県内で有名な気象予報士と言えば、福島テレビの専属気象予報士・斎藤恭紀さんを思い浮かべる読者は多いだろう。県外出身の斎藤さんはどのような経緯で福島県のテレビ局の天気予報コーナーを担当するようになり、どうやって県内の視聴者から信頼される存在となったのか。2026年の気象の見通しと併せて、本人にインタビューした。(志賀)
2026年は災害・異常気象に要注意
東日本大震災・原発事故の被災地である福島県は、自然災害が多いエリアでもある。2019年には台風19号により県内各地で水害が起き、2021年、2022年にかけては2年連続で福島県沖地震が襲来。2023年9月にはいわき市などで線状降水帯による洪水被害が発生した。夏は猛暑で熱中症対策を余儀なくされ、一昨年12月から昨年2月にかけては会津地方が大雪に見舞われた。
そうした中、県民にとっての情報源として人気を集めているのが、福島テレビで放送中のニュース番組「テレポートプラス」内のお天気コーナー「福テレ空ネット」だ。
その日の気象の振り返りに始まり、気象関連トピック、翌日の天気予報などを丁寧に解説する。
ユニークなのは、SNSを駆使して各地の気象に関する画像・動画の投稿を募ったり、さまざまなテーマについて意見を募っている点だ。クマ出没、タイヤ交換のタイミング、インフルエンザ流行、大地震への備えなどテーマは多彩。過去には商業施設新規出店のウワサや、SNSで流行した話題なども取り上げ、ニュースとは違った角度で検証していく。

コーナーを担当しているのは、同局の名物気象予報士・斎藤恭紀さん(56)。専門的な話を分かりやすく解説してくれる点や親しみやすいキャラクターが人気を集め、同局の顔的存在となりつつある。トレードマークはキューピー人形を連想させる特徴的な髪型だ。
斎藤さんはこのように語る。
「皆さんから寄せられる〝草の根〟の情報をとても大事にしています。同じ『晴れ』でも地域によって空の色も雲の形も異なります。視聴者から寄せられた写真を紹介・比較していくことで、福島県のいまの天気が可視化されます」
「福テレ空ネット」の情報を発信しているX(旧ツイッター)アカウントのフォロワー数は2025年12月14日時点で6万2000人、ユーチューブチャンネル登録者数(福島ニュース[福テレ])は3万8500人に上る。県内地方局関連のアカウントでは最もフォロワーが多く、地元密着型のニュース・情報番組が並ぶ同時間帯の視聴率でトップになることもある。
番組の裏話を紹介するポッドキャスト「空ネットラジオ」を配信したり、台風・大雪予報などで災害リスクが高いときは緊急的にネット配信を行って注意を呼び掛けるなど、さまざまなチャンネルで臨機応変に発信する点も支持される理由の一つだ。
斎藤さんの自宅は仙台市にあり、福島市の同局には単身赴任で勤めている。放送日は午前10時に出勤し、夕方の放送直前まで、コーナーで使う映像・写真・原稿などの準備に追われるという。
朝の天気予報では「今日午後から雨が降り出すので傘を忘れずに」など、必要な情報をコンパクトに届けるのが大きな役割だ。だが、夕方の天気予報ではそれとは異なる役割が求められることになる。
「仕事や学校から帰宅して見ていることを想定し、お茶の間で話題にしやすいテーマや生活で使える情報を意識して発信しています。気象予報士は天気を読むのが仕事ですが、視聴者の空気を読む仕事でもある。後輩たちには『気象予報士は勉強し続ければ誰でもなれるけど、お天気キャスターを10年、20年と続けるのはなかなか難しい。そのためには世の中のニーズやスタイルの変化をしっかり把握する必要がある』とよく話しています」
福島県の天気予報は難しい

天気予報は現在・過去の気温、気圧配置などのデータと、気象庁などのスーパーコンピューターによるシミュレーションを基に、気象予報士が今後の流れを解析して最終結果を導き出している。とはいえ、その解析は決して簡単なものではない。
特に福島県は浜通り・中通り・会津地方で気象が異なるうえ、盆地が多く、阿武隈高地など標高が高いエリアもあるため、スーパーコンピューターのシミュレーション通りの気象にはなりにくい。予想モデルのクセまで踏まえ、気象がどう変化するかを予測していく必要がある。言い換えれば、ここが気象予報士の腕の見せどころということになる。
「今後、AIが進化すれば天気予報の精度は上がるかもしれませんが、各地にどんな影響を及ぼし、避難情報に結び付けるかという判断をしていくにはまだまだ人(気象予報士)の力が必要だと思います」
同局で10年以上天気予報を伝え続ける斎藤さんに対する視聴者の信頼は厚い。台風・大雪など自然災害への警戒を呼び掛けると、多くの人が対策を講じる。そのため、たまに予報が外れると「斎藤さんはいつも大げさなんだよな」、「タイヤ交換の予約が店に殺到して大変だった」などの不満の声が飛び交うことも少なくない。斎藤さんは予報が外れることを謝罪しながら、笑ってこう話す。
「天気の話は日常会話で頻繁に出てくるもの。そんな話題の中で『自分が発信した情報を少しでも使ってもらいたい』と考え、これまでお天気キャスターの仕事を続けてきました。だから『斎藤さん、また天気予報を外したね』という話でも、話題にしてもらえるだけで光栄です」
斎藤さんは千葉市出身。日大文理学部卒。新聞記者を夢見ていたが就職活動に失敗。たまたま開いた新聞の求人欄で「あなたも地球の体温を測りませんか?」という企業広告が目に留まり、自宅から近いという理由で履歴書を送った。その会社こそ、民間気象情報会社の草分け的存在である㈱ウェザーニューズだった。
連絡を待っていたら、いきなり創業者・石橋博良氏との面接に呼ばれた。専門知識はないので、「天気予報のスタイルはもっとバリエーションがあっていい。気温が低い日におすすめの食べ物など、視聴者に寄り添った情報を発信すべきではないか」と訴えたところ、その日のうちに内定をもらった。
実は石橋氏、「これからの予報はグラスルーツ(草の根)。上から目線ではなく、視聴者と一緒に作っていくべきだ」という考えが持論で、自分と近い考えの斎藤さんを気に入り内定を出したようだ。
入社後、全国の放送局に提供される天気予報の原稿書きを経て、朝日放送(大阪市)に出向。そこでテレビやラジオの天気予報コーナーへの出演を求められた。「頭の回転が速くないので自分には無理」と断ったが、「ほかに誰もいないから」と押し切られて、思いがけずお天気キャスター人生がスタートした。
1995年には阪神・淡路大震災を経験し、災害時にどのような情報を発信すべきなのか身をもって体験した。1994年に始まった合格率5%前後の難関国家資格・気象予報士の試験にも挑み、1997年10月、8回目の挑戦で合格を果たした。
その後、ネットで発信する気象予報会社の立ち上げに参加したり、テレビ朝日「スーパーJチャンネル」(土・日放送分)で全国の気象予報コーナーを担当するなど、ウェザーニューズで着々とキャリアを重ねていった斎藤さん。だが、以前から挑戦してみたいことがあったという。
「入社試験の面接で話した『視聴者に寄り添った情報を発信する天気予報』に本気でチャレンジしてみたくなったのです。地域の暮らし、農業や水産業などに密着した情報をもっと細かく発信することで、視聴者にとってより有益で身近な天気予報になるのではないかと考えました」
折しも東北放送(仙台市)が中途採用を募集しており、「地域密着の天気予報を発信したい」と応募したところ採用が決まって、2002年に同局に入社。その後、同局が一般利用者向けの独自予報を発表できる「予報業務許可事業者」として東北のテレビ局で初めて申請、認可され、自前の「私立TBC気象台」を立ち上げると、斎藤さんは気象台所長に就任、朝の情報番組の気象キャスターとしても起用された。
当時としては珍しい地域別・時間別の天気予報に、細かい情報を織り込みながら解説するスタイルは視聴者から支持を集めた。2021年に放送されたNHK連続テレビ小説『おかえりモネ』では、気象予報士・永浦百音(演・清原果耶さん)が地元・宮城気仙沼市で、地域に密着した情報発信の在り方を模索する姿が描かれたが、斎藤さんは朝ドラを20年先取りしていたことになる。
衆議院議員の経験
テレビ、ラジオへの出演に加え、「河北新報」で天気予報コラムを担当するなど、宮城県では知らない人がいない気象予報士となった。
その人気ぶりを受けて、2009年8月の衆院選で宮城2区(仙台市宮城野区、若林区、泉区)から民主党公認候補として立候補し、15万8041票を獲得、初当選を果たした。
ただ、2011年12月に野田内閣の消費税増税の方針に反対して、民主党に離党届を提出(最終的に除籍)。「新党きづな」の旗揚げ、「国民の生活が第一」、「日本未来の党」への合流を経て、2012年12月の衆院選で宮城2区から立候補したが、再選は果たせなかった。
ターニングポイントになったのは2011年の震災だった。
「被災地選出国会議員として最も早く動いて有権者の要望を聞いた自負があったが、1年生議員には人を動かしたり、政策に落とし込んで実現する力がなかった。ガソリン不足やがれき処理の停滞など被災地の実情を聞いても、民主党本部に伝えることしかできなかった。自分自身ジレンマを感じたし、有権者からは『被災地の復旧に貢献していない』と評価されたのだと思います」
2013年に政界引退を表明し、気象予報士としての活動を再開した。再就職先を探していた時に、声をかけてくれたのが福島テレビで当時報道局長を務めていた橋本泉社長だったという。
「宮城県での天気予報を見てもらっていたようで、『福島県でも地域密着の天気予報をやってほしい』ということで、福島テレビで気象予報士の仕事を再開しました。驚かされたのは福島県のニュース番組のレベルの高さ。カメラが多く、演出も凝っていて、大阪・名古屋の放送局並みだと感じました。夕方のニュース番組放送の歴史が長い福島テレビが牽引してきたのだと思います」
衆院議員時代、思うように復興に貢献できなかった苦い経験を踏まえて、被災地復興関連の情報に力を入れているほか、防災情報を積極的に発信している。2012年には防災士の資格を取得。災害により命を落とさないように呼び掛けている。
その一方で、衆院議員時代にもっとできたことがあったのではないかと思い返すこともあるという。その一つが、福島市西部の先達山で稼働するメガソーラーが景観を悪化させている問題だ。
斎藤さんは民主党政権で環境委員会に所属し、地球温暖化対策や再生可能エネルギーへの転換を加速させたい思いから、導入推進に向けた制度設計に積極的に関わった。それだけに、福島市でこうした問題が発生したことを重く受け止めている。
「地元の人たちにきちんと利益を還元する仕組みがなかったことや立地規制・環境アセスが甘かったことをあらためて痛感しました。私を含めた当時の政治家に想像力が欠けていたことは否めない」
「防災情報を伝え続ける」
さて、2026年を迎えたが、斎藤さんによると、今年は災害リスクが高い1年になりそうだ。
冬は、偏西風の蛇行が顕著なことや、海面水温が高いことから、2024~25年冬と同じぐらいの大雪が発生するリスクがある。
夏は引き続き、猛暑になる見込みで、熱中症対策が欠かせない。近年、福島県への直撃が少ない台風にも備える必要がある。2023年には浜通りで福島県初の線状降水帯が発生し、いわき市などで内水氾濫による浸水被害が多発したが、新潟県の気象の影響を受けやすい奥会津でも発生する恐れがある。
斎藤さんは「今後も『災害の時代』が続く」と断言する。
「地球温暖化により気温が上がることで空気中の水蒸気の量が増え、大雨が降りやすくなったり台風が大型化しやすくなります。さらに歴史的な地殻変動が起きた東日本大震災の被災地で、2度の福島県沖地震も震災の余震だったことを考えると、地震などの自然災害が発生しやすい地域だと考えるべきです」
加えて高齢化による「災害の変容」にも目を向ける必要がある。熱中症で救急搬送される人の半分以上は高齢者だ。2019年の台風19号では40人が犠牲になったが(関連死8人を含む)、そのうち60歳以上は8割超に上る。避難指示が出ても気づくのが遅れたり思うように避難できない人が多いことが理由と思われる。
いわば災害が激甚化しやすく、かつ高齢化社会で災害による被害を受けやすくなっている、と斎藤さんは指摘するのだ。
「こうした中で僕にできるのは、防災の情報をできるだけ多くの人に伝えていくことです。福島市と郡山市の気象防災アドバイザーを務めていますが、発信した情報がメールなどで市民に届いているのを見ると、この役職に就けて良かったと心から思います。今後も災害激甚化に備え、いざというときに対応できる生活スタイルを心がけるべきです。また、地域住民による自主防災組織は70歳以上の高齢者が中心になりがちだが、若い世代の参加が進めば災害死はゼロに近づくと思います」
専門知識と多彩な経験をもとに、視聴者の空気を読み、天気を読み、災害の兆しを読む気象予報士・斎藤さん。たまに予報が外れることはあっても、県民から信頼され続ける理由はこの真摯な姿勢にあると言えよう。

























