社会福祉法人矢祭福祉会の理事長に対し、「身内を職員にするなどして、法人を私物化している」と批判する怪文書が矢祭町内で飛び交っている。書かれている内容は事実なのか。理事長本人を直撃した。
「私物化」指摘に本人が真っ向反論
矢祭町の複数の住民によると、怪文書は封書で、2月に町役場や町議、商工会関係者などに送付された。町に関連する施設の問題点などが3枚にわたって綴られていた。
「中でも話題を集めているのが、社会福祉法人矢祭福祉会の理事長・高信由美子氏について批判する文書でした」(町内の事情通)
矢祭福祉会は1993年8月に設立された社会福祉法人。町が整備した特別養護老人ホーム「ユーアイホーム」や軽費老人ホーム「ケアハウスせせらぎ荘」などの運営を担う指定管理者となっている。理事は高信氏を含む7人、監事2人、評議員8人。町内の高齢者福祉を支える事業者として、福祉関係の予算や補助金も投じられており、公的な役割を担っている法人と言える。
高信氏は元町役場職員で、行財政改革担当の旗振り役である自立課自立グループ長を務めた人物。町教育長などを経て10年以上前に同法人の理事長に就いた。そんな理事長に対し、どのような批判の声が出ているのか。怪文書の概要を紹介する。
〇高信氏の娘はユーアイホームの事務長を務めている。平日でも1週間以上の長期休暇を平気で取り「理事長には話してある」という。ユーアイホームの施設長、副施設長は何も言えない状況だ。
〇事務長といってもほとんど事務所におらず、給料は長く勤めている施設長、副施設長より高い。
〇高信氏は元町職員だが、裏表が激しい人物で、現役職員・職員OBの間でもよく言う人はいない。
〇〝高信親子〟の法人私物化が続けば勤めている職員が近隣の施設に移ってしまうのではないか。
〇元町長の根本良一氏、前町長の古張允氏が辞めるように話していたが、本人は「私は無報酬でやっているのになぜ辞めないとならないのか」と受け入れなかった。
高信氏の〝身内〟が同法人関連施設の要職に就き、勝手なふるまいが目立つなど法人私物化が目に余る、と指摘しているわけ。1月に出回った別の怪文書では、高信氏の弟が同法人の施設の用務員を務めていることも綴られていた。
複数の町民に確認したところ、高信氏は思ったことをストレートに言い、厳しい口調で相手を〝論破〟することもあるので何かと敵が多いとのこと。ただ、高信氏の夫は町内外で絶大な影響力を持っていた根本氏のいとこであり、高信氏自身も〝根本氏に目を掛けられる存在〟だったため、表立って問題視されることはなかった。
もっとも、近年は根本氏と微妙な関係だったようで、「『身内に評判が悪い人がいると、選挙のとき、根本氏が応援する候補者に票が入りづらくなる』として、根本氏は高信氏にたびたび法人の理事長を辞めるよう促していた。高信氏はそんな根本氏に一歩も引かず『なぜ私が辞めなければならないのか』と突っぱねたそうです」(町内の事情通)
高信氏は怪文書が出回っていることをどう受け止めるのか。同法人本部があるユーアイホームに取材を申し込んだところ、「理事長は非常勤でいつ出勤するか分からない。事務長(高信氏の娘)もいま外出している」とのことだった。そこで高信氏の自宅を直接訪ねたところ、夫婦で取材に応じてもらった。
――怪文書が出回っていることを把握しているか。
「法人理事や評議員などにも届いたようだが、なぜか女性には届いていないようです。内容はすべて把握しています」
――法人を私物化しているのではないか、という指摘をどのように受け止めているか。
「娘の待遇について書かれているのは、うらやましがられている面があると思います。社会福祉法人は非営利法人で、莫大な利益が出るわけではないので、給料が高いと言ってもそれほどの金額ではないが、会計事務所に相談しながら給料表(賃金表)を3年がかりで見直したところです。介護業界は深刻な働き手不足なので、公務員並みの待遇に引き上げて人手確保を図るのが目標です。ただ、『事務長なのに施設長を上回る給料をもらっている』という記述については給料表に基づいて給付しているので、特別な額をもらっているわけではありません」
「根本氏にも反論していた」

――娘さんがユーアイホームの事務長に就いたきっかけは。
「大学卒業後、ユーアイホームの給食調理員として勤め始め、事務職に空きが出たのをきっかけに事務員となり、もう30年ぐらい勤めています。事務長に就任したのは3年前ぐらいのこと。このほか、宿直の用務員に空きが出て補充もままならない状況だったので、定年退職して無職だった弟に依頼し、アルバイトとして働いてもらっています」
――批判される理由について。
「思い返せば、役場職員時代からいつも叩かれっぱなし。新しいことをやるときは必ず抵抗勢力が現れるもの。当時の根本町長の理不尽な指示に反論して『辞めろ』と言われても『辞めませんよ』と返していた。(怪文書には)私が法人を牛耳って好き勝手振る舞っているかのように書かれていたが、社会福祉法人には定期的に県の監査も入っているし、そもそも非常勤で無報酬の理事長にそんな力があるわけないですよ」
――理事長を10年以上にわたり務めていることも私物化を疑われる背景にあるのではないか。
「同じ理事長が20~30年務め続けている法人はざらにある。長く務めているからこそ、いろいろな課題が客観的に見えてくる部分もあると思います」
高信氏は怪文書の内容を明確に否定したうえで「娘だけでなく全体の待遇を見直している」と反論した。一連の主張が実態と一致しているかどうかは判然としないが、少なくとも「ダメージ」を受けている様子はなかった。
同法人が公表しているユーアイホームの事業活動計算書(2024年3月期)を確認したところ、人件費が前期より1500万円増えていたが、これも待遇改善と関係しているのだろうか。
怪文書が飛び交っている理由としては2つ考えられる。
1つは町内で大きな影響力を持っていた前出・根本氏が昨年5月に亡くなったこと。
経営していた根本家具店は後継者不在だったため、従来から親交があった藤田建設工業系列の藤建技術設計センターが根本家具店の株式を100%取得した。茨城県大子町にあった家具店は閉店し、今後は工事部門に特化する方針だという。
東白川郡内の政界で大きな影響力を持っていたが、亡くなってから1年近く経ち、影響力は低下しつつある様子。昨年10月の衆院選では、町内における与党系の無所属上杉謙太郎氏の得票数が、立憲民主党小熊慎司氏を上回った。
「民主党系を支持していた根本さんが存命だったころは、こんな結果になることはあり得なかった」(県南地方で活動するジャーナリスト)
根本氏が亡くなり、影響力が薄れてきたことで、町内でくすぶっていた〝根本氏の身内〟である高信氏への不満が再燃したのではないか。
もう1つは5月に同法人の理事会が予定されていること。コロナ禍で書面議決が続いていたが、今回は久々に対面で行われる予定だ。おそらく差出人は理事会前に、問題提起をする目的で町内各所に怪文書を送付したのだろう。
一部の理事や評議員の間では、社会福祉法人を立ち上げたオーナーというわけでもないのに10年以上理事長を務めていることについて、疑問の声が出ているようだ。理事会ではどういう判断が示されるのか。これから水面下での動きが活発化しそうだが、取材時の高信氏の反応を見る限り、自ら身を引くとは思えない。