【福島刑務所】集団暴行死事件を追う

【福島刑務所】集団暴行死事件を追う

 2022年3月25日、福島刑務所(福島市)の6人が収容された1室で、60歳の男性受刑者が意識不明の状態で見つかった。受刑者は病院に搬送され、3日後に死亡。同室の複数人から日常的に殴る蹴るの暴行を受けていた。傷害の罪に問われた3人の裁判では、脳梗塞の影響で失禁を繰り返していた被害者にいら立ち、標的にしていたことが判明。刑務官が事態を放置していたことも内部文書で明らかになり、同刑務所の管理体制が問われている。(敬称略)

内部文書で判明した「刑務官の異変放置」


 福島刑務所は、執行刑期が10年未満で犯罪傾向が進んでいる(B指標)か、外国人(F指標)の男性受刑者が収容される。2022年3月25日付の同刑務所「処遇日報」によると、定員は1655人で、898人を収容していた(収容率54・3%)。

 集団暴行が繰り返されていたのは、3舎2階にある52室。けがや病気などで身体に障害を抱えた男性受刑者6人が入室していた。被害者はタカサカシンイチ。福島民友2020年11月25日付によると、同名の「高坂進一」が郡山市内で乗用車を盗んだとして逮捕されている。タカサカは2022年2月21日に52室に転室した。

 タカサカは、先に入室していた受刑者たちから頭や顔、胸腹部などを殴られ、打撲や肋骨骨折などのけがを負った。暴行を受けて死亡しているため傷害致死の疑いも残るが、加害者3人が裁かれたのは傷害罪のみ。主犯は小林久(ひろし)(47)=本籍郡山市、従犯は佐々木潤(49)=同京都市、菊池巧(35)=同矢祭町。全員前科がある累犯者で、小林と菊池は窃盗、佐々木は強制わいせつの罪で懲役刑を受け服役していた。従犯2人は罪を認め、福島地裁は10月19日に懲役1年(求刑懲役1年2月)を言い渡した。主犯の小林は共謀を認めておらず、審理が続いている。

 公判での証言から、52室で日常化していた集団暴行をたどる。

福島刑務所3舎2階52室(定員6人)での集団暴行の経緯



 主犯の小林は2022年1月5日、F受刑者と一緒に転室してきた。佐々木が翌6日、S受刑者が同31日、最後にタカサカと菊池が2月21日に転室した。全員、身体が不自由だった。裁判では加害者3人が車椅子に乗って入廷し、証言台に立つのも刑務官2人に支えられていた。加えて、死亡したタカサカは脳梗塞の後遺症で失禁を繰り返していたという。

 同室者たちは、そんなタカサカと悪臭にいら立っていた。「寝ている時にトイレに行けばいいんですが、周囲が言っても聞かないんです。シャツや上着を汚していましたが、本人が掃除しないので俺たちがやっていました」と佐々木。タカサカは「明日からはしないし掃除もする」と約束したが、守られなかったという。同室者たちは就寝中のタカサカが失禁しないように、15~20分間隔で起こして便所に連れて行った。最初は小林が、後に佐々木、菊池、Sも加わった。

6人部屋で標的に

 「なんでこんなことをしなくちゃならないんだ」。4人は睡眠不足が続き、鬱憤を晴らすためタカサカに3月上旬から暴力を振るうようになった。最初は小林が寝ているタカサカを起こす時におでこや鼻の頭を叩いた。「起こす時に殴っていいから」という小林の言葉に他の受刑者も続いた。タカサカが起床を拒む時は、踏みつけたり、布団を剥ぎ取ってみぞおちを殴ったり蹴ったりして従わせた。

 夕食後の余暇時間にも暴行はやまなかった。激しくなる暴力にタカサカは耐えきれず、刑務官に何度も転室を求めた。だが返事はいつも「行く部屋はない」だった。

 日常的な暴行が約2週間続いた同23日ごろ、タカサカは起き上がるのが困難になっていたという。刑務官は同日午後5時10分ごろにタカサカの体温を測定し、顔にあざやけががないことを確認した。しかしこの時、既に暴行は熾烈を極めていた。

 一度標的にされると逃げ場はなかった。被害者と加害者が一日中顔を合わせる状況が続いていたことが原因だ。福島刑務所では、懲役囚たちは月、火、木、金曜の午前8時~午後4時に刑務作業がある(金曜は矯正指導の場合も)。通常は居室とは別の部屋で作業するが、身体が不自由な彼らの場合、居室の中に材料が運び込まれ、机を並べて作業した。作業中もタカサカの失禁はやまず、受刑者から顔面に裏拳を食らった。

 同24日はタカサカに意識があった最後の日だ。タカサカは夕食後の余暇時間に、小便で汚してしまった上着と下着を流し台で洗っていた。テレビを見ながらだったため、洗い方は疎かだった。午後8時からの番組「科捜研の女」を見ていた。

 タカサカの手が止まった。小林が洗濯を続けろと怒ったが通じない。小林に命じられ、佐々木が右隣に立ち監視した。「それじゃ生ぬるい。俺がやるのを見とけ」と小林。タカサカの右脇腹を殴った。続いて流し台に手を掛けて不自由な身体を支えながら、胸腹部にひざ蹴りした。タカサカが前かがみになったところに背中へ右ひじを振り下ろした。

 小林は「俺がしき(見張り)張っとくから、よそ見したらお前も俺がしたようにしろ」と佐々木に命じた。小林は窓の傍で廊下の巡回を警戒した。佐々木は手本通り実行した。次に小林は「後で俺が殴る前に20発殴れ。みぞおちだと跡が残らないからな。合図したらやめろ」と言った。

 菊池にはタカサカの両手を後ろに回し拘束するよう命じた。佐々木はタカサカの正面に立ち、両手のこぶしでみぞおちを殴った。足が不自由で踏ん張りが効かないが、菊池の「佐々木さん、俺のことは気にしなくていいから思いっきり殴ってくれ」との言葉を得て20回ほど殴った。

 暴行に加わらず布団に入っていたSとFが様子を見ていた。タカサカは畳の上に横になったまま、動かなかった。1人で布団を敷ける状態ではなく、刑務官が「お前らで敷け」と命じると、小林、佐々木、菊池、Sは4人でタカサカの手足を持ち布団に入れた。小林は備え付けのつまようじを複数手に取り束にして、タカサカの左太ももに突き刺して手前に引いた。赤い線になって傷が付いた。

 翌25日、起床時刻の午前7時半になってもタカサカは起きない。その日は8時からの作業に代わり、矯正指導のビデオを見る日だった。刑務官が到着したのは8時31分ごろだった。他の5人がビデオを見ている中、刑務官がタカサカの体温を測ると「測れないぞ」との声が上がった。

3日後の午後8時20分、タカサカの死亡が確認された。

衰えていた被害者

 福島地裁で10月13日に開かれた小林の公判では、佐々木が証人として出廷した「なぜ小林の主導で集団暴行が繰り返されたのか」と問われた佐々木は「同室者の多くは小林に親族の住所と電話番号を控えられ、命令に逆らうことに恐怖を感じていた」と答えた。小林は他の受刑者より一足早く出所する予定で、自分が刑務所に残っている間に親族に危害が及ぶことを恐れたという。

 ただ、佐々木自身もタカサカにいら立ちを感じていたのは確かで、それが暴行に加わった要因の一つと認めている。

 真偽は不明だが、小林は暴力団との関係をほのめかし、52室の主導権を握っていた。タカサカも小林に個人情報を握られていたという。佐々木は「タカサカは小林の言うことを聞かなかったから標的となった」と話すが、失禁が止まらないほど重症で、部屋の中で一番高齢で衰えているタカサカが反抗的な態度を取っていたとは思えない。

 佐々木は「動作を見ると、タカサカさんは言うことを聞く気はあるけど体が思うように利かない状態やったと思います」と言った。生前、「(便を)漏らしている感覚はあるのか」と聞いても、タカサカは「ない」と答えたという。小林の言うことを聞かなかったのではなく、脳梗塞の後遺症で体が動かせなかったから「聞けなかった」のではないか。

集団暴行死事件が起こった福島刑務所
集団暴行死事件が起こった福島刑務所


 一方、重い病状の受刑者たちを一つの部屋に集中させ、健康状態に配慮しなかった刑務所側の責任も問わなければならない。福島刑務所は今回の事件をどのように総括しているのか。情報開示請求で入手した内部文書からその一端をうかがう。

 まずは7月6日に出された事務連絡。題名は「被収容者の動静把握の徹底等について」。処遇担当の首席矯正処遇官が通知している。

 《承知のとおり、本件は、司法解剖に係る公表事案となり、広くマスコミにより報道されたところであり、「福島刑務所で発生した事件」として、広く社会にも周知されていることから、その後の動向については、今なお注目されています》

 佐々木と菊池に懲役1年の判決が言い渡されたことを報じた10月20日付の地元2紙の記事は、いずれも第3社会面で扱いは小さい。福島刑務所が危惧したほどではなかった。傷害致死ではなく傷害で逮捕・起訴され、裁判員裁判とならなかったためだろう。引用を続ける。

 《本件発生後、当所では、本年4月11日付所長指示第23号「被収容者の動静把握の徹底等について」が発出され、当該指示の内容について、全職員を対象として研修を実施した。(中略)今一度、その内容を再確認の上、適切に勤務を遂行願います》

 「適切な勤務」がされていなかったと分かる記述だ。では、4月11日に出された所長指示「被収容者の動静把握の徹底等について」とはどのような内容か。着任したばかりの五十嵐定一所長が出した書面を一部黒塗りがあるが抜粋する。

 《本年3月25日午前7時30分の起床時刻頃、当所(3字分黒塗り)2階共同室に収容されていた(2字分黒塗り)受刑者が、布団に横がしたまま起床せず、その後、(27字分黒塗り)により外部病院に救急搬送され、同月28日に至り、多臓器不全により死亡する被収容者死亡事案が発生した。

 本事案については、(9字分黒塗り)事故者を医務課に搬送し、診察の実施過程において、事故者の頭部、上半身及び左大腿部に複数の擦過傷及び打撲痕等が確認され、同衆暴行が行われた疑いがあったことから、事案解明と社会正義の実現のため、当所司法警察職員による捜査を開始したところであるが、(15字分黒塗り)にもかかわらず、これを事実上放置して、医療措置が遅れ、結果として、被収容者が死亡したことは、重大な事案であり、到底看過することはできない》(傍線部は筆者注)

「放置」を問題視

 裁判での証言を基にすると、傍線部には、タカサカが脳梗塞を抱えていて注視する必要があったことや、刑務官に転室を希望していたことが表記されていると思われる。担当刑務官が異変を放置し、受刑者の生命保護につなげられなかった点を五十嵐所長は問題視しているわけだ。

 書面では、以下の4項目の徹底も求めている。

 1「(4字分黒塗り)の予防について」、2「現場確認について」、3「居室等勤務、運動・入浴立会勤務について」、4「動静視察等の徹底について」。

 1は、高齢や病気で身体機能が低下している受刑者を十分に観察せよとの内容。2では、「起床時刻から1時間以上経過した後に監督職員が事故者の居室を開扉し、状況を直接確認しているが、起床後の人員点検報告を確認する業務がある等の事情を勘案しても遅きに失する」と指摘している。起床時刻が午前7時半、刑務官が駆け付けたのが1時間後の8時半ごろ。被害者の容体が危うく、自分で布団も敷ける状態ではなかったのが前日の午後8時45分ごろだから、体調不良の受刑者を12時間近く放置していたことになる。

 3では、「勤務職員が異常を察知できなかったことが事案を発展させた可能性がある」とし、「巡回間隔を遵守するのみでなく頻繁な巡回を励行」すること、さらに、受刑者の運動・入浴時には形骸的な検査に陥らないようにし、異変は監督者に直ちに報告することを求めている。

 被害者の死につながる暴行が行われていた3月24日夜は、小林が巡回の警戒に立ち、刑務官に目撃されないようにしていた。菊池によると、巡回は1、2人で行われ、警戒していれば暴行していても簡単には見つからないという。「福島刑務所居室配置表」を見ると、3舎2階には1~56室まで居室があり、集団暴行が行われていた52室は端の方に位置する。菊池が述べたように、巡回は簡単にやり過ごせるほど形骸化していたのだろう。

 4では、集団暴行が「養護により昼間においても同じ居室内で作業を実施している居室」で起こったことから、同一空間で過ごすことによる精神的ストレスに注意し、夜間の居室の一部分離や定期的な転室の実施を求めている。これも、タカサカの転室希望が聞き入れられなかったことを受けての指示だ。

 タカサカは何度も盗みを働き、刑務所の常連のようだが、だからと言って無造作に命が奪われていいはずがない。

 今回の集団暴行死事件では、刑務所という国の24時間管理下に置かれた施設が無秩序状態にあったことが露見した。原稿執筆時の10月末現在、主犯である小林の裁判は継続中(次回は11月11日午後2時)だが、それとは別に、福島刑務所は事件の経緯と原因を公表し、管理運営の在り方を抜本的に見直す必要があるだろう。

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