昨年7月に福島市で20代女性が住むアパートに侵入し、包丁で脅して現金を奪い、性的行為を強いたとして強盗強制性交などの罪に問われた川俣町在住の男に福島地裁は今年6月13日、裁判員裁判で懲役11年(求刑懲役13年)の判決を言い渡した。高橋和幸被告(49)は飯舘村議を1期務め、2期目を目指した2021年9月の選挙で落選。裁判では過去に強盗犯として有罪になったことが明かされ、落選後に「自暴自棄」となり再犯に及んだことが分かった。
切れた縁、唯一残った暴力性
刑務官に連れられてきた高橋被告は、茶色に染めていた頭に白髪が混じり、肩まで伸び切っていた。中肉中背の刑務官と比べると背丈は160~165㌢くらいで小太り。Tシャツにベージュの短パン、サンダル履きで、ビーチにいるようないで立ちだが顔色は悪い。シャツの首元はよれ、柄は透けるくらい薄くなり、公判を通して同じ服装だった。2年前の村議時代のスーツ姿からは程遠い。質問への答えもくぐもった声で聞き取りづらかった。
高橋被告が問われている罪は時系列順に窃盗2件、住居侵入、強盗強制性交、大麻取締法違反(所持)の4種類。裁判で審理されたのは次の四つの事件だ。以下は検察側の取り調べに基づく。
①車上荒らし
2022年5月26日午後0時ごろに福島市吉倉のコインランドリー駐車場で、停車中の無施錠の軽自動車から運転手がいないうちにバッグを盗んだ。運転手が車の鍵が入ったバッグがないことに気づくと、駆け寄って「男がバッグを盗んで落としていきました」と嘘の報告をし、財布だけを抜き取ったバッグを返した。財布は市内の中古品買取店に売り払い、中に入っていた現金1万円やICカードを使った。
②パチンコ店での現金窃盗
同年7月4日午後2時半ごろに行きつけだった福島市成川のパチンコ店で、客が台を離れたすきにICコインを持ち去り、精算機から現金1万円を引き出して盗んだ。高橋被告は別の客に「財布を取られて金がないので貸してほしい」と要求したが断られていた。犯行はそれから数十分後に起こった。
③女性が住むアパートへの侵入と、強盗強制性交
同月17、18日の深夜に福島市清水町にある派遣型風俗店(デリバリーヘルス)の女性従業員の待機所となっているアパートに包丁を持って押し入り、在室の女性(当時25歳)を脅して売上金4万7000円を奪い、性的行為を強いた。
④自宅で大麻を所持
同年8月16日に川俣町の自宅に警察の捜査が及び、15年以上前に購入した大麻1・63㌘がクローゼットから見つかった。
高橋被告は①、②、④の罪については起訴内容を認めたが、③の女性が住むアパートに押し入り強盗と性的行為をしたことについては「薬を飲んで記憶がない」と否認した。高橋被告は東日本大震災・原発事故後から精神に不調をきたし、事件当時はうつ病を患い、精神安定剤や睡眠薬を毎晩服用していた。
弁護側は「薬の副作用で記憶が抜け落ち、朦朧状態にあった可能性がある」として、事件を起こしたとしても心神喪失や心神耗弱の可能性を否定できないとして③の強盗強制性行について無罪か刑の減軽を求めた。
①コインランドリー駐車場での車上荒らしと②パチンコ店での窃盗は、店舗に設置されていた防犯カメラが記録していたため、検察側は映像を証拠として提出。④大麻所持は警察官がその場で現物を確認していたため、高橋被告は否認しなかった。
一方、③の強盗強制性交については、検察側は被害者の証言と高橋被告が運転する自動車の走行記録、街中のカメラ映像で立証を試みた。
高橋被告はたとえ1期と言えど、村議という公職を務めた人物だ。なぜ犯罪、しかも強盗強制性交という凶悪犯罪に及んだのか。「転落ぶり」が気になる。
高橋被告は震災・原発事故で飯舘村が帰還困難区域になったことで避難し、会津若松市や福島市を転々とした。次第に不調をきたし、通院するようになる。事件当時は川俣町の県営復興住宅に落ち着いていた。
2017年9月、飯舘村の避難指示解除後初めて行われた村議選(定数10)に高橋被告は立候補し、12人の立候補者のうち86票(得票率2・6%)と10位の得票で村議に滑り込んだ。高橋被告の本籍は同村小宮仲ノ内で、法人登記簿によると、ここを本店に2014年7月に建築・土木業「KMテック合同会社」を設立し代表社員を務めていた。
前々回の飯舘村議選の投票結果
(2017年9月)敬称略
当選 | 佐藤八郎 | 469.798票 |
当選 | 佐藤健太 | 395.672票 |
当選 | 髙橋孝雄 | 394票 |
当選 | 長正利一 | 340票 |
当選 | 大谷友孝 | 322票 |
当選 | 佐藤一郎 | 311.529票 |
当選 | 菅野新一 | 307票 |
当選 | 渡邊 計 | 235票 |
当選 | 相良 弘 | 181票 |
当選 | 高橋和幸 | 86票 |
庄司圭一 | 72票 | |
目黒正光 | 61票 |
2021年9月に行われた村議選(定数10)は13人で争われ、再選を目指すが、44票(得票率1・5%)と12位の得票で落選した。
1人になり、すさんだ生活
今回問われた強盗強制性交等罪は、議員の職を失ってから1カ月後の10月には準備されていたと言っていい。高橋被告は派遣型風俗店でドライバーとして働き始める。事件の舞台となったアパートが、女性従業員の待機所として使われていることを、高橋被告は業務説明のために店員から案内されて知った。同僚たちには「カズ」と呼ばれていた高橋被告だが、同年末にはドライバーを辞めた。店は翌2022年2月まで在籍していたと検察側に説明している。
高橋被告は川俣町の県営復興住宅に娘と2人で暮らしていたが、高橋被告によると、同1月ごろに娘と引き離された。児童相談所から娘を施設か親族に預けて別居するよう迫られていた。虐待の疑いがあると判断されたという。
結審前に高橋被告は「私がしたことは正当化されるものではない。謝罪では済まないが、自分にとっては娘と離れ離れになるのは死刑宣告と同じ。かなりショックを受け、自暴自棄になった」と話した。
1人暮らしで生活はすさみ、食事は1日1食で済ませた。性風俗店のドライバーを辞めた後は、2022年3月ごろから福島市飯野町の工場で夜勤を始めたが、仕事中は眠くて仕方がない。働く気になれず「クビになった」(高橋被告の証言)。
同年2月には傷害事件を起こし、福島署で取り調べを受け、全身写真を撮られた。その時に履いていたスニーカーの靴跡と、強盗強制性交に押し入った部屋に残された靴跡が一致したことが後に有力な証拠となる。
同5月に工場の仕事を辞める頃には、鬱屈した気持ちを紛らわすため、ため込んでいた精神安定剤や睡眠薬を多めに飲むようになった。収入は途絶え、生活費やパチンコ通いでサラ金からの借金がかさんだ。通院先で診断書を書いてもらい、東電から支給される休業補償や賠償金で暮らしていたが、とうとう金に窮す。及んだのが車上荒らしやパチンコ店の客からの窃盗だった。
高橋被告が及んだ犯罪は人の命を顧みないより凶悪なものになった。
事件の夜は「覚えていない」
「携帯電話がつながらない時や緊急時には、ドライバーが予告なしに女性従業員の待機所を訪ねる時もあります。襲われた夜もそうだと思いました」
高橋被告から強盗と強制性交に遭った女性は、法廷で声を詰まらせながらも気丈に答えた。「Aさん」と匿名で呼ばれ、高橋被告や傍聴席から姿が見えないように衝立で目隠しがされていた。
高橋被告は事件の夜を「薬を飲んだ影響で覚えていない」と、自身が犯人かどうか分からないと主張していたので、検察側は犯行状況を自供に頼らず、被害女性の証言と、高橋被告の携帯電話の位置情報や現場まで乗ってきた車の走行記録、街中のカメラで裏付けていった。
2022年7月18日午前0時10分ごろ、女性はスマートフォンをいじっていたため時刻を覚えている。アパートのドアがノックされた。
誰かが入ってきたと思った瞬間、左手に包丁を持った男が目に飛び込んできた。黒い上下の服を着て、帽子とマスクを着けていた。
「静かにしろ! 大声を出すな」。口調は強かった。男は右腕を背後から女性の首に回し、包丁を首の辺りに突き付けた。切っ先のこぶし1個分先に自分の首があった。耳元で「ビリッ」と何かを引き割く音が聞こえた。口にガムテープを張られた。
「殺される。命はないと思いました」(女性の法廷での証言)
男は土足で上がり、部屋の中央まで女性を引き連れ、放してベッドの中央に座らせた。
「有り金出せ」
女性はベッド付近にあったバッグから売り上げが入った財布を出し、中身を見せると、男は「これでもう全部か」と言い、自分でバッグや棚を漁り始めた。
男は金目の物がないと判断すると、女性に服を脱ぐように命令し、ほぼ裸の女性をベッドに四つん這いにさせ、ガムテープを両手首に留めた。女性は冷たく鋭い物が尻に当たるのを感じ、包丁で刺されると覚悟した。スポンジのように柔らかい物を口元や陰部付近に複数回押し当てられたが、男はそれ以上は行為に及ばず、ズボンを上げるとベッドを離れ後ずさりし、「大声を出すな」と言いながら足早に玄関を出ていった。女性は男がまた来て包丁を突き付けられるかもしれないと、2、3分は恐怖で体が動かなかった。
店から「女性が襲われた」との知らせを受け、アパートに駆け付けた性風俗店の男性ドライバー(当時)は、
「数カ月前の5、6月にもアパートのドアがノックされる不審な出来事がありました。『ドライバーです』と男の声がし、鍵の掛かったドアを開けようとしたそうです。別の女性従業員が在室していました」
と述べた。アパートにインターホンはないといい、防犯は完全ではないようだ。
高橋被告は、犯行があった2022年7月17、18日の夜は自宅で薬を飲んだ後からの記憶がないと主張したが、車の走行記録や携帯電話の位置情報をたどると、17日夕方に現場を訪れ、犯行時間帯にも車がアパート周辺にあったことが判明した。強盗の下見をしていたとみられる。街中のカメラ映像によると、犯行後の時間帯には福島市街地のパセオ通り近くの駐車場に車を止め、未明まで街を歩いたり深夜営業の居酒屋で時間を潰したりしていた。薬で朦朧としていたと主張するには、複雑すぎる行動だった。
アパートに残されたガムテープの切れ端と、高橋被告の自宅にあったガムテープの芯の両方から高橋被告と被害女性のDNAが検出されたことも、押し入った男が高橋被告であることを補強した。
求刑懲役13年に対し、判決は懲役11年。裁判所は「犯行を事前に準備し、行動は合理的。善悪の判断はできた」と薬の副作用で心神喪失や心神耗弱の状態にあった可能性を否定し、「被害者に計り知れない恐怖と苦痛を与えた身勝手な犯行」と断じた。高橋被告は即日控訴。判決で、裁判所は前科を考慮したという。
裁判で検察側が明かした高橋被告の前科は、いま問われている罪と関係が深い。1991年に窃盗、車上狙い、92年には傷害と恐喝未遂で原町署(現南相馬署)が検挙し、家裁相馬支部が少年院に送致した。94年には仙台市や福島市で複数の共犯者と通行人を金属製の棒で殴り、金品を奪う通り魔的強盗を繰り返した。 一連の犯行5件で強盗致傷罪に問われ、仙台地裁は懲役9年を言い渡した。最高裁まで争い、上告棄却で刑が確定。2003年に出所し、翌04年には原町市(現南相馬市)で経営していた派遣型風俗店で18歳未満の少女にみだらな行為をさせたとして児童福祉法違反の疑いで共犯の暴力団幹部2人とともに逮捕された。懲役1年4月の判決を言い渡され、福島刑務所に服役した。当時、高橋被告は暴力団員だった。
《調べでは、高橋容疑者は主犯格の暴力団幹部●●と暴力団幹部〇〇の三人で、少女への電話での指示や車での送り迎えなど、役割を分け、組織的に犯行を行っていたとみられる。
三容疑者は少女の欠勤や遅刻には罰金を課し、辞める際には友人を紹介するよう話していたため、少女らは辞められずにいたという。同店には約二十人の女性がおり、うち少女は五、六人いたとみられる。》(04年5月25日付福島民友。暴力団幹部は記事では実名)
本人はこの時の事件を「やんちゃしていた頃のこと」と振り返り、それ以降は暴力団から足を洗ったという。だが村議という公職を失い、さまざまな要因から生活がすさみ、犯罪の道に戻ってしまった。元村議が罪を犯したというよりは、犯罪傾向を抑えきれなかった者が村議に当選したという方が実情に近い。
再犯抑止には人とのつながり
そもそも、高橋被告はなぜ村議を目指したのか。筆者は6月下旬、福島刑務所で未決勾留中の高橋被告に面会を求めたが、出てきた職員から「会いたくないそうです」と伝えられた。
同刑務所を出所し、現在は正業に就く元受刑者の男性は語る。(本誌2月号「目に余る福島刑務所の人権侵害 受刑者に期限切れ防塵マスク」を参照)
「日本の刑務所の矯正教育は有効性が伴っていません。懲役を受けて良かったのは、考える時間ができたことだけです。お世話になった人の信頼を失って見放されないように、人の道に外れることはしてはいけないと思うようになりました。いい意味で人間関係にがんじがらめにされ、かろうじて再犯を抑えられていると捉えています」
最下位当選とはいえ、村議を1期務めた以上、高橋被告は有権者から一定の支持を得ていたはずだ。かつての支持者や家族の存在は、犯罪抑止のブレーキとならなかったのか。