(2022年9月号)
県が地元クリエイターの育成に乗り出す。2022年8月30日、国内トップクリエイター6人を〝師範〟とする道場を開塾した。〝館長〟を務めるのは福島県クリエイティブディレクター(CD)の箭内道彦氏(58)。箭内氏をめぐっては本誌2021年3月号で「本来裏方であるはずのCDが目立ち過ぎている違和感」を指摘したが、今回も箭内氏を前面に立たせ、税金を使ってクリエイターを育成することへの違和感が聞こえてくる。
内堀知事の箭内道彦氏推しに業界辟易
「来たれ、やがてふくしまの誇りになるクリエイターたち。」
そんなキャッチフレーズのもと、入塾生の募集が始まったのは7月12日だった。道場の名は「FUKUSHIMA CREATORS DOJO(福島クリエイターズ道場)誇心館(こしんかん)」。
入塾生募集資料の一文を借りると《県内クリエイターのクリエイティブ力を強化し、様々なコンテンツを連携して制作するとともに、それらを活用して情報発信を行うことで、本県の魅力や正確な情報を県内外に広く発信し、風評払拭・風化防止や本県のブランド力向上を図る》ことを目的に、県が創設したクリエイタ
ー育成道場だ。
募集開始に合わせて県が開いた会見で、内堀雅雄知事は道場創設の狙いをこう説明した。
「震災から10年の節目が過ぎ、風化にあらがうには新しい挑戦が必要だ。福島で生活し、今の福島を肌で感じているクリエイターが切磋琢磨し、現場主義で福島の今を発信することは新しい挑戦につながる」(福島民友7月13日付より)
道場名は、県産農林水産物をPRする際に使用しているワード「ふくしまプライド。」を念頭に「故郷を誇り、人を誇る心はクリエイティブにとって大切な素地になる」との思いが込められているという。
「こういう人たちが講義してくれるなら、私もぜひ聞いてみたいですね。彼らがどんなことを考えながら作品を制作しているかは、とても興味深いですから」
と某広告代理店の営業マンが口にするように、魅力的なのは〝師範〟と位置付けられる講師陣の顔ぶれ(別表参照)。広告や映像などの仕事に携わる人にとっては豪華な布陣になっている。一般の人は名前を聞いてもピンと来ないかもしれないが、彼らが手掛けた作品を見れば「あー、知っている」となるに違いない。
クリエイター | 主な仕事など | |
---|---|---|
館長 | 箭内道彦(郡山市出身) クリエイティブディレクター | タワーレコード「NO MUSIC,NO LIFE.」など。県クリエイティブディレクター |
師範 | 井村光明(博報堂) CMプランナー、クリエイティブディレクター | 県「ふくしまプライド。」CMなど |
柿本ケンサク 映像作家、写真家 | 県ブランド米「福、笑い」「晴天を衝け」メインビジュアルなど | |
小杉幸一 アートディレクター、クリエイティブディレクター | 県「ふくしまプライド。」「来て。」「ちむどんどん」ロゴなど | |
児玉裕一 映像ディレクター | 「MIRAI2061」など。CMやミュージックビデオの映像作品企画・演出 | |
並河進(電通) コピーライター、クリエイティブディレクター | 県「ふくしま 知らなかった大使」など | |
寄藤文平(文平銀座) アートディレクター | 県スローガン「ひとつ、ひとつ、実現する ふくしま」など |
そして、その師範たちの上に立つ〝館長〟を務めるのが福島県CDの箭内道彦氏だ。
郡山市出身。安積高校、東京芸術大学を経て博報堂に入社。その後独立し、フリーペーパーの刊行、番組制作、イベント開催、バンド活動など幅広い分野で活躍する。携わった広告、ロゴマーク、グラフィック、ミュージックビデオ、テレビ・ラジオ等は数知れず、まさに日本を代表するCDと言っても過言ではない。福島県CDは2015年4月から務めている。
こうした国内トップクリエイターたちのもとで、一体どんなことが行われるのか。
入塾生募集資料によると、誇心館の開催期間は8月30日から2023年2月28日まで。会場は福島市と郡山市を予定し、師範ごとに分かれてのリアル・オンライン稽古(講義・実習)が行われる。初日となる8月30日は開塾・入塾式の後、初稽古と題して箭内館長による講義、師範ごとに分かれてのクリエイティブ・ディスカッション、全体懇親会。以降は9、10、11、12月と計4回の師範別稽古が行われ、2023年2月に成果発表会が開かれるスケジュールになっている。実習ではポスターデザインやロゴ、映像などを制作し、今冬にお披露目される県オリジナル品種のイチゴ「福島ST14号」のロゴデザインも任されるという。
受講料は無料で、入塾生の募集定員は30名程度。募集期間は7月31日で終了したが、県広報課によると、
「応募件数が何件あり、そこから最終的に何人選んだかは現時点(8月24日)で公表していません」
と言う。ちなみに対象者は
《福島県所在の事業所に所属するクリエイターや福島県を拠点に活動するフリーランスのクリエイター、学生等今後本県の情報発信に尽力いただける方》(入塾生募集資料より)
内堀知事が会見で話したように、県が主体となって地元の若手クリエイターを育成し、県の情報発信に携わってもらおうという狙いが見えてくる。卒業生は「誇心館認定クリエイター」に認定されるという。
他県には見られないユニークな取り組みと好意的な声もあるが、実は業界内の評価は芳しくない。
「箭内氏の枠」の弊害
館長の箭内氏をめぐっては、本誌2021年3月号「福島県CD 箭内道彦氏の〝功罪〟」という記事で、①県の動画制作業務はほとんどが箭内氏の監修となっているため、制作を請け負った業者は箭内氏の意向に沿った動画を制作しなければならず、やりにくさを覚える。②箭内氏は博報堂出身のため、プロポーザルに複数の業者が応募した場合、審査は同系列の会社(東北博報堂)が優位と業界内では捉えられている。③CDは本来裏方の仕事なのに、箭内氏は自分が一番目立っている――と書いた。
講師陣を魅力的と評した前出の営業マンも次のように話している。
「6人の師範が魅力的なのは間違いないんです。ただ、結局は〝箭内組〟の人たちなので(苦笑)、シラける部分もあるんですよね」
〝箭内組〟とは、6人がこれまで箭内氏と一緒に仕事をしてきた面々であることを念頭に「同じ感覚を持った一団」を皮肉を込めてそう呼称しているのだという。
「要するに、どこまで行っても箭内氏の枠から抜け出せない、と。そもそもクリエイティブとは、枠組みにとらわれない、自由な発想で仕事をすることを指す。そのクリエイターを育成するのに〝箭内組〟の面々を師範にしてしまったら、箭内氏の枠にはめ込んでしまうのと同じ。そうなると、クリエイター育成の趣旨からは外れてしまうと思う」(同)
そのうえで、営業マンは誇心館の問題点をこう指摘する。
「一つは、県の事業なのに閉鎖的に進められていることです。定員を設けたということは、講義は入塾を認められた人しか受講できないと思うんです。せっかく国内トップクリエイターが講義するのに、限られた人しか受講できないのはもったいないし、税金を使う事業なら尚更、一般県民にも受講の権利がある。ユーチューブで講義をライブ配信し、アーカイブ化していくべきです」
「二つは、どういう基準で入塾生を選考したのかということです。例えば、電通や博報堂に所属していることが選考を左右していないか、あるいは箭内氏や師範たちとの〝個人的つながり〟が影響していないか。選考方法をきちんとディスクローズしないと、選考から漏れた人も納得がいかないと思う」
「三つは、卒業生を誇心館認定クリエイターに認定することです。この認定が、県の仕事を請け負う際のアドバンテージになってはマズいと思うし、認定を受けたから県のクリエイターとして認める、受けていないから認めない、ということが起きれば県内のクリエイターを分断することにもなりかねない」
県広報課に尋ねたところ▽講義を公開するかどうか、▽どういう基準で入塾生を選考したのか、▽誇心館認定クリエイターに認定されたことによるアドバンテージ――等々は
「現時点(8月24日)で公表していないので答えられない。ただ、プレスリリース後にお話しできる部分はあると思う」
ならば、プレスリリースがいつになるのか聞くと、
「それもお答えできない」
開塾まで1週間を切ったタイミングで質問しているのに、要領を得ない。ついでに箭内氏や師範に支払われる報酬等も尋ねてみたが
「公表していない」
ただ、事業を受託したのは山川印刷所(福島市)で、契約額は約5500万円とのことだった。
「そもそも、クリエイティブとは何かを分かっている人は誇心館に入塾しないのでは。真のクリエイターなら(箭内氏の)枠にはめ込まれることに反発するはずです」(前出の営業マン)
気になるのは、誇心館が事業化されることになった経緯だ。これについて、中通りで活動する中堅CDが意外な話をしてくれた。
「県や箭内氏は『政経東北』2021年3月号の記事をかなり気にしていたそうです。とりわけ某CDが記事中で発していたコメントは、かなり効き目があったとか」
そのコメントとは、県内の某CDが箭内氏に向けたものだった。
「本県出身のCDとして、地元の若手CDの育成に携わるべきではないか。例えば、箭内氏の人脈がなければ起用できないタレントを連れてきて『この素材を使ってこんな動画をつくってほしい』と若手CDを競わせ、最終的にはプロポーザルで決定するとか。箭内氏はいつかは福島県CDを退く。その時、後に続く人材がいなかったら困るのは県です。CDは教えてできる仕事ではなく当人のセンスが問われるが〝原石探し〟は先駆者として行うべき。しかし今の箭内氏は『オレがオレが』という感じで、後進の育成・発掘に注力する様子がない」
県と箭内氏にとっては〝痛いところを突かれた〟ということだろう。
税金を使って行う事業か
誇心館創設のきっかけをつくったと言っても過言ではない某CDは、何と評価するのか。
「自分が館長で、周りを〝箭内組〟で固めているのを見ると、やっぱり『オレがオレが』は変わらないということでしょう。県が地元クリエイターを育成するというなら、まずは内堀知事が前面に出て、県内のベテランCDらにも協力を仰ぎ、オールふくしまで取り組むべきだ。内堀知事と箭内氏が親しい関係にあることを知っている人からすると、県が箭内氏のために多額の予算を出して塾を開いたようにしか見えない」
そう言いつつ、某CDからは箭内氏を庇うような言葉も聞かれた。
「前回(2021年3月号)は箭内氏を批判したが、その後、考えが少し変わりました。悪いのは箭内氏ではなく、取り巻きではないかと思うようになったんです。取り巻きとは県や地元紙を指します。箭内氏は純粋に復興に寄与したいと自分にできることを精一杯やっているだけで、そんな箭内氏を県や地元紙が〝利用〟している状況が良くないのではないか、と。県や地元紙から『復興に力を貸してほしい』と言われれば、箭内氏は断りづらいでしょうからね」(同)
しかし、箭内氏を批判することも忘れていない。
「自費を元手に、参加者から会費を集めて育成に臨むなら感心したでしょうが、税金を使ってやるのは違うんじゃないと思いますね。人材育成が必要なのはクリエイターだけじゃないのに、ここにだけ税金を使うのは、内堀知事と箭内氏が個人的に親しい関係にあるからと言われてもやむを得ない」(同)
このほか「本気で育成する気があるなら、単年で終わるのではなく毎年行わなければ意味がない」とも語る某CD。一過性の取り組みでは育成に寄与しないことは、確かにその通りだ。