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  • 丸峰観光ホテル社長の呆れた経営感覚【会津若松市】

    【芦ノ牧温泉】丸峰観光ホテル社長の呆れた経営感覚

     先月号に「丸峰観光ホテル『民事再生』を阻む諸課題」という記事を掲載したところ、それを読んだ元従業員たちが、在職中に目撃した星保洋社長の杜撰な経営を明かしてくれた。元従業員たちは「あんな社長のもとでは自主再建なんて絶対無理」と断言する。 スポンサー不在の民事再生に憤る元従業員 再建を目指す丸峰観光ホテル  会津若松市・芦ノ牧温泉の丸峰観光ホテルと関連会社の丸峰庵が福島地裁会津若松支部に民事再生法の適用を申請したのは2月26日。負債総額は2022年3月期末時点で、丸峰観光ホテルが20億7700万円、丸峰庵が4億7900万円、計25億5600万円。 両社の経営状態が分かる資料は少ないが、東京商工リサーチ発行『東商信用録福島県版』に別表の決算が載っていた。もっとも、その数値もコロナ禍前のものだから、現在は更に厳しい売り上げ・損益になっているのは間違いない。 丸峰観光ホテルの業績売上高利益2012年15億4700万円1億1000万円2013年14億3100万円14万円2014年14億9400万円190万円2015年8億8500万円980万円2016年9億7300万円5200万円 丸峰庵の業績売上高利益2013年4億0800万円16万円2014年5億0700万円▲1800万円※決算期は両社とも3月。▲は赤字。  両社の社長を務める星保洋氏は、3月に開いた債権者説明会で自主再建を目指す方針を明らかにした。債権者が注目していたスポンサーについては「今後の状況によっては(スポンサーから)支援を受けることも検討する」と説明。スポンサー不在で再建を進めようとする星社長のやり方に、多くの債権者が首を傾げていた。 先代社長で女将の星弘子氏(保洋氏の母、故人)にかつて世話になったという元従業員はこう話す。 「丸峰観光ホテルは最盛期、土日のみで年13億円を売り上げていた。あの施設規模だと損益分岐点は10億円。しかし、稼働率は震災・原発事故や新型コロナもあり低調で、現在は少しずつ回復しているとしても2022年3月期決算は売上高5億円台、最終赤字2億円超というから、スポンサー不在で再建できるとは思えない。それでも自主再建を目指すというなら、トップが代わらないと無理でしょう」 このように、社長交代の必要性を指摘する元従業員だが、 「ただ、私は丸峰を辞めてからだいぶ経つので、現社長の経営手腕はウワサで聞くことはあっても、実際に見たわけではない」(同) ならば、会社が傾いていく経過を間近で見ていた元従業員は、星社長の経営手腕をどう評価するのか。 ここからは、先月号の記事を読んで「ぜひ星社長の真の姿を知ってほしい。そして、この人のもとでは自主再建は絶対無理ということを分かってほしい」と情報を寄せてくれたAさんとBさんの証言を紹介する。ちなみに、ふたりの性別、在職時の勤務先、退職日等々を書いてしまうと、誰が話しているのか特定される恐れがあるため、ここでは触れないことをご了承いただきたい。 まず驚かされたのが星社長の金銭感覚だ。少ない月で20~30万円、多い月には100万円以上の個人的支出を「これ、処理しておいて」と経理に回していたという。 一体何に浪費していたのか、その一部は後述するが、 「要するに、会社の財布を自分の財布のように使っていた」(Aさん) そのくせ、取引先への支払いは後回しにすることが多く、口うるさい取引先には10日遅れ、物分かりがいい取引先には1、2カ月遅れで支払うこともザラだった。 「そういうことをしておいて、自分はレクサスを乗り回し、飲み屋に出入りしていた。取引先はそんな星社長の姿を見て『贅沢する余裕があるならオレたちに払えよ!』といつも怒っていた」(Bさん) ふたりによると、星社長は滞っている支払いをめぐり、どこを優先するかを決める会議まで開いていたというから呆れるしかない。 「こういう無駄な会議が、本来やるべき業務の妨げになっていることを星社長は分かっていない」(同) 従業員に対しても、会社のために立て替え払いをしても数百円、1000円の精算にさえ応じないケチっぷりだった。 AさんとBさんが口を揃えて言うのは「本業に注力していれば傾くことはなかった」ということだ。本業とは、言うまでもなく丸峰観光ホテルを指す。ならば経営悪化の要因は丸峰庵が手掛ける「丸峰黒糖まんじゅう」にあったということか。 「黒糖まんじゅうは、利益は薄かったかもしれないが現金収入として会社に入っていたし、お土産として需要があったという点では本業とリンクしていたと思う」(Aさん) 問題は、丸峰庵が行っていた飲食店経営にあった。 前出・かつての従業員によると、そもそも飲食店経営に乗り出したのは星弘子氏が健在のころ、保洋氏の妻が姑との関係に悩み、夫婦で一時期、会津若松市から郡山市に引っ越したことがきっかけという。保洋氏からすると、妻のことを思って弘子氏と距離を置く一方、ホテル経営で実績を上げる母を見返すため、別事業で成果を出したい思惑もあったのかもしれない。 報道等によると、飲食店経営は2006年ごろから参入し、もともとは「丸峰観光ホテルの外食事業」としてスタート。しかし、2014年にホテル経営に注力するため、まんじゅう製造・販売事業と併せて丸峰庵に移管した。 現在、丸峰庵が経営しているのはJR郡山駅のエキナカに並んでいる蕎麦店と中華料理店、同駅前に立地するダイワロイネットホテルの飲食テナント(1階)に入っている、エキナカよりグレードの高い蕎麦店。 「それ以外に郡山駅西口の陣屋では居酒屋とバーを経営している。大町にもかつて居酒屋を出したことがある」(Aさん) そのほか東京都内にも飲食店を構えたことがあったが「3年程前に撤退し、今は都内にはない」(同)。 店を出すのが「趣味」 丸峰庵  これらの飲食店が繁盛し、グループ全体の売り上げを押し上げていればよかったが、現実は本業の足を引っ張るお荷物になっていたという。 「駅前は人が来ないのに家賃が高い。そんな場所に、会社にとって中心的な店を三つも出している時点で厳しい。都内から撤退したのは正解でしたが」(同) そんな甘い出店戦略もさることながら、従業員の目には星社長の経営感覚も違和感だらけに映った。 「ちゃんとリサーチして出店しているのかな、と思うことばかりだった。例えば、大町の立地条件が悪い場所に『知り合いから紹介された』と中華料理店を出したが、案の定、客が入らず閉店した。すると、今度は同じ場所でしゃぶしゃぶ店をやると言い出し、店内を改装してオープンしたが、こちらも数カ月で閉店してしまった」(Bさん) さらに問題なのは、▽閉店後に完全撤退するのではなく「また店を出すかもしれない」と無駄な家賃を支払い続けた、▽出店に当たり他店から料理人等を引き抜いてきたのに、すぐに閉店させたことで行き場を失わせた、▽店が営業中、経営が厳しいと理解しているのに対策を練らない――等々、先を見据えている様子が一切見られないことだった。 「要するに、星社長にとっては店を出すことが目的なので、オープンしたら途端に興味を失うのです。もし店を出すことが手段なら、客を増やすにはどうしたらいいか真剣に考えるはず。しかし、星社長は『今月は〇〇円の赤字です』と報告を受けても全く焦らないし悩まない」(同) 星社長にとっては、店を出すことが「趣味」なのかもしれない。そうなると、飲食店事業で儲けようという考えは出てこないだろう。 「出店に当たっては、厨房機器等をネット通販で勝手に買い、会社に払わせていた。普通はリースやまとめ買いで揃えると思うが、与信が通らないから個人で揃えるしかなかったのでしょう」(同) 前述・会社に支払わせていた個人的支出の一部は、ネット通販で購入した厨房機器等とみられる。 AさんとBさんは「もし飲食店経営をするなら計画的に出店し、店舗数を絞ればグループ全体に寄与したのではないか」とも話す。ところが現状は、星社長による無計画な出店が足を引っ張り、従業員の間に軋轢を起こしていたと指摘する。 「ホテルやまんじゅう製造・販売に関わる従業員は『儲からない飲食店のおかげでオレたちが稼いだ利益が食われている』と不満に思っていた。飲食店経営に関わる従業員はそれをよく理解していたが、出店が趣味の星社長は意に介さないし、忠告する幹部社員もいない」(Bさん) 「かつては苦言を呈する幹部社員もいたが、星社長が聞く耳を持たないため嫌気を差して辞めていった。今いる幹部社員は星社長のイエスマンばかり」(Aさん) 星弘子氏が健在のころは強いブレーキ役を果たしていたが、2019年に弘子氏が亡くなったのを境にタガが外れ、本業から飲食店経営への資金流出が起こっていた可能性も考えられる。 こうした状況を招いた経営者が民事再生法の適用を申請し、スポンサー不在のまま自主再建を目指すと言い出したから、AさんとBさんは既に退職した立場だが「債権者に失礼だし、従業員も気の毒」として、星社長の真の姿を伝えるべきと決心したという。ふたりとも「そういう経営者のもとで自主再建を目指そうなんてとんでもない」と憤りが収まらなかったわけ。 AさんとBさんは、最後にこのように語った。 「SNSで『大好きなホテルなので残念』『再建できるよう応援しています』とのコメントを見かけたが、それは従業員がお客さんに真摯な接客をしたから言われているのであって、星社長を応援しているわけではないことを理解してほしい。私たちは、スポンサーがつくなどして新しい経営者のもとで再建を目指すなら応援するが、星社長が主導する再建は賛成できない」 難しい自主再建 渓谷美の宿 川音(HPより)  丸峰観光ホテルは現在も予約を受け付けるなど、傍目には平時と変わらない営業を続けているという。しかし、三つある施設のうち「渓谷美の宿 川音」は古代檜の湯が工事中で男女ともに営業停止。「レストランあいづ五桜」も設備メンテナンスのため休業している。どちらも再開日は未定だ。 このほか二つの施設「丸峰本館」「離れ山翠」のうち、本館も休館中との話もあり、営業しているのは離れ山翠だけとみられる。客が入らないのに巨大な施設を稼働させても経費の無駄なので、経営資源を集中させるという意味では正解と言える。 ただ、本誌には4月中旬に起きた出来事として「その日は給料日だったが振り込まれず、従業員がホテルに詰めかける騒動があった」「給料は支払われたが、3月は手渡し、4月は振り込みだったらしい」との話も寄せられており、これが事実なら星社長は当面の資金繰りに窮していることが考えられる。 今後注目されるのは、これから債権者に示されることになる再生計画の中身だ。以下は『民事再生申立ての実務』(東京弁護士会倒産法部編、ぎょうせい発行)に基づいて書き進める。 民事再生申し立てに当たり、再生債務者(丸峰観光ホテルと丸峰庵)は裁判所や監督委員から、申し立て前1年間の資金繰り実績表と、申し立て後半年間の資金繰り予定表の提出を求められる。資金繰りができなければ再生計画の策定・認可を待つことなく事業停止に追い込まれるため、再生債務者にとって資金繰り対策は極めて重要になる。 再生債務者は「申し立てによる相殺」や「申し立て前の差し押さえ」といった難を逃れて確保できた資金をもとに資金計画を立てる。ここで重要なのは、入金・出金の確度を高めることができるかどうかだ。関係者に協力を仰ぎ、既発生の売掛金・未収金・貸付金などの回収を進め、将来発生する売掛金の入金見込みを立てると同時に、支払い条件を一定のルールに基づき決定し、支出の見込みも立てる。併せて棚卸や無担保資産の早期処分を適宜行う。 問題は、星社長がこのような資金繰りのメドをつけられるかどうかだが、前述した個人的支出、取引先への支払い遅延、給料遅配、さらに飲食店事業をめぐっては家賃滞納のウワサも囁かれる中、取引先・債権者から資金繰りの理解と協力が得られるかは疑問だ。 メーンバンクの会津商工信組も、民事再生申し立て前に「思うように再建が進まない」と嘆いていたというし、前出・AさんとBさんも「星社長は他人の意見を聞かない」というから、自主再建が見込める資金計画が立てられるとは考えにくい。 だからこそ、スポンサーの存在が重要になるのだ。スポンサーがつけば信用が補完され、再生債務者の事業価値の毀損(信用不安・資金不足による取引先との取引中止、従業員の退職、顧客離れなど)が最小限に抑えられる。スポンサーによる確実な事業再生が見込まれ、申し立ての前後からスポンサーの人的・資金的協力も得られる。 スポンサー不在の違和感  全国を見渡しても、鳥取県・皆生温泉の老舗旅館「白扇」は負債16億円を抱えて4月7日に民事再生法の適用を申請したが、同日付で地元の食肉加工会社がスポンサーにつくことが発表された。昨年3月に負債11億円で同法適用を申請した山梨県・湯村温泉の「湯村ホテル」も、スポンサー候補を探すプレパッケージ型民事再生に取り組み、半年後に事業譲渡した。2021年8月に同法適用を申請した北海道・丸駒温泉の「丸駒温泉旅館」は、全国で地域ファンドを運用する企業がスポンサーとなって再建が図られた。負債は8億3000万円だった。 ここに挙げた事例より負債額が格段に多い丸峰観光ホテル・丸峰庵がスポンサー不在というのは、やはり違和感がある。今後は3月の債権者説明会で言及がなかったスポンサーを見つけることが、今夏にも債権者に示されるであろう再生計画案の成否を握るのではないか。 ちなみに再生計画案を実行に移せるかどうかは、債権者集会に同案を諮り①議決権者の過半数の同意(頭数要件)、②議決権の総額の2分の1以上の議決権を有する者の同意(議決権数要件)を満たす必要がある。 本誌は民事再生の申請代理人を務めるDEPT弁護士法人(大阪市)の秦周平弁護士を通じて、星社長に取材を申し込んだ。具体的に15の質問項目を示して回答を待ったが、両者からは期限までに何の返事もなかった。 この稿の主人公は丸峰観光ホテルだったが、星社長のような経営者は他にもいるはずで、そこにコロナ禍が重なり、青息吐息のホテル・旅館は少なくないと思われる。杜撰な経営を改めなければ早晩、手痛いしっぺ返しに遭うことを経営者は肝に銘じるべきだ。 最後に余談になるが、4月中旬、本誌編集部に会津商工信組と取り引きがあるとする匿名事業者から「今回の民事再生で信組の損失がどれくらいになるか心配」「役員が責任を取って辞める話が出ている」「これを機に新体制のもとで以前のような活気ある組織に戻ってほしい」などと綴られた投書が届いた。組合員は丸峰観光ホテル・丸峰庵の再生の行方と同時に、メーンバンクの同信組が今後どうなるのかについても強い関心を向けている。 あわせて読みたい 芦ノ牧温泉【丸峰観光ホテル】民事再生を阻む諸課題【会津若松市】

  • 客足回復が鈍い福島市「夜の街」

    客足回復が鈍い福島市「夜の街」|スナック営業調査

     5月8日に新型コロナウイルスの感染法上の位置付けが季節性インフルエンザと同じ5類に引き下げられる。飲食業界は度重なる「自粛」要請で打撃を受けたが、業界はコロナ禍からの出口の気配を感じ、「客足は感染拡大前の7~8割に戻りつつある」と関係者。一方、2次会以降の客を相手にするスナックは閉店・移転が相次ぎ、テナントの半数が去ったビルもある。福島市では主な宴会は県職員頼みのため、郡山市に比べ客足の回復が鈍く、夜の街への波及は限定的だ。 公務員頼みで郡山・いわきの後塵 飲食店が並ぶ福島市街地  福島市は県庁所在地で国の出先機関も多い「公務員の街」だ。市内のある飲食店主Aは「県職員が宴会をしないと商売が成り立たない」と話す。民間企業は、取引先に県関係の占める割合が多いため、宴会の解禁も県職員に合わせているという。 「東邦銀行も福島信用金庫も宴会を大々的に開いて大丈夫か県庁の様子を伺っているそうです。民間なら気にせず飲みに行けるかというとそうでもなく、行員に対する『監視の目』も県職員に向けられるのと同じくらい厳しい。ある店では地元金融機関の幹部が店で飲んでいたのを客が見つけて本店に『通報』し、幹部たちが飲みに行けなくなったという話を聞きました」(店主A) 福島市の夜の街は、県職員をはじめとする公務員の宴会が頼りだ。福島、伊達、郡山、いわきの4市で飲食店向けの酒卸店を経営する㈱追分(福島市)の追分拓哉会長(76)は街の弱みを次のように指摘する。 「福島、郡山、いわきの売り上げを比較すると、福島の飲食店の回復が最も弱いことが見えてきた」 2019年度『福島県市町村民経済計算』によると、経済規模を表す市町村内総生産は県内で多い順に郡山市が1兆3635億円(県内計の構成比17・1%)、いわき市が1兆3577億円(同17・0%)、福島市が1兆1466億円(同14・4%)。経済規模が大きいほど飲食店に卸す酒の売り上げも多くなると考えると、3位の福島市が他2市より少なくなるのは自然だ。だが追分会長によると、同市は売上高が他2市より少ないだけでなく、回復も遅いという。 「3市の酒売上高は、2019年は郡山、いわき、福島の順でした。各市の今年2月の売り上げは、19年2月と比べると郡山90%、いわき83%、福島76%に回復しています。郡山はコロナ前の水準まで戻ったが、福島はまだ4分の3です。しかも、コロナ禍で売上高が最も減少したのは福島でした。私は福島が行政都市であり、かつ他2市と比べて若者の割合が少ないことが要因とみています。県職員(行政関係者)が夜の街に出ないと、飲食店は悲惨な状態になります」(追分会長) 飲食業の再生の動きが鈍いのは、度重なる感染拡大に息切れしたことも要因だ。 「福島では昨年10月に到来した第8波で閉めた店が多く、駅前の大規模店も撤退しました。3、4月の歓送迎会シーズンで持ち直した現状を見ると、もう少し続けていればと思いますが、それはあくまで結果論です。これ以上ない経営努力を続けていたところに電気代の値上げが直撃し、体力が尽きてしまった。水道光熱費だけで10~20万円と賃料と同じ額に達する店もありました」 そうした中でも、コロナ禍を乗り切った飲食店には「三つの共通点」があるという。 「一つ目は『飲む』から『食べる』へのシフトです。スナックやバーが減り、代わりに小料理屋、イタリアン、焼き鳥屋が増えました」 「二つ目が『大』から『小』への移向です。宴会がなくなりました。あったとしても仲間内の小規模なものです。売りだった広い客席は大規模店には仇となりました。健闘しているのは、区分けして小規模宴会を呼び込んだ店です」 最後は「老」から「若」への変化。 「老舗が減りましたね。後継者がいない高齢の経営者が、コロナを機に見切りを付けたからです」 一方、これをチャンスと見てコロナ前では店を出すことなど考えられなかった駅前の一等地に若手経営者が出店する動きがあるという。経営者たちが見据えるのは、福島駅東口の再開発だ。 「4月から再開発エリアに建つ古い建物の本格的な取り壊しが始まりました。3年間の工事で市外・県外から500~1000人の作業員が動員されます。福島市役所の新庁舎(仮称・市民センター)建設も拍車をかけるでしょう。市内に建設業のミニバブルが訪れる中、ホテルや飲食店の需要は高まるとみられるが、老舗の飲食店が減っているので受け皿は十分にない。そのタイミングでお客さんを満足させる店を出すことができれば、不動の地位を獲得できると思います」 追分のグループ会社である不動産業㈱マーケッティングセンター(福島市)では毎年、市内の飲食店を同社従業員が訪問して開店・閉店状況を記録し、「マップレポート」にまとめてきた。最新調査は2019年12月~20年10月に行った。同レポートによると、開店は41店、閉店は106店。飲食店街全体としては、感染拡大前の837店から65店減り、772店となった。減少率は7・7%で、1988年に調査を開始して以降最大の減少幅だった。 「特に閉店が多かったのはスナック・バーです。48店が閉店し、全閉店数の44%を占めました」 もっとも、スナック・バーは開店数も業種別で最も多い。同レポートによると、11カ月の間に22店が開店し、全開店数の54%を占めた。酒とカラオケを備えれば営業できるため参入が容易で、もともと入れ替わりが盛んな業種と言えるだろう。 25%減ったスナック  マーケッティングセンターほどの正確性は保証できないが、本誌は夜の飲食店数をコロナ前後で比較した。1月号では郡山市のスナック・バーの閉店数を電話帳から推計。忘年会シーズンの昨年12月にスナックのママに電話をして客の入り具合を聞き取った。 電話帳から消えたと言って必ずしも閉店を意味するわけではない。もともと固定電話を契約していない店もあるだろう。ただし「昔から営業していた店が移転を機に契約を更新しなかったり、経費削減のために解約したりするケースはある」と前出の飲食店主Aは話す。今まで続けていたことをやめるという点で、固定電話の契約解除は、店に何らかの変化があったことを示す。 コロナ前の2019年と感染拡大後の2021年の情報を載せた電話帳(NTT作成「タウンページ」)を比較したところ、福島市の掲載店舗数は次のように減少した。 スナック 194店→145店(新規掲載1店、消滅50店) 差し引き49店が減った。減少数をコロナ前の店舗数で割った減少率は25・2%。 バー・クラブ 42店→35店(新規掲載なし、消滅7店) 減少率は16・6%。 果たしてスナック、バー・クラブの減少率は他の業種と比べ高いのか低いのか。夜の街に関わる他の業種の増減を調べた。2021年時点で20店舗以上残っている業種を記す。電話帳に掲載されている業種は店側が複数申告できるため、重複があることを断っておく(カッコ内は減少率)。 飲食店 208店→178店(14・4%) 居酒屋 143店→118店(17・4%) 食堂 75店→69店(8・0%) ラーメン店 63店→60店(5・0%) うどん・そば店 63店→55店(12・6%)  レストラン(ファミレス除く) 50店→42店(16・0%)  すし店(回転ずし除く) 39店→38店(2・5%) 中華・中国料理店 33店→31店(6・0%) 焼肉・ホルモン料理店 29店→24店(17・2%) 焼鳥店 25店→23店(8・0%)  日本料理店 23店→22店(4・3%) 酒を提供する居酒屋の減少率は17・4%と高水準だが、スナックは前記の通り、それを上回る25・2%だ。マーケティングセンターの2020年調査では、スナック48店が閉店した。照らし合わせると、電話帳から消えたスナックには閉店した店が含まれていることが推測できる。 筆者は電話帳から消えたスナックを訪ね、営業状況や移転先を確認した。結果は一覧表にまとめた。深夜食堂に業種転換した店、コロナ前に広げた支店を「選択と集中」させて危機を乗り越えた店、賃料の低いビルに引っ越し再起を図る店など、形を変えて生き残っている店も少なくない。 電話帳から消えた福島市街地のスナック ○…営業確認、×…営業未確認、※…ビル以外の店舗 陣場町 第10佐勝ビルスナッククローバー〇SECOND彩スナック彩に集約ハリカ〇レイヴァン(LaVan)✕ペガサス30ビル花音✕スナッククレスト(CREST)✕スナックトモト✕プラスαkana✕ハーモニー✕ボルサリーノスナックARINOS✕ファンタジー〇ポート99ラーイ(Raai)✕第5寿ビルジョーカー✕アイランド〇※モア・グレース✕※ 置賜町 エース7ビル韓国スナックローズハウス✕CuteCute✕トリコロール✕フィリピーナ✕ジャガービルトイ・トイ・トイ(toi・toi・toi)✕マノン✕鈴✕ピア21ビルK・桂✕ラパン✕ミナモトビルシャルム✕都ビル仮面舞踏会✕清水第1ビルマドンナ✕第5清水ビルラウンジラグナ✕ 栄町 イーストハウスあづま会館志桜里✕スナック楓店名キッチンkaedeで「食」に業種転換花むら✕第2あづまソシアルビルショーパブパライソ✕せらみ✕ムーチャークーチャー〇ユートピアビルスナックみつわ✕わがまま天使✕※ 万世町 パセオビルカトレア✕萌木✕ 新町 クラフトビルぼんと✕ゆー(YOU)✕金源ビルザ・シャトル✕スナック星(ぴょる)✕※凛〇※ 大町 コロールビルのりちゃんあっちゃん(ai)×エスケープ(SK-P)×※  電話帳に載っていないスナックもそこそこある。ただ、書き入れ時の金曜夜9時でも営業している様子がなく、移転先をたどれない店が多かった。あるビルの閉ざされた一室は、かつてはフィリピン人女性がもてなすショーパブだったのだろう。「福島県知事の緊急事態宣言の要請により当店は暫くの間休業とさせていただきます」と書かれた紙がドアに張られ、扉の隙間には開封されていない郵便物が挟まっていた。 「やめたくない」  ビル入口にあるテナントを示す看板は点灯しているのに、どこの階にも店が見当たらない事態も何度も遭遇した。あるベテランママの話。 「看板を総取っ換えしなきゃならないから、余程のことがないとオーナーは交換しない。一つの階が丸ごと空いているビルもあるわ」 飲食店主Bも言う。 「存在しない店の看板は覆い隠せばいいが、オーナーは敢えてそうはしません。テナントもしてほしくないでしょう。人けがないビルと明かすことになるからです」 テナントの空きは、スナック業界の深刻さも表している。 「手狭ですが家賃が安い新参者向けのビルがあります。入口にある看板は20軒くらいついていて全部埋まっているように見えるが、各階に行くと数軒しか営業していない。新しく店を始める人がいないんでしょうね」(店主B) 閉店する際も「後腐れなく」とはいかない。前出のベテランママがため息をつく。 「せいせいした気持ちで店をやめる人なんて誰もいませんよ。出入りしているカラオケ業者から聞いた話です。カラオケ代を3カ月分滞納した店があり、取り立てに行った。払えない以上は、目ぼしい財産を処分し、返済に充てて店を閉めなければならない。そこのママは『やめたくない』と泣いたそうです。しかし、そのカラオケ業者も雇われの身なので淡々と請求するしかなかったそうです」 大抵は連帯保証人となっている配偶者や恋人、親きょうだいが返済するという。 2021、22年に起きた2度の大地震は、コロナにあえぐスナックにとって泣きっ面に蜂だった。酒瓶やグラスがたくさん割れた。あるビルでは、オーナーとテナントが補償でもめ、納得しない人は移転するか、これを機に廃業したという。テナントの半数近くに及んだ。 福島市内のビルの多くは30~40年前のバブル期に建てられた。初期から入居しているテナントは、家賃は契約時のままで、コロナで赤字になってもなかなか引き下げてもらえなかった。コロナ禍ではどこのビルも空室が増え、オーナーは家賃を下げて新規入居者を募集。余力のあるスナックはより良い条件のビルに移転したという。 ベテランママは引退を見据える年齢に差しかかっている。苦境でも店を続ける理由は何か。 「コロナが収束するまではやめたくない。閉店した店はどこもふっと消えて、周りは『コロナで閉めた』とウワサする。それぞれ事情があってやめたのに、時代に負けたみたいで嫌だ。私にとっては、誰もがマスクを外して気兼ねなく話せるようになったらコロナ収束ですね。最後はなじみのお客さんを迎え、惜しまれながら去りたい」 ベテランママの願いはかなうか。 あわせて読みたい コロナで3割減った郡山のスナック 〝コロナ閉店〟した郡山バー店主に聞く

  • 青木フルーツ「合併」で株式上場に暗雲!?【郡山市】

    青木フルーツ「合併」で株式上場に暗雲!?【郡山市】

     フルーツジュース店や洋菓子店などを全国展開する㈱青木商店(郡山市、1950年設立、資本金1000万円※)。同社は株式上場を長年の悲願としており、2017年には持ち株会社の青木フルーツホールディングス㈱(住所同、資本金2300万円)を設立した。 ※法人登記簿によると青木商店の資本金は1000万円だが、HPにはなぜか「資本金等4500万円」と表記されている。こうした〝微妙な不正確さ〟が、青木氏が地元経済界からイマイチ信用されない要因なのかもしれない。  そんな両社の経営動向と、代表取締役を務める青木信博氏(75)の人物像は本誌昨年4月号「青木フルーツ『上場』を妨げる経営課題」という記事で詳報しているので参照されたい。この稿で取り上げるのは、3月1日付の地元紙で報じられた「両社の合併」についてである。 福島民友はこう伝えている。 《持ち株会社青木フルーツホールディングス(HD)は1日付で青木商店と合併する。青木商店が存続会社となり、同HD会長・社長の青木信博氏(75)が代表権のある会長に就く》《2月24日に開かれた同HDの臨時株主総会で合併の承認を受けた。同HDは合併について「組織再編を通じて経営の効率化を図るため」としている》 併せて、青木氏は同紙の取材に、タイの関連会社を新型コロナの影響で閉鎖したことも明かしている。 一般的に、持ち株会社は事業ごとに分かれた子会社を持ち、事業拡大やリスク分散を図るが、青木フルーツHDの場合は子会社が青木商店1社しかなく、持ち株会社としての存在意義は薄かったようだ。そもそも持ち株会社をつくる狙いは経営効率化なのに「両社を合併して経営効率化を図る」と言ってしまったら、青木フルーツHDの存在を自分から否定したことにならないか。 それはともかく、今後気になるのは持ち株会社をなくしたことで悲願の株式上場はどうなるのか、ということだ。これに関して青木氏は、福島民友の取材に「合併を機にスピードを上げて実現したい」と述べている。上場はあきらめないということだが、現実はどうなのか。 青木商店と青木フルーツHDはこれまで、三井住友信託銀行の証券代行部に株主名簿管理人を依頼していた。株主名簿管理人とは、株式に関する各種手続きや株主総会の支援などを代行する信託銀行や専門会社のこと。上場企業は会社法により株式事務の委託が義務付けられているため、青木商店は2014年から、青木フルーツHDは設立と同時に同行を株主名簿代理人に据えていた。 ところが青木商店の法人登記簿を見ると、今年1月12日付で株主名簿管理人を廃止している。これは何を意味するのか。 同行証券代行部に確認すると「青木商店に関する業務は取り扱っていない。ただ、青木フルーツHDに関する業務は現時点でも取り扱っている」と言う。記者が「青木フルーツHDは青木商店と合併し、既に解散している」と指摘すると「解散については把握していない。営業サイドと状況を確認し、必要があれば更新したい」と答えた。 青木商店にも問い合わせてみた。 「三井住友信託銀行とは青木フルーツHDが契約していたが、登記上は青木商店の株主名簿管理人にもなっていた。そこで、今回の合併を受けHDとしての契約は破棄し、青木商店の登記もいったん抹消して、同行には新たに青木商店として株主名簿管理人をお願いする予定です。株式上場は引き続き存続会社の青木商店で目指していきます」(総務部) 株式上場はあきらめない、とのこと。今後のポイントは上場に耐え得る決算(経営状態)を実現できるかどうかだが、せっかくつくった持ち株会社を解散する迷走ぶりを見せられると、悲願達成はまだまだ先のような気がしてならない。 あわせて読みたい 青木フルーツ「上場」を妨げる経営課題【郡山市】

  • 【吉田豊】南相馬市内で暗躍する青森出身元政治家

     南相馬市の医療・福祉業界関係者から「関わってはいけないヒト」と称される人物がいる。さまざまな企業に医療・福祉施設の計画を持ち掛け、ことごとく頓挫。集めた医師・スタッフは給与未払いに耐え切れず退職、協力した企業は損失を押し付けられ、至る所でトラブルになっている。被害に遭った人たちは口を閉ざすばかり。一体どんな人物なのか。 施設計画持ちかけ複数企業が損失 吉田氏の逮捕を報じる新聞記事(デーリー東北2007年4月28日付)  「吉田豊氏について『政経東北』を含めどのマスコミも触れないけど、何か理由があるのかい?」。4月上旬、南相馬市内の経済人からこんな話を持ち掛けられた。 南相馬市内で医療・福祉施設建設計画を持ち掛け、支援を募っては計画が頓挫し、複数の企業が損失を被っているというのだ。吉田氏は青森県出身の元政治家で、数年前から南相馬市内で暮らしているという。 事実確認のため複数の関係者に接触したが、結論から言うと、誰も口を開こうとしなかった。「現在係争中なのでコメントは控えたい」、「ほかに影響が及ぶのを避けたい」、「もう関わり合いたくない」というのが理由だった。 せめて一言だけでもと食い下がると、「とにかく裏切られたという思い」、「業界内では『関わってはいけないヒト』と評判だ」という答えが並んだ。誌面では書けない言葉で吉田氏を罵倒した人もいる。 ある人物は匿名を条件に次のように語った。 「医療・福祉の充実という理念を掲げ、補助金がもらえそうな事業計画を企業に持ち掛け出資させる。ただ、ブローカー的な役割に終始し、その後の運営は二の次になるのでトラブルになる。表舞台には決して立とうとせず、ほかの人物や企業を前面に立たせる。だから、結局、何かあっても吉田氏が責任を取ることはない」 関係者の意向を踏まえ、本稿では具体的な企業名・施設名などを伏せるが、市内の事情通の話や裁判資料などの情報を統合すると、吉田氏をめぐり少なくとも以下のようなトラブルが発生していた。 〇市内にクリニックを開設する計画を立て、賃貸料を支払う契約で地元企業に建設させた。だが、当初から賃貸料の未払いが続き契約解除となり、現在は未払い分の支払いを求めて訴えられている。 〇ほかの医療機関や介護施設から医師・職員を高額給与で引き抜いたが、賃金未払いが続き、加えてブラックな職場環境だったため、相次いで退職。施設が運営できなくなり、休業している。 〇市内企業を巻き込んで、数十億円規模のサービス付き高齢者向け住宅建設計画やバイオマス焼却施設計画なども進めようとしていたが、いずれも実現していない。 吉田氏が一方的に嫌われ悪く言われている可能性もゼロではないが、話を聞いたすべての人が良く言わず、企業が泣き寝入りしている様子もうかがえた。吉田氏は現在公人ではないが、こうした事実を踏まえ、誌面で取り上げるのは公益性・公共性が高いと判断した。 吉田氏とはどういう人物なのか。過去の新聞記事などを遡って調べたところ、青森県上北町(現東北町)出身で、同町議を2期務めていた。 《八戸市内の私立高校(※編集部注・現在の八戸学院光星高校)を卒業後、県選出の代議士や県議らの下で政治を学び、1991年の町議選に32歳で初当選した。医療と福祉の充実を掲げ、医師を招いて自宅近くに内科・歯科医院を開業するなど精力的だった》(デーリー東北1999年4月23日付) 吉田氏が個人で運営していた「あさひクリニック」の一部を母体に「医療法人秀豊会」が立ち上げられ、有床診療所を運営しているほか、関係会社が高齢者・障害者向け住宅賃貸サービス、在宅介護、訪問診療を行っている(現在は医療法人瑞翔会に名称変更している)。吉田氏は登記簿上は役員から外れていたが、実質的なオーナーだったという。 1999年4月、上北町議2期目途中、青森県議選・上北郡選挙区に推薦なしの無所属で立候補したが、6候補者中6番目の得票数(9545票)で落選した。その後、有権者に現金5万円を渡し投票と票の取りまとめを依頼、さらに60人以上の有権者に計142万円を配って買収工作を行ったとして、公職選挙法違反(現金買収)の疑いで逮捕された。 《今年1月ごろから「吉田陣営は派手に買収に動いているようだ」とのうわさが一部に広がり出していた。「福祉に対する熱意が感じられる」として3月上旬まで同容疑者の応援を続けていた県内のある大学教授が、「金にまつわるうわさを聞いて失望した」と、告示の約3週間前に同陣営とのかかわりを断ち切るというトラブルもあった》 《(※編集部注・吉田氏が実質オーナーだった医療法人グループについて)最近では、老人保健施設や特別養護老人ホーム建設の計画を声高にうたっていた。しかし、老健施設の建設予定地の農地転用の手続きに絡み、町農業委員会の転用許可が下りる前に予定地の一部を更地にして厳重注意を受けるなど、周囲からは吉田容疑者ら経営幹部たちの強引な手法を指摘する声も上がっていた》(いずれもデーリー東北1999年4月23日付) 吉田氏は懲役2年6月、執行猶予5年の有罪判決を受け、「今後は選挙にかかわらない」と誓っていた。ところが、5年間の公民権停止期間が明けると2007年4月の県議選に再び立候補。結果は、7候補者中6番目の得票数(4922票)で落選した。 立候補表明時には「住民が安心して暮らせる地域づくりを目指し、地元の医療環境を整備したい」と訴え、「派手な選挙は行わない。地道に政策を訴えたい」と話していた吉田氏。だが選挙後、3人の運動員に計76万円を渡し投票と票の取りまとめを依頼していたとして、再び公職選挙法違反の疑いで逮捕された。 《「8年前は大変ご迷惑をお掛けしました」―選挙運動中、マイクを握った吉田容疑者はこの言葉から口を開き、自身を含む計6人が公選法違反で逮捕された前々回の県議選と同じ轍は踏まない―との意気込みを見せていた。しかし自身の逮捕により、今回の逮捕者は計8人と前々回を上回る結果となった》(デーリー東北2007年4月28日付) 呆れた過去に驚かされるが、吉田氏自身は2度の前科を特に隠してはいないようで、周囲に話すネタにしているフシさえあるという。 官僚・政治家人脈を強調  吉田氏の言動を間近で見てきたという人物は「どう見ても怪しいが、外見は紳士的で、初対面だと社会的地位の高い人に見えてしまう。見抜くのは難しい」と語る。 「藤丸敏衆院議員(4期、福岡7区、自民党)の事務所に出入りしており、私も一度案内されたことがあった。話している感じも違和感はなく、過去を知らなければすっかり信用してしまうと思う」 藤丸氏は古賀誠元衆院議員の秘書を務めていた。そのため、「秘書時代のつながりではないか」と指摘する声もある。しかし、「〇〇議員の秘書とはしょっちゅう連絡を取っている」と至るところで吹聴しているようなので、真偽は分からない。 中央官僚ともパイプを持っていると盛んにアピールしているようだが、浜通りの政治家によると、「『誰と会っているのか教えてくれたら私からも話をする』と知り合いの官僚の名前を出したら、急にしどろもどろになって話をはぐらかした」のだとか。別の経済人からも同様の声が聞かれた。市町村長クラスと会える場所にはよく顔を出すという話もある。 複数の関係者によると、吉田氏はトラブル後も同市内で暮らし続けているが、具体的な居場所は分からないようで、「住所を特定されないように宿泊施設を転々としている」、「プレハブ小屋を事務所代わりにしている」「建設に関わった同市原町区のクリニックを拠点としている」などと囁かれている。 名前の挙がったクリニックを訪ねたところ、扉に「休業中」の札がかかっていたが、電気は付いており、中で事務作業をしている人がいた。吉田豊氏について尋ねると、その人は「吉田という患者はいるが、吉田豊という名前は聞いたこともない。私はこのクリニックの建設に当初から関わっているが、ちょっと分からない」と話した。休業の理由については「医師が退職し、現在募っているため」という。 手紙には返答なし  念のため、同クリニック宛てに吉田豊氏に向けた手紙を送り、裁判所で閲覧した資料に掲載されていた青森県の自宅住所にも送ったが、期日までに回答はなかった。なお、吉田氏に未払い賃金の支払いを求めている人物の代理人によると、内容証明を送っても何の返答もない、とのこと。吉田氏本人の主張は残念ながら聞くことができなかった。 ちなみに、青森県六戸町の現職町長・吉田豊氏は同姓同名の別人物。また、南相馬市内にも同姓同名の医師がおり、業界関係者の間でも混乱することが多々あるという。実際、記者も同市内で最初に話を聞いたときは「町長までやった奴が南相馬で問題を起こしている」と誤って教えられた。 そのためかネット検索しても、関連情報がヒットしにくい。こうした事情も、吉田氏のトラブルが表に出てこない要因のようだ。 吉田氏に翻弄されたという男性は「これ以上被害者が増えてほしくない。こういう人物に近付いてはならないと警鐘を鳴らす意味でも政経東北で取り上げるべきだ」と話した。そうした声を踏まえ、不確定な部分が多かったが記事にした次第。 クリニック開業の際、医師が確保できていないのに認可するなど、保健所をはじめとした公的機関の無策を嘆く声も聞かれたが、一方で、吉田氏の動きはしっかりマークしているとのウワサも聞こえている。ひとまずはその動きをウオッチしながら〝自衛〟していく必要がある。 あわせて読みたい 第2弾【吉田豊】南相馬で暗躍する悪徳ブローカーの手口

  • 青木フルーツ「上場」を妨げる経営課題

    青木フルーツ「上場」を妨げる経営課題【郡山市】

    (2022年4月号)  2022年1月、地元紙に青木フルーツホールディングス(以下、青木フルーツと略)の株式上場をめぐる記事が掲載された。同社の上場は以前から取り沙汰されており、特段驚きはないが、そのたびに注目されるのが同社の経営状態だ。すなわち、地元経済人の間では「とても儲かっているとは思えないのに、どうやって上場するのか教えてほしい」と冷ややかな見方をする人が少なくないのだ。 青木代表がひた隠す過去の挫折 青木信博氏  2022年1月5日付の福島民報に次のような記事が掲載された。 《青木フルーツホールディングス(HD)=本社・郡山市=は年内の東京証券取引所への株式上場を目指し、最終調整に入った。東証が4月に実施する市場再編後の「スタンダード市場」を想定している。青木信博会長兼社長が4日、福島民報社の取材に答えた(後略)》 青木信博氏(74)は新年の挨拶のため福島民報を訪れ、その席で上場が話題となり記事になった模様。 ただ不思議なのは、同日付の福島民友が「青木フルーツと農業・食品産業技術総合研究機構が共同開発した新品種のイチゴを使ったジュースの販売を年末から始める」とだけ報じ、上場には一切触れていないことだ。同じ日に挨拶に行った福島民報では上場が話題となり、福島民友では話題にならない、ということがあるのだろうか。 さらに不思議なのは、福島民報が1月8日付の紙面に再び青木氏のインタビューを掲載したことだ。その中で、上場に向けた現状を問われた青木氏はこのように答えている。 「2021年8月、社内に上場準備部を設けた。2022年は課題を一つ一つクリアしながら、数年先の上場申請に必要な監査法人の監査や証券会社の審査、証券取引所の審査に向けた準備を本格化していく」 5日付では「年内の株式上場を目指し最終調整に入った」となっていたのに、8日付では「数年先の上場申請」と大きく後退している。 ここからどんなことが推察できるか。一つは、上場の見通しがないのに青木氏が「年内」と口走り、それが記事になったため、慌てて「数年先」と訂正したこと。福島民報が勝手に「年内」と書くとは思えないので、1月8日付のインタビューは青木氏側から申し入れたのだろう。 もう一つは、福島民友でも上場話が出たが、同紙は真に受けず記事にしなかったこと。青木フルーツの上場話は今回が初めてではないが、一向に実現していないため、福島民友は青木氏から上場の話題が出てもスルーした可能性がある。 要するに「上場したいが、いつになるか分からない」――これが、青木フルーツの上場をめぐる見通しなのではないか。 言うまでもないが、株式上場は簡単なことではない。市場区分によって上場審査基準は異なるが、株主数は何人以上、流通株式数は何万単位以上、時価総額は何億円以上、純資産は何億円以上、最近何年間の利益・売上高は何億円以上等々、さまざまな基準をクリアし、上場会社監査事務所の監査や証券会社・証券取引所の審査を受けなければならない。そのコストは膨大になる。 こうした基準を青木フルーツに当てはめたとき、地元経済人は「今の経営状態で上場は無理」と一斉に口にするのだ。 「詳しい決算の数字までは分かりませんよ。でも、上場できるほど大儲けしているようには見えないし、新型コロナの影響もかなり受けたはずだ。華々しく出店したと思ったら閉店することも多く、急拡大・自転車操業の印象は拭えない」(郡山市内の飲食業関係者) ならば青木フルーツは今、どのような経営状態にあるのか。その中身を見る前に、まずは同社と青木氏の歴史をひも解く必要がある。 青木フルーツの出発点は1924年に青木氏の祖父・松吉氏が創業したバナナ問屋の青木商店。1970年、郡山市富久山町久保田(かつての郡山市総合地方卸売市場)にバナナセンターを開設し、次第に業容を拡大。平成の時代に入るころには同社のほか、マルケイ青果市場、福島県中央青果、信栄物産、青木、エフディーエス、果鮮、アケボノ、丸大商事の各社で青果物の卸・仲卸・小売業を手掛ける「青木グループ」を形成するまでに成長した。年商はグループ全体で60億円超に上った。 これらグループ会社を、青木氏は3代目として父・三郎氏から引き継ぐ一方、郡山市教育委員、郡山青年会議所専務理事、県中小企業家同友会副理事長、県倫理法人会初代会長などの公的要職を多数歴任した。東北大学経済学部卒業で、当時の青木久市長や増子輝彦衆院議員の選挙で会計責任者を務めるなど政治にもかかわり、一時は「郡山市長候補」に名前が挙がったこともあった。 まさに〝飛ぶ鳥を落とす勢い〟だった青木氏に異変が起きたのは2002年、郡山市が東北自動車道郡山南インターチェンジの近くに開設した新しい卸売市場にグループ会社を入場させる前後だった。 新市場をめぐるトラブル 本宮ファクトリー  当初の計画では、マルケイ青果市場や福島県中央青果など郡山市と須賀川市の五つの卸売会社が大同団結し、新卸売会社・県中青果を設立して入場するはずだった。ところが、このうちの1社が自己破産し、残る4社間で県中青果の株式をめぐるトラブルが起こるなど深刻な仲違いが発生。結局、県中青果は解散し、青木グループはマルケイ青果市場が福島県中央青果の営業権を継承して新市場に入場することになった。 その一方で青木氏は、新市場入場を機にグループ各社を独立させ、健全経営できる体制をつくることを目指した「青木グループ再構築事業」なる計画を打ち出した。ただ、その原資となる資金(計3億5000万円)はすべてマルケイ青果市場が負担する内容となっていた。 実は、青木氏は経済人仲間と株式投資に失敗し、その際の借金を連帯保証したため2億数千万円の負債を背負っていた。グループの財務を管理し、青木家の資産管理会社でもある青木商店も数億円の負債を抱えていた。自前で資金調達する余力がなく、自己破産も覚悟していた青木氏には、マルケイ青果市場から資金を引き出すしか方法がなかった。要するに「グループの再構築」と言いながら、実際は同社を使って「自身の再構築」を図ろうとしていたのだ。 しかし結局、グループの再構築は進まず、青木氏はマルケイ青果市場と交わしていた株式買い戻しの約束も反故にし、最後は新市場に姿を見せなくなった。その過程では、同社が青木氏を再起させようと手を差し伸べたこともあったが、青木氏の家族に抵抗されて上手くいかず、その後は同社が青木氏を提訴するなど、両者の関係は泥沼化していった(詳細は本誌2003年8月号「青木信博・青木グループ代表が郡山経済界から退いたワケ」を参照)。 青木氏は近年、経営の成功者として各地で講演しているが、こうした挫折を語っているのだろうか。 ちなみに、講演会などで紹介されている経歴を見ると「1972年、青木商店入社、専務取締役就任」の後、いきなり「2002年、フルーツバーAOKI1号店開店」となっており、この間の30年が〝空白〟になっている。新市場入場をめぐるトラブルは、今の青木氏にとって消し去りたい過去なのだろう。 対外的には「54歳でフルーツ文化創造企業を目指して一念発起」とうたっている青木氏だが、現実には青木家の原点である青木商店から再起を図るしか術がなかった。 ただ、そこからの再起は素直に評価しなければならない。経歴にもあるように2002年、さまざまなフルーツを使い、店頭で注文を受けてから搾り立てのジュースを提供する「フルーツバーAOKI」1号店を郡山市のうすい百貨店内にオープンすると、「果汁工房果林」「Wonder Fruits」「V2&M」という四つの店舗形態で全国に出店、その数は20年で約200店舗にまで成長した。 このフルーツバー事業を柱に、フルーツタルトを販売する「フルーツピークス」(一部店舗ではカフェを併設)を福島、宮城、茨城、埼玉、東京に計15店舗、さらに鮮度と熟度にこだわったフルーツを扱う「フルーツショップ青木」が計7店舗。これが、青木氏が手掛ける新たな事業となっている。 これらの店舗展開を図るのが青木商店(郡山市八山田五丁目)で、法人設立は1950年。資本金1000万円。役員は代表取締役・青木大輔(青木氏の息子)、取締役・渡辺健史、渡辺隆弘、吉田雅則、監査役・黒田啓一の各氏。 そして、同社に対する経営指導や資産管理、事務代行などを行う青木フルーツホールディングス(同)は2017年設立。資本金2300万円。役員は代表取締役・青木信博、取締役・吉田雅則、遠藤博、監査役・黒田啓一、山内賢二、高島泉の各氏。 ホールディング会社をつくったことからも分かる通り、このころから青木氏は株式上場を強く意識し始めた。対外的に上場を口にしたのは2016年。「海外に出るときは日本国内で信用を得ていることが重要」として、将来的な海外展開と2018年度までに上場する方針を表明。このとき発表した2016年度から3カ年の中期経営計画で、店舗数を220店に増やす目標をほぼ達成し、2018年11月にはタイの首都バンコクに合弁現地法人「アオキフルーツタイランド」を設立、1号店となる「果林」も開業した。しかし、上場だけは果たせなかった。 すると青木氏は2019年、新たな中期計画を発表し、2022年2月期の売上高を2019年2月期に比べ26%増の104億円、経常利益は同4倍の5億6000万円を目指すとした。店舗のスクラップ・アンド・ビルドが一巡し、大幅な利益増が見込めるという強気の戦略で、2021年度までの株式上場も目標に掲げられた。 しかし2020年に発生した新型コロナウイルスで、飲食店はこの2年間、国・都道府県から休業や時短営業を迫られ続けた。自助努力ではどうにもならない経営環境では、青木フルーツの目標に狂いが生じるのはやむを得ない面がある。 高い借入金依存度  ただ、経営状態を詳細に見ていくと、新型コロナがなくても上場できたかは疑問が残る。 決算を見ると(別表参照)、青木商店は売上高が70億~80億円台で推移しているが、当期純利益は黒字と赤字を行ったり来たりしている。2021年2月期は5億0200万円の大幅赤字だ。しかも、この赤字は日本政策金融公庫と商工中金が新型コロナの影響を受けた事業者向けに設けた危機対応融資(新型コロナ対策資本性劣後ローン)を使い数億円を充当したうえでの数字とみられ、財務内容は相当厳しい模様。一方、青木フルーツも売上高2億円前後で、2019年2月期は赤字。上場を目指す企業が頻繁に赤字を計上しているようでは話にならない。 青木フルーツホールディングス売上高当期純利益2018年600万円20万円2019年1億6600万円▲240万円2020年1億9700万円740万円2021年2億4000万円――※決算期は2月。▲は赤字。 青木商店売上高当期純利益2016年73億4100万円▲1億3200万円2017年77億0900万円2000万円2018年79億1900万円▲3300万円2019年82億5600万円6900万円2020年86億1400万円2600万円2021年77億3000万円▲5億0200万円※決算期は2月。▲は赤字。  借入金への依存度も高い。本社がある土地は借地で、建物には日本政策金融公庫が極度額5000万円の根抵当権(2010年)、東邦銀行が5000万円の根抵当権(同年)を設定。2014年にふくしま産業復興企業立地補助金を使って本宮市荒井に新築した工場兼事務所(本宮ファクトリー)には、東邦銀行が8億円の抵当権(2013年)、日本政策金融公庫が1億2000万円の抵当権(2015年)を設定している。債務者はいずれも青木商店。 さらに2012年には、東邦銀行と日本政策投資銀行が共同出資した東日本大震災復興ファンド「ふくしま応援ファンド投資事業有限責任組合」から1億円の融資を受けた。秋田銀行と常陽銀行からも借り入れている模様で、長期借入金は10億円前後に上るとみられる。 さまざまなフルーツを使って提供されるジュースは、Mサイズで300~400円台、フルーツの種類によっては600円台や1000円のものもあるが、健康志向の高まりで新型コロナの影響が和らげば売り上げが回復する見通しにあるという。ただ、本宮ファクトリーの償却負担が増加し、「フルーツピークス」では不採算店を多く抱え、原材料価格は上昇しているなど、決算を安定させるのに解決しなければならない課題はいくつもある。 郡山市内のある経済人は青木フルーツの経営状態をこう評価する。 「以前は軟調な収益性だったが、株式上場を意識し、東邦銀行から出向者を受け入れるようになってから収益性は改善されつつあるようだ。とはいえ赤字を計上しているようでは、上場を宣言されても誰も本気にしない。問題は借入金依存度の高さで、メーンバンクの同行から出向者が来ている限り資金調達が途絶えることはないだろうが、今の店舗拡大を続けているうちは(借入金依存度の高さは)変わらないのでは。店舗拡大が早くて社員教育が追いついていないことも悩みの種のようだ。従業員数2400人超とうたっているが、ほとんどはパートとアルバイトで、正社員はそのうちの1割超。パートとアルバイトが多ければ人件費は抑えられるが、店舗数ばかり意識して正社員の育成を怠れば、上場に耐え得る強い会社はつくれない」 スタンダード市場を視野!? (出所) 日本取引所グループHP  冒頭の福島民報によると、青木フルーツが上場を目指すのは「スタンダード市場」だという。 東京証券取引所には市場第一部、市場第二部、マザーズ、JASDAQ(スタンダード、グロース)という四つの市場区分があったが、2022年4月からプライム、スタンダード、グロースと三つの市場区分に再編され、上場各社は該当する市場区分に一斉に移行した。再編の背景には▽市場第二部、マザーズ、JASDAQの位置づけが重複し、市場第一部もコンセプトが不明確になっていた、▽新規上場基準よりも上場廃止基準が大幅に低いため、上場後も新規上場基準を維持する動機づけがない、▽他の市場区分から市場第一部に移行する際の基準が新規上場基準よりも緩いなどの理由があった。 こうした中、三つの中で2番目となるスタンダード市場は、株主数400人以上、流通株式数2000単位以上、流通株式時価総額10億円以上、最近1年間の利益1億円以上、純資産額はプラスであること等々を新規上場基準としている。青木フルーツの今の経営状態では、数年先の上場も怪しく感じる。 市場区分は異なるが2022年2月、東証のプロ投資家(特定投資家)向け市場「東京プロマーケット」に株式を上場した農業用資材販売のグラントマト(須賀川市)は、福島県が地元の上場企業を増やす目的で2016年度に創設した「福島県中小企業家株式上場支援補助金」に応募し、2016、2020年度と2回採択されている。同補助金はこれまで延べ7社が採択されているが、この中に青木フルーツの名前はない。 青木氏の熱い思いとは裏腹に、上場のハードルは相当高そうな印象だが、青木フルーツではどのような戦略を練っているのか。3月中旬、青木フルーツに取材を申し込むと 「現在、福島民報の記事以上の情報をお出しできる状況になく、適切な時期に弊社青木からご説明させていただきたい」(総務課担当者) 挫折を経て、過去を〝清算〟したうえで上場を目指すなら、文句を言うつもりはない。しかし上場を公言するなら、それに見合った経営状態を維持しないと、地元経済界から応援する雰囲気は醸成されないのではないか。 あわせて読みたい 青木フルーツ「合併」で株式上場に暗雲!?【郡山市】

  • 【福島県ユーチューバー】車中泊×グルメで登録者数10万人【戦力外110kgおじさん】

    【櫻井・有吉THE夜会で紹介】車中泊×グルメで登録者数10万人【戦力外110kgおじさん】

     テレビ離れが進む昨今、ユーチューブの全世代の利用率は9割だ。本誌の読者層であるシニア世代も、パソコンやスマートフォンで毎日のようにユーチューブを見ている人は多いはず。数あるチャンネルの中には、県内で活動するユーチューバーも多数存在する。その中に、異色のジャンル「車中泊&グルメ」系で人気を誇る「戦力外110kgおじさん(43歳)」がいる。なぜ視聴者はこのチャンネルにハマるのか、本人へのインタビューをもとに、その謎に迫ってみたい。 【戦力外110kgおじさん】福島県内在住おじさんユーチューバーの素顔 https://www.youtube.com/watch?v=_SxScudMxQ8&t=23s  週末夜のキャンプ場。辺り一面、真っ暗の中、ポツンと明かりが灯る1台のプリウス。その車の後部座席で、一人焼肉をしながらチューハイ「ストロングゼロ」をキメる――。そんな様子をユーチューブに配信している男性がいる。男性の名は「戦力外110kgおじさん」(以下、戦力外さんと表記)。戦力外さんのユーチューブのチャンネル登録者数は10・5万人。1つの動画が配信されれば20万回再生するのは当たり前で、中にはミリオン(100万回再生)に届きそうな動画も複数ある。  「110kg」という名の通りの巨漢が、決して広いとは言えないセダンタイプのプリウスの後部座席で、好きなものをたらふく食べ、大酒を飲む。そんな動画がなぜ多くの人に見られ、そして見続けられるのか。  戦力外さんの動画はチャンネルを開設してすぐに〝バズった〟(人気が出た)わけではない。  戦力外さんがユーチューブに動画を配信し始めたのは2020年2月。当初は釣りの動画を配信していたが、再生回数は数十回程度で、チャンネル登録者数も伸びなかった。  浮上のきっかけとなったのは「顔出し」だった。   戦力外さんは「正直なところ、40代である自分らの世代ってネットで顔出しするなんて気が狂っているというか、抵抗があったんですよね」と話す。今の40代は、匿名性の高い「2ちゃんねる」などを見てきた世代であり、「インターネットでは絶対に顔を出すな」と言われてきた世代でもある。それでも、戦力外さんは再生回数を伸ばしたい一心で顔出しを決意した。  「顔出ししたら登録者が100人を超えたんですよ。ユーチューブには『チャンネル登録者数100人の壁』というのがあります。そこを自力で超えられると、収益化の条件である『チャンネル登録者数1000人・総再生時間4000時間』に近づくと言われています。大体の人はこの100人の壁を超えられず、やめてしまうみたいですね」  チャンネル登録者数100人に達するまで7カ月を要した戦力外さんだったが、そこから1000人になるまでは、わずか3カ月だった。  顔出しと前後して、現在の動画の原点となる「プリウスの快適車中泊キットを110kgおじさんがDIY」という動画を配信したことも追い風となった。  プリウスの後部座席で使う食卓テーブル兼ベッドを作る動画だ。プリウスは後部座席を倒してフラットにしても、普段座るときの足置きのスペースがぽっかり空いてしまう。寝袋を敷いて寝ていると、どうしても足の部分がはみ出てしまい快適に眠れない。それを解決するために作られたのがこの台だった(写真)。このときの動画が初めて再生回数1000回を超え、戦力外さんにとって初バズり動画となった。戦力外さんは「釣りではなく、車中泊に需要があるのか!」と気付き、動画の内容を車中泊系へと変更していく。 車内に設置された食卓テーブル兼ベッド  2度目のバズり動画は「車上生活者の休日シリーズ」。その後、このシリーズが戦力外さんの主力コンテンツとなっていく。 戦力外さんは「このシリーズの第1弾で、いきなり1万回再生いったんです」と言う。  「再生回数が伸びた理由は、当時チャンネル登録者数20万人のユーチューバーさんが動画にコメントをくれたからなんです」  コメントの内容は「あなたみたいな人が、もしかしたらユーチューブで成功するのかもしれませんね。収益化するまで是非続けてください。わたしも応援します」だった。  ユーチューブに限らずSNSではよく起こる現象だ。多くのフォロワーやファンを持つ配信者(発信者)が、無名ユーチューバーの動画を一言「面白い」と紹介しただけで、瞬く間にその動画が拡散されていく。これをきっかけに戦力外さんは、収益化の条件であるチャンネル登録者数1000人・総再生時間4000時間を達成した。 動画を通じて疑似体験  動画の冒頭は、戦力外さんが車中泊をする場所に向かう道中の運転席を映している。無言で運転する戦力外さんが映し出され、テロップでその日にあった出来事などが紹介される。動画の説明欄に「この動画は半分くらいフィクションです」とある通り、テロップの内容は現実世界で起きたことに、戦力外さんが少し〝アレンジ〟を加えたものとなっている。  名前にあるもう一つのテーマ「戦力外」。これは、戦力外さんが日々の生活において「社会に出ると全然自分が役に立たない」、「俺って会社や社会では戦力外だな」と、打ちひしがれた経験が基になっている。   視聴者のコメント欄を見ると「おっちゃん見てると他人事には思えないんだよな。職場のストレスはよく分かる! この動画を見てると頑張んなきゃって不思議と思える。おっちゃん頑張って!」などと書き込まれている。  「動画の前半部分によく出てくる職場での失敗エピソードは、視聴者が自分よりきつい環境にいる人を見て、自分はまだまだマシだなって安心したい思いがあると思います。社会の戦力外おじさんが、もがきながら、ささやかな楽しみを見つけて楽しんでいる姿を見てシンパシーを感じるのでしょうね」 取材に応じる戦力外さん  メーンである動画の後半部分は、戦力外さんが車中で一人、ひたすら飲み食いするシーンだ。これがまた「食べ物がとても美味しそうで、美味しそうに食べる」動画なのだ。  視聴者のコメント欄には「見てると幸せな気持ちになれる動画を、ありがとうございます!」、「毎回、元気いただいてます」などと寄せられている。  「自分の好きなユーチューバーを見ることによって、自分もキャンプした気持ちになる。健康上の理由で食べたいけど食べられない人にとっては、私の動画を見て食べた気になる。そうやって疑似体験したいのかもしれませんね」 動画の編集時間は5時間  戦力外さんは1979(昭和54)年生まれの43歳。出身は山形県だが、幼少期から30代半ばまで猪苗代町で過ごす。学生時代は漠然と「物書きになりたい」という夢を持っていた。専門学生時代にはサブカルチャー雑誌『BURST(バースト)』にハマり、石丸元章、見沢知廉、花村萬月など、破天荒だが自由を感じるライフスタイルに憧れた。何か行動に移すということはなかったが、創作活動をしたいという思いは学生時代から抱いていた。  高校卒業後、家業である川魚の養殖業に就き、6年半前に実家を出て中通りに引っ越すタイミングで、インフラ系の会社に転職した。20代に真剣に打ち込んだのはフルコンタクト空手という格闘技だった。しかし膝のじん帯を断裂し、選手生命を断たれてしまう。  人生の大きな目標を失い「もう一つ生きがいを見つけたい」と思い立った戦力外さんが表現活動の第一歩として始めたのが、LIVEコミュニケーションアプリ「Pococha(ポコチャ)」だった。しかし、ポコチャはリスナーと直接会話するスタイルで、高度なコミュニケーション能力が要求されるため数カ月で挫折してしまう。  戦力外さんは「誰かと直接コミュニケーションせず、自分のタイミングで動画を撮り、じっくり編集できる方がいいんじゃないか」と考え、ユーチューブを始めた。  平日は会社で働き、休日になると動画撮影のため出掛ける。撮り終わったら自宅に戻って編集する。1つの動画の編集作業は平均5時間を要するが、「スマホを使ってベッドに寝ころびながらリラックスして作業しているので、そんなに大変ではないですよ」。  台本は作らず、頭の中で動画の構成を練っている。仕事は車の移動時間が長いため、その時間を有効活用し、面白いワードが出てくるのをひたすら待つのだという。 「美しいマンネリ目指す」「理想は水戸黄門とか孤独のグルメ」  戦力外さんのチャンネルの視聴層は35~60歳までが多く、男女比では男性が9割を占める。  「理想は水戸黄門とか孤独のグルメなんです。視聴率トップは取れないけど、ずっと見てくれる人がいる。美しいマンネリっていうんですかね、そんな動画でありたいですね」  戦力外さんの動画が限られた層にしか見られていないと分かるエピソードがある。戦力外さんは自身のユーチューブチャンネルを母親に薦めたそうだが、母親が熱心に見るのは猫やフォークダンスの動画で、いくら薦めても自身の息子が配信している動画を全く見なかったという。戦力外さんは「興味がなければ肉親の動画でも見ないんですよ」と笑う。 プリウスと戦力外さん  ユーチューブはユーザー一人ひとりの趣味趣向に合った動画がトップ画面に表示されるような仕組みになっており、普段見ないジャンルの動画はそもそも表示もされない。これはユーチューブに限ったことではなく、買収騒動で話題のツイッターなどのSNS、ゾゾタウンなどの通販サイトも同様だ。  ただ、世の中の〝おじさん〟しか見ないニッチな動画を配信しているはずが、最近は少しずつファン層が拡大している様子。北海道に撮影に行った際、チャンネル登録しているファンの女性と奇跡的に出会い、お付き合いするまでに至ったという。  声をかけられる機会も増え、特にキャンピングカーで旅をしているシニア世代の夫婦からが多いようだ。 専業ユーチューバーへ  戦力外さんは6年半勤めた会社を辞め、12月から専業ユーチューバーとして活動を始めた。  「収入は不安定ですし、専業としてやっていくのに不安はありましたが、これからは創作活動一本で食っていくんだと決めました」  ユーチューブでの収入は「サラリーマンの月収の2倍くらい」だという。再生回数の変動などにより月の収入が100万円の時もあれば10万円の時もあるような世界だが、ユーチューブで最も広告収入を得やすいのは3月と12月なので、そのタイミングで退職を決意した。  ユーチューブは再生数によって広告収入が決まる。その単価についてはユーチューブの規約で公言しないよう定められている。戦力外さんも明かそうとしなかった。  しかし、さまざまなユーチューバーの書籍の情報によると、現在、ユーチューブの広告収入単価は1再生あたり0・05~0・7円と言われている。トップクラスの人気ユーチューバーは、1つの動画につき、サラリーマンの平均年収の3~4倍の広告収入が入る計算となる。  とは言っても、そこまで稼げるのはほんの一握りで、急に動画が見られなくなることだってあるのだ。  ただ、戦力外さんは「ユーチューブはプライベートすべてがネタになる」と前向きに捉える。  「仮にユーチューブで稼げなくなり、アルバイトをすることになっても、それを動画にすればいい。いいことも悪いこともネタにできるのがユーチューブなんです」  専業ユーチューバーになれば撮影回数を増やせるし、動画を配信する本数も増える。海外向けのチャンネル開設も目論んでいる。  「私のチャンネルは日本語のテロップを入れているので日本人しか見ません。次は世界に向けて、言葉なしでも伝わるような動画も作っていければと思っています」  戦力外さんは、テロップ無しに加え、ユーモアもプラスアルファしていきたいと考えている。  「チャップリンやミスタービーンみたいなコミカルな動きを入れていけば面白いかなと思っています」  一度見たら見続けてしまう中毒性。これがユーチューブの性質であり、作り手はそこを目指して動画を作成する。  「好きなことで、生きていく」  これはユーチューブのキャッチフレーズだが、専業ユーチューバーとして生き残っていくためには、そうも言っていられない。戦力外さんは「自分が好きなものも大事ですが、それ以上に、視聴者が求めているものを常に考え、再生回数が落ちないように維持していかなければなりません」と漏らす。  「死ぬ時、『なんであの時に専業ユーチューバーにならなかったんだ』と思いたくないんです。やった後悔よりもやらない後悔の方が悔いが残るって言うじゃないですか」  そう笑って話す戦力外さん。この先、どのようなチャンネルや動画を作り、ファンを拡大していくのか。〝おじさんユーチューバー〟の挑戦は始まったばかりだ。 追記【TBS 櫻井・有吉THE夜会で紹介】(2023年5月23日放送分)戦力外さんが紹介される! チュートリアル・徳井義実さんが、おすすめのユーチューブチャンネルを紹介するコーナーで戦力外さんを紹介!タイトルは「なぜか見てしまう!脱サラ親父の哀愁車内メシ」。23分30秒頃から。 Paravi(パラビ)で視聴する あわせて読みたい 鏡田辰也アナウンサー「独立後も福島で喋り続ける」

  • 使用料「減免無し」で不評の【あづま球場】

    使用料「減免無し」で不評の【あづま球場】

    (2022年10月号)  2022年9月3~5日にかけて県内で行われた「2022東都大学野球秋季リーグ開幕戦」は入場者が2万5000人に上るなど盛況のうちに終わったが、思いがけずこんな不満の声も聞かれた。 「あづま球場は使用料の減免措置がなくて……」 と話すのは、県内のある野球連盟関係者だ。 福島市にある県営あづま球場は、2021年の東京オリンピックで野球とソフトボールの日本代表戦が行われたことで全国的に知られるようになった。東都大学野球開幕戦でも初日の会場として使われ、計3試合が行われたが、ここには当然、球場使用料が発生している。 球場使用料は県都市公園条例で定められているが、同開幕戦にかかった金額を同条例に当てはめて計算すると「アマチュア野球に使用する場合」で「入場料等を徴収する場合」で「土曜日等」だと「1日の最高入場料の300人分に相当する額」となっている。入場料は一般1500円だったので「×300人分」で45万円。さらに屋内練習場やピッチング・バッティングマシーン、夜間照明などの付属施設等を使うと、1時間につきいくらと別途使用料が加算される。 補足すると、球場使用料は一般か高校生以下か、平日か土日か、入場料を徴収するかしないか、アマチュアかプロか、という違いで大きく変わってくる。例えば入場料を徴収せず、生徒等が昼間に使う場合だと、球場使用料は1時間につき1100円しかかからない。 東都大学野球連盟は付属施設等も使ったとすると、五十数万円の球場使用料を支払ったものと思われるが、その減免措置がないのは大会主催者にとって確かに痛手だろう。 同条例には使用料の「免除」に関する規定(第11条)はあるが、①国の行う事業、②地方公共団体の行う事業、③知事が特に必要と認めたとき――に限られており、「減免」に関する規定はない。 あづま球場の指定管理者である公益財団法人福島県都市公園・緑化協会の話。 「2021年のオリンピックや県が予算措置した大会等は使用料が免除になります。しかし、入場料を徴収する大会は免除対象になりません。東都大学野球も免除対象ではなく、減免も行っていません」 一方、今回の東都大学野球開幕戦は2、3日目を郡山市のヨーク開成山スタジアムで行った。同スタジアムも「最高入場料×300人分」はあづま球場と同じで、付属施設等の使用料もほぼ変わらないが、このほか1時間につき2500円の使用料が加算される。ここでも、球場使用料は五十数万円かかったと見ていいだろう。 球場使用料が高いとレベルの高い試合も見にくくなる(写真は東都大学野球開幕戦のパンフレット)  違うのは、同スタジアムには減免措置があることだ。郡山市スポーツ振興課によると、球場使用料の減免を受けるには市がその大会を後援・共催していることを証明する承認通知書が必要で、後援の場合は3分の1減免、共催の場合は全額免除される。東都大学野球開幕戦は市が後援していたので、減免措置を受けて三十数万円に収まったとみられる。 前出・野球連盟関係者によると、高校野球は入場料を徴収するため、減免措置がないあづま球場は「県大会では使うが、支部予選では使わない」という。一方、同球場では8月に日米対抗ソフトボール2022が行われたが、県がチケットを購入し無料配布するなどの予算措置を講じたため、球場使用料は免除された。 この関係者は「人工芝に張り替えるなど、せっかく改修した〝オリンピックレガシー〟が使いにくい施設になっている」と嘆く。減免措置がないのは考えものだろう。

  • 企業誘致に苦戦する福島県内市町村【福島市に整備された「福島おおざそうインター工業団地」】

    企業誘致に苦戦する福島県内市町村【現役コンサルに聞く課題と対策】

    (2022年10月号)  地方創生を進めるうえで軸になるのが雇用を生み出す企業誘致。県内市町村は必死にアピールしているが、全国の市町村と競い企業を誘致するのは容易でない。県内市町村に企業誘致における課題を聞くとともに、今後取るべき対策について、現役のコンサルタントに意見を聞いた。 課題は長期戦略構築と労働力確保 福島市に整備された「福島おおざそうインター工業団地」  福島県企業立地課によると、2021年の県内の工場立地数は40件(新設30件、増設10件)。内訳は特定工場(敷地面積9000平方㍍以上または建築面積3000平方㍍以上)が新設23件、増設10件、その他の工場(敷地面積1000平方㍍以上)が新設7件。 震災・原発事故直後の2012年には企業立地補助金を活用して新増設する工場が増加し、工場立地数は2年連続で100件を超えた。だが、その後は70~80件台で推移し、コロナ禍以降は2020年55件、2021年40件と落ち込んでいる。 地区別では相双12件、県中10件、県北9件、いわき5件、県南3件、会津1件。原発被災自治体での避難指示解除や福島イノベーション・コースト構想などが進む相双地区が最も多くなった。地区別の雇用計画人員は県中485人、相双339人、県北221人、いわき92人、県南76人、会津1人。市町村別データは公表されていない。 工業統計調査結果報告書によると、県内の工業従業者数は2004年約18万人から2020年約15万8000人へと減少した。製造品出荷額等は2007年には6兆円を超えたが、人口減少に加え、リーマン・ショックや震災・原発事故の影響により落ち込み、2019年5兆0890億円となっている。 雇用を創出する企業(工場)を新たに誘致すれば、若者世代が都市部に流出せず地元で働くようになるうえ、転入者(移住者)が増える可能性もある。だから、県内市町村は企業誘致に力を入れているが、全国の市町村がライバルとなる中で、大規模な企業(工場)を誘致するのは容易なことではない。 東北経済産業局の2021年工場立地動向調査によると、立地地点の選定理由ベスト5は①本社・他の自社工場への近接性、②工業団地であること、③国・地方自治体の助成、④地方自治体の誠意・積極性・迅速性、⑤周辺環境からの制約が少ない。 二次電池の研究開発に使われる充放電装置メーカー・東洋システム(いわき市)は愛知県豊田市と滋賀県彦根市に評価センターを設置している。庄司秀樹社長は「一番重視したのは取引先の研究所に近い点だった」と語る。 「純粋に取引先の自動車・電池関連メーカーの研究所に近い場所を選びました。数ある候補地の中から両市を選んだ決め手となったのは、企業誘致に熱心だったことに尽きます。わたしどもも限られた時間の中で足を運んでいるので、担当者の方が支援制度や適地を積極的に紹介してくれるところはありがたかったです」 地理的な問題もさることながら、誠意・積極性・迅速性が契約につながったということだ。 これに対し、県内市町村は企業に対しどのようにアピールしているのか。「企業誘致においてストロングポイント(長所)だと思う点」について、全59市町村にホームページのメールフォームやファクスなどで質問を送ったところ、9月22日までに31市町村から回答があった。 主な回答は以下の通り(複数回答可、数字は回答数)。 ①交通アクセスが良好    19 ②補助金や支援などが充実  12 ③地震など自然災害が少ない 5 ③水資源が充実       5 ⑤優秀な人材の確保が可能  4 ⑤豊かな自然環境      4 ⑦研究機関が立地      3 ⑦港湾が近い        3 ⑦特定の産業が集積     3 ⑦過ごしやすい気候     3 ⑦首都圏との近接性     3 ⑦オーダーメイド方式を採用 3 ⑬教育機関が多数立地    2 ⑬生活利便性が高い     2 その他=土地購入費が安価、再生可能エネルギー促進、観光が盛ん、進出用地を確保済みなど。 オーダーメイド方式とは、工場用地などを整備してから誘致するのではなく、企業の立地計画に合わせて土地を確保・造成する方法のこと。 最も多い「交通アクセスが良好」は首都圏などへの近接性を示したもの。「補助金や支援などが充実」は国や県の補助金に加え、市町村独自のバックアップ体制も整っていることを強調したもの。どちらも前出・東北経済産業局調査で挙げられた選定理由ベスト5に入っており、企業誘致の決め手になると意識してアピールしているのだろう。 では、逆に、各市町村が企業誘致を進める上で課題と感じているのはどんな点なのか。回答は別表の通り(編集部がリライトしている)。 【アンケートを実施】企業誘致の課題と感じている点 自治体名アンケートの回答福島市工業団地が分譲終了。若年層の転出者増加。伊達市市内に大学や研究機関がないので、産学連携面で不十分。桑折町現時点で、企業誘致のための補助制度等が十分に整備されていない。郡山市福島空港まで距離があり、就航先や便数が少ない。情報関連産業の誘致に当たり、5G対応エリアが狭い。白河市人口減少に伴う労働人口の減少。須賀川市新卒学生、新卒高校生などの人材不足。小野町人口減少に伴い、就業者の確保がより困難(製造業では特定技能実習生の受入れが増加)。山林が大半で平地が少ない。相馬市相馬港の港湾機能、特に荷揚げに関する施設の拡充が必要。二本松市城下町ならではの丘陵の多い地形のため、まとまった平地の進出用地が確保しづらい。本宮市工業団地はすべて分譲済み。ただしオーダーメイド方式を導入している。会津若松市工業団地が分譲終了。喜多方市首都圏等から距離があり、輸送や移動に時間を要する。積雪による交通障害のイメージ。下郷町少子高齢化で、町内での雇用者の確保が難しい。ただし、企業誘致が実現すれば他市町村から採用される人が増え、定住人口増加につながる可能性が広がると期待している。只見町空港、港、高速道路まで距離がある。冬期間は除雪が必須。南会津町人口減少で労働力人口が減少傾向にある。北塩原村裏磐梯エリアのほとんどが国立公園及び国有林野(自然公園法・森林法等の制約)、原発事故による風評被害、コロナ禍による観光入込者数の激減。会津坂下町工業団地整備を行っていない。町内や周辺市町村の既存工場などで人材の取り合いとなってきている。柳津町人口が少なく、企業誘致できたとしても町民の新規雇用へつなげることが難しい。まとまった用地の確保が難しい。金山町工場等設置の立地条件が悪い。主要幹線道路からの距離が遠い。昭和村地理的条件から誘致は非常に難しい。西郷村工業団地が分譲終了。楢葉町国庫補助金を活用しているため、国担当者の考え方により、誘致のスケジュール感や魅力的な団地整備などに制約が設けられる。原発災害からの復興の意味・意義が薄れてきた。また、業種によっては事故前の放射線量との比較をされることが多い。国際教育研究拠点が遠方立地(浪江町)に決定したことで、働き手(若者)不足が加速する可能性。大熊町従業員の確保が困難、商業施設など生活利便施設が少ないなど、町内全域への避難指示が長期間に及んだことによる影響。新地町町の面積が小さいため、広大な土地の確保が比較的難しい。飯舘村冬の寒さが厳しく、積雪が量が多い。ただ、主要道路の除雪を行う体制は整っている。いわき市すぐ紹介できる工業用地が限られており、企業側の条件とマッチングするのが難しくなっている。  最も多かったのは、「労働人口の減少により働き手が確保できない」というもの。県内の生産年齢人口(15〜64歳)は1995年10月138万人から2022年7月98万人まで減少している。高齢化・人口減少が著しい会津地方、震災・原発事故の影響が大きい双葉郡だけでなく、福島市や白河市なども回答しているので、県内全域の課題と言えよう。 次いで目立ったのは、「まとまった用地が確保できない」、「工業団地の分譲がすでに終了した」。新たな工業団地の整備には金がかかるので、二の足を踏んでいるところが多い。 『2021年度版産業用地ガイド』(一般財団法人日本立地センター)に掲載されている県内の分譲中・分譲開始予定の産業用地は39カ所。全国では北海道の65カ所に次いで2番目に多いが、最近では前述したオーダーメイド方式を導入している市町村も増えている。民間遊休地の情報なども提供しながら、企業と協議して用地を確保するスタイルが主流になっていくかもしれない。 現役コンサルに聞く課題と対策 鈴木健彦氏  気になったのは、県内で自然災害が頻発している影響だ。 2019年には令和元年東日本台風により県内各地で浸水被害が発生。郡山市では阿武隈川の氾濫により郡山中央工業団地が大規模浸水に見舞われ、日立製作所は郡山事業所で行われていた事業の大半を県外の生産拠点に移転した。 2021、22年には福島県沖地震が発生。各地で家屋倒壊や停電、橋梁損傷や道路崩落、土砂崩れによる通行止めといった被害が発生し、企業活動も大きな影響を受けた。 地震保険料は地震発生の危険度に応じて都道府県別に基本料率が定められている。青森県や山形県などが1万1200円なのに対し、本県の保険料(保険期間1年、保険金額1000万円、10月改定後の料金)は宮城県と同額の1万9500円。 頻発する自然災害は企業誘致においてマイナス要素にならないのか。 複数の市町村の企業誘致担当者に確認したところ、企業側から進出予定地の災害リスクや周辺のハザードマップについて、確認されるケースは増えた。ただ、基本的に自社や取引先への近接性などを理由に進出を検討する企業が多いため、災害の多さで敬遠されることはないという。 地域と経済・工業の関係に詳しい福島大学経済経営学類の末吉健治教授(経済経営学類長)は「自然災害は日本全国で起きている。福島県だけが企業から敬遠されるとは考えにくい」としつつ、自治体が講じるべき対策についてこのように指摘した。 末吉健治教授(福島大学HPより)  「近年、防災・減災対策が進展している中で、避難場所・経路の確保だけではなく、被災時のインフラ確保計画、アクセスルートの確保などは平時より情報共有する必要があると思います。また、震災や台風のとき、製造業の重要部品の集中生産(拠点生産)が、長期にわたる生産停止の要因(半導体、ピストンリングなど)になっていたことが明らかになっています。そういう意味では、企業の被災時におけるリスク回避投資(複数拠点への生産の分散など)の情報を常日頃から収集し、企業にアプローチするなど誘致戦略も必要になるのではないでしょうか」 一方、企業立地や産業振興、不動産に関するコンサルタント業務を担う㈱エービーコンサルティング(宮城県仙台市)の鈴木健彦氏は「『福島は災害ばかり起きている』と進出に難色を示す企業も実際にあった」と語るが、「そのほとんどは西日本本社。東北は『遠い地方』で関心が薄く、復興に関する情報不足からマイナスイメージを払拭できていないだけ」と指摘した。 そのうえで、鈴木氏は今後福島県(県内市町村)が取り組むべき企業誘致対策として、①リスク開示を積極的に行う、②福島県と縁がある企業・出身者を大事にする、③小さなIT・コンテンツ産業を大きく育てる――の3点を挙げた。 ①について、鈴木氏が例に挙げたのは、富士山頂がある静岡県富士宮市だ。同市はかつてホームページの企業誘致ページに富士山の噴火リスクとその対応を掲載していた。静岡県は当時、企業立地数、面積とも全国首位だったが、そんな同県を牽引していたのが富士宮市だった。 「富士山噴火以外に東海地震のリスクもあるのに、スズキなど静岡県内の主力工場は移転せず、福島県も立地を狙っていたEVの次世代電池工場は同県湖西市に増設された。いいことだけ言っても信憑性が疑われる。自然災害に関するリスクも早い段階で開示する方がかえって企業との信頼関係が生まれやすいのです」(鈴木氏) ②については、「西日本の一部、食品系企業で(原発事故被災地である)福島県を回避する動きが未だにある」(同)。そうした中で、地道に広報活動を継続することも大切だが、それよりも県出身者など福島県に縁のある人に「地元のため」と県内での投資を求める方がより効率的で大切――と鈴木氏は主張する。 「個人情報保護の意識の高まりにより、行政も出身者の情報を集めにくくなっているようだが、都内在住の県出身者の方々とお会いすると、皆一様に他地域出身者より郷土愛が強いと感じます。郷土を良くしたいと思っている県出身者は多い。だからこそ、いままで以上に膝を交えて対話する機会を作り、その力を借りるための素地を各市町村は作っていくべきです」(同) 「担当職員異動は弱点になる」 福島県庁  ③については、鈴木氏が近年、東北経済産業局の「コンテンツ産業」に関する調査事業、福島県企業立地課の「地方拠点強化税制の利用企業探索」といった事業を受託した中で実感していることだ。 経産省系の補助金や減税支援制度には雇用要件が厳しく使いづらいものが多い。そうした中、IT・コンテンツ産業(出版、アニメ、ゲームなど創作物をつくる産業)では、東北出身者が都内で実力をつけた後、地元に戻って小規模な事業からスタートさせている事例が見られる。 「実際にいわき市でもそのような企業が県内雇用を拡大させて操業しています。UIJターンなどによってテレワーク中心でも行える業態なのは魅力です。高速ネット回線の整備のほか、総務省系の〝スモールスタート〟支援制度の周知不足など、誘致する際の課題は多いが、農業生産高9兆円に対し、ゲーム、アニメのコンテンツは12兆円産業。現在のように大企業の誘致にばかり注力していると、企業業績が怪しくなった際に地域経済全体に影響が及ぶし、自然災害や風評により撤退していくこともあり得ます」(同) 1970年代、大都市圏の工場の地方分散が進む中、地価・労働力が安い東北地方には多くの工場が立地した。県内でも「富士通城下町」と呼ばれた会津若松市をはじめ、大企業系列の工場が進出し、地域経済を支えていた。だが、社会情勢の変化や商品の生産停止などを理由にあっさり撤退した事例が複数ある。 そうした事態を招かないように、県に縁にある出身者などにアプローチしたり、小規模のコンテンツ企業を含むIT産業を数多く誘致して育ててはどうか、と。要するに、鈴木氏は長期戦略を持って企業誘致に取り組む必要性を説いているわけ。 このほか鈴木氏は行政が抱える問題点として、「ジョブローテーションで担当者が異動することは、企業にとって窓口が変わり、交渉経緯を皮膚感覚で理解している職員がいなくなることでもあるので、企業誘致において弱点になる」、「企業立地件数が多い西日本の企業誘致担当者は積極的だが、東日本の担当者は受け身の姿勢が目立つ」と指摘した。 雇用確保、定住人口増加、地域振興につながる企業誘致。だが、会津地方などは前述した働き手確保の問題に加え、「首都圏から距離があり、輸送や移動に時間を要する」(喜多方市)、「冬期間は企業除雪が必須」(只見町)といった障害がある。そのため、ここ3年間の企業誘致数がゼロという自治体も多かった。 自治体は人口を増やすため企業誘致を進めているのに、企業は人口が少なく不便な場所には来たがらない皮肉な現状がある。ただ、鈴木氏が指摘した点などを参考に改善・アピールしていくことで、企業進出、それに伴う従業員の移住・定住などの可能性も広がるのではないか。 あわせて読みたい 【会津若松市】富士通城下町〝工場撤退〟のその後

  • 建設業者「越県・広域合併」の狙い【ファンド傘下になった小野中村と南会西部建設】

    建設業者「越県・広域合併」の狙い【小野中村】【南会西部建設】

    (2022年10月号)  2021年4月、建設業の山和建設(山形県小国町)と小野中村(相馬市)の持ち株会社が合併し、「山和建設・小野中村ホールディングス(HD)」(仙台市宮城野区)を設立、両社は同HDの傘下になった。2022年7月には南会西部建設コーポレーション(会津若松市)も、同HDの傘下に入り、持ち株会社の名称は「UNICONホールディングス」に変更された。県境をまたいだ建設会社の広域合併は珍しいが、そこにはどんな狙いがあるのか。 ファンド傘下になった小野中村と南会西部建設  山和建設は山形県小国町に本社を置く総合建設業・一級建築士設計事務所。1977年設立。資本金5000万円。民間信用調査会社に業績は掲載されていなかったが、年間売上高は約80〜100億円という。 山和建設代表取締役井上孝取締役小山剛三須三男小野貞人渡部久雄五十嵐九平黒沼理青海孝行中原慎一郎大浦和久阿部猛片山大輔監査役平岡繁  小野中村は1957年設立。資本金7900万円。民間信用調査会社によると、2021年の売上高は77億6800万円(決算期は6月)。2018年に、ともに相馬市に本拠を置く小野建設と中村土木が合併して現社名になった。 小野中村代表取締役小野貞人平澤慎一郎取締役植村卓馬青海孝行中原慎一郎小山剛片山大輔監査役平岡繁  両社は2021年4月、それぞれの持ち株会社が経営統合し、「山和建設・小野中村ホールディングス(HD)」(仙台市宮城野区)を設立した。両社の売上高を合計すると、150億円を超え、東北有数の規模となった。 2022年7月には南会西部建設コーポレーションも同HD傘下になり、持ち株会社の名称は「UNICON(ユニコン)ホールディングス」(以下「ユニコンHD」)に変更された。 UNICONホールディングス代表取締役小山剛取締役青海孝行中原慎一郎小野貞人井上孝植村賢二片山大輔監査役平岡繁  南会西部建設コーポレーションは1976年設立。資本金4930万円。民間信用調査会社によると、2021年の売上高は31億5700万円(決算期は6月)。もともとは只見町に本拠を置く南会工業という会社で、会津若松市に南会工業会津支店を置いていたが、それが独立して西部建設になった。2004年に南会工業と西部建設が合併して現社名になった。 南会西部建設コーポレーション代表取締役植村賢二取締役飯塚信小山剛青海孝行中原慎一郎片山大輔大瀧浩之監査役平岡繁  これにより、ユニコンHDの下に、山和建設、小野中村、南会西部建設コーポレーションの3社が並立する格好となり、売上高200億円規模の建設会社グループが誕生したことになる。なお、各社の役員を別表にまとめた。相互兼務している人物も多い。ユニコンHD代表取締役の小山剛氏は2022年7月までは山和建設の代表取締役も務めていた。3社の中でも、山和建設が中心的存在であることがうかがえる。 小野中村、南会西部建設コーポレーションの事例を見ても分かるように、これまでも建設会社の合併はあった。ただ、それは同一地域内でのことだった。今回のように、県境をまたいでの広域合併は珍しいケースだ。3社を束ねるユニコンHDに「広域合併にはどんな狙いがあるのか聞きたい」と問い合わせたところ、同社の返答は「取材は受けられない」とのことだった。 3社の合併の背景には、「エンデバー・ユナイテッド」(東京都千代田区、三村智彦社長)というファンドの存在がある。同社は2013年設立。資本金8000万円。役員は代表取締役・三村智彦、取締役・飯塚敏裕、平尾覚、鈴木洋之、山下裕子、監査役・平岡繁、山内正彦の各氏。監査役の平岡繁氏はユニオンHDとその傘下の3社でも監査役に就いている。主な事業は投資ファンドの運営で、建設業のほか、製造業、不動産業、飲食業、小売業、サービス業など、さまざまな分野への投資実績がある。民間信用調査会社によると、2022年4月期の売上高は10億円、当期純利益は1800万円となっている。 山和建設は2020年4月、小野中村は2021年1月、南会西部建設コーポレーションは同年12月に、それぞれ同社と資本提携しており、ファンド主導で合併がなされたことがうかがえる。 ちなみに、南会津町の南総建も7月にエンデバー・ユナイテッドと資本提携している。南総建は自社HPで、「現在、エンデバー・ユナイテッドでは、『地域連合型ゼネコン』をコンセプトに掲げるUNICONホールディングスを通じ、地域建設業界の課題解決に取り組んでいます。今般の弊社との資本業務提携もこの取り組みの一環であり、弊社は一定期間を経てUNICONホールディングスグループに参画することを予定しております」と告知している。 ローカル建設会社と言うと、地域に根ざして事業展開する、といったイメージだが、ファンド傘下になったことで、ある程度ドライに利益追求をしていく、ということかもしれない。その一例が「取材拒否」だったのではないか。 それを裏付ける証言として、ある下請け会社によると、「合併前の会社の下で仕事を請けていた(下請けに入っていた)が、合併後は『われわれの一存では決められない』、『いままで通りの付き合いは難しい』と言われた」という。 代表3者が語る狙い 互いに手を取る3社の代表、右から植村氏、小山氏、小野氏(UNICONホールディングスのHPより)  その一方で、建設業は先行きが不安定な業界というイメージだが、ファンドからすると、投資する価値がある、ということになる。 業界団体の関係者は「ファンドからすると、大幅な浮揚は難しいとしても、向こう10年くらいは食っていけるという判断なのでしょう」とのこと。 ユニオンHDのHPに小山氏(山和建設)、小野氏(小野中村)、植村氏(南会西部建設コーポレーション)の鼎談が掲載されている。その中から、「広域統合の狙い」に関連する部分を要約して拾ってみる。   ×  ×  ×  × 小山「3社はいずれも公共土木工事の元請を軸としていますが、地域性に加え、取り組んでいる工事が違います。山和建設はダムなどの砂防工事や高速道路などの未開発な地域での工事が多い。小野中村は河川や海岸工事、南会西部建設は除雪や浚渫工事など険しい場所での工事に強みがあり、互いに無い強みを有しています」 小山「我々は3社、つまり3拠点で200億円です。グループ間の連携を更に強化し、互いに力を合わせ、より大型の工事を狙うことで、売上の増加を図りたい」 小山「昨今の人材不足は業界全体の課題ですが、我々は各会社での個社採用を前提としつつ、技術者を工事の繁閑に応じて3社に流動的に異動させることを考えています。これは国土交通省が提唱してきた新しいスキームを活用する試みで、おそらく全国で初めて我々が取り組むことになります。3拠点のどこからでも機動的に動ける体制は、周りのゼネコンに対して大きな競争力になると考えています」 小野「3社間で技術者を融通しあうことで、各エリアの仕事を効率的に受注することが出来ると考えています。ただし、技術者は誰でも良いわけではなく、社員の一人ひとりが常にスキルを向上させ、成長していかないといけません。グループとしてさまざまな工事を経験できるUNICONホールディングスは、技術者一人ひとりに具体的な成長の機会を提供できると思います」 小山「公共工事の入札は、地元企業には『地域密着』というアドバンテージがあります。これは『地域の守り手』としてインフラのメンテナンスを継続的に図っていく必要がある我々の業界にとっては、各々の『地元』で業を営んでいること自体に価値があり、UNICONホールディングスグループは、そうした競争を生き残っていくことと考えています。また、建設業界は一般的には頭打ちとも言われていますが、その中で公共土木の領域は、国土強靭化を背景に今後も投資額の増加が期待される、業界唯一の成長セグメントと考えられます。ただ、公共土木は地域によって発注の波が発生する傾向にあり、我々は地域毎の発注状況に合わせて技術者を配置することで、効率的に案件を受注することが可能です。加えて、これまでは技術者不足により入札を見送らざるを得なかった大規模、高難易度案件に対しても、グループ間で技術者を融通しあうことで受注が可能になります」 植村「グループがより大きな企業集団に成長した時、それは『究極の攻め』にも『究極の守り』にもなります。連携する企業に人材を派遣することは、技術を学べるだけでなく、人材不足も補えるということです。技術者の増強は入札競争力の強化につながり、結果的にグループの企業価値も上がっていくと考えています」 小山「建設業は『地元を守らなければならない』という思いが強いです。同時に会社そのものも激しい競争から守らなければなりません。ただし地元を守っているだけでは会社は存続できず、地元外に進出していかなければならないジレンマがあります。両方を総合的に叶えることできるのがこのUNICONホールディングスです。地元を拠点にしながらも、必要に応じて地元外へ一緒に出ていける強みがあります。我々のビジョンに賛同してくれる企業があれば、是非とも一緒にやっていきたいという思いです。事業規模で選ぶのではない。自社の個性を残しながらも、技術力、経営力をより強くしたいと願う企業とどんどん連携していきたい」   ×  ×  ×  × 各社の強み・弱みの相互補完、技術者の横断による人材育成と公共工事受注機会の増加といった狙いに加え、さらなるグループ企業を加えることも視野に入れているようだ。 業界関係者の見立て  業界関係者は今回の広域合併をどう見ているのか。 ある関係者は「結局のところ、災害復旧などを除けば、今後、仕事が大きく増えることが見込めないからですよ」と話す。 福島県の2011年度当初予算では、公共事業費の全体額は約967億円だった。これは震災前に編成されたもので、震災・原発事故を経て、公共事業費は大幅に増加した。県予算のピークは2015年度(当初)の約3327億円。それ以降は徐々に減少傾向にあり、2022年度(同)は1890億円となっている。近年は震災・原発事故のほかにも、災害が相次いでいるが、いずれは震災前の水準に戻ることになる。 それでも、この間の復興特需で建設業界が持ち直したのは間違いない。本誌では過去に「復興需要により業績改善につながったか」というテーマで業界リポートを掲載したが、その際、業界関係者は次のようにコメントしていた(2017年6月号「復興需要で〝身軽〟になった建設業界の先行き」より)。 「震災前、内部留保があるところはほとんどなかったが、復旧・復興関連工事で業績が改善され、倒産寸前の状況から持ち直したところもある。ただ、もともとが酷かっただけに、まずは債務をなくすこと、その次の段階として、何とか蓄え(内部留保)をつくるところまで持っていき、復興需要が一段落した後の備えができれば、というのがおおよその状況です」(業界団体の関係者) 「震災後、公共土木施設の復旧や除染など、多くの仕事をこなす中、ある程度のストック(内部留保)はできた」(県北地方の建設業者) 「浜通りは津波被災を受けたほか、原発事故で復旧が後回しになったところもあるため、ほかの地域より、量、期間ともに仕事が見込める。それを踏まえながら、借金返済や内部留保を計画的に進めている」(浜通りの建設業者) これらの話から、多くの建設業者の業績改善が図られたのは間違いない。とはいえ、「V字回復」の要因となった復興需要は終焉を迎えた。当然、そのことは建設業者自身も分かっており、関係者は一様に「復旧・復興関連の工事が落ち着いたら、いずれまた厳しい状況になるのは間違いない。だから、いまのうちに力を蓄え、今後のことを考えておかなければならない」と明かしていた。 後継者不在も背景に  ここで言う「今後のこと」の方策の1つが広域合併だった、ということだろう。 「以前(震災前)だったら、ファンドに見向きもされない状況だったかもしれない。それが、震災・原発事故を経て大幅に業績が上向いた。だからこそ、そういった選択肢ができたのです。公共工事は地域・季節などによって発注量に偏りがありますが、広域的な経営統合であれば、その地域で仕事がなくても、人員を遊ばせておかずにグループ内で横断させて仕事をすることできます。それが最大の強みであり、狙いでしょうね」(前出の関係者) 県では2017年に「ふくしま建設業振興プラン」を策定し、2022年度から第2期(第2次ふくしま建設業振興プラン、2030年度まで)に入った。「建設業は、社会資本整備に加え、維持管理、除雪、災害対応などを担うほか、雇用の受け皿にもなっているなど、県民の安全・安心な暮らしを支えるうえで必要不可欠な役割を果たしている」といった観点から、県が取り組むべき建設業振興施策の基本計画として定めたもの。その中に「合併等支援事業」といったメニューがあり、以前から合併は1つの選択肢として示されていたのだ。 もう1つ、背景にはあるのは後継者の問題だという。 「一番大きな問題は、後継者がいないということだと思います。当然、相応の従業員を抱えているわけですから、後継者の問題で経営者・従業員ともに不安を抱えながら仕事をするくらいなら、ファンドの傘下に入って確実に存続させよう、と。もちろん、そういった選択ができるのも復興特需で業績が上向いたから、といった側面もあります。そういう意味では、今回の事例のような県を跨いで、というのは稀でしょうが、福島県の場合は広域的な経営統合は今後も増えると思います」(業界団体の関係者) 復興需要によって各建設業者が〝身軽〟になったからこそ、さまざまな選択肢ができ、その1つがファンド傘下に入ること(広域合併)だったと言えそう。この業界団体の関係者は「越県は稀としても、今後も広域的な経営統合は増えると思う」との見解を示しており、これからの数年間で、同業界は大きく変貌するかもしれない。

  • 福島医大「敷地内薬局」から県内進出狙う関西大手【I&H】

    福島医大「敷地内薬局」から県内進出狙う関西大手【I&H】

    (2022年10月号)  福島県立医科大学(福島市)で大手調剤薬局グループI&H(兵庫県芦屋市)による「敷地内薬局」の設置が進められている。「医薬分業」の観点から禁じられてきたが、6年前の規制緩和を受け、その動きは全国に広がる。医大は土地の貸付料を得ながら、薬局に付随するカフェテラスを呼び込める一方、薬局は県下最大数の処方箋が見込める。設置の公募には地元薬局を含め6社が応募し、上位3社が接戦。敷地内薬局にそもそも反対の県薬剤師会は蚊帳の外に置かれ、本県医療を象徴する場を県外大手に取られた形だ。 蚊帳の外に置かれた福島県薬剤師会  福島県立医科大学(医大)は公立大学法人で、福島市光が丘に医学部、看護学部、附属病院などのほか、保健科学部をJR福島駅前に、会津医療センターを会津若松市に置く。保健科学部と会津医療センターを除いた職員数は2640人、学生数は1427人(2021年5月1日現在)。附属病院の病床数は788床。入院患者は年間20万人。外来患者は同約34万人で、1日平均1429人(いずれも2020年度)。 敷地内薬局の収入につながるのは、医師が外来患者に発行する院外処方箋だ。医大は年間約17万枚を取り扱っており、1日平均約720枚。県内最大級の規模からして、処方箋枚数も少なくはないだろう。 医大に敷地内薬局を設置する過程をたどる前に、そもそも医薬分業と敷地内薬局とは何か。 医薬分業は、「診断して処方箋を書く者」と「処方箋を見て調剤する者」を分けて互いの仕事をチェックさせ、適正な薬剤治療を進める仕組み。1970年代以前の日本では、医師が診療報酬を増やそうと自ら多くの薬を出す「薬漬け医療」の傾向があり、医療費を抑制するため分業が進められてきたとされる。こうして、患者は医師から出された処方箋を持って病院門前や自宅近くの薬局で薬をもらう流れができた。だが「流れ作業的な調剤」「二度手間」の批判もあり、医療費削減の効果も疑問視。規制改革の流れの中で、厚労省が2016年9月に病院が経営を異にする事業者に敷地を貸し、薬局を設置することを認めた。 2019年4月には、東大医学部附属病院に敷地内薬局2店舗がオープンし、全国の医大・医学部に波及する。薬剤師会からは「大家と店子の関係では薬局の独立性が危ぶまれる」と反発が起こった。これに対し、厚生労働省は処方箋の受け付けごとに算定する調剤基本料42点(1点=10円)について、病院との関係が深い敷地内薬局は7点に減らし、参入しても「儲けにくい」ようにした。 薬剤師会が反発するのに病院が敷地内薬局の設置を進めるのは経営上の理由からだ。 一つは土地の貸付料が得られる。特に大学病院は敷地が広く、土地を遊ばせておくのはもったいない。大学病院は独立行政法人として経営努力を求められている背景もある。 もう一つは、福利厚生施設を自己負担なしで整備してもらえる利点がある。 こうして、病院は薬局に土地を貸し、薬局は本業の調剤だけでなく、病院の求めに応じて売店やカフェテラス、職員寮などを運営するようになった。 前述の通り、敷地内薬局は調剤基本料が低く抑えられている。しかも病院は薬局以外の事業にも高水準を求めてくる。にもかかわらず、大手調剤薬局はなぜ参入するのか。県内の薬局に勤めるある薬剤師は、 「資本力の強みです。大手は事業買収を重ね、調剤業務以外に介護、飲食など多業種を抱え込んでいます。調剤を基本にその他の業種との相乗効果で儲けていく方針です。各地域の医療拠点に出店することで、その土地での知名度と実績を上げる。それを足掛かりにさらに出店攻勢をかけ、シェア獲得を狙っているのでしょう」 各地の薬剤師会は医薬分業の建前から敷地内薬局に反対してきた。経営面でもペイするのが難しいため、参入には慎重だ。その隙を大手が突く。各地の薬剤師会は「敷地内薬局のジレンマ」に陥っている。 県内の公立病院では、医大の次に藤田総合病院(国見町)が2022年3月に敷地内薬局の事業者を公募した。門前に薬局を構えていた2社が応じ、アインHD(札幌市)が優先交渉権者となった。 不満を露わにする前会長  医大は2021年12月に事業者の公募を告知した。別の薬局に勤める薬剤師は県薬剤師会(県薬)からメールで一報を受けた時、「医大もとうとうやったか」と覚悟した。 県薬は後手に回った。 「ホームページで公募が告知されたのが13日。応募締め切りは24日でした。土日・祝日は応募を受け付けないので、実質10日間です。ところが、県薬が会員に知らせたのは締め切り後の28日でした。県薬も寝耳に水だったのでしょう」(同)  当時、県薬の会長だった町野紳氏(まちの薬局経営・㈲マッチ社長、会津若松市)が会員に送った書面には医大への戸惑いが見られる。 「医大は本県唯一の医育機関と位置付けられており、本来、患者や地域住民から真に評価される医薬分業の推進をする立場でなければならず、今回の整備事業は賛同しかねるものです」。公募については、「募集期間が短かったこともあり、皆様からの意見を伺う機会を設けられず、対策を講じることができなかったことは誠に遺憾に思います」とし、「会員の意見を伺う機会を設けたいと考えております」と続けた。 町野氏は2022年6月に4期8年の任期を終え会長を退いた。会員の間では、「敷地内薬局設置の動きを把握できなかったため、責任を取ったのでは」との見方がある。 本人に聞くと、「任期を迎えたから辞めた。それだけです」。 設置の動きを把握していたかについては、「知っていたら潰しに動いたでしょうね」と冗談交じりに言った。敷地内薬局への参入については、「医薬分業の観点から会として反対しているので、参入することはありません」と言う。 医大の近くには、県薬が運営する「ほうらい薬局」がある。経営への影響を尋ねると、「微々たるものと考えます」と答えた。 医大の敷地内薬局設置事業の正式名は「敷地内薬局及び福利厚生施設等整備事業」。事業者の選定は公募型プロポーザル方式で行われた。この方式は発注者が事業者に建設物についての提案を求め、応募者の中から審査を経て優先交渉権者を選ぶ。 募集要項や要求水準書によると、医大は土地の一部を貸与し、事業者は薬局1店舗とカフェテラス、コンビニなどを含む集合店舗施設の整備と運営を行う。建設予定地は附属病院への玄関口に当たる「いのちと未来のメディカル棟」の南側で、現在は「おもいやり駐車場」に使われている。 貸付される面積は約1600平方㍍。貸付料について、医大は年額で1平方㍍当たり最低1077円以上を提示。概算すると、事業者は総額170万円以上を土地使用料として毎年払う必要がある。だが、これはあくまで最低額。事業者が医大に提出する資料には、1億円の位まで記入可能な「土地使用料提案書」があり、2022年2月21日にプレゼンテーション形式で行われた最終審査では「本学に対する経済的貢献度」という評価事項があった。いかに高い土地代を払えるかが客観的に物を言うということだろう。 土地を貸付する期間は原則20年以内としている。ただ、医大が「優れた提案」と判断した場合は延長され、最長で30年未満使用できる。 同28日までに医大は、阪神調剤薬局を全国展開するI&Hを優先交渉権者に選んだと公表した。県内では傘下の薬局が2店舗ある。現在、同社と医大は交渉を進めている。  大手が資本力で圧倒か  公募には6社が応募し、うち1社は最終審査前に辞退した。結果は表1の通り。医大は優先交渉権者以外の社名や、審査員7人の氏名、各審査員の採点結果を明かしていない。それぞれ、「事業者の利益を害する」「干渉、圧力を受け審査員の中立性が損なわれる」「医大の利益や地位を害する」との理由だ。 表1 医大敷地内薬局公募の最終審査に参加した5社の得点評価項目I&HA社B社C社D社(1)患者の利便性・安全性に関する評価【70】5658524040(2)福島県立医科大学への相乗的あるいは相加的効果に関する評価【70】5656543640(3)地域への貢献に関する評価【105】6456524446(4)アメニティ施設に関する評価【105】7581844863(5)施設整備に関する評価【105】8790905760(6)実施体制に関する評価【140】1081121167664(7)事業の継続性及び健全性に関する評価【140】1241161126448合計【700】570569560365361※【】は審査員7人の評価項目ごとの配点を合計した点=満点  ただ医薬業界の情報筋によると、I&H以外に公募に応じた5社は、アインHD(北海道札幌市)、クオールHD(東京都港区)、日本調剤(東京都千代田区)、コスモファーマ(郡山市)、ハシドラッグ(福島市)だという。ハシドラッグは共同企業体で臨んだようだが、組んだ企業がどこかは不明。5社のうちどこが辞退したかも分かっていない。 I&Hと応募した可能性が高い5社の経営規模を表2にまとめた。表1の得点と突き合わせると見えてくるものがある。 表2 公募への参加が噂された6社の経営規模資本金売上高従業員I&Hグループ42億円1224億円(連結か)4087人(21年5月期)アインHD218億円3162億円(連結)9568人(22年4月期)クオールHD57億円1661億円(連結)5620人(22年3月期)日本調剤グループ39億円2993億円(連結)5552人(22年3月期)コスモファーマグループ8500万円240億円(連結か)1418人(21年9月期)ハシドラッグ5000万円90億円55人(21年5月期)アイン、クオール、日本調剤は有価証券報告書を、その他はHPや民間信用調査会社のデータを基に作成  注目すべきは上位3社と下位2社との総合点の開きだ。上位3社は8割得点し、どこが首位でもおかしくない点差だが、下位のC社、D社は半分強しか取れていない。点差が如実に開いたのは⑹、⑺の項目。特に⑺には財務状況や類似事業の実績、医大への経済的貢献度を評価する小項目がある。資本力があり、敷地内薬局へ既に参入している大手には有利となる。 これらを踏まえるとA社、B社は大手、C社、D社は地元薬局と推理できる。 地元薬局にとって厳しい戦いではあった。それを承知したうえで、ある地元薬局の取締役は、県外企業にメンツをつぶされたことを苦々しく思っている。 「『阪神調剤』の看板を医大病院の玄関前に掲げられるわけです。地元に根付いてきた薬局としては見過ごせません」 この取締役が地元への貢献の例に挙げるのが2020年6月に楢葉町が設置した「ならは薬局」だ。県薬などが設立した県復興支援薬剤師センターが運営している。震災・原発事故後に帰還が進む地域の医療を支えるため、重要な役割を果たす施設と認識するが、収益は見込めないという。それでも「運営する意義は大きい」との自負がある。 前述の通り、医大が敷地内薬局設置の公募を行ったのは「実質10日間」だが、取締役は医大が事実上、県薬に一声も掛けなかったことを突き放されたと感じているようだ。 「悔しいと思うのはわがままに過ぎないのでしょうか」(同) 残酷だが、医大も患者も便利になれば、事業者が県内であれ県外であれ関係ないのだろう。 勉強会開催の狙い  他方でこの取締役は、帰還地域におけるI&Hの動きをいぶかしむ。 「関連団体が、医大敷地内薬局の公募審査結果が出る4日前(2月24日)に厚労省の官僚や県内市町村職員を巻き込んで会議を開いていたんです」 主催は任意団体の「福島薬局ゼロ解消ラウンドテーブル実行委員会」。目的は名前の通り、震災・原発事故後に住民が帰還しつつある地域への薬局整備を考えるもの。事務局は城西国際大学アドミニストレーション学科(東京都)。同委員会メンバーにはI&Hの岩崎英毅取締役のほか、同大や岡山大医学部、東邦大薬学部の教員ら4人が名を連ねている(表3)。 表3 福島薬局ゼロ解消ラウンドテーブル実行委員会(敬省略)メンバー役職渡邉暁洋岡山大学医学部助教小林大高東邦大学薬学部非常勤講師岩崎英毅I&H取締役鈴木崇弘城西国際大学国際アドミニス トレーション研究科長黒澤武邦城西国際大学国際アドミニストレーション研究科 准教授  4人の名前をネットで検索してみると、過去に国会議員の政策担当秘書を務めたり、自民党のシンクタンク設立に関わったりしたほか、原発事故の国会事故調事務局に勤務するなど、政府―薬局―福島県をつなぐ顔ぶれだ。 筆者はI&Hに「岩崎取締役が同委員会に所属し、福島県内で会議を開いたのは、営業や情報収集が目的ではないのか」と尋ねたが、同社は「知見や課題を共有することで無薬局解消につなげるため」と答えた。公式には勉強会ということだ。 同委員会の実態は詳細には分からないが、I&Hが県内進出に積極的な姿勢であることは間違いない。今後、地元薬局は同社と協調していくのか、それとも対抗していくのか、対応を迫られるだろう。 これまで中小規模の地元薬局は「医薬分業」を推進するための規制に守られてきた。医大に敷地内薬局が設置されることについて、前出・前県薬会長の町野氏は「影響は微々たるもの」とする。だが、2018年11月に敷地内薬局が設置された長岡赤十字病院(新潟県長岡市)の近隣薬局3店舗では、処方箋枚数が設置前より4分の1減少し、金額ベースで10%落ち込んだという(『NIKKEI Drug Information』2019年4月号)。 医大の近隣・敷地外薬局でも持ち込まれる処方箋が減るのは間違いない。問題は影響をどこまで抑えられるかだ。地元薬局は楽観していないだろう。 あわせて読みたい 【浪江町】新設薬局は医大進出の関西大手グループ

  • 依頼者に訴えられた司法書士と福島県司法書士会

    依頼者に訴えられた司法書士と福島県司法書士会

    (2022年10月号)  福島市の男性が県中地区の男性司法書士と福島県司法書士会(福島市新浜町6―28、角田正志会長)を相手取り、計約380万円の損害賠償を求めて福島地裁に提訴した。〝法律のプロ〟が揃って訴えられる前代未聞の出来事はなぜ起きたのか、背景を追った。 不動産取引に絡んで“重大過失”  提訴したのは福島市松川町在住の伊藤和彦さん(仮名、70代)。訴状の日付は9月5日だが、本誌は2020年3月号「業務怠慢を〝告発〟された県中地区の司法書士 県司法書士会に違法な!?調停強行疑惑」という記事で今回の問題を詳しく取り上げていた。 司法書士は裁判所や法務局などに提出する書類の作成、不動産・商業登記、相続や遺言に関する業務などを依頼者に代わって行う。司法書士になるためには、司法書士試験に合格して国家資格を取得しなければならない。一方、司法書士会は各都府県に一つと北海道に四つあり、その上部組織が日本司法書士連合会(東京都新宿区)。 提訴に至った経緯を知るため、当時の記事を振り返る。 〇伊藤さんは二本松市内に所有していた実家(空き家)を、大玉村の町田輝美さん(仮名)に貸すことになり、2018年3月13日、建物賃貸借契約書を交わした。期間は2020年3月15日までの2年間、家賃は月額6万5000円としたが、伊藤さんは町田さんから「賃貸で2年住んだ後に不動産を買い取りたい」と言われ、そのことを示す確約書も契約書と一緒に交わした。 〇確約書には売買金額も記され、契約締結から1年以内の場合は1450万円、2年以内の場合は1400万円。一方、売買契約が不成立になった場合は、申し出者が違約金として売買金額の10%を相手方に支払うことで合意した。 〇ところが、町田さんは最初の1回は家賃を納めたが、その後は滞納が続いた。伊藤さんは知人から「このまま滞納が続くようなら2年待たずに売却した方がいい」とアドバイスされ、司法書士を立てて正式に売買契約を交わすことを決めた。 〇伊藤さんは2019年1月、県中地区の男性司法書士A氏に契約業務を委託した。委託内容は不動産登記、所有権移転、抵当権設定、建物賃貸借契約解除に関する覚書の作成および当該書面作成の相談など。 〇同年2月、A氏は知人の宅地建物取引士を同席させ町田さんの妻と面会し、売買の話を切り出した。すると、町田さんの妻から「その話はなかったことにしてほしい」と言われた。ただ、このとき話した内容がA氏から伊藤さんに伝わったのは面会から2週間後だった。 〇伊藤さんは、町田さん側から断られたことを2週間も報告しなかったA氏に不信感を抱いた。さらに「町田さんの妻から『家賃の滞納分は払うが、違約金はなかったことにしてほしい』と言われた」「この件は調停に持ち込まれる」と告げられたことも納得がいかなかった。なぜ町田さんの妻がそう言っているのか、なぜ調停に持ち込まれるのかについて、A氏から説明がなかったからだ。町田さんに直接事情を聞きたくても、調停が受理されてしまったため当事者間の連絡が禁じられ、それまで通じていた町田さんの携帯電話も不通になっていた。 〇その後、町田さんの妻に調停申し立てを促したのはA氏だったことが判明。A氏はこのほか、前出・宅地建物取引士と一緒に町田さんの妻に別の賃貸物件を紹介するなどしていた。伊藤さんが「A氏の行為は民法で禁じられている双方代理だ」と憤ったのは言うまでもない。 記事掲載に当たり、本誌は中通りの某司法書士に、同業者の目から見てA氏の行為はどう映るか尋ねたところ①町田さんの妻に売買契約の意思がないと判明した時点で司法書士の出る幕はない、②A氏は町田さん側に契約の意思がないことを伊藤さんに素早く伝えるべきだった、③A氏は町田さんの妻に調停を勧める前に、伊藤さんに報告後、当事者間での話し合いによる解決を勧めるべきだった、④A氏は少々踏み込み過ぎて町田さんの妻の相談に乗った可能性があり、それ自体、司法書士の仕事から逸脱しており、依頼者である伊藤さんの利益を損なう行為――と指摘した。 一方、裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律(ADR法)に基づき法務省の認証を受け、2010年3月から「調停センター」を開設して調停に関する業務を行っている県司法書士会をめぐっては、次のような不手際が起きていた。 〇町田さん側が同センターに調停を申し立てたことで、伊藤さんは2019年4~9月にかけて5回、同センターに足を運び、自身の主張を訴えた。しかし、調停に立ち会った認定司法書士(※)は伊藤さんの主張に耳を貸さず、町田さん側の主張に沿った解決を再三促した。 ※ADR法に基づき簡易訴訟代理権等を付与された司法書士 〇そもそも町田さん側の申し立て内容は「賃貸借契約の円満な解決を図りたい」という曖昧なもので「家賃の滞納分しか払えない」「違約金はなかったことにしてほしい」といった紛争の目的がはっきりしていなかった。そのため伊藤さんは「町田さん側の申し立て趣旨を明らかにしてほしい」と訴えたが、認定司法書士からは明確な回答がなかった。 〇町田さん側のペースで進む状況に危機感を覚えた伊藤さんはあらためて同センターの制度を調べたところ、同センターで扱える紛争の目的額はADR法で「140万円以下」と定められていることが判明。伊藤さんと町田さん側の争いは、家賃の滞納分と違約金を合わせた200万円超なので、同センターでは扱えないことが分かった。 〇伊藤さんは調停の中で「訴額が140万円を超えており、町田さん側の申し立ては受理できないのではないか」と訴えたが、認定司法書士に聞き入れられることはなかった。このままでは偏った合意案を示されることを恐れた伊藤さんは調停から離脱し、合意不成立となった。 重なった数々の不手際  その後、伊藤さんは町田さんを相手取り、家賃の滞納分と違約金を合わせた約202万円の支払いを求める訴訟を福島地裁に起こし、2021年1月に和解が成立した。この訴額からも、同センターが町田さん側の申し立てを受理したのは誤りだったことが分かる。 今回の提訴に先立ち、伊藤さんはA氏と県司法書士会を相手取り、福島簡易裁判所に民事調停を申し立てたが、A氏は不応諾(手続きに不参加)だった。自身のミスに向き合おうとしない態度は〝法律のプロ〟として不誠実と言うほかないが、県司法書士会の態度も誠実さを欠いたものだった。 調停を受け、県司法書士会が同裁判所に提出した「第1主張書面」(2022年5月30日付)には次のように書かれている。 《申立時点(平成31年4月8日)で既にその合計額は140万円を超えていた可能性が高いなどの考えも十分成り立ち得る》(同書面4頁) 《これに対し、これまで相手方(※県弁護士会)は、調停の中心の論点を基準として訴額通知に基づき算定する旨述べ、本件において調停の中心の論点を「建物賃貸借契約の解除」ないし「三 地上権・永小作権、賃借権」と認識し、この場合の訴額を「目的たる物の価格の二分の一」と判断し、本件の場合には140万円を超えなかった(建物の固定資産税評価額合計173万2990円÷2=86万6495円)と考え、前項の可能性を考えていなかった》(同書面4~5頁) つまり、町田さん側が調停を申し立てた時点で訴額は140万円を超えていた可能性があったのに、県司法書士会は解釈を誤り、140万円を超えないと判断したというのだ。 なぜ、誤った解釈をしてしまったのか。県司法書士会はその理由をこう釈明している。 《訴額を算定する前提としても、調停申立書や(中略)求める解決の要旨の記載が抽象的であった点は否定できず、受付の段階で調停センターの調停申立人(賃借人=※町田さん)から、上記概要や解決の要旨をしっかり聴取したうえで受付すべきであったと考える。これらを明らかにしなかったため、結果として訴額算定があいまいになり、申立人(※伊藤さん)の調停進行への疑義を招くこととなった》(同書面6頁) 《また、本件は、相手方所属会員(※A氏)からの紹介案件であったことから、受付段階における上記各検討が不十分となった可能性も否定できない》(同) つまり、町田さん側の申し立て趣旨をきちんと把握せず、どのような解決を望んでいるのか聴取せずに調停を受理したため訴額の算定が曖昧になったというのだ。伊藤さんが「申し立ての趣旨を明らかにしてほしい」と求めた際にきちんと対応していれば、訴額が140万円を超えていたことは把握できたわけ。 さらに驚くのは、A氏からの紹介だったため、深く検討せずに受理したことを認めていることだ。これでは〝身内〟から紹介された案件は、クロもシロにできると言っているようなものだ。 「50万円で勘弁してほしい」 県司法書士会の事務所(福島市)  こうした事態を受け、県司法書士会は以下の反省点を挙げている。 《調停センター内で訴額について調停管理者は一人だけではなく、複数の調停管理者で検討することや、福島県司法書士会の外部の方を調停管理者に選任できるようにしておき、組織外の方によるチェックを導入することを検討すべき》(同書面7頁) 《(調停センターは)相手方(※県司法書士会)から一定程度独立した中立機関たる位置づけになっている。その趣旨は、本会役員も知っており、また、調停センター関係者は同じ会員であることから信頼していたので、調停センターの運営等に関して、いわゆる余計な口出しなどはせず、調停センターの判断を尊重してきた。 上記理由から、本件において、2019年3月頃に調停センターへの会員(※A氏)紹介があってから、2019年10月30日付調停センター長宛「調停に対する疑義等の申し立てについて」の申立人(※伊藤さん)作成の照会書を相手方にて受付けるまでは、相手方は、調停センターの調停受付や経緯について、センター長を始めとする調停センター関係者から報告を受けていなかった》(同書面7~8頁) 調停センターの独立・中立を保つ必要性は理解できるが、誤った運営が行われた際に正す仕組みがないのは問題だろう。うがった見方をすれば、これまでも誤った運営が行われていたかもしれないのに「余計な口出しになる」と見過ごされた調停があった可能性もある。 ともかく、これらの反省点を踏まえ、県司法書士会では伊藤さんに五つの改善策を検討中であることを伝えたが、伊藤さんが強く憤るとともに激しく落胆したのは同書面の最後に書かれていた次の一文だった。 《以上の他諸事情を踏まえ、解決金については金50万円を提示する》(同書面10頁) 「私と町田さんの関係は悪くなかったので、直接話し合っていれば問題がこれほど長期化することはなかったと思います。それを、A氏が余計なアドバイスをしたり、県司法書士会が不当に調停を受理・実施したことで、私は無用な時間とお金と労力を割く羽目になった。その損害は正しく算定し、きちんと救済されるべきです。にもかかわらず、県司法書士会は原因者を処分しようともせず『50万円で勘弁』とお手軽に解決しようとしたから許せなかった」(伊藤さん) 伊藤さんは、個人的な怒りもさることながら、この状況を放置すれば自分と同じような〝被害者〟が出てしまうことを強く懸念している。 「調停実施者が不当行為を犯し、その結果、調停参加者が被害を受けることは国も想定していなかったと思います。県司法書士会でも、私が受けたさまざまな被害について『対応基準がなく前例もないため救済措置を講じることができない』としていました。これでは、被害者は蔑ろにされるばかりです。私のような被害者を出さないためにも、ADRの不備を是正し、救済措置を設けるべきです」(同) 問題は他にもある。 伊藤さんは2020年11月にA氏と調停センター長、2021年6月には県司法書士会の角田正志会長に対する懲戒処分を福島地方法務局に申し立て、受理されている。同法務局はその後、A氏と同センター長への調査を県司法書士会に委嘱しているが(※伊藤さんによると角田会長への調査はどこが行ったかは不明)、それから2年近く経った現在も調査結果は示されていない。 「司法書士の懲戒処分に関する調査を〝身内〟の県司法書士会に委嘱している時点で厳格な調査は期待できない。もっと言うと、私は県司法書士会に対し懲戒処分を科してほしいが、組織は懲戒処分申し立ての対象外なのです。これでは組織が抱える問題は表面化しにくい」(同) 県司法書士会がいくら見せかけの反省をしたところで、ADR法をはじめとする制度の不備を解消し、組織のあり方を変えなければ再発防止にはつながらない。全国には自分と同じような被害者がいることも考えられる。そこで伊藤さんは、全容の解明と責任の所在をはっきりさせ、司法書士制度の課題解消につなげるため、A氏と県司法書士会を相手取り、計約380万円の損害賠償を求めて提訴することを決めたのだ。 「全容解明を強く望む」 司法書士A氏の事務所  被告となった両者に取材を申し込むと、A氏は 「非常にデリケートな話だし、余計なことを言って尾ひれが付くのもよくないので取材は遠慮したい。私としては記事にしてほしくないというのが希望です」 と話した。「記事にしてほしくない」などと虫がいいことを口にする辺り、相変わらず自分のミスと向き合う気の無さがうかがえる。 県司法書士会は、伊藤栄紀副会長から 「提訴されたことは承知しているが、まだ訴状が届いていない(9月20日現在)。ただ、こちらの主張は裁判を通じて訴えていくので、個別の取材は遠慮したい」 というコメントが寄せられた。ただ前述の通り、福島簡易裁判所での調停では自分たちのミスを認めているので、裁判では伊藤さんが求める全容の解明と責任の所在、さらには損害の算定にどこまで丁寧に応じるかがポイントになるだろう。訴訟の行方を注視したい。 前出・中通りの某司法書士にあらためて感想を尋ねると、次のような答えが返ってきた。 「今回の訴訟は新聞報道で初めて知りました。私も県司法書士会の一会員ですが、正直、同会内の出来事や同業者の間で何が起きているかはよく分かっていません。ただ、組織と司法書士個人が依頼者からセットで訴えられるのは極めて珍しいと思います」  同業者も呆れた裁判に、伊藤さんはこんな思いを託している。 「司法書士倫理第7条には『社会秩序の維持及び法制度の改善に貢献する』とあるが、県司法書士会は今回明らかになった課題の解消にきちんと取り組んでほしい。裁判を通じて全容が解明され、A氏と県司法書士会の今後の業務に生かされることを強く望みます」

  • 【いわき市鹿島】エブリアを〝取得〟したつばめグループ

    【いわき市鹿島】エブリアを「取得」したつばめグループ

    (2022年10月号)  いわき市鹿島地区の大型ショッピングセンター(SC)「鹿島ショッピングセンター エブリア」の動向が注目されている。建物を所有する会社の吸収合併や子会社化が相次ぎ、巨額の根抵当権が設定されていることが分かったからだ。 「根抵当権38億円設定」で広まる憶測  「鹿島ショッピングセンター エブリア」は1995年10月開業。いわき市の中心部である平地区と、観光エリアである小名浜地区の中間地点である鹿島地区に立地している。 鉄骨造2階建て、延べ床面積3万7455平方㍍。複数の地権者の借地に建てられている。当初は、キーテナントであるダイエーいわき店が半分を占め、残り半分が地元小売店・飲食店などによる専門店街「エブリア」という構成だった。2005年にダイエーが撤退した後は、ヨークベニマルエブリア店やスーパースポーツゼビオいわき店が入居。専門店街では現在も約70のテナントが営業している。 主要幹線で交通量の多い県道26号小名浜平線(通称鹿島街道)沿いに面していることもあり、週末には多くの買い物客が訪れる。 そんな同SCの動向が市内の経済人の間で注目されている。建物の所有者をめぐる動きがにわかに活発化しているからだ。 同SCの建物を所有していたのは、建設時から計画に携わっていた市内の不動産会社・平南開発㈱(園部嘉男社長=元いわき商工会議所副会頭、2018年に死去)だ。 その後は〝SC担当のディベロッパー部門〟として分割された平南ディベロップメント㈱(園部嘉門社長=嘉男氏の孫)が所有者となっていた。だが2021年8月、社長が園部嘉門氏から岩手県盛岡市在住の小西徹氏に変更。同10月には東京都品川区の平南ホールディングス合同会社に吸収合併された。 関係者によると、平南ホールディングスは外資系投資会社フィンテックグローバル㈱(東京都品川区)などの出資により設立され、もともとは「麻布十番ホールディングス」という全く違う会社名だったが、平南ディベロップメントを吸収合併するのに合わせて名称変更した。要するに、同SCの大家だった会社が、投資会社に丸ごと身売りしたわけ。 2022年5月には、その平南ホールディングスの株式をさらに別の会社が取得し、子会社化した。それが、福島県などを中心にパチンコホールを展開する「つばめグループ」の運営会社・中原商事(登記上の本店=東京都、本部=郡山市)だ。 1968年設立。資本金2300万円。代表取締役は禹竜太社長、禹泰浩専務(いずれも名字は中原を名乗っている)。民間信用調査機関によると、2021年12月期の売上高373億5100万円、当期純利益2億6700万円。 法人登記簿によると、主な事業は➀遊技場の経営、➁飲食店、喫茶店及びキャバレーの経営、③有価証券の売買、④自動販売機の管理、⑤パチンコ店の懸賞品及び景品等各種商品の仕入れ、販売、⑥タバコの仕入れ、販売、⑦経理事務の代行、⑧経営コンサルタント業務など。 平南ホールディングスの法人登記簿を確認すると、業務執行社員、代表社員ともに中原商事となっていた。市内の事務所には、同社の物件管理業務を受託している企業の担当者が常駐し、同SCの契約・施設関係の窓口を務めている。中原商事が実質的に同SCを取得した格好だ。 エブリアの建物の不動産登記簿を確認したところ、三井住友銀行により極度額26億4000万円の根抵当権、東邦銀行により極度額8億4000万円の根抵当権、福島銀行により極度額3億6000万円の根抵当権が設定されていた(いずれも設定日は2022年6月23日、債務者は中原商事)。合計38億4000万円もの融資枠が設定されたことになる。 そのため、「エブリアにそれだけの価値があるということなのか、それとも新たな商業施設建設などの狙いがあるのか」、「中原商事はどういう考えで平南ホールディングスを傘下に入れたのか。まさか巨大なパチンコ店をつくるわけではないだろうが……」など、さまざまな憶測を呼んでいるわけ。 中原商事はノーコメント  中原商事に子会社化の狙いを問い合わせたが、「現時点では取材に対応できない。ノーコメント」(担当者)との回答だった。ただ、中原商事のルーツはもともといわき市植田のパチンコ店であり、禹竜太社長も同市出身であることから、「東京の投資会社より〝地元企業〟が所有者になるべきと判断し、子会社化したのではないか」との見方がもっぱらだ。 ちなみに、同地は第二種住居地域でパチンコ店設置が可能とのことだが、「1㌔も離れていないところに鹿島小学校やかしま病院がある。立地規制には引っかからないかもしれないが、周辺住民との関係を考慮してさすがにパチンコ店の出店は控えるのではないか」(関係者)との見立てが聞かれる。 パチンコ業界は折からのユーザー数減少に加え、新型コロナウイルスの感染拡大やパチンコ機の規制強化などの影響で、大きく売り上げが落ち込んでいる。そうした中で、本業以外に不動産事業を展開するパチンコ店も増えている。本誌でも関連記事の中で複数の事例に触れており、直近では、ニラク(郡山市)が福島市の複合施設「コマレオプラザ」跡地を所有者であるコマレオ(山形県米沢市)から賃借し、同所にディスカウントストア「ドン・キホーテ」を誘致すべく動いていた件を報じた(2019年9月号参照)。 いわき市におけるつばめグループの店舗では、ビックつばめ岡小名店が6月に閉店している。シビアな経営判断が迫られる中で、中原商事が同SCをどのように〝活用〟していくか考えなのか、注目される。 ヨークベニマル、ゼビオを除くテナントの賃貸を行っている㈱鹿島ショッピングセンターに問い合わせたところ、担当者は次のように話した。 【いわき市】鹿島ショッピングセンター エブリア  「今の段階で方針変更などは聞いていません。建物の大家の代表者(親会社)が変わったということで、あらためて意思共有する機会はあるかもしれませんが、当社としては変わらずに運営を続けていきます。コロナ禍の影響が大きいうえ、テナント維持に苦戦している面もありましたが、集客が図れる催しものを企画し、既成概念にとらわれない自動車展示のテナントを誘致するなど、さまざまな取り組みを進めています。今後とも多くの方に利用していただければと思います」 2019年6月に開店したイオンモールいわき小名浜は強力な競合相手だが、エブリアの固定客は離れておらず、売り上げも安定している。安定した賃料が入るのは、建物所有者にとってもありがたいはず。一方で9月中旬には、エブリアの前年にオープンしたショッピングモールフェスタ(郡山市)が、老朽化などを理由に一時閉店し、県内最大規模の店舗とする方向で検討していることが分かった。同SCも今後、同様の問題を抱える可能性がある。 そうした意味合いでも同SCの今後の動向から目が離せない。 鹿島ショッピングセンター「エブリア」ホームページ あわせて読みたい 【いわきFCを勝手に評価】レノファ山口戦(2023/3/5) 【いわき市】内田広之市長インタビュー 【アクアマリンふくしま】施設をリニューアルオープン

  • 【Jパワー】更新工事進む鬼首地熱発電所

    【Jパワー(電源開発)】更新工事進む鬼首地熱発電所【宮城県大崎市】

     Jパワー(電源開発)が運営する鬼首地熱発電所(宮城県大崎市、1万5000㌔㍗)は40年以上にわたり電力を安定供給してきた。現在は更新工事の最終段階にあり、2023年4月の運転再開に向け、各種機器などの整備が進められている。 更新工事中の鬼首地熱発電所(手前が還元井、奥が冷却塔)  地熱発電は地下に溜まった蒸気や熱水を「生産井」でくみ上げ、気水分離器を経て蒸気でタービンを回す発電方法。使い終わった蒸気は冷却塔で冷やし、熱水とともに「還元井」で地下に戻す。 くみ上げた蒸気と熱水を分ける「気水分離器」  循環利用できれば長期間にわたり安定的な発電が可能となる。天候の影響を受けず、CO2排出量も少ない。設備利用率(フル稼働時の発電量に占める実際の発電量の割合)は風力約20%、太陽光約12%に対し、地熱発電は約80%だ。  同発電所は鳴子温泉郷から北西約20㌔の「鬼首カルデラ」内に位置し、「栗駒山国定公園」として第一種特別地域の指定を受けている。同社では戦後早くから地熱発電所の建設に着手した。1975(昭和50)年に出力9000㌔㍗で営業運転開始。以降、順次出力を増やし、2010年には1万5000㌔㍗に増強した。  その後、環境負荷の低減や安全性考慮の観点から新たな設備の導入が必要と判断し、17年に一時運転停止。19年から設備更新工事に入った。  生産井9坑、還元井8坑を埋め戻し、新たに掘削した生産井5坑、還元井5坑に集約。これでも出力は更新前とほぼ同水準を維持(1万4900万㌔㍗)。タービン棟を新設し発電機の効率が向上したことで、使用する熱水量・蒸気量が従前より減少するため、有毒な硫化水素の排出量が減少した。過去に生産井付近で発生した噴気災害を念頭に入れ、高温地帯に設備を設けないようにした。  すでに電気、建築設備は立ち上がり、生産井の噴気試験も終了。11月に試運転を開始した。更新工事には同社のほか、グループ会社や協力会社が連携して取り組んでおり、生産井などの掘削工事は主にJパワーハイテックが担った。  同発電所は地域振興の役割も担う。21年度には地元・大崎市の小学校や高校で授業を行い、鳴子温泉の特質や地元資源の独自性、地熱発電の仕組みなどを説明した。地元のお祭りや清掃活動にも積極的に参加しているほか、再生可能エネルギーを扱う東北大学の出前授業にも近々出講する予定となっている。  Jパワーでは50年までに国内発電事業のCO2排出量を実質ゼロにする目標を掲げている。同発電所の北約2㌔の地点にある高日向山地域(宮城県大崎市)では新たな地熱発電所の開発を目的とした資源量調査も進んでいる。  今後も同社ではエネルギーを不断に供給し続ける使命を念頭に、地域と信頼関係を築きながら事業を継続していく考えだ。

  • 土壌汚染の矮小化を図る昭和電工

    【第5弾】土壌汚染の矮小化を図る昭和電工【喜多方市】

     土壌・地下水汚染を引き起こしている昭和電工(現レゾナック)喜多方事業所が、土壌汚染対策法に基づき敷地内の土壌汚染原因とみなしている8物質のうち、4物質しか住民に報告していないことが分かった。同社が県に提出した文書と住民への説明の食い違いから判明。「住民に知らせなかったということか」という本誌の問いに同社は明確に答えていない。住民に知らせなかった4物質は、事業所敷地内でも周辺でも未検出か基準値内に収まり、深刻な汚染には発展していないが、住民は「隠蔽を図ったのではないか」と不信感を強めている。 ※昭和電工は1月からレゾナックに社名を変えたが、過去に喜多方事業所内に埋めた廃棄物が土壌・地下水汚染を引き起こし、昭和電工時代の問題を清算していない。社名変更で加害の連続性が断たれるのを防ぐため、記事中では「昭和電工」の表記を続ける。 住民にひた隠しにした4種類の有害物質 汚染を除去する工事が進められている昭和電工(現レゾナック)喜多方事業所  喜多方事業所の敷地内で土壌汚染を引き起こしているとみなされている有害物質は表で示した8物質。シアン、ヒ素、フッ素、ホウ素は2020年に計測し、基準値を超える汚染が判明。残りの六価クロム、水銀、セレン、鉛は、実際の分析では基準値超過はみられないが、使用履歴や過去の調査からいまだに汚染の恐れがある。敷地は土壌汚染対策法上、この8物質により「土壌汚染されている」とみなされており、土地の変更を伴う工事が制限される。 昭和電工喜多方事業所敷地内で土壌汚染の恐れがある8物質 基準値を超過基準値を下回るor未検出シアン六価クロムヒ素水銀フッ素セレンホウ素鉛  ここで土壌汚染対策法の説明が必要になる。同法が成立したのは2002年。工場跡地の再開発などに伴い、重金属や有機化合物などによる土壌汚染が判明する事例が増えてきたことを背景に、汚染を把握・防止して健康被害を防ぐために制定された。汚染が判明した場合、その土地の所有者は汚染状況を都道府県に届け出なければならない。 汚染が分かった土地の所有者には調査義務が生じ、期限までに調査結果を都道府県に報告する必要がある。昭和電工喜多方事業所の場合、2020年に同社が行った調査で汚染が判明し、同11月に公表。公害対策のため、大規模な遮水壁工事や汚染土壌の運搬などを迫られた。 土壌汚染調査は、土地の所有者が環境省から指定を受けた「指定調査機関」に依頼して行う。喜多方事業所の場合、土地調査に関するコンサルティング大手の国際航業㈱(東京都新宿区)に依頼している。 土壌汚染対策法が定める特定有害物質は、揮発性有機化合物からなる第一種(11種類)、重金属などからなる第二種(9種類)、農薬などからなる第三種(5種類)に分かれる。全部で25種類になる。 喜多方事業所で土壌汚染が認められる8物質は全て重金属由来のものだ。戦中から約40年間、アルミニウム製錬工場として稼働しており、その過程で発生した有害物質を敷地内に埋めていたことで汚染が発生している。工場の生産工程で使用していたジクロロメタン、ベンゼンの有機化合物は、2020年にそれぞれ敷地内で計測したが、いずれも不検出だった。 基準に適合していない場合は、土地の所有者は「要措置区域」や「形質変更時要届出区域」に指定するよう都道府県に申請する。都道府県は周辺の地下水までの波及を把握し、住民が生活に利用して健康被害のおそれがある時は要措置区域に指定、汚染の除去を指示し、土地の所有者は期限までに必要な措置を講じなければならない。 健康被害のおそれがない場合は、制限の少ない形質変更時要届出区域の指定のみで済み、工事などで土地に変化がある際に計画を届け出すればよい。 公文書で判明  喜多方事業所は所有地の一部をケミコン東日本マテリアル㈱に貸している。届け出は同事業所が使用している土地と貸している土地に分けて申請され、全敷地が要措置区域と形質変更時要届出区域に重複して指定されている。汚染公表の2020年11月から5カ月後の21年4月に県から指定を受けた後、汚染除去の工事が始まった。有害物質が流れ込んだ地下水が敷地外に拡散しないよう敷地を遮水壁で覆い、地下水を汲み上げる方法だ。地下水は有害物質を除去し、薄めたうえで喜多方市の下水道や会津北部土地改良区が管理する用水路に流している。汚染土壌の運搬も進めている。 喜多方事業所以外にも汚染された土地はある。都道府県は指定した土壌汚染区域の範囲を台帳に記して公開しなければならず、福島県では台帳の概要をホームページで公表している。詳細を知りたければ、県庁や土壌汚染対象地を管轄する各振興局で台帳を閲覧できる。 筆者が喜多方事業所による「有害物質のひた隠し」に気づいたのは、この台帳を見たからだった。県に提出した文書では、冒頭に述べた8種類の有害物質で土壌汚染されていることを認めているが、住民には、「汚染が見つかったのは4物質」と事実の一部のみを説明し、残り4物質については汚染の恐れがあることを伏せていたのだ。 「要措置区域台帳」を見ると、生産工程での使用や過去の調査の結果、汚染の恐れがあるとみなされたのは重金属由来の有害物質(第二種特定有害物質)のうち前述の8種類。試料採取等調査結果の欄は全て「調査省略」とある。しかし、結果は土壌溶出量、土壌含有量とも基準は「不適合」だった。 調査省略なのに基準不適合とはどういうことか。それは、「土壌汚染状況調査の対象地における土壌の特定有害物質による汚染のおそれを推定するために有効な情報の把握を行わなかったときは、全ての特定有害物質について第二溶出量基準及び土壌含有量基準に適合しない汚染状態にある土地とみなす」(土壌汚染対策法規則第11条2項)との規定に基づく。喜多方事業所は、調査を省略したことで「汚染状態にある」とみなしているわけだ。 さらに規則では、汚染のおそれのある物質を使用履歴などを調べ特定した場合はその物質の種類を都道府県に申請し、確定の通知を受けた物質のみを汚染状態にあるとみなすことができる。試料採取の調査を省略する場合は、本来は前述の規定に従い、土壌汚染対策法で定めた全25物質により汚染されていると認めなければならないのだが、喜多方事業所は工場での使用履歴や過去の調査から汚染の原因物質を特定したため、書類上は8物質のみによる汚染で済んだということだ。 台帳には、喜多方事業所が調査を省略した理由は「措置の実施を優先するため」とある。時間をかけて調査するよりも、汚染状態にあることを受け入れて本来の目的である公害対策を優先するという意味だ。 ある周辺住民は、 「8物質による土壌汚染が認められているなんて初めて聞きました。住民に知らされているのは、そのうちフッ素などの4物質だけです。これら4物質は土壌を計測した結果、実際に基準値超えが出たにすぎません。私たちが知らされた4物質以外に六価クロム、水銀、セレン、鉛があるとは聞いていません」 と話す。 「住民軽視の表れ」  喜多方事業所にも住民に説明したかどうか確認しなければなるまい。同社は「書面でしか質問を受け付けない」というので、今回も期限を設けてファクスで質問状を送った。有害物質8種類に関する質問は以下の3項目。 ①8物質で土壌汚染されていると自社でみなしている、という認識でいいのか。 ②六価クロム、水銀、セレン、鉛について、土壌や水質における基準値超過があったか。 ③「土壌汚染対策法上は事業所敷地内が六価クロム、水銀、セレン、鉛による土壌汚染状態にある」という事実を住民に伝えなかったという認識でいいのか。 「事実」は県の公文書から判明している。喜多方事業所には本誌の認識に異議や反論がないか尋ねたつもりだったが、返答は「内容が関連しますのでまとめて回答させて頂きます」。筆者は総花的な答えを覚悟した。以下が回答だ。 「以前より住民の皆様にご説明申し上げているとおり、土壌汚染対策法に定められている土壌汚染状況調査の方法により、有害物質について使用履歴の確認および既往調査の記録の確認を行い、当該8物質を汚染のおそれのある物質として特定しております」 土壌汚染対策法上、喜多方事業所が取った手続きを述べているに過ぎず、質問に正面から答えていない。①の有害物質8種類については「汚染のおそれのある物質」と認めている。ただし、同法施行規則に従うと「汚染状態にあるものとみなされる」の表現が正しい。 ②の4有害物質については、これまで土壌や地下水を計測して基準値を超えたわけではないため、喜多方事業所は汚染原因として住民には知らせてこなかった。筆者が2022年9月時点までに同社が県に提出した文書を確認したところ、同社はこの4物質について汚染状況を計測・監視しているが、基準値超過はなかった。問題のない回答まで避けるということは、同社はもはや自社に都合の良い悪いにかかわらず何も情報を出すつもりがないのだろう。 ③については、「以前より住民の皆様にご説明申し上げているとおり」で済ませ、本誌の「住民に伝えたか伝えていないか」との問いに対する明言を避けている。前出の住民の話からするに、「有害物質8種類で土壌汚染の恐れがある」という事実は伝わっていない可能性が高い。 本誌はさらに、「住民に伝えなかった」という認識に反する事実があれば、住民への説明資料と伝えた日時を示して教えてほしいと畳みかけたが、回答は 「個別地区に向けた説明会の質疑応答を含め多岐にわたりますのでその日時や資料については回答を控えさせていただきます」 「伝えた」と明言しない点、「伝えなかった」という認識に反する根拠を提示しない点から、喜多方事業所が土壌汚染の恐れがある有害物質の種類を住民に少なく報告し、汚染を矮小化している可能性が高い。  法律の定めに従い、県には汚染の恐れがある物質を全て知らせている一方、敷地周辺に波及した地下水汚染により実害を被っている周辺住民にはひた隠しにしてきたことを「ダブルスタンダードで、住民軽視の表れだ」と前出の住民は憤る。 しかし、住民軽視は今に始まったことではない。開示請求で得た情報をもとに取材を進めると、より深刻な事実をひた隠しにしていることが分かった。 あわせて読みたい 【第1弾】親世代から続く喜多方昭和電工の公害問題 【第2弾】【喜多方市】昭和電工の不誠実な汚染対策 【第3弾】【喜多方市】未来に汚染のツケを回した昭和電工【公害】 【第4弾】【喜多方市】処理水排出を強行する昭和電工

  • 【石川町】焼失ホテルが直面する複合苦【石川町母畑字湯前の「ホテル下の湯」】

    【石川町】焼失ホテルが直面する複合苦

     3月6日午後6時40分ごろ、石川町母畑字湯前の「ホテル下の湯」で火を出し、約6時間半後に消し止められた。同ホテルは数年前から休業していた。 母畑温泉の火事と言えば、ちょうど1年前、十数年前に閉館した廃旅館「神泉閣」で不審火が発生したことを本誌昨年4月号でリポートしたが、ホテル下の湯は日中、経営者がおり、鍵もかかっていたため不審火ではなさそう。 鎮火の翌日(8日)、現場を訪れると、一帯には焼け焦げた臭いが充満していた。作業をしていた消防署員によると「出火原因は不明。いくつか思い当たる箇所はあるが、これが原因とは現時点で断定できない」。ただ、消防署員たちはコンセントや電源プラグの状況を念入りに調べており、その辺りが「思い当たる箇所」なのかもしれない。 同ホテルは㈲ホテル下の湯(資本金1000万円、永沼幸三郎社長)が経営。登記簿謄本によると、敷地内には3階建ての旅館、5階建ての集会所・ホテル、2階建ての居宅、2階建ての共同住宅が建っていた。焼け跡を見る限りはどれがどの建物か判然としなかったが、複数の建物が密集していることは分かった。 現場にいた永沼社長に話を聞くことができた。 「この2日間、第一発見時の様子や出火時間など、同じことを十数回も聞かれてウンザリしているよ」(永沼社長) 取材途中にはお見舞いを持って訪れる人もいたが、永沼社長は「気持ちだけで十分。(お見舞いは)いらないよ」と丁重に断っていた。 「鎮火直後から友人・知人が何十人も来ているが(お見舞いは)全て断っている。塩田金次郎町長も来てくれたが、同じく断ったよ。気持ちだけ受け取れば十分だからね」(同) 建物は最も古い箇所で築60年になり、もともと老朽化していたが、そこに令和元年東日本台風の水害が襲った。同ホテルは北須川のすぐ横に建ち、1階が床上浸水したが、建築士による被災状況調査では損害割合20%未満で「半壊には当たらない」と診断された。 満足な補償が見込めない中、永沼社長は国のグループ補助金を使って立て直しを図ろうと考え、2億7000万円の交付を求める申請書を提出した。しかし、県から「既に公募期間を終えている」などの理由で申請書を受け付けてもらえなかった。 そうこうしているうちに新型コロナウイルスの感染拡大が起こり、営業再開できないまま今日に至っていた。今回の火事は、そうした中で発生したわけ。 「もっとさかのぼれば、12年前には震災と原発事故が起こり、客足が途絶えた。東京電力からは営業損害として賠償金300万円を受け取ったが、それだって逸失利益を考えると十分ではなかった」(同) 永沼社長は客にアンケート調査を行い、原発事故の影響を数値化。それを基に東電と交渉したが、それ以上の賠償は受けられなかった。 原発事故、台風水害、新型コロナウイルス、火事の四重苦に見舞われた同ホテルは今後どうなるのか。 「これから固定資産税について町と相談する予定だが、焼けた建物を解体するには億単位のカネがかかるので、簡単には決断できない。かといって、解体して営業再開するのも難しい。今後どうするかは、すぐには判断できないな」(同) 火事とそれに伴う解体は〝余計な災難〟だったが、似たような境遇に置かれているホテル・旅館は少なくないはずだ。

  • 桑折・福島蚕糸跡地「廃棄物出土」のその後

    桑折・福島蚕糸跡地「廃棄物出土」のその後

     本誌1月号に「桑折・福島蚕糸跡地から廃棄物出土 処理費用は契約者のいちいが負担」という記事を掲載した。 桑折町の中心部に、福島蚕糸販売農協連合会の製糸工場(以下、福島蚕糸)跡地の町有地がある。面積は約6㌶で、その活用法をめぐり商業施設の進出がウワサされたが、震災・原発事故後に災害公営住宅や公園が整備された。残りの土地を活用すべく、町は公募型プロポーザルを実施。2021年5月、㈱いちいと社会福祉法人松葉福祉会が「最優秀者」に選ばれた。 食品スーパーとアウトドア施設、認定こども園が整備される計画で、定期借地権設定契約を締結、造成工事がスタートしていた。記事は、そんな同地から廃棄物が出土し、工事がストップしたことを報じたもの。福島蚕糸の前に操業していた群是製糸桑折工場のものである可能性が高いという。 その後、1月31日付の福島民友が詳細を報じ、〇深さ約30㌢に埋められていたこと、〇町は県やいちいと対応を協議し、アスベスト(石綿)を含む周辺の土ごと除去したこと、〇廃棄物は約1000㌧に上ること――が新たに分かった。 町議会3月定例会では斎藤松夫町議(12期)がこの件について町執行部を追及した。そこでのやり取りでこれまでの経緯が具体的になった。 最初に町が地中埋設物の存在を把握したのは昨年6月ごろで、詳細調査した結果、廃棄物であることが分かった。町がそのことを議会に報告したのは今年1月17日だった。。 そこで報告されたのは、処理費用が5300万円に上り、それを、いちいと町が折半して負担するという方針だった。 斎藤町議は「廃棄物に関しては、この間の定例会でも報告されず、『政経東北』の報道で初めて事実を知った。なぜここまで報告が遅れたのか」と執行部の対応を問題視した。 高橋宣博町長は「廃棄物が出た後にすぐ報告しても、結局その後の対応をどうするかという話になる。あらかじめ処理費用がどれだけかかるか確認し、業者と協議し、昨年暮れに話がまとまった。議会に説明する予定を立てていたところで『政経東北』の記事が出た。決して隠していたわけではない。方向性が定まらない中で説明するのは難しかった」と釈明。「今後、議会にはしっかりと説明していく」と述べた。 一方、プロポーザルの実施要領や契約書には、土地について不測の事態があった際も、事業者は町に損害賠償請求できない、と定められている。にもかかわらず、廃棄物処理費用を折半とする方針について、斎藤町議は「なぜ町が負担しなければならないのか。根拠なき支出ではないか」とただした。 これに対し高橋町長は「瑕疵がないとしていた土地から廃棄物が出ていたことに対しては、事業者(いちい)の考え方もある。信頼関係を構築し、落としどころを模索する中で合意に達した」と明かした。 斎藤町議は本誌取材に対し、「いちいに同情して後からいくらか寄付するなどの方法を取るならまだしも、プロポーザルの実施要領や契約書の内容を最初から無視して折半にするのは問題。根拠のない支出であり、住民監査請求の対象になっても不思議ではない」と指摘した。 福島蚕糸跡地の開発計画に関しては、公募型プロポーザルの決定過程、町の子ども子育て支援計画に反する民間の認定こども園整備について疑問の声が燻り続けている。斎藤町議は追及を続ける考えを示しており、今後の動向に注目が集まる。

  • 「道の駅ふくしま」が成功した理由

    「道の駅ふくしま」が成功した理由

     福島市大笹生に道の駅ふくしまがオープンして間もなく1年が経過する。この間、県内の道の駅ではトップクラスとなる約160万人が来場し、当初設定していた目標を大きく上回った。好調の要因を探る。 オープン1年で160万人来場 週末は多くの来場者でにぎわう  福島市西部を走る県道5号上名倉飯坂伊達線。土湯温泉や飯坂温泉、高湯温泉、磐梯吾妻スカイライン、あづま総合運動公園などに向かう際に使われる道路で、沿線には観光果樹園が多いことから「フルーツライン」と呼ばれている。 そのフルーツライン沿いにある同市大笹生地区に、昨年4月27日、市内2カ所目となる「道の駅ふくしま」がオープンした。  施設面積約2万7000平方㍍。駐車場322台(大型36台、小型276台、おもいやり5台、二輪車4台、大型特殊1台)。トイレ、農産物・物産販売コーナー、レストラン・フードコート、多目的広場、屋内子ども遊び場、ドッグラン、防災倉庫などを備える。道路管理者の県と、施設管理者の市が一体で整備に当たった。事業費約35億円。 3月中旬の週末、同施設に足を運ぶと、多くの来場者でにぎわっていた。駐車場を見ると、約6割が県内ナンバー、約4割が宮城、山形など近県ナンバー。 「年間の売り上げ約8億円、来場者数約133万人を目標に掲げていましたが、おかげさまで売り上げ10億円、来場者数160万人を達成しました(3月中旬現在)」 こう語るのは、指定管理者として同施設の運営を受託する「ファーマーズ・フォレスト」(栃木県宇都宮市)の吉田賢司支配人だ。 吉田賢司支配人  同社は2007年設立、資本金5000万円。代表取締役松本謙(ゆずる)氏。民間信用調査機関によると、22年3月期の売上高30億5600万円、当期純利益1554万円。 「道の駅うつのみや ろまんちっく村」(栃木県宇都宮市)、「道の駅おおぎみ やんばるの森ビジターセンター」(沖縄県大宜見村)、農水産業振興戦略拠点施設「うるマルシェ」(沖縄県うるま市)などの交流拠点を運営している。3月には2026年度開業予定の「(仮称)道の駅こうのす」(埼玉県鴻巣市)の管理運営候補者に選定された。 同社ホームページによると、このほか、道の駅内の自社農場などの経営、クラインガルテン・市民農園のレンタル、地域プロデュース・食農支援事業、地域商社事業、着地型旅行・ツーリズム事業、ブルワリー事業、企業経営診断・コンサルティング事業を手掛ける。 本誌昨年3月号では、施設概要や同社の会社概要を示したうえで、「かなりの〝やり手〟だという評判だが、それ以上の詳しいことは分からない」という県内道の駅の駅長のコメントを紹介。競争が激しく、赤字に悩む道の駅も多いとされる中、指定管理者に選定された同社の手腕に注目したい――と書いたが、見事に目標以上の実績を残した格好だ。 ちなみに2021年の「県観光客入込状況」によると、県内道の駅の入り込みベスト3は①道の駅伊達の郷りょうぜん(伊達市)131万人、②道の駅国見あつかしの郷(国見町)129万人、③道の駅あいづ湯川・会津坂下(湯川村)98万人。 新型コロナウイルスの感染拡大状況や統計期間が違うので、一概に比較できないが、間違いなく同施設は県内トップクラスの入り込みだ。 吉田支配人がその要因として挙げるのが、高規格幹線道路・東北中央自動車道大笹生インターチェンジ(IC)の近くという好立地だ。 2017年11月に東北中央道大笹生IC―米沢北IC間が開通。21年3月には相馬IC―桑折ジャンクション間(相馬福島道路)が全線開通し、浜通り、山形県から福島市にアクセスしやすくなった。 モモのシーズンに来場者増加  国・県・沿線10市町村の関係者で組織された「東北中央自動車道(相馬~米沢)利活用促進に関する懇談会」の資料によると、特に同施設開業後は福島大笹生IC―米沢八幡原IC間の1日当たり交通量が急増。平日は2021年6月8700台から22年6月9900台(12%増)、休日は21年6月1万0700台から22年6月1万3700台(30%増)に増えていた。 各温泉街などで、おすすめの観光スポットとして同施設を宿泊客に紹介し、積極的に誘導を図っている効果も大きいようだ。 「特にモモが出荷される夏季は来場者が増え、当初試算していた以上のお客様に支持していただきました。ただ、18時までの営業時間の間は最低限の品ぞろえをしておく必要があるので、今年は品切れを起こさないようにしなければならないと考えています」(吉田支配人) モモを求める来場者でにぎわうとなると、気になるのは近隣で営業する果樹園との関係だが、吉田支配人は「最盛期には、観光農園協会加入の果樹園の方に施設前の軒下スペースを無料でお貸しして出店してもらい、施設内外で販売しました。シーズン中の週末、実際にフルーツラインを何度か車で走ったが、にぎわっている果樹園も多かった。相乗効果が得られたと思います」と説明する。 ただ、福島市観光農園協会にコメントを求めたところ、「オープンして1年も経たないので影響を見ている状況」(高橋賢一会長)と慎重な姿勢を崩さなかった。おそらく2年目以降は、道の駅ばかりに客が集中する、もしくは道の駅に訪れる客が減ることを想定しているのだろう。そういう意味では、2年目の今夏が〝正念場〟と言えよう。 約500平方㍍の農産物・物産販売コーナーには果物、野菜、精肉、鮮魚、総菜、スイーツ、各種土産品、地酒などが並ぶ。売り場の構成は約4割が農産物で、約6割がそれ以外の商品。農産物に関しては、オープン前から地元農家を一軒ずつ訪ね出荷を依頼してきた経緯があり、現在の登録農家は約250人(野菜、果物、生花、加工品など)に上る。 特徴的なのは福島市産にこだわらず、県内産、県外産など幅広い農産物をそろえていることだ。 「地場のものしか扱わない超ローカル型の道の駅もありますが、福島県の県庁所在地なので、初めて来県した人が〝浜・中・会津〟を感じられるラインアップにしています」と吉田支配人は語る。 売り場を歩いていると「なんだ、よく見たら県外産のトマトも並んでいるじゃん」とツッコミを入れる家族連れの声が聞かれたが、その一方で「福島に来たら必ずここに寄って、県内メーカーのラーメン(生めん)を買って帰る」(東京から訪れた来場者)という人もおり、福島市の特産品にこだわらず買い物を楽しんでいる様子がうかがえた。 網羅的な品ぞろえの背景には、福島市産のものだけでは広い売り場が埋まらなかったという事情もあると思われるが、同施設ではその点を強みに変えた格好だ。 もっとも、仮に奥まった場所にある道の駅で同じ戦略を取ったら「どこでも買える商品ばかりで、ここまで来た意味がない」と評価されかねない。同施設ならではの戦略ということを理解しておく必要があろう。 吉田支配人によると、平日は新鮮な野菜や弁当・総菜を求める市内からの来場者、土日・休日は市外からの観光客が多い。道の駅は地元住民の日常使いが多い「平日タイプ」と、週末のまとめ買い・レジャー・観光などでの利用が多い「休日タイプ」に大別されるが、「うちはハイブリッド型の道の駅です」(同)。 オリジナルスイーツを開発 人気を集めるオリジナルスイーツ  そんな同施設の特色と言えるのはスイーツだ。専属の女性パティシエを地元から正社員として採用。春先に吾妻小富士に現れる雪形「雪うさぎ(種まきうさぎ)」をモチーフとしたソフトクリームや旬の果物を使ったパフェなどを販売しており、休日には行列ができる。 チーズムースの中にフルーツを入れ、求肥で包んだオリジナルスイーツ「雪うさぎ」はスイーツの中で一番の人気商品となった。その開発力には吉田支配人も舌を巻く。 同施設では70人近いスタッフが働いているが、本社から来ているのは吉田支配人を含む2、3人で、残りは100%地元雇用。県外に本社を置く同社が地元農家などの信頼を得て、幅広い品ぞろえを実現している背景には、情報収集・コミュニケーションを担う地元スタッフの存在があるのだ。 もっと言えば、それらスタッフの9割は女性で、売り場は手作りの飾り付けやポップな手書きイラストで彩られており、これも同施設の魅力につながっている。売り場に展示されたアニメキャラや雪うさぎのイラストの写真が、来場者によりSNSに投稿され、話題を集めた。 宮城県から友達とドライブに来た若い女性は「ホームページやSNSでチェックしたら、かわいい雰囲気の施設だと思ったのでドライブの目的地に選びました。お菓子を大量に買ってしまいました」と笑った。女性の視点での売り場作りが若い世代に届いていると言える。 同社直営のレストラン「あづまキッチン」と3店舗のテナントによるフードコートも人気を集める。 「あづまキッチン」では福島県産牛ハンバーグや伊達鶏わっぱ飯、地場野菜ピザなど、地元産食材を用いたメニューを提供する。窓際の席からは吾妻連峰が一望できるほか、個人用の電源付きコワーキングスペースが複数設置されているなど、多様な使い方に対応している。 フードコートでは「海鮮丼・寿司〇(まる)」、「麺処ひろ田製粉所」、「大笹生カリィ」の3店舗が営業。地元産食材を使ったメニューや円盤餃子などのグルメも提供しており、週末には家族連れなどで満席になる。  無料で利用できる屋内こども遊び場「ももRabiキッズパーク」の影響も大きい。屋内砂場や木で作られた大型遊具が設置されており、1日3回の整理券配布時間前には行列ができる。同じく施設内に設置されているドッグランも想定していた以上に利用者が訪れているとか。 これら施設の利用を目当てに足を運んだ人が帰りに道の駅を利用したこともあり、年間来場者数が伸び続けて、目標を上回る実績を残すことができたのだろう。 さて、東北中央道沿線には「道の駅伊達の郷りょうぜん」(伊達市、霊山IC付近)、「道の駅米沢」(山形県米沢市、米沢中央IC付近)が先行オープンしている。起点である相馬市から霊山IC(道の駅りょうぜん)まで約33㌔、そこから大笹生IC(道の駅ふくしま)まで約17㌔、さらにそこから米沢中央IC(道の駅米沢)まで約31㌔。車で数十分の距離に似た施設が並ぶわけだが、競合することはないのか。 吉田支配人は、「道の駅ごとに特色が異なるためか、お客様は各施設を回遊しているように感じます。そのことを踏まえ、道の駅りょうぜん、道の駅米沢とは常に情報交換しており、『連携して何か合同企画を展開しよう』と話しています」と語る。 本誌昨年3月号記事では、道の駅米沢(米沢市観光課)、道の駅りょうぜんとも「相乗効果を目指したい」と話していた。もちろん競合している面もあるだろうが、スタンプラリーなど合同企画を展開することで、より多くの来場者が見込めるのではないか。 課題は目玉商品開発と混雑解消 ももRabiキッズパーク  同施設の担当部署である福島市観光交流推進室の担当者は「苦労した面もありましたが、概ね好調のまま1年を終えることができました。1年目は物珍しさで訪れた方もいるでしょうから、この売り上げ・入り込みを落とさないように運営していきたい」と話す。新規に160万人の入り込みを創出し、登録農家・加工業者の収入増につながったと考えれば、大成功だったと言えよう。 来場者の中には「市内在住でドライブがてら訪れた。今回が2回目」という中年夫婦もいた。市内に住んでいるが、オープン直後の混雑を避け、最近になって初めて足を運んだという人は少なくなさそう。さらなる〝伸びしろ〟も期待できる。 今後の課題は、ここでしか買えない新商品や食べられない名物メニューなどを生み出せるか、という点だろう。常にブラッシュアップしていくことで、訪れる楽しさが増し、リピーターが増えていく。 道の駅りょうぜんでは焼きたてパンを販売しており、テナント店で販売されるもち、うどん、ジェラードなども人気だ。道の駅米沢では米沢牛、米沢ラーメン、蕎麦など〝売り〟が明確。道の駅ふくしまで、それに匹敵するものを誕生させられるか。 繁忙期の駐車場確保、混雑解消も課題だ。臨時駐車場として活用されていた周辺の土地は工業団地の分譲地で、すでに進出企業が内定している。当面は利用可能だが、正式売却後に対応できるのか。オープン直後の混雑がいつまでも続くとは考えにくいが、再訪のカギを握るだけに、対応策を考えておく必要があろう。 吉田支配人は東京出身。単身赴任で福島に来ている。県内道の駅の駅長で構成される任意組織「ふくしま道の駅交流会」にも加入し、研究・交流を重ねている。2年目以降も好調を維持できるか、その運営手腕に引き続き注目が集まる。 あわせて読みたい 北塩原村【道の駅裏磐梯】オリジナルプリンが好評

  • 丸峰観光ホテル社長の呆れた経営感覚【会津若松市】

    芦ノ牧温泉【丸峰観光ホテル】民事再生を阻む諸課題【会津若松市】

     会津若松市・芦ノ牧温泉の丸峰観光ホテルと関連会社の丸峰庵は2月28日、福島地裁会津若松支部に民事再生法の適用を申請した。債権者説明会では営業体制を見直し、自主再建を目指す方針が示されたが、取引先や同業者は「スポンサーからの支援を受けずに再建できるのか」と先行きを懸念する。 スポンサー不在を懸念する債権者  民間信用調査機関によると負債総額は2022年3月期末時点で、丸峰観光ホテルが20億7700万円、丸峰庵が4億7900万円、計25億5600万円。 《1994(平成6)年3月期にはバブル景気が追い風となり、売上高25億円とピークを迎えた。1995年3月期以降は景気後退で利用者数が減少。債務超過額も拡大していた》《2020(令和2)年に入ると新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けた。2022年3月期は売上高が5億円台まで後退し、2億円超の最終赤字を計上した。その後も業況は好転せず、資金繰りが限界に達した。丸峰庵はホテルに連鎖する形で民事再生法の適用を申請した》(福島民報3月1日付より) 申請代理人はDEPT弁護士法人(大阪市)の秦周平弁護士ほか2名が務めている。 債権者の顔ぶれや各自の債権額は判明していないが、主な仕入れ先は地元の水産卸売会社、食肉会社、冷凍食品会社、土産物卸商社など。そのほかリネン、アメニティー、旅行代理店、広告代理店、リース、コンパニオン派遣、組合など取引先は多岐に渡るとみられる。 最大の債権者である金融機関については、同ホテルの不動産登記簿に基づき権利関係を別掲しておく。 根抵当権極度額1250万円1972年設定会津商工信組根抵当権極度額2400万円1974年設定会津商工信組根抵当権極度額3600万円1976年設定会津商工信組根抵当権極度額4000万円1976年設定福島銀行根抵当権極度額3億円1979年設定商工中金根抵当権極度額2億4000万円1981年設定常陽銀行根抵当権極度額4億5000万円2011年設定会津商工信組抵当権債権額7500万円2018年設定会津商工信組抵当権債権額7500万円2018年設定商工中金根抵当権極度額3億円2018年設定商工中金  ㈱丸峰観光ホテル(1965年設立、資本金3000万円)は客室数65室の「丸峰本館」、同49室の「丸峰別館川音」、同6室の「離れ山翠」を運営する芦ノ牧温泉では最大規模の温泉観光ホテル。役員は代表取締役=星保洋、取締役=星啓子、田中博志、監査役=川井茂夫の各氏。 同ホテルでは「丸峰黒糖まんじゅう」などの菓子製造・販売も営み、ピーク時には郡山市の駅構内や駅前などで飲食店も経営していたが、業績が振るわず、2014年に関連会社の㈱丸峰庵(2006年設立、資本金300万円)に旅館経営以外の事業を移した。役員は代表取締役=星保洋、取締役=星啓子の各氏。 同ホテルの関係者によると「まんじゅうはともかく、飲食店は本業との相乗効果を生まないばかりか、ホテルで稼いだ利益を注ぎ込んだこともあったはずで、経営が傾く要因になったのは間違いない」。実際、丸峰庵は都内2カ所にも支店を構えるなど、身の丈に合わない経営が常態化していた様子がうかがえる。 同ホテルはホームページで、今後も事業を継続すること、引き続き予約を受け付けること、監督委員の指導のもと一日も早い再建を目指すことを告知している。 「再建に向け、メーンバンクの会津商工信組も尽力したが『思うようにいかない』と嘆いていた。もっとも同信組に、大規模な温泉観光ホテルを立て直すコンサル能力があるとは思えませんが」(同) 同ホテルは2019年に亡くなった先代で女将の星弘子氏が辣腕を振るっていた時代は上り調子だった。 「女将は茨城方面の営業に長け、そこを切り口に関東から多くの大型観光バスを呼び込んでいた。平日や冬季の稼働率を上げるため料金を下げ、それでいて利益を確保する商品を開発したり、歌手を呼ぶなどの企画を練ったり、常に経営のことを考えている人だった」(同) 1980~90年代にかけてはテレビCMを流したり、2時間ドラマの舞台になったり、高級車やクルーザーを所有するなど、成功者の威光を放っていた。 しかし、次第に団体客が減り、観光地間の競争が激化。そのタイミングで経営のかじ取りが星弘子氏の息子・保洋氏に代わると、以降は浮上のきっかけをつかめずにいた。 民事再生の申請後、本誌が耳にした同ホテルや星社長の評判は次のようなものだった。 ▽取引先との間で支払いの遅延が起きていた。 ▽星社長は経営合理化を進めるため、外部の管理職経験者を招き入れたが、強引な進め方が社内で反発を招き、ベテランや士気の高かった社員が相次いで退職した。 ▽その一方で、星社長は高級車レクサスに乗っていたため、ひんしゅくを買っていた。 ▽地元建設会社に改修工事を依頼するも、前回工事の未払い金が残っていることを理由に断られた。 丸峰庵をめぐっても、こんな話が聞かれた。 ▽顧客ごとの特注包装紙や新商品のパッケージングなど工夫を凝らしていたが、ロット発注になってしまうため、経費増が囁かれていた。 ▽道の駅などに通常の委託販売ではなく買い取り販売を依頼するも、在庫ロスへの懸念から断られた。 ▽賞味期限の短い商品を社員が直接納品するのではなく、宅配便で送るなど、商品管理体制が疑問視されていた。 ▽飲食店の家賃を滞納していた。 ちなみに1987年には、法人税法違反で法人としての同ホテルに罰金1600万円、当時の代表取締役である星弘子氏に懲役1年執行猶予3年の有罪判決が福島地裁で言い渡されている。 難しい自主再建 臨時休業中の丸峰庵  ある債権者によると、社員たちは民事再生の申請を外部から知らされたという。 「ウチは当日(2月28日)の昼にファクスで通知が届いた。その日はちょうど仕入れ業者への支払日で、各業者が付き合いのある社員に『支払いはどうなるんだ』と個別に問い合わせたことで社員たちに知れ渡った。社員たちが星社長から話をされたのはその後だったそうです」 債権者説明会は同ホテルが3月3日、丸峰庵が同8日に開いたが、出席者は淡々としていたという。 「仕入れ業者からは『未払い分は払ってもらえるのか』『この先の支払い方法はどうなるのか』などの質問が出ていた。会津商工信組から発言はなかったが、商工中金が今後の経営体制を尋ねると、星社長は『ある程度目処がついたら経営から退く』と答えていた」(同) しかし、それを聞いた出席者たちは首を傾げた。 「理由は二つある。一つは既に決まっていると思われたスポンサーがおらず『今後の状況によってはスポンサーから支援を受けることも検討する』と星社長が述べたことです。物心両面で支援してくれるところがなければ、経営者の交代はもちろん再建もままならない。もう一つは星社長には子どもがいないため、後継者の見当がつかないことです」(同) スポンサー不在については、ホテル再建に携わった経験を持つ会社社長も「正直驚いた」と話す。 「民事再生はあらかじめ綿密な計画を立て、これでいけるとなったら申請―公表するが、その際、重要になるのがスポンサーの存在です。申請すれば新たな融資を受けられないので、スポンサー探しは必須。もちろん、スポンサー不在でも再建はできるだろうが、星社長はこの間、あらゆる手立てを尽くし、それでもダメだったのだから、尚のこと緻密な自主再建策を用意する必要がある。そうでなければ今後、同ホテルが再生計画案を示しても債権者から同意を得られるかは微妙だと思います」 なぜスポンサー不在をここまで嘆くのかというと、自主再建するには本業の将来収益から再生債権を弁済しなければならないからだ。そうした中でこの社長が注目したのは、冒頭の新聞記事中にある「売上高5億円、赤字2億円」という金額だ。 「単純に売り上げが7億円以上ないと黒字にならない。じゃあ7億円以上を売り上げるため、料金を何万円と設定し、1部屋に何人入れて何日稼働させると計算していくと相当ハードルが高いことが見えてくるんです。しかも、丸峰は規模が大きいので固定資産税がかかり、人件費も光熱費もかさむ。年月が経てばリニューアルも必要。挙げ句、お客さんは少ないので、お金は出ていくばかりだと思います」(同) この社長によると温泉観光ホテルは近年、客の見込めない平日を連休にすることが増えているが、丸峰観光ホテルは不定休だったという。 「1年中オープンするのが当たり前の温泉観光ホテルにとって連休はあり得ないことだったが、いざ休んでみると経費が抑えられ、少ない社員を効率良く配置できるなど経営にメリハリが出てくる。丸峰も連休を導入しつつ、3棟ある建物のどれかを臨時休館して経営資源を集中させる必要があるのではないか」(同) 聞けば聞くほど、スポンサー不在では再建は難しく感じる。実際、会津地方のスキー場に中国系企業が参入していることを受け「丸峰も外資が関心を示すといいのだが」との声があるが、芦ノ牧温泉の事情に詳しい人物によると、外資が登場する可能性は低いという。 「芦ノ牧温泉は地元の人たちが土地を所有し、経営者は地主らでつくる芦ノ牧温泉開発事業所に地代を払い、旅館・ホテルを建てている。経営をやめる場合は建物を壊し、土地を原状回復して地主に返さなければならない。同温泉街に廃旅館・廃ホテルが多いのは、解体費を捻出できない経営者が夜逃げしたためです」 要するに、外資にとって芦ノ牧温泉は魅力的な投資先ではない、と。 実際、同ホテルの不動産登記簿を確認すると、土地は芦ノ牧地区をはじめ市内の人たちの名義になっており、そこに同ホテルが地上権を設定し、建物を建てていた。 激減する入り込み数 自主再建を目指す丸峰観光ホテル  民事再生の申請から2週間後、星社長に話を聞けないか同ホテルを訪ねたが、 「社長は連日、取引先を回っており不在です。私たち社員は何も分からないので、それ以上のことはお答えできません」(フロント社員) 申請代理人のDEPT弁護士法人にも問い合わせてみた。 「債権者がスポンサー不在を心配しているのであれば真摯に受け止めなければならないが、私共が今やるべきことは債権者に納得していただける再生計画案を示すことなので、債権者以外の第三者にあれこれ話すのは控えたい」(田尾賢太弁護士) 同ホテルは今後、再生計画案を作成し裁判所に提出。その後、債権者集会に同案を諮り①議決権者の過半数の同意(頭数要件)、②議決権の総額の2分の1以上の議決権を有する者の同意(議決権数要件)を満たす必要がある。民事再生の申請から再生計画の認可までは通常5カ月程度。 前出・債権者は「同ホテルから示される再生計画案に債権者たちが納得するかは分からないが、これまで芦ノ牧温泉を引っ張ってきたホテルなので復活してほしい」と話した。 芦ノ牧温泉はピーク時、30軒近い旅館・ホテルがあったが、現在は8軒。一方、会津若松市の公表資料によると、同温泉の入り込み数は2001年約39万4000人、コロナ禍前の19年約23万1000人、コロナ禍の21年約10万3000人。入り込み数が激減する中、今日まで営業を続けてきた丸峰観光ホテルは善戦した方なのかもしれない。 丸峰観光ホテルのホームページ あわせて読みたい 【芦ノ牧温泉】丸峰観光ホテル社長の呆れた経営感覚

  • 【浪江町】新設薬局は医大進出の関西大手グループ【町役場敷地内にある浪江診療所】

    【浪江町】新設薬局は福島医大進出の関西大手グループ

     浪江町役場敷地内にある浪江診療所の近くに、震災・原発事故後初めて調剤薬局が開設される。進出するのは関西を拠点とする大手・I&Hグループで、県立医大でも敷地内薬局の運営に乗り出すなど勢力伸長が著しい。同町への進出を機に「原発被災地での影響力を強める方針ではないか」と同業者たちは見ている。 原発被災地で着々と影響力を拡大  浪江町で薬局を開設・運営するのは、関西を拠点に「阪神調剤薬局」を全国展開するI&H(兵庫県芦屋市)のグループ企業。本誌は昨年10月号「医大『敷地内薬局』から県内進出狙う関西大手」という記事で薬局設置に関わる規制の緩和が進む中、福島県立医大(福島市)も敷地内薬局を導入し、運営者を公募型プロポーザルで決めたことを報じた。 県薬剤師会は「医薬分業」を建前に、敷地内薬局に猛反対していたため動きが鈍く、情報収集に後れを取った。公募について会員内で共有したのは応募締め切り後だった。応募した地元薬局はあったものの、全国展開する大手3社がトップ争いを繰り広げる中、資本力で太刀打ちできず、I&Hが優先交渉権を獲得。次点者とは1点差という激しい争いだった。 地元の薬剤師・薬局経営者の間では、県立医大の敷地内薬局の運営権を関西の企業が勝ち取ったことは、県内の薬局勢力図の変化を象徴する出来事と捉えられ、「原発事故後、帰還が進みつつある浜通りに進出する足掛かりにしたいのでは」という見方があった。 浪江診療所は、町が国民健康保険の事業として設置・運営している。町健康保険課によると、復興が進む町内では唯一の医療機関だ。最新の年間利用者は延べ約5800人。ただ、調剤ができる薬局が町内にないため、医師や不定期に出勤する薬剤師が行い、看護師らが補助する形で実務を担っていた。院内処方と呼ばれる。 震災・原発事故後、町内に初めて調剤薬局ができるということは、浪江診療所の調剤業務を薬局に外注することを意味する。同課の西健一課長(浪江診療所事務長を兼務)も、「町としては院外処方に移行したいと思っています」と言う。 県内で薬局を経営する企業の役員は町が院外処方を進める理由を「医薬関係のコストを削減できるからです」と解説する。 町の特別会計「国民健康保険直営診療施設事業」の2021年度決算書によると、浪江診療所の医業費は2600万円(10万円以下切り捨て、以下同)。医薬材料費は2100万円で医業費の約8割。医薬材料費に患者に処方する医薬品の金額がどの程度含まれているかは不明だが、外注すれば相当圧縮できるだろう。 さらに、患者への薬の受け渡しに時間を取られていた看護師の負担が減る分、本来の業務に専念できる。業務が効率化できれば、町としては必要最低限の雇用で済ませられる。 メリットは患者にもある。 「取り扱いの少ない薬でもすぐに十分な量が手に入ります」(同) 診療所の調剤室は単独の薬局に比べると、量も種類も限られる。西課長によると、需要の少ない医薬品の場合、在庫切れになることもあり、南相馬市にある最寄りの調剤薬局まで車を走らせなければならなかった患者もいたという。 ただ、患者には見過ごせないデメリットもある。 まず、薬代が高くなる。院外処方は院内処方よりも、医療行為に対する報酬の基準となる診療点数が高くなるので、患者の負担が増える。  院内処方から院外処方に移行すれば、患者が薬局に薬を受け取りに行く手間もかかる。浪江診療所は役場敷地内にあるが、開設予定の薬局は敷地外に建設されるというから、大きな負担になるとは言わないまでもそれなりの移動を強いられる。 実際、薬局新設を聞きつけたある町民からは、 「通院しているのは年寄りが多いのに、町や医者の都合で雨の中でも薬を取りに行かなければならないのか」 と不満の声が聞かれた。 これまでの動きを振り返ると、財政負担を減らしたい町と、原発被災地に進出したいI&Hグループの思惑が合致したと言える。 「開設経緯を明らかに」  ある町関係者は薬局の開設経緯をオープンにすべきだったと訴える。 「関西の企業がどういう経緯で浪江に進出するのか。町が土地を紹介しないと無理でしょう。町に相談なしに進出を決めたとは考えられません。実質、浪江診療所に付随する薬局です。本来は公募して民間を競わせる方が公正だし、より良い条件を引き出せたのではないか。民間薬局が進出する動きがあると議会を通じて町民に知らせる必要があったと思います」 前出の西課長に薬局開設に町はどの程度関わっているか聞くと、 「役場の敷地外にできるので町は関わっていません。診療所の近くにできるとは聞いていますが、民間企業の活動なので、いつ、どこに開設するかはI&Hに聞いてほしい」 筆者はI&Hにメールで「薬局の開設場所はどこか」「いつ営業を始めるか」など7項目にわたり質問した。回答によると、近隣に建てる予定があることは確かだが、「具体的なスケジュールは決まっていない」という。 西課長によると、町とI&Hグループが接点を持ったきっかけは、震災・原発事故後からたびたび開かれている「お薬相談会」だという。浪江町には薬剤師がいないため、町外から招いて服薬指導をしている。この相談会に関係していた復興庁から「福島薬局ゼロ解消ラウンドテーブル」というイベントへの参加を打診され、そこでI&Hと接点ができたという。 このイベントについては本誌昨年10月号で報じた。避難指示解除後に帰還が進む地域で、医師と共に薬剤師が不足している状況に薬剤師や薬局経営者らが問題意識を持ち、同年2月24日に厚生労働省や自治体職員とオンラインで現状を共有した。 主催は任意団体「福島薬局ゼロ解消ラウンドテーブル実行委員会」、事務局は城西国際大大学院(東京)国際アドミニストレーション研究科。同大学院の鈴木崇弘特任教授の記事(ヤフーニュース2022年3月1日配信)によると、メンバーは表の通り。I&H取締役や薬学部がある大学の教員が名を連ねる。 福島薬局ゼロ解消ラウンドテーブル実行委員会のメンバー(敬称略) メンバー役職渡邉暁洋岡山大学医学部助教小林大高東邦大学薬学部非常勤講師岩崎英毅I&H取締役鈴木崇弘城西国際大学国際アドミニストレーション研究科長黒澤武邦城西国際大学国際アドミニストレーション研究科 准教授  鈴木氏の記事によると、I&H取締役の岩崎英毅氏のほかに福島市、富岡町、大熊町、双葉町、浪江町、そして厚労省の担当者が参加した。式次第によると、オープニングで学校法人城西大学の上原明理事長(大正製薬会長)が挨拶した。 本誌は以前、I&Hに、どのような関係で自社の取締役が同委員会のメンバーを務めているのかメールで質問した。同社からは次のような回答が寄せられた。 《医療分野のDXへの関心が飛躍的に高まり、また、厚生労働省が進めている薬局業務の対物業務から対人業務へのシフトにより、薬局には住民の皆様の個別のニーズに応じた、より質の高いサービスの提供が期待されています。このような状況のもと、弊社は、オンライン診療、服薬指導、処方薬の配送など、地域医療の格差是正に向けた取り組みを推進しておりますが、このような取り組みの知見や課題を共有することで、無薬局の解消の一助になることができればと考え、実行委員会に参加させていただきました》 営業活動の一環か、という質問には、 《無薬局の解消、地域医療の格差是正に向けて、様々な視点からの知見や課題を学ばせていただくことが目的でございます》 と答えた。 双葉郡に進出加速か? 浪江町役場敷地内にある浪江診療所  浪江診療所の患者の処方を受け付けるだけでは元は取れない。だが、I&H取締役の岩崎氏は被災地へ進出する個人的な思いがあるようだ。 「岩崎氏は中学生の時に阪神・淡路大震災を経験したそうです。他人ごとではないという思いから、東日本大震災でも一薬剤師として被災地に支援に来ました。その時の写真も見せてもらいました。被災地の行く末を心配し、今回、薬局の進出を決めたそうです。将来的に経営が安定し、地元の薬剤師で希望者がいれば雇用したい考えもあるそうです」(前出の西課長) 大手調剤薬局グループは、調剤だけでなく、旺盛なM&Aを繰り広げ介護福祉事業、カフェやコンビニも展開している。地方の薬局で採算が取れなくとも、都市部の収益とその他の事業で黒字になればいいとチャレンジする余裕がある。 町が福祉事業を委託している浪江町社協で、行き当たりばったりの縁故採用が横行し、人手不足に陥っていることを考えると、I&Hのような全国に人員を抱える大手民間企業が町からデイサービスなどの委託事業を担うのも現実味を増す。 昨年2月の「薬局ゼロ解消」を目指すイベントには浪江町以外にも富岡、大熊、双葉の各町が参加した。I&Hはこのつながりを足掛かりに浜通りでの薬局開設を加速させるのだろう。さらに、休止が続く県立大野病院(大熊町)の後継病院への関与も見据えているはずだ。 原発被災地は、一時的に医療・医薬関連業が撤退を強いられ、空白地帯となった。一方、復興の名目で国や県の主導で事業が進む中、資本力のある大手にとっては新規開拓の土地でもある。 あわせて読みたい 福島医大「敷地内薬局」から県内進出狙う関西大手【I&H】

  • 【米アップル出身】藤井靖史さんに聞く「DXって何?」

    【米アップル出身】藤井靖史さんに聞く「DXって何?」

     DX(デジタル・トランスフォーメーション)。新聞やテレビ、ユーチューブなどでよく聞く言葉だが、いったい何のことか、それによって何がもたらされるのか、正確に理解している人は少ないはずだ。最近では民間企業に限らず、自治体も「DX導入!」「DX推進!」と声高に叫んでいる。現在、西会津町と柳津町の最高デジタル責任者(CDO)を務める藤井靖史さんに、ズバリ「DXって何?」と聞いてみた。(佐藤大) 自治体と住民はデジタルで何が変わるのか  藤井靖史さんは京都府出身の45歳。グロービス経営大学院修了(経営学修士)後、日立電子サービス(現・日立システムズ)、米アップルコンピュータを経て、カナダ・カルガリーで「Cellgraphics」という会社に合流し、日本で流行っていたコンピューター系の商品を北米で販売するビジネスを始めた。結婚を機に仙台に移り住み再び起業。モバイルコンテンツプロダクション「ピンポンプロダクションズ」を設立し、2012年にKlabに売却。その後、会津大学産学イノベーションセンター准教授を経て、現在は西会津町と柳津町の最高デジタルCDO、デジタル庁オープンデータ伝道師、総務省地域情報化アドバイザーなど、さまざまな肩書きを持ちながら活動を続けている。 ①DXって何?  経済産業省はDXの意味を次のように定義している。 「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」 デジタルガバナンス・コード2.0https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/investment/dgc/dgc2.pdf(1ページ)  読者の皆さんは、誰かに「DXって何?」と聞かれたとき、これを一字一句間違えずに答えられるだろうか。仮に一字一句間違えずに相手に伝えられたとしても、「つまり、えーっと、結局どういうこと?」と返ってくるのがオチだろう。 安心してほしい。藤井さんが誰でも覚えられるDXの意味を教えてくれた。以下がそれだ。 『ユーザー視点になって働き方改革を行うこと』 これなら分かりやすいし覚えやすい。ただ、次に湧き起こるのは「デジタルのデの字もないけど……本当に合っているのだろうか」という疑問だろう。 藤井さんは「DXを〝ハサミ〟に置き換えて考えてみてください」と話す。 「DXは道具であり、デジタル技術やデータは一つの選択肢にすぎません。道具は何でもいいはずです。『ハサミ導入!』、『ハサミ推進!』と言われても何を言っているのか分かりません。大事なのは『何のために』道具を使うかです。国や行政は言葉を大事にする仕事のはずですが、その言葉が曖昧になっています。そこに誤解があるために、手段の目的化に陥ります。我々デジタル領域での専門家は、専門であるからこそ立ち止まって考えねばなりません」 藤井さんがCDOを務める西会津町には、まちづくり基本条例があり、5つの基本原則「主役は町民」「町民参加」「情報の共有」「協働」「男女共同参画」がある。それを実現するためにデジタルを含む各種道具を使うという順番になる。 【西会津町】まちづくり基本条例の手引きhttps://www.town.nishiaizu.fukushima.jp/uploaded/attachment/54.pdf(3ページ)  藤井さんは現在、西会津町と柳津町のCDOだけでなく、磐梯町のばんだい振興公社専務理事、川内村のDXアドバイザーも兼任している。いずれも仕事を引き受ける際、「まちは何を目指しているのか」を聞いたという。 「私が関わる自治体では目指すものが定まってるところが多いですが、多くの自治体ではそういったビジョンや条例は形骸化しており、何を目指しているか聞いても『なんだろう?』という感じでした。道具を選ぶ以前の問題です。ですから最初に、目指すものを実現するために道具を使いましょうという話をしました」 単純な一例としては、藤井さんが「DX=ユーザー視点の働き方改革」をはじめに行ったのは「仕事の〝健康診断〟」だった。会津地方の12市町村で職員の業務量調査を実施した。どんな作業に時間がかかっているかをあぶり出すため、細かくデータ化し、業務の質や量を調べたのだ。 すると「この仕事、すごく時間がかかっているけど何?」という項目がいくつも出てきたという。「ほかの自治体ではその仕事をどのように処理しているのか」を情報共有しただけで「あそこの自治体ではこうやっています」という最適解が見つかり、作業時間が短縮した。 各自治体が縦割りで、自治体同士の横のつながりが薄いために起きていた弊害だったが、デジタルツールを導入せずとも運用改善するだけで効率化が図られるわけだ。 藤井さんは次のように話す。 「誰かが上から指導するというよりは、データを見た現場自身が〝おかしい〟と感じて改善する。そうすると、現場は納得感があるので自然に改善されます。業務改善については本来の仕事の延長線上にあるわけです。それをデータというデジタル技術でサポートするという順番です。 ただここでも大事なのが『何のために』です。業務に時間がかかっているとしても、目指すべきビジョンを達成するためであれば改善する必要はありません。効率化をただ目指すのであれば、またしても手段の目的化になることでしょう」 ②藤井さんが「官」の仕事をするきっかけ 柳津町CDO委嘱状交付式の様子  藤井さんが「産業界(民間企業)、学校(教育)」から「官公庁(国・地方自治体)」へと仕事の場を移した理由は、米アップルコンピュータで体験した日本社会への危機感があったからだという。 米アップルコンピュータで体験したのは「海外企業の圧倒的なスピードとテクノロジーと連携した組織運営方法」だったという。 「仕事の仕方が全然違う。日本の企業が止まって見えました。『このままじゃ日本はまずい』と危機感を覚えました。実際、今の日本は世界と比べて、さまざまな分野で遅れをとっていますよね」 そんな思いから、藤井さんは「この状況を打開するには、ある程度自分に力がなければならない」と痛感した。 「世の中にある仕事はなるべく全部やろうと。国内企業、外資系企業、海外や国内での起業、役場、大学。全てにおいて『経験あります』と言えれば、様々な業界の方々と話ができるようになります」 経験を積みながら藤井さんが感じたことは「企業でいくらイノベーションを起こしたくても、国全体の制度が古いと足を引っ張られる、既得権益が保存されやすい構造的な問題がある」ということだった。 「国や自治体が(主役ではなく)社会のプラットフォームとして機能することで、住民の生活や企業活動がスムーズになる」。そういった思いから、藤井さんは自治体関係の仕事に携わるようになっていった。 ちなみに、藤井さんは現在、会津若松市を拠点に活動しており、「会津の暮らし研究室」という会社も経営している。暮らしに関わることを昔からの知恵を生かしながら、日本を代表する大企業と一緒に今のスタイルにアップデートする研究を行っている。 ③住民のメリット 西会津のある暮らし相談室のフェイスブックページから引用   藤井さんが主導するDXによって自治体職員の仕事が効率化されていっているのは大変結構だが、住民にはどんな恩恵があるのか。 西会津町は「デジタルよろず相談室」を設けており、住民向けにスマートフォンやタブレット端末等の使い方など、デジタル技術に関する相談を幅広く受け付けている。 相談員が町のサロンに出向いて相談室を開くと、住民からは「携帯電話料金が高い」という相談が多く寄せられるという。「CMでは980円って言っているのに、何で私の携帯代は1万円もかかっているの」と。西会津町の住民は、料金プランの見直しをするために会津若松市まで行かなければならず、予約の仕方も分からないので長時間待たされるはめになる。挙げ句の果ては「セキュリティーを強化しないと危ないですよ」と店員に薦められ、行く前よりも高い料金になって帰ってくる。 相談員が住民の料金明細を見て、「15ギガのクラウド契約」など明らかに不必要なオプションがあった場合は、その場で契約している携帯キャリア会社に電話してもらい、料金プランを変更するサポートをしている。現状を課題として認識しているキャリアの方々のサポートを受けて社員を町まで派遣してもらい、機種変更や割安のキャリア変更を手助けすることもある。 「大体の人は数千円くらい安くなるんですよね。年金生活者にとっての数千円はめちゃくちゃ大きいですよ。町がいくら『アプリやラインを始めました』とデジタル化を謳っても、住民が『またお金がかかるんじゃないか』と不安に思うような土壌では、広まるものも広まりません」 デジタルによって何が便利になるかの以前に、もっと目先の不便を解消しなければならないということだろう。 町の高齢化が進み、単身高齢者世帯の交渉力が弱いがゆえに〝カモ〟にされ、高止まりした料金プランを契約させられるという構図も問題だ。それを解消するには、信頼できる相談者がいるか、周りとコミュニケーションをとれているかが重要になってくる。 藤井さんは「我々は住民との会話量を増やしています」と話す。 「住民と会話をしないと、効果的な方法を選んで実行できません。ただし、職員は住民と会話をすることが困難な状況があります。住民からいわれのないクレームなどを受けることがあります。職員も一人の人間です。自治体の課題の全部を背負い込むことはできません。結果として、普段から地域に出づらくなり、効果的な施策が見えてこない状況が生まれます」 そんな悪循環を打破するため、藤井さんは「OODAループ」というフレームワークに注目している。 OODAループのイメージ図(藤井さん提供の資料)  OODAループとは「Observe(観察)」、「Orient(状況判断、方向づけ)」、「Decide(意思決定)」、「Act(行動)」という4つのステップを繰り返す手法だ。これを、藤井さんは分かり易く「見る→分かる→決める→動く」と説明する。 昨今は東日本大震災、新型コロナウイルス、ロシアのウクライナ侵攻など、予測不能な出来事が頻発している。これまで多くの組織が取り入れてきたPDCAサイクル(Plan=計画、Do=実行、Check=評価、Action=改善)の考え方は、P(計画)が非常に難しい時代になったことで通用しづらくなった。 「PDCAサイクルは、最初に計画するから失敗という概念がありますが、OODAループでは、失敗しても単純に『分かる』の解像度が上がっていくだけなんです」 だから、予測不能な出来事だらけの今、「先の読めない状況で成果を出すための意思決定方法」であるOODAループは必須というわけ。 藤井さんはさらに続ける。 「日本って、明治維新などを見ても〝差〟が分かると急激に挽回する歴史があるじゃないですか。コロナによって〝世界との差〟がかなりあると認識できたことで、危機感も醸成されてきたのは大きいと思います」 明治維新の時のように、国や自治体などのプラットフォームが変われば企業も元気になり、地域が活性化する。自治体の仕事の効率化と住民との相互信頼が図られれば職員が町に出る時間ができて、人口減少社会においても行政サービスが最適化される。それらが全て相乗効果として表れれば国全体や地方政治の在り方も変わっていく可能性がある。 ④DXで若者の声を拾う  藤井さんは、町の政治が〝大きな声〟を中心に合意形成を図っていることに危機感を覚えている。大きな声とは組織・団体の長ら町の有志を指しているが、これらのコミュニティーと接点がない若者はどんな意見を持っているのか、つまり少数派の声にもっと耳を傾けなければならないと藤井さんは考えている。彼らが10年後、20年後の地域の主役になるはずだからだ。 そんな小さな声を拾うために始めたのが「西会津町デシディム」だ。デシディムはオンラインで町民の多様な意見を集め、議論を集約し、政策に結び付けることができる機能を持つ、町民と行政をつなぐインターネット上の対話の場だ。スペイン・バルセロナ発祥で、現在、世界の30を超える自治体で利用されている。寄せられた意見に別の人がコメントを書き込むことができ、オープンな場でコメント投稿者同士が意見を交わすことができる。 藤井さんは「デジタルの力を使えば、若者など少数派の声をもっと拾えると思うんです」と話す。 「シルバー選挙などと揶揄されている現状では、結果として施策が古くなってしまいます。これは力学上、仕方のないことですが、少しでも若い人の意見が政治に反映されればと思い、取り組んでいるところです」 ⑤子どもにデジタルシティズンシップ  藤井さんは「今の若者も、これからの子どもたちは、読み書きそろばんのようにデジタルツールを使いこなすことが前提となります。その上で、デジタル社会においても市民として参加していくことになります」と話す。 「海外では情報技術の利用における適切で責任ある行動規範を指す『デジタルシティズンシップ』を幼稚園から学びます。一方、日本ではそれらを『メディアコントロール』といったかたちで制限しますので十分な議論や機会に恵まれません。言ってみれば〝市民〟としての立ち振る舞いを学ばずに〝原始人〟のままデジタル社会に出ることになります」 SNSで誹謗中傷する、親のパスワードを盗んで悪用するといったデジタルに関するトラブルは後を絶たないが、デジタルシティズンシップでは、こういった事象を教材として、各人がどう思うかをディベートし、デジタル社会の市民としてどう立ち振る舞うべきなのか考える機会を提供し、ITリテラシーやモラルを醸成させていくという。 筆者は「自治体職員になりたい」と思ったことはないが、藤井さんを取材してみて「この人のもとであれば是非働いてみたい」と感じた。この記事を最後まで読んだ人の中に首長や課長クラスの人がいたら、まずは一度、藤井さんの話を直接聞くことをお勧めしたい。狭かった視野が一気に広がり、新たな〝気付き〟を得られるだろう。 あわせて読みたい 飯坂温泉のココがもったいない!高専生が分析した「回遊性の乏しさ」 【櫻井・有吉THE夜会で紹介】車中泊×グルメで登録者数10万人【戦力外110kgおじさん】福島県ユーチューバー

  • 【芦ノ牧温泉】丸峰観光ホテル社長の呆れた経営感覚

     先月号に「丸峰観光ホテル『民事再生』を阻む諸課題」という記事を掲載したところ、それを読んだ元従業員たちが、在職中に目撃した星保洋社長の杜撰な経営を明かしてくれた。元従業員たちは「あんな社長のもとでは自主再建なんて絶対無理」と断言する。 スポンサー不在の民事再生に憤る元従業員 再建を目指す丸峰観光ホテル  会津若松市・芦ノ牧温泉の丸峰観光ホテルと関連会社の丸峰庵が福島地裁会津若松支部に民事再生法の適用を申請したのは2月26日。負債総額は2022年3月期末時点で、丸峰観光ホテルが20億7700万円、丸峰庵が4億7900万円、計25億5600万円。 両社の経営状態が分かる資料は少ないが、東京商工リサーチ発行『東商信用録福島県版』に別表の決算が載っていた。もっとも、その数値もコロナ禍前のものだから、現在は更に厳しい売り上げ・損益になっているのは間違いない。 丸峰観光ホテルの業績売上高利益2012年15億4700万円1億1000万円2013年14億3100万円14万円2014年14億9400万円190万円2015年8億8500万円980万円2016年9億7300万円5200万円 丸峰庵の業績売上高利益2013年4億0800万円16万円2014年5億0700万円▲1800万円※決算期は両社とも3月。▲は赤字。  両社の社長を務める星保洋氏は、3月に開いた債権者説明会で自主再建を目指す方針を明らかにした。債権者が注目していたスポンサーについては「今後の状況によっては(スポンサーから)支援を受けることも検討する」と説明。スポンサー不在で再建を進めようとする星社長のやり方に、多くの債権者が首を傾げていた。 先代社長で女将の星弘子氏(保洋氏の母、故人)にかつて世話になったという元従業員はこう話す。 「丸峰観光ホテルは最盛期、土日のみで年13億円を売り上げていた。あの施設規模だと損益分岐点は10億円。しかし、稼働率は震災・原発事故や新型コロナもあり低調で、現在は少しずつ回復しているとしても2022年3月期決算は売上高5億円台、最終赤字2億円超というから、スポンサー不在で再建できるとは思えない。それでも自主再建を目指すというなら、トップが代わらないと無理でしょう」 このように、社長交代の必要性を指摘する元従業員だが、 「ただ、私は丸峰を辞めてからだいぶ経つので、現社長の経営手腕はウワサで聞くことはあっても、実際に見たわけではない」(同) ならば、会社が傾いていく経過を間近で見ていた元従業員は、星社長の経営手腕をどう評価するのか。 ここからは、先月号の記事を読んで「ぜひ星社長の真の姿を知ってほしい。そして、この人のもとでは自主再建は絶対無理ということを分かってほしい」と情報を寄せてくれたAさんとBさんの証言を紹介する。ちなみに、ふたりの性別、在職時の勤務先、退職日等々を書いてしまうと、誰が話しているのか特定される恐れがあるため、ここでは触れないことをご了承いただきたい。 まず驚かされたのが星社長の金銭感覚だ。少ない月で20~30万円、多い月には100万円以上の個人的支出を「これ、処理しておいて」と経理に回していたという。 一体何に浪費していたのか、その一部は後述するが、 「要するに、会社の財布を自分の財布のように使っていた」(Aさん) そのくせ、取引先への支払いは後回しにすることが多く、口うるさい取引先には10日遅れ、物分かりがいい取引先には1、2カ月遅れで支払うこともザラだった。 「そういうことをしておいて、自分はレクサスを乗り回し、飲み屋に出入りしていた。取引先はそんな星社長の姿を見て『贅沢する余裕があるならオレたちに払えよ!』といつも怒っていた」(Bさん) ふたりによると、星社長は滞っている支払いをめぐり、どこを優先するかを決める会議まで開いていたというから呆れるしかない。 「こういう無駄な会議が、本来やるべき業務の妨げになっていることを星社長は分かっていない」(同) 従業員に対しても、会社のために立て替え払いをしても数百円、1000円の精算にさえ応じないケチっぷりだった。 AさんとBさんが口を揃えて言うのは「本業に注力していれば傾くことはなかった」ということだ。本業とは、言うまでもなく丸峰観光ホテルを指す。ならば経営悪化の要因は丸峰庵が手掛ける「丸峰黒糖まんじゅう」にあったということか。 「黒糖まんじゅうは、利益は薄かったかもしれないが現金収入として会社に入っていたし、お土産として需要があったという点では本業とリンクしていたと思う」(Aさん) 問題は、丸峰庵が行っていた飲食店経営にあった。 前出・かつての従業員によると、そもそも飲食店経営に乗り出したのは星弘子氏が健在のころ、保洋氏の妻が姑との関係に悩み、夫婦で一時期、会津若松市から郡山市に引っ越したことがきっかけという。保洋氏からすると、妻のことを思って弘子氏と距離を置く一方、ホテル経営で実績を上げる母を見返すため、別事業で成果を出したい思惑もあったのかもしれない。 報道等によると、飲食店経営は2006年ごろから参入し、もともとは「丸峰観光ホテルの外食事業」としてスタート。しかし、2014年にホテル経営に注力するため、まんじゅう製造・販売事業と併せて丸峰庵に移管した。 現在、丸峰庵が経営しているのはJR郡山駅のエキナカに並んでいる蕎麦店と中華料理店、同駅前に立地するダイワロイネットホテルの飲食テナント(1階)に入っている、エキナカよりグレードの高い蕎麦店。 「それ以外に郡山駅西口の陣屋では居酒屋とバーを経営している。大町にもかつて居酒屋を出したことがある」(Aさん) そのほか東京都内にも飲食店を構えたことがあったが「3年程前に撤退し、今は都内にはない」(同)。 店を出すのが「趣味」 丸峰庵  これらの飲食店が繁盛し、グループ全体の売り上げを押し上げていればよかったが、現実は本業の足を引っ張るお荷物になっていたという。 「駅前は人が来ないのに家賃が高い。そんな場所に、会社にとって中心的な店を三つも出している時点で厳しい。都内から撤退したのは正解でしたが」(同) そんな甘い出店戦略もさることながら、従業員の目には星社長の経営感覚も違和感だらけに映った。 「ちゃんとリサーチして出店しているのかな、と思うことばかりだった。例えば、大町の立地条件が悪い場所に『知り合いから紹介された』と中華料理店を出したが、案の定、客が入らず閉店した。すると、今度は同じ場所でしゃぶしゃぶ店をやると言い出し、店内を改装してオープンしたが、こちらも数カ月で閉店してしまった」(Bさん) さらに問題なのは、▽閉店後に完全撤退するのではなく「また店を出すかもしれない」と無駄な家賃を支払い続けた、▽出店に当たり他店から料理人等を引き抜いてきたのに、すぐに閉店させたことで行き場を失わせた、▽店が営業中、経営が厳しいと理解しているのに対策を練らない――等々、先を見据えている様子が一切見られないことだった。 「要するに、星社長にとっては店を出すことが目的なので、オープンしたら途端に興味を失うのです。もし店を出すことが手段なら、客を増やすにはどうしたらいいか真剣に考えるはず。しかし、星社長は『今月は〇〇円の赤字です』と報告を受けても全く焦らないし悩まない」(同) 星社長にとっては、店を出すことが「趣味」なのかもしれない。そうなると、飲食店事業で儲けようという考えは出てこないだろう。 「出店に当たっては、厨房機器等をネット通販で勝手に買い、会社に払わせていた。普通はリースやまとめ買いで揃えると思うが、与信が通らないから個人で揃えるしかなかったのでしょう」(同) 前述・会社に支払わせていた個人的支出の一部は、ネット通販で購入した厨房機器等とみられる。 AさんとBさんは「もし飲食店経営をするなら計画的に出店し、店舗数を絞ればグループ全体に寄与したのではないか」とも話す。ところが現状は、星社長による無計画な出店が足を引っ張り、従業員の間に軋轢を起こしていたと指摘する。 「ホテルやまんじゅう製造・販売に関わる従業員は『儲からない飲食店のおかげでオレたちが稼いだ利益が食われている』と不満に思っていた。飲食店経営に関わる従業員はそれをよく理解していたが、出店が趣味の星社長は意に介さないし、忠告する幹部社員もいない」(Bさん) 「かつては苦言を呈する幹部社員もいたが、星社長が聞く耳を持たないため嫌気を差して辞めていった。今いる幹部社員は星社長のイエスマンばかり」(Aさん) 星弘子氏が健在のころは強いブレーキ役を果たしていたが、2019年に弘子氏が亡くなったのを境にタガが外れ、本業から飲食店経営への資金流出が起こっていた可能性も考えられる。 こうした状況を招いた経営者が民事再生法の適用を申請し、スポンサー不在のまま自主再建を目指すと言い出したから、AさんとBさんは既に退職した立場だが「債権者に失礼だし、従業員も気の毒」として、星社長の真の姿を伝えるべきと決心したという。ふたりとも「そういう経営者のもとで自主再建を目指そうなんてとんでもない」と憤りが収まらなかったわけ。 AさんとBさんは、最後にこのように語った。 「SNSで『大好きなホテルなので残念』『再建できるよう応援しています』とのコメントを見かけたが、それは従業員がお客さんに真摯な接客をしたから言われているのであって、星社長を応援しているわけではないことを理解してほしい。私たちは、スポンサーがつくなどして新しい経営者のもとで再建を目指すなら応援するが、星社長が主導する再建は賛成できない」 難しい自主再建 渓谷美の宿 川音(HPより)  丸峰観光ホテルは現在も予約を受け付けるなど、傍目には平時と変わらない営業を続けているという。しかし、三つある施設のうち「渓谷美の宿 川音」は古代檜の湯が工事中で男女ともに営業停止。「レストランあいづ五桜」も設備メンテナンスのため休業している。どちらも再開日は未定だ。 このほか二つの施設「丸峰本館」「離れ山翠」のうち、本館も休館中との話もあり、営業しているのは離れ山翠だけとみられる。客が入らないのに巨大な施設を稼働させても経費の無駄なので、経営資源を集中させるという意味では正解と言える。 ただ、本誌には4月中旬に起きた出来事として「その日は給料日だったが振り込まれず、従業員がホテルに詰めかける騒動があった」「給料は支払われたが、3月は手渡し、4月は振り込みだったらしい」との話も寄せられており、これが事実なら星社長は当面の資金繰りに窮していることが考えられる。 今後注目されるのは、これから債権者に示されることになる再生計画の中身だ。以下は『民事再生申立ての実務』(東京弁護士会倒産法部編、ぎょうせい発行)に基づいて書き進める。 民事再生申し立てに当たり、再生債務者(丸峰観光ホテルと丸峰庵)は裁判所や監督委員から、申し立て前1年間の資金繰り実績表と、申し立て後半年間の資金繰り予定表の提出を求められる。資金繰りができなければ再生計画の策定・認可を待つことなく事業停止に追い込まれるため、再生債務者にとって資金繰り対策は極めて重要になる。 再生債務者は「申し立てによる相殺」や「申し立て前の差し押さえ」といった難を逃れて確保できた資金をもとに資金計画を立てる。ここで重要なのは、入金・出金の確度を高めることができるかどうかだ。関係者に協力を仰ぎ、既発生の売掛金・未収金・貸付金などの回収を進め、将来発生する売掛金の入金見込みを立てると同時に、支払い条件を一定のルールに基づき決定し、支出の見込みも立てる。併せて棚卸や無担保資産の早期処分を適宜行う。 問題は、星社長がこのような資金繰りのメドをつけられるかどうかだが、前述した個人的支出、取引先への支払い遅延、給料遅配、さらに飲食店事業をめぐっては家賃滞納のウワサも囁かれる中、取引先・債権者から資金繰りの理解と協力が得られるかは疑問だ。 メーンバンクの会津商工信組も、民事再生申し立て前に「思うように再建が進まない」と嘆いていたというし、前出・AさんとBさんも「星社長は他人の意見を聞かない」というから、自主再建が見込める資金計画が立てられるとは考えにくい。 だからこそ、スポンサーの存在が重要になるのだ。スポンサーがつけば信用が補完され、再生債務者の事業価値の毀損(信用不安・資金不足による取引先との取引中止、従業員の退職、顧客離れなど)が最小限に抑えられる。スポンサーによる確実な事業再生が見込まれ、申し立ての前後からスポンサーの人的・資金的協力も得られる。 スポンサー不在の違和感  全国を見渡しても、鳥取県・皆生温泉の老舗旅館「白扇」は負債16億円を抱えて4月7日に民事再生法の適用を申請したが、同日付で地元の食肉加工会社がスポンサーにつくことが発表された。昨年3月に負債11億円で同法適用を申請した山梨県・湯村温泉の「湯村ホテル」も、スポンサー候補を探すプレパッケージ型民事再生に取り組み、半年後に事業譲渡した。2021年8月に同法適用を申請した北海道・丸駒温泉の「丸駒温泉旅館」は、全国で地域ファンドを運用する企業がスポンサーとなって再建が図られた。負債は8億3000万円だった。 ここに挙げた事例より負債額が格段に多い丸峰観光ホテル・丸峰庵がスポンサー不在というのは、やはり違和感がある。今後は3月の債権者説明会で言及がなかったスポンサーを見つけることが、今夏にも債権者に示されるであろう再生計画案の成否を握るのではないか。 ちなみに再生計画案を実行に移せるかどうかは、債権者集会に同案を諮り①議決権者の過半数の同意(頭数要件)、②議決権の総額の2分の1以上の議決権を有する者の同意(議決権数要件)を満たす必要がある。 本誌は民事再生の申請代理人を務めるDEPT弁護士法人(大阪市)の秦周平弁護士を通じて、星社長に取材を申し込んだ。具体的に15の質問項目を示して回答を待ったが、両者からは期限までに何の返事もなかった。 この稿の主人公は丸峰観光ホテルだったが、星社長のような経営者は他にもいるはずで、そこにコロナ禍が重なり、青息吐息のホテル・旅館は少なくないと思われる。杜撰な経営を改めなければ早晩、手痛いしっぺ返しに遭うことを経営者は肝に銘じるべきだ。 最後に余談になるが、4月中旬、本誌編集部に会津商工信組と取り引きがあるとする匿名事業者から「今回の民事再生で信組の損失がどれくらいになるか心配」「役員が責任を取って辞める話が出ている」「これを機に新体制のもとで以前のような活気ある組織に戻ってほしい」などと綴られた投書が届いた。組合員は丸峰観光ホテル・丸峰庵の再生の行方と同時に、メーンバンクの同信組が今後どうなるのかについても強い関心を向けている。 あわせて読みたい 芦ノ牧温泉【丸峰観光ホテル】民事再生を阻む諸課題【会津若松市】

  • 客足回復が鈍い福島市「夜の街」|スナック営業調査

     5月8日に新型コロナウイルスの感染法上の位置付けが季節性インフルエンザと同じ5類に引き下げられる。飲食業界は度重なる「自粛」要請で打撃を受けたが、業界はコロナ禍からの出口の気配を感じ、「客足は感染拡大前の7~8割に戻りつつある」と関係者。一方、2次会以降の客を相手にするスナックは閉店・移転が相次ぎ、テナントの半数が去ったビルもある。福島市では主な宴会は県職員頼みのため、郡山市に比べ客足の回復が鈍く、夜の街への波及は限定的だ。 公務員頼みで郡山・いわきの後塵 飲食店が並ぶ福島市街地  福島市は県庁所在地で国の出先機関も多い「公務員の街」だ。市内のある飲食店主Aは「県職員が宴会をしないと商売が成り立たない」と話す。民間企業は、取引先に県関係の占める割合が多いため、宴会の解禁も県職員に合わせているという。 「東邦銀行も福島信用金庫も宴会を大々的に開いて大丈夫か県庁の様子を伺っているそうです。民間なら気にせず飲みに行けるかというとそうでもなく、行員に対する『監視の目』も県職員に向けられるのと同じくらい厳しい。ある店では地元金融機関の幹部が店で飲んでいたのを客が見つけて本店に『通報』し、幹部たちが飲みに行けなくなったという話を聞きました」(店主A) 福島市の夜の街は、県職員をはじめとする公務員の宴会が頼りだ。福島、伊達、郡山、いわきの4市で飲食店向けの酒卸店を経営する㈱追分(福島市)の追分拓哉会長(76)は街の弱みを次のように指摘する。 「福島、郡山、いわきの売り上げを比較すると、福島の飲食店の回復が最も弱いことが見えてきた」 2019年度『福島県市町村民経済計算』によると、経済規模を表す市町村内総生産は県内で多い順に郡山市が1兆3635億円(県内計の構成比17・1%)、いわき市が1兆3577億円(同17・0%)、福島市が1兆1466億円(同14・4%)。経済規模が大きいほど飲食店に卸す酒の売り上げも多くなると考えると、3位の福島市が他2市より少なくなるのは自然だ。だが追分会長によると、同市は売上高が他2市より少ないだけでなく、回復も遅いという。 「3市の酒売上高は、2019年は郡山、いわき、福島の順でした。各市の今年2月の売り上げは、19年2月と比べると郡山90%、いわき83%、福島76%に回復しています。郡山はコロナ前の水準まで戻ったが、福島はまだ4分の3です。しかも、コロナ禍で売上高が最も減少したのは福島でした。私は福島が行政都市であり、かつ他2市と比べて若者の割合が少ないことが要因とみています。県職員(行政関係者)が夜の街に出ないと、飲食店は悲惨な状態になります」(追分会長) 飲食業の再生の動きが鈍いのは、度重なる感染拡大に息切れしたことも要因だ。 「福島では昨年10月に到来した第8波で閉めた店が多く、駅前の大規模店も撤退しました。3、4月の歓送迎会シーズンで持ち直した現状を見ると、もう少し続けていればと思いますが、それはあくまで結果論です。これ以上ない経営努力を続けていたところに電気代の値上げが直撃し、体力が尽きてしまった。水道光熱費だけで10~20万円と賃料と同じ額に達する店もありました」 そうした中でも、コロナ禍を乗り切った飲食店には「三つの共通点」があるという。 「一つ目は『飲む』から『食べる』へのシフトです。スナックやバーが減り、代わりに小料理屋、イタリアン、焼き鳥屋が増えました」 「二つ目が『大』から『小』への移向です。宴会がなくなりました。あったとしても仲間内の小規模なものです。売りだった広い客席は大規模店には仇となりました。健闘しているのは、区分けして小規模宴会を呼び込んだ店です」 最後は「老」から「若」への変化。 「老舗が減りましたね。後継者がいない高齢の経営者が、コロナを機に見切りを付けたからです」 一方、これをチャンスと見てコロナ前では店を出すことなど考えられなかった駅前の一等地に若手経営者が出店する動きがあるという。経営者たちが見据えるのは、福島駅東口の再開発だ。 「4月から再開発エリアに建つ古い建物の本格的な取り壊しが始まりました。3年間の工事で市外・県外から500~1000人の作業員が動員されます。福島市役所の新庁舎(仮称・市民センター)建設も拍車をかけるでしょう。市内に建設業のミニバブルが訪れる中、ホテルや飲食店の需要は高まるとみられるが、老舗の飲食店が減っているので受け皿は十分にない。そのタイミングでお客さんを満足させる店を出すことができれば、不動の地位を獲得できると思います」 追分のグループ会社である不動産業㈱マーケッティングセンター(福島市)では毎年、市内の飲食店を同社従業員が訪問して開店・閉店状況を記録し、「マップレポート」にまとめてきた。最新調査は2019年12月~20年10月に行った。同レポートによると、開店は41店、閉店は106店。飲食店街全体としては、感染拡大前の837店から65店減り、772店となった。減少率は7・7%で、1988年に調査を開始して以降最大の減少幅だった。 「特に閉店が多かったのはスナック・バーです。48店が閉店し、全閉店数の44%を占めました」 もっとも、スナック・バーは開店数も業種別で最も多い。同レポートによると、11カ月の間に22店が開店し、全開店数の54%を占めた。酒とカラオケを備えれば営業できるため参入が容易で、もともと入れ替わりが盛んな業種と言えるだろう。 25%減ったスナック  マーケッティングセンターほどの正確性は保証できないが、本誌は夜の飲食店数をコロナ前後で比較した。1月号では郡山市のスナック・バーの閉店数を電話帳から推計。忘年会シーズンの昨年12月にスナックのママに電話をして客の入り具合を聞き取った。 電話帳から消えたと言って必ずしも閉店を意味するわけではない。もともと固定電話を契約していない店もあるだろう。ただし「昔から営業していた店が移転を機に契約を更新しなかったり、経費削減のために解約したりするケースはある」と前出の飲食店主Aは話す。今まで続けていたことをやめるという点で、固定電話の契約解除は、店に何らかの変化があったことを示す。 コロナ前の2019年と感染拡大後の2021年の情報を載せた電話帳(NTT作成「タウンページ」)を比較したところ、福島市の掲載店舗数は次のように減少した。 スナック 194店→145店(新規掲載1店、消滅50店) 差し引き49店が減った。減少数をコロナ前の店舗数で割った減少率は25・2%。 バー・クラブ 42店→35店(新規掲載なし、消滅7店) 減少率は16・6%。 果たしてスナック、バー・クラブの減少率は他の業種と比べ高いのか低いのか。夜の街に関わる他の業種の増減を調べた。2021年時点で20店舗以上残っている業種を記す。電話帳に掲載されている業種は店側が複数申告できるため、重複があることを断っておく(カッコ内は減少率)。 飲食店 208店→178店(14・4%) 居酒屋 143店→118店(17・4%) 食堂 75店→69店(8・0%) ラーメン店 63店→60店(5・0%) うどん・そば店 63店→55店(12・6%)  レストラン(ファミレス除く) 50店→42店(16・0%)  すし店(回転ずし除く) 39店→38店(2・5%) 中華・中国料理店 33店→31店(6・0%) 焼肉・ホルモン料理店 29店→24店(17・2%) 焼鳥店 25店→23店(8・0%)  日本料理店 23店→22店(4・3%) 酒を提供する居酒屋の減少率は17・4%と高水準だが、スナックは前記の通り、それを上回る25・2%だ。マーケティングセンターの2020年調査では、スナック48店が閉店した。照らし合わせると、電話帳から消えたスナックには閉店した店が含まれていることが推測できる。 筆者は電話帳から消えたスナックを訪ね、営業状況や移転先を確認した。結果は一覧表にまとめた。深夜食堂に業種転換した店、コロナ前に広げた支店を「選択と集中」させて危機を乗り越えた店、賃料の低いビルに引っ越し再起を図る店など、形を変えて生き残っている店も少なくない。 電話帳から消えた福島市街地のスナック ○…営業確認、×…営業未確認、※…ビル以外の店舗 陣場町 第10佐勝ビルスナッククローバー〇SECOND彩スナック彩に集約ハリカ〇レイヴァン(LaVan)✕ペガサス30ビル花音✕スナッククレスト(CREST)✕スナックトモト✕プラスαkana✕ハーモニー✕ボルサリーノスナックARINOS✕ファンタジー〇ポート99ラーイ(Raai)✕第5寿ビルジョーカー✕アイランド〇※モア・グレース✕※ 置賜町 エース7ビル韓国スナックローズハウス✕CuteCute✕トリコロール✕フィリピーナ✕ジャガービルトイ・トイ・トイ(toi・toi・toi)✕マノン✕鈴✕ピア21ビルK・桂✕ラパン✕ミナモトビルシャルム✕都ビル仮面舞踏会✕清水第1ビルマドンナ✕第5清水ビルラウンジラグナ✕ 栄町 イーストハウスあづま会館志桜里✕スナック楓店名キッチンkaedeで「食」に業種転換花むら✕第2あづまソシアルビルショーパブパライソ✕せらみ✕ムーチャークーチャー〇ユートピアビルスナックみつわ✕わがまま天使✕※ 万世町 パセオビルカトレア✕萌木✕ 新町 クラフトビルぼんと✕ゆー(YOU)✕金源ビルザ・シャトル✕スナック星(ぴょる)✕※凛〇※ 大町 コロールビルのりちゃんあっちゃん(ai)×エスケープ(SK-P)×※  電話帳に載っていないスナックもそこそこある。ただ、書き入れ時の金曜夜9時でも営業している様子がなく、移転先をたどれない店が多かった。あるビルの閉ざされた一室は、かつてはフィリピン人女性がもてなすショーパブだったのだろう。「福島県知事の緊急事態宣言の要請により当店は暫くの間休業とさせていただきます」と書かれた紙がドアに張られ、扉の隙間には開封されていない郵便物が挟まっていた。 「やめたくない」  ビル入口にあるテナントを示す看板は点灯しているのに、どこの階にも店が見当たらない事態も何度も遭遇した。あるベテランママの話。 「看板を総取っ換えしなきゃならないから、余程のことがないとオーナーは交換しない。一つの階が丸ごと空いているビルもあるわ」 飲食店主Bも言う。 「存在しない店の看板は覆い隠せばいいが、オーナーは敢えてそうはしません。テナントもしてほしくないでしょう。人けがないビルと明かすことになるからです」 テナントの空きは、スナック業界の深刻さも表している。 「手狭ですが家賃が安い新参者向けのビルがあります。入口にある看板は20軒くらいついていて全部埋まっているように見えるが、各階に行くと数軒しか営業していない。新しく店を始める人がいないんでしょうね」(店主B) 閉店する際も「後腐れなく」とはいかない。前出のベテランママがため息をつく。 「せいせいした気持ちで店をやめる人なんて誰もいませんよ。出入りしているカラオケ業者から聞いた話です。カラオケ代を3カ月分滞納した店があり、取り立てに行った。払えない以上は、目ぼしい財産を処分し、返済に充てて店を閉めなければならない。そこのママは『やめたくない』と泣いたそうです。しかし、そのカラオケ業者も雇われの身なので淡々と請求するしかなかったそうです」 大抵は連帯保証人となっている配偶者や恋人、親きょうだいが返済するという。 2021、22年に起きた2度の大地震は、コロナにあえぐスナックにとって泣きっ面に蜂だった。酒瓶やグラスがたくさん割れた。あるビルでは、オーナーとテナントが補償でもめ、納得しない人は移転するか、これを機に廃業したという。テナントの半数近くに及んだ。 福島市内のビルの多くは30~40年前のバブル期に建てられた。初期から入居しているテナントは、家賃は契約時のままで、コロナで赤字になってもなかなか引き下げてもらえなかった。コロナ禍ではどこのビルも空室が増え、オーナーは家賃を下げて新規入居者を募集。余力のあるスナックはより良い条件のビルに移転したという。 ベテランママは引退を見据える年齢に差しかかっている。苦境でも店を続ける理由は何か。 「コロナが収束するまではやめたくない。閉店した店はどこもふっと消えて、周りは『コロナで閉めた』とウワサする。それぞれ事情があってやめたのに、時代に負けたみたいで嫌だ。私にとっては、誰もがマスクを外して気兼ねなく話せるようになったらコロナ収束ですね。最後はなじみのお客さんを迎え、惜しまれながら去りたい」 ベテランママの願いはかなうか。 あわせて読みたい コロナで3割減った郡山のスナック 〝コロナ閉店〟した郡山バー店主に聞く

  • 青木フルーツ「合併」で株式上場に暗雲!?【郡山市】

     フルーツジュース店や洋菓子店などを全国展開する㈱青木商店(郡山市、1950年設立、資本金1000万円※)。同社は株式上場を長年の悲願としており、2017年には持ち株会社の青木フルーツホールディングス㈱(住所同、資本金2300万円)を設立した。 ※法人登記簿によると青木商店の資本金は1000万円だが、HPにはなぜか「資本金等4500万円」と表記されている。こうした〝微妙な不正確さ〟が、青木氏が地元経済界からイマイチ信用されない要因なのかもしれない。  そんな両社の経営動向と、代表取締役を務める青木信博氏(75)の人物像は本誌昨年4月号「青木フルーツ『上場』を妨げる経営課題」という記事で詳報しているので参照されたい。この稿で取り上げるのは、3月1日付の地元紙で報じられた「両社の合併」についてである。 福島民友はこう伝えている。 《持ち株会社青木フルーツホールディングス(HD)は1日付で青木商店と合併する。青木商店が存続会社となり、同HD会長・社長の青木信博氏(75)が代表権のある会長に就く》《2月24日に開かれた同HDの臨時株主総会で合併の承認を受けた。同HDは合併について「組織再編を通じて経営の効率化を図るため」としている》 併せて、青木氏は同紙の取材に、タイの関連会社を新型コロナの影響で閉鎖したことも明かしている。 一般的に、持ち株会社は事業ごとに分かれた子会社を持ち、事業拡大やリスク分散を図るが、青木フルーツHDの場合は子会社が青木商店1社しかなく、持ち株会社としての存在意義は薄かったようだ。そもそも持ち株会社をつくる狙いは経営効率化なのに「両社を合併して経営効率化を図る」と言ってしまったら、青木フルーツHDの存在を自分から否定したことにならないか。 それはともかく、今後気になるのは持ち株会社をなくしたことで悲願の株式上場はどうなるのか、ということだ。これに関して青木氏は、福島民友の取材に「合併を機にスピードを上げて実現したい」と述べている。上場はあきらめないということだが、現実はどうなのか。 青木商店と青木フルーツHDはこれまで、三井住友信託銀行の証券代行部に株主名簿管理人を依頼していた。株主名簿管理人とは、株式に関する各種手続きや株主総会の支援などを代行する信託銀行や専門会社のこと。上場企業は会社法により株式事務の委託が義務付けられているため、青木商店は2014年から、青木フルーツHDは設立と同時に同行を株主名簿代理人に据えていた。 ところが青木商店の法人登記簿を見ると、今年1月12日付で株主名簿管理人を廃止している。これは何を意味するのか。 同行証券代行部に確認すると「青木商店に関する業務は取り扱っていない。ただ、青木フルーツHDに関する業務は現時点でも取り扱っている」と言う。記者が「青木フルーツHDは青木商店と合併し、既に解散している」と指摘すると「解散については把握していない。営業サイドと状況を確認し、必要があれば更新したい」と答えた。 青木商店にも問い合わせてみた。 「三井住友信託銀行とは青木フルーツHDが契約していたが、登記上は青木商店の株主名簿管理人にもなっていた。そこで、今回の合併を受けHDとしての契約は破棄し、青木商店の登記もいったん抹消して、同行には新たに青木商店として株主名簿管理人をお願いする予定です。株式上場は引き続き存続会社の青木商店で目指していきます」(総務部) 株式上場はあきらめない、とのこと。今後のポイントは上場に耐え得る決算(経営状態)を実現できるかどうかだが、せっかくつくった持ち株会社を解散する迷走ぶりを見せられると、悲願達成はまだまだ先のような気がしてならない。 あわせて読みたい 青木フルーツ「上場」を妨げる経営課題【郡山市】

  • 【吉田豊】南相馬市内で暗躍する青森出身元政治家

     南相馬市の医療・福祉業界関係者から「関わってはいけないヒト」と称される人物がいる。さまざまな企業に医療・福祉施設の計画を持ち掛け、ことごとく頓挫。集めた医師・スタッフは給与未払いに耐え切れず退職、協力した企業は損失を押し付けられ、至る所でトラブルになっている。被害に遭った人たちは口を閉ざすばかり。一体どんな人物なのか。 施設計画持ちかけ複数企業が損失 吉田氏の逮捕を報じる新聞記事(デーリー東北2007年4月28日付)  「吉田豊氏について『政経東北』を含めどのマスコミも触れないけど、何か理由があるのかい?」。4月上旬、南相馬市内の経済人からこんな話を持ち掛けられた。 南相馬市内で医療・福祉施設建設計画を持ち掛け、支援を募っては計画が頓挫し、複数の企業が損失を被っているというのだ。吉田氏は青森県出身の元政治家で、数年前から南相馬市内で暮らしているという。 事実確認のため複数の関係者に接触したが、結論から言うと、誰も口を開こうとしなかった。「現在係争中なのでコメントは控えたい」、「ほかに影響が及ぶのを避けたい」、「もう関わり合いたくない」というのが理由だった。 せめて一言だけでもと食い下がると、「とにかく裏切られたという思い」、「業界内では『関わってはいけないヒト』と評判だ」という答えが並んだ。誌面では書けない言葉で吉田氏を罵倒した人もいる。 ある人物は匿名を条件に次のように語った。 「医療・福祉の充実という理念を掲げ、補助金がもらえそうな事業計画を企業に持ち掛け出資させる。ただ、ブローカー的な役割に終始し、その後の運営は二の次になるのでトラブルになる。表舞台には決して立とうとせず、ほかの人物や企業を前面に立たせる。だから、結局、何かあっても吉田氏が責任を取ることはない」 関係者の意向を踏まえ、本稿では具体的な企業名・施設名などを伏せるが、市内の事情通の話や裁判資料などの情報を統合すると、吉田氏をめぐり少なくとも以下のようなトラブルが発生していた。 〇市内にクリニックを開設する計画を立て、賃貸料を支払う契約で地元企業に建設させた。だが、当初から賃貸料の未払いが続き契約解除となり、現在は未払い分の支払いを求めて訴えられている。 〇ほかの医療機関や介護施設から医師・職員を高額給与で引き抜いたが、賃金未払いが続き、加えてブラックな職場環境だったため、相次いで退職。施設が運営できなくなり、休業している。 〇市内企業を巻き込んで、数十億円規模のサービス付き高齢者向け住宅建設計画やバイオマス焼却施設計画なども進めようとしていたが、いずれも実現していない。 吉田氏が一方的に嫌われ悪く言われている可能性もゼロではないが、話を聞いたすべての人が良く言わず、企業が泣き寝入りしている様子もうかがえた。吉田氏は現在公人ではないが、こうした事実を踏まえ、誌面で取り上げるのは公益性・公共性が高いと判断した。 吉田氏とはどういう人物なのか。過去の新聞記事などを遡って調べたところ、青森県上北町(現東北町)出身で、同町議を2期務めていた。 《八戸市内の私立高校(※編集部注・現在の八戸学院光星高校)を卒業後、県選出の代議士や県議らの下で政治を学び、1991年の町議選に32歳で初当選した。医療と福祉の充実を掲げ、医師を招いて自宅近くに内科・歯科医院を開業するなど精力的だった》(デーリー東北1999年4月23日付) 吉田氏が個人で運営していた「あさひクリニック」の一部を母体に「医療法人秀豊会」が立ち上げられ、有床診療所を運営しているほか、関係会社が高齢者・障害者向け住宅賃貸サービス、在宅介護、訪問診療を行っている(現在は医療法人瑞翔会に名称変更している)。吉田氏は登記簿上は役員から外れていたが、実質的なオーナーだったという。 1999年4月、上北町議2期目途中、青森県議選・上北郡選挙区に推薦なしの無所属で立候補したが、6候補者中6番目の得票数(9545票)で落選した。その後、有権者に現金5万円を渡し投票と票の取りまとめを依頼、さらに60人以上の有権者に計142万円を配って買収工作を行ったとして、公職選挙法違反(現金買収)の疑いで逮捕された。 《今年1月ごろから「吉田陣営は派手に買収に動いているようだ」とのうわさが一部に広がり出していた。「福祉に対する熱意が感じられる」として3月上旬まで同容疑者の応援を続けていた県内のある大学教授が、「金にまつわるうわさを聞いて失望した」と、告示の約3週間前に同陣営とのかかわりを断ち切るというトラブルもあった》 《(※編集部注・吉田氏が実質オーナーだった医療法人グループについて)最近では、老人保健施設や特別養護老人ホーム建設の計画を声高にうたっていた。しかし、老健施設の建設予定地の農地転用の手続きに絡み、町農業委員会の転用許可が下りる前に予定地の一部を更地にして厳重注意を受けるなど、周囲からは吉田容疑者ら経営幹部たちの強引な手法を指摘する声も上がっていた》(いずれもデーリー東北1999年4月23日付) 吉田氏は懲役2年6月、執行猶予5年の有罪判決を受け、「今後は選挙にかかわらない」と誓っていた。ところが、5年間の公民権停止期間が明けると2007年4月の県議選に再び立候補。結果は、7候補者中6番目の得票数(4922票)で落選した。 立候補表明時には「住民が安心して暮らせる地域づくりを目指し、地元の医療環境を整備したい」と訴え、「派手な選挙は行わない。地道に政策を訴えたい」と話していた吉田氏。だが選挙後、3人の運動員に計76万円を渡し投票と票の取りまとめを依頼していたとして、再び公職選挙法違反の疑いで逮捕された。 《「8年前は大変ご迷惑をお掛けしました」―選挙運動中、マイクを握った吉田容疑者はこの言葉から口を開き、自身を含む計6人が公選法違反で逮捕された前々回の県議選と同じ轍は踏まない―との意気込みを見せていた。しかし自身の逮捕により、今回の逮捕者は計8人と前々回を上回る結果となった》(デーリー東北2007年4月28日付) 呆れた過去に驚かされるが、吉田氏自身は2度の前科を特に隠してはいないようで、周囲に話すネタにしているフシさえあるという。 官僚・政治家人脈を強調  吉田氏の言動を間近で見てきたという人物は「どう見ても怪しいが、外見は紳士的で、初対面だと社会的地位の高い人に見えてしまう。見抜くのは難しい」と語る。 「藤丸敏衆院議員(4期、福岡7区、自民党)の事務所に出入りしており、私も一度案内されたことがあった。話している感じも違和感はなく、過去を知らなければすっかり信用してしまうと思う」 藤丸氏は古賀誠元衆院議員の秘書を務めていた。そのため、「秘書時代のつながりではないか」と指摘する声もある。しかし、「〇〇議員の秘書とはしょっちゅう連絡を取っている」と至るところで吹聴しているようなので、真偽は分からない。 中央官僚ともパイプを持っていると盛んにアピールしているようだが、浜通りの政治家によると、「『誰と会っているのか教えてくれたら私からも話をする』と知り合いの官僚の名前を出したら、急にしどろもどろになって話をはぐらかした」のだとか。別の経済人からも同様の声が聞かれた。市町村長クラスと会える場所にはよく顔を出すという話もある。 複数の関係者によると、吉田氏はトラブル後も同市内で暮らし続けているが、具体的な居場所は分からないようで、「住所を特定されないように宿泊施設を転々としている」、「プレハブ小屋を事務所代わりにしている」「建設に関わった同市原町区のクリニックを拠点としている」などと囁かれている。 名前の挙がったクリニックを訪ねたところ、扉に「休業中」の札がかかっていたが、電気は付いており、中で事務作業をしている人がいた。吉田豊氏について尋ねると、その人は「吉田という患者はいるが、吉田豊という名前は聞いたこともない。私はこのクリニックの建設に当初から関わっているが、ちょっと分からない」と話した。休業の理由については「医師が退職し、現在募っているため」という。 手紙には返答なし  念のため、同クリニック宛てに吉田豊氏に向けた手紙を送り、裁判所で閲覧した資料に掲載されていた青森県の自宅住所にも送ったが、期日までに回答はなかった。なお、吉田氏に未払い賃金の支払いを求めている人物の代理人によると、内容証明を送っても何の返答もない、とのこと。吉田氏本人の主張は残念ながら聞くことができなかった。 ちなみに、青森県六戸町の現職町長・吉田豊氏は同姓同名の別人物。また、南相馬市内にも同姓同名の医師がおり、業界関係者の間でも混乱することが多々あるという。実際、記者も同市内で最初に話を聞いたときは「町長までやった奴が南相馬で問題を起こしている」と誤って教えられた。 そのためかネット検索しても、関連情報がヒットしにくい。こうした事情も、吉田氏のトラブルが表に出てこない要因のようだ。 吉田氏に翻弄されたという男性は「これ以上被害者が増えてほしくない。こういう人物に近付いてはならないと警鐘を鳴らす意味でも政経東北で取り上げるべきだ」と話した。そうした声を踏まえ、不確定な部分が多かったが記事にした次第。 クリニック開業の際、医師が確保できていないのに認可するなど、保健所をはじめとした公的機関の無策を嘆く声も聞かれたが、一方で、吉田氏の動きはしっかりマークしているとのウワサも聞こえている。ひとまずはその動きをウオッチしながら〝自衛〟していく必要がある。 あわせて読みたい 第2弾【吉田豊】南相馬で暗躍する悪徳ブローカーの手口

  • 青木フルーツ「上場」を妨げる経営課題【郡山市】

    (2022年4月号)  2022年1月、地元紙に青木フルーツホールディングス(以下、青木フルーツと略)の株式上場をめぐる記事が掲載された。同社の上場は以前から取り沙汰されており、特段驚きはないが、そのたびに注目されるのが同社の経営状態だ。すなわち、地元経済人の間では「とても儲かっているとは思えないのに、どうやって上場するのか教えてほしい」と冷ややかな見方をする人が少なくないのだ。 青木代表がひた隠す過去の挫折 青木信博氏  2022年1月5日付の福島民報に次のような記事が掲載された。 《青木フルーツホールディングス(HD)=本社・郡山市=は年内の東京証券取引所への株式上場を目指し、最終調整に入った。東証が4月に実施する市場再編後の「スタンダード市場」を想定している。青木信博会長兼社長が4日、福島民報社の取材に答えた(後略)》 青木信博氏(74)は新年の挨拶のため福島民報を訪れ、その席で上場が話題となり記事になった模様。 ただ不思議なのは、同日付の福島民友が「青木フルーツと農業・食品産業技術総合研究機構が共同開発した新品種のイチゴを使ったジュースの販売を年末から始める」とだけ報じ、上場には一切触れていないことだ。同じ日に挨拶に行った福島民報では上場が話題となり、福島民友では話題にならない、ということがあるのだろうか。 さらに不思議なのは、福島民報が1月8日付の紙面に再び青木氏のインタビューを掲載したことだ。その中で、上場に向けた現状を問われた青木氏はこのように答えている。 「2021年8月、社内に上場準備部を設けた。2022年は課題を一つ一つクリアしながら、数年先の上場申請に必要な監査法人の監査や証券会社の審査、証券取引所の審査に向けた準備を本格化していく」 5日付では「年内の株式上場を目指し最終調整に入った」となっていたのに、8日付では「数年先の上場申請」と大きく後退している。 ここからどんなことが推察できるか。一つは、上場の見通しがないのに青木氏が「年内」と口走り、それが記事になったため、慌てて「数年先」と訂正したこと。福島民報が勝手に「年内」と書くとは思えないので、1月8日付のインタビューは青木氏側から申し入れたのだろう。 もう一つは、福島民友でも上場話が出たが、同紙は真に受けず記事にしなかったこと。青木フルーツの上場話は今回が初めてではないが、一向に実現していないため、福島民友は青木氏から上場の話題が出てもスルーした可能性がある。 要するに「上場したいが、いつになるか分からない」――これが、青木フルーツの上場をめぐる見通しなのではないか。 言うまでもないが、株式上場は簡単なことではない。市場区分によって上場審査基準は異なるが、株主数は何人以上、流通株式数は何万単位以上、時価総額は何億円以上、純資産は何億円以上、最近何年間の利益・売上高は何億円以上等々、さまざまな基準をクリアし、上場会社監査事務所の監査や証券会社・証券取引所の審査を受けなければならない。そのコストは膨大になる。 こうした基準を青木フルーツに当てはめたとき、地元経済人は「今の経営状態で上場は無理」と一斉に口にするのだ。 「詳しい決算の数字までは分かりませんよ。でも、上場できるほど大儲けしているようには見えないし、新型コロナの影響もかなり受けたはずだ。華々しく出店したと思ったら閉店することも多く、急拡大・自転車操業の印象は拭えない」(郡山市内の飲食業関係者) ならば青木フルーツは今、どのような経営状態にあるのか。その中身を見る前に、まずは同社と青木氏の歴史をひも解く必要がある。 青木フルーツの出発点は1924年に青木氏の祖父・松吉氏が創業したバナナ問屋の青木商店。1970年、郡山市富久山町久保田(かつての郡山市総合地方卸売市場)にバナナセンターを開設し、次第に業容を拡大。平成の時代に入るころには同社のほか、マルケイ青果市場、福島県中央青果、信栄物産、青木、エフディーエス、果鮮、アケボノ、丸大商事の各社で青果物の卸・仲卸・小売業を手掛ける「青木グループ」を形成するまでに成長した。年商はグループ全体で60億円超に上った。 これらグループ会社を、青木氏は3代目として父・三郎氏から引き継ぐ一方、郡山市教育委員、郡山青年会議所専務理事、県中小企業家同友会副理事長、県倫理法人会初代会長などの公的要職を多数歴任した。東北大学経済学部卒業で、当時の青木久市長や増子輝彦衆院議員の選挙で会計責任者を務めるなど政治にもかかわり、一時は「郡山市長候補」に名前が挙がったこともあった。 まさに〝飛ぶ鳥を落とす勢い〟だった青木氏に異変が起きたのは2002年、郡山市が東北自動車道郡山南インターチェンジの近くに開設した新しい卸売市場にグループ会社を入場させる前後だった。 新市場をめぐるトラブル 本宮ファクトリー  当初の計画では、マルケイ青果市場や福島県中央青果など郡山市と須賀川市の五つの卸売会社が大同団結し、新卸売会社・県中青果を設立して入場するはずだった。ところが、このうちの1社が自己破産し、残る4社間で県中青果の株式をめぐるトラブルが起こるなど深刻な仲違いが発生。結局、県中青果は解散し、青木グループはマルケイ青果市場が福島県中央青果の営業権を継承して新市場に入場することになった。 その一方で青木氏は、新市場入場を機にグループ各社を独立させ、健全経営できる体制をつくることを目指した「青木グループ再構築事業」なる計画を打ち出した。ただ、その原資となる資金(計3億5000万円)はすべてマルケイ青果市場が負担する内容となっていた。 実は、青木氏は経済人仲間と株式投資に失敗し、その際の借金を連帯保証したため2億数千万円の負債を背負っていた。グループの財務を管理し、青木家の資産管理会社でもある青木商店も数億円の負債を抱えていた。自前で資金調達する余力がなく、自己破産も覚悟していた青木氏には、マルケイ青果市場から資金を引き出すしか方法がなかった。要するに「グループの再構築」と言いながら、実際は同社を使って「自身の再構築」を図ろうとしていたのだ。 しかし結局、グループの再構築は進まず、青木氏はマルケイ青果市場と交わしていた株式買い戻しの約束も反故にし、最後は新市場に姿を見せなくなった。その過程では、同社が青木氏を再起させようと手を差し伸べたこともあったが、青木氏の家族に抵抗されて上手くいかず、その後は同社が青木氏を提訴するなど、両者の関係は泥沼化していった(詳細は本誌2003年8月号「青木信博・青木グループ代表が郡山経済界から退いたワケ」を参照)。 青木氏は近年、経営の成功者として各地で講演しているが、こうした挫折を語っているのだろうか。 ちなみに、講演会などで紹介されている経歴を見ると「1972年、青木商店入社、専務取締役就任」の後、いきなり「2002年、フルーツバーAOKI1号店開店」となっており、この間の30年が〝空白〟になっている。新市場入場をめぐるトラブルは、今の青木氏にとって消し去りたい過去なのだろう。 対外的には「54歳でフルーツ文化創造企業を目指して一念発起」とうたっている青木氏だが、現実には青木家の原点である青木商店から再起を図るしか術がなかった。 ただ、そこからの再起は素直に評価しなければならない。経歴にもあるように2002年、さまざまなフルーツを使い、店頭で注文を受けてから搾り立てのジュースを提供する「フルーツバーAOKI」1号店を郡山市のうすい百貨店内にオープンすると、「果汁工房果林」「Wonder Fruits」「V2&M」という四つの店舗形態で全国に出店、その数は20年で約200店舗にまで成長した。 このフルーツバー事業を柱に、フルーツタルトを販売する「フルーツピークス」(一部店舗ではカフェを併設)を福島、宮城、茨城、埼玉、東京に計15店舗、さらに鮮度と熟度にこだわったフルーツを扱う「フルーツショップ青木」が計7店舗。これが、青木氏が手掛ける新たな事業となっている。 これらの店舗展開を図るのが青木商店(郡山市八山田五丁目)で、法人設立は1950年。資本金1000万円。役員は代表取締役・青木大輔(青木氏の息子)、取締役・渡辺健史、渡辺隆弘、吉田雅則、監査役・黒田啓一の各氏。 そして、同社に対する経営指導や資産管理、事務代行などを行う青木フルーツホールディングス(同)は2017年設立。資本金2300万円。役員は代表取締役・青木信博、取締役・吉田雅則、遠藤博、監査役・黒田啓一、山内賢二、高島泉の各氏。 ホールディング会社をつくったことからも分かる通り、このころから青木氏は株式上場を強く意識し始めた。対外的に上場を口にしたのは2016年。「海外に出るときは日本国内で信用を得ていることが重要」として、将来的な海外展開と2018年度までに上場する方針を表明。このとき発表した2016年度から3カ年の中期経営計画で、店舗数を220店に増やす目標をほぼ達成し、2018年11月にはタイの首都バンコクに合弁現地法人「アオキフルーツタイランド」を設立、1号店となる「果林」も開業した。しかし、上場だけは果たせなかった。 すると青木氏は2019年、新たな中期計画を発表し、2022年2月期の売上高を2019年2月期に比べ26%増の104億円、経常利益は同4倍の5億6000万円を目指すとした。店舗のスクラップ・アンド・ビルドが一巡し、大幅な利益増が見込めるという強気の戦略で、2021年度までの株式上場も目標に掲げられた。 しかし2020年に発生した新型コロナウイルスで、飲食店はこの2年間、国・都道府県から休業や時短営業を迫られ続けた。自助努力ではどうにもならない経営環境では、青木フルーツの目標に狂いが生じるのはやむを得ない面がある。 高い借入金依存度  ただ、経営状態を詳細に見ていくと、新型コロナがなくても上場できたかは疑問が残る。 決算を見ると(別表参照)、青木商店は売上高が70億~80億円台で推移しているが、当期純利益は黒字と赤字を行ったり来たりしている。2021年2月期は5億0200万円の大幅赤字だ。しかも、この赤字は日本政策金融公庫と商工中金が新型コロナの影響を受けた事業者向けに設けた危機対応融資(新型コロナ対策資本性劣後ローン)を使い数億円を充当したうえでの数字とみられ、財務内容は相当厳しい模様。一方、青木フルーツも売上高2億円前後で、2019年2月期は赤字。上場を目指す企業が頻繁に赤字を計上しているようでは話にならない。 青木フルーツホールディングス売上高当期純利益2018年600万円20万円2019年1億6600万円▲240万円2020年1億9700万円740万円2021年2億4000万円――※決算期は2月。▲は赤字。 青木商店売上高当期純利益2016年73億4100万円▲1億3200万円2017年77億0900万円2000万円2018年79億1900万円▲3300万円2019年82億5600万円6900万円2020年86億1400万円2600万円2021年77億3000万円▲5億0200万円※決算期は2月。▲は赤字。  借入金への依存度も高い。本社がある土地は借地で、建物には日本政策金融公庫が極度額5000万円の根抵当権(2010年)、東邦銀行が5000万円の根抵当権(同年)を設定。2014年にふくしま産業復興企業立地補助金を使って本宮市荒井に新築した工場兼事務所(本宮ファクトリー)には、東邦銀行が8億円の抵当権(2013年)、日本政策金融公庫が1億2000万円の抵当権(2015年)を設定している。債務者はいずれも青木商店。 さらに2012年には、東邦銀行と日本政策投資銀行が共同出資した東日本大震災復興ファンド「ふくしま応援ファンド投資事業有限責任組合」から1億円の融資を受けた。秋田銀行と常陽銀行からも借り入れている模様で、長期借入金は10億円前後に上るとみられる。 さまざまなフルーツを使って提供されるジュースは、Mサイズで300~400円台、フルーツの種類によっては600円台や1000円のものもあるが、健康志向の高まりで新型コロナの影響が和らげば売り上げが回復する見通しにあるという。ただ、本宮ファクトリーの償却負担が増加し、「フルーツピークス」では不採算店を多く抱え、原材料価格は上昇しているなど、決算を安定させるのに解決しなければならない課題はいくつもある。 郡山市内のある経済人は青木フルーツの経営状態をこう評価する。 「以前は軟調な収益性だったが、株式上場を意識し、東邦銀行から出向者を受け入れるようになってから収益性は改善されつつあるようだ。とはいえ赤字を計上しているようでは、上場を宣言されても誰も本気にしない。問題は借入金依存度の高さで、メーンバンクの同行から出向者が来ている限り資金調達が途絶えることはないだろうが、今の店舗拡大を続けているうちは(借入金依存度の高さは)変わらないのでは。店舗拡大が早くて社員教育が追いついていないことも悩みの種のようだ。従業員数2400人超とうたっているが、ほとんどはパートとアルバイトで、正社員はそのうちの1割超。パートとアルバイトが多ければ人件費は抑えられるが、店舗数ばかり意識して正社員の育成を怠れば、上場に耐え得る強い会社はつくれない」 スタンダード市場を視野!? (出所) 日本取引所グループHP  冒頭の福島民報によると、青木フルーツが上場を目指すのは「スタンダード市場」だという。 東京証券取引所には市場第一部、市場第二部、マザーズ、JASDAQ(スタンダード、グロース)という四つの市場区分があったが、2022年4月からプライム、スタンダード、グロースと三つの市場区分に再編され、上場各社は該当する市場区分に一斉に移行した。再編の背景には▽市場第二部、マザーズ、JASDAQの位置づけが重複し、市場第一部もコンセプトが不明確になっていた、▽新規上場基準よりも上場廃止基準が大幅に低いため、上場後も新規上場基準を維持する動機づけがない、▽他の市場区分から市場第一部に移行する際の基準が新規上場基準よりも緩いなどの理由があった。 こうした中、三つの中で2番目となるスタンダード市場は、株主数400人以上、流通株式数2000単位以上、流通株式時価総額10億円以上、最近1年間の利益1億円以上、純資産額はプラスであること等々を新規上場基準としている。青木フルーツの今の経営状態では、数年先の上場も怪しく感じる。 市場区分は異なるが2022年2月、東証のプロ投資家(特定投資家)向け市場「東京プロマーケット」に株式を上場した農業用資材販売のグラントマト(須賀川市)は、福島県が地元の上場企業を増やす目的で2016年度に創設した「福島県中小企業家株式上場支援補助金」に応募し、2016、2020年度と2回採択されている。同補助金はこれまで延べ7社が採択されているが、この中に青木フルーツの名前はない。 青木氏の熱い思いとは裏腹に、上場のハードルは相当高そうな印象だが、青木フルーツではどのような戦略を練っているのか。3月中旬、青木フルーツに取材を申し込むと 「現在、福島民報の記事以上の情報をお出しできる状況になく、適切な時期に弊社青木からご説明させていただきたい」(総務課担当者) 挫折を経て、過去を〝清算〟したうえで上場を目指すなら、文句を言うつもりはない。しかし上場を公言するなら、それに見合った経営状態を維持しないと、地元経済界から応援する雰囲気は醸成されないのではないか。 あわせて読みたい 青木フルーツ「合併」で株式上場に暗雲!?【郡山市】

  • 【櫻井・有吉THE夜会で紹介】車中泊×グルメで登録者数10万人【戦力外110kgおじさん】

     テレビ離れが進む昨今、ユーチューブの全世代の利用率は9割だ。本誌の読者層であるシニア世代も、パソコンやスマートフォンで毎日のようにユーチューブを見ている人は多いはず。数あるチャンネルの中には、県内で活動するユーチューバーも多数存在する。その中に、異色のジャンル「車中泊&グルメ」系で人気を誇る「戦力外110kgおじさん(43歳)」がいる。なぜ視聴者はこのチャンネルにハマるのか、本人へのインタビューをもとに、その謎に迫ってみたい。 【戦力外110kgおじさん】福島県内在住おじさんユーチューバーの素顔 https://www.youtube.com/watch?v=_SxScudMxQ8&t=23s  週末夜のキャンプ場。辺り一面、真っ暗の中、ポツンと明かりが灯る1台のプリウス。その車の後部座席で、一人焼肉をしながらチューハイ「ストロングゼロ」をキメる――。そんな様子をユーチューブに配信している男性がいる。男性の名は「戦力外110kgおじさん」(以下、戦力外さんと表記)。戦力外さんのユーチューブのチャンネル登録者数は10・5万人。1つの動画が配信されれば20万回再生するのは当たり前で、中にはミリオン(100万回再生)に届きそうな動画も複数ある。  「110kg」という名の通りの巨漢が、決して広いとは言えないセダンタイプのプリウスの後部座席で、好きなものをたらふく食べ、大酒を飲む。そんな動画がなぜ多くの人に見られ、そして見続けられるのか。  戦力外さんの動画はチャンネルを開設してすぐに〝バズった〟(人気が出た)わけではない。  戦力外さんがユーチューブに動画を配信し始めたのは2020年2月。当初は釣りの動画を配信していたが、再生回数は数十回程度で、チャンネル登録者数も伸びなかった。  浮上のきっかけとなったのは「顔出し」だった。   戦力外さんは「正直なところ、40代である自分らの世代ってネットで顔出しするなんて気が狂っているというか、抵抗があったんですよね」と話す。今の40代は、匿名性の高い「2ちゃんねる」などを見てきた世代であり、「インターネットでは絶対に顔を出すな」と言われてきた世代でもある。それでも、戦力外さんは再生回数を伸ばしたい一心で顔出しを決意した。  「顔出ししたら登録者が100人を超えたんですよ。ユーチューブには『チャンネル登録者数100人の壁』というのがあります。そこを自力で超えられると、収益化の条件である『チャンネル登録者数1000人・総再生時間4000時間』に近づくと言われています。大体の人はこの100人の壁を超えられず、やめてしまうみたいですね」  チャンネル登録者数100人に達するまで7カ月を要した戦力外さんだったが、そこから1000人になるまでは、わずか3カ月だった。  顔出しと前後して、現在の動画の原点となる「プリウスの快適車中泊キットを110kgおじさんがDIY」という動画を配信したことも追い風となった。  プリウスの後部座席で使う食卓テーブル兼ベッドを作る動画だ。プリウスは後部座席を倒してフラットにしても、普段座るときの足置きのスペースがぽっかり空いてしまう。寝袋を敷いて寝ていると、どうしても足の部分がはみ出てしまい快適に眠れない。それを解決するために作られたのがこの台だった(写真)。このときの動画が初めて再生回数1000回を超え、戦力外さんにとって初バズり動画となった。戦力外さんは「釣りではなく、車中泊に需要があるのか!」と気付き、動画の内容を車中泊系へと変更していく。 車内に設置された食卓テーブル兼ベッド  2度目のバズり動画は「車上生活者の休日シリーズ」。その後、このシリーズが戦力外さんの主力コンテンツとなっていく。 戦力外さんは「このシリーズの第1弾で、いきなり1万回再生いったんです」と言う。  「再生回数が伸びた理由は、当時チャンネル登録者数20万人のユーチューバーさんが動画にコメントをくれたからなんです」  コメントの内容は「あなたみたいな人が、もしかしたらユーチューブで成功するのかもしれませんね。収益化するまで是非続けてください。わたしも応援します」だった。  ユーチューブに限らずSNSではよく起こる現象だ。多くのフォロワーやファンを持つ配信者(発信者)が、無名ユーチューバーの動画を一言「面白い」と紹介しただけで、瞬く間にその動画が拡散されていく。これをきっかけに戦力外さんは、収益化の条件であるチャンネル登録者数1000人・総再生時間4000時間を達成した。 動画を通じて疑似体験  動画の冒頭は、戦力外さんが車中泊をする場所に向かう道中の運転席を映している。無言で運転する戦力外さんが映し出され、テロップでその日にあった出来事などが紹介される。動画の説明欄に「この動画は半分くらいフィクションです」とある通り、テロップの内容は現実世界で起きたことに、戦力外さんが少し〝アレンジ〟を加えたものとなっている。  名前にあるもう一つのテーマ「戦力外」。これは、戦力外さんが日々の生活において「社会に出ると全然自分が役に立たない」、「俺って会社や社会では戦力外だな」と、打ちひしがれた経験が基になっている。   視聴者のコメント欄を見ると「おっちゃん見てると他人事には思えないんだよな。職場のストレスはよく分かる! この動画を見てると頑張んなきゃって不思議と思える。おっちゃん頑張って!」などと書き込まれている。  「動画の前半部分によく出てくる職場での失敗エピソードは、視聴者が自分よりきつい環境にいる人を見て、自分はまだまだマシだなって安心したい思いがあると思います。社会の戦力外おじさんが、もがきながら、ささやかな楽しみを見つけて楽しんでいる姿を見てシンパシーを感じるのでしょうね」 取材に応じる戦力外さん  メーンである動画の後半部分は、戦力外さんが車中で一人、ひたすら飲み食いするシーンだ。これがまた「食べ物がとても美味しそうで、美味しそうに食べる」動画なのだ。  視聴者のコメント欄には「見てると幸せな気持ちになれる動画を、ありがとうございます!」、「毎回、元気いただいてます」などと寄せられている。  「自分の好きなユーチューバーを見ることによって、自分もキャンプした気持ちになる。健康上の理由で食べたいけど食べられない人にとっては、私の動画を見て食べた気になる。そうやって疑似体験したいのかもしれませんね」 動画の編集時間は5時間  戦力外さんは1979(昭和54)年生まれの43歳。出身は山形県だが、幼少期から30代半ばまで猪苗代町で過ごす。学生時代は漠然と「物書きになりたい」という夢を持っていた。専門学生時代にはサブカルチャー雑誌『BURST(バースト)』にハマり、石丸元章、見沢知廉、花村萬月など、破天荒だが自由を感じるライフスタイルに憧れた。何か行動に移すということはなかったが、創作活動をしたいという思いは学生時代から抱いていた。  高校卒業後、家業である川魚の養殖業に就き、6年半前に実家を出て中通りに引っ越すタイミングで、インフラ系の会社に転職した。20代に真剣に打ち込んだのはフルコンタクト空手という格闘技だった。しかし膝のじん帯を断裂し、選手生命を断たれてしまう。  人生の大きな目標を失い「もう一つ生きがいを見つけたい」と思い立った戦力外さんが表現活動の第一歩として始めたのが、LIVEコミュニケーションアプリ「Pococha(ポコチャ)」だった。しかし、ポコチャはリスナーと直接会話するスタイルで、高度なコミュニケーション能力が要求されるため数カ月で挫折してしまう。  戦力外さんは「誰かと直接コミュニケーションせず、自分のタイミングで動画を撮り、じっくり編集できる方がいいんじゃないか」と考え、ユーチューブを始めた。  平日は会社で働き、休日になると動画撮影のため出掛ける。撮り終わったら自宅に戻って編集する。1つの動画の編集作業は平均5時間を要するが、「スマホを使ってベッドに寝ころびながらリラックスして作業しているので、そんなに大変ではないですよ」。  台本は作らず、頭の中で動画の構成を練っている。仕事は車の移動時間が長いため、その時間を有効活用し、面白いワードが出てくるのをひたすら待つのだという。 「美しいマンネリ目指す」「理想は水戸黄門とか孤独のグルメ」  戦力外さんのチャンネルの視聴層は35~60歳までが多く、男女比では男性が9割を占める。  「理想は水戸黄門とか孤独のグルメなんです。視聴率トップは取れないけど、ずっと見てくれる人がいる。美しいマンネリっていうんですかね、そんな動画でありたいですね」  戦力外さんの動画が限られた層にしか見られていないと分かるエピソードがある。戦力外さんは自身のユーチューブチャンネルを母親に薦めたそうだが、母親が熱心に見るのは猫やフォークダンスの動画で、いくら薦めても自身の息子が配信している動画を全く見なかったという。戦力外さんは「興味がなければ肉親の動画でも見ないんですよ」と笑う。 プリウスと戦力外さん  ユーチューブはユーザー一人ひとりの趣味趣向に合った動画がトップ画面に表示されるような仕組みになっており、普段見ないジャンルの動画はそもそも表示もされない。これはユーチューブに限ったことではなく、買収騒動で話題のツイッターなどのSNS、ゾゾタウンなどの通販サイトも同様だ。  ただ、世の中の〝おじさん〟しか見ないニッチな動画を配信しているはずが、最近は少しずつファン層が拡大している様子。北海道に撮影に行った際、チャンネル登録しているファンの女性と奇跡的に出会い、お付き合いするまでに至ったという。  声をかけられる機会も増え、特にキャンピングカーで旅をしているシニア世代の夫婦からが多いようだ。 専業ユーチューバーへ  戦力外さんは6年半勤めた会社を辞め、12月から専業ユーチューバーとして活動を始めた。  「収入は不安定ですし、専業としてやっていくのに不安はありましたが、これからは創作活動一本で食っていくんだと決めました」  ユーチューブでの収入は「サラリーマンの月収の2倍くらい」だという。再生回数の変動などにより月の収入が100万円の時もあれば10万円の時もあるような世界だが、ユーチューブで最も広告収入を得やすいのは3月と12月なので、そのタイミングで退職を決意した。  ユーチューブは再生数によって広告収入が決まる。その単価についてはユーチューブの規約で公言しないよう定められている。戦力外さんも明かそうとしなかった。  しかし、さまざまなユーチューバーの書籍の情報によると、現在、ユーチューブの広告収入単価は1再生あたり0・05~0・7円と言われている。トップクラスの人気ユーチューバーは、1つの動画につき、サラリーマンの平均年収の3~4倍の広告収入が入る計算となる。  とは言っても、そこまで稼げるのはほんの一握りで、急に動画が見られなくなることだってあるのだ。  ただ、戦力外さんは「ユーチューブはプライベートすべてがネタになる」と前向きに捉える。  「仮にユーチューブで稼げなくなり、アルバイトをすることになっても、それを動画にすればいい。いいことも悪いこともネタにできるのがユーチューブなんです」  専業ユーチューバーになれば撮影回数を増やせるし、動画を配信する本数も増える。海外向けのチャンネル開設も目論んでいる。  「私のチャンネルは日本語のテロップを入れているので日本人しか見ません。次は世界に向けて、言葉なしでも伝わるような動画も作っていければと思っています」  戦力外さんは、テロップ無しに加え、ユーモアもプラスアルファしていきたいと考えている。  「チャップリンやミスタービーンみたいなコミカルな動きを入れていけば面白いかなと思っています」  一度見たら見続けてしまう中毒性。これがユーチューブの性質であり、作り手はそこを目指して動画を作成する。  「好きなことで、生きていく」  これはユーチューブのキャッチフレーズだが、専業ユーチューバーとして生き残っていくためには、そうも言っていられない。戦力外さんは「自分が好きなものも大事ですが、それ以上に、視聴者が求めているものを常に考え、再生回数が落ちないように維持していかなければなりません」と漏らす。  「死ぬ時、『なんであの時に専業ユーチューバーにならなかったんだ』と思いたくないんです。やった後悔よりもやらない後悔の方が悔いが残るって言うじゃないですか」  そう笑って話す戦力外さん。この先、どのようなチャンネルや動画を作り、ファンを拡大していくのか。〝おじさんユーチューバー〟の挑戦は始まったばかりだ。 追記【TBS 櫻井・有吉THE夜会で紹介】(2023年5月23日放送分)戦力外さんが紹介される! チュートリアル・徳井義実さんが、おすすめのユーチューブチャンネルを紹介するコーナーで戦力外さんを紹介!タイトルは「なぜか見てしまう!脱サラ親父の哀愁車内メシ」。23分30秒頃から。 Paravi(パラビ)で視聴する あわせて読みたい 鏡田辰也アナウンサー「独立後も福島で喋り続ける」

  • 使用料「減免無し」で不評の【あづま球場】

    (2022年10月号)  2022年9月3~5日にかけて県内で行われた「2022東都大学野球秋季リーグ開幕戦」は入場者が2万5000人に上るなど盛況のうちに終わったが、思いがけずこんな不満の声も聞かれた。 「あづま球場は使用料の減免措置がなくて……」 と話すのは、県内のある野球連盟関係者だ。 福島市にある県営あづま球場は、2021年の東京オリンピックで野球とソフトボールの日本代表戦が行われたことで全国的に知られるようになった。東都大学野球開幕戦でも初日の会場として使われ、計3試合が行われたが、ここには当然、球場使用料が発生している。 球場使用料は県都市公園条例で定められているが、同開幕戦にかかった金額を同条例に当てはめて計算すると「アマチュア野球に使用する場合」で「入場料等を徴収する場合」で「土曜日等」だと「1日の最高入場料の300人分に相当する額」となっている。入場料は一般1500円だったので「×300人分」で45万円。さらに屋内練習場やピッチング・バッティングマシーン、夜間照明などの付属施設等を使うと、1時間につきいくらと別途使用料が加算される。 補足すると、球場使用料は一般か高校生以下か、平日か土日か、入場料を徴収するかしないか、アマチュアかプロか、という違いで大きく変わってくる。例えば入場料を徴収せず、生徒等が昼間に使う場合だと、球場使用料は1時間につき1100円しかかからない。 東都大学野球連盟は付属施設等も使ったとすると、五十数万円の球場使用料を支払ったものと思われるが、その減免措置がないのは大会主催者にとって確かに痛手だろう。 同条例には使用料の「免除」に関する規定(第11条)はあるが、①国の行う事業、②地方公共団体の行う事業、③知事が特に必要と認めたとき――に限られており、「減免」に関する規定はない。 あづま球場の指定管理者である公益財団法人福島県都市公園・緑化協会の話。 「2021年のオリンピックや県が予算措置した大会等は使用料が免除になります。しかし、入場料を徴収する大会は免除対象になりません。東都大学野球も免除対象ではなく、減免も行っていません」 一方、今回の東都大学野球開幕戦は2、3日目を郡山市のヨーク開成山スタジアムで行った。同スタジアムも「最高入場料×300人分」はあづま球場と同じで、付属施設等の使用料もほぼ変わらないが、このほか1時間につき2500円の使用料が加算される。ここでも、球場使用料は五十数万円かかったと見ていいだろう。 球場使用料が高いとレベルの高い試合も見にくくなる(写真は東都大学野球開幕戦のパンフレット)  違うのは、同スタジアムには減免措置があることだ。郡山市スポーツ振興課によると、球場使用料の減免を受けるには市がその大会を後援・共催していることを証明する承認通知書が必要で、後援の場合は3分の1減免、共催の場合は全額免除される。東都大学野球開幕戦は市が後援していたので、減免措置を受けて三十数万円に収まったとみられる。 前出・野球連盟関係者によると、高校野球は入場料を徴収するため、減免措置がないあづま球場は「県大会では使うが、支部予選では使わない」という。一方、同球場では8月に日米対抗ソフトボール2022が行われたが、県がチケットを購入し無料配布するなどの予算措置を講じたため、球場使用料は免除された。 この関係者は「人工芝に張り替えるなど、せっかく改修した〝オリンピックレガシー〟が使いにくい施設になっている」と嘆く。減免措置がないのは考えものだろう。

  • 企業誘致に苦戦する福島県内市町村【現役コンサルに聞く課題と対策】

    (2022年10月号)  地方創生を進めるうえで軸になるのが雇用を生み出す企業誘致。県内市町村は必死にアピールしているが、全国の市町村と競い企業を誘致するのは容易でない。県内市町村に企業誘致における課題を聞くとともに、今後取るべき対策について、現役のコンサルタントに意見を聞いた。 課題は長期戦略構築と労働力確保 福島市に整備された「福島おおざそうインター工業団地」  福島県企業立地課によると、2021年の県内の工場立地数は40件(新設30件、増設10件)。内訳は特定工場(敷地面積9000平方㍍以上または建築面積3000平方㍍以上)が新設23件、増設10件、その他の工場(敷地面積1000平方㍍以上)が新設7件。 震災・原発事故直後の2012年には企業立地補助金を活用して新増設する工場が増加し、工場立地数は2年連続で100件を超えた。だが、その後は70~80件台で推移し、コロナ禍以降は2020年55件、2021年40件と落ち込んでいる。 地区別では相双12件、県中10件、県北9件、いわき5件、県南3件、会津1件。原発被災自治体での避難指示解除や福島イノベーション・コースト構想などが進む相双地区が最も多くなった。地区別の雇用計画人員は県中485人、相双339人、県北221人、いわき92人、県南76人、会津1人。市町村別データは公表されていない。 工業統計調査結果報告書によると、県内の工業従業者数は2004年約18万人から2020年約15万8000人へと減少した。製造品出荷額等は2007年には6兆円を超えたが、人口減少に加え、リーマン・ショックや震災・原発事故の影響により落ち込み、2019年5兆0890億円となっている。 雇用を創出する企業(工場)を新たに誘致すれば、若者世代が都市部に流出せず地元で働くようになるうえ、転入者(移住者)が増える可能性もある。だから、県内市町村は企業誘致に力を入れているが、全国の市町村がライバルとなる中で、大規模な企業(工場)を誘致するのは容易なことではない。 東北経済産業局の2021年工場立地動向調査によると、立地地点の選定理由ベスト5は①本社・他の自社工場への近接性、②工業団地であること、③国・地方自治体の助成、④地方自治体の誠意・積極性・迅速性、⑤周辺環境からの制約が少ない。 二次電池の研究開発に使われる充放電装置メーカー・東洋システム(いわき市)は愛知県豊田市と滋賀県彦根市に評価センターを設置している。庄司秀樹社長は「一番重視したのは取引先の研究所に近い点だった」と語る。 「純粋に取引先の自動車・電池関連メーカーの研究所に近い場所を選びました。数ある候補地の中から両市を選んだ決め手となったのは、企業誘致に熱心だったことに尽きます。わたしどもも限られた時間の中で足を運んでいるので、担当者の方が支援制度や適地を積極的に紹介してくれるところはありがたかったです」 地理的な問題もさることながら、誠意・積極性・迅速性が契約につながったということだ。 これに対し、県内市町村は企業に対しどのようにアピールしているのか。「企業誘致においてストロングポイント(長所)だと思う点」について、全59市町村にホームページのメールフォームやファクスなどで質問を送ったところ、9月22日までに31市町村から回答があった。 主な回答は以下の通り(複数回答可、数字は回答数)。 ①交通アクセスが良好    19 ②補助金や支援などが充実  12 ③地震など自然災害が少ない 5 ③水資源が充実       5 ⑤優秀な人材の確保が可能  4 ⑤豊かな自然環境      4 ⑦研究機関が立地      3 ⑦港湾が近い        3 ⑦特定の産業が集積     3 ⑦過ごしやすい気候     3 ⑦首都圏との近接性     3 ⑦オーダーメイド方式を採用 3 ⑬教育機関が多数立地    2 ⑬生活利便性が高い     2 その他=土地購入費が安価、再生可能エネルギー促進、観光が盛ん、進出用地を確保済みなど。 オーダーメイド方式とは、工場用地などを整備してから誘致するのではなく、企業の立地計画に合わせて土地を確保・造成する方法のこと。 最も多い「交通アクセスが良好」は首都圏などへの近接性を示したもの。「補助金や支援などが充実」は国や県の補助金に加え、市町村独自のバックアップ体制も整っていることを強調したもの。どちらも前出・東北経済産業局調査で挙げられた選定理由ベスト5に入っており、企業誘致の決め手になると意識してアピールしているのだろう。 では、逆に、各市町村が企業誘致を進める上で課題と感じているのはどんな点なのか。回答は別表の通り(編集部がリライトしている)。 【アンケートを実施】企業誘致の課題と感じている点 自治体名アンケートの回答福島市工業団地が分譲終了。若年層の転出者増加。伊達市市内に大学や研究機関がないので、産学連携面で不十分。桑折町現時点で、企業誘致のための補助制度等が十分に整備されていない。郡山市福島空港まで距離があり、就航先や便数が少ない。情報関連産業の誘致に当たり、5G対応エリアが狭い。白河市人口減少に伴う労働人口の減少。須賀川市新卒学生、新卒高校生などの人材不足。小野町人口減少に伴い、就業者の確保がより困難(製造業では特定技能実習生の受入れが増加)。山林が大半で平地が少ない。相馬市相馬港の港湾機能、特に荷揚げに関する施設の拡充が必要。二本松市城下町ならではの丘陵の多い地形のため、まとまった平地の進出用地が確保しづらい。本宮市工業団地はすべて分譲済み。ただしオーダーメイド方式を導入している。会津若松市工業団地が分譲終了。喜多方市首都圏等から距離があり、輸送や移動に時間を要する。積雪による交通障害のイメージ。下郷町少子高齢化で、町内での雇用者の確保が難しい。ただし、企業誘致が実現すれば他市町村から採用される人が増え、定住人口増加につながる可能性が広がると期待している。只見町空港、港、高速道路まで距離がある。冬期間は除雪が必須。南会津町人口減少で労働力人口が減少傾向にある。北塩原村裏磐梯エリアのほとんどが国立公園及び国有林野(自然公園法・森林法等の制約)、原発事故による風評被害、コロナ禍による観光入込者数の激減。会津坂下町工業団地整備を行っていない。町内や周辺市町村の既存工場などで人材の取り合いとなってきている。柳津町人口が少なく、企業誘致できたとしても町民の新規雇用へつなげることが難しい。まとまった用地の確保が難しい。金山町工場等設置の立地条件が悪い。主要幹線道路からの距離が遠い。昭和村地理的条件から誘致は非常に難しい。西郷村工業団地が分譲終了。楢葉町国庫補助金を活用しているため、国担当者の考え方により、誘致のスケジュール感や魅力的な団地整備などに制約が設けられる。原発災害からの復興の意味・意義が薄れてきた。また、業種によっては事故前の放射線量との比較をされることが多い。国際教育研究拠点が遠方立地(浪江町)に決定したことで、働き手(若者)不足が加速する可能性。大熊町従業員の確保が困難、商業施設など生活利便施設が少ないなど、町内全域への避難指示が長期間に及んだことによる影響。新地町町の面積が小さいため、広大な土地の確保が比較的難しい。飯舘村冬の寒さが厳しく、積雪が量が多い。ただ、主要道路の除雪を行う体制は整っている。いわき市すぐ紹介できる工業用地が限られており、企業側の条件とマッチングするのが難しくなっている。  最も多かったのは、「労働人口の減少により働き手が確保できない」というもの。県内の生産年齢人口(15〜64歳)は1995年10月138万人から2022年7月98万人まで減少している。高齢化・人口減少が著しい会津地方、震災・原発事故の影響が大きい双葉郡だけでなく、福島市や白河市なども回答しているので、県内全域の課題と言えよう。 次いで目立ったのは、「まとまった用地が確保できない」、「工業団地の分譲がすでに終了した」。新たな工業団地の整備には金がかかるので、二の足を踏んでいるところが多い。 『2021年度版産業用地ガイド』(一般財団法人日本立地センター)に掲載されている県内の分譲中・分譲開始予定の産業用地は39カ所。全国では北海道の65カ所に次いで2番目に多いが、最近では前述したオーダーメイド方式を導入している市町村も増えている。民間遊休地の情報なども提供しながら、企業と協議して用地を確保するスタイルが主流になっていくかもしれない。 現役コンサルに聞く課題と対策 鈴木健彦氏  気になったのは、県内で自然災害が頻発している影響だ。 2019年には令和元年東日本台風により県内各地で浸水被害が発生。郡山市では阿武隈川の氾濫により郡山中央工業団地が大規模浸水に見舞われ、日立製作所は郡山事業所で行われていた事業の大半を県外の生産拠点に移転した。 2021、22年には福島県沖地震が発生。各地で家屋倒壊や停電、橋梁損傷や道路崩落、土砂崩れによる通行止めといった被害が発生し、企業活動も大きな影響を受けた。 地震保険料は地震発生の危険度に応じて都道府県別に基本料率が定められている。青森県や山形県などが1万1200円なのに対し、本県の保険料(保険期間1年、保険金額1000万円、10月改定後の料金)は宮城県と同額の1万9500円。 頻発する自然災害は企業誘致においてマイナス要素にならないのか。 複数の市町村の企業誘致担当者に確認したところ、企業側から進出予定地の災害リスクや周辺のハザードマップについて、確認されるケースは増えた。ただ、基本的に自社や取引先への近接性などを理由に進出を検討する企業が多いため、災害の多さで敬遠されることはないという。 地域と経済・工業の関係に詳しい福島大学経済経営学類の末吉健治教授(経済経営学類長)は「自然災害は日本全国で起きている。福島県だけが企業から敬遠されるとは考えにくい」としつつ、自治体が講じるべき対策についてこのように指摘した。 末吉健治教授(福島大学HPより)  「近年、防災・減災対策が進展している中で、避難場所・経路の確保だけではなく、被災時のインフラ確保計画、アクセスルートの確保などは平時より情報共有する必要があると思います。また、震災や台風のとき、製造業の重要部品の集中生産(拠点生産)が、長期にわたる生産停止の要因(半導体、ピストンリングなど)になっていたことが明らかになっています。そういう意味では、企業の被災時におけるリスク回避投資(複数拠点への生産の分散など)の情報を常日頃から収集し、企業にアプローチするなど誘致戦略も必要になるのではないでしょうか」 一方、企業立地や産業振興、不動産に関するコンサルタント業務を担う㈱エービーコンサルティング(宮城県仙台市)の鈴木健彦氏は「『福島は災害ばかり起きている』と進出に難色を示す企業も実際にあった」と語るが、「そのほとんどは西日本本社。東北は『遠い地方』で関心が薄く、復興に関する情報不足からマイナスイメージを払拭できていないだけ」と指摘した。 そのうえで、鈴木氏は今後福島県(県内市町村)が取り組むべき企業誘致対策として、①リスク開示を積極的に行う、②福島県と縁がある企業・出身者を大事にする、③小さなIT・コンテンツ産業を大きく育てる――の3点を挙げた。 ①について、鈴木氏が例に挙げたのは、富士山頂がある静岡県富士宮市だ。同市はかつてホームページの企業誘致ページに富士山の噴火リスクとその対応を掲載していた。静岡県は当時、企業立地数、面積とも全国首位だったが、そんな同県を牽引していたのが富士宮市だった。 「富士山噴火以外に東海地震のリスクもあるのに、スズキなど静岡県内の主力工場は移転せず、福島県も立地を狙っていたEVの次世代電池工場は同県湖西市に増設された。いいことだけ言っても信憑性が疑われる。自然災害に関するリスクも早い段階で開示する方がかえって企業との信頼関係が生まれやすいのです」(鈴木氏) ②については、「西日本の一部、食品系企業で(原発事故被災地である)福島県を回避する動きが未だにある」(同)。そうした中で、地道に広報活動を継続することも大切だが、それよりも県出身者など福島県に縁のある人に「地元のため」と県内での投資を求める方がより効率的で大切――と鈴木氏は主張する。 「個人情報保護の意識の高まりにより、行政も出身者の情報を集めにくくなっているようだが、都内在住の県出身者の方々とお会いすると、皆一様に他地域出身者より郷土愛が強いと感じます。郷土を良くしたいと思っている県出身者は多い。だからこそ、いままで以上に膝を交えて対話する機会を作り、その力を借りるための素地を各市町村は作っていくべきです」(同) 「担当職員異動は弱点になる」 福島県庁  ③については、鈴木氏が近年、東北経済産業局の「コンテンツ産業」に関する調査事業、福島県企業立地課の「地方拠点強化税制の利用企業探索」といった事業を受託した中で実感していることだ。 経産省系の補助金や減税支援制度には雇用要件が厳しく使いづらいものが多い。そうした中、IT・コンテンツ産業(出版、アニメ、ゲームなど創作物をつくる産業)では、東北出身者が都内で実力をつけた後、地元に戻って小規模な事業からスタートさせている事例が見られる。 「実際にいわき市でもそのような企業が県内雇用を拡大させて操業しています。UIJターンなどによってテレワーク中心でも行える業態なのは魅力です。高速ネット回線の整備のほか、総務省系の〝スモールスタート〟支援制度の周知不足など、誘致する際の課題は多いが、農業生産高9兆円に対し、ゲーム、アニメのコンテンツは12兆円産業。現在のように大企業の誘致にばかり注力していると、企業業績が怪しくなった際に地域経済全体に影響が及ぶし、自然災害や風評により撤退していくこともあり得ます」(同) 1970年代、大都市圏の工場の地方分散が進む中、地価・労働力が安い東北地方には多くの工場が立地した。県内でも「富士通城下町」と呼ばれた会津若松市をはじめ、大企業系列の工場が進出し、地域経済を支えていた。だが、社会情勢の変化や商品の生産停止などを理由にあっさり撤退した事例が複数ある。 そうした事態を招かないように、県に縁にある出身者などにアプローチしたり、小規模のコンテンツ企業を含むIT産業を数多く誘致して育ててはどうか、と。要するに、鈴木氏は長期戦略を持って企業誘致に取り組む必要性を説いているわけ。 このほか鈴木氏は行政が抱える問題点として、「ジョブローテーションで担当者が異動することは、企業にとって窓口が変わり、交渉経緯を皮膚感覚で理解している職員がいなくなることでもあるので、企業誘致において弱点になる」、「企業立地件数が多い西日本の企業誘致担当者は積極的だが、東日本の担当者は受け身の姿勢が目立つ」と指摘した。 雇用確保、定住人口増加、地域振興につながる企業誘致。だが、会津地方などは前述した働き手確保の問題に加え、「首都圏から距離があり、輸送や移動に時間を要する」(喜多方市)、「冬期間は企業除雪が必須」(只見町)といった障害がある。そのため、ここ3年間の企業誘致数がゼロという自治体も多かった。 自治体は人口を増やすため企業誘致を進めているのに、企業は人口が少なく不便な場所には来たがらない皮肉な現状がある。ただ、鈴木氏が指摘した点などを参考に改善・アピールしていくことで、企業進出、それに伴う従業員の移住・定住などの可能性も広がるのではないか。 あわせて読みたい 【会津若松市】富士通城下町〝工場撤退〟のその後

  • 建設業者「越県・広域合併」の狙い【小野中村】【南会西部建設】

    (2022年10月号)  2021年4月、建設業の山和建設(山形県小国町)と小野中村(相馬市)の持ち株会社が合併し、「山和建設・小野中村ホールディングス(HD)」(仙台市宮城野区)を設立、両社は同HDの傘下になった。2022年7月には南会西部建設コーポレーション(会津若松市)も、同HDの傘下に入り、持ち株会社の名称は「UNICONホールディングス」に変更された。県境をまたいだ建設会社の広域合併は珍しいが、そこにはどんな狙いがあるのか。 ファンド傘下になった小野中村と南会西部建設  山和建設は山形県小国町に本社を置く総合建設業・一級建築士設計事務所。1977年設立。資本金5000万円。民間信用調査会社に業績は掲載されていなかったが、年間売上高は約80〜100億円という。 山和建設代表取締役井上孝取締役小山剛三須三男小野貞人渡部久雄五十嵐九平黒沼理青海孝行中原慎一郎大浦和久阿部猛片山大輔監査役平岡繁  小野中村は1957年設立。資本金7900万円。民間信用調査会社によると、2021年の売上高は77億6800万円(決算期は6月)。2018年に、ともに相馬市に本拠を置く小野建設と中村土木が合併して現社名になった。 小野中村代表取締役小野貞人平澤慎一郎取締役植村卓馬青海孝行中原慎一郎小山剛片山大輔監査役平岡繁  両社は2021年4月、それぞれの持ち株会社が経営統合し、「山和建設・小野中村ホールディングス(HD)」(仙台市宮城野区)を設立した。両社の売上高を合計すると、150億円を超え、東北有数の規模となった。 2022年7月には南会西部建設コーポレーションも同HD傘下になり、持ち株会社の名称は「UNICON(ユニコン)ホールディングス」(以下「ユニコンHD」)に変更された。 UNICONホールディングス代表取締役小山剛取締役青海孝行中原慎一郎小野貞人井上孝植村賢二片山大輔監査役平岡繁  南会西部建設コーポレーションは1976年設立。資本金4930万円。民間信用調査会社によると、2021年の売上高は31億5700万円(決算期は6月)。もともとは只見町に本拠を置く南会工業という会社で、会津若松市に南会工業会津支店を置いていたが、それが独立して西部建設になった。2004年に南会工業と西部建設が合併して現社名になった。 南会西部建設コーポレーション代表取締役植村賢二取締役飯塚信小山剛青海孝行中原慎一郎片山大輔大瀧浩之監査役平岡繁  これにより、ユニコンHDの下に、山和建設、小野中村、南会西部建設コーポレーションの3社が並立する格好となり、売上高200億円規模の建設会社グループが誕生したことになる。なお、各社の役員を別表にまとめた。相互兼務している人物も多い。ユニコンHD代表取締役の小山剛氏は2022年7月までは山和建設の代表取締役も務めていた。3社の中でも、山和建設が中心的存在であることがうかがえる。 小野中村、南会西部建設コーポレーションの事例を見ても分かるように、これまでも建設会社の合併はあった。ただ、それは同一地域内でのことだった。今回のように、県境をまたいでの広域合併は珍しいケースだ。3社を束ねるユニコンHDに「広域合併にはどんな狙いがあるのか聞きたい」と問い合わせたところ、同社の返答は「取材は受けられない」とのことだった。 3社の合併の背景には、「エンデバー・ユナイテッド」(東京都千代田区、三村智彦社長)というファンドの存在がある。同社は2013年設立。資本金8000万円。役員は代表取締役・三村智彦、取締役・飯塚敏裕、平尾覚、鈴木洋之、山下裕子、監査役・平岡繁、山内正彦の各氏。監査役の平岡繁氏はユニオンHDとその傘下の3社でも監査役に就いている。主な事業は投資ファンドの運営で、建設業のほか、製造業、不動産業、飲食業、小売業、サービス業など、さまざまな分野への投資実績がある。民間信用調査会社によると、2022年4月期の売上高は10億円、当期純利益は1800万円となっている。 山和建設は2020年4月、小野中村は2021年1月、南会西部建設コーポレーションは同年12月に、それぞれ同社と資本提携しており、ファンド主導で合併がなされたことがうかがえる。 ちなみに、南会津町の南総建も7月にエンデバー・ユナイテッドと資本提携している。南総建は自社HPで、「現在、エンデバー・ユナイテッドでは、『地域連合型ゼネコン』をコンセプトに掲げるUNICONホールディングスを通じ、地域建設業界の課題解決に取り組んでいます。今般の弊社との資本業務提携もこの取り組みの一環であり、弊社は一定期間を経てUNICONホールディングスグループに参画することを予定しております」と告知している。 ローカル建設会社と言うと、地域に根ざして事業展開する、といったイメージだが、ファンド傘下になったことで、ある程度ドライに利益追求をしていく、ということかもしれない。その一例が「取材拒否」だったのではないか。 それを裏付ける証言として、ある下請け会社によると、「合併前の会社の下で仕事を請けていた(下請けに入っていた)が、合併後は『われわれの一存では決められない』、『いままで通りの付き合いは難しい』と言われた」という。 代表3者が語る狙い 互いに手を取る3社の代表、右から植村氏、小山氏、小野氏(UNICONホールディングスのHPより)  その一方で、建設業は先行きが不安定な業界というイメージだが、ファンドからすると、投資する価値がある、ということになる。 業界団体の関係者は「ファンドからすると、大幅な浮揚は難しいとしても、向こう10年くらいは食っていけるという判断なのでしょう」とのこと。 ユニオンHDのHPに小山氏(山和建設)、小野氏(小野中村)、植村氏(南会西部建設コーポレーション)の鼎談が掲載されている。その中から、「広域統合の狙い」に関連する部分を要約して拾ってみる。   ×  ×  ×  × 小山「3社はいずれも公共土木工事の元請を軸としていますが、地域性に加え、取り組んでいる工事が違います。山和建設はダムなどの砂防工事や高速道路などの未開発な地域での工事が多い。小野中村は河川や海岸工事、南会西部建設は除雪や浚渫工事など険しい場所での工事に強みがあり、互いに無い強みを有しています」 小山「我々は3社、つまり3拠点で200億円です。グループ間の連携を更に強化し、互いに力を合わせ、より大型の工事を狙うことで、売上の増加を図りたい」 小山「昨今の人材不足は業界全体の課題ですが、我々は各会社での個社採用を前提としつつ、技術者を工事の繁閑に応じて3社に流動的に異動させることを考えています。これは国土交通省が提唱してきた新しいスキームを活用する試みで、おそらく全国で初めて我々が取り組むことになります。3拠点のどこからでも機動的に動ける体制は、周りのゼネコンに対して大きな競争力になると考えています」 小野「3社間で技術者を融通しあうことで、各エリアの仕事を効率的に受注することが出来ると考えています。ただし、技術者は誰でも良いわけではなく、社員の一人ひとりが常にスキルを向上させ、成長していかないといけません。グループとしてさまざまな工事を経験できるUNICONホールディングスは、技術者一人ひとりに具体的な成長の機会を提供できると思います」 小山「公共工事の入札は、地元企業には『地域密着』というアドバンテージがあります。これは『地域の守り手』としてインフラのメンテナンスを継続的に図っていく必要がある我々の業界にとっては、各々の『地元』で業を営んでいること自体に価値があり、UNICONホールディングスグループは、そうした競争を生き残っていくことと考えています。また、建設業界は一般的には頭打ちとも言われていますが、その中で公共土木の領域は、国土強靭化を背景に今後も投資額の増加が期待される、業界唯一の成長セグメントと考えられます。ただ、公共土木は地域によって発注の波が発生する傾向にあり、我々は地域毎の発注状況に合わせて技術者を配置することで、効率的に案件を受注することが可能です。加えて、これまでは技術者不足により入札を見送らざるを得なかった大規模、高難易度案件に対しても、グループ間で技術者を融通しあうことで受注が可能になります」 植村「グループがより大きな企業集団に成長した時、それは『究極の攻め』にも『究極の守り』にもなります。連携する企業に人材を派遣することは、技術を学べるだけでなく、人材不足も補えるということです。技術者の増強は入札競争力の強化につながり、結果的にグループの企業価値も上がっていくと考えています」 小山「建設業は『地元を守らなければならない』という思いが強いです。同時に会社そのものも激しい競争から守らなければなりません。ただし地元を守っているだけでは会社は存続できず、地元外に進出していかなければならないジレンマがあります。両方を総合的に叶えることできるのがこのUNICONホールディングスです。地元を拠点にしながらも、必要に応じて地元外へ一緒に出ていける強みがあります。我々のビジョンに賛同してくれる企業があれば、是非とも一緒にやっていきたいという思いです。事業規模で選ぶのではない。自社の個性を残しながらも、技術力、経営力をより強くしたいと願う企業とどんどん連携していきたい」   ×  ×  ×  × 各社の強み・弱みの相互補完、技術者の横断による人材育成と公共工事受注機会の増加といった狙いに加え、さらなるグループ企業を加えることも視野に入れているようだ。 業界関係者の見立て  業界関係者は今回の広域合併をどう見ているのか。 ある関係者は「結局のところ、災害復旧などを除けば、今後、仕事が大きく増えることが見込めないからですよ」と話す。 福島県の2011年度当初予算では、公共事業費の全体額は約967億円だった。これは震災前に編成されたもので、震災・原発事故を経て、公共事業費は大幅に増加した。県予算のピークは2015年度(当初)の約3327億円。それ以降は徐々に減少傾向にあり、2022年度(同)は1890億円となっている。近年は震災・原発事故のほかにも、災害が相次いでいるが、いずれは震災前の水準に戻ることになる。 それでも、この間の復興特需で建設業界が持ち直したのは間違いない。本誌では過去に「復興需要により業績改善につながったか」というテーマで業界リポートを掲載したが、その際、業界関係者は次のようにコメントしていた(2017年6月号「復興需要で〝身軽〟になった建設業界の先行き」より)。 「震災前、内部留保があるところはほとんどなかったが、復旧・復興関連工事で業績が改善され、倒産寸前の状況から持ち直したところもある。ただ、もともとが酷かっただけに、まずは債務をなくすこと、その次の段階として、何とか蓄え(内部留保)をつくるところまで持っていき、復興需要が一段落した後の備えができれば、というのがおおよその状況です」(業界団体の関係者) 「震災後、公共土木施設の復旧や除染など、多くの仕事をこなす中、ある程度のストック(内部留保)はできた」(県北地方の建設業者) 「浜通りは津波被災を受けたほか、原発事故で復旧が後回しになったところもあるため、ほかの地域より、量、期間ともに仕事が見込める。それを踏まえながら、借金返済や内部留保を計画的に進めている」(浜通りの建設業者) これらの話から、多くの建設業者の業績改善が図られたのは間違いない。とはいえ、「V字回復」の要因となった復興需要は終焉を迎えた。当然、そのことは建設業者自身も分かっており、関係者は一様に「復旧・復興関連の工事が落ち着いたら、いずれまた厳しい状況になるのは間違いない。だから、いまのうちに力を蓄え、今後のことを考えておかなければならない」と明かしていた。 後継者不在も背景に  ここで言う「今後のこと」の方策の1つが広域合併だった、ということだろう。 「以前(震災前)だったら、ファンドに見向きもされない状況だったかもしれない。それが、震災・原発事故を経て大幅に業績が上向いた。だからこそ、そういった選択肢ができたのです。公共工事は地域・季節などによって発注量に偏りがありますが、広域的な経営統合であれば、その地域で仕事がなくても、人員を遊ばせておかずにグループ内で横断させて仕事をすることできます。それが最大の強みであり、狙いでしょうね」(前出の関係者) 県では2017年に「ふくしま建設業振興プラン」を策定し、2022年度から第2期(第2次ふくしま建設業振興プラン、2030年度まで)に入った。「建設業は、社会資本整備に加え、維持管理、除雪、災害対応などを担うほか、雇用の受け皿にもなっているなど、県民の安全・安心な暮らしを支えるうえで必要不可欠な役割を果たしている」といった観点から、県が取り組むべき建設業振興施策の基本計画として定めたもの。その中に「合併等支援事業」といったメニューがあり、以前から合併は1つの選択肢として示されていたのだ。 もう1つ、背景にはあるのは後継者の問題だという。 「一番大きな問題は、後継者がいないということだと思います。当然、相応の従業員を抱えているわけですから、後継者の問題で経営者・従業員ともに不安を抱えながら仕事をするくらいなら、ファンドの傘下に入って確実に存続させよう、と。もちろん、そういった選択ができるのも復興特需で業績が上向いたから、といった側面もあります。そういう意味では、今回の事例のような県を跨いで、というのは稀でしょうが、福島県の場合は広域的な経営統合は今後も増えると思います」(業界団体の関係者) 復興需要によって各建設業者が〝身軽〟になったからこそ、さまざまな選択肢ができ、その1つがファンド傘下に入ること(広域合併)だったと言えそう。この業界団体の関係者は「越県は稀としても、今後も広域的な経営統合は増えると思う」との見解を示しており、これからの数年間で、同業界は大きく変貌するかもしれない。

  • 福島医大「敷地内薬局」から県内進出狙う関西大手【I&H】

    (2022年10月号)  福島県立医科大学(福島市)で大手調剤薬局グループI&H(兵庫県芦屋市)による「敷地内薬局」の設置が進められている。「医薬分業」の観点から禁じられてきたが、6年前の規制緩和を受け、その動きは全国に広がる。医大は土地の貸付料を得ながら、薬局に付随するカフェテラスを呼び込める一方、薬局は県下最大数の処方箋が見込める。設置の公募には地元薬局を含め6社が応募し、上位3社が接戦。敷地内薬局にそもそも反対の県薬剤師会は蚊帳の外に置かれ、本県医療を象徴する場を県外大手に取られた形だ。 蚊帳の外に置かれた福島県薬剤師会  福島県立医科大学(医大)は公立大学法人で、福島市光が丘に医学部、看護学部、附属病院などのほか、保健科学部をJR福島駅前に、会津医療センターを会津若松市に置く。保健科学部と会津医療センターを除いた職員数は2640人、学生数は1427人(2021年5月1日現在)。附属病院の病床数は788床。入院患者は年間20万人。外来患者は同約34万人で、1日平均1429人(いずれも2020年度)。 敷地内薬局の収入につながるのは、医師が外来患者に発行する院外処方箋だ。医大は年間約17万枚を取り扱っており、1日平均約720枚。県内最大級の規模からして、処方箋枚数も少なくはないだろう。 医大に敷地内薬局を設置する過程をたどる前に、そもそも医薬分業と敷地内薬局とは何か。 医薬分業は、「診断して処方箋を書く者」と「処方箋を見て調剤する者」を分けて互いの仕事をチェックさせ、適正な薬剤治療を進める仕組み。1970年代以前の日本では、医師が診療報酬を増やそうと自ら多くの薬を出す「薬漬け医療」の傾向があり、医療費を抑制するため分業が進められてきたとされる。こうして、患者は医師から出された処方箋を持って病院門前や自宅近くの薬局で薬をもらう流れができた。だが「流れ作業的な調剤」「二度手間」の批判もあり、医療費削減の効果も疑問視。規制改革の流れの中で、厚労省が2016年9月に病院が経営を異にする事業者に敷地を貸し、薬局を設置することを認めた。 2019年4月には、東大医学部附属病院に敷地内薬局2店舗がオープンし、全国の医大・医学部に波及する。薬剤師会からは「大家と店子の関係では薬局の独立性が危ぶまれる」と反発が起こった。これに対し、厚生労働省は処方箋の受け付けごとに算定する調剤基本料42点(1点=10円)について、病院との関係が深い敷地内薬局は7点に減らし、参入しても「儲けにくい」ようにした。 薬剤師会が反発するのに病院が敷地内薬局の設置を進めるのは経営上の理由からだ。 一つは土地の貸付料が得られる。特に大学病院は敷地が広く、土地を遊ばせておくのはもったいない。大学病院は独立行政法人として経営努力を求められている背景もある。 もう一つは、福利厚生施設を自己負担なしで整備してもらえる利点がある。 こうして、病院は薬局に土地を貸し、薬局は本業の調剤だけでなく、病院の求めに応じて売店やカフェテラス、職員寮などを運営するようになった。 前述の通り、敷地内薬局は調剤基本料が低く抑えられている。しかも病院は薬局以外の事業にも高水準を求めてくる。にもかかわらず、大手調剤薬局はなぜ参入するのか。県内の薬局に勤めるある薬剤師は、 「資本力の強みです。大手は事業買収を重ね、調剤業務以外に介護、飲食など多業種を抱え込んでいます。調剤を基本にその他の業種との相乗効果で儲けていく方針です。各地域の医療拠点に出店することで、その土地での知名度と実績を上げる。それを足掛かりにさらに出店攻勢をかけ、シェア獲得を狙っているのでしょう」 各地の薬剤師会は医薬分業の建前から敷地内薬局に反対してきた。経営面でもペイするのが難しいため、参入には慎重だ。その隙を大手が突く。各地の薬剤師会は「敷地内薬局のジレンマ」に陥っている。 県内の公立病院では、医大の次に藤田総合病院(国見町)が2022年3月に敷地内薬局の事業者を公募した。門前に薬局を構えていた2社が応じ、アインHD(札幌市)が優先交渉権者となった。 不満を露わにする前会長  医大は2021年12月に事業者の公募を告知した。別の薬局に勤める薬剤師は県薬剤師会(県薬)からメールで一報を受けた時、「医大もとうとうやったか」と覚悟した。 県薬は後手に回った。 「ホームページで公募が告知されたのが13日。応募締め切りは24日でした。土日・祝日は応募を受け付けないので、実質10日間です。ところが、県薬が会員に知らせたのは締め切り後の28日でした。県薬も寝耳に水だったのでしょう」(同)  当時、県薬の会長だった町野紳氏(まちの薬局経営・㈲マッチ社長、会津若松市)が会員に送った書面には医大への戸惑いが見られる。 「医大は本県唯一の医育機関と位置付けられており、本来、患者や地域住民から真に評価される医薬分業の推進をする立場でなければならず、今回の整備事業は賛同しかねるものです」。公募については、「募集期間が短かったこともあり、皆様からの意見を伺う機会を設けられず、対策を講じることができなかったことは誠に遺憾に思います」とし、「会員の意見を伺う機会を設けたいと考えております」と続けた。 町野氏は2022年6月に4期8年の任期を終え会長を退いた。会員の間では、「敷地内薬局設置の動きを把握できなかったため、責任を取ったのでは」との見方がある。 本人に聞くと、「任期を迎えたから辞めた。それだけです」。 設置の動きを把握していたかについては、「知っていたら潰しに動いたでしょうね」と冗談交じりに言った。敷地内薬局への参入については、「医薬分業の観点から会として反対しているので、参入することはありません」と言う。 医大の近くには、県薬が運営する「ほうらい薬局」がある。経営への影響を尋ねると、「微々たるものと考えます」と答えた。 医大の敷地内薬局設置事業の正式名は「敷地内薬局及び福利厚生施設等整備事業」。事業者の選定は公募型プロポーザル方式で行われた。この方式は発注者が事業者に建設物についての提案を求め、応募者の中から審査を経て優先交渉権者を選ぶ。 募集要項や要求水準書によると、医大は土地の一部を貸与し、事業者は薬局1店舗とカフェテラス、コンビニなどを含む集合店舗施設の整備と運営を行う。建設予定地は附属病院への玄関口に当たる「いのちと未来のメディカル棟」の南側で、現在は「おもいやり駐車場」に使われている。 貸付される面積は約1600平方㍍。貸付料について、医大は年額で1平方㍍当たり最低1077円以上を提示。概算すると、事業者は総額170万円以上を土地使用料として毎年払う必要がある。だが、これはあくまで最低額。事業者が医大に提出する資料には、1億円の位まで記入可能な「土地使用料提案書」があり、2022年2月21日にプレゼンテーション形式で行われた最終審査では「本学に対する経済的貢献度」という評価事項があった。いかに高い土地代を払えるかが客観的に物を言うということだろう。 土地を貸付する期間は原則20年以内としている。ただ、医大が「優れた提案」と判断した場合は延長され、最長で30年未満使用できる。 同28日までに医大は、阪神調剤薬局を全国展開するI&Hを優先交渉権者に選んだと公表した。県内では傘下の薬局が2店舗ある。現在、同社と医大は交渉を進めている。  大手が資本力で圧倒か  公募には6社が応募し、うち1社は最終審査前に辞退した。結果は表1の通り。医大は優先交渉権者以外の社名や、審査員7人の氏名、各審査員の採点結果を明かしていない。それぞれ、「事業者の利益を害する」「干渉、圧力を受け審査員の中立性が損なわれる」「医大の利益や地位を害する」との理由だ。 表1 医大敷地内薬局公募の最終審査に参加した5社の得点評価項目I&HA社B社C社D社(1)患者の利便性・安全性に関する評価【70】5658524040(2)福島県立医科大学への相乗的あるいは相加的効果に関する評価【70】5656543640(3)地域への貢献に関する評価【105】6456524446(4)アメニティ施設に関する評価【105】7581844863(5)施設整備に関する評価【105】8790905760(6)実施体制に関する評価【140】1081121167664(7)事業の継続性及び健全性に関する評価【140】1241161126448合計【700】570569560365361※【】は審査員7人の評価項目ごとの配点を合計した点=満点  ただ医薬業界の情報筋によると、I&H以外に公募に応じた5社は、アインHD(北海道札幌市)、クオールHD(東京都港区)、日本調剤(東京都千代田区)、コスモファーマ(郡山市)、ハシドラッグ(福島市)だという。ハシドラッグは共同企業体で臨んだようだが、組んだ企業がどこかは不明。5社のうちどこが辞退したかも分かっていない。 I&Hと応募した可能性が高い5社の経営規模を表2にまとめた。表1の得点と突き合わせると見えてくるものがある。 表2 公募への参加が噂された6社の経営規模資本金売上高従業員I&Hグループ42億円1224億円(連結か)4087人(21年5月期)アインHD218億円3162億円(連結)9568人(22年4月期)クオールHD57億円1661億円(連結)5620人(22年3月期)日本調剤グループ39億円2993億円(連結)5552人(22年3月期)コスモファーマグループ8500万円240億円(連結か)1418人(21年9月期)ハシドラッグ5000万円90億円55人(21年5月期)アイン、クオール、日本調剤は有価証券報告書を、その他はHPや民間信用調査会社のデータを基に作成  注目すべきは上位3社と下位2社との総合点の開きだ。上位3社は8割得点し、どこが首位でもおかしくない点差だが、下位のC社、D社は半分強しか取れていない。点差が如実に開いたのは⑹、⑺の項目。特に⑺には財務状況や類似事業の実績、医大への経済的貢献度を評価する小項目がある。資本力があり、敷地内薬局へ既に参入している大手には有利となる。 これらを踏まえるとA社、B社は大手、C社、D社は地元薬局と推理できる。 地元薬局にとって厳しい戦いではあった。それを承知したうえで、ある地元薬局の取締役は、県外企業にメンツをつぶされたことを苦々しく思っている。 「『阪神調剤』の看板を医大病院の玄関前に掲げられるわけです。地元に根付いてきた薬局としては見過ごせません」 この取締役が地元への貢献の例に挙げるのが2020年6月に楢葉町が設置した「ならは薬局」だ。県薬などが設立した県復興支援薬剤師センターが運営している。震災・原発事故後に帰還が進む地域の医療を支えるため、重要な役割を果たす施設と認識するが、収益は見込めないという。それでも「運営する意義は大きい」との自負がある。 前述の通り、医大が敷地内薬局設置の公募を行ったのは「実質10日間」だが、取締役は医大が事実上、県薬に一声も掛けなかったことを突き放されたと感じているようだ。 「悔しいと思うのはわがままに過ぎないのでしょうか」(同) 残酷だが、医大も患者も便利になれば、事業者が県内であれ県外であれ関係ないのだろう。 勉強会開催の狙い  他方でこの取締役は、帰還地域におけるI&Hの動きをいぶかしむ。 「関連団体が、医大敷地内薬局の公募審査結果が出る4日前(2月24日)に厚労省の官僚や県内市町村職員を巻き込んで会議を開いていたんです」 主催は任意団体の「福島薬局ゼロ解消ラウンドテーブル実行委員会」。目的は名前の通り、震災・原発事故後に住民が帰還しつつある地域への薬局整備を考えるもの。事務局は城西国際大学アドミニストレーション学科(東京都)。同委員会メンバーにはI&Hの岩崎英毅取締役のほか、同大や岡山大医学部、東邦大薬学部の教員ら4人が名を連ねている(表3)。 表3 福島薬局ゼロ解消ラウンドテーブル実行委員会(敬省略)メンバー役職渡邉暁洋岡山大学医学部助教小林大高東邦大学薬学部非常勤講師岩崎英毅I&H取締役鈴木崇弘城西国際大学国際アドミニス トレーション研究科長黒澤武邦城西国際大学国際アドミニストレーション研究科 准教授  4人の名前をネットで検索してみると、過去に国会議員の政策担当秘書を務めたり、自民党のシンクタンク設立に関わったりしたほか、原発事故の国会事故調事務局に勤務するなど、政府―薬局―福島県をつなぐ顔ぶれだ。 筆者はI&Hに「岩崎取締役が同委員会に所属し、福島県内で会議を開いたのは、営業や情報収集が目的ではないのか」と尋ねたが、同社は「知見や課題を共有することで無薬局解消につなげるため」と答えた。公式には勉強会ということだ。 同委員会の実態は詳細には分からないが、I&Hが県内進出に積極的な姿勢であることは間違いない。今後、地元薬局は同社と協調していくのか、それとも対抗していくのか、対応を迫られるだろう。 これまで中小規模の地元薬局は「医薬分業」を推進するための規制に守られてきた。医大に敷地内薬局が設置されることについて、前出・前県薬会長の町野氏は「影響は微々たるもの」とする。だが、2018年11月に敷地内薬局が設置された長岡赤十字病院(新潟県長岡市)の近隣薬局3店舗では、処方箋枚数が設置前より4分の1減少し、金額ベースで10%落ち込んだという(『NIKKEI Drug Information』2019年4月号)。 医大の近隣・敷地外薬局でも持ち込まれる処方箋が減るのは間違いない。問題は影響をどこまで抑えられるかだ。地元薬局は楽観していないだろう。 あわせて読みたい 【浪江町】新設薬局は医大進出の関西大手グループ

  • 依頼者に訴えられた司法書士と福島県司法書士会

    (2022年10月号)  福島市の男性が県中地区の男性司法書士と福島県司法書士会(福島市新浜町6―28、角田正志会長)を相手取り、計約380万円の損害賠償を求めて福島地裁に提訴した。〝法律のプロ〟が揃って訴えられる前代未聞の出来事はなぜ起きたのか、背景を追った。 不動産取引に絡んで“重大過失”  提訴したのは福島市松川町在住の伊藤和彦さん(仮名、70代)。訴状の日付は9月5日だが、本誌は2020年3月号「業務怠慢を〝告発〟された県中地区の司法書士 県司法書士会に違法な!?調停強行疑惑」という記事で今回の問題を詳しく取り上げていた。 司法書士は裁判所や法務局などに提出する書類の作成、不動産・商業登記、相続や遺言に関する業務などを依頼者に代わって行う。司法書士になるためには、司法書士試験に合格して国家資格を取得しなければならない。一方、司法書士会は各都府県に一つと北海道に四つあり、その上部組織が日本司法書士連合会(東京都新宿区)。 提訴に至った経緯を知るため、当時の記事を振り返る。 〇伊藤さんは二本松市内に所有していた実家(空き家)を、大玉村の町田輝美さん(仮名)に貸すことになり、2018年3月13日、建物賃貸借契約書を交わした。期間は2020年3月15日までの2年間、家賃は月額6万5000円としたが、伊藤さんは町田さんから「賃貸で2年住んだ後に不動産を買い取りたい」と言われ、そのことを示す確約書も契約書と一緒に交わした。 〇確約書には売買金額も記され、契約締結から1年以内の場合は1450万円、2年以内の場合は1400万円。一方、売買契約が不成立になった場合は、申し出者が違約金として売買金額の10%を相手方に支払うことで合意した。 〇ところが、町田さんは最初の1回は家賃を納めたが、その後は滞納が続いた。伊藤さんは知人から「このまま滞納が続くようなら2年待たずに売却した方がいい」とアドバイスされ、司法書士を立てて正式に売買契約を交わすことを決めた。 〇伊藤さんは2019年1月、県中地区の男性司法書士A氏に契約業務を委託した。委託内容は不動産登記、所有権移転、抵当権設定、建物賃貸借契約解除に関する覚書の作成および当該書面作成の相談など。 〇同年2月、A氏は知人の宅地建物取引士を同席させ町田さんの妻と面会し、売買の話を切り出した。すると、町田さんの妻から「その話はなかったことにしてほしい」と言われた。ただ、このとき話した内容がA氏から伊藤さんに伝わったのは面会から2週間後だった。 〇伊藤さんは、町田さん側から断られたことを2週間も報告しなかったA氏に不信感を抱いた。さらに「町田さんの妻から『家賃の滞納分は払うが、違約金はなかったことにしてほしい』と言われた」「この件は調停に持ち込まれる」と告げられたことも納得がいかなかった。なぜ町田さんの妻がそう言っているのか、なぜ調停に持ち込まれるのかについて、A氏から説明がなかったからだ。町田さんに直接事情を聞きたくても、調停が受理されてしまったため当事者間の連絡が禁じられ、それまで通じていた町田さんの携帯電話も不通になっていた。 〇その後、町田さんの妻に調停申し立てを促したのはA氏だったことが判明。A氏はこのほか、前出・宅地建物取引士と一緒に町田さんの妻に別の賃貸物件を紹介するなどしていた。伊藤さんが「A氏の行為は民法で禁じられている双方代理だ」と憤ったのは言うまでもない。 記事掲載に当たり、本誌は中通りの某司法書士に、同業者の目から見てA氏の行為はどう映るか尋ねたところ①町田さんの妻に売買契約の意思がないと判明した時点で司法書士の出る幕はない、②A氏は町田さん側に契約の意思がないことを伊藤さんに素早く伝えるべきだった、③A氏は町田さんの妻に調停を勧める前に、伊藤さんに報告後、当事者間での話し合いによる解決を勧めるべきだった、④A氏は少々踏み込み過ぎて町田さんの妻の相談に乗った可能性があり、それ自体、司法書士の仕事から逸脱しており、依頼者である伊藤さんの利益を損なう行為――と指摘した。 一方、裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律(ADR法)に基づき法務省の認証を受け、2010年3月から「調停センター」を開設して調停に関する業務を行っている県司法書士会をめぐっては、次のような不手際が起きていた。 〇町田さん側が同センターに調停を申し立てたことで、伊藤さんは2019年4~9月にかけて5回、同センターに足を運び、自身の主張を訴えた。しかし、調停に立ち会った認定司法書士(※)は伊藤さんの主張に耳を貸さず、町田さん側の主張に沿った解決を再三促した。 ※ADR法に基づき簡易訴訟代理権等を付与された司法書士 〇そもそも町田さん側の申し立て内容は「賃貸借契約の円満な解決を図りたい」という曖昧なもので「家賃の滞納分しか払えない」「違約金はなかったことにしてほしい」といった紛争の目的がはっきりしていなかった。そのため伊藤さんは「町田さん側の申し立て趣旨を明らかにしてほしい」と訴えたが、認定司法書士からは明確な回答がなかった。 〇町田さん側のペースで進む状況に危機感を覚えた伊藤さんはあらためて同センターの制度を調べたところ、同センターで扱える紛争の目的額はADR法で「140万円以下」と定められていることが判明。伊藤さんと町田さん側の争いは、家賃の滞納分と違約金を合わせた200万円超なので、同センターでは扱えないことが分かった。 〇伊藤さんは調停の中で「訴額が140万円を超えており、町田さん側の申し立ては受理できないのではないか」と訴えたが、認定司法書士に聞き入れられることはなかった。このままでは偏った合意案を示されることを恐れた伊藤さんは調停から離脱し、合意不成立となった。 重なった数々の不手際  その後、伊藤さんは町田さんを相手取り、家賃の滞納分と違約金を合わせた約202万円の支払いを求める訴訟を福島地裁に起こし、2021年1月に和解が成立した。この訴額からも、同センターが町田さん側の申し立てを受理したのは誤りだったことが分かる。 今回の提訴に先立ち、伊藤さんはA氏と県司法書士会を相手取り、福島簡易裁判所に民事調停を申し立てたが、A氏は不応諾(手続きに不参加)だった。自身のミスに向き合おうとしない態度は〝法律のプロ〟として不誠実と言うほかないが、県司法書士会の態度も誠実さを欠いたものだった。 調停を受け、県司法書士会が同裁判所に提出した「第1主張書面」(2022年5月30日付)には次のように書かれている。 《申立時点(平成31年4月8日)で既にその合計額は140万円を超えていた可能性が高いなどの考えも十分成り立ち得る》(同書面4頁) 《これに対し、これまで相手方(※県弁護士会)は、調停の中心の論点を基準として訴額通知に基づき算定する旨述べ、本件において調停の中心の論点を「建物賃貸借契約の解除」ないし「三 地上権・永小作権、賃借権」と認識し、この場合の訴額を「目的たる物の価格の二分の一」と判断し、本件の場合には140万円を超えなかった(建物の固定資産税評価額合計173万2990円÷2=86万6495円)と考え、前項の可能性を考えていなかった》(同書面4~5頁) つまり、町田さん側が調停を申し立てた時点で訴額は140万円を超えていた可能性があったのに、県司法書士会は解釈を誤り、140万円を超えないと判断したというのだ。 なぜ、誤った解釈をしてしまったのか。県司法書士会はその理由をこう釈明している。 《訴額を算定する前提としても、調停申立書や(中略)求める解決の要旨の記載が抽象的であった点は否定できず、受付の段階で調停センターの調停申立人(賃借人=※町田さん)から、上記概要や解決の要旨をしっかり聴取したうえで受付すべきであったと考える。これらを明らかにしなかったため、結果として訴額算定があいまいになり、申立人(※伊藤さん)の調停進行への疑義を招くこととなった》(同書面6頁) 《また、本件は、相手方所属会員(※A氏)からの紹介案件であったことから、受付段階における上記各検討が不十分となった可能性も否定できない》(同) つまり、町田さん側の申し立て趣旨をきちんと把握せず、どのような解決を望んでいるのか聴取せずに調停を受理したため訴額の算定が曖昧になったというのだ。伊藤さんが「申し立ての趣旨を明らかにしてほしい」と求めた際にきちんと対応していれば、訴額が140万円を超えていたことは把握できたわけ。 さらに驚くのは、A氏からの紹介だったため、深く検討せずに受理したことを認めていることだ。これでは〝身内〟から紹介された案件は、クロもシロにできると言っているようなものだ。 「50万円で勘弁してほしい」 県司法書士会の事務所(福島市)  こうした事態を受け、県司法書士会は以下の反省点を挙げている。 《調停センター内で訴額について調停管理者は一人だけではなく、複数の調停管理者で検討することや、福島県司法書士会の外部の方を調停管理者に選任できるようにしておき、組織外の方によるチェックを導入することを検討すべき》(同書面7頁) 《(調停センターは)相手方(※県司法書士会)から一定程度独立した中立機関たる位置づけになっている。その趣旨は、本会役員も知っており、また、調停センター関係者は同じ会員であることから信頼していたので、調停センターの運営等に関して、いわゆる余計な口出しなどはせず、調停センターの判断を尊重してきた。 上記理由から、本件において、2019年3月頃に調停センターへの会員(※A氏)紹介があってから、2019年10月30日付調停センター長宛「調停に対する疑義等の申し立てについて」の申立人(※伊藤さん)作成の照会書を相手方にて受付けるまでは、相手方は、調停センターの調停受付や経緯について、センター長を始めとする調停センター関係者から報告を受けていなかった》(同書面7~8頁) 調停センターの独立・中立を保つ必要性は理解できるが、誤った運営が行われた際に正す仕組みがないのは問題だろう。うがった見方をすれば、これまでも誤った運営が行われていたかもしれないのに「余計な口出しになる」と見過ごされた調停があった可能性もある。 ともかく、これらの反省点を踏まえ、県司法書士会では伊藤さんに五つの改善策を検討中であることを伝えたが、伊藤さんが強く憤るとともに激しく落胆したのは同書面の最後に書かれていた次の一文だった。 《以上の他諸事情を踏まえ、解決金については金50万円を提示する》(同書面10頁) 「私と町田さんの関係は悪くなかったので、直接話し合っていれば問題がこれほど長期化することはなかったと思います。それを、A氏が余計なアドバイスをしたり、県司法書士会が不当に調停を受理・実施したことで、私は無用な時間とお金と労力を割く羽目になった。その損害は正しく算定し、きちんと救済されるべきです。にもかかわらず、県司法書士会は原因者を処分しようともせず『50万円で勘弁』とお手軽に解決しようとしたから許せなかった」(伊藤さん) 伊藤さんは、個人的な怒りもさることながら、この状況を放置すれば自分と同じような〝被害者〟が出てしまうことを強く懸念している。 「調停実施者が不当行為を犯し、その結果、調停参加者が被害を受けることは国も想定していなかったと思います。県司法書士会でも、私が受けたさまざまな被害について『対応基準がなく前例もないため救済措置を講じることができない』としていました。これでは、被害者は蔑ろにされるばかりです。私のような被害者を出さないためにも、ADRの不備を是正し、救済措置を設けるべきです」(同) 問題は他にもある。 伊藤さんは2020年11月にA氏と調停センター長、2021年6月には県司法書士会の角田正志会長に対する懲戒処分を福島地方法務局に申し立て、受理されている。同法務局はその後、A氏と同センター長への調査を県司法書士会に委嘱しているが(※伊藤さんによると角田会長への調査はどこが行ったかは不明)、それから2年近く経った現在も調査結果は示されていない。 「司法書士の懲戒処分に関する調査を〝身内〟の県司法書士会に委嘱している時点で厳格な調査は期待できない。もっと言うと、私は県司法書士会に対し懲戒処分を科してほしいが、組織は懲戒処分申し立ての対象外なのです。これでは組織が抱える問題は表面化しにくい」(同) 県司法書士会がいくら見せかけの反省をしたところで、ADR法をはじめとする制度の不備を解消し、組織のあり方を変えなければ再発防止にはつながらない。全国には自分と同じような被害者がいることも考えられる。そこで伊藤さんは、全容の解明と責任の所在をはっきりさせ、司法書士制度の課題解消につなげるため、A氏と県司法書士会を相手取り、計約380万円の損害賠償を求めて提訴することを決めたのだ。 「全容解明を強く望む」 司法書士A氏の事務所  被告となった両者に取材を申し込むと、A氏は 「非常にデリケートな話だし、余計なことを言って尾ひれが付くのもよくないので取材は遠慮したい。私としては記事にしてほしくないというのが希望です」 と話した。「記事にしてほしくない」などと虫がいいことを口にする辺り、相変わらず自分のミスと向き合う気の無さがうかがえる。 県司法書士会は、伊藤栄紀副会長から 「提訴されたことは承知しているが、まだ訴状が届いていない(9月20日現在)。ただ、こちらの主張は裁判を通じて訴えていくので、個別の取材は遠慮したい」 というコメントが寄せられた。ただ前述の通り、福島簡易裁判所での調停では自分たちのミスを認めているので、裁判では伊藤さんが求める全容の解明と責任の所在、さらには損害の算定にどこまで丁寧に応じるかがポイントになるだろう。訴訟の行方を注視したい。 前出・中通りの某司法書士にあらためて感想を尋ねると、次のような答えが返ってきた。 「今回の訴訟は新聞報道で初めて知りました。私も県司法書士会の一会員ですが、正直、同会内の出来事や同業者の間で何が起きているかはよく分かっていません。ただ、組織と司法書士個人が依頼者からセットで訴えられるのは極めて珍しいと思います」  同業者も呆れた裁判に、伊藤さんはこんな思いを託している。 「司法書士倫理第7条には『社会秩序の維持及び法制度の改善に貢献する』とあるが、県司法書士会は今回明らかになった課題の解消にきちんと取り組んでほしい。裁判を通じて全容が解明され、A氏と県司法書士会の今後の業務に生かされることを強く望みます」

  • 【いわき市鹿島】エブリアを「取得」したつばめグループ

    (2022年10月号)  いわき市鹿島地区の大型ショッピングセンター(SC)「鹿島ショッピングセンター エブリア」の動向が注目されている。建物を所有する会社の吸収合併や子会社化が相次ぎ、巨額の根抵当権が設定されていることが分かったからだ。 「根抵当権38億円設定」で広まる憶測  「鹿島ショッピングセンター エブリア」は1995年10月開業。いわき市の中心部である平地区と、観光エリアである小名浜地区の中間地点である鹿島地区に立地している。 鉄骨造2階建て、延べ床面積3万7455平方㍍。複数の地権者の借地に建てられている。当初は、キーテナントであるダイエーいわき店が半分を占め、残り半分が地元小売店・飲食店などによる専門店街「エブリア」という構成だった。2005年にダイエーが撤退した後は、ヨークベニマルエブリア店やスーパースポーツゼビオいわき店が入居。専門店街では現在も約70のテナントが営業している。 主要幹線で交通量の多い県道26号小名浜平線(通称鹿島街道)沿いに面していることもあり、週末には多くの買い物客が訪れる。 そんな同SCの動向が市内の経済人の間で注目されている。建物の所有者をめぐる動きがにわかに活発化しているからだ。 同SCの建物を所有していたのは、建設時から計画に携わっていた市内の不動産会社・平南開発㈱(園部嘉男社長=元いわき商工会議所副会頭、2018年に死去)だ。 その後は〝SC担当のディベロッパー部門〟として分割された平南ディベロップメント㈱(園部嘉門社長=嘉男氏の孫)が所有者となっていた。だが2021年8月、社長が園部嘉門氏から岩手県盛岡市在住の小西徹氏に変更。同10月には東京都品川区の平南ホールディングス合同会社に吸収合併された。 関係者によると、平南ホールディングスは外資系投資会社フィンテックグローバル㈱(東京都品川区)などの出資により設立され、もともとは「麻布十番ホールディングス」という全く違う会社名だったが、平南ディベロップメントを吸収合併するのに合わせて名称変更した。要するに、同SCの大家だった会社が、投資会社に丸ごと身売りしたわけ。 2022年5月には、その平南ホールディングスの株式をさらに別の会社が取得し、子会社化した。それが、福島県などを中心にパチンコホールを展開する「つばめグループ」の運営会社・中原商事(登記上の本店=東京都、本部=郡山市)だ。 1968年設立。資本金2300万円。代表取締役は禹竜太社長、禹泰浩専務(いずれも名字は中原を名乗っている)。民間信用調査機関によると、2021年12月期の売上高373億5100万円、当期純利益2億6700万円。 法人登記簿によると、主な事業は➀遊技場の経営、➁飲食店、喫茶店及びキャバレーの経営、③有価証券の売買、④自動販売機の管理、⑤パチンコ店の懸賞品及び景品等各種商品の仕入れ、販売、⑥タバコの仕入れ、販売、⑦経理事務の代行、⑧経営コンサルタント業務など。 平南ホールディングスの法人登記簿を確認すると、業務執行社員、代表社員ともに中原商事となっていた。市内の事務所には、同社の物件管理業務を受託している企業の担当者が常駐し、同SCの契約・施設関係の窓口を務めている。中原商事が実質的に同SCを取得した格好だ。 エブリアの建物の不動産登記簿を確認したところ、三井住友銀行により極度額26億4000万円の根抵当権、東邦銀行により極度額8億4000万円の根抵当権、福島銀行により極度額3億6000万円の根抵当権が設定されていた(いずれも設定日は2022年6月23日、債務者は中原商事)。合計38億4000万円もの融資枠が設定されたことになる。 そのため、「エブリアにそれだけの価値があるということなのか、それとも新たな商業施設建設などの狙いがあるのか」、「中原商事はどういう考えで平南ホールディングスを傘下に入れたのか。まさか巨大なパチンコ店をつくるわけではないだろうが……」など、さまざまな憶測を呼んでいるわけ。 中原商事はノーコメント  中原商事に子会社化の狙いを問い合わせたが、「現時点では取材に対応できない。ノーコメント」(担当者)との回答だった。ただ、中原商事のルーツはもともといわき市植田のパチンコ店であり、禹竜太社長も同市出身であることから、「東京の投資会社より〝地元企業〟が所有者になるべきと判断し、子会社化したのではないか」との見方がもっぱらだ。 ちなみに、同地は第二種住居地域でパチンコ店設置が可能とのことだが、「1㌔も離れていないところに鹿島小学校やかしま病院がある。立地規制には引っかからないかもしれないが、周辺住民との関係を考慮してさすがにパチンコ店の出店は控えるのではないか」(関係者)との見立てが聞かれる。 パチンコ業界は折からのユーザー数減少に加え、新型コロナウイルスの感染拡大やパチンコ機の規制強化などの影響で、大きく売り上げが落ち込んでいる。そうした中で、本業以外に不動産事業を展開するパチンコ店も増えている。本誌でも関連記事の中で複数の事例に触れており、直近では、ニラク(郡山市)が福島市の複合施設「コマレオプラザ」跡地を所有者であるコマレオ(山形県米沢市)から賃借し、同所にディスカウントストア「ドン・キホーテ」を誘致すべく動いていた件を報じた(2019年9月号参照)。 いわき市におけるつばめグループの店舗では、ビックつばめ岡小名店が6月に閉店している。シビアな経営判断が迫られる中で、中原商事が同SCをどのように〝活用〟していくか考えなのか、注目される。 ヨークベニマル、ゼビオを除くテナントの賃貸を行っている㈱鹿島ショッピングセンターに問い合わせたところ、担当者は次のように話した。 【いわき市】鹿島ショッピングセンター エブリア  「今の段階で方針変更などは聞いていません。建物の大家の代表者(親会社)が変わったということで、あらためて意思共有する機会はあるかもしれませんが、当社としては変わらずに運営を続けていきます。コロナ禍の影響が大きいうえ、テナント維持に苦戦している面もありましたが、集客が図れる催しものを企画し、既成概念にとらわれない自動車展示のテナントを誘致するなど、さまざまな取り組みを進めています。今後とも多くの方に利用していただければと思います」 2019年6月に開店したイオンモールいわき小名浜は強力な競合相手だが、エブリアの固定客は離れておらず、売り上げも安定している。安定した賃料が入るのは、建物所有者にとってもありがたいはず。一方で9月中旬には、エブリアの前年にオープンしたショッピングモールフェスタ(郡山市)が、老朽化などを理由に一時閉店し、県内最大規模の店舗とする方向で検討していることが分かった。同SCも今後、同様の問題を抱える可能性がある。 そうした意味合いでも同SCの今後の動向から目が離せない。 鹿島ショッピングセンター「エブリア」ホームページ あわせて読みたい 【いわきFCを勝手に評価】レノファ山口戦(2023/3/5) 【いわき市】内田広之市長インタビュー 【アクアマリンふくしま】施設をリニューアルオープン

  • 【Jパワー(電源開発)】更新工事進む鬼首地熱発電所【宮城県大崎市】

     Jパワー(電源開発)が運営する鬼首地熱発電所(宮城県大崎市、1万5000㌔㍗)は40年以上にわたり電力を安定供給してきた。現在は更新工事の最終段階にあり、2023年4月の運転再開に向け、各種機器などの整備が進められている。 更新工事中の鬼首地熱発電所(手前が還元井、奥が冷却塔)  地熱発電は地下に溜まった蒸気や熱水を「生産井」でくみ上げ、気水分離器を経て蒸気でタービンを回す発電方法。使い終わった蒸気は冷却塔で冷やし、熱水とともに「還元井」で地下に戻す。 くみ上げた蒸気と熱水を分ける「気水分離器」  循環利用できれば長期間にわたり安定的な発電が可能となる。天候の影響を受けず、CO2排出量も少ない。設備利用率(フル稼働時の発電量に占める実際の発電量の割合)は風力約20%、太陽光約12%に対し、地熱発電は約80%だ。  同発電所は鳴子温泉郷から北西約20㌔の「鬼首カルデラ」内に位置し、「栗駒山国定公園」として第一種特別地域の指定を受けている。同社では戦後早くから地熱発電所の建設に着手した。1975(昭和50)年に出力9000㌔㍗で営業運転開始。以降、順次出力を増やし、2010年には1万5000㌔㍗に増強した。  その後、環境負荷の低減や安全性考慮の観点から新たな設備の導入が必要と判断し、17年に一時運転停止。19年から設備更新工事に入った。  生産井9坑、還元井8坑を埋め戻し、新たに掘削した生産井5坑、還元井5坑に集約。これでも出力は更新前とほぼ同水準を維持(1万4900万㌔㍗)。タービン棟を新設し発電機の効率が向上したことで、使用する熱水量・蒸気量が従前より減少するため、有毒な硫化水素の排出量が減少した。過去に生産井付近で発生した噴気災害を念頭に入れ、高温地帯に設備を設けないようにした。  すでに電気、建築設備は立ち上がり、生産井の噴気試験も終了。11月に試運転を開始した。更新工事には同社のほか、グループ会社や協力会社が連携して取り組んでおり、生産井などの掘削工事は主にJパワーハイテックが担った。  同発電所は地域振興の役割も担う。21年度には地元・大崎市の小学校や高校で授業を行い、鳴子温泉の特質や地元資源の独自性、地熱発電の仕組みなどを説明した。地元のお祭りや清掃活動にも積極的に参加しているほか、再生可能エネルギーを扱う東北大学の出前授業にも近々出講する予定となっている。  Jパワーでは50年までに国内発電事業のCO2排出量を実質ゼロにする目標を掲げている。同発電所の北約2㌔の地点にある高日向山地域(宮城県大崎市)では新たな地熱発電所の開発を目的とした資源量調査も進んでいる。  今後も同社ではエネルギーを不断に供給し続ける使命を念頭に、地域と信頼関係を築きながら事業を継続していく考えだ。

  • 【第5弾】土壌汚染の矮小化を図る昭和電工【喜多方市】

     土壌・地下水汚染を引き起こしている昭和電工(現レゾナック)喜多方事業所が、土壌汚染対策法に基づき敷地内の土壌汚染原因とみなしている8物質のうち、4物質しか住民に報告していないことが分かった。同社が県に提出した文書と住民への説明の食い違いから判明。「住民に知らせなかったということか」という本誌の問いに同社は明確に答えていない。住民に知らせなかった4物質は、事業所敷地内でも周辺でも未検出か基準値内に収まり、深刻な汚染には発展していないが、住民は「隠蔽を図ったのではないか」と不信感を強めている。 ※昭和電工は1月からレゾナックに社名を変えたが、過去に喜多方事業所内に埋めた廃棄物が土壌・地下水汚染を引き起こし、昭和電工時代の問題を清算していない。社名変更で加害の連続性が断たれるのを防ぐため、記事中では「昭和電工」の表記を続ける。 住民にひた隠しにした4種類の有害物質 汚染を除去する工事が進められている昭和電工(現レゾナック)喜多方事業所  喜多方事業所の敷地内で土壌汚染を引き起こしているとみなされている有害物質は表で示した8物質。シアン、ヒ素、フッ素、ホウ素は2020年に計測し、基準値を超える汚染が判明。残りの六価クロム、水銀、セレン、鉛は、実際の分析では基準値超過はみられないが、使用履歴や過去の調査からいまだに汚染の恐れがある。敷地は土壌汚染対策法上、この8物質により「土壌汚染されている」とみなされており、土地の変更を伴う工事が制限される。 昭和電工喜多方事業所敷地内で土壌汚染の恐れがある8物質 基準値を超過基準値を下回るor未検出シアン六価クロムヒ素水銀フッ素セレンホウ素鉛  ここで土壌汚染対策法の説明が必要になる。同法が成立したのは2002年。工場跡地の再開発などに伴い、重金属や有機化合物などによる土壌汚染が判明する事例が増えてきたことを背景に、汚染を把握・防止して健康被害を防ぐために制定された。汚染が判明した場合、その土地の所有者は汚染状況を都道府県に届け出なければならない。 汚染が分かった土地の所有者には調査義務が生じ、期限までに調査結果を都道府県に報告する必要がある。昭和電工喜多方事業所の場合、2020年に同社が行った調査で汚染が判明し、同11月に公表。公害対策のため、大規模な遮水壁工事や汚染土壌の運搬などを迫られた。 土壌汚染調査は、土地の所有者が環境省から指定を受けた「指定調査機関」に依頼して行う。喜多方事業所の場合、土地調査に関するコンサルティング大手の国際航業㈱(東京都新宿区)に依頼している。 土壌汚染対策法が定める特定有害物質は、揮発性有機化合物からなる第一種(11種類)、重金属などからなる第二種(9種類)、農薬などからなる第三種(5種類)に分かれる。全部で25種類になる。 喜多方事業所で土壌汚染が認められる8物質は全て重金属由来のものだ。戦中から約40年間、アルミニウム製錬工場として稼働しており、その過程で発生した有害物質を敷地内に埋めていたことで汚染が発生している。工場の生産工程で使用していたジクロロメタン、ベンゼンの有機化合物は、2020年にそれぞれ敷地内で計測したが、いずれも不検出だった。 基準に適合していない場合は、土地の所有者は「要措置区域」や「形質変更時要届出区域」に指定するよう都道府県に申請する。都道府県は周辺の地下水までの波及を把握し、住民が生活に利用して健康被害のおそれがある時は要措置区域に指定、汚染の除去を指示し、土地の所有者は期限までに必要な措置を講じなければならない。 健康被害のおそれがない場合は、制限の少ない形質変更時要届出区域の指定のみで済み、工事などで土地に変化がある際に計画を届け出すればよい。 公文書で判明  喜多方事業所は所有地の一部をケミコン東日本マテリアル㈱に貸している。届け出は同事業所が使用している土地と貸している土地に分けて申請され、全敷地が要措置区域と形質変更時要届出区域に重複して指定されている。汚染公表の2020年11月から5カ月後の21年4月に県から指定を受けた後、汚染除去の工事が始まった。有害物質が流れ込んだ地下水が敷地外に拡散しないよう敷地を遮水壁で覆い、地下水を汲み上げる方法だ。地下水は有害物質を除去し、薄めたうえで喜多方市の下水道や会津北部土地改良区が管理する用水路に流している。汚染土壌の運搬も進めている。 喜多方事業所以外にも汚染された土地はある。都道府県は指定した土壌汚染区域の範囲を台帳に記して公開しなければならず、福島県では台帳の概要をホームページで公表している。詳細を知りたければ、県庁や土壌汚染対象地を管轄する各振興局で台帳を閲覧できる。 筆者が喜多方事業所による「有害物質のひた隠し」に気づいたのは、この台帳を見たからだった。県に提出した文書では、冒頭に述べた8種類の有害物質で土壌汚染されていることを認めているが、住民には、「汚染が見つかったのは4物質」と事実の一部のみを説明し、残り4物質については汚染の恐れがあることを伏せていたのだ。 「要措置区域台帳」を見ると、生産工程での使用や過去の調査の結果、汚染の恐れがあるとみなされたのは重金属由来の有害物質(第二種特定有害物質)のうち前述の8種類。試料採取等調査結果の欄は全て「調査省略」とある。しかし、結果は土壌溶出量、土壌含有量とも基準は「不適合」だった。 調査省略なのに基準不適合とはどういうことか。それは、「土壌汚染状況調査の対象地における土壌の特定有害物質による汚染のおそれを推定するために有効な情報の把握を行わなかったときは、全ての特定有害物質について第二溶出量基準及び土壌含有量基準に適合しない汚染状態にある土地とみなす」(土壌汚染対策法規則第11条2項)との規定に基づく。喜多方事業所は、調査を省略したことで「汚染状態にある」とみなしているわけだ。 さらに規則では、汚染のおそれのある物質を使用履歴などを調べ特定した場合はその物質の種類を都道府県に申請し、確定の通知を受けた物質のみを汚染状態にあるとみなすことができる。試料採取の調査を省略する場合は、本来は前述の規定に従い、土壌汚染対策法で定めた全25物質により汚染されていると認めなければならないのだが、喜多方事業所は工場での使用履歴や過去の調査から汚染の原因物質を特定したため、書類上は8物質のみによる汚染で済んだということだ。 台帳には、喜多方事業所が調査を省略した理由は「措置の実施を優先するため」とある。時間をかけて調査するよりも、汚染状態にあることを受け入れて本来の目的である公害対策を優先するという意味だ。 ある周辺住民は、 「8物質による土壌汚染が認められているなんて初めて聞きました。住民に知らされているのは、そのうちフッ素などの4物質だけです。これら4物質は土壌を計測した結果、実際に基準値超えが出たにすぎません。私たちが知らされた4物質以外に六価クロム、水銀、セレン、鉛があるとは聞いていません」 と話す。 「住民軽視の表れ」  喜多方事業所にも住民に説明したかどうか確認しなければなるまい。同社は「書面でしか質問を受け付けない」というので、今回も期限を設けてファクスで質問状を送った。有害物質8種類に関する質問は以下の3項目。 ①8物質で土壌汚染されていると自社でみなしている、という認識でいいのか。 ②六価クロム、水銀、セレン、鉛について、土壌や水質における基準値超過があったか。 ③「土壌汚染対策法上は事業所敷地内が六価クロム、水銀、セレン、鉛による土壌汚染状態にある」という事実を住民に伝えなかったという認識でいいのか。 「事実」は県の公文書から判明している。喜多方事業所には本誌の認識に異議や反論がないか尋ねたつもりだったが、返答は「内容が関連しますのでまとめて回答させて頂きます」。筆者は総花的な答えを覚悟した。以下が回答だ。 「以前より住民の皆様にご説明申し上げているとおり、土壌汚染対策法に定められている土壌汚染状況調査の方法により、有害物質について使用履歴の確認および既往調査の記録の確認を行い、当該8物質を汚染のおそれのある物質として特定しております」 土壌汚染対策法上、喜多方事業所が取った手続きを述べているに過ぎず、質問に正面から答えていない。①の有害物質8種類については「汚染のおそれのある物質」と認めている。ただし、同法施行規則に従うと「汚染状態にあるものとみなされる」の表現が正しい。 ②の4有害物質については、これまで土壌や地下水を計測して基準値を超えたわけではないため、喜多方事業所は汚染原因として住民には知らせてこなかった。筆者が2022年9月時点までに同社が県に提出した文書を確認したところ、同社はこの4物質について汚染状況を計測・監視しているが、基準値超過はなかった。問題のない回答まで避けるということは、同社はもはや自社に都合の良い悪いにかかわらず何も情報を出すつもりがないのだろう。 ③については、「以前より住民の皆様にご説明申し上げているとおり」で済ませ、本誌の「住民に伝えたか伝えていないか」との問いに対する明言を避けている。前出の住民の話からするに、「有害物質8種類で土壌汚染の恐れがある」という事実は伝わっていない可能性が高い。 本誌はさらに、「住民に伝えなかった」という認識に反する事実があれば、住民への説明資料と伝えた日時を示して教えてほしいと畳みかけたが、回答は 「個別地区に向けた説明会の質疑応答を含め多岐にわたりますのでその日時や資料については回答を控えさせていただきます」 「伝えた」と明言しない点、「伝えなかった」という認識に反する根拠を提示しない点から、喜多方事業所が土壌汚染の恐れがある有害物質の種類を住民に少なく報告し、汚染を矮小化している可能性が高い。  法律の定めに従い、県には汚染の恐れがある物質を全て知らせている一方、敷地周辺に波及した地下水汚染により実害を被っている周辺住民にはひた隠しにしてきたことを「ダブルスタンダードで、住民軽視の表れだ」と前出の住民は憤る。 しかし、住民軽視は今に始まったことではない。開示請求で得た情報をもとに取材を進めると、より深刻な事実をひた隠しにしていることが分かった。 あわせて読みたい 【第1弾】親世代から続く喜多方昭和電工の公害問題 【第2弾】【喜多方市】昭和電工の不誠実な汚染対策 【第3弾】【喜多方市】未来に汚染のツケを回した昭和電工【公害】 【第4弾】【喜多方市】処理水排出を強行する昭和電工

  • 【石川町】焼失ホテルが直面する複合苦

     3月6日午後6時40分ごろ、石川町母畑字湯前の「ホテル下の湯」で火を出し、約6時間半後に消し止められた。同ホテルは数年前から休業していた。 母畑温泉の火事と言えば、ちょうど1年前、十数年前に閉館した廃旅館「神泉閣」で不審火が発生したことを本誌昨年4月号でリポートしたが、ホテル下の湯は日中、経営者がおり、鍵もかかっていたため不審火ではなさそう。 鎮火の翌日(8日)、現場を訪れると、一帯には焼け焦げた臭いが充満していた。作業をしていた消防署員によると「出火原因は不明。いくつか思い当たる箇所はあるが、これが原因とは現時点で断定できない」。ただ、消防署員たちはコンセントや電源プラグの状況を念入りに調べており、その辺りが「思い当たる箇所」なのかもしれない。 同ホテルは㈲ホテル下の湯(資本金1000万円、永沼幸三郎社長)が経営。登記簿謄本によると、敷地内には3階建ての旅館、5階建ての集会所・ホテル、2階建ての居宅、2階建ての共同住宅が建っていた。焼け跡を見る限りはどれがどの建物か判然としなかったが、複数の建物が密集していることは分かった。 現場にいた永沼社長に話を聞くことができた。 「この2日間、第一発見時の様子や出火時間など、同じことを十数回も聞かれてウンザリしているよ」(永沼社長) 取材途中にはお見舞いを持って訪れる人もいたが、永沼社長は「気持ちだけで十分。(お見舞いは)いらないよ」と丁重に断っていた。 「鎮火直後から友人・知人が何十人も来ているが(お見舞いは)全て断っている。塩田金次郎町長も来てくれたが、同じく断ったよ。気持ちだけ受け取れば十分だからね」(同) 建物は最も古い箇所で築60年になり、もともと老朽化していたが、そこに令和元年東日本台風の水害が襲った。同ホテルは北須川のすぐ横に建ち、1階が床上浸水したが、建築士による被災状況調査では損害割合20%未満で「半壊には当たらない」と診断された。 満足な補償が見込めない中、永沼社長は国のグループ補助金を使って立て直しを図ろうと考え、2億7000万円の交付を求める申請書を提出した。しかし、県から「既に公募期間を終えている」などの理由で申請書を受け付けてもらえなかった。 そうこうしているうちに新型コロナウイルスの感染拡大が起こり、営業再開できないまま今日に至っていた。今回の火事は、そうした中で発生したわけ。 「もっとさかのぼれば、12年前には震災と原発事故が起こり、客足が途絶えた。東京電力からは営業損害として賠償金300万円を受け取ったが、それだって逸失利益を考えると十分ではなかった」(同) 永沼社長は客にアンケート調査を行い、原発事故の影響を数値化。それを基に東電と交渉したが、それ以上の賠償は受けられなかった。 原発事故、台風水害、新型コロナウイルス、火事の四重苦に見舞われた同ホテルは今後どうなるのか。 「これから固定資産税について町と相談する予定だが、焼けた建物を解体するには億単位のカネがかかるので、簡単には決断できない。かといって、解体して営業再開するのも難しい。今後どうするかは、すぐには判断できないな」(同) 火事とそれに伴う解体は〝余計な災難〟だったが、似たような境遇に置かれているホテル・旅館は少なくないはずだ。

  • 桑折・福島蚕糸跡地「廃棄物出土」のその後

     本誌1月号に「桑折・福島蚕糸跡地から廃棄物出土 処理費用は契約者のいちいが負担」という記事を掲載した。 桑折町の中心部に、福島蚕糸販売農協連合会の製糸工場(以下、福島蚕糸)跡地の町有地がある。面積は約6㌶で、その活用法をめぐり商業施設の進出がウワサされたが、震災・原発事故後に災害公営住宅や公園が整備された。残りの土地を活用すべく、町は公募型プロポーザルを実施。2021年5月、㈱いちいと社会福祉法人松葉福祉会が「最優秀者」に選ばれた。 食品スーパーとアウトドア施設、認定こども園が整備される計画で、定期借地権設定契約を締結、造成工事がスタートしていた。記事は、そんな同地から廃棄物が出土し、工事がストップしたことを報じたもの。福島蚕糸の前に操業していた群是製糸桑折工場のものである可能性が高いという。 その後、1月31日付の福島民友が詳細を報じ、〇深さ約30㌢に埋められていたこと、〇町は県やいちいと対応を協議し、アスベスト(石綿)を含む周辺の土ごと除去したこと、〇廃棄物は約1000㌧に上ること――が新たに分かった。 町議会3月定例会では斎藤松夫町議(12期)がこの件について町執行部を追及した。そこでのやり取りでこれまでの経緯が具体的になった。 最初に町が地中埋設物の存在を把握したのは昨年6月ごろで、詳細調査した結果、廃棄物であることが分かった。町がそのことを議会に報告したのは今年1月17日だった。。 そこで報告されたのは、処理費用が5300万円に上り、それを、いちいと町が折半して負担するという方針だった。 斎藤町議は「廃棄物に関しては、この間の定例会でも報告されず、『政経東北』の報道で初めて事実を知った。なぜここまで報告が遅れたのか」と執行部の対応を問題視した。 高橋宣博町長は「廃棄物が出た後にすぐ報告しても、結局その後の対応をどうするかという話になる。あらかじめ処理費用がどれだけかかるか確認し、業者と協議し、昨年暮れに話がまとまった。議会に説明する予定を立てていたところで『政経東北』の記事が出た。決して隠していたわけではない。方向性が定まらない中で説明するのは難しかった」と釈明。「今後、議会にはしっかりと説明していく」と述べた。 一方、プロポーザルの実施要領や契約書には、土地について不測の事態があった際も、事業者は町に損害賠償請求できない、と定められている。にもかかわらず、廃棄物処理費用を折半とする方針について、斎藤町議は「なぜ町が負担しなければならないのか。根拠なき支出ではないか」とただした。 これに対し高橋町長は「瑕疵がないとしていた土地から廃棄物が出ていたことに対しては、事業者(いちい)の考え方もある。信頼関係を構築し、落としどころを模索する中で合意に達した」と明かした。 斎藤町議は本誌取材に対し、「いちいに同情して後からいくらか寄付するなどの方法を取るならまだしも、プロポーザルの実施要領や契約書の内容を最初から無視して折半にするのは問題。根拠のない支出であり、住民監査請求の対象になっても不思議ではない」と指摘した。 福島蚕糸跡地の開発計画に関しては、公募型プロポーザルの決定過程、町の子ども子育て支援計画に反する民間の認定こども園整備について疑問の声が燻り続けている。斎藤町議は追及を続ける考えを示しており、今後の動向に注目が集まる。

  • 「道の駅ふくしま」が成功した理由

     福島市大笹生に道の駅ふくしまがオープンして間もなく1年が経過する。この間、県内の道の駅ではトップクラスとなる約160万人が来場し、当初設定していた目標を大きく上回った。好調の要因を探る。 オープン1年で160万人来場 週末は多くの来場者でにぎわう  福島市西部を走る県道5号上名倉飯坂伊達線。土湯温泉や飯坂温泉、高湯温泉、磐梯吾妻スカイライン、あづま総合運動公園などに向かう際に使われる道路で、沿線には観光果樹園が多いことから「フルーツライン」と呼ばれている。 そのフルーツライン沿いにある同市大笹生地区に、昨年4月27日、市内2カ所目となる「道の駅ふくしま」がオープンした。  施設面積約2万7000平方㍍。駐車場322台(大型36台、小型276台、おもいやり5台、二輪車4台、大型特殊1台)。トイレ、農産物・物産販売コーナー、レストラン・フードコート、多目的広場、屋内子ども遊び場、ドッグラン、防災倉庫などを備える。道路管理者の県と、施設管理者の市が一体で整備に当たった。事業費約35億円。 3月中旬の週末、同施設に足を運ぶと、多くの来場者でにぎわっていた。駐車場を見ると、約6割が県内ナンバー、約4割が宮城、山形など近県ナンバー。 「年間の売り上げ約8億円、来場者数約133万人を目標に掲げていましたが、おかげさまで売り上げ10億円、来場者数160万人を達成しました(3月中旬現在)」 こう語るのは、指定管理者として同施設の運営を受託する「ファーマーズ・フォレスト」(栃木県宇都宮市)の吉田賢司支配人だ。 吉田賢司支配人  同社は2007年設立、資本金5000万円。代表取締役松本謙(ゆずる)氏。民間信用調査機関によると、22年3月期の売上高30億5600万円、当期純利益1554万円。 「道の駅うつのみや ろまんちっく村」(栃木県宇都宮市)、「道の駅おおぎみ やんばるの森ビジターセンター」(沖縄県大宜見村)、農水産業振興戦略拠点施設「うるマルシェ」(沖縄県うるま市)などの交流拠点を運営している。3月には2026年度開業予定の「(仮称)道の駅こうのす」(埼玉県鴻巣市)の管理運営候補者に選定された。 同社ホームページによると、このほか、道の駅内の自社農場などの経営、クラインガルテン・市民農園のレンタル、地域プロデュース・食農支援事業、地域商社事業、着地型旅行・ツーリズム事業、ブルワリー事業、企業経営診断・コンサルティング事業を手掛ける。 本誌昨年3月号では、施設概要や同社の会社概要を示したうえで、「かなりの〝やり手〟だという評判だが、それ以上の詳しいことは分からない」という県内道の駅の駅長のコメントを紹介。競争が激しく、赤字に悩む道の駅も多いとされる中、指定管理者に選定された同社の手腕に注目したい――と書いたが、見事に目標以上の実績を残した格好だ。 ちなみに2021年の「県観光客入込状況」によると、県内道の駅の入り込みベスト3は①道の駅伊達の郷りょうぜん(伊達市)131万人、②道の駅国見あつかしの郷(国見町)129万人、③道の駅あいづ湯川・会津坂下(湯川村)98万人。 新型コロナウイルスの感染拡大状況や統計期間が違うので、一概に比較できないが、間違いなく同施設は県内トップクラスの入り込みだ。 吉田支配人がその要因として挙げるのが、高規格幹線道路・東北中央自動車道大笹生インターチェンジ(IC)の近くという好立地だ。 2017年11月に東北中央道大笹生IC―米沢北IC間が開通。21年3月には相馬IC―桑折ジャンクション間(相馬福島道路)が全線開通し、浜通り、山形県から福島市にアクセスしやすくなった。 モモのシーズンに来場者増加  国・県・沿線10市町村の関係者で組織された「東北中央自動車道(相馬~米沢)利活用促進に関する懇談会」の資料によると、特に同施設開業後は福島大笹生IC―米沢八幡原IC間の1日当たり交通量が急増。平日は2021年6月8700台から22年6月9900台(12%増)、休日は21年6月1万0700台から22年6月1万3700台(30%増)に増えていた。 各温泉街などで、おすすめの観光スポットとして同施設を宿泊客に紹介し、積極的に誘導を図っている効果も大きいようだ。 「特にモモが出荷される夏季は来場者が増え、当初試算していた以上のお客様に支持していただきました。ただ、18時までの営業時間の間は最低限の品ぞろえをしておく必要があるので、今年は品切れを起こさないようにしなければならないと考えています」(吉田支配人) モモを求める来場者でにぎわうとなると、気になるのは近隣で営業する果樹園との関係だが、吉田支配人は「最盛期には、観光農園協会加入の果樹園の方に施設前の軒下スペースを無料でお貸しして出店してもらい、施設内外で販売しました。シーズン中の週末、実際にフルーツラインを何度か車で走ったが、にぎわっている果樹園も多かった。相乗効果が得られたと思います」と説明する。 ただ、福島市観光農園協会にコメントを求めたところ、「オープンして1年も経たないので影響を見ている状況」(高橋賢一会長)と慎重な姿勢を崩さなかった。おそらく2年目以降は、道の駅ばかりに客が集中する、もしくは道の駅に訪れる客が減ることを想定しているのだろう。そういう意味では、2年目の今夏が〝正念場〟と言えよう。 約500平方㍍の農産物・物産販売コーナーには果物、野菜、精肉、鮮魚、総菜、スイーツ、各種土産品、地酒などが並ぶ。売り場の構成は約4割が農産物で、約6割がそれ以外の商品。農産物に関しては、オープン前から地元農家を一軒ずつ訪ね出荷を依頼してきた経緯があり、現在の登録農家は約250人(野菜、果物、生花、加工品など)に上る。 特徴的なのは福島市産にこだわらず、県内産、県外産など幅広い農産物をそろえていることだ。 「地場のものしか扱わない超ローカル型の道の駅もありますが、福島県の県庁所在地なので、初めて来県した人が〝浜・中・会津〟を感じられるラインアップにしています」と吉田支配人は語る。 売り場を歩いていると「なんだ、よく見たら県外産のトマトも並んでいるじゃん」とツッコミを入れる家族連れの声が聞かれたが、その一方で「福島に来たら必ずここに寄って、県内メーカーのラーメン(生めん)を買って帰る」(東京から訪れた来場者)という人もおり、福島市の特産品にこだわらず買い物を楽しんでいる様子がうかがえた。 網羅的な品ぞろえの背景には、福島市産のものだけでは広い売り場が埋まらなかったという事情もあると思われるが、同施設ではその点を強みに変えた格好だ。 もっとも、仮に奥まった場所にある道の駅で同じ戦略を取ったら「どこでも買える商品ばかりで、ここまで来た意味がない」と評価されかねない。同施設ならではの戦略ということを理解しておく必要があろう。 吉田支配人によると、平日は新鮮な野菜や弁当・総菜を求める市内からの来場者、土日・休日は市外からの観光客が多い。道の駅は地元住民の日常使いが多い「平日タイプ」と、週末のまとめ買い・レジャー・観光などでの利用が多い「休日タイプ」に大別されるが、「うちはハイブリッド型の道の駅です」(同)。 オリジナルスイーツを開発 人気を集めるオリジナルスイーツ  そんな同施設の特色と言えるのはスイーツだ。専属の女性パティシエを地元から正社員として採用。春先に吾妻小富士に現れる雪形「雪うさぎ(種まきうさぎ)」をモチーフとしたソフトクリームや旬の果物を使ったパフェなどを販売しており、休日には行列ができる。 チーズムースの中にフルーツを入れ、求肥で包んだオリジナルスイーツ「雪うさぎ」はスイーツの中で一番の人気商品となった。その開発力には吉田支配人も舌を巻く。 同施設では70人近いスタッフが働いているが、本社から来ているのは吉田支配人を含む2、3人で、残りは100%地元雇用。県外に本社を置く同社が地元農家などの信頼を得て、幅広い品ぞろえを実現している背景には、情報収集・コミュニケーションを担う地元スタッフの存在があるのだ。 もっと言えば、それらスタッフの9割は女性で、売り場は手作りの飾り付けやポップな手書きイラストで彩られており、これも同施設の魅力につながっている。売り場に展示されたアニメキャラや雪うさぎのイラストの写真が、来場者によりSNSに投稿され、話題を集めた。 宮城県から友達とドライブに来た若い女性は「ホームページやSNSでチェックしたら、かわいい雰囲気の施設だと思ったのでドライブの目的地に選びました。お菓子を大量に買ってしまいました」と笑った。女性の視点での売り場作りが若い世代に届いていると言える。 同社直営のレストラン「あづまキッチン」と3店舗のテナントによるフードコートも人気を集める。 「あづまキッチン」では福島県産牛ハンバーグや伊達鶏わっぱ飯、地場野菜ピザなど、地元産食材を用いたメニューを提供する。窓際の席からは吾妻連峰が一望できるほか、個人用の電源付きコワーキングスペースが複数設置されているなど、多様な使い方に対応している。 フードコートでは「海鮮丼・寿司〇(まる)」、「麺処ひろ田製粉所」、「大笹生カリィ」の3店舗が営業。地元産食材を使ったメニューや円盤餃子などのグルメも提供しており、週末には家族連れなどで満席になる。  無料で利用できる屋内こども遊び場「ももRabiキッズパーク」の影響も大きい。屋内砂場や木で作られた大型遊具が設置されており、1日3回の整理券配布時間前には行列ができる。同じく施設内に設置されているドッグランも想定していた以上に利用者が訪れているとか。 これら施設の利用を目当てに足を運んだ人が帰りに道の駅を利用したこともあり、年間来場者数が伸び続けて、目標を上回る実績を残すことができたのだろう。 さて、東北中央道沿線には「道の駅伊達の郷りょうぜん」(伊達市、霊山IC付近)、「道の駅米沢」(山形県米沢市、米沢中央IC付近)が先行オープンしている。起点である相馬市から霊山IC(道の駅りょうぜん)まで約33㌔、そこから大笹生IC(道の駅ふくしま)まで約17㌔、さらにそこから米沢中央IC(道の駅米沢)まで約31㌔。車で数十分の距離に似た施設が並ぶわけだが、競合することはないのか。 吉田支配人は、「道の駅ごとに特色が異なるためか、お客様は各施設を回遊しているように感じます。そのことを踏まえ、道の駅りょうぜん、道の駅米沢とは常に情報交換しており、『連携して何か合同企画を展開しよう』と話しています」と語る。 本誌昨年3月号記事では、道の駅米沢(米沢市観光課)、道の駅りょうぜんとも「相乗効果を目指したい」と話していた。もちろん競合している面もあるだろうが、スタンプラリーなど合同企画を展開することで、より多くの来場者が見込めるのではないか。 課題は目玉商品開発と混雑解消 ももRabiキッズパーク  同施設の担当部署である福島市観光交流推進室の担当者は「苦労した面もありましたが、概ね好調のまま1年を終えることができました。1年目は物珍しさで訪れた方もいるでしょうから、この売り上げ・入り込みを落とさないように運営していきたい」と話す。新規に160万人の入り込みを創出し、登録農家・加工業者の収入増につながったと考えれば、大成功だったと言えよう。 来場者の中には「市内在住でドライブがてら訪れた。今回が2回目」という中年夫婦もいた。市内に住んでいるが、オープン直後の混雑を避け、最近になって初めて足を運んだという人は少なくなさそう。さらなる〝伸びしろ〟も期待できる。 今後の課題は、ここでしか買えない新商品や食べられない名物メニューなどを生み出せるか、という点だろう。常にブラッシュアップしていくことで、訪れる楽しさが増し、リピーターが増えていく。 道の駅りょうぜんでは焼きたてパンを販売しており、テナント店で販売されるもち、うどん、ジェラードなども人気だ。道の駅米沢では米沢牛、米沢ラーメン、蕎麦など〝売り〟が明確。道の駅ふくしまで、それに匹敵するものを誕生させられるか。 繁忙期の駐車場確保、混雑解消も課題だ。臨時駐車場として活用されていた周辺の土地は工業団地の分譲地で、すでに進出企業が内定している。当面は利用可能だが、正式売却後に対応できるのか。オープン直後の混雑がいつまでも続くとは考えにくいが、再訪のカギを握るだけに、対応策を考えておく必要があろう。 吉田支配人は東京出身。単身赴任で福島に来ている。県内道の駅の駅長で構成される任意組織「ふくしま道の駅交流会」にも加入し、研究・交流を重ねている。2年目以降も好調を維持できるか、その運営手腕に引き続き注目が集まる。 あわせて読みたい 北塩原村【道の駅裏磐梯】オリジナルプリンが好評

  • 芦ノ牧温泉【丸峰観光ホテル】民事再生を阻む諸課題【会津若松市】

     会津若松市・芦ノ牧温泉の丸峰観光ホテルと関連会社の丸峰庵は2月28日、福島地裁会津若松支部に民事再生法の適用を申請した。債権者説明会では営業体制を見直し、自主再建を目指す方針が示されたが、取引先や同業者は「スポンサーからの支援を受けずに再建できるのか」と先行きを懸念する。 スポンサー不在を懸念する債権者  民間信用調査機関によると負債総額は2022年3月期末時点で、丸峰観光ホテルが20億7700万円、丸峰庵が4億7900万円、計25億5600万円。 《1994(平成6)年3月期にはバブル景気が追い風となり、売上高25億円とピークを迎えた。1995年3月期以降は景気後退で利用者数が減少。債務超過額も拡大していた》《2020(令和2)年に入ると新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けた。2022年3月期は売上高が5億円台まで後退し、2億円超の最終赤字を計上した。その後も業況は好転せず、資金繰りが限界に達した。丸峰庵はホテルに連鎖する形で民事再生法の適用を申請した》(福島民報3月1日付より) 申請代理人はDEPT弁護士法人(大阪市)の秦周平弁護士ほか2名が務めている。 債権者の顔ぶれや各自の債権額は判明していないが、主な仕入れ先は地元の水産卸売会社、食肉会社、冷凍食品会社、土産物卸商社など。そのほかリネン、アメニティー、旅行代理店、広告代理店、リース、コンパニオン派遣、組合など取引先は多岐に渡るとみられる。 最大の債権者である金融機関については、同ホテルの不動産登記簿に基づき権利関係を別掲しておく。 根抵当権極度額1250万円1972年設定会津商工信組根抵当権極度額2400万円1974年設定会津商工信組根抵当権極度額3600万円1976年設定会津商工信組根抵当権極度額4000万円1976年設定福島銀行根抵当権極度額3億円1979年設定商工中金根抵当権極度額2億4000万円1981年設定常陽銀行根抵当権極度額4億5000万円2011年設定会津商工信組抵当権債権額7500万円2018年設定会津商工信組抵当権債権額7500万円2018年設定商工中金根抵当権極度額3億円2018年設定商工中金  ㈱丸峰観光ホテル(1965年設立、資本金3000万円)は客室数65室の「丸峰本館」、同49室の「丸峰別館川音」、同6室の「離れ山翠」を運営する芦ノ牧温泉では最大規模の温泉観光ホテル。役員は代表取締役=星保洋、取締役=星啓子、田中博志、監査役=川井茂夫の各氏。 同ホテルでは「丸峰黒糖まんじゅう」などの菓子製造・販売も営み、ピーク時には郡山市の駅構内や駅前などで飲食店も経営していたが、業績が振るわず、2014年に関連会社の㈱丸峰庵(2006年設立、資本金300万円)に旅館経営以外の事業を移した。役員は代表取締役=星保洋、取締役=星啓子の各氏。 同ホテルの関係者によると「まんじゅうはともかく、飲食店は本業との相乗効果を生まないばかりか、ホテルで稼いだ利益を注ぎ込んだこともあったはずで、経営が傾く要因になったのは間違いない」。実際、丸峰庵は都内2カ所にも支店を構えるなど、身の丈に合わない経営が常態化していた様子がうかがえる。 同ホテルはホームページで、今後も事業を継続すること、引き続き予約を受け付けること、監督委員の指導のもと一日も早い再建を目指すことを告知している。 「再建に向け、メーンバンクの会津商工信組も尽力したが『思うようにいかない』と嘆いていた。もっとも同信組に、大規模な温泉観光ホテルを立て直すコンサル能力があるとは思えませんが」(同) 同ホテルは2019年に亡くなった先代で女将の星弘子氏が辣腕を振るっていた時代は上り調子だった。 「女将は茨城方面の営業に長け、そこを切り口に関東から多くの大型観光バスを呼び込んでいた。平日や冬季の稼働率を上げるため料金を下げ、それでいて利益を確保する商品を開発したり、歌手を呼ぶなどの企画を練ったり、常に経営のことを考えている人だった」(同) 1980~90年代にかけてはテレビCMを流したり、2時間ドラマの舞台になったり、高級車やクルーザーを所有するなど、成功者の威光を放っていた。 しかし、次第に団体客が減り、観光地間の競争が激化。そのタイミングで経営のかじ取りが星弘子氏の息子・保洋氏に代わると、以降は浮上のきっかけをつかめずにいた。 民事再生の申請後、本誌が耳にした同ホテルや星社長の評判は次のようなものだった。 ▽取引先との間で支払いの遅延が起きていた。 ▽星社長は経営合理化を進めるため、外部の管理職経験者を招き入れたが、強引な進め方が社内で反発を招き、ベテランや士気の高かった社員が相次いで退職した。 ▽その一方で、星社長は高級車レクサスに乗っていたため、ひんしゅくを買っていた。 ▽地元建設会社に改修工事を依頼するも、前回工事の未払い金が残っていることを理由に断られた。 丸峰庵をめぐっても、こんな話が聞かれた。 ▽顧客ごとの特注包装紙や新商品のパッケージングなど工夫を凝らしていたが、ロット発注になってしまうため、経費増が囁かれていた。 ▽道の駅などに通常の委託販売ではなく買い取り販売を依頼するも、在庫ロスへの懸念から断られた。 ▽賞味期限の短い商品を社員が直接納品するのではなく、宅配便で送るなど、商品管理体制が疑問視されていた。 ▽飲食店の家賃を滞納していた。 ちなみに1987年には、法人税法違反で法人としての同ホテルに罰金1600万円、当時の代表取締役である星弘子氏に懲役1年執行猶予3年の有罪判決が福島地裁で言い渡されている。 難しい自主再建 臨時休業中の丸峰庵  ある債権者によると、社員たちは民事再生の申請を外部から知らされたという。 「ウチは当日(2月28日)の昼にファクスで通知が届いた。その日はちょうど仕入れ業者への支払日で、各業者が付き合いのある社員に『支払いはどうなるんだ』と個別に問い合わせたことで社員たちに知れ渡った。社員たちが星社長から話をされたのはその後だったそうです」 債権者説明会は同ホテルが3月3日、丸峰庵が同8日に開いたが、出席者は淡々としていたという。 「仕入れ業者からは『未払い分は払ってもらえるのか』『この先の支払い方法はどうなるのか』などの質問が出ていた。会津商工信組から発言はなかったが、商工中金が今後の経営体制を尋ねると、星社長は『ある程度目処がついたら経営から退く』と答えていた」(同) しかし、それを聞いた出席者たちは首を傾げた。 「理由は二つある。一つは既に決まっていると思われたスポンサーがおらず『今後の状況によってはスポンサーから支援を受けることも検討する』と星社長が述べたことです。物心両面で支援してくれるところがなければ、経営者の交代はもちろん再建もままならない。もう一つは星社長には子どもがいないため、後継者の見当がつかないことです」(同) スポンサー不在については、ホテル再建に携わった経験を持つ会社社長も「正直驚いた」と話す。 「民事再生はあらかじめ綿密な計画を立て、これでいけるとなったら申請―公表するが、その際、重要になるのがスポンサーの存在です。申請すれば新たな融資を受けられないので、スポンサー探しは必須。もちろん、スポンサー不在でも再建はできるだろうが、星社長はこの間、あらゆる手立てを尽くし、それでもダメだったのだから、尚のこと緻密な自主再建策を用意する必要がある。そうでなければ今後、同ホテルが再生計画案を示しても債権者から同意を得られるかは微妙だと思います」 なぜスポンサー不在をここまで嘆くのかというと、自主再建するには本業の将来収益から再生債権を弁済しなければならないからだ。そうした中でこの社長が注目したのは、冒頭の新聞記事中にある「売上高5億円、赤字2億円」という金額だ。 「単純に売り上げが7億円以上ないと黒字にならない。じゃあ7億円以上を売り上げるため、料金を何万円と設定し、1部屋に何人入れて何日稼働させると計算していくと相当ハードルが高いことが見えてくるんです。しかも、丸峰は規模が大きいので固定資産税がかかり、人件費も光熱費もかさむ。年月が経てばリニューアルも必要。挙げ句、お客さんは少ないので、お金は出ていくばかりだと思います」(同) この社長によると温泉観光ホテルは近年、客の見込めない平日を連休にすることが増えているが、丸峰観光ホテルは不定休だったという。 「1年中オープンするのが当たり前の温泉観光ホテルにとって連休はあり得ないことだったが、いざ休んでみると経費が抑えられ、少ない社員を効率良く配置できるなど経営にメリハリが出てくる。丸峰も連休を導入しつつ、3棟ある建物のどれかを臨時休館して経営資源を集中させる必要があるのではないか」(同) 聞けば聞くほど、スポンサー不在では再建は難しく感じる。実際、会津地方のスキー場に中国系企業が参入していることを受け「丸峰も外資が関心を示すといいのだが」との声があるが、芦ノ牧温泉の事情に詳しい人物によると、外資が登場する可能性は低いという。 「芦ノ牧温泉は地元の人たちが土地を所有し、経営者は地主らでつくる芦ノ牧温泉開発事業所に地代を払い、旅館・ホテルを建てている。経営をやめる場合は建物を壊し、土地を原状回復して地主に返さなければならない。同温泉街に廃旅館・廃ホテルが多いのは、解体費を捻出できない経営者が夜逃げしたためです」 要するに、外資にとって芦ノ牧温泉は魅力的な投資先ではない、と。 実際、同ホテルの不動産登記簿を確認すると、土地は芦ノ牧地区をはじめ市内の人たちの名義になっており、そこに同ホテルが地上権を設定し、建物を建てていた。 激減する入り込み数 自主再建を目指す丸峰観光ホテル  民事再生の申請から2週間後、星社長に話を聞けないか同ホテルを訪ねたが、 「社長は連日、取引先を回っており不在です。私たち社員は何も分からないので、それ以上のことはお答えできません」(フロント社員) 申請代理人のDEPT弁護士法人にも問い合わせてみた。 「債権者がスポンサー不在を心配しているのであれば真摯に受け止めなければならないが、私共が今やるべきことは債権者に納得していただける再生計画案を示すことなので、債権者以外の第三者にあれこれ話すのは控えたい」(田尾賢太弁護士) 同ホテルは今後、再生計画案を作成し裁判所に提出。その後、債権者集会に同案を諮り①議決権者の過半数の同意(頭数要件)、②議決権の総額の2分の1以上の議決権を有する者の同意(議決権数要件)を満たす必要がある。民事再生の申請から再生計画の認可までは通常5カ月程度。 前出・債権者は「同ホテルから示される再生計画案に債権者たちが納得するかは分からないが、これまで芦ノ牧温泉を引っ張ってきたホテルなので復活してほしい」と話した。 芦ノ牧温泉はピーク時、30軒近い旅館・ホテルがあったが、現在は8軒。一方、会津若松市の公表資料によると、同温泉の入り込み数は2001年約39万4000人、コロナ禍前の19年約23万1000人、コロナ禍の21年約10万3000人。入り込み数が激減する中、今日まで営業を続けてきた丸峰観光ホテルは善戦した方なのかもしれない。 丸峰観光ホテルのホームページ あわせて読みたい 【芦ノ牧温泉】丸峰観光ホテル社長の呆れた経営感覚

  • 【浪江町】新設薬局は福島医大進出の関西大手グループ

     浪江町役場敷地内にある浪江診療所の近くに、震災・原発事故後初めて調剤薬局が開設される。進出するのは関西を拠点とする大手・I&Hグループで、県立医大でも敷地内薬局の運営に乗り出すなど勢力伸長が著しい。同町への進出を機に「原発被災地での影響力を強める方針ではないか」と同業者たちは見ている。 原発被災地で着々と影響力を拡大  浪江町で薬局を開設・運営するのは、関西を拠点に「阪神調剤薬局」を全国展開するI&H(兵庫県芦屋市)のグループ企業。本誌は昨年10月号「医大『敷地内薬局』から県内進出狙う関西大手」という記事で薬局設置に関わる規制の緩和が進む中、福島県立医大(福島市)も敷地内薬局を導入し、運営者を公募型プロポーザルで決めたことを報じた。 県薬剤師会は「医薬分業」を建前に、敷地内薬局に猛反対していたため動きが鈍く、情報収集に後れを取った。公募について会員内で共有したのは応募締め切り後だった。応募した地元薬局はあったものの、全国展開する大手3社がトップ争いを繰り広げる中、資本力で太刀打ちできず、I&Hが優先交渉権を獲得。次点者とは1点差という激しい争いだった。 地元の薬剤師・薬局経営者の間では、県立医大の敷地内薬局の運営権を関西の企業が勝ち取ったことは、県内の薬局勢力図の変化を象徴する出来事と捉えられ、「原発事故後、帰還が進みつつある浜通りに進出する足掛かりにしたいのでは」という見方があった。 浪江診療所は、町が国民健康保険の事業として設置・運営している。町健康保険課によると、復興が進む町内では唯一の医療機関だ。最新の年間利用者は延べ約5800人。ただ、調剤ができる薬局が町内にないため、医師や不定期に出勤する薬剤師が行い、看護師らが補助する形で実務を担っていた。院内処方と呼ばれる。 震災・原発事故後、町内に初めて調剤薬局ができるということは、浪江診療所の調剤業務を薬局に外注することを意味する。同課の西健一課長(浪江診療所事務長を兼務)も、「町としては院外処方に移行したいと思っています」と言う。 県内で薬局を経営する企業の役員は町が院外処方を進める理由を「医薬関係のコストを削減できるからです」と解説する。 町の特別会計「国民健康保険直営診療施設事業」の2021年度決算書によると、浪江診療所の医業費は2600万円(10万円以下切り捨て、以下同)。医薬材料費は2100万円で医業費の約8割。医薬材料費に患者に処方する医薬品の金額がどの程度含まれているかは不明だが、外注すれば相当圧縮できるだろう。 さらに、患者への薬の受け渡しに時間を取られていた看護師の負担が減る分、本来の業務に専念できる。業務が効率化できれば、町としては必要最低限の雇用で済ませられる。 メリットは患者にもある。 「取り扱いの少ない薬でもすぐに十分な量が手に入ります」(同) 診療所の調剤室は単独の薬局に比べると、量も種類も限られる。西課長によると、需要の少ない医薬品の場合、在庫切れになることもあり、南相馬市にある最寄りの調剤薬局まで車を走らせなければならなかった患者もいたという。 ただ、患者には見過ごせないデメリットもある。 まず、薬代が高くなる。院外処方は院内処方よりも、医療行為に対する報酬の基準となる診療点数が高くなるので、患者の負担が増える。  院内処方から院外処方に移行すれば、患者が薬局に薬を受け取りに行く手間もかかる。浪江診療所は役場敷地内にあるが、開設予定の薬局は敷地外に建設されるというから、大きな負担になるとは言わないまでもそれなりの移動を強いられる。 実際、薬局新設を聞きつけたある町民からは、 「通院しているのは年寄りが多いのに、町や医者の都合で雨の中でも薬を取りに行かなければならないのか」 と不満の声が聞かれた。 これまでの動きを振り返ると、財政負担を減らしたい町と、原発被災地に進出したいI&Hグループの思惑が合致したと言える。 「開設経緯を明らかに」  ある町関係者は薬局の開設経緯をオープンにすべきだったと訴える。 「関西の企業がどういう経緯で浪江に進出するのか。町が土地を紹介しないと無理でしょう。町に相談なしに進出を決めたとは考えられません。実質、浪江診療所に付随する薬局です。本来は公募して民間を競わせる方が公正だし、より良い条件を引き出せたのではないか。民間薬局が進出する動きがあると議会を通じて町民に知らせる必要があったと思います」 前出の西課長に薬局開設に町はどの程度関わっているか聞くと、 「役場の敷地外にできるので町は関わっていません。診療所の近くにできるとは聞いていますが、民間企業の活動なので、いつ、どこに開設するかはI&Hに聞いてほしい」 筆者はI&Hにメールで「薬局の開設場所はどこか」「いつ営業を始めるか」など7項目にわたり質問した。回答によると、近隣に建てる予定があることは確かだが、「具体的なスケジュールは決まっていない」という。 西課長によると、町とI&Hグループが接点を持ったきっかけは、震災・原発事故後からたびたび開かれている「お薬相談会」だという。浪江町には薬剤師がいないため、町外から招いて服薬指導をしている。この相談会に関係していた復興庁から「福島薬局ゼロ解消ラウンドテーブル」というイベントへの参加を打診され、そこでI&Hと接点ができたという。 このイベントについては本誌昨年10月号で報じた。避難指示解除後に帰還が進む地域で、医師と共に薬剤師が不足している状況に薬剤師や薬局経営者らが問題意識を持ち、同年2月24日に厚生労働省や自治体職員とオンラインで現状を共有した。 主催は任意団体「福島薬局ゼロ解消ラウンドテーブル実行委員会」、事務局は城西国際大大学院(東京)国際アドミニストレーション研究科。同大学院の鈴木崇弘特任教授の記事(ヤフーニュース2022年3月1日配信)によると、メンバーは表の通り。I&H取締役や薬学部がある大学の教員が名を連ねる。 福島薬局ゼロ解消ラウンドテーブル実行委員会のメンバー(敬称略) メンバー役職渡邉暁洋岡山大学医学部助教小林大高東邦大学薬学部非常勤講師岩崎英毅I&H取締役鈴木崇弘城西国際大学国際アドミニストレーション研究科長黒澤武邦城西国際大学国際アドミニストレーション研究科 准教授  鈴木氏の記事によると、I&H取締役の岩崎英毅氏のほかに福島市、富岡町、大熊町、双葉町、浪江町、そして厚労省の担当者が参加した。式次第によると、オープニングで学校法人城西大学の上原明理事長(大正製薬会長)が挨拶した。 本誌は以前、I&Hに、どのような関係で自社の取締役が同委員会のメンバーを務めているのかメールで質問した。同社からは次のような回答が寄せられた。 《医療分野のDXへの関心が飛躍的に高まり、また、厚生労働省が進めている薬局業務の対物業務から対人業務へのシフトにより、薬局には住民の皆様の個別のニーズに応じた、より質の高いサービスの提供が期待されています。このような状況のもと、弊社は、オンライン診療、服薬指導、処方薬の配送など、地域医療の格差是正に向けた取り組みを推進しておりますが、このような取り組みの知見や課題を共有することで、無薬局の解消の一助になることができればと考え、実行委員会に参加させていただきました》 営業活動の一環か、という質問には、 《無薬局の解消、地域医療の格差是正に向けて、様々な視点からの知見や課題を学ばせていただくことが目的でございます》 と答えた。 双葉郡に進出加速か? 浪江町役場敷地内にある浪江診療所  浪江診療所の患者の処方を受け付けるだけでは元は取れない。だが、I&H取締役の岩崎氏は被災地へ進出する個人的な思いがあるようだ。 「岩崎氏は中学生の時に阪神・淡路大震災を経験したそうです。他人ごとではないという思いから、東日本大震災でも一薬剤師として被災地に支援に来ました。その時の写真も見せてもらいました。被災地の行く末を心配し、今回、薬局の進出を決めたそうです。将来的に経営が安定し、地元の薬剤師で希望者がいれば雇用したい考えもあるそうです」(前出の西課長) 大手調剤薬局グループは、調剤だけでなく、旺盛なM&Aを繰り広げ介護福祉事業、カフェやコンビニも展開している。地方の薬局で採算が取れなくとも、都市部の収益とその他の事業で黒字になればいいとチャレンジする余裕がある。 町が福祉事業を委託している浪江町社協で、行き当たりばったりの縁故採用が横行し、人手不足に陥っていることを考えると、I&Hのような全国に人員を抱える大手民間企業が町からデイサービスなどの委託事業を担うのも現実味を増す。 昨年2月の「薬局ゼロ解消」を目指すイベントには浪江町以外にも富岡、大熊、双葉の各町が参加した。I&Hはこのつながりを足掛かりに浜通りでの薬局開設を加速させるのだろう。さらに、休止が続く県立大野病院(大熊町)の後継病院への関与も見据えているはずだ。 原発被災地は、一時的に医療・医薬関連業が撤退を強いられ、空白地帯となった。一方、復興の名目で国や県の主導で事業が進む中、資本力のある大手にとっては新規開拓の土地でもある。 あわせて読みたい 福島医大「敷地内薬局」から県内進出狙う関西大手【I&H】

  • 【米アップル出身】藤井靖史さんに聞く「DXって何?」

     DX(デジタル・トランスフォーメーション)。新聞やテレビ、ユーチューブなどでよく聞く言葉だが、いったい何のことか、それによって何がもたらされるのか、正確に理解している人は少ないはずだ。最近では民間企業に限らず、自治体も「DX導入!」「DX推進!」と声高に叫んでいる。現在、西会津町と柳津町の最高デジタル責任者(CDO)を務める藤井靖史さんに、ズバリ「DXって何?」と聞いてみた。(佐藤大) 自治体と住民はデジタルで何が変わるのか  藤井靖史さんは京都府出身の45歳。グロービス経営大学院修了(経営学修士)後、日立電子サービス(現・日立システムズ)、米アップルコンピュータを経て、カナダ・カルガリーで「Cellgraphics」という会社に合流し、日本で流行っていたコンピューター系の商品を北米で販売するビジネスを始めた。結婚を機に仙台に移り住み再び起業。モバイルコンテンツプロダクション「ピンポンプロダクションズ」を設立し、2012年にKlabに売却。その後、会津大学産学イノベーションセンター准教授を経て、現在は西会津町と柳津町の最高デジタルCDO、デジタル庁オープンデータ伝道師、総務省地域情報化アドバイザーなど、さまざまな肩書きを持ちながら活動を続けている。 ①DXって何?  経済産業省はDXの意味を次のように定義している。 「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」 デジタルガバナンス・コード2.0https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/investment/dgc/dgc2.pdf(1ページ)  読者の皆さんは、誰かに「DXって何?」と聞かれたとき、これを一字一句間違えずに答えられるだろうか。仮に一字一句間違えずに相手に伝えられたとしても、「つまり、えーっと、結局どういうこと?」と返ってくるのがオチだろう。 安心してほしい。藤井さんが誰でも覚えられるDXの意味を教えてくれた。以下がそれだ。 『ユーザー視点になって働き方改革を行うこと』 これなら分かりやすいし覚えやすい。ただ、次に湧き起こるのは「デジタルのデの字もないけど……本当に合っているのだろうか」という疑問だろう。 藤井さんは「DXを〝ハサミ〟に置き換えて考えてみてください」と話す。 「DXは道具であり、デジタル技術やデータは一つの選択肢にすぎません。道具は何でもいいはずです。『ハサミ導入!』、『ハサミ推進!』と言われても何を言っているのか分かりません。大事なのは『何のために』道具を使うかです。国や行政は言葉を大事にする仕事のはずですが、その言葉が曖昧になっています。そこに誤解があるために、手段の目的化に陥ります。我々デジタル領域での専門家は、専門であるからこそ立ち止まって考えねばなりません」 藤井さんがCDOを務める西会津町には、まちづくり基本条例があり、5つの基本原則「主役は町民」「町民参加」「情報の共有」「協働」「男女共同参画」がある。それを実現するためにデジタルを含む各種道具を使うという順番になる。 【西会津町】まちづくり基本条例の手引きhttps://www.town.nishiaizu.fukushima.jp/uploaded/attachment/54.pdf(3ページ)  藤井さんは現在、西会津町と柳津町のCDOだけでなく、磐梯町のばんだい振興公社専務理事、川内村のDXアドバイザーも兼任している。いずれも仕事を引き受ける際、「まちは何を目指しているのか」を聞いたという。 「私が関わる自治体では目指すものが定まってるところが多いですが、多くの自治体ではそういったビジョンや条例は形骸化しており、何を目指しているか聞いても『なんだろう?』という感じでした。道具を選ぶ以前の問題です。ですから最初に、目指すものを実現するために道具を使いましょうという話をしました」 単純な一例としては、藤井さんが「DX=ユーザー視点の働き方改革」をはじめに行ったのは「仕事の〝健康診断〟」だった。会津地方の12市町村で職員の業務量調査を実施した。どんな作業に時間がかかっているかをあぶり出すため、細かくデータ化し、業務の質や量を調べたのだ。 すると「この仕事、すごく時間がかかっているけど何?」という項目がいくつも出てきたという。「ほかの自治体ではその仕事をどのように処理しているのか」を情報共有しただけで「あそこの自治体ではこうやっています」という最適解が見つかり、作業時間が短縮した。 各自治体が縦割りで、自治体同士の横のつながりが薄いために起きていた弊害だったが、デジタルツールを導入せずとも運用改善するだけで効率化が図られるわけだ。 藤井さんは次のように話す。 「誰かが上から指導するというよりは、データを見た現場自身が〝おかしい〟と感じて改善する。そうすると、現場は納得感があるので自然に改善されます。業務改善については本来の仕事の延長線上にあるわけです。それをデータというデジタル技術でサポートするという順番です。 ただここでも大事なのが『何のために』です。業務に時間がかかっているとしても、目指すべきビジョンを達成するためであれば改善する必要はありません。効率化をただ目指すのであれば、またしても手段の目的化になることでしょう」 ②藤井さんが「官」の仕事をするきっかけ 柳津町CDO委嘱状交付式の様子  藤井さんが「産業界(民間企業)、学校(教育)」から「官公庁(国・地方自治体)」へと仕事の場を移した理由は、米アップルコンピュータで体験した日本社会への危機感があったからだという。 米アップルコンピュータで体験したのは「海外企業の圧倒的なスピードとテクノロジーと連携した組織運営方法」だったという。 「仕事の仕方が全然違う。日本の企業が止まって見えました。『このままじゃ日本はまずい』と危機感を覚えました。実際、今の日本は世界と比べて、さまざまな分野で遅れをとっていますよね」 そんな思いから、藤井さんは「この状況を打開するには、ある程度自分に力がなければならない」と痛感した。 「世の中にある仕事はなるべく全部やろうと。国内企業、外資系企業、海外や国内での起業、役場、大学。全てにおいて『経験あります』と言えれば、様々な業界の方々と話ができるようになります」 経験を積みながら藤井さんが感じたことは「企業でいくらイノベーションを起こしたくても、国全体の制度が古いと足を引っ張られる、既得権益が保存されやすい構造的な問題がある」ということだった。 「国や自治体が(主役ではなく)社会のプラットフォームとして機能することで、住民の生活や企業活動がスムーズになる」。そういった思いから、藤井さんは自治体関係の仕事に携わるようになっていった。 ちなみに、藤井さんは現在、会津若松市を拠点に活動しており、「会津の暮らし研究室」という会社も経営している。暮らしに関わることを昔からの知恵を生かしながら、日本を代表する大企業と一緒に今のスタイルにアップデートする研究を行っている。 ③住民のメリット 西会津のある暮らし相談室のフェイスブックページから引用   藤井さんが主導するDXによって自治体職員の仕事が効率化されていっているのは大変結構だが、住民にはどんな恩恵があるのか。 西会津町は「デジタルよろず相談室」を設けており、住民向けにスマートフォンやタブレット端末等の使い方など、デジタル技術に関する相談を幅広く受け付けている。 相談員が町のサロンに出向いて相談室を開くと、住民からは「携帯電話料金が高い」という相談が多く寄せられるという。「CMでは980円って言っているのに、何で私の携帯代は1万円もかかっているの」と。西会津町の住民は、料金プランの見直しをするために会津若松市まで行かなければならず、予約の仕方も分からないので長時間待たされるはめになる。挙げ句の果ては「セキュリティーを強化しないと危ないですよ」と店員に薦められ、行く前よりも高い料金になって帰ってくる。 相談員が住民の料金明細を見て、「15ギガのクラウド契約」など明らかに不必要なオプションがあった場合は、その場で契約している携帯キャリア会社に電話してもらい、料金プランを変更するサポートをしている。現状を課題として認識しているキャリアの方々のサポートを受けて社員を町まで派遣してもらい、機種変更や割安のキャリア変更を手助けすることもある。 「大体の人は数千円くらい安くなるんですよね。年金生活者にとっての数千円はめちゃくちゃ大きいですよ。町がいくら『アプリやラインを始めました』とデジタル化を謳っても、住民が『またお金がかかるんじゃないか』と不安に思うような土壌では、広まるものも広まりません」 デジタルによって何が便利になるかの以前に、もっと目先の不便を解消しなければならないということだろう。 町の高齢化が進み、単身高齢者世帯の交渉力が弱いがゆえに〝カモ〟にされ、高止まりした料金プランを契約させられるという構図も問題だ。それを解消するには、信頼できる相談者がいるか、周りとコミュニケーションをとれているかが重要になってくる。 藤井さんは「我々は住民との会話量を増やしています」と話す。 「住民と会話をしないと、効果的な方法を選んで実行できません。ただし、職員は住民と会話をすることが困難な状況があります。住民からいわれのないクレームなどを受けることがあります。職員も一人の人間です。自治体の課題の全部を背負い込むことはできません。結果として、普段から地域に出づらくなり、効果的な施策が見えてこない状況が生まれます」 そんな悪循環を打破するため、藤井さんは「OODAループ」というフレームワークに注目している。 OODAループのイメージ図(藤井さん提供の資料)  OODAループとは「Observe(観察)」、「Orient(状況判断、方向づけ)」、「Decide(意思決定)」、「Act(行動)」という4つのステップを繰り返す手法だ。これを、藤井さんは分かり易く「見る→分かる→決める→動く」と説明する。 昨今は東日本大震災、新型コロナウイルス、ロシアのウクライナ侵攻など、予測不能な出来事が頻発している。これまで多くの組織が取り入れてきたPDCAサイクル(Plan=計画、Do=実行、Check=評価、Action=改善)の考え方は、P(計画)が非常に難しい時代になったことで通用しづらくなった。 「PDCAサイクルは、最初に計画するから失敗という概念がありますが、OODAループでは、失敗しても単純に『分かる』の解像度が上がっていくだけなんです」 だから、予測不能な出来事だらけの今、「先の読めない状況で成果を出すための意思決定方法」であるOODAループは必須というわけ。 藤井さんはさらに続ける。 「日本って、明治維新などを見ても〝差〟が分かると急激に挽回する歴史があるじゃないですか。コロナによって〝世界との差〟がかなりあると認識できたことで、危機感も醸成されてきたのは大きいと思います」 明治維新の時のように、国や自治体などのプラットフォームが変われば企業も元気になり、地域が活性化する。自治体の仕事の効率化と住民との相互信頼が図られれば職員が町に出る時間ができて、人口減少社会においても行政サービスが最適化される。それらが全て相乗効果として表れれば国全体や地方政治の在り方も変わっていく可能性がある。 ④DXで若者の声を拾う  藤井さんは、町の政治が〝大きな声〟を中心に合意形成を図っていることに危機感を覚えている。大きな声とは組織・団体の長ら町の有志を指しているが、これらのコミュニティーと接点がない若者はどんな意見を持っているのか、つまり少数派の声にもっと耳を傾けなければならないと藤井さんは考えている。彼らが10年後、20年後の地域の主役になるはずだからだ。 そんな小さな声を拾うために始めたのが「西会津町デシディム」だ。デシディムはオンラインで町民の多様な意見を集め、議論を集約し、政策に結び付けることができる機能を持つ、町民と行政をつなぐインターネット上の対話の場だ。スペイン・バルセロナ発祥で、現在、世界の30を超える自治体で利用されている。寄せられた意見に別の人がコメントを書き込むことができ、オープンな場でコメント投稿者同士が意見を交わすことができる。 藤井さんは「デジタルの力を使えば、若者など少数派の声をもっと拾えると思うんです」と話す。 「シルバー選挙などと揶揄されている現状では、結果として施策が古くなってしまいます。これは力学上、仕方のないことですが、少しでも若い人の意見が政治に反映されればと思い、取り組んでいるところです」 ⑤子どもにデジタルシティズンシップ  藤井さんは「今の若者も、これからの子どもたちは、読み書きそろばんのようにデジタルツールを使いこなすことが前提となります。その上で、デジタル社会においても市民として参加していくことになります」と話す。 「海外では情報技術の利用における適切で責任ある行動規範を指す『デジタルシティズンシップ』を幼稚園から学びます。一方、日本ではそれらを『メディアコントロール』といったかたちで制限しますので十分な議論や機会に恵まれません。言ってみれば〝市民〟としての立ち振る舞いを学ばずに〝原始人〟のままデジタル社会に出ることになります」 SNSで誹謗中傷する、親のパスワードを盗んで悪用するといったデジタルに関するトラブルは後を絶たないが、デジタルシティズンシップでは、こういった事象を教材として、各人がどう思うかをディベートし、デジタル社会の市民としてどう立ち振る舞うべきなのか考える機会を提供し、ITリテラシーやモラルを醸成させていくという。 筆者は「自治体職員になりたい」と思ったことはないが、藤井さんを取材してみて「この人のもとであれば是非働いてみたい」と感じた。この記事を最後まで読んだ人の中に首長や課長クラスの人がいたら、まずは一度、藤井さんの話を直接聞くことをお勧めしたい。狭かった視野が一気に広がり、新たな〝気付き〟を得られるだろう。 あわせて読みたい 飯坂温泉のココがもったいない!高専生が分析した「回遊性の乏しさ」 【櫻井・有吉THE夜会で紹介】車中泊×グルメで登録者数10万人【戦力外110kgおじさん】福島県ユーチューバー