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  • 飯坂温泉のココがもったいない!高専生が分析した「回遊性の乏しさ」仙台高専5年生の高野結奈さん

    飯坂温泉のココがもったいない!高専生が分析した「回遊性の乏しさ」

     福島市の名湯・飯坂温泉をまちづくりの観点から研究した建築家の卵がいる。仙台高専5年生の高野結奈さん(20)=伊達市梁川町=は「魅力があるのに生かし切れていない」というもどかしさから同温泉を卒業研究の対象に選んだ。アンケート調査から見えてきたのは、訪問者の行き先が固定している、すなわち回遊性に乏しいという課題だった。  高野さんが飯坂温泉に関心を寄せたきっかけは、高専4年生だった2021年9月に中学時代の友人と日帰り旅行で訪れた際、閑散とした温泉街にショックを受けたからだ。 「摺上川沿いに廃業した旅館・ホテルが並んでいるのが目につきました。ネットで『飯坂温泉』と検索すると『怖い』『廃墟』という候補ワードが出てきます。昔からの建物や温泉がたくさんあって、私たちは十分散策を楽しめたのに、『怖い』という印象を持たれてしまうのはもったいないと思ったんです」(高野さん) 高野さんは宮城県名取市にある仙台高専総合科学建築デザインコースで学んだ。都市計画に興味があり、建築士を目指している。 旧堀切邸で研究を振り返る高野さん。「まちづくりに生かしてほしい」と話す。  学んできたスキルを生かして、飯坂温泉のまちづくりに貢献できないかと卒業研究の対象に選んだ。文献を読む中で、温泉街を活性化させるには旅館・ホテルで朝夕食、土産販売、娯楽までを用意する従来の「囲い込み」から脱却し、「街の回遊性」をいかに高めるかが重要になっていることが分かった。 飯坂温泉を訪れる人はどのようなスポットに魅力を感じて散策しているのだろうか。回遊性を数値に表そうと、高野さんは温泉街の5カ所にアンケート協力を求めるチラシを置き、2022年8月から10月までの期間、ネット上の投稿フォームに答えてもらった。有効回答数は29件。結果は図の通り。円が大きいほど訪問者が多い場所だ。 出典:高野結奈さんの卒業研究より「図31 来訪者が集中しているエリア」  豪農・豪商の旧家旧堀切邸と共同浴場波来湯の訪問者が多く、固定化している。つまり、この2カ所が回遊性のカギになっているということだ。一方、図の南西部は住宅地で観光スポットに乏しいことから、人の回遊は見られなかった。全4カ所ある足湯は男性より女性、高齢者より若者が利用することも分かった。 飯坂温泉の現状がデータで露わになった意義は大きい。 高野さんは飯坂温泉ならではの魅力をさらに見つけようと、別の温泉地に関する論文をあさった。小説家志賀直哉の『城の崎にて』で知られる城崎温泉(兵庫県豊岡市)を筆頭に秋保温泉(宮城県仙台市)、鳴子温泉(同大崎市)、野沢温泉(長野県野沢温泉村)の文献を読み込んだ。 比較する中で気づいた飯坂温泉の魅力が次の3点だ。 ①泉温が高く、湯量が豊富。源泉かけ流しの浴場が多い。 ②低価格で入れる共同浴場が多く、九つもある。 ③交通の便が良く、鉄道(福島交通飯坂線)が通っている。車でもJR福島駅から30分以内で着く。 「この3点は城崎温泉と共通します。同温泉は外国人観光客を呼び寄せて成功した事例に挙げられています。多数の源泉かけ流しと共同浴場という温泉街の基本が備わっています。電車で来られることで風情も加わり、鉄道マニアも引き付けます。これらは新しい温泉街では真似できない優位な点と言えます」(同) 魅力の一方で、高野さんが「飯坂温泉に足りないもの」として挙げるのが体験施設だ。 「例えば野沢温泉では、湧き出る温泉で野沢菜を湯がいたり、卵をゆでたりする体験ができます。材料一式も売っていて、誰でも手軽にできます。飯坂温泉も温泉玉子『ラジウム玉子』が名物ですが、現状はお土産として買うことはできても、その場で作ることはできない。買うだけでなく作れる体験施設があったら観光客に喜ばれ、同温泉の魅力向上にもつながるのではないか」(同) 魅力向上という意味では、川沿いの景観保持も欠かせないが、冒頭に述べた通り、飯坂温泉のネット上の評価は「怖い」というイメージが先行している。 「元気のある温泉街の共通点は川沿いの景色がきれいなことに気づきました。整備が大変なのは分かりますが、雑草だらけで手の加わっていない岸辺は温泉街全体の魅力を損ね、悪いイメージのもとになっていると思います」(同) 高野さんは2月、飯坂温泉街の都市計画を考えジオラマ(模型)にする卒業設計を提出した。ジオラマにはラジウム玉子作りを体験できる観光施設もある。 高野さんは3月に仙台高専を卒業し、アパートの設計・施工や経営を行う大手企業の設計部で働くことが決まっている。卒業研究で縁ができた飯坂温泉とは今後も関わりを持てればいいと思っている。 「新しい物を一から作るよりも、今ある物の良さを生かすリノベーションに興味があります。温泉街にあるアパートを改装し、湯治客向けの宿泊施設にするなどの動きが広まっていますが、そのような仕事で飯坂温泉に関わることができたらうれしいです」(同) 高野さんの研究はこれで一区切りだが、今後大切になるのは、若者が調べ上げたデータを温泉街の活性化にどう生かすかだ。あとは地元住民と観光業界、飯坂温泉観光会館「パルセいいざか」や共同浴場などの管理運営に当たる第三セクター・福島市観光開発㈱の取り組み次第だ。

  • 【会津若松市】富士通城下町〝工場撤退〟のその後

    【会津若松市】富士通城下町「工場撤退」のその後

     会津若松市にはかつて大手電気メーカー「富士通」の工場が立地し、4000人超が働いていた。その後、工場は完全に撤退したが、そのことでどのような変化が起きたのか。市長選まで半年を切ったこの時期にあらためて検証しておきたい。 デジタル事業は基幹産業になるか 富士通セミコンダクター会津若松工場(2013年6月撮影)  会津若松市にはかつて大手電気メーカー「富士通」の工場が立地し、4000人超が働いていた。その後、工場は完全に撤退したが、そのことでどのような変化が起きたのか。市長選まで半年を切ったこの時期にあらためて検証しておきたい。  会津地方の中核都市である会津若松市。昭和20年代後半から企業誘致の動きが活発になり、1960(昭和35)年には東北開発㈱会津ハードボード工場が落成。1964(昭和39)年にはエース電子㈱が進出した。そうした流れに乗って1967(昭和42)年に操業を開始したのが富士通会津工場だ。 富士通は1935(昭和10)年創業。富士電機製造㈱(現富士電機㈱)から電話部所管業務を分離させる形で設立された富士通信機製造㈱が前身。電話の自動交換機からコンピューター開発、通信、半導体などの事業に参入。業容を拡大させた。 同市で大規模企業の進出が相次いだ背景には、猪苗代湖で明治時代から水力発電開発が進められ、28カ所もの発電所が建設されたことがある。安価な電気料金(当時は距離が近い方が安かった)に惹かれ、日曹金属化学会津工場の前身である高田商会大寺精錬所、三菱製銅広田製作所の前身である藤田組広田精鉱所などが猪苗代湖周辺に進出していた。半導体の製造には大量の水を必要とする点も、富士通にとって決め手になったと思われる。 富士通会津工場の操業開始以降、農村地域工業導入促進法(1971年)、工業再配置促進法(1972年)が施行されたこともあり、同市には電子部品・デバイス企業が相次いで立地。半導体の国内有数の生産拠点として関連企業の集積が進んだ。 1997(平成9)年には、市内一箕町にあった富士通会津若松工場が移転拡大するのに合わせて、市が神指町高久地区に会津若松高久工業団地を整備した。 工業統計調査(従業員4人以上の事業所が対象)によると、同市の2007(平成19)年製造品出荷額等(2006年実績)3239億円のうち、半導体を含む電子部品・デバイス業は1037億円を占めた(構成比32%)。市内の製造業従業者数1万1548人のうち、電子部品・デバイス業従業者数は4217人。富士通とその関連事業所が同市経済を支えていたことから「富士通城下町」と呼ばれた。 ところが、2008(平成20)年にリーマン・ショックが発生し、世界同時不況に陥ると半導体の売り上げが急落。富士通も大打撃を受け、翌年にはLSI(大規模集積回路)事業を再編。グループ全体で2000人の配置転換を行った。 さらに2013(平成25)年には大規模な希望退職を募り、市内に立地する富士通グループ2工場の従業員約1100人のうち、400人超が早期退職に応じた。 本誌2013年7月号では次のように報じている。 《1980年代に世界を席巻した日本の半導体産業だが、90年代以降はサムスン電子をはじめとした韓国や台湾のメーカーが台頭し、日本企業は苦戦を強いられるようになった。長年半導体事業を進めていた同社だったが、今年2月、システムLSI事業を同業他社のパナソニックと事業統合し、新会社を設立することを発表。さらに、富士通インテグレーテッドマイクロテクノロジ会津工場などの製造拠点を他社に売却・譲渡し、併せて人員削減も進めることで半導体事業を大幅に縮小する方針を打ち出している》 《(※2009年の配置転換実施時は)県外や全く畑違いの事業所への異動に難色を示す人が多く、配置転換を拒否して退職する人が相次いだ。ハローワーク会津若松によると、最終的に800人を超える離職者が発生したという。(中略)若い層の再就職率が高かったものの、働き盛りの年配層がなかなか再就職できず、就職率は約40%にとどまったという》 その後、富士通は半導体から撤退する姿勢を示し、関連工場を本体から切り離した。同市工場は「会津富士通セミコンダクター」として分社化され、製造子会社2社が設立されたが、それら子会社は2020年代に入ってからそれぞれ別の米国企業に完全譲渡された。会津富士通セミコンダクター本体は富士通セミコンダクターと称号変更。同市内から富士通関連の工場は姿を消した。 同市で富士通関連会社の社員と言えばちょっとしたステータスで、ローンの審査が通りやすいため、若いうちから一戸建てを構えている人も少なくなかった。ところが、再編に伴い転勤を命じられたため、転職を決意する人が相次いだ。 「子どもが生まれたばかりとか、受験生を抱えているといった事情の社員は地元の企業に転職した。転勤を受け入れても半導体事業自体が縮小する中だったので、希望の部署に就けるとは限らなかったようだ。最終的には九州に転勤になった人もいる。市内の松長団地では多くの住宅が売りに出され、地価が一気に下落した。地元住民の間では『松長ショック』と言われています」(松長団地に住む男性) 製造品出荷額等が激減 会津若松市役所  同市の2020(令和2)年製造品出荷額等は2290億円(2007年比70%)に落ち込んでおり、電子部品・デバイス・電子回路製造業はわずか約352億円(同33%)だった。従業者数は1544人(同36%)。数字はいずれもコロナ禍前の2019年の実績。 同市の市町村内総生産は2007年度4840億円、2018年度4639億円。製造業の総生産は2007年度1153億円、2018年度809億円。11年間のうちに300億円以上減少している。 「完成品を組み立てるセットメーカーの工場ではないので、市内に下請け企業が集積したわけではなかったのが不幸中の幸いだった」(市内の事情通)と見る向きもあるが、影響は決して小さくない。その穴をどのように埋めていくかが今後の市の課題と言えよう。 市が推し進めているのが、さらなる企業誘致だ。市企業立地課はセールスポイントを「交通インフラが整備されており、災害などが少ない面」と述べる。市内の工業団地はすべて分譲終了しているが、市議会2月定例会の施政方針演説で、新たな工業団地を整備する方針が示された。 ただ、企業誘致においては人手不足がネックとなる。 同市の1月1日現在の現住人口は11万4335人。1995(平成7)年の13万7065人をピークに減少傾向が続いている。 ハローワーク会津若松管内の昨年12月の有効求人倍率は1・6倍。市内の経済人などによると、建設業と製造業が特に不足しているという。 本誌2022年10月号で県内各市町村に「企業誘致を進める上での課題」をアンケート調査したところ、最も多かった回答が「労働人口の減少により働き手が確保できない」というものだった。人手不足に悩んでいるのはどこも共通しており、そうした中で人を集めるのは容易ではない。工業団地整備と同時進行で、会津地域内外から人を集める仕組みを検討する必要がある。 一方で、市が熱心に推し進めているのが、デジタルを活用したまちづくりだ。2011年8月の市長選で初当選した室井照平市長(3期目)が先頭に立って「スマートシティ会津若松」を推し進めてきた。 スマートシティとは、情報通信技術(ICT)などを活用して地域産業の活性化を図りながら、快適に生活できるまちづくりのこと。 同市はこの間、パソコンやスマートフォンによる申請書作成、除雪車ナビ、母子健康手帳の電子化、学校と家庭をつなぐ情報配信アプリ、オンライン診療、スマートアグリ、外国人向け観光情報ホームページといった取り組みを進めてきた。 市内にはコンピューターに特化した会津大学がある。同大の教員のレベルは経済界から高く評価されているが、地元経済の振興と結びついているとは言い難かった。同大と連携が図れれば、さまざまな成果を生み出し、卒業生の就職先につながることも期待できる。 市企業立地課によると、同市は人口10万人規模かつ人口減少など地方ならではの課題を抱えていることが「ICTを使った実証実験・課題解決に最適な場所」と評価されており、実際に企業が同市に拠点を設けるようになっているという。 「バランスが大事」 ICTオフィスビル「AiCT(アイクト)」  そうした需要を見込み、2019年4月にはICTオフィスビル「AiCT(アイクト)」が開所。首都圏と同様のオフィス環境に加え、セキュリティや災害時の事業継続性に配慮した施設となっている。現在は二十数社が入居し、400人以上が勤務している。中心的な役割を担うのはコンサルティング会社のアクセンチュア(東京都港区)だ。 同市の事情通は次のように語る。 「室井市長は元市長で会津大設立に尽力した山内日出夫氏と親密な関係で、会津大を活用するアイデアをよく聞いていたようだ。富士通撤退で窮地に立ったとき、かつてのアイデアが頭をかすめたのではないだろうか」 昨年3月には、最有力候補と目されていた国の「スーパーシティ型国家戦略特別区域」の指定に落選したが、その後、国のデジタル田園都市国家構想推進交付金の採択を受けた。約80社の企業で構成される「AiCTコンソーシアム」が事業の実施主体となり、市から7億3400万円の補助を受けてサービス内容を作り上げている。 市が注力する事業の行方に注目が集まるが、当の市民に感想を尋ねると、「スマートシティを実感する機会はないし、生活が良くなったという実感もない」、「デジタルを活用するのに、アイクトのような建物が必要だったのか」などと冷ややかな意見が多かった。 市内の経済人からは「室井市長はICT産業の振興にばかり興味を示し、観光振興などには無関心」とのボヤキも聞かれており、本誌でたびたび指摘している。 室井照平・会津若松市長のコメント 室井照平・会津若松市長  「富士通城下町のいま」をどう捉えているか、室井市長に質問すると次のようにコメントした。 「富士通グループの工場は市内からなくなってしまったが、そのつながりでさまざまな半導体企業が進出し、それらはいまも操業している。確かに製造業出荷額等は落ち込んだが、昨年は進出企業の増設が相次ぎ200億円の投資があり、雇用増加や税収増につながった。ICTはもちろん、製造業、観光などいろいろな柱をバランスよく伸ばしていくことが大事だと考えています」 今夏には市長選が控えており、現職と複数の新人による選挙戦になる見込みだ。ある会津地方の政治経験者は「会津若松市長選はどこまで行っても『無尽』など人間関係で決まる」と冷ややかに見るが、立候補者を評価・選択する際はこうした視点も一つの参考になるのではないか。 あわせて読みたい 企業誘致に苦戦する福島県内市町村【現役コンサルに聞く課題と対策】

  • 【郡山】南東北病院「県有地移転案」の全容

    【郡山】南東北病院「県有地移転案」の全容

     総合南東北病院などを運営する一般財団法人脳神経疾患研究所(郡山市八山田七丁目115、渡辺一夫理事長)が移転・新築を目指す新病院の輪郭が、県から入手した公文書により薄っすらと見えてきた。  県は昨年11月、郡山市富田町字若宮前の旧農業試験場跡地(15万4760平方㍍)を売却するため条件付き一般競争入札を行い、脳神経疾患研究所など5者でつくる共同事業者が最高額の74億7600万円で落札した。同研究所は南東北病院など複数の医療施設を同跡地に移転・新築する計画を立てている。 同跡地はふくしま医療機器開発支援センターに隣接し、郡山市が医療関連産業の集積を目指すメディカルヒルズ郡山構想の対象地域になっている。そうした中、同研究所が2021年8月、同跡地に新病院を建設すると早々に発表したため、入札前から「落札者は同構想に合致する同研究所で決まり」という雰囲気が漂っていた。自民党の重鎮・佐藤憲保県議(7期)が裏でサポートしているというウワサも囁かれた(※本誌の取材に、佐藤県議は関与を否定している=昨年6月号参照)。 ところが昨年夏ごろ、「ゼビオが入札に参加するようだ」という話が急浮上。予想外のライバル出現に、同研究所は慌てた。同社はかつて、同跡地にトレーニングセンターやグラウンド、研究施設などを整備する計画を水面下で練ったことがある。新しい本社の移転候補地に挙がったこともあった。 ある事情通によると「ゼビオはメディカルヒルズ郡山構想に合致させるため、スポーツとリハビリを組み合わせた施設を考えていたようだ」とのこと。しかし、入札価格は51億5000万円で、同研究所を23億円余り下回る次点だった。ちなみに県が設定した最低落札価格は39億4000万円。同研究所としては、本当はもっと安く落札する予定が、同社の入札参加で想定外の出費を強いられた可能性がある。 「ゼビオは同跡地にどうしても進出したいと、郡山市を〝仲介人〟に立て、同研究所に共同で事業をやらないかと打診したという話もある。しかし同研究所が断ったため、両者は入札で勝負することになったようです」(前出・事情通) この話が事実なら、ゼビオは同跡地に相当強い思い入れがあったことになる。 それはともかく、本誌は同研究所の移転・新築計画を把握するため、県に情報開示請求を行い、同研究所が入札時に示した企画案を入手した。半分近くが黒塗り(非開示)になっていたため詳細は分からなかったが、新病院の輪郭は薄っすらと知ることができた。 それによると、同研究所は医療法人社団新生会(郡山市)、㈱江東微生物研究所(東京都江戸川区)、クオール㈱(東京都港区)、㈱エヌジェイアイ(郡山市)と共同で、総合病院と医療関連産業の各種施設を一体的に整備し、県民の命と健康を守る医療体制を強化・拡充すると共に、隣接するふくしま医療機器開発支援センターと協力し、医療関連産業の振興を図るとしている。 5者の具体的な計画内容は別掲の通りだが、県から開示された企画案は核心部分が黒塗りだった。ただ、企画案を見ていくと「新興感染症や災害への対応」という文言がしばしば出てくる。 5者の計画内容 脳神経疾患研究所総合南東北病院、南東北医療クリニック、南東 北眼科クリニック、南東北がん陽子線治療センター等を一体的に整備。新生会 南東北第二病院を整備。脳神経疾患研究所と新生会は救急医療、一般医療、最先端医療を継ぎ目なく提供。また、ふくしま医療機器開発支援センターの研究設備を活用し、新たな基礎・臨床研究につなげる。同センターの手術支援設備や講義室等を活用し、医療者の教育と能力向上も目指す。江東微生物研究所 生化学検査、血液検査、遺伝子検査、細菌・ウ イルス検査などに対応できる高度な検査機関を 整備。検査時間の迅速化や利便性を向上させ、県全体の検査体制充実に貢献する。クオール     がん疾患などの専門的な薬学管理から在宅診療まで、地域のニーズに対応できる高機能な調剤薬局を設置・運営。併せて血液センターや医薬品卸配送センターなども整備する。エヌジェイアイ  医療機器・システム開発等の拠点となる医療データセンターを整備。※5者が県に示した企画案をもとに本誌が作成。  新型コロナウイルスや震災・原発事故を経験したことで、新病院は未曽有の事態にも迅速に対応できる造り・体制にすることを強く意識しているのは間違いない。また、同研究所に足りない面を江東微生物研究所やクオールに補ってもらうことで、より高度な医療を提供する一方、ふくしま医療機器開発支援センターを上手に活用し、県が注力する医療関連産業の集積と医療人材の育成に寄与していく狙いがあるのではないか。 事実、企画案には《高次な救急患者を感染症のパンデミック時でも受け入れ可能とする構造・設備・空間を実現》《がん陽子線治療をはじめとした、放射線治療やロボット手術を駆使し、低侵襲の最先端医療を福島県外や海外からの患者にも提供》と書かれている。 一方、土地利用計画を見ると、医療関連施設以外の整備も検討していることが分かる。 例えば、隣接するJR磐越西線・郡山富田駅を念頭に駅前広場、同広場から郡山インター線につなぐ構内道路、各種テナントを入れた商業施設、既存斜面林を生かした公園などを整備するとしている。また新病院と各種施設も、建て替え・増築時に医療機能がストップしないような配置にしていくという。 開発スケジュールは黒塗りになっていて分からないが、同跡地の所有権が同研究所に移った後、2023~28年度までの期間で着工―開設を目指すとしている。 脳神経疾患研究所が落札した旧農業試験場跡地  ここまでが県から開示された企画案で分かったことだが、新病院の輪郭をさらにハッキリさせるため同研究所の法人本部に問い合わせると、 「現時点でお答えできる材料はありません。現在、設計を行っているところで、それが完成すると詳細な計画も明らかになり、会見も開けると思います」(広報担当者) とのことだった。 気になる事業費、資金計画、収支見通しは5者ごとに示しているが、こちらも黒塗りになっていて不明。ただ「事業費は総額600億円と聞いており、同研究所内からも『そんな巨費を捻出できるのか』と不安が漏れている」(前出・事情通)。今後は自己資金、借り入れ、補助金などの割合が注目される。 あわせて読みたい 南東北病院「移転」にゼビオが横やり

  • 【郡山】「うすい」からルイ・ヴィトン撤退の噂

    【郡山】「うすい」からルイ・ヴィトン撤退の噂

     福島県の〝商都〟を象徴する「うすい百貨店」(郡山市中町13―1、横江良司社長、以下うすいと表記)に気になるウワサが浮上している。  本誌2023年2月号【ホテルプリシード郡山閉館のワケ】で既報の通り、うすいの隣で営業するホテルプリシード郡山が3月末で閉館し、同じ建物に入る商業施設やスポーツクラブも5月末で撤退することが決まるなど、賑わいを取り戻せずにいる中心市街地はますます寂れていくことが懸念されている。 そのうすいをめぐっても、地元経済人の間で最近こんなウワサが囁かれている。 「ルイ・ヴィトンが今年秋に撤退することが決まったらしい」 言わずと知れた高級ファッションブランドのルイ・ヴィトンは、うすいが現在の店舗でリニューアルオープンした1999年からキーテナントとして1階で営業。地方の百貨店にルイ・ヴィトンが出店したことは当時大きな話題となった。 以来、ルイ・ヴィトンは「百貨店としての質」を高める顔役を担ってきたが、それが撤退することになれば集客面はもちろん、イメージ面でも影響は計り知れない。 「うすいに限らず百貨店自体が新型コロナの影響もあり厳しいと言われているが、(うすいに入る)ヴィトンの売り上げ自体は悪くないそうです」(ある商店主) うすいは今年に入ってから、同じく高級ファッションブランドであるグッチの特設売り場を開設したが、売り上げ好調を受けて開設期間を延長した。延長期間は長期になるという話もあるから、客入りは予想以上に良いのだろう。新型コロナが経済に与える影響は続いているが、高級ブランドへの需要は戻りつつあることがうかがえる。 にもかかわらず、なぜルイ・ヴィトンは撤退するのか。 「東北地方には仙台に店を置けば十分と本部(ルイ・ヴィトンジャパン)が判断したようです。今はネット購入が当たり前で、地方にいても容易にブランド品が手に入る時代なので、テナント料や人件費を払ってまで各地に店を構える必要はないということなんでしょうね」(同) なるほど一理あるが、半面、郡山に「都市としての魅力」が備わっていれば、ルイ・ヴィトンも「ここに店を置く意義はある」と思い留まったのではないか。そういう意味で、撤退の要因はうすいにあるのではなく、郡山に都市としての魅力が無かったと捉えるべきだろう。 もっとも、撤退はウワサの可能性もある。うすいに事実関係を確認すると、広報担当者はこう答えた。 「オフィシャルには11月にリモデルすることを発表していますが、中身については経営側と店舗開発部で協議しているところです。当然、ショップの入れ替わりも出てくると思いますが、現時点で発表できる材料はありません」 前出・商店主によると 「ヴィトンの後継テナントが見当たらないため、内部では『市民の憩いの広場にしてはどうか』という案が浮上しているそうです」 とのことだが、今まで高級ブランド店が構えていた場所にベンチを置くだけの使い方をすれば「百貨店としての質」は確実に落ちる。地方の百貨店にハイブランドテナントを誘致するのが難しいことは十分承知しているが、安易な代替案は避け、百貨店に相応しいテナントを引っ張ってくる努力を怠るべきではない。 ちなみに民間信用調査機関によると、うすいの近年の業績は別表の通り。地方の百貨店は厳しいと言われる中、少ないかもしれないが黒字を維持している。2021年はさすがに新型コロナの影響が出て大幅赤字を計上したが、翌年はその反動からか逆に大幅黒字を計上している。 うすい百貨店の業績 売上高当期純利益2018年154.9億円4100万円2019年149.9億円3600万円2020年141.8億円1700万円2021年122.1億円▲1億3300万円2022年132.9億円1億5500万円※決算期は1月。▲は赤字。  うすいはこれまでも、大塚家具や八重洲ブックセンターといった有力テナントの撤退に見舞われたが、県内初進出のブランドを期間限定ながら出店させるなどして「県内唯一の百貨店」としての地位を維持してきた。しかし、撤退のウワサはルイ・ヴィトンに留まらず、 「私はティファニー(宝飾品・銀製品ブランド)が出ていくって聞いていますよ」(ある経済人) という話も漏れ伝わるなど、地方の百貨店の先行きはますます不透明感を増している状況だ。 新型コロナの影響は収まっていないが、11月のリモデルでルイ・ヴィトンやティファニーが撤退するのかどうかも含め、どのような新しい方向性が打ち出されるのか。うすいの奮闘は続く。 あわせて読みたい ホテルプリシード郡山閉館のワケ うすい百貨店からルイ・ヴィトンが撤退

  • 福島国際研究教育機構の予定地

    【浪江町】国際研究教育機構への期待と不安

     福島イノベーション・コースト構想の中核拠点となる福島国際研究教育機構が川添地区に整備される。どんな場所なのか、現地に足を運んだ。 利権絡みのトラブルを懸念する声  福島国際研究教育機構(略称F―REI=エフレイ)は▽福島・東北の復興の夢や希望となり、▽科学技術力・産業競争力の強化を牽引し、経済成長や国民生活の向上に貢献する――ことを目的とした研究教育機関。福島復興再生特別措置法に基づく特別法人として国が設置した。理事長は金沢大前学長の山崎光悦氏。 ①ロボット、②農林水産業、③エネルギー、④放射線科学・創薬医療、⑤原子力災害に関するデータや知見の集積・発信――の5分野に関する研究開発を進める。産業化、人材育成、司令塔の機能を備え、国内外から数百人の研究者が参加する見通し。2024年度以降、約10㌶の敷地に国が順次必要な施設を整備し、復興庁が存続する2030年度までに開設していく。 立地選定に関しては、原発被災地の9市町から15カ所の提案があった。交通アクセスや生活環境、福島イノベーション・コースト構想の推進状況など11項目の調査・評価により、浪江町の川添地区が選定された。県による選定を経て、国の復興推進会議で正式に決定した。 復興庁の資料によると、予定地はJR浪江駅近くの農地。社会福祉協議会や交流センター、屋内遊び場などを備えた「ふれあいセンターなみえ」の南西に位置する。 今年4月には仮事務所をふれあいセンターなみえの建物内に開設。施設基本計画を策定し、完成した施設から順次、運用をスタートする。 2022年度の関連予算は38億円。23年度予算案では、産学官連携体制構築に向けて146億円が計上された。29年度までの事業規模は約1000億円となる見込み。 県は国家プロジェクトを機に、数百人の研究者らの生活圏を広げるなどまちづくりに生かすことで、原発被災自治体の復興・居住人口回復を図りたい考えだ。 地権者によると、昨年12月に説明会が行われたが、ホームページなどで公表されている事業概要の説明に終始し、具体的な話には至らなかったという。 「予定地は農業振興地域で、震災・原発事故後は圃場整備が検討されたが、『農業を再開するつもりはない』という人が多くてまとまらなかった。そうした中で浮上したのがエフレイの立地計画です。農地の処分を考えていた地権者にとっては、渡りに船でした。国のプロジェクトなので、売却価格も期待できると思います」(ある地権者) 今回は期待に応えられるか  そうした中で、「利権絡みの動きには注意しなければならない」と釘を差すのが町内の事情通だ。 「『政経東北』で、同町末森・大堀地区で整備が計画されている競走馬施設計画地内の土地を、山本幸一郎浪江町副議長が事前に情報を得て取得していた疑惑が報じられていました(本誌昨年11月号参照=山本氏は「父親の主導で取得した土地が偶然計画地に入っていただけ」と主張)。山本氏に限らず、国家プロジェクトのエフレイ予定地で地元関係者のヘンな疑惑が浮上したら、復興ムードに水を差し、町が全国の笑いものになる。そのため、町関係者は警戒しているようです」 あわせて読みたい 全容が報じられた浪江町・競走馬施設計画  同町には福島水素エネルギー研究フィールドや福島ロボットテストフィールドなどが立地しているほか、約125億円を投じて浪江駅周辺再開発を進める計画も進行中だ。国や県の狙い通り、国内外の研究者や関係者が集い、関連企業の進出や商業施設の充実が加速して「研究・産業都市」ができれば、居住人口の回復が見込めよう。 もっとも、南相馬市の福島ロボットテストフィールドをはじめ、福島イノベーション・コースト構想の一環で整備された施設はいずれも中心部から外れた場所にあり、住民が目にする機会は少ない。 地元企業参入や定住人口増加、にぎわい創出などの効果はある程度出ているのだろうが、期待された役割を十分果たしているようには感じられない。そのため「今回もコケるのではないか」と心配する声が各方面から聞こえてくる。 そもそもそういう形で居住人口を増やすことが、住民が求める復興の在り方なのか、という問題もある。 さまざまな意味で同町川添地区の今後に注目が集まる。 あわせて読みたい 【福島国際研究教育機構】職員が2日で「出勤断念」【エフレイ】  

  • ホテルプリシード郡山閉館のワケ

    ホテルプリシード郡山閉館のワケ

     郡山市中町の「ホテルプリシード郡山」が3月31日で営業を終える。同ホテルはうすい百貨店の隣に立地しているが、中心市街地に〝巨大な空き家〟が出現することに近隣の商店主らはショックを受けている。  昨年12月1日、同ホテルがホームページで発表した「お知らせ」にはこう書かれている。 《ホテルプリシード郡山は、1993年8月の開業以来、皆様にご愛顧頂いて参りましたが、来る2023年3月末日をもちまして営業終了する運びとなりました。 長年に渡るご厚情に心から感謝申し上げると共に、皆様の今後のご健勝とご発展を心からお祈り申し上げます》 同ホテルが入る建物は地上12階、地下2階建て。1階と地下1階では商業施設(10店)、3・4階ではスポーツクラブが営業している。2階はレストランとホテルフロントで、5階から上が客室(159室)になっている。 近隣の商店主は 「この間、中心市街地の賑わい復活を目指して取り組んできたが、一帯の人通りは相変わらず少ない。そうした中、中心市街地を牽引するうすいの隣のホテルが閉館するのは非常に寂しい」 と、同ホテルの営業終了を残念がっている。 同業者の間では、昨年秋から「プリシードが閉館するらしい」とウワサになっていたが、営業終了の理由はともかく「このタイミングで閉館するのはもったいない」という声が聞かれていた。 ホテルと言うと新型コロナの影響で苦戦している印象を受けるが、実は思いのほか好調なのだという。 あるホテル業関係者の話。 「他市の状況は分かりませんが、郡山市内のホテルは今、コロナ前より稼働率は高いと思いますよ」 理由は同市の〝地の利〟にある。 「市内には民間の大きな病院が複数あるので、全国から来た医療機器や医薬品の営業マンが頻繁にホテルを利用しています。彼らは市内のホテルに連泊しながら今日は会津、明日は白河、明後日はいわきと動いているので、常連の宿泊で一定の稼働率が保たれているのです」(同) タクシードライバーからはこんな話も聞かれた。 「一昨年2月、昨年3月の福島県沖地震で、県内には保険会社の調査員が全国から来ていました。調査員は市内のホテルに長期滞在し、そこからタクシーを使ってあちこちの物件の被害状況を確認していました。私も県南や浜通りなどに調査員を何度もお連れしましたよ」 つまり、新型コロナでイベントやコンベンションが中止され、ホテルは苦戦しているかと思いきや、それに代わる需要で売り上げを確保していたというのだ。 「最近はインバウンドも徐々に回復しており、団体の外国人旅行客の姿も見るようになっています。今、市内のホテルはどこも忙しいと思いますよ」(前出・ホテル業関係者) こうした状況下でホテルプリシード郡山はなぜ営業を終えるのか。二つの事情がある。 一つは、建物を所有する会社との賃貸借契約が満了を迎えることだ。 同ホテルを営業しているのは㈱ホテルプリシード郡山(郡山市中町12―2)。1992年6月設立。資本金1000万円。役員は代表取締役・宮尾武志、取締役・桜井滋之、西岡巌、監査役・細川和洋の各氏。 一方、建物と土地を所有するのは不動産業の㈱橋本本店(郡山市麓山一丁目9―1)。2013年11月設立。資本金1000万円。役員は代表取締役・橋本善郎、取締役・橋本ひろみ、橋本眞明、橋本眞由美の各氏。 建物は1993年6月竣工で、当時は同じ社名で別会社の㈱橋本本店(橋本善郎社長、78年10月設立、資本金8800万円)が所有していたが、98年に商号を㈱橋本地所に変更。2013年11月に分社化し、新たに設立した前述の橋本本店に所有権を移した経緯がある。 つまり同ホテルは、ホテルプリシード郡山が橋本本店から建物を借りて1993年8月から営業してきたが、両社が交わした賃貸借契約の期間が「30年」だったため、契約満了を迎える今年(2023年)で営業を終えることとなったのだ。 もう一つの事情は、同ホテルの親会社の意向だ。 ホテルプリシード郡山は大手ゼネコン・大成建設(東京都新宿区)のグループ会社。大成建設はこれまでホテルプリシード名古屋(愛知県)など全国数カ所でホテルを建設・営業してきたが、売却するなどして少しずつ手放し、現在はホテルプリシード郡山だけとなっていた。今後は本業に注力するためホテル事業から撤退する模様で、最後の1カ所となっていた同ホテルも賃貸借契約が満了を迎えるのを機に営業終了を決めたのだ。 もっとも、前出・ホテル業関係者は「市内のホテルはコロナ前より好調」と話していたが、民間信用調査会社によると、ホテルプリシード郡山は売り上げが年々落ち込み、万年赤字に陥っていた(別表)。新型コロナ前より客足が好調なのは事実かもしれないが、累積赤字を踏まえると、大成建設にとってはホテル事業から完全撤退する〝潮時〟だったということだろう。  同ホテルの営業終了を報じた福島民報(昨年12月2日付)には《営業終了後に会社を清算し、従業員28人の再就職を支援する》とある。 同ホテルの官野友博副総支配人は次のように話す。 「ホテルは3月末で営業を終えますが、建物内の商業施設とスポーツクラブは5月末まで営業します。そこでテナント契約は満了となり、退去してもらうことになっています。別の場所で営業を継続するかどうかは分かりません。今は当社従業員の再就職先を探しているところです。当ホテルが終了後、建物がどうなるかはオーナー(橋本本店)に聞いてほしい」 「今後の利活用は検討中」  今後の建物の利活用だが、159の客室やフロントがあることからも分かる通り「ホテルの造り」になっているため、ホテルプリシード郡山が撤退後、別のホテルが入居しなければ建物は有効に機能しない。しかし前出・ホテル業関係者によると 「橋本本店は別のホテルを入れようとしていたが、契約を結ぶまでには至らなかったようだ」 と〝後釜探し〟が難航していることを示唆する。 不動産登記簿を確認すると、建物と土地には借主である大成建設が賃貸借契約に基づく保証金返還請求権として9億円と6億円の抵当権を設定している。債務者は貸主の橋本地所。それ以外の担保は、建物建設時に計47億円の抵当権や複数の根抵当権が設定された形跡があるが(債務者、根抵当権者は橋本本店、橋本地所、橋本善郎氏)、すべて解除(弁済)されている。 橋本本店に今後の建物の利活用について尋ねると、こう答えた。 「何を入居させるか、建物を解体するかどうかも含めて全くの未定。現在検討中です。それ以上はお答えできない」 建物の規模を考えると、ホテルプリシード郡山からの家賃収入はそれなりの金額だったろうから〝空きビル〟の状態が続くほど経営に響くのではないか。 建物は築30年だが、東日本大震災や二度の福島県沖地震でも大きな被害は出ておらず、今後も従前通り利用可能とみられる。そうなると、解体という選択は現実的ではない。 「解体費用は億単位になるので、行政の補助なしに企業単独で捻出するのは難しい」(ある不動産業者) 建物を有効活用するには、やはりホテルプリシード郡山に代わるホテルを入居させるしかないようだ。ベストな方法は同ホテルが引き続き営業することだったが、本業に注力したい大成建設としては、30年の長期契約を終えた後に再び賃貸借契約を結ぶのは難しかったのだろう。 今後のポイントは、橋本本店が新しいホテルを呼び寄せることができるかどうかにかかっている。 格安国内ホテル予約サイト【エアトリ】で郡山のホテルを探す あわせて読みたい 【郡山】「うすい」からルイ・ヴィトン撤退の噂

  • 保土谷化学と険悪ムード!?の品川萬里郡山市長

    保土谷化学と険悪ムード!?の品川萬里郡山市長

     保土谷化学工業㈱郡山工場(郡山市谷島町4―5)が敷地内で水素ステーションの開設を目指している。現在、2024年秋の開所に向けて準備中だが、地元経済人はこの取り組みを歓迎する一方、同社に対する郡山市の姿勢に苦言を呈している。 水素ステーションの開設を目指す保土谷化学  水素ステーションの開設は、1月13日付の地元紙に掲載された「ふくしまトップインタビュー」という記事で、同社の武居厚志郡山工場長の紹介とともに明かされた。 《今年は新事業をスタートさせる予定だ。工場敷地内に商業用定置式の水素ステーション開設を目指す。過酸化水素の原料用に製造した水素の一部を燃料電池車(FCV)向けに販売する。販売する水素の全てを自社製で賄うのは全国初の試みで、年内の着工、2024(令和6)年の開所を想定している》 これに先立って水素ステーション開設を報じた昨年12月29日付の福島民報では▽利便性を高めるため、敷地東側の東部幹線沿いでの開所を検討、▽周辺にコンビニや飲食店などを誘致し、JR郡山駅東口の活性化につなげる、という方針も紹介されていた。 同記事によると、水素は郡山工場の主力製品である過酸化水素の原料の一つとして同工場内で製造している。これまでは余剰分を他社に販売していた。水素ステーションが開設されれば、製造と供給を同一敷地内で行う全国初のケースになる。 郡山工場の担当者はこう話す。 「計画の詳細はまだ発表していません。今は『2024年秋の開所を目指す』という段階で、今後、水素ステーション建設に関する国、県、市の補助金を申請予定です」 担当者によると、県内で水素を製造しているところは限られ、市内では同社のみだという。 「これまでの水素ステーションは別の場所で製造した水素を(ステーションまで)輸送していました。そこで当社は、自社で製造した水素を有効活用したい考えから、敷地内に水素ステーションを開設しようと考えました」(同) 市内では佐藤燃料㈱が県内2番目の商業用定置式水素ステーションを2022年2月に開設している。 佐藤燃料と共同で水素ステーションを開設した日本水素ステーションネットワーク合同会社(東京都千代田区)の資料「水素ステーションの現状と課題」(2022年7月28日付)によると、東北6県のFCV台数(東北運輸局の次世代自動車普及状況より、同年5月末時点)は469台だが、このうち福島は351台と7割超を占める。2位が宮城112台、あとは山形4台、青森2台、岩手・秋田0台だから、福島県での普及が際立っていることが分かる。  福島県は2016年に策定した福島新エネ社会構想に基づき、水素社会の実現に取り組んでいる。FCDの台数が抜きん出て多いのはその表れで、それだけ水素ステーションの需要も見込めるということだ。ましてや郡山工場の場合、水素を製造しているとなれば、同じ敷地内にステーションを開設することでより円滑な供給が期待できる。加えてコンビニや飲食店が誘致されれば、東京ドーム6個分という広大な工場敷地により殺風景に映る駅東口の光景が見違えることも考えられる。 「コンビニや飲食店があれば水素を充填中の待ち時間を有効に使っていただけると思います。水素ステーションの付加価値を高められるよう併設を目指したい」(前出・担当者) 改まらない〝上から目線〟  実は、本誌は昨年秋、ある経済人からこれらの話を耳にしていた。この経済人は「水素製造が主力となり広い工場敷地が余っているため、民営公園を整備することも考えているようだ」とも話し「停滞する駅東口開発の弾みになる」と水素ステーション開設に期待を滲ませていたが、同時に興味深かったのは、同社に対する郡山市の姿勢に苦言を呈したことだった。 「菅野利和副市長と村上一郎副市長が郡山工場を訪ね『工場敷地内に道路を通したい』と協力を要請したそうです。二人はドローンで撮影したと思われる航空写真を示し『この辺りにこういう道路を通したい』『用地は無償で協力してほしい』と言ったそうです」(経済人) この要請に、同社の松本祐人社長は後日、親しい知人に「そういう話は失礼だ」「株主もいるのに用地を無償で協力できるはずがない」と不快感を露わにしたという。 「駅東口開発を進めたい品川萬里市長は、これまでも郡山工場にいろいろな話を持ちかけてきたが、どれも一方的な要請で、同社と協議しながら共同歩調で進める様子は皆無だという。同社としては長年お世話になっている同市の発展に協力したいが、一緒に取り組むという姿勢ではなく『こうやるから協力してくれ』と〝上から目線〟のやり方が改まらないので、心底協力したいという気持ちになれないようです」(同) 郡山駅東口の開発は同市の懸案事項だが、カギを握るのが一帯で操業する郡山工場の行方にある。すなわち、代替地を用意して移転してもらうか、あるいは、現在地で操業を続けるにしても広大な工場敷地をどうにか活用できないかといった話は、公式に議論されることなく与太話の類いに長年終始している。 同社の松本社長は滝田康雄会頭をはじめ郡山商工会議所と良好な関係を築いており、滝田会頭が音頭を取るまちづくり構想「郡山グランドデザインプロジェクト」に協力する意向も持っているが、いかんせん同会議所と同市の関係が良好とは言い難いため、地元経済界からは 「品川市長が本気で駅東口開発を進めたいなら、郡山工場や同会議所に丁寧にアプローチすべきだ」 という苦言が以前から漏れているのだ。今回の道路整備をめぐる要請も、事実であれば丁寧さを欠いているのは明らかだ。 「同市が本気で道路を通したければ『駅東口をこういう形で発展させたい。そのためには、ここに道路が必要なので協力してほしい』とアプローチすべきだ。その青写真もないまま、単に『道路を通したい』では同社も協力する気持ちになれないと思います」(前出・経済人) 前出・郡山工場の担当者に、副市長二人から協力要請があったか尋ねると、 「市職員の方と非公式にお会いする機会は結構あるが、公式にそういう打診が来たことはありません」 と言うから「非公式の相談」はあったのかもしれない。 菅野副市長と村上副市長にも文書で質問したが「回答は差し控える」(広聴広報課)。 水素ステーションが開設され、コンビニや飲食店が併設されても、工場敷地にはまだまだ余裕がある。前出・経済人が言う「民営公園」は郡山工場の担当者が「そこまでは考えていない」と否定しており不透明だが、品川市長が本気で駅東口開発に取り組むなら、郡山工場を同列のパートナーと見なし、共同歩調を取る姿勢を見せないと停滞打破にはつながらないのではないか。 あわせて読みたい ゼビオ「本社移転」の波紋

  • 【二本松市】パワハラ部長「突然の退職劇」

    二本松市役所に蔓延する深刻なパワハラ

     二本松市役所で産業部長によるパワハラ・モラハラが横行している。被害者が声を上げないため公には問題になっていないが、部下の課長2人が2年連続で出先に異動し、部内のモチベーションは低下している。昨今は「ハラスメントを許さない」という考えが社会常識になっているが、三保恵一市長はこうした状況を見過ごすのか。そもそも、三保市長自身にもパワハラ疑惑が持ち上がっている。(佐藤仁) 「城報館」低迷の責任を部下に押し付ける三保市長  まずは産業部内で起きている異変を紹介したい。同部は農業振興、商工、観光の3課で組織されるが、舞台となったのは観光課である。 2021年4月から観光課長に就いたA氏が、1年で支所課長として異動した。その後任として22年4月から就いたB氏も半年後に病休となり、11月に復職後は住民センター主幹として異動した。課長から主幹ということは降格人事だ。 B氏の後任は現在も決まっておらず、観光課長は空席になっている。 菊人形、提灯祭り、岳温泉など市にとって観光は主要産業だが、観光行政の中心的役割を担う観光課長が短期間のうちに相次いで異動するのは異例と言っていい。 原因は、荒木光義産業部長によるハラスメントだという。 「荒木部長の言動にホトホト嫌気が差したA氏は、自ら支所への異動を願い出た。『定年間近に嫌な思いをして仕事をするのはまっぴら。希望が通らなければ辞める』と強気の姿勢で異動願いを出し、市に認めさせた。これに対し、B氏は繊細な性格で、荒木部長の言動をまともに受け続けた結果、心身が病んだ。問題は1カ月の病休を経て復職後、主幹として異動したことです。職員の多くは『被害者が降格し、加害者がそのまま部長に留まっているのはおかしい』と疑問視しています」(市役所関係者) 荒木部長のハラスメントとはどういうものなのか。取材で判明した主な事例を挙げると①感情の浮き沈みが激しく、機嫌が悪いと荒い口調で怒る。②指導と称して部下を叱責する。いじめの部類に入るような言い方が多々みられる。③陰口が酷く、他者を「奴ら」呼ばわりする。④自分だけのルールを市のルールや世間の常識であるかのように押し付け、部下が反論すると叱責する。⑤部下が時間をかけて作成した資料に目を通す際、あるいは打ち合わせで部下が内容を説明する際、自分の意図したものと違っていると溜息をつく。⑥「なぜこんなこともできない」と面倒くさそうに文書の修正を行う。ただし、その修正は決して的確ではない。⑦上司なので上からの物言いは仕方ないとして、人を馬鹿にしたような態度を取るので、部下は不快に感じている。⑧親しみを込めているつもりなのか部下をあだ名で呼ぶが、それによって部下が不快な思いをしていることに気付いていない。 分類すると①~③はパワハラ、⑤~⑧はモラハラ、④はモラパワハラになる。 さらにモラハラについては▽文書の直しが多く、かつ細かすぎて、最後は何を言いたいのか分からなくなる▽30分で済むような打ち合わせを2、3時間、長い時は半日かけて行う▽同じ案件の打ち合わせを何度も行う▽市長、副市長に忖度し、部下はそれに振り回されている▽予算を度外視した事業の実施や、当初・補正予算に高額予算を上げることを強要する――等々。おかげで部下は疲弊しきっているという。 そんな荒木部長の機嫌を大きく損ねている最大の原因が、市歴史観光施設「にほんまつ城報館」(以下、城報館と略)の低迷である。 低迷する城報館 2階部分から伸びる渡り廊下  城報館は昨年4月、県立霞ヶ城公園(二本松城跡)近くにオープンした。1階は歴史館、2階は観光情報案内というつくりで、2階には同公園との行き来をスムーズにするため豪華な渡り廊下が設置された。駐車場は大型車2台、普通車44台を停めることができる。 事業費は17億1600万円。財源は合併特例債9億8900万円、社会資本整備総合交付金5億3600万円、都市構造再編集中支援事業補助金1億3900万円を使い、残り5000万円余は市で賄った。 市は年間来館者数10万人という目標を掲げているが、オープンから10カ月余が経つ現在、市役所内から聞こえるのは「10万人なんて無理」という冷ややかな意見である。 「オープン当初こそ大勢の人が詰めかけたが、冬の現在は平日が一桁台の日もあるし、土日も60~70人といったところ。霞ヶ城公園で菊人形が開催されていた昨秋は菊人形と歴史館(※1)を組み合わせたダブルチケットを販売した効果で1日200人超の来館者数が続いたが、それでも10万人には届きそうもない」(ある市職員) ※1 城報館は入場無料だが、1階の歴史館(常設展示室)の見学は大人200円、高校生以下100円の入場料がかかる。  市観光課によると、昨年12月31日現在の来館者数は8万6325人、そのうち有料の常設展示室を訪れたのは4万2742人という。 市内の事業主からは「無駄なハコモノを増やしただけ」と厳しい意見が聞かれる。 「館内にはお土産売り場も飲食コーナーもない。2階に飲食可能な場所はあるが、自販機があるだけでコーヒーすら売っていない。あんな造りでどうやって観光客を呼ぶつもりなのか」(事業主) 市は昨年秋、菊人形の来場者を城報館に誘導するため、例年、菊人形会場近くで開いている物産展を城報館に移した。三百数十万円の予算をかけて臨時総合レジを設ける力の入れようだったが、物産展を城報館で開いているという告知が不足したため、菊人形だけ見て帰る人が続出。おかげで「ここはお土産を買う場所もないのか」と菊人形の評価が下がる始末だったという。 「城報館に物産展の場所を移しても客が全然来ないので、たまりかねた出店者が三保市長に『市長の力で何とかしてほしい』と懇願した。すると三保市長は『のぼり旗をいっぱい立てたので大丈夫だ』と真顔で答えたそうです」(同) 三保恵一市長  本気で「のぼり旗を立てれば客が来る」と思っていたとしたら、呆れて物が言えない。 オープン前の市の発表では、年間の維持管理費が2300万円、人件費を含めると4400万円。これに対し、主な収入源は常設展示室の入場料で、初年度は950万円と見込んでいた。この時点で既に3450万円の赤字だが、そもそも950万円とは「10万人が来館し、そのうち5万人が常設展示室を見学する=入場料を支払う」という予測のもとに成り立っている。10万人に届きそうもない状況では、赤字幅はさらに膨らむ可能性もある。 上司とは思えない言動  前出・市職員によると、常設展示室で行われている企画展の内容は素晴らしく、二本松城は日本100名城に選ばれていることもあり、歴史好きの人は遠く関東や北海道からも訪れるという。しかし、歴史に興味のない一般の観光客が訪れるかというと「一度は足を運んでも、リピーターになる可能性は薄い」(同)。多くの人に来てもらうには、せめてお土産売り場や飲食コーナーが必要だったということだろう。 「施設全体で意思統一が図られていないのも問題。城報館は1階の歴史館を市教委文化課、2階の観光情報案内を観光課が担い、施設の管理運営は観光課が行っているため、同じ施設とは思えないくらいバラバラ感が漂っている」(同) 筆者も先月、時間をかけて館内を見学したが(と言っても時間をかけるほどの中身はなかったが……)、もう一度来ようという気持ちにはならなかった。 早くもお荷物と化しそうな雰囲気の城報館だが、そんな同館を管理運営するのが観光課のため、批判の矛先が観光課長に向けられた、というのが今回のハラスメントの背景にあったのである。 関係者の話を総合すると、A氏が課長の時は城報館のオープン前だったため、この件でハラスメントを受けることはなかったが、B氏はオープンと同時に課長に就いたため、荒木部長だけでなく三保市長からも激しく叱責されたようだ。 「荒木部長は『オレはやるべきことをやっている』と責任を回避し、三保市長は『何とかして来館者を増やせ』と声を荒げるばかりで具体的な指示は一切なかった。強いて挙げるなら、館内受付の後方に設置された曇りガラスを透明ガラスに変え、その場にいる職員全員で客を迎えろという訳の分からない指示はあったそうです。挙げ句『客が来ないのはお前のせいだ』とB氏を叱責し、荒木部長はB氏を庇おうともしなかったというから本当に気の毒」(前出・市役所関係者) 観光課が管理運営を担っている以上、課長のB氏が責任の一部を問われるのは仕方ない面もあるが、上司である荒木氏の責任はもっと重いはずだ。さらに建設を推し進めたのが市長であったことを踏まえると、三保氏の責任の重さは荒木部長の比ではない。にもかかわらず、荒木部長はB氏を庇うことなく責任を押し付け、三保市長は「客が来ないのはお前のせいだ」とB氏を叱責した。上司のあるべき姿とは思えない。 もともと城報館は新野洋元市長時代に計画され、当時の中身を見ると1階は多言語に対応できる観光案内役(コンシェルジュ)を置いてインバウンドに対応。地元の和菓子や酒などの地場産品を販売し、外国人観光客を意識した免税カウンターも設置。そして2階は歴史資料展示室と観光、物産、歴史の3要素を兼ね備えた構想が描かれた。管理運営も指定管理者や第三セクターに委託し、館長がリーダーシップを発揮できる形を想定。年間来館者数は20万人を目標とした。 加害者意識のない部長  しかし、2017年の市長選で新野氏が落選し、元職の三保氏が返り咲くと、この計画は見直され、1階が歴史、2階が観光と逆の配置になり、物産は消失。管理運営も市直営となり、観光課長が館長を兼ねるようになった。 新野元市長時代の計画に沿って建設すれば来館者が増えたという保障はないが、少なくとも施設のコンセプトははっきりしていたし、一般の観光客を引き寄せる物産は存在していた。それを今の施設に変更し、議会から承認を得て建設を推し進めたのは三保市長なのだから、客が来ない責任を部下のせいにするのは全くの筋違いだ。 自治労二本松市職員労働組合の木村篤史執行委員長に、荒木部長によるハラスメントを把握しているか尋ねると次のように答えた。 「観光課長に対してハラスメント行為があったという声が寄せられたことを受け、組合員230人余に緊急アンケートを行ったところ(回答率7割)、荒木部長を名指しで詳述する回答も散見されました。組合としては現状を見過ごすわけにはいかないという立場から、結果を分析し、踏み込んだ内容を市当局に伝えていく考えです」 ハラスメントは、一歩間違えると被害者が命を失う場合もある。被害者に家族がいれば、不幸はたちまち連鎖する。一方、加害者は自分がハラスメントをしているという自覚がないケースがほとんどで、それが見過ごされ続けると、職場全体の士気が低下する。働き易い職場環境をつくるためにも、木村委員長は「上司による社会通念から逸脱した行為は受け入れられない、という姿勢を明確にしていきたい」と話す。 筆者は荒木部長に事実関係を確認するため、電話で「直接お会いしたい」と取材を申し込んだが「私から話すことはない」と断られた。ただ電話を切る間際に「見解の違いや受け止め方の差もある」と付言。ハラスメント特有の、自分が加害者とは認識していない様子が垣間見えた。 ちなみに、荒木部長は安達高校卒業後、旧二本松市役所に入庁。杉田住民センター所長、商工課長を経て産業部長に就いた。定年まで残り1年余。 三保市長にも秘書政策課を通じて①荒木部長によるハラスメントを認識しているか、②認識しているなら荒木部長を処分するのか。またハラスメント根絶に向けた今後の取り組みについて、③今回の件を公表する考えはあるか、④三保市長自身が元観光課長にパワハラをした事実はあるか――と質問したが、 「人事管理上の事案であり、職員のプライバシー保護という観点からコメントは控えたい」(秘書政策課) ただ、市議会昨年12月定例会で菅野明議員(6期、共産)がパワハラに関する一般質問を行った際、三保市長はこう答弁している。 「パワハラはあってはならないと考えています。そういう事案が起きた場合は厳正に対処します。パワハラは起こさない、なくすということを徹底していきます」 疲弊する地方公務員  荒木部長は周囲に「定年まで残り1年は安達地方広域行政組合事務局長を務めるようになると思う」などと発言しているという。同事務局長は部長職なので、もし発言が事実なら、産業部長からの横滑りということになる。被害者のB氏は課長から主幹に降格したのに、加害者の荒木氏は肩書きを変えて部長職に留まることが許されるのか。 「職員の間では、荒木氏は三保市長との距離の近さから部長に昇格できたと見なされている。その荒木氏に対し三保市長が処分を科すのか、あるいはお咎めなしで安達広域の事務局長にスライドさせるのかが注目されます」(前出・市役所関係者) 地方公務員の職場実態に詳しい立教大学コミュニティ福祉学部の上林陽治特任教授によると、2021年度に心の不調で病休となった地方公務員は総務省調査(※2)で3万8000人を超え、全職員の1・2%を占めたという。 ※2 令和3年度における地方公務員の懲戒処分等の状況  (令和3年4月1日~令和4年3月31日)調査  心の不調の原因は「対人関係」「業務内容」という回答が多く、パワハラ主因説の根拠になっている。 身の危険を感じた若手職員は離脱していく。2020年度の全退職者12万5900人のうち、25歳未満は4700人、25~30歳未満は9200人、30~35歳未満は6900人、計2万0800人で全退職者の16・5%を占める。せっかく採用しても6人に1人は35歳までの若いうちに退職しているのだ。 そもそも地方自治体は「選ばれる職場」ではなくなりつつある。 一般職地方公務員の過去10年間の競争試験を見ると、受験者数と競争率は2012年がピークで60万人、8・2倍だったが、19年がボトムで44万人、5・6倍と7割強まで激減した。内定を出しても入職しない人も増えている。 地方公務員を目指す人が減り、せっかく入職しても若くして辞めてしまう。一方、辞めずに留まっても心の不調を来し、病休する職員が後を絶たない。 「パワハラを放置すれば、地方自治体は職場としてますます敬遠されるでしょう。そうなれば人手不足が一層深刻化し、心の不調に陥る職員はさらに増える。健全な職場にしないと、こうした負のループからは抜け出せないと思います」(上林氏) 地方自治体は、そこまで追い込まれた職場になっているわけ。 定例会で「厳正に対処する」と明言した三保市長は、その言葉通り荒木部長に厳正に対処すると同時に、自身のハラスメント行為も改め、職員が働き易い職場づくりに努める必要がある。それが、職員のモチベーションを上げ、市民サービスの向上にもつながっていくことを深く認識すべきだ。  ※被害者の1人、B氏は周囲に「そっとしておいてほしい」と話しているため、議員はハラスメントの実態を把握しているが、一般質問などで執行部を追及できずにいる。昨年12月定例会で菅野明議員がパワハラに関する質問をしているが、B氏の件に一切言及しなかったのはそういう事情による。しかし本誌は、世の中に「ハラスメントは許さない」という考えが定着しており、加害者が部長、市長という事態を重く見て社会的に報じる意義があると記事掲載に踏み切ったことをお断わりしておく。 あわせて読みたい 【二本松市】パワハラ部長「突然の退職劇」 ハラスメントを放置する三保二本松市長

  • グランデコリゾート

    裏磐梯グランデコ「身売り」の背景

     北塩原村の「グランデコスノーリゾート」、「裏磐梯グランデコ東急ホテル」を所有する東急不動産は、両施設を譲渡する方針を決めた。譲渡先は「非公表」とされているが、本誌取材では施設所有者は中国企業の子会社、運営は同系列のグループ会社が行うとの情報を得た。新たな所有者と運営会社はどんなところなのか。 新オーナーの中国系企業はどんな会社か 裏磐梯グランデコ東急ホテル  グランデコスノーリゾートと裏磐梯グランデコ東急ホテルは、東京急行電鉄(現・東急)がリゾート開発として整備を行い、1992(平成4)年にオープンした。2003年、東京急行電鉄から同グループ内の東急不動産に所有権が譲渡され、関連会社の東急リゾーツ&ステイが運営を行っていた。 同社は、両施設を近く譲渡する方針だという。福島民友は3月11日付紙面でこの件を伝えた。   ×  ×  ×  × 東急不動産は、グループ会社の東急リゾーツ&ステイが運営する福島県北塩原村のリゾート施設「グランデコリゾート」から撤退する方針を固めた。7月1日付で同施設を譲渡する。譲渡先や売却額は非公表。東急不動産が10日、福島民友新聞社の取材に明らかにした。 グランデコリゾートは、同村で裏磐梯グランデコ東急ホテルやスキー場のグランデコスノーリゾートを展開している。1992(平成4)年に東急電鉄が開業し、2003年にグループ会社の東急不動産に営業権を譲渡した。 同社は事業再編の一環として同施設から撤退し、リゾート事業に実績を持つ事業者に譲渡してサービスの充実を図る考え。譲渡先の事業者が従業員の雇用を継続し、施設運営やサービスを維持する見込みとなっている。   ×  ×  ×  ×  ある地元村民によると、「『レクリエーションの森管理運営協議会』で、東急不動産から譲渡についての説明があった」という。 林野庁は、国有林のうち山岳や渓谷などと一体になっている森林、野外スポーツに適した森林を「レクリエーションの森」に選定しており、管理・整備・PRなどのため、地元自治体、教育関係機関、観光協会などで「レクリエーションの森管理運営協議会」を組織している。 裏磐梯は「裏磐梯デコ平スポーツ林」として選定され、面積は約804㌶、標高は最低地点800㍍、最高地点1650㍍。林野庁のHPでは次のように紹介されている。 《山形県と福島県の県境に沿って東西に延びる吾妻連峰は、最西部に位置する西大巓(1982㍍)の南斜面に高原が広がり、おでこのように平らで広いことからデコ平と名づけられています(諸説有り)。デコ平の大部分はスノーリゾート地として開発されていますが、デコ平上部には湿原やブナの原生林、下部には夏に沢登り、冬にスノーシュートレッキングができる小野川不動滝等があり、変化に富んだ自然を楽しむことができます》《リゾート地として整備が行き届き、スキー場は開放感のあるコース設定になっており、良質で豊富な雪のなかで裏磐梯の景色を眺めながら、スノーボードやネイチャースキー、エアボード等のウインタースポーツを楽しめます》 この紹介文からも分かるように、スキー場(グランデコスノーリゾート)とそれに付随するリゾート施設が同レクリエーションの森の中核となっている。そのため、地元自治体や観光協会などで組織する協議会で、スキー場を所有する東急不動産から譲渡に関する説明があったということだ。 それが3月上旬のことで、これを受けて地元紙が報じた構図が読み取れる。 東急不動産に聞く グランデコスノーリゾート  あらためて、東急不動産に問い合わせたところ、以下のような回答があった。 ――譲渡するに至った経緯と理由。 「東急不動産のアセット戦略上の判断から、今回、譲渡することとなりました」 ――譲渡先は。 「非公表ですが、日本国内でもスキー場等、事業展開している法人です。当社も過去に取引があり、信頼できる法人です」 ――譲渡後の地元採用の従業員の扱いはどうなるのか。 「譲渡後も2023年3月まで今までと変わらず、当社グループにて運営を致します。その後に関しては、雇用が維持されるよう譲渡先とも協議し、努めてまいります」 地元紙記事では「7月1日付で同施設を譲渡する」とあり、実際、同日付での資産引き渡しを予定しているようだが、施設運営は2023年3月までは東急不動産のグループ会社(東急リゾーツ&ステイ)が引き続き行うという。つまりは、7月から2023年3月までは、譲渡先の会社から東急リゾーツ&ステイが借りて営業を行い、2023年4月以降は新会社に運営が移行することになる。 譲渡を決めた理由は、「東急不動産のアセット(資産・財産)戦略上の判断」とのこと。 別表は東急不動産と、施設を運営する東急リゾーツ&ステイの業績(民間信用調査会社調べ)。東急リゾーツ&ステイは、2021年は約58億円の損失を出している。コロナ禍の影響と見て間違いないだろう。なお、同社は宿泊事業25施設、ゴルフ事業24施設、スキー事業9施設、その他(別荘管理、レストラン、ショップ、温泉施設、保養所など)12施設を運営しており、それら全体の数字である。 東急不動産の業績 決算期売上高当期純利益2017年2351億5100万円126億6200万円2018年2798億8400万円219億9600万円2019年2649億0500万円99億2800万円2020年2854億2600万円204億9200万円2021年2936億3300万円343億3600万円※決算期は3月 東急リゾーツ&ステイの業績 決算期売上高当期純利益2017年326億9900万円2億7800万円2018年339億3900万円2億8600万円2019年360億5600万円4億5500万円2020年365億円4200万円2021年340億5100万円△58億6700万円※決算期は3月。△はマイナス  グランデコ単体の経営状況は分からないが、不動産登記簿謄本(スキー場、ホテルの土地・建物)を確認したところ、少なくとも担保は設定されてない。 本誌1月号に「県内スキー場入り込みランキング」という記事を掲載したが、同スキー場の2020―2021シーズンの入り込み数は約7万人で県内4位。ただ、2019―2020シーズンは約15万人だったから、2020―2021シーズンはコロナ禍の影響で前年の半数以下だった。もっとも、2019―2020シーズンは雪不足でほかのスキー場が苦しんだ中、裏磐梯地区はその影響が少なかったため、ほかからスキー客が流れ、入り込みが増えていた。そうしたプラス要素を除いたコロナ禍前は約13万人が基準値だったようだから、そこから比較しても4割以上の減少となっている。 2021―2022シーズンについては「前売り券、用具(特にスノーボード)の売れ行きがよく、例年並みを期待できそう。積雪もいい」(グランデコの担当者)との予測だった。 要は、コロナ禍で厳しい状況に見舞われ、譲渡を決めたということだろう。 譲渡先企業の概要  譲渡先については、地元紙記事にもあったように「非公表」との回答だった。 ただ、本誌取材では、イデラキャピタルマネジメント(以下「イデラ社」)という会社が引き継ぐとの情報を得ている。 本店所在地は東京都港区で、2001年設立、資本金1億円。事業目的は①不動産等の資産に対する投資計画の企画、立案およびその実施、②地盤、地質、耐震性等の建築物および建築設備の調査、③不動産賃貸市場および不動産投資市場の調査、④不動産に関する有害物質、日照等の環境調査、⑤不動産投資事業組合の企画、立案ならびに投資、⑥不動産の売買、販売代理、賃貸、仲介、賃貸仲介、管理およびこれらのコンサルタント業務、⑦不動産、不動産証券化商品および有価証券等の金融資産に関する不動産投資顧問業務、⑧建物の保守管理、賃貸管理業務、⑨建築物の設計・監理、⑩土地の開発造成、建物の建築、増改築、⑪経営者、債務者の財務内容改善、債務処理等に関するコンサルタント業、⑫債権の売買、保有、運用および投資、⑬信託契約代理業、⑭貸金業、金銭の貸付け、融資、⑮有価証券の売買、保有、運用および投資、⑯金融商品取引法で規定する金融商品取引業、⑰債権の管理、請求、回収に関する調査、指導およびコンサルティング業務、⑱経営コンサルタント業務、⑲環境事業、発電事業およびその管理・運営ならびに電気の売買に関する事業、⑳投資業、㉑旅館業、㉒旅行業法に基づく旅行業、㉓旅行業法に基づく旅行業者代理業、㉔前各号に関する事業を営む子会社の株式を所有することにより、当該会社によってその事業活動を行うことおよび当該会社の事業活動を管理することなど。 役員は、代表取締役・山田卓也、取締役・李力、竹内誠治、監査役・半田高史の各氏。山田氏の住所はシンガポール共和国になっている。 資産、財産、投資信託などのマネジメントが主業務で、もともとはエムケーキャピタルマネージメントという会社だったが、2012年に同業のアトラス・パートナーズと合併して現商号になった。2014年には中国の巨大複合企業「復星集団(フォースン・グループ)」の傘下に入り、その直後は代表取締役をはじめ、役員は親会社(復星集団)の関係者と思われる中国人名が多かった。 同社が不動産の管理を行い、スキー場、ホテルの経営は、同社の100%子会社「The Court(ザ・コート)」という会社が担う。所在地はイデラ社と同じ。2008年設立、資本金2400万円。事業目的は、①ホテル、飲食店の経営及びホテル連鎖店の展開、経営指導及び運営の受託、②美術館、結婚式場の経営並びにクリーニング業、③スキー場、ゴルフ場、乗馬クラブその他スポーツ施設及び遊園地、遊戯場の経営、④食料品、衣料品、日用雑貨品、化粧品、医薬品及び医薬部外品の販売、⑤タバコ、喫煙具、酒類、塩、絵画、美術工芸品及び古物の販売、⑥収入印紙及び切手、葉書の販売並びに両替に関する業務、⑦コンピューター及びその関連機器による情報の収集、処理、⑧旅行業及び旅行代理店業、⑨労働者派遣業、⑩各種イベントに関する企画、立案及びその運営、⑪広告及び広告代理業務、⑫企業の事業、経営及び経営者に関する情報の収集調査、分析、研修並びにコンサルティング業務、⑬建物及び建物設備機器の保守、管理、⑭不動産の管理業務、⑮不動産の売買、賃借及びその仲介、代理など。 役員は、代表取締役・柱本哲也、山田卓也、取締役・陳琦、王一非、監査役・半田高史の各氏。 同社はブティックホテル、リゾートホテル、宿泊特化型ホテルの形態で、全国15カ所にホテルを展開している。福島県には系列ホテルはない。さらに、同社ホームページを見る限り、スキー場の運営実績は見当たらないが、イデラグループでは他社のスキー場の不動産マネジメントの実績があるようだ。 新会社はノーコメント  イデラ社、ザ・コートの業績は別表の通り(民間信用調査会社調べ)。イデラ社は売上高に対して、利益率が高いのが目につく。ザ・コートは直近3年間は赤字を計上している。 イデラキャピタルマネジメントの業績 決算期売上高当期純利益2016年49億円27億0320万円2017年53億円27億1473万円2018年36億円13億1026万円2019年44億円20億7256万円2020年47億7400万円22億2912万円※決算期は12月。 ザコートの業績 決算期売上高当期純利益2018年34億円2679万円2019年47億7000万円△1億7466万円2020年23億4000万円△14億5493万円2021年29億0700万円△11億8000万円※決算期は12月。△は損失  イデラ社に、グランデコスノーリゾート、裏磐梯グランデコ東急ホテルを取得することを決めた経緯、取得後の経営戦略などを聞くため問い合わせたところ、担当者は「申し訳ありませんが、お答えできません。ご了承ください」とのことだった。 グランデコスノーリゾート、裏磐梯グランデコ東急ホテルは、磐梯朝日国立公園内にあり、冒頭で説明したように、林野庁の「レクリエーションの森」に選定されている。「国有林野新規使用許可」など、いろいろと手続きがあるため、それらが承認され、正式に譲渡手続きが終わるまでは慎重になっているのだろう。 裏磐梯地区は、県内でも降雪時期が早いうえ、春先まで営業することができ、オープン期間が長いのが特徴と言える。その一方で、地元住民によると、「一昔前は、首都圏、北関東、浜通りなどからのスキー客は、金曜日の夜に来て、土日はスキーを楽しむ、というスタイルが多かったが、近年は日帰りがほとんどになった」という。スキー場は安定した利用客が見込めるが、付随するホテルは簡単ではないのではないか、ということだ。 「地元採用の従業員は、希望者は新会社で引き続き雇用してもらえるようですし、運営会社が変わっても、地元にとってはそれほど影響はないと思います。あとは、新会社として、利用者が魅力を感じるような新たな仕掛けがあるかどうか、ということでしょうね」(地元住民) 外資系(中国系)企業の傘下に入るということは、中国をはじめとした外国人観光客の呼び込みに力を入れるのではないか、といった見方もある。いまはコロナ禍でインバウンド需要は無理だろうが、コロナが落ち着けば、そういった戦略を講じていくことが予想される。いずれにしても、新会社の手腕・動向に注目したい。 グランデコリスノーゾートのホームページ あわせて読みたい グランデコ売却先は本誌既報通りの「中国系企業」 (2023年1月号) 裏磐梯グランデコ経営譲渡の余波 (2023年5月号)

  • 〝コロナ閉店〟した郡山バー店主に聞く

    「コロナ閉店」した郡山バー店主に聞く

    新型コロナウイルスの感染拡大を受け、「自粛」が求められる場面が増えている。とりわけ、酒類を扱う「夜の飲食店」に行く機会が減った人は多いと思われる。当然、客が来なければ飲食店もやっていけない。いわゆる〝コロナ閉店〟する飲食店は少なくないという。実際に〝コロナ閉店〟した郡山市のバー店主に話を聞いた。 「営業しただけ赤字増加」で見切り  「店を開ければ開けただけ赤字が増えるんですから、やってられませんよ。幸い、『やめられるメド』が立ったので閉店しました」  こう話すのは、郡山市のJR郡山駅近く、陣屋でバーを経営していた男性。この男性は昨年秋前に自身が経営していたバーを閉店した。いわゆる〝コロナ閉店〟である。  「2020年2、3月にコロナの問題が本格化して以降は、多少の変化はありつつも、ずっと厳しい状況が続いていました。歓送迎会や忘新年会など、本来なら最もにぎわうシーズンですら、お客さんがかなり少なく、ゼロという日も少なくなかったですからね。特に『どこかでクラスターが発生した』といった報道等が出ると、発生源の店舗が入居するビルはもちろん、その周辺には人が寄り付かなくなります。一度そうなってしまうと、なかなか客足は戻りません」(元バー店主の男性)  本誌2020年10月号に「クラスター発生に揺れた郡山と会津若松」という特集記事を掲載し、郡山市のホストクラブでクラスターが発生したことを受け、行政の対応、関係者の足取り、店舗の対応などについてリポートした。その中で、周辺店舗関係者の「緊急事態宣言解除後、少しずつ売り上げが戻っていたが、今回のクラスター発生で再び下降している。こんなことが二度、三度と続けば持たない」、「クラスター発生を機に駅前全体の客足が鈍っている。他店からも『いつまで持つか』という嘆きが聞かれる。回復にはまだまだ時間がかかるだろう」といった声を紹介した。そういった事例が出ると、周辺店舗やその後の客足など影響が大きいというのだ。 人通りが少ない郡山市飲食店街(陣屋)  それでなくても、この間、接待を伴う飲食店、酒類の提供を行う飲食店に対しては、まん延防止等重点措置や、県独自の緊急・集中対策によって、営業自粛・時短営業を求められることが多かった。  「少し落ち着いてきたと思ったら、まん延防止や県独自の措置によって営業自粛・時短営業要請が発令される、ということの繰り返しでしたからね。もっとも、営業自粛・時短営業要請の期間は協力金が受け取れたため、店を開けて客が全く来ないときよりはマシでした。といっても、協力金は各種支払いに全部消えましたけど」(同) 協力金の仕組み  例えば、2021年1月13日から2月14日までに出された営業自粛・時短営業要請では、1日当たり4万円の協力金が支給された。33日間で計132万円だったが、「家賃の支払いを待ってもらっていた分、カラオケのリース料、酒卸業者への支払いなどで全部なくなった。むしろ、それだけではまかなえなかった」(同)という。  その後は、郡山市の場合、2021年7月26日から8月16日までは、県の「集中対策」として、営業自粛・時短営業要請が出され、この時は売り上げに応じて、「1日2万5000円〜」というルールで協力金が支払われた。昨年1月27日から2月21日までは、まん延防止等重点措置として営業自粛・時短営業要請が出され、この時は「前年度、前々年度の売上高に応じて1日当たり2万5000円〜7万5000円」の売上高方式か、「前年度、前々年度比の1日当たりの売上高減少額の4割」の売上高減少方式を選択できる仕組みだった。  ただ、いずれにしても、「協力金は各種支払いにすべて消える」といった状況だったという。  ちなみに、本誌はこの間、感染リスクが高いとされる業種(旅客業、宿泊・飲食サービス業など)は国内総生産(GDP)の5%程度で、これまで政府がコロナ対策として投じてきた予算が数十兆円に上ることを考えると、東京電力福島第一原発事故に伴う賠償金の事例に当てはめて補償するというような対応が可能で、そうすべきだった――と書いた。 一番厳しかった一昨年夏  男性によると、最も厳しかったのは2021年夏ごろだったという。感染拡大「第5波」が到来し、感染力が強く、重症化のリスクも高いとされる変異種「デルタ株」が流行していたころだ。  「あの時期は本当に厳しかった。平日(月〜木)はほぼお客さんがゼロという日が続き、週末(金・土)だって、それほど入るわけではありませんでしたから。それでも、私は1人でやっていたから、まだマシだったと思う。従業員がいたら、どうしようもなかった」(同)  コロナ前、平日(月〜木)は売り上げが5万円から8万円、週末(金・土)はその約3倍で、週50万円〜80万円の売り上げがあった。それがひどい時は平日はほぼゼロ、週末はコロナ前の平日並みになった。それでも、家賃や光熱費などの固定経費は変わらない。結果、「店を開ければ開けただけ赤字が増える」状況だったというのである。  「最近は少し規制などが緩くなり、以前よりはマシになりました。週末の居酒屋などはそこそこ入っていると思います。ただ、バーや女性が接待する店はまだまだ戻っていない。私の知り合いの店でも、女性キャストは週の半分は休みという感じです。週末は黒字だが、平日の赤字分をカバーしきれない、といった店が多いのではないか」(同)  冒頭、男性は「『やめられるメド』が立った」と語ったが、一番大きいのは、「テナント退去時の修繕費が最初に納めた敷金でまかなえたこと」という。そのほか、残っていた各種支払いがあったが、何とかそのメドが立ったから閉店を決めた。  「テナント退去時の修繕費がどうなるのかが怖かったが、敷金でまかなえたので良かった。逆に、やめたいと思っても、その(修繕費の)見通しが立たなくてやめられないところもあると思います」(同)  男性の知人の店舗でも、やめたところが何軒かあり、「いつやめたのか分からないが、気付いたら閉店していたところもあった」という。  コロナが出始めたころは、ワクチンが普及し、ある程度、通常の生活ができるようになり、客足が戻ってくることを期待していたようだ。ただ、思いのほか長引き、見切りを付けた。最後に男性は「こんなことなら、もっと早くやめれば良かった」と語った。 あわせて読みたい コロナで3割減った郡山のスナック 客足回復が鈍い福島市「夜の街」|スナック営業調査

  • コロナで3割減った郡山のスナック

    コロナで3割減った郡山のスナック

     新型コロナ感染が日本で拡大してから3年近くが経った。2022年初めまでは緊急事態宣言、まん延防止等重点措置が発令され、営業を自粛した飲食店には売り上げ実績の一部が補償された。昨年末は制限のない初めての忘年会シーズンを迎えたが、夜の街の客足はどうなったか。酒類を提供し、接待を伴うことから特に影響が大きいスナックやバー、クラブの店舗数を電話帳で比較した。初回は郡山市。 「2次会なし」で客の奪い合い勃発  民間信用調査会社の東京商工リサーチ郡山支店が昨年12月、忘・新年会を実施するかについて県内に本社を置く企業にアンケートを行ったところ、回答企業の約8割が「実施しない」と答えた。同月1~8日までインターネットで実施し、80社が回答した。以下は福島民報12月14日付より。  ・緊急事態宣言・まん延防止等重点措置に関係なく、「無条件で開催しない」と答えた企業は77・50%で10月の前回調査57・14%から20・36㌽上昇。  ・同社郡山支店の担当者は「感染者が増減を繰り返し、ピークが見えない状況で会合開催のハードルが上がっている」と分析する。  NHK(同16日配信)は、「10月後半から新型コロナの感染者が急拡大したことが飲み会自粛につながった。職場単位の大勢でなく、少人数での飲み会が主流になるとみられる」と担当者の見解を紹介している。  開催すると答えた企業でも、そのうち60%以上が2次会を自粛するか、人数を制限するとしている。アンケートからは、新型コロナで大規模な宴会が激減したうえ、「飲み会離れ」が進んでいる実態が見えてきた。  本誌は2005年7月号「2年間で270軒も閉店した福島の飲食店事情」で福島市のバー、スナックの衰退を書いた。飲み慣れた世代が高齢となり、退職や病気で店に行かなくなった。若年世代は会社で飲みに行く習慣に抵抗があり、客数増加は見込めないと分析した。 平日は人通りがまばらな陣屋の繁華街  「飲み会離れ」は全国的な傾向だが、福島県は事情が少し違う。記事掲載後も東日本大震災・原発事故で経済が落ち込み、確かに客足は減った。「復興バブル」で建設業・除染作業員が県内に進出し、浜通りと中通りの夜の街は一時活気を取り戻したが、復興バブルの終焉が徐々に訪れていたところに新型コロナの影響が直撃した。  新型コロナ拡大から約3年が経ち、夜の街を探る必要がある。2005年の記事では、NTT「タウンページ」の01年と03年の飲食業の掲載数を比較し、閉店数を推計した、今回もその手法を使う。固定電話を置かず、携帯電話やSNSでやり取りする店舗も増えているので正確ではないが、目安にはなるだろう。電話帳記載の店舗が減るということは、老舗が減ったということでもある。  初回は「商都」郡山市を調べる。県が2022年8月に公表した「2019年度市町村民経済計算」によると、市町村内総生産=市町村ごとの経済規模は同市が一番大きい。トップ3は、①郡山市1兆3600億円(県全体の17・1%)、②いわき市1兆3500億円(同17・0%)、③福島市1兆1400億円(同14・4%)だ。  「タウンページ」(2021年10月現在)によると、飲食店関係の掲載数は多い順に次の通り。業種は電話帳の記載に基づく。10店未満の専門店は省略した。 飲食店(居酒屋、食堂の一部重複)195店スナック 159店居酒屋 136店ラーメン店 72店食堂 69店レストラン(ファミレス除く) 48店焼肉・ホルモン料理店 46店うどん・そば店 42店バー・クラブ 42店すし店(回転ずし除く) 40店中華・中国料理店 39店焼き鳥店 32店日本料理店 29店イタリア料理店 15店割烹・料亭 12店うなぎ料理店 10店とんかつ店 10店  重複もあるので、概算で約計900店舗。スナック、居酒屋が圧倒的に多い。接待を伴う飲食店として、特に新型コロナで影響を受けたスナック、バー・クラブの数を調べた。新陳代謝の盛んな業界だから、減少が多くても、新規参入が同じくらいあれば問題はない。新型コロナが襲う2年前の「タウンページ」(2019年11月時点)と比べてみた。  スナック 47店減少、新掲載は5店。 バー・クラブ 5店減少、新掲載は1店。 バー・クラブは約1割減、スナックは約3割減少している。業種や店名を変えた可能性もある。念のため、郡山駅西口の繁華街、駅前と大町に住所があるスナック21店舗に電話をかけた。うち1店舗は営業中。残りの20店は「おかけになった電話番号は現在使われておりません」とのアナウンスが流れた。電話番号を変えたか固定電話の契約を終えたということ。閉店の可能性が高い。下記は2年の間に電話帳から消えたスナック一覧表。 ■コロナ前(2019年)から現在(2021年)までの間に電話帳から消えたスナック 【陣屋】アイギー、明日香、アンク、アンナ、夜上海、我愛你、笑顔、オリーブ、カラオケスナック風の歌がきこえる、絹、Club Vanilla、スナック桜子、Chil、瓶、プティ、桃色うさぎ 【駅前2】絹の家、Nori、花華ふぁふぁ 【大町】こいこい、TELLME、ぶす 【その他】アグライア(朝日)、壱番館(大槻)、イマージュ(朝日)、うさぎ屋薇庵(中町)、小山田壱番館(大槻)、カトリーヌ(菜根)、カミニート(堤下)、ギャップ(中町)、ケイズ・フォー(Ks4fth・中町)、コパン(中町)、サラン韓国スナック(朝日)、スナック華(久留米)、すなっく英の妹(島)、スナックピュア(安積)、スナック福(大槻)、スナックモナリザ(菜根)、スナックやすらぎ(富久山)、スナック夢(朝日)、セカンドハウス(桑野)、SoL(朝日)、たつみ(堂前)、だんらん(麓山)、紬の里(堂前)、ポセイドン(堤下)、美郷(七ッ池)  現在営業している店はどのような状況か。郡山一の繁華街「陣屋」に絞って調査した。陣屋通りの付近で、住所で言えば駅前1丁目に当たる。 感染防止で常連客のみ  前出の東京商工リサーチのアンケートから分かるように、飲み会自体が減り、客層は団体や企業関係から個人グループが主体になっている。週末の金、土曜日はそれなりに人が入っていると想定して、忘年会シーズンの12月17日(土)、開店準備の時間を見計らって午後6~8時の間に電話した。ランダムに22店舗にかけると、いずれも回線は生きていた。6軒が電話に出たので、客の入り具合や経営状況を聞いた。  あるスナックのママAは語る。  「コロナがはやってからもう3年になりますでしょ。まあ何とかやってるって感じね。一番頭を悩ませているのが家賃と人件費です。売り上げが減ったからといって安くはなりません」  あるキャバクラの店長の話。  「まん延防止などが出されることはなくなったが、体感としては昨年よりもお客様は減っています。平日は人が出歩かず、ひっそりとしていますよ。金、土は人が入るといっても平日と比べてマシという程度です。会社の忘年会の2次会、3次会で利用する方が多かったのですが団体客は少ないですね。一グループ多くて3、4人程度です。なじみのお客様に支えられている状態です。営業時間を短くしたり、女の子の出勤を調整している店はあると聞きますが、幸いウチは例年並みの出勤調整に抑えられています」  別のスナックのママBはこう打ち明ける。  「11月から忘年会の予約が入っているのが当たり前だったんですよ。1次会は食事をして、2、3次会でなじみの店でカラオケ、というのがコロナ前の流れでした。2次会は今まずないでしょう。感染を恐れて歌う人も減っているので、カラオケは飲み会の必須ではなくなりましたね。団体は常連さんがゴルフのコンペ後に利用するくらいです」  ママBは、行き場のないいらだちを筆者に向けた。  「雑誌の取材ですか。本当だったら土曜の夜8時に応じるなんてできないんですよ。つまり……そう、ヒマってことです。雑誌だったら宣伝でもしてもらいたいもんだわ。いつまで店を続けられそうかって? そんなの分かりません!」  客には来てほしいが感染を広めてはならないというジレンマがある。 ママCは、  「うちは新規のお客様は断っています。常連さんとその紹介のあった方だけです。『感染者が出た店』となるのが一番怖い。自分も感染したくはない。濃厚接触者になっただけでお店に出られなくなるし、店を数日閉めているとウワサになる。今来てくれるお客様を手放さないように、細々とでも営業するしかないんでしょうね」  電話調査とは別に、県内で飲食店を経営し、業界事情に詳しい男性に話を聞いた。  「繁華街に構える店は家賃が重い負担となってのしかかっています。逆に言えば『家賃さえ下がれば何とかやっていける』という人もいる。潰れない飲食店というのは、住宅街にある町中華のように、住居と一体になった手持ちの物件で営業している店でしょうね」  2次会以降がなくなったことは、スナックの概念にも変化を起こしているという。  「スナックと居酒屋が合体した『イナック』が登場しています。ご飯ものを充実させて、客単価を上げています。2軒目、3軒目に行く客が見込めないので、誰もが1軒目の店になろうと少ないパイの取り合いになっている」(同) 「業種転換したい」  郡山社交飲食業組合・組合長の太田和彦さん(67)=味の串天=は、「組合は約50年前にできましたが、郡山の飲食業も長い時間をかけて廃業、新規開店が繰り返されました。新しい店は組合に入らないところも多い。現在の加盟事業者は14店舗です」と明かす。  うち12店舗がバーやスナック。新型コロナ後は深夜12時前に店を閉める店が増えたという。  「バーやスナックに限りませんが、組合員は私を筆頭に高齢化しています。コロナ禍がきっかけで閉店を考える店もある。スナックの経営者からは『業種転換をしたいがどうしたらいいか』との相談もあります。ここに来てガス代と電気代は値上げ、ビールの仕入れ値も昨年10月に値上がりしました。提供する値段はそうそう上げられません。夜の飲食業はお酒の注文が入って利益が出る仕組みなので、どの店も痛いです」(同)  酒の席で同じ職場の者同士が打ち解ける「飲みにケーション」という言葉も死語になりつつある。新型コロナ拡大が拍車をかけた。  婚活事業などを手がけるタメニー(東京)が昨年11月に会社員の20~39歳の未婚男女2400人に行ったアンケートでは、社内でどのような方法でコミュニケーションを取っているか聞いている。飲み会は8・2%で8位。Eメールのやり取りよりも下だ。 ①直接対面での会話53・4%②通話での会話25・1%③ウェブミーティング17・0%④定例ミーティング16・6%⑤チャットツール15・9%⑥Eメール13・3%⑦1対1のミーティング8・5%⑧飲み会8・2%  以下、ランチ会や社内イベントなどが続く。  「どんな方法でコミュニケーションを取るといいと思いますか」との理想的な方法を調べた質問でも、飲み会は6・9%(8位)で現実の順位と大きな変わりはない。中堅社員がこのような意識ということは、将来的に会社の飲み会は消滅するだろう。中小民間では賃金が上がらないにもかかわらず、物価高が続いている。消費者の財布の紐は固い。 非正規雇用女性の働き口  キャバクラやスナックなどの店が減ることは貧困問題の深刻化にもつながる。水商売は、家族を養わなければならない女性に比較的高い収入を保障し、セーフティネットの役割も果たしてきた。詳しい統計はないが、ネットでキャバクラやスナックの求人欄を見ると、「シングルマザー歓迎」「寮・託児所完備」を押し出している店が多いことから、業界もシングルマザーを積極的に受け入れていることが分かる。  背景には、女性の正社員が男性と比べて少なく、男女の賃金格差が生まれてしまうという事情がある。シングルマザーが昼のパートなど非正規雇用で稼いだだけでは家族を食べさせていけない。  新型コロナが蔓延し始めた2020年には「女性店員が子どもへの感染を恐れ出勤を控える動きもあった」と県内のキャバクラ経営者は語る。キャバクラやスナックが減り、働き口が減った後、彼女たちは別の仕事に行ってしまったのか。その収入で暮らしていけるのか。飲食業が潰れるということは、別のところにしわ寄せが行くということでもある。 あわせて読みたい 客足回復が鈍い福島市「夜の街」|スナック営業調査 「コロナ閉店」した郡山バー店主に聞く

  • 一人親方潰しの消費税インボイス

    一人親方潰しの消費税インボイス

     今年10月から「インボイス制度」が始まり、年間の売り上げが1000万円以下の事業者は収入減の危機に瀕している。影響を受けるのは、地方では大工などの「一人親方」、都市部ではフリーライターや個人タクシーなど。制度が始まると収入減に加え事務負担も増えるため、高齢の一人親方は廃業を検討する人も多い。県内の商工団体からは、政府に対し制度の検証を求める声が上がっている。(小池) 収入減迫られ廃業考える事業者も  インボイス(適格申請書)とは、売り手が買い手に対し料金に消費税が含まれていることを証明する書類のことだ。消費税を納めている「課税事業者」でないと発行できない。インボイス制度は2019年の消費税10%増税と軽減税率が始まった際、「消費税の複数税率制度下において適正な課税を確保するため」という理由で導入が決められた。  それでは、なぜ制度導入で売り上げ1000万円以下の事業者は収入減になるのか。それを知るには消費税の納め方を説明する必要がある。財務省ホームページに掲載されている図を使う(図)。  消費税は物やサービスの「取引」にかかる税金。消費者は、消費税を「負担」、つまり商品本体価格に上乗せされた分を払ってはいるが、納める手続きはしていない。手続きは納税義務者に当たる「課税事業者」が行っている。図で言うと小売業者の服屋、卸売業者、服の製造業者だ。  各事業者の下部に記された金額は、売り上げに課された「仕入税額控除」前の納税額を表している。合計すると2200円となり、消費者が負担した1000円を超える。重複して課税が行われていることになる。  重複課税を防ぐため、課税事業者は前述の控除を行っている。インボイス制度下では、制度への登録申請を行った業者(=課税事業者)が発行するものしか「インボイス」と認められず、これがなければ仕入税額控除が原則受けられなくなる。  既に課税事業者の場合は、登録すれば済む話だ。問題は、仕入れ先が年間の売り上げ1000万円以下の「免税事業者」である場合だ。  免税事業者は消費税を納めていないので、仕入税額控除もこれまで必要なかった。だが、自分の商品・サービスの買い手である発注元がインボイスを求めてきたら対応を迫られる。取る道は二つある。  ①消費税免税の権利を放棄して課税事業者となりインボイスを発行。売り上げの消費税を新たに払う。  ②免税事業者のままでいて、料金を値下げする。値下げした分を発注元が納める。  ①も②も免税事業者の自腹分が増え、収入が減る。身近な例で言うとハウスメーカー(課税事業者)と一人親方(免税事業者)の関係がなじみ深いだろう。  顧客がマイホーム建築をハウスメーカーに依頼。メーカーは大工、内装業者、電気設備業者、左官業などの一人親方に仕事を発注する。ハウスメーカーからすると、一人親方の中にインボイス発行事業者(=課税事業者)とインボイスが発行できない事業者(=免税事業者)が混在すると面倒だ。インボイスはそもそも仕入税額控除を受けるための証明書だから、全ての一人親方に発行を要求する流れになる。  県内でも、一人親方にそれとなく課税事業者に移行するよう促す動きがあるようだ。ある商工団体の職員はこう話す。  「『元請から課税事業者に登録するつもりかどうか聞くアンケートが来た』という相談が一人親方から多数寄せられています。(昨年)11月までに回答してほしいという要望もあったそうです」  なぜ「つもりかどうか」などとまどろっこしい聞き方をするのか。それは「課税事業者になってほしい」と一方的に言うと、元請と下請という上下関係下での要求から、独占禁止法の「優越的地位の乱用」に当たる恐れがあるからだ。強気な一人親方でなければ、元請の言外の意味をくみ取って「登録する」に〇をつけるだろう。  一人親方らが加盟する全国建設労働組合総連合と一般財団法人建設経済研究所は、昨年9~10月にかけてインボイス制度に関するアンケートを行った。その中の「取引している上位企業から、あなたが『課税事業者と免税事業者のどちらなのか』をアンケートや口頭などで聞かれたことがあるか」との設問には16・1%(305人)が「ある」と答え、残り83・9%(1591人)が「ない」と答えた。  県内のハウスメーカー社長も「一人親方との取引はありますが、インボイス制度は周知していません。対応もまだ決めていない。何しろ理解が追いついていなくて」と言う。  社長のコメントを裏付けるように、民間信用調査会社の東京商工リサーチが昨年12月上旬に全国の企業に行ったアンケートでは、インボイス制度に登録しない免税事業者との取引について、「検討中」が46・7%で最多だった。以下「これまで通り」40・3%、「取引しない」10・2%、「取引価格を引き下げる」2・7%。免税事業者に負担を強いる「取引しない」「取引価格引き下げ」が、前回の8月調査と比べて0・4~0・6㌽上昇とジワリ増えているという。  調査対象の大企業(602社)、中小企業(3808社)別では、「取引しない」が大企業で5・8%、中小企業で10・9%。中小企業の方がよりシビアに判断している。現時点で「検討中」の前出・ハウスメーカー社長も、一人親方にインボイスを要求する可能性が高いだろう。 複雑な税制が現場に負担  一人親方に限らず個人事業者は、価格交渉で不利な立場に置かれる。免税事業者は、消費税の価格転嫁分を自分の利益にする「益税」が認められてきたとされるが、上下関係がある中、果たしてその分の料金を上げることは実際にできたのか。下請事業者が多数あれば競争が生まれ、企業は「値下げがないなら取引しない」と言える立場にある。結果、価格は下に振れる。インボイス制度導入は「益税」を税収に変える狙いもあるが、そもそも、その恩恵を零細事業者がこれまで受けてきたかどうかは検証が必要だ。  インボイス制度導入で一人親方の収入が減ることは分かった。だが商工団体に寄せられる相談を聞くと、そもそも分かりにくい制度であることが問題のようだ。前出の商工団体職員は、理解できずに判断を決めかねている一人親方が多いことを指摘する。  「複雑すぎて分からないので『自分1人では商売ができない』と悩む一人親方がほとんどです。皆さん、腕一つで稼いできた職人です。経費も掛からず、売り上げ=収入の仕事のため、免税事業者として過ごしてきました。これまでやってきた税の計算は所得税ぐらい。我々だって制度を理解するのに一苦労しました。それを、なじみのない人にゼロから説明するとなると相当ハードルが高い。『損得がどうなるのか、はっきり教えて』と言われるけど、人によって条件が違うから一般論でしか話せません」  筆者も昨年12月に相馬税務署で開かれた説明会に参加したが、出席者に冊子が配られ、それを読み上げただけで具体例の説明はなかった。 相馬税務署での説明会  実際、出席者に制度を理解できた様子はなく、職員に個別相談を申し込む人もいた。今後、税務署の負担が増えそうだ。  インボイス制度で課税事業者になるかどうかは、あくまでも任意だ。「あなたが得な方を選んで」という政府の方針は聞こえはいいが、現実は零細事業者に課税事業者になることを強いるつくりになっている。商工団体や一人親方など現場に丸投げしているとしか言いようがなく、制度の導入自体が拙速だ。  県内のある税理士も制度上不備があると指摘する。  「事務手続きなど手間は相当かかります。猶予期間中は複数の書類が併存することになる。インボイスは軽減税率に伴う制度ですが、世界を見渡すと、軽減税率自体が非効率的だからやめる流れになっています」  「日本の場合、法律をいくつもつくって複雑になっています。インボイス導入と猶予期間、さらに影響がないように軽減措置というように、制度をつくった財務省ですら複雑すぎて訳が分からなくなっているのではないでしょうか。複雑な仕組みを未だにアナログな日本で進めようとしているから無理が生じている」  「結局、制度をつくっても検証しきれてないことが問題です。本当はもっと単純にして分かり易くした方が、社会的には効率的で平等になるのではないでしょうか。複雑にすればするほど、理解が追いつかない人は置いてけぼりで損をしてしまう」  一人親方は、まさに置いてけぼりだ。この税理士によると、売り上げ1000万円以下の事業者が課税事業者になると、新たな消費税負担は10万円単位になるという。 廃業の一要因に  自民・公明両党は昨年12月、2023年度の与党税制大綱にインボイス制度導入時の軽減策を盛り込んだ。免税事業者が新たに課税事業者になる場合、3年間は納税額を客から受け取った消費税の2割とし、本来の納税額より少なくする。売り上げが1億円以下の事業者を対象に、1万円未満の仕入れはインボイスを不要とし、事務負担を少なくする。  日本商工会議所(日商)の小林健会頭は、軽減策を受けて「真に負担軽減に資するかを検証し、必要に応じて制度改善を行うとともに、免税事業者等に対する政府広報を徹底し、事業者の混乱防止に全力を尽くしていただきたい」とコメントしている。日商は昨年9月、インボイス制度について①政府による十分な検証、②普及・周知の徹底、③影響最小策の検討、④検証と実態を踏まえ制度導入時期の延期を求めていたが、③が認められた形だ。  筆者は県内の10商工会議所に、インボイス制度について会員事業所からどのような相談が寄せられているか聞き取り調査をした。  「制度が分からない」「複雑で下請に理解してもらうのが難しい」はこれまでの事例の通り。インボイス制度自体の影響は未知数だが、原料が高騰しても価格転嫁できない状況がある中で「消費税負担が生じると厳しい」と、業績悪化の要因の一つに挙げる意見があった。中でも目を引いたのが「高齢化が進む零細事業者は制度を契機に廃業が進むのでは」という懸念だ。  個人事業主が多く加盟する民主商工会(民商)では既に現実になっているという。福島市、伊達市、伊達郡を管轄する福島民主商工会(会員約130人)は60~70代が中心。最も多い業種は建設関連業40~50人で全会員の約3割を占める。  内訳は大工、電気・水道などの設備工事業、サッシ業、左官業、塗装業、板金業、内装リフォーム業、建具業など。ハウスメーカーの発注を受けている一人親方だ。  「収入は減っても免税事業者にならなければ仕事がもらえない。『どうすっぺな』と悩む一方、高齢になったのでこれを機にやめるという人もいます」(福島民商の担当者) 将来の芽を摘み取る  インボイス制度で収入が減るのは主に企業にサービスを売るフリーランスの事業者だ。ライターや俳優など表現活動を生業とする人や個人タクシーなど、都市部で見られる仕事が多い。一方、地方の福島県で収入が減るのは、ほとんどが建設業に従事する一人親方だ。  複雑な制度を前に、みんな右往左往している。当事者であるにもかかわらず、問題の根本が分からないまま決断を迫られている。  とりわけ一人親方は、よく分からないので元請のハウスメーカーに一任している状況だ。結果、課税事業者となり収入が減ることになる。前出の商工団体職員が建設業界の事情を話す。  「建設業の中で、一人親方は『調整弁』の役割を果たしている。工事を早く終えるには多くの従業員が必要だが、常に同じだけの仕事量があるとは限らない。暇な時に従業員を抱えるのは経営上のリスクになる。最低限の従業員を抱え、忙しい時に一人親方に外注するのが発注元の効率的なやり方です」  「税制上のメリットもあります。従業員への給料は仕入税額控除ができないが、一人親方への外注は、実態は『給料』でも名目は『取引』なので消費税が課され、控除が可能なのです」  一人親方にとっても悪い仕組みではないという。  「特定のメーカーに縛られず、多方面から仕事を受けられます。個々の取引の売り上げは少額でも、受注数を増やして収入を確保する。建設業界はこうしたバランスで成り立っています」(同)  建設現場では世界的な原料不足で資材が高騰している。人手不足も恒常化している。そうした中で、インボイス制度を契機に「調整弁」である一人親方の廃業が増えたら、業界にとっては大きな痛手だ。福島県は建設業者が多く、地域経済の担い手でもある。一人親方とはいえ事業者が減ることになれば、経済の沈下はますます進むだろう。  「だからこそ、開始時期は10月に迫っているが制度の検証が必要なんだと思います。政府には再考を求めたい」(同)  政府はフリーランスのような多様な働き方を勧めているが、インボイス制度はこれら事業者の収入を減らす。やることが逆行している。政府は起業も支援しているが、これも制度によって阻まれる。今ある企業も設立当初は、軌道に乗るまで売り上げが少なかったはず。制度は、そのような新参者にも容赦なく消費税を課す。成長の芽を摘み取ることにならないか。食べていける収入を確保できなければ、チャレンジしようとする人が出てこなくなってしまう。  政府は地域を支える零細事業者の存続や新規事業者の参入よりも、インボイス制度導入による実質増税という目先の利益を選んだ。悪いことに、復興特別所得税の防衛費流用も強行する。少子高齢社会の中、「日本に将来性はない」と税制が自ら証明しているようなものだ。

  • 「地域建設業の地域貢献度や技術力が適正に評価される入札制度について」という要望書

    「地域の守り手」企業を衰退させる県の入札制度

     県建設産業団体連合会(長谷川浩一会長)は12月6日、自民党県連に「地域建設業の地域貢献度や技術力が適正に評価される入札制度について」という要望書を提出した。  要望書は大きく三つの項目で構成されるが、その一つ「入札制度全般について」という項目では以下の要望を行っている。  ①入札制度においては、「地域の守り手」として県施設の維持管理業務や災害対応等を担い、日頃から災害への備えや技術研鑽に努めている企業の適正な評価に努めること。  ②中山間地域等、人口の少ない地域においては、「地域の守り手」である地元建設企業の存続は地域の安全や利便性を確保するうえで必要不可欠であり、競争性を重視するだけでなく、地元建設企業が安定的・継続的に経営できる透明性のある入札制度にすること。  ③「公共工事の品質確保の促進に関する法律(品確法)」に基づき、建設関係企業が公共工事の受注により技術力向上や設備投資、福利厚生の充実等に必要な適正利潤を確保できるよう、最低制限価格、低入札の失格基準、調査基準価格等を引き上げること。  同連合会の会員である県建設業協会は、県と締結する災害応援協定に基づき災害対応を行ったり、除雪作業を担うなど「地域の守り手」として活動している。しかし、こうした取り組みは企業経営の負担となっており、会員企業の使命感に委ねられている側面がある。「地域貢献の努力に見合ったインセンティブが必要」という意見は以前からあった。  県では2006年の県政汚職事件以降、入札制度を総合評価方式に切り替えたが、20年度から「地域の守り手育成方式」という指名競争入札を創設した。背景には、総合評価方式は中山間地の「地域の守り手」企業ほど持ち点の少なさから受注に苦慮してしまうため、指名競争入札を一定程度導入することで受注機会を生み出し、安定経営につなげるとともに、引き続き「地域の守り手」の役割を担ってもらう狙いがあった。  ところがこの指名競争入札には問題点があった。▽国・県・市町村いずれかの指示で災害出動した実績がある、▽国・県・市町村のいずれかと災害応援協定を締結している、▽国・県・市町村のいずれかと施設維持管理や除雪業務の契約実績がある――このうち一つに該当すれば入札に参加できるが、市町村業務の実績しか持たず国・県業務の実績がない企業は機動力や技術力に乏しく、受注しても「品質に問題がある施工」が行われる可能性が高いのだ。  挙げ句、仕事欲しさにダンピングが行われ、適正価格が損なわれるなど品確法に反する応札も横行。結果的に「地域の守り手」企業が受注できない状況に見舞われた。  例えば喜多方管内では2020~21年度、この指名競争入札で24件の工事が発注され、うち13件が県業務の実績がある企業、11件が同実績のない企業が落札した。これらの企業が昨年8月に同管内で起きた災害でどういう役割を果たしたかというと、前者は災害現場で迅速な対応を見せたが、後者は市町村業務の実績しか持たないことを理由に県から災害対応を依頼されなかったのだ。要するに「地域の守り手」として見なされていないわけ。  これでは「地域の守り手」の役割を果たしていない企業がどんどん受注し、その分、災害対応や除雪に当たる企業は受注機会を奪われ、最悪廃業しかねない。廃業後、役割を果たしていない企業が代わって「地域の守り手」になる保証もない。  本誌先月号で郡山市の建設業界でも同様の問題が起きていることをリポートしたが、行政が「地域の守り手」を支えることは県土と住民の安全・安心を守ることにつながる。県も同市も、早急かつ適正な入札制度への改善が求められる。 あわせて読みたい 建設業者「越県・広域合併」の狙い【小野中村】【南会西部建設】 【福島県建設業協会】長谷川浩一会長インタビュー

  • 裏磐梯グランデコ経営譲渡の余波

    グランデコ売却先は本誌既報通りの「中国系企業」

     福島民報(11月23日付)に「『グランデコ』譲渡先決定」という記事が掲載された。以下は同記事より。  《北塩原村裏磐梯のリゾート施設「グランデコリゾート」の譲渡先は、北海道の星野リゾートトマムやキロロスキー場を所有するイデラキャピタルマネジメント(本社・東京都港区、山田卓也社長)となる。21日、関係者が示した。運営はイデラキャピタルマネジメントの子会社ザ・コート(同、柱本哲也社長)が担う。現在施設を運営する東急不動産が経営から完全撤退する来年4月以降も、スキー事業、「富良野自然塾」などのグリーンシーズン事業を継続させる(後略)》 東急ホテル  この件については本誌昨年5月号に「裏磐梯グランデコ『身売り』の背景」という記事を掲載し、詳細をリポートしていた。 その際、東急不動産に「譲渡先はどこになるのか」と問い合わせたところ、同社の回答は「非公表ですが、日本国内でもスキー場等、事業展開している法人です。当社も過去に取引があり、信頼できる法人です」というものだった。  ただ、本誌記事では「本誌取材では、イデラキャピタルマネジメントという会社が引き継ぐとの情報を得ている」と書いた。以下は同記事より。  《(イデラキャピタルマネジメントは)資産、財産、投資信託などのマネジメントが主業務で、もともとはエムケーキャピタルマネージメントという会社だったが、2012年に同業のアトラス・パートナーズと合併して現称号になった。2014年には中国の巨大複合企業「復星集団(フォースン・グループ)」の傘下に入り、その直後は代表取締役をはじめ、役員は親会社(復星集団)の関係者と思われる中国人名が多かった。同社が不動産の管理を行い、スキー場、ホテルの経営は、同社の100%子会社「The Court(ザ・コート)」という会社が担う》  今回の地元紙の報道で、譲渡先・運営会社は当時本誌が得ていた情報通りだったことが明らかになった。  地元住民によると、「地元採用の従業員は、希望すれば新会社で引き続き雇用してもらえるようですし、運営会社が変わっても、地元にはさほど影響がないと思う」という。  裏磐梯地区は、県内でも降雪時期が早いうえ、春先まで営業することができ、オープン期間が長いのが特徴。一方で、地元住民によると、「一昔前は、首都圏、北関東、浜通りなどからのスキー客は、金曜日の夜に来て日曜日まで滞在する人が多かったが、近年は日帰りがほとんどになった」という。  つまりは、スキー場は安定した利用客が見込めるが、付随するホテルの稼働率をいかに上げるかがポイントになりそう。  外資系(中国系)企業に経営権が移るということは、中国をはじめとした外国人観光客の呼び込みに力を入れるのではないか、といった見方もある。いまはコロナ禍で海外からの呼び込みは難しいだろうが、コロナが落ち着けば、そういった戦略を講じていくことが予想される。いずれにしても、新会社の手腕が注目される。 グランデコリスノーゾートのホームページ あわせて読みたい 裏磐梯グランデコ「身売り」の背景 (2022年5月号) 裏磐梯グランデコ経営譲渡の余波 (2023年5月号)

  • 【桑折・福島蚕糸跡地から】廃棄物出土処理費用は契約者のいちいが負担

    【桑折・福島蚕糸跡地から】廃棄物出土処理費用は契約者のいちいが負担

     桑折町中心部の町有地で、食品スーパーとアウトドア施設、認定こども園の整備が進められている。ところが、工事途中で、地中から廃棄物が発見されたという。  食品スーパーなどの進出が計画されているのは、桑折町の中心部に位置する福島蚕糸販売農協連合会の製糸工場(以下、福島蚕糸と表記)跡地。2001(平成13)年に同工場が操業終了し、約6㌶の土地を町が所有してきた。  その活用法をめぐり商業施設の進出がウワサされたが、震災・原発事故後に災害公営住宅や公園を整備。残りの約2・2㌶を活用すべく、公募型プロポーザルを実施し、町は一昨年5月末、㈱いちいと社会福祉法人松葉福祉会を最優秀者に決定した。  昨年3月に町といちいの間で定期借地権設定契約を結び、同年8月にいちいが契約している建設会社が造成工事をスタートした。だが、そこから間もなくして、地中から産業廃棄物が出土、現在は工事がストップしているという。実際に複数の建設業関係者が、敷地内に積まれた廃棄物を目撃している。  町産業振興課に確認したところ、「出土したのはコンクリートがらや鉄パイプなど。町が同地を取得した時点ではそういうものはないと聞いていたし、写真も残っている。福島蚕糸の前に操業していた郡是製糸(現・グンゼ)桑折工場のものである可能性が高い。取得時にはそこまでさかのぼって調査をしていませんでした」と語った。  古い建物となればアスベストなどの有害物質を含んでいた可能性も考えられるが、出土量も含め、その詳細は明らかにされていない。契約では処分費用をいちいがすべて負担することになっているようだが、「数千万円はかかるだろう。町有地から出てきた廃棄物処分費用をすべて負担させるのはいかがなものか」(県北地方のある経済人)と見る向きもある。  いちいに問い合わせたところ、「同計画の担当者がいないので詳細については答えられない」としながらも、「予想外の事態なので、工期の遅れなどが発生する恐れもあるが、町と連携しながら法律に則って対応していく」と述べた。松葉福祉会の担当者は「いちいから報告は受けており、開業に向けての支障はないと聞いている」と回答した。  いちいのスーパーとアウトドア施設は2023(令和5)年秋、松葉福祉会の認定こども園は2024(令和6)年4月に開園予定となっている。  福島蚕糸跡地の開発計画に関しては、公募型プロポーザルの決定過程や賃料設定、認定こども園整備の是非などについて、一部で疑問の声が上がっている。9月の町長選でも争点になり、議会の一般質問で関連の質問が出るなど燻り続ける。そうした中で新たなトラブルが発生し、関係者は頭を悩ませている状況だ。 あわせて読みたい 桑折・福島蚕糸跡地「廃棄物出土」のその後

  • 完成した田村バイオマス発電所

    田村バイオマス訴訟の控訴審が結審

     本誌昨年2月号に「棄却された田村バイオマス住民訴訟 控訴審、裁判外で『訴え』続ける住民団体」という記事を掲載した。田村市大越町に建設されたバイオマス発電所に関連して、周辺の住民グループが起こした住民訴訟で昨年1月25日に地裁判決が言い渡され、住民側の請求が棄却されたことなどを伝えたもの。  その後、住民グループは昨年2月4日付で控訴し、6月17日には1回目の控訴審口頭弁論が行われた。裁判での住民側の主張は「事業者はバグフィルターとHEPAフィルターの二重の安全対策を講じると説明しており、それに基づいて市は補助金を支出している。しかし、安全確保の面でのHEPAフィルター設置には疑問があり、市の補助金支出は不当」というものだが、原告側からすると「一審ではそれらが十分に検証されなかった」との思いが強い。  ただ、二審では少し様子が違ったようだ。  「一審では、実地検証や本田仁一市長(当時)の証人喚問を求めたが、いずれも却下された。バグフィルターとHEPAフィルターがきちんと機能しているかを確認するため、詳細な設計図を出してほしいと言っても、市側は守秘義務がある等々で出さなかった。フィルター交換のチェック手順などの基礎資料も示されなかった。結局、二重のフィルターが本当に機能しているのか分からずじまいで、HEPAフィルターに至っては、本当に付いているのかも確認できなかった。にもかかわらず、判決では『安全対策は機能している』として、請求が棄却された。ただ、控訴審では、裁判長が『HEPAフィルターの内容がはっきりしない。具体的資料を出すように』と要求した」(住民グループ関係者)  そのため、住民グループは「二審では、その辺を明らかにしてくれそうで、今後に期待が持てた」と話していた。  その後、8月26日に2回目、11月18日に3回目の口頭弁論が開かれた。3回目の口頭弁論で、同期日までに提出された書類を確認した後、裁判長は「これまでに提出された資料から、この事件の判決を書くことが可能だと思う。控訴人から出されている証人尋問申請、検証申立、文書提出命令申立、調査嘱託申立は、必要がないと考えるので却下する。本日で結審する」と宣言した。  原告(住民グループ)の関係者はこう話す。  「被告はわれわれの様々な指摘に『否認する』と主張するだけで、何ら具体的な説明をせず、データや資料なども出さなかった。論点ずらしに終始し、二審でようやく資料のようなものが出てきたが、それだってツッコミどころ満載で、最終的には『HEPAフィルターは安心のために設置したもので、集塵率などのデータは存在しない』と居直った。裁判長は、これまでの経過から、事業者が設置したとされるHEPAフィルターが、その機能、性能を保証できない『偽物』『お飾り』であると分かったうえで結審を宣言したのか。それとも、一応、原告側の言い分を聞いてきちんと審理したとのポーズを取っただけなのか」  当初は、「一審と違い、HEPAフィルターの効果などをきちんと審理してくれそうでよかった」と語っていた住民グループ関係者だが、結局、証人尋問や現地実証は認められず、最大のポイントだった「HEPAフィルターの効果」についても十分な審理がなされたとは言い難いまま結審を迎えた。このため、原告側は不満を募らせているようだ。  判決の言い渡しは、2月14日に行われることが決まり、まずはそれを待ちたい。 あわせて読みたい 【田村バイオマス訴訟】控訴審判決に落胆する住民 【梁川・バイオマス計画】住民の「募金活動」に圧力!?

  • 高級レストラン「San filo(サンフィーロ)開成」解体で出直し図る三万石

    高級レストラン解体で出直し図る三万石

     菓子製造小売業の㈱三万石(郡山市、池田仁社長)が同市開成一丁目で営業していた地中海料理のレストラン「San filo(サンフィーロ)開成」が解体された。レストランには三万石開成店も併設されていた。  12月中旬に現地を訪れると、既に建物の3分の2が壊されていた。看板に書かれていた工期は10月17日から12月28日となっていた。  建物は2006年に約3億5000万円をかけて建設され、同年11月にイタリアン料理の「アンジェロ開成」としてオープンした。ランチタイムになると駐車場に入りきれない車が列をつくり、警備員が誘導するほどの人気店だったが、18年11月に閉店し、翌年7月にサンフィーロ開成としてリニューアルオープン後は客足が途絶えていた。  「アンジェロは1000円超のお手頃価格だったけど、サンフィーロは高くて、気軽に行けるお店じゃなかった」(ある主婦)  ホームページ(HP)によるとサンフィーロはランチ専門の営業で予約制コース、価格は3500円、5500円、1万円となっている。高級路線転換が客離れにつながったことは否めない。実際、駐車場は常にガラガラだった。  サンフィーロ開成はなぜ閉店したのか。三万石のHPを見ると「3月の地震の影響」とある。昨年3月16日に発生した福島県沖地震では相馬市などで最大震度6強を記録し、郡山市内の建物も数多く被災したが、同店もその一つだったという。  三万石の担当者に聞いた。  「建物は2021年2月に起きた地震でも大きな被害を受け、この時は大規模改修を行ったが、3月の地震で再び被害に遭った。特に電気設備の被害が深刻で、もう一度大規模改修をしても同じくらいの地震が来たら動力を確保できないという結論に至った。建物は2011年の東日本大震災でも被災しているので、耐震性の面でもリニューアルは厳しかったと思います」  気になるのは跡地の利活用だ。不動産登記簿謄本によると、同所は三万石の名義で、東邦銀行が2007年に同社を債務者とする極度額2億4000万円の根抵当権を設定している。賃借ではなく自社物件ということは、売却しない限り自社利用を目指す公算が高そう。  前出・担当者もこう話す。  「基本的には自社利用する方針だが、何を建てるかとか、どんな使い方をするかなど、具体的な内容は検討中です。いつごろオープンするといった時期も決まっていない」  サンフィーロ開成と同じ業態のレストランは福島市内にもあるが、同店も混雑している様子は見たことがない。跡地に再びレストランをつくるかどうかは分からないが、少なくとも「高級路線が客足を遠ざけた」反省は生かす必要があろう。  ところで三万石は、昨年3月に新会社㈱三万石商事(郡山市、池田仁社長)を設立している。目的は、三万石の外商部門とECサイト部門を新会社に分離・移管して人的資源を投入し、自らは製造と卸売に専念するため。これにより三万石商事は、コロナ以降好調なスーパーへの販路拡大、ネット販売などに注力。一方の三万石は、人件費圧縮と、製造品を三万石商事に卸売りすることで安定した売り上げを確保する狙いがあるとみられる。  三万石は2021年3月期決算が売上高30億円、7100万円の赤字だったが、22年3月期は同36億円、1億3500万円の黒字と持ち直した。今期決算で新会社設立の効果がどう表れるのか注目される。 あわせて読みたい 青木フルーツ「上場」を妨げる経営課題【郡山市】 青木フルーツ「合併」で株式上場に暗雲!?【郡山市】

  • 【喜多方市】処理水排出を強行する昭和電工【アルミ太郎】

    【第4弾】【喜多方市】処理水排出を強行する昭和電工

     喜多方市で土壌汚染と地下水汚染を引き起こしている昭和電工(現レゾナック)は、会津北部土地改良区が管理する用水路への「処理水」排出を強行しようとしている。同社は同土地改良区と排水時の約束を定めた「覚書」を作成し、住民にも同意を迫っていたが、難航すると分かると同意を得ずに流そうとしている。同土地改良区の顔を潰したうえ、住民軽視の姿勢が明らかとなった。 見せかけだった土地改良区の「住民同意要求」 ※昭和電工は1月からレゾナックに社名を変えたが、過去に喜多方事業所内に埋めた廃棄物が土壌・地下水汚染を引き起こし、昭和電工時代の問題を清算していない。社名変更で加害の連続性が断たれるのを防ぐため、記事中では「昭和電工」の表記を続ける。  昭和電工喜多方事業所の敷地内では、2020年に土壌汚染対策法の基準値を上回るフッ素、シアン、ヒ素、ホウ素による土壌・地下水汚染が発覚した。フッ素の測定値は最大で基準値の120倍。汚染は敷地外にも及んでいた。県が周辺住民の井戸水を調査すると、フッ素やホウ素で基準値超が見られた。フッ素は最大で基準値の4倍。一帯では汚染発覚から2年以上経った今も、ウオーターサーバーで飲料水を賄っている世帯がある。  原因は同事業所がアルミニウムを製錬していた40年以上前に有害物質を含む残渣を敷地内に埋めていたからだ。同事業所がこれまでに行った調査では、敷地内の土壌から生産過程で使用した履歴がないシアン、水銀、セレン、ヒ素が検出された。いずれも基準値を超えている。  対策として昭和電工は、  ①地下水を汲み上げて水位を下げ、汚染源が流れ込むのを防止  ②敷地を遮水壁で囲んで敷地外に汚染水が広がるのを防止  ③地下水から主な汚染物質であるフッ素を除去し、基準値内に収まった「処理水」を下水道や用水路に流す  という三つを挙げている。「処理水」は昨年3月から市の下水道に流しており、1日当たり最大で300立方㍍。一方、用水路への排出量は計画段階で同1500立方㍍だから、主な排水経路は後者になる。  この用水路は会津北部土地改良区が管理する松野左岸用水路(別図)で、その水は農地約260㌶に供給している。同事業所は通常操業で出る水をここに流してきた。  周辺住民や地権者らは処理水排出に反対している。毎年、大雨で用水路があふれ、水田に濁流が流れ込むため、汚染土壌の流入を懸念しているのだ。昨年1月に希硫酸が用水路に流出し、同事業所から迅速かつ十分な報告がなかったことも、昭和電工の管理能力の無さを浮き彫りにした。以降、住民の反対姿勢は明確になった。  昭和電工はなぜ、反対を押しのけてまで用水路への排出を急ぐのか。考えられるのは、公害対策費がかさむことへの懸念だ。  同事業所は市の下水道に1カ月当たり4万5000立方㍍を排水している。使用料金は月額約1200万円。年に換算すると約1億4000万円の下水道料金を払っていることになる(12月定例会の市建設部答弁より)。  昨年9月に行われた住民説明会では、同土地改良区の用水路に処理水排出を強行する方針を打ち明けた。以下は参加した住民のメモ。  《住民より:12月に本当に放流するのか?  A:環境対策工事を実現し揚水をすることが会社の責任であると考えている。それを実現する為にも灌漑用水への排水が最短で効果の得られる方法であると最終的に判断した。揚水をしないと環境工事の効果・低減が図れないことをご理解願いたい。  住民より:全く理解できない! 汚染排水の安全性、納得のいく説明がなされないままの排水は断じて認めることが出来ない。  (中略)  土地改良区との覚書、住民の同意が無ければ排水を認めない。約束を守っていない。  説明が尽くされていないまま時間切れ紛糾のまま終了。再説明会等も予定していない》  昭和電工は住民の録音・撮影や記者の入場を拒否したので、記録はこれしかない。 処理水排出は「公表せず」  「実際は『ふざけるな』とか『話が違う』など怒号が飛びました。昭和電工は記録されたくないでしょうね」(参加した住民)  昭和電工は用水路へ排出するに当たり、管理者の会津北部土地改良区との約束を定めた「覚書」を作成していた。同土地改良区は「周辺住民や地権者の同意を得たうえで流すのが慣例」と昭和電工に住民から同意を取り付けるよう求めたが、これだけ猛反対している住民が「覚書」に同意するはずがない。  同事業所に取材を申し込むと「文書でしか質問を受け付けない」というので、中川尚総務部長宛てにファクスで問い合わせた。  ――会津北部土地改良区との間で水質汚濁防止を約束する「覚書」を作成したが、締結はしているのか。  「会津北部土地改良区との協議状況等につきまして、当社からの回答は差し控えさせていただきます」  同土地改良区に確認すると、  「締結していません。住民からの同意が得られていないので」(鈴木秀優事務局長)  ただ、昭和電工は昨年9月の住民説明会で「12月から用水路に『処理水』を流す」と言っている。同土地改良区としては「覚書」がないと流すことは認められないはずではないかと尋ねると、  「『覚書』が重要というわけではなく、地区の同意を取ってくださいということです。あくまで記録として残しておく書面です。他の地区でも同様の排水は同意があって初めて行われるのが慣例なので、同じように求めました。法律で縛れないにしても、了承を取ってくださいというスタンスは変わりません」(同)  つまり、昭和電工の行為は慣例に従わなかったことになるが、同土地改良区の見解はどうなのか。  「表現としてはどうなんでしょうね。こちらからは申し上げることができない。土地改良区は農業者の団体です。地区の合意を取っていただくのが先例ですから、強く昭和電工に申し入れていますし、今後も申し入れていきます」(同)  これでは、住民同意の要求は見せかけと言われても仕方がない。  直近では昨年10月に昭和電工に口頭で申し入れたという。12月中旬時点では「処理水」を放出したかどうかの報告はなく、「今のところ待ちの状態」という。  同事業所にあらためて聞いた。  ――「処理水」を流したのか。開始した日時はいつか。  「対外的に公表の予定はございません」  処理水放出を公表しないのは住民軽視そのもの。昭和電工の無責任体質には呆れるしかない。 あわせて読みたい 【第1弾】親世代から続く喜多方昭和電工の公害問題 【第2弾】【喜多方市】昭和電工の不誠実な汚染対策 【第3弾】【喜多方市】未来に汚染のツケを回した昭和電工【公害】

  • 【福島】県内農業の明と暗

    【福島】県内農業の明と暗

     「農業で飯を食う」のは簡単なことではない。相手は自然なので計画通り生産できるとは限らないし、国の政策や海外の事情などに翻弄されることもある。農業を取り巻く環境は「厳しい」の一言に尽きる。中でも今、注目されるのは急速に進む酪農家の離農だが、一方で、県内の2022年度の新規就農者数は過去最多を記録。同じ農業でありながら、明暗が入り混じる背景には何があるのか。二つの事象を深掘りする。 離農した高齢酪農家が切実な訴え  「もう無理。だから……やめることにしたよ」  そんな電話が突然、筆者にかかってきたのは昨年11月だった。電話の主は、県北地方で牧場を経営するAさん。20年前に脱サラし、父親が40年続けた酪農を引き継いだ。  この間にはさまざまな困難にも直面した。その一つが2011年に起きた福島第一原発事故だ。大量に放出された放射性セシウムで牛の餌となる牧草が汚染されたことから、酪農家はセシウムを吸収抑制するため牧草地に塩化カリを大量に撒いた。その結果、セシウムは低減したものの、カリ過剰の牧草を食べた牛が死亡する事例が相次いだ。  Aさんの牧場でも10頭の牛が次々と死亡したため、自給牧草の使用をやめ購入牧草に切り替えた。これにより牛が死亡することはなくなったが、今度はその分の購入費が重い負担になった。  これらの責任は、言うまでもなく事故を起こした東電にあるが、Aさんによると「酪農家として納得できる賠償」は行われず、協議がまとまらないと賠償金の支払いは後ろ倒しになった。未払いの間にかかる資金は自分で工面しなければならない不満も重なった(詳細は本誌2016年8月号「カリ過剰牧草で『牛の大量死』発生」参照)。  ただ、そんな困難にも負けず酪農を続けてきたAさんが「やめる」と言うのだから、余程厳しい状況に置かれていたことが想像できる。  12月上旬、久しぶりにAさんの牧場を訪ねると牛は1頭もおらず、ガランとした牛舎には一人で片付けをするAさんの姿があった。  「昨日、最後の1頭を引き取ってもらってね」  と言いながら、Aさんが筆者に見せたのは飼料の請求書だった。8月5日付発行と11月9日付発行の2通ある。見比べて驚いた。わずか3カ月で1・1~1・4倍に値上がりしていたのだ。 戦争と円安で配合飼料単価が急騰  Aさんは2018年と22年の配合飼料単価の推移を月ごとに記録していた(別表の通り)。それを見ると18年はほぼ横ばいだが、22年は夏にかけて大幅に上がっている。18年と22年を比べても、22年は全体的に高くなっている。  「年々値上がりはしていたが、2022年になってロシアによるウクライナ侵攻が始まると価格が一気に上がった。そこに、急激な円安が追い打ちをかけた」(同)  配合飼料はトウモロコシなどの穀物が原料で、主に輸入でまかなわれている。今は世界的な穀物不足で配合飼料の生産量も増えない状況。そこに、ウクライナ侵攻と円安が直撃し、急激な価格高騰を引き起こした。その上がり方は別表2022年の推移からも一目瞭然だ。  Aさんが原発事故以降、自給牧草から購入牧草に切り替えたことは前述した。その購入牧草も主に輸入でまかなわれているが、自給牧草なら少しは餌代を抑えられたのか。  「自分で牧草をつくれば手間ひまがかかるし、機械のリース代や油代もかさむ。結局、つくっても買っても餌代はそれほど変わらなかったと思う」(同)  価格上昇は餌代だけでなく、燃料や電気料金、機械の部品類、タイヤなど、仕事に関わるあらゆる部分に見られた。こうなると、自助努力ではどうにもならない。  「原発事故の賠償金をもらっているうちは何とかなったが、数年前に打ち切られ、その後いろいろな物が値上がりし出すと、あとは〝つくっても赤字〟になった」(同)  Aさんの牧場でも、毎月十数万円ずつ赤字が膨らんでいったという。  こうした酪農家の窮状を受け、国は緊急支援策として経産牛(出産を経験した雌牛)1頭当たり1万円の補助を行うことを決めたが、実際に手元に入るのは2月ごろという。  「今困っているのに、もらえるのが何カ月も先では意味がない。1頭1万円では焼け石に水だしね」(同)  生乳の生産調整のため、乳量が少ない低能力牛を2023年9月までに淘汰すると1頭当たり15万円、10月以降だと同5万円を補助する事業も始まるが、産地では評価する声がある半面、家族同様に育てている牛を淘汰することに抵抗を感じる酪農家は少なくない。「本来取り組むべきは在庫調整ではないか」という批判も多く聞かれる。  その生乳は、卸売り価格が11月出荷分から3年半ぶりの値上げとなる1㌔当たり10円引き上げられ、120円近くになった。  「ただ乳を多く絞るには、その分餌を与えなければならない。でも餌代はどんどん上がっており、餌を多く与えるのは難しい。結局、卸売り価格は上がっても、儲けを見込めるだけの出荷量は出せない」(同)  そもそも卸売り価格が上がるということは、最終的には小売価格に跳ね返るので、ただでさえ牛乳離れが進む中、需要が一段と落ち込むのは避けられない。 「明るい未来が描けない」  県でも、輸入粗飼料を緊急的に購入している酪農家に1㌧当たり最大5000円を補助しているが、月を追うごとに値上がりする中、定額補助では価格上昇分を補填できず、実態を反映した支援とは言い難い。12月補正では配合飼料1㌧当たり2700円を補助する予算を計上し、補助金などの申請手続きを簡素化する支援策も打ち出したが、酪農家からすると〝無いよりはマシ〟というのが本音だろう。  Aさんが廃業を決めたのは昨年4月で、配合飼料単価が高騰し始めたころだが、その時点で既に厳しさを感じていたということは、今も経営を続ける酪農家はもっと厳しい状況にあるということだ。  「私は余計な借金をしていなかったから廃業を決断できた面もある。もし多額の借金があったら、返済を続けるため、やめたくてもやめられなかったと思う」(同)  実際、知り合いの酪農家の中には県の畜産・酪農収益力強化整備等特別対策事業を活用して施設を整備したり機械を導入し、最大2分の1の補助を受けたものの、事業を中止・廃止すると補助金の全部または一部の返還を求められるため、借金を抱えている人と同様、やめたくてもやめられないのだという。地域によってはバター不足を受け、増産に対応しようと施設に投資したのに生乳の生産調整に見舞われ、行き詰まった酪農家もいるという。  「私は補助も受けていなかったので、それほど悩まず廃業を決断できたのは幸いだった」(同)  カリ過剰問題に直面していた時は50頭の牛がいたが、廃業を決断した時点では38頭だった。そのうち5、6頭を食肉用として処分し、山形の酪農家に7頭、宮城の酪農家に5頭、新潟の酪農家に7頭を譲った。残りは家畜商に依頼し家畜市場などで売却したが、価格はピーク時の半額以下で、中には取り引きが成立しなかった牛もいた。  Aさんは67歳。トラクターなど金に換えられるものは売却し、今後は年金を頼りに家族で食べる分だけの畑を耕していく。  「農家は高齢化と後継者不足に直面している。自分もそうで、そのうちやめるだろうとは思っていたが、急激な餌代高騰などで想定よりも早くやめる羽目になった。自分は借金もなく、補助も受けていなかったのですんなりやめられたが、私みたいにどんどんやめていけば国内の生乳はまかなえなくなる。かと言って牧場経営を続けるにも適切な支援がなく、酪農は明るい未来が描けない状況にある。国や県には本気で酪農家を守る気があるのかと言いたい。これでは、将来酪農家になる人なんていませんよ」(同)  県畜産課が作成した資料「福島の畜産2021」によると同年の乳牛飼育頭数は対前年比1・7%減の1万1800頭、酪農家戸数は同5・4%減の283戸、1戸当たりの飼養頭数は同4・0%増の41・7頭だった。飼育頭数も戸数も減っているのに1戸当たりの飼養頭数が増えているのは、廃業した酪農家から譲り受けたためとみられる。  ちなみに震災前の2010年は、乳牛飼育頭数1万7600頭、酪農家戸数567戸、1戸当たりの飼養頭数31・0頭だった。震災前から飼育頭数は3割減り、戸数は実に半減している。  この数値を見ただけでも酪農家の離農の多さが伝わってくるが、餌代高騰の影響が反映される2022年のデータはさらに厳しい数値が並ぶことが予想される。  県畜産課や県酪農業協同組合に取材を申し込んだが、前者は伊達市と飯舘村で発生した鳥インフルエンザへの対応、後者はまさに酪農家への支援に奔走中で、締め切りまでに面談やコメントを寄せるのは難しいとのことだった。  12月5日付の日本農業新聞によると、同紙が全国10の指定生乳生産者団体に生乳の出荷戸数を聞き取った結果、10月末は約1万1400戸と4月末に比べ約400戸(3・4%)減、2021年の同期間の約280戸(2・3%)減よりペースが加速していることが分かった。各団体は飼料高騰による経営悪化を理由に挙げたという。  急速に進む酪農家の離農を止める術は今のところ見当たらない。 県内新規就農者が過去最多のワケ  県内の2022年度(21年5月2日から22年5月1日まで)の新規就農者数が過去最多の334人となった。県によると、現行の調査を始めた1999年度以降で300人を超えたのは初めて。  新規就農者数の推移は別掲のグラフの通り。震災・原発事故の翌年は142人と大きく落ち込んだが、200人台まで回復した後はずっと横ばいが続いていた。  「300人の壁」を突破できた背景には何があったのか。関係者を取材すると、他県にはない就農支援と就農形態の変化が影響していることが見えてきた。  昨年秋に県内5カ所で開かれた就農相談会「ふくしま農業人フェア」は大勢の人で賑わった。県農業担い手課によると、来場者数はいわき会場(10月31日)41人、会津会場(11月6日)41人、県南会場(同12日)22人、県北会場(同13日)77人、県中会場(同20日)133人。どの会場も、担当者と真剣に話し込む来場者の姿があった。  当日県北会場に行っていたという同課の栁沼浩主幹(担い手担当)は次のように話す。  「来場者の年齢層は幅広いが、男女比で言うと女性の方が多い。県北会場には宮城県気仙沼市から来た女性2人もいて、担当者にあれこれ質問していました」  栁沼主幹によると「ふくしま農業人フェア」は2019年度からスタートしたが、この手の相談会を開いている県は少ないという。  「気仙沼から来た女性2人に『なぜ福島の相談会に?』と尋ねると、宮城では相談会をやっておらず、就農したくても情報を得る機会が少ないと言うのです」(同)  もちろん、全く開いていないわけではなく、相談窓口も設けられてはいるが、調べると、県主催で何百人も参加するような相談会を開いているのは、東北地方では福島県と岩手県だけだった。 若者に人気の農業法人お試し就農  さらに、福島県の強みとなっているのが雇用機会を創出するために始めた「お試し就農」だ。新規就農したい人と雇用者を求める農業法人をマッチングし、4カ月間、お試しで就農できる仕組み。就農したい人にとっては、現場の体験はもちろん、労務や人的つながりなど就農に必要な知識と経験を得ることができる。一方、採用してもすぐに辞められてしまうという悩みを抱えていた農業法人にとっては、お試し期間を通じて戦力になるか否かを見定めることができる。その間の人件費は県が負担してくれる点も大きな魅力だ。  「2021年度は30人がお試し就農に臨み、そのうち22人が農業法人に正式採用された。採用率は7割超なので、マッチングは機能していると思います」(同)  新規就農というと、自分で田畑を持ち、資機材を揃え、作物をつくる「自営就農」を思い浮かべがちだ。しかし新規就農者の半分以上は、お試し就農のように、農業法人に就職する「雇用就農」で占められている実態がある。前述した2022年度の新規就農者334人も内訳を見ると、自営就農165人、雇用就農169人となっている。 増える農業法人への就職  JA福島中央会技術常任参与の武田信敏氏はこう説明する。  「自営就農するには農業技術を備えていることはもちろん、土地や資機材などを準備しなければならず、それなりの初期投資がかかるため始めるにはハードルが高い。そこで、まずは農業法人に就職し、技術やノウハウを学びながら資金を準備し、将来の独立(自営就農)を目指す人が増えているのです」  農業法人は、担い手も後継者もいない高齢農業者にとって大きな助けになっており、舞い込む仕事もどんどん増えている。2022年3月現在、県内には農業法人が739法人あり(農地所有適格法人+認定農業者法人-重複する法人で計算)、人手はいくらあっても困らないというから、若者の働き口としても注目が集まっている。  「農業というと土いじりが真っ先に思い浮かぶが、近年はICT技術を導入したスマート農業が普及し、そういう方面は若者の方が長けているから、魅力的な就職先として農業法人が選ばれているのです」(同)  前述した就農形態の変化とは、このことを指しているのだ。  県農業担い手課の栁沼主幹も補足する。  「2022年度の自営就農165人を見ると野菜79人、果樹35人、水稲32人、花き12人、畜産3人、その他4人となっているが、このうち野菜と花きはICT技術を取り入れたハウス栽培が多い。若者にとっては、最先端の技術を用いて新しい農業にチャレンジできることが魅力になっているようです」  そんな自営就農に対しては、開始時のハードルの高さを考慮し、経営が軌道に乗るまでの支援策が用意されている。  例えば農林水産省では、都道府県が認める道府県の農業大学校等の研修機関で研修を受ける就農希望者に月12万5000円(最長2年)を交付する就農準備資金や、新規就農する人に農業経営を始めてから経営が安定するまで月12万5000円(最長3年)を交付する経営開始資金などを設けている。交付を受けるにはさまざまな要件を満たす必要があるが、こうした支援制度は収入が全くない状態から農業経営を始める自営就農者を大きく後押ししている。  「農業=厳しい」というイメージが定着する中、新規就農者が増えているのは喜ばしいことだ。栁沼主幹も「県の取り組みがようやく根付いてきたと思う」と自信を深め、武田氏も「300人の壁を突破できたのは正直嬉しい」と笑顔を見せる。  しかし筆者が気になるのは、新規就農者が増える半面、定着率はどうなっているのかという点だ。  12月1日付の福島民報に、今年3月に福島大学食農学類を1期生として卒業する23歳の男性と22歳の女性が新卒就農するという記事が掲載されたが、その中に《最近5年間の新規就農者のうち約3割が既に離農。いかに定着させるかが課題だ》という一文があった。  新卒者の離職率は業種を問わず年々高まっているので、離農率3割を殊更高いと言う気はないが、新規就農者が過去最多という「明」を紹介するなら、離農率3割の「暗」にも触れないとバランスを欠く。  ただ県農業担い手課の栁沼主幹によると、離農率3割は正確な数値ではないという。  「例えば雇用就農から自営就農に切り替えた人や、親元で就農していた人が独立するなど、就農の形態を変えた人は『いったん離農した』とカウントされるため、実際は離農していない人が多いのです」  県は新規就農者の追跡調査を行っていないため「正確な離農者数は分からない」(同)。ただ、市町村が認定する認定新規就農者の5年後定着率は95・7%(2020年度現在)と高く、他の業種で新卒者の定着率が低いことを考えると、新規就農者は腰を据えて農業に従事していると言っていいのではないか。  「県でも認定新規就農者を全面サポートしており、もし初年度に失敗したら、専門家に依頼して原因を分析し、翌年の農業経営につなげるといった離農を防ぐ取り組みにも注力しています」(同)  JA福島中央会の武田氏も定着率が高い秘密をこう明かす。  「新規就農する人はある種の覚悟を持っている。いざ始めるにはハードルが高いので、生半可な気持ちで取り組む人はいない。だから、すぐに離農する人が少ないのです」  取材を締めくくるに当たり、両氏に今後の課題を尋ねてみた。  栁沼主幹は「新規就農者が300人を超えたとはいえ、あくまで単年度の結果に過ぎない。これを機に、どうやって安定確保につなげていくか、今までの取り組みを充実させつつ、新たな取り組みを模索する必要がある」と語る。  新たな取り組みの一つが、今年度から県内七つの農林事務所に就農コーディネーターを配属したことだ。新規就農者の相談にワンストップで対応し、当人の意向に沿った就農の実現を包括的にサポートしている。  一方、武田氏は「食える農業を実現するため、国の支援だけでなく市町村や地域、地元JAが新規就農者をサポートすることが大切」と指摘する。国の支援はある程度充実してきたが、「市町村や地域の支援にはまだまだ温度差がある」(同)というから、改善次第では新規就農者数はさらに増えていくかもしれない。  東北地方では山形県に次いで新規就農者が多い福島県。新規就農者の中には県外出身者もおり、その増加は移住・定住の促進にもつながる。福島県を就農先として選んでもらえるよう、相談窓口や支援策のさらなる充実が求められる。 あわせて読みたい 【国見町移住者】新規就農奮闘記

  • 【本宮市商工会・本宮LC・本宮RC】子ども食堂に広がる支援の輪

    【本宮市商工会・本宮LC・本宮RC】子ども食堂に広がる支援の輪 

     本宮市商工会(石橋英雄会長)は昨年12月、同市社会福祉協議会と市内の子ども食堂5団体に寄付金や日用品、コメ、食品などを贈呈した。同商工会は、通常業務以外にも社会貢献活動に積極的に取り組んでいる。昨年7月に同社協とフードバンク事業協定を結び、贈呈は今回で2回目。「地域の子どもを元気にしたい」という思いからスタートした支援の輪は徐々に広がり、同商工会の趣旨に賛同した本宮ライオンズクラブ(佐藤仁会長)、本宮ロータリークラブ(佐々木嘉宏会長)が新たに活動に加わった。協賛会員も38事業所に増加しコメ、野菜、寄付金のほか、おもちゃや児童書も贈られた。  贈呈式で石橋商工会長は「この活動も徐々に規模が大きくなってきている。まだまだ知られていない取り組みだったが、マスコミの報道により地元の大きな企業も是非参加させてほしいとの申し込みがあり賛同を得られた。一過性で終わること無く長期間継続し、本宮市だけでなく近隣市町村、福島県全域に活動の輪が広がっていくことに期待したい」と語った。  子ども食堂の代表者は「まだまだ子ども食堂を取り巻く状況は厳しい。調理師など専門家もいるがほとんどがボランティアで構成されている。本当に支援を必要としている人の利用は少ないように思えるが、もっと気軽に声をかけてもらえれば色々な手助けが出来ると思う。スタッフも高齢になって活動も鈍くなっているが地域の賑わいや子どもたちの健康を願って頑張っていきたい」と謝辞を述べた。  別の受贈者は「少人数で活動しているため、自分の活動が本当に役立っているのか、気持ちが落ち込む時もあります。ですが、皆さんの声援と子どもの元気な顔を見ると頑張る力になります」と話した。  日本は子どもの貧困率が年々問題になっている。現場の支援者たちの苦労に地域は支援の輪で報いたい。これからを担う子どもが元気に育ってほしいという思いは誰もが一緒。支援の輪がもっと広まることを願う。  本宮市と同商工会では、経済の落ち込みにもテコ入れをしている。新型コロナ後に第2弾となる30%のプレミアム付き商品券を発行し、2月17日まで利用を受け付けている。今回は1万セット販売した。  参加店は約600店舗。飲食店や小売店以外にも、建設会社、電気設備会社、左官業、板金業なども参加しているので、修理にも使えて便利。迷ったら「この券使えますか」と差し出せばほとんどが受け付けてくれるだろう。せっかく買っても引き出しの奥に眠っているかもしれない。地元経済を回すためにも、使い切ってほしい。

  • 飯坂温泉のココがもったいない!高専生が分析した「回遊性の乏しさ」

     福島市の名湯・飯坂温泉をまちづくりの観点から研究した建築家の卵がいる。仙台高専5年生の高野結奈さん(20)=伊達市梁川町=は「魅力があるのに生かし切れていない」というもどかしさから同温泉を卒業研究の対象に選んだ。アンケート調査から見えてきたのは、訪問者の行き先が固定している、すなわち回遊性に乏しいという課題だった。  高野さんが飯坂温泉に関心を寄せたきっかけは、高専4年生だった2021年9月に中学時代の友人と日帰り旅行で訪れた際、閑散とした温泉街にショックを受けたからだ。 「摺上川沿いに廃業した旅館・ホテルが並んでいるのが目につきました。ネットで『飯坂温泉』と検索すると『怖い』『廃墟』という候補ワードが出てきます。昔からの建物や温泉がたくさんあって、私たちは十分散策を楽しめたのに、『怖い』という印象を持たれてしまうのはもったいないと思ったんです」(高野さん) 高野さんは宮城県名取市にある仙台高専総合科学建築デザインコースで学んだ。都市計画に興味があり、建築士を目指している。 旧堀切邸で研究を振り返る高野さん。「まちづくりに生かしてほしい」と話す。  学んできたスキルを生かして、飯坂温泉のまちづくりに貢献できないかと卒業研究の対象に選んだ。文献を読む中で、温泉街を活性化させるには旅館・ホテルで朝夕食、土産販売、娯楽までを用意する従来の「囲い込み」から脱却し、「街の回遊性」をいかに高めるかが重要になっていることが分かった。 飯坂温泉を訪れる人はどのようなスポットに魅力を感じて散策しているのだろうか。回遊性を数値に表そうと、高野さんは温泉街の5カ所にアンケート協力を求めるチラシを置き、2022年8月から10月までの期間、ネット上の投稿フォームに答えてもらった。有効回答数は29件。結果は図の通り。円が大きいほど訪問者が多い場所だ。 出典:高野結奈さんの卒業研究より「図31 来訪者が集中しているエリア」  豪農・豪商の旧家旧堀切邸と共同浴場波来湯の訪問者が多く、固定化している。つまり、この2カ所が回遊性のカギになっているということだ。一方、図の南西部は住宅地で観光スポットに乏しいことから、人の回遊は見られなかった。全4カ所ある足湯は男性より女性、高齢者より若者が利用することも分かった。 飯坂温泉の現状がデータで露わになった意義は大きい。 高野さんは飯坂温泉ならではの魅力をさらに見つけようと、別の温泉地に関する論文をあさった。小説家志賀直哉の『城の崎にて』で知られる城崎温泉(兵庫県豊岡市)を筆頭に秋保温泉(宮城県仙台市)、鳴子温泉(同大崎市)、野沢温泉(長野県野沢温泉村)の文献を読み込んだ。 比較する中で気づいた飯坂温泉の魅力が次の3点だ。 ①泉温が高く、湯量が豊富。源泉かけ流しの浴場が多い。 ②低価格で入れる共同浴場が多く、九つもある。 ③交通の便が良く、鉄道(福島交通飯坂線)が通っている。車でもJR福島駅から30分以内で着く。 「この3点は城崎温泉と共通します。同温泉は外国人観光客を呼び寄せて成功した事例に挙げられています。多数の源泉かけ流しと共同浴場という温泉街の基本が備わっています。電車で来られることで風情も加わり、鉄道マニアも引き付けます。これらは新しい温泉街では真似できない優位な点と言えます」(同) 魅力の一方で、高野さんが「飯坂温泉に足りないもの」として挙げるのが体験施設だ。 「例えば野沢温泉では、湧き出る温泉で野沢菜を湯がいたり、卵をゆでたりする体験ができます。材料一式も売っていて、誰でも手軽にできます。飯坂温泉も温泉玉子『ラジウム玉子』が名物ですが、現状はお土産として買うことはできても、その場で作ることはできない。買うだけでなく作れる体験施設があったら観光客に喜ばれ、同温泉の魅力向上にもつながるのではないか」(同) 魅力向上という意味では、川沿いの景観保持も欠かせないが、冒頭に述べた通り、飯坂温泉のネット上の評価は「怖い」というイメージが先行している。 「元気のある温泉街の共通点は川沿いの景色がきれいなことに気づきました。整備が大変なのは分かりますが、雑草だらけで手の加わっていない岸辺は温泉街全体の魅力を損ね、悪いイメージのもとになっていると思います」(同) 高野さんは2月、飯坂温泉街の都市計画を考えジオラマ(模型)にする卒業設計を提出した。ジオラマにはラジウム玉子作りを体験できる観光施設もある。 高野さんは3月に仙台高専を卒業し、アパートの設計・施工や経営を行う大手企業の設計部で働くことが決まっている。卒業研究で縁ができた飯坂温泉とは今後も関わりを持てればいいと思っている。 「新しい物を一から作るよりも、今ある物の良さを生かすリノベーションに興味があります。温泉街にあるアパートを改装し、湯治客向けの宿泊施設にするなどの動きが広まっていますが、そのような仕事で飯坂温泉に関わることができたらうれしいです」(同) 高野さんの研究はこれで一区切りだが、今後大切になるのは、若者が調べ上げたデータを温泉街の活性化にどう生かすかだ。あとは地元住民と観光業界、飯坂温泉観光会館「パルセいいざか」や共同浴場などの管理運営に当たる第三セクター・福島市観光開発㈱の取り組み次第だ。

  • 【会津若松市】富士通城下町「工場撤退」のその後

     会津若松市にはかつて大手電気メーカー「富士通」の工場が立地し、4000人超が働いていた。その後、工場は完全に撤退したが、そのことでどのような変化が起きたのか。市長選まで半年を切ったこの時期にあらためて検証しておきたい。 デジタル事業は基幹産業になるか 富士通セミコンダクター会津若松工場(2013年6月撮影)  会津若松市にはかつて大手電気メーカー「富士通」の工場が立地し、4000人超が働いていた。その後、工場は完全に撤退したが、そのことでどのような変化が起きたのか。市長選まで半年を切ったこの時期にあらためて検証しておきたい。  会津地方の中核都市である会津若松市。昭和20年代後半から企業誘致の動きが活発になり、1960(昭和35)年には東北開発㈱会津ハードボード工場が落成。1964(昭和39)年にはエース電子㈱が進出した。そうした流れに乗って1967(昭和42)年に操業を開始したのが富士通会津工場だ。 富士通は1935(昭和10)年創業。富士電機製造㈱(現富士電機㈱)から電話部所管業務を分離させる形で設立された富士通信機製造㈱が前身。電話の自動交換機からコンピューター開発、通信、半導体などの事業に参入。業容を拡大させた。 同市で大規模企業の進出が相次いだ背景には、猪苗代湖で明治時代から水力発電開発が進められ、28カ所もの発電所が建設されたことがある。安価な電気料金(当時は距離が近い方が安かった)に惹かれ、日曹金属化学会津工場の前身である高田商会大寺精錬所、三菱製銅広田製作所の前身である藤田組広田精鉱所などが猪苗代湖周辺に進出していた。半導体の製造には大量の水を必要とする点も、富士通にとって決め手になったと思われる。 富士通会津工場の操業開始以降、農村地域工業導入促進法(1971年)、工業再配置促進法(1972年)が施行されたこともあり、同市には電子部品・デバイス企業が相次いで立地。半導体の国内有数の生産拠点として関連企業の集積が進んだ。 1997(平成9)年には、市内一箕町にあった富士通会津若松工場が移転拡大するのに合わせて、市が神指町高久地区に会津若松高久工業団地を整備した。 工業統計調査(従業員4人以上の事業所が対象)によると、同市の2007(平成19)年製造品出荷額等(2006年実績)3239億円のうち、半導体を含む電子部品・デバイス業は1037億円を占めた(構成比32%)。市内の製造業従業者数1万1548人のうち、電子部品・デバイス業従業者数は4217人。富士通とその関連事業所が同市経済を支えていたことから「富士通城下町」と呼ばれた。 ところが、2008(平成20)年にリーマン・ショックが発生し、世界同時不況に陥ると半導体の売り上げが急落。富士通も大打撃を受け、翌年にはLSI(大規模集積回路)事業を再編。グループ全体で2000人の配置転換を行った。 さらに2013(平成25)年には大規模な希望退職を募り、市内に立地する富士通グループ2工場の従業員約1100人のうち、400人超が早期退職に応じた。 本誌2013年7月号では次のように報じている。 《1980年代に世界を席巻した日本の半導体産業だが、90年代以降はサムスン電子をはじめとした韓国や台湾のメーカーが台頭し、日本企業は苦戦を強いられるようになった。長年半導体事業を進めていた同社だったが、今年2月、システムLSI事業を同業他社のパナソニックと事業統合し、新会社を設立することを発表。さらに、富士通インテグレーテッドマイクロテクノロジ会津工場などの製造拠点を他社に売却・譲渡し、併せて人員削減も進めることで半導体事業を大幅に縮小する方針を打ち出している》 《(※2009年の配置転換実施時は)県外や全く畑違いの事業所への異動に難色を示す人が多く、配置転換を拒否して退職する人が相次いだ。ハローワーク会津若松によると、最終的に800人を超える離職者が発生したという。(中略)若い層の再就職率が高かったものの、働き盛りの年配層がなかなか再就職できず、就職率は約40%にとどまったという》 その後、富士通は半導体から撤退する姿勢を示し、関連工場を本体から切り離した。同市工場は「会津富士通セミコンダクター」として分社化され、製造子会社2社が設立されたが、それら子会社は2020年代に入ってからそれぞれ別の米国企業に完全譲渡された。会津富士通セミコンダクター本体は富士通セミコンダクターと称号変更。同市内から富士通関連の工場は姿を消した。 同市で富士通関連会社の社員と言えばちょっとしたステータスで、ローンの審査が通りやすいため、若いうちから一戸建てを構えている人も少なくなかった。ところが、再編に伴い転勤を命じられたため、転職を決意する人が相次いだ。 「子どもが生まれたばかりとか、受験生を抱えているといった事情の社員は地元の企業に転職した。転勤を受け入れても半導体事業自体が縮小する中だったので、希望の部署に就けるとは限らなかったようだ。最終的には九州に転勤になった人もいる。市内の松長団地では多くの住宅が売りに出され、地価が一気に下落した。地元住民の間では『松長ショック』と言われています」(松長団地に住む男性) 製造品出荷額等が激減 会津若松市役所  同市の2020(令和2)年製造品出荷額等は2290億円(2007年比70%)に落ち込んでおり、電子部品・デバイス・電子回路製造業はわずか約352億円(同33%)だった。従業者数は1544人(同36%)。数字はいずれもコロナ禍前の2019年の実績。 同市の市町村内総生産は2007年度4840億円、2018年度4639億円。製造業の総生産は2007年度1153億円、2018年度809億円。11年間のうちに300億円以上減少している。 「完成品を組み立てるセットメーカーの工場ではないので、市内に下請け企業が集積したわけではなかったのが不幸中の幸いだった」(市内の事情通)と見る向きもあるが、影響は決して小さくない。その穴をどのように埋めていくかが今後の市の課題と言えよう。 市が推し進めているのが、さらなる企業誘致だ。市企業立地課はセールスポイントを「交通インフラが整備されており、災害などが少ない面」と述べる。市内の工業団地はすべて分譲終了しているが、市議会2月定例会の施政方針演説で、新たな工業団地を整備する方針が示された。 ただ、企業誘致においては人手不足がネックとなる。 同市の1月1日現在の現住人口は11万4335人。1995(平成7)年の13万7065人をピークに減少傾向が続いている。 ハローワーク会津若松管内の昨年12月の有効求人倍率は1・6倍。市内の経済人などによると、建設業と製造業が特に不足しているという。 本誌2022年10月号で県内各市町村に「企業誘致を進める上での課題」をアンケート調査したところ、最も多かった回答が「労働人口の減少により働き手が確保できない」というものだった。人手不足に悩んでいるのはどこも共通しており、そうした中で人を集めるのは容易ではない。工業団地整備と同時進行で、会津地域内外から人を集める仕組みを検討する必要がある。 一方で、市が熱心に推し進めているのが、デジタルを活用したまちづくりだ。2011年8月の市長選で初当選した室井照平市長(3期目)が先頭に立って「スマートシティ会津若松」を推し進めてきた。 スマートシティとは、情報通信技術(ICT)などを活用して地域産業の活性化を図りながら、快適に生活できるまちづくりのこと。 同市はこの間、パソコンやスマートフォンによる申請書作成、除雪車ナビ、母子健康手帳の電子化、学校と家庭をつなぐ情報配信アプリ、オンライン診療、スマートアグリ、外国人向け観光情報ホームページといった取り組みを進めてきた。 市内にはコンピューターに特化した会津大学がある。同大の教員のレベルは経済界から高く評価されているが、地元経済の振興と結びついているとは言い難かった。同大と連携が図れれば、さまざまな成果を生み出し、卒業生の就職先につながることも期待できる。 市企業立地課によると、同市は人口10万人規模かつ人口減少など地方ならではの課題を抱えていることが「ICTを使った実証実験・課題解決に最適な場所」と評価されており、実際に企業が同市に拠点を設けるようになっているという。 「バランスが大事」 ICTオフィスビル「AiCT(アイクト)」  そうした需要を見込み、2019年4月にはICTオフィスビル「AiCT(アイクト)」が開所。首都圏と同様のオフィス環境に加え、セキュリティや災害時の事業継続性に配慮した施設となっている。現在は二十数社が入居し、400人以上が勤務している。中心的な役割を担うのはコンサルティング会社のアクセンチュア(東京都港区)だ。 同市の事情通は次のように語る。 「室井市長は元市長で会津大設立に尽力した山内日出夫氏と親密な関係で、会津大を活用するアイデアをよく聞いていたようだ。富士通撤退で窮地に立ったとき、かつてのアイデアが頭をかすめたのではないだろうか」 昨年3月には、最有力候補と目されていた国の「スーパーシティ型国家戦略特別区域」の指定に落選したが、その後、国のデジタル田園都市国家構想推進交付金の採択を受けた。約80社の企業で構成される「AiCTコンソーシアム」が事業の実施主体となり、市から7億3400万円の補助を受けてサービス内容を作り上げている。 市が注力する事業の行方に注目が集まるが、当の市民に感想を尋ねると、「スマートシティを実感する機会はないし、生活が良くなったという実感もない」、「デジタルを活用するのに、アイクトのような建物が必要だったのか」などと冷ややかな意見が多かった。 市内の経済人からは「室井市長はICT産業の振興にばかり興味を示し、観光振興などには無関心」とのボヤキも聞かれており、本誌でたびたび指摘している。 室井照平・会津若松市長のコメント 室井照平・会津若松市長  「富士通城下町のいま」をどう捉えているか、室井市長に質問すると次のようにコメントした。 「富士通グループの工場は市内からなくなってしまったが、そのつながりでさまざまな半導体企業が進出し、それらはいまも操業している。確かに製造業出荷額等は落ち込んだが、昨年は進出企業の増設が相次ぎ200億円の投資があり、雇用増加や税収増につながった。ICTはもちろん、製造業、観光などいろいろな柱をバランスよく伸ばしていくことが大事だと考えています」 今夏には市長選が控えており、現職と複数の新人による選挙戦になる見込みだ。ある会津地方の政治経験者は「会津若松市長選はどこまで行っても『無尽』など人間関係で決まる」と冷ややかに見るが、立候補者を評価・選択する際はこうした視点も一つの参考になるのではないか。 あわせて読みたい 企業誘致に苦戦する福島県内市町村【現役コンサルに聞く課題と対策】

  • 【郡山】南東北病院「県有地移転案」の全容

     総合南東北病院などを運営する一般財団法人脳神経疾患研究所(郡山市八山田七丁目115、渡辺一夫理事長)が移転・新築を目指す新病院の輪郭が、県から入手した公文書により薄っすらと見えてきた。  県は昨年11月、郡山市富田町字若宮前の旧農業試験場跡地(15万4760平方㍍)を売却するため条件付き一般競争入札を行い、脳神経疾患研究所など5者でつくる共同事業者が最高額の74億7600万円で落札した。同研究所は南東北病院など複数の医療施設を同跡地に移転・新築する計画を立てている。 同跡地はふくしま医療機器開発支援センターに隣接し、郡山市が医療関連産業の集積を目指すメディカルヒルズ郡山構想の対象地域になっている。そうした中、同研究所が2021年8月、同跡地に新病院を建設すると早々に発表したため、入札前から「落札者は同構想に合致する同研究所で決まり」という雰囲気が漂っていた。自民党の重鎮・佐藤憲保県議(7期)が裏でサポートしているというウワサも囁かれた(※本誌の取材に、佐藤県議は関与を否定している=昨年6月号参照)。 ところが昨年夏ごろ、「ゼビオが入札に参加するようだ」という話が急浮上。予想外のライバル出現に、同研究所は慌てた。同社はかつて、同跡地にトレーニングセンターやグラウンド、研究施設などを整備する計画を水面下で練ったことがある。新しい本社の移転候補地に挙がったこともあった。 ある事情通によると「ゼビオはメディカルヒルズ郡山構想に合致させるため、スポーツとリハビリを組み合わせた施設を考えていたようだ」とのこと。しかし、入札価格は51億5000万円で、同研究所を23億円余り下回る次点だった。ちなみに県が設定した最低落札価格は39億4000万円。同研究所としては、本当はもっと安く落札する予定が、同社の入札参加で想定外の出費を強いられた可能性がある。 「ゼビオは同跡地にどうしても進出したいと、郡山市を〝仲介人〟に立て、同研究所に共同で事業をやらないかと打診したという話もある。しかし同研究所が断ったため、両者は入札で勝負することになったようです」(前出・事情通) この話が事実なら、ゼビオは同跡地に相当強い思い入れがあったことになる。 それはともかく、本誌は同研究所の移転・新築計画を把握するため、県に情報開示請求を行い、同研究所が入札時に示した企画案を入手した。半分近くが黒塗り(非開示)になっていたため詳細は分からなかったが、新病院の輪郭は薄っすらと知ることができた。 それによると、同研究所は医療法人社団新生会(郡山市)、㈱江東微生物研究所(東京都江戸川区)、クオール㈱(東京都港区)、㈱エヌジェイアイ(郡山市)と共同で、総合病院と医療関連産業の各種施設を一体的に整備し、県民の命と健康を守る医療体制を強化・拡充すると共に、隣接するふくしま医療機器開発支援センターと協力し、医療関連産業の振興を図るとしている。 5者の具体的な計画内容は別掲の通りだが、県から開示された企画案は核心部分が黒塗りだった。ただ、企画案を見ていくと「新興感染症や災害への対応」という文言がしばしば出てくる。 5者の計画内容 脳神経疾患研究所総合南東北病院、南東北医療クリニック、南東 北眼科クリニック、南東北がん陽子線治療センター等を一体的に整備。新生会 南東北第二病院を整備。脳神経疾患研究所と新生会は救急医療、一般医療、最先端医療を継ぎ目なく提供。また、ふくしま医療機器開発支援センターの研究設備を活用し、新たな基礎・臨床研究につなげる。同センターの手術支援設備や講義室等を活用し、医療者の教育と能力向上も目指す。江東微生物研究所 生化学検査、血液検査、遺伝子検査、細菌・ウ イルス検査などに対応できる高度な検査機関を 整備。検査時間の迅速化や利便性を向上させ、県全体の検査体制充実に貢献する。クオール     がん疾患などの専門的な薬学管理から在宅診療まで、地域のニーズに対応できる高機能な調剤薬局を設置・運営。併せて血液センターや医薬品卸配送センターなども整備する。エヌジェイアイ  医療機器・システム開発等の拠点となる医療データセンターを整備。※5者が県に示した企画案をもとに本誌が作成。  新型コロナウイルスや震災・原発事故を経験したことで、新病院は未曽有の事態にも迅速に対応できる造り・体制にすることを強く意識しているのは間違いない。また、同研究所に足りない面を江東微生物研究所やクオールに補ってもらうことで、より高度な医療を提供する一方、ふくしま医療機器開発支援センターを上手に活用し、県が注力する医療関連産業の集積と医療人材の育成に寄与していく狙いがあるのではないか。 事実、企画案には《高次な救急患者を感染症のパンデミック時でも受け入れ可能とする構造・設備・空間を実現》《がん陽子線治療をはじめとした、放射線治療やロボット手術を駆使し、低侵襲の最先端医療を福島県外や海外からの患者にも提供》と書かれている。 一方、土地利用計画を見ると、医療関連施設以外の整備も検討していることが分かる。 例えば、隣接するJR磐越西線・郡山富田駅を念頭に駅前広場、同広場から郡山インター線につなぐ構内道路、各種テナントを入れた商業施設、既存斜面林を生かした公園などを整備するとしている。また新病院と各種施設も、建て替え・増築時に医療機能がストップしないような配置にしていくという。 開発スケジュールは黒塗りになっていて分からないが、同跡地の所有権が同研究所に移った後、2023~28年度までの期間で着工―開設を目指すとしている。 脳神経疾患研究所が落札した旧農業試験場跡地  ここまでが県から開示された企画案で分かったことだが、新病院の輪郭をさらにハッキリさせるため同研究所の法人本部に問い合わせると、 「現時点でお答えできる材料はありません。現在、設計を行っているところで、それが完成すると詳細な計画も明らかになり、会見も開けると思います」(広報担当者) とのことだった。 気になる事業費、資金計画、収支見通しは5者ごとに示しているが、こちらも黒塗りになっていて不明。ただ「事業費は総額600億円と聞いており、同研究所内からも『そんな巨費を捻出できるのか』と不安が漏れている」(前出・事情通)。今後は自己資金、借り入れ、補助金などの割合が注目される。 あわせて読みたい 南東北病院「移転」にゼビオが横やり

  • 【郡山】「うすい」からルイ・ヴィトン撤退の噂

     福島県の〝商都〟を象徴する「うすい百貨店」(郡山市中町13―1、横江良司社長、以下うすいと表記)に気になるウワサが浮上している。  本誌2023年2月号【ホテルプリシード郡山閉館のワケ】で既報の通り、うすいの隣で営業するホテルプリシード郡山が3月末で閉館し、同じ建物に入る商業施設やスポーツクラブも5月末で撤退することが決まるなど、賑わいを取り戻せずにいる中心市街地はますます寂れていくことが懸念されている。 そのうすいをめぐっても、地元経済人の間で最近こんなウワサが囁かれている。 「ルイ・ヴィトンが今年秋に撤退することが決まったらしい」 言わずと知れた高級ファッションブランドのルイ・ヴィトンは、うすいが現在の店舗でリニューアルオープンした1999年からキーテナントとして1階で営業。地方の百貨店にルイ・ヴィトンが出店したことは当時大きな話題となった。 以来、ルイ・ヴィトンは「百貨店としての質」を高める顔役を担ってきたが、それが撤退することになれば集客面はもちろん、イメージ面でも影響は計り知れない。 「うすいに限らず百貨店自体が新型コロナの影響もあり厳しいと言われているが、(うすいに入る)ヴィトンの売り上げ自体は悪くないそうです」(ある商店主) うすいは今年に入ってから、同じく高級ファッションブランドであるグッチの特設売り場を開設したが、売り上げ好調を受けて開設期間を延長した。延長期間は長期になるという話もあるから、客入りは予想以上に良いのだろう。新型コロナが経済に与える影響は続いているが、高級ブランドへの需要は戻りつつあることがうかがえる。 にもかかわらず、なぜルイ・ヴィトンは撤退するのか。 「東北地方には仙台に店を置けば十分と本部(ルイ・ヴィトンジャパン)が判断したようです。今はネット購入が当たり前で、地方にいても容易にブランド品が手に入る時代なので、テナント料や人件費を払ってまで各地に店を構える必要はないということなんでしょうね」(同) なるほど一理あるが、半面、郡山に「都市としての魅力」が備わっていれば、ルイ・ヴィトンも「ここに店を置く意義はある」と思い留まったのではないか。そういう意味で、撤退の要因はうすいにあるのではなく、郡山に都市としての魅力が無かったと捉えるべきだろう。 もっとも、撤退はウワサの可能性もある。うすいに事実関係を確認すると、広報担当者はこう答えた。 「オフィシャルには11月にリモデルすることを発表していますが、中身については経営側と店舗開発部で協議しているところです。当然、ショップの入れ替わりも出てくると思いますが、現時点で発表できる材料はありません」 前出・商店主によると 「ヴィトンの後継テナントが見当たらないため、内部では『市民の憩いの広場にしてはどうか』という案が浮上しているそうです」 とのことだが、今まで高級ブランド店が構えていた場所にベンチを置くだけの使い方をすれば「百貨店としての質」は確実に落ちる。地方の百貨店にハイブランドテナントを誘致するのが難しいことは十分承知しているが、安易な代替案は避け、百貨店に相応しいテナントを引っ張ってくる努力を怠るべきではない。 ちなみに民間信用調査機関によると、うすいの近年の業績は別表の通り。地方の百貨店は厳しいと言われる中、少ないかもしれないが黒字を維持している。2021年はさすがに新型コロナの影響が出て大幅赤字を計上したが、翌年はその反動からか逆に大幅黒字を計上している。 うすい百貨店の業績 売上高当期純利益2018年154.9億円4100万円2019年149.9億円3600万円2020年141.8億円1700万円2021年122.1億円▲1億3300万円2022年132.9億円1億5500万円※決算期は1月。▲は赤字。  うすいはこれまでも、大塚家具や八重洲ブックセンターといった有力テナントの撤退に見舞われたが、県内初進出のブランドを期間限定ながら出店させるなどして「県内唯一の百貨店」としての地位を維持してきた。しかし、撤退のウワサはルイ・ヴィトンに留まらず、 「私はティファニー(宝飾品・銀製品ブランド)が出ていくって聞いていますよ」(ある経済人) という話も漏れ伝わるなど、地方の百貨店の先行きはますます不透明感を増している状況だ。 新型コロナの影響は収まっていないが、11月のリモデルでルイ・ヴィトンやティファニーが撤退するのかどうかも含め、どのような新しい方向性が打ち出されるのか。うすいの奮闘は続く。 あわせて読みたい ホテルプリシード郡山閉館のワケ うすい百貨店からルイ・ヴィトンが撤退

  • 【浪江町】国際研究教育機構への期待と不安

     福島イノベーション・コースト構想の中核拠点となる福島国際研究教育機構が川添地区に整備される。どんな場所なのか、現地に足を運んだ。 利権絡みのトラブルを懸念する声  福島国際研究教育機構(略称F―REI=エフレイ)は▽福島・東北の復興の夢や希望となり、▽科学技術力・産業競争力の強化を牽引し、経済成長や国民生活の向上に貢献する――ことを目的とした研究教育機関。福島復興再生特別措置法に基づく特別法人として国が設置した。理事長は金沢大前学長の山崎光悦氏。 ①ロボット、②農林水産業、③エネルギー、④放射線科学・創薬医療、⑤原子力災害に関するデータや知見の集積・発信――の5分野に関する研究開発を進める。産業化、人材育成、司令塔の機能を備え、国内外から数百人の研究者が参加する見通し。2024年度以降、約10㌶の敷地に国が順次必要な施設を整備し、復興庁が存続する2030年度までに開設していく。 立地選定に関しては、原発被災地の9市町から15カ所の提案があった。交通アクセスや生活環境、福島イノベーション・コースト構想の推進状況など11項目の調査・評価により、浪江町の川添地区が選定された。県による選定を経て、国の復興推進会議で正式に決定した。 復興庁の資料によると、予定地はJR浪江駅近くの農地。社会福祉協議会や交流センター、屋内遊び場などを備えた「ふれあいセンターなみえ」の南西に位置する。 今年4月には仮事務所をふれあいセンターなみえの建物内に開設。施設基本計画を策定し、完成した施設から順次、運用をスタートする。 2022年度の関連予算は38億円。23年度予算案では、産学官連携体制構築に向けて146億円が計上された。29年度までの事業規模は約1000億円となる見込み。 県は国家プロジェクトを機に、数百人の研究者らの生活圏を広げるなどまちづくりに生かすことで、原発被災自治体の復興・居住人口回復を図りたい考えだ。 地権者によると、昨年12月に説明会が行われたが、ホームページなどで公表されている事業概要の説明に終始し、具体的な話には至らなかったという。 「予定地は農業振興地域で、震災・原発事故後は圃場整備が検討されたが、『農業を再開するつもりはない』という人が多くてまとまらなかった。そうした中で浮上したのがエフレイの立地計画です。農地の処分を考えていた地権者にとっては、渡りに船でした。国のプロジェクトなので、売却価格も期待できると思います」(ある地権者) 今回は期待に応えられるか  そうした中で、「利権絡みの動きには注意しなければならない」と釘を差すのが町内の事情通だ。 「『政経東北』で、同町末森・大堀地区で整備が計画されている競走馬施設計画地内の土地を、山本幸一郎浪江町副議長が事前に情報を得て取得していた疑惑が報じられていました(本誌昨年11月号参照=山本氏は「父親の主導で取得した土地が偶然計画地に入っていただけ」と主張)。山本氏に限らず、国家プロジェクトのエフレイ予定地で地元関係者のヘンな疑惑が浮上したら、復興ムードに水を差し、町が全国の笑いものになる。そのため、町関係者は警戒しているようです」 あわせて読みたい 全容が報じられた浪江町・競走馬施設計画  同町には福島水素エネルギー研究フィールドや福島ロボットテストフィールドなどが立地しているほか、約125億円を投じて浪江駅周辺再開発を進める計画も進行中だ。国や県の狙い通り、国内外の研究者や関係者が集い、関連企業の進出や商業施設の充実が加速して「研究・産業都市」ができれば、居住人口の回復が見込めよう。 もっとも、南相馬市の福島ロボットテストフィールドをはじめ、福島イノベーション・コースト構想の一環で整備された施設はいずれも中心部から外れた場所にあり、住民が目にする機会は少ない。 地元企業参入や定住人口増加、にぎわい創出などの効果はある程度出ているのだろうが、期待された役割を十分果たしているようには感じられない。そのため「今回もコケるのではないか」と心配する声が各方面から聞こえてくる。 そもそもそういう形で居住人口を増やすことが、住民が求める復興の在り方なのか、という問題もある。 さまざまな意味で同町川添地区の今後に注目が集まる。 あわせて読みたい 【福島国際研究教育機構】職員が2日で「出勤断念」【エフレイ】  

  • ホテルプリシード郡山閉館のワケ

     郡山市中町の「ホテルプリシード郡山」が3月31日で営業を終える。同ホテルはうすい百貨店の隣に立地しているが、中心市街地に〝巨大な空き家〟が出現することに近隣の商店主らはショックを受けている。  昨年12月1日、同ホテルがホームページで発表した「お知らせ」にはこう書かれている。 《ホテルプリシード郡山は、1993年8月の開業以来、皆様にご愛顧頂いて参りましたが、来る2023年3月末日をもちまして営業終了する運びとなりました。 長年に渡るご厚情に心から感謝申し上げると共に、皆様の今後のご健勝とご発展を心からお祈り申し上げます》 同ホテルが入る建物は地上12階、地下2階建て。1階と地下1階では商業施設(10店)、3・4階ではスポーツクラブが営業している。2階はレストランとホテルフロントで、5階から上が客室(159室)になっている。 近隣の商店主は 「この間、中心市街地の賑わい復活を目指して取り組んできたが、一帯の人通りは相変わらず少ない。そうした中、中心市街地を牽引するうすいの隣のホテルが閉館するのは非常に寂しい」 と、同ホテルの営業終了を残念がっている。 同業者の間では、昨年秋から「プリシードが閉館するらしい」とウワサになっていたが、営業終了の理由はともかく「このタイミングで閉館するのはもったいない」という声が聞かれていた。 ホテルと言うと新型コロナの影響で苦戦している印象を受けるが、実は思いのほか好調なのだという。 あるホテル業関係者の話。 「他市の状況は分かりませんが、郡山市内のホテルは今、コロナ前より稼働率は高いと思いますよ」 理由は同市の〝地の利〟にある。 「市内には民間の大きな病院が複数あるので、全国から来た医療機器や医薬品の営業マンが頻繁にホテルを利用しています。彼らは市内のホテルに連泊しながら今日は会津、明日は白河、明後日はいわきと動いているので、常連の宿泊で一定の稼働率が保たれているのです」(同) タクシードライバーからはこんな話も聞かれた。 「一昨年2月、昨年3月の福島県沖地震で、県内には保険会社の調査員が全国から来ていました。調査員は市内のホテルに長期滞在し、そこからタクシーを使ってあちこちの物件の被害状況を確認していました。私も県南や浜通りなどに調査員を何度もお連れしましたよ」 つまり、新型コロナでイベントやコンベンションが中止され、ホテルは苦戦しているかと思いきや、それに代わる需要で売り上げを確保していたというのだ。 「最近はインバウンドも徐々に回復しており、団体の外国人旅行客の姿も見るようになっています。今、市内のホテルはどこも忙しいと思いますよ」(前出・ホテル業関係者) こうした状況下でホテルプリシード郡山はなぜ営業を終えるのか。二つの事情がある。 一つは、建物を所有する会社との賃貸借契約が満了を迎えることだ。 同ホテルを営業しているのは㈱ホテルプリシード郡山(郡山市中町12―2)。1992年6月設立。資本金1000万円。役員は代表取締役・宮尾武志、取締役・桜井滋之、西岡巌、監査役・細川和洋の各氏。 一方、建物と土地を所有するのは不動産業の㈱橋本本店(郡山市麓山一丁目9―1)。2013年11月設立。資本金1000万円。役員は代表取締役・橋本善郎、取締役・橋本ひろみ、橋本眞明、橋本眞由美の各氏。 建物は1993年6月竣工で、当時は同じ社名で別会社の㈱橋本本店(橋本善郎社長、78年10月設立、資本金8800万円)が所有していたが、98年に商号を㈱橋本地所に変更。2013年11月に分社化し、新たに設立した前述の橋本本店に所有権を移した経緯がある。 つまり同ホテルは、ホテルプリシード郡山が橋本本店から建物を借りて1993年8月から営業してきたが、両社が交わした賃貸借契約の期間が「30年」だったため、契約満了を迎える今年(2023年)で営業を終えることとなったのだ。 もう一つの事情は、同ホテルの親会社の意向だ。 ホテルプリシード郡山は大手ゼネコン・大成建設(東京都新宿区)のグループ会社。大成建設はこれまでホテルプリシード名古屋(愛知県)など全国数カ所でホテルを建設・営業してきたが、売却するなどして少しずつ手放し、現在はホテルプリシード郡山だけとなっていた。今後は本業に注力するためホテル事業から撤退する模様で、最後の1カ所となっていた同ホテルも賃貸借契約が満了を迎えるのを機に営業終了を決めたのだ。 もっとも、前出・ホテル業関係者は「市内のホテルはコロナ前より好調」と話していたが、民間信用調査会社によると、ホテルプリシード郡山は売り上げが年々落ち込み、万年赤字に陥っていた(別表)。新型コロナ前より客足が好調なのは事実かもしれないが、累積赤字を踏まえると、大成建設にとってはホテル事業から完全撤退する〝潮時〟だったということだろう。  同ホテルの営業終了を報じた福島民報(昨年12月2日付)には《営業終了後に会社を清算し、従業員28人の再就職を支援する》とある。 同ホテルの官野友博副総支配人は次のように話す。 「ホテルは3月末で営業を終えますが、建物内の商業施設とスポーツクラブは5月末まで営業します。そこでテナント契約は満了となり、退去してもらうことになっています。別の場所で営業を継続するかどうかは分かりません。今は当社従業員の再就職先を探しているところです。当ホテルが終了後、建物がどうなるかはオーナー(橋本本店)に聞いてほしい」 「今後の利活用は検討中」  今後の建物の利活用だが、159の客室やフロントがあることからも分かる通り「ホテルの造り」になっているため、ホテルプリシード郡山が撤退後、別のホテルが入居しなければ建物は有効に機能しない。しかし前出・ホテル業関係者によると 「橋本本店は別のホテルを入れようとしていたが、契約を結ぶまでには至らなかったようだ」 と〝後釜探し〟が難航していることを示唆する。 不動産登記簿を確認すると、建物と土地には借主である大成建設が賃貸借契約に基づく保証金返還請求権として9億円と6億円の抵当権を設定している。債務者は貸主の橋本地所。それ以外の担保は、建物建設時に計47億円の抵当権や複数の根抵当権が設定された形跡があるが(債務者、根抵当権者は橋本本店、橋本地所、橋本善郎氏)、すべて解除(弁済)されている。 橋本本店に今後の建物の利活用について尋ねると、こう答えた。 「何を入居させるか、建物を解体するかどうかも含めて全くの未定。現在検討中です。それ以上はお答えできない」 建物の規模を考えると、ホテルプリシード郡山からの家賃収入はそれなりの金額だったろうから〝空きビル〟の状態が続くほど経営に響くのではないか。 建物は築30年だが、東日本大震災や二度の福島県沖地震でも大きな被害は出ておらず、今後も従前通り利用可能とみられる。そうなると、解体という選択は現実的ではない。 「解体費用は億単位になるので、行政の補助なしに企業単独で捻出するのは難しい」(ある不動産業者) 建物を有効活用するには、やはりホテルプリシード郡山に代わるホテルを入居させるしかないようだ。ベストな方法は同ホテルが引き続き営業することだったが、本業に注力したい大成建設としては、30年の長期契約を終えた後に再び賃貸借契約を結ぶのは難しかったのだろう。 今後のポイントは、橋本本店が新しいホテルを呼び寄せることができるかどうかにかかっている。 格安国内ホテル予約サイト【エアトリ】で郡山のホテルを探す あわせて読みたい 【郡山】「うすい」からルイ・ヴィトン撤退の噂

  • 保土谷化学と険悪ムード!?の品川萬里郡山市長

     保土谷化学工業㈱郡山工場(郡山市谷島町4―5)が敷地内で水素ステーションの開設を目指している。現在、2024年秋の開所に向けて準備中だが、地元経済人はこの取り組みを歓迎する一方、同社に対する郡山市の姿勢に苦言を呈している。 水素ステーションの開設を目指す保土谷化学  水素ステーションの開設は、1月13日付の地元紙に掲載された「ふくしまトップインタビュー」という記事で、同社の武居厚志郡山工場長の紹介とともに明かされた。 《今年は新事業をスタートさせる予定だ。工場敷地内に商業用定置式の水素ステーション開設を目指す。過酸化水素の原料用に製造した水素の一部を燃料電池車(FCV)向けに販売する。販売する水素の全てを自社製で賄うのは全国初の試みで、年内の着工、2024(令和6)年の開所を想定している》 これに先立って水素ステーション開設を報じた昨年12月29日付の福島民報では▽利便性を高めるため、敷地東側の東部幹線沿いでの開所を検討、▽周辺にコンビニや飲食店などを誘致し、JR郡山駅東口の活性化につなげる、という方針も紹介されていた。 同記事によると、水素は郡山工場の主力製品である過酸化水素の原料の一つとして同工場内で製造している。これまでは余剰分を他社に販売していた。水素ステーションが開設されれば、製造と供給を同一敷地内で行う全国初のケースになる。 郡山工場の担当者はこう話す。 「計画の詳細はまだ発表していません。今は『2024年秋の開所を目指す』という段階で、今後、水素ステーション建設に関する国、県、市の補助金を申請予定です」 担当者によると、県内で水素を製造しているところは限られ、市内では同社のみだという。 「これまでの水素ステーションは別の場所で製造した水素を(ステーションまで)輸送していました。そこで当社は、自社で製造した水素を有効活用したい考えから、敷地内に水素ステーションを開設しようと考えました」(同) 市内では佐藤燃料㈱が県内2番目の商業用定置式水素ステーションを2022年2月に開設している。 佐藤燃料と共同で水素ステーションを開設した日本水素ステーションネットワーク合同会社(東京都千代田区)の資料「水素ステーションの現状と課題」(2022年7月28日付)によると、東北6県のFCV台数(東北運輸局の次世代自動車普及状況より、同年5月末時点)は469台だが、このうち福島は351台と7割超を占める。2位が宮城112台、あとは山形4台、青森2台、岩手・秋田0台だから、福島県での普及が際立っていることが分かる。  福島県は2016年に策定した福島新エネ社会構想に基づき、水素社会の実現に取り組んでいる。FCDの台数が抜きん出て多いのはその表れで、それだけ水素ステーションの需要も見込めるということだ。ましてや郡山工場の場合、水素を製造しているとなれば、同じ敷地内にステーションを開設することでより円滑な供給が期待できる。加えてコンビニや飲食店が誘致されれば、東京ドーム6個分という広大な工場敷地により殺風景に映る駅東口の光景が見違えることも考えられる。 「コンビニや飲食店があれば水素を充填中の待ち時間を有効に使っていただけると思います。水素ステーションの付加価値を高められるよう併設を目指したい」(前出・担当者) 改まらない〝上から目線〟  実は、本誌は昨年秋、ある経済人からこれらの話を耳にしていた。この経済人は「水素製造が主力となり広い工場敷地が余っているため、民営公園を整備することも考えているようだ」とも話し「停滞する駅東口開発の弾みになる」と水素ステーション開設に期待を滲ませていたが、同時に興味深かったのは、同社に対する郡山市の姿勢に苦言を呈したことだった。 「菅野利和副市長と村上一郎副市長が郡山工場を訪ね『工場敷地内に道路を通したい』と協力を要請したそうです。二人はドローンで撮影したと思われる航空写真を示し『この辺りにこういう道路を通したい』『用地は無償で協力してほしい』と言ったそうです」(経済人) この要請に、同社の松本祐人社長は後日、親しい知人に「そういう話は失礼だ」「株主もいるのに用地を無償で協力できるはずがない」と不快感を露わにしたという。 「駅東口開発を進めたい品川萬里市長は、これまでも郡山工場にいろいろな話を持ちかけてきたが、どれも一方的な要請で、同社と協議しながら共同歩調で進める様子は皆無だという。同社としては長年お世話になっている同市の発展に協力したいが、一緒に取り組むという姿勢ではなく『こうやるから協力してくれ』と〝上から目線〟のやり方が改まらないので、心底協力したいという気持ちになれないようです」(同) 郡山駅東口の開発は同市の懸案事項だが、カギを握るのが一帯で操業する郡山工場の行方にある。すなわち、代替地を用意して移転してもらうか、あるいは、現在地で操業を続けるにしても広大な工場敷地をどうにか活用できないかといった話は、公式に議論されることなく与太話の類いに長年終始している。 同社の松本社長は滝田康雄会頭をはじめ郡山商工会議所と良好な関係を築いており、滝田会頭が音頭を取るまちづくり構想「郡山グランドデザインプロジェクト」に協力する意向も持っているが、いかんせん同会議所と同市の関係が良好とは言い難いため、地元経済界からは 「品川市長が本気で駅東口開発を進めたいなら、郡山工場や同会議所に丁寧にアプローチすべきだ」 という苦言が以前から漏れているのだ。今回の道路整備をめぐる要請も、事実であれば丁寧さを欠いているのは明らかだ。 「同市が本気で道路を通したければ『駅東口をこういう形で発展させたい。そのためには、ここに道路が必要なので協力してほしい』とアプローチすべきだ。その青写真もないまま、単に『道路を通したい』では同社も協力する気持ちになれないと思います」(前出・経済人) 前出・郡山工場の担当者に、副市長二人から協力要請があったか尋ねると、 「市職員の方と非公式にお会いする機会は結構あるが、公式にそういう打診が来たことはありません」 と言うから「非公式の相談」はあったのかもしれない。 菅野副市長と村上副市長にも文書で質問したが「回答は差し控える」(広聴広報課)。 水素ステーションが開設され、コンビニや飲食店が併設されても、工場敷地にはまだまだ余裕がある。前出・経済人が言う「民営公園」は郡山工場の担当者が「そこまでは考えていない」と否定しており不透明だが、品川市長が本気で駅東口開発に取り組むなら、郡山工場を同列のパートナーと見なし、共同歩調を取る姿勢を見せないと停滞打破にはつながらないのではないか。 あわせて読みたい ゼビオ「本社移転」の波紋

  • 二本松市役所に蔓延する深刻なパワハラ

     二本松市役所で産業部長によるパワハラ・モラハラが横行している。被害者が声を上げないため公には問題になっていないが、部下の課長2人が2年連続で出先に異動し、部内のモチベーションは低下している。昨今は「ハラスメントを許さない」という考えが社会常識になっているが、三保恵一市長はこうした状況を見過ごすのか。そもそも、三保市長自身にもパワハラ疑惑が持ち上がっている。(佐藤仁) 「城報館」低迷の責任を部下に押し付ける三保市長  まずは産業部内で起きている異変を紹介したい。同部は農業振興、商工、観光の3課で組織されるが、舞台となったのは観光課である。 2021年4月から観光課長に就いたA氏が、1年で支所課長として異動した。その後任として22年4月から就いたB氏も半年後に病休となり、11月に復職後は住民センター主幹として異動した。課長から主幹ということは降格人事だ。 B氏の後任は現在も決まっておらず、観光課長は空席になっている。 菊人形、提灯祭り、岳温泉など市にとって観光は主要産業だが、観光行政の中心的役割を担う観光課長が短期間のうちに相次いで異動するのは異例と言っていい。 原因は、荒木光義産業部長によるハラスメントだという。 「荒木部長の言動にホトホト嫌気が差したA氏は、自ら支所への異動を願い出た。『定年間近に嫌な思いをして仕事をするのはまっぴら。希望が通らなければ辞める』と強気の姿勢で異動願いを出し、市に認めさせた。これに対し、B氏は繊細な性格で、荒木部長の言動をまともに受け続けた結果、心身が病んだ。問題は1カ月の病休を経て復職後、主幹として異動したことです。職員の多くは『被害者が降格し、加害者がそのまま部長に留まっているのはおかしい』と疑問視しています」(市役所関係者) 荒木部長のハラスメントとはどういうものなのか。取材で判明した主な事例を挙げると①感情の浮き沈みが激しく、機嫌が悪いと荒い口調で怒る。②指導と称して部下を叱責する。いじめの部類に入るような言い方が多々みられる。③陰口が酷く、他者を「奴ら」呼ばわりする。④自分だけのルールを市のルールや世間の常識であるかのように押し付け、部下が反論すると叱責する。⑤部下が時間をかけて作成した資料に目を通す際、あるいは打ち合わせで部下が内容を説明する際、自分の意図したものと違っていると溜息をつく。⑥「なぜこんなこともできない」と面倒くさそうに文書の修正を行う。ただし、その修正は決して的確ではない。⑦上司なので上からの物言いは仕方ないとして、人を馬鹿にしたような態度を取るので、部下は不快に感じている。⑧親しみを込めているつもりなのか部下をあだ名で呼ぶが、それによって部下が不快な思いをしていることに気付いていない。 分類すると①~③はパワハラ、⑤~⑧はモラハラ、④はモラパワハラになる。 さらにモラハラについては▽文書の直しが多く、かつ細かすぎて、最後は何を言いたいのか分からなくなる▽30分で済むような打ち合わせを2、3時間、長い時は半日かけて行う▽同じ案件の打ち合わせを何度も行う▽市長、副市長に忖度し、部下はそれに振り回されている▽予算を度外視した事業の実施や、当初・補正予算に高額予算を上げることを強要する――等々。おかげで部下は疲弊しきっているという。 そんな荒木部長の機嫌を大きく損ねている最大の原因が、市歴史観光施設「にほんまつ城報館」(以下、城報館と略)の低迷である。 低迷する城報館 2階部分から伸びる渡り廊下  城報館は昨年4月、県立霞ヶ城公園(二本松城跡)近くにオープンした。1階は歴史館、2階は観光情報案内というつくりで、2階には同公園との行き来をスムーズにするため豪華な渡り廊下が設置された。駐車場は大型車2台、普通車44台を停めることができる。 事業費は17億1600万円。財源は合併特例債9億8900万円、社会資本整備総合交付金5億3600万円、都市構造再編集中支援事業補助金1億3900万円を使い、残り5000万円余は市で賄った。 市は年間来館者数10万人という目標を掲げているが、オープンから10カ月余が経つ現在、市役所内から聞こえるのは「10万人なんて無理」という冷ややかな意見である。 「オープン当初こそ大勢の人が詰めかけたが、冬の現在は平日が一桁台の日もあるし、土日も60~70人といったところ。霞ヶ城公園で菊人形が開催されていた昨秋は菊人形と歴史館(※1)を組み合わせたダブルチケットを販売した効果で1日200人超の来館者数が続いたが、それでも10万人には届きそうもない」(ある市職員) ※1 城報館は入場無料だが、1階の歴史館(常設展示室)の見学は大人200円、高校生以下100円の入場料がかかる。  市観光課によると、昨年12月31日現在の来館者数は8万6325人、そのうち有料の常設展示室を訪れたのは4万2742人という。 市内の事業主からは「無駄なハコモノを増やしただけ」と厳しい意見が聞かれる。 「館内にはお土産売り場も飲食コーナーもない。2階に飲食可能な場所はあるが、自販機があるだけでコーヒーすら売っていない。あんな造りでどうやって観光客を呼ぶつもりなのか」(事業主) 市は昨年秋、菊人形の来場者を城報館に誘導するため、例年、菊人形会場近くで開いている物産展を城報館に移した。三百数十万円の予算をかけて臨時総合レジを設ける力の入れようだったが、物産展を城報館で開いているという告知が不足したため、菊人形だけ見て帰る人が続出。おかげで「ここはお土産を買う場所もないのか」と菊人形の評価が下がる始末だったという。 「城報館に物産展の場所を移しても客が全然来ないので、たまりかねた出店者が三保市長に『市長の力で何とかしてほしい』と懇願した。すると三保市長は『のぼり旗をいっぱい立てたので大丈夫だ』と真顔で答えたそうです」(同) 三保恵一市長  本気で「のぼり旗を立てれば客が来る」と思っていたとしたら、呆れて物が言えない。 オープン前の市の発表では、年間の維持管理費が2300万円、人件費を含めると4400万円。これに対し、主な収入源は常設展示室の入場料で、初年度は950万円と見込んでいた。この時点で既に3450万円の赤字だが、そもそも950万円とは「10万人が来館し、そのうち5万人が常設展示室を見学する=入場料を支払う」という予測のもとに成り立っている。10万人に届きそうもない状況では、赤字幅はさらに膨らむ可能性もある。 上司とは思えない言動  前出・市職員によると、常設展示室で行われている企画展の内容は素晴らしく、二本松城は日本100名城に選ばれていることもあり、歴史好きの人は遠く関東や北海道からも訪れるという。しかし、歴史に興味のない一般の観光客が訪れるかというと「一度は足を運んでも、リピーターになる可能性は薄い」(同)。多くの人に来てもらうには、せめてお土産売り場や飲食コーナーが必要だったということだろう。 「施設全体で意思統一が図られていないのも問題。城報館は1階の歴史館を市教委文化課、2階の観光情報案内を観光課が担い、施設の管理運営は観光課が行っているため、同じ施設とは思えないくらいバラバラ感が漂っている」(同) 筆者も先月、時間をかけて館内を見学したが(と言っても時間をかけるほどの中身はなかったが……)、もう一度来ようという気持ちにはならなかった。 早くもお荷物と化しそうな雰囲気の城報館だが、そんな同館を管理運営するのが観光課のため、批判の矛先が観光課長に向けられた、というのが今回のハラスメントの背景にあったのである。 関係者の話を総合すると、A氏が課長の時は城報館のオープン前だったため、この件でハラスメントを受けることはなかったが、B氏はオープンと同時に課長に就いたため、荒木部長だけでなく三保市長からも激しく叱責されたようだ。 「荒木部長は『オレはやるべきことをやっている』と責任を回避し、三保市長は『何とかして来館者を増やせ』と声を荒げるばかりで具体的な指示は一切なかった。強いて挙げるなら、館内受付の後方に設置された曇りガラスを透明ガラスに変え、その場にいる職員全員で客を迎えろという訳の分からない指示はあったそうです。挙げ句『客が来ないのはお前のせいだ』とB氏を叱責し、荒木部長はB氏を庇おうともしなかったというから本当に気の毒」(前出・市役所関係者) 観光課が管理運営を担っている以上、課長のB氏が責任の一部を問われるのは仕方ない面もあるが、上司である荒木氏の責任はもっと重いはずだ。さらに建設を推し進めたのが市長であったことを踏まえると、三保氏の責任の重さは荒木部長の比ではない。にもかかわらず、荒木部長はB氏を庇うことなく責任を押し付け、三保市長は「客が来ないのはお前のせいだ」とB氏を叱責した。上司のあるべき姿とは思えない。 もともと城報館は新野洋元市長時代に計画され、当時の中身を見ると1階は多言語に対応できる観光案内役(コンシェルジュ)を置いてインバウンドに対応。地元の和菓子や酒などの地場産品を販売し、外国人観光客を意識した免税カウンターも設置。そして2階は歴史資料展示室と観光、物産、歴史の3要素を兼ね備えた構想が描かれた。管理運営も指定管理者や第三セクターに委託し、館長がリーダーシップを発揮できる形を想定。年間来館者数は20万人を目標とした。 加害者意識のない部長  しかし、2017年の市長選で新野氏が落選し、元職の三保氏が返り咲くと、この計画は見直され、1階が歴史、2階が観光と逆の配置になり、物産は消失。管理運営も市直営となり、観光課長が館長を兼ねるようになった。 新野元市長時代の計画に沿って建設すれば来館者が増えたという保障はないが、少なくとも施設のコンセプトははっきりしていたし、一般の観光客を引き寄せる物産は存在していた。それを今の施設に変更し、議会から承認を得て建設を推し進めたのは三保市長なのだから、客が来ない責任を部下のせいにするのは全くの筋違いだ。 自治労二本松市職員労働組合の木村篤史執行委員長に、荒木部長によるハラスメントを把握しているか尋ねると次のように答えた。 「観光課長に対してハラスメント行為があったという声が寄せられたことを受け、組合員230人余に緊急アンケートを行ったところ(回答率7割)、荒木部長を名指しで詳述する回答も散見されました。組合としては現状を見過ごすわけにはいかないという立場から、結果を分析し、踏み込んだ内容を市当局に伝えていく考えです」 ハラスメントは、一歩間違えると被害者が命を失う場合もある。被害者に家族がいれば、不幸はたちまち連鎖する。一方、加害者は自分がハラスメントをしているという自覚がないケースがほとんどで、それが見過ごされ続けると、職場全体の士気が低下する。働き易い職場環境をつくるためにも、木村委員長は「上司による社会通念から逸脱した行為は受け入れられない、という姿勢を明確にしていきたい」と話す。 筆者は荒木部長に事実関係を確認するため、電話で「直接お会いしたい」と取材を申し込んだが「私から話すことはない」と断られた。ただ電話を切る間際に「見解の違いや受け止め方の差もある」と付言。ハラスメント特有の、自分が加害者とは認識していない様子が垣間見えた。 ちなみに、荒木部長は安達高校卒業後、旧二本松市役所に入庁。杉田住民センター所長、商工課長を経て産業部長に就いた。定年まで残り1年余。 三保市長にも秘書政策課を通じて①荒木部長によるハラスメントを認識しているか、②認識しているなら荒木部長を処分するのか。またハラスメント根絶に向けた今後の取り組みについて、③今回の件を公表する考えはあるか、④三保市長自身が元観光課長にパワハラをした事実はあるか――と質問したが、 「人事管理上の事案であり、職員のプライバシー保護という観点からコメントは控えたい」(秘書政策課) ただ、市議会昨年12月定例会で菅野明議員(6期、共産)がパワハラに関する一般質問を行った際、三保市長はこう答弁している。 「パワハラはあってはならないと考えています。そういう事案が起きた場合は厳正に対処します。パワハラは起こさない、なくすということを徹底していきます」 疲弊する地方公務員  荒木部長は周囲に「定年まで残り1年は安達地方広域行政組合事務局長を務めるようになると思う」などと発言しているという。同事務局長は部長職なので、もし発言が事実なら、産業部長からの横滑りということになる。被害者のB氏は課長から主幹に降格したのに、加害者の荒木氏は肩書きを変えて部長職に留まることが許されるのか。 「職員の間では、荒木氏は三保市長との距離の近さから部長に昇格できたと見なされている。その荒木氏に対し三保市長が処分を科すのか、あるいはお咎めなしで安達広域の事務局長にスライドさせるのかが注目されます」(前出・市役所関係者) 地方公務員の職場実態に詳しい立教大学コミュニティ福祉学部の上林陽治特任教授によると、2021年度に心の不調で病休となった地方公務員は総務省調査(※2)で3万8000人を超え、全職員の1・2%を占めたという。 ※2 令和3年度における地方公務員の懲戒処分等の状況  (令和3年4月1日~令和4年3月31日)調査  心の不調の原因は「対人関係」「業務内容」という回答が多く、パワハラ主因説の根拠になっている。 身の危険を感じた若手職員は離脱していく。2020年度の全退職者12万5900人のうち、25歳未満は4700人、25~30歳未満は9200人、30~35歳未満は6900人、計2万0800人で全退職者の16・5%を占める。せっかく採用しても6人に1人は35歳までの若いうちに退職しているのだ。 そもそも地方自治体は「選ばれる職場」ではなくなりつつある。 一般職地方公務員の過去10年間の競争試験を見ると、受験者数と競争率は2012年がピークで60万人、8・2倍だったが、19年がボトムで44万人、5・6倍と7割強まで激減した。内定を出しても入職しない人も増えている。 地方公務員を目指す人が減り、せっかく入職しても若くして辞めてしまう。一方、辞めずに留まっても心の不調を来し、病休する職員が後を絶たない。 「パワハラを放置すれば、地方自治体は職場としてますます敬遠されるでしょう。そうなれば人手不足が一層深刻化し、心の不調に陥る職員はさらに増える。健全な職場にしないと、こうした負のループからは抜け出せないと思います」(上林氏) 地方自治体は、そこまで追い込まれた職場になっているわけ。 定例会で「厳正に対処する」と明言した三保市長は、その言葉通り荒木部長に厳正に対処すると同時に、自身のハラスメント行為も改め、職員が働き易い職場づくりに努める必要がある。それが、職員のモチベーションを上げ、市民サービスの向上にもつながっていくことを深く認識すべきだ。  ※被害者の1人、B氏は周囲に「そっとしておいてほしい」と話しているため、議員はハラスメントの実態を把握しているが、一般質問などで執行部を追及できずにいる。昨年12月定例会で菅野明議員がパワハラに関する質問をしているが、B氏の件に一切言及しなかったのはそういう事情による。しかし本誌は、世の中に「ハラスメントは許さない」という考えが定着しており、加害者が部長、市長という事態を重く見て社会的に報じる意義があると記事掲載に踏み切ったことをお断わりしておく。 あわせて読みたい 【二本松市】パワハラ部長「突然の退職劇」 ハラスメントを放置する三保二本松市長

  • 裏磐梯グランデコ「身売り」の背景

     北塩原村の「グランデコスノーリゾート」、「裏磐梯グランデコ東急ホテル」を所有する東急不動産は、両施設を譲渡する方針を決めた。譲渡先は「非公表」とされているが、本誌取材では施設所有者は中国企業の子会社、運営は同系列のグループ会社が行うとの情報を得た。新たな所有者と運営会社はどんなところなのか。 新オーナーの中国系企業はどんな会社か 裏磐梯グランデコ東急ホテル  グランデコスノーリゾートと裏磐梯グランデコ東急ホテルは、東京急行電鉄(現・東急)がリゾート開発として整備を行い、1992(平成4)年にオープンした。2003年、東京急行電鉄から同グループ内の東急不動産に所有権が譲渡され、関連会社の東急リゾーツ&ステイが運営を行っていた。 同社は、両施設を近く譲渡する方針だという。福島民友は3月11日付紙面でこの件を伝えた。   ×  ×  ×  × 東急不動産は、グループ会社の東急リゾーツ&ステイが運営する福島県北塩原村のリゾート施設「グランデコリゾート」から撤退する方針を固めた。7月1日付で同施設を譲渡する。譲渡先や売却額は非公表。東急不動産が10日、福島民友新聞社の取材に明らかにした。 グランデコリゾートは、同村で裏磐梯グランデコ東急ホテルやスキー場のグランデコスノーリゾートを展開している。1992(平成4)年に東急電鉄が開業し、2003年にグループ会社の東急不動産に営業権を譲渡した。 同社は事業再編の一環として同施設から撤退し、リゾート事業に実績を持つ事業者に譲渡してサービスの充実を図る考え。譲渡先の事業者が従業員の雇用を継続し、施設運営やサービスを維持する見込みとなっている。   ×  ×  ×  ×  ある地元村民によると、「『レクリエーションの森管理運営協議会』で、東急不動産から譲渡についての説明があった」という。 林野庁は、国有林のうち山岳や渓谷などと一体になっている森林、野外スポーツに適した森林を「レクリエーションの森」に選定しており、管理・整備・PRなどのため、地元自治体、教育関係機関、観光協会などで「レクリエーションの森管理運営協議会」を組織している。 裏磐梯は「裏磐梯デコ平スポーツ林」として選定され、面積は約804㌶、標高は最低地点800㍍、最高地点1650㍍。林野庁のHPでは次のように紹介されている。 《山形県と福島県の県境に沿って東西に延びる吾妻連峰は、最西部に位置する西大巓(1982㍍)の南斜面に高原が広がり、おでこのように平らで広いことからデコ平と名づけられています(諸説有り)。デコ平の大部分はスノーリゾート地として開発されていますが、デコ平上部には湿原やブナの原生林、下部には夏に沢登り、冬にスノーシュートレッキングができる小野川不動滝等があり、変化に富んだ自然を楽しむことができます》《リゾート地として整備が行き届き、スキー場は開放感のあるコース設定になっており、良質で豊富な雪のなかで裏磐梯の景色を眺めながら、スノーボードやネイチャースキー、エアボード等のウインタースポーツを楽しめます》 この紹介文からも分かるように、スキー場(グランデコスノーリゾート)とそれに付随するリゾート施設が同レクリエーションの森の中核となっている。そのため、地元自治体や観光協会などで組織する協議会で、スキー場を所有する東急不動産から譲渡に関する説明があったということだ。 それが3月上旬のことで、これを受けて地元紙が報じた構図が読み取れる。 東急不動産に聞く グランデコスノーリゾート  あらためて、東急不動産に問い合わせたところ、以下のような回答があった。 ――譲渡するに至った経緯と理由。 「東急不動産のアセット戦略上の判断から、今回、譲渡することとなりました」 ――譲渡先は。 「非公表ですが、日本国内でもスキー場等、事業展開している法人です。当社も過去に取引があり、信頼できる法人です」 ――譲渡後の地元採用の従業員の扱いはどうなるのか。 「譲渡後も2023年3月まで今までと変わらず、当社グループにて運営を致します。その後に関しては、雇用が維持されるよう譲渡先とも協議し、努めてまいります」 地元紙記事では「7月1日付で同施設を譲渡する」とあり、実際、同日付での資産引き渡しを予定しているようだが、施設運営は2023年3月までは東急不動産のグループ会社(東急リゾーツ&ステイ)が引き続き行うという。つまりは、7月から2023年3月までは、譲渡先の会社から東急リゾーツ&ステイが借りて営業を行い、2023年4月以降は新会社に運営が移行することになる。 譲渡を決めた理由は、「東急不動産のアセット(資産・財産)戦略上の判断」とのこと。 別表は東急不動産と、施設を運営する東急リゾーツ&ステイの業績(民間信用調査会社調べ)。東急リゾーツ&ステイは、2021年は約58億円の損失を出している。コロナ禍の影響と見て間違いないだろう。なお、同社は宿泊事業25施設、ゴルフ事業24施設、スキー事業9施設、その他(別荘管理、レストラン、ショップ、温泉施設、保養所など)12施設を運営しており、それら全体の数字である。 東急不動産の業績 決算期売上高当期純利益2017年2351億5100万円126億6200万円2018年2798億8400万円219億9600万円2019年2649億0500万円99億2800万円2020年2854億2600万円204億9200万円2021年2936億3300万円343億3600万円※決算期は3月 東急リゾーツ&ステイの業績 決算期売上高当期純利益2017年326億9900万円2億7800万円2018年339億3900万円2億8600万円2019年360億5600万円4億5500万円2020年365億円4200万円2021年340億5100万円△58億6700万円※決算期は3月。△はマイナス  グランデコ単体の経営状況は分からないが、不動産登記簿謄本(スキー場、ホテルの土地・建物)を確認したところ、少なくとも担保は設定されてない。 本誌1月号に「県内スキー場入り込みランキング」という記事を掲載したが、同スキー場の2020―2021シーズンの入り込み数は約7万人で県内4位。ただ、2019―2020シーズンは約15万人だったから、2020―2021シーズンはコロナ禍の影響で前年の半数以下だった。もっとも、2019―2020シーズンは雪不足でほかのスキー場が苦しんだ中、裏磐梯地区はその影響が少なかったため、ほかからスキー客が流れ、入り込みが増えていた。そうしたプラス要素を除いたコロナ禍前は約13万人が基準値だったようだから、そこから比較しても4割以上の減少となっている。 2021―2022シーズンについては「前売り券、用具(特にスノーボード)の売れ行きがよく、例年並みを期待できそう。積雪もいい」(グランデコの担当者)との予測だった。 要は、コロナ禍で厳しい状況に見舞われ、譲渡を決めたということだろう。 譲渡先企業の概要  譲渡先については、地元紙記事にもあったように「非公表」との回答だった。 ただ、本誌取材では、イデラキャピタルマネジメント(以下「イデラ社」)という会社が引き継ぐとの情報を得ている。 本店所在地は東京都港区で、2001年設立、資本金1億円。事業目的は①不動産等の資産に対する投資計画の企画、立案およびその実施、②地盤、地質、耐震性等の建築物および建築設備の調査、③不動産賃貸市場および不動産投資市場の調査、④不動産に関する有害物質、日照等の環境調査、⑤不動産投資事業組合の企画、立案ならびに投資、⑥不動産の売買、販売代理、賃貸、仲介、賃貸仲介、管理およびこれらのコンサルタント業務、⑦不動産、不動産証券化商品および有価証券等の金融資産に関する不動産投資顧問業務、⑧建物の保守管理、賃貸管理業務、⑨建築物の設計・監理、⑩土地の開発造成、建物の建築、増改築、⑪経営者、債務者の財務内容改善、債務処理等に関するコンサルタント業、⑫債権の売買、保有、運用および投資、⑬信託契約代理業、⑭貸金業、金銭の貸付け、融資、⑮有価証券の売買、保有、運用および投資、⑯金融商品取引法で規定する金融商品取引業、⑰債権の管理、請求、回収に関する調査、指導およびコンサルティング業務、⑱経営コンサルタント業務、⑲環境事業、発電事業およびその管理・運営ならびに電気の売買に関する事業、⑳投資業、㉑旅館業、㉒旅行業法に基づく旅行業、㉓旅行業法に基づく旅行業者代理業、㉔前各号に関する事業を営む子会社の株式を所有することにより、当該会社によってその事業活動を行うことおよび当該会社の事業活動を管理することなど。 役員は、代表取締役・山田卓也、取締役・李力、竹内誠治、監査役・半田高史の各氏。山田氏の住所はシンガポール共和国になっている。 資産、財産、投資信託などのマネジメントが主業務で、もともとはエムケーキャピタルマネージメントという会社だったが、2012年に同業のアトラス・パートナーズと合併して現商号になった。2014年には中国の巨大複合企業「復星集団(フォースン・グループ)」の傘下に入り、その直後は代表取締役をはじめ、役員は親会社(復星集団)の関係者と思われる中国人名が多かった。 同社が不動産の管理を行い、スキー場、ホテルの経営は、同社の100%子会社「The Court(ザ・コート)」という会社が担う。所在地はイデラ社と同じ。2008年設立、資本金2400万円。事業目的は、①ホテル、飲食店の経営及びホテル連鎖店の展開、経営指導及び運営の受託、②美術館、結婚式場の経営並びにクリーニング業、③スキー場、ゴルフ場、乗馬クラブその他スポーツ施設及び遊園地、遊戯場の経営、④食料品、衣料品、日用雑貨品、化粧品、医薬品及び医薬部外品の販売、⑤タバコ、喫煙具、酒類、塩、絵画、美術工芸品及び古物の販売、⑥収入印紙及び切手、葉書の販売並びに両替に関する業務、⑦コンピューター及びその関連機器による情報の収集、処理、⑧旅行業及び旅行代理店業、⑨労働者派遣業、⑩各種イベントに関する企画、立案及びその運営、⑪広告及び広告代理業務、⑫企業の事業、経営及び経営者に関する情報の収集調査、分析、研修並びにコンサルティング業務、⑬建物及び建物設備機器の保守、管理、⑭不動産の管理業務、⑮不動産の売買、賃借及びその仲介、代理など。 役員は、代表取締役・柱本哲也、山田卓也、取締役・陳琦、王一非、監査役・半田高史の各氏。 同社はブティックホテル、リゾートホテル、宿泊特化型ホテルの形態で、全国15カ所にホテルを展開している。福島県には系列ホテルはない。さらに、同社ホームページを見る限り、スキー場の運営実績は見当たらないが、イデラグループでは他社のスキー場の不動産マネジメントの実績があるようだ。 新会社はノーコメント  イデラ社、ザ・コートの業績は別表の通り(民間信用調査会社調べ)。イデラ社は売上高に対して、利益率が高いのが目につく。ザ・コートは直近3年間は赤字を計上している。 イデラキャピタルマネジメントの業績 決算期売上高当期純利益2016年49億円27億0320万円2017年53億円27億1473万円2018年36億円13億1026万円2019年44億円20億7256万円2020年47億7400万円22億2912万円※決算期は12月。 ザコートの業績 決算期売上高当期純利益2018年34億円2679万円2019年47億7000万円△1億7466万円2020年23億4000万円△14億5493万円2021年29億0700万円△11億8000万円※決算期は12月。△は損失  イデラ社に、グランデコスノーリゾート、裏磐梯グランデコ東急ホテルを取得することを決めた経緯、取得後の経営戦略などを聞くため問い合わせたところ、担当者は「申し訳ありませんが、お答えできません。ご了承ください」とのことだった。 グランデコスノーリゾート、裏磐梯グランデコ東急ホテルは、磐梯朝日国立公園内にあり、冒頭で説明したように、林野庁の「レクリエーションの森」に選定されている。「国有林野新規使用許可」など、いろいろと手続きがあるため、それらが承認され、正式に譲渡手続きが終わるまでは慎重になっているのだろう。 裏磐梯地区は、県内でも降雪時期が早いうえ、春先まで営業することができ、オープン期間が長いのが特徴と言える。その一方で、地元住民によると、「一昔前は、首都圏、北関東、浜通りなどからのスキー客は、金曜日の夜に来て、土日はスキーを楽しむ、というスタイルが多かったが、近年は日帰りがほとんどになった」という。スキー場は安定した利用客が見込めるが、付随するホテルは簡単ではないのではないか、ということだ。 「地元採用の従業員は、希望者は新会社で引き続き雇用してもらえるようですし、運営会社が変わっても、地元にとってはそれほど影響はないと思います。あとは、新会社として、利用者が魅力を感じるような新たな仕掛けがあるかどうか、ということでしょうね」(地元住民) 外資系(中国系)企業の傘下に入るということは、中国をはじめとした外国人観光客の呼び込みに力を入れるのではないか、といった見方もある。いまはコロナ禍でインバウンド需要は無理だろうが、コロナが落ち着けば、そういった戦略を講じていくことが予想される。いずれにしても、新会社の手腕・動向に注目したい。 グランデコリスノーゾートのホームページ あわせて読みたい グランデコ売却先は本誌既報通りの「中国系企業」 (2023年1月号) 裏磐梯グランデコ経営譲渡の余波 (2023年5月号)

  • 「コロナ閉店」した郡山バー店主に聞く

    新型コロナウイルスの感染拡大を受け、「自粛」が求められる場面が増えている。とりわけ、酒類を扱う「夜の飲食店」に行く機会が減った人は多いと思われる。当然、客が来なければ飲食店もやっていけない。いわゆる〝コロナ閉店〟する飲食店は少なくないという。実際に〝コロナ閉店〟した郡山市のバー店主に話を聞いた。 「営業しただけ赤字増加」で見切り  「店を開ければ開けただけ赤字が増えるんですから、やってられませんよ。幸い、『やめられるメド』が立ったので閉店しました」  こう話すのは、郡山市のJR郡山駅近く、陣屋でバーを経営していた男性。この男性は昨年秋前に自身が経営していたバーを閉店した。いわゆる〝コロナ閉店〟である。  「2020年2、3月にコロナの問題が本格化して以降は、多少の変化はありつつも、ずっと厳しい状況が続いていました。歓送迎会や忘新年会など、本来なら最もにぎわうシーズンですら、お客さんがかなり少なく、ゼロという日も少なくなかったですからね。特に『どこかでクラスターが発生した』といった報道等が出ると、発生源の店舗が入居するビルはもちろん、その周辺には人が寄り付かなくなります。一度そうなってしまうと、なかなか客足は戻りません」(元バー店主の男性)  本誌2020年10月号に「クラスター発生に揺れた郡山と会津若松」という特集記事を掲載し、郡山市のホストクラブでクラスターが発生したことを受け、行政の対応、関係者の足取り、店舗の対応などについてリポートした。その中で、周辺店舗関係者の「緊急事態宣言解除後、少しずつ売り上げが戻っていたが、今回のクラスター発生で再び下降している。こんなことが二度、三度と続けば持たない」、「クラスター発生を機に駅前全体の客足が鈍っている。他店からも『いつまで持つか』という嘆きが聞かれる。回復にはまだまだ時間がかかるだろう」といった声を紹介した。そういった事例が出ると、周辺店舗やその後の客足など影響が大きいというのだ。 人通りが少ない郡山市飲食店街(陣屋)  それでなくても、この間、接待を伴う飲食店、酒類の提供を行う飲食店に対しては、まん延防止等重点措置や、県独自の緊急・集中対策によって、営業自粛・時短営業を求められることが多かった。  「少し落ち着いてきたと思ったら、まん延防止や県独自の措置によって営業自粛・時短営業要請が発令される、ということの繰り返しでしたからね。もっとも、営業自粛・時短営業要請の期間は協力金が受け取れたため、店を開けて客が全く来ないときよりはマシでした。といっても、協力金は各種支払いに全部消えましたけど」(同) 協力金の仕組み  例えば、2021年1月13日から2月14日までに出された営業自粛・時短営業要請では、1日当たり4万円の協力金が支給された。33日間で計132万円だったが、「家賃の支払いを待ってもらっていた分、カラオケのリース料、酒卸業者への支払いなどで全部なくなった。むしろ、それだけではまかなえなかった」(同)という。  その後は、郡山市の場合、2021年7月26日から8月16日までは、県の「集中対策」として、営業自粛・時短営業要請が出され、この時は売り上げに応じて、「1日2万5000円〜」というルールで協力金が支払われた。昨年1月27日から2月21日までは、まん延防止等重点措置として営業自粛・時短営業要請が出され、この時は「前年度、前々年度の売上高に応じて1日当たり2万5000円〜7万5000円」の売上高方式か、「前年度、前々年度比の1日当たりの売上高減少額の4割」の売上高減少方式を選択できる仕組みだった。  ただ、いずれにしても、「協力金は各種支払いにすべて消える」といった状況だったという。  ちなみに、本誌はこの間、感染リスクが高いとされる業種(旅客業、宿泊・飲食サービス業など)は国内総生産(GDP)の5%程度で、これまで政府がコロナ対策として投じてきた予算が数十兆円に上ることを考えると、東京電力福島第一原発事故に伴う賠償金の事例に当てはめて補償するというような対応が可能で、そうすべきだった――と書いた。 一番厳しかった一昨年夏  男性によると、最も厳しかったのは2021年夏ごろだったという。感染拡大「第5波」が到来し、感染力が強く、重症化のリスクも高いとされる変異種「デルタ株」が流行していたころだ。  「あの時期は本当に厳しかった。平日(月〜木)はほぼお客さんがゼロという日が続き、週末(金・土)だって、それほど入るわけではありませんでしたから。それでも、私は1人でやっていたから、まだマシだったと思う。従業員がいたら、どうしようもなかった」(同)  コロナ前、平日(月〜木)は売り上げが5万円から8万円、週末(金・土)はその約3倍で、週50万円〜80万円の売り上げがあった。それがひどい時は平日はほぼゼロ、週末はコロナ前の平日並みになった。それでも、家賃や光熱費などの固定経費は変わらない。結果、「店を開ければ開けただけ赤字が増える」状況だったというのである。  「最近は少し規制などが緩くなり、以前よりはマシになりました。週末の居酒屋などはそこそこ入っていると思います。ただ、バーや女性が接待する店はまだまだ戻っていない。私の知り合いの店でも、女性キャストは週の半分は休みという感じです。週末は黒字だが、平日の赤字分をカバーしきれない、といった店が多いのではないか」(同)  冒頭、男性は「『やめられるメド』が立った」と語ったが、一番大きいのは、「テナント退去時の修繕費が最初に納めた敷金でまかなえたこと」という。そのほか、残っていた各種支払いがあったが、何とかそのメドが立ったから閉店を決めた。  「テナント退去時の修繕費がどうなるのかが怖かったが、敷金でまかなえたので良かった。逆に、やめたいと思っても、その(修繕費の)見通しが立たなくてやめられないところもあると思います」(同)  男性の知人の店舗でも、やめたところが何軒かあり、「いつやめたのか分からないが、気付いたら閉店していたところもあった」という。  コロナが出始めたころは、ワクチンが普及し、ある程度、通常の生活ができるようになり、客足が戻ってくることを期待していたようだ。ただ、思いのほか長引き、見切りを付けた。最後に男性は「こんなことなら、もっと早くやめれば良かった」と語った。 あわせて読みたい コロナで3割減った郡山のスナック 客足回復が鈍い福島市「夜の街」|スナック営業調査

  • コロナで3割減った郡山のスナック

     新型コロナ感染が日本で拡大してから3年近くが経った。2022年初めまでは緊急事態宣言、まん延防止等重点措置が発令され、営業を自粛した飲食店には売り上げ実績の一部が補償された。昨年末は制限のない初めての忘年会シーズンを迎えたが、夜の街の客足はどうなったか。酒類を提供し、接待を伴うことから特に影響が大きいスナックやバー、クラブの店舗数を電話帳で比較した。初回は郡山市。 「2次会なし」で客の奪い合い勃発  民間信用調査会社の東京商工リサーチ郡山支店が昨年12月、忘・新年会を実施するかについて県内に本社を置く企業にアンケートを行ったところ、回答企業の約8割が「実施しない」と答えた。同月1~8日までインターネットで実施し、80社が回答した。以下は福島民報12月14日付より。  ・緊急事態宣言・まん延防止等重点措置に関係なく、「無条件で開催しない」と答えた企業は77・50%で10月の前回調査57・14%から20・36㌽上昇。  ・同社郡山支店の担当者は「感染者が増減を繰り返し、ピークが見えない状況で会合開催のハードルが上がっている」と分析する。  NHK(同16日配信)は、「10月後半から新型コロナの感染者が急拡大したことが飲み会自粛につながった。職場単位の大勢でなく、少人数での飲み会が主流になるとみられる」と担当者の見解を紹介している。  開催すると答えた企業でも、そのうち60%以上が2次会を自粛するか、人数を制限するとしている。アンケートからは、新型コロナで大規模な宴会が激減したうえ、「飲み会離れ」が進んでいる実態が見えてきた。  本誌は2005年7月号「2年間で270軒も閉店した福島の飲食店事情」で福島市のバー、スナックの衰退を書いた。飲み慣れた世代が高齢となり、退職や病気で店に行かなくなった。若年世代は会社で飲みに行く習慣に抵抗があり、客数増加は見込めないと分析した。 平日は人通りがまばらな陣屋の繁華街  「飲み会離れ」は全国的な傾向だが、福島県は事情が少し違う。記事掲載後も東日本大震災・原発事故で経済が落ち込み、確かに客足は減った。「復興バブル」で建設業・除染作業員が県内に進出し、浜通りと中通りの夜の街は一時活気を取り戻したが、復興バブルの終焉が徐々に訪れていたところに新型コロナの影響が直撃した。  新型コロナ拡大から約3年が経ち、夜の街を探る必要がある。2005年の記事では、NTT「タウンページ」の01年と03年の飲食業の掲載数を比較し、閉店数を推計した、今回もその手法を使う。固定電話を置かず、携帯電話やSNSでやり取りする店舗も増えているので正確ではないが、目安にはなるだろう。電話帳記載の店舗が減るということは、老舗が減ったということでもある。  初回は「商都」郡山市を調べる。県が2022年8月に公表した「2019年度市町村民経済計算」によると、市町村内総生産=市町村ごとの経済規模は同市が一番大きい。トップ3は、①郡山市1兆3600億円(県全体の17・1%)、②いわき市1兆3500億円(同17・0%)、③福島市1兆1400億円(同14・4%)だ。  「タウンページ」(2021年10月現在)によると、飲食店関係の掲載数は多い順に次の通り。業種は電話帳の記載に基づく。10店未満の専門店は省略した。 飲食店(居酒屋、食堂の一部重複)195店スナック 159店居酒屋 136店ラーメン店 72店食堂 69店レストラン(ファミレス除く) 48店焼肉・ホルモン料理店 46店うどん・そば店 42店バー・クラブ 42店すし店(回転ずし除く) 40店中華・中国料理店 39店焼き鳥店 32店日本料理店 29店イタリア料理店 15店割烹・料亭 12店うなぎ料理店 10店とんかつ店 10店  重複もあるので、概算で約計900店舗。スナック、居酒屋が圧倒的に多い。接待を伴う飲食店として、特に新型コロナで影響を受けたスナック、バー・クラブの数を調べた。新陳代謝の盛んな業界だから、減少が多くても、新規参入が同じくらいあれば問題はない。新型コロナが襲う2年前の「タウンページ」(2019年11月時点)と比べてみた。  スナック 47店減少、新掲載は5店。 バー・クラブ 5店減少、新掲載は1店。 バー・クラブは約1割減、スナックは約3割減少している。業種や店名を変えた可能性もある。念のため、郡山駅西口の繁華街、駅前と大町に住所があるスナック21店舗に電話をかけた。うち1店舗は営業中。残りの20店は「おかけになった電話番号は現在使われておりません」とのアナウンスが流れた。電話番号を変えたか固定電話の契約を終えたということ。閉店の可能性が高い。下記は2年の間に電話帳から消えたスナック一覧表。 ■コロナ前(2019年)から現在(2021年)までの間に電話帳から消えたスナック 【陣屋】アイギー、明日香、アンク、アンナ、夜上海、我愛你、笑顔、オリーブ、カラオケスナック風の歌がきこえる、絹、Club Vanilla、スナック桜子、Chil、瓶、プティ、桃色うさぎ 【駅前2】絹の家、Nori、花華ふぁふぁ 【大町】こいこい、TELLME、ぶす 【その他】アグライア(朝日)、壱番館(大槻)、イマージュ(朝日)、うさぎ屋薇庵(中町)、小山田壱番館(大槻)、カトリーヌ(菜根)、カミニート(堤下)、ギャップ(中町)、ケイズ・フォー(Ks4fth・中町)、コパン(中町)、サラン韓国スナック(朝日)、スナック華(久留米)、すなっく英の妹(島)、スナックピュア(安積)、スナック福(大槻)、スナックモナリザ(菜根)、スナックやすらぎ(富久山)、スナック夢(朝日)、セカンドハウス(桑野)、SoL(朝日)、たつみ(堂前)、だんらん(麓山)、紬の里(堂前)、ポセイドン(堤下)、美郷(七ッ池)  現在営業している店はどのような状況か。郡山一の繁華街「陣屋」に絞って調査した。陣屋通りの付近で、住所で言えば駅前1丁目に当たる。 感染防止で常連客のみ  前出の東京商工リサーチのアンケートから分かるように、飲み会自体が減り、客層は団体や企業関係から個人グループが主体になっている。週末の金、土曜日はそれなりに人が入っていると想定して、忘年会シーズンの12月17日(土)、開店準備の時間を見計らって午後6~8時の間に電話した。ランダムに22店舗にかけると、いずれも回線は生きていた。6軒が電話に出たので、客の入り具合や経営状況を聞いた。  あるスナックのママAは語る。  「コロナがはやってからもう3年になりますでしょ。まあ何とかやってるって感じね。一番頭を悩ませているのが家賃と人件費です。売り上げが減ったからといって安くはなりません」  あるキャバクラの店長の話。  「まん延防止などが出されることはなくなったが、体感としては昨年よりもお客様は減っています。平日は人が出歩かず、ひっそりとしていますよ。金、土は人が入るといっても平日と比べてマシという程度です。会社の忘年会の2次会、3次会で利用する方が多かったのですが団体客は少ないですね。一グループ多くて3、4人程度です。なじみのお客様に支えられている状態です。営業時間を短くしたり、女の子の出勤を調整している店はあると聞きますが、幸いウチは例年並みの出勤調整に抑えられています」  別のスナックのママBはこう打ち明ける。  「11月から忘年会の予約が入っているのが当たり前だったんですよ。1次会は食事をして、2、3次会でなじみの店でカラオケ、というのがコロナ前の流れでした。2次会は今まずないでしょう。感染を恐れて歌う人も減っているので、カラオケは飲み会の必須ではなくなりましたね。団体は常連さんがゴルフのコンペ後に利用するくらいです」  ママBは、行き場のないいらだちを筆者に向けた。  「雑誌の取材ですか。本当だったら土曜の夜8時に応じるなんてできないんですよ。つまり……そう、ヒマってことです。雑誌だったら宣伝でもしてもらいたいもんだわ。いつまで店を続けられそうかって? そんなの分かりません!」  客には来てほしいが感染を広めてはならないというジレンマがある。 ママCは、  「うちは新規のお客様は断っています。常連さんとその紹介のあった方だけです。『感染者が出た店』となるのが一番怖い。自分も感染したくはない。濃厚接触者になっただけでお店に出られなくなるし、店を数日閉めているとウワサになる。今来てくれるお客様を手放さないように、細々とでも営業するしかないんでしょうね」  電話調査とは別に、県内で飲食店を経営し、業界事情に詳しい男性に話を聞いた。  「繁華街に構える店は家賃が重い負担となってのしかかっています。逆に言えば『家賃さえ下がれば何とかやっていける』という人もいる。潰れない飲食店というのは、住宅街にある町中華のように、住居と一体になった手持ちの物件で営業している店でしょうね」  2次会以降がなくなったことは、スナックの概念にも変化を起こしているという。  「スナックと居酒屋が合体した『イナック』が登場しています。ご飯ものを充実させて、客単価を上げています。2軒目、3軒目に行く客が見込めないので、誰もが1軒目の店になろうと少ないパイの取り合いになっている」(同) 「業種転換したい」  郡山社交飲食業組合・組合長の太田和彦さん(67)=味の串天=は、「組合は約50年前にできましたが、郡山の飲食業も長い時間をかけて廃業、新規開店が繰り返されました。新しい店は組合に入らないところも多い。現在の加盟事業者は14店舗です」と明かす。  うち12店舗がバーやスナック。新型コロナ後は深夜12時前に店を閉める店が増えたという。  「バーやスナックに限りませんが、組合員は私を筆頭に高齢化しています。コロナ禍がきっかけで閉店を考える店もある。スナックの経営者からは『業種転換をしたいがどうしたらいいか』との相談もあります。ここに来てガス代と電気代は値上げ、ビールの仕入れ値も昨年10月に値上がりしました。提供する値段はそうそう上げられません。夜の飲食業はお酒の注文が入って利益が出る仕組みなので、どの店も痛いです」(同)  酒の席で同じ職場の者同士が打ち解ける「飲みにケーション」という言葉も死語になりつつある。新型コロナ拡大が拍車をかけた。  婚活事業などを手がけるタメニー(東京)が昨年11月に会社員の20~39歳の未婚男女2400人に行ったアンケートでは、社内でどのような方法でコミュニケーションを取っているか聞いている。飲み会は8・2%で8位。Eメールのやり取りよりも下だ。 ①直接対面での会話53・4%②通話での会話25・1%③ウェブミーティング17・0%④定例ミーティング16・6%⑤チャットツール15・9%⑥Eメール13・3%⑦1対1のミーティング8・5%⑧飲み会8・2%  以下、ランチ会や社内イベントなどが続く。  「どんな方法でコミュニケーションを取るといいと思いますか」との理想的な方法を調べた質問でも、飲み会は6・9%(8位)で現実の順位と大きな変わりはない。中堅社員がこのような意識ということは、将来的に会社の飲み会は消滅するだろう。中小民間では賃金が上がらないにもかかわらず、物価高が続いている。消費者の財布の紐は固い。 非正規雇用女性の働き口  キャバクラやスナックなどの店が減ることは貧困問題の深刻化にもつながる。水商売は、家族を養わなければならない女性に比較的高い収入を保障し、セーフティネットの役割も果たしてきた。詳しい統計はないが、ネットでキャバクラやスナックの求人欄を見ると、「シングルマザー歓迎」「寮・託児所完備」を押し出している店が多いことから、業界もシングルマザーを積極的に受け入れていることが分かる。  背景には、女性の正社員が男性と比べて少なく、男女の賃金格差が生まれてしまうという事情がある。シングルマザーが昼のパートなど非正規雇用で稼いだだけでは家族を食べさせていけない。  新型コロナが蔓延し始めた2020年には「女性店員が子どもへの感染を恐れ出勤を控える動きもあった」と県内のキャバクラ経営者は語る。キャバクラやスナックが減り、働き口が減った後、彼女たちは別の仕事に行ってしまったのか。その収入で暮らしていけるのか。飲食業が潰れるということは、別のところにしわ寄せが行くということでもある。 あわせて読みたい 客足回復が鈍い福島市「夜の街」|スナック営業調査 「コロナ閉店」した郡山バー店主に聞く

  • 一人親方潰しの消費税インボイス

     今年10月から「インボイス制度」が始まり、年間の売り上げが1000万円以下の事業者は収入減の危機に瀕している。影響を受けるのは、地方では大工などの「一人親方」、都市部ではフリーライターや個人タクシーなど。制度が始まると収入減に加え事務負担も増えるため、高齢の一人親方は廃業を検討する人も多い。県内の商工団体からは、政府に対し制度の検証を求める声が上がっている。(小池) 収入減迫られ廃業考える事業者も  インボイス(適格申請書)とは、売り手が買い手に対し料金に消費税が含まれていることを証明する書類のことだ。消費税を納めている「課税事業者」でないと発行できない。インボイス制度は2019年の消費税10%増税と軽減税率が始まった際、「消費税の複数税率制度下において適正な課税を確保するため」という理由で導入が決められた。  それでは、なぜ制度導入で売り上げ1000万円以下の事業者は収入減になるのか。それを知るには消費税の納め方を説明する必要がある。財務省ホームページに掲載されている図を使う(図)。  消費税は物やサービスの「取引」にかかる税金。消費者は、消費税を「負担」、つまり商品本体価格に上乗せされた分を払ってはいるが、納める手続きはしていない。手続きは納税義務者に当たる「課税事業者」が行っている。図で言うと小売業者の服屋、卸売業者、服の製造業者だ。  各事業者の下部に記された金額は、売り上げに課された「仕入税額控除」前の納税額を表している。合計すると2200円となり、消費者が負担した1000円を超える。重複して課税が行われていることになる。  重複課税を防ぐため、課税事業者は前述の控除を行っている。インボイス制度下では、制度への登録申請を行った業者(=課税事業者)が発行するものしか「インボイス」と認められず、これがなければ仕入税額控除が原則受けられなくなる。  既に課税事業者の場合は、登録すれば済む話だ。問題は、仕入れ先が年間の売り上げ1000万円以下の「免税事業者」である場合だ。  免税事業者は消費税を納めていないので、仕入税額控除もこれまで必要なかった。だが、自分の商品・サービスの買い手である発注元がインボイスを求めてきたら対応を迫られる。取る道は二つある。  ①消費税免税の権利を放棄して課税事業者となりインボイスを発行。売り上げの消費税を新たに払う。  ②免税事業者のままでいて、料金を値下げする。値下げした分を発注元が納める。  ①も②も免税事業者の自腹分が増え、収入が減る。身近な例で言うとハウスメーカー(課税事業者)と一人親方(免税事業者)の関係がなじみ深いだろう。  顧客がマイホーム建築をハウスメーカーに依頼。メーカーは大工、内装業者、電気設備業者、左官業などの一人親方に仕事を発注する。ハウスメーカーからすると、一人親方の中にインボイス発行事業者(=課税事業者)とインボイスが発行できない事業者(=免税事業者)が混在すると面倒だ。インボイスはそもそも仕入税額控除を受けるための証明書だから、全ての一人親方に発行を要求する流れになる。  県内でも、一人親方にそれとなく課税事業者に移行するよう促す動きがあるようだ。ある商工団体の職員はこう話す。  「『元請から課税事業者に登録するつもりかどうか聞くアンケートが来た』という相談が一人親方から多数寄せられています。(昨年)11月までに回答してほしいという要望もあったそうです」  なぜ「つもりかどうか」などとまどろっこしい聞き方をするのか。それは「課税事業者になってほしい」と一方的に言うと、元請と下請という上下関係下での要求から、独占禁止法の「優越的地位の乱用」に当たる恐れがあるからだ。強気な一人親方でなければ、元請の言外の意味をくみ取って「登録する」に〇をつけるだろう。  一人親方らが加盟する全国建設労働組合総連合と一般財団法人建設経済研究所は、昨年9~10月にかけてインボイス制度に関するアンケートを行った。その中の「取引している上位企業から、あなたが『課税事業者と免税事業者のどちらなのか』をアンケートや口頭などで聞かれたことがあるか」との設問には16・1%(305人)が「ある」と答え、残り83・9%(1591人)が「ない」と答えた。  県内のハウスメーカー社長も「一人親方との取引はありますが、インボイス制度は周知していません。対応もまだ決めていない。何しろ理解が追いついていなくて」と言う。  社長のコメントを裏付けるように、民間信用調査会社の東京商工リサーチが昨年12月上旬に全国の企業に行ったアンケートでは、インボイス制度に登録しない免税事業者との取引について、「検討中」が46・7%で最多だった。以下「これまで通り」40・3%、「取引しない」10・2%、「取引価格を引き下げる」2・7%。免税事業者に負担を強いる「取引しない」「取引価格引き下げ」が、前回の8月調査と比べて0・4~0・6㌽上昇とジワリ増えているという。  調査対象の大企業(602社)、中小企業(3808社)別では、「取引しない」が大企業で5・8%、中小企業で10・9%。中小企業の方がよりシビアに判断している。現時点で「検討中」の前出・ハウスメーカー社長も、一人親方にインボイスを要求する可能性が高いだろう。 複雑な税制が現場に負担  一人親方に限らず個人事業者は、価格交渉で不利な立場に置かれる。免税事業者は、消費税の価格転嫁分を自分の利益にする「益税」が認められてきたとされるが、上下関係がある中、果たしてその分の料金を上げることは実際にできたのか。下請事業者が多数あれば競争が生まれ、企業は「値下げがないなら取引しない」と言える立場にある。結果、価格は下に振れる。インボイス制度導入は「益税」を税収に変える狙いもあるが、そもそも、その恩恵を零細事業者がこれまで受けてきたかどうかは検証が必要だ。  インボイス制度導入で一人親方の収入が減ることは分かった。だが商工団体に寄せられる相談を聞くと、そもそも分かりにくい制度であることが問題のようだ。前出の商工団体職員は、理解できずに判断を決めかねている一人親方が多いことを指摘する。  「複雑すぎて分からないので『自分1人では商売ができない』と悩む一人親方がほとんどです。皆さん、腕一つで稼いできた職人です。経費も掛からず、売り上げ=収入の仕事のため、免税事業者として過ごしてきました。これまでやってきた税の計算は所得税ぐらい。我々だって制度を理解するのに一苦労しました。それを、なじみのない人にゼロから説明するとなると相当ハードルが高い。『損得がどうなるのか、はっきり教えて』と言われるけど、人によって条件が違うから一般論でしか話せません」  筆者も昨年12月に相馬税務署で開かれた説明会に参加したが、出席者に冊子が配られ、それを読み上げただけで具体例の説明はなかった。 相馬税務署での説明会  実際、出席者に制度を理解できた様子はなく、職員に個別相談を申し込む人もいた。今後、税務署の負担が増えそうだ。  インボイス制度で課税事業者になるかどうかは、あくまでも任意だ。「あなたが得な方を選んで」という政府の方針は聞こえはいいが、現実は零細事業者に課税事業者になることを強いるつくりになっている。商工団体や一人親方など現場に丸投げしているとしか言いようがなく、制度の導入自体が拙速だ。  県内のある税理士も制度上不備があると指摘する。  「事務手続きなど手間は相当かかります。猶予期間中は複数の書類が併存することになる。インボイスは軽減税率に伴う制度ですが、世界を見渡すと、軽減税率自体が非効率的だからやめる流れになっています」  「日本の場合、法律をいくつもつくって複雑になっています。インボイス導入と猶予期間、さらに影響がないように軽減措置というように、制度をつくった財務省ですら複雑すぎて訳が分からなくなっているのではないでしょうか。複雑な仕組みを未だにアナログな日本で進めようとしているから無理が生じている」  「結局、制度をつくっても検証しきれてないことが問題です。本当はもっと単純にして分かり易くした方が、社会的には効率的で平等になるのではないでしょうか。複雑にすればするほど、理解が追いつかない人は置いてけぼりで損をしてしまう」  一人親方は、まさに置いてけぼりだ。この税理士によると、売り上げ1000万円以下の事業者が課税事業者になると、新たな消費税負担は10万円単位になるという。 廃業の一要因に  自民・公明両党は昨年12月、2023年度の与党税制大綱にインボイス制度導入時の軽減策を盛り込んだ。免税事業者が新たに課税事業者になる場合、3年間は納税額を客から受け取った消費税の2割とし、本来の納税額より少なくする。売り上げが1億円以下の事業者を対象に、1万円未満の仕入れはインボイスを不要とし、事務負担を少なくする。  日本商工会議所(日商)の小林健会頭は、軽減策を受けて「真に負担軽減に資するかを検証し、必要に応じて制度改善を行うとともに、免税事業者等に対する政府広報を徹底し、事業者の混乱防止に全力を尽くしていただきたい」とコメントしている。日商は昨年9月、インボイス制度について①政府による十分な検証、②普及・周知の徹底、③影響最小策の検討、④検証と実態を踏まえ制度導入時期の延期を求めていたが、③が認められた形だ。  筆者は県内の10商工会議所に、インボイス制度について会員事業所からどのような相談が寄せられているか聞き取り調査をした。  「制度が分からない」「複雑で下請に理解してもらうのが難しい」はこれまでの事例の通り。インボイス制度自体の影響は未知数だが、原料が高騰しても価格転嫁できない状況がある中で「消費税負担が生じると厳しい」と、業績悪化の要因の一つに挙げる意見があった。中でも目を引いたのが「高齢化が進む零細事業者は制度を契機に廃業が進むのでは」という懸念だ。  個人事業主が多く加盟する民主商工会(民商)では既に現実になっているという。福島市、伊達市、伊達郡を管轄する福島民主商工会(会員約130人)は60~70代が中心。最も多い業種は建設関連業40~50人で全会員の約3割を占める。  内訳は大工、電気・水道などの設備工事業、サッシ業、左官業、塗装業、板金業、内装リフォーム業、建具業など。ハウスメーカーの発注を受けている一人親方だ。  「収入は減っても免税事業者にならなければ仕事がもらえない。『どうすっぺな』と悩む一方、高齢になったのでこれを機にやめるという人もいます」(福島民商の担当者) 将来の芽を摘み取る  インボイス制度で収入が減るのは主に企業にサービスを売るフリーランスの事業者だ。ライターや俳優など表現活動を生業とする人や個人タクシーなど、都市部で見られる仕事が多い。一方、地方の福島県で収入が減るのは、ほとんどが建設業に従事する一人親方だ。  複雑な制度を前に、みんな右往左往している。当事者であるにもかかわらず、問題の根本が分からないまま決断を迫られている。  とりわけ一人親方は、よく分からないので元請のハウスメーカーに一任している状況だ。結果、課税事業者となり収入が減ることになる。前出の商工団体職員が建設業界の事情を話す。  「建設業の中で、一人親方は『調整弁』の役割を果たしている。工事を早く終えるには多くの従業員が必要だが、常に同じだけの仕事量があるとは限らない。暇な時に従業員を抱えるのは経営上のリスクになる。最低限の従業員を抱え、忙しい時に一人親方に外注するのが発注元の効率的なやり方です」  「税制上のメリットもあります。従業員への給料は仕入税額控除ができないが、一人親方への外注は、実態は『給料』でも名目は『取引』なので消費税が課され、控除が可能なのです」  一人親方にとっても悪い仕組みではないという。  「特定のメーカーに縛られず、多方面から仕事を受けられます。個々の取引の売り上げは少額でも、受注数を増やして収入を確保する。建設業界はこうしたバランスで成り立っています」(同)  建設現場では世界的な原料不足で資材が高騰している。人手不足も恒常化している。そうした中で、インボイス制度を契機に「調整弁」である一人親方の廃業が増えたら、業界にとっては大きな痛手だ。福島県は建設業者が多く、地域経済の担い手でもある。一人親方とはいえ事業者が減ることになれば、経済の沈下はますます進むだろう。  「だからこそ、開始時期は10月に迫っているが制度の検証が必要なんだと思います。政府には再考を求めたい」(同)  政府はフリーランスのような多様な働き方を勧めているが、インボイス制度はこれら事業者の収入を減らす。やることが逆行している。政府は起業も支援しているが、これも制度によって阻まれる。今ある企業も設立当初は、軌道に乗るまで売り上げが少なかったはず。制度は、そのような新参者にも容赦なく消費税を課す。成長の芽を摘み取ることにならないか。食べていける収入を確保できなければ、チャレンジしようとする人が出てこなくなってしまう。  政府は地域を支える零細事業者の存続や新規事業者の参入よりも、インボイス制度導入による実質増税という目先の利益を選んだ。悪いことに、復興特別所得税の防衛費流用も強行する。少子高齢社会の中、「日本に将来性はない」と税制が自ら証明しているようなものだ。

  • 「地域の守り手」企業を衰退させる県の入札制度

     県建設産業団体連合会(長谷川浩一会長)は12月6日、自民党県連に「地域建設業の地域貢献度や技術力が適正に評価される入札制度について」という要望書を提出した。  要望書は大きく三つの項目で構成されるが、その一つ「入札制度全般について」という項目では以下の要望を行っている。  ①入札制度においては、「地域の守り手」として県施設の維持管理業務や災害対応等を担い、日頃から災害への備えや技術研鑽に努めている企業の適正な評価に努めること。  ②中山間地域等、人口の少ない地域においては、「地域の守り手」である地元建設企業の存続は地域の安全や利便性を確保するうえで必要不可欠であり、競争性を重視するだけでなく、地元建設企業が安定的・継続的に経営できる透明性のある入札制度にすること。  ③「公共工事の品質確保の促進に関する法律(品確法)」に基づき、建設関係企業が公共工事の受注により技術力向上や設備投資、福利厚生の充実等に必要な適正利潤を確保できるよう、最低制限価格、低入札の失格基準、調査基準価格等を引き上げること。  同連合会の会員である県建設業協会は、県と締結する災害応援協定に基づき災害対応を行ったり、除雪作業を担うなど「地域の守り手」として活動している。しかし、こうした取り組みは企業経営の負担となっており、会員企業の使命感に委ねられている側面がある。「地域貢献の努力に見合ったインセンティブが必要」という意見は以前からあった。  県では2006年の県政汚職事件以降、入札制度を総合評価方式に切り替えたが、20年度から「地域の守り手育成方式」という指名競争入札を創設した。背景には、総合評価方式は中山間地の「地域の守り手」企業ほど持ち点の少なさから受注に苦慮してしまうため、指名競争入札を一定程度導入することで受注機会を生み出し、安定経営につなげるとともに、引き続き「地域の守り手」の役割を担ってもらう狙いがあった。  ところがこの指名競争入札には問題点があった。▽国・県・市町村いずれかの指示で災害出動した実績がある、▽国・県・市町村のいずれかと災害応援協定を締結している、▽国・県・市町村のいずれかと施設維持管理や除雪業務の契約実績がある――このうち一つに該当すれば入札に参加できるが、市町村業務の実績しか持たず国・県業務の実績がない企業は機動力や技術力に乏しく、受注しても「品質に問題がある施工」が行われる可能性が高いのだ。  挙げ句、仕事欲しさにダンピングが行われ、適正価格が損なわれるなど品確法に反する応札も横行。結果的に「地域の守り手」企業が受注できない状況に見舞われた。  例えば喜多方管内では2020~21年度、この指名競争入札で24件の工事が発注され、うち13件が県業務の実績がある企業、11件が同実績のない企業が落札した。これらの企業が昨年8月に同管内で起きた災害でどういう役割を果たしたかというと、前者は災害現場で迅速な対応を見せたが、後者は市町村業務の実績しか持たないことを理由に県から災害対応を依頼されなかったのだ。要するに「地域の守り手」として見なされていないわけ。  これでは「地域の守り手」の役割を果たしていない企業がどんどん受注し、その分、災害対応や除雪に当たる企業は受注機会を奪われ、最悪廃業しかねない。廃業後、役割を果たしていない企業が代わって「地域の守り手」になる保証もない。  本誌先月号で郡山市の建設業界でも同様の問題が起きていることをリポートしたが、行政が「地域の守り手」を支えることは県土と住民の安全・安心を守ることにつながる。県も同市も、早急かつ適正な入札制度への改善が求められる。 あわせて読みたい 建設業者「越県・広域合併」の狙い【小野中村】【南会西部建設】 【福島県建設業協会】長谷川浩一会長インタビュー

  • グランデコ売却先は本誌既報通りの「中国系企業」

     福島民報(11月23日付)に「『グランデコ』譲渡先決定」という記事が掲載された。以下は同記事より。  《北塩原村裏磐梯のリゾート施設「グランデコリゾート」の譲渡先は、北海道の星野リゾートトマムやキロロスキー場を所有するイデラキャピタルマネジメント(本社・東京都港区、山田卓也社長)となる。21日、関係者が示した。運営はイデラキャピタルマネジメントの子会社ザ・コート(同、柱本哲也社長)が担う。現在施設を運営する東急不動産が経営から完全撤退する来年4月以降も、スキー事業、「富良野自然塾」などのグリーンシーズン事業を継続させる(後略)》 東急ホテル  この件については本誌昨年5月号に「裏磐梯グランデコ『身売り』の背景」という記事を掲載し、詳細をリポートしていた。 その際、東急不動産に「譲渡先はどこになるのか」と問い合わせたところ、同社の回答は「非公表ですが、日本国内でもスキー場等、事業展開している法人です。当社も過去に取引があり、信頼できる法人です」というものだった。  ただ、本誌記事では「本誌取材では、イデラキャピタルマネジメントという会社が引き継ぐとの情報を得ている」と書いた。以下は同記事より。  《(イデラキャピタルマネジメントは)資産、財産、投資信託などのマネジメントが主業務で、もともとはエムケーキャピタルマネージメントという会社だったが、2012年に同業のアトラス・パートナーズと合併して現称号になった。2014年には中国の巨大複合企業「復星集団(フォースン・グループ)」の傘下に入り、その直後は代表取締役をはじめ、役員は親会社(復星集団)の関係者と思われる中国人名が多かった。同社が不動産の管理を行い、スキー場、ホテルの経営は、同社の100%子会社「The Court(ザ・コート)」という会社が担う》  今回の地元紙の報道で、譲渡先・運営会社は当時本誌が得ていた情報通りだったことが明らかになった。  地元住民によると、「地元採用の従業員は、希望すれば新会社で引き続き雇用してもらえるようですし、運営会社が変わっても、地元にはさほど影響がないと思う」という。  裏磐梯地区は、県内でも降雪時期が早いうえ、春先まで営業することができ、オープン期間が長いのが特徴。一方で、地元住民によると、「一昔前は、首都圏、北関東、浜通りなどからのスキー客は、金曜日の夜に来て日曜日まで滞在する人が多かったが、近年は日帰りがほとんどになった」という。  つまりは、スキー場は安定した利用客が見込めるが、付随するホテルの稼働率をいかに上げるかがポイントになりそう。  外資系(中国系)企業に経営権が移るということは、中国をはじめとした外国人観光客の呼び込みに力を入れるのではないか、といった見方もある。いまはコロナ禍で海外からの呼び込みは難しいだろうが、コロナが落ち着けば、そういった戦略を講じていくことが予想される。いずれにしても、新会社の手腕が注目される。 グランデコリスノーゾートのホームページ あわせて読みたい 裏磐梯グランデコ「身売り」の背景 (2022年5月号) 裏磐梯グランデコ経営譲渡の余波 (2023年5月号)

  • 【桑折・福島蚕糸跡地から】廃棄物出土処理費用は契約者のいちいが負担

     桑折町中心部の町有地で、食品スーパーとアウトドア施設、認定こども園の整備が進められている。ところが、工事途中で、地中から廃棄物が発見されたという。  食品スーパーなどの進出が計画されているのは、桑折町の中心部に位置する福島蚕糸販売農協連合会の製糸工場(以下、福島蚕糸と表記)跡地。2001(平成13)年に同工場が操業終了し、約6㌶の土地を町が所有してきた。  その活用法をめぐり商業施設の進出がウワサされたが、震災・原発事故後に災害公営住宅や公園を整備。残りの約2・2㌶を活用すべく、公募型プロポーザルを実施し、町は一昨年5月末、㈱いちいと社会福祉法人松葉福祉会を最優秀者に決定した。  昨年3月に町といちいの間で定期借地権設定契約を結び、同年8月にいちいが契約している建設会社が造成工事をスタートした。だが、そこから間もなくして、地中から産業廃棄物が出土、現在は工事がストップしているという。実際に複数の建設業関係者が、敷地内に積まれた廃棄物を目撃している。  町産業振興課に確認したところ、「出土したのはコンクリートがらや鉄パイプなど。町が同地を取得した時点ではそういうものはないと聞いていたし、写真も残っている。福島蚕糸の前に操業していた郡是製糸(現・グンゼ)桑折工場のものである可能性が高い。取得時にはそこまでさかのぼって調査をしていませんでした」と語った。  古い建物となればアスベストなどの有害物質を含んでいた可能性も考えられるが、出土量も含め、その詳細は明らかにされていない。契約では処分費用をいちいがすべて負担することになっているようだが、「数千万円はかかるだろう。町有地から出てきた廃棄物処分費用をすべて負担させるのはいかがなものか」(県北地方のある経済人)と見る向きもある。  いちいに問い合わせたところ、「同計画の担当者がいないので詳細については答えられない」としながらも、「予想外の事態なので、工期の遅れなどが発生する恐れもあるが、町と連携しながら法律に則って対応していく」と述べた。松葉福祉会の担当者は「いちいから報告は受けており、開業に向けての支障はないと聞いている」と回答した。  いちいのスーパーとアウトドア施設は2023(令和5)年秋、松葉福祉会の認定こども園は2024(令和6)年4月に開園予定となっている。  福島蚕糸跡地の開発計画に関しては、公募型プロポーザルの決定過程や賃料設定、認定こども園整備の是非などについて、一部で疑問の声が上がっている。9月の町長選でも争点になり、議会の一般質問で関連の質問が出るなど燻り続ける。そうした中で新たなトラブルが発生し、関係者は頭を悩ませている状況だ。 あわせて読みたい 桑折・福島蚕糸跡地「廃棄物出土」のその後

  • 田村バイオマス訴訟の控訴審が結審

     本誌昨年2月号に「棄却された田村バイオマス住民訴訟 控訴審、裁判外で『訴え』続ける住民団体」という記事を掲載した。田村市大越町に建設されたバイオマス発電所に関連して、周辺の住民グループが起こした住民訴訟で昨年1月25日に地裁判決が言い渡され、住民側の請求が棄却されたことなどを伝えたもの。  その後、住民グループは昨年2月4日付で控訴し、6月17日には1回目の控訴審口頭弁論が行われた。裁判での住民側の主張は「事業者はバグフィルターとHEPAフィルターの二重の安全対策を講じると説明しており、それに基づいて市は補助金を支出している。しかし、安全確保の面でのHEPAフィルター設置には疑問があり、市の補助金支出は不当」というものだが、原告側からすると「一審ではそれらが十分に検証されなかった」との思いが強い。  ただ、二審では少し様子が違ったようだ。  「一審では、実地検証や本田仁一市長(当時)の証人喚問を求めたが、いずれも却下された。バグフィルターとHEPAフィルターがきちんと機能しているかを確認するため、詳細な設計図を出してほしいと言っても、市側は守秘義務がある等々で出さなかった。フィルター交換のチェック手順などの基礎資料も示されなかった。結局、二重のフィルターが本当に機能しているのか分からずじまいで、HEPAフィルターに至っては、本当に付いているのかも確認できなかった。にもかかわらず、判決では『安全対策は機能している』として、請求が棄却された。ただ、控訴審では、裁判長が『HEPAフィルターの内容がはっきりしない。具体的資料を出すように』と要求した」(住民グループ関係者)  そのため、住民グループは「二審では、その辺を明らかにしてくれそうで、今後に期待が持てた」と話していた。  その後、8月26日に2回目、11月18日に3回目の口頭弁論が開かれた。3回目の口頭弁論で、同期日までに提出された書類を確認した後、裁判長は「これまでに提出された資料から、この事件の判決を書くことが可能だと思う。控訴人から出されている証人尋問申請、検証申立、文書提出命令申立、調査嘱託申立は、必要がないと考えるので却下する。本日で結審する」と宣言した。  原告(住民グループ)の関係者はこう話す。  「被告はわれわれの様々な指摘に『否認する』と主張するだけで、何ら具体的な説明をせず、データや資料なども出さなかった。論点ずらしに終始し、二審でようやく資料のようなものが出てきたが、それだってツッコミどころ満載で、最終的には『HEPAフィルターは安心のために設置したもので、集塵率などのデータは存在しない』と居直った。裁判長は、これまでの経過から、事業者が設置したとされるHEPAフィルターが、その機能、性能を保証できない『偽物』『お飾り』であると分かったうえで結審を宣言したのか。それとも、一応、原告側の言い分を聞いてきちんと審理したとのポーズを取っただけなのか」  当初は、「一審と違い、HEPAフィルターの効果などをきちんと審理してくれそうでよかった」と語っていた住民グループ関係者だが、結局、証人尋問や現地実証は認められず、最大のポイントだった「HEPAフィルターの効果」についても十分な審理がなされたとは言い難いまま結審を迎えた。このため、原告側は不満を募らせているようだ。  判決の言い渡しは、2月14日に行われることが決まり、まずはそれを待ちたい。 あわせて読みたい 【田村バイオマス訴訟】控訴審判決に落胆する住民 【梁川・バイオマス計画】住民の「募金活動」に圧力!?

  • 高級レストラン解体で出直し図る三万石

     菓子製造小売業の㈱三万石(郡山市、池田仁社長)が同市開成一丁目で営業していた地中海料理のレストラン「San filo(サンフィーロ)開成」が解体された。レストランには三万石開成店も併設されていた。  12月中旬に現地を訪れると、既に建物の3分の2が壊されていた。看板に書かれていた工期は10月17日から12月28日となっていた。  建物は2006年に約3億5000万円をかけて建設され、同年11月にイタリアン料理の「アンジェロ開成」としてオープンした。ランチタイムになると駐車場に入りきれない車が列をつくり、警備員が誘導するほどの人気店だったが、18年11月に閉店し、翌年7月にサンフィーロ開成としてリニューアルオープン後は客足が途絶えていた。  「アンジェロは1000円超のお手頃価格だったけど、サンフィーロは高くて、気軽に行けるお店じゃなかった」(ある主婦)  ホームページ(HP)によるとサンフィーロはランチ専門の営業で予約制コース、価格は3500円、5500円、1万円となっている。高級路線転換が客離れにつながったことは否めない。実際、駐車場は常にガラガラだった。  サンフィーロ開成はなぜ閉店したのか。三万石のHPを見ると「3月の地震の影響」とある。昨年3月16日に発生した福島県沖地震では相馬市などで最大震度6強を記録し、郡山市内の建物も数多く被災したが、同店もその一つだったという。  三万石の担当者に聞いた。  「建物は2021年2月に起きた地震でも大きな被害を受け、この時は大規模改修を行ったが、3月の地震で再び被害に遭った。特に電気設備の被害が深刻で、もう一度大規模改修をしても同じくらいの地震が来たら動力を確保できないという結論に至った。建物は2011年の東日本大震災でも被災しているので、耐震性の面でもリニューアルは厳しかったと思います」  気になるのは跡地の利活用だ。不動産登記簿謄本によると、同所は三万石の名義で、東邦銀行が2007年に同社を債務者とする極度額2億4000万円の根抵当権を設定している。賃借ではなく自社物件ということは、売却しない限り自社利用を目指す公算が高そう。  前出・担当者もこう話す。  「基本的には自社利用する方針だが、何を建てるかとか、どんな使い方をするかなど、具体的な内容は検討中です。いつごろオープンするといった時期も決まっていない」  サンフィーロ開成と同じ業態のレストランは福島市内にもあるが、同店も混雑している様子は見たことがない。跡地に再びレストランをつくるかどうかは分からないが、少なくとも「高級路線が客足を遠ざけた」反省は生かす必要があろう。  ところで三万石は、昨年3月に新会社㈱三万石商事(郡山市、池田仁社長)を設立している。目的は、三万石の外商部門とECサイト部門を新会社に分離・移管して人的資源を投入し、自らは製造と卸売に専念するため。これにより三万石商事は、コロナ以降好調なスーパーへの販路拡大、ネット販売などに注力。一方の三万石は、人件費圧縮と、製造品を三万石商事に卸売りすることで安定した売り上げを確保する狙いがあるとみられる。  三万石は2021年3月期決算が売上高30億円、7100万円の赤字だったが、22年3月期は同36億円、1億3500万円の黒字と持ち直した。今期決算で新会社設立の効果がどう表れるのか注目される。 あわせて読みたい 青木フルーツ「上場」を妨げる経営課題【郡山市】 青木フルーツ「合併」で株式上場に暗雲!?【郡山市】

  • 【第4弾】【喜多方市】処理水排出を強行する昭和電工

     喜多方市で土壌汚染と地下水汚染を引き起こしている昭和電工(現レゾナック)は、会津北部土地改良区が管理する用水路への「処理水」排出を強行しようとしている。同社は同土地改良区と排水時の約束を定めた「覚書」を作成し、住民にも同意を迫っていたが、難航すると分かると同意を得ずに流そうとしている。同土地改良区の顔を潰したうえ、住民軽視の姿勢が明らかとなった。 見せかけだった土地改良区の「住民同意要求」 ※昭和電工は1月からレゾナックに社名を変えたが、過去に喜多方事業所内に埋めた廃棄物が土壌・地下水汚染を引き起こし、昭和電工時代の問題を清算していない。社名変更で加害の連続性が断たれるのを防ぐため、記事中では「昭和電工」の表記を続ける。  昭和電工喜多方事業所の敷地内では、2020年に土壌汚染対策法の基準値を上回るフッ素、シアン、ヒ素、ホウ素による土壌・地下水汚染が発覚した。フッ素の測定値は最大で基準値の120倍。汚染は敷地外にも及んでいた。県が周辺住民の井戸水を調査すると、フッ素やホウ素で基準値超が見られた。フッ素は最大で基準値の4倍。一帯では汚染発覚から2年以上経った今も、ウオーターサーバーで飲料水を賄っている世帯がある。  原因は同事業所がアルミニウムを製錬していた40年以上前に有害物質を含む残渣を敷地内に埋めていたからだ。同事業所がこれまでに行った調査では、敷地内の土壌から生産過程で使用した履歴がないシアン、水銀、セレン、ヒ素が検出された。いずれも基準値を超えている。  対策として昭和電工は、  ①地下水を汲み上げて水位を下げ、汚染源が流れ込むのを防止  ②敷地を遮水壁で囲んで敷地外に汚染水が広がるのを防止  ③地下水から主な汚染物質であるフッ素を除去し、基準値内に収まった「処理水」を下水道や用水路に流す  という三つを挙げている。「処理水」は昨年3月から市の下水道に流しており、1日当たり最大で300立方㍍。一方、用水路への排出量は計画段階で同1500立方㍍だから、主な排水経路は後者になる。  この用水路は会津北部土地改良区が管理する松野左岸用水路(別図)で、その水は農地約260㌶に供給している。同事業所は通常操業で出る水をここに流してきた。  周辺住民や地権者らは処理水排出に反対している。毎年、大雨で用水路があふれ、水田に濁流が流れ込むため、汚染土壌の流入を懸念しているのだ。昨年1月に希硫酸が用水路に流出し、同事業所から迅速かつ十分な報告がなかったことも、昭和電工の管理能力の無さを浮き彫りにした。以降、住民の反対姿勢は明確になった。  昭和電工はなぜ、反対を押しのけてまで用水路への排出を急ぐのか。考えられるのは、公害対策費がかさむことへの懸念だ。  同事業所は市の下水道に1カ月当たり4万5000立方㍍を排水している。使用料金は月額約1200万円。年に換算すると約1億4000万円の下水道料金を払っていることになる(12月定例会の市建設部答弁より)。  昨年9月に行われた住民説明会では、同土地改良区の用水路に処理水排出を強行する方針を打ち明けた。以下は参加した住民のメモ。  《住民より:12月に本当に放流するのか?  A:環境対策工事を実現し揚水をすることが会社の責任であると考えている。それを実現する為にも灌漑用水への排水が最短で効果の得られる方法であると最終的に判断した。揚水をしないと環境工事の効果・低減が図れないことをご理解願いたい。  住民より:全く理解できない! 汚染排水の安全性、納得のいく説明がなされないままの排水は断じて認めることが出来ない。  (中略)  土地改良区との覚書、住民の同意が無ければ排水を認めない。約束を守っていない。  説明が尽くされていないまま時間切れ紛糾のまま終了。再説明会等も予定していない》  昭和電工は住民の録音・撮影や記者の入場を拒否したので、記録はこれしかない。 処理水排出は「公表せず」  「実際は『ふざけるな』とか『話が違う』など怒号が飛びました。昭和電工は記録されたくないでしょうね」(参加した住民)  昭和電工は用水路へ排出するに当たり、管理者の会津北部土地改良区との約束を定めた「覚書」を作成していた。同土地改良区は「周辺住民や地権者の同意を得たうえで流すのが慣例」と昭和電工に住民から同意を取り付けるよう求めたが、これだけ猛反対している住民が「覚書」に同意するはずがない。  同事業所に取材を申し込むと「文書でしか質問を受け付けない」というので、中川尚総務部長宛てにファクスで問い合わせた。  ――会津北部土地改良区との間で水質汚濁防止を約束する「覚書」を作成したが、締結はしているのか。  「会津北部土地改良区との協議状況等につきまして、当社からの回答は差し控えさせていただきます」  同土地改良区に確認すると、  「締結していません。住民からの同意が得られていないので」(鈴木秀優事務局長)  ただ、昭和電工は昨年9月の住民説明会で「12月から用水路に『処理水』を流す」と言っている。同土地改良区としては「覚書」がないと流すことは認められないはずではないかと尋ねると、  「『覚書』が重要というわけではなく、地区の同意を取ってくださいということです。あくまで記録として残しておく書面です。他の地区でも同様の排水は同意があって初めて行われるのが慣例なので、同じように求めました。法律で縛れないにしても、了承を取ってくださいというスタンスは変わりません」(同)  つまり、昭和電工の行為は慣例に従わなかったことになるが、同土地改良区の見解はどうなのか。  「表現としてはどうなんでしょうね。こちらからは申し上げることができない。土地改良区は農業者の団体です。地区の合意を取っていただくのが先例ですから、強く昭和電工に申し入れていますし、今後も申し入れていきます」(同)  これでは、住民同意の要求は見せかけと言われても仕方がない。  直近では昨年10月に昭和電工に口頭で申し入れたという。12月中旬時点では「処理水」を放出したかどうかの報告はなく、「今のところ待ちの状態」という。  同事業所にあらためて聞いた。  ――「処理水」を流したのか。開始した日時はいつか。  「対外的に公表の予定はございません」  処理水放出を公表しないのは住民軽視そのもの。昭和電工の無責任体質には呆れるしかない。 あわせて読みたい 【第1弾】親世代から続く喜多方昭和電工の公害問題 【第2弾】【喜多方市】昭和電工の不誠実な汚染対策 【第3弾】【喜多方市】未来に汚染のツケを回した昭和電工【公害】

  • 【福島】県内農業の明と暗

     「農業で飯を食う」のは簡単なことではない。相手は自然なので計画通り生産できるとは限らないし、国の政策や海外の事情などに翻弄されることもある。農業を取り巻く環境は「厳しい」の一言に尽きる。中でも今、注目されるのは急速に進む酪農家の離農だが、一方で、県内の2022年度の新規就農者数は過去最多を記録。同じ農業でありながら、明暗が入り混じる背景には何があるのか。二つの事象を深掘りする。 離農した高齢酪農家が切実な訴え  「もう無理。だから……やめることにしたよ」  そんな電話が突然、筆者にかかってきたのは昨年11月だった。電話の主は、県北地方で牧場を経営するAさん。20年前に脱サラし、父親が40年続けた酪農を引き継いだ。  この間にはさまざまな困難にも直面した。その一つが2011年に起きた福島第一原発事故だ。大量に放出された放射性セシウムで牛の餌となる牧草が汚染されたことから、酪農家はセシウムを吸収抑制するため牧草地に塩化カリを大量に撒いた。その結果、セシウムは低減したものの、カリ過剰の牧草を食べた牛が死亡する事例が相次いだ。  Aさんの牧場でも10頭の牛が次々と死亡したため、自給牧草の使用をやめ購入牧草に切り替えた。これにより牛が死亡することはなくなったが、今度はその分の購入費が重い負担になった。  これらの責任は、言うまでもなく事故を起こした東電にあるが、Aさんによると「酪農家として納得できる賠償」は行われず、協議がまとまらないと賠償金の支払いは後ろ倒しになった。未払いの間にかかる資金は自分で工面しなければならない不満も重なった(詳細は本誌2016年8月号「カリ過剰牧草で『牛の大量死』発生」参照)。  ただ、そんな困難にも負けず酪農を続けてきたAさんが「やめる」と言うのだから、余程厳しい状況に置かれていたことが想像できる。  12月上旬、久しぶりにAさんの牧場を訪ねると牛は1頭もおらず、ガランとした牛舎には一人で片付けをするAさんの姿があった。  「昨日、最後の1頭を引き取ってもらってね」  と言いながら、Aさんが筆者に見せたのは飼料の請求書だった。8月5日付発行と11月9日付発行の2通ある。見比べて驚いた。わずか3カ月で1・1~1・4倍に値上がりしていたのだ。 戦争と円安で配合飼料単価が急騰  Aさんは2018年と22年の配合飼料単価の推移を月ごとに記録していた(別表の通り)。それを見ると18年はほぼ横ばいだが、22年は夏にかけて大幅に上がっている。18年と22年を比べても、22年は全体的に高くなっている。  「年々値上がりはしていたが、2022年になってロシアによるウクライナ侵攻が始まると価格が一気に上がった。そこに、急激な円安が追い打ちをかけた」(同)  配合飼料はトウモロコシなどの穀物が原料で、主に輸入でまかなわれている。今は世界的な穀物不足で配合飼料の生産量も増えない状況。そこに、ウクライナ侵攻と円安が直撃し、急激な価格高騰を引き起こした。その上がり方は別表2022年の推移からも一目瞭然だ。  Aさんが原発事故以降、自給牧草から購入牧草に切り替えたことは前述した。その購入牧草も主に輸入でまかなわれているが、自給牧草なら少しは餌代を抑えられたのか。  「自分で牧草をつくれば手間ひまがかかるし、機械のリース代や油代もかさむ。結局、つくっても買っても餌代はそれほど変わらなかったと思う」(同)  価格上昇は餌代だけでなく、燃料や電気料金、機械の部品類、タイヤなど、仕事に関わるあらゆる部分に見られた。こうなると、自助努力ではどうにもならない。  「原発事故の賠償金をもらっているうちは何とかなったが、数年前に打ち切られ、その後いろいろな物が値上がりし出すと、あとは〝つくっても赤字〟になった」(同)  Aさんの牧場でも、毎月十数万円ずつ赤字が膨らんでいったという。  こうした酪農家の窮状を受け、国は緊急支援策として経産牛(出産を経験した雌牛)1頭当たり1万円の補助を行うことを決めたが、実際に手元に入るのは2月ごろという。  「今困っているのに、もらえるのが何カ月も先では意味がない。1頭1万円では焼け石に水だしね」(同)  生乳の生産調整のため、乳量が少ない低能力牛を2023年9月までに淘汰すると1頭当たり15万円、10月以降だと同5万円を補助する事業も始まるが、産地では評価する声がある半面、家族同様に育てている牛を淘汰することに抵抗を感じる酪農家は少なくない。「本来取り組むべきは在庫調整ではないか」という批判も多く聞かれる。  その生乳は、卸売り価格が11月出荷分から3年半ぶりの値上げとなる1㌔当たり10円引き上げられ、120円近くになった。  「ただ乳を多く絞るには、その分餌を与えなければならない。でも餌代はどんどん上がっており、餌を多く与えるのは難しい。結局、卸売り価格は上がっても、儲けを見込めるだけの出荷量は出せない」(同)  そもそも卸売り価格が上がるということは、最終的には小売価格に跳ね返るので、ただでさえ牛乳離れが進む中、需要が一段と落ち込むのは避けられない。 「明るい未来が描けない」  県でも、輸入粗飼料を緊急的に購入している酪農家に1㌧当たり最大5000円を補助しているが、月を追うごとに値上がりする中、定額補助では価格上昇分を補填できず、実態を反映した支援とは言い難い。12月補正では配合飼料1㌧当たり2700円を補助する予算を計上し、補助金などの申請手続きを簡素化する支援策も打ち出したが、酪農家からすると〝無いよりはマシ〟というのが本音だろう。  Aさんが廃業を決めたのは昨年4月で、配合飼料単価が高騰し始めたころだが、その時点で既に厳しさを感じていたということは、今も経営を続ける酪農家はもっと厳しい状況にあるということだ。  「私は余計な借金をしていなかったから廃業を決断できた面もある。もし多額の借金があったら、返済を続けるため、やめたくてもやめられなかったと思う」(同)  実際、知り合いの酪農家の中には県の畜産・酪農収益力強化整備等特別対策事業を活用して施設を整備したり機械を導入し、最大2分の1の補助を受けたものの、事業を中止・廃止すると補助金の全部または一部の返還を求められるため、借金を抱えている人と同様、やめたくてもやめられないのだという。地域によってはバター不足を受け、増産に対応しようと施設に投資したのに生乳の生産調整に見舞われ、行き詰まった酪農家もいるという。  「私は補助も受けていなかったので、それほど悩まず廃業を決断できたのは幸いだった」(同)  カリ過剰問題に直面していた時は50頭の牛がいたが、廃業を決断した時点では38頭だった。そのうち5、6頭を食肉用として処分し、山形の酪農家に7頭、宮城の酪農家に5頭、新潟の酪農家に7頭を譲った。残りは家畜商に依頼し家畜市場などで売却したが、価格はピーク時の半額以下で、中には取り引きが成立しなかった牛もいた。  Aさんは67歳。トラクターなど金に換えられるものは売却し、今後は年金を頼りに家族で食べる分だけの畑を耕していく。  「農家は高齢化と後継者不足に直面している。自分もそうで、そのうちやめるだろうとは思っていたが、急激な餌代高騰などで想定よりも早くやめる羽目になった。自分は借金もなく、補助も受けていなかったのですんなりやめられたが、私みたいにどんどんやめていけば国内の生乳はまかなえなくなる。かと言って牧場経営を続けるにも適切な支援がなく、酪農は明るい未来が描けない状況にある。国や県には本気で酪農家を守る気があるのかと言いたい。これでは、将来酪農家になる人なんていませんよ」(同)  県畜産課が作成した資料「福島の畜産2021」によると同年の乳牛飼育頭数は対前年比1・7%減の1万1800頭、酪農家戸数は同5・4%減の283戸、1戸当たりの飼養頭数は同4・0%増の41・7頭だった。飼育頭数も戸数も減っているのに1戸当たりの飼養頭数が増えているのは、廃業した酪農家から譲り受けたためとみられる。  ちなみに震災前の2010年は、乳牛飼育頭数1万7600頭、酪農家戸数567戸、1戸当たりの飼養頭数31・0頭だった。震災前から飼育頭数は3割減り、戸数は実に半減している。  この数値を見ただけでも酪農家の離農の多さが伝わってくるが、餌代高騰の影響が反映される2022年のデータはさらに厳しい数値が並ぶことが予想される。  県畜産課や県酪農業協同組合に取材を申し込んだが、前者は伊達市と飯舘村で発生した鳥インフルエンザへの対応、後者はまさに酪農家への支援に奔走中で、締め切りまでに面談やコメントを寄せるのは難しいとのことだった。  12月5日付の日本農業新聞によると、同紙が全国10の指定生乳生産者団体に生乳の出荷戸数を聞き取った結果、10月末は約1万1400戸と4月末に比べ約400戸(3・4%)減、2021年の同期間の約280戸(2・3%)減よりペースが加速していることが分かった。各団体は飼料高騰による経営悪化を理由に挙げたという。  急速に進む酪農家の離農を止める術は今のところ見当たらない。 県内新規就農者が過去最多のワケ  県内の2022年度(21年5月2日から22年5月1日まで)の新規就農者数が過去最多の334人となった。県によると、現行の調査を始めた1999年度以降で300人を超えたのは初めて。  新規就農者数の推移は別掲のグラフの通り。震災・原発事故の翌年は142人と大きく落ち込んだが、200人台まで回復した後はずっと横ばいが続いていた。  「300人の壁」を突破できた背景には何があったのか。関係者を取材すると、他県にはない就農支援と就農形態の変化が影響していることが見えてきた。  昨年秋に県内5カ所で開かれた就農相談会「ふくしま農業人フェア」は大勢の人で賑わった。県農業担い手課によると、来場者数はいわき会場(10月31日)41人、会津会場(11月6日)41人、県南会場(同12日)22人、県北会場(同13日)77人、県中会場(同20日)133人。どの会場も、担当者と真剣に話し込む来場者の姿があった。  当日県北会場に行っていたという同課の栁沼浩主幹(担い手担当)は次のように話す。  「来場者の年齢層は幅広いが、男女比で言うと女性の方が多い。県北会場には宮城県気仙沼市から来た女性2人もいて、担当者にあれこれ質問していました」  栁沼主幹によると「ふくしま農業人フェア」は2019年度からスタートしたが、この手の相談会を開いている県は少ないという。  「気仙沼から来た女性2人に『なぜ福島の相談会に?』と尋ねると、宮城では相談会をやっておらず、就農したくても情報を得る機会が少ないと言うのです」(同)  もちろん、全く開いていないわけではなく、相談窓口も設けられてはいるが、調べると、県主催で何百人も参加するような相談会を開いているのは、東北地方では福島県と岩手県だけだった。 若者に人気の農業法人お試し就農  さらに、福島県の強みとなっているのが雇用機会を創出するために始めた「お試し就農」だ。新規就農したい人と雇用者を求める農業法人をマッチングし、4カ月間、お試しで就農できる仕組み。就農したい人にとっては、現場の体験はもちろん、労務や人的つながりなど就農に必要な知識と経験を得ることができる。一方、採用してもすぐに辞められてしまうという悩みを抱えていた農業法人にとっては、お試し期間を通じて戦力になるか否かを見定めることができる。その間の人件費は県が負担してくれる点も大きな魅力だ。  「2021年度は30人がお試し就農に臨み、そのうち22人が農業法人に正式採用された。採用率は7割超なので、マッチングは機能していると思います」(同)  新規就農というと、自分で田畑を持ち、資機材を揃え、作物をつくる「自営就農」を思い浮かべがちだ。しかし新規就農者の半分以上は、お試し就農のように、農業法人に就職する「雇用就農」で占められている実態がある。前述した2022年度の新規就農者334人も内訳を見ると、自営就農165人、雇用就農169人となっている。 増える農業法人への就職  JA福島中央会技術常任参与の武田信敏氏はこう説明する。  「自営就農するには農業技術を備えていることはもちろん、土地や資機材などを準備しなければならず、それなりの初期投資がかかるため始めるにはハードルが高い。そこで、まずは農業法人に就職し、技術やノウハウを学びながら資金を準備し、将来の独立(自営就農)を目指す人が増えているのです」  農業法人は、担い手も後継者もいない高齢農業者にとって大きな助けになっており、舞い込む仕事もどんどん増えている。2022年3月現在、県内には農業法人が739法人あり(農地所有適格法人+認定農業者法人-重複する法人で計算)、人手はいくらあっても困らないというから、若者の働き口としても注目が集まっている。  「農業というと土いじりが真っ先に思い浮かぶが、近年はICT技術を導入したスマート農業が普及し、そういう方面は若者の方が長けているから、魅力的な就職先として農業法人が選ばれているのです」(同)  前述した就農形態の変化とは、このことを指しているのだ。  県農業担い手課の栁沼主幹も補足する。  「2022年度の自営就農165人を見ると野菜79人、果樹35人、水稲32人、花き12人、畜産3人、その他4人となっているが、このうち野菜と花きはICT技術を取り入れたハウス栽培が多い。若者にとっては、最先端の技術を用いて新しい農業にチャレンジできることが魅力になっているようです」  そんな自営就農に対しては、開始時のハードルの高さを考慮し、経営が軌道に乗るまでの支援策が用意されている。  例えば農林水産省では、都道府県が認める道府県の農業大学校等の研修機関で研修を受ける就農希望者に月12万5000円(最長2年)を交付する就農準備資金や、新規就農する人に農業経営を始めてから経営が安定するまで月12万5000円(最長3年)を交付する経営開始資金などを設けている。交付を受けるにはさまざまな要件を満たす必要があるが、こうした支援制度は収入が全くない状態から農業経営を始める自営就農者を大きく後押ししている。  「農業=厳しい」というイメージが定着する中、新規就農者が増えているのは喜ばしいことだ。栁沼主幹も「県の取り組みがようやく根付いてきたと思う」と自信を深め、武田氏も「300人の壁を突破できたのは正直嬉しい」と笑顔を見せる。  しかし筆者が気になるのは、新規就農者が増える半面、定着率はどうなっているのかという点だ。  12月1日付の福島民報に、今年3月に福島大学食農学類を1期生として卒業する23歳の男性と22歳の女性が新卒就農するという記事が掲載されたが、その中に《最近5年間の新規就農者のうち約3割が既に離農。いかに定着させるかが課題だ》という一文があった。  新卒者の離職率は業種を問わず年々高まっているので、離農率3割を殊更高いと言う気はないが、新規就農者が過去最多という「明」を紹介するなら、離農率3割の「暗」にも触れないとバランスを欠く。  ただ県農業担い手課の栁沼主幹によると、離農率3割は正確な数値ではないという。  「例えば雇用就農から自営就農に切り替えた人や、親元で就農していた人が独立するなど、就農の形態を変えた人は『いったん離農した』とカウントされるため、実際は離農していない人が多いのです」  県は新規就農者の追跡調査を行っていないため「正確な離農者数は分からない」(同)。ただ、市町村が認定する認定新規就農者の5年後定着率は95・7%(2020年度現在)と高く、他の業種で新卒者の定着率が低いことを考えると、新規就農者は腰を据えて農業に従事していると言っていいのではないか。  「県でも認定新規就農者を全面サポートしており、もし初年度に失敗したら、専門家に依頼して原因を分析し、翌年の農業経営につなげるといった離農を防ぐ取り組みにも注力しています」(同)  JA福島中央会の武田氏も定着率が高い秘密をこう明かす。  「新規就農する人はある種の覚悟を持っている。いざ始めるにはハードルが高いので、生半可な気持ちで取り組む人はいない。だから、すぐに離農する人が少ないのです」  取材を締めくくるに当たり、両氏に今後の課題を尋ねてみた。  栁沼主幹は「新規就農者が300人を超えたとはいえ、あくまで単年度の結果に過ぎない。これを機に、どうやって安定確保につなげていくか、今までの取り組みを充実させつつ、新たな取り組みを模索する必要がある」と語る。  新たな取り組みの一つが、今年度から県内七つの農林事務所に就農コーディネーターを配属したことだ。新規就農者の相談にワンストップで対応し、当人の意向に沿った就農の実現を包括的にサポートしている。  一方、武田氏は「食える農業を実現するため、国の支援だけでなく市町村や地域、地元JAが新規就農者をサポートすることが大切」と指摘する。国の支援はある程度充実してきたが、「市町村や地域の支援にはまだまだ温度差がある」(同)というから、改善次第では新規就農者数はさらに増えていくかもしれない。  東北地方では山形県に次いで新規就農者が多い福島県。新規就農者の中には県外出身者もおり、その増加は移住・定住の促進にもつながる。福島県を就農先として選んでもらえるよう、相談窓口や支援策のさらなる充実が求められる。 あわせて読みたい 【国見町移住者】新規就農奮闘記

  • 【本宮市商工会・本宮LC・本宮RC】子ども食堂に広がる支援の輪 

     本宮市商工会(石橋英雄会長)は昨年12月、同市社会福祉協議会と市内の子ども食堂5団体に寄付金や日用品、コメ、食品などを贈呈した。同商工会は、通常業務以外にも社会貢献活動に積極的に取り組んでいる。昨年7月に同社協とフードバンク事業協定を結び、贈呈は今回で2回目。「地域の子どもを元気にしたい」という思いからスタートした支援の輪は徐々に広がり、同商工会の趣旨に賛同した本宮ライオンズクラブ(佐藤仁会長)、本宮ロータリークラブ(佐々木嘉宏会長)が新たに活動に加わった。協賛会員も38事業所に増加しコメ、野菜、寄付金のほか、おもちゃや児童書も贈られた。  贈呈式で石橋商工会長は「この活動も徐々に規模が大きくなってきている。まだまだ知られていない取り組みだったが、マスコミの報道により地元の大きな企業も是非参加させてほしいとの申し込みがあり賛同を得られた。一過性で終わること無く長期間継続し、本宮市だけでなく近隣市町村、福島県全域に活動の輪が広がっていくことに期待したい」と語った。  子ども食堂の代表者は「まだまだ子ども食堂を取り巻く状況は厳しい。調理師など専門家もいるがほとんどがボランティアで構成されている。本当に支援を必要としている人の利用は少ないように思えるが、もっと気軽に声をかけてもらえれば色々な手助けが出来ると思う。スタッフも高齢になって活動も鈍くなっているが地域の賑わいや子どもたちの健康を願って頑張っていきたい」と謝辞を述べた。  別の受贈者は「少人数で活動しているため、自分の活動が本当に役立っているのか、気持ちが落ち込む時もあります。ですが、皆さんの声援と子どもの元気な顔を見ると頑張る力になります」と話した。  日本は子どもの貧困率が年々問題になっている。現場の支援者たちの苦労に地域は支援の輪で報いたい。これからを担う子どもが元気に育ってほしいという思いは誰もが一緒。支援の輪がもっと広まることを願う。  本宮市と同商工会では、経済の落ち込みにもテコ入れをしている。新型コロナ後に第2弾となる30%のプレミアム付き商品券を発行し、2月17日まで利用を受け付けている。今回は1万セット販売した。  参加店は約600店舗。飲食店や小売店以外にも、建設会社、電気設備会社、左官業、板金業なども参加しているので、修理にも使えて便利。迷ったら「この券使えますか」と差し出せばほとんどが受け付けてくれるだろう。せっかく買っても引き出しの奥に眠っているかもしれない。地元経済を回すためにも、使い切ってほしい。