福島医大「敷地内薬局」から県内進出狙う関西大手【I&H】

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福島医大「敷地内薬局」から県内進出狙う関西大手【I&H】

(2022年10月号)

 福島県立医科大学(福島市)で大手調剤薬局グループI&H(兵庫県芦屋市)による「敷地内薬局」の設置が進められている。「医薬分業」の観点から禁じられてきたが、6年前の規制緩和を受け、その動きは全国に広がる。医大は土地の貸付料を得ながら、薬局に付随するカフェテラスを呼び込める一方、薬局は県下最大数の処方箋が見込める。設置の公募には地元薬局を含め6社が応募し、上位3社が接戦。敷地内薬局にそもそも反対の県薬剤師会は蚊帳の外に置かれ、本県医療を象徴する場を県外大手に取られた形だ。

蚊帳の外に置かれた福島県薬剤師会

 福島県立医科大学(医大)は公立大学法人で、福島市光が丘に医学部、看護学部、附属病院などのほか、保健科学部をJR福島駅前に、会津医療センターを会津若松市に置く。保健科学部と会津医療センターを除いた職員数は2640人、学生数は1427人(2021年5月1日現在)。附属病院の病床数は788床。入院患者は年間20万人。外来患者は同約34万人で、1日平均1429人(いずれも2020年度)。

 敷地内薬局の収入につながるのは、医師が外来患者に発行する院外処方箋だ。医大は年間約17万枚を取り扱っており、1日平均約720枚。県内最大級の規模からして、処方箋枚数も少なくはないだろう。

 医大に敷地内薬局を設置する過程をたどる前に、そもそも医薬分業と敷地内薬局とは何か。

 医薬分業は、「診断して処方箋を書く者」と「処方箋を見て調剤する者」を分けて互いの仕事をチェックさせ、適正な薬剤治療を進める仕組み。1970年代以前の日本では、医師が診療報酬を増やそうと自ら多くの薬を出す「薬漬け医療」の傾向があり、医療費を抑制するため分業が進められてきたとされる。こうして、患者は医師から出された処方箋を持って病院門前や自宅近くの薬局で薬をもらう流れができた。だが「流れ作業的な調剤」「二度手間」の批判もあり、医療費削減の効果も疑問視。規制改革の流れの中で、厚労省が2016年9月に病院が経営を異にする事業者に敷地を貸し、薬局を設置することを認めた。

 2019年4月には、東大医学部附属病院に敷地内薬局2店舗がオープンし、全国の医大・医学部に波及する。薬剤師会からは「大家と店子の関係では薬局の独立性が危ぶまれる」と反発が起こった。これに対し、厚生労働省は処方箋の受け付けごとに算定する調剤基本料42点(1点=10円)について、病院との関係が深い敷地内薬局は7点に減らし、参入しても「儲けにくい」ようにした。 薬剤師会が反発するのに病院が敷地内薬局の設置を進めるのは経営上の理由からだ。

 一つは土地の貸付料が得られる。特に大学病院は敷地が広く、土地を遊ばせておくのはもったいない。大学病院は独立行政法人として経営努力を求められている背景もある。

 もう一つは、福利厚生施設を自己負担なしで整備してもらえる利点がある。

 こうして、病院は薬局に土地を貸し、薬局は本業の調剤だけでなく、病院の求めに応じて売店やカフェテラス、職員寮などを運営するようになった。

 前述の通り、敷地内薬局は調剤基本料が低く抑えられている。しかも病院は薬局以外の事業にも高水準を求めてくる。にもかかわらず、大手調剤薬局はなぜ参入するのか。県内の薬局に勤めるある薬剤師は、

 「資本力の強みです。大手は事業買収を重ね、調剤業務以外に介護、飲食など多業種を抱え込んでいます。調剤を基本にその他の業種との相乗効果で儲けていく方針です。各地域の医療拠点に出店することで、その土地での知名度と実績を上げる。それを足掛かりにさらに出店攻勢をかけ、シェア獲得を狙っているのでしょう」

 各地の薬剤師会は医薬分業の建前から敷地内薬局に反対してきた。経営面でもペイするのが難しいため、参入には慎重だ。その隙を大手が突く。各地の薬剤師会は「敷地内薬局のジレンマ」に陥っている。

 県内の公立病院では、医大の次に藤田総合病院(国見町)が2022年3月に敷地内薬局の事業者を公募した。門前に薬局を構えていた2社が応じ、アインHD(札幌市)が優先交渉権者となった。

不満を露わにする前会長

 医大は2021年12月に事業者の公募を告知した。別の薬局に勤める薬剤師は県薬剤師会(県薬)からメールで一報を受けた時、「医大もとうとうやったか」と覚悟した。

 県薬は後手に回った。

 「ホームページで公募が告知されたのが13日。応募締め切りは24日でした。土日・祝日は応募を受け付けないので、実質10日間です。ところが、県薬が会員に知らせたのは締め切り後の28日でした。県薬も寝耳に水だったのでしょう」(同) 

 当時、県薬の会長だった町野紳氏(まちの薬局経営・㈲マッチ社長、会津若松市)が会員に送った書面には医大への戸惑いが見られる。

 「医大は本県唯一の医育機関と位置付けられており、本来、患者や地域住民から真に評価される医薬分業の推進をする立場でなければならず、今回の整備事業は賛同しかねるものです」。公募については、「募集期間が短かったこともあり、皆様からの意見を伺う機会を設けられず、対策を講じることができなかったことは誠に遺憾に思います」とし、「会員の意見を伺う機会を設けたいと考えております」と続けた。

 町野氏は2022年6月に4期8年の任期を終え会長を退いた。会員の間では、「敷地内薬局設置の動きを把握できなかったため、責任を取ったのでは」との見方がある。

 本人に聞くと、「任期を迎えたから辞めた。それだけです」。

 設置の動きを把握していたかについては、「知っていたら潰しに動いたでしょうね」と冗談交じりに言った。敷地内薬局への参入については、「医薬分業の観点から会として反対しているので、参入することはありません」と言う。

 医大の近くには、県薬が運営する「ほうらい薬局」がある。経営への影響を尋ねると、「微々たるものと考えます」と答えた。

 医大の敷地内薬局設置事業の正式名は「敷地内薬局及び福利厚生施設等整備事業」。事業者の選定は公募型プロポーザル方式で行われた。この方式は発注者が事業者に建設物についての提案を求め、応募者の中から審査を経て優先交渉権者を選ぶ。

 募集要項や要求水準書によると、医大は土地の一部を貸与し、事業者は薬局1店舗とカフェテラス、コンビニなどを含む集合店舗施設の整備と運営を行う。建設予定地は附属病院への玄関口に当たる「いのちと未来のメディカル棟」の南側で、現在は「おもいやり駐車場」に使われている。

 貸付される面積は約1600平方㍍。貸付料について、医大は年額で1平方㍍当たり最低1077円以上を提示。概算すると、事業者は総額170万円以上を土地使用料として毎年払う必要がある。だが、これはあくまで最低額。事業者が医大に提出する資料には、1億円の位まで記入可能な「土地使用料提案書」があり、2022年2月21日にプレゼンテーション形式で行われた最終審査では「本学に対する経済的貢献度」という評価事項があった。いかに高い土地代を払えるかが客観的に物を言うということだろう。

 土地を貸付する期間は原則20年以内としている。ただ、医大が「優れた提案」と判断した場合は延長され、最長で30年未満使用できる。

 同28日までに医大は、阪神調剤薬局を全国展開するI&Hを優先交渉権者に選んだと公表した。県内では傘下の薬局が2店舗ある。現在、同社と医大は交渉を進めている。 

大手が資本力で圧倒か

 公募には6社が応募し、うち1社は最終審査前に辞退した。結果は表1の通り。医大は優先交渉権者以外の社名や、審査員7人の氏名、各審査員の採点結果を明かしていない。それぞれ、「事業者の利益を害する」「干渉、圧力を受け審査員の中立性が損なわれる」「医大の利益や地位を害する」との理由だ。

表1 医大敷地内薬局公募の最終審査に参加した5社の得点
評価項目I&HA社B社C社D社
(1)患者の利便性・安全性に関する評価【70】5658524040
(2)福島県立医科大学への相乗的あるいは相加的効果に関する評価【70】5656543640
(3)地域への貢献に関する評価【105】6456524446
(4)アメニティ施設に関する評価【105】7581844863
(5)施設整備に関する評価【105】8790905760
(6)実施体制に関する評価【140】1081121167664
(7)事業の継続性及び健全性に関する評価【140】1241161126448
合計【700】570569560365361
※【】は審査員7人の評価項目ごとの配点を合計した点=満点



 ただ医薬業界の情報筋によると、I&H以外に公募に応じた5社は、アインHD(北海道札幌市)、クオールHD(東京都港区)、日本調剤(東京都千代田区)、コスモファーマ(郡山市)、ハシドラッグ(福島市)だという。ハシドラッグは共同企業体で臨んだようだが、組んだ企業がどこかは不明。5社のうちどこが辞退したかも分かっていない。

 I&Hと応募した可能性が高い5社の経営規模を表2にまとめた。表1の得点と突き合わせると見えてくるものがある。

表2 公募への参加が噂された6社の経営規模
資本金売上高従業員
I&Hグループ42億円1224億円(連結か)4087人
(21年5月期)
アインHD218億円3162億円(連結)9568人
(22年4月期)
クオールHD57億円1661億円(連結)5620人
(22年3月期)
日本調剤グループ39億円2993億円(連結)5552人
(22年3月期)
コスモファーマグループ8500万円240億円(連結か)1418人
(21年9月期)
ハシドラッグ5000万円90億円55人
(21年5月期)
アイン、クオール、日本調剤は有価証券報告書を、その他はHPや民間信用調査会社のデータを基に作成



 注目すべきは上位3社と下位2社との総合点の開きだ。上位3社は8割得点し、どこが首位でもおかしくない点差だが、下位のC社、D社は半分強しか取れていない。点差が如実に開いたのは⑹、⑺の項目。特に⑺には財務状況や類似事業の実績、医大への経済的貢献度を評価する小項目がある。資本力があり、敷地内薬局へ既に参入している大手には有利となる。

 これらを踏まえるとA社、B社は大手、C社、D社は地元薬局と推理できる。

 地元薬局にとって厳しい戦いではあった。それを承知したうえで、ある地元薬局の取締役は、県外企業にメンツをつぶされたことを苦々しく思っている。

 「『阪神調剤』の看板を医大病院の玄関前に掲げられるわけです。地元に根付いてきた薬局としては見過ごせません」

 この取締役が地元への貢献の例に挙げるのが2020年6月に楢葉町が設置した「ならは薬局」だ。県薬などが設立した県復興支援薬剤師センターが運営している。震災・原発事故後に帰還が進む地域の医療を支えるため、重要な役割を果たす施設と認識するが、収益は見込めないという。それでも「運営する意義は大きい」との自負がある。

 前述の通り、医大が敷地内薬局設置の公募を行ったのは「実質10日間」だが、取締役は医大が事実上、県薬に一声も掛けなかったことを突き放されたと感じているようだ。

 「悔しいと思うのはわがままに過ぎないのでしょうか」(同)

 残酷だが、医大も患者も便利になれば、事業者が県内であれ県外であれ関係ないのだろう。

勉強会開催の狙い

 他方でこの取締役は、帰還地域におけるI&Hの動きをいぶかしむ。

 「関連団体が、医大敷地内薬局の公募審査結果が出る4日前(2月24日)に厚労省の官僚や県内市町村職員を巻き込んで会議を開いていたんです」

 主催は任意団体の「福島薬局ゼロ解消ラウンドテーブル実行委員会」。目的は名前の通り、震災・原発事故後に住民が帰還しつつある地域への薬局整備を考えるもの。事務局は城西国際大学アドミニストレーション学科(東京都)。同委員会メンバーにはI&Hの岩崎英毅取締役のほか、同大や岡山大医学部、東邦大薬学部の教員ら4人が名を連ねている(表3)。

表3 福島薬局ゼロ解消ラウンドテーブル実行委員会(敬省略)
メンバー役職
渡邉暁洋岡山大学医学部助教
小林大高東邦大学薬学部非常勤講師
岩崎英毅I&H取締役
鈴木崇弘城西国際大学国際アドミニス トレーション研究科長
黒澤武邦城西国際大学国際アドミニストレーション研究科 准教授


 4人の名前をネットで検索してみると、過去に国会議員の政策担当秘書を務めたり、自民党のシンクタンク設立に関わったりしたほか、原発事故の国会事故調事務局に勤務するなど、政府―薬局―福島県をつなぐ顔ぶれだ。

 筆者はI&Hに「岩崎取締役が同委員会に所属し、福島県内で会議を開いたのは、営業や情報収集が目的ではないのか」と尋ねたが、同社は「知見や課題を共有することで無薬局解消につなげるため」と答えた。公式には勉強会ということだ。

 同委員会の実態は詳細には分からないが、I&Hが県内進出に積極的な姿勢であることは間違いない。今後、地元薬局は同社と協調していくのか、それとも対抗していくのか、対応を迫られるだろう。

 これまで中小規模の地元薬局は「医薬分業」を推進するための規制に守られてきた。医大に敷地内薬局が設置されることについて、前出・前県薬会長の町野氏は「影響は微々たるもの」とする。だが、2018年11月に敷地内薬局が設置された長岡赤十字病院(新潟県長岡市)の近隣薬局3店舗では、処方箋枚数が設置前より4分の1減少し、金額ベースで10%落ち込んだという(『NIKKEI Drug Information』2019年4月号)。

 医大の近隣・敷地外薬局でも持ち込まれる処方箋が減るのは間違いない。問題は影響をどこまで抑えられるかだ。地元薬局は楽観していないだろう。

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