昨年に引き続き、今年も始まった県のクリエイター育成事業。国内トップクリエイターが師範、地元クリエイターが塾生となる道場「誇心館」では、クリエイティブ力の強化を目指した稽古が今年度いっぱい行われる。ただ、昨年度の成果発表はよく分からないうちに終わり、成果品はウェブや県庁の一角などで発表されたものの、税金を使って地元クリエイターを育成するという名目を踏まえると、事業の成果と反省点が見えにくいのは解せない。
塾生の生の声を反省材料にすべき
公式ホームページによると、誇心館の狙いは《県内クリエイターのクリエイティブ力を強化し、様々なコンテンツを連携して制作するとともに、それらを活用して情報発信を行うことで、本県の魅力や正確な情報を県内外に広く発信し、風評払拭・風化防止や本県のブランド力向上を図るため、県内クリエイターを育成する》というもの。
昨年度から始まった誇心館の館長は「福島県クリエイティブディレクター」の箭内道彦氏で、その下に国内の著名なクリエイター4人が師範として就いている(別掲)。公募により塾生に選ばれた県内在住クリエイター26人(10~70代)が各師範のもと来年1月まで月1回程度の講義や実習に取り組む。2月には修了式と成果発表が予定されている。
氏名 | 主な仕事など | ||
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館長 | 箭内道彦(郡山市出身) | クリエイティブディレクター | タワーレコード「NO MUSIC,NO LIFE.」など。県クリエイティブディレクター |
師範 | 石井麻木 | 写真家 | 写真展「3.11からの手紙/音の声」を開催。県「来て。」ポスター審査員 |
師範 | 小杉幸一 | アートディレクター、クリエイティブディレクター | 県「ふくしまプライド。」「来て。」NHK「ちむどんどん」ロゴなど |
師範 | 並河進 | コピーライター、クリエイティブディレクター | 電通ソーシャル・デザイン・エンジン代表。県「ふくしま 知らなかった大使」など |
師範 | 半沢健 | フォトグラファー、ムービーカメラマン | 東京を拠点に幅広いジャンルで活躍中。県「ふくしまプライド。」TVCMカメラマン |
昨年度は師範6人、塾生62人(稽古を全て受講し、修了書を受け取ったのは49人)だったので、それと比べると今年度は規模が小さくなった印象を受ける。しかし、公表されている情報や、本誌が情報開示請求で県から入手した昨年度事業の公文書を見ていくと、予算規模は昨年度が5530万円、その後、1200万円増額されて計6730万円。今年度は6820万円。つまり、今年度は昨年度より師範、塾生とも減ったのに、予算は増えている、と。同事業の受託者は昨年度、今年度とも山川印刷所(福島市)。
今年度の誇心館は、8月9日に入塾式と初稽古があった。
《入塾式では、箭内さんが「福島で生きる皆さんだからこそ乗せられるものがある。福島だからこそのうれしいこと、楽しいことなどを発信していくことが大切だ」とあいさつし、内堀雅雄知事が「多様性のある福島は一言では言い表せない。どのように伝えれば心に響くかを学んでほしい」と激励した。
各師範のあいさつに続き、塾生代表の石井浩一さんが「仕事への向き合い方、心構えなどを誇心館で学びたい」と決意を述べた》(福島民友8月10日付)
内堀知事がわざわざ出席するくらいだから、県の力の入れようが伝わ
ってくる。それもそのはず、誇心館は地元クリエイターの育成という側面のほかに、内堀氏が副知事時代から箭内氏と親しく付き合い、前回知事選の地元紙取材では「尊敬する人物」に箭内氏を挙げたほど、両氏の関係性が色濃く表れている。
「震災の風評払拭や福島の現状を知ってもらうため、内堀知事が箭内氏を頼るのは理解できる。ただ、両氏が親しい関係にあることを知る人は『二人の距離が近いからこそ始まった事業』とか『そもそも地元クリエイターの育成って税金を使ってやることなのか』と冷めた見方をしている」(某広告代理店の営業マン)
とりわけ営業マンが驚いたと話すのが、前述の通り、誇心館の昨年度予算が5530万円から年度途中で1200万円増額され、計6730万円になったことだ。
「広報系予算が年度途中で増えるのは異例。少なくとも、私は経験したことがないし聞いたこともない。誇心館の県の窓口は知事直轄の広報課なので、内堀知事がOKすれば簡単に増額できる、ということなんでしょうか」(同)
県広報課によると、予算増額の理由は「作品の制作と情報発信にかかる費用を増やす必要があった」。足りなくなったからと簡単に増やせてしまうのは、両氏の関係性があるからこそと勘繰らずにはいられない。
本誌が情報開示請求で入手した昨年度事業の公文書に「収支報告書」があり、それを見ると、師範1人当たりの謝金は1回当たり2万5545円となっていた。
「昨年度の師範6人も国内トップクリエイターだったので、2万5000円が事実とすれば激安だ。6人は普段から箭内氏と一緒に仕事をしている〝箭内組〟の面々なので、箭内氏の頼みならと破格の謝金で引き受けたのか、それとも別途謝金を受け取っていたのか」(同)
営業マンによると、この手の事業では項目によって余裕を持たせた予算取りをするので、そこから別途謝金を捻出することは可能というが、県の事業でそのようなテクニックが使えるかは定かではないという。
今年度の謝金がいくらかは事業が全て終わらないと分からないが、昨年度より安いとは想像しにくい。もし高くなっていたら、昨年度は破格過ぎたということだろう。
ダブルスタンダード
昨年度と今年度の違いで言うと、前出・福島民友の記事にもあるように塾生(代表)の名前を最初から公開していることが挙げられる。
実は、情報開示請求で入手した昨年度事業の公文書では、塾生の名前が全て黒塗り(非開示)になっていた。入塾式と修了式で代表あいさつした塾生の名前も黒塗りだった。
ところが、誇心館の公式ホームページを見ると「2022年度の成果発表」という項目に、塾生の名前と顔写真、それぞれの感想が載っているのである。開示した公文書では名前を全て黒塗りにしておいて、ホームページでは名前だけでなく顔写真まで公開しているのは明らかなダブルスタンダードだ。
県広報課に、本誌に開示した公文書では塾生の名前を黒塗りにした理由を尋ねると、
「公文書は個人情報保護の観点から非開示にした。ホームページは本人の了承を得て開示している」
なんだか解せない。
昨年度の修了式は今年3月6日に行われ、成果品の展示会は同日と翌7日に福島市内で開かれたが、一般の人が見学する機会はほとんどなかったという。
「展示会初日は内堀知事が訪れ、マスコミ対象の公開が優先されたため、一般の人は夕方しか会場に入れなかった。翌日も半日しか開かれなかったので、いつの間にか始まり、いつの間にか終わった印象」(同)
展示会自体は閉鎖的に済ませてしまった感があるが、成果品はウェブで公開したり、新聞、ラジオ、各地の大型ビジョン、デジタル広告、県の公式SNSなどを通じて広く情報発信された。県庁の一角でも期間限定で展示が行われた。ただ、ユーチ
ューブのように再生回数が表示されるならともかく、CMやラジオを見たり聞いたりした人がどれくらいいて、それによってどのような成果が得られたかは正直分かりにくい。
「注目を集めたのは、県が開発したイチゴのオリジナル品種『ゆうやけベリー』のパッケージを塾生が手がけたことくらい。各師範のもとでユニークな取り組みが行われたとは思うが、せっかく箭内氏が館長なのだから、全体で統一テーマを設定し、それに沿って各師範のもとで動画やCMなどを制作して発信すれば、費用対効果も上がり、多くの人の印象に残るPRができたのでは」(同)
県内の某クリエイティブディレクター(CD)も、誇心館の取り組みにこんな指摘をしている。
「クリエイターは自分のつくった作品を多くの人に見てもらうのが仕事。だから、多くのクリエイターが一堂に会し、共同で学びながら作品をつくり上げていく誇心館のやり方はちょっと……と本音を漏らす塾生も中にはいました」
某CDによると、塾生はプロ、学生、素人が入り混じり、年齢層も幅広かったため、能力やスキルに差が見られた。全員が塾生として純粋に講義を受けるだけならそれでも構わなかったが、連携して作品をつくるとなった時、携わる塾生が限られる現象が起きたという。
「誇心館はプロ志向に寄せて始まったので、作品づくりに携わる塾生も次第にプロが中心になっていったようです。ただ、彼らは自分の仕事をしながら塾生として作品づくりに臨み、しかも、講義の一環なので無報酬だったため『自分は何のためにやっているのか』と愚痴をこぼす塾生もいました」(同)
それなら同業者(クリエイター)を集めて連携させるのではなく、メーカーや広告代理店などと引き合わせ、作品づくり=仕事に結び付けた方が、クリエイターにとってはありがたかったのかもしれない。
「クリエイターは自分の感性を大切にするので、他者と連携して作品をつくるのが不得手。だったら、自分の作品を世に出せるチャンスを与え、そこに競争性を持たせた方が地元クリエイターの育成につながるだろうし、多くのクライアントも関心を向けるのではないか」(同)
昨年度から始まった誇心館を進化させるには、塾生の生の声を生かすことが欠かせない。例えば全ての講義が終了後、塾生にアンケートを行い、良かった点を次年度に引き継ぐ一方、悪かった点を反省材料にすれば誇心館の取り組みもブラッシュア
ップされるはずだ。
成果を検証する気なし
ところが、当然やっているものと思われた塾生へのアンケートを、県広報課では「やっていない」というのである。県は6000万円以上の税金を使っておきながら、事業の成果を検証する気がないらしい。
本誌は、昨年度の塾生とコンタクトを取り、体験したからこそ感じた良かった点・悪かった点を聞かせてもらおうと考えた。ところが、何人かの塾生にメール等で取材を申し込んだものの、取材に応じる・応じない以前に、返事すら戻ってこないケ
ースが相次いだ。返事は戻ってきたが「県を通した取材なら応じる」という塾生もいた。
そうした中、本誌の質問に答えてくれた塾生は、
「雲の上の存在のようなトップクリエイターと実際に意見を交わせるのは魅力的で、講師陣の感性や考え方に触れられたのは勉強になった」
と良かった点を語る一方、
「福島県の魅力が伝わるものを、それぞれの班の個性を生かしてつくり発表するというテーマ設定がなされたが、成果物へのイメージが見えにくく、アイデアを出すのに苦戦した。主催者側で具体的なテーマや課題を設けた方が、それぞれの塾生の特技を生かしたり、活発な意見のやりとりができたのではないか」
と改善点を挙げてくれた。「主催者側によるテーマ設定」の必要性は前出・営業マンも指摘していた。表面的な「勉強になった」という感想ではなく、厳しくてもためになる生の声を大切にしないと事業が進化することはないだろう。
2年目の誇心館がどんな成果をもたらし、地元クリエイターにどう評価されるのか。内堀知事と箭内氏の関係ばかりがクローズアップされるのではなく、多くの県民が「福島県にとって有益な事業」と実感できなければ、やる意味はない。