会津坂下町朝立地区の農業者らでつくる「朝立集落協定」で、前代表の男性X氏が国などからの交付金1630万円を着服した事件は、JA会津よつば(本店・会津若松市)にも影響が及んだ。X氏は同JAの職員や役員を務める傍ら、集落協定で着服に手を染めていたからだ。農村への交付金をJAの人間が掠め取っていた事実は都合が悪い。同JAはX氏がJA役員在任中に集落協定側から着服を知らされたが、X氏が何事もなく任期満了を迎えるのを静観していた。(小池航)
JA会津よつばに不都合な〝着服犯は元役員〟の事実


《1、2月号のおさらい 2022年3月に県と会津坂下町が調査を開始した朝立集落協定交付金着服事件は、前代表のX氏が犯行を認め、着服金を回収するまでに1年以上を要した。交付金取り消しを恐れた町が刑事告発をしないことありきで事を済ませようとした姿勢は、県の法務担当から「隠蔽を図っている」と指摘され、他の協定参加者も町の事なかれ体質に不満を抱いた。X氏は地元JAの職員や役員を歴任しており、協定参加者と町職員が職歴を過信していたためチェックがおざなりになり、少なくとも10年間にわたる着服が見過ごされてきた》
着服事件の舞台となった中山間地の農村・朝立地区は国道252号沿いにあり、約30軒が北向きの傾斜地に建つ。2017年5月の大型連休が明けた8日、朝立地区は大火に見舞われた。この日、県内は西から強風が吹いた。会津坂下町最寄りの会津若松市内の観測所では、北西からの風が最大瞬間風速18・9㍍/秒を記録。同年5月中で最も強かった。
朝立地区のMさん宅では午前中に庭で火を起こしてゼンマイをゆでていた。午前11時50分ごろ、西寄りの強い風が吹いて火の粉が飛び、作業小屋に燃え移る。Mさんは消そうとしたが、火は木造平屋の自宅に広がり、近隣住宅と合わせて4棟、作業小屋1棟を全焼したほか、東側の山林に延焼した。火は別の車庫や住宅の縁側にも広がり、一部を焼いたが、幸い死傷者はなかった。
会津若松地方広域消防本部と会津坂下町消防団がポンプ車など車両約30台で消火に当たり、住宅の火は午後2時50分ごろに消し止められた。延焼した山林には地上からの消火のほか、新潟、山形、栃木の3県と川崎市の防災ヘリ、陸上自衛隊のヘリが只見川から水をくんで上空から放水し、日没まで続けたが、その日のうちには鎮火しなかった。翌9日の午前中にようやく鎮火した(福島民報2017年5月9、10日付より)。
住宅4軒が全焼した火災は、朝立地区にとっては悲劇だったが、X氏にとっては好都合だったかもしれない。火災から5年後の2022年3月に開かれた朝立集落協定の役員会での席上、当時代表を務めていたX氏には交付金着服の嫌疑が掛けられていた。適正な会計処理が行われていたことを示す過去の総会資料や決算資料の提出を求められたX氏は「朝立の火災で燃えた」と答えた。
X氏は地元JAに長年勤めてきた信頼を背景に、朝立集落協定が2000年に結成した当初から会計を任されていた。2021年に入り、協定参加者への交付金分配が滞った。いぶかしんだ協定参加者らが調べると、総会が未開催なのに開催したと町に虚偽報告し、開催費用を計上していた疑いが強まった。内部では手に負えず、集落協定は県や町に調査を要望。東北農政局、県、町による解明が始まった。
着服の態様は悪質だった。X氏は総会や個人への交付金について、全て自分で購入した印鑑で押印し、受領書を偽造するなどして数万円単位で自分の物にしていた。さらには地元建設業者と共謀し、架空の工事を発注して領収書を偽造。百万円単位の金額を自分の懐に入れ、最終的に2011~20年度にわたって少なくとも約1600万円もの着服をしていたことが認定された。
「現金は火災で燃えた」

X氏が朝立地区の火災を書類不備の言い訳にしたことで、真相解明が遅れたのは否めない。町は当初、X氏の言い訳に付き合い、「次までに失くした資料を探してくるように」と要請、その間調査は中断した。
火災がX氏の自宅に及ぼした影響はいかほどだったのか。地区の住民が振り返る。
「Mさん宅から出た火は2軒隣のX氏の母屋に燃え移ったものの、消火が間に合い、軒先が一部燃えた程度だった」
ある集落協定参加者は、X氏の説明を荒唐無稽に感じる。
「都合よく資料がすべて燃え、かけらさえ残らないのはおかしい。そもそも軒下に大事な資料を置いておくでしょうか。役員会で『お前の家では大事な書類を軒下に保管しておくのか』とツッコミが入ると、X氏は『一部焼損し、残りは間違ってごみと一緒に燃やしたかもしれない』と説明を変えた」
輪を掛けて荒唐無稽だったのが、出入金管理方法だった。朝立集落協定はJA会津よつばに貯金口座を持つ。役員が記帳された貯金残高と、X氏が町に毎年度提出していた決算資料の残高を照らし合わせると一致しなかった。資料上は260万円の貯金があるのに、通帳は残高ゼロといった具合だ(図参照)。


偽造決算書では令和2年4月時点で残高が260万円余りあることになっているが、口座は1月30日〜7月6日の間ゼロに等しかった。X氏が手持ち管理=着服していたことをうかがわせる。
役員たちはX氏に説明を求めた。X氏は「現金で手持ち管理していた」と答えた。その現金はどうしたのかと問うと、書類と同じように「火災で燃えた」「ごみと誤って燃やした」などと話したという。
火災は決算資料や現金の紛失を説明するには万能ではなく、すぐに破綻する。決算を承認する総会は通常、会計を締めた3、4月ごろに開くので、2017年5月に発生した火災は16年度までの資料しか燃やせない。
X氏は2017年度の決算資料も提出しておらず、「紛失した」と述べていた。これも「焼却処分をして無い」と説明したという。
2022年10月には、町が朝立集落の11年度以降の決算資料の写しを保管していたことが判明したため、「火災による書類の焼失」は意味をなさなくなった。
町職員は確認せず?

朝立集落協定への交付金は国、県、会津坂下町が負担する公金だ。交付窓口の町は、集落協定が目的通り公金を使っているかどうか確認する義務があり、決算書類を通帳などの証拠資料と突き合わせて検査する。資料は一定期間保存する。だが、町が保管していた資料にはX氏が偽造したものもあり、町は欺かれていた。そもそも2015~19年度間は、町が集落協定に証拠資料の提出を求めておらず、担当職員が検査をしていなかったことをうかがわせた。
証拠が積み上がり、X氏は追い込まれていった。それでもX氏は不適正利用額1600万円余りのうち、「850万円程度は紛失し、私的流用は350万円程度」と矮小化していた。調査終盤の2023年2月にようやく「1500万円程度を私的流用していた」と認めた。残り100万円は家計と混同し不明という。私的流用分は「借金返済や親族への援助に使っていた」と話した。
X氏は、親族2人から500万円ずつ、1人から600万円を借りて交付金を返還した。この親族が援助していた人物かどうかは不明。
不都合な事実を明かしていないのはX氏だけではない。元所属先のJA会津よつばは、X氏がJA役員在任中に交付金を着服したことを集落協定を介して知った後も、X氏が2022年5月28日にJA役員の任期を満了するまで静観していたのだ。同JAは「2022年3月に交付金着服疑惑が発覚したが、JAでは着服事件を把握していたか」との本誌の質問に、「交付金着服について把握しておりませんでした」と回答していた(2月号の記事参照)。

集落協定参加者の1人がJAの回答を補足する。
「2022年3月の着服事件発覚直後から農業関係者の間では『X氏が交付金をかっぱらったらしい』と話題になっていた。集落協定とJAは取引関係にあり、参加者には農家やJA関係者がいるため距離は密接で、ウワサもすぐに行き渡る。しかも、原喜代志組合長とX氏はJA会津よつばでは同期。JAの役員たちは、同僚(X氏)が集落協定内で不正を働いたことを彼が役員在任中に知っていたはずだ」
JA会津よつばがX氏の役員在任中に集落協定の着服を把握していたことは県の公文書からも分かる。2022年5月18日、会津坂下町産業課農林振興班の佐藤芳弘係長から県会津農林事務所に、同12日にあった朝立集落協定の3回目の役員監査について電話で報告があった。着服発覚以降、町は役員主導の監査に毎回立ち会っていた。同事務所農業振興普及部の越後学・農業振興課長が対応した。
町と同事務所のやり取りを示した「電話送受信記録票」には、町職員が見聞きした役員会の様子が箇条書きで記されている。そこには「JAに対する情報提供要望書について説明された。前代表(本誌注:X氏のこと)は、JAに提出することに同意した」とある。
役員会の参加者が解説する。
「役員改選を迎える同年5月28日まで、X氏は同JAの非常勤監事に就いており、着服の嫌疑を掛けられても任期満了まで務めた。集落協定参加者からは『農村対象の交付金を着服した疑いが濃厚なのに、農家を支援するJAの役員に居座るのはいかがなものか』との指摘があり、任期満了前に自ら責任を取って辞任すべきという意見があった。公文書で言及している要望書は、JA会津よつばにX氏の着服疑惑を知らせ、適切な対応を求める内容だった。X氏は、同JAでは金融担当の部署にいたこともあり、JA内部でも集落協定と同様の不正がなかったかどうか把握するよう促した。要望書はX氏の同意を得たうえでJAに提出することになった」
集落協定参加者は、正式に要望書を出す前に、長谷川一雄組合長(改選で退任)、原喜代志常務理事(現組合長)、新山諭総務部長(現常務理事)に相談した。その結果、要望書は取り下げることになったという。
前出の役員会参加者は、
「JA会津よつばは、X氏が着服していた内容が書かれた文書を受け取ると、X氏について何かしらのアクションを起こさないとならなくなると懸念したのではないか」
と推測する。
改選後、同JAはX氏による被害を受けた集落協定に対応した。
「朝立集落協定はJA役員改選後の6月、新任の原組合長宛てに集落協定が坂下支店に持つ貯金口座の入出金情報を開示するよう求める要望書を出した。X氏が不可解な現金引き落としをしており、その調査のためだ。コンプライアンス担当部署が対応し、開示してくれた。この要望書にもX氏が交付金を着服していたことは書いてある」(同)
JA会津よつばの回答
以上のことから、JA会津よつば、X氏がまだJA役員だった22年3〜5月には着服疑惑を把握していたと考えるのが妥当だ。同JAが本誌に寄せた「把握していませんでした」との回答はどの時点のことなのか。
本誌は原組合長、福地勉総務部長宛てになぜJAは「把握していない」と答えたのか、事実と異なる回答ではなかったのかと書面で質問した。回答は次の通り。
《前回いただいた質問は、「2022年3月に交付金着服疑惑が発覚しました。JAでは、交付金着服を把握していましたか」というものでした。これに対し、2022年3月の時点で「交付金着服の事実」は把握していなかった旨、回答させていただいたものでした。
今回、いただきました貴社取材結果によっても、令和4年5月時点で組合が「交付金着服の疑惑」を把握していたというもので、上記回答と齟齬するものと思っておりません。
以上のとおり、当方といたしましては、貴社に対し事実と異なる説明をさせていただいたものではございませんので、ご理解の程、よろしくお願いいたします》
最後に。1月号で朝立集落協定の着服事件を報じて以降、本誌には町民や町議から「事情を詳しく教えてほしい」と問い合わせが相次いでいる。残念ながら、取材で得た情報は記事などの成果物以外に利用することはできない。書いたことが教えられるすべてだ。ただ、記事の根幹となる事実は行政機関に公文書開示請求をして得たものだ。気になる読者は、欄外に記した行政機関に開示請求して調査を進めてほしい。