食欲を満たすだけでなく、日々進化しその多様性を楽しませてくれる国民食「ラーメン」。「擬人化キャラクター企画」という一風変わった視点でラーメン店を探求するイラストレーター髙橋わな美氏は、美味い店には店主の背景や経歴が重要な要素として影響していると語る。髙橋氏が推薦する福島市の人気店を取り上げ、各店の王道メニューと異色メニュー、そしてそれらの起源にまつわる店舗のストーリーについて紹介してもらった。
髙橋わな美
福島県伊達市出身のフリーランスイラストレーター。イラストの他にもロゴマークなどラーメン店のデザインを幅広く手掛ける。
〝ラーメン店擬人化〟プロジェクト福島ラーメン組っ!【髙橋わな美】が紹介する
福島県のラーメンと言えば喜多方・白河のご当地ラーメンの2枚看板が有名だが、実は県庁所在地である福島市もラーメン消費量が全国でも指折りの都市である事はご存知だろうか。総務省の家計調査による、全国県庁所在地「中華そばの支出額ランキング」では毎回指折りの順位に位置しており、2022年には全国ランキング6位を獲得している。
そのような大変ラーメン熱の高い都市なので、市内には老舗から新興店まで、多種多様の店舗とラーメンが存在する。その多様性に光を当て、ラーメン店の個性を「擬人化キャラクターデザイン」というアプローチで発信し続けているのが「福島ラーメン組っ!」である。運営代表でありイラストレーターの髙橋わな美氏は、震災後の風評被害の逆境にも負けず逞しく運営するラーメン店の姿に感銘を受け、2013年にこのプロジェクトを立ち上げた。
キャラクターデザインの際は必ず実店舗に足を運び、綿密な取材を重ねる。デザインには各ラーメンの特徴はもちろん、店主のポリシーやお客様の傾向、また店舗の立地やご当地要素にもアイデアが及ぶ。これらの要素が可愛らしいビジュアルやストーリーとして投影され、生み出されたキャラクター達がSNSや全国のアニメ系イベント、コミックマーケットなどを中心に広まり、福島のラーメン店のPRに一役買っている。現在協力店舗は福島県内だけにとどまらず宮城・関東、台湾にも及び約60店舗にも達している。
髙橋氏は実食の経験をもとにキャラクターデザインを行うためラーメンに対しても造詣が深く、大手ラーメン専門誌「ラーメンWalker福島」(KADOKAWA)では全国から選ばれたラーメン精通者「エリア百麺人」の福島県担当を務め、毎年コラボ企画や解説を手掛けている。
そんな髙橋氏だが、ラーメンの味と魅力は店舗により千差万別、それには店主のポリシーや経歴、開店の経緯など、それらストーリーがラーメンの味にも深く投影されており、そしてそれを理解した上で味わうのが楽しみだと語る。
今回は、髙橋氏が推薦する個性豊かな福島市のラーメン店に焦点を当て、それぞれの店の背後にあるストーリー、そしてそこから展開されている各店のラーメンを万人におすすめできる王道メニュー、そして裏テーマとして変わり種の珍しいメニューという2つのテーマで構成し、紹介いただいた。
二階堂
日本料理出身店主の二面性が光る
新旧の店が多く点在するラーメン激戦区の福島市の矢野目・笹谷エリアにて、王道の支那そばをメインに提供し連日人気を博しているのが「二階堂」だ。しょうゆ・塩・味噌など味が勢揃いの支那そばの他、季節に合わせたつけ麺・坦々麺など限定麺も提供、手の込んだ盛り付けのチャーシュー丼などサイドメニューも光る一店である。平日から多くの客が集うが、丁寧な接客やオペレーションで快適に食事を楽しむことができるのも魅力的な一店だ。
そんな二階堂の店主だが、前職ではなんと日本料理で腕をふるっていた。しかしある時「ラーメン」の世界を知る。料理のアイデアや腕前に多くの人が集い列をなす、とても純粋で熱狂的な世界。それに衝撃を受け、一念発起して転向したという経歴を持つ。
メインメニューの「支那そば(しょうゆ)」は、一口すすれば淡麗ながら出汁の分厚く複雑な味わいがガツンと舌を突く。その旨味たっぷりのスープを低加水の細縮れ麺がよく吸い、口に運んでくれる。和食出身ならではの経験を活かし、丁寧にじっくりと作り込まれた絶妙なバランスが感じられる一品だ。また、初めて食べる方に店からもオススメしているのがトッピングの煮玉子。こちらは柔らかな黄身にしっかりと旨味が通っており、奥深い滋味を楽しめる。
さらに同店の変わり種メニューとしておすすめしたいのが「赤そば」。こちらは店舗自家製のラー油を使用し、その名の通り真っ赤なスープが特徴で、タップリのひき肉と共に激しい辛さを楽しむ。「支那そば」とはまさに対極のラーメンだ。しかし辛さと共に、深い旨味を感じられるギリギリの調整で、こちらも店主の料理技術の高さを実感できるだろう。こちらのトッピングには「豚バラ軟骨」をオススメしたい。丼を覆う巨大なバラ肉はトロトロに煮込まれた濃厚な味わいで、その奥にある軟骨は独特の食感が楽める。
「当店は何事も〝まじめ〟がモットー。しかしラーメンの世界に転向したからこそできる事、ラーメンでお客様を楽しませたり驚かせる、そんなメニューも作ってみたかった」と語る店主。2023年には開店21周年を迎えたが、日々のブラッシュアップやお客様を楽しませる展開にも余念がない。ますます多くの人に愛され、福島市の名店として活躍している。
フユツキユキト
コロナの逆境を乗り越えて
こちらは2022年開店の新店。「麺や うから家から」の店内を夜の部時間限定で間借りで営業するというとても珍しいスタイルで営業している。店主は「冬月雪兎」のハンドルネームでSNSにて数多くのラーメン店を紹介し、その経験から自分の店を開く夢を持つようになった。しかしコロナ禍で新規出店が難しい状況で、ベテラン「うから家から」から、営業終了後の夜の部での営業の提案を受けた。「うから家から」としても、冬月氏の夢の応援、またコロナ禍で苦しむ夜の街の活性化の思いもあったそうだ。そのような経緯で「フユツキユキト」は開店、福島では目新しい都会的なラーメンや、アヴァンギャルドな限定麺も定期的に提供、ラーメン通はもちろん若者や夜の飲み客の間でも話題となり、すぐに人気店の仲間入りを果たした。
メインメニュー「ショウユ」は力強い醤油の味わいが特徴で、特製麺「麦の香」の歯ごたえも際立つ逸品。また特筆すべきは掃湯(サオタン)という中華の技法で作り出された豚清湯スープだ。豚のゲンコツと背ガラを強火で短時間で炊き上げるもので、これが抜群のコクと旨味を提供する。
この「掃湯」は県内のラーメン店でも珍しい手法である。理想の味作りを求める中、間借り営業という特殊な条件下で短時間で仕込みを行う必要があり、偶然にもこの方法にたどり着いたと言う。店主の逆境から成功を得る才能が素晴らしい。
一方変わり種として紹介したいのが「シン・ショウユ」。オレンジ色のスープが高インパクトで、スパイシーな香りを放つ創作メニューだ。スープは濃厚で、カレーに似つつも異なる不思議な風味である。店主によれば、スープには東南アジア系の香辛料のほか、和の醤油、そしてトマトペーストを使用したイタリア風の味わいも組み合わさっているとの事で、食べれば納得、「エキゾチック」と一言で言い表わせない唯一無二の複雑な魅力に溢れている。多くのラーメンを食べ歩いてきた店主ならではの大変ユニークな一品である。
麺や うから家から
素材本来の旨味を探求しつづける
次に「麺や うから家から」についてご紹介したい。この店はラーメン作りにおいて「完全無添加」に徹底的にこだわる。いわゆる「うまみ調味料」を使用しないだけでなく、丼に入る全てのもの、例えばスープのタレに使用する醤油などに至るまで、原料から見定めた天然素材にこだわるのだ。そのようなとてもストイックな製法に至ったのは店主の波乱の経歴に瑞を発する。
店主は以前居酒屋を経営しており、そこで料理の傍提供していたラーメンがきっかけで専門店に転向した。店の開店当初は無添加にこだわる意識は特になかったが、ある日脳梗塞にて倒れるという出来事が起こる。闘病からの回復後、店の再開後はお客様にも健康に配慮したラーメンを提供したいという思いを抱くようになった。その頃とある東京の有名店との出会いから完全無添加のラーメン作りを知る。それに理想を見出した店主は、病気の影響で不自由が残った体を引きずりつつも素材一つ一つを探求し続け、自分の目指した完全無添加のラーメンを作り上げた。精巧に作り込まれたラーメンはそのコンセプトと共に多くの人に受け入れられた。
メインメニューの「しょうゆらーめん」は鶏と魚介の香り立つ一品。麺は3種もの国産小麦から作られた特注麺を手揉みしたもので、小麦の芳醇な香りと弾力がたまらない。分厚いチャーシューは低温調理仕立てで柔らかく、ジューシーで極上の味わいだ。スープに使うカエシを構成しているのは無添加由来の生きた「菌」であり、すなわち生物なので必ずしもコンディションが一定しない。そこを一杯一杯調整するのが難しくも、面白さでもあるという。
一方変わり種として紹介したいのは、「特もやしらーめん」。ニンニクと大盛りヤサイが載ったガッツリメニュー、いわゆる「二郎系」だ。こういったラーメンの「うまみ調味料」由来の中毒性は魅力の一つだが、変わり種として特筆したい点はこちらも店の信念に漏れず完全無添加のラーメンである事だ。キレのある醤油タレとパワフルな麺、また一杯一杯丁寧に茹で上げた野菜はジャキジャキとした食感。科学調味料に頼らずとも、素材本来の旨味を目一杯に楽しめる非常に満足度の高い一杯となっている。野菜マシにも対応。ガッツリ好きにも応える、お店の懐の広さに魅了される一品だ。
らぁめん たけや
店を人々の思い出と出会いの場へ
最後にご紹介するのは「らぁめんたけや」。訪れればまずは小さながらも古めかしい外観、生活感に溢れた戦後の古民家のような内装に驚かされるだろう。店主はリーゼントで髪型を固め、一見ストイックな店に感じるが、地域福祉を大切にする非常にハートフルな側面があり、店の経営の傍、同志と共に福島振興のNPO法人を立ち上げるなど多彩な活動を行っている。
店主の高校時代の話に遡る。ラーメン一杯を200円で楽しめた時代、地元の老舗ラーメン店に通い、店主がそこで仲間と作った思い出がその後のルーツとなる。時が経ち、道に迷いつつもラーメンの道を志した店主だがその中で東日本大震災が発生する。当時店主は他県におり、その地で強烈な福島差別に直面したという。福島からきた家族や土産品まで激しく非難され、忌避された。心から悲しみ、そして憤慨した。「故郷を守り抜く」。この時店主は地元に戻り自分のラーメン店を開くことを固く決意した。
選んだ物件は相当な年代物だが、人が集うイメージを強烈に感じたという。店名は「竹の根のように地に広く根差す」という希望と、自分の名前から一部とり「たけや」。自分がかつて高校時代に通っていた老舗のような、福島の人々の思い出作りや出会いの場を目指し、徹底的な店づくりを行った。
高品質なラーメンと、アットホームな接客が評判になり、たけやは瞬く間に人気店となった。開店から10年が経ちさまざまな人との出会いを紡ぐうち、今は怒りも笑い話に変わったという店主。店づくりの思いは店を飛び越え、地域振興の思いとなった。幼稚園や老人ホームでラーメンを振る舞うチャリティー、地元食材を利用したコラボ商品の開発など、ラーメンを生かした様々な活動を行っている。
たけやの看板メニューはその名もストレートに「らぁめん」。6~7時間じっくり出汁を取ったスープは透明で爽やかな味わいで、鶏のコクがしっかり感じられる。丼を覆い尽くすチャーシューは食べごたえはもちろん、柔らかな口当たりに驚かされる。こちらは学生にはワンコインで提供しており、店主の学生時代の思いの投影を感じられる。
そして変わり種として紹介したいのが一日限定10食の「特製ちゃあしゅうらぁめん」だ。増量され丼からはみ出したチャーシューは食べ応えだけでなく、スープにどっしりとした肉の旨味を加味する。麺が見えないほどびっしりと敷き詰められたネギ・小ネギは、店名の由来でもある竹林をイメージしているとの事。また驚くべきは、これら野菜は店が独自に開墾した地元の農場で自家栽培されたものを使用されているそうだ。店主の尽きない引き出しにつくづく感服である。
月刊「政経東北」編集部
髙橋氏の運営する福島ラーメン組っ!の公式HPには今回紹介した4店舗の他にもさまざまなラーメン店がキャラクターと共に紹介されている。ラーメンの味を楽しむだけでなく、その店のルーツを探ることで、味の独自性をさらに楽しむことができるのではないだろうか。現在は多くの店主がSNSなどで自身のルーツについて発信しており、そこから貴重な情報を得ることができる。一歩踏み込んだラーメン体験を通じ、新たな楽しみを見つけてみてはいかがだろうか。