じる際の判断材料の一つになるだろう。
前回町長選の4候補者中、1人が条件付きの立候補を考えており、選挙戦になる可能性がある。町議選は無投票が続くが、町長選においては票数が見えない=町民の支持が可視化できない事態は避けられそうだ。
※4月24日の原稿執筆時点で、本誌に「町内出身の県職員(部次長級)ОBが周囲に出馬の意思を示している」との情報が入ってきた。詳細が分かり次第報じていく。