福島市役所に勤めていた会計年度任用職員の男性が、上司から大声で怒鳴られるなどの対応を取られたことで精神的ストレスを抱え、任期を迎える前に自主退職した。男性は「同市役所のパワハラ対策には欠陥がある」と訴える。
救済策で差を付けられる非正規職員
福島市で上司からパワハラを受けたと訴えるのは三条徹さん(仮名、44)。奥羽大卒。民間企業を経て、警察官を目指したものの叶わなかったため、国や県の非正規職員として働いてきた。福島市には2年前に会計年度任用職員として採用され、農業振興課生産振興係で勤務していた。
仕事内容は正規職員の事務補助。1年目に課長から頼まれてチラシの新しい整理方法を導入したところ、市長賞を受賞しやりがいを感じた。食堂、売店などが整備されていて働きやすかった。そのため2年目も継続して働くことにした。
ところが、その直後から、直属の上司である係長の態度が急変した。
他の職員とは冗談を言いながら話すときもあるのに、三条さん相手となると、不機嫌そうな表情を浮かべる。仕事の報告・面談時間の確認に対し、「そんなこと俺知らねえし」、「面談でも何でも結構でございますけどー」などと返された。
毎年実施している作業や、他の正規職員から頼まれた作業に従事しているときも、「なぜそんな無駄なことをやっているのか」、「そんな作業は他に仕事がないときにやってください!」と三条さんだけ怒鳴られた。次第に三条さんは係長と話すことに恐怖心を抱くようになった。
「私の仕事ぶりがダメで、つい注意してしまうというなら、いっそ1年目が終わった時点で契約を打ち切ってほしかった」(三条さん)
この係長は特定の職員に厳しく当たる癖があり、前年まで三条さんはその姿を他人事のように見ていた。
例えば別部署に異動した後も残務処理のため、たびたび農業振興課に訪れていた職員がいた。係長は顔を合わせるたび「まずあんたのことが信用できない。どうやったら私に信用してもらえるか考えないと」と繰り返し注意していた。「それだけ言われるということは仕事が遅い人なのだな。ダメな人だな」と思っていた。
しばらくすると、別の若手職員が連日注意されるようになった。「何でやってないの!? 君の言うことは信用できないし、聞くに値しない!」と怒鳴る声が、部署の端にいる三条さんにも聞こえて来た。若手職員は新年度、別の部署に異動していった。「大変だな」と見ていたが、まさか次は自分が厳しく言われる側に回るとは考えていなかった。
「自分が至らないから係長にこれだけ怒られるのだ」と言い聞かせて仕事を続けていた三条さんだったが、昨年12月ごろになると、毎日のように理不尽な理由で怒られるようになった。精神的に限界を迎えた三条さんは人事課に駆け込み相談した。改善につながることを期待したが、そうしている間に、三条さんにとって決定的な出来事が起きた。
三条さんの始業時間は9時15分。毎朝、始業時間の少し前に出勤し、カウンターをアルコールで拭き、鉢植えの花に水をあげ、周りを雑巾で拭いてから、新聞のスクラップをするのがルーチンワークだった。
ところが、その日に限って係長が始業時間前に三条さんを呼び止め、「新聞のスクラップは終わったのか!?」と尋ねた。「私の始業時間は9時15分からでは……」と恐る恐る答えると、嫌みを込めたトーンで「それは大変申し訳ありませんでした」と言われた。
勤怠状況を管理しているのは係長で、始業時間を知らないはずはない。連日さまざまな理由で怒鳴られていたが、ついに始業開始前から始まるルーチンワークにまでイチャモンを付けられるようになったのか――。心が折れた三条さんは課長に抗議の意味を込めて辞表を提出した。
当初、課長は係長のパワハラについて「気付かなかった」として、「有休を使って休んでいる間に考えよう」と退職を考え直すよう言ってくれた。だが、1月に入ると態度を一変。「辞表は受理してしまったし、気に入らないことがあると辞表を出す人間だと課に知れ渡ってしまった。課のみんなもどう接していいか分からない」と突き放された。
やむなく正式に退職の事務手続きを進めるため、人事課を訪ねると、前回相談した職員が顔を出し、「すみません、あの後、コロナになっちゃって」と謝ってきた。精神的に限界を迎えて相談したにもかかわらず、他の職員への引き継ぎも行われず、放置されたままになっていたのだ。
「せめて一言連絡しようとは考えなかったのか、不思議でなりません」(三条さん)
あらためて同市の形式にのっとった辞表を提出するよう求められ、人事課職員に言われた通り、退職理由を「一身上の都合により」と書いて提出。結局、1月末で退職した。
離職後、失業保険の手続きや転職先探しのためにハローワークに行った三条さんは退職理由の詳細を聞かれて、素直に「パワハラを受けたから」と答えた。退職理由を書き換えるための申立書を渡されたので、係長にパワハラを受けたこと、人事課に相談に乗ってもらえなかったことを書いて市に送った。市からの返事は、所属長である農業振興課長による「パワハラではなく『指導』の範囲内だった」というものだった。
「パワハラについて『気付かなかった』と話していた課長がなぜ『指導の範囲内だった』と言えるのでしょうか。辞表提出後、課長は『今回の件で俺の評定も下がっただろう』とも話していたが、『指導の範囲内』なら評定が下がるわけがありませんよね。いろいろ矛盾しているんです」(三条さん)
周知不足の相談窓口
実は福島市役所内にはパワハラなどのハラスメントの被害に遭った職員の相談を受ける窓口があった。
一つは公平委員会。地方公務員法第7条に基づき、職員の利益保護と公正な人事権の行使を保護するための第三者機関として設置されている。主な業務は①勤務条件に関する措置の要求、②不利益処分についての審査請求、③苦情相談。福島市の場合、総務課が担当課になっている。苦情を申し立てれば、双方に事情を聞くなどの対応を取ってもらえたはずだ。
だが、三条さんは在職時に公平委員会の存在を知らず、人事課の担当者に相談した際も紹介されることはなかった。
市では3年ほど前から、パワハラ被害などに悩む市職員に、弁護士を紹介する取り組みも始めている。ところが、ポスターなどで周知されているわけではなく、正規職員に支給されるパソコンでのみ表示される仕組みになっていた。会計年度任用職員には、個別のパソコンを支給されていない。そのため、三条さんはそんな制度があることすら知らなかった。退職後に制度を利用させてほしいと頼んだが、「もう職員じゃないので難しい」と断られた。
福島市役所職員労働組合は正規職員により構成されているが、会計年度任用職員からの相談も受け付けている。ただ、三条さんは市職労に相談しようと思いつきもしなかった。
パワハラ自体の問題に加え、相談窓口が十分に周知されていない問題もあることが分かる。
「このままでは自分と同じような目に遭う職員が出る」。三条さんは木幡浩市長宛てに再発防止策を講じるよう手紙を出したほか、市総務課に公益通報したが、何の回答もなかった。労働基準監督署や県労働委員会に行って、「もし福島市職員からパワハラ相談があったら、相談窓口があることを教えてください」と伝えた。マスコミにもメールで情報提供したが、動きは鈍かった。
ちなみに本誌にもメールを送ったそうだが、システムのトラブルなのかメールは届いていなかった。唯一月刊タクティクス7月号で報じられたが、大きな話題になることはなく、あらためて本誌に情報提供したという経緯だった。
元会計年度任用職員の訴えを市はどう受け止めるのか。人事課の担当者はこのように話す。
「当事者(三条さん)から相談を受けた後、所属長である農業振興課長が係長に聞き取りしたが、本人は発言の内容をはっきり覚えていませんでした。多少大きな声で指導したのかもしれませんが、捉え方は人によって異なるし、それが果たしてパワハラに当たるのかどうか。人事課では農業振興課長と面談し対策を講じようとしていたが、(三条さんが)辞表を提出した。展開が早くて、弁護士の制度を紹介したり、パワハラの有無を調査する間もなかった、というのが正直なところです。パワハラがあったかどうかは、市としても顧問弁護士などと相談して検討する話。双方にしっかり話を聞くなど、調査を行わずに断言はできません」
パワハラの事実を認めないばかりか、人事課で相談を放置していたことを棚に上げ、「調査する前に退職したのでパワハラの有無は分からない」と主張しているわけ。
ちなみに人事課への相談が放置されていた件に関しては「人事に関する相談はデリケートな問題なので、一つの案件を一人で継続して担当するようにしている。そうした中でうまく引き継ぐことができなかった」と他人事のように話した。
「誰にでも大声を出していた」
一方でこの担当者はこのようにも説明した。
「農業振興課長の報告によると、係長は興奮すると誰にでも大きな声を出して熱くなることがあった。その人だけに嫌がらせをしていたわけではないという意味で、パワハラと言い切れるのだろうか、と。そういう点からも、市としては、『一連の対応はパワハラではなく業務上の範囲内だった』という認識ですが、態度によってはパワハラと受け取られる可能性があるということで、あらためて農業振興課長が係長に指導を行いました」
三条さんだけでなく、誰にでも大声で怒鳴ることがある職員だったのでパワハラには当たらない、というのだ。厚生労働省によると、パワハラの定義は「職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内での優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与えるまたは職場環境を悪化させる行為」。市の解釈だと、特定の人物に対してでなければ、どれだけ精神的苦痛を与えてもパワハラには当てはまらないことになる。
人事課担当者は「管理職を対象としたハラスメント研修を定期的に実施している」と話すが、この間のやり取りを踏まえると、正しい知識のもとで行われているか疑問だ。
気になったのは、人事課の担当者が、三条さんが退職した経緯についてこのように述べたことだ。
「(三条さんは)係長への抗議的な意味合いで辞表を出したようですが、同じ部署で働きづらい部分もあるし、もうやめるしかないんじゃないか、という流れで退職に至ったと聞いています」
前述の通り、三条さんは課長から「辞表は受理してしまったし、気に入らないことがあると辞表を出す人間だと課に知れ渡ってしまった」と言われ、退職を促された、と主張していた。三条さんの見解とは違う形で報告されていることが分かる。
ちなみに課長、係長はともに今春の人事異動で農業振興課から異動になっており、どちらも降格などにはなっていなかった。
三条さんがいなくなった後の農業振興課ではどんなことが起きていたか共有され、再発防止策は講じられているのか。4月に赴任した長島晴司課長に確認したところ、「当然共有されています。ああいったことがあると、職場の雰囲気は悪くなるし、係の職員も疲弊する。そうした雰囲気の改善に努めており、併せてパワハラと受け取られるような指導はしないようにあらためて気を付けています」と話した。
厚労省指針は守られているのか
地方公務員の職場実態に詳しい立教大学コミュニティ福祉学部の上林陽治特任教授によると、「厚労省の指針では職場におけるハラスメントに関する相談窓口を設置して労働者に周知するよう定められている」という。
上林特任教授が執筆を担当した『コンシェルジュデスク地方公務員法』では公務員のハラスメント対策について、次のように記されている。
《部下は、パワーハラスメントを受けていても、上司に対してパワーハラスメントであることを伝えることは難しい。とりわけ、非正規職員のような有期雇用職員は、次年度以降の雇用の任命権者が直属の上司の場合が多いため、なおさら相談しにくい。したがって、上司以外の信頼できる職場の同僚、知人等の身近な人やより上位の人事当局、相談窓口等に相談することが必須となる》
《相談窓口・相談機関は、事業主の雇用管理上講ずべき措置の内容の中では重要な位置取りをしめ、厚生労働省のパワハラ防止指針では、相談への対応のための窓口をあらかじめ定め、労働者に周知することとし、相談窓口担当者は、①相談に対し、その内容や状況に応じ適切に対応できるようにすること、②相談窓口については、職場におけるパワーハラスメントが現実に生じているだけでなく、その発生のおそれがある場合や、職場におけるパワーハラスメントに該当するか否か微妙な場合であっても、広く相談に対応し、適切な対応を行うようにすることが求められているとしている》
昨年、市が公表した「福島市人事行政の運営等の状況について」という文書によると、2021年度における公平委員会の業務状況は、不利益処分に関する不服申立1件、職員の苦情の申立1件のみ。
職員からの苦情がない快適な職場なのか、それとも公平委員会の存在自体を知らない人が多いだけか。いずれにしても厚労省通知に定められている労働者への周知が行われているとは言い難い印象を受ける。
もっというと、会計年度任用職員にはパソコンが支給されていなかったので、弁護士相談制度に触れられなかったというのは、結果的に正規職員と非正規職員で相談窓口の案内に差が出た形になる。同じ中核市である郡山市、いわき市にも確認したが、そのような差はなかった。すぐに解消すべきではないか。
現在は福島市内の別の場所で働いている三条さん。「私のような思いをする人がこれ以上出てほしくない。いまさら謝罪や責任追及を求めているわけではない。市役所は閉鎖的でおそらく自浄作用はない。だからこそ、報道を通していかに福島市のパワハラ対応がダメか、多くの人に知ってもらい、少しでも体制改善につながればと思っている」と訴えた。福島市はまずパワハラ対策の周知から始めるべきだ。