献上桃事件を起こした男の正体【加藤正夫】

献上桃事件を起こした男の正体【加藤正夫】

 「自分は東大の客員教授であり宮内庁関係者だ」と全国の農家から皇室への献上名目で農産物を騙し取っていた男の裁判が昨年12月26日、福島地裁で開かれた。県内では福島市飯坂町湯野地区の農家が2021年から2年にわたり桃を騙し取られていた。男は皇室からの返礼として「皇室献上桃生産地」と書かれた偽の木札を交付。昨年夏に経歴が嘘と判明し、男は逮捕・起訴された。桃の行方は知れない。裁判で男は「献上品を決める権限はないが、天皇陛下に桃を勧める権限はある」と強弁し、無罪を主張するのだった。

「天皇に桃を勧める権限」を持つ!?ニセ東大教授

福島地裁

 詐欺罪に問われた男は農業園芸コンサルタントの加藤正夫氏(75)=東京都練馬区。刑務官2人に付き従われて入廷した加藤氏は小柄で、上下紺色のジャージを着ていた。眼鏡を掛け、白いマスク姿。整髪料が付いたままなのか、襟足まで伸びた白髪混じりの髪は脂ぎっており、オールバックにしていた。

 加藤氏は2022年夏に福島市飯坂町湯野地区の70代農家Aさんを通じ、Aさんを合わせて4軒の農家から「皇室に献上する」と桃4箱(時価1万6500円相当)を騙し取った罪に問われている。宮内庁名義の「献上依頼書」を偽造し、農家を信じ込ませたとして偽造有印公文書行使の罪にも問われた。

 被害は県内にとどまらない。献上名目で北海道や茨城県、神奈川県の農家がトマトやスイカ、ミカンなどの名産品を騙し取られている。茨城県の事件は福島地裁で併合審理される予定だ。加藤氏の東京の自宅には全国から米や野菜、果物が届けられており、立件されていない事件を合わせれば多くの農家が被害に遭ったのだろう。

 加藤氏はいったいどのような弁明をするのか。検察官が前述の罪状を読み上げた後、加藤氏の反論は5分以上に及んだ。異例の長さだ。

 加藤氏「検察の方は、私が被害者のAさんに対して宮内庁に桃を推薦したとか、選ぶ権利があると言ったとおっしゃっていましたけど、Aさんには最初から私は宮内庁職員ではありませんと言っています。Aさんから桃を騙し取るつもりは毛頭ありません。私に選ぶ権利はありませんが、福島の桃を『いい桃ですよ』と推薦する権利は持っています。それと献上依頼書は5、6年前に宮内庁の方から古いタイプのひな形にハンコを押したものをいただきまして、それをもとに宮内庁と打ち合わせて納品日を記入しました。ですから献上依頼書は、ある意味では宮内庁と打ち合わせて内容を書いたものでして……」

 要領を得ない発言に業を煮やした裁判官が「つまり、偽造ということか」と聞くと

 加藤氏「宮内庁と打ち合わせをした上で私の方で必要な事柄を記入してAさんにお渡ししています」

 裁判官「他に言いたいことは」

 加藤氏「私は桃を献上品に選ぶ権限は持っていませんが、良質な物については『これはいい桃ですから、どうか陛下が召し上がってください』と勧める権利はあります」

 裁判官「選定権限はないと」

 加藤氏「はい。決定権は宮内庁にあります」

 加藤氏は「献上桃の選定権限はないが推薦権限はある」などという理屈を持ち出し、Aさんを騙すつもりはなかったので無罪と主張した。宮内庁とのつながりも自ら言い出したわけではなく、Aさんが誤信したと主張した。

 延々と自説を述べる加藤氏だが、献上依頼書が偽造かどうかの見解はまだ答えていない。裁判官が再び聞くと、加藤氏は「結局、私が持っていたのは5、6年前の古いタイプの献上依頼書なんですね。宮内庁から空欄になったものをいただきました。そこには福島市飯坂町のAさんの桃はたいへん良い桃で以下の通り指定すると登録番号が記入されていました。私がいつ献上するかを書いて、宮内庁やAさんと打ち合わせをして……」

 裁判官「細かい話になるのでそこはまだいいです。偽造かどうかを答えてください」

 加藤氏「それは、コピーをした白い紙に……」

 裁判官「まず結論を」

 結局、加藤氏は献上依頼書が偽造かどうか答えず、自身が作った書類であることは間違いないと認めた。釈明は5分超に及んだが、まだ補足しておきたいことがあったようだ。

 加藤氏「2022年8月1日にAさんから桃4箱を受け取りましたが、うち2箱は確かに宮内庁に献上しました。残り1箱は成分を分析してデータを取りました。ビタミンなどを測りました」

 裁判官「全部で4箱なので1箱足りないですが」

 加藤氏「最後の1箱はカットして断面を品質の分析に使いました」

 検査に2箱も費やすとは、贅沢な試料の使い方だ。

 裁判官とのやり取りから「ああ言えばこう言う」加藤氏の人となりがつかめただろう。桃を騙し取られたAさんは取り調べにこう述べている。

 「加藤氏が本当のことを話すとは思えない。彼は手の込んだ嘘を付いて、いったい何の目的で私に近づいてきたのか理解できない」(陳述書より)

「陛下が食べる桃を検査」

「陛下が食べる桃を検査」

 加藤氏がAさんに近づいたきっかけは農業資材会社を経営するBさんだった。2016年ごろ、加藤氏は別の農家を通じてBさんと知り合う。加藤氏は周囲に「東大農学部を卒業した東大大学院農学部の客員教授で宮内庁関係者」と名乗っていたという。Bさんには「自分は宮内庁庭園課に勤務経験があり、天皇家や秋篠宮家が口にする物を選定する仕事をしていた」とより具体的に嘘を付いていた。

 加藤氏はBさんが肥料開発の事業をしていると知ると「自分は東大大学院農学部の下部組織である樹木園芸研究所の所長だ。私の研究所なら1回3万円で肥料を分析できる」と言い、本来は数十万円かかるという成分分析を低価格で請け負った。これを機にBさんの信頼を得る。

 だが、いずれの経歴も嘘だった。宮内庁に勤務経験はないし、東大傘下の「樹木園芸研究所」は実在しない。ただ、加藤氏は日本大学農獣医学部を卒業しており、専門的な知識はあった模様。「農学に明るい」が真っ赤な嘘ではない点が、経歴を信じ込ませた。

 加藤氏はBさんとの縁で「東大客員教授」として農家の勉強会で講師を務めるようになった。ここで今回の被害者Aさんと接点ができた。2021年5月ごろにはAさんら飯坂町湯野地区の農家たちに対して「この地区の桃はおいしい。ぜひ献上桃として推薦したい。私は宮内庁で陛下が食べる桃の農薬残量や食味を検査しており、献上品を選定できる立場にある」と言った。

 同年7月にAさんは「献上品」として加藤氏に桃計70㌔を託した。加藤氏は宮内庁からの返礼として「皇室献上桃生産地」と揮毫された木札を渡した。木札の写真は、当時市内にオープンしたばかりの道の駅ふくしまに福島市産の桃をPRするため飾られた。

 実は、宮内庁からの返礼とされる木札も加藤氏の創作だった。加藤氏は「献上した農家には木札が送られる。宮内庁から受け取るには10万円必要だが、農家に負担を掛けたくない。誰か知り合いに揮毫してくれる人はいないか」とBさんに書道家を紹介してほしいと依頼、木札に書いてもらった。

 桃を騙し取ってから2年目の2022年6月には前述・宮内庁管理部大膳課名義の献上依頼書を偽造し、Aさんたちに「今年もよろしく」と依頼した。「宮内」の押印があったが、これは加藤氏が姓名「宮内」の印鑑として印章店に5500円で作ってもらった物だった。印章店も「宮内さん」が「宮内庁」に化けるとは思いもしなかっただろう。昨年に続きAさんたちは桃を加藤氏に託した。

 「皇室献上桃生産地」の木札に「宮内」の印鑑。もっともらしいあかしは、嘘に真実味を与えるのと同時に注目を浴び、かえってボロが出るきっかけとなった。現在、県内で皇室に献上している桃は桑折町産だけだ。新たに福島市からも桃が献上されれば喜ばしいニュースになる。返礼の木札を好意的に取り上げようと新聞社が取材を進める中で、宮内庁が加藤氏とのつながりと、福島市からの桃献上を否定した。疑念が高まる。2023年7月に朝日新聞が加藤氏の経歴詐称と献上桃の詐取疑惑を初報。Aさんが被害届を出し、加藤氏は詐欺罪で捕まった。

 ただ、事件発覚以前からAさん、Bさんともに加藤氏に疑念の目を向けるようになっていた。加藤氏は「献上品を出してくれた人たちは天皇陛下と会食する機会が得られる」と触れ回っていたが、Bさんが「会食はいつになるのか」と尋ねても加藤氏は適当な理由を付けて「延期になった」「中止になった」とはぐらかしていたからだ。

 Bさんは知り合いの東大教員に加藤氏の経歴を尋ねると「そんな男は知らない」。2023年7月に宮内庁を訪れ確認したところ、加藤氏の経歴が全くのデタラメで桃も献上されていないことが分かった。Aさんはこの年も近隣農家から桃を集め、同月下旬に加藤氏に託すところだったが、Bさんから真実を知らされ加藤氏を問い詰めた。加藤氏は「献上した」と強弁し、経歴詐称については理由を付けて正直に答えなかった。

 2021、22年と加藤氏に託した桃の行方は分かっていない。転売したのか、自己消費したのか。加藤氏が「献上した」と言い張る以上、裁判で白状する可能性は低い。

 もっと分からないのは動機だ。農産物の転売価格はたかが知れており、騙し取った量で十分な稼ぎになったとは思えない。時間が経てば品質が落ちるので短期間で売りさばかなければならず、高価格で販売するにはブランド化しなければならないが、裏のマーケットでそれができるのか。第一、加藤氏は「宮内庁関係者」「東大客員教授」を詐称し、非合法の儲け方をするには悪目立ちしすぎだ。

学歴コンプレックス

学歴コンプレックス

 犯行動機は転売ではなく、加藤氏の学歴コンプレックスと虚栄心ではないか。それを端的に示す発言がある。加藤氏は取り調べでの供述で「東大農学部農業生物学科を卒業し、東大大学院で9年間研究員をしていた」と自称していたが、実際は日大農獣医学部農業工学科卒と認めている。昨年12月に開かれた初公判の最後には、明かされた自身の学歴を訂正しようと固執した。

 「ちょっとよろしいですか。私の経歴で日本大学を卒業とありますが、卒業後に5年間、東京大学の研究員をしていますので……」

 冒頭の要領を得ない説明がよみがえる。まだまだ続きそうな気配だ。

これには加藤氏の弁護士も「そういうことは被告人質問で言いましょう」と制した。

 天皇と東大。日本でこれほどどこへ行っても通じる権威はないだろう。加藤氏は「宮内庁とのつながり」「東大の研究者」をひっさげて全国の農村に出没し、それらしい農学の知識を披露して「先生」と崇められていた。水を差す者が誰もいない環境で虚栄心を肥大させていったのではないか。福島市飯坂町湯野地区の桃農家は愚直においしさを追求していただけだったのに、嘘で固められた男の餌食になった。

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