【X氏の自宅に突撃】農村交付金を掠めたJA会津よつば役員の背信

農村交付金を掠めた【JA会津よつば】役員の背信

 会津坂下町朝立地区の農業者らでつくる「朝立集落協定」で、前代表の男性X氏が国などからの交付金1630万円を着服した事件は、X氏が「自主返納」する形で収束を見たが、他の集落協定参加者は怒りが収まらない。X氏が着服を認めず言い逃れを繰り返していたからだけではない。X氏は地元のJA会津よつば生え抜きの職員で、事件当時は役員に就いており、本来であれば農業者を支える立場だったからだ。(小池航)

会津坂下町 集落団体着服事件を追う②

会津坂下町 集落団体着服事件を追う② 地図

X氏による着服が認定された朝立集落協定の交付金

 《前号のおさらい 2022年3月に県と会津坂下町が調査を開始した朝立集落協定交付金着服事件は、着服金回収と公表までに1年半を要した。県の内部資料からは、町が交付金取り消しを恐れ、穏便に済まそうとする姿勢が「隠蔽を図っている」と県担当課から指摘され、他の協定参加者も町の事なかれ体質に不満を抱いた。X氏が少なくとも10年間にわたり着服を繰り返すことができた背景には、協定参加者や役場職員が過信するようなX氏の職歴や職責があった》

会津坂下町・朝立集落協定の交付金着服の経緯

2022年3月7日 協定参加者から町に交付金の使途に疑義があると相談

3月11日 別の協定参加者から県会津農林事務所に調査要望

3月28日以降 集落協定が町立ち会いの下で監査を実施
X氏は着服を否定。会計書類を「隣家の火災で焼失した」
引き落とした現金を「捨てた」「燃やした」などと説明
一部の工事が実施した事実はないと判明

7月26日 町の聴取にX氏が工事契約書を偽造した事実を認める

8月1日 X氏が集落協定の役員からの追及に着服を認める

8月10日 県が東北農政局に着服を報告

9月以降 東北農政局、県、町が不正の調査開始

11月 東北農政局同席で、書類検査と現地検査

12月以降 土木工事を実施した事業者に聞き取り調査
集落協定参加者に聞き取り調査

2023年2月6日 県と町が協議し、不適正使用額を概算

2月 X氏が証拠が揃ったすべての不適正支出について着服を認める

9月13日 町議会全員協議会で報告し、町は公表を果たしたものとする

 1月14日、会津坂下町役場前で巨大な俵を引き合い、その年に収穫されるコメの出来や価格を占う奇祭「大俵引き」が行われた。東の紅組が勝てば価格上昇、西の白組が勝てば豊作になるとされる。今年は白組が勝ち、「豊作の年」になった。

 中山間地にある農村を支援するための交付金1600万円が着服された事件の舞台となった朝立地区は、町役場から西に6㌔ほど離れ、祭りの喧騒は聞こえない。町の西端に位置する朝立の集落は、上州(群馬県)沼田に達する沼田街道(現国道252号)沿いに形成された。北向きの傾斜地に現在は約30軒が並び、寒村と呼ぶにふさわしいたたずまいだが、街道沿いであることから歴史は古く、約1200年前にはこの地域で隆盛した「高寺三十六坊」の一つ、西蓮坊がこの地にあったという。1057(天喜5)年の「塔寺八幡宮神役目録」にも「朝立」の名が見える(『会津坂下町史歴史編』、1979年より)。

 町役場がある町中心部とは山で隔てられ、トンネルが通るまでは曲がりくねった道が続く「七折峠」を越えなければならなかった。この峠から西は奥会津に当たる。会津坂下町史によると、集落名「朝立」の由来は、「柳津方面からの旅人が夕方遅く、山越えは危険が多いので、ここに宿って朝早く立った。それゆえいつの頃にか朝立になった」とする。

 会津藩政時代には、朝立村と記載され、1875(明治8)年に周辺3村と併せて坂本村となった。坂本は大字の地名や駅名として現在も残る。坂本村は1923(大正12)年の合併で八幡村に、さらに1955(昭和30)年の「昭和の大合併」で現在の会津坂下町となった。

 朝立地区は町中心部とは七折峠で隔てられているため、古来より只見川の水系を同じくする柳津町との交流が盛んだ。会津坂下町誕生に向けた合併促進協議会では、旧八幡村のうち朝立地区を内包する坂本地区ごと柳津町に越境合併する案もあったほどだった。

中山間地に支給

朝立地区内を通る旧街道
朝立地区内を通る旧街道

 JR只見線会津坂本駅を降りると、目の前に見える傾斜地に家々が点在するのが朝立集落である。田畑は狭い斜面にある。農地が整備されたのは昭和40年代と比較的最近。町全域で農地造成を行い、朝立地区では1968(昭和43)年から4年かけて36㌶を対象に農地の区画整理「朝立開田農業構造改善事業」が進められた。だが、国主導の生産調整で全地域の区画整理は中止となった。

 多くの中山間地と同じように、工業化で若者は職を求めて流出し、農地も狭いため専業農家ではまず暮らしていけない。今回、少なくとも1600万円に及ぶ着服が発覚した朝立地区の農業者たちへの交付金は、このような経済性に取り残された中山間地を支援する目的がある。

 集落協定とは、農村支援の仕組み「中山間地域等直接支払制度」に基づく農業者同士の取り決め。耕作が不利な中山間地の集落に住む人々が合意形成して協定に参加し、行政が協定に助成金を支給する。同制度は農産物の輸入が自由化される中で、耕作条件の悪い中山間地域の自立・発展を支援しようと2000年度から始まった。

 交付金は傾斜地の土地面積に応じて金額が決まる。集落協定と土地所有者に半分ずつ分配され、農道・水路整備の工事費や集落協定参加者が共同の草刈りや水路清掃する際の労務費などに充てられる。他の交付金に比べて自由度が高いのが特徴だ。

 集落協定は2022年度現在、全国に約2万3000協定存在し、県内には1051協定ある。会津坂下町には朝立集落協定を含む6協定がある(朝立、杉山、天屋、本名、袋原、長井)。朝立集落協定への参加者は地区外在住者を含めて約30人で、このうち19人が地区内に土地を所有し、交付金を受けている。

 交付金は国と集落協定が所在する都道府県、市町村が負担するので公金だ。集落協定は毎年度、交付金を何に使ったか会計を記録し、交付窓口の市町村に報告しなければならない。会津坂下町の場合は、町の補助金交付要綱に基づき、集落協定が作成した会計資料を担当課の産業課農林振興班が検査し、助言・指導する。その後、県に報告し、最終的に農林水産省が取りまとめる。

X氏の自宅に突撃

X氏の自宅(写真に加工を施しています)
X氏の自宅(写真に加工を施しています)

 昨年12月中旬、筆者は朝立集落にいた。X氏に着服した動機や使い道をあらためて聞くためだ。X氏は町と県の調査に「借金返済や生活費などに使った」と答えている。

 複数の農業関係者によると、X氏は農業系の高校を卒業後、福島市にあった県農業短期大学校(現在は矢吹町に再編・統合)で学び、会津坂下町のJAに就職。合併により拡大した旧JA会津みどり(本店・会津坂下町)に勤め、金融担当や総務部長を歴任。さらに2016年の合併でJA会津よつば(本店・会津若松市)に拡大した過渡期には、2014年度から21年度まで監事(役員)に選出された。

JA会津よつば本店(会津若松市)
JA会津よつば本店(会津若松市)

 2011年度から20年度の10年間は、X氏が朝立集落協定への交付金1600万円余りを着服したと認定された期間だ。X氏はJA職員やその役員に就きながら、農村への交付金を掠め取っていたことになる。

 筆者が朝立集落を訪れた時はうっすら雪が積もっていた。会津坂本駅から雪上に足跡を残しながらX氏の自宅を訪ねた。

 ――ごめんください。

 数回呼び掛けても返事がないので大声を張り上げると、「はい」と男性の声が聞こえ、玄関に出てきた。

 ――Xさんですか。

 「そうですが」

 ――「政経東北」と申します。朝立集落協定のことですが。

 「はい?」

 2023年9月に事件を初めて報じた地元紙の記事を見せ、取材をしていると伝える。X氏は「結局、終わりましたので。別に話すことはないです」と言った。

 ――県の調査資料があります。ここに書かれている内容が合っているか確認したいのですが。

 「そういうのは後から誰かに聞いてください。私から言うことは何もないです」

 ――過去10年間に着服した1600万円以外に着服したお金はないということでよろしいでしょうか。

 「終わったことですので」

 ――長年、JAの職員だったとお聞きしました。役員も務めたそうですね。

 「何も話すことはないです」

 ――JAにいた時に、ご自身は不正をしていましたか。

 「ですから何も話すことはないです」

「現金はごみ箱に捨てた」

 X氏は着服について話すことはないので「誰かに聞いてほしい」と言った。筆者は内情を知る他の人物に聞いた。

 「着服のいきさつは、政経東北が1月号で報じた通りだ。設立当初からX氏が自ら会計役を申し出て、集落協定の預金通帳や代表印を管理していた。X氏はJAで金融担当だったことがあり、会計処理に明るいだろうと他の協定参加者は口を挟まなかった。付け加えたいのは、別の集落協定参加者が会計役として名前を貸していたので、事情を知らない人からは、名目上の会計役が着服をしていたと誤解されていたようだ」(ある町関係者A氏)

 A氏によると、交付金制度を管轄する東北農政局は、集落協定の資料が杜撰で、X氏の偽装工作が稚拙だったにもかかわらず、着服が露見しなかったことが理解できなかったようだ。「集落協定は組織ぐるみで不正を行っていたのでは」と疑っていたという。だとしたら、集落協定内部のチェック機能を買いかぶりすぎている。自治会や消防団など、主要メンバーが固定化し、なあなあで物事が進む組織の現実を甘く見てはいけない。

 「東北農政局は『X氏1人で不正ができるはずがない。X氏以前の代表者Y氏も関与しているのでは』と疑念を持っていたようだ。実際、2000~2016年度に初代代表を務めたY氏も自身の耕作地近くの農道を優先して舗装しており、集落協定内では『我田引水では』と評判が悪い」(同)

 集落協定参加者から内情を聞いたという別の人物は、

 「ある協定参加者は、町が刑事告訴しないのに納得できず、代わりに警察に告訴状を出す準備までしていたという。町に『国から集落協定の認定が取り消されても構わないのか』と言われ、取りやめたようだ」

 集落協定関係者B氏は、X氏に対し最も激烈な感情を示した。

 「町は『X氏は社会的制裁を受けている』と判断したが、何をもって制裁としているのか。俺たち農家を欺き1600万円もの交付金を着服した者がJA会津よつばの役員だったという事実は伏せられている。X氏は出世頭と目されていたこともあり、口が達者で人の扱いに長けていた。自ら運転手を買って出たり、ジュースや缶コーヒーをおごるなど気配り上手。だが、心の底では『朝立の農家は御しやすい』と下に見ていたのではないか。集落協定が実施した内部調査に『決算資料は隣家の火事が延焼し燃えた』『(集落協定の口座から引き出した)現金はごみ箱に捨ててしまった』と人を馬鹿にしたような言い訳を繰り返していた。着服を初めて認めたのは、集落協定参加者の前ではなく、町職員に対してだ。農家のために働く組織の一員が農家を欺いていたことが一番許せない」

 X氏は10年間にわたり1600万円を着服していたが、それは毎年の積み重ねだった。決算書類や総会・役員会の議事録を偽造して町に報告していた。預金口座や領収書などの根拠資料は、理由を付けて提出を拒んだり、提出しても実態とは異なる内容だったという。集落協定内の他の役員も町職員も、地元JAの職員・役員というX氏の職歴を過信し、詳しく調査することはなかった。

 県が作成した着服事件の報告書によると、X氏は2011~20年度に役員会運営費として計89万円を計上しているが、役員会を開催していないことを認めた。総会についても2017~19年度は開いていないのに開催したことにして総会運営費計8万8000円を計上。2011~21年度には草刈り作業の日当として集落協定参加者に計366万円を払っていたが、参加者が記憶にない作業があったため全額不適正と認定された。

 単年度で巨額だったのは土木工事だ。架空の工事を発注したり、施工業者に実績と異なる契約書や領収書を発行してもらっていた。2014年度の水路工事750万円と16年度の水路工事195万円が架空だった。17年度の農道舗装工事は、契約書上は196万円支出したことになっているが、町と県が施工業者に確認したところ、施工業者は41万0400円しか受領していないことが分かり、差額の154万9600円を着服したと認定された。施工業者はなぜ領収書偽造に応じたのか、キックバックはあったのかが気になる。

 X氏は他の集落協定参加者が証拠を示せないのをいいことに言い逃れを繰り返していた。X氏が着服を認めるまで、町と県による調査は1年を要した。

 町役場は板挟みに

会津坂下町役場
会津坂下町役場

 会津坂下町産業課農林振興班の渡部聡班長が振り返った。

 「朝立集落協定は2000年度に結成し、町役場にも会計資料の複写が保存されていたが、2011年度よりも前は保存年限を過ぎ、過去10年間しか調査できなかった」

 X氏の対応には相当頭を痛めたという。

 「以前から何らかのトラブルの声は集落協定内から上がっていたが、農林振興班が着服の疑いがあると具体的に把握したのは2022年の3月。町が報告を受けた会計資料を根拠資料と突き合わせて精査すると、偽造されていることが分かった。X氏ら集落協定参加者や工事の施工業者に聞き取りを行い、県と集落協定と協力して一つ一つ不適切な会計処理を明らかにし、X氏に不正を認めさせた。全ての不適切会計を認めたのは2023年の2月上旬だった」

 X氏は資料の提出を拒むこともあり、町がその理由を文書で回答するように要請することもあった。それでも期限までに回答をよこさず、電話に出ないこともあったという。

 朝立集落協定の一部参加者は、町が刑事告訴しなかったことに納得していない。渡部班長に尋ねると、

 「X氏は不正があれば弁済する意思を示していた、集落協定が立て替える話もあった。交付金の返還が最優先であり、告訴はその望みがなくなった時の最終手段だった。町の対応は集落協定から了解を得ていた」

 渡部班長の話からは、不正の調査に苦労していた様子がうかがえる。前号で報じたように、町は東北農政局や県から、仮にX氏の自主返還がなかったら集落協定の認定取り消しとこれまでの交付金の返還を求められる可能性があることを示唆され、戦々恐々とした。一方で、X氏への怒りが収まらない集落協定参加者たちには、町が認定取り消し回避のストーリーを描き「内々に収めてX氏を不問にしようとしている」と映った。集落協定内からは「X氏がJA会津よつばの元役員で、幹部と同窓生なので威光が働いたのでは」と疑う声まで上がる始末だ。

 JA会津よつばは、農業団体に属する職員が農業者のための交付金を着服していたことをどう考えるのか。筆者は①X氏が朝立集落協定への交付金を着服していたことを把握していたか、②X氏が在職中にJA内で金銭トラブルがなかったか、質問状を送った。①については、「交付金着服について把握しておりませんでした」、②については、「X氏との金銭トラブルはございません」との回答が来た。(続く)

小池 航

こいけ・わたる

1994(平成6)年生まれ。二本松市出身。
長野県の信濃毎日新聞で勤務後、東邦出版に入社。

【最近担当した主な記事】
福島県内4都市スナック調査(4回シリーズ)
地元紙がもてはやした双葉町移住劇作家の「裏の顔」(2023年2月号)

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