「温泉むすめ」人気に沸き立つ福島市飯坂温泉

「温泉むすめ」人気に沸き立つ福島市飯坂温泉

 福島市・飯坂温泉のPRキャラクター「飯坂真尋ちゃん」の勢いが止まらない。昨年9月に行われたトーク&ライブイベントには700人以上が訪れ、2月にはファンが「生誕祭」イベントを自主開催。温泉地へのリピーターが増え続けている。企画会社や地元関係者、ファンの声を聞き、人気の秘密を探った。

窮地を救った関係者の熱意と行動力

飯坂真尋ちゃん(Ⓒ️ONSEN MUSUME PROJECT)
飯坂真尋ちゃん(Ⓒ️ONSEN MUSUME PROJECT)

 漫画やアニメ、ゲーム、アイドルといった、いわゆる「サブカル」で地域を盛り上げようとする動きがここ10年ほどですっかり定着した。本誌ではご当地アイドル(2011年1月号、2012年10月号)、白河市の萌えキャラ・小峰シロ(2012年12月号)を取り上げた。このほか、ゆるキャラ、ご当地ヒーロー、コンテンツツーリズム(映画やテレビドラマなどの舞台となった場所をめぐること)などについても折に触れて事例を紹介してきた。

 ただ、いずれの取り組みも時間が経つにつれて新鮮味や独自性が薄れ、下火になっていく。だからこそ、常にアップデートして、その地域に関心を持ってもらえるように試行錯誤していく必要がある。

 そういう意味で、いま全国的に注目されているのが福島市・飯坂温泉の取り組みだ。

 アニメ調の女性キャラクター「飯坂真尋ちゃん」を特別観光大使に任命し、店舗ごとに異なるデザインのパネルを各商店などに設置した。そうしたところ、SNSなどから火が付き、キャラクター目当てのファンが全国から足を運ぶようになったのだ。トーク&ライブイベントには700人以上が集まり、その多くが宿泊、飲食、土産品購入などでお金を落とす。在庫になっていたガイドブックの購入者にオリジナルグッズを添付したら、一気に1000冊が売れたというエピソードも。

 実は、このキャラクター、エンバウンド(東京都、橋本竜社長)が手掛ける地域活性化プロジェクト「温泉むすめ」の一環で生み出されたものだ。全国の温泉をモチーフとしており、それぞれ細かいプロフィールが設定されているほか、担当声優が割り当てられ、漫画・小説・音楽・イベントなどさまざまな形で展開されている。

 例えば飯坂真尋ちゃんの場合、飯坂けんか祭りに参加するぐらい勇ましい性格で、趣味はくだもの狩り、特技は和太鼓。好きなものは飯坂ラーメン、円盤餃子、ラジウム玉子、インデアン(飯坂の喫茶店・談妃留=ダンヒル=の名物・カレー風味スパゲティー)。声優を担当するのは、仙台を舞台にしたアニメ『Wake Up, Girls!』でメーンヒロインを演じて人気を集めた吉岡茉祐さん。

 最初は〝非公式〟のご当地キャラクターだったはずが、その企画に飯坂温泉が全力で乗っかり、公式キャラクター化してしまった格好だ。

 「当初、地元の人間はその存在を知らず、飯坂温泉観光協会に立ち寄ったファンの方から教えられて応援することになったのです」
 こう語るのは、飯坂温泉観光協会内に作られた「飯坂真尋ちゃんプロジェクト実行委員会」で現在委員長を務める和田一成さん(ほりえや旅館)だ。

「真尋部屋」を紹介する和田一成さん
「真尋部屋」を紹介する和田一成さん

 ファンの話をもとに、当時同協会青年部長だった和田さん、同青年部メンバーで漫画・アニメ・ゲームを愛する吉川屋社長の畠正樹さん(本誌昨年6月号参照)らが同プロジェクトについて調べ、エンバウンドの橋本社長に会って詳しく話を聞いた。そうしたところ、「地域を、温泉地を沸かせたい」という理念を掲げ、温泉地活性化に本気で取り組もうとしている気持ちが伝わってきた。

 和田さん、畠さんとも、首都圏へのプロモーション活動をはじめ、三味線で飯坂小唄を演奏するなど、さまざまな取り組みに挑戦したが、活性化の難しさを痛感してきた経緯があった。それだけに、少し違ったアプローチで温泉地を活性化させたいというエンバウンドの思いに共鳴し、観光協会内に実行委員会を立ち上げ、本格的に取り組むことになった。

 早速、エンバウンドに依頼して等身大パネルと缶バッジを制作。飯坂真尋ちゃんの誕生日である2019年2月14日、飯坂温泉観光協会に等身大パネルを設置した。その日の衝撃を和田さんは覚えている。

 「平日にもかかわらず、東京から等身大パネルを見るためだけに足を運んだ人がいたのです。『半休を取って新幹線で来た。円盤餃子を食べていきます』とそのまま帰っていったので驚きました」(和田さん)

 飯坂温泉は奥州三名湯と呼ばれ、古くはヤマトタケルノミコト、松尾芭蕉などが利用したとされる、歴史がある温泉地だ。最盛期には約130軒の宿泊施設があったが、バブル崩壊などを経て約40軒まで減少し、入り込み数はピーク時の177万人から57万人(2022年度)まで減少している。それだけに、等身大パネルのためだけにわざわざ東京から来た人がいたというのは大きなインパクトがあった。

 プロジェクトメンバーは、実行委員会で1、2カ月に1回のペースで会議を重ね、ファンのみならず地域の人にも広く知ってもらえる作戦を話し合った。実行委員長にはサブカル・オタクカルチャーに精通し、そのファン心理も理解している畠さんが就任し、情報共有を図った。

 もともとバイクなどが趣味でアニメはあまり見たことがなかった和田さんは、他の温泉地との外交を担当。県や全国単位で福島県旅連青年部部長として交流する機会があると、その効果の大きさや魅力を熱く伝え、「せっかくならみんなで一緒に『温泉むすめ』を応援して盛り上げていこう」と仲間を増やした。

 和田さんはほりえや旅館の一室に、飯坂真尋ちゃんの部屋をイメージした「真尋部屋」を作った。そうしたところ、全国のファンが訪れて温泉むすめグッズを置いていくようになり、いつしか部屋はグッズで埋め尽くされるようになった。

 その様子をSNSで発信すると、それを面白がる人がファンになり、実際に飯坂温泉に足を運ぶケースも増えた。一つのコンテンツから始まった人と人とのつながりが、にぎわいを生み出している。

仕掛け人も福島県出身

橋本竜さん
橋本竜さん

 飯坂温泉と前出の運営会社・エンバウンドとのつながりもある意味、運命的だった。というのも、同社の橋本社長は郡山市出身で「福島県をはじめとした東北の復興に貢献したい」と考えたのがきっかけで温泉むすめ事業を始めたからだ。

 その経歴は異色だ。郡山高校、服飾専門学校を卒業後、大手アパレルメーカーのコム・デ・ギャルソンに入社。退社後、ウェブデザイナーに転身し、独立してIT企業を設立(後にバイアウト=企業売却の意)。

 その後、青山学院大学に入学するも、iPhoneが登場したことで〝ゲームチェンジ〟が起こると予測し、半年で同大学を退学。女性が手書きボードで時刻を教えてくれることで話題を集めた「美人時計」の運営会社を設立(後にバイアウト)して、iPhoneアプリを次々に発表。軒並みランキング上位を獲得するなど、多方面で注目を集めてきた経営者だ。

 その後、フランスに拠点を移したタイミングで、震災・原発事故が発生し、福島県・東北復興のために何かを始めなければならない、と使命感を抱いた橋本さん。世界に通用する日本のサブカルに着目し、かつ東北を含む全国の活性化につながるコンテンツを開発したいと考えた。

 ビジネスを始める前にコンテンツビジネスの基礎を学ぼうと考え、帰国後に大手出版社・KADOKAWAにデジタルマーケティング担当として入社。その後、「ゼロからコンテンツを作りたい」と大手IT会社・サイバーエージェントのグループ会社に転職。誰もが知る超人気作品の立案及び制作に携わった後、コンテンツプロデューサーとして独立。満を持して手掛けたのが「温泉むすめ」だった。

 「温泉地を盛り上げるためにアイドル活動をしているという設定で声優を起用すれば声優ファンも含め幅広い人気が得られる。温泉は全国の都道府県に3000カ所あり、東北にも多い。モチーフとして最適だと考えました」(橋本さん)

 キャラクターの利用にかかる使用料やロイヤリティーを無料に設定し、イベントのチケット販売やグッズ・パネルの製造・販売を一手に担う形で収益を得る。声優や魅力的なキャラクターを描くイラストレーターへの依頼も同社が担当。グッズ・パネルを送る送料も負担し、できる限り安く温泉地に卸している。

 「温泉地の応援が目的なので〝胴元〟の利益を抑え、グッズも基本的にそれぞれの温泉地でしか購入できないようにしています。このほか、キャラクターに関する最低限の監修はするものの、展開の仕方などは各温泉地に委ねています。最初の5年は赤字続きでポケットマネーをずいぶん投入しました。民間企業として利益を出しつつ、地方に還元するのは限りなく困難なことだと思い知らされました」

 こう話す橋本さんだが、その一方で記者に対して決意を示す。

 「逆に言えば、誰かが〝泣く〟覚悟で取り組めば地方創生はうまく行く可能性が高い。それならわれわれが泣いて頑張ろうじゃないか、と。今はファンの支えもあり、徐々に売り上げも立つようになったところです」

 温泉むすめのさらなる展開について橋本さんに尋ねると、「アニメ化の話はいくつも来たが、放送が終わってブームが去ると過去形で語られてしまうので、すべて断って人気をじわじわ広げていく戦略を取ってきました。その一方で、ファンを飽きさせないのも大事なので、さまざまなコンテンツと連携したり、企業や地元ならではの文化・イベントとコラボするなど、話題に事欠かない展開を心掛けています」と語った。

 実際、飯坂真尋ちゃんの取り組みだけを見ても、温泉街へのラッピング自販機設置、さまざまな描き下ろしイラストの中からお気に入りを選ぶ「飯坂真尋ちゃん総選挙」、福島交通飯坂線の飯坂温泉駅前への大看板設置、同駅建物内への「真尋ちゃん神社」開設、スマホのGPSやカメラと連動し、飯坂真尋ちゃんが声と動きで飯坂温泉をガイドしてくれるサービスの開始など、次々と新しい話題が提供され、ファンの心をわしづかみにしている。

 コンテンツを使った地域おこしを本気で、長期的かつ戦略的に考える橋本さんだからこそ、和田さんや畠さんら飯坂温泉青年部のメンバーも信頼して本気で取り組んでいくことを決めたのだろう。

周囲も挑戦を後押し

「ギャラリー梟」の飯坂真尋ちゃんコーナーと佐藤真也さん
「ギャラリー梟」の飯坂真尋ちゃんコーナーと佐藤真也さん

 飯坂温泉の場合、若手の新たな挑戦に理解を示しサポートしてくれる存在がいたのも大きかった。その一人が飯坂温泉観光協会専務理事の佐藤真也さん(佐藤新聞店社長)だ。

 「私自身、青年部時代に、建物の外壁などに巨大スクリーンを設置して映画を上映する『飯坂シネマプロジェクト』、人気漫画『機動警察パトレイバー』に登場するイングラム(人型ロボット)の実物大模型展示などで話題づくりしてきたが、世代の違いもあって周囲の理解が得られず苦労した。だから、若手の挑戦は快く応援したいと考えました」

 青年部から相談を受けた佐藤さんは「サブカルチャーのコンテンツは流行のスパンが短い。必要な予算は確保するから、他の温泉地に先んじてスピーディーに徹底的にやってほしい。周囲には自分が説得するから」と具体的にアドバイスした。

 パネルを置き始めたときは「目ざわりだ。撤去しろ」などのクレームが入ったが、「未来につながる取り組みだ」と周囲を説得した。一方で佐藤さん自身も、これまで情報収集にしか使っていなかったツイッター(現X)などのSNSを駆使し積極的に発信するようになった。

 そうするうちに、その発信力の高さと、同じ趣味を持つ人がつながっていく面白さを知った。

 「知名度アップのため、東京のイベントなどにブースを出し、試食を振る舞いながらパンフレットを配ると、結構な経費がかかるし、その成果も見えづらい。それならばツイッターなどを使って無料で徹底的に情報発信した方がよっぽど効果的なのではないか、と考えるようになりました」(佐藤さん)

 かつては飯坂温泉で検索すると、「ずいぶん寂れた」、「共同浴場に入ったら熱くて、水でうめようとしたら怒られた」などネガティブな投稿ばかりが目立った。だが、次第に飯坂真尋ちゃんのファンの声が増えていき、現在ではネガティブな投稿の方が少数となった。

 佐藤さんは「いで湯の里の美術館・ギャラリー梟」の運営にも携わっており、館内に飯坂真尋ちゃんコーナーを設けたほか、フクロウの衣装をまとった飯坂真尋ちゃん「まひろウ」のパネルを制作した。そうしたところ、そのかわいらしい姿がSNSで大きな話題となり、同施設にも多くのファンが訪れるなど、温泉地内で周遊が行われるようになった。まさに若手の挑戦が「未来につながる」取り組みとなったわけ。

ファン主催イベントも

 温泉むすめは現在、全国127人にまで増えている。ファンはバラエティーに富んだイラストや好みの声優などをもとに〝推し〟のキャラクターを見つけ、モチーフとなった温泉地に足を運んで楽しむ――。コロナ禍で個人旅行・一人旅が増えた中、こうした楽しみ方は〝推し活〟として定着しつつある。他の温泉地と〝ハシゴ〟して旅行するファンもおり、競合相手である近隣の温泉地同士で連携する動きも生まれている。コロナ禍で客足が離れ、窮地に立たされていた温泉地を温泉むすめが救ったと言っても過言ではあるまい。

 今年2月には、飯坂真尋ちゃんの誕生日に合わせてファンによる生誕祭イベントが開催され、約20人が集まった。主催者が負担して、飯坂線の電車に飯坂真尋ちゃんが描かれたヘッドマークを付けて走らせたほか、飯坂温泉の旅館で交流会や夕食会を開いた。幹事を担当したファンの四季しのぶさんによると、生誕祭は毎年開かれている。今回は飯坂真尋ちゃんをはじめ温泉むすめを熱心に応援していたファン仲間の〝アルパカ〟さんが亡くなったことで、弔いの意味も込められていたという。

 「PRキャラクターを制作したものの、その後何の動きもないというケースも多いが、飯坂真尋ちゃんは『新たなパネルが出た』、『新グッズが発売された』ととにかく飽きさせない。声優の吉岡さんによるライブも『地元でやるのなら』と見に行き、生の迫力にすっかり魅了されました」(四季さん)

 飯坂温泉の共同浴場のお湯並みに熱い、関係者の熱意と行動力が生み出した飯坂真尋ちゃん現象。飯坂温泉観光協会では現在、専門家などに依頼して飯坂真尋ちゃんの経済効果を算出しようとしているところだが、これまでの地域おこし・PRとは異なる大きな規模の取り組みとなっているのは間違いない。

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