狡猾な企業に狙われた国見町

狡猾な企業に狙われた国見町

 国見町が高規格救急車12台を所有し、リースする事業が中止となった問題が尾を引いている。事業を受託していた企業の社長(当時)が行政機能を乗っ取り、マネーロンダリング(資金洗浄)に利用しようとしていた発言が河北新報のスクープで明らかになり、「企業に食い物にされそうになった町」として全国に知られた。町民に共通するのは「恥をかかされた」という意識だ。怒りの矛先は企業だけでなく町執行部にも向き、町議が批判文書を配布する事態となった。

町民が執行部に求める「恥の責任」

町民が執行部に求める「恥の責任」【国見町役場】
国見町役場

 一連の問題は、宮城県を拠点とする河北新報の昨年からのキャンペーン記事で明らかとなった。以前条例で引き下げられた町長、副町長、教育長らの報酬が元に戻され、町民の反発を受けてまた減額された問題、幹部職員の自宅前の道路が町発注の工事として整備され、幹部職員本人が工事の決裁をしていた問題だ。

 これだけなら町内の不祥事で済んだが、宮城県多賀城市の備蓄食品製造会社「ワンテーブル」が登場することで、国見町の名前は悪い意味で全国に知られることになった。

 救急車リース事業の問題()は、全体像をすぐ理解するには複雑なこと、河北新報が福島県内では購読者数が少なく、町民たちも読む機会がないので、この時点では町の一大事とまではなっていなかった。

※企業版ふるさと納税を使って匿名企業3社から寄付を集め、高規格救急車を開発し貸し出す事業。河北新報によると、匿名企業はワンテーブルと関連がある企業だった。企業版ふるさと納税は寄付金の9割が控除されるため、同紙は提携するグループが「課税逃れ」のために国見町を利用した可能性を報じた。


 事態が動いたのは今年3月に入ってからだ。同紙が、ワンテーブルの社長(当時)が救急車リース事業を「超絶いいマネーロンダリング(資金洗浄)」、国見町など複数の自治体を挙げ「行政機能をぶん取る」と発言したという記事を書いた。生々しい発言を記録した音声が公開され、ネットで拡散。「騙された」と町民の感情に訴えるものとなった。 

 町はワンテーブルと「信頼関係が失われた」として、委託契約を解消したことを広報紙で伝えたほか、4月に計14回、各地域の住民を集めて経緯を説明した。筆者は同月22日に小坂地区の住民に対して開かれた説明会を傍聴した。

 質疑応答である住民は

 「宮城の親戚から『国見町はなんだか大変なことになっているね』と外から問題を知らされている状況。ネットではおもちゃにされて恥をかいている」

 と、引地真町長ら説明に赴いた執行部に訴えていた。

 別地区の住民が今の率直な心情を打ち明ける。

 「町長たちの報酬の上げ下げ、幹部職員が自らに利益を誘導した公共工事、ワンテーブルに踊らされた救急車リース事業……あまりに問題が多すぎて、私も全体像を完全には理解していない。ただ、とにかく『恥をかかされた』ということだけは分かる」

 不信は事業を呼び込んだ町執行部に向く。

 「町民は『行政機能をぶん取る』とまで陰で言われ、カモにされた執行部に怒っています。ワンテーブル社員が町総務課に頻繁に出入りしていたという話をある筋から聞きました。具体的なことは書かないでほしい。庁内では、誰が河北新報にタレ込んだか『犯人探し』が始まっているようなので、これ以上現場の職員に迷惑をかけたくない」(同)

 批判は執行部をチェックできなかった議会にも向いた。

 「5月(23日告示)の町議選が無投票というのが町の民主主義の衰退を表しています。こういう事実が、ワンテーブルみたいな悪質な会社に付け込まれたのではないか」(同)

 議会は救急車リース事業の予算案を全会一致で原案通り可決した責任があるため執行部に対しワンテーブルの問題を厳しく追及していない。

 例外は松浦常雄議員(81)=西大枝、5期。改選前の時点で副議長を務める。3月から3回にわたり執行部を批判する「議会活動報告」を新聞折り込みで出したが、4回目の文書では急遽「お詫び」の題で「行き過ぎた表現があった」として、執行部、議会、町民に謝罪した。

松浦常雄議員
松浦常雄議員

 前出の住民によると、圧力をかけられ謝罪に追い込まれたという。筆者は松浦議員の自宅電話を鳴らした。電話口に出た本人は「長くなりますがよろしいですか?」と計3回の執行部批判文書に「自分の思いのたけを込めた」と語った。

 「予算案に賛成した責任は感じているが、町政をただす原点に立ち返り一議員の職責を全うしたいと批判文書を出しました。B4版で3000部刷り、町内に配られる新聞に折り込んでもらいました。手間も費用も全て自前で、1回出すのに約1万5000円かかっています」(同)

 なぜ最後は「お詫び」をして出すのをやめたのかと聞くと、議員たちに迫られたからだという。3回目の批判文書を出し、各戸に届いたのが4月13日。翌14日の「議員意見交換会」に呼び出され出向くと、東海林一樹議長(5月の町議選に立候補せず引退)から「これは怪文書に当たる」と言われたという。全議員の前で批判文書を出したことを執行部、議会、町民に謝罪するよう迫られた。弁明の機会を与えられたが、擁護する議員は1人もいなかった。

 議会で孤立するのを恐れ、その日のうちに議員、引地町長に謝罪した。町長室に東海林議長と出向き、お互いに起立して口頭で謝罪。引地町長は謝罪に対して何も言わなかったという。町民には計3回の批判文書と同じく、謝罪文を新聞折り込みで届けることになった。

 「東海林議長からはどの部分が怪文書に当たるかという説明はありませんでした」(松浦議員)

 筆者は東海林氏の自宅電話を鳴らしたが出なかったので、見解を聞けていない。

 松浦議員は1時間にわたる電話取材に応じているように、批判文書を出したこと自体は間違っていないと確信しているようだ。謝罪文の表現も「怪文書」との指摘と同じようにあいまいなものになった。

 「一部行き過ぎた表現があり、町執行部、各議員の皆様、そして町民の皆様に多大なるご心配とご迷惑をおかけしたことを深くお詫び申し上げます」と書いただけで、どこが行き過ぎた表現なのかは言及がなかった。

町民から「批判文書で目が覚めた」

 結果として議会では孤立したが、町民から「あなたのおかげで目が覚めました」と激励の言葉をもらったという。筆者も全ての批判文書を読んだが、河北新報やNHKの報道を基に、町三役の報酬引き上げの迷走ぶりや、ワンテーブルが町の行政機能に食い込もうとしていた問題をまとめ、松浦議員本人の見解も記されていた。内容は周回遅れの感が否めないが、ネットにアクセスできない高齢者には重宝しているのだろう。

 時間を置いて再び松浦議員に電話すると、「取材を受けたことで議会での立場に影響はないか」と不安げに言われた。筆者は「優先すべきは議会内の声より町民から直接受けた声ではないか」と言った。

 前述の通り、定数12で行われた町議選は無投票だった。松浦議員のように「怪文書」と指摘される文書を出して議会で疎まれても再選できるので、落選を恐れる段階ではない。町民の多くは執行部トップの引地町長に「恥の責任」をとるよう求めている。新たな顔ぶれの議会が、町民と町長のはざまでどのような立場を取るか注目だ。

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