2月、鏡石町のJR鏡石駅前で19歳の男女2人が軽自動車にはねられ死傷した事故の悲しみが町全体を覆う。自動車運転死処罰法違反(過失運転致死傷)の罪に問われた同町の女に、地裁郡山支部は5月13日、禁錮3年執行猶予5年(求刑禁錮3年6月)を言い渡した。判決後に現場を訪れると、犠牲者の月命日に合わせて献花があった。ブレーキとアクセルの踏み間違いから、高齢運転者が若者を死なせる構図が繰り返される。
現場に手向けられた月命日の花束
被告は町内在住の無職面川秀子氏(72)。4月30日に地裁郡山支部で開かれた初公判で明らかになった事故の一部始終は次の通りだ。
2月15日(木)の午後、面川氏は美容院に向かおうと、鏡石駅近くの自宅から軽自動車を運転し、駅の前を東西に延びる道路を駅方面に向かった(図参照)。時速約30㌔で運転し、午後3時22分ごろ、駅正面の交差点に差し掛かる。一時停止の標識と停止線、横断歩道があり、目の前にはロータリーの出口がある。車は直進できず、左折か右折をするしかない。
面川氏によると、毎回一時停止していたという。この日も「止まれ」の標識を見て停止し、方向指示器を左に出して左折しようとした。JR東北本線沿いの道路に出て、国道4号に入るつもりだったという。
ところが、ブレーキペダルと間違えてアクセルペダルを踏み込み暴走した。ブレーキを踏んだつもりの面川氏は「なんでスピードが落ちないんだろう」と思ったが、衝突まではわずか4秒。気づくと前を歩いていた男性にぶつかり、車は駅の壁に衝突して止まった。車外に出ると、男性が車の左側に倒れていた。駅の待合スペース内を見ると、はねられてガラス窓を突き破った女性が倒れており、女性もはねてしまったことに気づいた。
警察が調べたところ、面川氏の車は交差点で時速46~49㌔(推定)まで加速し、ロータリーの出口から進入。高さ13㌢の縁石を越えて歩道に乗り上げ、歩道を歩いていた埼玉県の男子大学生Aさん(19)=当時=と神奈川県の女子大学生Bさん(19)=当時=をはねた。暴走車は駅の壁にぶつかってようやく止まった(図参照)。
現場近くに止まっていた車のドライブレコーダーによると、壁に衝突時は後輪がせり上がるほどの勢いだった。車は大破し、フロントガラスは蜘蛛の巣状にひび割れた。
被害者2人は須賀川市の自動車教習所での免許取得合宿を終えて首都圏の自宅に帰る途中だった。送迎バスに積んだ荷物を受け取った後、他の教習生たちと駅構内に入る途中で、2人は最後方を歩いていたという。
男性は車のフロントガラスに衝突後、駅の壁にたたきつけられて頭部外傷を負い即死だった。女性は駅入口の窓ガラスを突き破って、衝突地点から建物内に9・6㍍飛ばされた。頭がい骨骨折で加療3カ月を要する大けがをした。
現場に居合わせた町民男性が本誌の取材に事故当時を振り返る。
「被害者2人は須賀川ドライビングスクールの送迎バスから降りて、駅入口に向かう途中でした。入口前に立っていた人が犠牲になった。報道では時速四十数㌔で突っ込んだとのことだったが、段差を越えて突っ込んだのだから、もっと出ていたように思う。ブレーキの痕跡もなかった。駅入口の柱を見てください。あの金属製の柱に暴走車がぶつかって、事故直後はひん曲がっていました」
ロータリーで送迎バスの目の前に停車し、事故の数分前まで暴走車の進路上にいたタクシー運転手の男性は他人事ではない気持ちを語る。
「ロータリーで待機(客待ち)していた。配車の無線が入って駅を出た直後に後方でドーンという大きな音がした。事故があったのは分かったが、お客さんが待っていたのでそのまま向かった。お客さんを送り届けて戻ってきたら、警察やレスキューの人がいた。あと少し配車の無線が遅かったら、自分も巻き込まれていたかもしれない」
踏み間違いの原因
4月30日の初公判に場面を戻す。
逮捕・起訴された面川氏はクリーム色のシャツに黒いズボン姿で法廷に現れた。身柄は拘束中で、肩まで伸びた茶に染めた髪には白髪が多く混ざっている。肩で息をして、立つのもやっとのようだ。証言台に手をついて体を支えた。全身の震えが止まらないようで、証言台についた手を固く握りしめて抑えようとしていた。
下山洋司裁判官が「大丈夫ですか。立ったままでも座ったままでもいいので起訴内容に間違いがあるかどうか答えてください」と聞くと、面川氏はか細い声で「ありません」と声を絞り出した。
被告人質問の際、下川裁判官は今にも倒れそうな面川氏を見て、休憩を挟んだ方がいいかと聞いたが、面川氏は「大丈夫です」と胸に手を当てて深呼吸をして心を落ち着けているようだった。
面川氏はこれまで無事故だったという。2020年、68歳時の免許更新の検査でも異常の指摘はなかった。弁護人がブレーキとアクセルの踏み間違いの原因を問うと、
「いくら考えても分からないんです。すみません」
人を死傷させる大事故を起こしたため、刑事処分とは別に運転免許は失効する見込みだ。社会復帰後に運転免許はどうするか問われると、
「二度と運転はしません。大きな事故を起こして運転に自信がない」
面川氏は鏡石駅近くで一人暮らしをしている。弁護人が「運転せずに今の場所で暮らせるのか」と聞くと「できます。生活に支障はないと思う」。さらに「免許を取ろうとは考えていません」と続けた。
面川氏は弁護士を通じて、事故を起こした軽自動車とは別に所有する軽トラック、合わせて2台を解体処分したと明かし、今後運転する意思がないことを示した。
次に検察官が質問した。
――踏み間違いを具体的に防ぐ手立ては取っていなかったのか。
「常に頭にはあったと思う。間違えてはいけないとの思いはありました」
――あなたは可能なら直接会って謝罪したいと言っているが、被害者や遺族は事故を思い出すので会いたくないとの意思を示し、裁判も見に来ていない。あなたが大けがをしたり大切な人を失う立場だったらどう思うか。
「加害者を許せないと私も思います」
面川氏は加入していた保険会社を通じて賠償金を支払った。謝罪文をしたためているが、被害者、遺族には渡せていないという。
法廷では、亡くなったAさんの父親と、Aさんの交際相手で自身も大けがを負ったBさんの供述調書が読み上げられた。
「息子は小さい時からサッカーをしていて、小学生4年生でバスケットボールを始め大学まで続けていました。妻が新型コロナで寝込んだ時も食事を作ってくれるような子だった。加害者の処罰は、今はまだ考えられない。厳罰したところで息子は戻ってこないし、被害に遭ったBさんを考えると、生きていても長く苦しい生活をしていくのだろうと居たたまれない。息子はまだ19歳だった。今後も続いたはずの息子の未来を想像し、私たちもずっと見守っていたかった」(Aさんの父親の供述調書より)
交際相手の訴え
一方、Bさんはたとえ外傷が癒えても、大切な人を失った悲しみは消えない。
「4月2日はAさんの20歳の誕生日でした。私たちは2人で旅行に行く約束をしていました。Aさんは亡くなってしまい、旅行もなくなった。本当に悔しい。願いを一つ叶えてもらえるなら、Aさんを返してもらいたい」(Bさんの供述調書より)
検察官は面川氏に禁錮3年6月を科すよう求めた。裁判官から「最後に何か言いたことはあるか」と問われた面川氏は、
「若い尊い命を奪ってしまった。本当に申し訳ないことをした。到底許されることではありません。重く受け止めています。毎日自分の罪に向き合っていきます。怖い思いをさせて、痛い思いをさせて本当に申し訳ない」
5月13日、地裁郡山支部は面川氏に禁錮3年執行猶予5年を言い渡した。
「ペダルの踏み間違い」と「高齢運転者(65歳以上)」はセットで議論される。被害者が若年者の場合、悲惨さが際立ち特に注目を浴びる。鏡石駅前の暴走事故も、「72歳が若者をはねて死なせた」と年齢に重点を置いて報じられた。
公益財団法人「交通事故総合分析センター」の2018~20年の調査によると、死亡重傷事故のうち鏡石駅前の事故のように「人対車両」のケースは運転者が75歳以上(86件)、65~74歳(73件)、55~64歳(28件)の順に多い。最も少ないのは35~44歳と24~34歳で3件ずつだった。
ただ、事故は全ドライバーが気を付けるべきもので「高齢運転者のみの問題」と矮小化すべきではない。全事故の種類に注目すると、「車両相互」が最も多く、軽傷から死亡を含めた「車両相互」の死傷事故件数は24歳以下1538件、75歳以上1315件、65~74歳1273件の順に多い。
事故は運転免許を取得したばかりの若者と高齢運転者に多いが、高齢運転者は取り返しのつかない重傷死亡事故を起こしやすいと言える。また、高齢運転者は車両単独事故を起こしやすいのも特徴で、鏡石駅前の事故は人通りの多い駅前で発生したため大惨事を引き起こした。
「道路に問題」と町民
判決から4日後の5月17日、本誌記者は鏡石駅前を訪れた。暴走車の経路をたどると、減速を促す白い点線が新たに引かれ、一時停止標識がある道路脇には歩道への乗り上げを防ぐオレンジ色のポールが設置されていた。ロータリーには逆走防止のため三角状に進路を示した白線も引かれていた。ロータリー出口にある「進入禁止」の立て看板は町が事故後に設置したものだ。グーグルマップを確認すると、事故前は同じ位置に駅東側の「かがみいし田んぼアート」を案内する看板が立てかけられていた。
よく駅前に来るという前出の町民男性が現場の道路の問題点について話す。
「駅の正面から来ると、一時停止の標識が電信柱の影になって見えにくい。以前にも一時停止をせずにロータリー出口から進入する車を見かけて危ないと思ったことが何度もある。町は一応、事故後に進入禁止の立て看板や道路脇にポールを立てたりしたが、どれだけ抑止力があるのか。もっと根本的な対策をしないとだめだ。また大きな事故が起きるのではないかと心配している。看板の設置者が町なのも不可解。こういうものは交通を取り締まる警察や交通安全協会が設置するのでは」
駅前には前出の男性タクシー運転手もいたので、あらためて聞いた。事故はタクシーを発車させた直後に起こり、タクシーを止めていた場所に暴走車が突っ込んできた。
「あの日は配車の無線があって、事故直前に発車した。もしそれより遅かったら、自分も巻き込まれていたかもしれない。ただ、仮に配車の無線がもう少し後だったとしても、待機(客待ち)時は車外のベンチにいたので、タクシープールに車を止めたままだったら、タクシーが暴走車の『防波堤』になって、死亡者を出すことはなかったのではないかとも思う。タクシーは大破していただろうけどね。自分ではどうしようもないことだけど、すんでのところで防げた可能性を考えずにはいられない。毎日仕事でここに来ると手を合わせている」
暴走車が被害者2人と衝突した場所は駅入口に隣接する観光施設「かんかんてらす」の間付近だ。奥まった場所に木製の台とプラスチック製の容器が置かれ、中には赤や黄の花束が差してあった。まだ萎れていない。前出の町民男性によると、軽自動車を暴走させた面川氏が数日前に献花するのを見たという。
同月15日は事故からちょうど3カ月だ。Aさんは事故当日に亡くなった。おそらく、有罪判決を受け執行猶予中の面川氏が月命日に合わせて悼みに来たのだろう。
台には黒縁メガネも置いてあった。被害者のものだろうか、単なる落とし物だろうか。いずれにせよ持ち主が再び取りに来ることはなかった。