先月号に「来春開校・安積中高一貫校の『尽きない懸念材料』」という記事を掲載したが、それを読んだ保護者が本誌の取材に応じ、自身とお子さんが首都圏の難関校に進んだ経験から、県立安積中高一貫校と県教育委員会の「問題点」を鋭く指摘した。示唆に富んだ見方は、県内の受験・教育事情しか知らない児童・生徒、保護者の参考になるはずだ。
「東大合格者数」低迷の原因を探らない県教委
「私は都内に自宅があり、十数年前に県内に移住した。子育てはずっと県内でしてきたが、私自身が首都圏の中高一貫校に進んだ経験から、福島県の教育は非常に物足りないというか、首都圏との教育ギャップを感じていた」
こう話すのは中通り在住の男性保護者。今回、本誌の取材に応じたのは先月号で取り上げた県立安積中高一貫校の記事を読んだことがきっかけだった。
「県内には〝本当にできる子〟の行き場がない。それを担うのが来春開校の県立安積中と思っていたが、記事中の校長や県教委のコメントを読んで期待外れだなって……」
男性保護者には小学生の次男がいるため、県立安積中に人一倍関心を持っていた。加えて長男は、中通りの中学校を経て慶応高校(神奈川県横浜市)に進学。受験に当たっては首都圏や関西など十数校の中高一貫校の説明会に参加し、受験の厳しさや授業内容、大学進学に関する情報に接してきた。
それだけに、福島県の教育の遅れを肌で感じているようだ。
「このままだと〝本当にできる子〟はどんどん県外に流出する。政経東北の記事中で県教委の人が、県立安積中高が目指すのは『次世代の福島、日本、世界を牽引するト
ップリーダーの育成』と言っていたが『福島』は二番手以下の他校に任せればいいんです。福島県が本気で人材育成に取り組むなら、県立安積中高は『日本、世界を牽引するトップリーダー』を育てる気概を見せないと開校する意味がない」
そんな男性保護者の長男は、小学校高学年から「首都圏の進学校に行きたい」「俺は福島で終わる人間じゃない」と口にしていた。
「県内に移住して、郡山の人たちが安高に憧れていることを知った。でも大学進学実績を見たら、首都圏の進学校よりだいぶ劣る。郡山の人たちは、どの大学に進んでどこに就職するかより、安高に入ること自体が目的なんだと気付いた。『憧れ』だからとにかく入りたい、と」
長男は、そうした風潮を知ってか知らずか安積高には見向きもせず、首都圏の中高一貫校に入って大学まで進む青写真を描いていた。
ただ、中学受験は失敗した。
「5年生から大手予備校の授業を週3回受けたが、通いではなく録画授業だったためモチベーションを保てなかったようです。ただ、授業内容はかなり高度だった」
受験する学校を決める際は私立・都立の中高一貫校を調べ尽くし、大学進学実績もチェックした。ちなみに、一口に「中高一貫校」と言っても、中学校は受験できるが高校はエスカレーター式のため受験できない学校、中学校も高校も受験できる学校がある。
「都立の中高一貫校は県立安積中などと同じく科目横断の適性検査で入学者を選抜する。一方、私立の中高一貫校は超難問ばかり並んだ選抜試験が行われる。都立と私立ではテストのスタイルが異なるため、どっちもにらんだ受験対策をしなければならなかったことも、長男が苦労した原因だった」
中学受験は失敗したものの、一連の経験は長男の学力底上げにつながった。中通りの中学校に進むと、新たに「首都圏の難関高校に入る」と決意して勉強に励んだ。
「中学時代は大手予備校のオンライン講座を受けられたので、一方通行の録画授業と違いモチベーションを維持できたようです。学校でも数学の特別授業を行うなど、それなりの対策をしてくれた」
それでも、受験を控えた中3の12月には英語力を強化したいと地元の塾に通ったが、レベルが低すぎて結局、塾の教室でMARCH(明治、青山学院、立教、中央、法政大の頭文字を採った造語)の受験問題を独自に解いていた。
こうして本番に臨んだ長男は慶応高校、早稲田高校、奈良県の西大和学園高校に合格。母親は「西大和学園から難関国立大学に進んではどうか」と勧めたが、長男は当初から目指していた慶応を選択。現在は学生寮で暮らしながら充実した高校生活を送っている。
「長男の周囲には首都圏や関西の難関高校に入ったり、海外留学した友人もいる。そうした状況を見ると県内に〝本当にできる子〟の受け皿が無くていいのか心配になる」
目標数値がない
現状、受け皿になれるか微妙な県立安積中高一貫校は、男性保護者によると都立小石川中等教育学校(※1)のカリキュラムに似通っているという。
※1 東京都文京区にある都立の中等教育学校(中高一貫校)。後期課程(高校に相当)からの入学者は募集しない完全中高一貫スタイル。高校1~3年生に相当する生徒は、校内では「4~6年生」という呼び方になる。
「私立より都立の方が劣ると言うが、それでも小石川中等教育学校は今春の入試で東大に15人、東工大に6人、一橋大に5人、京大に5人合格している。早慶も合わせて76人合格している。先取り授業はやらず深掘り授業をするという県立安積中高に、これだけの合格者を出せるかは疑問だ」
ただ、都立の中高一貫校でも先取り授業はしていないが、深掘り授業の中で高校の授業の一端に触れる、すなわち先取りにつながる授業が行われているため、県立安積中でどんな深掘り授業が行われるかは男性保護者も関心を持っている。
かつて都立の高校はレベル低下が叫ばれ、私立の後塵を拝していた。そうした状況に強い危機感を抱いた当時の石原慎太郎都知事は都立高校改革を断行。「進学指導重点校」に指定した都立高校に進学実績や部活動加入率などの数値目標を設定させ、改革の進捗具合を管理した。授業や行事に対する生徒の満足度調査も導入した。その代わり、重点校には予算と人材を集中投資し、熱意のある教員を公募したり、校長の発言権を強くしたりした。
「知事が『やる!』とリーダーシップを発揮すればできるんです。ところが、内堀雅雄知事は復興には熱心でも教育には関心が薄いのか、やっているのは県立高校の統廃合だけという印象だ」
県立安積中高一貫校は《全人教育を目指し、知・徳・体を錬磨し、次代を担い、人類に貢献できる、志高く有為な人材を育成する》(2023年5月に県教委が発表した県立安積中高の教育内容に関する基本計画より)という教育目標を掲げ、これを達成するため《生徒の個性を伸長し高い知性と豊かな情操と強い実践力を養い、秩序と勤労と責任を重んずる自主自立の精神を培い、かつ進取の気性と協同の精神に富み、平和的文化的な国家及び社会の形成者として真理と正義を愛する、質実にして真摯な人物の養成に努める》(同)という教育方針を掲げている。
確かに「立派なこと」は書いてあるが、目標・方針とも抽象的で、どうなれば目標を達成したと言えるのかが全く分からない。本来、目標は数値で示し、その数値を達成するため具体的に何をするかを掲げるべきではないのか。
例えば、男性保護者が挙げた都立小石川中等教育学校の今年度学校経営計画を見ると▽大学入試共通テストにおいて5教科7科目型の受験者のうち得点率80%以上の者を60%以上にする、▽国公立大学現役合格者を70名以上にする。うち難関国立4大学及び国公立大学医学部医学科現役合格者を40名以上にする、▽国際科学オリンピック予選等に150名以上参加する、▽3学年末までに英検準2級以上を取得する生徒の割合を90%以上、4学年末までに英検2級以上を取得する生徒の割合を70%以上にする――等々の数値目標を掲げ、これらを達成するための方策を具体的に示している。
これに対し、安積高の今年度学校経営・運営ビジョンはと言うと、重点目標は掲げられているものの、数値目標は一切示されていない。
先月号の記事中で、県内の進学事情に詳しい教育関係者は「もともと福島県教委は数値目標を掲げない。掲げて達成できなかったら責任を取らなければならないので『東大合格者〇人』とは絶対に口にしない」とコメントしたが、県教委の姿勢にどんなことを感じるか尋ねると、口にしたのは辛辣な意見だった。
「福島県教委は平均を好む。あっちもこっちも手を出し、突出してできる学校をつくろうとしない。それを彼らは底上げと言うが、高校入試の倍率は1倍を切るか1・1倍を前後する程度。そんな誰でも高校に入れてしまう状況下で底上げと言われても、説得力を感じない」
だからこそ、県立安積中高一貫校は学力に特化した学校にすべきなのに、蓋を開けたら先取り授業は行わないというから、教育関係者は「落胆しかない」と肩を落とす。
「県立安積中高に求められているのは学力であり、スポーツや芸術に特化することではないはず。首都圏の中高一貫校と対峙できる学校をつくり、優秀な人材を育て高等教育機関に送り込む、そのために『東大合格者〇人』と数値目標を掲げる。それが結果的に、日本、世界を牽引するトップリーダーの育成につながるのではないか」(同)
もっとも、トップリーダー育成を謳いながら県教委が教員の配置は未定としている点も不満とする。
「優秀な人材を育成するなら優秀な教員を配置しなければならないのは当たり前。ところが県教委は、県立安積中は公立なので引き抜きや公募はせず、県教委の人事異動の中で配置するとしている。そんな教員の配置で立派に掲げた目標が達成できるとでも思っているのか。私は無理と断言できる」(同)
その上で、教育関係者は県教委にこう苦言を呈する。
「福島県教委には苦言を真摯に受け止める土壌がない。だから、いつまで経ってもやっていることは変わらないし、成果もあがらない。多くの人が福島県の教育を良くしたいと思っているのに、なぜ変わろうとしないのか不思議でならない」(同)
見直し必須の募集定員
これについては、男性保護者もこんな意見を述べる。
「県教委は立派な目標は掲げるけど、それが達成できたかどうか検証している様子がない。普通は達成できなかったら、原因を究明し、改めるべき部分を改めるという作業があるのに、そういう工程は一切見えない。組織内に『検証されると都合の悪い人たち』がいるのだろうかとさえ思ってしまう」
例えば、北陸地方の石川県と福井県の人口は計約186万人、福島県は約175万人。これに対し、今春の東大合格者数は石川・福井合わせて40人、福島12人(うち安積高から5人)。人口はほとんど変わらないのに、東大合格者数は3倍以上の開きがあるのはなぜなのか。
「地方のハンデは言い訳にならない。石川・福井は福島より首都圏から離れているんですから。私は福島の学力が低い要因の一つに部活動があると思っている。ならば、石川・福井の部活動加入率は福島と比べて高いのか低いのか、練習や試合に割かれる日時に差はあるのかなど検証すべきことはあるはず。部活動は一例だが、そういった要因に県教委がアプローチしている様子が見られないのは情けない」
福島県が長らく「教育後進県」と呼ばれる理由の一つには、多すぎる高校の定員も挙げられるだろう。
今春の入学者選抜における主な高校の募集定員と志願倍率を見ていくと、福島280(1・05倍)、安積280(1・19倍)、白河200(0・86倍)、会津240(0・91倍)、磐城280(1・08倍)。
1倍以下は、要するに不合格にならず受験すれば入学できてしまう状況。1倍以上もあまりに低すぎて競争が働いているとは言い難く、不合格になる方が難しい状況だ。少子化が急速に進んでいるのに、県教委が定員を減らそうとしないのは不思議でならない。
「首都圏の中高一貫校の志願倍率は3~4倍が当たり前。そういう狭き門をくぐり抜けてきた生徒と福島県の生温い受験を経てきた生徒が大学で一緒になると、福島県の生徒の勝負弱さが露わになる」
とりあえず、やるべきは定員の見直しだ。安積高なら200程度で十分だろう。前述した憧れや「安高が最終目標」の風潮を助長しているのは、定員の多さも関係しているように思う。定員が多いから学力不足なのに無理して受験しようとする生徒が現れる。その結果、合格できたとしても、授業について行けず落ちこぼれたら本末転倒だ。
ならば、そういう生徒は安積黎明や郡山といった二番手・三番手校に入学し、そこで上位にいれば勉強のモチベーションが保てるし、全体の学力底上げにもつながるのではないか。県教委は少子化も踏まえ、学力バランスが整うような定員を設定すべきだろう。
問われる知事の本気度
「県教委は数値目標を掲げない」と前述したが、その傾向は市町村教委にも見られる。「上がそうなら下も従う」福島県らしい傾向とも言えるが、中には明確な数値目標を掲げているところもある。田村市教委(飯村新市教育長)だ。
田村市教委は2021年から「東大10人構想」と銘打ち、東大を含む難関大合格者を増やすための様々な施策を講じている。背景には公立学校でも学力が向上する環境を整えることで移住者を増やし、人口減少に歯止めをかける狙いがある。具体的には、田村市からも一定数の進学者が毎年おり、東大合格者を輩出している安積高に「10人」、来春開校の県立安積中に「20人」を進学させる数値目標を掲げている。
そのための施策として、田村市教委では市内の児童・生徒が苦手とする算数・数学の力を高めようと全国学力テストよりも難易度の高いオリジナルテストを実施したり、県立安積中を目指す小学5、6年生を対象に理数科目を中心とするチャレンジ塾を開いたり、田村市出身の東大生を招いてディスカッションしたり、東大キャンパスを訪問する企画などを行っている(※2)。
※2 田村市教委が具体的な数値目標などを掲げた理由については後日、飯村教育長や学校教育課長にインタビューする予定。
こうした取り組みで本当に「東大10人合格」を実現できるかは分からないが、高い目標を打ち出し、明確な数値を掲げて臨む姿勢は好感が持てる。田村市教委に続く教育委員会が現れるのか、もっと言うと、これに感化されて県教委が考え方を変えていくのか注目される。
男性保護者は「せっかく県立安積中が開校するのに、教育後進県脱却の気配が見えないのは情けない」と嘆き、教育関係者は「県立安積中の開校で低迷する福島県の教育にようやく光が差すと思ったら(本誌先月号の通り)そうではないらしい。児童・生徒、保護者は『失望した』という声をもっと上げるべきだ。そうしなければ、いつまで経っても教育後進県から脱却できない」と危機感を煽る。
都立高校改革を断行した石原都知事ではないが、最後はトップ(内堀知事)の本気度が決め手になるということだろう。〝本当にできる子〟の流出を防ぎ、人材育成が県外に委ねられている環境を変えるためにも県立安積中高一貫校を中途半端な進学校にすべきでないし、県全体の教育のあり方を考える必要がある。