百条委員会の設置や議会の反対で足踏みが続いていた田村市の新病院計画がようやく動き出した。8月に開かれた臨時会で、工事請負契約の議案が賛成多数で可決された。契約相手は〝因縁の業者〟とも言うべき安藤ハザマ。市内では議決に安堵の声が聞かれる一方、「もっと早く契約していれば新病院のオープンも早まったのに」と不満も漏れている。
尾を引く市長と反対派議員の因縁

8月7日に開かれた田村市議会の臨時会は緊張感に満ちていた。この日、市から提出された議案は、たむら市民病院の移転・新築計画にかかる二つの工事請負契約(新病院と厨房施設)についてだった。
同契約をめぐっては、昨年7月に開かれた臨時会で否決された経緯がある。それから1年を経て、再び議会に提出された契約議案。今回も否決されるようだと新病院計画は白紙になるだけに(※理由は後述)、賛否の行方に注目が集まった。
議会が下した結論に触れる前に、新病院計画が混迷している背景をおさらいしておく。
当初、新病院の施工予定者は2022年4~6月にかけて行われた公募型プロポーザルで、選定委員会が最優秀提案者に鹿島、次点者に安藤ハザマを選んだ。しかし、この選定に納得しなかった白石高司市長は最優秀提案者に安藤ハザマ、次点者に鹿島と、選定委員会の選定を覆す決定をした。
理由は、安藤ハザマの方が鹿島より施工金額が3300万円安く、地元発注(地域貢献度)は14億円も多かったから。とりわけ、白石市長は施工予定者に地域貢献度を意識するよう求めていただけに「(安藤ハザマより地域貢献度が低い)鹿島を選んだら市民に説明がつかない」と語っていた。
ただ、一部議員はこの決定に「市長の独断だ」と猛反発。安藤ハザマとの癒着まで疑い、2022年10月には百条委員会が設置される事態となった。
百条委の委員は2021年の市長選で白石市長に敗れた本田仁一前市長に近い議員でほぼ占められた。しかし、委員たちは法的問題点を見つけられず、昨年3月に公表された調査報告書では「市長に猛省を促す」と結論付けるのが精一杯だった。
こうした因縁を引きずり迎えた昨年7月の臨時会に、市は安藤ハザマとの工事請負契約に関する議案を提出。直前の6月定例会では新病院にかかる予算が成立していたこともあり、工事請負契約も可決すると思われたが、結果は賛成7人、反対10人でまさかの否決。百条委でできた白石市長と本田派議員の溝は一層深まることとなった。
市は昨年6月に安藤ハザマと仮契約を結んでいたが、工事請負契約の否決を受け、あらためて条件付き一般競争入札で施工予定者を選定することを決めた。昨年10月から今年3月にかけて設計を見直し、6月に入札を実施。しかし、ここでも入札参加者は安藤ハザマのみで、入札価格も予定価格(52億2200万円)を上回る55億円だったため不落不調に終わった。
「やり直し入札」に参加したのが安藤ハザマのみでは、百条委の設置や議会の反対は何だったのかと言いたくもなるが、「新病院は既に安藤ハザマの色が付いてしまっている」ため、他の業者からすると「もはや手を出せない物件」になっていたということだろう。
とはいえ、このまま施工者が決まらなければ新病院計画は白紙になってしまう。市は事業費の6分の1を国・県の補助金で賄う計画だが、補助金の交付条件が「2026年度中の完成」となっているため、また入札をやり直すことになれば26年度中の完成は間に合わず、事業費不足に陥るのだ。
一方で、市は入札規定に「不落不調になった場合は入札参加者と随意契約を結ぶ」という次善策を設けていた。これに基づき市の予定価格と安藤ハザマの見積もりをすり合わせたところ、昨今の人手不足を受けて同社が労務費を高く設定していたことが判明。交渉の結果、同社が労務費の値引きに応じ、7月に仮契約が交わされた。
こうして迎えた8月7日の臨時会は、1年前に賛成7人、反対10人で否決されているだけに、今回もその時と同じ契約相手(安藤ハザマ)で議決されるのか注目が集まった。市が提出した議案は、新病院建設52億4500万円、厨房施設建設4億9600万円の工事について安藤ハザマと随意契約を結ぶというもの。
議案は市民福祉委員会(石井忠重委員長)に付託され、直ちに審議された。筆者は審議を傍聴したが、ここで強い違和感を覚える出来事が起きた。
「傍聴者を確認させろ」

傍聴者は筆者のほか、ワイシャツ姿の男性4人(※のちに市民病院職員だったことが判明)、議員数人だったが、委員の石井忠治議員から「審議の前に傍聴者の署名簿を確認したい」という申し入れがあったのだ。
本会議や委員会を傍聴するには署名簿に名前と住所を書く必要があるが、委員が「誰が傍聴しているか確認させろ」と要求したのは記者歴29年の筆者も初めて見る光景だった。しかも、石井忠治議員は「誰が傍聴しているかによって話すことが変わる」と驚きの発言もした。
常任委員会は公開されているのだから、誰が傍聴していようと関係ないはず。議員が「見せろ」と言うなら、傍聴者にも「見せたくない」と言う権利がある。署名簿を確認させるかどうか協議している間、筆者は委員会室の外で議会事務局職員をつかまえ「傍聴者を確認させろなんてあり得ない。傍聴者の一人として抗議する」と伝えた。
結局、委員には署名簿のコピーが配られ(※石井忠治議員の申し入れを了承した石井忠重委員長にも「あり得ない」と言いたい!)審議は始まったが、発言者は本田市長派(反白石市長派)の石井忠治議員、半谷理孝議員、管野公治副委員長で、議案の採決でも3人が反対に回り否決された(※賛成は蒲生康博議員と橋本紀一議員。委員長は採決に加わらず)。傍聴者の中からボソッと「まるで反対のための反対だな」と聞こえたのが印象的だった。

議会議員名簿より 石井忠重委員長
市民福祉委員会での呆れたやりとりを経て臨時会は再開。同委員会では反対多数で否決となったが、議員全員で行われた起立採決の結果は賛成9人、反対8人で、安藤ハザマとの工事請負契約はようやく可決された。1年前は賛成7人、反対10人だから、2人が反対から賛成に回ったことになる。
「石井忠重議員と遠藤雄一議員です。両氏は佐藤重実議員と3人で改革未来たむらという会派を組んでいるが、昨年の採決では会派として賛否の拘束をかけなかったため、佐藤議員が賛成、石井忠重議員と遠藤議員が反対に回った。同会派はもともと白石市長と近い大橋幹一議長が所属していたので、大橋議長が3人に賛成に回るよう働きかけていれば、昨年の臨時会で工事請負契約は可決していた可能性もあった」(議会通)
本誌はこの間の記事で、白石市長に対し、新病院がこれからの市民生活に欠かせないというなら、百条委で受けた仕打ちは脇に置き、反対派議員にどうすれば賛成してもらえるか自身の至らない点も反省しながら理解を得る努力をすべきだと指摘してきた。それが結果として市民のためになるなら、面従腹背もいとわない姿勢が必要だ、と。今回の議案に賛成した議員からは「白石市長には『自分は間違っていない』という思いがあっても、反対派議員と向き合ってほしかった」という本音も漏れている。1期目の任期が残り7カ月となる中、「議会と対立して何もできなかった市長」と揶揄されないよう政治家としてのしたたかさを備えるべきではないか。
一方、反対派議員は「新病院は市民のために必要」と言いながら、わざわざつくった百条委では成果を挙げられず、枝葉末節の議論に終始していた印象が否めない。前述した傍聴者の「反対のための反対」という発言は的を射ている。安藤ハザマとの契約が結べない間に、資材価格や労務費は大幅に高騰し、事業費が膨らむことにもなった。同社が2022年のプロポーザルで示した見積もりは46億円前後、今回の随意契約は57億円超だから、2年で11億円も増えた計算になる。白石市長に反対派議員と向き合う姿勢が求められたように、反対派議員も白石市長に歩み寄る姿勢が必要だったろう。それこそが真の是々非々であることを肝に銘じるべきだ。
工事請負契約が可決後、白石市長に取材を申し込むと次のようなコメントが返ってきた。
「多くの市民が『新病院は本当にできるのか』と心配されていましたが、ようやく建設に向かうこととなり(今回の可決は)良い報告になったと安堵しています。今後は少しでも早く新病院を完成させ、一日も早く開院させられるよう関係者が一丸となって取り組んでいきたい」
たむら市民病院の利用者は「建物が古く、駐車場も狭いので早く新病院をつくってほしい」「もっと早く契約していれば新病院のオープンも早まったのに」という感想を述べている。病院関係者からは「昨年、空調設備が故障し、猛暑の中で患者の健康に悪影響が及ぶ事態が起きた。田村地方の中核病院を担うためにも必要な機能を備えた新病院を早急につくるべきだ」という切実な声が聞かれる。
計画では10月から工事が始まり2026年度上期に完成、その後、引っ越しやシステム移行が行われ同年度下期の開院を目指すが、工事が始まったあとも資材価格や労務費の高騰で事業費が増える可能性があるため、またもや反市長派議員の反発が予想される。これ以上開院が遅れないよう、白石市長と議会には「市民のため」という共通認識のもとで事業を進めていただきたい。
