ニセ東大教授が白状した献上桃の行方

 宮内庁関係者や東大大学院農学部の客員教授と偽り、全国で農産物を皇室への献上名目でだまし取っていた男の裁判が長期化している。男は福島市飯坂町の桃農家たちをだましたのに味を占め、茨城県でもシイタケやトマトをだまし取っていた。男は「宮内庁に送った他は東大で成分検査した」と言い張ったが、残りは食べていたことが判明した。

「宮内庁と東大に送り、食べられる物は食べた」

 被告の男は農業園芸コンサルタント加藤正夫氏(75)。自身を「東大大学院農学部客員教授で、宮内庁への献上品を選ぶ権限がある」と農家に信じ込ませて献上依頼書を偽造し、農産物をだまし取っていた。県内では福島市飯坂町湯野地区の桃農家Aさん(70代)が2021年、22年と2年に渡り被害に遭った。湯野地区には献上の返礼として「皇室献上桃生産地」と揮毫した木札や上皇后美智子さまが作ったとされる大福餅を交付。ニセ木札の写真は桃のPRのため市内の道の駅ふくしまに展示されていた。

 嘘がばれるのは時間の問題だった。加藤氏はAさんら桃農家に「献上農家は2023年5月5日に天皇陛下との会食がある」と約束していたが一向に実現しない。Aさんに加藤氏を紹介した農業資材会社社長のBさんが同年7月に加藤氏の素性を宮内庁に問い合わせたところ「飯坂町の桃が献上された事実はない。だまされている」と忠告。詐欺や偽造有印公文書行使容疑などで逮捕された。

 加藤氏は虚飾にあふれた人物だ。本人は逮捕前、周囲に東大農学部を卒業したと話していたが、取り調べで「日大農獣医学部農業機械科卒」と判明した。これに対し加藤氏は「詳しく説明したい」と、3月25日に福島地裁で開かれた第3回公判で次のように語った。

 「1967年に大学紛争が激化し、東大は受験生に緊急試験をした。私はこの予備試験に1次で受かったが、紛争が長引いたため東大に受け入れを断られた。東大から『代わりに4年間、他の大学に通ったらどうか』と勧められ、日大に入った。1972年には日大から東大に戻り、研究生の身分で7年間修士課程と博士課程に在籍していた」

 加藤氏は1948年6月生まれなので67年初頭の18歳時に「緊急試験」に合格したことになる。だが、大学紛争で東大入試が中止されたのは69年1月なので齟齬が生じる。そもそも大学が合格者に「受け入れられないから他大学に行って」と勧めることがあるのか。ツッコミどころ満載だ。

 加藤氏の嘘にはめられた農家は報道で明らかになっただけでも北海道、茨城県、神奈川県、四国など全国に及んだ。米やトマト、スイカ、ミカンなどがだまし取られた。罪に問われているのはこのうち福島県と茨城県の3件に過ぎない。

 加藤氏は2021年にAさんから桃70㌔をだまし取り、味を占めた。1カ月後に茨城県筑西市のシイタケ農家Cさん(70代)を訪ねる。Cさんは7、8年前に農家の意見交換会で加藤氏と知り合った。21年8月に農園に来た加藤氏は「私が宮内庁にシイタケを推薦して認められればもっと売れる。私の研究所で検査したいので提供してほしい」と言った。加藤氏は「東大傘下の樹木園芸研究所所長」を自称していたが、東大にそのような組織は実在しない。

 2022年1月に加藤氏からCさんに「認定された」と連絡があり、同2月19日に献上シイタケであることを示すニセ木札が届く。Cさんは加藤氏から「宮中行事があるので献上して」と「宮内」の判が押された「献上依頼書」を見せられ、同8月23日にシイタケ2㌔(時価6000円相当)を渡した。

 この献上依頼書について、加藤氏は法廷で「宮内庁職員からもらったひな形を参考に私が作りました」と言った。作り方は奇怪だ。加藤氏によると、原本を複写した物から宛名、日付、献上品目を修正液で消し、印刷した上で新たな情報をワープロで印字したという。「宮内庁の印影がかすれ、礼を欠く」と思ったので、自分で「宮内」の印鑑を新たに作り押した。原本の要素はどこにもない。

 加藤氏の術中にはまる農家は後を絶たなかった。同5月下旬、加藤氏はBさんの案内で茨城県結城市のトマト農家Dさん(50代)を訪ねた。Dさんと加藤氏は農家らの勉強会「農事気象学会」で面識があった。加藤氏は言う。「これまで献上してきた農家のトマトの品質が下がってきた。新しいトマトを探している」。

 2023年2月に行われた同学会で加藤氏はDさんに「あなたのトマトを献上したい。そのために品質を調べたい」と申し出た。Dさんは検査用に2箱と2袋のトマトを用意。同年3月23日に加藤氏とBさんが農園を訪れた。用意されたトマトを見た加藤氏は「これだけでも十分だけど、形が悪くてもおいしいものがあるよね」。Dさんはさらに1袋を持たせ、加藤氏は時価計1万2000円相当のトマトをだまし取った。

「桑折を上回る品質」

 桃、シイタケ、トマト、三つの詐取事件を辿ると手口が確立していることが分かる。まずは勉強会で農家たちに自分が「東大の研究者」であると信じさせる。そして顔が利くBさんの案内で農家を訪ね、農産物を持って行く。

 だまし取った農産物はどうしたのか。加藤氏は「宮内庁に送った。残りは成分検査した」と主張するが根拠は乏しい。法廷では「東京都練馬区の自宅近くや埼玉県新座市の配送センターで宮内庁宛てに宅配した」と述べたが、証拠となる発送伝票は提出されなかった。弁護人や検察官から「何をもって宮内庁が受け取ったと思ったのか」と問われると「返送がないということは宮内庁が受け取り拒否しなかったということだ」と持論を展開した。

 成分検査は本当に行ったのか。

 「東大農学部の研究室に送り、7セクションで分析してもらった。公式献上桃の産地である桑折町の桃を買って比較しました。結果判明には1週間かかり、ファクスで送られてくる。研究員から桑折町の桃を上回る品質だと嬉しい報告を受け、来年も送ってほしいと言われました」

 自分は食べたのかに質問が及ぶと

 「食べられる物は食べました。2、3個だけです。というのも、検査では桃を縦に切ったり輪切りにしたりして粉々にします。指の跡がついて黒くなるので、ほとんど食べられません」

 加藤氏はトマト農家を訪れた時、用意されたもの以外に「味が良くて形が悪いものもあれば欲しい」と要求していた。農家の善意に乗じ、献上品や分析用以外に「自分で食べる分」ももらっていたのではないか。やはり高品質の農産物をタダで食べたい気持ちはあったのだろう。

 法廷で好き勝手な主張を続ける加藤氏だが、話が自身の境遇に及ぶと弱音を吐いた。

 「昨年7月28日に逮捕されてから拘束期間が7カ月を超えました。その間に父の代から経営しているマンションの管理や財産の処理が全くできず、12月末に自己破産を申請しました。2億5000万円を返済しなければならず、自宅もマンションも農地も抵当に入っているので3月中に競売に掛けられます。私は、刑事罰は受けていませんが、経済的な罰は受けています」

 自身の経済状況と献上品詐欺は何の関係もない。

 次回公判は4月22日午後1時半から。警察官2人の証人尋問がある。

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