相馬地方広域消防本部で起きていたパワハラは底無しと言っても大袈裟ではないだろう。第三者委員会による調査は丸1年かかった。同委員会は今後、同消防本部から提出されたパワハラ再発防止対策の内容を検討した上で必要な提言をする予定。そうした中、現役職員から本誌編集部に「調査は不十分。このままでは処分されるべき人が処分されず、パワハラは根絶されない」との内部告発があった。
「処分されるべき幹部はまだいる」
相馬地方広域消防本部(五賀和広消防長。以下、相馬広域消防と略)は相馬地方広域市町村圏組合(管理者・門馬和夫南相馬市長。以下、相馬広域圏組合と略)が管理運営し、相馬市、南相馬市、新地町、飯舘村の災害・火災・救急対応に当たっている。南相馬市原町区に消防本部が置かれ、相馬消防署、同消防署新地分署、南相馬消防署、同消防署小高分署、同消防署鹿島分署、同消防署飯舘分署を構える。2024年度の消防費予算は20億7300万円、職員数は150人。
相馬広域消防でパワハラが発覚したのは2023年11月、一人の職員が代理人弁護士と連名で申し入れ書を提出したのがきっかけだった。
そこには加害者とされる職員4人の実名と①2015年以降、常習的にパワハラを受けていた②複数の消防署・分署でパワハラ被害がある③内部のパワハラ調査で申告し、対策を求めたが改善されなかった等々が書かれていた。職員は、詳細な調査と結果の公表、再発防止策のとりまとめと速やかな実行、加害者への厳正な処分を求めた。
これを受け相馬広域圏組合は2023年12月、「相馬地方広域消防内におけるパワーハラスメント行為に関する第三者委員会」(委員長・安村誠司県立医科大学理事兼副学長)を設置。同委員会は昨年12月までに計41回開かれ、その間、2月に第一次答申書、3月に同答申書追補、5月に第二次答申書(中間答申)と同答申書追補、7月に第三次答申書、9月に第四次答申書、10月に第五次答申書、12月に第六次答申書をまとめた。
第三者委員会は第六次答申書をもって調査を終了し、今後は昨年11月に相馬広域消防から提出されたパワハラ再発防止対策の内容を検討した上で必要な提言をする予定だ。
本誌は、昨年6月号に「腐敗する相馬地方広域消防本部」という記事を掲載、第一次答申書と同答申書追補に書かれていたパワハラの詳細に触れ、職員4人が懲戒処分を受けたことを報じた。その後にまとめられた答申書にも複数のパワハラが記され、12月4日までに計8人が懲戒処分を受けた。処分される職員はほかにも数人いるとみられる。
相馬広域消防の処分者一覧
処分日:2024年4月19日
・消防本部 消防指令 男(50)
→停職1カ月、消防指令から消防指令補に降任
・南相馬消防署鹿島分署 消防指令 男(51)
→停職3カ月、消防指令から消防指令補に降任
処分日:2024年5月9日
・相馬消防署新地分署 消防指令補 男(44)
→停職6カ月、係長から副主任主査に降任
・消防本部 消防指令補 男(42)
→免職
処分日:2024年8月7日
・消防本部 消防司令補 男(34)
→減給10分の1、3カ月間
・相馬消防署 消防司令補 男(44)
→減給10分の1、1カ月間
処分日:2024年12月4日
・南相馬消防署鹿島分署 消防指令 男(57)
→免職
・南相馬消防署鹿島分署 消防指令 男(54)
→停職6カ月、消防指令から消防指令補に降任
職員150人のうち10人前後がパワハラで処分されるのは異常。しかも、その内容は暴力、暴言、嫌がらせ、カツアゲで、加害者は40~50代の役職者が大半だったから開いた口が塞がらない。
「処分されるべき人はほかにもいる。しかし、このままでは処分を免れ、あろうことか出世する可能性すらあります」
こう話すのは相馬広域消防の現役職員だ。現役職員は記者に実名と顔を明かして取材に応じたが、ここでは仮に「Aさん」としよう。
「自分が世話になってきた組織なので内部告発なんてしたくないが、相馬広域消防は本当に腐っている。上司たちに指導力はなく、自浄能力もない。本気で立て直すなら、第三者委員会が入っている今がチャンスだと思う」(Aさん)
ただ、Aさんには第三者委員会の調査が不十分に感じられる。
「処分されるべき人のパワハラが認定されていないからです」(同)
すでに処分を受けた職員や今後処分が見込まれる職員以外にも、パワハラ加害者がいるというのだ。
「あと数人は処分されるべき人がいる」と語るAさんだが、中でも「絶対に見過ごしてはいけない」と名指ししたのが50代の総務課主幹だ。一体どんなパワハラをしたのか。
Aさんによると、主幹は主にバーベキュー(BBQ)の場で目に余る振る舞いを繰り返していた。
『そろそろ時間だな』は池に飛び込まなければならない無言の合図なのです
「主幹は後輩職員らを誘い、よく自宅の庭でBBQをしていたが、飲み食いが一段落すると『そろそろ時間だな』と言うのです。すると、後輩職員は一斉に服を脱ぎ出し、庭にある池に飛び込む。主幹は決して『池に入れ』とは言わないが『そろそろ時間だな』は池に飛び込まなければならない無言の合図なのです」(同)
後輩職員の間では、主幹からBBQに誘われた時は池への飛び込みを覚悟するよう言われていたという。
「そこには主幹の上司もいたが、彼らが『そういうことはやめろ』と注意したことは一度もなく、一緒に笑って楽しんでいた」(同)
池への飛び込み強要は10年前の出来事で、近年は行われていないそうだが、嫌な思いをした職員は今も複数在籍している。
「消防本部のパソコンのフォルダには、後輩職員が池に飛び込んでいる姿を写したデータが複数保存されていた。誰でも見られる環境だったので、私も見たことがある。ところが、マスコミでパワハラ問題が報じられると、データはいつの間にか消去された」(同)
誰がデータを消去したのかは分からないが、「証拠隠滅」を図ったと考えるのが妥当だ。
これらの行為は第三者委員会が昨年5月にまとめた第二次答申書(中間報告)にも明確に記されている。以下、同答申書から抜粋する。
《当委員会が実施したアンケート、パワーハラスメント事案に関するヒアリングへの協力及び情報提供依頼、当委員会による関係者ヒアリングにおいて、特に酒席におけるハラスメントを訴えるものが多く見られた》《若い隊員は裸になり庭の池などで泳がされた(強要される時もあれば、場の雰囲気上せざるをえない)》《バーベキューの席上で裸にしたり、汚い貯水池のようなところに入らせる。この際、いつまで服着てるんだ、早く脱げと急かす、一発芸を強要する》(15~16頁)
とかく階級社会では「下の者は上の者に逆らえない」と聞くが、いい大人のすることとは思えない。
機能不全な組織
Aさんは総務課主幹のほかに、相馬広域消防を管理運営する相馬広域圏組合の50代の事務局総務課長も問題視している。総務課長はパワハラ加害者を適正に処分しなかったため、職員から不信を買っているという。
「数年前、職員2人のパワハラが問題になり、消防本部総務課に詳細をあげるよう通達があったが、何もあがってこなかった。あげれば報復される恐れがあり、通報者を守るルールもなかったので、怖くて誰もあげられなかったのです」(同)
そこで、パワハラ相談窓口を相馬広域圏組合の事務局に置くと、ようやく通報があり、パワハラをした職員2人は現場から消防本部への異動を命じられた。
「2人が本部に異動した理由は、ほかの職員には説明されなかった。ただ、事務局総務課が2人の所属先に出向いて調査をしていたので、職員は皆、パワハラについて調べていると認識していた」(同)
ところが、2人に正式な処分が科されることはなく、数週間経つと2人は元の所属先に戻った。
「表向き、2人は消防本部に『手伝い』に行ったとされているが、おそらく研修を受けさせられていたんだと思います」(同)
当然、職員の間では「なぜ正式に処分しないんだ」と不満が渦巻いたが、その不満の矛先が向いたのが事務局総務課長だったという。
「総務課長は2人がどんなパワハラをしていたか最も知る立場にあったのに、どういうわけか処分を科さなかった」(同)
呆れるのは、その2人が今回の第三者委員会で調査対象となった揚げ句、懲戒処分を受けたことだ。
「結局、2人はその後もパワハラを繰り返し、今回あらためて懲戒処分を受けた。総務課長をはじめ、2人のパワハラを見て見ぬフリをした事務局の罪は重い」(同)
この件も、第三者委員会が昨年5月にまとめた第二次答申書(中間報告)に書かれている。
《これらの厳重注意措置事案について、組合事務局が事実関係の確認等を行った後は、相馬地方広域消防職員のハラスメント防止及び排除に関する規程に基づく処理が行われるよう、対応できるような組織体制が確立されていることが望ましかった。
また、後段の事案については、調査報告書において、まず、パワーハラスメント行為に該当する言動があったと判断したのか、そのような言動は確認できなかったとするのかが明確に記載されておらず、ハラスメントに関する調査報告書として十分なものとはいえない。そして、仮に、パワーハラスメント行為に該当する言動があったと判断された場合、組合事務局は、この件が懲戒審査会に審査を要求すべき事案であることを明確に記載し、消防長の対応を促すべきであった。この事案の対応は、パワーハラスメント行為に該当する言動があったかどうかを十分に判断しないまま厳重注意措置としたことにより、相馬地方広域市町村圏組合職員懲戒処分の指針等と整合しない内容となっていたものと解される。
更に、これらの厳重注意措置事案について、そのような対応がとられたことについて消防本部から消防職員らに対して何らの説明がなされなかったことで、パワーハラスメント事案に対する消防本部の対応について被害職員らの不信を招き、また、加害職員らに対する抑止力も働かなかったものと解される》(27~28頁)
Aさんは、総務課長個人の対応に問題があったとしているが、答申書を読む限りは、相馬広域圏組合事務局が組織としてパワハラ問題に適切に対応できていなかった様子がうかがえる。
加害者が出世の恐れ
Aさんがとりわけ問題にしているのは、悪質なパワハラを繰り返していた総務課主幹に処分が科される気配がないことだ。これについて、第三者委員会は第二次答申書(中間答申)の中でこう釈明している。
《酒席での行為であることに加えて、その多くは平成29年10月以前の出来事とされており、被害者、行為者、目撃者において当時の知覚及び記憶が明確でない状況が想定されることに照らして、基本的には、個別の具体的事実をパワーハラスメント行為として認定することは困難である》(17頁)
酒に酔った状況で起こり、年月も経って記憶も曖昧だろうから、パワハラと認定するのは難しいという見解だ。
ただ、第二次答申書(中間答申)にはこうも書かれている。
《上記のアンケート結果や、記名による情報提供によれば、酒席への参加自体が強要される傾向にあり、飲酒をしない職員に対する配慮が欠落していたうえ、迷惑行為という範囲にとどまらず、後輩職員の身体、財産権あるいは人格権を侵害する、不法行為法上違法というべき行為が多数行われていたことが極めて強く推認される》
正式な認定はできないが、悪質なパワハラが行われていたことは間違いないと指摘しているのだ。
もっとも、答申書にそう書かれていてもAさんは納得しない。
「酒に酔っていたら記憶が定かでなくなるのは当然だが、酒席でのパワハラこそエスカレートしていくものです。実際、主幹は飲み会で、後輩職員の額に火のついたタバコを押し付ける行為を何度もしていた。もはや傷害です。これだって10年近く前の出来事だが、記憶が曖昧という理由でお咎め無しにしていいのか。同じ被害を訴える人が複数いれば、それで十分、処分に値すると思うんですが……」(Aさん)
Aさんがここまで懸命に食い下がるのは、主幹が今後、出世する可能性があるからだ。
「主幹はこのまま行くと分署長、署長、消防本部総務課長、次長、消防長に出世する可能性があります。これだけ酷いパワハラをしてきた人が最後はトップに就くかもしれないなんて、相馬広域消防は組織として終わっている」(同)
加えて主幹は現在、今年度発足した「ハラスメント等撲滅推進会議」の議長を務めているというのだから悪い冗談にも程がある。
「真面目にやっている職員もたくさんいるが、こんな馬鹿げた体制がまかり通れば、ただでさえモチベーションが下がっているのに、もっとやる気を無くすのは確実。上の人たちは『風通しの良い組織にする』と言っているが、現状、そんな雰囲気は微塵もありませんから。これでは若手が就職するはずはなく、市民の命と財産を守れるはずもない。今の体制では負の連鎖は一層深まり、相馬広域消防はますます腐っていくと思います」(同)
「徹底的に調べた」

常識的には、パワハラをしていた人が偉くなるだけでも理不尽に思えるのに、その人が偉そうに「パワハラはやめよう」と指導までするようになったら「オマエが言うな!」と退職者が続出しても不思議ではないだろう。主幹の出世は、そういうリスクをはらんでいる。
Aさんの懸念は個人的見解ではなく、真面目に働いている多くの職員も同様に抱いているはずだ。Aさんの訴えを第三者委員会の安村誠司委員長はどう受け止めるか聞きたいと思い、取材を申し込むと、メールで次のような答えが返ってきた。
▽主幹がBBQで後輩職員を池に飛び込ませた行為を「酒席で記憶が曖昧」と見過ごしていいのか――という質問に対しての回答。
「第6次答申書には『当委員会に対して、酒席におけるハラスメントの訴えも多く寄せられているが、酒席での行為は加害者、被害者、目撃者において当時の知覚及び記憶が明確でない、あるいは誤りが入りやすい』という点で『パワハラ行為として認定するのは困難であった』というのが第三者委員会の見解です。また、第一次答申書(追補)に記載したように『相馬地方広域消防職員のハラスメント防止及び排除に関する規程』が施行された平成29年11月以降の事案を対象とした上で①被害者において負傷の結果を生じた事案②被害者において財産上の損害(特に金員の支払)を生じた事案③被害者において精神疾患に罹患に至った事案を基本的に認定の対象としました。しかし、重大なパワハラ事案については規程の施行以前でも調査認定の対象としました。
なお、本件(主幹の行為)については第二次答申書の15~17ページにハラスメントの訴えがあった内容を列挙し、その中で『バーベキューの席上で裸にしたり、汚い貯水池のようなところに入らせる。この際、いつまで服着てるんだ、早く脱げと急かす、一発芸を強要する』と記載しました」
▽調査をこれで打ち切るのではなく、本当に膿を出し切るなら徹底的に調べるべきではないか――という質問に対しての回答。
「委員長として、というより私の個人的な意見ですが、その指摘は考え方として否定するものではありません。ただ、第三者委員会として①職員に対する無記名のアンケート②メール等での情報提供③過去の資料の確認④ヒアリングでの情報提供等々、さまざまな情報に基づいて調査審議したという点では『徹底的に調べた』と思っています。調べきれなかった案件があるのではないかという点に関しては、全くないと言っているわけではないが、第三者委員会は基準に基づいて活動している点はご理解ください」
▽処分すべきは処分する、という強い姿勢を示すべきではないか――という質問に対しての回答。
「第三者委員会はあくまで事実認定のみがその役割です。処分の判断は懲戒審査会が行うものであり、第三者委員会ではない点は誤解のないようにお願いします」
▽相馬広域圏組合の事務局総務課長に関する回答。
「過去のハラスメント事案に対する組合事務局の対応については、第三者委員会でも第二次答申書(中間答申)の中で『組合事務局は、この件が懲戒審査会に審査を要求すべき事案であることを明確に記載し、消防長の対応を促すべきであった』と問題点を指摘しています」
▽今後の第三者委員会の活動に関する回答。
「相馬広域消防から提出されたパワハラ行為に関する再発防止対策の内容を検討した上で、第三者委員会として考える再発防止のための提言をもって最終答申を行う予定です」
でき得る調査はしたし、パワハラと事実認定できなかった件も答申書には明確に記載しているので、やるべきことはやったと思っている――と述べているわけ。確かに、1年間で41回も会を開催したのは異例と言っていい。Aさんは不満かもしれないが、この手の第三者委員会としては手間暇かけた調査を行った印象を受ける。
相馬広域消防の太田修司次長にコメントを求めると、こう答えた。
「職員にはハラスメントの相談窓口が消防本部や組合事務局だけに置かれているのではなく、県や消防庁にもあることを周知しています。第三者委員会には再発防止対策を提出済みで、その内容について提言をいただいたあと、あらためて再発防止対策をまとめ、公表したい。組織として至らなかった点を徹底的に変える、という覚悟で取り組みます」
そう話した太田次長だったが「主幹に事実確認をしたいので直接会わせてほしい」と申し入れると「それはちょっと……」と断った。「徹底的に」と言った矢先、組織にとって表に出すと不都合な人物を隠した(守った?)格好だ。
相馬広域圏組合の事務局総務課長は何と語るのか。
「パワハラ問題をめぐり、私が意図的に何かをしたとか、そういうことは一切ない。(Aさんに)名指しされても困るんですが……。私としては、その時々でやるべきことをやってきたつもりだが、組織としての問題点は、調査報告書に記載すべきことを記載しなかったなど、第二次答申書に書かれている通りです」
自分自身ではなく、あくまで組織の対応に問題があったという見解だ。
前出・安村委員長が「第三者委員会は徹底的に調べた」と言う以上、あとは相馬広域圏組合に設置された懲戒審査会が「誰が見ても納得できる適正な処分」を科せられるかどうかにかかっている。
ちなみに、懲戒審査会のメンバーは会長=事務局長、副会長=委員のうちから会長が指定した者、委員=看護専門学校事務局長、消防本部次長、事務局総務課長で構成される。前出・太田次長もメンバーの一人だが、総務課主幹のパワハラを見過ごしていいのかと質問すると「第三者委員会が認定しなかったとしても、きちんと対応したい」と答えた。本気で膿を出し切るなら「処分を免れる人」を存在させてはならない。
消防・組合は「第三者委員会がいるうちに徹底的に調べ、処分すべき人を処分しないとこの組織はダメになる」というAさんの叫びを真剣に受け止めるべきだ。