白河市への新工場建設を計画していたニプロファーマが、昨今の建設・設備費用の高騰などを理由に、計画を断念した。親会社のニプロが2月にその旨をリリースしたのだが、その中に気になる一文があったので、追跡取材した。
リリースの「気になる一文」を追跡
本誌2022年5月号に「ニプロ鏡石工場に移転案浮上!? 従業員は『通勤圏外への移転』を懸念」という記事を掲載した。きっかけは、その前年秋ごろに、鏡石町民からこんな話を耳にしたことだった。
「町内の工業団地に立地しているニプロファーマ鏡石工場は、もともと手狭になっていたことに加え、2021年2月に発生した福島県沖地震により、一時生産停止を余儀なくされるほどの影響を受けました。そのため、『いっそのこと、もっと広いところに新築・移転するか』といった案が出ているそうです」
ニプロファーマは、医療品の製造・販売を行うニプロの子会社。国内7カ所とベトナムに生産拠点のほか、大阪市に分析センター(薬品の試験受託機関)があり、中でもニプロファーマ鏡石工場は主要工場に位置付けられている。同工場の敷地面積は8万1677平方㍍で、第一固形剤棟、第二固形剤棟、第三固形剤棟、軟膏剤棟、倉庫(保管エリア)などを備え、年間80億錠の経口剤の製造能力を保有する国内最大級の生産工場である。
鏡石町民によると、同工場が「2021年の地震被害を機に新築・移転を模索している」というのだ。
2021年2月13日深夜に発生した福島県沖を震源とする地震後のニプログループ(親会社)のリリース(2021年2月15日付)によると、地震の影響でニプロファーマ鏡石工場は生産を停止したという。その後、第2報(2月26日付)で3月中旬から部分的に生産を再開すること、第3報(4月1日付)で5月10日から全面的に生産を再開することが発表された。
全面再開まで、3カ月近くを要するほどの被害だったわけ。加えて、もともと手狭になっていたということもあり、それを機に「もっと広いところに新築・移転するか」との案が浮上しているというのである。
「移転案は2つ出ているらしく、1つは町内でもっと広く場所を取れる別の工業団地があり、そこへの移転、もう1つは白河市辺りが候補になっているようです。町からすると、町内で新築・移転するのか、出て行かれてしまうのかでは大きな違いがあります。同工場には須賀川市などから働きに来ている従業員もおり、鏡石町だから通勤できるが、それが白河市に移転となったら簡単ではないでしょう。そういった意味からも、どうなるのか注目されます」(前出の鏡石町民)
当時、ニプログループ本社の広報室に問い合わせたところ、広報担当者は「正式に公表していること以外に、お話しできることはありません」とのことだった。
それからしばらくして、近隣の玉川村民からも同様の話を聞く機会があった。
「玉川村にも同工場に勤めている人が結構いますが、私が聞いた話では『内部で移転案が出ており、2022年中には具体的な方針を決定する』とのことです。移転先としては、白河市が候補に上がっているらしく、鏡石町、須賀川市、玉川村などから通勤している従業員が多い中、もしそうなったら勤続が難しくなることから、『従業員の団体で何らかのアクションを起こすこともあるかもしれない』という話になっているそうです」
鏡石町民と玉川村民の話は「移転案が出ていること」、「移転先の候補には白河市が挙がっていること」等々が共通していた。そのため、複数の近隣住民から同様の話が出る辺り、「移転案」は根も葉もない話ではないのだろうから、引き続き注視していきたいというのが当時の取材で得られた結論だった。
なお、同工場は2022年3月16日に発生した地震でも被害があったが、前年の地震ほどではなかったようだ。同社のリリース(同年3月22日付)によると、「地震により空調設備および物流設備に軽微な損傷が認められました」とあるが、「適切に補修を終え、出荷作業は3月18日より開始」、「3月22日より設備の稼働点検が終了した機器から製造作業を再開」とのことだった。
ただ、これだけ巨大地震が頻発したら、リスクヘッジの観点から移転や生産拠点の分散などを考えても不思議ではない――そう思っていたところ、親会社のニプログループが2022年9月16日に「福島県沖地震による被害が市場に及ぼした影響を教訓とし、BCP対策に重点を置いた種々の取り組みを進めている一環」として、白河市に新工場を建設することになったと発表した。つまりは、事前に鏡石工場周辺で噂されていたことの真相は、「移転」ではなく、「新工場建設」だったわけ。
ところが、それから1年半ほどが経った今年2月13日、「昨今の建設費用・設備費用の高騰および製剤の製造原価におけるエネルギー費・原材料費等の高騰なとどにより、新棟の建設については厳しい環境となっております」として、新工場建設を断念することを発表した。
親会社に聞く
いまの社会情勢を考えたら、それはやむを得ないのだろうが、同リリースには気になる一文もあった。
「鏡石工場において、地震の被害が最も大きかった製造棟でのすべての製造品目につきましては、同社(子会社のニプロファーマ)の既存工場へ2、3年以内に移管できる見通しが立ちましたことから、このたびの決定となりました」
これを見ると、鏡石工場で地震被害が最も大きかった製造棟で生産されていた分を、2、3年以内に既存工場に移管するとあり、つまりは鏡石工場は事実上の規模縮小になるということか。この点について、親会社のニプロに問い合わせると、次のような説明だった。
「鏡石工場では、2021年、2022年の地震で被害を受け、数週間、製造ができなかった期間がありました。被害が最も大きかった製造棟については、現在は稼働していますが、この機に(そこで製造していた分は)一度、既存工場に移管し、その間に耐震補強ですとか、そういったことを考えているということです」
どうやら、鏡石工場は規模縮小になるわけではないようだが、被害が最も大きかった製造棟で働いていた従業員はどうなるのか。
「鏡石工場内で異動していただくことになります。(同社の東日本の生産拠点は)大舘工場(秋田県大舘市)や埼玉工場(埼玉県春日部市など)がありますが、そちらに移っていただくということではありません」(ニプロ担当者)
今回の問題で地元従業員が最も気にしていたのが、新工場が新設されたら異動があるのかということだが、この説明を聞く限りその心配はないようだ。