原発事故「中通り訴訟」の記録著書発行

野村吉太郎弁護士が編著した『福島第一原発事故中通り訴訟』(作品社)

 中通りの住民で組織する「中通りに生きる会」(平井ふみ子代表)のメンバー52人が、原発事故で精神的損害を受けたとして、東京電力に計約9800万円の損害賠償を求めた訴訟は昨年3月、最高裁で判決が確定し、原子力損害賠償紛争審査会の中間指針で定める賠償基準を上回る計約1200万円を支払うよう東電に命じた。住民側の訴えが認められた格好である。

 本誌は2019年8月号に「最終局面を迎えた『中通りに生きる会』原発賠償裁判 初の和解決着を目指す理由」という記事を掲載した。原発事故を受け、各地で集団訴訟が起こされたが、当時、同訴訟では同種の訴訟では初めてとなる和解決着を目指しており、平井ふみ子代表にその思いなどを聞いたもの。住民側は和解に前向きだったが、東電が拒否したため、和解は成立しなかった。その後、地裁判決を経て、高裁、最高裁まで行ったが、最終的には前述のような判決が確定した。

 同訴訟を担当した野村吉太郎弁護士が編著した『福島第一原発事故中通り訴訟』(作品社)が昨年11月に発売された。野村弁護士は1958年生まれ。大分県出身。1986年に司法試験に合格し、1995年に赤坂野村総合法律事務所を設立。東京弁護士会所属。

 著書は、第Ⅰ部「裁判の記録」として、原告の陳述書の中身などが記され、第Ⅱ部「裁判を振り返って」として、中通り訴訟の経過(年表)や、野村弁護士の分析などが紹介されている。

 同訴訟は2016年4月に提起されたものだが、そこに至る準備は2014年から進められていた。同年に「中通りに生きる会」を立ち上げ、平井代表を中心に集団訴訟の参加者を募った。その結果、福島市、郡山市、田村市など、避難指示区域外の中通りに住んでいた20代から70代の計52人が賛同し、同訴訟の原告となった。

 実際の裁判に当たって、1つ特徴的なのは原告に加わる各々が陳述書を書いたこと。通常、陳述書は代理人弁護士が書くもの。同訴訟で言うならば、野村弁護士が平井代表ら原告メンバーから話を聞き、それを基に書くのが普通だが、同訴訟ではそうしなかった。前述したように、原告に加わる各々が陳述書を書いたのである。そのため、「中通りに生きる会」発足から実際に訴訟を起こすまで2年ほどを要した。

 そのような手法を取った理由は、原告52人の精神的損害が一括りにされないようにすること、原告の精神的損害を「発掘」し、本当の意味で原告の「力」を引き出すため、としている。

 当然、原告メンバーにとって陳述書を書くというのは初めてのことで最初は手間取ったようだ。ただその分、それぞれの「損害」を明確にすることができた。著書ではそうして書かれた陳述書の内容が紹介され、住民が抱えていた不安、苦痛、憤りなどをうかがい知ることができる。

 著書の副題・帯には「原発事故による精神的損害賠償請求において、1人の弁護士と52人の住民が、なぜ金メダルを勝ち取ることができたのか?」、「感動的な裁判の記録―いかに住民は闘い、いかに勝利したか?」と書かれている。

 訴訟提起から6年、準備期間を含めると8年間の記録が詰まった同書。多くの人に読んでもらい、中通り住民の実情を知ってもらいたい。

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