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  • 【桑折・福島蚕糸跡地から】廃棄物出土処理費用は契約者のいちいが負担

    【桑折・福島蚕糸跡地から】廃棄物出土処理費用は契約者のいちいが負担

     桑折町中心部の町有地で、食品スーパーとアウトドア施設、認定こども園の整備が進められている。ところが、工事途中で、地中から廃棄物が発見されたという。  食品スーパーなどの進出が計画されているのは、桑折町の中心部に位置する福島蚕糸販売農協連合会の製糸工場(以下、福島蚕糸と表記)跡地。2001(平成13)年に同工場が操業終了し、約6㌶の土地を町が所有してきた。  その活用法をめぐり商業施設の進出がウワサされたが、震災・原発事故後に災害公営住宅や公園を整備。残りの約2・2㌶を活用すべく、公募型プロポーザルを実施し、町は一昨年5月末、㈱いちいと社会福祉法人松葉福祉会を最優秀者に決定した。  昨年3月に町といちいの間で定期借地権設定契約を結び、同年8月にいちいが契約している建設会社が造成工事をスタートした。だが、そこから間もなくして、地中から産業廃棄物が出土、現在は工事がストップしているという。実際に複数の建設業関係者が、敷地内に積まれた廃棄物を目撃している。  町産業振興課に確認したところ、「出土したのはコンクリートがらや鉄パイプなど。町が同地を取得した時点ではそういうものはないと聞いていたし、写真も残っている。福島蚕糸の前に操業していた郡是製糸(現・グンゼ)桑折工場のものである可能性が高い。取得時にはそこまでさかのぼって調査をしていませんでした」と語った。  古い建物となればアスベストなどの有害物質を含んでいた可能性も考えられるが、出土量も含め、その詳細は明らかにされていない。契約では処分費用をいちいがすべて負担することになっているようだが、「数千万円はかかるだろう。町有地から出てきた廃棄物処分費用をすべて負担させるのはいかがなものか」(県北地方のある経済人)と見る向きもある。  いちいに問い合わせたところ、「同計画の担当者がいないので詳細については答えられない」としながらも、「予想外の事態なので、工期の遅れなどが発生する恐れもあるが、町と連携しながら法律に則って対応していく」と述べた。松葉福祉会の担当者は「いちいから報告は受けており、開業に向けての支障はないと聞いている」と回答した。  いちいのスーパーとアウトドア施設は2023(令和5)年秋、松葉福祉会の認定こども園は2024(令和6)年4月に開園予定となっている。  福島蚕糸跡地の開発計画に関しては、公募型プロポーザルの決定過程や賃料設定、認定こども園整備の是非などについて、一部で疑問の声が上がっている。9月の町長選でも争点になり、議会の一般質問で関連の質問が出るなど燻り続ける。そうした中で新たなトラブルが発生し、関係者は頭を悩ませている状況だ。 あわせて読みたい 桑折・福島蚕糸跡地「廃棄物出土」のその後

  • 完成した田村バイオマス発電所

    田村バイオマス訴訟の控訴審が結審

     本誌昨年2月号に「棄却された田村バイオマス住民訴訟 控訴審、裁判外で『訴え』続ける住民団体」という記事を掲載した。田村市大越町に建設されたバイオマス発電所に関連して、周辺の住民グループが起こした住民訴訟で昨年1月25日に地裁判決が言い渡され、住民側の請求が棄却されたことなどを伝えたもの。  その後、住民グループは昨年2月4日付で控訴し、6月17日には1回目の控訴審口頭弁論が行われた。裁判での住民側の主張は「事業者はバグフィルターとHEPAフィルターの二重の安全対策を講じると説明しており、それに基づいて市は補助金を支出している。しかし、安全確保の面でのHEPAフィルター設置には疑問があり、市の補助金支出は不当」というものだが、原告側からすると「一審ではそれらが十分に検証されなかった」との思いが強い。  ただ、二審では少し様子が違ったようだ。  「一審では、実地検証や本田仁一市長(当時)の証人喚問を求めたが、いずれも却下された。バグフィルターとHEPAフィルターがきちんと機能しているかを確認するため、詳細な設計図を出してほしいと言っても、市側は守秘義務がある等々で出さなかった。フィルター交換のチェック手順などの基礎資料も示されなかった。結局、二重のフィルターが本当に機能しているのか分からずじまいで、HEPAフィルターに至っては、本当に付いているのかも確認できなかった。にもかかわらず、判決では『安全対策は機能している』として、請求が棄却された。ただ、控訴審では、裁判長が『HEPAフィルターの内容がはっきりしない。具体的資料を出すように』と要求した」(住民グループ関係者)  そのため、住民グループは「二審では、その辺を明らかにしてくれそうで、今後に期待が持てた」と話していた。  その後、8月26日に2回目、11月18日に3回目の口頭弁論が開かれた。3回目の口頭弁論で、同期日までに提出された書類を確認した後、裁判長は「これまでに提出された資料から、この事件の判決を書くことが可能だと思う。控訴人から出されている証人尋問申請、検証申立、文書提出命令申立、調査嘱託申立は、必要がないと考えるので却下する。本日で結審する」と宣言した。  原告(住民グループ)の関係者はこう話す。  「被告はわれわれの様々な指摘に『否認する』と主張するだけで、何ら具体的な説明をせず、データや資料なども出さなかった。論点ずらしに終始し、二審でようやく資料のようなものが出てきたが、それだってツッコミどころ満載で、最終的には『HEPAフィルターは安心のために設置したもので、集塵率などのデータは存在しない』と居直った。裁判長は、これまでの経過から、事業者が設置したとされるHEPAフィルターが、その機能、性能を保証できない『偽物』『お飾り』であると分かったうえで結審を宣言したのか。それとも、一応、原告側の言い分を聞いてきちんと審理したとのポーズを取っただけなのか」  当初は、「一審と違い、HEPAフィルターの効果などをきちんと審理してくれそうでよかった」と語っていた住民グループ関係者だが、結局、証人尋問や現地実証は認められず、最大のポイントだった「HEPAフィルターの効果」についても十分な審理がなされたとは言い難いまま結審を迎えた。このため、原告側は不満を募らせているようだ。  判決の言い渡しは、2月14日に行われることが決まり、まずはそれを待ちたい。 あわせて読みたい 【田村バイオマス訴訟】控訴審判決に落胆する住民 【梁川・バイオマス計画】住民の「募金活動」に圧力!?

  • 高級レストラン「San filo(サンフィーロ)開成」解体で出直し図る三万石

    高級レストラン解体で出直し図る三万石

     菓子製造小売業の㈱三万石(郡山市、池田仁社長)が同市開成一丁目で営業していた地中海料理のレストラン「San filo(サンフィーロ)開成」が解体された。レストランには三万石開成店も併設されていた。  12月中旬に現地を訪れると、既に建物の3分の2が壊されていた。看板に書かれていた工期は10月17日から12月28日となっていた。  建物は2006年に約3億5000万円をかけて建設され、同年11月にイタリアン料理の「アンジェロ開成」としてオープンした。ランチタイムになると駐車場に入りきれない車が列をつくり、警備員が誘導するほどの人気店だったが、18年11月に閉店し、翌年7月にサンフィーロ開成としてリニューアルオープン後は客足が途絶えていた。  「アンジェロは1000円超のお手頃価格だったけど、サンフィーロは高くて、気軽に行けるお店じゃなかった」(ある主婦)  ホームページ(HP)によるとサンフィーロはランチ専門の営業で予約制コース、価格は3500円、5500円、1万円となっている。高級路線転換が客離れにつながったことは否めない。実際、駐車場は常にガラガラだった。  サンフィーロ開成はなぜ閉店したのか。三万石のHPを見ると「3月の地震の影響」とある。昨年3月16日に発生した福島県沖地震では相馬市などで最大震度6強を記録し、郡山市内の建物も数多く被災したが、同店もその一つだったという。  三万石の担当者に聞いた。  「建物は2021年2月に起きた地震でも大きな被害を受け、この時は大規模改修を行ったが、3月の地震で再び被害に遭った。特に電気設備の被害が深刻で、もう一度大規模改修をしても同じくらいの地震が来たら動力を確保できないという結論に至った。建物は2011年の東日本大震災でも被災しているので、耐震性の面でもリニューアルは厳しかったと思います」  気になるのは跡地の利活用だ。不動産登記簿謄本によると、同所は三万石の名義で、東邦銀行が2007年に同社を債務者とする極度額2億4000万円の根抵当権を設定している。賃借ではなく自社物件ということは、売却しない限り自社利用を目指す公算が高そう。  前出・担当者もこう話す。  「基本的には自社利用する方針だが、何を建てるかとか、どんな使い方をするかなど、具体的な内容は検討中です。いつごろオープンするといった時期も決まっていない」  サンフィーロ開成と同じ業態のレストランは福島市内にもあるが、同店も混雑している様子は見たことがない。跡地に再びレストランをつくるかどうかは分からないが、少なくとも「高級路線が客足を遠ざけた」反省は生かす必要があろう。  ところで三万石は、昨年3月に新会社㈱三万石商事(郡山市、池田仁社長)を設立している。目的は、三万石の外商部門とECサイト部門を新会社に分離・移管して人的資源を投入し、自らは製造と卸売に専念するため。これにより三万石商事は、コロナ以降好調なスーパーへの販路拡大、ネット販売などに注力。一方の三万石は、人件費圧縮と、製造品を三万石商事に卸売りすることで安定した売り上げを確保する狙いがあるとみられる。  三万石は2021年3月期決算が売上高30億円、7100万円の赤字だったが、22年3月期は同36億円、1億3500万円の黒字と持ち直した。今期決算で新会社設立の効果がどう表れるのか注目される。 あわせて読みたい 青木フルーツ「上場」を妨げる経営課題【郡山市】 青木フルーツ「合併」で株式上場に暗雲!?【郡山市】

  • 【喜多方市】処理水排出を強行する昭和電工【アルミ太郎】

    【第4弾】【喜多方市】処理水排出を強行する昭和電工

     喜多方市で土壌汚染と地下水汚染を引き起こしている昭和電工(現レゾナック)は、会津北部土地改良区が管理する用水路への「処理水」排出を強行しようとしている。同社は同土地改良区と排水時の約束を定めた「覚書」を作成し、住民にも同意を迫っていたが、難航すると分かると同意を得ずに流そうとしている。同土地改良区の顔を潰したうえ、住民軽視の姿勢が明らかとなった。 見せかけだった土地改良区の「住民同意要求」 ※昭和電工は1月からレゾナックに社名を変えたが、過去に喜多方事業所内に埋めた廃棄物が土壌・地下水汚染を引き起こし、昭和電工時代の問題を清算していない。社名変更で加害の連続性が断たれるのを防ぐため、記事中では「昭和電工」の表記を続ける。  昭和電工喜多方事業所の敷地内では、2020年に土壌汚染対策法の基準値を上回るフッ素、シアン、ヒ素、ホウ素による土壌・地下水汚染が発覚した。フッ素の測定値は最大で基準値の120倍。汚染は敷地外にも及んでいた。県が周辺住民の井戸水を調査すると、フッ素やホウ素で基準値超が見られた。フッ素は最大で基準値の4倍。一帯では汚染発覚から2年以上経った今も、ウオーターサーバーで飲料水を賄っている世帯がある。  原因は同事業所がアルミニウムを製錬していた40年以上前に有害物質を含む残渣を敷地内に埋めていたからだ。同事業所がこれまでに行った調査では、敷地内の土壌から生産過程で使用した履歴がないシアン、水銀、セレン、ヒ素が検出された。いずれも基準値を超えている。  対策として昭和電工は、  ①地下水を汲み上げて水位を下げ、汚染源が流れ込むのを防止  ②敷地を遮水壁で囲んで敷地外に汚染水が広がるのを防止  ③地下水から主な汚染物質であるフッ素を除去し、基準値内に収まった「処理水」を下水道や用水路に流す  という三つを挙げている。「処理水」は昨年3月から市の下水道に流しており、1日当たり最大で300立方㍍。一方、用水路への排出量は計画段階で同1500立方㍍だから、主な排水経路は後者になる。  この用水路は会津北部土地改良区が管理する松野左岸用水路(別図)で、その水は農地約260㌶に供給している。同事業所は通常操業で出る水をここに流してきた。  周辺住民や地権者らは処理水排出に反対している。毎年、大雨で用水路があふれ、水田に濁流が流れ込むため、汚染土壌の流入を懸念しているのだ。昨年1月に希硫酸が用水路に流出し、同事業所から迅速かつ十分な報告がなかったことも、昭和電工の管理能力の無さを浮き彫りにした。以降、住民の反対姿勢は明確になった。  昭和電工はなぜ、反対を押しのけてまで用水路への排出を急ぐのか。考えられるのは、公害対策費がかさむことへの懸念だ。  同事業所は市の下水道に1カ月当たり4万5000立方㍍を排水している。使用料金は月額約1200万円。年に換算すると約1億4000万円の下水道料金を払っていることになる(12月定例会の市建設部答弁より)。  昨年9月に行われた住民説明会では、同土地改良区の用水路に処理水排出を強行する方針を打ち明けた。以下は参加した住民のメモ。  《住民より:12月に本当に放流するのか?  A:環境対策工事を実現し揚水をすることが会社の責任であると考えている。それを実現する為にも灌漑用水への排水が最短で効果の得られる方法であると最終的に判断した。揚水をしないと環境工事の効果・低減が図れないことをご理解願いたい。  住民より:全く理解できない! 汚染排水の安全性、納得のいく説明がなされないままの排水は断じて認めることが出来ない。  (中略)  土地改良区との覚書、住民の同意が無ければ排水を認めない。約束を守っていない。  説明が尽くされていないまま時間切れ紛糾のまま終了。再説明会等も予定していない》  昭和電工は住民の録音・撮影や記者の入場を拒否したので、記録はこれしかない。 処理水排出は「公表せず」  「実際は『ふざけるな』とか『話が違う』など怒号が飛びました。昭和電工は記録されたくないでしょうね」(参加した住民)  昭和電工は用水路へ排出するに当たり、管理者の会津北部土地改良区との約束を定めた「覚書」を作成していた。同土地改良区は「周辺住民や地権者の同意を得たうえで流すのが慣例」と昭和電工に住民から同意を取り付けるよう求めたが、これだけ猛反対している住民が「覚書」に同意するはずがない。  同事業所に取材を申し込むと「文書でしか質問を受け付けない」というので、中川尚総務部長宛てにファクスで問い合わせた。  ――会津北部土地改良区との間で水質汚濁防止を約束する「覚書」を作成したが、締結はしているのか。  「会津北部土地改良区との協議状況等につきまして、当社からの回答は差し控えさせていただきます」  同土地改良区に確認すると、  「締結していません。住民からの同意が得られていないので」(鈴木秀優事務局長)  ただ、昭和電工は昨年9月の住民説明会で「12月から用水路に『処理水』を流す」と言っている。同土地改良区としては「覚書」がないと流すことは認められないはずではないかと尋ねると、  「『覚書』が重要というわけではなく、地区の同意を取ってくださいということです。あくまで記録として残しておく書面です。他の地区でも同様の排水は同意があって初めて行われるのが慣例なので、同じように求めました。法律で縛れないにしても、了承を取ってくださいというスタンスは変わりません」(同)  つまり、昭和電工の行為は慣例に従わなかったことになるが、同土地改良区の見解はどうなのか。  「表現としてはどうなんでしょうね。こちらからは申し上げることができない。土地改良区は農業者の団体です。地区の合意を取っていただくのが先例ですから、強く昭和電工に申し入れていますし、今後も申し入れていきます」(同)  これでは、住民同意の要求は見せかけと言われても仕方がない。  直近では昨年10月に昭和電工に口頭で申し入れたという。12月中旬時点では「処理水」を放出したかどうかの報告はなく、「今のところ待ちの状態」という。  同事業所にあらためて聞いた。  ――「処理水」を流したのか。開始した日時はいつか。  「対外的に公表の予定はございません」  処理水放出を公表しないのは住民軽視そのもの。昭和電工の無責任体質には呆れるしかない。 あわせて読みたい 【第1弾】親世代から続く喜多方昭和電工の公害問題 【第2弾】【喜多方市】昭和電工の不誠実な汚染対策 【第3弾】【喜多方市】未来に汚染のツケを回した昭和電工【公害】

  • 【福島】県内農業の明と暗

    【福島】県内農業の明と暗

     「農業で飯を食う」のは簡単なことではない。相手は自然なので計画通り生産できるとは限らないし、国の政策や海外の事情などに翻弄されることもある。農業を取り巻く環境は「厳しい」の一言に尽きる。中でも今、注目されるのは急速に進む酪農家の離農だが、一方で、県内の2022年度の新規就農者数は過去最多を記録。同じ農業でありながら、明暗が入り混じる背景には何があるのか。二つの事象を深掘りする。 離農した高齢酪農家が切実な訴え  「もう無理。だから……やめることにしたよ」  そんな電話が突然、筆者にかかってきたのは昨年11月だった。電話の主は、県北地方で牧場を経営するAさん。20年前に脱サラし、父親が40年続けた酪農を引き継いだ。  この間にはさまざまな困難にも直面した。その一つが2011年に起きた福島第一原発事故だ。大量に放出された放射性セシウムで牛の餌となる牧草が汚染されたことから、酪農家はセシウムを吸収抑制するため牧草地に塩化カリを大量に撒いた。その結果、セシウムは低減したものの、カリ過剰の牧草を食べた牛が死亡する事例が相次いだ。  Aさんの牧場でも10頭の牛が次々と死亡したため、自給牧草の使用をやめ購入牧草に切り替えた。これにより牛が死亡することはなくなったが、今度はその分の購入費が重い負担になった。  これらの責任は、言うまでもなく事故を起こした東電にあるが、Aさんによると「酪農家として納得できる賠償」は行われず、協議がまとまらないと賠償金の支払いは後ろ倒しになった。未払いの間にかかる資金は自分で工面しなければならない不満も重なった(詳細は本誌2016年8月号「カリ過剰牧草で『牛の大量死』発生」参照)。  ただ、そんな困難にも負けず酪農を続けてきたAさんが「やめる」と言うのだから、余程厳しい状況に置かれていたことが想像できる。  12月上旬、久しぶりにAさんの牧場を訪ねると牛は1頭もおらず、ガランとした牛舎には一人で片付けをするAさんの姿があった。  「昨日、最後の1頭を引き取ってもらってね」  と言いながら、Aさんが筆者に見せたのは飼料の請求書だった。8月5日付発行と11月9日付発行の2通ある。見比べて驚いた。わずか3カ月で1・1~1・4倍に値上がりしていたのだ。 戦争と円安で配合飼料単価が急騰  Aさんは2018年と22年の配合飼料単価の推移を月ごとに記録していた(別表の通り)。それを見ると18年はほぼ横ばいだが、22年は夏にかけて大幅に上がっている。18年と22年を比べても、22年は全体的に高くなっている。  「年々値上がりはしていたが、2022年になってロシアによるウクライナ侵攻が始まると価格が一気に上がった。そこに、急激な円安が追い打ちをかけた」(同)  配合飼料はトウモロコシなどの穀物が原料で、主に輸入でまかなわれている。今は世界的な穀物不足で配合飼料の生産量も増えない状況。そこに、ウクライナ侵攻と円安が直撃し、急激な価格高騰を引き起こした。その上がり方は別表2022年の推移からも一目瞭然だ。  Aさんが原発事故以降、自給牧草から購入牧草に切り替えたことは前述した。その購入牧草も主に輸入でまかなわれているが、自給牧草なら少しは餌代を抑えられたのか。  「自分で牧草をつくれば手間ひまがかかるし、機械のリース代や油代もかさむ。結局、つくっても買っても餌代はそれほど変わらなかったと思う」(同)  価格上昇は餌代だけでなく、燃料や電気料金、機械の部品類、タイヤなど、仕事に関わるあらゆる部分に見られた。こうなると、自助努力ではどうにもならない。  「原発事故の賠償金をもらっているうちは何とかなったが、数年前に打ち切られ、その後いろいろな物が値上がりし出すと、あとは〝つくっても赤字〟になった」(同)  Aさんの牧場でも、毎月十数万円ずつ赤字が膨らんでいったという。  こうした酪農家の窮状を受け、国は緊急支援策として経産牛(出産を経験した雌牛)1頭当たり1万円の補助を行うことを決めたが、実際に手元に入るのは2月ごろという。  「今困っているのに、もらえるのが何カ月も先では意味がない。1頭1万円では焼け石に水だしね」(同)  生乳の生産調整のため、乳量が少ない低能力牛を2023年9月までに淘汰すると1頭当たり15万円、10月以降だと同5万円を補助する事業も始まるが、産地では評価する声がある半面、家族同様に育てている牛を淘汰することに抵抗を感じる酪農家は少なくない。「本来取り組むべきは在庫調整ではないか」という批判も多く聞かれる。  その生乳は、卸売り価格が11月出荷分から3年半ぶりの値上げとなる1㌔当たり10円引き上げられ、120円近くになった。  「ただ乳を多く絞るには、その分餌を与えなければならない。でも餌代はどんどん上がっており、餌を多く与えるのは難しい。結局、卸売り価格は上がっても、儲けを見込めるだけの出荷量は出せない」(同)  そもそも卸売り価格が上がるということは、最終的には小売価格に跳ね返るので、ただでさえ牛乳離れが進む中、需要が一段と落ち込むのは避けられない。 「明るい未来が描けない」  県でも、輸入粗飼料を緊急的に購入している酪農家に1㌧当たり最大5000円を補助しているが、月を追うごとに値上がりする中、定額補助では価格上昇分を補填できず、実態を反映した支援とは言い難い。12月補正では配合飼料1㌧当たり2700円を補助する予算を計上し、補助金などの申請手続きを簡素化する支援策も打ち出したが、酪農家からすると〝無いよりはマシ〟というのが本音だろう。  Aさんが廃業を決めたのは昨年4月で、配合飼料単価が高騰し始めたころだが、その時点で既に厳しさを感じていたということは、今も経営を続ける酪農家はもっと厳しい状況にあるということだ。  「私は余計な借金をしていなかったから廃業を決断できた面もある。もし多額の借金があったら、返済を続けるため、やめたくてもやめられなかったと思う」(同)  実際、知り合いの酪農家の中には県の畜産・酪農収益力強化整備等特別対策事業を活用して施設を整備したり機械を導入し、最大2分の1の補助を受けたものの、事業を中止・廃止すると補助金の全部または一部の返還を求められるため、借金を抱えている人と同様、やめたくてもやめられないのだという。地域によってはバター不足を受け、増産に対応しようと施設に投資したのに生乳の生産調整に見舞われ、行き詰まった酪農家もいるという。  「私は補助も受けていなかったので、それほど悩まず廃業を決断できたのは幸いだった」(同)  カリ過剰問題に直面していた時は50頭の牛がいたが、廃業を決断した時点では38頭だった。そのうち5、6頭を食肉用として処分し、山形の酪農家に7頭、宮城の酪農家に5頭、新潟の酪農家に7頭を譲った。残りは家畜商に依頼し家畜市場などで売却したが、価格はピーク時の半額以下で、中には取り引きが成立しなかった牛もいた。  Aさんは67歳。トラクターなど金に換えられるものは売却し、今後は年金を頼りに家族で食べる分だけの畑を耕していく。  「農家は高齢化と後継者不足に直面している。自分もそうで、そのうちやめるだろうとは思っていたが、急激な餌代高騰などで想定よりも早くやめる羽目になった。自分は借金もなく、補助も受けていなかったのですんなりやめられたが、私みたいにどんどんやめていけば国内の生乳はまかなえなくなる。かと言って牧場経営を続けるにも適切な支援がなく、酪農は明るい未来が描けない状況にある。国や県には本気で酪農家を守る気があるのかと言いたい。これでは、将来酪農家になる人なんていませんよ」(同)  県畜産課が作成した資料「福島の畜産2021」によると同年の乳牛飼育頭数は対前年比1・7%減の1万1800頭、酪農家戸数は同5・4%減の283戸、1戸当たりの飼養頭数は同4・0%増の41・7頭だった。飼育頭数も戸数も減っているのに1戸当たりの飼養頭数が増えているのは、廃業した酪農家から譲り受けたためとみられる。  ちなみに震災前の2010年は、乳牛飼育頭数1万7600頭、酪農家戸数567戸、1戸当たりの飼養頭数31・0頭だった。震災前から飼育頭数は3割減り、戸数は実に半減している。  この数値を見ただけでも酪農家の離農の多さが伝わってくるが、餌代高騰の影響が反映される2022年のデータはさらに厳しい数値が並ぶことが予想される。  県畜産課や県酪農業協同組合に取材を申し込んだが、前者は伊達市と飯舘村で発生した鳥インフルエンザへの対応、後者はまさに酪農家への支援に奔走中で、締め切りまでに面談やコメントを寄せるのは難しいとのことだった。  12月5日付の日本農業新聞によると、同紙が全国10の指定生乳生産者団体に生乳の出荷戸数を聞き取った結果、10月末は約1万1400戸と4月末に比べ約400戸(3・4%)減、2021年の同期間の約280戸(2・3%)減よりペースが加速していることが分かった。各団体は飼料高騰による経営悪化を理由に挙げたという。  急速に進む酪農家の離農を止める術は今のところ見当たらない。 県内新規就農者が過去最多のワケ  県内の2022年度(21年5月2日から22年5月1日まで)の新規就農者数が過去最多の334人となった。県によると、現行の調査を始めた1999年度以降で300人を超えたのは初めて。  新規就農者数の推移は別掲のグラフの通り。震災・原発事故の翌年は142人と大きく落ち込んだが、200人台まで回復した後はずっと横ばいが続いていた。  「300人の壁」を突破できた背景には何があったのか。関係者を取材すると、他県にはない就農支援と就農形態の変化が影響していることが見えてきた。  昨年秋に県内5カ所で開かれた就農相談会「ふくしま農業人フェア」は大勢の人で賑わった。県農業担い手課によると、来場者数はいわき会場(10月31日)41人、会津会場(11月6日)41人、県南会場(同12日)22人、県北会場(同13日)77人、県中会場(同20日)133人。どの会場も、担当者と真剣に話し込む来場者の姿があった。  当日県北会場に行っていたという同課の栁沼浩主幹(担い手担当)は次のように話す。  「来場者の年齢層は幅広いが、男女比で言うと女性の方が多い。県北会場には宮城県気仙沼市から来た女性2人もいて、担当者にあれこれ質問していました」  栁沼主幹によると「ふくしま農業人フェア」は2019年度からスタートしたが、この手の相談会を開いている県は少ないという。  「気仙沼から来た女性2人に『なぜ福島の相談会に?』と尋ねると、宮城では相談会をやっておらず、就農したくても情報を得る機会が少ないと言うのです」(同)  もちろん、全く開いていないわけではなく、相談窓口も設けられてはいるが、調べると、県主催で何百人も参加するような相談会を開いているのは、東北地方では福島県と岩手県だけだった。 若者に人気の農業法人お試し就農  さらに、福島県の強みとなっているのが雇用機会を創出するために始めた「お試し就農」だ。新規就農したい人と雇用者を求める農業法人をマッチングし、4カ月間、お試しで就農できる仕組み。就農したい人にとっては、現場の体験はもちろん、労務や人的つながりなど就農に必要な知識と経験を得ることができる。一方、採用してもすぐに辞められてしまうという悩みを抱えていた農業法人にとっては、お試し期間を通じて戦力になるか否かを見定めることができる。その間の人件費は県が負担してくれる点も大きな魅力だ。  「2021年度は30人がお試し就農に臨み、そのうち22人が農業法人に正式採用された。採用率は7割超なので、マッチングは機能していると思います」(同)  新規就農というと、自分で田畑を持ち、資機材を揃え、作物をつくる「自営就農」を思い浮かべがちだ。しかし新規就農者の半分以上は、お試し就農のように、農業法人に就職する「雇用就農」で占められている実態がある。前述した2022年度の新規就農者334人も内訳を見ると、自営就農165人、雇用就農169人となっている。 増える農業法人への就職  JA福島中央会技術常任参与の武田信敏氏はこう説明する。  「自営就農するには農業技術を備えていることはもちろん、土地や資機材などを準備しなければならず、それなりの初期投資がかかるため始めるにはハードルが高い。そこで、まずは農業法人に就職し、技術やノウハウを学びながら資金を準備し、将来の独立(自営就農)を目指す人が増えているのです」  農業法人は、担い手も後継者もいない高齢農業者にとって大きな助けになっており、舞い込む仕事もどんどん増えている。2022年3月現在、県内には農業法人が739法人あり(農地所有適格法人+認定農業者法人-重複する法人で計算)、人手はいくらあっても困らないというから、若者の働き口としても注目が集まっている。  「農業というと土いじりが真っ先に思い浮かぶが、近年はICT技術を導入したスマート農業が普及し、そういう方面は若者の方が長けているから、魅力的な就職先として農業法人が選ばれているのです」(同)  前述した就農形態の変化とは、このことを指しているのだ。  県農業担い手課の栁沼主幹も補足する。  「2022年度の自営就農165人を見ると野菜79人、果樹35人、水稲32人、花き12人、畜産3人、その他4人となっているが、このうち野菜と花きはICT技術を取り入れたハウス栽培が多い。若者にとっては、最先端の技術を用いて新しい農業にチャレンジできることが魅力になっているようです」  そんな自営就農に対しては、開始時のハードルの高さを考慮し、経営が軌道に乗るまでの支援策が用意されている。  例えば農林水産省では、都道府県が認める道府県の農業大学校等の研修機関で研修を受ける就農希望者に月12万5000円(最長2年)を交付する就農準備資金や、新規就農する人に農業経営を始めてから経営が安定するまで月12万5000円(最長3年)を交付する経営開始資金などを設けている。交付を受けるにはさまざまな要件を満たす必要があるが、こうした支援制度は収入が全くない状態から農業経営を始める自営就農者を大きく後押ししている。  「農業=厳しい」というイメージが定着する中、新規就農者が増えているのは喜ばしいことだ。栁沼主幹も「県の取り組みがようやく根付いてきたと思う」と自信を深め、武田氏も「300人の壁を突破できたのは正直嬉しい」と笑顔を見せる。  しかし筆者が気になるのは、新規就農者が増える半面、定着率はどうなっているのかという点だ。  12月1日付の福島民報に、今年3月に福島大学食農学類を1期生として卒業する23歳の男性と22歳の女性が新卒就農するという記事が掲載されたが、その中に《最近5年間の新規就農者のうち約3割が既に離農。いかに定着させるかが課題だ》という一文があった。  新卒者の離職率は業種を問わず年々高まっているので、離農率3割を殊更高いと言う気はないが、新規就農者が過去最多という「明」を紹介するなら、離農率3割の「暗」にも触れないとバランスを欠く。  ただ県農業担い手課の栁沼主幹によると、離農率3割は正確な数値ではないという。  「例えば雇用就農から自営就農に切り替えた人や、親元で就農していた人が独立するなど、就農の形態を変えた人は『いったん離農した』とカウントされるため、実際は離農していない人が多いのです」  県は新規就農者の追跡調査を行っていないため「正確な離農者数は分からない」(同)。ただ、市町村が認定する認定新規就農者の5年後定着率は95・7%(2020年度現在)と高く、他の業種で新卒者の定着率が低いことを考えると、新規就農者は腰を据えて農業に従事していると言っていいのではないか。  「県でも認定新規就農者を全面サポートしており、もし初年度に失敗したら、専門家に依頼して原因を分析し、翌年の農業経営につなげるといった離農を防ぐ取り組みにも注力しています」(同)  JA福島中央会の武田氏も定着率が高い秘密をこう明かす。  「新規就農する人はある種の覚悟を持っている。いざ始めるにはハードルが高いので、生半可な気持ちで取り組む人はいない。だから、すぐに離農する人が少ないのです」  取材を締めくくるに当たり、両氏に今後の課題を尋ねてみた。  栁沼主幹は「新規就農者が300人を超えたとはいえ、あくまで単年度の結果に過ぎない。これを機に、どうやって安定確保につなげていくか、今までの取り組みを充実させつつ、新たな取り組みを模索する必要がある」と語る。  新たな取り組みの一つが、今年度から県内七つの農林事務所に就農コーディネーターを配属したことだ。新規就農者の相談にワンストップで対応し、当人の意向に沿った就農の実現を包括的にサポートしている。  一方、武田氏は「食える農業を実現するため、国の支援だけでなく市町村や地域、地元JAが新規就農者をサポートすることが大切」と指摘する。国の支援はある程度充実してきたが、「市町村や地域の支援にはまだまだ温度差がある」(同)というから、改善次第では新規就農者数はさらに増えていくかもしれない。  東北地方では山形県に次いで新規就農者が多い福島県。新規就農者の中には県外出身者もおり、その増加は移住・定住の促進にもつながる。福島県を就農先として選んでもらえるよう、相談窓口や支援策のさらなる充実が求められる。 あわせて読みたい 【国見町移住者】新規就農奮闘記

  • 【本宮市商工会・本宮LC・本宮RC】子ども食堂に広がる支援の輪

    【本宮市商工会・本宮LC・本宮RC】子ども食堂に広がる支援の輪 

     本宮市商工会(石橋英雄会長)は昨年12月、同市社会福祉協議会と市内の子ども食堂5団体に寄付金や日用品、コメ、食品などを贈呈した。同商工会は、通常業務以外にも社会貢献活動に積極的に取り組んでいる。昨年7月に同社協とフードバンク事業協定を結び、贈呈は今回で2回目。「地域の子どもを元気にしたい」という思いからスタートした支援の輪は徐々に広がり、同商工会の趣旨に賛同した本宮ライオンズクラブ(佐藤仁会長)、本宮ロータリークラブ(佐々木嘉宏会長)が新たに活動に加わった。協賛会員も38事業所に増加しコメ、野菜、寄付金のほか、おもちゃや児童書も贈られた。  贈呈式で石橋商工会長は「この活動も徐々に規模が大きくなってきている。まだまだ知られていない取り組みだったが、マスコミの報道により地元の大きな企業も是非参加させてほしいとの申し込みがあり賛同を得られた。一過性で終わること無く長期間継続し、本宮市だけでなく近隣市町村、福島県全域に活動の輪が広がっていくことに期待したい」と語った。  子ども食堂の代表者は「まだまだ子ども食堂を取り巻く状況は厳しい。調理師など専門家もいるがほとんどがボランティアで構成されている。本当に支援を必要としている人の利用は少ないように思えるが、もっと気軽に声をかけてもらえれば色々な手助けが出来ると思う。スタッフも高齢になって活動も鈍くなっているが地域の賑わいや子どもたちの健康を願って頑張っていきたい」と謝辞を述べた。  別の受贈者は「少人数で活動しているため、自分の活動が本当に役立っているのか、気持ちが落ち込む時もあります。ですが、皆さんの声援と子どもの元気な顔を見ると頑張る力になります」と話した。  日本は子どもの貧困率が年々問題になっている。現場の支援者たちの苦労に地域は支援の輪で報いたい。これからを担う子どもが元気に育ってほしいという思いは誰もが一緒。支援の輪がもっと広まることを願う。  本宮市と同商工会では、経済の落ち込みにもテコ入れをしている。新型コロナ後に第2弾となる30%のプレミアム付き商品券を発行し、2月17日まで利用を受け付けている。今回は1万セット販売した。  参加店は約600店舗。飲食店や小売店以外にも、建設会社、電気設備会社、左官業、板金業なども参加しているので、修理にも使えて便利。迷ったら「この券使えますか」と差し出せばほとんどが受け付けてくれるだろう。せっかく買っても引き出しの奥に眠っているかもしれない。地元経済を回すためにも、使い切ってほしい。

  • 【JAグループリポート2023】創立70周年記念大会で誓い新たに【JA福島女性部協議会】

    【JAグループリポート2023】創立70周年記念大会で誓い新たに【JA福島女性部協議会】

     JA福島女性部協議会は昨年11月11日、福島市のパルセいいざかで創立70周年記念大会を開催した。JA女性部員ら約1000人が参加し、活動をさらに広げていくことを誓い合った。 創立70周年記念大会の様子  大会では10年間の功労者・優良JA女性部の表彰や各JA女性部の情勢報告、フリーアナウンサーの鏡田辰也さんの記念講演などが行われた。  児山京子副会長が開会を告げた後、菅野まゆみ監事の発声で、参加者全員がJA女性組織綱領を唱和した。  千枝浩美会長が「女性部を次世代につなげていくために、部員を増やし、女性組織の輪をさらに広げていきたい」とあいさつした。 千枝浩美JA福島女性部協議会会長  個人表彰では「特別功労者表彰」「功労者表彰」「特別賞」「優秀賞」の13人に千枝会長が表彰状と記念品を手渡した。 組織表彰では「JA女性組織仲間づくり旅行企画表彰」「あなたに届けるJA健康寿命100歳弁当コンテスト」の5組織が表彰を受けた。  表彰後、「特別功労者表彰」を受賞した大川原けい子さんが受賞者を代表して謝辞を述べた。  続いて、井出孝利副知事、管野啓二JA福島五連会長、折笠明憲JA福島県青年連盟委員長が祝辞を述べた。  情勢報告では、鈴木ハル江副会長が「JA福島女性部協議会のあゆみ」を発表した後、各JAの女性部長が動画と写真で、これまでの活動を報告した。さらに「東日本大震災からの復興」として、県内JA女性部の取り組みを報告した。  その後、鏡田さんが記念講演した。鏡田さんは「笑う門には福来る」と題して、アナウンサーになる前から現在までのさまざまな出来事についてユーモアを交えながら講演。会場は部員らの笑い声に包まれた。  最後に、中根まり子監事が読み上げた6つの項目の「申し合わせ」を採択した。  同協議会は、これまでJAや地域の人々と連携し、人々の命を育む食と農への理解を広げ、誰もが安心して暮らせる豊かな地域社会の実現に向けて活動してきた。  この大会を通してこれまでの歩みを振り返るとともに、女性部活動に誇りと自信を持つことを共有し、今後も人々の心豊かな暮らしを守っていく考えだ。 JA福島中央会が運営するJAグループ福島のホームページ あわせて読みたい 【JA福島五連】管野啓二会長インタビュー

  • 鏡田辰也アナウンサー「独立後も福島で喋り続ける」

    鏡田辰也アナウンサー「独立後も福島で喋り続ける」

     ラジオ福島の名物アナウンサー・鏡田辰也さん(58)が9月末で退社し、フリーアナウンサーとして独立した。大きな節目を迎えたタイミングで、アナウンサー人生と独立の理由について語ってもらった。  かがみだ・たつや 1964年2月生まれ。広島県出身。東洋大卒。1988年にラジオ福島入社。2002年にギャラクシー賞DJパーソナリティー賞受賞。TUF「ふくしまSHOW」にも出演。9月末、ラジオ福島を退社し、フリーアナウンサーとなった。  「テレビ出演時、顔にメイクをしたら、お肌に異変を感じたんです。深刻な病気かと思い、すぐ皮膚科に相談したら、『老人性イボですね』と言われて終わりでした。ワハハ」  ラジオからにぎやかな笑い声が流れる。平日13時から16時、ラジオ福島で放送されている生ワイド番組「Radio de Show(ラジオでしょう)」の一幕だ。  マイクの前に座るのは水・木曜日担当の鏡田辰也さん。〝カガちゃん〟の愛称で知られ、同社で30年以上喋り続ける人気アナウンサーだ。  冒頭のようなエピソードを話しつつ、番組に訪れるゲストの話も引き出し、リスナーから寄せられたメールを逐一紹介して話を広げていく。  同社のスタジオはすべて一人で操作する「ワンマンコントロール」。生ワイドはやることが多いので、制作ディレクターが1人付いているが、CMまでの時間管理や放送機材操作は基本的に鏡田さんが担う。ほぼ1人で番組を進行しているわけ。  驚かされるのはトーク内容に関する台本すら全く用意していないということだ。 3時間の生ワイド放送中はトークしながら試食も担当し、放送機材(写真下)も操作するなど大忙し  「時間になったらマイクの前に座って話すだけ。典型的な『アドリブ派』です。昔から読書と映画が好きで、自宅には数百冊の蔵書と大量のブルーレイ・DVDがあります。それらの〝引き出し〟があるからよどみなく話せるのかもしれません」  その能力を生かし、ラジオDJのほか、講演会、イベント、結婚式のMC(司会)なども数多く務めてきた。2020年には、テレビユー福島で毎週水曜夜7時から放送されている地域情報バラエティー番組「ふくしまSHOW」のMCに起用された。他局ではニュースや人気バラエティー番組が放送されている時間帯だが、視聴率は好調で、「『いつもテレビ見ています』と声をかけてくれる方が多くなりました」と笑う。  1964(昭和39)年2月5日、広島県広島市生まれ。実家はJR広島駅前で宿泊業を営む。小さいころから一人で喋り続け、周りの大人からは「客商売向きだ」、「よしもと新喜劇に行け」と言われていた。  東京に行きたくて東洋大に進学。3年生のとき、大学生協の購買部で「東京アナウンスアカデミー」というアナウンス専門学校のチラシが目に入った。「家業を継ぐ前に、きれいな日本語を身に付けるのもいいかも」。気軽な気持ちで入校し、アナウンス技術を学ぶうち、「広島に帰る前に、何年かアナウンサーをやってみたい」と思うようになった。 4年目に迎えた転機  就職活動本番。全国のテレビ・ラジオ局を30社ぐらい受けたが全滅した。既卒となると採用のハードルがさらに上がるため、〝自主留年〟して、翌年も就職活動に再挑戦したが、すべて落ちた。  あきらめて他業種に就職するつもりだったが、2月になって、専門学校から「ラジオ福島で欠員募集が出た」と連絡が入った。ラジオ福島はは2年連続で入社試験に落ちていた。あきらめ半分で試験に臨んだところ、まさかの「内定」が出た。  〝滑り込み〟で始まったアナウンサー人生だったが、入社直後も苦難が続いた。  「先輩方から『暗い』、『笑い方が変』と毎日注意を受け、自社制作CMには『鏡田以外で』と指定が入ったほど。笑うこと、話すことがうまくできなくなり、いつも下を向いて歩いていました。任される仕事は時刻告知や列車情報を読み上げるぐらいで、中継や番組には使ってもらえませんでした」  転機となったのは入社4年目。JR福島駅前からの中継を任されたとき、スタジオにいる先輩アナウンサーから「そこで美空ひばりの曲を歌って」と〝無茶振り〟された。思い切って「真赤な太陽」を歌ったら、思いがけず観衆から拍手をもらった。  「たとえ自信が無くても一生懸命やる姿を見せることが大事なのか」。鏡田さんの中で何かが吹っ切れた。  「笑う門には福来る」をモットーに、気取らずに笑って話すことを心掛けた。しばらくすると、夜11時から放送されていた「rfcロックトーナメント」という若者向けの音楽番組を任されるようになった。  自分の好きなアーティストの応援ハガキを送り、その数でランキングが決まるシステムが売りだった。当初こそ前任の女性アナと比較されたが、気取らない鏡田さんのキャラはすぐリスナーに受け入れられた。何より音楽を好んで聞いていた鏡田さんに打ってつけの内容だった。番組には毎月5000通ものハガキが寄せられた。  音楽関係者も注目するようになり、ビッグアーティストが東北でPRキャンペーンを展開するとき、番組を訪れるようになった。  入社7年目の1995年4月には、鏡田さんをメーンMCとするお昼の生ワイド番組「かっとびワイド」がスタートした。  曜日ごとに選ばれた相手役のパーソナリティーはいずれも曲者ぞろい。思ったことは何でも口にする昭和2年生まれの「ハッピーチエちゃん」こと二宮チエさん。豪快なトークが持ち味の演歌歌手・紅晴美さん。鏡田さんの私生活も容赦なくネタにするお笑いコンビ・母心(ははごころ)。  そんなメンバーからの厳しい〝ツッコミ〟に対し、鏡田さんが変幻自在のトークで「笑い」にして返す。にぎやかで予測不能な掛け合いが評判を集め、同社の看板番組となった。その後タイトルを変えながら、25年以上にわたり放送され続けている。  「『鏡田さんの笑い声を聞くと元気が出る』というお便りをたくさんいただきました。私にとっては宝物で、いまも大切に保管してあります」  同番組でのトークが評価され、2002(平成14)年には、放送批評懇談会が主催するギャラクシー賞のDJパーソナリティー賞を、地方局のAMラジオアナウンサーとして初めて受賞した。  2005(平成17)年には、TBSをはじめとするJNN・JRN系列各局の優秀なアナウンサーに与えられる「アノンシスト賞」のラジオフリートーク部門で最優秀賞を受賞。就職活動も新人時代も〝落ちこぼれ〟だった鏡田さんが、全国に認められるアナウンサーとなった。 退社を決断した理由  一方で挫折もあった。東日本大震災・東京電力福島第一原発事故発生直後には、深刻な状況に直面して何も喋れなくなった。3・11から5日後、上司である大和田新アナウンサー(当時)に退職を申し出た。大和田さんにはこう励まされた。  「今はつらいかもしれないけれど、福島県が鏡田の声を必要とするときがきっと来る。それがいつなのか約束できないけど、いまは歯を食いしばって頑張ってくれ」  同社では発災時から350時間にわたりCMをカットして連続生放送を行った。鏡田さんもスタジオに入り、情報を伝え続けた。必死過ぎてそのときの記憶はほとんど残っていないという。  ただ同年5月、郡山市内のホテルで震災・原発事故後初めて開かれたイベントはよく覚えている。紅晴美さんや母心とのイベントに多くのリスナーが集まった。その姿を見て、イベント開始直後から涙が止まらなくなった。これからも自分にしかできない明るい放送をリスナーに届け続けよう――そう決意した。  そんな鏡田さんがこの秋、大きな決断をした。定年退職前にラジオ福島を退社し、フリーアナウンサーとなったのだ。  「4月に編成局長を任されたが、局長職業務を完璧にこなしながら、放送やイベントの仕事をいままで通り続けるのは、自分には難しいと感じました。しばらく考えた結果、アナウンサーとしての仕事を自分のペースで続けたい、という思いが勝った。そのため、会社と話し合って退職を決めました。おかげさまで独立後もラジオ・テレビのレギュラー番組は継続させていただいています」  卓越したMCスキルとアナウンス技術、30年以上の経験、幅広い人脈……これらを備えたアナウンサーは全国でもまれで、一層の活躍が期待されるが、鏡田さんはこう語る。  「ラジオは喋り手が身近な存在に感じられるし、スマホでも聞ける。さらには『ながら聞き』できるなど大きな可能性を秘めている。これからもラジオに関わり続けたいし、テレビでは地域密着型番組も担当しているので、明るい放送で福島県を盛り上げていきたい」  今日もスピーカーから明るい笑い声が流れてきた。太陽のような〝カガちゃん〟の存在が福島県を明るく照らし続ける。 あわせて読みたい 【櫻井・有吉THE夜会で紹介】車中泊×グルメで登録者数10万人【戦力外110kgおじさん】

  • 南東北病院「移転」にゼビオが横やり

    南東北病院「移転」にゼビオが横やり

     県は2022年11月8日、郡山市富田町の旧農業試験場跡地を売却するため条件付き一般競争入札を行い、総合南東北病院を運営する脳神経疾患研究所(郡山市、渡辺一夫理事長)など5者でつくる共同事業者が最高額の74億7600万円で落札した。同研究所は南東北病院をはじめ複数の医療施設を同跡地に移転させ、2027年度をめどに開設する計画。  同跡地はふくしま医療機器開発支援センターに隣接し、同市が医療機器関連産業の集積を目指すメディカルヒルズ郡山構想の対象地域になっている。そうした中、同研究所が2021年8月、同跡地に移転すると早々に発表したため、入札前から「落札者は同構想に合致する同研究所で決まり」という雰囲気が漂っていた。自民党の重鎮・佐藤憲保県議(7期)が裏でサポートしているというウワサも囁かれた。  ところが2022年夏ごろ、「ゼビオが入札に参加するようだ」という話が急浮上。予想外のライバル出現に同研究所は慌てた。同社はかつて、同跡地にトレーニングセンターやグラウンド、研究施設などを整備する計画を密かに練ったことがある。  ある事情通によると「ゼビオはメディカルヒルズ郡山構想に合致させるため、スポーツとリハビリを組み合わせた施設を考えていたようだ」。しかし、入札価格が51億5000万円だったため、同社は落札には至らなかった。ちなみに県が設定した最低落札価格は39億4000万円。  同研究所としては、本当はもっと安く落札する予定が、ゼビオの入札参加で想定外の出費を強いられた可能性がある。 あわせて読みたい 【郡山】南東北病院「県有地移転案」の全容

  • 【喜多方市】未来に汚染のツケを回した昭和電工【公害】

    【第3弾】【喜多方市】未来に汚染のツケを回した昭和電工

     昭和電工は2023年1月に「レゾナック」に社名変更する。高品質のアルミニウム素材を生産する喜多方事業所は研究施設も備えることから、いまだ重要な位置を占めるが、グループ再編でアルミニウム部門は消え、イノベーション材料部門の一つになる。土壌・地下水汚染対策に起因する2021年12月期の特別損失約90億円がグループ全体の足を引っ張っている。井戸水を汚染された周辺住民は全有害物質の検査を望むが、費用がかさむからか応じてはくれない。だが、不誠実な対応は今に始まったことではない。事業所は約80年前から「水郷・喜多方」の湧水枯渇の要因になっていた。 社名変更しても消えない喜多方湧水枯渇の罪  「昭和電工」から「昭和」の名が消える。2023年1月に「レゾナック」に社名変更するからだ。2020年に日立製作所の主要子会社・日立化成を買収。世界での半導体事業と電気自動車の成長を見据え、エレクトロニクスとモビリティ部門を今後の中核事業に位置付けている。社名変更は事業再編に伴うものだ。  新社名レゾナック(RESONAC)の由来は、同社ホームページによると、英語の「RESONATE:共鳴する、響き渡る」と「CHEMISTRY:化学」の「C」を組み合せて生まれたという。「グループの先端材料技術と、パートナーの持つさまざまな技術力と発想が強くつながり大きな『共鳴』を起こし、その響きが広がることでさらに新しいパートナーと出会い、社会を変える大きな動きを創り出していきたいという強い想いを込めています」とのこと。  新会社は「化学の力で社会を変える」を存在意義としているが、少なくとも喜多方事業所周辺の環境は悪い方に変えている。現在問題となっている、主にフッ素による地下水汚染は1982(昭和57)年まで行っていたアルミニウム製錬で出た有害物質を含む残渣を敷地内に埋め、それが土壌から地下水に漏れ出したのが原因だ。  同事業所の正門前には球体に座った男の子の像が立つ=写真。名前は「アルミ太郎」。地元の彫刻家佐藤恒三氏がアルミで制作し、1954(昭和29)年6月1日に除幕式が行われた。式当日の写真を見ると、着物を着たおかっぱの女の子が白い布に付いた紐を引っ張りお披露目。工場長や従業員とその家族、来賓者約50人がアルミ太郎と一緒に笑顔で写真に納まっていた。アルミニウム産業の明るい未来を予想させる。 喜多方事業所正門に立つ像「アルミ太郎」  2018年の同事業所CSRサイトレポートによると「昭和電工のアルミニウムを世界に冠たるものにしたい」という当時の工場幹部及び従業員の熱い願いのもと制作されたという。「アルミ太郎が腰掛けているのは、上記の世界に冠たるものにしたいという思いから地球を模したものだといわれています」(同レポート)。  同事業所は操業開始から現在まで一貫してアルミニウム関連製品を生産している。それは戦前の軍需産業にさかのぼる。 誘致当初から住民と軋轢  1939(昭和14)年、会津地方を北流し、新潟県に流れる阿賀川のダムを利用した東信電気新郷発電所の電力を使うアルミニウム工場の建設計画が政府に提出された。時は日中戦争の最中で、軽量で加工しやすいアルミニウムは重要な軍需物資だった。発電所近くの喜多方町、若松市(現会津若松市)、高郷村(現喜多方市高郷町)、野沢町(現西会津町野沢)が誘致に手を挙げた。喜多方町議会は誘致を要望する意見書を町に提出。町は土地買収を進める工場建設委員会を設置し、運搬に便利な喜多方駅南側の一等地を用意したことから誘致に成功した。  喜多方市街地には当時、あちこちに湧水があり、住民は生活用水に利用していた。電気に加え大量の水を使うアルミニウム製錬業にとって、地下に巨大な水がめを抱える喜多方は魅力的な土地だった。  誘致過程で既に現在につながる昭和電工と地域住民との軋轢が生じていた。土地を提供する豊川村(現喜多方市豊川町)と農民に対し、事前の相談が一切なかったのだ。農民・地主らの反対で土地売買の交渉は思うように進まなかった。事態を重く見た県農務課は経済部長を喜多方町に派遣し、「国策上から憂慮に堪えないので、可及的にこれが工場の誘致を促進せしめ、国家の大方針に即応すべきであることを前提に」と喜多方町長や豊川村長らに伝え、県が土地買収の音頭を取った。  近隣の太郎丸集落には「小作農民の補償料は反当たり50円」「水田反当たり850~760円」払うことで折り合いをつけた。高吉集落の地主は補償の増額を要求し、決着した。(喜多方市史)。  現在の太郎丸・高吉第一行政区は同事業所の西から南に隣接する集落で、地下水汚染が最も深刻だ。汚染が判明した2020年から、いまだに同事業所からウオーターサーバーの補給を受けている世帯がある。さらには汚染水を封じ込める遮水壁設置工事に伴う騒音や振動にも悩まされてきた。ある住民男性は「昔からさまざまな我慢を強いられてきたのがこの集落です。ですが、希硫酸流出へのずさんな対応や後手後手の広報に接し、今回ばかりは我慢の限界だ」と憤る。  実は、公害を懸念する声は誘致時点からあった。耶麻郡内の農会長・町村会長(喜多方町、松山村、上三宮村、慶徳村、豊川村、姥堂村、岩月村。関柴村で構成)は完全なる防毒設備の施工や損害賠償の責任の明確化を求め陳情書を提出していた。だが、対策が講じられていたかは定かではない(喜多方市史)。 喜多方事業所を南側から撮った1995年の航空写真(出典:喜多方昭寿会「昭和電工喜多方工場六十年の歩み」)。中央①が正門。北側を東西にJR磐越西線が走り、市街地が広がる。駅北側の湧水は戦前から枯れ始めた。写真左端の⑰は太郎丸行政区。  記録では1944(昭和19)年に初めてアルミニウムを精製し、汲み出した。だが戦争の激化で原料となるボーキサイトが不足し、運転停止に。敗戦後は占領軍に操業中止命令を食らい、農園を試行した時期もあった。民需に転換する許可を得て、ようやく製錬が再開する。  同事業所OB会が記した『昭和電工喜多方工場六十年の歩み』(2000年)によると、アルミニウム生産量はピーク時の1970(昭和45)年には4万2900㌧。それに伴い従業員も増え、60(昭和35)~72(昭和47)年には650~780人を抱えた。地元の雇用に大きく貢献したわけだ。  喜多方市史は数ある企業の中で、昭和30年代の同事業所を以下のように記している。  《昭和電工(株)喜多方工場は、高度経済成長の中で着実な成長を遂げ、喜多方市における工場規模・労働者数・生産額ともに最大の企業となった。また喜多方工場が昭和電工㈱内においてもアルミニウム生産の主力工場にまで成長した》  JR喜多方駅の改札は北口しかないが、昭和電工社員は「通勤者用工場専用跨線橋」を渡って駅南隣の同事業所に直接行けるという「幻の南口」があった。喜多方はまさに昭和電工の企業城下町だった。  だが石油危機以降、アルミニウム製錬は斜陽になり、同事業所も規模を縮小し人員整理に入った。労働組合が雇用継続を求め、喜多方市も存続に向けて働きかけたことから、アルミニウム製品の加工場として再出発し、現在に至る。  同事業所が衰退した昭和40年代は、近代化の過程で見過ごされてきた企業活動の加害が可視化された「公害の時代」だ。チッソが引き起こした熊本県不知火海沿岸の水俣病。三井金属鉱業による富山県神通川流域のイタイイタイ病。石油コンビナートによる三重県の四日市ぜんそく。そして昭和電工鹿瀬工場が阿賀野川流域に流出させたメチル水銀が引き起こした新潟水俣病が「四大公害病」と呼ばれる。 ※『昭和電工喜多方工場六十年の歩み』と同社プレスリリースなどより作成  同じ昭和電工でも、喜多方事業所は無機化学を扱う。同事業所でまず発覚した公害は、製錬過程で出るフッ化水素ガスが農作物を枯らす「煙害」だった。フッ化水素ガスに汚染された桑葉を食べた蚕は繭を結ばなくなり、明治以来盛んだった養蚕業は昭和20年代後半には壊滅したという。  もっとも、養蚕は時代の流れで消えゆく定めだった。同事業所が地元に雇用を生んだという意味では、プラスの面に目を向けるとしよう。それでも煙害は、米どころでもある喜多方の水稲栽培に影響を与えた。周辺の米農家は補償をめぐり訴訟を繰り返してきた。前述・アルミ太郎が披露された1954年には「昭電喜多方煙害対策特別委員会」が発足。希望に満ちた記念撮影の陰には、長年にわたる住民の怒りがあった。 地下水を大量消費  フッ化水素ガスによる農産物への被害だけでなく、同事業所は地下水を大量に汲み上げ、湧水枯渇の一因にもなっていた。「きたかた清水の再生によるまちづくりに関する調査研究報告書」(NPO法人超学際的研究機構、2007年)は、喜多方駅北側の菅原町地区で「戦前から枯渇が始まり、市の中心部へ広がり、清水の枯渇が外縁部へと拡大していった」と指摘している。06年10月に同機構の研究チームが行ったワークショップでは、住民が「菅原町を中心とした南部の清水も駅南のアルミ製錬工場の影響で枯渇した」と証言している。同事業所を指している。  研究チームの座長を務めた福島大の柴﨑直明教授(地下水盆管理学)はこう話す。  「調査では喜多方の街なかに住む古老から『昭和電工の工場が水を汲み過ぎて湧水が枯れた』という話をよく聞きました。アルミニウム製錬という業種上、戦前から大量の水を使っていたのは事実です。豊川町には同事業所の社宅があり、ここの住人に聞き取りを行いましたが、口止めされているのか、勤め先の不利益になることは言えないのか、証言する人はいませんでした」  地下水の水位低下にはさまざまな要因がある。柴﨑教授によると、特に昭和40年代から冬季の消雪に利用するため地下水を汲み上げ、水位が低下したという。農業用水への利用も一因とされ、これらが湧水枯渇に大きな影響を与えたとみられる。   ただし、戦前から湧水が消滅していたという証言があることから、喜多方でいち早く稼働した同事業所が長期にわたって枯渇の要因になっていた可能性は否めない。ワークショップでは「地下水汚染、土壌汚染も念頭に置いて調査研究を進めてほしい」との声もあった。  この調査は、地下水・湧水が減少傾向の中、「水郷・喜多方」を再認識し、湧水復活の契機にするプロジェクトの一環だった。喜多方市も水郷のイメージを生かした「まちおこし」には熱心なようだ。  2022年10月には、市内で「第14回全国水源の里シンポジウム」が開かれた。同市での開催は2008年以来2度目。実行委員長の遠藤忠一市長は「水源の里の価値を再確認し、水源の里を持続可能なものとする活動を広げ、次世代に未来をつないでいきたい」とあいさつした(福島民友10月28日付)。参加者は、かつて湧水が多数あった旧市内のほか、熱塩加納、山都、高郷の各地区を視察した。 「水源の里」を名乗るなら 昭和電工(現レゾナック)  昭和電工は戦時中の国策に乗じて喜多方に進出し、アルミニウム製錬で出た有害物質を含む残渣を地中に埋めていた。「法律が未整備だった」「環境への意識が希薄だった」と言い訳はできる。だが「喜多方の水を利用させてもらっている」という謙虚な気持ちがあれば、周辺住民の「湧水が枯れた」との訴えに耳を傾けたはずで、長期間残り続ける有害物質を埋めることはなかっただろう。喜多方の水の恩恵を受けてきた事業者は、酒蔵だろうが、地元の農家だろうが、東京に本社がある大企業だろうが、水を守る責任がある。昭和電工は奪うだけ奪って未来に汚染のツケを回したわけだ。  喜多方市も水源を守る意識が薄い。遠藤市長は「水源の里を持続可能なものとする活動を広げる」と宣言した。PRに励むのは結構だが、それは役所の本分ではないし得意とすることではない。市が「水源の里」を本当に守るつもりなら、果たすべきは公害問題の解決のために必要な措置を講じることだ。   住民は、事業所で使用履歴のない有害物質が基準値を超えて検出されていることから、土壌汚染対策法に基づいた地下水基準全項目の調査を求めている。だが、汚染源の昭和電工は応じようとしない。膠着状態が続く中、住民は市に対し昭和電工との調整を求めている。市長と市議会は選挙で住民の負託を受けている。企業の財産や営業の自由は守られてしかるべきだが、それよりも大切なのは市民の健康と生活を守ることではないか。 あわせて読みたい 【第1弾】親世代から続く喜多方昭和電工の公害問題 【第2弾】【喜多方市】昭和電工の不誠実な汚染対策 【第4弾】【喜多方市】処理水排出を強行する昭和電工 【第5弾】土壌汚染の矮小化を図る昭和電工【喜多方市】

  • 【 浪江町社会福祉協議会 】パワハラと縁故採用が横行 浪江町社協が入る「ふれあいセンターなみえ」

    浪江町社会福祉協議会】パワハラと縁故採用が横行

     浪江町社会福祉協議会が、組織の統治・管理ができないガバナンス崩壊にある。一職員によるパワハラが横行し、休職者が出たが、事務局も理事会も対処できず指導力のなさを露呈。事務局長には縁故採用を主導した疑惑もあり、専門家は「福祉という公的な役割を担う組織のモラル崩壊は、サービスを受ける住民への不利益につながる」と指摘する。 ガバナンス崩壊で住民に不利益  2022年6月、浪江町に複合施設「ふれあいセンターなみえ」がオープンした。JR浪江駅に近く、帰還した町民の健康増進や地域活性化を図る役割が期待されている。敷地面積は約3万平方㍍。デイサービスなどの福祉事業を担うふれあい福祉センターが入所し、福祉関連の事業所が事務所を置いている。福祉センター以外にも、壁をよじ登るボルダリング施設や運動場、図書室がある。 福祉センターは社会福祉法人の浪江町社会福祉協議会(浪江町社協)が指定管理者を務めている。業務を開始して3カ月以上が経った福祉センターだが、ピカピカの新事務所に職員たちは後ろめたさを感じていた。開設に尽力した人物が去ってしまったからだ。 「指定管理者認定には、40代の男性職員が町と折衝を重ねてきました。今業務ができるのも彼の働きがあってこそです。ところが、彼はうつ病と診断され休職しています。10月に辞めると聞きました。今は代わりに町職員が出向しています。病気の理由ですか? 事務局の一職員からのパワハラがひどいんです。これは社協の職員だったら誰もが知っていることです」(ある職員) パワハラの実態に触れる前に、浪江町社協が町の代わりに住民の福祉事業の実務を担う公的な機関であることを明らかにせねばならない。それだけ役割が重要で、パワハラが放置されれば休職・退職者が続出し、せっかく帰還した住民に対するサービス低下も免れないからだ。 社協は福祉事業を行う社会福祉法人の形態の一つ。社会福祉法人は成り立ちから①民設民営、②公設民営、③公設公営の三つに分けられ、社協は国や行政が施設を建設し、運営委託する点で③に含まれる。職員も中枢メンバーは設置自治体からの出向が多く、行政の外郭団体である。 浪江町社協の2021年度の資金収支計算書では、事業活動収入は計2億2400万円。うち、最も多いのが町や県からの受託金収入で1億5300万円(約68%)。次が町などからの補助金で4460万円(約19%)となっている。22年度の町の予算書によると、同社協には3788万円の補助金が交付されている。法人登記簿によると、同社協は1967(昭和42)年に成立。資産の総額は4億7059万円。現在の理事長は栃本勝雄氏(浪江町室原)で2022年6月20日に就任した。 前理事長は吉田数博前町長(同町苅宿)が兼ねていた。予算上も人員上も自治体とは不可分の関係から、首長が理事長を務めるのは小規模町村では珍しくない。吉田前町長も慣例に従っていた(2022年5月の町議会第2回臨時会での吉田数博町長の答弁より)。ただ、首長が自治体と請負契約がある法人の役員に就くことを禁じた地方自治法第142条に反するおそれがあり、社会福祉法人としての独立性を保つ観点から、近年、自治体関係者は役員に就かせない流れにある。同社協も吉田数博町長が引退するのに合わせ、2022年度から理事長を町長以外にした。 同社協の本所は前述・福祉センター内にある浪江事務所。原発災害からの避難者のために福島市、郡山市、いわき市に拠点があり、東京にも関東事務所を置く。職員は震災後に増え、現在は50人ほどいる。 事務局長「職員からの報告はない」 【浪江町】複合施設「ふれあいセンターなみえ」  問題となっているパワハラの加害者は、浪江事務所に勤める女性職員だという。この女性職員は、会計を任されていることを笠に着て同僚職員を困らせているようだ。例えば、職員が備品の購入や出張の伺いを立てる書面を、上司の決裁を得て女性職員に提出しても「何に必要なのか」「今は購入できない」などの理由を付けて跳ね返すという。人格を否定する言葉で罵倒することもあるそうだ。 一方で、女性職員は自分の判断で備品を購入しているという。ある職員は、女性職員のデスクの周りを見たら、新品の機器が揃えられていたことに唖然とした。 「彼女は勤務年数も浅いし、役職としては下から数えた方が早いんです。会計担当とはいえ、自由にお金を使える権限はありません。でも高圧的な態度を取られ、さらには罵倒までされるとなると、標的にはなりたくないので、誰も『おかしい』とは言えなくなりますね。発議を出すのが怖いと多くの職員が思っています」(ある職員) 職員たちは職場に漂う閉塞感を吐露する。休職・退職が相次ぎ、現場の負担が増した時があった。当時は「あと1人欠けたら職場が回らなくなる」との思いで出勤していたという。次第に女性職員の逆鱗に触れず一日が終わることが目的になった。「いったい私たちは誰をケアしているんでしょうね」と悲しくなる時がある。 休職し、退職を余儀なくされた男性職員は女性職員より上の役職だ。しかし、女性職員から高圧的な態度を取られ、部下からは「なぜ指導できないのか」と突き上げを食らい、板挟みとなった。この男性職員を直撃すると、 「2021年春ごろから体に異変が起こり、不眠が続くようになりました。心療内科の受診を勧められ、精神安定剤と睡眠導入剤を処方されるようになり、今も通院しています」(男性職員) 心ない言葉も浴びせられた。 「2022年春に子どもの卒業式と入学式に出席するため有給休暇を取得しました。その後、出勤すると女性職員から『なんでそんなに休むの?』と聞かれ『子どもの行事です』と答えると『あんた、父子家庭なの?』と言われました」(同) 子どもの行事に出席するのに母親か父親かは関係ない。他人が家庭の事情に言及する必要はないし、女性職員が嫌味を言うために放った一言とするならば、ひとり親家庭を蔑視している表れだろう。そもそも、有給休暇を取得するのに理由を明らかにする必要はない。 筆者は浪江事務所を訪ね、鈴木幸治事務局長(69)=理事も兼務=にパワハラへの対応を聞いた。 ――パワハラを把握しているか。 「複数の職員から被害の訴えがあったと聞いてびっくりしています。そういうことがあるというのは一切聞いていません」 ――ある職員は鈴木事務局長に直接被害を申し出、「対応する」との回答を得たと言っているが。 「その件は、県社会福祉協議会から情報提供がありました。全事務所の職員に聞き取りをしなくてはならないと思っています」 ――パワハラを把握していないという最初の回答と食い違うが。 「パワハラを受けたという職員からの直接の報告は1人もいないということです。県社協からは情報提供を受けました。聞き取りをしますと職員たちには伝えました」 ――調査は行ったのか。 「まだです。前の事務所から移ったばかりなので。落ち着くまで様子を見ている状況です」 加害者として思い当たる人物はいるかと尋ねると、「パワハラは当事者同士の言葉遣い、受け取り方によりますが、厳しい言い方があったのは確かで私も注意はしました。本人には分かってもらえたと思っています」と答えた。 本誌は栃本勝雄理事長と吉田数博前理事長にパワハラを把握していたかについて質問状を送ったが、原稿締め切りまでに返答はなかった。 「事務局長や理事長の責任放棄」  専門家はどう見るのか。流通科学大(神戸市)の元教授(社会福祉学)で近著に『社協転生―社協は生まれ変われるのか―』がある塚口伍喜夫氏(85)は「パワハラ」で収まる問題ではないという。 「役職が下の職員が上司の決裁を跳ねのけているのなら、決裁の意味が全くないですよね。個人のパワハラというよりも、組織が機能していない方がより問題だと思います。改善されていないのであれば事務局長や理事長の責任放棄です」 加えて、社協においても組織のガバナンス(管理・統治)の重要性を訴える。 「組織のガバナンスとは、任されている立場と仕事を果たすための環境を保持していくことです。業務から私的、恣意的なことを排除し、利用者に最上のサービスを提供することが大切です」(塚口氏) 事実、浪江町社協の職員たちはパワハラの巻き添えを食らわないよう自分のことに精いっぱいだ。利用者の方を向いて100%の仕事ができている状況とは言えない。 事務局長と理事長の対応に実効性がないことは分かったが、鈴木事務局長をめぐっては「別の問題」が指摘されている。縁故採用疑惑だ。 複数の職員によると、鈴木事務局長は知人の子や孫を、知人の依頼を受け積極的に職員に採用しているという。これまでに4人に上る。知人をつてに、人手不足の介護士や看護師などの専門職をヘッドハンティングしているなら分かるが、全員専門外で事務職に就いている。職員によると、採用を決めてから仕事を探して割り振るという本末転倒ぶりだ。 疑惑は親族にまで及んだ。前理事長の吉田前町長の元には、2022年度初めに「鈴木事務局長が義理の弟を関東事務所の職員に据えているのはどういうことか」と告発する手紙が届いたという。当初は義弟が所有する茨城県内の物件を間借りして関東事務所にする案もあったとの情報もある。義兄が事務局長(理事)を務める社協から、義弟に賃料が払われるという構図だ。 しかし、鈴木事務局長は「縁故採用はない」と否定する。 「職員を募集しても、福祉施設には応募が少ない。『来てくれれば助かるんだが』と話し、『家族と相談して試験を受けるんだったら受けるように』と言っただけです」 ――事務職は不足しているのか。 「町からの委託事業が多いので、それに伴った形で採用しています。正職員ではありません。なかなか応募がないので、知り合いを頼って人材を集めるのが確実です。募集もハローワークを通して、面接も小論文も必ず私以外の職員を含めた3人で行います。ですから、頼まれたから採用したというのは違います」 社協の意思決定は吉田前理事長を通して行ってきたと言う。 「やっていいかどうかの判断は私でもできます。一人で決めているわけではないです。別の職員の反対を押し切ることはありません。『ここの息子さんです』『あそこのお孫さんです』ということはすべて吉田前理事長に前もって説明していました。私が勝手にやったことは一度もありません」 ――介護士や看護師などの専門職は人手不足だが、その職種の採用を進めることはなかったのか。 「それはしていません。その時は介護士が必要な仕事を町から請け負ってなかったので、そもそも必要なかったのです。7月からデイサービス施設などを開所したことにより、介護士が必要になりました。ただ、そのような(縁故採用)指摘を受けたことの重大性は認識しており、個人的に応募を呼び掛けるのは控えるつもりです」 ――親族の採用については。 「試験を受けてもらい、復興支援員として関東事務所に配置しています。募集をかけても人が集まらない中、妻の弟が仕事を辞めたと聞き、『試験を受けてみないか』と打診しました。一方的に採用したわけではなく、私以外の職員2人による面接で選びました」 ――公募期間はいつからいつまでだったのか。 「なかなか集まらなかったので、長い期間募集していました。ただ、町からは『急いで採用してほしい』と言われていました。詳しい期間は調べてみないと分かりません」 「縁故採用は組織の私物化の表れ」  親族が所有する物件への関東事務所設置疑惑については、 「義弟が茨城県取手市で物件を管理しているので、いい物件が見つからない場合は、そこに置くのも一つの方法だな、と。ただ、それはやっていません」 ――交通の便が良い都心の方が避難者は利用しやすいのでは。 「関東に避難している方は茨城県在住の方が多いんです。近い方がいいのかな、と。それと首都圏で事務所を借り上げると、細かい部分が多いんですね。不動産業者を通して物件を探したが、なかなか見つからなかった。そこで、もし義弟の物件が空いているならと思って。ただ、身内の不動産を借りたとなると、いろいろ言われそうなのでやめました」 ――借りるのをやめたのは吉田前理事長の判断か。 「私の判断です。上に決裁は上げていませんので」 ――どうして都心の事務所になったのか。 「もう1人の職員が埼玉県草加市在住なので、どちらも通える方がいいですし、茨城だけに集中するわけではないので、被災者と職員の両方が通いやすいように、アクセスの良い都心がいいかなと考えました。義弟の物件を一時考えたのも、不動産業者を通すより手続きが簡素で、借りやすいという利点がありました。仮に義弟の物件を選んだとして、他の物件と比べて1円でも多く払うということはありません」 初めは「関東の避難者は茨城に多い」と答えていたが、いつの間にか「避難者は茨城だけに集中するわけではない」と矛盾をきたしている。 前出・塚口氏に見解を聞いた。 「公正に募って選別するというルートを踏むのが鉄則です。縁故採用が事実なら、組織を私物化した表れと言っていいでしょう。本来は誰がどこから見ても公正な採用方法が取られていると保証されなければなりません。それが組織運営の公正さに結びつきます。福祉事業は対人支援です。最上の支援は、絶えず検証しながら提供していくことが大事です。そこに私的なものや恣意的なものが混じってくると、良いサービスは提供できないと思います」 ガバナンスがきちんとしていないと、福祉サービスにも悪影響が出るというわけだ。浪江町社協には、町や県から補助金が交付されている。町民や県民は同社協の在り方にもっと関心を持ってもいい。

  • 人事院・福島県人事委勧告の虚妄

    【福島県職員の給料】人事院・福島県人事委勧告の虚妄

     県人事委員会は2022年10月5日、県職員の給料月額と期末・勤勉手当(ボーナス)の引き上げを県当局・議会に勧告した。公務員の待遇は、人事院(国)、人事委員会(都道府県・政令指定都市)の毎年の勧告によって決まるが、その前提にあるのは「民間準拠」である。ただ、実態は「民間準拠」とはかけ離れている。なぜ、それがまかり通るのか。 「優良企業準拠」がまかり通るワケ  人事院は「公務員給与実態調査」と「民間給与実態調査」を行い、職種、地域、学歴、役職、年齢などを加味して両者を比較し、給与勧告を行う。この勧告は一般職の国家公務員が対象となる。 2022年は8月8日に人事院勧告が行われた。内容は、2022年4月分の国家公務員(一般職)の平均給与(月給)は40万5049円で、民間より921円(0・23%)低く、期末・勤勉手当の支給月数は4・3カ月で、民間より0・11カ月低かったため、「民間給与との較差(0・23%)を埋めるため、初任給及び若年層の俸給月額を引き上げ」、「ボーナスを引き上げ(0・10月分)、民間の支給状況等を踏まえ勤勉手当に配分」というものだった。 一方、都道府県・政令指定都市の実態調査は各自治体の人事委員会が実施する。 福島県人事委員会は、委員長・齋藤記子氏(会社役員)、委員(委員長職務代理者)・千葉悦子氏(大学名誉教授、放送大学福島学習センター所長、福島県青少年育成・男女共生推進機構副理事長兼福島県男女共生センター館長)、委員・大峰仁氏(弁護士)の3人で、事務局職員は県職員。 県人事委員会では毎年、県職員と民間の給与実態調査を行っている。民間の調査対象は企業規模50人以上・事業所規模50人以上の県内事業所で、2022年は800事業所のうち、層化無作為抽出法によって抽出した175事業所を対象に調査した。 それに基づき、10月5日に知事と県議会に対して「職員の給与等に関する報告・勧告」を行った。それによると、2022年4月分として支給された県職員の給与月額は36万6864円、民間給与月額は36万7647円で、民間の方が783円(0・21%)多かった。特別給(ボーナス)は、県職員の年間支給月数は4・25月分、民間(2021年8月から2022年7月までの1年間に支給された特別給の割合)は4・35月分で民間の方が0・10月分多かった。 こうした調査結果から、「民間給与との較差(0・21%)を埋めるため、初任給を中心に、若年層の給料月額を引き上げ」、「特別給(期末・勤勉手当)を引き上げ(0・10月分)、民間の支給状況等を踏まえ期末手当及び勤勉手当に配分(それぞれ0・05月分)」と勧告した。 とはいえ、民間の給与月額36万7647円、ボーナスの年間支給割合4・25月分が実態を反映しているとは到底思えない。多くの人は、それで「民間並み」と言われても納得しない。 例えば、厚生労働省の「令和3(2021)年賃金構造基本統計調査」を見ると、福島県の給与額(所定外賃金を含む)は、企業規模10人から99人が26万4700円(平均年齢45・7歳、平均勤続年数11・9年)、同100人から999人が30万3000円(平均年齢43・7歳、平均勤続年数12・9年)、同1000人以上が33万3300円(平均年齢42・1歳、平均勤続年数14・1年)で、これらすべての平均値は29万6200円(平均年齢44・1歳、平均勤続年数12・8年)だった。 年間賞与(ボーナス)、その他特別給与額(全区分の平均値)は67万3600円で、これを前述の給与月額(平均値)で割ると、2・27月分となる。 なお、同調査は性別、産業別、事業規模別、学歴別、役職別、都道府県別などの賃金について、毎年6月分の賃金等について7月に調査を実施するもの。「令和3(2021)年調査」は、5人以上の常用労働者を雇用する民営事業所、10人以上の常用労働者を雇用する公営事業所から、都道府県、産業事業所規模別に無作為抽出した7万8474事業所が対象とされた。有効回答数は5万6465事業所で、このうち、10人以上の常用労働者を雇用する民営事業所4万9122事業所について集計したものである。 県商工労働部が実施した「令和3(2021)年 労働条件等実態調査」についても見てみたい。 同調査は鉱業・採石業、建設業、製造業、電気・ガス・水道業、通信・放送、運輸業、卸売・小売業、金融・保険業、不動産・物品賃貸業、学術研究、専門・技術サービス、宿泊業・飲食サービス、生活関連サービス、娯楽業、教育・学習支援業、医療・福祉、サービス業で、県内で常用労働者30人以上を雇用する民間事業所から1400事業所を抽出して実施した。有効回答数は748事業所で、その結果を集計したもの。 それによると、2021年7月に支給された所定内給与額(基本給など)は28万5000円(平均年齢41・5歳、平均勤続年数14・2年)、所定外給与額(時間外手当など)は4万円で、合わせて32万3000円だった。なお、同調査では、ボーナスについては記されていない。 他調査と差がある理由  県人事委員会の調査で示された民間の給与月額36万7647円と、厚労省調査の29万6200円では約7万1000円、人事委と県商工労働部調査の32万3000円では約4万4000円の開きがある。さらに、厚労省調査ではボーナスは2・27月分だったが、人事委員会の調査では、民間のボーナスの年間支給割合4・25月分となっており、約2月分の差が生じている。 こうしたデータを見比べると、「公務員の給与水準は民間に準拠する」というのが、まやかしであることが分かっていただけよう。 なぜ、両者の調査にこんなに違いが出るのか。それは人事院・人事委員会の調査対象が「企業規模50人以上・事業所規模50人以上」とされているから。これに該当するのは国内全事業所のわずか数%しかなく、大部分の事業所が調査対象に入っていないのである。もっと言うと、人事院・人事委員会の調査では非正規従業員は含まれない。総務省の労働力調査(2022年8月分)によると、全体の約37%が非正規従業員で、かなりの割合になっているが、これらは対象とされていない。 さらに問題なのは、調査対象の事業所が公表されていないこと。これでは、調査の妥当性を検証する余地がなく、「優良企業」だけをピックアップしていても外部からは分からない。むしろ、ほかの調査との差を考えると、何らかの〝手心〟を加えていると疑うべきだろう。 ましてやいまは、コロナ禍で多くの事業所が影響を受けているほか、ロシアのウクライナ侵攻で資材・燃料高騰が起きており、その影響も少なくない。 例えば、大手旅行会社のJTBは、旅行代理店の中でも優良企業で、従業員の待遇がいいことで知られている。ただ、近年はコロナ禍の煽りで、2021年3月期は1000億円超の赤字となった。本社ビルを売却したり、社員のボーナス無給などを行い、2022年3月期は284億円の黒字となった。こうした企業を、業績が悪い時は調査対象から外し、回復したらまた加える、といった作為をしていても分からない。 同様に、業績が悪化しているところを除外し、コロナ禍の影響を受けていない、あるいは業績を伸ばしている企業を調査対象に加える――ということをしていても、それを暴きようがないのが、人事院・人事委員会の調査なのだ。 もう1つ、不可思議なのは、県人事委員会の勧告が、常に人事院勧告に倣ったものであること。人事院の調査ではこうだったが、県人事委員会の調査では違った傾向が出た、ということがあってもいいはずなのに、毎年、人事院と同様の調査結果になり、同様の勧告内容になっているのは、「結論ありき」で調査を行っているからではないのか、と思えてならない。 いずれにしても、人事院・人事委員会の勧告制度が社会の実態を反映していないのは明らかで、公務員の給与は「民間準拠」ではなく「優良企業準拠」なのである。 「民間準拠」を謳うのであれば、優良企業に限るのではなく、全事業所を調査対象とし、その給与実態に倣うべき。そうすれば、公務員の人件費は2〜3割は削減できよう。「優良企業準拠」を続けるならば、正直にその実態を明らかにし、国民・県民の審判を問うべき。 人事院・人事委員会の勧告制度にはこうしたカラクリがあるわけだが、これは「昭和時代の名残」なのだという。というのは、昭和40年代半ばごろまでは公務員の待遇は低かった。日本が高度経済成長期にあったこともあり「民高官低」の状況だった。労組が「生活できる給料を」と主張したほどだったとか。 そうした中で、前述のような「インチキ勧告制度」が構築され、昭和50年代半ばに民間の水準に追いついた。ただ、その後も「インチキ勧告制度」が続けられ、「民高官低」から「官高民低」へと逆転した。それでも改められることはなく、バブル崩壊や今般のコロナ禍などを経て、「官高民低」が加速していった。 本来なら、昭和50年代半ばに民間の水準に追いついた時点で、制度を改めるべきだったが、そうならなかった。これは政治家の責任と言っていい。 共済負担金と退職手当  最後に1つ付け加えておく。「公務員の人件費」という視点で見ると、給与・期末手当などだけでなく、共済負担金と退職手当負担金がある。前者は県と職員が折半、後者は県が負担する。 「福島県人事行政の運営等の状況」によると、2021年度の職員数(一般行政職のほか、医療職、教育職、公安職などを含む)は2万5415人で、給与費は約1853億円。1人当たりにすると、約729万円となる。ただ、共済負担金などを加えた人件費で言うと、総額は約2543億円で、1人当たりにすると約1000万円になる。 退職金については「福島県職員の退職手当に関する条例」に基づき支払われ、「基本額+調整額」で計算される。 基本額は、退職日の給料月額に、退職理由別・勤続年数別の支給率を乗じた額。支給率は勧奨・定年の場合、勤続25年で33・27075月分、35年で47・709月分(最高限度額)となる。 そこに調整額がプラスされる。調整額は在職期間中の役職などに応じた貢献度を加味して支給されるもの。2006年に創設された制度で、「国家公務員退職手当法」に規定されている。この国の制度に倣い、地方公務員に対しても調整額が支払われることになったのである。県の制度では調整額は最大で400万円程度になる。 この計算式に基づき、定年まで35年間勤めたとして計算すると、退職手当は2500万円前後になる。 これも民間の水準からはかなりかけ離れたものである。

  • 親世代から続く喜多方昭和電工の公害問題

    【第2弾】【喜多方市】昭和電工の不誠実な汚染対策

     昭和電工喜多方事業所にたまった有害物質由来の土壌汚染・地下水汚染が公表されてから2年が経った。前号で、昭和電工が周辺住民が求める全有害物質の検査に応じず、不誠実な広報対応を続けていることを書いたが、不信感が広まったのは2022年1月、農業用水路に希硫酸が流出してからだ。昭和電工が、用水路を管理する地元土地改良区と締結予定だった「覚書」をダシに地元住民・地権者の同意を求めていたことも明らかになり、土地改良区の立場に疑いの目を向ける者もいる。 会津北部土地改良区にも不満の声  昭和電工の計画では、基準値を超えている地下水をくみ上げ、浄化処理をした上で排出するとしている。処理水は発生し続け、保管で敷地が狭くなるのを防ぐために排出先を確保するのは必須だ。東電福島第一原発の汚染水対策を見ている県民なら容易に想像できるだろう。 汚染水を浄化した処理水をどこに流すのか。昭和電工は2022年3月から喜多方市の下水道に流している。敷地内汚染が発覚するまで、昭和電工は下水道を使っていなかったが、新たに配管を通した。基準値を超えていないことを確認したうえで排出し、流量や測定値は毎月、市に報告している。 1日当たりどのくらい排出しているのか。同事業所に問い合わせると、2022年3月から10月24日までの期間で、1日当たりの排水量は平均で約200立方㍍だという。 下水道は使用料がかかる。公害対策費は利益につながらない出費なので、なるべく抑えたいはずだ。昭和電工は、当初は会津北部土地改良区(本部・喜多方市)が管理する松野左岸用水路に流す計画だった。その量は、1日当たり最大1500立方㍍。この用水路には、これまでも同改良区の許可を得たうえで通常の操業で出る排水を流してきた。 会津北部土地改良区の事務所  だが、公害対策工事が佳境を迎えても、いまだ同用水路には処理水を流せていない。近隣住民らの同意が得られていないからだ。住民側は複数行政区で同一歩調を取るという取り決めもされ、事態は膠着している。発端は、昭和電工による住民側に誤解を与えた説明と、同用水路への希硫酸流出事故だった。 事態を追う前に、当事者となった会津北部土地改良区の説明が必要だ。土地改良区とは、一定の地域の土地改良事業を行う公共組合。用水路や取水ダムの設置・管理、圃場整備を行う。一定の地域で農業を営んでいれば、本人の同意の有無にかかわらず組合員にならなければならず、地縁的性格が強い。 会津北部土地改良区は喜多方市、北塩原村、会津坂下町、湯川村に約4780㌶の受益地を持つ。松野左岸用水路は長さ3750㍍で、濁川から取水し、昭和電工喜多方事業所南部の農地約260㌶に供給する。 同事業所と周辺で汚染が発覚した後の2021年、昭和電工は環境対策の計画書を県に提出した。そこには処理水の排出経路として、前出の松野左岸用水路を想定。同年3月ごろに用水路を管理する会津北部土地改良区に、排水にあたって約束する内容を記した「覚書」を締結したいと申し出た。 汚染水中の有害物質を基準値以下にした処理水で、県も認可している計画なので、会津北部土地改良区も「約束を明確化するなら」と排水の趣旨は理解した。ただし同改良区では、どの用水路も近隣住民や関係する地権者の同意を得て初めて、事業所からの排水を流していたため、昭和電工にも同じように同意を得るように求めた。昭和電工は2021年夏ごろから、周辺住民を対象に説明会を開き同意書への署名を要望した。 筆者の手元に住民や地権者に示された「覚書」がある。昭和電工が作成し、住民らに示す前に同改良区に確認を取った。ただし同改良区は「内容が良いとか悪いとか、こちらから口を出すものではないと認識しています。受け取っただけです」(鈴木秀優事務局長)という。 覚書の初めには《会津北部土地改良区(以下「甲」という)と昭和電工株式会社喜多方事業所(以下「乙」という)は、甲が管理するかんがい用水路へ排出する乙の排出水によるかんがい用水の水質汚染発生防止と、良好な利水並びに環境の確保を本旨として、次のとおり覚書を締結する》とある。 第1章総則では、「この覚書に定める諸対策を誠実に実施し、環境負荷の低減に努めることを甲乙間において相互に確認することを目的」とし、「排出水による環境負荷抑制に努め」、「排出水の監視状況や環境保全活動等の情報を開示することにより、地域住民等との環境に関するコミュニケーションを図る」とある。以下、章ごとに「排出水等の水質」、「排出水等管理体制」、「不測の事態発生時の措置・損害の賠償」を約束する内容だ。 ただ、後半の「排水処理施設の出口において維持すべき数値」を定めた覚書細目では、フッ素及びその化合物についてのみ、許容限度を最大8㍉㌘/L以下と定めている。敷地内やその周辺の地下水で土壌汚染対策法の基準値を超えたシアン、ヒ素、ホウ素についての記述はない。 排水拒否の権限がある土地改良区  覚書の各項目の主語はほとんど乙=昭和電工だ。甲=会津北部土地改良区は、冒頭と署名・押印、協議に関わる個所以外は登場しない。 「覚書」と記されているが、当時も現在も、会津北部土地改良区とは正式に締結していない。だが、住民の同意を得るうえでは発効済みのものと同じくらい効果があった。 松野左岸用水路に処理水を排出していいかどうかの決定権があるのは、管理する同改良区だ。土地改良法57条3では、土地改良区は都道府県の認可を得て管理する農業用用排水路については、「予定する廃水以外の廃水が排出されることにより、当該農業用用排水路の管理に著しい支障を生じ、または生ずるおそれがあると認めるときは、当該管理規定の定めるところにより、当該廃水を排出する者に対し、その排出する廃水の量を減ずること、その排出を停止すること」を求めることができるとある。同改良区は昭和電工に「ノー」を突き付ける絶大な力を持っているということだ。 同改良区が「地域住民の同意が必要」と言ったら従うしかない。昭和電工が住民らに求めた同意書は「土地改良区の許可」という扉を開くための鍵だった。 同改良区の理事には喜多方市長や北塩原村長も名前を連ねており、地元では信頼がある(別表参照)。実際、「土地改良区でいいと言っているし、もう覚書は結ばれているものと思って同意に賛成した」という住民もいた。 会津北部土地改良区の役員構成(敬称略) 役職氏名住所(員外理事は公職)理事長佐藤雄一喜多方市関柴町副理事長鈴木定芳北塩原村庶務理事山田義人喜多方市塩川町会計理事遠藤俊一喜多方市熱塩加納町事業管理代表理事岩淵真祐喜多方市岩月町賦課徴収代表理事猪俣孝司喜多方市熱塩加納町理事飯野利光喜多方市上三宮町理事岩崎茂治喜多方市慶徳町理事庄司英喜喜多方市松山町理事高崎弘明喜多方市豊川町理事羽曾部祐仁喜多方市熊倉町理事横山敏光喜多方市塩川町員外理事遠藤忠一喜多方市長員外理事遠藤和夫北塩原村長統括監事堀利和喜多方市市道員外監事慶德榮喜喜多方市塩川町監事大竹良幸北塩原村  筆者は昭和電工喜多方事業所に「未締結なのに表題に『覚書』とのみ書き、『覚書(案)』のように記さなかったのはなぜか」と質問した。  同事業所は「説明会の中で会津北部土地改良区殿との締結はまだされていない旨をお伝え申し上げております。また、お示しした書面は、締結日付も空欄で押印もされていないものですので、見た目上も案であることはご理解いただけるものとなっております」と回答。勘違いした方が悪いというスタンスだ。 今回、地下水汚染の被害を受けている喜多方市豊川町は水田が広がる農業地帯だ。仕事柄、書類の見方に慣れている人は少ない。高齢者も多い。重要な書類を交わすのは、車の購入や保険の契約くらいだろう。 「分かりやすく伝える」ではなく「誰にでも伝わるようにする」。これは現代の広報の鉄則だ。住民の理解が不十分だったのをいいことに、自社に都合のいいように同意に向かわせることは、相手の立場に立った広報ができていないと言える。昭和電工喜多方事業所は地方の一拠点とはいえ、仮にも上場企業の傘下だ。 希硫酸流出で住民が同意書を撤回  以下は「同意書」の内容。同改良区・昭和電工と住民側が結ぶ形になっている。 《当行政区は、会津北部土地改良区の管理する松野左岸用水路の灌漑用水を直接又は反復利用するにあたり、下記の事項について同意いたします》。同意する内容は《昭和電工株式会社喜多方事業所が、会津北部土地改良区と昭和電工株式会社喜多方事業所との間で協議して締結する排水覚書(筆者注=「覚書案」のこと)に基づき排出水を適切に管理し、その排出水を会津北部土地改良区の管理する松野左岸用水路に排出することについて》である。 同事業所の南に位置する綾金行政区は、昭和電工が2021年9月19日に行った同行政区住民に対する説明で、即日同意書に署名を決めた。同行政区には51軒あるが、採決に参加したのはそのうちの36軒。賛成18軒に対し反対は8軒、多数派に委任したのが10軒あったため、行政区として同意書に合意した。 賛成の理由としては「国の基準を満たしているし、土地改良区も了承しているので任せたい」。反対の理由としては「風評被害につながる」との懸念があった。異論はあったが、同行政区は同年10月29日付で昭和電工に同意書を渡した。 会津北部土地改良区は綾金行政区からの要望を受けて、前事務局長を住民説明会に参加させていた。あくまでオブザーバーで、昭和電工側に立って説明することはなかったという。同改良区は、同社が長尾行政区を対象に同年10月24日に開いた説明会にも住民の要望を受けて参加した。 昭和電工と同改良区との「覚書」が示されたことで、住民側が勘違いしたのだろうか。関係する9行政区中、綾金、能力、長尾行政区が同意書を提出した。ところが、綾金行政区は2022年8月7日に同意を撤回。同時期に能力、長尾行政区も撤回した。いったい何があったのか。 きっかけは、2022年1月22日夜から23日午前10時にかけて、地下水汚染の拡散を防止する「環境対策工事」に使っていた希硫酸が敷地外に漏れたことだった。まさに住民らが前年に排出を同意していた松野左岸用水路に流出した。幸い、冬季は農業用水路として使っていなかった。積もっていた雪に吸着したため、敷地外への排出量も減り、回収もできた。 タンクからの漏洩量は1・15立方㍍。敷地外に流出したのは0・1立方㍍と昭和電工は計算している。最終放流口から漏れ出た溶液の㏗(ピーエイチ)が最も下がったのは同23日午前7時半に記録した㏗2・8だった。㏗は3・0以上6・0未満が弱酸性。6・0以上8・0以下が中性。2・0を下回ると強酸性に分類される。 流出量からすると実害はなかったが、不安は募る。さらに住民への報告は2月に入ってからで、不誠実に映った。漏洩防止対策のずさんさも環境対策工事への信頼を揺るがすものとなった。 調整役を期待される喜多方市  希硫酸は円柱形の大人の背丈ほどのタンク内に収められていた。下部から管を通して溶液を出すつくりになっている。タンクは四角い箱状の受け皿(防液堤)に置かれ、タンク自体が破損して希硫酸が漏れても広がらないよう対策されている。防液堤から漏れたとしても、雨水が集まる側溝には㏗の計測器があり、㏗6以下の異常を検知すれば敷地外につながる水路の門が遮断される仕組みになっていた。 昭和電工は、防液堤内に溜まった水が凍結・膨張した時に発生した力で希硫酸が入っているタンクと配管の接合部に破損ができたと推定している。喜多方の厳しい冬が原因ということだ。だが、防液堤に水が溜まっていたということは、そもそも受け皿の役割を果たしていないことにならないか。 第一の対策である防液堤はザルだった。防液堤側面には水抜き口があるが、液体流出防止の機能を果たす時は栓でふさいで使用する。だがこの時、栓は開いたままだった。 第二の対策、側溝にあった㏗の異常計測器はどうか。工事対応で一時的に移動させていたことから、異常値を検知できず、敷地外の水路につながる門は閉まらなかったという。 昭和電工は翌24日、県会津地方振興局と喜多方市市民生活課に事故を報告し、現場検証をした。用水路の管理者である会津北部土地改良区には25日に報告した。周辺住民の所有地に流出したわけではないので、同社からすると「住民は当事者ではない」のかもしれないが、住民たちは事故をすぐに知らされなかったことを不満に思っている。 疑念は昭和電工だけでなく、松野左岸用水路への処理水排水を許可する方針だった会津北部土地改良区にも向けられた。覚書を結んだくせに事故が起こったと思われたからだ。 喜多方市議会の9月定例会で山口和男議員(綾金行政区)は、遠藤忠一市長が会津北部土地改良区の員外理事を務めている点、市から同改良区に補助金を出している点に触れたうえで「管理する土地改良区が自分の水路に何が流れているか分からないようでは困るから、強く指導してほしい」と求めている。同改良区の当事者意識が薄いということだ。 遠藤市長は「会津北部土地改良区も含めて、行政として原因者である昭和電工にしっかりと指導してまいりたい」と答えた。 住民らは、不誠実な対応を続ける昭和電工、当事者意識が薄い会津北部土地改良区だけでは心許ないことから、喜多方市に調整役を期待し、これら3者に事業所周辺の汚染調査などを求める要望書を提出したという。市民の健康や利益を守るのは市の役目。積極的なかじ取りが求められるだろう。 あわせて読みたい 【第1弾】親世代から続く喜多方昭和電工の公害問題 【第3弾】【喜多方市】未来に汚染のツケを回した昭和電工【公害】 【第4弾】【喜多方市】処理水排出を強行する昭和電工

  • 文春オンラインに不正を暴露された福島日産前社長

    文春オンラインに不正を暴露された福島日産前社長

     『週刊文春』電子版「文春オンライン」(2022年10月7日付)に「スーパーGTから6カ月で撤退 福島日産社長が辞任の理由は参戦資金を〝1億6千万円不正送金〟」という記事が掲載された。2022年3月に福島日産自動車と日産部品福島販売から突然発表された「不可解な社長交代人事」と深く関係しているようだ。 責任問われ「金子家」から会社を追われる  文春オンラインの記事に触れる前に、2022年春に行われた福島日産自動車(福島市北町)と日産部品福島販売(福島市松山町)の社長交代人事を振り返っておきたい。 それは何の前触れもなく、突然、2022年3月21日に「金子與志人社長(55)が同31日付で退任し、後任に金子與志幸専務(34)が4月1日付で就任する」と発表された。両社の決算期は3月で、それに伴う株主総会・取締役会が5、6月とすると、かなりの慌ただしさを感じる。 当時、県中地区の販売店に勤務する社員はこう話していた。 「いきなり会社から(社長交代人事の)メールが一斉送信されてきたのです。社内の誰もが『なぜ?』と不思議がっていましたよ」 與志人氏の退任理由も憶測を呼ぶ原因となった。 《両社によると、金子與志人氏はコロナ禍により経営環境が激変する中、体調を崩した。長期療養が必要と判断し、自ら辞任を申し出、2022年3月11日の取締役会で承認された》(福島民報2022年3月22日付) とはいえ経営環境の激変といっても、2022年3月期決算を見ると、福島日産自動車は売上高95億2600万円で1億2400万円の黒字、日産部品福島販売は売上高57億5800万円で5300万円の黒字。「厳しい経営を余儀なくされたことによる心労」は当てはまらない。 実は、記者は社長交代人事の発表直後、與志人氏と電話でやりとりした経済人から 「とても元気な様子で入院もしていなかった。退任理由は明言しなかったが、長期療養が必要な感じは全くなかった」 という話を聞いていた。ただ福島日産自動車には、2022年4月に金子與志幸新社長のインタビュー取材を申し込んだものの断られた。 よって、この時点での推測は①金子與志雄会長の次男・與志人氏は、もともと〝リリーフ役〟として社長に就き、将来的には與志幸氏に譲る予定だった。②與志幸氏は與志雄会長の長男・與志文氏の息子で、與志人氏からすると甥に当たる。③與志文氏は與志幸氏が幼少のころに亡くなった。④要するに、今回の人事で社長の座は本家筋に戻ったが、34歳と若い與志幸氏が就くには早い印象が否めない――そんな金子家の〝御家事情〟が浮かぶ程度だった。 そうした中、10月に入って文春オンラインの記事が出回り、判然としなかった與志人氏の退任理由が明らかになった。 記事によると、 〇2019年10月から2022年1月にかけて、日産部品福島販売からクレアーレという会社に1億1700万円、BUSOUという会社に5000万円、計1億6700万円の資金が流れていた。両社の主業は自動車部品販売で、クレアーレの所在地は東京、社長のA氏はレーシングドライバー・星野一義氏の甥で與志人氏とは旧知の仲。一方、BUSOUの所在地は福島日産自動車と同じで與志人氏が社長を務めている。 〇資金の使途は自動車レース「スーパーGT」の参戦資金とみられ、クレアーレは2022年からエアロパーツブランド「BUSOU」としてレースに参戦していた。與志人氏はA氏に対し、その参戦資金を協力していたという。 〇この資金流出が日産部品福島販売の役員会で指摘され、與志人氏は3000万円を回収したが、残りは未回収だった。A氏はスーパーGTの参戦費用として集めていたスポンサー料も返済に回したが、それでも足りなかった。するとA氏は、複数の知人を騙して借金を重ね、そのまま行方をくらました。クレアーレは新規参入からわずか半年でスーパーGTから撤退した。 〇原田綜合法律事務所の原田和幸弁護士によると、日産部品福島販売の金を不正に支出した疑いのある與志人氏は、業務上横領罪で10年以下の懲役、もしくは会社法の特別背任罪で10年以下の懲役または1000万円以下の罰金刑が科される可能性があるという。 〇文春オンラインの電話取材に、與志人氏は「勘弁してほしい」と繰り返すばかり。福島日産自動車、日産部品福島販売も「回答は差し控えたい」という返答だった。 これが事実なら、與志人氏は両社から問題の責任を問われ、社長の座を追われたことになる。 與志人氏を知る県北地方の会社役員はこう話す。 「與志人氏は2月に県自動車販売店協会長に再任されるなど複数の宛て職に就いていたが、3月に入ると知人らに『××協会長を代わってほしい』と頼んで回っていた。理由を尋ねると『3月いっぱいで福島日産の社長を辞める』と言うのです。その時は冗談だろうと思ったが、新聞記事(前述)を見て本当だったのかと驚いた」 父の葬儀に姿を見せず  そんな福島日産自動車では悲しい出来事も起きていた。2022年10月3日に金子與志雄会長が老衰のため91歳で亡くなったのだ。同社と金子家の合同葬として、通夜は同7日、告別式は同8日に行われたが、喪主は現社長の與志幸氏、葬儀委員長は西形健吉氏(西形商店会長)、葬儀副委員長は安孫子静夫氏(原町内会長)が務めたものの、葬儀の場に與志人氏の姿はなかったという。実の息子でありながら葬儀役員に名前がなく、葬儀にも参列しなかった(できなかった?)のは、それだけ故人、会社、金子家から反感を買っていたということかもしれない。 「與志雄会長は、晩年は車椅子を使っていたが、週に一度は出社していたそうだから経営意欲は最後まで衰えなかったのでしょう。突然の社長交代人事も、與志雄会長の目が黒いうちに、問題を起こした與志人氏を辞めさせるとともに、社長の座を本家筋に戻すという判断が働いたのかもしれませんね」(同) 実は、文春オンラインの記事は與志雄会長の通夜と同じ日に公表された。記事を読むと、内部告発がなければ書けない内容だ。文春サイドが生前の與志雄会長に余計な心配をかけまいと、葬儀を待って記事を公表したような〝配慮〟がうかがえる。あるいはネタ元から、與志雄会長が存命のうちは公表しないでほしいと依頼されていたのかもしれない。 記者は、記事に書かれていた問題がどこまで進展したのか確認するため10月中旬、福島市内にある與志人氏の自宅を訪ねたが留守だった。駐車場に車はなく、家のカーテンや障子もすべて閉め切られていたが、インターホンを押すと中から2匹の犬の鳴き声が聞こえてきた。どこかの時間帯には本人か家族がいるのかもしれない。 福島日産自動車と日産部品福島販売にも文春オンラインの記事について問い合わせたが、両社とも「その件は回答を差し控えたい」とのことだった。 県自動車販売店協会長を務めるなど県内ディーラーのリーダー的存在だった與志人氏。〝道楽〟と言われてもおかしくない自動車レースに会社の金を突っ込めば、どういう結末になるか想像できなかったことは残念でならないが、両社の経営に深刻な影響が及ばなかったのは幸いだったと言えよう。 あわせて読みたい スーパーGTから6カ月で撤退 福島日産社長が辞任の理由は参戦資金を〝1億6千万円不正送金〟(週刊文春電子版)

  • 親世代から続く喜多方昭和電工の公害問題

    【第1弾】親世代から続く喜多方昭和電工の公害問題

     喜多方市豊川町でフッ素やヒ素による土壌・地下水汚染が明らかとなった。昭和電工(東京都港区)喜多方事業所内の汚染物質を含む土壌からしみ出したとみられる。同社は2020年11月の公表以来、井戸が汚染された住民にウオーターサーバーを提供したり、汚染水の拡散を防ぐ遮水壁設置を進めているが、住民たちは工事の不手際や全種類の汚染物質を特定しない同社に不満を抱いている。親世代から苦しめられてきた同事業所由来の公害に、住民たちの我慢は限界に来ている。 繰り返される不誠実対応に憤る被害住民  2022年9月下旬の週末、JR喜多方駅南側に広がる田園には稲刈りの季節が訪れていた。ラーメンで知られる喜多方だが、綺麗な地下水や湧水を背景にした米どころでもある。豊富な地下水を求め、戦前から大企業も進出してきた。同駅のすぐ南には、化学工業大手・昭和電工の喜多方事業所がある。 1939(昭和14)年、この地にアルミニウム工場建設が決定。戦時下で軍需向けの製造が開始され、戦後に本格操業した。同事業所を南側の豊川町から眺めると、歴史を感じさせる赤茶けた建物が田園の向こうにたたずむ。 同事業所を持つ昭和電工グループの規模は巨大だ。2021年12月期の有価証券報告書によると、売上高は1兆4190億円で、経常利益は868億円。従業員数2万6054人(いずれも連結)。グループを束ねる昭和電工㈱(東京都港区)の資本金は1821億円。従業員数3298人。 喜多方事業所にはアルミニウム合金の加工品をつくる設備があり、従業員数18人。同事業所のホームページによると、アルミニウム産業に携わってきた技術を生かし、加工用の素材などを製造している。 そんな同事業所の敷地内で、土壌と地下水が汚染されていることが初めて公表されたのは2020年11月2日。土壌汚染対策法の基準値を超えるフッ素、シアン、ヒ素、ホウ素の4物質が検出された(表1)。同事業所は同年1~10月にかけて調査していた。  事業所の地下水で基準値を超えた物質 物質基準値の何倍か基準値フッ素最大値120倍0.8mg/Lシアン検出不検出が条件ヒ素最大値3.1倍0.01mg/Lホウ素最大値1.4倍1mg/L表1  同年10月5日付の地元2紙によると、原因について同事業所は、過去に行っていたアルミニウム製錬事業で発生したフッ素を含む残渣などを敷地内に埋め、そこからフッ素が溶け出した可能性があるとしている。ただ、シアン、ヒ素、ホウ素の検出については原因不明という。アルミニウム製錬事業は1982(昭和57)年に終了している。 現時点で健康被害を訴える住民はいない。だが、日常は奪われたと言っていい。同事業所の近隣に住む男性はこう話す。 「県から『井戸の水を調査させてください』と電話が掛かってきて初めて知りました。ウチは、飲み水は地下水を使っていました。昔からここらに住んでいる人たちはどこもそうです。井戸水を計ってみるとフッ素が基準値超えでした」 男性を含め、近隣の数世帯は飲食や洗い物に使う水を現在も昭和電工が手配したウオーターサーバーで賄っている。同社は被害住民らに深度20㍍以上の井戸を新たに掘ったものの、鉄分、マンガン、大腸菌など事業所由来かは不明だが基準値を超える物質が検出され、飲用には適さなかった。 「まるでキャンプ生活ですよ。2年近くも続くとは思っていませんでした」(同) 敷地越えて広がる汚染地下水  県も同事業所敷地から外へ向かって約250㍍の範囲の地下水を調査し、敷地外に地下水汚染が広がっていることを確認している(表2)。翌年4月2日には、昭和電工による計測値に基づき、県が敷地と周辺を土壌汚染対策法の要措置区域に指定した。健康被害が生ずるおそれに関する基準に該当すると認める場合に指定される。この区域では形質変更が原則禁止となる。同事業所とその周辺では2区域に分けて指定され、それぞれ約31万3000平方㍍と約6万2300平方㍍にわたる。 県による事業所外地下水調査で基準値を超えた物質 (21年1月発表)物質最大値基準値フッ素3.8mg/L0.8mg/Lホウ素1.8mg/L1mg/L(21年4月発表)物質最大値基準値フッ素3.8mg/L0.8mg/L(21年7月発表)物質最大値基準値フッ素3.8mg/L0.8mg/Lホウ素1.8mg/L1mg/L福島民報、福島民友記事より作成表2  しかし、地上では同事業所との境界は明確に分かれていても、地下水はつながっている。公害対策の責任がある昭和電工は、汚染を封じ込める「環境対策」を進めている。公表から5カ月ほどたった2021年4月の住民説明会で、同事業所は敷地を囲むように全周2740㍍の遮水壁を造り、汚染された地下水の拡散を防ぐ対策を明らかにした(福島民友会津版同年4月18日付より)。 記事によると、土壌にあるフッ素を含むアルミニウム製錬の残渣と地下水の接触を避けるため、揚水井戸を設置し、地下水をくみ上げて水位を下げる。くみ上げた地下水はフッ素などを基準値未満の水準に引き下げ、工場排水と同じく排水する。東京電力が廃炉作業中の福島第一原子力発電所に、地下水が流入するのを防ぐため凍土壁を造った仕組みと似ている。同事業所は遮水壁の完成予定が2023年5月になると明かしていた。 2021年12月期有価証券報告書で損益計算書(連結)を見ると、特別損失に「環境対策費」として89億5800万円を計上している。「喜多方事業所における地下水汚染対策工事等にかかる費用」という。 1年間で90億円ほど費やしている「環境対策」だが、順調に進んでいるのか。 同事業所の西側に隣接する太郎丸行政区の住民でつくる「太郎丸昭和電工公害対策検討委員会」の慶徳孝幸事務局長(63)は、住民側が把握しただけでも、2021年10月から2022年9月までに9件のトラブルがあったと指摘する(表3)。 発覚時期影響対象住民が把握したトラブル2020年11月事業所内4物質が地下水で基準値超え2021年10月被害住民地下水のデータを誤送付12月近隣住民工事の振動・騒音が基準値超え12月事業所内地下水でヒ素が基準値超え2022年1月敷地内外工事に使う希硫酸が水路に漏洩2月太郎丸地区地下水でフッ素が基準値超え3月事業所内新たな場所からシアンが検出6月事業所内地下水でヒ素が基準値超え8月事業所内地下水でヒ素が基準値超え9月太郎丸地区地下水でフッ素が基準値超え表3  2022年1月下旬には、工事に使う希硫酸が用水路に漏洩した。ところが住民への報告はその1週間後で、お詫びと直接的な健康被害はないと考えている旨を書いた文書1枚を事業所周辺の各行政区長に送っただけだったという。 「このような対応が続くと昭和電工が行うこと全てに信頼がなくなってしまいます」(慶徳事務局長) 太郎丸行政区の住民らは、土壌汚染対策法で基準値が定められている全26物質と、同じく水道法で定められている全51項目について、水質検査をするように昭和電工に求めている。なぜか。 同事業所長は、21年3月に開いた同行政区対象の説明会で「埋設物質及び量は特定できない」「フッ素以外のシアン、ヒ素、ホウ素の使用履歴が特定できない」と述べたという。 「使用履歴がないシアン、ヒ素、ホウ素が現に見つかっている以上、他に基準値を超える有害物質が埋まっている可能性は否定できません。調べるのが普通だと思います」(同) 市議会が「実態調査に関する請願」採択  喜多方市議会9月定例会には、同行政区の区長と前出・公害対策検討委員会の委員長が「昭和電工株式会社喜多方事業所における公害(土壌汚染・地下水汚染)の実態調査に関する請願」を同1日付で提出した。紹介議員は十二村秀孝議員(1期、豊川町高堂)。 市に求めたのはやはり次の2点。 1、土壌汚染に関し定められた全26物質の調査 2、地下水汚染に関し定められた全51項目の調査 以下は十二村議員が朗読した請願書の一部。 《昭和電工喜多方事業所は昭和19年より生産開始し、後に化学肥料の生産も行い、昭和40年代には広範囲に及ぶフッ素の煙害で甚大な農作物被害を被った重く苦しい歴史があります。  現在、ケミコン東日本マテリアルの建物が立っている場所は過去に調整池であり、汚染物質の塊である第一電解炉のがれきが埋設された場所でもあります。歴史の一部始終を見てきた太郎丸行政区の住民からは、不安の声が上がり、当事業所に対し、地下水流向の下流域にある同行政区で、土壌汚染対策法で定める全26物質(含有量・溶出量)の調査、地下水全51項目の水質調査を再三要請してきましたが、事業所からは『正式な調査はしない』と文書回答がありました。 2022年3月8日には、付近の地下水観測井戸からシアンの検出超過が判明。約2カ月間、井戸からくみ上げましたが基準値以下になっていません。2020年11月2日に土壌汚染を公表してから1年半以上。県の調査結果を見る限り一般的事業所の波及範囲は約80㍍に収まるが、最大約500㍍先の地下水も汚染されています。県の地下水調査でも過去に類を見ない大規模かつ重大な公害問題の可能性が推測されます。 太郎丸は地下水が豊富で湧水が多く点在します。毛管上昇現象による土壌汚染も心配です。約800年の歴史がある太郎丸行政区が将来にわたって安心・安全に子どもたちに引き継げるのか。夢と希望を持って農業ができるのか。不安払拭のためにも行政の実態調査を求めます》 請願は9月15日に全会一致で採択された。〝ボール〟は市当局にも投げられた格好だ。 「子どものためにも沈黙はいけない」  さかのぼること同11日には、昭和電工が市内の「喜多方プラザ」で説明会を開き、対象の5行政区から60~70人の住民が参加した。汚染発覚以来、同社が毎年1回開いている。 筆者は同事業所に、説明会の取材を事前に電話で申し込んだ。対応した中川尚総務部長は「あくまで住民への説明なので」とメディアの参加を拒否。なおも粘ったが「メディアの参加は想定していない」の一点張りだった。「住民が非公開を求めているのか。報じられたくない住民がいるなら配慮する」と申し入れたが「メディアが入ることは想定していないので住民には取材の可否を聞き取っていない」。つまり、報じられたくないのは同事業所ということ。 当日、筆者は会場に向かったが、入り口には青い作業服を着た従業員10人ほどがいて入場を断られた。目の前にいる中川総務部長にいくつか質問をしたが、書面でしか受け付けないと断られた。 後日、前出・慶徳事務局長に説明会の様子を聞くと、 「午後3時に始まり、4時半に終える予定でしたが、結局7時半までかかりました。昭和電工側が要領の得ない発言を繰り返し、紛糾したからです」 会場の映像や写真、音声記録が欲しいところだが、 「昭和電工は参加した住民にも、機器を使って記録することを禁じていました。都合の悪い情報が記録され、メディアに報じられるのを避けたかったのでしょう。出席者からは『それなら議事録が欲しい』という求めもありましたが、要求が出たから渋々応じる感じで、前回も3カ月遅れで知らされました」(同) 昭和電工は、メディアに対しては書面で質問を求めるのに、自らが住民に書面で説明することには消極的なようだ。 昭和電工側の不誠実な対応を目の当たりにするたびに、慶徳事務局長は親世代の苦難を思い出すという。 「過去には同事業所から出るフッ素の煙で周辺の農作物に被害が出ました。親たちは交渉や訴訟を闘ってきました。それが今は子や孫に当たる私たちに続いている」(同) 話の途中、慶徳事務局長は前歯を指差した。 「知っていますか。フッ素を多く摂り過ぎると、歯に白い斑点できるんです。当時は事業所近隣に住む子どもたちだけ、特別に健康診断を受けていました。嫌な記憶です」 飲み水の配給を受けている前出・男性住民もこう話す。 「フッ素は硬水に多く含まれているので、気を付けていれば健康被害はそこまで心配していません。しかし、昭和電工は他の有害物質を十分に検査しておらず、フッ素より危険な物質が紛れている可能性もある。そっちの方が怖い。風評を恐れ、そっとしておきたい住民の気持ちも分かりますが、これからの子どもたちを考えたら黙っていられません。子や孫に『お父さん、おじいちゃんはなんで何もしなかったの』と言われないようにしたい」 米どころの喜多方では、周辺の耕作地への風評被害を恐れ、公害の原因を追及する動きは住民全体に広まっていない。だが、風評と実害を分けるために検査を尽くすことは重要だろう。 地元の豊川小学校の校歌には「豊かな土地を うるおす川の  絶えぬ営み われらのつとめ」の一節がある。地下水は、いずれは川に流れつく。子どもたちがこれからも胸を張って校歌を歌えるかは昭和電工、住民、行政含め大人たちの手に掛かっている。 あわせて読みたい 【第2弾】【喜多方市】昭和電工の不誠実な汚染対策 【第3弾】【喜多方市】未来に汚染のツケを回した昭和電工【公害】 【第4弾】【喜多方市】処理水排出を強行する昭和電工

  • 【桑折・福島蚕糸跡地から】廃棄物出土処理費用は契約者のいちいが負担

     桑折町中心部の町有地で、食品スーパーとアウトドア施設、認定こども園の整備が進められている。ところが、工事途中で、地中から廃棄物が発見されたという。  食品スーパーなどの進出が計画されているのは、桑折町の中心部に位置する福島蚕糸販売農協連合会の製糸工場(以下、福島蚕糸と表記)跡地。2001(平成13)年に同工場が操業終了し、約6㌶の土地を町が所有してきた。  その活用法をめぐり商業施設の進出がウワサされたが、震災・原発事故後に災害公営住宅や公園を整備。残りの約2・2㌶を活用すべく、公募型プロポーザルを実施し、町は一昨年5月末、㈱いちいと社会福祉法人松葉福祉会を最優秀者に決定した。  昨年3月に町といちいの間で定期借地権設定契約を結び、同年8月にいちいが契約している建設会社が造成工事をスタートした。だが、そこから間もなくして、地中から産業廃棄物が出土、現在は工事がストップしているという。実際に複数の建設業関係者が、敷地内に積まれた廃棄物を目撃している。  町産業振興課に確認したところ、「出土したのはコンクリートがらや鉄パイプなど。町が同地を取得した時点ではそういうものはないと聞いていたし、写真も残っている。福島蚕糸の前に操業していた郡是製糸(現・グンゼ)桑折工場のものである可能性が高い。取得時にはそこまでさかのぼって調査をしていませんでした」と語った。  古い建物となればアスベストなどの有害物質を含んでいた可能性も考えられるが、出土量も含め、その詳細は明らかにされていない。契約では処分費用をいちいがすべて負担することになっているようだが、「数千万円はかかるだろう。町有地から出てきた廃棄物処分費用をすべて負担させるのはいかがなものか」(県北地方のある経済人)と見る向きもある。  いちいに問い合わせたところ、「同計画の担当者がいないので詳細については答えられない」としながらも、「予想外の事態なので、工期の遅れなどが発生する恐れもあるが、町と連携しながら法律に則って対応していく」と述べた。松葉福祉会の担当者は「いちいから報告は受けており、開業に向けての支障はないと聞いている」と回答した。  いちいのスーパーとアウトドア施設は2023(令和5)年秋、松葉福祉会の認定こども園は2024(令和6)年4月に開園予定となっている。  福島蚕糸跡地の開発計画に関しては、公募型プロポーザルの決定過程や賃料設定、認定こども園整備の是非などについて、一部で疑問の声が上がっている。9月の町長選でも争点になり、議会の一般質問で関連の質問が出るなど燻り続ける。そうした中で新たなトラブルが発生し、関係者は頭を悩ませている状況だ。 あわせて読みたい 桑折・福島蚕糸跡地「廃棄物出土」のその後

  • 田村バイオマス訴訟の控訴審が結審

     本誌昨年2月号に「棄却された田村バイオマス住民訴訟 控訴審、裁判外で『訴え』続ける住民団体」という記事を掲載した。田村市大越町に建設されたバイオマス発電所に関連して、周辺の住民グループが起こした住民訴訟で昨年1月25日に地裁判決が言い渡され、住民側の請求が棄却されたことなどを伝えたもの。  その後、住民グループは昨年2月4日付で控訴し、6月17日には1回目の控訴審口頭弁論が行われた。裁判での住民側の主張は「事業者はバグフィルターとHEPAフィルターの二重の安全対策を講じると説明しており、それに基づいて市は補助金を支出している。しかし、安全確保の面でのHEPAフィルター設置には疑問があり、市の補助金支出は不当」というものだが、原告側からすると「一審ではそれらが十分に検証されなかった」との思いが強い。  ただ、二審では少し様子が違ったようだ。  「一審では、実地検証や本田仁一市長(当時)の証人喚問を求めたが、いずれも却下された。バグフィルターとHEPAフィルターがきちんと機能しているかを確認するため、詳細な設計図を出してほしいと言っても、市側は守秘義務がある等々で出さなかった。フィルター交換のチェック手順などの基礎資料も示されなかった。結局、二重のフィルターが本当に機能しているのか分からずじまいで、HEPAフィルターに至っては、本当に付いているのかも確認できなかった。にもかかわらず、判決では『安全対策は機能している』として、請求が棄却された。ただ、控訴審では、裁判長が『HEPAフィルターの内容がはっきりしない。具体的資料を出すように』と要求した」(住民グループ関係者)  そのため、住民グループは「二審では、その辺を明らかにしてくれそうで、今後に期待が持てた」と話していた。  その後、8月26日に2回目、11月18日に3回目の口頭弁論が開かれた。3回目の口頭弁論で、同期日までに提出された書類を確認した後、裁判長は「これまでに提出された資料から、この事件の判決を書くことが可能だと思う。控訴人から出されている証人尋問申請、検証申立、文書提出命令申立、調査嘱託申立は、必要がないと考えるので却下する。本日で結審する」と宣言した。  原告(住民グループ)の関係者はこう話す。  「被告はわれわれの様々な指摘に『否認する』と主張するだけで、何ら具体的な説明をせず、データや資料なども出さなかった。論点ずらしに終始し、二審でようやく資料のようなものが出てきたが、それだってツッコミどころ満載で、最終的には『HEPAフィルターは安心のために設置したもので、集塵率などのデータは存在しない』と居直った。裁判長は、これまでの経過から、事業者が設置したとされるHEPAフィルターが、その機能、性能を保証できない『偽物』『お飾り』であると分かったうえで結審を宣言したのか。それとも、一応、原告側の言い分を聞いてきちんと審理したとのポーズを取っただけなのか」  当初は、「一審と違い、HEPAフィルターの効果などをきちんと審理してくれそうでよかった」と語っていた住民グループ関係者だが、結局、証人尋問や現地実証は認められず、最大のポイントだった「HEPAフィルターの効果」についても十分な審理がなされたとは言い難いまま結審を迎えた。このため、原告側は不満を募らせているようだ。  判決の言い渡しは、2月14日に行われることが決まり、まずはそれを待ちたい。 あわせて読みたい 【田村バイオマス訴訟】控訴審判決に落胆する住民 【梁川・バイオマス計画】住民の「募金活動」に圧力!?

  • 高級レストラン解体で出直し図る三万石

     菓子製造小売業の㈱三万石(郡山市、池田仁社長)が同市開成一丁目で営業していた地中海料理のレストラン「San filo(サンフィーロ)開成」が解体された。レストランには三万石開成店も併設されていた。  12月中旬に現地を訪れると、既に建物の3分の2が壊されていた。看板に書かれていた工期は10月17日から12月28日となっていた。  建物は2006年に約3億5000万円をかけて建設され、同年11月にイタリアン料理の「アンジェロ開成」としてオープンした。ランチタイムになると駐車場に入りきれない車が列をつくり、警備員が誘導するほどの人気店だったが、18年11月に閉店し、翌年7月にサンフィーロ開成としてリニューアルオープン後は客足が途絶えていた。  「アンジェロは1000円超のお手頃価格だったけど、サンフィーロは高くて、気軽に行けるお店じゃなかった」(ある主婦)  ホームページ(HP)によるとサンフィーロはランチ専門の営業で予約制コース、価格は3500円、5500円、1万円となっている。高級路線転換が客離れにつながったことは否めない。実際、駐車場は常にガラガラだった。  サンフィーロ開成はなぜ閉店したのか。三万石のHPを見ると「3月の地震の影響」とある。昨年3月16日に発生した福島県沖地震では相馬市などで最大震度6強を記録し、郡山市内の建物も数多く被災したが、同店もその一つだったという。  三万石の担当者に聞いた。  「建物は2021年2月に起きた地震でも大きな被害を受け、この時は大規模改修を行ったが、3月の地震で再び被害に遭った。特に電気設備の被害が深刻で、もう一度大規模改修をしても同じくらいの地震が来たら動力を確保できないという結論に至った。建物は2011年の東日本大震災でも被災しているので、耐震性の面でもリニューアルは厳しかったと思います」  気になるのは跡地の利活用だ。不動産登記簿謄本によると、同所は三万石の名義で、東邦銀行が2007年に同社を債務者とする極度額2億4000万円の根抵当権を設定している。賃借ではなく自社物件ということは、売却しない限り自社利用を目指す公算が高そう。  前出・担当者もこう話す。  「基本的には自社利用する方針だが、何を建てるかとか、どんな使い方をするかなど、具体的な内容は検討中です。いつごろオープンするといった時期も決まっていない」  サンフィーロ開成と同じ業態のレストランは福島市内にもあるが、同店も混雑している様子は見たことがない。跡地に再びレストランをつくるかどうかは分からないが、少なくとも「高級路線が客足を遠ざけた」反省は生かす必要があろう。  ところで三万石は、昨年3月に新会社㈱三万石商事(郡山市、池田仁社長)を設立している。目的は、三万石の外商部門とECサイト部門を新会社に分離・移管して人的資源を投入し、自らは製造と卸売に専念するため。これにより三万石商事は、コロナ以降好調なスーパーへの販路拡大、ネット販売などに注力。一方の三万石は、人件費圧縮と、製造品を三万石商事に卸売りすることで安定した売り上げを確保する狙いがあるとみられる。  三万石は2021年3月期決算が売上高30億円、7100万円の赤字だったが、22年3月期は同36億円、1億3500万円の黒字と持ち直した。今期決算で新会社設立の効果がどう表れるのか注目される。 あわせて読みたい 青木フルーツ「上場」を妨げる経営課題【郡山市】 青木フルーツ「合併」で株式上場に暗雲!?【郡山市】

  • 【第4弾】【喜多方市】処理水排出を強行する昭和電工

     喜多方市で土壌汚染と地下水汚染を引き起こしている昭和電工(現レゾナック)は、会津北部土地改良区が管理する用水路への「処理水」排出を強行しようとしている。同社は同土地改良区と排水時の約束を定めた「覚書」を作成し、住民にも同意を迫っていたが、難航すると分かると同意を得ずに流そうとしている。同土地改良区の顔を潰したうえ、住民軽視の姿勢が明らかとなった。 見せかけだった土地改良区の「住民同意要求」 ※昭和電工は1月からレゾナックに社名を変えたが、過去に喜多方事業所内に埋めた廃棄物が土壌・地下水汚染を引き起こし、昭和電工時代の問題を清算していない。社名変更で加害の連続性が断たれるのを防ぐため、記事中では「昭和電工」の表記を続ける。  昭和電工喜多方事業所の敷地内では、2020年に土壌汚染対策法の基準値を上回るフッ素、シアン、ヒ素、ホウ素による土壌・地下水汚染が発覚した。フッ素の測定値は最大で基準値の120倍。汚染は敷地外にも及んでいた。県が周辺住民の井戸水を調査すると、フッ素やホウ素で基準値超が見られた。フッ素は最大で基準値の4倍。一帯では汚染発覚から2年以上経った今も、ウオーターサーバーで飲料水を賄っている世帯がある。  原因は同事業所がアルミニウムを製錬していた40年以上前に有害物質を含む残渣を敷地内に埋めていたからだ。同事業所がこれまでに行った調査では、敷地内の土壌から生産過程で使用した履歴がないシアン、水銀、セレン、ヒ素が検出された。いずれも基準値を超えている。  対策として昭和電工は、  ①地下水を汲み上げて水位を下げ、汚染源が流れ込むのを防止  ②敷地を遮水壁で囲んで敷地外に汚染水が広がるのを防止  ③地下水から主な汚染物質であるフッ素を除去し、基準値内に収まった「処理水」を下水道や用水路に流す  という三つを挙げている。「処理水」は昨年3月から市の下水道に流しており、1日当たり最大で300立方㍍。一方、用水路への排出量は計画段階で同1500立方㍍だから、主な排水経路は後者になる。  この用水路は会津北部土地改良区が管理する松野左岸用水路(別図)で、その水は農地約260㌶に供給している。同事業所は通常操業で出る水をここに流してきた。  周辺住民や地権者らは処理水排出に反対している。毎年、大雨で用水路があふれ、水田に濁流が流れ込むため、汚染土壌の流入を懸念しているのだ。昨年1月に希硫酸が用水路に流出し、同事業所から迅速かつ十分な報告がなかったことも、昭和電工の管理能力の無さを浮き彫りにした。以降、住民の反対姿勢は明確になった。  昭和電工はなぜ、反対を押しのけてまで用水路への排出を急ぐのか。考えられるのは、公害対策費がかさむことへの懸念だ。  同事業所は市の下水道に1カ月当たり4万5000立方㍍を排水している。使用料金は月額約1200万円。年に換算すると約1億4000万円の下水道料金を払っていることになる(12月定例会の市建設部答弁より)。  昨年9月に行われた住民説明会では、同土地改良区の用水路に処理水排出を強行する方針を打ち明けた。以下は参加した住民のメモ。  《住民より:12月に本当に放流するのか?  A:環境対策工事を実現し揚水をすることが会社の責任であると考えている。それを実現する為にも灌漑用水への排水が最短で効果の得られる方法であると最終的に判断した。揚水をしないと環境工事の効果・低減が図れないことをご理解願いたい。  住民より:全く理解できない! 汚染排水の安全性、納得のいく説明がなされないままの排水は断じて認めることが出来ない。  (中略)  土地改良区との覚書、住民の同意が無ければ排水を認めない。約束を守っていない。  説明が尽くされていないまま時間切れ紛糾のまま終了。再説明会等も予定していない》  昭和電工は住民の録音・撮影や記者の入場を拒否したので、記録はこれしかない。 処理水排出は「公表せず」  「実際は『ふざけるな』とか『話が違う』など怒号が飛びました。昭和電工は記録されたくないでしょうね」(参加した住民)  昭和電工は用水路へ排出するに当たり、管理者の会津北部土地改良区との約束を定めた「覚書」を作成していた。同土地改良区は「周辺住民や地権者の同意を得たうえで流すのが慣例」と昭和電工に住民から同意を取り付けるよう求めたが、これだけ猛反対している住民が「覚書」に同意するはずがない。  同事業所に取材を申し込むと「文書でしか質問を受け付けない」というので、中川尚総務部長宛てにファクスで問い合わせた。  ――会津北部土地改良区との間で水質汚濁防止を約束する「覚書」を作成したが、締結はしているのか。  「会津北部土地改良区との協議状況等につきまして、当社からの回答は差し控えさせていただきます」  同土地改良区に確認すると、  「締結していません。住民からの同意が得られていないので」(鈴木秀優事務局長)  ただ、昭和電工は昨年9月の住民説明会で「12月から用水路に『処理水』を流す」と言っている。同土地改良区としては「覚書」がないと流すことは認められないはずではないかと尋ねると、  「『覚書』が重要というわけではなく、地区の同意を取ってくださいということです。あくまで記録として残しておく書面です。他の地区でも同様の排水は同意があって初めて行われるのが慣例なので、同じように求めました。法律で縛れないにしても、了承を取ってくださいというスタンスは変わりません」(同)  つまり、昭和電工の行為は慣例に従わなかったことになるが、同土地改良区の見解はどうなのか。  「表現としてはどうなんでしょうね。こちらからは申し上げることができない。土地改良区は農業者の団体です。地区の合意を取っていただくのが先例ですから、強く昭和電工に申し入れていますし、今後も申し入れていきます」(同)  これでは、住民同意の要求は見せかけと言われても仕方がない。  直近では昨年10月に昭和電工に口頭で申し入れたという。12月中旬時点では「処理水」を放出したかどうかの報告はなく、「今のところ待ちの状態」という。  同事業所にあらためて聞いた。  ――「処理水」を流したのか。開始した日時はいつか。  「対外的に公表の予定はございません」  処理水放出を公表しないのは住民軽視そのもの。昭和電工の無責任体質には呆れるしかない。 あわせて読みたい 【第1弾】親世代から続く喜多方昭和電工の公害問題 【第2弾】【喜多方市】昭和電工の不誠実な汚染対策 【第3弾】【喜多方市】未来に汚染のツケを回した昭和電工【公害】

  • 【福島】県内農業の明と暗

     「農業で飯を食う」のは簡単なことではない。相手は自然なので計画通り生産できるとは限らないし、国の政策や海外の事情などに翻弄されることもある。農業を取り巻く環境は「厳しい」の一言に尽きる。中でも今、注目されるのは急速に進む酪農家の離農だが、一方で、県内の2022年度の新規就農者数は過去最多を記録。同じ農業でありながら、明暗が入り混じる背景には何があるのか。二つの事象を深掘りする。 離農した高齢酪農家が切実な訴え  「もう無理。だから……やめることにしたよ」  そんな電話が突然、筆者にかかってきたのは昨年11月だった。電話の主は、県北地方で牧場を経営するAさん。20年前に脱サラし、父親が40年続けた酪農を引き継いだ。  この間にはさまざまな困難にも直面した。その一つが2011年に起きた福島第一原発事故だ。大量に放出された放射性セシウムで牛の餌となる牧草が汚染されたことから、酪農家はセシウムを吸収抑制するため牧草地に塩化カリを大量に撒いた。その結果、セシウムは低減したものの、カリ過剰の牧草を食べた牛が死亡する事例が相次いだ。  Aさんの牧場でも10頭の牛が次々と死亡したため、自給牧草の使用をやめ購入牧草に切り替えた。これにより牛が死亡することはなくなったが、今度はその分の購入費が重い負担になった。  これらの責任は、言うまでもなく事故を起こした東電にあるが、Aさんによると「酪農家として納得できる賠償」は行われず、協議がまとまらないと賠償金の支払いは後ろ倒しになった。未払いの間にかかる資金は自分で工面しなければならない不満も重なった(詳細は本誌2016年8月号「カリ過剰牧草で『牛の大量死』発生」参照)。  ただ、そんな困難にも負けず酪農を続けてきたAさんが「やめる」と言うのだから、余程厳しい状況に置かれていたことが想像できる。  12月上旬、久しぶりにAさんの牧場を訪ねると牛は1頭もおらず、ガランとした牛舎には一人で片付けをするAさんの姿があった。  「昨日、最後の1頭を引き取ってもらってね」  と言いながら、Aさんが筆者に見せたのは飼料の請求書だった。8月5日付発行と11月9日付発行の2通ある。見比べて驚いた。わずか3カ月で1・1~1・4倍に値上がりしていたのだ。 戦争と円安で配合飼料単価が急騰  Aさんは2018年と22年の配合飼料単価の推移を月ごとに記録していた(別表の通り)。それを見ると18年はほぼ横ばいだが、22年は夏にかけて大幅に上がっている。18年と22年を比べても、22年は全体的に高くなっている。  「年々値上がりはしていたが、2022年になってロシアによるウクライナ侵攻が始まると価格が一気に上がった。そこに、急激な円安が追い打ちをかけた」(同)  配合飼料はトウモロコシなどの穀物が原料で、主に輸入でまかなわれている。今は世界的な穀物不足で配合飼料の生産量も増えない状況。そこに、ウクライナ侵攻と円安が直撃し、急激な価格高騰を引き起こした。その上がり方は別表2022年の推移からも一目瞭然だ。  Aさんが原発事故以降、自給牧草から購入牧草に切り替えたことは前述した。その購入牧草も主に輸入でまかなわれているが、自給牧草なら少しは餌代を抑えられたのか。  「自分で牧草をつくれば手間ひまがかかるし、機械のリース代や油代もかさむ。結局、つくっても買っても餌代はそれほど変わらなかったと思う」(同)  価格上昇は餌代だけでなく、燃料や電気料金、機械の部品類、タイヤなど、仕事に関わるあらゆる部分に見られた。こうなると、自助努力ではどうにもならない。  「原発事故の賠償金をもらっているうちは何とかなったが、数年前に打ち切られ、その後いろいろな物が値上がりし出すと、あとは〝つくっても赤字〟になった」(同)  Aさんの牧場でも、毎月十数万円ずつ赤字が膨らんでいったという。  こうした酪農家の窮状を受け、国は緊急支援策として経産牛(出産を経験した雌牛)1頭当たり1万円の補助を行うことを決めたが、実際に手元に入るのは2月ごろという。  「今困っているのに、もらえるのが何カ月も先では意味がない。1頭1万円では焼け石に水だしね」(同)  生乳の生産調整のため、乳量が少ない低能力牛を2023年9月までに淘汰すると1頭当たり15万円、10月以降だと同5万円を補助する事業も始まるが、産地では評価する声がある半面、家族同様に育てている牛を淘汰することに抵抗を感じる酪農家は少なくない。「本来取り組むべきは在庫調整ではないか」という批判も多く聞かれる。  その生乳は、卸売り価格が11月出荷分から3年半ぶりの値上げとなる1㌔当たり10円引き上げられ、120円近くになった。  「ただ乳を多く絞るには、その分餌を与えなければならない。でも餌代はどんどん上がっており、餌を多く与えるのは難しい。結局、卸売り価格は上がっても、儲けを見込めるだけの出荷量は出せない」(同)  そもそも卸売り価格が上がるということは、最終的には小売価格に跳ね返るので、ただでさえ牛乳離れが進む中、需要が一段と落ち込むのは避けられない。 「明るい未来が描けない」  県でも、輸入粗飼料を緊急的に購入している酪農家に1㌧当たり最大5000円を補助しているが、月を追うごとに値上がりする中、定額補助では価格上昇分を補填できず、実態を反映した支援とは言い難い。12月補正では配合飼料1㌧当たり2700円を補助する予算を計上し、補助金などの申請手続きを簡素化する支援策も打ち出したが、酪農家からすると〝無いよりはマシ〟というのが本音だろう。  Aさんが廃業を決めたのは昨年4月で、配合飼料単価が高騰し始めたころだが、その時点で既に厳しさを感じていたということは、今も経営を続ける酪農家はもっと厳しい状況にあるということだ。  「私は余計な借金をしていなかったから廃業を決断できた面もある。もし多額の借金があったら、返済を続けるため、やめたくてもやめられなかったと思う」(同)  実際、知り合いの酪農家の中には県の畜産・酪農収益力強化整備等特別対策事業を活用して施設を整備したり機械を導入し、最大2分の1の補助を受けたものの、事業を中止・廃止すると補助金の全部または一部の返還を求められるため、借金を抱えている人と同様、やめたくてもやめられないのだという。地域によってはバター不足を受け、増産に対応しようと施設に投資したのに生乳の生産調整に見舞われ、行き詰まった酪農家もいるという。  「私は補助も受けていなかったので、それほど悩まず廃業を決断できたのは幸いだった」(同)  カリ過剰問題に直面していた時は50頭の牛がいたが、廃業を決断した時点では38頭だった。そのうち5、6頭を食肉用として処分し、山形の酪農家に7頭、宮城の酪農家に5頭、新潟の酪農家に7頭を譲った。残りは家畜商に依頼し家畜市場などで売却したが、価格はピーク時の半額以下で、中には取り引きが成立しなかった牛もいた。  Aさんは67歳。トラクターなど金に換えられるものは売却し、今後は年金を頼りに家族で食べる分だけの畑を耕していく。  「農家は高齢化と後継者不足に直面している。自分もそうで、そのうちやめるだろうとは思っていたが、急激な餌代高騰などで想定よりも早くやめる羽目になった。自分は借金もなく、補助も受けていなかったのですんなりやめられたが、私みたいにどんどんやめていけば国内の生乳はまかなえなくなる。かと言って牧場経営を続けるにも適切な支援がなく、酪農は明るい未来が描けない状況にある。国や県には本気で酪農家を守る気があるのかと言いたい。これでは、将来酪農家になる人なんていませんよ」(同)  県畜産課が作成した資料「福島の畜産2021」によると同年の乳牛飼育頭数は対前年比1・7%減の1万1800頭、酪農家戸数は同5・4%減の283戸、1戸当たりの飼養頭数は同4・0%増の41・7頭だった。飼育頭数も戸数も減っているのに1戸当たりの飼養頭数が増えているのは、廃業した酪農家から譲り受けたためとみられる。  ちなみに震災前の2010年は、乳牛飼育頭数1万7600頭、酪農家戸数567戸、1戸当たりの飼養頭数31・0頭だった。震災前から飼育頭数は3割減り、戸数は実に半減している。  この数値を見ただけでも酪農家の離農の多さが伝わってくるが、餌代高騰の影響が反映される2022年のデータはさらに厳しい数値が並ぶことが予想される。  県畜産課や県酪農業協同組合に取材を申し込んだが、前者は伊達市と飯舘村で発生した鳥インフルエンザへの対応、後者はまさに酪農家への支援に奔走中で、締め切りまでに面談やコメントを寄せるのは難しいとのことだった。  12月5日付の日本農業新聞によると、同紙が全国10の指定生乳生産者団体に生乳の出荷戸数を聞き取った結果、10月末は約1万1400戸と4月末に比べ約400戸(3・4%)減、2021年の同期間の約280戸(2・3%)減よりペースが加速していることが分かった。各団体は飼料高騰による経営悪化を理由に挙げたという。  急速に進む酪農家の離農を止める術は今のところ見当たらない。 県内新規就農者が過去最多のワケ  県内の2022年度(21年5月2日から22年5月1日まで)の新規就農者数が過去最多の334人となった。県によると、現行の調査を始めた1999年度以降で300人を超えたのは初めて。  新規就農者数の推移は別掲のグラフの通り。震災・原発事故の翌年は142人と大きく落ち込んだが、200人台まで回復した後はずっと横ばいが続いていた。  「300人の壁」を突破できた背景には何があったのか。関係者を取材すると、他県にはない就農支援と就農形態の変化が影響していることが見えてきた。  昨年秋に県内5カ所で開かれた就農相談会「ふくしま農業人フェア」は大勢の人で賑わった。県農業担い手課によると、来場者数はいわき会場(10月31日)41人、会津会場(11月6日)41人、県南会場(同12日)22人、県北会場(同13日)77人、県中会場(同20日)133人。どの会場も、担当者と真剣に話し込む来場者の姿があった。  当日県北会場に行っていたという同課の栁沼浩主幹(担い手担当)は次のように話す。  「来場者の年齢層は幅広いが、男女比で言うと女性の方が多い。県北会場には宮城県気仙沼市から来た女性2人もいて、担当者にあれこれ質問していました」  栁沼主幹によると「ふくしま農業人フェア」は2019年度からスタートしたが、この手の相談会を開いている県は少ないという。  「気仙沼から来た女性2人に『なぜ福島の相談会に?』と尋ねると、宮城では相談会をやっておらず、就農したくても情報を得る機会が少ないと言うのです」(同)  もちろん、全く開いていないわけではなく、相談窓口も設けられてはいるが、調べると、県主催で何百人も参加するような相談会を開いているのは、東北地方では福島県と岩手県だけだった。 若者に人気の農業法人お試し就農  さらに、福島県の強みとなっているのが雇用機会を創出するために始めた「お試し就農」だ。新規就農したい人と雇用者を求める農業法人をマッチングし、4カ月間、お試しで就農できる仕組み。就農したい人にとっては、現場の体験はもちろん、労務や人的つながりなど就農に必要な知識と経験を得ることができる。一方、採用してもすぐに辞められてしまうという悩みを抱えていた農業法人にとっては、お試し期間を通じて戦力になるか否かを見定めることができる。その間の人件費は県が負担してくれる点も大きな魅力だ。  「2021年度は30人がお試し就農に臨み、そのうち22人が農業法人に正式採用された。採用率は7割超なので、マッチングは機能していると思います」(同)  新規就農というと、自分で田畑を持ち、資機材を揃え、作物をつくる「自営就農」を思い浮かべがちだ。しかし新規就農者の半分以上は、お試し就農のように、農業法人に就職する「雇用就農」で占められている実態がある。前述した2022年度の新規就農者334人も内訳を見ると、自営就農165人、雇用就農169人となっている。 増える農業法人への就職  JA福島中央会技術常任参与の武田信敏氏はこう説明する。  「自営就農するには農業技術を備えていることはもちろん、土地や資機材などを準備しなければならず、それなりの初期投資がかかるため始めるにはハードルが高い。そこで、まずは農業法人に就職し、技術やノウハウを学びながら資金を準備し、将来の独立(自営就農)を目指す人が増えているのです」  農業法人は、担い手も後継者もいない高齢農業者にとって大きな助けになっており、舞い込む仕事もどんどん増えている。2022年3月現在、県内には農業法人が739法人あり(農地所有適格法人+認定農業者法人-重複する法人で計算)、人手はいくらあっても困らないというから、若者の働き口としても注目が集まっている。  「農業というと土いじりが真っ先に思い浮かぶが、近年はICT技術を導入したスマート農業が普及し、そういう方面は若者の方が長けているから、魅力的な就職先として農業法人が選ばれているのです」(同)  前述した就農形態の変化とは、このことを指しているのだ。  県農業担い手課の栁沼主幹も補足する。  「2022年度の自営就農165人を見ると野菜79人、果樹35人、水稲32人、花き12人、畜産3人、その他4人となっているが、このうち野菜と花きはICT技術を取り入れたハウス栽培が多い。若者にとっては、最先端の技術を用いて新しい農業にチャレンジできることが魅力になっているようです」  そんな自営就農に対しては、開始時のハードルの高さを考慮し、経営が軌道に乗るまでの支援策が用意されている。  例えば農林水産省では、都道府県が認める道府県の農業大学校等の研修機関で研修を受ける就農希望者に月12万5000円(最長2年)を交付する就農準備資金や、新規就農する人に農業経営を始めてから経営が安定するまで月12万5000円(最長3年)を交付する経営開始資金などを設けている。交付を受けるにはさまざまな要件を満たす必要があるが、こうした支援制度は収入が全くない状態から農業経営を始める自営就農者を大きく後押ししている。  「農業=厳しい」というイメージが定着する中、新規就農者が増えているのは喜ばしいことだ。栁沼主幹も「県の取り組みがようやく根付いてきたと思う」と自信を深め、武田氏も「300人の壁を突破できたのは正直嬉しい」と笑顔を見せる。  しかし筆者が気になるのは、新規就農者が増える半面、定着率はどうなっているのかという点だ。  12月1日付の福島民報に、今年3月に福島大学食農学類を1期生として卒業する23歳の男性と22歳の女性が新卒就農するという記事が掲載されたが、その中に《最近5年間の新規就農者のうち約3割が既に離農。いかに定着させるかが課題だ》という一文があった。  新卒者の離職率は業種を問わず年々高まっているので、離農率3割を殊更高いと言う気はないが、新規就農者が過去最多という「明」を紹介するなら、離農率3割の「暗」にも触れないとバランスを欠く。  ただ県農業担い手課の栁沼主幹によると、離農率3割は正確な数値ではないという。  「例えば雇用就農から自営就農に切り替えた人や、親元で就農していた人が独立するなど、就農の形態を変えた人は『いったん離農した』とカウントされるため、実際は離農していない人が多いのです」  県は新規就農者の追跡調査を行っていないため「正確な離農者数は分からない」(同)。ただ、市町村が認定する認定新規就農者の5年後定着率は95・7%(2020年度現在)と高く、他の業種で新卒者の定着率が低いことを考えると、新規就農者は腰を据えて農業に従事していると言っていいのではないか。  「県でも認定新規就農者を全面サポートしており、もし初年度に失敗したら、専門家に依頼して原因を分析し、翌年の農業経営につなげるといった離農を防ぐ取り組みにも注力しています」(同)  JA福島中央会の武田氏も定着率が高い秘密をこう明かす。  「新規就農する人はある種の覚悟を持っている。いざ始めるにはハードルが高いので、生半可な気持ちで取り組む人はいない。だから、すぐに離農する人が少ないのです」  取材を締めくくるに当たり、両氏に今後の課題を尋ねてみた。  栁沼主幹は「新規就農者が300人を超えたとはいえ、あくまで単年度の結果に過ぎない。これを機に、どうやって安定確保につなげていくか、今までの取り組みを充実させつつ、新たな取り組みを模索する必要がある」と語る。  新たな取り組みの一つが、今年度から県内七つの農林事務所に就農コーディネーターを配属したことだ。新規就農者の相談にワンストップで対応し、当人の意向に沿った就農の実現を包括的にサポートしている。  一方、武田氏は「食える農業を実現するため、国の支援だけでなく市町村や地域、地元JAが新規就農者をサポートすることが大切」と指摘する。国の支援はある程度充実してきたが、「市町村や地域の支援にはまだまだ温度差がある」(同)というから、改善次第では新規就農者数はさらに増えていくかもしれない。  東北地方では山形県に次いで新規就農者が多い福島県。新規就農者の中には県外出身者もおり、その増加は移住・定住の促進にもつながる。福島県を就農先として選んでもらえるよう、相談窓口や支援策のさらなる充実が求められる。 あわせて読みたい 【国見町移住者】新規就農奮闘記

  • 【本宮市商工会・本宮LC・本宮RC】子ども食堂に広がる支援の輪 

     本宮市商工会(石橋英雄会長)は昨年12月、同市社会福祉協議会と市内の子ども食堂5団体に寄付金や日用品、コメ、食品などを贈呈した。同商工会は、通常業務以外にも社会貢献活動に積極的に取り組んでいる。昨年7月に同社協とフードバンク事業協定を結び、贈呈は今回で2回目。「地域の子どもを元気にしたい」という思いからスタートした支援の輪は徐々に広がり、同商工会の趣旨に賛同した本宮ライオンズクラブ(佐藤仁会長)、本宮ロータリークラブ(佐々木嘉宏会長)が新たに活動に加わった。協賛会員も38事業所に増加しコメ、野菜、寄付金のほか、おもちゃや児童書も贈られた。  贈呈式で石橋商工会長は「この活動も徐々に規模が大きくなってきている。まだまだ知られていない取り組みだったが、マスコミの報道により地元の大きな企業も是非参加させてほしいとの申し込みがあり賛同を得られた。一過性で終わること無く長期間継続し、本宮市だけでなく近隣市町村、福島県全域に活動の輪が広がっていくことに期待したい」と語った。  子ども食堂の代表者は「まだまだ子ども食堂を取り巻く状況は厳しい。調理師など専門家もいるがほとんどがボランティアで構成されている。本当に支援を必要としている人の利用は少ないように思えるが、もっと気軽に声をかけてもらえれば色々な手助けが出来ると思う。スタッフも高齢になって活動も鈍くなっているが地域の賑わいや子どもたちの健康を願って頑張っていきたい」と謝辞を述べた。  別の受贈者は「少人数で活動しているため、自分の活動が本当に役立っているのか、気持ちが落ち込む時もあります。ですが、皆さんの声援と子どもの元気な顔を見ると頑張る力になります」と話した。  日本は子どもの貧困率が年々問題になっている。現場の支援者たちの苦労に地域は支援の輪で報いたい。これからを担う子どもが元気に育ってほしいという思いは誰もが一緒。支援の輪がもっと広まることを願う。  本宮市と同商工会では、経済の落ち込みにもテコ入れをしている。新型コロナ後に第2弾となる30%のプレミアム付き商品券を発行し、2月17日まで利用を受け付けている。今回は1万セット販売した。  参加店は約600店舗。飲食店や小売店以外にも、建設会社、電気設備会社、左官業、板金業なども参加しているので、修理にも使えて便利。迷ったら「この券使えますか」と差し出せばほとんどが受け付けてくれるだろう。せっかく買っても引き出しの奥に眠っているかもしれない。地元経済を回すためにも、使い切ってほしい。

  • 【JAグループリポート2023】創立70周年記念大会で誓い新たに【JA福島女性部協議会】

     JA福島女性部協議会は昨年11月11日、福島市のパルセいいざかで創立70周年記念大会を開催した。JA女性部員ら約1000人が参加し、活動をさらに広げていくことを誓い合った。 創立70周年記念大会の様子  大会では10年間の功労者・優良JA女性部の表彰や各JA女性部の情勢報告、フリーアナウンサーの鏡田辰也さんの記念講演などが行われた。  児山京子副会長が開会を告げた後、菅野まゆみ監事の発声で、参加者全員がJA女性組織綱領を唱和した。  千枝浩美会長が「女性部を次世代につなげていくために、部員を増やし、女性組織の輪をさらに広げていきたい」とあいさつした。 千枝浩美JA福島女性部協議会会長  個人表彰では「特別功労者表彰」「功労者表彰」「特別賞」「優秀賞」の13人に千枝会長が表彰状と記念品を手渡した。 組織表彰では「JA女性組織仲間づくり旅行企画表彰」「あなたに届けるJA健康寿命100歳弁当コンテスト」の5組織が表彰を受けた。  表彰後、「特別功労者表彰」を受賞した大川原けい子さんが受賞者を代表して謝辞を述べた。  続いて、井出孝利副知事、管野啓二JA福島五連会長、折笠明憲JA福島県青年連盟委員長が祝辞を述べた。  情勢報告では、鈴木ハル江副会長が「JA福島女性部協議会のあゆみ」を発表した後、各JAの女性部長が動画と写真で、これまでの活動を報告した。さらに「東日本大震災からの復興」として、県内JA女性部の取り組みを報告した。  その後、鏡田さんが記念講演した。鏡田さんは「笑う門には福来る」と題して、アナウンサーになる前から現在までのさまざまな出来事についてユーモアを交えながら講演。会場は部員らの笑い声に包まれた。  最後に、中根まり子監事が読み上げた6つの項目の「申し合わせ」を採択した。  同協議会は、これまでJAや地域の人々と連携し、人々の命を育む食と農への理解を広げ、誰もが安心して暮らせる豊かな地域社会の実現に向けて活動してきた。  この大会を通してこれまでの歩みを振り返るとともに、女性部活動に誇りと自信を持つことを共有し、今後も人々の心豊かな暮らしを守っていく考えだ。 JA福島中央会が運営するJAグループ福島のホームページ あわせて読みたい 【JA福島五連】管野啓二会長インタビュー

  • 鏡田辰也アナウンサー「独立後も福島で喋り続ける」

     ラジオ福島の名物アナウンサー・鏡田辰也さん(58)が9月末で退社し、フリーアナウンサーとして独立した。大きな節目を迎えたタイミングで、アナウンサー人生と独立の理由について語ってもらった。  かがみだ・たつや 1964年2月生まれ。広島県出身。東洋大卒。1988年にラジオ福島入社。2002年にギャラクシー賞DJパーソナリティー賞受賞。TUF「ふくしまSHOW」にも出演。9月末、ラジオ福島を退社し、フリーアナウンサーとなった。  「テレビ出演時、顔にメイクをしたら、お肌に異変を感じたんです。深刻な病気かと思い、すぐ皮膚科に相談したら、『老人性イボですね』と言われて終わりでした。ワハハ」  ラジオからにぎやかな笑い声が流れる。平日13時から16時、ラジオ福島で放送されている生ワイド番組「Radio de Show(ラジオでしょう)」の一幕だ。  マイクの前に座るのは水・木曜日担当の鏡田辰也さん。〝カガちゃん〟の愛称で知られ、同社で30年以上喋り続ける人気アナウンサーだ。  冒頭のようなエピソードを話しつつ、番組に訪れるゲストの話も引き出し、リスナーから寄せられたメールを逐一紹介して話を広げていく。  同社のスタジオはすべて一人で操作する「ワンマンコントロール」。生ワイドはやることが多いので、制作ディレクターが1人付いているが、CMまでの時間管理や放送機材操作は基本的に鏡田さんが担う。ほぼ1人で番組を進行しているわけ。  驚かされるのはトーク内容に関する台本すら全く用意していないということだ。 3時間の生ワイド放送中はトークしながら試食も担当し、放送機材(写真下)も操作するなど大忙し  「時間になったらマイクの前に座って話すだけ。典型的な『アドリブ派』です。昔から読書と映画が好きで、自宅には数百冊の蔵書と大量のブルーレイ・DVDがあります。それらの〝引き出し〟があるからよどみなく話せるのかもしれません」  その能力を生かし、ラジオDJのほか、講演会、イベント、結婚式のMC(司会)なども数多く務めてきた。2020年には、テレビユー福島で毎週水曜夜7時から放送されている地域情報バラエティー番組「ふくしまSHOW」のMCに起用された。他局ではニュースや人気バラエティー番組が放送されている時間帯だが、視聴率は好調で、「『いつもテレビ見ています』と声をかけてくれる方が多くなりました」と笑う。  1964(昭和39)年2月5日、広島県広島市生まれ。実家はJR広島駅前で宿泊業を営む。小さいころから一人で喋り続け、周りの大人からは「客商売向きだ」、「よしもと新喜劇に行け」と言われていた。  東京に行きたくて東洋大に進学。3年生のとき、大学生協の購買部で「東京アナウンスアカデミー」というアナウンス専門学校のチラシが目に入った。「家業を継ぐ前に、きれいな日本語を身に付けるのもいいかも」。気軽な気持ちで入校し、アナウンス技術を学ぶうち、「広島に帰る前に、何年かアナウンサーをやってみたい」と思うようになった。 4年目に迎えた転機  就職活動本番。全国のテレビ・ラジオ局を30社ぐらい受けたが全滅した。既卒となると採用のハードルがさらに上がるため、〝自主留年〟して、翌年も就職活動に再挑戦したが、すべて落ちた。  あきらめて他業種に就職するつもりだったが、2月になって、専門学校から「ラジオ福島で欠員募集が出た」と連絡が入った。ラジオ福島はは2年連続で入社試験に落ちていた。あきらめ半分で試験に臨んだところ、まさかの「内定」が出た。  〝滑り込み〟で始まったアナウンサー人生だったが、入社直後も苦難が続いた。  「先輩方から『暗い』、『笑い方が変』と毎日注意を受け、自社制作CMには『鏡田以外で』と指定が入ったほど。笑うこと、話すことがうまくできなくなり、いつも下を向いて歩いていました。任される仕事は時刻告知や列車情報を読み上げるぐらいで、中継や番組には使ってもらえませんでした」  転機となったのは入社4年目。JR福島駅前からの中継を任されたとき、スタジオにいる先輩アナウンサーから「そこで美空ひばりの曲を歌って」と〝無茶振り〟された。思い切って「真赤な太陽」を歌ったら、思いがけず観衆から拍手をもらった。  「たとえ自信が無くても一生懸命やる姿を見せることが大事なのか」。鏡田さんの中で何かが吹っ切れた。  「笑う門には福来る」をモットーに、気取らずに笑って話すことを心掛けた。しばらくすると、夜11時から放送されていた「rfcロックトーナメント」という若者向けの音楽番組を任されるようになった。  自分の好きなアーティストの応援ハガキを送り、その数でランキングが決まるシステムが売りだった。当初こそ前任の女性アナと比較されたが、気取らない鏡田さんのキャラはすぐリスナーに受け入れられた。何より音楽を好んで聞いていた鏡田さんに打ってつけの内容だった。番組には毎月5000通ものハガキが寄せられた。  音楽関係者も注目するようになり、ビッグアーティストが東北でPRキャンペーンを展開するとき、番組を訪れるようになった。  入社7年目の1995年4月には、鏡田さんをメーンMCとするお昼の生ワイド番組「かっとびワイド」がスタートした。  曜日ごとに選ばれた相手役のパーソナリティーはいずれも曲者ぞろい。思ったことは何でも口にする昭和2年生まれの「ハッピーチエちゃん」こと二宮チエさん。豪快なトークが持ち味の演歌歌手・紅晴美さん。鏡田さんの私生活も容赦なくネタにするお笑いコンビ・母心(ははごころ)。  そんなメンバーからの厳しい〝ツッコミ〟に対し、鏡田さんが変幻自在のトークで「笑い」にして返す。にぎやかで予測不能な掛け合いが評判を集め、同社の看板番組となった。その後タイトルを変えながら、25年以上にわたり放送され続けている。  「『鏡田さんの笑い声を聞くと元気が出る』というお便りをたくさんいただきました。私にとっては宝物で、いまも大切に保管してあります」  同番組でのトークが評価され、2002(平成14)年には、放送批評懇談会が主催するギャラクシー賞のDJパーソナリティー賞を、地方局のAMラジオアナウンサーとして初めて受賞した。  2005(平成17)年には、TBSをはじめとするJNN・JRN系列各局の優秀なアナウンサーに与えられる「アノンシスト賞」のラジオフリートーク部門で最優秀賞を受賞。就職活動も新人時代も〝落ちこぼれ〟だった鏡田さんが、全国に認められるアナウンサーとなった。 退社を決断した理由  一方で挫折もあった。東日本大震災・東京電力福島第一原発事故発生直後には、深刻な状況に直面して何も喋れなくなった。3・11から5日後、上司である大和田新アナウンサー(当時)に退職を申し出た。大和田さんにはこう励まされた。  「今はつらいかもしれないけれど、福島県が鏡田の声を必要とするときがきっと来る。それがいつなのか約束できないけど、いまは歯を食いしばって頑張ってくれ」  同社では発災時から350時間にわたりCMをカットして連続生放送を行った。鏡田さんもスタジオに入り、情報を伝え続けた。必死過ぎてそのときの記憶はほとんど残っていないという。  ただ同年5月、郡山市内のホテルで震災・原発事故後初めて開かれたイベントはよく覚えている。紅晴美さんや母心とのイベントに多くのリスナーが集まった。その姿を見て、イベント開始直後から涙が止まらなくなった。これからも自分にしかできない明るい放送をリスナーに届け続けよう――そう決意した。  そんな鏡田さんがこの秋、大きな決断をした。定年退職前にラジオ福島を退社し、フリーアナウンサーとなったのだ。  「4月に編成局長を任されたが、局長職業務を完璧にこなしながら、放送やイベントの仕事をいままで通り続けるのは、自分には難しいと感じました。しばらく考えた結果、アナウンサーとしての仕事を自分のペースで続けたい、という思いが勝った。そのため、会社と話し合って退職を決めました。おかげさまで独立後もラジオ・テレビのレギュラー番組は継続させていただいています」  卓越したMCスキルとアナウンス技術、30年以上の経験、幅広い人脈……これらを備えたアナウンサーは全国でもまれで、一層の活躍が期待されるが、鏡田さんはこう語る。  「ラジオは喋り手が身近な存在に感じられるし、スマホでも聞ける。さらには『ながら聞き』できるなど大きな可能性を秘めている。これからもラジオに関わり続けたいし、テレビでは地域密着型番組も担当しているので、明るい放送で福島県を盛り上げていきたい」  今日もスピーカーから明るい笑い声が流れてきた。太陽のような〝カガちゃん〟の存在が福島県を明るく照らし続ける。 あわせて読みたい 【櫻井・有吉THE夜会で紹介】車中泊×グルメで登録者数10万人【戦力外110kgおじさん】

  • 南東北病院「移転」にゼビオが横やり

     県は2022年11月8日、郡山市富田町の旧農業試験場跡地を売却するため条件付き一般競争入札を行い、総合南東北病院を運営する脳神経疾患研究所(郡山市、渡辺一夫理事長)など5者でつくる共同事業者が最高額の74億7600万円で落札した。同研究所は南東北病院をはじめ複数の医療施設を同跡地に移転させ、2027年度をめどに開設する計画。  同跡地はふくしま医療機器開発支援センターに隣接し、同市が医療機器関連産業の集積を目指すメディカルヒルズ郡山構想の対象地域になっている。そうした中、同研究所が2021年8月、同跡地に移転すると早々に発表したため、入札前から「落札者は同構想に合致する同研究所で決まり」という雰囲気が漂っていた。自民党の重鎮・佐藤憲保県議(7期)が裏でサポートしているというウワサも囁かれた。  ところが2022年夏ごろ、「ゼビオが入札に参加するようだ」という話が急浮上。予想外のライバル出現に同研究所は慌てた。同社はかつて、同跡地にトレーニングセンターやグラウンド、研究施設などを整備する計画を密かに練ったことがある。  ある事情通によると「ゼビオはメディカルヒルズ郡山構想に合致させるため、スポーツとリハビリを組み合わせた施設を考えていたようだ」。しかし、入札価格が51億5000万円だったため、同社は落札には至らなかった。ちなみに県が設定した最低落札価格は39億4000万円。  同研究所としては、本当はもっと安く落札する予定が、ゼビオの入札参加で想定外の出費を強いられた可能性がある。 あわせて読みたい 【郡山】南東北病院「県有地移転案」の全容

  • 【第3弾】【喜多方市】未来に汚染のツケを回した昭和電工

     昭和電工は2023年1月に「レゾナック」に社名変更する。高品質のアルミニウム素材を生産する喜多方事業所は研究施設も備えることから、いまだ重要な位置を占めるが、グループ再編でアルミニウム部門は消え、イノベーション材料部門の一つになる。土壌・地下水汚染対策に起因する2021年12月期の特別損失約90億円がグループ全体の足を引っ張っている。井戸水を汚染された周辺住民は全有害物質の検査を望むが、費用がかさむからか応じてはくれない。だが、不誠実な対応は今に始まったことではない。事業所は約80年前から「水郷・喜多方」の湧水枯渇の要因になっていた。 社名変更しても消えない喜多方湧水枯渇の罪  「昭和電工」から「昭和」の名が消える。2023年1月に「レゾナック」に社名変更するからだ。2020年に日立製作所の主要子会社・日立化成を買収。世界での半導体事業と電気自動車の成長を見据え、エレクトロニクスとモビリティ部門を今後の中核事業に位置付けている。社名変更は事業再編に伴うものだ。  新社名レゾナック(RESONAC)の由来は、同社ホームページによると、英語の「RESONATE:共鳴する、響き渡る」と「CHEMISTRY:化学」の「C」を組み合せて生まれたという。「グループの先端材料技術と、パートナーの持つさまざまな技術力と発想が強くつながり大きな『共鳴』を起こし、その響きが広がることでさらに新しいパートナーと出会い、社会を変える大きな動きを創り出していきたいという強い想いを込めています」とのこと。  新会社は「化学の力で社会を変える」を存在意義としているが、少なくとも喜多方事業所周辺の環境は悪い方に変えている。現在問題となっている、主にフッ素による地下水汚染は1982(昭和57)年まで行っていたアルミニウム製錬で出た有害物質を含む残渣を敷地内に埋め、それが土壌から地下水に漏れ出したのが原因だ。  同事業所の正門前には球体に座った男の子の像が立つ=写真。名前は「アルミ太郎」。地元の彫刻家佐藤恒三氏がアルミで制作し、1954(昭和29)年6月1日に除幕式が行われた。式当日の写真を見ると、着物を着たおかっぱの女の子が白い布に付いた紐を引っ張りお披露目。工場長や従業員とその家族、来賓者約50人がアルミ太郎と一緒に笑顔で写真に納まっていた。アルミニウム産業の明るい未来を予想させる。 喜多方事業所正門に立つ像「アルミ太郎」  2018年の同事業所CSRサイトレポートによると「昭和電工のアルミニウムを世界に冠たるものにしたい」という当時の工場幹部及び従業員の熱い願いのもと制作されたという。「アルミ太郎が腰掛けているのは、上記の世界に冠たるものにしたいという思いから地球を模したものだといわれています」(同レポート)。  同事業所は操業開始から現在まで一貫してアルミニウム関連製品を生産している。それは戦前の軍需産業にさかのぼる。 誘致当初から住民と軋轢  1939(昭和14)年、会津地方を北流し、新潟県に流れる阿賀川のダムを利用した東信電気新郷発電所の電力を使うアルミニウム工場の建設計画が政府に提出された。時は日中戦争の最中で、軽量で加工しやすいアルミニウムは重要な軍需物資だった。発電所近くの喜多方町、若松市(現会津若松市)、高郷村(現喜多方市高郷町)、野沢町(現西会津町野沢)が誘致に手を挙げた。喜多方町議会は誘致を要望する意見書を町に提出。町は土地買収を進める工場建設委員会を設置し、運搬に便利な喜多方駅南側の一等地を用意したことから誘致に成功した。  喜多方市街地には当時、あちこちに湧水があり、住民は生活用水に利用していた。電気に加え大量の水を使うアルミニウム製錬業にとって、地下に巨大な水がめを抱える喜多方は魅力的な土地だった。  誘致過程で既に現在につながる昭和電工と地域住民との軋轢が生じていた。土地を提供する豊川村(現喜多方市豊川町)と農民に対し、事前の相談が一切なかったのだ。農民・地主らの反対で土地売買の交渉は思うように進まなかった。事態を重く見た県農務課は経済部長を喜多方町に派遣し、「国策上から憂慮に堪えないので、可及的にこれが工場の誘致を促進せしめ、国家の大方針に即応すべきであることを前提に」と喜多方町長や豊川村長らに伝え、県が土地買収の音頭を取った。  近隣の太郎丸集落には「小作農民の補償料は反当たり50円」「水田反当たり850~760円」払うことで折り合いをつけた。高吉集落の地主は補償の増額を要求し、決着した。(喜多方市史)。  現在の太郎丸・高吉第一行政区は同事業所の西から南に隣接する集落で、地下水汚染が最も深刻だ。汚染が判明した2020年から、いまだに同事業所からウオーターサーバーの補給を受けている世帯がある。さらには汚染水を封じ込める遮水壁設置工事に伴う騒音や振動にも悩まされてきた。ある住民男性は「昔からさまざまな我慢を強いられてきたのがこの集落です。ですが、希硫酸流出へのずさんな対応や後手後手の広報に接し、今回ばかりは我慢の限界だ」と憤る。  実は、公害を懸念する声は誘致時点からあった。耶麻郡内の農会長・町村会長(喜多方町、松山村、上三宮村、慶徳村、豊川村、姥堂村、岩月村。関柴村で構成)は完全なる防毒設備の施工や損害賠償の責任の明確化を求め陳情書を提出していた。だが、対策が講じられていたかは定かではない(喜多方市史)。 喜多方事業所を南側から撮った1995年の航空写真(出典:喜多方昭寿会「昭和電工喜多方工場六十年の歩み」)。中央①が正門。北側を東西にJR磐越西線が走り、市街地が広がる。駅北側の湧水は戦前から枯れ始めた。写真左端の⑰は太郎丸行政区。  記録では1944(昭和19)年に初めてアルミニウムを精製し、汲み出した。だが戦争の激化で原料となるボーキサイトが不足し、運転停止に。敗戦後は占領軍に操業中止命令を食らい、農園を試行した時期もあった。民需に転換する許可を得て、ようやく製錬が再開する。  同事業所OB会が記した『昭和電工喜多方工場六十年の歩み』(2000年)によると、アルミニウム生産量はピーク時の1970(昭和45)年には4万2900㌧。それに伴い従業員も増え、60(昭和35)~72(昭和47)年には650~780人を抱えた。地元の雇用に大きく貢献したわけだ。  喜多方市史は数ある企業の中で、昭和30年代の同事業所を以下のように記している。  《昭和電工(株)喜多方工場は、高度経済成長の中で着実な成長を遂げ、喜多方市における工場規模・労働者数・生産額ともに最大の企業となった。また喜多方工場が昭和電工㈱内においてもアルミニウム生産の主力工場にまで成長した》  JR喜多方駅の改札は北口しかないが、昭和電工社員は「通勤者用工場専用跨線橋」を渡って駅南隣の同事業所に直接行けるという「幻の南口」があった。喜多方はまさに昭和電工の企業城下町だった。  だが石油危機以降、アルミニウム製錬は斜陽になり、同事業所も規模を縮小し人員整理に入った。労働組合が雇用継続を求め、喜多方市も存続に向けて働きかけたことから、アルミニウム製品の加工場として再出発し、現在に至る。  同事業所が衰退した昭和40年代は、近代化の過程で見過ごされてきた企業活動の加害が可視化された「公害の時代」だ。チッソが引き起こした熊本県不知火海沿岸の水俣病。三井金属鉱業による富山県神通川流域のイタイイタイ病。石油コンビナートによる三重県の四日市ぜんそく。そして昭和電工鹿瀬工場が阿賀野川流域に流出させたメチル水銀が引き起こした新潟水俣病が「四大公害病」と呼ばれる。 ※『昭和電工喜多方工場六十年の歩み』と同社プレスリリースなどより作成  同じ昭和電工でも、喜多方事業所は無機化学を扱う。同事業所でまず発覚した公害は、製錬過程で出るフッ化水素ガスが農作物を枯らす「煙害」だった。フッ化水素ガスに汚染された桑葉を食べた蚕は繭を結ばなくなり、明治以来盛んだった養蚕業は昭和20年代後半には壊滅したという。  もっとも、養蚕は時代の流れで消えゆく定めだった。同事業所が地元に雇用を生んだという意味では、プラスの面に目を向けるとしよう。それでも煙害は、米どころでもある喜多方の水稲栽培に影響を与えた。周辺の米農家は補償をめぐり訴訟を繰り返してきた。前述・アルミ太郎が披露された1954年には「昭電喜多方煙害対策特別委員会」が発足。希望に満ちた記念撮影の陰には、長年にわたる住民の怒りがあった。 地下水を大量消費  フッ化水素ガスによる農産物への被害だけでなく、同事業所は地下水を大量に汲み上げ、湧水枯渇の一因にもなっていた。「きたかた清水の再生によるまちづくりに関する調査研究報告書」(NPO法人超学際的研究機構、2007年)は、喜多方駅北側の菅原町地区で「戦前から枯渇が始まり、市の中心部へ広がり、清水の枯渇が外縁部へと拡大していった」と指摘している。06年10月に同機構の研究チームが行ったワークショップでは、住民が「菅原町を中心とした南部の清水も駅南のアルミ製錬工場の影響で枯渇した」と証言している。同事業所を指している。  研究チームの座長を務めた福島大の柴﨑直明教授(地下水盆管理学)はこう話す。  「調査では喜多方の街なかに住む古老から『昭和電工の工場が水を汲み過ぎて湧水が枯れた』という話をよく聞きました。アルミニウム製錬という業種上、戦前から大量の水を使っていたのは事実です。豊川町には同事業所の社宅があり、ここの住人に聞き取りを行いましたが、口止めされているのか、勤め先の不利益になることは言えないのか、証言する人はいませんでした」  地下水の水位低下にはさまざまな要因がある。柴﨑教授によると、特に昭和40年代から冬季の消雪に利用するため地下水を汲み上げ、水位が低下したという。農業用水への利用も一因とされ、これらが湧水枯渇に大きな影響を与えたとみられる。   ただし、戦前から湧水が消滅していたという証言があることから、喜多方でいち早く稼働した同事業所が長期にわたって枯渇の要因になっていた可能性は否めない。ワークショップでは「地下水汚染、土壌汚染も念頭に置いて調査研究を進めてほしい」との声もあった。  この調査は、地下水・湧水が減少傾向の中、「水郷・喜多方」を再認識し、湧水復活の契機にするプロジェクトの一環だった。喜多方市も水郷のイメージを生かした「まちおこし」には熱心なようだ。  2022年10月には、市内で「第14回全国水源の里シンポジウム」が開かれた。同市での開催は2008年以来2度目。実行委員長の遠藤忠一市長は「水源の里の価値を再確認し、水源の里を持続可能なものとする活動を広げ、次世代に未来をつないでいきたい」とあいさつした(福島民友10月28日付)。参加者は、かつて湧水が多数あった旧市内のほか、熱塩加納、山都、高郷の各地区を視察した。 「水源の里」を名乗るなら 昭和電工(現レゾナック)  昭和電工は戦時中の国策に乗じて喜多方に進出し、アルミニウム製錬で出た有害物質を含む残渣を地中に埋めていた。「法律が未整備だった」「環境への意識が希薄だった」と言い訳はできる。だが「喜多方の水を利用させてもらっている」という謙虚な気持ちがあれば、周辺住民の「湧水が枯れた」との訴えに耳を傾けたはずで、長期間残り続ける有害物質を埋めることはなかっただろう。喜多方の水の恩恵を受けてきた事業者は、酒蔵だろうが、地元の農家だろうが、東京に本社がある大企業だろうが、水を守る責任がある。昭和電工は奪うだけ奪って未来に汚染のツケを回したわけだ。  喜多方市も水源を守る意識が薄い。遠藤市長は「水源の里を持続可能なものとする活動を広げる」と宣言した。PRに励むのは結構だが、それは役所の本分ではないし得意とすることではない。市が「水源の里」を本当に守るつもりなら、果たすべきは公害問題の解決のために必要な措置を講じることだ。   住民は、事業所で使用履歴のない有害物質が基準値を超えて検出されていることから、土壌汚染対策法に基づいた地下水基準全項目の調査を求めている。だが、汚染源の昭和電工は応じようとしない。膠着状態が続く中、住民は市に対し昭和電工との調整を求めている。市長と市議会は選挙で住民の負託を受けている。企業の財産や営業の自由は守られてしかるべきだが、それよりも大切なのは市民の健康と生活を守ることではないか。 あわせて読みたい 【第1弾】親世代から続く喜多方昭和電工の公害問題 【第2弾】【喜多方市】昭和電工の不誠実な汚染対策 【第4弾】【喜多方市】処理水排出を強行する昭和電工 【第5弾】土壌汚染の矮小化を図る昭和電工【喜多方市】

  • 浪江町社会福祉協議会】パワハラと縁故採用が横行

     浪江町社会福祉協議会が、組織の統治・管理ができないガバナンス崩壊にある。一職員によるパワハラが横行し、休職者が出たが、事務局も理事会も対処できず指導力のなさを露呈。事務局長には縁故採用を主導した疑惑もあり、専門家は「福祉という公的な役割を担う組織のモラル崩壊は、サービスを受ける住民への不利益につながる」と指摘する。 ガバナンス崩壊で住民に不利益  2022年6月、浪江町に複合施設「ふれあいセンターなみえ」がオープンした。JR浪江駅に近く、帰還した町民の健康増進や地域活性化を図る役割が期待されている。敷地面積は約3万平方㍍。デイサービスなどの福祉事業を担うふれあい福祉センターが入所し、福祉関連の事業所が事務所を置いている。福祉センター以外にも、壁をよじ登るボルダリング施設や運動場、図書室がある。 福祉センターは社会福祉法人の浪江町社会福祉協議会(浪江町社協)が指定管理者を務めている。業務を開始して3カ月以上が経った福祉センターだが、ピカピカの新事務所に職員たちは後ろめたさを感じていた。開設に尽力した人物が去ってしまったからだ。 「指定管理者認定には、40代の男性職員が町と折衝を重ねてきました。今業務ができるのも彼の働きがあってこそです。ところが、彼はうつ病と診断され休職しています。10月に辞めると聞きました。今は代わりに町職員が出向しています。病気の理由ですか? 事務局の一職員からのパワハラがひどいんです。これは社協の職員だったら誰もが知っていることです」(ある職員) パワハラの実態に触れる前に、浪江町社協が町の代わりに住民の福祉事業の実務を担う公的な機関であることを明らかにせねばならない。それだけ役割が重要で、パワハラが放置されれば休職・退職者が続出し、せっかく帰還した住民に対するサービス低下も免れないからだ。 社協は福祉事業を行う社会福祉法人の形態の一つ。社会福祉法人は成り立ちから①民設民営、②公設民営、③公設公営の三つに分けられ、社協は国や行政が施設を建設し、運営委託する点で③に含まれる。職員も中枢メンバーは設置自治体からの出向が多く、行政の外郭団体である。 浪江町社協の2021年度の資金収支計算書では、事業活動収入は計2億2400万円。うち、最も多いのが町や県からの受託金収入で1億5300万円(約68%)。次が町などからの補助金で4460万円(約19%)となっている。22年度の町の予算書によると、同社協には3788万円の補助金が交付されている。法人登記簿によると、同社協は1967(昭和42)年に成立。資産の総額は4億7059万円。現在の理事長は栃本勝雄氏(浪江町室原)で2022年6月20日に就任した。 前理事長は吉田数博前町長(同町苅宿)が兼ねていた。予算上も人員上も自治体とは不可分の関係から、首長が理事長を務めるのは小規模町村では珍しくない。吉田前町長も慣例に従っていた(2022年5月の町議会第2回臨時会での吉田数博町長の答弁より)。ただ、首長が自治体と請負契約がある法人の役員に就くことを禁じた地方自治法第142条に反するおそれがあり、社会福祉法人としての独立性を保つ観点から、近年、自治体関係者は役員に就かせない流れにある。同社協も吉田数博町長が引退するのに合わせ、2022年度から理事長を町長以外にした。 同社協の本所は前述・福祉センター内にある浪江事務所。原発災害からの避難者のために福島市、郡山市、いわき市に拠点があり、東京にも関東事務所を置く。職員は震災後に増え、現在は50人ほどいる。 事務局長「職員からの報告はない」 【浪江町】複合施設「ふれあいセンターなみえ」  問題となっているパワハラの加害者は、浪江事務所に勤める女性職員だという。この女性職員は、会計を任されていることを笠に着て同僚職員を困らせているようだ。例えば、職員が備品の購入や出張の伺いを立てる書面を、上司の決裁を得て女性職員に提出しても「何に必要なのか」「今は購入できない」などの理由を付けて跳ね返すという。人格を否定する言葉で罵倒することもあるそうだ。 一方で、女性職員は自分の判断で備品を購入しているという。ある職員は、女性職員のデスクの周りを見たら、新品の機器が揃えられていたことに唖然とした。 「彼女は勤務年数も浅いし、役職としては下から数えた方が早いんです。会計担当とはいえ、自由にお金を使える権限はありません。でも高圧的な態度を取られ、さらには罵倒までされるとなると、標的にはなりたくないので、誰も『おかしい』とは言えなくなりますね。発議を出すのが怖いと多くの職員が思っています」(ある職員) 職員たちは職場に漂う閉塞感を吐露する。休職・退職が相次ぎ、現場の負担が増した時があった。当時は「あと1人欠けたら職場が回らなくなる」との思いで出勤していたという。次第に女性職員の逆鱗に触れず一日が終わることが目的になった。「いったい私たちは誰をケアしているんでしょうね」と悲しくなる時がある。 休職し、退職を余儀なくされた男性職員は女性職員より上の役職だ。しかし、女性職員から高圧的な態度を取られ、部下からは「なぜ指導できないのか」と突き上げを食らい、板挟みとなった。この男性職員を直撃すると、 「2021年春ごろから体に異変が起こり、不眠が続くようになりました。心療内科の受診を勧められ、精神安定剤と睡眠導入剤を処方されるようになり、今も通院しています」(男性職員) 心ない言葉も浴びせられた。 「2022年春に子どもの卒業式と入学式に出席するため有給休暇を取得しました。その後、出勤すると女性職員から『なんでそんなに休むの?』と聞かれ『子どもの行事です』と答えると『あんた、父子家庭なの?』と言われました」(同) 子どもの行事に出席するのに母親か父親かは関係ない。他人が家庭の事情に言及する必要はないし、女性職員が嫌味を言うために放った一言とするならば、ひとり親家庭を蔑視している表れだろう。そもそも、有給休暇を取得するのに理由を明らかにする必要はない。 筆者は浪江事務所を訪ね、鈴木幸治事務局長(69)=理事も兼務=にパワハラへの対応を聞いた。 ――パワハラを把握しているか。 「複数の職員から被害の訴えがあったと聞いてびっくりしています。そういうことがあるというのは一切聞いていません」 ――ある職員は鈴木事務局長に直接被害を申し出、「対応する」との回答を得たと言っているが。 「その件は、県社会福祉協議会から情報提供がありました。全事務所の職員に聞き取りをしなくてはならないと思っています」 ――パワハラを把握していないという最初の回答と食い違うが。 「パワハラを受けたという職員からの直接の報告は1人もいないということです。県社協からは情報提供を受けました。聞き取りをしますと職員たちには伝えました」 ――調査は行ったのか。 「まだです。前の事務所から移ったばかりなので。落ち着くまで様子を見ている状況です」 加害者として思い当たる人物はいるかと尋ねると、「パワハラは当事者同士の言葉遣い、受け取り方によりますが、厳しい言い方があったのは確かで私も注意はしました。本人には分かってもらえたと思っています」と答えた。 本誌は栃本勝雄理事長と吉田数博前理事長にパワハラを把握していたかについて質問状を送ったが、原稿締め切りまでに返答はなかった。 「事務局長や理事長の責任放棄」  専門家はどう見るのか。流通科学大(神戸市)の元教授(社会福祉学)で近著に『社協転生―社協は生まれ変われるのか―』がある塚口伍喜夫氏(85)は「パワハラ」で収まる問題ではないという。 「役職が下の職員が上司の決裁を跳ねのけているのなら、決裁の意味が全くないですよね。個人のパワハラというよりも、組織が機能していない方がより問題だと思います。改善されていないのであれば事務局長や理事長の責任放棄です」 加えて、社協においても組織のガバナンス(管理・統治)の重要性を訴える。 「組織のガバナンスとは、任されている立場と仕事を果たすための環境を保持していくことです。業務から私的、恣意的なことを排除し、利用者に最上のサービスを提供することが大切です」(塚口氏) 事実、浪江町社協の職員たちはパワハラの巻き添えを食らわないよう自分のことに精いっぱいだ。利用者の方を向いて100%の仕事ができている状況とは言えない。 事務局長と理事長の対応に実効性がないことは分かったが、鈴木事務局長をめぐっては「別の問題」が指摘されている。縁故採用疑惑だ。 複数の職員によると、鈴木事務局長は知人の子や孫を、知人の依頼を受け積極的に職員に採用しているという。これまでに4人に上る。知人をつてに、人手不足の介護士や看護師などの専門職をヘッドハンティングしているなら分かるが、全員専門外で事務職に就いている。職員によると、採用を決めてから仕事を探して割り振るという本末転倒ぶりだ。 疑惑は親族にまで及んだ。前理事長の吉田前町長の元には、2022年度初めに「鈴木事務局長が義理の弟を関東事務所の職員に据えているのはどういうことか」と告発する手紙が届いたという。当初は義弟が所有する茨城県内の物件を間借りして関東事務所にする案もあったとの情報もある。義兄が事務局長(理事)を務める社協から、義弟に賃料が払われるという構図だ。 しかし、鈴木事務局長は「縁故採用はない」と否定する。 「職員を募集しても、福祉施設には応募が少ない。『来てくれれば助かるんだが』と話し、『家族と相談して試験を受けるんだったら受けるように』と言っただけです」 ――事務職は不足しているのか。 「町からの委託事業が多いので、それに伴った形で採用しています。正職員ではありません。なかなか応募がないので、知り合いを頼って人材を集めるのが確実です。募集もハローワークを通して、面接も小論文も必ず私以外の職員を含めた3人で行います。ですから、頼まれたから採用したというのは違います」 社協の意思決定は吉田前理事長を通して行ってきたと言う。 「やっていいかどうかの判断は私でもできます。一人で決めているわけではないです。別の職員の反対を押し切ることはありません。『ここの息子さんです』『あそこのお孫さんです』ということはすべて吉田前理事長に前もって説明していました。私が勝手にやったことは一度もありません」 ――介護士や看護師などの専門職は人手不足だが、その職種の採用を進めることはなかったのか。 「それはしていません。その時は介護士が必要な仕事を町から請け負ってなかったので、そもそも必要なかったのです。7月からデイサービス施設などを開所したことにより、介護士が必要になりました。ただ、そのような(縁故採用)指摘を受けたことの重大性は認識しており、個人的に応募を呼び掛けるのは控えるつもりです」 ――親族の採用については。 「試験を受けてもらい、復興支援員として関東事務所に配置しています。募集をかけても人が集まらない中、妻の弟が仕事を辞めたと聞き、『試験を受けてみないか』と打診しました。一方的に採用したわけではなく、私以外の職員2人による面接で選びました」 ――公募期間はいつからいつまでだったのか。 「なかなか集まらなかったので、長い期間募集していました。ただ、町からは『急いで採用してほしい』と言われていました。詳しい期間は調べてみないと分かりません」 「縁故採用は組織の私物化の表れ」  親族が所有する物件への関東事務所設置疑惑については、 「義弟が茨城県取手市で物件を管理しているので、いい物件が見つからない場合は、そこに置くのも一つの方法だな、と。ただ、それはやっていません」 ――交通の便が良い都心の方が避難者は利用しやすいのでは。 「関東に避難している方は茨城県在住の方が多いんです。近い方がいいのかな、と。それと首都圏で事務所を借り上げると、細かい部分が多いんですね。不動産業者を通して物件を探したが、なかなか見つからなかった。そこで、もし義弟の物件が空いているならと思って。ただ、身内の不動産を借りたとなると、いろいろ言われそうなのでやめました」 ――借りるのをやめたのは吉田前理事長の判断か。 「私の判断です。上に決裁は上げていませんので」 ――どうして都心の事務所になったのか。 「もう1人の職員が埼玉県草加市在住なので、どちらも通える方がいいですし、茨城だけに集中するわけではないので、被災者と職員の両方が通いやすいように、アクセスの良い都心がいいかなと考えました。義弟の物件を一時考えたのも、不動産業者を通すより手続きが簡素で、借りやすいという利点がありました。仮に義弟の物件を選んだとして、他の物件と比べて1円でも多く払うということはありません」 初めは「関東の避難者は茨城に多い」と答えていたが、いつの間にか「避難者は茨城だけに集中するわけではない」と矛盾をきたしている。 前出・塚口氏に見解を聞いた。 「公正に募って選別するというルートを踏むのが鉄則です。縁故採用が事実なら、組織を私物化した表れと言っていいでしょう。本来は誰がどこから見ても公正な採用方法が取られていると保証されなければなりません。それが組織運営の公正さに結びつきます。福祉事業は対人支援です。最上の支援は、絶えず検証しながら提供していくことが大事です。そこに私的なものや恣意的なものが混じってくると、良いサービスは提供できないと思います」 ガバナンスがきちんとしていないと、福祉サービスにも悪影響が出るというわけだ。浪江町社協には、町や県から補助金が交付されている。町民や県民は同社協の在り方にもっと関心を持ってもいい。

  • 【福島県職員の給料】人事院・福島県人事委勧告の虚妄

     県人事委員会は2022年10月5日、県職員の給料月額と期末・勤勉手当(ボーナス)の引き上げを県当局・議会に勧告した。公務員の待遇は、人事院(国)、人事委員会(都道府県・政令指定都市)の毎年の勧告によって決まるが、その前提にあるのは「民間準拠」である。ただ、実態は「民間準拠」とはかけ離れている。なぜ、それがまかり通るのか。 「優良企業準拠」がまかり通るワケ  人事院は「公務員給与実態調査」と「民間給与実態調査」を行い、職種、地域、学歴、役職、年齢などを加味して両者を比較し、給与勧告を行う。この勧告は一般職の国家公務員が対象となる。 2022年は8月8日に人事院勧告が行われた。内容は、2022年4月分の国家公務員(一般職)の平均給与(月給)は40万5049円で、民間より921円(0・23%)低く、期末・勤勉手当の支給月数は4・3カ月で、民間より0・11カ月低かったため、「民間給与との較差(0・23%)を埋めるため、初任給及び若年層の俸給月額を引き上げ」、「ボーナスを引き上げ(0・10月分)、民間の支給状況等を踏まえ勤勉手当に配分」というものだった。 一方、都道府県・政令指定都市の実態調査は各自治体の人事委員会が実施する。 福島県人事委員会は、委員長・齋藤記子氏(会社役員)、委員(委員長職務代理者)・千葉悦子氏(大学名誉教授、放送大学福島学習センター所長、福島県青少年育成・男女共生推進機構副理事長兼福島県男女共生センター館長)、委員・大峰仁氏(弁護士)の3人で、事務局職員は県職員。 県人事委員会では毎年、県職員と民間の給与実態調査を行っている。民間の調査対象は企業規模50人以上・事業所規模50人以上の県内事業所で、2022年は800事業所のうち、層化無作為抽出法によって抽出した175事業所を対象に調査した。 それに基づき、10月5日に知事と県議会に対して「職員の給与等に関する報告・勧告」を行った。それによると、2022年4月分として支給された県職員の給与月額は36万6864円、民間給与月額は36万7647円で、民間の方が783円(0・21%)多かった。特別給(ボーナス)は、県職員の年間支給月数は4・25月分、民間(2021年8月から2022年7月までの1年間に支給された特別給の割合)は4・35月分で民間の方が0・10月分多かった。 こうした調査結果から、「民間給与との較差(0・21%)を埋めるため、初任給を中心に、若年層の給料月額を引き上げ」、「特別給(期末・勤勉手当)を引き上げ(0・10月分)、民間の支給状況等を踏まえ期末手当及び勤勉手当に配分(それぞれ0・05月分)」と勧告した。 とはいえ、民間の給与月額36万7647円、ボーナスの年間支給割合4・25月分が実態を反映しているとは到底思えない。多くの人は、それで「民間並み」と言われても納得しない。 例えば、厚生労働省の「令和3(2021)年賃金構造基本統計調査」を見ると、福島県の給与額(所定外賃金を含む)は、企業規模10人から99人が26万4700円(平均年齢45・7歳、平均勤続年数11・9年)、同100人から999人が30万3000円(平均年齢43・7歳、平均勤続年数12・9年)、同1000人以上が33万3300円(平均年齢42・1歳、平均勤続年数14・1年)で、これらすべての平均値は29万6200円(平均年齢44・1歳、平均勤続年数12・8年)だった。 年間賞与(ボーナス)、その他特別給与額(全区分の平均値)は67万3600円で、これを前述の給与月額(平均値)で割ると、2・27月分となる。 なお、同調査は性別、産業別、事業規模別、学歴別、役職別、都道府県別などの賃金について、毎年6月分の賃金等について7月に調査を実施するもの。「令和3(2021)年調査」は、5人以上の常用労働者を雇用する民営事業所、10人以上の常用労働者を雇用する公営事業所から、都道府県、産業事業所規模別に無作為抽出した7万8474事業所が対象とされた。有効回答数は5万6465事業所で、このうち、10人以上の常用労働者を雇用する民営事業所4万9122事業所について集計したものである。 県商工労働部が実施した「令和3(2021)年 労働条件等実態調査」についても見てみたい。 同調査は鉱業・採石業、建設業、製造業、電気・ガス・水道業、通信・放送、運輸業、卸売・小売業、金融・保険業、不動産・物品賃貸業、学術研究、専門・技術サービス、宿泊業・飲食サービス、生活関連サービス、娯楽業、教育・学習支援業、医療・福祉、サービス業で、県内で常用労働者30人以上を雇用する民間事業所から1400事業所を抽出して実施した。有効回答数は748事業所で、その結果を集計したもの。 それによると、2021年7月に支給された所定内給与額(基本給など)は28万5000円(平均年齢41・5歳、平均勤続年数14・2年)、所定外給与額(時間外手当など)は4万円で、合わせて32万3000円だった。なお、同調査では、ボーナスについては記されていない。 他調査と差がある理由  県人事委員会の調査で示された民間の給与月額36万7647円と、厚労省調査の29万6200円では約7万1000円、人事委と県商工労働部調査の32万3000円では約4万4000円の開きがある。さらに、厚労省調査ではボーナスは2・27月分だったが、人事委員会の調査では、民間のボーナスの年間支給割合4・25月分となっており、約2月分の差が生じている。 こうしたデータを見比べると、「公務員の給与水準は民間に準拠する」というのが、まやかしであることが分かっていただけよう。 なぜ、両者の調査にこんなに違いが出るのか。それは人事院・人事委員会の調査対象が「企業規模50人以上・事業所規模50人以上」とされているから。これに該当するのは国内全事業所のわずか数%しかなく、大部分の事業所が調査対象に入っていないのである。もっと言うと、人事院・人事委員会の調査では非正規従業員は含まれない。総務省の労働力調査(2022年8月分)によると、全体の約37%が非正規従業員で、かなりの割合になっているが、これらは対象とされていない。 さらに問題なのは、調査対象の事業所が公表されていないこと。これでは、調査の妥当性を検証する余地がなく、「優良企業」だけをピックアップしていても外部からは分からない。むしろ、ほかの調査との差を考えると、何らかの〝手心〟を加えていると疑うべきだろう。 ましてやいまは、コロナ禍で多くの事業所が影響を受けているほか、ロシアのウクライナ侵攻で資材・燃料高騰が起きており、その影響も少なくない。 例えば、大手旅行会社のJTBは、旅行代理店の中でも優良企業で、従業員の待遇がいいことで知られている。ただ、近年はコロナ禍の煽りで、2021年3月期は1000億円超の赤字となった。本社ビルを売却したり、社員のボーナス無給などを行い、2022年3月期は284億円の黒字となった。こうした企業を、業績が悪い時は調査対象から外し、回復したらまた加える、といった作為をしていても分からない。 同様に、業績が悪化しているところを除外し、コロナ禍の影響を受けていない、あるいは業績を伸ばしている企業を調査対象に加える――ということをしていても、それを暴きようがないのが、人事院・人事委員会の調査なのだ。 もう1つ、不可思議なのは、県人事委員会の勧告が、常に人事院勧告に倣ったものであること。人事院の調査ではこうだったが、県人事委員会の調査では違った傾向が出た、ということがあってもいいはずなのに、毎年、人事院と同様の調査結果になり、同様の勧告内容になっているのは、「結論ありき」で調査を行っているからではないのか、と思えてならない。 いずれにしても、人事院・人事委員会の勧告制度が社会の実態を反映していないのは明らかで、公務員の給与は「民間準拠」ではなく「優良企業準拠」なのである。 「民間準拠」を謳うのであれば、優良企業に限るのではなく、全事業所を調査対象とし、その給与実態に倣うべき。そうすれば、公務員の人件費は2〜3割は削減できよう。「優良企業準拠」を続けるならば、正直にその実態を明らかにし、国民・県民の審判を問うべき。 人事院・人事委員会の勧告制度にはこうしたカラクリがあるわけだが、これは「昭和時代の名残」なのだという。というのは、昭和40年代半ばごろまでは公務員の待遇は低かった。日本が高度経済成長期にあったこともあり「民高官低」の状況だった。労組が「生活できる給料を」と主張したほどだったとか。 そうした中で、前述のような「インチキ勧告制度」が構築され、昭和50年代半ばに民間の水準に追いついた。ただ、その後も「インチキ勧告制度」が続けられ、「民高官低」から「官高民低」へと逆転した。それでも改められることはなく、バブル崩壊や今般のコロナ禍などを経て、「官高民低」が加速していった。 本来なら、昭和50年代半ばに民間の水準に追いついた時点で、制度を改めるべきだったが、そうならなかった。これは政治家の責任と言っていい。 共済負担金と退職手当  最後に1つ付け加えておく。「公務員の人件費」という視点で見ると、給与・期末手当などだけでなく、共済負担金と退職手当負担金がある。前者は県と職員が折半、後者は県が負担する。 「福島県人事行政の運営等の状況」によると、2021年度の職員数(一般行政職のほか、医療職、教育職、公安職などを含む)は2万5415人で、給与費は約1853億円。1人当たりにすると、約729万円となる。ただ、共済負担金などを加えた人件費で言うと、総額は約2543億円で、1人当たりにすると約1000万円になる。 退職金については「福島県職員の退職手当に関する条例」に基づき支払われ、「基本額+調整額」で計算される。 基本額は、退職日の給料月額に、退職理由別・勤続年数別の支給率を乗じた額。支給率は勧奨・定年の場合、勤続25年で33・27075月分、35年で47・709月分(最高限度額)となる。 そこに調整額がプラスされる。調整額は在職期間中の役職などに応じた貢献度を加味して支給されるもの。2006年に創設された制度で、「国家公務員退職手当法」に規定されている。この国の制度に倣い、地方公務員に対しても調整額が支払われることになったのである。県の制度では調整額は最大で400万円程度になる。 この計算式に基づき、定年まで35年間勤めたとして計算すると、退職手当は2500万円前後になる。 これも民間の水準からはかなりかけ離れたものである。

  • 【第2弾】【喜多方市】昭和電工の不誠実な汚染対策

     昭和電工喜多方事業所にたまった有害物質由来の土壌汚染・地下水汚染が公表されてから2年が経った。前号で、昭和電工が周辺住民が求める全有害物質の検査に応じず、不誠実な広報対応を続けていることを書いたが、不信感が広まったのは2022年1月、農業用水路に希硫酸が流出してからだ。昭和電工が、用水路を管理する地元土地改良区と締結予定だった「覚書」をダシに地元住民・地権者の同意を求めていたことも明らかになり、土地改良区の立場に疑いの目を向ける者もいる。 会津北部土地改良区にも不満の声  昭和電工の計画では、基準値を超えている地下水をくみ上げ、浄化処理をした上で排出するとしている。処理水は発生し続け、保管で敷地が狭くなるのを防ぐために排出先を確保するのは必須だ。東電福島第一原発の汚染水対策を見ている県民なら容易に想像できるだろう。 汚染水を浄化した処理水をどこに流すのか。昭和電工は2022年3月から喜多方市の下水道に流している。敷地内汚染が発覚するまで、昭和電工は下水道を使っていなかったが、新たに配管を通した。基準値を超えていないことを確認したうえで排出し、流量や測定値は毎月、市に報告している。 1日当たりどのくらい排出しているのか。同事業所に問い合わせると、2022年3月から10月24日までの期間で、1日当たりの排水量は平均で約200立方㍍だという。 下水道は使用料がかかる。公害対策費は利益につながらない出費なので、なるべく抑えたいはずだ。昭和電工は、当初は会津北部土地改良区(本部・喜多方市)が管理する松野左岸用水路に流す計画だった。その量は、1日当たり最大1500立方㍍。この用水路には、これまでも同改良区の許可を得たうえで通常の操業で出る排水を流してきた。 会津北部土地改良区の事務所  だが、公害対策工事が佳境を迎えても、いまだ同用水路には処理水を流せていない。近隣住民らの同意が得られていないからだ。住民側は複数行政区で同一歩調を取るという取り決めもされ、事態は膠着している。発端は、昭和電工による住民側に誤解を与えた説明と、同用水路への希硫酸流出事故だった。 事態を追う前に、当事者となった会津北部土地改良区の説明が必要だ。土地改良区とは、一定の地域の土地改良事業を行う公共組合。用水路や取水ダムの設置・管理、圃場整備を行う。一定の地域で農業を営んでいれば、本人の同意の有無にかかわらず組合員にならなければならず、地縁的性格が強い。 会津北部土地改良区は喜多方市、北塩原村、会津坂下町、湯川村に約4780㌶の受益地を持つ。松野左岸用水路は長さ3750㍍で、濁川から取水し、昭和電工喜多方事業所南部の農地約260㌶に供給する。 同事業所と周辺で汚染が発覚した後の2021年、昭和電工は環境対策の計画書を県に提出した。そこには処理水の排出経路として、前出の松野左岸用水路を想定。同年3月ごろに用水路を管理する会津北部土地改良区に、排水にあたって約束する内容を記した「覚書」を締結したいと申し出た。 汚染水中の有害物質を基準値以下にした処理水で、県も認可している計画なので、会津北部土地改良区も「約束を明確化するなら」と排水の趣旨は理解した。ただし同改良区では、どの用水路も近隣住民や関係する地権者の同意を得て初めて、事業所からの排水を流していたため、昭和電工にも同じように同意を得るように求めた。昭和電工は2021年夏ごろから、周辺住民を対象に説明会を開き同意書への署名を要望した。 筆者の手元に住民や地権者に示された「覚書」がある。昭和電工が作成し、住民らに示す前に同改良区に確認を取った。ただし同改良区は「内容が良いとか悪いとか、こちらから口を出すものではないと認識しています。受け取っただけです」(鈴木秀優事務局長)という。 覚書の初めには《会津北部土地改良区(以下「甲」という)と昭和電工株式会社喜多方事業所(以下「乙」という)は、甲が管理するかんがい用水路へ排出する乙の排出水によるかんがい用水の水質汚染発生防止と、良好な利水並びに環境の確保を本旨として、次のとおり覚書を締結する》とある。 第1章総則では、「この覚書に定める諸対策を誠実に実施し、環境負荷の低減に努めることを甲乙間において相互に確認することを目的」とし、「排出水による環境負荷抑制に努め」、「排出水の監視状況や環境保全活動等の情報を開示することにより、地域住民等との環境に関するコミュニケーションを図る」とある。以下、章ごとに「排出水等の水質」、「排出水等管理体制」、「不測の事態発生時の措置・損害の賠償」を約束する内容だ。 ただ、後半の「排水処理施設の出口において維持すべき数値」を定めた覚書細目では、フッ素及びその化合物についてのみ、許容限度を最大8㍉㌘/L以下と定めている。敷地内やその周辺の地下水で土壌汚染対策法の基準値を超えたシアン、ヒ素、ホウ素についての記述はない。 排水拒否の権限がある土地改良区  覚書の各項目の主語はほとんど乙=昭和電工だ。甲=会津北部土地改良区は、冒頭と署名・押印、協議に関わる個所以外は登場しない。 「覚書」と記されているが、当時も現在も、会津北部土地改良区とは正式に締結していない。だが、住民の同意を得るうえでは発効済みのものと同じくらい効果があった。 松野左岸用水路に処理水を排出していいかどうかの決定権があるのは、管理する同改良区だ。土地改良法57条3では、土地改良区は都道府県の認可を得て管理する農業用用排水路については、「予定する廃水以外の廃水が排出されることにより、当該農業用用排水路の管理に著しい支障を生じ、または生ずるおそれがあると認めるときは、当該管理規定の定めるところにより、当該廃水を排出する者に対し、その排出する廃水の量を減ずること、その排出を停止すること」を求めることができるとある。同改良区は昭和電工に「ノー」を突き付ける絶大な力を持っているということだ。 同改良区が「地域住民の同意が必要」と言ったら従うしかない。昭和電工が住民らに求めた同意書は「土地改良区の許可」という扉を開くための鍵だった。 同改良区の理事には喜多方市長や北塩原村長も名前を連ねており、地元では信頼がある(別表参照)。実際、「土地改良区でいいと言っているし、もう覚書は結ばれているものと思って同意に賛成した」という住民もいた。 会津北部土地改良区の役員構成(敬称略) 役職氏名住所(員外理事は公職)理事長佐藤雄一喜多方市関柴町副理事長鈴木定芳北塩原村庶務理事山田義人喜多方市塩川町会計理事遠藤俊一喜多方市熱塩加納町事業管理代表理事岩淵真祐喜多方市岩月町賦課徴収代表理事猪俣孝司喜多方市熱塩加納町理事飯野利光喜多方市上三宮町理事岩崎茂治喜多方市慶徳町理事庄司英喜喜多方市松山町理事高崎弘明喜多方市豊川町理事羽曾部祐仁喜多方市熊倉町理事横山敏光喜多方市塩川町員外理事遠藤忠一喜多方市長員外理事遠藤和夫北塩原村長統括監事堀利和喜多方市市道員外監事慶德榮喜喜多方市塩川町監事大竹良幸北塩原村  筆者は昭和電工喜多方事業所に「未締結なのに表題に『覚書』とのみ書き、『覚書(案)』のように記さなかったのはなぜか」と質問した。  同事業所は「説明会の中で会津北部土地改良区殿との締結はまだされていない旨をお伝え申し上げております。また、お示しした書面は、締結日付も空欄で押印もされていないものですので、見た目上も案であることはご理解いただけるものとなっております」と回答。勘違いした方が悪いというスタンスだ。 今回、地下水汚染の被害を受けている喜多方市豊川町は水田が広がる農業地帯だ。仕事柄、書類の見方に慣れている人は少ない。高齢者も多い。重要な書類を交わすのは、車の購入や保険の契約くらいだろう。 「分かりやすく伝える」ではなく「誰にでも伝わるようにする」。これは現代の広報の鉄則だ。住民の理解が不十分だったのをいいことに、自社に都合のいいように同意に向かわせることは、相手の立場に立った広報ができていないと言える。昭和電工喜多方事業所は地方の一拠点とはいえ、仮にも上場企業の傘下だ。 希硫酸流出で住民が同意書を撤回  以下は「同意書」の内容。同改良区・昭和電工と住民側が結ぶ形になっている。 《当行政区は、会津北部土地改良区の管理する松野左岸用水路の灌漑用水を直接又は反復利用するにあたり、下記の事項について同意いたします》。同意する内容は《昭和電工株式会社喜多方事業所が、会津北部土地改良区と昭和電工株式会社喜多方事業所との間で協議して締結する排水覚書(筆者注=「覚書案」のこと)に基づき排出水を適切に管理し、その排出水を会津北部土地改良区の管理する松野左岸用水路に排出することについて》である。 同事業所の南に位置する綾金行政区は、昭和電工が2021年9月19日に行った同行政区住民に対する説明で、即日同意書に署名を決めた。同行政区には51軒あるが、採決に参加したのはそのうちの36軒。賛成18軒に対し反対は8軒、多数派に委任したのが10軒あったため、行政区として同意書に合意した。 賛成の理由としては「国の基準を満たしているし、土地改良区も了承しているので任せたい」。反対の理由としては「風評被害につながる」との懸念があった。異論はあったが、同行政区は同年10月29日付で昭和電工に同意書を渡した。 会津北部土地改良区は綾金行政区からの要望を受けて、前事務局長を住民説明会に参加させていた。あくまでオブザーバーで、昭和電工側に立って説明することはなかったという。同改良区は、同社が長尾行政区を対象に同年10月24日に開いた説明会にも住民の要望を受けて参加した。 昭和電工と同改良区との「覚書」が示されたことで、住民側が勘違いしたのだろうか。関係する9行政区中、綾金、能力、長尾行政区が同意書を提出した。ところが、綾金行政区は2022年8月7日に同意を撤回。同時期に能力、長尾行政区も撤回した。いったい何があったのか。 きっかけは、2022年1月22日夜から23日午前10時にかけて、地下水汚染の拡散を防止する「環境対策工事」に使っていた希硫酸が敷地外に漏れたことだった。まさに住民らが前年に排出を同意していた松野左岸用水路に流出した。幸い、冬季は農業用水路として使っていなかった。積もっていた雪に吸着したため、敷地外への排出量も減り、回収もできた。 タンクからの漏洩量は1・15立方㍍。敷地外に流出したのは0・1立方㍍と昭和電工は計算している。最終放流口から漏れ出た溶液の㏗(ピーエイチ)が最も下がったのは同23日午前7時半に記録した㏗2・8だった。㏗は3・0以上6・0未満が弱酸性。6・0以上8・0以下が中性。2・0を下回ると強酸性に分類される。 流出量からすると実害はなかったが、不安は募る。さらに住民への報告は2月に入ってからで、不誠実に映った。漏洩防止対策のずさんさも環境対策工事への信頼を揺るがすものとなった。 調整役を期待される喜多方市  希硫酸は円柱形の大人の背丈ほどのタンク内に収められていた。下部から管を通して溶液を出すつくりになっている。タンクは四角い箱状の受け皿(防液堤)に置かれ、タンク自体が破損して希硫酸が漏れても広がらないよう対策されている。防液堤から漏れたとしても、雨水が集まる側溝には㏗の計測器があり、㏗6以下の異常を検知すれば敷地外につながる水路の門が遮断される仕組みになっていた。 昭和電工は、防液堤内に溜まった水が凍結・膨張した時に発生した力で希硫酸が入っているタンクと配管の接合部に破損ができたと推定している。喜多方の厳しい冬が原因ということだ。だが、防液堤に水が溜まっていたということは、そもそも受け皿の役割を果たしていないことにならないか。 第一の対策である防液堤はザルだった。防液堤側面には水抜き口があるが、液体流出防止の機能を果たす時は栓でふさいで使用する。だがこの時、栓は開いたままだった。 第二の対策、側溝にあった㏗の異常計測器はどうか。工事対応で一時的に移動させていたことから、異常値を検知できず、敷地外の水路につながる門は閉まらなかったという。 昭和電工は翌24日、県会津地方振興局と喜多方市市民生活課に事故を報告し、現場検証をした。用水路の管理者である会津北部土地改良区には25日に報告した。周辺住民の所有地に流出したわけではないので、同社からすると「住民は当事者ではない」のかもしれないが、住民たちは事故をすぐに知らされなかったことを不満に思っている。 疑念は昭和電工だけでなく、松野左岸用水路への処理水排水を許可する方針だった会津北部土地改良区にも向けられた。覚書を結んだくせに事故が起こったと思われたからだ。 喜多方市議会の9月定例会で山口和男議員(綾金行政区)は、遠藤忠一市長が会津北部土地改良区の員外理事を務めている点、市から同改良区に補助金を出している点に触れたうえで「管理する土地改良区が自分の水路に何が流れているか分からないようでは困るから、強く指導してほしい」と求めている。同改良区の当事者意識が薄いということだ。 遠藤市長は「会津北部土地改良区も含めて、行政として原因者である昭和電工にしっかりと指導してまいりたい」と答えた。 住民らは、不誠実な対応を続ける昭和電工、当事者意識が薄い会津北部土地改良区だけでは心許ないことから、喜多方市に調整役を期待し、これら3者に事業所周辺の汚染調査などを求める要望書を提出したという。市民の健康や利益を守るのは市の役目。積極的なかじ取りが求められるだろう。 あわせて読みたい 【第1弾】親世代から続く喜多方昭和電工の公害問題 【第3弾】【喜多方市】未来に汚染のツケを回した昭和電工【公害】 【第4弾】【喜多方市】処理水排出を強行する昭和電工

  • 文春オンラインに不正を暴露された福島日産前社長

     『週刊文春』電子版「文春オンライン」(2022年10月7日付)に「スーパーGTから6カ月で撤退 福島日産社長が辞任の理由は参戦資金を〝1億6千万円不正送金〟」という記事が掲載された。2022年3月に福島日産自動車と日産部品福島販売から突然発表された「不可解な社長交代人事」と深く関係しているようだ。 責任問われ「金子家」から会社を追われる  文春オンラインの記事に触れる前に、2022年春に行われた福島日産自動車(福島市北町)と日産部品福島販売(福島市松山町)の社長交代人事を振り返っておきたい。 それは何の前触れもなく、突然、2022年3月21日に「金子與志人社長(55)が同31日付で退任し、後任に金子與志幸専務(34)が4月1日付で就任する」と発表された。両社の決算期は3月で、それに伴う株主総会・取締役会が5、6月とすると、かなりの慌ただしさを感じる。 当時、県中地区の販売店に勤務する社員はこう話していた。 「いきなり会社から(社長交代人事の)メールが一斉送信されてきたのです。社内の誰もが『なぜ?』と不思議がっていましたよ」 與志人氏の退任理由も憶測を呼ぶ原因となった。 《両社によると、金子與志人氏はコロナ禍により経営環境が激変する中、体調を崩した。長期療養が必要と判断し、自ら辞任を申し出、2022年3月11日の取締役会で承認された》(福島民報2022年3月22日付) とはいえ経営環境の激変といっても、2022年3月期決算を見ると、福島日産自動車は売上高95億2600万円で1億2400万円の黒字、日産部品福島販売は売上高57億5800万円で5300万円の黒字。「厳しい経営を余儀なくされたことによる心労」は当てはまらない。 実は、記者は社長交代人事の発表直後、與志人氏と電話でやりとりした経済人から 「とても元気な様子で入院もしていなかった。退任理由は明言しなかったが、長期療養が必要な感じは全くなかった」 という話を聞いていた。ただ福島日産自動車には、2022年4月に金子與志幸新社長のインタビュー取材を申し込んだものの断られた。 よって、この時点での推測は①金子與志雄会長の次男・與志人氏は、もともと〝リリーフ役〟として社長に就き、将来的には與志幸氏に譲る予定だった。②與志幸氏は與志雄会長の長男・與志文氏の息子で、與志人氏からすると甥に当たる。③與志文氏は與志幸氏が幼少のころに亡くなった。④要するに、今回の人事で社長の座は本家筋に戻ったが、34歳と若い與志幸氏が就くには早い印象が否めない――そんな金子家の〝御家事情〟が浮かぶ程度だった。 そうした中、10月に入って文春オンラインの記事が出回り、判然としなかった與志人氏の退任理由が明らかになった。 記事によると、 〇2019年10月から2022年1月にかけて、日産部品福島販売からクレアーレという会社に1億1700万円、BUSOUという会社に5000万円、計1億6700万円の資金が流れていた。両社の主業は自動車部品販売で、クレアーレの所在地は東京、社長のA氏はレーシングドライバー・星野一義氏の甥で與志人氏とは旧知の仲。一方、BUSOUの所在地は福島日産自動車と同じで與志人氏が社長を務めている。 〇資金の使途は自動車レース「スーパーGT」の参戦資金とみられ、クレアーレは2022年からエアロパーツブランド「BUSOU」としてレースに参戦していた。與志人氏はA氏に対し、その参戦資金を協力していたという。 〇この資金流出が日産部品福島販売の役員会で指摘され、與志人氏は3000万円を回収したが、残りは未回収だった。A氏はスーパーGTの参戦費用として集めていたスポンサー料も返済に回したが、それでも足りなかった。するとA氏は、複数の知人を騙して借金を重ね、そのまま行方をくらました。クレアーレは新規参入からわずか半年でスーパーGTから撤退した。 〇原田綜合法律事務所の原田和幸弁護士によると、日産部品福島販売の金を不正に支出した疑いのある與志人氏は、業務上横領罪で10年以下の懲役、もしくは会社法の特別背任罪で10年以下の懲役または1000万円以下の罰金刑が科される可能性があるという。 〇文春オンラインの電話取材に、與志人氏は「勘弁してほしい」と繰り返すばかり。福島日産自動車、日産部品福島販売も「回答は差し控えたい」という返答だった。 これが事実なら、與志人氏は両社から問題の責任を問われ、社長の座を追われたことになる。 與志人氏を知る県北地方の会社役員はこう話す。 「與志人氏は2月に県自動車販売店協会長に再任されるなど複数の宛て職に就いていたが、3月に入ると知人らに『××協会長を代わってほしい』と頼んで回っていた。理由を尋ねると『3月いっぱいで福島日産の社長を辞める』と言うのです。その時は冗談だろうと思ったが、新聞記事(前述)を見て本当だったのかと驚いた」 父の葬儀に姿を見せず  そんな福島日産自動車では悲しい出来事も起きていた。2022年10月3日に金子與志雄会長が老衰のため91歳で亡くなったのだ。同社と金子家の合同葬として、通夜は同7日、告別式は同8日に行われたが、喪主は現社長の與志幸氏、葬儀委員長は西形健吉氏(西形商店会長)、葬儀副委員長は安孫子静夫氏(原町内会長)が務めたものの、葬儀の場に與志人氏の姿はなかったという。実の息子でありながら葬儀役員に名前がなく、葬儀にも参列しなかった(できなかった?)のは、それだけ故人、会社、金子家から反感を買っていたということかもしれない。 「與志雄会長は、晩年は車椅子を使っていたが、週に一度は出社していたそうだから経営意欲は最後まで衰えなかったのでしょう。突然の社長交代人事も、與志雄会長の目が黒いうちに、問題を起こした與志人氏を辞めさせるとともに、社長の座を本家筋に戻すという判断が働いたのかもしれませんね」(同) 実は、文春オンラインの記事は與志雄会長の通夜と同じ日に公表された。記事を読むと、内部告発がなければ書けない内容だ。文春サイドが生前の與志雄会長に余計な心配をかけまいと、葬儀を待って記事を公表したような〝配慮〟がうかがえる。あるいはネタ元から、與志雄会長が存命のうちは公表しないでほしいと依頼されていたのかもしれない。 記者は、記事に書かれていた問題がどこまで進展したのか確認するため10月中旬、福島市内にある與志人氏の自宅を訪ねたが留守だった。駐車場に車はなく、家のカーテンや障子もすべて閉め切られていたが、インターホンを押すと中から2匹の犬の鳴き声が聞こえてきた。どこかの時間帯には本人か家族がいるのかもしれない。 福島日産自動車と日産部品福島販売にも文春オンラインの記事について問い合わせたが、両社とも「その件は回答を差し控えたい」とのことだった。 県自動車販売店協会長を務めるなど県内ディーラーのリーダー的存在だった與志人氏。〝道楽〟と言われてもおかしくない自動車レースに会社の金を突っ込めば、どういう結末になるか想像できなかったことは残念でならないが、両社の経営に深刻な影響が及ばなかったのは幸いだったと言えよう。 あわせて読みたい スーパーGTから6カ月で撤退 福島日産社長が辞任の理由は参戦資金を〝1億6千万円不正送金〟(週刊文春電子版)

  • 【第1弾】親世代から続く喜多方昭和電工の公害問題

     喜多方市豊川町でフッ素やヒ素による土壌・地下水汚染が明らかとなった。昭和電工(東京都港区)喜多方事業所内の汚染物質を含む土壌からしみ出したとみられる。同社は2020年11月の公表以来、井戸が汚染された住民にウオーターサーバーを提供したり、汚染水の拡散を防ぐ遮水壁設置を進めているが、住民たちは工事の不手際や全種類の汚染物質を特定しない同社に不満を抱いている。親世代から苦しめられてきた同事業所由来の公害に、住民たちの我慢は限界に来ている。 繰り返される不誠実対応に憤る被害住民  2022年9月下旬の週末、JR喜多方駅南側に広がる田園には稲刈りの季節が訪れていた。ラーメンで知られる喜多方だが、綺麗な地下水や湧水を背景にした米どころでもある。豊富な地下水を求め、戦前から大企業も進出してきた。同駅のすぐ南には、化学工業大手・昭和電工の喜多方事業所がある。 1939(昭和14)年、この地にアルミニウム工場建設が決定。戦時下で軍需向けの製造が開始され、戦後に本格操業した。同事業所を南側の豊川町から眺めると、歴史を感じさせる赤茶けた建物が田園の向こうにたたずむ。 同事業所を持つ昭和電工グループの規模は巨大だ。2021年12月期の有価証券報告書によると、売上高は1兆4190億円で、経常利益は868億円。従業員数2万6054人(いずれも連結)。グループを束ねる昭和電工㈱(東京都港区)の資本金は1821億円。従業員数3298人。 喜多方事業所にはアルミニウム合金の加工品をつくる設備があり、従業員数18人。同事業所のホームページによると、アルミニウム産業に携わってきた技術を生かし、加工用の素材などを製造している。 そんな同事業所の敷地内で、土壌と地下水が汚染されていることが初めて公表されたのは2020年11月2日。土壌汚染対策法の基準値を超えるフッ素、シアン、ヒ素、ホウ素の4物質が検出された(表1)。同事業所は同年1~10月にかけて調査していた。  事業所の地下水で基準値を超えた物質 物質基準値の何倍か基準値フッ素最大値120倍0.8mg/Lシアン検出不検出が条件ヒ素最大値3.1倍0.01mg/Lホウ素最大値1.4倍1mg/L表1  同年10月5日付の地元2紙によると、原因について同事業所は、過去に行っていたアルミニウム製錬事業で発生したフッ素を含む残渣などを敷地内に埋め、そこからフッ素が溶け出した可能性があるとしている。ただ、シアン、ヒ素、ホウ素の検出については原因不明という。アルミニウム製錬事業は1982(昭和57)年に終了している。 現時点で健康被害を訴える住民はいない。だが、日常は奪われたと言っていい。同事業所の近隣に住む男性はこう話す。 「県から『井戸の水を調査させてください』と電話が掛かってきて初めて知りました。ウチは、飲み水は地下水を使っていました。昔からここらに住んでいる人たちはどこもそうです。井戸水を計ってみるとフッ素が基準値超えでした」 男性を含め、近隣の数世帯は飲食や洗い物に使う水を現在も昭和電工が手配したウオーターサーバーで賄っている。同社は被害住民らに深度20㍍以上の井戸を新たに掘ったものの、鉄分、マンガン、大腸菌など事業所由来かは不明だが基準値を超える物質が検出され、飲用には適さなかった。 「まるでキャンプ生活ですよ。2年近くも続くとは思っていませんでした」(同) 敷地越えて広がる汚染地下水  県も同事業所敷地から外へ向かって約250㍍の範囲の地下水を調査し、敷地外に地下水汚染が広がっていることを確認している(表2)。翌年4月2日には、昭和電工による計測値に基づき、県が敷地と周辺を土壌汚染対策法の要措置区域に指定した。健康被害が生ずるおそれに関する基準に該当すると認める場合に指定される。この区域では形質変更が原則禁止となる。同事業所とその周辺では2区域に分けて指定され、それぞれ約31万3000平方㍍と約6万2300平方㍍にわたる。 県による事業所外地下水調査で基準値を超えた物質 (21年1月発表)物質最大値基準値フッ素3.8mg/L0.8mg/Lホウ素1.8mg/L1mg/L(21年4月発表)物質最大値基準値フッ素3.8mg/L0.8mg/L(21年7月発表)物質最大値基準値フッ素3.8mg/L0.8mg/Lホウ素1.8mg/L1mg/L福島民報、福島民友記事より作成表2  しかし、地上では同事業所との境界は明確に分かれていても、地下水はつながっている。公害対策の責任がある昭和電工は、汚染を封じ込める「環境対策」を進めている。公表から5カ月ほどたった2021年4月の住民説明会で、同事業所は敷地を囲むように全周2740㍍の遮水壁を造り、汚染された地下水の拡散を防ぐ対策を明らかにした(福島民友会津版同年4月18日付より)。 記事によると、土壌にあるフッ素を含むアルミニウム製錬の残渣と地下水の接触を避けるため、揚水井戸を設置し、地下水をくみ上げて水位を下げる。くみ上げた地下水はフッ素などを基準値未満の水準に引き下げ、工場排水と同じく排水する。東京電力が廃炉作業中の福島第一原子力発電所に、地下水が流入するのを防ぐため凍土壁を造った仕組みと似ている。同事業所は遮水壁の完成予定が2023年5月になると明かしていた。 2021年12月期有価証券報告書で損益計算書(連結)を見ると、特別損失に「環境対策費」として89億5800万円を計上している。「喜多方事業所における地下水汚染対策工事等にかかる費用」という。 1年間で90億円ほど費やしている「環境対策」だが、順調に進んでいるのか。 同事業所の西側に隣接する太郎丸行政区の住民でつくる「太郎丸昭和電工公害対策検討委員会」の慶徳孝幸事務局長(63)は、住民側が把握しただけでも、2021年10月から2022年9月までに9件のトラブルがあったと指摘する(表3)。 発覚時期影響対象住民が把握したトラブル2020年11月事業所内4物質が地下水で基準値超え2021年10月被害住民地下水のデータを誤送付12月近隣住民工事の振動・騒音が基準値超え12月事業所内地下水でヒ素が基準値超え2022年1月敷地内外工事に使う希硫酸が水路に漏洩2月太郎丸地区地下水でフッ素が基準値超え3月事業所内新たな場所からシアンが検出6月事業所内地下水でヒ素が基準値超え8月事業所内地下水でヒ素が基準値超え9月太郎丸地区地下水でフッ素が基準値超え表3  2022年1月下旬には、工事に使う希硫酸が用水路に漏洩した。ところが住民への報告はその1週間後で、お詫びと直接的な健康被害はないと考えている旨を書いた文書1枚を事業所周辺の各行政区長に送っただけだったという。 「このような対応が続くと昭和電工が行うこと全てに信頼がなくなってしまいます」(慶徳事務局長) 太郎丸行政区の住民らは、土壌汚染対策法で基準値が定められている全26物質と、同じく水道法で定められている全51項目について、水質検査をするように昭和電工に求めている。なぜか。 同事業所長は、21年3月に開いた同行政区対象の説明会で「埋設物質及び量は特定できない」「フッ素以外のシアン、ヒ素、ホウ素の使用履歴が特定できない」と述べたという。 「使用履歴がないシアン、ヒ素、ホウ素が現に見つかっている以上、他に基準値を超える有害物質が埋まっている可能性は否定できません。調べるのが普通だと思います」(同) 市議会が「実態調査に関する請願」採択  喜多方市議会9月定例会には、同行政区の区長と前出・公害対策検討委員会の委員長が「昭和電工株式会社喜多方事業所における公害(土壌汚染・地下水汚染)の実態調査に関する請願」を同1日付で提出した。紹介議員は十二村秀孝議員(1期、豊川町高堂)。 市に求めたのはやはり次の2点。 1、土壌汚染に関し定められた全26物質の調査 2、地下水汚染に関し定められた全51項目の調査 以下は十二村議員が朗読した請願書の一部。 《昭和電工喜多方事業所は昭和19年より生産開始し、後に化学肥料の生産も行い、昭和40年代には広範囲に及ぶフッ素の煙害で甚大な農作物被害を被った重く苦しい歴史があります。  現在、ケミコン東日本マテリアルの建物が立っている場所は過去に調整池であり、汚染物質の塊である第一電解炉のがれきが埋設された場所でもあります。歴史の一部始終を見てきた太郎丸行政区の住民からは、不安の声が上がり、当事業所に対し、地下水流向の下流域にある同行政区で、土壌汚染対策法で定める全26物質(含有量・溶出量)の調査、地下水全51項目の水質調査を再三要請してきましたが、事業所からは『正式な調査はしない』と文書回答がありました。 2022年3月8日には、付近の地下水観測井戸からシアンの検出超過が判明。約2カ月間、井戸からくみ上げましたが基準値以下になっていません。2020年11月2日に土壌汚染を公表してから1年半以上。県の調査結果を見る限り一般的事業所の波及範囲は約80㍍に収まるが、最大約500㍍先の地下水も汚染されています。県の地下水調査でも過去に類を見ない大規模かつ重大な公害問題の可能性が推測されます。 太郎丸は地下水が豊富で湧水が多く点在します。毛管上昇現象による土壌汚染も心配です。約800年の歴史がある太郎丸行政区が将来にわたって安心・安全に子どもたちに引き継げるのか。夢と希望を持って農業ができるのか。不安払拭のためにも行政の実態調査を求めます》 請願は9月15日に全会一致で採択された。〝ボール〟は市当局にも投げられた格好だ。 「子どものためにも沈黙はいけない」  さかのぼること同11日には、昭和電工が市内の「喜多方プラザ」で説明会を開き、対象の5行政区から60~70人の住民が参加した。汚染発覚以来、同社が毎年1回開いている。 筆者は同事業所に、説明会の取材を事前に電話で申し込んだ。対応した中川尚総務部長は「あくまで住民への説明なので」とメディアの参加を拒否。なおも粘ったが「メディアの参加は想定していない」の一点張りだった。「住民が非公開を求めているのか。報じられたくない住民がいるなら配慮する」と申し入れたが「メディアが入ることは想定していないので住民には取材の可否を聞き取っていない」。つまり、報じられたくないのは同事業所ということ。 当日、筆者は会場に向かったが、入り口には青い作業服を着た従業員10人ほどがいて入場を断られた。目の前にいる中川総務部長にいくつか質問をしたが、書面でしか受け付けないと断られた。 後日、前出・慶徳事務局長に説明会の様子を聞くと、 「午後3時に始まり、4時半に終える予定でしたが、結局7時半までかかりました。昭和電工側が要領の得ない発言を繰り返し、紛糾したからです」 会場の映像や写真、音声記録が欲しいところだが、 「昭和電工は参加した住民にも、機器を使って記録することを禁じていました。都合の悪い情報が記録され、メディアに報じられるのを避けたかったのでしょう。出席者からは『それなら議事録が欲しい』という求めもありましたが、要求が出たから渋々応じる感じで、前回も3カ月遅れで知らされました」(同) 昭和電工は、メディアに対しては書面で質問を求めるのに、自らが住民に書面で説明することには消極的なようだ。 昭和電工側の不誠実な対応を目の当たりにするたびに、慶徳事務局長は親世代の苦難を思い出すという。 「過去には同事業所から出るフッ素の煙で周辺の農作物に被害が出ました。親たちは交渉や訴訟を闘ってきました。それが今は子や孫に当たる私たちに続いている」(同) 話の途中、慶徳事務局長は前歯を指差した。 「知っていますか。フッ素を多く摂り過ぎると、歯に白い斑点できるんです。当時は事業所近隣に住む子どもたちだけ、特別に健康診断を受けていました。嫌な記憶です」 飲み水の配給を受けている前出・男性住民もこう話す。 「フッ素は硬水に多く含まれているので、気を付けていれば健康被害はそこまで心配していません。しかし、昭和電工は他の有害物質を十分に検査しておらず、フッ素より危険な物質が紛れている可能性もある。そっちの方が怖い。風評を恐れ、そっとしておきたい住民の気持ちも分かりますが、これからの子どもたちを考えたら黙っていられません。子や孫に『お父さん、おじいちゃんはなんで何もしなかったの』と言われないようにしたい」 米どころの喜多方では、周辺の耕作地への風評被害を恐れ、公害の原因を追及する動きは住民全体に広まっていない。だが、風評と実害を分けるために検査を尽くすことは重要だろう。 地元の豊川小学校の校歌には「豊かな土地を うるおす川の  絶えぬ営み われらのつとめ」の一節がある。地下水は、いずれは川に流れつく。子どもたちがこれからも胸を張って校歌を歌えるかは昭和電工、住民、行政含め大人たちの手に掛かっている。 あわせて読みたい 【第2弾】【喜多方市】昭和電工の不誠実な汚染対策 【第3弾】【喜多方市】未来に汚染のツケを回した昭和電工【公害】 【第4弾】【喜多方市】処理水排出を強行する昭和電工