【福島市歩道暴走事故の真相】死亡事故を誘発した97歳独居男の外食事情

【福島市歩道暴走事故の真相】死亡事故を誘発した97歳独居男の外食事情

 福島市のイオン福島店西側の車道で車を暴走させ、歩道に乗り上げて歩行者1人を死なせ、前方の車に乗っていた4人にけがをさせたとして自動車運転処罰法違反(過失致死傷)に問われている97歳の男に4月12日午後2時、福島地裁で判決が言い渡される。裁判では、男が5年前に妻を亡くし一人暮らしをしていたこと。自炊しないため外食が日課となり、その帰りに事故を起こしたことが明らかとなった。

 被告の波汐国芳氏(福島市北沢又)は1925(大正14)年生まれ、いわき市出身。全国区の歌人として知られ、福島民友では事故前まで短歌の選者を務めていた。

 波汐氏は事故直後に逮捕されたが、高齢ということもあり現在は釈放中で、老人ホームに入所している。波汐氏は杖をつき、背広姿で法廷に現れた。腰は曲がっている。入廷時に傍聴席と裁判官、検察官それぞれに向かって深く礼をした。頭は年齢の割に豊かな白髪で覆われていた。足つきはおぼつかないが、ゆっくりと証言台まで自らの足で歩いた。

 波汐氏は民間企業に勤める傍ら、53歳ごろに運転免許を取得した。95歳の時に高齢者講習と認知症検査をパスし、1日に1回のペースで運転を続けていた。だが、近隣住民によると、車庫入れの際にはバックで何度も切り返していたという。

 そもそも97歳の超高齢者が車を運転し、毎日どこに行く必要があったのか。自宅があるのは、車や歩行者が行き来する大型商業施設の周辺で日中から夕方は特に混み合う。にもかかわらず車で出かける理由は、波汐氏が2018年に妻を亡くし、一人暮らしとなったことが関係している。食事は買い置きのパンを食べるほかは「自分では作らなかった」という。

 毎日午前10時ごろに起床していたため、1日2食で済ませた。そのうち1食は車を運転し、2㌔ほど離れたとんかつ店で食事をした。歩くには遠い。波汐氏は高齢で腰を痛めていたこともあり、その選択肢はなかった。自宅からこの店に車で向かうには、交通量の多い国道13号福島西道路とイオン福島店付近を通らなければならない。昨年11月19日夕方に歩行者を死なせた事故を起こした時も、その帰り道だった。

 波汐氏には別に暮らす長女と長男がいる。首都圏に住む長女は毎月1回程度、様子を見に泊りがけで訪ねてきていた。他にケアマネージャーやヘルパーが自宅を訪問していた。

 大事故の予兆は事故3カ月前の昨年8月にあった。車庫入れの際、自損事故を起こしたのだ。その時は普通自動車に乗っていた。破損個所は大きく、修理が必要だった。ディーラーに依頼すると「直すのと同じ値段で買い替えられる」と勧められ、軽自動車に乗り替えた。死亡事故を起こしたのはこの軽自動車だった。

 普通自動車から軽自動車に乗り替えたところで根本的な解決にはならないと周囲も思ったようだ。波汐氏を定期的に診ている鍼灸師は、波汐氏の長女に「今、波汐氏はこの軽自動車に乗っている」とメールで報告していた。

 波汐氏を担当するケアマネージャーは、軽自動車に傷がついているのを発見した。事故を起こす3日前の11月16日には、長女に「今は自損事故で済んでいるが、他人を巻き込む重大事故につながる恐れがある。運転をやめた方がいいと思います」とメールを送っていた。

 長女自身も大事故を予見する機会があった。11月12~13日に波汐氏を訪ね、彼の運転する車に同乗した時のことだ。

 「乗っていると違和感はありませんでしたが、車庫入れの際に少し違和感を覚えて、早く運転をやめさせた方がいいと思いました。車から降りて車庫入れを見ていたら、後ろの部分をこすっていました。父親に直接『そろそろやめた方がいい』と言い、実家を離れてからも毎日電話して運転をやめるよう言いました」(長女の法廷での証言)

 長女はタクシー会社に契約を打診した。波汐氏がその都度配車を依頼し、その分の運賃を後日まとめて口座から引き落とす方法だ。だが、「個人とは契約していない」と断られたという。

 大惨事はそれから1週間も経たないうちに起こった。

犠牲者の夫「事件は予見できた」

97歳の運転者が死亡事故を起こしたイオン福島店西側の道路

 「『ママ、ママ』と9歳の娘が叫びながら倒れている妻に向かって走っていました。周りの大人が応急処置を施す中、娘はそれでも近づこうとします。遠ざけられた娘は衝撃で飛んだ妻の靴を拾い大事そうに抱えていました。警察に証拠として提出する必要があったのですが、夜になっても離しません。後で返してもらうからと説得してやっと渡してもらいました」

 被害者参加制度を利用し、事故で亡くなった、当時42歳女性の夫が法廷で手記を読み上げた。時間は30分に及んだ。

 事故から1カ月経って、夫は惨状を記録したドライブレコーダーをようやく見る決断ができた。妻の最期を見届けてあげたかった。何より、暴走車に引かれる直前まで妻の隣にいた娘が責任を感じ、悩んだ時に相談に乗ってあげられるようにしたい気持ちがあったという。

 夫の怒りは波汐氏とその家族に向けられた。

 「高齢者の運転免許返納は60~80代の議論だと私は思っていました。90歳を超えたら当然返納すべきではないでしょうか。被告の家族が同居して世話もできたし、介護サービスもあります。現に被告は釈放後に老人ホームで暮らしています。事故を起こすまでなぜ97歳の高齢者を1人にしておいたのですか。憤りを覚えます。今回のような事件が起きることは予見できたし、今まで起きなかったのはたまたまだったと思います」

 波汐氏は事故原因を検察官に問われ、こう答えている。

 「ブレーキと間違ってアクセルを踏んでしまった。的確にできなかった。……これは自分の運転の未熟です。……慌ててしまった」

 波汐氏は耳が遠く、質問の趣旨も理解できていないようだった。「車がないと生活できないんです」「運転するのは近くの食堂に行く時だけです」。自分の発言がどう受け取られるか客観視する余裕はなかった。ちぐはぐな答えを繰り返すと、質問する側が「もういいです」と打ち切った。

 今回の大事故は、波汐氏はもちろん家族や周囲の甘い考えが招いた。検察は波汐氏に禁錮3年6月を求めているが、どれだけ厳罰が下されても犠牲者が帰ってくることはない。高齢者の免許返納が進むこと、そして、運転しなくても暮らしていけるように公共・民間を問わず交通サービスを整えなければ新たな犠牲者を生むだけだ。


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