東京電力福島第一原発事故後に風評被害対策や復興事業の名の下に、国や福島県が大手広告代理店に委託したPR事業が世論操作と化している問題点について考える会が2月24日、三春町で開かれた。講演会の名は、その名も「3・11後の福島で電通は何をしたのか」。「東京電力福島第一原発事故に関わる電通の世論操作を研究する会(電通研)」メンバーらからなる「だまされたくない人々」が企画した。国や県への情報公開請求を駆使して調査している同メンバーの野池元基氏(長野市)が講演し、14年間に及ぶ行政文書の分析結果を発表、来場者たちは電通が主導する広報術に息をのんだ。
情報公開請求で分かった巧妙な広報術

一大広告代理店の電通グループは、テレビ番組のゴールデンタイムの広告枠を押さえるなどしてメディアに影響力を持つ。日本全国のみならず、世界をカバーする組織網と広報事業・危機管理対応の力がダントツなため、原発事故前は国策の原発を推進するPR事業を受注していた。悲惨な事故を受けて原発見直しに世論が傾いても、風評被害対策や復興に名目が変わっただけで、事故以前と同じように国の広報事業を受注している。
原発は国策のため、大事故という形で表れた失敗の責任は当事者の東電と国にある。事故後も放射線による健康被害への懸念、風評被害、山林の汚染土壌、最近ではALPS処理水の海洋放出、除去土壌の再利用などの問題が継続し、東電や国への批判が再燃しかねない状況だ。行政とメディアの間を、電通を初めとする広告代理店がつなぎ、「不安払拭」の機運醸成の装置にメディアが組み込まれ、記事を装った広告が増えている。近年はネットのインフルエンサーが従来のメディア以上に影響力を持ち、機運醸成の役割を期待され、広告じみた個人的発信を担うようにもなってきた。

こうした背景を共有した上で野池氏の講演を報じる。紙幅の都合で一部しか載せられないが、いわき市で発行する「日々の新聞」529号(3月15日付)が余すところなく報じているので参照してほしい。
《長野県内でリンゴ農家をしながら「たぁくらたぁ」というミニコミ誌を20年くらい発行しています。たぁくらたぁとは、長野の方言で「馬鹿者」とか「おっちょこちょい」という意味があります。発行に関わる人たちがたぁくらたぁということもありますが、この言葉には人間の関係性や地域の共同性があるような気がして、そのような内容にしていきたいと思い名付けました。
長野にいても、原発問題は自治を考えるうえで必要なことで、福島県を訪れたり、国や県に公文書を情報公開請求したりして取材してきました。その過程で、いまは伊達市議を務めている島明美さんから情報提供を受け、電通が伊達市で行っていた『心の除染』という広報事業にぶつかりました。
簡単に言うと、いち早く除染を始めた伊達市でしたが、次第に独自の基準をもとに除染することをやめ、放射能ではなく心の問題だから心の除染をすればいい、と行われた事業です。よく分からないので市役所に言って職員に聞いてみたら、「除染は一巡したので市民アンケートを取り、不安解消のために戸別訪問するなどして対応します。事業費は2億1000万円ほど、委託先は電通です」と言われました。
「えっ、何で電通が?」と思いました。市のホームページを調べてみても分からず、2018年に公文書を情報公開請求したところ、事業内容は戸別訪問して、そこで住民に安全だと説得させていく事業と分かるわけですね。市から委託を受けたのは電通なんですけど、ほとんど人材派遣業のパソナに丸投げです。電通は事業費のほぼ半分を得ました》
野池氏は、原発事故後に国や福島県がどのような事業を電通に依頼したのか興味を持ち、2011年3月11日から18年12月までの全事業の契約書の開示を請求した。資料を読み解くと計120件ほどの事業があり、240億円ほどの金額に上ることが分かった。さらに、仕様書で行政が発注した事業内容と、電通側の報告書も開示請求した。
《まず原発事故直後の2011年4月から翌12年3月まで、原子力安全・保安院(現原子力規制委員会)のラジオ番組が流されました。ラジオ福島とふくしまFMで1回10分、計260回放送されました。当時、長崎大教授だった山下俊一さん(現在、県立医科大副学長)や高村昇さん、広島大の神谷研二さんたちなどが福島県の住民の放射能への不安を払拭するためにさまざまな問いに答えました。山下さんたちは福島県の放射線リスク管理アドバイザーに委嘱され、学校などいろいろな場所で講演していました。最初に権威者を出してくるのが肝心です》
山下氏は事故直後の3月21日、福島市で500人近い聴衆を前に専門家の立場で「ニコニコする人には放射能は来ない。クヨクヨしていると放射能が来る。これは明確な動物実験で分かっています」と発言したことが問題視された。山下氏は後に「緊張を解くためだった」と釈明している。
このラジオ番組は電通の単独随意契約だった。資料によると、「株式会社電通においては、福島県内のラジオ局の番組構成に対する調整能力など緊急時における視聴率が高い放送時間帯の枠取りが可能」であることが理由という。
夏にはアイドルグループTOKIOを起用して、農林水産省が進める食料自給率向上国民運動拡大推進に組み込んで「食べて応援しよう!」のキャンペーンが始まった。首都圏でテレビCMが流された。年数を経るごとに農水省から福島県が同様の事業を発注するようになり、TOKIOとの関係が深まる。
《2012年度、農林水産省から福島県に仕事が下りてきました。マスメディアを活用した農林水産物のPR事業が始まります。風評被害払拭を図るメディア発信研究会が設置されました。NHKを除く地元テレビ4局と地元紙、ラジオ局、県の農産物流通課と広報課の職員がメンバーです。事務局は電通です。
議事録では電通社員が「ネガティブな情報を発信するSNS上のインフルエンサーに注視し、対応策が取れるようにする」、司会は「マスメディアの広告に加え、メディアの報道などの協力がなければ風評被害という化け物は退治できない」と言うんですね。
第1回目の研究会で配られた資料です(図)。ネガティブな情報の発信者としてフリージャーナリストなどの発信がまとめられてあります。(ネットの意見をポジティブ、ネガティブと評価することについて)広告業界に身を置いていない人は「何だこれ」と思うかもしれません。でも、博報堂元社員で作家の本間龍さんに聞くと、「こんなのは広告代理店社員の1年目の仕事」で当たり前のことだそうです。広告会社は商品を売るという結論があるんだし、別に悪いことではない。
問題はこれを行政の事業がやっていることです。行政の広報事業というのは、世の中の人がどういうことを考えているか意見をすくい上げる機能があると思います。原発事故の諸課題に対して、国や福島県が電通などの広告代理店を通じて行っているのは一方的な宣伝でしかない。なぜこの人はこのような考えをするんだろうかとか意見を拾おうとする発想は全くありません。
研究会で配られた資料には「在京マスメディアの報道状況」というのがあって、福島県を巡る報道内容をポジティブとネガティブで色分けしています。ポジティブ1位はフラガール、2位はコメ全袋検査、3位は福島の桃をタイに初出荷です。逆にネガティブは、1位が子ども甲状腺検査、2位が中間貯蔵施設、3位がアイナメから高濃度のセシウム検出です。資料では「原発事故、放射能、除染、避難生活、風評被害を軸としたネガティブなニュースが根深く継続することを考えれば、ポジティブなニュースをいかにきめ細かく(地元メディアの力をお借りして)発掘し、発信していくのかということが重要になっている」とまとめています》

ネガティブな情報発信者と評価された人物(開示された公文書より) 2021年4月、政府はALPS処理水海洋放出を決め、翌22年から福島第一原発に関連する資源エネルギー庁と電通の契約金が増える。開示文書を基に野池氏が集計したところ、21年度には3億9000万円だったが、22年度は12億円になったという。電通の他に博報堂や読売新聞東京本社などが海洋放出広報事業を受注し、テレビ局、全国紙、地元紙に広告が載るオールメディア体制だった。野池氏の最近の関心は、広報事業においてインフルエンサーを使って無関心層への効果的なアプローチを図っていることだという。
講演は、最後に有名な標語を持ち出して閉じた。
《双葉町に掲げられていた「原子力明るい未来のエネルギー」の裏側には「原子力正しい理解で豊かなくらし」とありました。「明るい未来のエネルギー」はさすがに使えませんが、「正しい理解で豊かなくらし」は今も通用します。「正しい理解」という言葉は、昔、石川県で計画していた珠洲原発を扱ったチラシにも使われていました。昔から誰もが反対できないような言葉を使うんですね。でも、誰も反対できない言葉を使い、内容の説明を求められても、誰もうまく説明できません。他の人が用意した言葉に寄りかかっているだけです。
言葉の表現や使い方を自分なりに考えていく必要があるのではないでしょうか。電通が原発事故後に福島でしてきた広報事業を考えれば考えるほど、そう思います》
最近、「原発事故」を「原子力災害」と言い換える例が増えてきた。知らず知らずのうちに、誰の責任も問わない表現になっている。