東京電力福島第一原発事故で生じた放射性物質を含んだ除染土を最終処分するまでの間、保管を担う国策会社「中間貯蔵・環境安全事業株式会社」(JESCO・本社東京)に上司から暴言を吐かれたと訴える職員がいる。上司は「怠慢を指導」とし、職員は「パワハラを受けた」と互いの主張は平行線。寄せ集めの組織ゆえ、職員同士の連携が並大抵でない実態が浮かび上がってきた。
「怠慢を指導」か「パワハラ」かでいがみ合い
8月24日、東京電力福島第一原発で発生した汚染水を浄化処理した水の海洋放出が始まった。「水」に注目が集まる一方、事故で発生した放射性物質を含む「土」の保管を担う中間貯蔵・環境安全事業株式会社(JESCO)の中間貯蔵管理センター福島事務所(福島市)に勤務する60代の男性職員は、所長を務める男性から投げ掛けられたという暴言をこう振り返った。
「2022年1月に環境省から委託された建物の解体工事の設計変更を担当しました。同27日に設計書の納期が迫っているのにまだ終わらないのかと上司から言われました。『やる気あんのか!』『ふざけんじゃねえぞ!』などの暴言を吐かれました」
男性職員は、大学の工学部を卒業後、民間企業、復興庁を経て2017年にJESCOに入社した。民間企業に勤めていた時は建築現場で働き、一級建築士の免許を取った。
ここでJESCOの組織に触れておかねばならない。特徴は、中途採用や出向者が多く、職歴がさまざまな人物が集まる大所帯(従業員559人=今年3月末現在)ということだ。それが、職員間の軋轢を生みやすい土壌につながっている可能性がある。
JESCOは、中間貯蔵・環境安全事業株式会社法に基づき政府全額出資で2004年に設立された特殊法人。当初の事業はポリ塩化ビフェニール(PCB)廃棄物の処理で、16年に終える計画だった。ところが14年に計画を延長した上、原発事故で発生した除染土の収集や運搬、中間貯蔵、調査研究、技術開発の事業も追加された(東京新聞2017年4月24日付より)。
代表取締役社長は環境省で事務次官(2019年7月~20年7月)を務めた鎌形浩史氏。資本金は382億円(2023年2月末現在)。
前出の東京新聞の記事は、JESCOが中央省庁から再就職者や現役出向者を19人受け入れ、そのうち監督官庁の環境省出身者が17人で約9割を占めていたと報じた。「環境省職員だからといってPCB処理や中間貯蔵のプロというわけではない。OBや出向者を20人近くも在籍させる必要があるのか疑問だ」という元経済産業省官僚古賀茂明氏の指摘を紹介している。
除染で集めた汚染土壌を保管するのは不可欠な仕事だ。環境省所管の国策会社のため、JESCOは代々トップに同省事務次官経験者を据え、取締役と監査には元官僚と民間企業の役員が付いている。天下り先と言われる所以だ。
前出の男性職員によると、福島市の事務所では県職員が退職後に所長になり、実務は東電や土木建設会社からの出向者・転職者が主導し、現地採用の任期付き職員や派遣社員が従っているという。
JESCOの業務はPCBの処理と、除染土を最終処分するまで管理することなので、新たな業務を抱え込まない限り事業は将来縮小する。言わば「尻拭い」の組織。実務者には、生え抜きの職員を多く採用して一から育てるよりも、即戦力の人物を民間から集め、その他は臨時職員で人員調整する方が都合が良い。
男性職員に暴言を吐いたとされる所長は、県が発表する「退職県職員の再就職状況」によると、2017年度に水・大気環境課長を退職し、JESCOの福島事務所に再就職したと記載されている。
本誌は所長に、男性職員が訴える昨年1月27日の暴言について確認した。
「ハラスメントを受けたという申告はありましたが『苦情』と処理しています。『やるべきことをやらない人に厳しく指導をした』との認識です。男性職員には工事設計の締め切りを前から知らせていたのに、必要な作業をする素振りが見られませんでした。本人に確認すると『期限は明日までと思っていました』と答えました」
さらに、
「彼は『設計部門をできる』と虚偽を言って採用されたのではないでしょうか。周りがカバーしなければならず、他の職員から批判が出ました。所長の手前、必要な指導をしたと認識しています」
所長によると、納期が迫る中、工事の設計結果を急いで提出するよう指導したが、その時に「激しい言葉遣いになった」との認識のようだ。
男性職員が反論する。
「期限は同2月上旬で、まだ時間はあり、私は計画的に進めていました。正しい期限は議事録で回し、所長もチェックを入れ確認していたはずです。前職では解体工事の設計を担当したことがあります。経験に従って自分の中では順調に進んでいると思っていましたが、突然『間に合わないのではないか』と詰められ、そこで環境省委託の設計書では見積もり方法が異なっていることを知りました。想定していた期限よりも前に、徹夜で仕上げるようにと罵倒を交え叱責されました」
男性職員は、所長とのトラブルに至る前段に、発注者である環境省内で職員同士の折り合いが悪く、同省からJESCOへの指示が一本化されていなかった点、以前に環境省の仕事を請負い辛酸を舐めた民間業者から「今度の担当者は最後に仕事を押し付けてくる人物なので気を付けろ」と助言され、実際にその通りだった点を挙げ、工事の流れの川上に立つ環境省職員の問題も指摘した。
所長と同じフロアに
男性職員によると、暴言を吐かれたことを受け、福島労働基準監督署に相談して本社の人事部と面談し、別の仕事の担当になったという。ところが、その職場は所長と同じフロアで、「罵声を浴びせられるのでないかとビクビクし、顔を合わせることに苦痛を感じる」と話す。
一方、所長はと言うと「ここまで『苦情』を申し立てる職員はレアケース。やることをやらず、権利だけ主張するのはおかしいと思います」。
本誌は5月号に「福島国際研究教育機構職員が2日で『出勤断念』 霞が関官僚の〝高圧的態度〟に憤慨」という記事を掲載した。現地採用の職員が官庁の出向者から馬鹿にされたと思い、「この上司とは信頼関係を築ける気がしない」と2日で出勤を諦めた内容。寄せ集めの職場では、信頼関係を築くのが並大抵ではないことが分かる。
男性職員と所長の話を聞くと、JESCO福島事務所の職場は風通しが悪そうだ。JESCOは国策事業を担い、多額の公金が投入されているので、職場問題が業務に支障を及ぼさないか国民は不安を覚えるだろう。仲良くしろとは言わないが、準公務員であることを自覚し「呉越同舟」で職務に励んでほしい。
※JESCO本社に事実関係を確認すると、男性職員の申し出は「ハラスメントの相談として受け付け、詳細については個人が特定される情報なので、回答を控えさせていただきますが、社内規程および厚労省の指針に則り、ヒアリング調査など必要な対応をとりました」とのこと。「会社としては、ハラスメントの防止に引き続き力を入れて取り組んでいく所存です」とした。