発がん性など健康への有害性が指摘されている有機フッ素化合物のPFAS(ピーファス)について、水質検査と基準値(50/L:現在は暫定目標値)を超えた場合の改善が自治体や水道事業者に義務付けられるようになり、2026年4月から施行される見通しとなった。どのような経過で有害性が問題になったのか、どのような場所が排出源になりうるのか国内で理解が進んでいるとは言い難く、小規模の水道では未検査の事業者も多い。PFAS流入が考えられないような山中の水源地でも高濃度の汚染が発覚し、供給源を切り替えた事例も。検査網が広がれば県内の自治体も他人事ではなくなる。
【会津若松】半導体工場と【飯舘】産廃施設周辺で一時「基準」超え

PFASとは、炭素や水素などを含む有機フッ素化合物のうち、多くのフッ素が結合してできた化学物質。結合状態は多様で、OECD(経済協力開発機構)の定義によると、少なくとも4730種類以上の物質があるという。数種類について有害性が指摘され、国際条約や締約国の法令で製造・使用の規制が進む。
水や油をはじく撥水・撥油作用があり、身近な製品では、水をはじく衣料品やテーブルクロス、防水スプレー、ファストフード店の食品を包む紙、油汚れを簡単に落とす車のコーティング素材などに使われてきた。
焦げ付きにくいフライパンとして知られる「フッ素樹脂コーティング」は、フッ素樹脂の主成分にPFASの一種である「PTFE(ポリテトラフルエチレン)」が使われ、人体に吸収されることはないが加工助剤として発がん性などが指摘されている「PFOA(ピーフォア)」が使われてきた。テフロン加工はフッ素樹脂コーティングの一種で、効率的で安定的な製造にはPFOAの使用が欠かせなかった。有害性の問題を受けて、国内メーカーが2013年までに使用を全廃してからは、別の種類のPFASが使われている。
国内でPFASの大規模な汚染を引き起こしているのは、米軍や自衛隊の基地や飛行場周辺、そしてPFAS由来の物質を製造・使用してきた工場の周りやその排出水の下流域だ。基地や空港では、石油タンク火災や航空機火災などを消化する際に特殊な泡消火剤が使われ、それがPFAS汚染の原因となっている。
フッ素樹脂の製造・加工を行う施設、メッキや半導体の製造工場も汚染源となりうる。半導体の製造工程でも関連物質の「PFOS(ピーフォス)」が使われてきた。PFOAと工業の関係については、前述のようにフッ素樹脂の製造工程で助剤として使われてきた。
PFOS、PFOAに代表される有機フッ素化合物PFASは、米国の3M(スリーエム)社が1948年に開発した。同じく米国の化学メーカー、デュポン社が51年からフッ素樹脂テフロンの安定的製造のため助剤として使い始めた。
ちなみにデュポン社は第二次世界大戦中に米国が原子爆弾を作った「マンハッタン計画」に参画し、プルトニウム工場を米西部ワシントン州ハンフォードに建設した。1930年代に同社が開発したテフロンは、戦争時はほとんどマンハッタン計画に使われ、同社が関わったプルトニウムは原子爆弾になり、長崎に投下された。原発事故という核災害に見舞われた福島県では、核汚染地の浄化と地域振興のために米連邦政府主導で資本投下が進められたハンフォードを浜通りの復興モデルにする動きがある。
隠されていた有害性
3M社が開発し、テフロンの安定的製造に貢献した有機フッ素化合物PFASだったが、同社は2000年5月、その主要物質であるPFOSとPFOAの製造を2002年までに自主的に中止すると公表した。名目上は「自主的中止」だったが、撥水性・撥油性に優れるその物質は年間数百億円の売り上げがあったと推定される。そんなドル箱を捨てる決断をしたのは、逆に損害賠償に変わってしまうほどの経営上のリスクを回避するためだった。
開発されてから50年近く経った1997年には既にPFASが自然界で分解されにくく、環境汚染への懸念が研究者から指摘されていた。広範な調査では、北極や南極に生息するホッキョクグマやアザラシの体内などにも蓄積していたことが分かり、環境への残留性と野生生物や人体に溜まりやすい蓄積性が指摘された。
米国では家畜が飲む地下水や飲用に供用されていた水道水がPFASを含む工業用水の垂れ流しで汚染されたことに対して、企業側に賠償を求める住民訴訟が起こった。
発端は1990年代に米中東部のウェストバージニア州パーカーズバーグで酪農を営む農場主が起こした訴訟だった。パーカーズバーグにはフッ素樹脂を製造するデュポンの工場があり、地元住民を多く雇用する企業城下町となっていた。農場主は工場の廃棄物によって土地が汚染され、190頭もの牛が病死したと訴えた。依頼を受けた弁護士の調査によって、デュポンが発がん性の懸念のある有害物質を1950年代から40年間も隠蔽し、大気中や土壌に垂れ流し続けた疑いが判明する。
デュポン側は有害性を否定したが、訴訟で開示された内部資料では、企業内の研究チームが早くからPFOAにさらされる従業員の健康調査を行い、健康被害があったり、女性従業員の胎児に先天的異常が見られることを発見し、気に留めていたことが分かった。社内で防護マニュアルを設け、女性従業員はPFOAに触れる現場から遠ざけていたことも判明。社内では有害な可能性があることを認識し善後策を取っていたのに、周辺住民には実態に反して「安全性」を強調していたことになる。
同工場による地下水汚染事件は、隣の州の住民をも巻き込んで7万人を原告団とする住民訴訟に発展。和解交渉でデュポンは汚染物質の垂れ流しを認め、6億7070万ドルの和解金を支払った。
その後、独立した科学者委員会が同社従業員を含む地域住民6万9000人を調査し、有機フッ素化合物のうちPFOAについて、曝露と高コレステロール値、腎臓がん、甲状腺疾患、潰瘍性大腸炎及び妊娠高血圧症との間に「関連性が高い」(=必ずしも発症するという意味ではなく、血中濃度が高い人は低い人よりも発症リスクが上昇するという意味)と判定した。
判定をきっかけに、米国内では水源を汚染した企業の責任を問う動きが広まり、PFASを開発・製造する3M社には住民や行政から訴訟が起こされた。同社は環境への残留性や生体への蓄積性は認めたが有害性は否定。2023年6月の和解交渉で最大125億ドル(約1・8兆円)の和解金を13年間にわたり支払うことで合意した。
汚染が深刻だった米国では、訴訟で住民側に有利な判断が示され、企業側が懲罰的な支払いを迫られた。従来の基準値70/Lも、2029年までに4ng/Lまで引き下げる厳しい設定を掲げる(後に31年までに後ろ倒し)。健康への悪影響の懸念があるのもさることながら、PFAS関連事業が「割に合わなくなり」、撤退したのが米国、そして世界の流れだ。
ダイキンの工場周辺で高濃度
日本国内では2019年のストックホルム条約を受けて、PFASのうち特に有害な関連物質の新規製造や輸入を国内法で規制。20年には水道水と河川・地下水に対して50/Lという暫定値を設けた。26年度から検査や超過時の対応を義務付ける基準値に昇格する見込みだ。「なぜ米国では4ng/Lに厳格化しているのに12倍も緩い数値なのか」という議論がある。
PFASの関連物質が国際条約で規制され、各国が水質の基準値を設定するようになったため、日本も対岸の火事ではないと広く問題視されるようになった。沖縄県に集中する米軍基地や東京都の米軍横田基地周辺での汚染は、不平等な日米関係への課題意識も相まって大々的に報じられている。
大阪府摂津市では、淀川支流の安威川で暫定目標値の1000倍以上の濃度が確認され、地下水では暫定目標値の420倍に相当する超過もあった。大手空調機メーカー、ダイキン工業が摂津市に置くフッ素化学工場が、製造品目と排出経路から主な汚染源と考えられるが、ほとんどのマスコミは社名を報じず「化学メーカー」とぼかしているため、基地由来の汚染と比べて深刻さは全国的にあまり伝わっていない。
基地や工場以外でも、廃棄物の不適切な処理で水道水が汚染されるケースがある。岡山県吉備中央町では、水源地上流に放置されたフレコンバッグからPFASが取水源のダムに流入し、供給を受ける町内522世帯、約1000人が水道水を飲めなくなった。フレコンバッグには、PFASも吸着し、ろ過にも使われる活性炭が入っていた。2024年11月に住民27人に対して行った血液検査では、全員が米国の学術機関が定めるPFAS血中濃度の基準値20 /mLを大きく上回った。
有害性が指摘されるPFASは、自然界には存在しないことから、検出されたら、流入源に注意すべきだ。飲み水に使う水道水や井戸水などからの検出が最も気がかり。地下水や河川での検出も、場所によっては水道水や農業用水などの水源になることを考えると安心できない。
福島県内はどうか。高濃度の汚染が発覚したのは2023年12月、会津若松市内を北流し、湯川村を通って阿賀川(新潟県内では阿賀野川)に流れ込む旧湯川だった。
県の水・大気環境課は、環境省の指針を受け、県内に複数ある公共用水の定点観測地で、2023年度から検査項目にPFAS(PFOAとPFOSの合算値)を加えていた。同年5月に阿賀川下流の新郷ダム(喜多方市)で0・6ng/Lという目標値を大きく下回るものの、気がかりな値を検出。上流に検出地点を移し、工場など排出源と考えられる場所がないかを加味した上でローラー調査を行い、会津若松市神指町高久にある工業団地が原因と特定した。工業団地排水路で同年11月に2万2000ng/Lを検出。同年12月には工場放流水で最大1万1000ng/Lを記録した。
会津若松市のPFAS暫定目標値超過に際し、県が行った河川やダムの水質調査地点

排出源の工業団地では1997年ごろから富士通が稼働し、代々半導体を製造してきた。2010年には撤退した富士通に代わり、米国に親会社がある日本テキサス・インスツルメンツ合同会社が工場を引き継いで操業している。高かった値は、県が発表している数値によると、発覚から約2カ月後の昨年2月9日時点では、工場放流水が57/L、工業団地排水路で6・0ng/Lまで低減した。県は水質の監視を続けるが、公表されている最新のデータでは、今年3月17日時点で、工業団地排水路で22/Lを記録している。
飯舘の山あいでも検出
同工場は次のコメントを出した。
《当社会津工場では、PFOSの使用を2010年に、 PFOAの使用を2020年に中止しています。 これらの物質は現在、世界各国にある当社グループ全ての工場の全て の製造工程においても使用されていません。
当社は、昨年12月初めに、会津工場敷地外で暫定目標値を超えるPFOS、PFOAが検出されたとの報告を受けました。当社ではこれらの物質を使用していないため、直ちに包括的な分析を行い、工場内で排出源の可能性がある箇所から排出源を減少させるための対策を取りました。その結果、12月中には、工場敷地外のPFOS/PFOAの数値が99%以上減少し、当社の調査では以後も数値が低水準で安定的に推移していることを確認しています(2024年4月更新)》。
一方、飯舘村小宮地区の地下水(井戸水)からは、昨年11月に最大で78/Lの目標値超えを計測した。県が監視を続ける。県によると地下水を使って影響を受ける住民はいなかったとのことだが、山あいで目標値を超えたのは不可解。岡山県のように原因が投棄物である可能性もあるので、近くの産業廃棄物処分場も含めて注視する必要がある。
【参考文献】
ロバート・ビロット著、旦祐介訳『毒の水 PFAS汚染に立ち向かったある弁護士の20年』(2023年、花伝社)
ジョン・ミッチェル、小泉昭夫ほか著、岩波ブックレット『永遠の化学物質(フォーエバー・ケミカル)水のPFAS汚染』(岩波書店、2020年)
原田浩二編著『これでわかるPFAS汚染 暮らしに侵入した「永遠の化学物質」』(合同出版、2023年)
中川七海著『終わらないPFOA汚染 公害温存システムのある国で』(旬報社、2024年)
























