福島市の長ネギ生産会社が9月下旬に事業を停止し、破産申請の準備に入った。農業法人の倒産は全国的に増加傾向にあるが、長ネギ生産会社の場合は社長が元県議で、畑違いの事業で成功しつつあるという評判を聞いていた直後の出来事だった。本誌の取材に、元県議が事業失敗の背景や農業の厳しさなどを率直に語った。
画餅に終わった耕作放棄地解消策
県北地方の男性農業者が言う。
「新聞には社長の名前が出ていなかったので、福島市内でも丹治君の会社が破産したことを知らない人は結構いるみたいです」
話に出てきた「丹治君」とは丹治智幸氏(53)を指す。福島市議会議員(2期)を経て2011年11月の県議選(福島市選挙区)で初当選。15年の県議選では落選したが、18年に行われた県議補選で返り咲きを果たした。しかし、翌19年の県議選で再び落選し、政界を引退。現職時代は福島市長選への立候補に意欲を見せたこともあった。

そんな政治経験を持つ丹治氏の会社が破産したものの、記事中に社長名が出ていなかったため、県北地方の議員でも気付く人は少なかったという。
《信用調査会社の帝国データバンク、東京商工リサーチ両福島支店によると、長ネギ生産のつながるファーム(福島市)は3日までに事業を停止し、破産申請の準備に入った。負債総額は帝国データバンクが約1億5500万円、東京商工リサーチが約1億7000万円とした》(10月4日付福島民友より抜粋)
法人登記簿によると、㈱つながるファーム(福島市松川町下川崎字下ノ原山5―1)は2016年11月設立。資本金300万円。事業目的は①野菜果物および種苗等の栽培、生産、加工、卸および販売、②野菜果物および種苗等の研究、開発および輸出入、③農業、畜産業および水産業等の経営に関するコンサルタント業など。役員は代表取締役・丹治智幸、取締役・丹治広子の各氏。
法人登記簿には細かい事業目的が書かれているが、同社は主に長ネギ生産を行っていた。
「丹治君は農家ではないから、新規就農者として補助金を駆使しながら事業をしていたのかな。生産したネギは直売所や地元スーパーに卸していたはず。ラーメン店でも加工品を扱ってもらっていたと聞いています。農福連携で障がい者雇用も積極的に行い、各地で講演を頼まれることもありました。畑の面積もかなり広く、上手くいっているようだと評判だったんですが……」(前出・県北地方の男性農業者)
その上で、
「今回の事態を見ると、農業は天候に左右されるし、人手不足や人件費高騰といった問題もあるから、やはり(農業の)素人には難しかったのかな」(同)
つながるファームのホームページや丹治氏が講演会で用いた資料を見ると、長ネギ生産と障がい者雇用に狙いを定めた理由がよく分かる。
丹治氏は耕作放棄地を開墾したいと考えていた。福島市の耕地に占める耕作放棄地の割合は約25%、約1700㌶に上るが、その解消に丹治氏が目を付けたのが長ネギだった。理由は①長ネギを栽培するには広い畑が必要、②機械化が進み、新規就農者でも取り組みやすい、③1年を通じて消費されるため、底値が安定し物流体制も築きやすい――等々。耕作放棄地があるということは、それだけ開墾の余地があるととらえ、長ネギに活路を見いだしたわけ。
これに加えて、丹治氏は障がい者雇用のモデルケースも生み出そうとした。福島市内には障がい者が2万人程度いるとされ、このうち知的障がい者は約5000人、就労可能人数は約500人と推計。この人たちを、高齢化や後継者不足で農家が減る中、貴重な労働力ととらえれば農業の衰退に歯止めをかけられるし、障がい者にとっても障害年金に賃金収入が加わり、所得増加につながると考えたのだ。新規就農しやすい長ネギ生産は障がい者就労に向いている点も、農福連携を進める上では魅力的だった。

つながるファームのホームページにも次のように書かれている。
《長ネギは、私たちのようなど素人集団でも生産をすることができます。それは、結果的に多くの雇用を生むことになります。露地栽培のため多くの畑を必要とするので、耕作放棄地を多く解消できます。また、年中栽培できる可能性もあり、通年で販売もできます》《障がいを抱える方や子育てに忙しい方、ずっと引きこもっている方など、ノウハウがいらないからこそ様々な方が働ける場所を提供します》
とはいえ、理想は素晴らしくても現実は厳しかった。結果は前述の通り、1億5000万円以上の負債を抱え、破産申請するに至った。
《植え付けや手入れ、収穫など調整出荷が後手になり、歩留まりが低い状態が続いていた。2023年10月期の年売上高は約3300万円にとどまり、欠損を計上。従前から畑の借り受けや開墾などで経費がかさみ、収益確保に苦慮していたため大幅な債務超過に陥っていたなか、資金繰りがひっ迫し、先行きの見通しが立たなくなった》(10月7日付帝国ニュースより抜粋)
売上高は年間2000~4000万円で推移していたようだが、利益が出ていたかどうかは分からない。それに対して負債は1億5000万円以上だから、返済は思うように進んでいなかったのではないか。
丹治氏に話を聞くため、前出・福島民友で報じられた数日後に福島市内の自宅を訪ねたが留守だった。その足でつながるファームの事務所に回ると「社長は地主から借りている畑の草刈りに行っており、しばらく戻ってこない」(女性従業員)。
それから2、3日後、記者の携帯に丹治氏から電話があった。丹治氏は、こちらの質問に丁寧に答えてくれた。
開始6年目で黒字も……
――破産申請に至った原因は?
「一昨年、事業開始から6年目で初めて黒字になり、昨年は連続黒字を目指していました。ところが、夏の酷暑で従業員に健康リスクが生じ、生産の大幅縮小を余儀なくされました。あらためて農業は天候に左右されることを思い知らされました」
――仕切り直しの今年はどうだったんですか。
「今年は……新たな気持ちで再スタートを切ったんですが、過大な投資とランニングコストが重くのしかかり、徐々に返済に回せなくなっていきました。こうなると完全に回せなくなる前に、債権者には申し訳ないが(破産申請を)決断するしかありませんでした。売るネギはあるがカネはないという状態でしたね」
――初期投資はどれくらい?
「最初に銀行から3500万円借りて、半年後に1000万円。JAからも1000万円借りました。その後、事業計画を出して事業評価してもらい、3年間で計1億円借りました。もちろん、信用保証協会の保証付きです。2000万円くらいは返済しました」
――具体的な使途は?
「農地を持っていなかったし、機械もなかったので、最初に大きな投資が必要でした。売れるネギができるまで、自前で人件費を用意する必要もありました。3年間まともなネギをつくれなかったので、手元に資金が必要だったのです」
――補助金は利用したのですか。
「補助金は手続きに時間がかかるので使っていません。例えば、トラクターを買うのに50万円補助するとかありますが、それだったらメーカーと交渉して値引きしてもらった方が早いですから。新規就農者に年150万円を3年間補助する経営開始資金は魅力でしたが、交付要件が前年の世帯所得600万円以下で、私の場合は議員報酬をもらっていたため(600万円を超えており)、該当しませんでした」
――数ある作物の中から、なぜ長ネギを選んだのですか。
「1年を通して露地栽培できる作物は何かと考えた時、ネギとニラが浮かんだのでネギにしよう、と。最初はみんなに笑われました。そんなのできっこないって。しかし、栃木や茨城では通年で露地栽培している農家がいたので、福島でもやれると思って始めました。実際、4年目からは通年で生産できたし、地元スーパーなど販路も開拓できました。某ラーメンチェーンで使われている加工ネギの半分はうちのネギなんですよ。業務用ネギは1年を通して使用量に波がないので、売り上げが見込めてありがたかったですね」
――ネギは儲かるんですか。
「行政やJAは、やるならキュウリを生産しろと言います。キュウリは1反(0・1㌶)200~250万円の売り上げが見込めます。これに対し、ネギは1反80万円くらい。しかし1人でできる面積はキュウリが1反に対し、ネギは1町(1㌶)なので、小規模でやるならキュウリで構わないが、売り上げや雇用など産業の観点で言うとネギの方がいいのです」
――どれくらいの面積で生産していたのですか。
「スタートは3㌶でした。周りからはネギだけで3㌶は広すぎると言われましたが、人を雇って機械も使うのだから自分としては狭いと思っていました。目標は10㌶でしたが、最終的には8㌶にとどまりました。黒字になった時は6㌶でした」
――何人雇用していた?
「高齢の方を中心にパート10人。また、障がい者施設の施設外就労の場として1日3、4人の障がい者の方が働きに来ていました。そういう人たちの働く場をなくしてしまったことは申し訳なく思っています」
政治家の発想
――今回の事態を招いた原因は?
「会社設立時(2016年)、私は県議選に落選して浪人中で18年の補選で当選したものの、19年の県議選で再び落選しました。つまり、最初の3年間は政治家として農業に真正面から向き合わず、その間は3人雇ってネギ生産をしていたのです。それでは上手くいくはずがありませんよね。4年目から通年で生産できるようになったのは、政治家から農家に完全シフトしたからです」
――始まりがよくなかった、と。
「10㌶やれば1億円の売り上げになる。そうすれば人を雇えるし、もっと面積を広げられるので耕作放棄地が減っていく。障がい者の雇用にもつながる――そんな政治家の発想で取り組んだのがよくなかったんでしょうね。ただ『農業では食っていけない』と言われる中、産業として確立するにはどうすればいいかは真剣に考えるべきです」
――今後は?
「いろいろな方にご迷惑をおかけしたので、まずはやるべきことをやって、もう一度農業で出直すチャンスを得られればと思っています」
東京商工リサーチによると、2023年度の農業法人の倒産は82件と2年連続で過去最多を更新した。背景には、もともと天候や災害のリスクがある中で、人手不足、後継者問題、輸入農産物との競合、さらには燃料費高騰や伝染病流行といった苦境が一気に押し寄せ、採算低迷を克服できないことがあるという。
こうした農業法人の実態がある中で、丹治氏は理想と現実にズレがあったことを認め、債権者や従業員に迷惑をかけたことを反省しつつ、再起の意欲を失わずにいる。「弁護士からは『選挙で3回落選し、会社を1回破産させた人なんてそういないですよ』と言われました」と苦笑していた丹治氏だが、増え続ける耕作放棄地を前に、農業の産業化と障がい者雇用を結び付けようとした発想は間違いではなかったと思う。